海洋安全保障情報旬報 2024年5月11日-5月20日

Contents

5月11日「AUKUSに日本を加えた水中抑止力の強化―日専門家論説」(East Asia Forum, May 11, 2024)

 5月11日付のAustralian National UniversityのCrawford School of Public Policy のデジタル出版物EAST ASIA FORUMは、公益財団法人国際文化会館(IHJ)アジア・パシフィック・イニシアチィブ(API)主任研究員小木洋人の“Enhancing undersea deterrence capabilities with JAUKUS collaboration”と題する論説を掲載し、ここで小木洋人は日本をAUKUSに取り込む議論はまだ慎重であるが、将来を見据えて関係各国は先進防衛技術への投資に対する個々の努力を続けるべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2024年4月、AUKUSはその第2の柱(Pillar-II)において、先進能力開発計画に関する日本との協力を検討する意向を表明した。AUKUSは現在、第1の柱(Pillar-I)である原子力潜水艦および第2の柱である先進防衛技術の開発に取り組んでいる。続く日米首脳会談の声明では、日本の強みを認識することが追加され、この意図が改めて強調された。メディアは、英国とオーストラリアが日本の情報保全体制に対する懸念からAUKUS加盟を躊躇したと報じたが、それでもAUKUSの3ヵ国は日本との協力を追求する道を選んだ。
(2) 日本がAUKUSに加わることで、日米同盟がインド太平洋における同盟網の中心軸であるという認識が強まることは間違いない。しかし、AUKUSは有事の際の防衛に関与する同盟ではなく、防衛技術を推進するための枠組みとしての役割が主であることを考えれば、日本がAUKUSに協力することの重要性はそれほど高くない。日本はAUKUSに参加せずとも、米国、オーストラリア、英国と先進的な能力の開発で協力が可能である。
(3) 原子力潜水艦を取得するためにAUKUSを必要とするオーストラリアとは異なり、日本はAUKUSの参加国である必要はない。共同開発計画への参加国を増やすことは、必ずしもその実効性を高めることを意味しない。それでもなお、AUKUS諸国の指導者たちが、日本を第4のメンバーとして加える可能性を考慮した方がよい理由はある。その1つは、中国に対する「非対称的優位性」による抑止力を持つことである。代表的な例が、中国の海上戦力を低下させる手段を獲得することを可能にする水中における無人機の運用能力の強化である。この能力により、中国の海上戦能力を低下させる手段を獲得することが可能になる
(4) AUKUSを通じた協力は、提携国間の能力統合と標準化も強化する。要素技術を独自に開発することは可能であるが、特定のシステムへ滞りなく統合することは、特に将来の複合生産や相互運用性を見据えた場合、早期段階での協調的な提携の取り組みが必要となる。無線による伝送が困難な水中特有の制約を考慮すると、標準化され、さらに統合された方法で信頼性の高い海中通信を確立することは重要なことである。
(5) 日本は海底無線通信技術の研究開発に多額の投資を行ってきた。2024年1月に水中無人器向けの海底無線音響通信に関する日豪共同研究計画が開始された。将来、複数の水中無人偵察艇の運用展開には接続性が不可欠となることを考えれば、こうした強みに関する日本との協力は、第2の柱を強化するだけでなく、同盟国・提携国間の能力標準化にも役立つだろう。
(6) 各国が、日本を取り込んだ「JAUKUS」の枠組みを急ぐことに慎重になりたいのは理解できる。しかし、個々の共同計画に制約があると判断すれば、それはこの議論を再開する合図かもしれない。それまでの間、関係各国は先進防衛技術への投資に対する個々の努力を止めるべきでないし、また、協力の可能性の扉を閉ざすべきではない。
記事参照:Enhancing undersea deterrence capabilities with JAUKUS collaboration

5月13日「Royal Australian Navyの航空機を中国軍が威圧する理由―オーストラリア専門家論説」(The Interpreter, May 13, 2024)

 5月13日付けのオーストラリアシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreterは、Australia National UniversityのNational Security College上席政策顧問Justin Burkeの“The cause for China’s coercion in the skies may lay under the water”と題する論説を掲載し、Justin Burkeは中国軍がRoyal Australian Navyの航空機を威圧する理由は、それらの潜水艦探知能力にあるとして、要旨以下のように述べている。
(1) なぜ、中国の軍部がAusralian Defence Forceの航空機への嫌がらせに焦点を合わせているように見えるのだろうか?最近では、5月4日に中国のJ-10戦闘機が駆逐艦「ホバート」から飛来したMH-60Rヘリコプターを国際海域で妨害し、その針路上にフレアを投下した。
(2) MH-60Rヘリコプターは、敵の潜水艦を探知するために特化されており、艦艇から迅速に発艦し、また艦艇へ収容することができ、装備する吊下式ソナーによって潜水艦の探知・追尾が可能である。また、MH-60Rヘリコプターから射出されるソノブイによって防護対象となる艦船の前程にソノブイ・フィールドを構築し、艦船に接近しようとする潜水艦を探知し、艦船を防護することができる。同じく標的にされたRoyal Australian Air ForceのP-8哨戒機も同様に電子機器とソノブイを搭載し、対潜水艦戦用に特化されている。これらの航空機が日常的な飛行を行っていたとしても、それらの能力が知られているため、中国軍はそれらが「スパイ活動」をしていると思い込んでいるかもしれない。直近の事件が起きた場所も関係している。「ホバート」とその搭載ヘリコプターは、潜水艦部隊を含む中国の北海艦隊の本拠地である黄海沖の国際海域で行動していた。
(3) 探知はこれ以上ないほど重要なテーマである。探知可能な潜水艦は事実上役に立たないが、隠密性の高い潜水艦は貴重である。非常時においては、どの国がより隠密性の高い潜水艦を保有するかが、将来の台湾封鎖や侵攻の成否を分ける要素になるかもしれない。探知はまた、中国による核の第2撃能力の残存性の核心に関わるものであり、戦略上極めて重要な問題である。将来の探知技術の問題は、オーストラリアが将来、通常型潜水艦部隊を破棄し、原子力潜水艦を選択した理由としても、最も説得力のある説明である。
(4) したがって、オーストラリアの航空機が標的とされているのは、潜水艦探知と海中における勢力均衡において重要な役割を担っているからだと熟考する価値がある。この均衡は、今後数年間にわたってインド太平洋地域の安全と安定を確保するための恐らく最も重要な要素の1つである。
記事参照:The cause for China’s coercion in the skies may lay under the water

5月13日「中米海洋危機管理機構の強化とその課題―シンガポール専門家論説」(IDSS Paper, RSIS, May 13, 2024)

 5月13日付けのシンガポールのシンクタンクThe S. Rajaratnam School of International Studies(RSIS)のウエブサイトIDSS Paperは、RSIS客員研究員Wang Xueの“Strengthening Sino-US Maritime Crisis Management: Urgency, Dilemmas and Solutions”と題する論説を掲載し、し、ここでWang Xueは海洋危機管理機構が予期せぬ海難事故から全面的紛争への事態が拡大することを防止することができるが、現在の中米両国の競争激化と海洋権益の不一致が両国間の海洋危機管理の実践に障害となっており、中国は米国との海洋危機管理機構を一層推進し、改善する必要があるとして、中国寄りの視点から要旨以下のように述べている。
(1) 中米間の競争は様々な分野で激化し続けているが、海洋領域における中米間の相互作用には主として以下の特徴が見られる。
a. 第1に、海上での直接遭遇の頻度が高い。中国側の調査によれば*、米軍は2023年に南シナ海での哨戒任務のために各種哨戒機を延べ約1,000機展開し、頻繁に中国の近海や領空に進入し、中国軍の通常の演習や訓練を妨害し、中国の警戒部隊と接近遭遇してきた。
b. 第2に、海洋領域における中国と米国の軍事衝突の可能性が高いことである。オーストラリアのシンクタンクが2023年7月に発表した報告書**によれば、アジア太平洋地域の空、海領域で2010年から2023年の間、軍艦、航空機、沿岸警備隊巡視船および漁船が関与する少なくとも79件の遭遇事案が発生した。中国の戦闘機と米軍哨戒機との頻繁な接近遭遇は、国防当局間協議、軍事海上協議協定、主要軍事活動の通知に関する信頼醸成覚書、および空・海遭遇における安全のための行動規則に関する覚書など、中米間の一連の既存の行動規則の安定性と有効性に疑問を提起している。
c. さらに、米国によるアジア太平洋地域の同盟国に対する安全保障上の誓約は、中国と米国の同盟国とが関与する海洋紛争に米国が巻き込まれる可能性を高めている。しかし、前b項の既存の中米海事行動規則は、事態が拡大する可能性のある南シナ海での中比間の遭遇事案に必然的に適用されるとは限らない。
(2) 21世紀に入ってから中米両国は海洋危機管理を発展させる意欲を高めているが、幾つかの相容れないジレンマがそうした意欲の完全な実現を難しくしている。
a. その1つは中米間の競争の様相である。World Directory of Modern Military Warshipsが発表したGlobal Naval Powers Ranking (2024) ***によれば、海軍力では米国が323.9点で1位、中国が319.8点で2位となっている。中国は、自国の海洋権益の保護と米国の世界的な海洋覇権戦略との間で相容れない対立に直面しており、米国との能力の溝を埋めようとしている。こうした状況は、中米双方にとって海上危機管理機構を構築する上での構造的なジレンマとなっている。これが中米双方に相手を脅威と見なす心理的認知を生み、海洋危機管理への取り組みを一層妨げている。
b. もう1つの要因は、中米双方の利害の不一致である。両国は、南シナ海、東シナ海、そして台湾海峡で非対称的な権益を有している。たとえば、南シナ海における中国の権益は核心的な海洋権益とされるが、米国は南シナ海を核心的利益とは見なしていない。その結果、南シナ海問題で中国が妥協する余地は基本的にない。したがって、利害の不一致によって、双方の海上における意思疎通と協議に関する合意の余地は限定的である。
(3) 加えて、中米間の既存の海洋危機管理機構には、実践に当たって幾つかの欠点を内包している。
a. 第1に、中国は地域段階と運用段階での中米海洋危機管理機構の適用を洗練し、改善するとともに、両国間の危機予防と意思疎通の枠組みの確立を加速する必要がある。同時に、艦船や航空機との遭遇時に効果的な危機管理を妨げる可能性のある技術的欠陥の是正も重要である。たとえば、様々な遭遇状況において、双方の艦船や航空機が維持すべき最小距離を明確にすることは極めて重要である。
b. 第2に、特に深海における無人機器によって生起しかねない危険を軽減するために、双方は、この新しい遭遇領域における行動規範の開発を検討するとともに、海上危機管理においてAIの利用による新たな解決策を探求することができる。
c. さらに、中国は海上や軍事演習海域での艦船と航空機の「意図的な遭遇」に対する解決策を検討し、既存の機構を微調整する必要がある。たとえば、台湾海峡において、米艦艇や軍用機が中国に対して「航行の自由作戦」や近接偵察行動などの挑発行為を行った場合、中国側が不法侵入を阻止するために米艦艇や軍用機を識別、追尾、迎撃し、あるいは退去させたりすれば、「意図的な遭遇」に繋がりかねない。前a項の既存の中米海事行動規則はこのような「意図的な遭遇」には適用することは難しく、したがって、このような問題の解決策は検討に値する。
(4) 米国の「インド太平洋戦略」の継続的な展開という状況下で、海洋は中国と米国にとって危険を内包する領域となっている。中米間の対立の様相と相反する中核的な海洋利益は、双方にとって海洋危機管理の困難さと複雑さを増している。中国は、海洋領域での中米間の危機時の合意の再構築を主導するとともに、中米間の海洋危機管理を洗練し、中国の危機外交の抗堪性を強化する必要がある。同時に、大規模な軍事展開を困難にし、西太平洋における海洋危機の可能性を低減するために、地域の海洋状況把握の強化に努力すべきである。
記事参照:Strengthening Sino-US Maritime Crisis Management: Urgency, Dilemmas and Solutions
備考*: An Incomplete Report on US Military Activities in the South China Sea in 2023
備考**:Assessing Military and Non-Military Incidents at Sea in the Asia-Pacific
備考***:Global Naval Powers Ranking (2024)

5月13日「米国なしでNATOは維持できない―米専門家論説」(Foreign Affairs, May 13, 2024)

 5月13日付の米Council on Foreign Relationsが発行する外交・国際政治専門の隔月誌Foreign Affairsのウエブサイトは、Atlantic Council(大西洋評議会)特別研究員HANS BINNENDIJK、同上席研究員R. D. HOOKER, JR.、および同特別研究員兼米University of PennsylvaniaのPerry World House上席顧問ALEXANDER VERSHBOWの“NATO Cannot Survive Without America”と題する論説を掲載し、ここで3名は米国が先の大戦で孤立主義の危険性を学んだ結果、創設したNATOから手を引くことは、国際秩序を損ない、権威主義的な支配にとって都合の良い環境になる危険性があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2024年4月、世界で最も成功した軍事同盟であるNATOが75周年を迎えた。Donald Trump前米大統領は、この同盟を時代遅れと見なしており、もし再選されれば、彼は欧州の安全保障に悲惨な影響を与える可能性がある。Donald Trump前大統領の在任中にNATOと緊密に協力していた元米政府高官たちは、Donald Trump前大統領が再選されれば同盟から離脱すると確信している。米国議会もこれを懸念しており、最近、上院の3分の2以上の賛成、もしくは両院協議会の承認がない限り、大統領がNATOから脱退することを禁止するという法律を制定した。しかし、Donald Trump前大統領はこの禁止を回避できる可能性がある。資金提供を保留し、米軍や司令官を欧州から呼び戻し、NATOの最高意思決定機関であるNorth Atlantic Council(北大西洋理事会)での重要な決定を阻止することで、Donald Trump前大統領は正式に離脱することなく同盟を劇的に弱体化させることができる。
(2) Donald Trump前大統領が再選され、反NATOを貫いた場合、最初に犠牲になるのはウクライナであろう。Donald Trump前大統領はウクライナへの追加軍事援助に反対し、ロシアのVladimir Putin大統領に媚び続けている。NATOのJens Stoltenberg事務総長はすでに、ウクライナへの援助を米国主導のUkraine Defense Contact Group(ウクライナ防衛コンタクトグループ)ではなく、NATOの庇護下で調整することで、Donald Trump前大統領の影響を防ごうとしている。Trump政権下で米国が欧州防衛への関与を弱めたり、打ち切ったりすれば、欧州諸国は脆弱性を感じ、ウクライナに重要な軍事物資を送ることに消極的になる。援助が劇的に削減されれば、ウクライナ政府はロシア政府と不利な協定を交渉せざるを得なくなり、ウクライナは軍事的にも経済的にも、ロシアに対して脆弱な孤立国家となる可能性がある。
(3) 萎縮したNATOは、ロシアのさらなる侵略に対して効果的な通常型抑止力を発揮するのに苦労する。ロシアは現在、国内総生産(GDP)の6%を国防費に費やす戦争状態にあり、その権威主義的指導者は、自ら「ロシア世界」と呼ぶ、国際的に承認された国境をはるかに越えた地理的空間に対する支配を強化することに全力を注いでいる。ロシア政府は比較的早く軍を再編成することができ、ウクライナ全土を制圧した後、Vladimir Putin大統領はおそらくバルト三国に焦点を当てるだろう。米国の支援撤退によってNATOの通常抑止力が弱まれば、ロシアはより大胆な行動に出る。
(4) NATO諸国は現在、GDPの2%を国防費に費やしているが、米国の支援がない場合、欧州の軍隊は大国の敵対勢力と戦うための十分な準備、装備、能力を確保できない。欧州は、いくつかの重要な分野において、依然として米国に大きく依存している。米国の援助がなければ、NATOはロシアに対する軍事的優位性の多くを失ってしまう。
(5) 米国がNATOを放棄した場合、核抑止力の低下は欧州の通常型抑止力の問題を深刻化させる。核兵器は同盟国を守るという米国の誓約を支え、核戦力はNATOの抑止力の基盤となっている。Donald Trump前大統領が核の傘を閉じれば、欧州は英仏の600発に満たない戦略核弾頭に頼らざるを得なくなり、これはロシアの5,000発を超える戦略・戦術核弾頭の何分の1かに過ぎない。ヨーロッパには戦術核兵器がないため、ロシアの戦術核攻撃を抑止するには、戦略核戦力による抑止とならざるをえない。米政府がヨーロッパを自力で守るよう放置すれば、ロシア政府は核による恐喝でNATO加盟国の領土を奪うことに成功すると計算するかもしれない。
(6) NATOにおける米国の指導力がなければ、加盟国間の結束と団結を維持することは難しい。バラバラの加盟国の合意を得るには、米国の強い声が必要である。同盟の他のどの国も、この役割を果たせるかどうかは疑わしい。米国抜きのNATOは完全に崩壊する可能性が高い。なぜなら、EUの軍事力は限られており、大規模な戦争を戦うよりも地域的な危機を管理する能力の方が高いからである。仮にNATOが米国の強力な関与なしに存続するとしても、分裂したリーダーシップ、不十分な抑止力、自己主張の強い敵対国という課題は、自由主義的国際秩序を覆そうとする大国ロシアとの戦争の危険性を高める。
(7) 被害はヨーロッパだけに留まらない。米国とオーストラリア、日本、韓国といったアジアの同盟国との防衛関係は、中国の挑発に直面して強固になっている。しかし、米国の誓約に対する信頼の欠如は、これらの国々の一部を、中国や北朝鮮の核兵器の優位性を相殺するために核兵器を追求させ、数十年にわたってこの地域に蔓延してきた脆弱な安定を損なわせる可能性がある。
(8) 米国の経済も打撃を受けるかもしれない。抑止力の崩壊がロシアや中国との全面戦争の引き金となった場合、その経済的対価は途方もないものになる。貿易関係はしばしば安全保障関係に追随する。2023年、大西洋を越えた双方向の貿易額は1兆2,000億ドルを超えた。米国は欧州の産業に約4兆ドルを投資している。約500万人の米国人が、ヨーロッパ資本の産業で働いている。米国は欧州の平和維持に大きな経済的利害関係を有している。
(9) 先の2度の大戦の前、ワシントンは中立し、孤立主義を求めたがうまくいかず、結局両方の戦争に巻き込まれた。戦後、孤立主義の危険性を学んだ米国は、NATOの創設と75年にわたる欧州の平和への道を開いた。米国は前世紀の痛ましい教訓を忘れてはならない。そうしなければ、米国の世界的指導力が損なわれ、ワシントンが築いた国際秩序が損なわれ、権威主義的な支配にとって都合のよい環境になる危険性がある。
記事参照:NATO Cannot Survive Without America

5月14日「日米比同盟における台湾の役割―台湾専門家論説」(Prospects & Perspectives, The Prospective Foundation(遠景基金會), May 14, 2024)

 5月14日付の台湾のシンクタンクThe Prospective Foundation(遠景基金會)のウエブサイトProspects & Perspectivesは、台湾国防安全研究院国家安全研究所長の沈明室博士の“Taiwan’s Role in the US-Japan-Philippines Alliance”と題する論説を掲載し、ここで沈明室は膨張する中国に対し日米比3ヵ国が東シナ海、南シナ海の安全保障に取り組む時、台湾の果たすべき役割が極めて重要で、3ヵ国は台湾と正式な国交はないものの、演習参加その他、軍事・安全保障面での協力関係強化を図るべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 東シナ海、南シナ海、台湾海峡への中国の進出により、この地域の国々は、最悪の事態に備えて軍事力強化と防衛準備を迫られ、中国の拡張を抑止するために、さまざまな演習や戦争への備えを通じて、他の民主主義国との安全保障面での関係強化を望んでいる。中国は、さまざまなグレーゾーン作戦を通じて台湾に嫌がらせを続けている。
(2) 南シナ海情勢は次第に激化し、海洋主権をめぐる紛争から戦争になる危険も高まっている。中国と海洋権益を争う国々は、単独で中国に立ち向かうことはできず、同盟国の支援に頼らなければ主権と領土を失うことになる。米国に関して言えば、韓国、日本、フィリピンなどは、米国と軍事同盟または防衛協定を結んでおり、これらの国々と中国との間で紛争が勃発すれば、米国が介入せざるを得ない。台湾と米国には国交がなく、防衛協定も結んでいないが、米国は台湾関係法に基づき介入することになる。台湾への対外軍事資金供与や訓練支援など、米国は紛争が起こる前に介入準備を整えているようである。台湾海峡の問題は、東シナ海や南シナ海の問題とつながっており、もし台湾海峡で紛争が勃発し、米国が介入に消極的であれば、米国に対する関係国の信頼は失われ、中国に対抗する他の方法や同盟関係を模索することになる。
(3) 米国自身がすべての世界的な紛争や戦争に対処することはできないため、特にインド太平洋地域で米国は同盟国が安全保障上の責任を分担することを望んでいる。中国の軍備拡張により、インド太平洋地域における中国海軍の艦艇数はすでに米国を上回っている。米国は、さまざまな戦争事態の想定に応じて、最前線の国々と軍事同盟を確立する必要がある。AUKUSや日米韓同盟は、既存の安全保障構造に基づき軍事作戦能力を強化するものである。南シナ海問題への対応という点で、周辺国の中で米国と軍事同盟を結んでいるのはフィリピンだけである。しかし、フィリピン1国では中国に対抗できず、最近ではセカンド・トーマス礁問題をめぐって中国とフィリピンの衝突が激化している。米国はフィリピンに軍事基地を増設し、台湾海峡近くの基地に長射程ロケットやミサイルの配備を計画しており、米国・フィリピン軍事協力に注目が集まっている。
(4) 日本は、フィリピンの海洋法執行能力向上のためPhilippine Coast Guardに非武装の巡視船を供与するなど一定の援助を行っている。しかし、フィリピンの軍事開発は、南シナ海における中国のグレーゾーン活動だけに焦点を絞ることはできない。問題は、中国が南シナ海での領有権問題を解決するために軍事力を行使するかどうか、あるいは戦争になった場合、同盟国がどうすれば勝利できるか、中国による武力行使を抑止するために同盟国間の協力をどのように組織するかに移る。米国は、東シナ海、台湾海峡、南シナ海の問題に対応する必要から、主戦力を第2戦線に配置し、展開の柔軟性を維持しなければならない。したがって、韓国、日本、台湾、フィリピンなどの前線の国が強力な戦闘能力を持ち、領海と領土をしっかりと守ることが重要である。現在、フィリピンの防衛力が脆弱なため、米国は、日本やオーストラリア等をフィリピンとの共同訓練や演習に招待し、フィリピンに対する防衛と支援を強化する必要がある。最近の米国、日本、フィリピンの軍事演習は、3ヵ国を重要な軍事同盟として結びつけている。
(5) 南シナ海周辺国の多くは南シナ海における領有権を主張しており、台湾もその一つである。台湾に属する東沙諸島は、台湾海峡から南シナ海へのSLOCの近くに位置し、太平島は南沙諸島の重要な一部で、台湾は南シナ海問題の解決に不可欠であり、南シナ海で紛争が生起した場合、台湾は軍事的対応を取らなければならない。もし、中国が南シナ海問題で台湾と協力しようとすれば、米国、日本、フィリピンは台湾と中国の関係を断ち切らなければならない。日米比の同盟は、中国に対抗するために、志を同じくする民主主義国家による抑止力を拡大し、南シナ海における軍事展開の柔軟性を高める必要がある。
(6) 台湾は第1列島線の中核に位置しており、米国が日本やフィリピンとの軍事協力を強化する際、台湾海峡の紛争や台湾の防衛価値を無視できない。中国は南シナ海の問題に対処する前に、まず台湾海峡問題を解決し、中国の南シナ海での領有権主張を正当化しなければならない。中国が台湾問題解決を狙う場合、米国とオーストラリアによる介入を防ぐべく南シナ海に軍隊を派遣するため、戦争を仕掛けて係争中の島々を奪取する可能性さえある。
(7) 台湾が中国側になれば、日本とフィリピンは2方面から攻撃され、グアムが米国の最前線となる。日米比同盟は、南シナ海問題だけでなく、西太平洋の防衛線をつなぐ強固な鎖を形成し、中国による第1列島線の突破を阻止したいと考えている。南シナ海に焦点を当てれば、台湾を失えば中国の航空機や艦船がバシー海峡を通過し、フィリピン東方海域に抵抗を受けることなく進出できるようになり、ロンボク海峡などの水路にも影響が及ぶ。台湾を失えば、中国が台湾を拠点に太平洋に乗り込んで来て、日本は両側から攻撃を受けることになり、尖閣諸島を失うだけでなく、沖ノ鳥島の主権にも影響が及ぶであろう。
(8) 台湾は米国、日本、フィリピンとの正式な外交関係がないため、これら3ヵ国による共同訓練や演習に参加することができないが、台湾の協力がなければ、東シナ海や南シナ海で米国、日本、フィリピンは中国に包囲される。台湾配備の長距離兵器の数が増え、フィリピン北部や日本の南西諸島をその射程内に収めるようになれば、台湾による協力支援が重要になる。戦時の協力を円滑にするため、台湾が米国、日本、フィリピンとの共同訓練や演習に参加し、同盟国の戦闘・指揮統制要領に慣れ、インド太平洋地域での戦争に備えることが必要である。
記事参照:https://www.pf.org.tw/en/pfen/33-10697.html
*:日本からフィリピンへの援助は海洋法執行能力向上のためPhilippine Coast Guardへの供与であり、軍事援助を行われていない。フリゲートの供与というのはかつて海上自衛隊が米国から供与されたフリゲート2隻を一旦米国に返還し、米国からフィリピンへ供与されたことを指すものと考えられる。

5月15日「中国のNATOに対する不安―フィンランド専門家論説」(The Diplomat, May 15, 2024)

 5月15日付のデジタル誌The Diplomatは、フィンランドNational Defense University上席研究員兼米National Defense University のINSS Center for the Study of Chinese Military Affairs客員研究員Matti Puranenの“China’s NATO Anxiety”と題する論説を掲載し、ここでMatti PuranenはNATOのアジア太平洋化は、中国自身の安全保障環境に影響を及ぼしているが、中国がウクライナでのロシアの戦争を黙認する限り、それを抑制することはできないとして、要旨以下のように述べている。
(1) 中国は、NATOを「米国主導の陣営対決の重要な構成要素」、すなわち中国の台頭を封じ込めるために国際的な連合を網の目のように張り巡らす戦略とみなしている。この問題は、AUKUS、QUAD、そしてフィリピンをこれらの機構に統合することを目的として設立された「SQUAD」を含むインド太平洋において深刻になっている。中国はNATOのアジア太平洋化を懸念している。数年前まで、中国にとってのNATOは、北大西洋に焦点を当てた組織と見なされ、優先事項の中で低い位置にあった。中国とNATOの関係は控えめであったが、定期的な協議や、国際テロや海賊といった脅威を共有する上での限定的な協力は行われていた。
(2) NATOにとって中国は、米中間の大国間対立が激化するにつれ、徐々に課題となってきた。2022年、NATOは新たな戦略コンセプトの中で中国を「同盟体制全体に影響を及ぼす問題(systemic challenge)」と定義し、それ以来、オーストラリア、日本、ニュージーランド、韓国のアジア太平洋4ヵ国(以下、AP4と言う)を首脳会議に招いている。NATOはインド太平洋にその権限を拡大する計画はないと強調しているが、AP4との協力は多くの領域で加速しており、太平洋諸国からも歓迎されている。一部の学者は、NATOは21世紀の国際競争の現実に適合するよう、その任務を更新すべきだと指摘し、グアムやハワイのような戦略的に重要な島嶼をNATOの保障対象から外すことは、抑止力の空隙を生み、中国に利用されると主張している。
(3) NATOのインド太平洋への関心の高まりが、中国政府を警戒させるのは当然である。中国はNATOを自律的な存在としてではなく、覇権秩序を維持するための米国の道具と見なしている。中国の持つ世界観では、米政府は提携国の思惑を支配し、その外交政策決定にも大きな影響を及ぼす存在とされており、NATOも例外ではない。中国から見れば、ウクライナ戦争は米国にとっての天の恵みであり、戦略的自治を求めるヨーロッパの声を完全に封じ込め、NATOを中心とした大西洋のつながりを強化した。
(4) ウクライナ戦争は、NATOを「脳死状態」から復活させ、同盟はウクライナへの支援と失われた軍事力を再建する努力において結束しているように見える。新たな活力の象徴として、NATOはフィンランドとスウェーデンという2つの新たな加盟国を加え、東方や北極圏へと拡大を続けているが、これは中国に大きな批判を呼び起こした。中国は、米国がこの勢いを利用してNATOの関心をアジア太平洋に移転させようとしていると見ており、事実、NATOもそれに耳を傾けようとしている。
(5) 中国にとって、NATOは直接的な軍事的脅威ではないし、同盟が急速に自国周辺に進出して来るとも考えていない。しかし中国は、米国がその同盟国を通じて、主に中国に対する政治的・経済的圧力を生み出すための実質的な影響力を持っていると認識している。さらに、台湾有事の際、米国はNATOの同盟国から有志連合を集め、経済制裁を課し、軍備を提供し、あるいは同盟の法的制限にもかかわらず、軍事作戦に参加する可能性が高い。小規模なNATOと日本の海上演習に加え、急速に発展している情報共有やサイバー・宇宙防衛におけるNATOとAP4の協力を中国は心配している。
(6) NATOは、太平洋と欧州の軍事技術協力の深化を推進している。中国の専門家は、NATO化したウクライナ軍がロシアの軍事技術に対していかに効果的であるかを証明していることに注目している。ウクライナが米国とNATOの支援を受けて、ソ連時代の軍隊をいかに効果的かつ迅速にNATO化できたかも注目に値する。さらに、ウクライナの戦争とNATOの協力が、日本の再軍事化の格好の口実になっていると見ている。
(7) 中国はNATOのアジア太平洋化に対して、同盟そのものを世界の安全保障に対する体系的な挑戦として批判している。さらに、米国を自国の世界支配が保証されていれば同盟国の安全保障には無関心な無謀な覇権主義者という枠組みでも批判してきた。NATOをロシアの利益圏に押しやったことがウクライナ戦争を引き起こしたというのがロシアと中国の見解であるが、同じようなことをアジアで米国が繰り返せば破滅的な結果をもたらす可能性がある。
(8)中国の分析者は、NATOのインド太平洋構想には以下の障害が残っていると指摘する。
a. 現在進行中のウクライナ戦争が最優先されるため、NATOの資源は限られている。テロリズム、気候変動、航行の自由といった分野におけるNATOの世界的な懸念には、どこの国も対応していない。NATOは脳死状態ではなく、インド太平洋は少なくとも当面はNATOの関心の片隅に留まる。
b. NATOは表面的には結束していても、対中国、対ロシア政策に関しては多くの内部分裂を抱えている。特にフランスは、欧州の戦略的自立を求め続け、NATOのインド太平洋地域の拡大に抑制をかけてきた。NATOとEUの結束のもう1つの弱点である。中国は明らかに同盟内の緊張を利用しようとしている。
(9) 中国がウクライナでのロシアの戦争を黙認し続ける限り、フランス、ハンガリーという楔が機能する可能性は低い。それは、欧州との関係の悪化と、その結果としてのNATOのアジア太平洋化は、中国自身の安全保障環境にますます影響を及ぼすからである。
記事参照:China’s NATO Anxiety

5月15日「南シナ海における中国の支配力は低下しつつある―米専門家論説」(9Dashline, May 15, 2024)

 5月15日付のインド太平洋関連インターネットニュースサイト9Dashlineは、U.S. Navyから米シンクタンクStimson Centerへ派遣されている研究員Jonathan Dorsey海軍中佐の“NOBODY LIKES A BULLY: CHINA’S GRIP OVER THE SOUTH CHINA SEA IS SLIPPING”と題する論説を掲載し、Jonathan Dorseyは中国が南シナ海において海軍、海警総隊、海上民兵を使用して、他の領有権主張国等に対して、軍事的威圧、妨害、嫌がらせを強め、さらに10段線を明記した地図を公表するなどして中国の権利主張を強めてきているが、他方、南シナ海沿岸国は中国の暴挙を記録し、公表することで事態に対する国民の理解を深めるとともに国際社会の支持、支援の取り付けに成功しつつあり、このため、中国の支配力は低下しつつあるとして、要旨以下のように述べている。
(1) ここ数十年、世界は南シナ海における中国の拡大する野心を目撃し、中国の野心が過剰な領有権主張につながっている。中国は人工島の建設、世界最大の海軍力の増強、準軍事的な海上部隊の活用を通じて、近隣諸国がそれぞれのEEZ内において資源を利用することを妨害してきた。中国は最近発表した10段線の「標準地図」で自国の主張を強化しようとする誤った考えに基づき、主張を拡大し続けている。しかし、潮目は変わりつつある。近隣諸国は中国の威圧的な戦術にうんざりしており、修正主義国家に対して一線を画し、国家主権の尊重を要求し、自由で開かれたインド太平洋(以下、FOIPと言う)のもとに団結している。
(2) 米シンクタンクStimson Center上席研究員Kelly Griecoによると、「南シナ海における中国の主権侵害は自国の安全保障上の利益とより直接的に結びついていると考える国が多いため、中国の侵略に対抗するための地域連合を構築する見込みは台湾海峡よりも南シナ海の方がはるかに高い」と言う。中国からの威圧、嫌がらせ等を受ける国々は、台湾周辺での活動の激化を、中国との今後の対峙において威圧的な戦術がどのように進化するかを示す重要な指標とみなしており、地域の暴君に対する立場の釣り合いを取り戻す方法を模索している。
(3) 領有権を主張する国は、自国の安全と主権を脅かそうとする中国による危険な行為の増加を目撃し続けており、反撃するという共通の目的を持っている。中国は、中国の地域的優位性を阻害するとみなす国々も標的にしており、U.S. Navy、日本の自衛隊、さらにはカナダまでもが危険な遭遇に晒されている。これらの国々は中国と対等な立場で対峙できるかもしれないが、一方で中国政府の嫌がらせや脅迫、威嚇に対してより脆弱な地域の小国を支援する役割も担っている。
(4) 軍事的には劣勢ではあるものの、南シナ海周辺の中国近隣諸国は、情報公開の強化、海洋安全保障への取り組み、防衛投資の拡大を通じて中国政府に対抗することに成功している。近隣諸国が開発し、展開した対抗戦術は、中国の威圧的な行動に対抗する上での成功戦略を相互に学び、共有する機会を提供している。中国政府は、責任ある地域の指導者として認識されたいという願望と、自らを地域の支配的大国として確立するという長期目標との間で釣り合いを取ろうとしている。南シナ海近隣諸国は、主権主張を強化するために危険な遭遇をうまく指摘し、中国政府が採用している強制的な戦術の種類について国民の認識を高めることで、より大きな国際的支持を集めてきた。情報を公開するという運動の成功を基に、南シナ海近隣諸国は自らの窮状を国際社会に継続的に訴えていく必要がある。
(5) 近隣諸国は広報活動の枠を超えて、2国間または多国間関係を通じて海上保安部隊と海軍を強化する関与の機会を拡大しようとしている。Philippine Coast Guardは、志を同じくする近隣諸国と2023年に実施した訓練と演習の数を増やした。同様に、ベトナムは、計画外の遭遇、海賊対策、違法漁業、災害救助など、さまざまな問題での相互運用性を高めるために海上協力を求めてきた。2023年半ば、インドネシア、フィリピン、マレーシアは、海賊行為やテロ対策を目的とした協調的な哨戒を実施するため、インドネシア、フィリピン、マレーシア3ヵ国共同海洋哨戒の取り組みを再開した。このような協力的な訓練と支援により、これらの国は中国政府に対抗するのに十分な自信を得ている。Philippine Coast GuardのJay Tarriela准将は最近、「中国の違法な脅迫や攻撃的な行動を抑止することもできる」と述べている。
(6) 海上安全保障への投資は、民間船舶の保護、EEZ内の資源の管理、そして競合する領有権に対する主張の維持に必要である。海上安全保障への投資は、すべて、相互利益を守るために理解、信頼、協力を強化することを目的としている。東南アジア諸国は、情報戦、海上安全保障訓練の強化、地域間協力の強化を通じて、南シナ海に対する中国の支配に亀裂を生じさせる方法を見つけつつある。
(7) 南シナ海諸国が自国の裏庭で中国に立ち向かう措置を講じる中、米国主導のさらなる取り組みがこの勢いを維持するだろう。米国主導の統合抑止の実施と軍事的展開の強化は、南シナ海における協力的安全保障を促進する可能性がある。東南アジア諸国は、米国だけでなく、オーストラリア、日本、その他の海洋国家からも支援を受けており、地域全体で協力関係や投資を成功させている。
(8) 米国主導の取り組みにより、攻撃的な中国を抑止し、訓練と支援活動の統合を強化し、重複した活動を合理化し、FOIPを再確認する地域内での国際的に標準化された部隊の展開を確立するための追加的な海上能力が提供されることになる。適切な程度の継続的な関与は、東南アジアの海上保安部隊が主権を主張する有機的な能力を高める。U.S. Coast Guardの存在と能力は、フィリピン、日本、インドネシア、シンガポール、韓国、オーストラリアと海上安全保障の慣行を共有するために巡視船をこの地域に交互に派遣しており、地域全体に浸透しつつある。米国の海上部隊は、こうした輪番制の交代の成功を基に、U.S. Coast Guardが領土海上安全保障活動を支援するために提供する独自の手段と能力を活用するための追加手段を模索し、それによって地域内での関係を強化すべきである。
(9) U.S. Navyは世界有数の「外洋」海軍である一方、この地域の競合国は「沿海域」の海上支援を求めている。米国は従来の陸上部隊に対する対外軍事・安全保障訓練を確立しているが、同等の海上部隊は不足している。海上における所要を支援するために、U.S. Navyは、南シナ海沿岸諸国が求める支援、協力、統合をより適切に提供できるよう、独立した派遣部隊が訓練中に南シナ海沿岸諸国に向けた専用の「沿海域」における海上安全保障訓練を受けられる方法を検討する必要がある。
(10) U. S. Coast Guard は、太平洋諸国との新たな提携を活用して、戦域内に派遣部隊を配備し、U.S. Navyの派遣部隊に交代で乗組員を派遣することができる。U.S. Coast Guard をU.S. Navyの艦艇に乗せることで、海事法と安全保障活動が強化され、軍種間の訓練が容易になり、東南アジアの提携国軍を訓練する海上安全保障の専門家が派遣できる。
(11) 中国政府の新しい地図は国際社会の怒りを買っており、南シナ海地域の緊張を悪化させている。東南アジア諸国の断固たる決意と国際社会の支援によって、中国は南シナ海での支配力を失いつつある。高まる圧力により、中国政府は多方面にわたる威圧作戦を再考せざるを得なくなるかもしれない。
記事参照:NOBODY LIKES A BULLY: CHINA’S GRIP OVER THE SOUTH CHINA SEA IS SLIPPING

5月15日「南シナ海行動規範交渉の障害と展望―オーストラリア専門家論説」(The Interpreter, May 15, 2024)

 5月15日付けのオーストラリアのシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreterは、同Institute研究員Abdul Rahman Yaacobの“A code of conduct won’t solve the South China Sea crisis”と題する論説を掲載し、Abdul Rahman YaacobはASEAN諸国と中国の間で行われている南シナ海の領有権争いに関する行動規範の交渉は、頓挫する可能性が高いとして、要旨以下のように述べている。
(1) ASEANと中国との間の南シナ海における「行動規範」をめぐる交渉は、20年にわたり紆余曲折を経てきた。2023年7月、協定の締結を早めるため、3年という期限を設けることが合意された。
(2) 南シナ海の紛争を平和的に管理するための規範交渉を加速させるという目的は、2つの大きな問題によって頓挫する可能性が高い。
a. 第1の問題は、当事者間の信頼関係が明白に欠如している協議自体の状態である。ASEANの交渉担当者たちは、南シナ海ではさまざまな地帯が領有権として主張されているため、適用水域と呼ばれる規範が扱うべき地理的範囲について合意することさえ困難であると非公式に説明している。一方、中国側の当局者たちは、いくつかのASEAN諸国は、中国に南シナ海での主権を放棄するというような、無理な要求をしていると考えている。しかし、ASEANの交渉担当者達は、中国が交渉中に目標を変えたと考えている。だが、すべての責任が中国にあるわけではない。一部のASEAN加盟国は、交渉でぐずぐずしており、この交渉過程に完全に関与しておらず、南シナ海における紛争に大きな利害関係があるとは考えていないと見られている。あるASEANの交渉担当者は、一部のASEAN交渉担当者達は、準備不足のまま出席し、ほとんどすべての論点について自国の首都に頻繁に指示を仰ぐ必要があり、年に5、6回会議が開かれているにもかかわらず、進展の妨げになっていると説明した。
b. 第2の問題は、成果の質に関するものである。南シナ海における中国の領有権主張に対して下された2016年の常設仲裁裁判所の裁定結果を中国が既にはねつけていることを考えると、その中国に法的拘束力のある協定に署名する意思があるかどうかには疑問がある。この障害を乗り越えたとしても、規範の実施には懸念がある。違反を監視し、強制する効果的な機構はあるのだろうか?もしそうでなければ、この規範は何を意味するのか?。また、ASEANが合意による意思決定過程で活動していることを考えると、期限によってASEAN加盟国は協定の内容の効果を弱めるのだろうか?行動規範に関する協議は、南シナ海に関するASEANの中国に対するより広範な関与の一部にすぎないことを認めなければならない。
(3) 行動規範に関する交渉の期限を設定したからといって、必ずしも合意が早まるとは言えない。その間に、ASEANの領有権主張国は引き続き能力を強化し、オーストラリアや日本のような他の外部勢力と協力して、自国の海洋権益を守るべきである。時には、相手側に軍事的な痛手を与える可能性があるという能力が外交をうまく機能させるための正に手段となるかもしれない。
記事参照:A code of conduct won’t solve the South China Sea crisis

5月16日「中国による全面侵攻を伴わない台湾の占領は実現する可能性があり、それは恐ろしいこととなる―米専門家論説」(National Review, May 16, 2024)

 5月16日付の米隔週誌National Review電子版は、米シンクタンクNational Review InstituteのThomas L. Rhodes FellowであるDominic Pinoの“L A Chinese Takeover of Taiwan without Full Invasion Is Plausible and Scary”と題する論説を掲載し、ここでDominic Pino はAmerican Enterprise InstituteとInstitute for the Study of Warの共同研究による台湾防衛についての新しい報告書は、戦争以外の方法で台湾を徐々に占領しようとする試みがどのようなものかを明確にしているとして、要旨以下のように述べている。
(1) 中国が台湾を乗っ取ろうとしていることに対する米国の対応政策をめぐる議論の多くは、中国の全面侵攻から台湾を守ることを中心に行われてきた。American Enterprise InstituteとInstitute for the Study of Warの共同研究による台湾防衛についての新しい報告書は、戦争以外の方法で台湾を徐々に占領しようとする試みがどのようなものかを明らかにしている。報告書は全体で115ページにも及び、政策専門家や政府関係者との1年にわたる会合の成果である。報告書は、中国が4年間にわたって台湾を乗っ取ろうとするサラミスライス作戦について述べている。中国が数十年にもわたって香港を制圧してきた努力が、基本的に侵略することなく実を結んだ後、米国は台湾でも同様だが、はるかに大規模な事態が発生する可能性を軽視すべきではない。中国の目標は超大国となり、西側諸国による「屈辱の世紀(century of humiliation)」と呼ぶものを取り消すことである。報告書は「中国共産党指導部は、米国とその他の大国は台湾の『分離主義者たち(separatists)』と共謀し、中国人民の意思に反して中国を封じ込め、分断するために、人為的な両岸分断を維持していると考えている」と述べている。
(2) 台湾への全面侵攻は、甚大な死者と破壊をもたらす危険性がある。そのため、中国がそれを望む可能性は低いと思われる。中国は、米国と台湾の独立運動家の小集団が敵であり、台湾の国民は敵ではないと信じている。台湾への全面侵攻は、最も困難な軍事作戦の1つでもある。台湾の地勢は山岳地帯が多く、わずかに開けた土地に複数の人口密集地が存在しており、征服するのは難しい。水陸両用上陸作戦は常に困難であり、中国は1979年の中越紛争からは大規模な戦争を行っていない。しかし、戦闘経験が浅いことが、台湾の主権維持を支持する人々にとっての慰めであってはならない。報告書が描く中台間の短期戦争のシナリオは非常に妥当であり、中国は認知戦(cognitive warfare)やプロパガンダの経験が豊富である。
(3) 報告書は中国が戦争をせずに台湾を乗っ取るための8段階の作戦を想定している。
a. 中国はサイバー戦争と物理的な破壊工作を用いて、水や電気などの台湾の必要不可欠なサービスを大幅に低下させる。台湾政府はこれらの攻撃に効果的に対応できず、台湾の国民は社会不安を抱くようになる。
b. 台湾周辺での中国軍の活動の活発化は、台湾軍を疲弊させ、圧倒し始める。中国の情報戦は、台湾が自国を防衛する能力がないという言説を広め、台湾国民の軍への信頼と安全感を低下させる。台湾軍は、この活動の大幅な増加に対処するには武器が不十分であり、米国に緊急支援を求めているが、U.S. Department of DefenseとU.S. Indo-Pacific Commandは武器提供に消極的である。
c. 台湾は、ますます頻繁な船舶検査と空中および海上封鎖により、物理的に孤立する。国際社会が台湾海峡を避け、台湾の支援に至らない傾向を強めるなか、中国は台湾に対する活動を拡大させる。
d. 台湾を中国による海底ケーブル切断、サイバー戦争、電子戦活動によって情報的に孤立させ、台湾と米国間の信頼できる通信を低下させる。
e. 中国は、台湾の社会を分断するために認知戦を仕掛けており、特に政治関係や両岸関係の面で台湾社会を分断している。台湾の中で、統一に声高に反対する人々は、圧力をかけられ、脅迫され、孤立している。
f. 台湾に対する米国の支援は、関与を継続するための対価と危険性が高まるにつれて、損なわれ続けている。台湾への支援を継続することは、ほとんど利益のない大きな危険であると多くの米国人が見ている。
g. 米国企業と多国籍企業は、台湾をビジネスを行う上で危険な場所と見なしており、中国に事業を移すことを奨励している。
h. これらのすべての努力は、台湾に中国の威圧を減少させる平和的手段を提供する国家機構の創設と発展を支援する。この機構は、中国と台湾の間の開かれた対話を可能にし、平和統一の努力を前進させる。
(4) 報告書を読むと、台湾への支援に反対する米国が「中国は大国であり、ここは中国の一部だ」、「彼らは皆中国語を話し、民族的には中国人だ」「われわれは世界の警察官にはなれない」、「米国は紛争をエスカレートさせる危険にさらされている」、「米国の台湾支援は、台湾経済から利益を得て武器を売りたい大企業からのみ行われている」、「米国の台湾支援は帝国主義/植民地主義かつ白人至上主義だ」と考えていることを示している。こうした主張の多くは、西側諸国における中国の情報工作によって推進されるだろう。その工作により、このより漸進的な非戦的取り組みに対する米国の感受性の欠如は、作戦の進行に伴って各段階を検知することを困難にするだろうと報告書は述べている。これらの行動の多くは過去の中国の行動をひな型にしているため、米国の専門家は脅威が拡大するにつれて、脅威を無視して、同じ行動が繰り返されていると考えたくなるだろう。
(5) 中国は決意を固めているが、報告書が述べているような4年間の軍事作戦を成功させることは、特に米国とその同盟国が脅威を警戒している場合では、困難である。報告書は、台湾との特殊な関係を理由に、米国が中国の乗っ取りを阻止するために主導権を握らなければならないと指摘している。1979年に成立した台湾関係法は、「台湾の人々の安全、社会・経済システムを危険にさらすような武力やその他の形態の強制に抵抗する米国の能力を維持すること」が米国の政策であると述べている。報告書は「米国以外のどの国も、台湾関係法のようなものや、危機的状況にある台湾を支援する法的根拠を持っていない」と述べている。報告書は、米国は国際舞台で台湾の法的地位と権利を改めて強調しなければならないと述べている。報告書は、米国を含むほとんどの国から公式の外交的承認を受けていないにもかかわらず、「台湾は、その海洋領土、空、デジタル空間において、他の民主主義国家と同じ主権的権利を享受している。日米両政府は主権の行使、封鎖解除の準備、圧力下での社会と政府の高い段階の抗堪性の確保、大規模な情報活動への対抗に力を注がなければならない」と述べている。
(6) 報告書は、台湾と米国に提言している。報告書は、台湾は商船に投資し、米国や日本などとの共同海上作戦に参加し、封鎖や危険な海運状況による経済的影響に備えるべきだとしている。米国は海軍の規模を拡大し、中国の悪意ある情報戦を公表し、台湾の法執行機関と協力して両国で活動する外国工作員を処罰し、中国が戦争によらない作戦を進めていることに注意を払うべきである。報告書は「認知戦で成功するための鍵は、自分が犯されていることを認識する能力を持ち、明晰に考え、政府の高レベルの機能を継続する能力を維持することである」と結論付けている。これは台湾にとって困難な課題であり、米国の指導部は今から同盟国を味方につける必要がある。
記事参照:A Chinese Takeover of Taiwan without Full Invasion Is Plausible and Scary

5月17日「インド太平洋はヨーロッパの影響力の範囲に入ることになるだろうか―米在野研究者論説」(The Diplomat, May 17, 2024)

 5月17日付のデジタル誌The Diplomatは、環大西洋問題や反腐敗戦略などを専門とする在野研究者Francis Shinの“The Indo-Pacific Could Be Within Europe’s Reach”と題する論説を掲載し、そこでFrancis Shinはヨーロッパの国々やNATOがインド太平洋への関心を高める中、10年前に発足した統合遠征軍がその足がかりになりうるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2014年、ウェールズにおけるNATO首脳会談で、英国主導の統合遠征軍(Joint Expeditionary Force:以下、JEFと言う)が正式に発足した。その参加国は全てNATOの加盟国でもあるが、JEFはNATOの一部ではない。構成国は英国、デンマーク、エストニア、フィンランド、アイスランド、ラトビア、リトアニア、オランダ、ノルウェー、スウェーデンなどである。それは事前の調整を必要とする「参加承諾を必要とする」連合である。
(2) JEFの現在の活動範囲は北部ヨーロッパや北極圏であるが、2021年に初めて活動を開始してから、世界的な行動範囲を持つ部隊として構想されていた。つまりそれは、インド太平洋におけるヨーロッパの展開を高める枠組みとして期待されているのである。ウクライナ戦争が継続する中でも、ヨーロッパの指導者は、中国による海洋領域の混乱、米国の大統領が孤立主義的政策をとる可能性を警戒している。それゆえに、ヨーロッパ自身で、自由で開かれたインド太平洋を促進するための展開向上を検討しているのである。
(3) 英国はすでにインド太平洋への「傾斜」を示してきた。ヨーロッパの他の国々は、こうした既存の勢いを利用できる。たとえば、Sjøforsvaret(The Royal Norwegian Navy、ノルウェー海軍)は2025年、英国によるインド太平洋への空母打撃群派遣にフリゲートを随伴させる計画である。他の国も、その意思があれば、オマーンやシンガポールの英国基地の利用など、英国の既存の施設や枠組みを利用することができるであろう。
(4) 今後、JEFの地理的範囲がインド太平洋に拡大する可能性はある。JEFは北極圏で活動しているが、夏の間の北極海航路は大西洋と太平洋をつないでいることがその理由である。また英国はすでにインド太平洋の国々と安全保障パートナーシップを結んでおり、そうした国々がJEFに今後参加する可能性がある。
(5) こうした傾向は英国だけでのことではない。IP4と呼ばれるインド太平洋の日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランド4ヵ国がすでに、NATO加盟国との間で相互運用性の強化などを進めている。ドイツ、フランス、イタリアなどはJEFに参加していないが、個々にインド太平洋での存在感を高めようとしている。
(6) JEFの地理的範囲や参加国の拡大には、既存メンバーの承認が必要である。すべての参加国がインド太平洋への拡張に熱心というわけではない。ウクライナ戦争のさなか、欧州北部や北極圏はロシアの侵略の脅威に直面しているのである。
(7) JEFの構成国は全てNATO加盟国であるので、JEF拡大に向けた意見の一致の方法は、NATOの中にあるだろう。NATOはすでに、中国がインド太平洋に突き付ける脅威に対して警戒を強めており、IP4との連携を強化してきた。NATOがインド太平洋における展開を高めるべきだと考えるようになれば、JEFの地理的拡大を後押しするであろう。
(8) JEFの最優先課題はウクライナ防衛に関わることだが、JEFとウクライナの関係は、将来インド太平洋諸国がそれに参加するためのひな形となる事例になり得る。まずIP4にオブザーバーになることを提案すべきである。そして、マレーシアなどを加え、インド太平洋への拡大への勢いを強めると良いだろう。ヨーロッパが自由で開かれたインド太平洋への関心を高める中、JEFはインド太平洋における安全保障上の展開を高めるための枠組みを構築することが重要になってくる。この10年間で、構成国の間で安全保障協力を向上させる枠組みとして汎用性があることを、JEFはすでに示してきた。今後、NATOでの合意が得られればという条件付きではあるが、JEFを足がかりにヨーロッパがインド太平洋に拡大することは可能である。
記事参照:The Indo-Pacific Could Be Within Europe’s Reach 

5月17日「中国が台湾への攻勢を強める最大の要因―台湾外交官論評」(The Interpreter, May 17, 2024)

 5月17日付のオーストラリアシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreter は、事実上の駐オーストラリア領事館である駐澳大利亞代表處代表徐佑典(David Cheng-Wei Wu)による“The most important factor hardening China’s stance on Taiwan”と題する論評を掲載し、そこで徐佑典は、2024年4月24日付のThe Interpreter掲載のTarik Solmazの論説“Three factors hardening China’s stance on Taiwan”に異議を申し立て、中国が台湾に対して攻撃的な姿勢を強めている最大の要因は、そもそも中国側の全体的な外交姿勢がそうなっていることであるとして、要旨以下のとおり述べている。
(1) The Interpreterに最近掲載されたTarik Solmazの論説は、中国が台湾に対するグレーゾーン戦術を激化させている3つの要因を提示した。中国の姿勢が硬化している事実については私も同意するが、異議を唱えたいのは、Tarik Solmaz の議論が通常の外交的やりとりを進めている台湾に、中国の姿勢が硬化する責任があるように見えることだ。Tarik Solmaz にその意図はないかもしれないが、より大きな文脈に位置付けることなく、個別の3つの地政学的要因を抜き出して説明することで、台湾が火付け役であるかような印象を与えてしまっている。
(2) 中国と台湾は全く異なる政治システムを持ったほとんど別々の国である。台湾の1月の総統選は、台湾市民が民主的システムと自分たちの生活様式を守る意志をはっきりと示すものであった。他方、中国は台湾の「再統一」を究極的な目標としており、その膨張主義的意図こそが、台湾に対する姿勢を硬化させている最大の要因なのである。そのことが事実であるから、諸外国はさまざまな方策を通じて、台湾海峡周辺の平和の重要性を繰り返してきたのである。たとえば、Biden大統領は台湾への財政支援を含む2024年の補正予算に関する法律に署名した。
(3) 習近平体制が、前任者たちのそれと大きく異なることははっきりしている。「中華民族の偉大な復興」を唱える習近平が権力の座についてから、さまざまな点でその姿勢が硬化した。南シナ海では緊張を拡大させ、また最近では、台湾との中間に位置するM503飛行経路を一方的に、台湾側へと修正した。こうしたことから、台湾の側に中国の姿勢硬化の責任があるとみなすことはできない。
(4) 中国の攻撃的姿勢は台湾や南シナ海だけでなく、ある報告によればオーストラリアに対するサイバー攻撃も行われている。こうしたことを考慮すると、Tarik Solmaz が提示した「3つの要因」には、そもそも中国が長きにわたり、かつ一方的に、あらゆることに対して姿勢を硬化させてきたという事実認識が欠けていると言える。中国が一方的かつ全面的に外交姿勢を硬化させている事実を無視するのは、現在の戦略的な全体像の最も重要な真実の無視につながる。
記事参照:The most important factor hardening China’s stance on Taiwan
関連記事:4月24日「中国の態度を硬化させる3つの要因―英防衛問題専門家論説」(The Interpreter, April 24, 2024)
https://www.spf.org/oceans/analysis_ja01/_20240421.html

5月17日「北極圏への影響力拡大に苦戦する中国―米メディア報道」(VOA News, May 17, 2024)

 5月17日付の米国営放送Voice of Americaのウエブサイトは、“China’s shrinking Arctic ambitions are seen as confined largely to Russia”と題する記事を掲載し、北極圏への影響力拡大を目指す中国であるが、現在、中国の影響力が拡大する可能性があるのはロシアの北極圏領域に限定されているとして、要旨以下のとおり述べた。
(1) 中国は自らを「近北極国家」として確立しようとしているが、そのことは中国をロシアに接近させている。というのも、他の国々が中国との協力に関心を失っているからである。
(2) 中国が北極圏に突き付ける脅威の程度について、専門家の意見は分かれている。COVID-19の世界的感染拡大以前、中国は複数の北極圏国家に研究拠点を設立しようとした。そうした動きは、中国の北極圏に対する影響力拡大を示唆しているように見えたのである。しかし、カナダのSt. Francis Xavier University教授Adam Lajeunesseによれば、北極圏における中国の影響力は、「ロシアの外部では崩壊している」とのことである。中国の北極圏における基幹施設支配は、実現しなかったのである。
(3) 2022年12月、VOAは重要な科学基地が存在するノルウェーとアイスランドに、中国が人員を派遣する計画を立てていると報じた。しかし、そうした兆候は存在しない。グリーンランドに研究基地を建設しようという計画も、デンマークの反対で棚上げになった。その結果、中国はもはや北極圏海域に直接進出することができなくなった。そして、中国はその野心をロシア領の北極圏に集中させることになった。
(4) 中国が北極圏に関心を持つのは、漁業や鉱物資源、ヨーロッパへの航海時間の短縮などと考えられている。駐米中国大使館の報道官である劉鵬宇は、「中国は北極圏国家の主権や司法権を尊重している」とし、北極圏についてもっとよく知るために「すべての関係各国と協働するつもりである」と述べている。
(5) 多くの専門家が中国の北極圏での活動を注視している。ある専門家によれば、中国がロシアから期待できる協力は限られている。中国は一帯一路構想のもと、調査や軍事的関与などの増加を模索するだろう。この点がロシアにとっての懸念事項になるだろう。ロシアは北極圏における主権と独立の維持を間違いなく望んでいるからである。ただし、何らかの協力がそのうち為されることは間違いないが、ロシアはもともと、非北極圏国家が北極圏に関わってくることに対して懐疑的である。中国としては、自国に懐疑的な国々との関係において北極圏への関与を深めるより、投資を必要としているロシアとの協力によって利益を得ることのほうが容易である。
(6) 中国はまた、カナダの北極圏領土への進出にも関心を持っている。それを獲得できれば、中国はロシアの北極圏だけで孤立しているとはみなされず、地域全体への影響力を維持することができるだろう。それは、自分たちが近北極圏国家だと主張する国にとって、基本的なことなのである。
記事参照:China’s shrinking Arctic ambitions are seen as confined largely to Russia

5月20日「南シナ海でフィリピンが中国とのエネルギー取引を必要とする理由―香港専門家論説」(South China Morning Post, May 20, 2024)

 5月20日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、アジア太平洋地域のエネルギー市場および地政学の専門家Tim Daissの“South China Sea: why the Philippines needs a Chinese energy deal”と題する論説を掲載し、ここでTim Daissは南シナ海の石油・LNGを共同開発する協定がフィリピンと中国の間で結ばれれば、両国関係が活性化し、フィリピンのエネルギー不足の問題が解決されるだろうが、そのためにはフィリピン現大統領が最初の一歩を踏み出すための政治的決意を持つ必要があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 南シナ海で中国とフィリピンが緊張する中、妥協の余地はほとんどないように思われる。しかし、中国とフィリピンの関係は、緊張した関係に新たな息吹を吹き込むかもしれない解決策、すなわち石油とガスの共同探査と生産を提供する可能性がある。中比両国は以前から石油・ガス協力に合意している。
(2) 2005年の中越比3ヵ国は、石油とガスの海底を調査する契約に署名し、3ヵ国のチームは共同探査地域全域を包摂する約18,000kmの地震データを収集したが、勢いを失い、2016年のエネルギー源を探査協定も勢いを増すことはできなかった。しかし、2023年、中比両国が南シナ海の石油・ガス協力の再開を強調する共同声明を発表したことで、再び期待が高まった。これには、海洋問題を解決するための外交的意思疎通機構の確立も含まれていた。この声明は、フィリピンのFerdinand Marcos Jr.大統領が2024年1月に北京で中国の習近平国家主席と会談した際に南シナ海の石油・ガス協力の再開を強調する共同声明が発表されたが、訪問から1週間も経たないうちに、中国とフィリピンの関係は後退し、フィリピンの最高裁判所は、2005年の共同探査契約は違憲であるとの判決を下した。それ以来、中国とフィリピンの間の緊張は拡大している。
(3) Marcos Jr.政権が中国政府に好意を示す1つの方法は、裁判所の判決が2005年の合意にのみ関係していることから、新たな探査協定を推し進めることだろう。Marcos Jr.大統領に代替案がなければ、マランパヤ沖合ガス田の埋蔵量が数年以内に枯渇した場合フィリピンは液化天然ガス(以下、LNGと言う)不足に苦しむことが予想される。このため、中国との新たな園エルギー探査協定への交渉を国家安全保障に不可欠とすることさえできる。フィリピンは、国内のLNG供給の減少を見越して、マニラの南約100kmのバタンガス州を中心に、LNG輸入ターミナルを複数建設している。ただし、LNGの輸入への過度な依存は問題である。
(4) 世界的にLNGの供給が逼迫していることや、フィリピンが新規参入国であることから、輸入ターミナルは、長期供給契約を補完するために、不安定なスポット市場からLNGを購入する必要がある。スポットLNGの価格変動は大きく、スポット供給に頼ることは、フィリピンのエネルギー安全保障を危険にさらすことになる。LNG供給のバランスをとる方法は、中国の3大石油・ガス会社のうちの1社との共同生産である。2005年の中国・フィリピン・ベトナム調査に参加した中国海洋石油集団公司(CNOOC)は、共同探査と生産を成功させるための専門知識と経験を持っている。
(5) 南シナ海の海底にどれだけの石油と天然ガスが眠っているかは、何十年にもわたって議論の的となってきた。埋蔵量の多くは、領土紛争のために未開発のままである。U.S. Energy Information Administration(米国エネルギー情報局、EIA)は、この地域には約190兆ft3天然ガスと110億バレルの石油が確認埋蔵量と推定埋蔵量として埋蔵されていると推定している。これらの埋蔵量のほとんどは、紛争地域ではなく、南シナ海の縁に沿っている。U.S. Geological Survey(米国地質調査所、USGS)は、さらに160兆ft3天然ガスと120億バレルの石油が未発見になる可能性があると推定している。これらの数字を大局的に見ると、フィリピン最大のマランパヤガス田には2兆7000億ft3の天然ガスが埋蔵されている。このように、南シナ海の圧倒的な量の資源を考えると、中国とフィリピンの共同探査・生産協定は、2国間関係を改善し、地域の平和に貢献するだけでなく、フィリピンが差し迫ったエネルギー危機を克服するのにも役立つ。しかし、フィリピンが最初の一歩を踏み出すには、新たな段階の政治的決意と勇気が必要である。
記事参照:South China Sea: why the Philippines needs a Chinese energy deal

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
 
(1) Nuclear brinkmanship in Putin’s war: Upping the ante
https://www.brookings.edu/articles/nuclear-brinkmanship-in-putins-war-upping-the-ante/?utm
Brookings, May 14, 2024
By Pavel K. Baev, Nonresident Senior Fellow at Brookings
2024年5月14日、米シンクタンクThe Brookings Instituteの客員上席研究員 Pavel K. Baevは、同Instituteのウエブサイトに“Nuclear brinkmanship in Putin’s war: Upping the ante”と題する論説を寄稿した。その中でPavel K. Baev は、ロシアのウクライナ侵攻が始まって以来、核戦争の脅威が常に存在しているが、Putin大統領が最近発表した戦術核兵器の使用訓練は、西側諸国の「挑発的な発言」に対抗するものであり、ロシアの核瀬戸際政策が新たな段階に入った可能性を示しているとし、この新たな威嚇に対して、西側諸国は従来の抑止姿勢を強化する必要があると述べている。そしてPavel K. Baevは、Putinの新しい大統領任期の出だしは不安定であり、かつ、ロシアはウクライナへのミサイル攻撃を強化しているが、戦略的突破口を見出せていないと指摘した上で、国際的な支援がウクライナに届き、ロシアの軍事的優位性は崩れつつあることから、Putin大統領が核兵器の使用に踏み切る可能性が高まっており、今後のロシアの核兵器使用への事態の拡大を防ぐためにも、西側諸国には積極的な外交と強固な抑止戦略が必要であると主張している。
 
(2) Taiwan Is the New Berlin
https://www.foreignaffairs.com/taiwan/taiwan-new-berlin-china-cold-war-dmitri-alperovitch
Foreign Affairs, May 15, 2024
By DMITRI ALPEROVITCH is Chairman of Silverado Policy Accelerator
2024年5月14日、米シンクタンクSilverado Policy Acceleratorの議長であるDMITRI ALPEROVITCHは、米Council on Foreign Relationsが発行する外交・国際政治専門の隔月発行誌Foreign Affairsのウエブサイトに“Taiwan Is the New Berlin”と題する論説を寄稿した。その中でDMITRI ALPEROVITCH は、台湾は現在の米中対立における新たなベルリンである指摘した上で、冷戦時代のベルリン危機から学ぶべき教訓は、現在の米中関係にも適用可能であり、ベルリンの壁が建設されたことで、冷戦の最も危険な段階が終わり、米ソ間の緊張緩和が実現したであると述べている。そしてDMITRI ALPEROVITCH は、これと同様に、台湾問題においても、米国は強固な抑止戦略を採用し、中国に対して侵略が重大な結果を招くことを示す必要があるが、米国は冷戦初期のように、時間をかけて中国の進出を抑制し、その過程で中国が自ら過失を犯すように誘導するべきであると述べ、時間は米国の味方であり、適切な戦略を採用すれば、将来的には中国が台湾侵攻を断念する可能性が高まると主張している。
 
(3) Japan and the Philippines Increase Their Focus on Island Defense
https://thediplomat.com/2024/05/japan-and-the-philippines-increase-their-focus-on-island-defense/
The Diplomat, May 17, 2024
By Christopher Woody is a defense journalist based in Bangkok. 
2024年5月17日、タイを拠点とする防衛ジャーナリストChristopher Woodyは、デジタル誌The Diplomatに、“Japan and the Philippines Increase Their Focus on Island Defense”と題する論説を寄稿した。その中では、①フィリピンと日本は、台湾に近い両国それぞれの小さな島々の防衛に重点を置き、新たな軍事能力に投資し、米国との訓練を拡大している。②フィリピンの政府関係者は、台湾をめぐる暴力によって自分たちの利益が直接脅かされることを認識している。③台湾に最も近い日本列島とフィリピン列島に焦点を当てるのは、台湾周辺の作戦にとってだけでなく、日本から台湾、フィリピンを経てインドネシアに至る第1列島線に沿った作戦にとっても重要であることを反映している。④台湾に最も近いフィリピンと日本の島々は、地理的位置の関係から、中国の西太平洋への進出を制限または封じ込めるだけでなく、第1列島線の西側へのU.S. Armed Forcesの移動を容易にするために重要である。⑤日本とフィリピンはともに軍事力を増強しているが、台湾が中国に攻撃された場合、防衛に参加するかどうか、あるいはどのように参加するかは定かではない。⑥中国による直接攻撃がない限り、日本政府やフィリピン政府は、台湾が攻撃されるという中台間の紛争において米国に限定的な支援しか行わないかもしれない。⑦しかし、日本やフィリピンが関与を制限しようとしても、中国の軍事計画者は両国に展開するU.S. Armed Forcesを攻撃する必要があると判断する可能性があるなどの見解が示されている。
 
(4) BY, WITH, AND THROUGH AT THE SECOND THOMAS SHOAL
https://warontherocks.com/2024/05/by-with-and-through-at-the-second-thomas-shoal/
War on the Rocks, May 20, 2024
By Nick Danby, an active-duty U.S. Navy intelligence officer. He recently concluded a two-year operational tour in the Western Pacific theater.
2024年5月14日、現役のU.S. Navy 情報将校Nick Danbyは、米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockに“ BY, WITH, AND THROUGH AT THE SECOND THOMAS SHOAL ”と題する論説を寄稿した。その中でNick Danbyは、フィリピン駐米大使がインド太平洋地域で戦争が起きるなら、それは台湾ではなく南シナ海の環礁や浅瀬を巡る争いであり、特に中国とフィリピン間の領有権争いが「真の火種」となると述べていることを紹介し、中国は南シナ海の航路と資源を支配し、米国の軍事活動を制限しようとしているが、中国はセカンド・トーマス礁を含むフィリピンの排他的経済水域内の領有権を主張しており、同礁は特に紛争の可能性が高いと指摘している。その上でNick Danbyは、フィリピンは第2次世界大戦時代の艦艇を座礁させ、海兵隊を駐留させているが、中国の妨害に直面しており、米国とその同盟国はフィリピンに対する具体的な支援を通じて中国の攻撃を抑止し、海洋監視センターの設立やフィリピン海軍への艦船提供を検討するなどの対策を検討すべきだと主張している。