海洋安全保障情報旬報 2024年6月11日-6月20日

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6月11日「海上の国際秩序―英専門家論説」(ISPI, June 11, 2024)

 6月11日付のItalian Institute for International Political Studies (ISPI)のウエブサイトは、英King’s College London教授兼King’s CollegeのCentre for Grand Strategy共同責任者Alessio PatalanoとISPI上席顧問Antonio Missiroliの“A Contested Global Order at Sea”と題する論説を掲載し、ここで両名は最近の出来事がヨーロッパに及ぼす影響を把握することを目的とする時宜にかなった7本の論考と、それらの広範な考察を踏まえて、イタリアに焦点を当て考察された論考1本の合計8本の論考を紹介する1本目の論考として、要旨以下のように述べている。
(1) 現代社会における海の役割が、どの程度変化したかを取り上げることには価値がある。今日、私たちが生きているのはまさに「海洋の世紀」である。
a. 海洋の結びつきは世界的繁栄の機能であり、その原動力である。世界貿易の約90%は海上輸送である。また、世界の通信手段の97%が140万kmに及ぶ海底ケーブルによって行われている。海底の基幹施設にはパイプラインも含まれ、多くの国にとってエネルギー輸入に欠かせない。海上交通は歴史を通じて一貫して社会の発展に寄与し、グローバル・サプライ・チェーンやデジタル・サービスに対する社会の依存度は、今や比類ないものとなっている。
b. 海洋管理は、社会が持続可能な生活水準を見直すための本質的な要素である。世界の食糧需要を満たすために、約5,600万人が漁船で働き、世界人口の半分は、海岸線から100マイル以内に住んでいる。今日、海は人類の生命を支える酸素の半分以上を占め、淡水を供給する水循環の基となっている。また、洋上風力発電のようなクリーンな電力を生み出す先駆的な取り組みを支え、森林よりも多くの炭素を貯蔵することができる。海洋は環境的に持続可能な未来の中心に位置している。
c. 海洋統治は、海洋における力の投射において重要となる。災害救援から武器禁輸の執行、海賊対策から能力構築、捜索救難から国境管理といった安定化と危機対応のための遠征任務は、冷戦終結以来、海上からの作戦であることを示してきた。
(2) 今日、中国における海外基地をめぐる議論は、習近平国家主席が一帯一路構想として知られる代表的な基幹施設構想を進め、中国を海洋大国へと変貌させるという意図に内在するものである。中国の国際的な地位の追求が、その周辺地域だけでなく、遠方の海岸における海洋の主張と連動するようになるにつれて、平時における航行の自由をめぐる争いや、戦争における海洋の否定と支配の主張が復活する可能性が高まっている。
(3) 以上のことから、海上における世界的秩序について、次の考察が導かれる。
a. 1898年、Admiral Alfred Tirpitz提督は、ドイツが「貧農の国に沈む」ことを避けるためには海軍が重要であると皇帝に説明した。これまでの帝国や米国のような他の新興大国から学び、国家が国際的な出来事に影響を与え、その結果を形成する能力に自国の艦隊の行動可能範囲と破壊力にどのように結びつけたかについての重要な研究事例となった。
b. 第2次世界大戦は、この考えを否定するものではなかった。それどころか、その直後、1920年代の軍備管理条約は、海軍、海洋秩序、世界政治との結びつきをより鮮明にした。
c. 第2次世界大戦中、最強の海軍大国が戦争で成功を収めたことが確認され、その余波で世界秩序が再構築され、海洋における世界秩序と国際的な指導的立場の結びつきが新たになった。
d. 冷戦期には、海上で展開される戦闘システムの到達できる範囲と殺傷力が飛躍的に向上し、少数の国家が世界的規模で不釣り合いな影響力を行使するという、力の階層を中心とした世界秩序を継続する信条が強化された。
e. 冷戦期を通じて、武器によらない海洋の秩序が出現した。1958年の公海条約は、海洋を国際的な空間として再定義する最初の正式な一歩となった。1982年、UNCLOSはこの考え方の本質を捉え、領海、EEZ、さらには公海における国家の権利と義務について、国家間に新たな認識をもたらした。
f. 海面上昇、違法漁業、海賊や武装強盗、海上テロ、麻薬や人身売買などの課題に対処する必要性も強調された。20世紀末には、海洋における世界秩序は、もはや圧倒的な軍事力を持つ一流国だけの問題ではなくなった。
g. それから10年後、大規模で強力な海軍は依然として世界政治に大きな影響力を及ぼし、国家が国際的な関連性を高めようとするならば、適切な規模と洗練性を備えた艦隊を追求する必要があった。しかし、国家は、海洋法に合致した行動を通じて、自らの行動の正当性を高める機会にも恵まれた。そして、国境を越えた課題に対処し、海洋を効果的に保護する能力を備えた積極的な関与によって、規範的な行動が定義されるようになった。
h. 力と権利の両方からなる海洋における新たな世界秩序の裏返しとして、海洋における争いは、制海権と勢力拡大の追求だけに適用されるものではなく、未解決の海洋境界線と主権主張にも適用されるようになった。そして、権利と国家の義務は、より脆弱なものとなった。
(3) ウクライナにおける本格的な戦争、紅海における重要な航路への組織的な攻撃、アフリカ沿岸における持続的な海賊行為に照らして、これらのことは欧州の安全保障にとって何を意味するのか。最近の出来事がヨーロッパに及ぼす影響を時宜を得て把握することを目的とし、本報告書に示す8つの論考(以後、No.1~No.8で示す)が提起された。No.1は、シンクタンク、大学、軍事研究センター、実務家の共同体を結びつけた研究の専門知識を駆使し、イタリアで初めて出版された。
a. 海洋における秩序がどのように理解され、実践されるかにおいて、統治の新しい側面が重要であるため、No.1に続くNo.2とNo.3は、海洋問題の争奪時代における法的枠組みと安全保障の新たなフロンティアに焦点を当てている。いずれの論考も、法的規定と経済開発の新たな領域、特に海底に対して、操作や危害を加えられる可能性のある大きな危険性について考察しているが、回復力の強化に向けた明確な道筋を示唆している。
b. NATOと欧州の核保有国である英国とフランスの2ヵ国が、海洋抑止と防衛への取り組みを調整するために、政治的・軍事的にどのような重要な措置を講じているかを探るNo.4とNo.5およびNo.6とNo.7の2つの小論がそれぞれ2本ずつ続く。海上交通路の安全性と開放性を維持するという観点から、また、危機や戦争の際に地域の国家運営における有効な手段として、制海権と戦略的抑止力を配給するという観点から、海はヨーロッパの安全保障の最前線に返り咲いたのである。
c. No.6とNo.7は、特に黒海と紅海における最近の作戦経験が、重要な狭い空間とチョークポイントにおける制海権と航行の自由を脅かす能力と、こうした課題に対応する能力を再形成する上で、破壊的技術がどのような役割を果たすかを浮き彫りにしている。いずれの場合も、解決策を効果的なものにするためには、提携国や同盟国間でより深い形での協力が必要であることも重要な主題としている。
d. このような広範な考察を踏まえて、最後の論考No.8はイタリアに焦点を当てる。イタリアのような輸出志向で資源を輸入する国が、海における争いの激化と海への経済的依存の拡大を踏まえて、自国の海洋関心領域の境界をどのように見直しているのか、特に地中海のみ、あるいは地中海を中心としたものから、インド太平洋海域につながるより広範な境界へと移行しているのを説いている。争いの絶えない世界秩序の中で、ヨーロッパの重要な海洋大国であるイタリアは、率先すべきときには率先し、招集すべきときには招集し、行動すべきときには行動する、という姿勢で臨んでいる。
(4) 読者がこれらの論考を用いて、海洋における世界秩序の今後の発展の道筋と、国際的繁栄と安定におけるその重要な役割について議論していただければ幸いである。
記事参照:A Contested Global Order at Sea

6月12日「インド海洋安全保障戦略における南シナ海、役割強化への障壁―米専門家論説」(The Diplomat, June 12, 2024)

 6月12日付けのデジタル誌The Diplomatは、米シンクタンクThe Consortium of Indo-Pacific Researchers非常勤副編集長Araudra Singh の “ Rethinking the South China Sea in Indian Maritime Security Strategy”と題する論考を寄稿し、ここでAraudra Singhはインド太平洋地域におけるインドの戦略的、経済的利益は高まる一方だが、南シナ海におけるBhāratiya Nau Sena(Indian Navy:インド海軍)の役割を強化させるには高い障壁があるとして、インドの視点から要旨以下のように述べている。
(1) Bhāratiya Nau Sena(Indian Navy:以下、インド海軍と言う)の艦艇部隊は5月26日、ほぼ3週間に及ぶ南シナ海への展開を終えたが、この間、インドの艦艇部隊はシンガポール、ベトナム、フィリピン、マレーシアおよびブルネイに寄港した。東南アジアの南シナ海沿岸諸国、その内4ヵ国は中国との領有権紛争当事国への寄港は、インドがこれら諸国に対して海洋を通じた関与を強めていることを改めて浮き彫りにした。インド海軍のこの地域への展開は、2013年以降4倍に増加している。インドとASEAN諸国と海洋を通じた関与の進展の背景には、インドの商業的、戦略的利益がある。
(2) インドの貿易総額の55%強が南シナ海を通過している。2023年9月の第20回ASEAN-インド年次首脳会談は、インドとこの地域との経済的補完性とこの地域への商業的関与を深化させていくというインドの意図を明らかにしている。加えて、東南アジアにおけるインドの利害関係は、その地理的な連接性から強化される可能性がある。インドとロシアは2019年、「東方海上回廊(the Eastern Maritime Corridor)」の利用可能性を探るという共通の関心から、南シナ海を経由してチェンナイ港とウラジオストク港を結ぶ海上交通路の開発に関する覚書に署名した。この海上交通路は費用対効果が高く、また鉱物資源が豊富な北極圏をインドが利用することを可能することもあって、インドはこの構想に関心を持ち続けている。したがって、インドが南シナ海における航路の安全と航行の自由を確保することに正当な利益を有していることは当然である。さらに、アクト・イースト政策(AEP)やインド太平洋ビジョンに体現される、この地域におけるインドの戦略的利益も、この地域に対するインドの安全保障志向の関与を後押ししている。
(3) 他方、インドの裏庭であるインド洋地域(以下、IORと言う)における勢力の均衡は悪化しつつある。中国は、IOR沿岸諸国との戦略的関与を急速に深化させつつある。中国政府の一帯一路構想(BRI)を通じたIORでの経済的足跡の拡大は、中国海軍の展開を促進している。2010年以降、中国海軍と自然資源部に所属する艦船や潜水艦が年間平均8隻~10隻程度、IORで活動していることが明らかになっている。中国海軍の進出はインド当局の不安を助長してきたが、IORにおける中国海軍の行動は、近海防御と遠海防御を組み合わせた中国の軍事戦略2015に基づいており、短中期的には増強されていく趨勢にある。
(4) インドは今後、商業的、戦略的および安全保障上の利益から、南シナ海における展開を大幅に強化するか、あるいは、次期改訂版の海洋安全保障戦略において、この地域の位置付けを「2次的」関心領域から「1次的」関心領域に格上げするかを強いられる可能性が高い。しかしながら、その過程は特に厄介なものになりそうである。
a. 第1に、南シナ海紛争に対するASEANの姿勢は分裂しており、これに中国が付け込んでいる。ASEAN内の不和は、中国の止まることのない海洋進出を助長し、南シナ海沿岸諸国海軍だけでなく、インドなどの地域利害関係国の海洋権益を危険に晒す一因となっている。中国のこの海域における圧倒的な軍事的および準軍事的展開は、インド船舶を含むあらゆる外国船舶の航行の自由に影響を及ぼす可能性がある。
b. 第2に、中国-ASEAN間の貿易総額7,220億ドルに比して、インド-ASEAN間の貿易総額は1,310億ドルで、前者のわずか18%に過ぎない。今や、中国とASEANは不可分の経済的提携国となっている。経済と安全保障は、どの国の外交政策のツールキットにおいても一体化している。したがって、将来、この地域におけるインドの軍事的展開の拡大は、インドがこの地域で主要な経済的提携国になった場合にのみ、受け入れられるか、あるいは可能になりそうである。
c. 第3に、南シナ海の事実上の支配を確立しようとする中国政府は、インドを含む他の利害関係国の関与に対して厳しい態度を採っている。インドの南シナ海への軍事的関与と、フィリピンの主権防衛に対する支持発言に対して、中国当局者は第三者の不介入を要求する容赦ない対応を示した。前出の軍事戦略2015は南シナ海紛争に対する一部の外部諸国の「干渉」を非難しているが、これは、日本、インドそして何よりも米国など、安全保障協力を拡大している域外行為者を指していると見られる。
d. その上、中国は、インドにとって深刻な懸念となっているIORにおける中国海軍の展開を強化することで、「マラッカ・ジレンマ」の克服を望んでいる。特に、2012年以降、インド領アンダマン諸島周辺海域で平均3~4隻の中国海軍の潜水艦が目撃されている。したがって、南シナ海におけるインド海軍のプレゼンス増大の可能性に対抗するために、アンダマン諸島周辺海域とIORにおける中国海軍のプレゼンス強化の可能性は排除できない。
(5) 以上のように、中国の軍事戦略と能力、そしてこの地域におけるインドの経済的足跡の弱さは、インドが今後数十年間で南シナ海を第1義的関心領域していくに当たっての制約要因となっている。それでも、インドは、南シナ海沿岸諸国との広範な実務的関与を維持すべきである。インドは、その商業的利益と勢力の均衡を考えれば、海洋の安全と法の支配の遵守を確保するために、常に海洋外交を重視していく必要がある。
記事参照:Rethinking the South China Sea in Indian Maritime Security Strategy

6月13日「カエルを茹でる:中国の漸進的な海洋拡張―米国専門家論説」(United Stats Institution of Peace (USIP), June 13, 2024)

 6月13日付の米議会の紛争解決の研究機関United States Institute of Peace (USIP)のウエブサイトは、USIPのフィリピン担当部長Haroro J. Ingram博士の “Boiling the Frog: China’s Incrementalist Maritime Expansion”と題する論説を掲載し、ここでHaroro J. Ingramは現在の中国の漸進的な海上の侵略の高まりは、東シナ海を紛争の瀬戸際に追いやっているが、フィリピンとその同盟国は積極的な多国間取り組みによって戦略的勢いを取り戻すことができるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 中国政府は、過去30年以上にわたり、東シナ海におけるフィリピンの海洋権益と利用を損なう運動を展開してきた。この長期的な取り組みは、一見無害に見える行動や隣国や同盟国の閾値を試すための融和的な論調によって特徴付けられてきた。今日、西フィリピン海と東シナ海における中国の侵略の高まりは、この地域を紛争の瀬戸際に追いやっている。西フィリピン海での戦争を防ぐためには、中国の多面的な海洋拡張の論理を理解し、その上でその政策的含意を冷静に考えることが重要である。中国の戦略は、時間、閾値、権威主義的な戦略を活用して、短期的な利益に資するだけでなく、次の事態の拡大段階の基礎を築く戦略的条件を煽っている。中国の戦略的論理を基本的に理解しなければ、簡単に中国に屈してしまう可能性がある。中国政府が「カエルを茹でる」という方法を取っていると言うことができる。それはカエルを冷たい水に入れ非常にゆっくりと沸騰させると、カエルは温度変化に気づかず死んでしまうという方法である。その比喩の背後にある真実が、中国の拡張主義の罠の循環を断ち切る鍵を握っている。
(2) 南シナ海は、世界で最も紛争の多い海域の1つである。インド洋と太平洋をつなぐこの海域は、地政学的にも経済的にも戦略的に重要である。南シナ海への進出には、南はマラッカ海峡、東はパラワン海峡、ルソン海峡、北は台湾海峡を通過する必要がある。南シナ海の中で、フィリピン群島の西側の海域は西フィリピン海として知られている。中国は、配備、行動、言葉づかいに関する新たな規範の閾値を作るために、数十年にもわたって段階的に少しずつ行動を拡大するような運動を実施して、時間を悪用してきた。この歴史を検討しただけでも、中国は島々を占領し、建設し、軍事化し、フィリピンの資産を攻撃し、提携国や同盟国が中国のプロパガンダと欺瞞に屈した歴史のために国際法を利用してきたことがわかる。近隣諸国の海洋主権と権利を侵食しようとする中国の長期にわたる作戦の根底にあるのは、1947年の誤った9段線の主張である。特にフィリピン海域における海洋拡大に対する中国の取り組みは、ミスチーフ礁に関する中国の行動に最もよく表れている。ミスチーフ礁は、フィリピンのパラワン島の西130海里に位置している。フィリピンのEEZ内に位置し、フィリピンの水没した大陸棚の一部である。ミスチーフ礁は中国本土から700海里以上離れている。 
(3) 1994年から、中国はフィリピンからの抗議にもかかわらず、ミスチーフ礁に高床式建造物の建設を始めた。わずか数ヵ月後の1995年には、中国国旗がサンゴ礁に翻り、数隻の武装した中国船舶が停泊し、フィリピンをこの海域から事実上追い出した。ほぼ20年後の2014年、中国はミスチーフ礁の内側で埋め立てを開始し、これを受け、フィリピンは、常設仲裁裁判所に外交的抗議を行った。2016年7月、常設仲裁裁判所はフィリピンに有利な裁定を下し、中国の9段線の主張を無効としたが、この段階では、中国はすでに重要な軍の配備、占領、視位置を設定する水準を越えていた。軍事基地開発は順調に進んでおり、2016年7月13日、裁定からわずか1日後、中国国営メディアは、ミスチーフに新しく建設された空港への航空機の着陸に成功したと発表した。2016年後半には、対空兵器やミサイル防衛システムの配備の証拠を示す写真が公開され、2021年、新しい衛星画像により、追加の軍事施設が確認された。
(4) 中国政府は、西フィリピン海の島々を占領し、軍事化する計画があったことをきっぱりと否定したが、まさにその時にそれを実行していた。米国を含むフィリピンの提携国や同盟国は適切な反撃を怠った。多くの点で、フィリピンの抗議を無視し、ミスチー礁を占領し、開発する中国の漸進主義的な取り組みは、中国が新たな閾値を確立しただけでなく、その戦略の有効性を確認した。これにより、中国は将来も同様の行動をとることがほぼ確実となった。同様の力学は、西フィリピン海で何度も繰り広げられてきた。2021年には、200隻以上の中国漁船がウィットサン礁に停泊し、フィリピンのEEZ内に海上民兵の侵入が繰り返し行われた。これにより、フィリピンは正式な抗議を申し立てることになった。中国の海上封鎖は、2014年以降、セカンド・トーマス礁(フィリピン名:アユンギン礁)に駐留するArmed Forces of the Philippinesへの補給任務を一貫して阻止しようとしている。2024年3月には米比相互防衛条約の発動に危うく近づいた事件を含め、ここ数年で放水銃の常用へと中国の行動は徐々に拡大している。その間ずっと、中国の説明は一貫してその行動と矛盾してきた。中国は、自国の軍事化行動を受けて、「軍事化を追求するのではなく平和と安定を維持する」よう他国に呼びかけている。中国は海警総隊の放水銃で漁民を撃退する一方で、「客観的」で「冷静」な行動を求め、その行動を正当化するために、さらに広範で違法な海図を提示している。
(5) 中国による拡張主義的活動の段階的な行動とフィリピンとその同盟国の対応について、明確な状況が浮かび上がってくる。中国は、フィリピンに有利な裁定が下されているにもかかわらず、西フィリピン海における国際法の支配の限界を徐々に、そして容赦なく試している。調停の機会や国際的な躊躇や弱さを利用して、自らの立場を前進させている。平和主義を説きながら、9段線、現在は10段線に近づくにつれて、新たな場所を占め、軍事化している。中国は、他の差し迫った国際問題で中国と協力する必要性を利用して、さらに前進している。現状を変えるための漸進的な占領は、その影響力の努力のあらゆる側面に浸透しており、フィリピンだけの問題ではなくなってきている。中国の領土拡張と漸進的な軍事化は、ベトナム、日本、台湾、その他の東アジア・東南アジア諸国に影響を及ぼしている。
(6) 中国政府は、長期の運動に従事し、漸進的に行動している。その結果、中国は西フィリピン海で戦略的優位を獲得し、埋め立て活動を通じて数十の新しい海上前哨基地と数千エーカーの土地を新たに建設した。しかし、フィリピンのFerdinand Marcos Jr.大統領の政権の努力、特に事態の情報を積極的に発信する透明性運動ときめ細かな意思疎通活動、および米国、日本、その他の志を同じくする国々との関係強化とを合わせた努力のおかげで、その勢いは失速している。フィリピンの取り組みの有効性は、中国政府の行動の劇的な拡大とそれに対抗するフィリピンの異議申し立てを軸とした説明によって最もよく証明されている。インド太平洋地域における最優先事項は西フィリピン海における戦争の防止であり、同盟国や提携国はフィリピンを支援するために一層努力すべきである。西フィリピン海で戦略的な勢いを取り戻すには、フィリピンの同盟国や提携国がまず、中国の戦略の基本論理を理解し、4つの中核的な政策原則を中心に一貫した取り組みを行う必要がある。
(7) 「茹でられるカエル」の比喩は嘘である。カエルは、水が許容できない温度に達し始めると、鍋から飛び出すだけである。この意味では、中国の漸進主義にどう対応するかは、つまり駆け引きから抜け出せということである。中国政府の意図に関する消極性、譲歩、自己鎮静的な言説は、短期的には国家の主権と国際法が侵食され続ける可能性を高め、中長期的には紛争の可能性を高める。米国との防衛条約の引き金にはならないが、特定の行動に対する結果を確立するための一線と越えてはならない一線を引くこと、明確な意思疎通の実施だけが、中国の侵略に対抗し、戦争を防ぐことができる。2国間紛争解決を求める中国の要求は、小国を孤立させ、服従させようとしている。同盟国や提携国が、共通の価値観や合意された行動方針、説明を中心に行動することが不可欠である。特定の行動に対する結果を確立するための一線と越えてはならない一線を引くには、同盟国や提携国と緊密に協力して調整する必要がある。中国の攻撃的で違法な行動に対する協調的な非難は、志を同じくする国々の間で著しく増加しており、行動に見合ったものでなければならない。さもなければ、怒りの言葉はくすぶり、中国が次の閾値を越える余地を徐々に与えてしまうだろう。戦略的意思疎通は、中国とその支援国、フィリピンとその同盟国・提携国、さらには地域の人々が東シナ海の力学をどのように認識するかを形作る上で重要な装置となるであろう。「影響力の競争」という側面が特に重要である。言葉は重要である。フィリピンは、提携国、同盟国、メディアが中国のプロパガンダに屈しないよう、適切な言葉を使うよう主張することが極めて重要である。たとえば、フィリピンの海域を指す場合、南シナ海ではなく「西フィリピン海」という用語を使用する必要がある。同様に、西フィリピン海における中国の不法な侵略行為を「グレーゾーン」などの曖昧な表現を使わず、正確に中国を非難するべきである。
(8) 中国の海洋拡大に対する漸進的な取り組みは、現状を変えるための新しい規範と閾値を作り出すように考えられている。そうすることで、中国は戦略的意思決定環境を自国に有利な方向に向けようとしている。インド太平洋地域における平和の維持と戦争の防止には、抑止力だけでなく、西フィリピン海で中国に奪われた戦略的勢いを逆転させる積極的な取り組みが必要である。中国への譲歩は、短期的には紛争予防のように感じられるかもしれないが、中長期的には紛争の可能性を高めることは間違いない。歴史が示すように、中国の緩慢な「カエルを茹でる」戦略を阻止し、これに対抗するための断固とした協調的な努力がなければ、紛争回避は非常に困難になるであろう。
記事参照:Boiling the Frog: China’s Incrementalist Maritime Expansion

6月14日「オーストラリアは南極に対して真剣になるべきである―オーストラリア国防問題専門家論説」(The Strategist, June 14, 2024)

 6月14日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategist は、同Institute上席研究員Elizabeth Buchananの“China is serious about Antarctica. Australia should be too”と題する論説を掲載し、そこでElizabeth Buchananはオーストラリアがこれまで南極に関する戦略と行動能力を高めることの重要性を見過ごしてきたと批判し、要旨以下のように述べている。
(1) オーストラリアにとって南極が持つ戦略的利益はきわめて大きなものであるはずなのに、歴代政権はそれを見過ごしてきた。これまで公表されてきた国防戦略には、南極の主権について何の言及もないものさえあった。
(2) 法に基づく国際秩序は現在試練にさらされているが、それは南極でも同様である。2024年6月はじめに南極条約協議国会議がインドで開催されたが、新たな環境保護空域に関する合意はなされなかった。南極条約システムはいまや忘れ去られようとしており、何らかの合意に到達することができないでいる。しかし、南喬条約システムに変化は見られない。なぜなら、南極条約システムが戦略的な競合を推進しているためである。南極条約システムが維持されていることは、同システムがさまざまな国の国益を実現する敏捷性を有していることの証明なのである。
(3) そのなかで、オーストラリアの南極への取り組みは場当たり的で、南極条約システムが維持されることに対して楽観的である。他方、諸外国は南極条約にかかるさまざまな議定書について、多様な解釈をしてきた。そのことは、南極大陸における軍民両用の能力が拡散している現場を見れば理解できる。中国は南極に5ヵ所の調査基地を保有し、その内3ヵ所はオーストラリア領に位置している。中国は、これら調査基地において科学研究を実施していると主張している。しかし中国の軍民融合戦略の下、こうした研究基地は軍事戦略上の関連性も有しているのである。
(4) それに対してオーストラリアは、中国を監視したり、中国と交戦したりする能力を増強することもなく、傍観を続けている。オーストラリアには、死活的な国益を守る戦略も行動能力もない。議会による戦略の見直しによれば、膨大な数の科学研究計画の予算が削減されている。遠く離れた調査基地への食料や医薬品の供給も確実ではなく、南極調査班の人員も
ごくわずかである。こうした状況で政府ができるのは、研究拠点や戦略的科学研究に適切に資金を投じることであり、南極が国家の死活的利益を持つという意識を育てることである。
(5) 戦略的な意図の修正はすぐにできるが、行動能力はそうはいかない。Royal Australian Navyには耐氷艦はなく、オーストラリア唯一の砕氷船には過剰な負担がかかっている。また、母港で燃料を補給できないという問題も抱え、乗組員はしばしば適切な給与支払いを求めてストライキを起こしている。砕氷船のレンタル市場も逼迫している。
(6) オーストラリアの戦略に南極が組み込まれていないのは、南極をめぐる戦略的競合に対するわれわれの視野の狭さに由来する。条約が効力を持っているのだから、問題ないと判断されているようである。しかし、一部の国は南極の現状を修正しようとしているのが現実である。南極に対してオーストラリアは怠慢な態度をとり続けているが、実際のところ行動能力が欠如しているのだから、そうせざるを得ないのかもしれない。
記事参照:China is serious about Antarctica. Australia should be too

6月14日「フィリピンが初のブラモス対艦ミサイル基地を建設―米専門家論説」(Naval News, June 14, 2024)

 6月14日付のフランス海軍関連ウエブサイトNaval Newsは、米フリーランス著述家Aaron-Matthewの“Philippines Builds First BrahMos Anti-Ship Missile Base Facing South China Sea”と題する論説を掲載し、Aaron-Matthewはフィリピンが南シナ海に面した海岸に、インドから購入したブラモス対艦ミサイル用の基地を建設しているとして、要旨以下のように述べている。
(1) 最近公開された衛星画像によると、フィリピン初のブラモス対艦ミサイル基地が、南シナ海に面した海軍施設に設置されつつある。フィリピン政府が2022年にインドの超音速巡航ミサイルを発注したことは、中国との地域紛争の中で旧式化した軍備の近代化を目指した防衛近代化計画の画期的な出来事となった。Philippine Navyの「地上配備型対艦ミサイルシステム取得計画(Shore-Based Anti-Ship Missile Acquisition Project)」の調達経費3億7,500万ドルには、3基のブラモスミサイル発射台とPhilippine Marine Corps Coastal Defense Regiment(フィリピン海兵隊沿岸防衛連隊)へのシステムの技術支援が含まれている。この購入はまた、インド政府による初の国際的なミサイルシステム売却となり、ベトナムやインドネシアといった地域の国々による、このシステムに対する国際的な関心の高まりに火をつけたと伝えられている。
(2) Naval Newsは、西ルソン海岸のサンバレス州にある海軍基地レオビジルド・ガンティオキにブラモスの基地が建設されていることを確認した。インドのブラモス基地と比較すると、Philippine Navyの施設は小さく見える。これは、フィリピン政府が購入したブラモス・システムの容積が小さくなったためと思われ、インドの発射台には3基のミサイルが搭載されているのに対し、フィリピンの発射台にはミサイルは2基しか搭載されていない。
(3) 西ルソン島にあるマニラ初のブラモスミサイル基地は、超音速対艦巡航ミサイルを290から300km離れた標的を攻撃するために配置されている。また、ブラモス・システムの可動性により、西ルソン沖の他の目標に照準を合わせ、敵の反撃を避けるために砲台を異なる発射地点に移動させることができる。
(4) ブラモスのもう1つの配備候補地は、イロコスノルテ州ブルゴスのキャンプ・ケープ・ボジェドールにあるPhilippine Marine Corps 4th Marine Brigadeの本部かもしれない。ここに配備されれば、ブラモスはフィリピン北部からルソン海峡の大部分を射程内に収めることができる。
(5) ブラモスの運用を担当するPhilippine Marine Corps Coastal Defense Regimentは、沿岸防衛目的でルバング島とカラヤン島の現地当局から土地の寄贈も受けている。防衛当局者たちは、ルバング島はマニラ湾へのアクセスを見渡すことができ、カラヤン島はルソン海峡に位置するため、「戦略的な場所」であるとしている。
(6) ブラモスの最初の調達は、フィリピンのDelfin Lorenzana前国防大臣によって大きく宣伝された。それ以来、Philippine Armyはブラモスを、フィリピンの軍事近代化計画の次の段階で調達する可能性があるものとしている。2023年夏、当時のRomeo Brawner Philippine Army参謀長は、今後数年のうちにこのインドのミサイルシステムとHIMARSの両方を調達すると陸軍に伝えている。Romeo Brawner参謀長によれば、陸軍は海兵隊の3基のミサイル砲台を上回るものを調達し、同様の沿岸防衛任務に配備するという。
(7) フィリピンは、ブラモス以前にこのような高性能の最新システムを使用したことがなかったので、近代的なシステムと戦術の訓練を支援させるため、唯一の条約締結同盟国を頼っている。近年、米国とフィリピンの海兵隊は、航空機、火砲、ミサイルシステムを使って海上で標的を特定し、攻撃するための統合ネットワークを形成する訓練を行っている。
記事参照:Philippines Builds First BrahMos Anti-Ship Missile Base Facing South China Sea

6月15日「ドイツのインド太平洋に対する防衛関与は綱渡り―英国専門家論説」(The Diplomat, June 15, 2024)

 6月15日付のデジタル誌The Diplomatは、EUのシンクタンク Centre for European Reform研究員Christina Keßlerの“Germany’s Defense Engagement in the Indo-Pacific Is a Balancing Act”と題する論説を掲載し、Christina Keßlerはドイツが2回目となるインド太平洋方面への水上艦部隊派遣を行うが、ドイツの思惑、インド太平洋地域の提携国の期待、中国への懸念から、ドイツはインド太平洋地域における綱渡りを継続することになるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 5月7日、フリゲート「バーデン・ヴュルテンベルク」と戦闘補給艦「フランクフルト・アム・マイン」の2隻(以下ドイツ派遣部隊という)が世界巡航に向け出港し、Deutsche Marine(以下、ドイツ海軍と言う)は2度目のインド太平洋展開を開始した。
(2) この派遣は、インド太平洋地域への関与を強化するためにドイツが講じているもう1つの措置であり、インド、マレーシア、韓国、日本を含む地域の提携国に対するドイツの関与を示すものである。同時に、ドイツは重要な貿易相手国である中国との良好な関係を維持しようと努めている。これはドイツにとって難しい綱渡りである。
(3) 緊張の高まりを受けて、ドイツ海軍は2021年に初のインド太平洋展開を実施することになった。フリゲート「バイエルン」はインド太平洋に向けて出航した。提携諸国は「バイエルン」の派遣を歓迎したが、この地域におけるドイツの防衛関与には限界があることも明らかになった。インド太平洋巡航中、ドイツは外交上の釣り合いを取ろうとした。提携諸国にインド太平洋地域への関与を強める意向を示すと同時に、中国政府に対してはドイツの使命は中国と対決することではないという意図を送ろうとした。
(4) 「バイエルン」は中国との緊張につながるようなことは何もしないように注意した。「バイエルン」は南シナ海航行中、訓練等は実施しなかったが、公海上では軍艦は軍事訓練の実施は認められており、「バイエルン」の航海は、南シナ海における中国の領有権主張を認めたものと言えるだろう。
(5) 地理的には遠いかもしれないが、インド太平洋地域はドイツ経済と深く絡み合っている。ドイツは、この地域との経済的つながりから、航行の自由が守られる安定したインド太平洋に強い関心を抱いている。近年、ドイツの政策立案者はこの地域に一層注意を払うようになっている。2020年、ドイツはインド太平洋に関する政策指針を発表し、インド太平洋におけるドイツの国益を定義した。定義された国益の多くは、開かれた市場と自由貿易、開かれた海運路の維持など、ドイツの経済的利益に関連している。指針では、地政学的力学の変化、気候変動、デジタル変革、事実に基づく情報の利用など、世界的な課題についても触れている。
(6) ドイツは、地域の平和と安定に貢献するだけでなく、インド太平洋地域全体で関係を多様化し、深化させたいと考えている。2023年にドイツは初の国家安全保障戦略を発表し、インド太平洋地域は「ドイツとヨーロッパにとって特別な意味を持ち続けている」と改めて強調した。同時に、ドイツ政府の中国に対する姿勢は、ドイツの2023年中国戦略に示されているように、より厳しくなっている。この文書は、中国が習近平国家主席の下で大きく変化し、今やドイツの利益に挑戦していることを認めている。
(7) しかし、具体的な政策となると、戦略はあいまいなままである。ドイツは、特にビジネス面で中国との関係を断ち切るつもりはない。同時​​に、ドイツ政府は経済依存を分散させるために、この地域の他の国々との関係を強化しようとしている。インド太平洋地域での紛争はドイツ経済に深刻な打撃を与えるだろう。また、この地域にいる米国やその他の同盟国はドイツからの何らかの支援を期待する可能性が高いため、ドイツは困難な立場に立たされるだろう。この地域の安定を支援するため、ドイツは2度目の派遣で存在感を高めている。
(8) 2024年5月から12月まで、ドイツ派遣部隊は「リムパック2024」を含むいくつかの軍事演習に参加し、Deutsch Luftwaffe(ドイツ空軍)の航空機とも協同する予定である。
今回の巡航における寄港地は、日本、韓国、インドネシア、マレーシア、シンガポール、インドなどとなっている。
(9) ドイツは今回の派遣で、ロシアの侵攻に対するウクライナ支援に重点を置きながらも、インド太平洋諸国の提携国たちを忘れていないという合図を送りたいと考えている。日本など、一部の地域の提携国もウクライナに多大な支援を示していることを考えると、これは特に重要である。今回の派遣はドイツと提携諸国との外交関係だけでなく経済関係も強化する可能性があり、それによってインド太平洋地域との経済関係の多様化という同国の目標に貢献することになるだろう。
(10) 巡航のもう1つの目的は、海上交通路と交易路の確保である。航海の具体的な計画はまだ決まっていない。ドイツ派遣部隊は南シナ海を横断する予定で、台湾海峡の通過も検討されている。ドイツは2024年のインド太平洋展開で、同地域における提携国に対し、ドイツが今後もインド太平洋に存在し続けることを示したいと考えている。しかし、専門家はドイツ海軍が中国の領有権主張に積極的に挑戦するなど、この展開であまり劇的なことは期待すべきではないとしている。ドイツは中国との関係を守ろうと努力し続けるだろう。ドイツ派遣部隊「バーデン・ヴュルテンベルク」など2隻が南シナ海であろうと他の場所であろうと、巡航中に係争海域を通過する可能性は低い。両艦は今のところ台湾海峡を通過する選択肢を残しているが、専門家たちはこの通過が実現しなくても驚くべきではない。ドイツはこの2度目の派遣により、インド太平洋地域における綱渡りを継続することになるだろう。
記事参照:Germany’s Defense Engagement in the Indo-Pacific Is a Balancing Act

6月15日「ロシア海軍2024年は50隻を受領?―米国防誌報道」(Defense News, June 15, 2024)

 6月15日付の米国防関連誌Defense Newsのウエブサイトは、“Will Russia’s Navy get the 50 ships it expects this year?”と題する記事を掲載し、Военно-морской флот Российской Федерации(ロシア海軍)が今後受け取る予定の艦艇の建造状況について、要旨以下のように報じている。
(1) Военно-морской флот Российской Федерации(以下、ロシア海軍と言う)は、2023年の32隻に対し、2024年は約50隻の各種艦艇を受領する予定であるとМинистерство промышленности и торговли Российской Федерации(ロシア連邦産業貿易省:以下、ロシア産業貿易省と言う)副大臣Viktor Yevtukhovが発表した。ロシア産業貿易省によると、海軍は過去10年間で合計40隻の水上艦艇と24隻の潜水艦を受領した。米シンクタンクCenter for European Policy Analysisのロシア防衛問題専門家Pavel Luzinによれば、2024年、ロシア海軍は4隻の潜水艦と12隻の水上艦に加え、タグボート、ばら積み運搬船、練習艦、海洋観測艦、救助艦、補給艦、そして、その他の小型艇などの支援艦艇を受領する予定だという。
(2) Viktor Yevtukhov副大臣は、国際的な制裁によってロシアが入手を阻まれている部品の代替品を見つけることに成功したことが、予想される大量納入につながったとしている。ロシアの防衛部門で技術系の経験を持つ無所属の分析者Sergey Smyslovは、国内の組織が代替品の生産を始めたと語っており、「たしかに、それは最高の品質ではないかもしれないし、不足している部品を開発するためにはさらなる時間が必要だが、必要最低限の要件は(満たされている)」と付け加えている。しかし、結果として使用される旧式あるいは低品質の技術は、最終製品の信頼性に影響を与えるとPavel Luzinは述べている。とはいえ、ロシア海軍に関係する業界のある情報筋は、Министерство обороны Российской Федерации(ロシア国防省)は潜水艦建造の取り組みに概ね満足しているとDefense Newsに語っている。しかし、水上艦艇の建造に関しては、納期が定期的に延期されるなど、まだ不十分な点が残っていると、この情報筋は付け加えている。実際、サンクトペテルブルクの政治家Emma Raymanは、「海軍の問題は、海軍産業が多額の財政投資を必要とし、予算の制約が新造船の建造の進捗と規模に影響を与えるという事実に関連している」と述べている。
(3) Admiralty Shipyardsは2020年に哨戒艇1隻を海軍に引き渡す予定であったが、現在は2024年になる見込みである。Yantar Shipyardについては、2023年から2024年頃に2隻の大型揚陸艦を引き渡す予定であった。しかし、この期限が過ぎる前に、2025年から2026年に変更されており、Vostochnaya shipyardも、海軍艦艇の建造で挫折を経験している。特に、カラクルト型コルベット2隻と小型タンカー1隻を建造する予定だったが、財政難の中、2023年8月にUnited Shipbuilding Corpが所有するAmur Shipbuilding Plantが担当することになった。
(4) 国内の造船業界における技術者や専門家の不足も建造を遅らせているとEmma Raymanは述べ、Pavel Luzin は乗組員の数さえ足りていないと指摘している。
記事参照:Will Russia’s Navy get the 50 ships it expects this year?

6月15日「西フィリピン海での支配を強化する中国―フィリピン紙報道」(Manila Times, June 15, 2024)

 6月15日付のフィリピン国営日刊紙The Manila Times電子版は、“China starts enforcing 'no-trespassing' policy”と題する記事を掲載し、中国が西フィリピン海での外国人の活動に対する締め付けを強化したことに言及しつつ、昨今の米中対立とフィリピンの関わり方について、専門家の意見に触れながら、要旨以下のように報じている。
(1) 中国海警総隊は、5月の新指令の下、6月15日から西フィリピン海に侵入した外国人の拘束を開始する。拘束は最長で30日に及ぶ。この指令は、フィリピンの民間船団がスカボロー礁にいた漁師たちに食料を届けた後に出されたものである。スカボロー礁はフィリピンの排他的経済水域内に位置するが、2013年以降中国が実効支配を続けている。
(2) 中国海警総隊の新たな動きに対し、Philippine Navyは、Philippine Coast Guardなどと協力し、フィリピン人の拘束を防止する意図を示している。Philippine Navyの西フィリピン海方面担当報道官Roy Vincent Trinidad准将は、この問題はASEANや国際共同体全体の問題であると指摘する。フィリピンの漁師達は拘束を恐れているが、それでも、中国の新指令を無視するほかない。漁ができなければ生きていけないからである。Marcos Jr.大統領も、この新指令は「受け入れられない」と主張している。
(3) フィリピンのシンクタンクAsian Century Philippines Strategic Studies Institute会長Herman Laurelは、中国政府には海警総隊が適切な法執行を行うための規範策定の責任があると述べ、中国の決定に理解を示した。Herman Laurelによれば海警総隊のための新たな指令は、法執行の手段を標準化したものに過ぎず、「国際的な慣行に一致している」とのことである。領土的主権や海洋の権利に関する中国の主張には変化はないだろうが、意見の相違について、「中国は、関係各国との交渉や協議を通じて適切に処理することにコミットしている」とHerman Laurelは述べている。
(4) 米国の情報・対外政策の専門家のなかには、米国がフィリピンを利用して、中国との対立状況を生み出していると主張する者もいる。元米海兵隊の情報士官Scott Ritterは、米国はフィリピンに利用価値がなくなれば放棄するだろうと指摘した。そして、フィリピンは隣国である中国との間にしかるべき関係を築くべきだと主張している。中国は戦争を望んでいないのだから、フィリピンは中国と外交による交渉を進めることができる。それは米国にはできないことだとScott Ritterは述べている。別の退役士官も、フィリピンが米国の道具になって戦争に引きずり込まれてはいけないと訴えた。
(5)マニラでは、Rufus Rodriguez下院議員が、自身の法案を通過させるよう上院に要請している。それは、フィリピンの海上交通路や航路をしっかりと定義し、そこへの侵入を防ぐというものである。中国からは反対の声があがるだろうが、無視し、フィリピンの国益だけを考えるべきだとRufus Rodriguezは主張する。この法案はすでに2023年12月に下院を通過している。
記事参照:China starts enforcing 'no-trespassing' policy

6月15日「中国の青龍戦略はインド、日本、ASEANを脅かしている―インド専門家論説」(EurAsian Times, June 15, 2024)

 6月15日付のインドニュースサイトEurAsian Timesは、インド外交官としてドイツ・インドネシア・エチオピア・ASEAN・アフリカ連合大使を歴任し、アジア・アフリカ成長回廊(AAGC)CIIタスクフォース議長を務めるGurjit Singhの” China’s ‘Blue Dragon’ Threatens India, Japan & ASEAN’s Territorial Integrity; PLA Now Claims 90% Of SCS”と題する論説を掲載し、ここでGurjit Singhは中国の青龍戦略は台湾、日本、九段線内のASEAN諸国、インド、インド洋地域への挑戦が含まれ、これに対し各国はそれぞれ独立して、地域の状況に応じて対応しているとして、要旨以下のように述べている。
(1) インド、日本、オーストラリア、米国のインド太平洋戦略は、この地域を国際的な航行と通商のために自由で開かれた状態に保ちたいと考えている。さらに米国は、中国の影響力を抑制しようとしているが、それは成功していない。11月の米大統領選挙が間近に迫るなか、Biden政権のインド太平洋への取り組みは、中国からの反対に直面するだろう。
(2) こうした取り組みは、中国の青龍戦略に対抗するものであるが、中国はこの戦略を通じて、陸、近海、遠海にわたる影響力と戦略的範囲を拡大することを目指している。この戦略には軍事的な意味合いもあり、経済と基幹施設の課題である一帯一路構想を補完し、連接性の向上、大洋で行動できる海軍の台頭、そしてこの地域の国々や海域への侵入という意志も含まれている。中国はインド太平洋の安全保障を支配し、航行の自由を制限し、結果的に地域全体の貿易に影響を与えようとしており、青龍戦略には、台湾、日本、九段線内のASEAN諸国、インド、インド洋地域への挑戦が含まれている。そして、対象となる国々はそれぞれが独立して地域の状況に応じて対応している。
(3) 中国の関心は、日本と争う東シナ海、ASEAN諸国の主張に対抗する南シナ海、そしてインドの影響力に対処するインド洋にある。中国は、埋め立てた人工島を通して領有権を主張し、より大きなEEZを主張し、UNCLOSに違反して貿易と通商を妨げようとした。そして南シナ海の小さな島々を軍事基地として発展させてきた。その基幹施設には、沿岸レーダー、ミサイル基地、滑走路などがある。青龍戦略により、中国は南シナ海のほぼ90%を自国領と主張し、他国のEEZで違法・無報告・無規制漁業を行う中国漁船を支援している。
(4) 一方で他国の対応は次のとおりである。
a. ベトナムは、静かな外交を行い、中国に楯突かないことで、この争いを封じ込めてきた。
b. フィリピンのFerdinand Marcos Jr.大統領は、Rodrigo Duterte政権時代の政策を転換し、自国の島々における中国の意図に挑戦している。さらに、米国との同盟関係を更新し、日本との提携を強化している。
c. マレーシアとブルネイは中国に異議を唱えることはなく、中国の船団が自国の海域を出入りする際にも、異議を唱えることなく応じている。
d. 台湾が中国と対立しているのは、台湾の指導者たちが米国の後押しを受けて、独立を模索していると考えるからであり、中国はこの傾向を積極的に抑えようとしている。
e. インドネシアは伝統的に九段線の犠牲者ではなかった。Joko Widodo Jokowi大統領の1期目の初期には、中国との間に問題がないように見せかけようとしたが、ナツナ海では中国海警総隊に支援された漁船団が、インドネシアの島への上陸・侵入はなかったものの、侵入してきた。Joko Widodo Jokowi大統領がナツナ海に展開した軍艦上で閣議を開くなどの措置を採ったが、効果はなく、中国は依然として優勢を保っている。
f. スリランカとモルディブは、中国が南シナ海を通ってインド洋西部に向かう道を提供している。
g. ミャンマーには中国の基地建設が予想されるが、アラビア海の中国・パキスタン経済回廊の終点にあるグワダルは、まだ準備ができていない。
(5) 中国の船舶、潜水艦、調査船が頻繁に停泊するのはスリランカとモルディブの港であり、そこはインドに近く、特にインドがミサイルやロケットの発射実験を行う時期に停泊する。インドは中国と手を組むのではなく、これらの国々から公平な経済的機会を得ることを望んでいる。スリランカとモルディブは、インドの安全保障上の利益を脅かすほど中国に過度に依存すべきではない。スリランカ暫定政府のRanil Wickremesinghe大統領は、中国の活動を止めることなく、インドを困らせないようにしている。一方、モルディブ政府は、中国の活動を容認し、インドを苛立たせている。インド外交の功績は、反応が成熟していることであり、その一例が、Narendra Modi首相がスリランカのRanil Wickremesinghe大統領とモルディブのMohamed Muizzu大統領を、就任宣誓のためにインドに招待したことである。
記事参照:China’s ‘Blue Dragon’ Threatens India, Japan & ASEAN’s Territorial Integrity; PLA Now Claims 90% Of SCS

6月18日「中国は南シナ海に関してベトナムに噛みついていない、今のところ―米専門家論説」(War on the Rocks, June 18, 2024)

 6月18日付の米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockは、American Enterprise Institute上席研究員Zack CooperCenter for Strategic and International Studiesの東南アジア研究とAsia Maritime Transparency Initiative責任者Greg Poling “THE SOUTH CHINA SEA DOG THAT HASN’T BARKED … YET ”と題する論説を掲載し、ここで両名は中国指導部が南シナ海でフィリピンに対して強硬な姿勢を採りながら、ベトナムが複数の島の大規模な拡大を容認しているとして、要旨以下のように述べている。
(1) ベトナムはここ数ヵ月で、バーク・カナダ・リーフ、ナミイット島、ピアソン・リーフ、ディスカバリー・グレート・リーフなど、南沙諸島で支配するいくつかの島で埋め立てを行い、島を飛躍的に拡大した。中国は、こうしたベトナムの努力がほとんど邪魔されることなく行われることを許してきた。それにもかかわらず、南沙諸島のセカンド・トーマス礁では、中国政府は1999年にフィリピンが座礁させた「シエラ・マドレ」に配置された一握りのフィリピン人要員に、フィリピンが食料、水、修理資材を供給するのを阻止している。なぜ中国指導部は、フィリピンの努力に対してこれほど強硬な姿勢を採りながら、ベトナムが近傍の複数の島々で大規模な拡張工事をすることを容認しているのであろうか。
(2) 中国の行動には、少なくとも4つの納得のいく説明がある。第1に、中国は、南シナ海でフィリピンとはすでに対立していると感じており、同時に2つの大規模な対立を避けたいと考えている可能性がある。過去に、中国は複数の隣国に対して同時に威圧を行うことを避けることがあった。しかし、その逆もあり、たとえば、中国は習近平総書記の統治初期に、南シナ海、東シナ海、ヒマラヤの紛争を一斉に強行した。それでも、国内外で大きな問題を抱えている中国政府は、複数の主張国に対して同時に武力を行使することで引き起こされるかもしれないさらなる世論の批判を避けたいのであろう。その意味で、中国がすでにセカンド・トーマス礁とスカボロー礁周辺で忙しく、南沙諸島の他の場所での紛争を避けたいと願っている時に、ベトナムは行動する最適な時期を選んだのかもしれない。この説明は謎解きの一部かもしれないが、中国がベトナムを威圧しても、外交的にはマイナスであり成功する可能性も低いと考えているのであれば、最も説得力がある。
(3) 第2に、中国の指導者たちは、中国がベトナムの行動に異議を唱えれば、ベトナムが行動を拡大する可能性がフィリピンより高く、望まない危機を招く可能性があると考えているかもしれない。中国当局者や専門家との個人的な会話によると、中国が十分な圧力をかければ、フィリピンは屈服するだろうと多くの人が確信している。彼らは、中国の事態拡大による優位と、特にRodrigo Duterte前政権時代にフィリピンが中国の圧力を黙認してきた歴史を挙げている。中国は一貫してフィリピンを紛争において主体性に欠いているものとして、中国との対決に仕組まれた米国の単なる騙しとして見ている。フィリピンの現政権は、中国の圧力に屈することはなく、発砲を命じているのは米国ではなく自分たちであることを証明しなければならない。一方、ベトナムは、中国に対抗するために大きな危険性を負ってきた歴史がある。たとえば、ベトナムは2014年、中国の石油掘削装置をめぐる数ヵ月にわたるにらみ合いの間、ベトナム漁船が沈没した後も中国に圧力をかけ続けた。ベトナムは1988年に中国が南沙諸島に初めて進出した際、10数ヵ所の岩礁を占領し、中国の手から遠ざけていた。それが最終的に、ベトナムにとっては血なまぐさいジョンソンリーフの戦いに繋がった。南シナ海以外では、1979年に中越国境戦争が勃発し、ベトナム軍の予想外の頑強さと中国側の死傷者数の増加により、中国軍は早期撤退を余儀なくされた。中越の国境を越えた敵対行為は、その後の10年間の大半にわたって続いた。中央軍事委員会副主席張又侠や同委員会聯合参謀部参謀長劉振立など数人の将官は、ベトナム軍と戦った経験を持っている。したがって、中国はもしベトナムが軍事的な必要があると判断すれば、グレーゾーンに引き下がることはなく、事態拡大の危険性を受け入れることを知っている可能性が高い。それが今の中国を抑止することに成功しているのかもしれない。
(4) 第3に、中国はベトナムを米国と条約を結んでいるフィリピンとは異なる扱いをしている可能性がある。より強い国と同盟を組むことの論理は、そうすることで敵からの挑戦をよりよく抑止できると考えられる。しかし、この場合、ベトナムは米国の同盟国ではないことで利益を得ているのかもしれない。セカンド・トーマス礁にあるフィリピンの小さな前哨基地が米軍にとって軍事的に有用である可能性は低いが、中国の指導者たちは同盟関係によるフィリピンの行動をより心配しているのかもしれない。もしこれが本当なら、ベトナムの非同盟主義は、米中競争が激化する中、自国の利益を守ろうとする他の国々にとって魅力的なひな型となり得る。
(5) 第4に、中国とベトナムの長年にわたる協力関係があり、中国の指導者はベトナムの指導部をフィリピンとは異なる扱いをしている可能性がある。2つの共産主義国家間の政党間のつながりは、部外者が想定するよりも、依然として強固である。ベトナム共産党は、フィリピンが行っているような公の場での名指しや恥辱を与えるような運動を推し進めることに、歴史的に不快感を抱いている。ベトナムは、中国と静かに意思疎通を図ることを好み、世論の圧力を課すために部外者に任せている。このことから、中国はベトナムよりもフィリピンの行動に厳しい反応を示しているが、これは中国の悪行を公表しようとするフィリピンの取り組みに対する怒りからだという憶測につながっている。それは本当かもしれないが、中国の振る舞いを完全に説明しているというよりは、むしろ一因となっているように思える。ベトナムの行動をめぐっては、他にも多くの疑問がある。ベトナムが今、島の建設を大幅に拡大した理由は何か。ベトナムは、中国がこれほど抑制的に反応すると予想していたのだろうか。また、米国や地域の当局者は、ベトナムの行動にどう対応するのであろうか。Philippine Coast Guard報道官は、ベトナムの島の拡大には反対していないと述べている。これらはすべて重要な問題であるが、中国の対応の背後にある論理を理解することは、将来の活動に対する中国の対応を読み解くのに役立つ可能性があるため、重要である。
(6) ここ数ヶ月、米の専門家は、南シナ海における事態拡大の危険性は台湾海峡のそれよりも高いと主張している。実際、もし中国がベトナムの埋め立てに対する軍事的対応を準備しているのであれば、50年前に西沙諸島で起きたような血なまぐさい紛争の引き金になりかねない。逆に、もし中国が南シナ海におけるベトナムの大規模な埋め立てを許すことに満足しているのであれば、おそらく彼らはセカンド・トーマス礁でブラフをかけているのであり、フィリピンの指導者たちは事態を拡大する意思を明確に示すだけでよい。これらの正反対の結論は、南沙諸島におけるベトナムの島の建設に対する中国の反応の鈍化を駆り立てたものがわからないため、現在の状況によって裏付けられる。したがって、中国の論理を解読することは、今後数ヵ月から数年の間に紛争が起きる可能性について貴重な教訓を得るため、政府関係者と外部の研究者の双方にとって最優先事項である。
記事参照:THE SOUTH CHINA SEA DOG THAT HASN’T BARKED … YET

6月18日「米国は中国からの軍事物資供給を切り離したがっているが、それは可能か?―香港英字紙報道」(South China Morning Post, June 18, 2024)

 6月18日付の香港英字紙South China Morning Post電子版は、‶The US wants to decouple its military supplies from China – but can it ?″と題する記事を掲載し、米国は、兵器・軍事物資の世界的なサプライチェーンに関して、中国が高い生産割合を占める希土類や軍事部品等の中国依存から脱却するべく各種対策を講じ、概ね軍事の切り離しに成功しているとして、要旨以下のように報じている。
(1) 中国が、世界的サプライチェーンにおいて重要な役割を占めているため、各国の武器製造から中国製の材料や部品を除くのは、極めて困難である。世界第2位の経済大国である中国との関係が悪化する中、米国は危険を回避するための一連の措置を開始した。米国の防衛産業にとって、政府が中国を完全に排除しようとするのは避けられないように思われるが、それがうまくいくかどうかは別の問題である。中国は現在、基礎的な機器を製造するための希少素材や希土類金属から、米国で最先端兵器の製造に不可欠な高性能機器に至るまで、あらゆるものの主要生産国として世界経済で中心的役割を果たしている。Stockholm International Peace Research Instituteの資料によれば、中国が世界の武器輸出に占める割合は6.6%であるが、中国政府の数字では、中国は世界の製造業貿易全体の20%を占めており、国際的な兵器産業のサプライチェーンから中国製の部品や構成品を取り除けば、世界中の兵器製造会社に混乱が生じ、精密誘導ミサイルの感知装置や暗視ゴーグル用の赤外線レンズの確保にも、また、防弾チョッキの供給にも打撃を与えるであろう。
(2) ウクライナでの戦争が突然停止する可能性もある。ジャベリン対戦車ミサイルからパトリオット防空システムまで、ウクライナに供給された西側の装備の多くは機能しなくなり、ロシアでも無人機から装甲車まで、兵器のかなりの部分に同じことが当てはまるであろう。米国とその同盟国にとって要となるステルス戦闘機F-35の生産ラインが停止し、航空部隊では交換部品が不足することになる。同機のエンジンや飛行制御装置には、ネオジム、ジスプロシウム等の希土類を使った高性能磁石が使用され、これらはすべて中国から調達されている。中国は世界の希土類加工産業を支配しているため、高品位磁石の代替供給源はすぐには見つからないであろう。米シンクタンクCenter for Strategic and International Studiesは2023年7月の報告書で、中国は「米国の最先端軍事技術を支える高性能マイクロチップの製造に使われるガリウムをほぼ独占している」と指摘した。中国は、世界のガリウム原料供給量の98%を生産している。RAND Corporationによると、防衛用途に関連する37種類の鉱物のうち18種類が中国に集中しているという。
(3) Kathleen Hicks米国防副長官が、無人機や電気自動車など「何千もの軍事システムに不可欠」と説明した先進電池は、鉱物採掘、加工、部品製造から電池組み立てまで、中国がサプライチェーンを独占している。U.S. Department of Defenseが今年初めに発表した報告書によると、中国は、あらゆる兵器に不可欠な中間金属製品の生産量も世界一である。世界の粗鋼の半分を生産し、アルミニウムや精製銅の生産量も、また、これらの原材料の輸出量も突出している。
(4) 中国の電気自動車産業が急成長していることは、米国政府にとってさらなる懸念材料であり、将来の軍用輸送車両の生産に遅れをとることになるかもしれない。米国と中国の間の緊張の高まりや、世界的サプライチェーンの脆弱性を考えれば、国内製造業の再建と中国への過度の依存を減らすことが、米国にとっての優先事項である。Joe Biden大統領は就任後1ヵ月で「強靭な米国のサプライチェーン」を構築するための大統領令に署名した。防衛調達情報会社Govini社によると、レーザー兵器やマイクロ波兵器などは、引き続き中国に依存し、さらに核兵器、宇宙、人工知能、高度通信などの重要技術における直接供給が2020年から2023年の間に大幅に減少したとする。
(5) RAND Corporation上席研究員Timothy Heathは、世界的な製造連鎖と複雑な下請け関係から、米国とその同盟国は、中国製の可能性がある兵器や装備品の部品や構成品を追跡する上で「困難な課題」に直面していると述べ、「しかし、米国政府はその脆弱性の克服を決意しているようで、部品等の生産を中国から友好国に移転する様々な努力を行っている」とし、サプライチェーンの再構築が成功するかどうかは、米国がいかに早く「希土類やその他の重要材料の代替供給源を開発できるか」にかかっていると付け加えている。中国は最近の西側諸国の半導体規制を受け、重要金属の輸出を制限している。「米中両国は、脆弱性を減じ、安全なサプライチェーンを確保する方法として、相手国との連携から軍事物資のサプライチェーンを切り離す可能性が高い。希土類の場合、友好国としては、重要鉱物の一部を豊富に埋蔵し、すでに希土類、タングステン、コバルトなどの重要鉱物を開発するために米国と協力関係にあるオーストラリアがある。その他の対策として、U.S. Department of Defenseの2022年サプライチェーン行動計画が示唆したように、国内製造業や中小企業への投資拡大、研究開発、同盟国との協力などが挙げられている。
(6) 中国にも脆弱性があり、特にチップ(集積回路)に関してはそれが顕著である。米国は、中国が最先端のチップやその製造に使用される機器の利用を制限する動きを見せており、主要部品を製造する日本やオランダなどの同盟国もこれに追随するよう促している。中国は現在、世界の半導体チップの半分近くを輸入しており、多くは台湾から来ている。さらに事態を複雑にしているのは、その多くが電気製品や部品の製造に使われ、中国が米国の防衛連企業などに輸出していることである。Govini社によれば、2023昨年、米国の兵器や関連施設等に使われた半導体の41%は中国から調達されたものだという。これらの半導体は、フォード級航空母艦を含む軍艦、ステルス爆撃機、弾道ミサイル、戦闘機など米国の最先端兵器に搭載されている。また、電子機器、ソフトウェア、信管、起爆装置、データリンクなどの部品も購入されていることが、U.S. Department of Defenseの報告書から判明した。
(7) 米University of Notre Dame准教授Eugene Gholzは、柔軟で革新的な米国経済は、軍事物資確保のために中国よりも多くの代替供給国を利用できる優位な立場にあり、米国政府は軍事物資サプライチェーンの切り離しという目標の達成に向け順調に進んでいるとする。Eugene Gholz准教授は「米国の防衛サプライチェーンにおいては、中国製材料や部品を使用しない方針が浸透しつつあり、米国と中国の市場での相互関係が深まる一方で、防衛サプライチェーンはほぼ『切り離されて』いる」とし、「米国の兵器体系に中国製部品の使用事例が確認された場合、米国とその主要な防衛産業は、概ね代替供給国を見つけることができている。」と述べている。
記事参照:https://www.scmp.com/news/china/military/article/3266929/us-wants-decouple-its-military-supplies-china-can-it

6月19日「インドは西側への軍事的多様化が避けられない―インド専門家論説」(9Dashline, June 19, 2024)

 6月19日付の欧州を基盤とするインド太平洋関連インターネットメディア 9Dashlineのウエブサイトは、インドとEU、中国の関係を専門とする研究者で、India Watch Briefingの創刊者Patrizia Cogo Morales India’s inevitable military diversification to the West”と題する論説を掲載し、ここでPatrizia Cogo Morales西側諸国への多角化はインドに優位性をもたらし、インドがロシア依存から脱却し、戦略的自主性を主張するのに役立つことから、欧州諸国やその民間部門は軍事調達取引や防衛産業全体においてインドとの関与を強化すべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) インドのNarendra Modi首相が2023年にワシントンD.C.を公式訪問した際、印米はインドにおいて、戦闘機用ジェットエンジンを製造するという合意を発表した。これは、印米関係の転換点を示すものである。同様に2024年1月、フランスとインドはヘリコプターや潜水艦を含む防衛装備品の共同生産に合意している。伝統的にソビエト連邦、後にはロシアに依存してきたインドは、米国とフランスを主要提携国として、兵器調達の重点を西側に移しつつある。しかし、他のヨーロッパ諸国やそれぞれの民間部門との協力は未開拓である。
(2) インドは2019年から2023年まで世界最大の武器輸入国で、主な供給国はロシア(36%)、フランス(33%)、米国(13%)である。ロシアが依然としてインドの主要供給国であるが、ロシアからの武器輸入は年々減少している。それは、インドが積極的に提携国の多様化を進めていることを示している。インドが従来のロシア製武器への依存から脱却したのには、3つの主な理由がある。それは、第1に「中国要因」、第2に「自立への意欲」、そして第3は「ロシアのウクライナ戦争」である。
(3) 中国は次の3つの点で、インドにとって外交政策・安全保障上大きな課題となっている。
a. 中国との長年にわたる国境紛争は、インド政府にとって重圧である。
b. 緊密な中ロ関係はインド政府の懸念を高めている。数十年にわたりロシアは、インドの戦略的自律性、特に防衛面を維持するための戦略的資産であった。しかし、中ロの共生関係の深まりは、中印関係の悪化とは対照的であり、それはインドにとって西側諸国との対話を強化する道を開いている。
c. インドの近隣諸国における中国の存在感と影響力の拡大は、インド政府にとって長年の懸念であった。習近平政権が誕生して以来、中国は安全保障上の利益のために経済的な結びつきを活用する積極的な外交政策を展開してきたため、南アジアとインド洋では、インドと中国の間で地理的・経済的な対立が起きている。
(4) 過去10年間、特に貿易、技術、軍事協力において、印米関係には重要な進展があった。2020年、両国は基本交換協力協定(Basic Exchange and Cooperation Agreement)に調印し、インドの軍事能力を向上させるため、地理的データを含む機密情報の共有を可能にした。2023年には、技術と防衛が交差する分野での協力を拡大することを目的とした重要技術・新興技術イニシアティブ(Initiative on Critical and Emerging Technologies)が始動し、続いて、米印戦略貿易対話が開始された。インド太平洋における法に基づく秩序を維持するためのQUADにおける協力も、米印両政府の交流の重要な1つである。
(5) フランスはEU加盟国の中でインドとの関係を牽引している。この2国間関係の基盤は、原子力、宇宙、技術、防衛の分野で顕著で、それは長年の戦略的信頼の歴史に基づいている。
(6) EUとインドの交流もこの10年間で活発化し、EU全体としても加盟国全体としても、インドに対する関心が高まっている。特に、安全保障・防衛協議の開催、防衛装備品における協力、インド太平洋における海洋安全保障における協力の強化は、インドと欧州の関わりにおける安全保障上の配慮の重要性を強調している。
(7) 最近のロシアからインドへの武器輸出の減少は、主に「中国要因」によるものだが、ロシアのウクライナ侵攻の副産物でもある。インドは長年にわたり、国防産業を強化し、軍備の輸入依存度を減らす重要性を強調しており、ウクライナ戦争はこの過程を加速させた。インドが短期的にロシアの武器や装備の調達から撤退することは非現実的だが、戦争が続くことでインドとロシアの関係はますます緊張している。
(8) このような状況において、西側諸国への多角化はインドに優位性をもたらし、インド政府が冷戦時代のロシア依存から脱却し、戦略的自主性を主張するのに役立つ。米国やフランスと同様に、他の欧州諸国やその民間部門も、軍事調達取引や防衛産業全体における大きな可能性を考慮し、インドとの関与を強化すべきである。
(9) 世界第6位と第8位の武器輸出国であるイタリアとスペインは、防衛産業においてインドとの架け橋となる重要な役割を果たし得る。イタリアとインドは最近、研究開発と海上安全保障で協力する防衛協力協定に調印しており、両国企業で、関与するインドでの共同計画や共同生産事業の舞台を整えている。一方、スペインはエアバスC-295型機の契約で、インドにおいて40機を組み立てるなど、前進が見られる。また、Bhāratiya Nau Sena(Indian Navy:インド海軍)のProject-75の下でハイテク通常型潜水艦に関する協力の可能性もある。
(10) インドは、軍事力の強化と自立の強化を目指し、国内防衛産業の育成という目標を達成するための提携国を積極的に探している。このことは、インド政府が技術移転計画の枠組みに強い関心を持っていることを意味する。
記事参照:India’s inevitable military diversification to the West

6月20日「米国の評判はセカンド・トーマス礁にかかっている―米国防問題専門家論説」(Asia Times, June 20, 2024)

 6月20日付の香港のデジタル紙Asia Timesは、元米海兵隊士官で米安全保障関連研究機関Center for Security Policy上席研究員Grant Newshamの“US reputation on the line at Second Thomas Shoal”と題する論説を掲載し、そこでGrant Newshamはセカンド・トーマス礁でのフィリピンと中国の船舶同士の衝突事故に言及し、米国がこの問題にはっきりとした姿勢を見せないことでこうした状況が生じているとして、より強硬な手段を採るべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) ここ最近は台湾やウクライナ、ガザに対して国際的な関心が集まっている。しかし、信頼できる同盟国としての米国の評判は、フィリピンとの関係次第である。そしてその評判は失われようとしている。
(2) 6月17日、ここ最近で最も暴力的な事件が中国海警総隊によって引き起こされた。フィリピンは、セカンド・トーマス礁に座礁させた揚陸艦「シエラ・マドレ」への補給を続けているが、海警総隊はフィリピンの補給を妨害している。今回の事案ではフィリピン側の舟艇に海警船を衝突させ、船員を負傷させ、かつ略奪行為を行なったとのことである。
(3) 今後も中国海警とフィリピン側の衝突は激化していくだろう。中国は、フィリピン側の海洋の利益を欲している意図を明確にしている。そして、問題の打開のためには軍事力を利用することも辞さないだろう。こうした衝突は、フィリピンが白旗をあげるか、米国が米比相互防衛条約を発動して介入するまで続くだろう。
(4) フィリピン領内で活動を活発化させているのは海警総隊だけでなく、人民武装海上民兵も同様である。中国側は彼らを一般的な漁船としているが、それを受け入れる者は誰もいない。
(5) 状況は緊迫化の度合いを強めており、フィリピンが強大な中国に抵抗することが難しくなっている。セカンド・トーマス礁の主権放棄と引き換えに中国が「シエラ・マドレ」への補給を許可するという取引が成立しなければ、フィリピンは最終的に「シエラ・マドレ」に配備されている兵員達を退避させなければならなくなるだろう。
(6) こうした状況において、米国が条約上の同盟国を支援するために何もしなければ、その評判は地に落ちるだろう。同様に同盟国である日本は、フィリピンをめぐる米国の動向を注視している。これまでも米国は2度、フィリピンを裏切っている。1度目は2012年に中国がスカボロー礁を違法に占拠したとき、2度目は2016年の仲裁裁判所裁定が下された後、米国はフィリピンを支援するための行動を起こさなかった。フィリピンは米国との相互防衛条約がフィリピンにとって利益になるのかについて迷いを持っている。最近、防衛協力強化協定が締結された。Marcos Jr.大統領は、米国との距離を縮めたにもかかわらず、本当に助けが必要なときに放置された愚か者だという批判を受ける危険性を高めている。
(7) 米国は懸念を表明するだけでなく、具体的な行動に出る必要がある。たとえば、セカンド・トーマス礁で補給活動をするフィリピン部隊にU.S. Navyの艦艇や航空機を随伴させ、さらにはセカンド・トーマス礁に恒久的施設を建設するのを支援する、あるいはスカボロー礁にも米海軍部隊を派遣するなどの手段がある。ほかにも、中国人民銀行の米ドル建て営業免許を半年停止したり、中国への技術輸出を停止したりするなどの措置もよい。米国がこのまま何もしなければ、セカンド・トーマス礁以外の場所でも同様の事態が起きるだろう。
記事参照:US reputation on the line at Second Thomas Shoal

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

(1) MARE NOSTRUM REVISITED: MARITIME COMPETITION IN THE MEDITERRANEAN
https://warontherocks.com/2024/06/mare-nostrum-revisited-maritime-competition-in-the-mediterranean/
War on the Rocks, June 13, 2024
By Dr. Jeremy Stöhs is an Austrian-American security and defense analyst. He co-heads the Austrian Center for Intelligence, Propaganda & Security Studies at the University of Graz and is a senior fellow at the Institute for Security Policy at Kiel University.
Dr. Sebastian Bruns is a naval strategist and seapower expert based in Kiel, Germany, where he is senior researcher at the Institute for Security Policy at Kiel University. 
2024年6月13日、オーストリアのUniversity of Graz のオーストリア-米安全保障問題専門家Jeremy StöhsとドイツKiel UniversityのSebastian Brunsは、米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockに“MARE NOSTRUM REVISITED: MARITIME COMPETITION IN THE MEDITERRANEAN”と題する論説を寄稿した。その中で両名は、地中海地域の安全保障環境は、冷戦後の協力的な海洋空間から競争的なものへと急速に変化しているが、この変化はロシアのウクライナ侵攻やガザ戦争など、複数の要因により引き起こされているとした上で、これにより、地中海は再び競争の舞台となり、西側諸国は海軍力の再評価と再生を迫られていると指摘している。その上で、両名は特に、ロシアや中国の影響力の増大に対応するため、西側諸国は新たな戦略と技術を開発し、低強度の作戦と高強度の紛争の両方に対応できる能力を強化する必要が生じており、地中海は戦略的な重要性を持つと同時に経済的な結びつきが深まる中で、海上貿易の防衛が重要な課題となっていると述べた上で、今後の地中海における安全保障政策は、競争と協力の均衡を取ることが求められ、西側諸国は一貫した戦略と防衛支出の増加により、この挑戦に対処する必要があると主張している。
 
(2) US military still has an edge, but China is catching up with hi-tech weapons
https://www.scmp.com/news/china/military/article/3266740/us-military-still-has-edge-china-catching-hi-tech-weapons
South China Morning Post, June 16, 2024
6月16日、香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“US military still has an edge, but China is catching up with hi-tech weapons”と題する記事を掲載した。その中で、①中国が軍近代化に投資し、米中の軍事力の差は縮まっている。②中国の国防産業の大半は国有企業であり、資金も潤沢である。③一方、米国は、民間部門に動機付ける経済的インセンティブを提供することが難しい、④中国がトン数で世界トップの造船国であるため、中国海軍は過去10年間、戦闘艦艇の数で米海軍を上回っている、⑤米空軍高官も、中国軍が世界最大の空軍を持つ可能性を指摘している、⑥少なくとも、2027年の中国軍創設100周年までは、中国と米国の軍事力の間にはまだ隔たりがある、⑦中国軍は、軍全体の見直しと戦闘経験の欠如の中で、腐敗を克服するのに苦労してきた、⑧米軍はよく訓練され、経験豊富な兵士の質において大きな優位性を保ち、潜水艦や航空機においても優位に立っている、⑨同盟を強化するワシントンの戦略は、この地域に信頼できる同盟国を持たない北京に対して大きな優位性を与えている、⑩習近平は2022年、軍の近代化を推進するため、「無人化されたインテリジェントな戦闘能力」の開発を加速させると公約した、⑪人工知能のような新興テクノロジーの軍事利用についてどちらが強く、どちらが弱いかはまだはっきりしない、⑫北京は極超音速ミサイルシステムにおいてワシントンより優位に立っている、などの識者たちの見解を紹介している。
 
(3) The Global Security Initiative: China Buttresses its Defence Diplomacy
https://www.orfonline.org/research/the-global-security-initiative-china-buttresses-its-defence-diplomacy
Observer Research Foundation, June 18, 2024
By Kalpit A Mankikar is a Fellow with Strategic Studies programme and is based out of ORFs Delhi centre.
2024年6月18日、インドのシンクタンクObserver Research Foundation研究員Kalpit A Mankikarは、同Foundationのウエブサイトに“The Global Security Initiative: China Buttresses its Defence Diplomacy”と題する論説を寄稿した。その中でKalpit A Mankikarは、中国の国防外交の目的は国際安全保障環境における影響力を強化し、軍の近代化を促進することであるが、特に習近平政権下では、軍事能力の強化と国防外交の拡大に努め、平和維持活動や軍事技術の協力を通じて他国との関係を深めてきたのと同時に、習近平は党が台湾統一を完遂するために軍事力を行使する権利を有すると述べており、人民解放軍の能力向上が重要視されていると述べている。その上でKalpit A Mankikarは、2022年に発表された「グローバル・セキュリティ・イニシアティブ(Global Security Initiative:以下、GSIと言う)」は、中国が国際的な安全保障の課題に対処するための枠組みを提供し、発展途上国の安全保障を担う人材を訓練する計画を含んでいるが、このイニシアティブは、テロ対策、サイバーセキュリティ、生物安全保障、新技術分野での協力を強化し、非伝統的な安全保障における統治能力の向上を目指しており、GSIは中国の一帯一路構想と連携して、経済協力と安全保障協力を結びつけ、国際システム内での影響力拡大を図るものだと評価している。
 
(4) West Asleep at the Wheel at the Dawn of ‘Cold War 2’
https://www.geopoliticalmonitor.com/west-asleep-at-the-wheel-at-the-dawn-of-cold-war-2/
Geopolitical Monitor, June 19, 2024
By Nicola Stoev, a Bulgarian economist, the founder and managing director of a foundation called Dobro Surce
2024年6月19日、ブルガリアのエコノミストNicola Stoevはカナダ情報誌Geopolitical Monitorのウエブサイトに“West Asleep at the Wheel at the Dawn of ‘Cold War 2’”と題する論説を寄稿した。その中でNicola Stoevは、現代の国際安全保障環境は、新たな冷戦期に突入しつつあるが、冷戦初期のソ連と中国の提携と現在の中国、ロシア、イラン、北朝鮮の準同盟関係には多くの共通点があり、その主たる目的は米国の覇権を打破することであると指摘した上で、特に中国は、過去10年間、国家防衛計画を準備・精緻化して米国の防衛産業基盤の脆弱性を学び取った結果、中国の防衛産業の製造能力は米国と欧州を合わせたものを上回り、台湾への封鎖を現実的な選択肢として見据えていると述べている。そしてNicola Stoevは、西側諸国は防衛支出の増加をためらい、冷戦2.0に適切に対処できていないが、欧州は自主防衛の役割を果たす必要があり、米国もまたウクライナ支援を継続するべきであると述べた上で、防衛産業の生産能力を北欧や東欧に集中させることで、欧州の防衛能力を強化しつつ、米国の負担を軽減することが求められていると主張している。