海洋安全保障情報旬報 2024年4月21日-4月30日

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4月23日「西インド洋地域の海洋安全保障に無関心なオーストラリア―オーストラリア専門家論説」(The Strategist, April 23, 2024)

 4月23日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、University of Melbourneの博士課程院生でAustralia India Institute研究員Tushar Joshiの“Out of focus: Australia neglects western Indian Ocean”と題する論説を掲載し、Tushar Joshiはオーストラリアが他のQUAD参加国と同様に西インド洋地域を重視すべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) QUADの参加国はしばしばインド太平洋について議論するが、インド太平洋が具体的にどのようなものであるかに関しては見解が分かれている。インドと日本は、インド洋西部を含む広範なインド太平洋の解釈を提唱しており、これは両国の広範な経済的・安全保障的利益に合致している。米国は2020年度国防権限法を通じて、インド太平洋の概念をアフリカ東岸にまで拡大したが、オーストラリアは最近発表した2024年度国家防衛戦略でも繰り返し述べられているように、太平洋、インド洋のオーストラリア側および東南アジアの一部に焦点を絞った狭い解釈を維持している。この乖離は、特に海賊のような海洋安全保障上の課題において、実務上の意味を持つ。西インド洋における海賊行為に対するオーストラリアの配慮は限定的であり、他のQUAD参加国の積極的な姿勢とは対照的である。
(2) オーストラリアがこの地域に貢献していないわけではない。2009年、オーストラリア政府はケニアの海賊対策に50万ドルを援助すると発表した。1990年以降、Royal Australian Navyは派遣されており、2014年にはEUの共通安全保障・防衛政策(Common Security and Defence Policy)の任務と、西インド洋の能力構築を重視した「アフリカの角におけるEU地域海上能力構築派遣団」(EU Mission on Regional Maritime Capacity Building in the Horn of Africa :EUCAP Nestor)に参加している。しかし、オーストラリアの海賊管理への具体的な取り組みがなかったのは、Royal Australian Navyの関心の多くが自国周辺海域に向けられているからである。西インド洋地域におけるオーストラリアの不在は、EU の「アタランタ作戦(European Union Naval Force Operation ATALANTA)」やMaritime security Centre, Horn of Africa(アフリカの角における海洋安全保障センター:MSCHOA)など、海洋状況把握の面で域外の組織に依存することになる。
(3) さらに、ペルシャ湾からインド洋を横断する重要な航路を見過ごすことで、オーストラリアは世界の石油輸送の3分の2とばら積み貨物の3分の1を運ぶ重要な交易路を無視している。紅海とアデン湾におけるフーシ派の攻撃が引き金となって発生した、1万6千頭の羊と牛を積んだ船がオーストラリアの港で座礁したような最近の事件は、世界貿易の脆弱性と包括的な海上安全保障対策の必要性を浮き彫りにしているが、その基本的な前提条件となるのは、インド太平洋に対するより広範な理解である。
(4) 逆に、中国はこの地域に一貫した関心を示しており、ジブチ、ケニア、マダガスカル、タンザニアの港湾基幹施設に投資し、これらの国に外交的足場を築いている。中国の広範な海上シルクロード構想の一環として、2008年以来ソマリア沖で行われている中国海軍の海賊対策活動は、海洋力と影響力の拡大に対する中国の関与を反映している。中国の戦略的影響力は、フーシ派の指導者が中国船に安全な通航を認め、この地域を航行する1,200隻以上の中国商船が直面する危険性を軽減したという事実によっても示されている。
(5) オーストラリアはインド洋西部の戦略的重要性を認識し、QUADの枠組みの中で積極的に協働しなければならない。QUAD参加国、特にインドに対する相互依存性と関与を示すことで、オーストラリアは一体感と連携を促進しつつ、地域の安定性と抗堪性を強化できる
記事参照:Out of focus: Australia neglects western Indian Ocean

4月23日「中国人民解放軍の組織改編―台湾専門家論説」(The Diplomat, April 23, 2024)

 4月23日付のデジタル誌The Diplomatは、台湾の淡江大学国際事務与戦略研究所助理教授の林穎佑および英King’s College院生廖子豪の“RIP, SSF: Unpacking the PLA’s Latest Restructuring”と題する論説を掲載し、ここで両名は2024年の中国人民解放軍の改編は、軍隊の進化の複雑さとそれが地域の安全保障力学に与える影響を掘り下げるという新たな研究課題の基礎となるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 中国人民解放軍(以下、PLAと言う)は4月19日、戦略支援部隊(以下、SSFと言う)を正式に解散し、情報支援部隊(以下、ISFと言う)を編成した。これは、中国の軍事組織戦略における微妙な変化を意味する。この改編は、世界の潮流と潜在的な敵対国の構造に合わせることで、情報戦とサイバー作戦によってますます定義される時代において、PLAの能力を強化することを目的としている。2015年末にPLAは大幅な組織改革を行い、陸軍、海軍、空軍、火箭軍(ロケット軍)と並ぶ新たな部門としてSSFを設立した。しかし、今回の改編により、そのSSFは廃止され、PLAは「4軍種、4兵種」と呼ばれる新たな編成となった。4軍種とは陸軍、海軍、空軍、火箭軍の4つを指す。
(2) 4兵種とは、中央軍事委員会直属である航空宇宙軍、サイバー空間軍、情報支援部隊、聯勤保障部隊(Joint Logistics Support Force:以下、JLSFと言う)であり、戦域レベルで宇宙問題の監督を担当していたSSFの航空宇宙システム部は、航空宇宙軍に移行した。同様に、サイバー戦争を任務としていたサイバー・システム部は、サイバー空間軍となり、以前はC4ISR(指揮、制御、通信、コンピューター、情報、監視、偵察)を監督していた電子・電磁システム部門は、ISFに集約され、JLSFは既存の部隊である。JLSFは以前から中央軍事委員会の直属下で後方支援を監督し、戦域レベルの副司令官が指揮を執る。この改編により、SSFは3つの戦域レベルの部隊に分割された。
(3) 改編の背景には、SSFの任務に起因する懸念に対処することが第1の理由である。SSFは情報通信技術だけでなく、航空宇宙、サイバー作戦、電子戦も任務としていた。その結果、SSFは個々の部隊が資源を奪い合い、手薄になり、重複した組織構造が必然的に運用効率を阻害していた。
(4) 一方で、ロシアの軍事再編は、PLAにとっても1つのひな型となり得る。
a. 2012年の時点で、Dmitry Rogozin副首相(当時)はロシア・サイバー司令部の設立を提案していた。その後、2013年にはSergei Shoigu国防相が参謀本部に、U.S. Cyber Commandをひな型としたロシア型サイバー司令部の設立に着手するよう指示した。
b. 2013年にサイバー部隊の編成が完了し、Ракетные войска стратегического назначения(Strategic Missile Forces of the Russian Federation、ロシア戦略ロケット軍)にコンピューター攻撃検知・防止システムの部門が設置されたことが報じられた。
c. 2017年初め、ロシアState Duma Defense Committee(国家議会国防委員会)のAndrei Krasov第一副委員長は、ロシア軍におけるサイバー部隊の存在を否定したが、主要国の間でそのような部隊を設置する傾向があることは認めた。その後、2017年2月にМинистерство обороны Российской Федерации(Ministry of Defence of the Russian Federation:以下、ロシア国防省と言う)は、サイバー攻撃からロシア軍の指揮統制通信システムを保護し、対プロパガンダ活動を行うことを主な任務とするサイバー情報ユニットの設置を認めた。
d.2023年までに、ロシアのMaksut Shadayev担当大臣は、ロシア国防省がより包括的なサイバー部隊を設立するという考えを公に支持し、デジタル人材を迅速に投入し、即時能力を拡大し、サイバー戦場の傾向を感知し対応するために、採用数を増やすことを提唱した。
(5) PLAの最近の改編が、従来の5つの主要軍種(陸軍、海軍、空軍、ロケット軍、戦略支援部隊)と1つの直属の聯勤保障部隊という構成から、現在の「4軍種、4兵種」に移行し、ISFの役割を強調していることは注目に値する。この改編の発表は、習近平自らも出席したISFの発足式典で行われた。この動きはロシアの慣行とある程度似ている。習近平はISFの発足式で、新部隊を「ネットワーク情報システムの構築と応用を調整する重要な柱」と呼び、「中国軍の質の高い発展と現代戦での競争力を高める上で重要な役割を果たすだろう」と付け加えた。
(6) 2024年の改編後、PLAが新しい制度的枠組みに速やかに適応できるかどうかという疑問には、まだ答えが出ていない。上層部の大幅な人事異動とPLAが受けた組織の大改革により、部隊が完全な作戦能力を達成するのに必要な時間枠は不透明である。さらに、新たな組織体制が作戦効果に予期せぬ課題をもたらすのではないかという懸念もある。これらの不確実性は、この改編が台湾の国防変革にもっと時間を割くことができるかどうかという疑問を提起している。これらの問題は、PLAを研究する学者にとって、現在進行中の軍隊の進化の複雑さと、それが地域の安全保障力学に与える影響を掘り下げるという、新たな研究課題の基礎となる。
記事参照:RIP, SSF: Unpacking the PLA’s Latest Restructuring

4月24日「ウイスキーか武器か?台湾をめぐる英国の論調の変化―英博士課程院生論説」(The Diplomat, April 24, 2024)

 4月24日付のデジタル誌The Diplomatは、英University of Portsmouthの博士課程院生Max Dixonの“Whisky or Weapons? Britain’s Changing Tone on Taiwan”と題する論説を掲載し、ここでMax Dixonインド太平洋地域における英国の役割の増大と中国がもたらす脅威の中で、英国外交政策において台湾が重要な位置を占めつつあるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2024年3月25日は、中国による英国の政府や企業に対するハッキングについて驚くべき暴露があっただけでなく、英議会が平静を失った日であった。同じ日に、スコットランド国民党のStewart McDonald下院議員は、英国の台湾への取り組みについて興味を掻き立てる討論を行っている。重要なことは、Anne-Marie Trevelyanインド太平洋担当大臣が採用した議論の文言、特に台湾の枠組みが中国の国際的行動に対する英国の懸念の高まりにつれて、台湾に対する英国の取り組みが変化してきていることを強調していることである。英国の外交政策における台湾に対する微妙な取り組みは、Anne-Marie Trevelyanの声明を、2017年と2022年の同様の下院の討論会で行われた声明と比較することで明らかになる。台湾は、かつては単なる経済的機会であり、スコッチウイスキーの重要な市場と見なされていたが、今では英国の経済安全保障に不可欠な防衛を伴う重要な安全保障問題として位置付けられている。これは英国の外交政策の実質的な転換を示している。しかし、基本的には、Olivier Dowden副首相が2024年3月25日、中国のハッキングに関する議会声明で、新疆ウイグル自治区、香港、南シナ海を中国の「敵対的活動」の増大の証拠として言及したにもかかわらず、台湾に言及しなかったことで浮き彫りにされているように、英国の外交政策概念における台湾の立場は、公式には確認できないままである。しかし、2024年3月のAnne-Marie Trevelyanの台湾に関する発言と、前任者のMark Fieldが2017年の国会討論会で台湾と英国の関係に言及したことや、Amanda Milling元外務大臣が2022年の討論会で台湾について述べたことを比較すると、台湾に対する英国の認識が変化していることが明らかになる。台湾は、インド太平洋地域における英国の役割の増大と中国がもたらす挑戦に関する討論の中で、ますます重要になりつつある
(2) Anne-Marie Trevelyanは、英国の台湾に対するそれまでの公式の文言を提示した。Anne-Marie Trevelyanは、英国と台湾の「強力な非公式」なつながりについて述べており、前任者のMark Fieldが2017年に「非公式ではあるが強力な関係」に言及し、Amanda Millingが2022年に「非公式ではあるが間違いなく重要な」英国と台湾の関係を構築したことに同調している。しかし、Amanda Millingの前任者Mark Fieldは英国と台湾の連携の機会を制限していた。英台共通の「経済的、科学的、教育的利益」に焦点を当てた航空安全、気候変動、組織犯罪の分野との関係について、Anne-Marie Trevelyanは、両国関係におけるもう1つの「共通の利益」、すなわち「インド太平洋地域の安全と繁栄」の維持を指摘した。このような枠組みは、AUKUS協定の文言を反映しており、英国の地域への取り組みにおける台湾の立場と、地域の増大する不安定さに直面し、対処する立場を高めているように見える。中国が「武力行使を放棄する」ことを拒否し、「海峡の平和と安定」を損なうと威嚇していることをAnne-Marie Trevelyanが直接批判したことは、英国の閣僚の台湾への取り組みの距離を浮き彫りにしている。実際、閣僚の議論を分析すると、2017年の陽気な言葉のやりとりから、2022年の懸念される地域、そして2024年の脅威にさらされた島へと台湾が変化してきたことがわかる。
(3) 国際貿易の役割は、台湾への英国の取り組みの変化を理解する上で極めて重要である。2017年、Mark Fieldは、台湾の存在感は主に台湾が「貿易と投資」の機会を提供したからと考えていた。英中関係の「黄金時代」に演説したMark Fieldは、台湾と中国の経済関係の「厚み」を強調し、中国政府と2016年に選出された蔡英文政権との間に公式な接触がなかったにもかかわらず、台湾と中国の人々の間の経済的「相互作用」の効力が両岸関係に明らかな平和的な影響を与えたと仮定していた。そのような仮定は、2014年に起こった「ひまわり学生運動」に代表される、台湾の馬英九元総統の中国との経済的関係のあり方に対する明確な民衆の反論を考えると、全く間違っていた。これは、南アジアや東南アジアへの投資と両岸経済への関与を相殺するという蔡英文総統の断固たる政策によって強化された。一方、Mark Fieldが貿易に重点を置くことは、英国と台湾の関係における英国の唯一の優先事項であるように見えた。貿易は2022年のAmanda Millingにとって「もう一つの優先事項」に過ぎなかった。2017年に半導体について一度も言及されなかったが、Amanda Millingは台湾の半導体に関する知識と、英国の「デジタル経済」を推進する上での半導体の重要な役割を提起している。実際、台湾の「世界市場を支えるテクノロジー・サプライチェーンにおける重要な役割」を認識する中で、Amanda Millingは中国の侵略が世界に与える有害な影響に言及した。それでもAmanda Millingは、台湾の半導体に関する知識を主に英国と台湾の協力の機会として捉え、英国と台湾の半導体研究センターの間で覚書が締結されたことを祝った。重要なのは、2024年3月、Anne-Marie Trevelyanが貿易の重要性と「グローバル・デジタル経済」における半導体の役割にも言及したことである。しかし、Anne-Marie Trevelyanは貿易の役割以上に踏み、中国による台湾侵攻は「世界経済の最大10%の世界貿易を破壊しかねない」と述べ、台湾の貿易機会を安全保障に直接結びつけている。そのため、Anne-Marie Trevelyanは、台湾海峡における「一方的な現状変更の試み」は、世界に破滅的な「経済的影響」をもたらすと改めて主張した。台湾は、価値観と規範を共有する英国の提携国として、また、明確かつ現実的な中国の脅威に直面している世界貿易におけるかけがえのない行為者となった。これは、英国の台湾に対する理解の明らかな発展である。
(4) 英中関係の黄金時代は輝きを失っている。中国政府による香港の市民的自由に対する徹底的な弾圧は、英国の中国に対する認識の無邪気さの喪失となった。南シナ海や中印国境沿いでの中国の侵略や、新疆ウイグル自治区のウイグル人イスラム教徒に対する中国の扱いは議会の狼狽を招いている。国会議員によるスパイ行為の告発、英国における中国の基幹施設入札への懸念、選挙管理委員会へのハッキングなどから、中国を「脅威」に指定するよう英政府に求める声が上がっている。極めて重要なことは、英国の最大の同盟国である米国が、最初はDonald Trump元大統領の下で、現在はJoe Biden大統領の下で、中国に対して明らかに敵対的な取り組みに乗り出していることである。しかし、こうした背景から、2016年の蔡英文総統の選挙以来、中国が両岸問題に対してますます好戦的な取り組みを採っているにもかかわらず、台湾に対する英国の関与拡大への言及は乏しい。台湾は中国の「核心的利益」の1つであり、主権の中心にある、越えてはならない一線の問題である。しかし、英国のAUKUSの提携国である米国とオーストラリアは、中国の侵略から台湾を守ることについて、ますます明確な声明を出している。その結果、台湾に引き寄せられることを嫌がる英国の姿勢は、ますます無益に見える。閣僚の声明を分析することにより、英国の外交政策における台湾の立場の変化は明らかとなった。2017年のMark Fieldの台湾と両岸関係への友好的な言及は、中台間の敵意が冷戦時代の遺物と見なされ、経済交流が深まる中で薄れていく運命にあるという、中国に対する黄金時代の取り組みの素朴さを浮き彫りにしている。
(5) 2022年、香港で国家安全維持法が施行されたことを受け、慎重かつ不安な論調が議論を支配し、Amanda Millingは台湾海峡の緊張を認識している。最後に、2024年にAnne-Marie Trevelyanが台湾を英国経済の重要な歯車として認識し、インド太平洋地域の平和と安定を維持する上で台湾の地域的役割を拡大したことは、英国の外交政策の考え方における台湾の位置づけの明確な発展を表している。この7年間で、台湾は経済上の機会から重要な安全保障の問題へと変貌を遂げた。
記事参照:Whisky or Weapons? Britain’s Changing Tone on Taiwan

4月24日「中国の態度を硬化させる3つの要因―英防衛問題専門家論説」(The Interpreter, April 24, 2024)

 4月24日付のオーストラリアのシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreterは、英University of Exeterの博士課程院生Tarik Solmazの“Three factors hardening China’s stance on Taiwan”と題する論説を掲載し、そこでTarik Solmazはここ数年で中国の台湾に対するグレーゾーン戦術は攻撃的になっており、それをもたらしている3つの要因があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) Denny Royによる最近の論説は、中国と台湾の全面戦争の可能性は、短期的にはかなり低いと主張した。筆者も概ねそれに賛成する。しかし、中国によるグレーゾーン戦術が拡大する可能性はある。最近の中国の手法はますます強硬になっている。
(2) 蔡英文総統の第1期、中国は偽情報や経済的威圧などの非軍事的手法を主に採用し、軍事的な手段は二次的であった。中国のさまざまな試みにもかかわらず、2020年1月の総統戦で蔡英文が当選し、2期目に入ると、中国のグレーゾーン戦術は軍事的手法を多く採用するようになった。たとえば、台湾の防空識別圏への侵入や台湾周辺での大規模軍事演習の実施などである。以下に示す3つの要因が、中国によるグレーゾーン戦術をさらに拡大させてきた。そして、今後も拡大させるであろう。
(3) 第1は、蔡英文が1992年合意に対する姿勢を硬化させたことである。その合意は、中国と台湾は1つの中国に属することを確認したものである。蔡英文は、最初に当選した時には、その合意に対して実際的で釣り合いの取れた取り組みを採っていた。しかし2019年、蔡英文は1992年合意を「決して受け入れない」と表明したのである。これが中国のグレーゾーン戦術の拡大につながった。現実は、グレーゾーン戦術が民進党候補の勝利を防げることはできなかった。新総統の頼清徳も1992年合意を否定している。中国政府は彼を「危険な分離主義者」とレッテルを貼っている。
(4) 第2の要因は、台湾が米国と安全保障協力を強化していることである。Trump政権は台湾に総額100億ドルにのぼる兵器売却を承認し、Biden政権もそれを継続している。これが中国の脅威認識を強め、グレーゾーン戦術を拡大させている。中国の再三の要求にもかかわらず、台湾が米国との軍事協力をやめる兆しはない。頼清徳も米国との関係強化を望んでいる。
(5) 第3は、台湾による非公式外交の展開である。中国は、台湾と外交関係を持つ国とは外交関係を持っていない。そのため、現在台湾を承認する国は12ヵ国しかない。しかし、台湾と西側諸国の関与は、非公式外交を通じて強まっている。たとえば、2021年にリトアニアに事実上の台湾大使館が設立され、2022年には米国下院議長Nancy Pelosiが、2023年にはドイツ教育相Bettina Stark-Watzingerが訪台している。この職位序列の高官が訪台するのは実に26年ぶりのことである。
(6) こうした不安定な状況において、事態拡大の傾向から抜け出すことは難しい。最近の歴史は、台湾に独立志向の指導者が権力の座にいるのが長いほど、中国のグレーゾーン戦術が攻撃的になることを示している。新総統の頼清徳が、台湾独立の追求から一歩下がらない限り、中国のグレーゾーンは拡大し続けるだろう。
記事参照:Three factors hardening China’s stance on Taiwan

4月26日「フランスがフィリピンとの防衛協定を協議―デジタル誌報道」(The Diplomat, April 26, 2024)

 4月26日付けのデジタル誌The Diplomatは、“France, Philippines to Begin Negotiating Reciprocal Access Agreement”と題する記事を掲載し、南シナ海での中国の好戦的な振る舞いに懸念を持つフランスとフィリピンが防衛協定に関する協議を行うことについて、要旨以下のように報じている。
(1) フランスとフィリピンは、それぞれの国の軍隊が相手国の領土内で演習を行うことを可能とする防衛協定に関する協議を開始する予定である。4月25日の記者会見で、在フィリピンフランス大使のMarie Fontanelは、両国の高官が5月パリで会談し、訪問軍協定について話し合うと述べている。
(2) この協定は、2023年12月にフランスとフィリピンの国防相によって初めて議題になったもので、両国の共同演習のために互いの領土に軍隊を派遣できるようにするものである。当時、Sebastien Lecornuフランス軍事大臣は、この協定の主な目的は「両軍の相互運用性や戦略的な緊密さを作り出し、両国の海軍や空軍がどのように連携するかを確認することだ」と述べている。提案されている仏比協定は、フィリピンが1998年に米政府と締結した訪問軍協定と類似していると思われる。フィリピンはまた、2007年にオーストラリアとも地位協定を締結している。今回の協定案は、南シナ海における中国の好戦的な行動に懸念を抱くフィリピンとさまざまな提携国との協力関係が成熟しつつあることを示す最新の兆候である。
(3) 中国の(フィリピンを始め南シナ海沿岸国に)圧力かける運動により、フィリピンは中国の海洋での影響力拡大を懸念する他国との安全保障協力を深めている。Ferdinand Marcos Jr.大統領の下、フィリピンは2014年の防衛協力強化協定に基づき、フィリピンの軍事施設のU.S. Armed Forcesの利用を拡大し、さらに、米国、日本、オーストラリアと共同海上哨戒を行った。フィリピンと日本はまた、米国との訪問軍協定に似た円滑化協定案についても協議を行っており、フィリピン政府高官は2024年末までに調印される可能性があると述べた。
(4) フランスは、特に2018年に公布したインド太平洋戦略の下で、中国の経済力と軍事力を合わせたものと、太平洋南部とインド洋におけるフランスの広大な海洋領域の両方を視野に入れ、フィリピンとの安全保障上の関与を強めている。
(5) フランス政府高官はフィリピンが領有権を主張する海域での最近の中国の行動を非難しており、同国の海軍は4月の第4週にフィリピンで始まったバリカタン共同軍事演習に初めて参加している。フランスのフリゲート「ヴァンデミエール」は、南シナ海のパラワン島沿岸沖で演習のためにPhilippine NavyとU.S. Navyに合流した。
記事参照:France, Philippines to Begin Negotiating Reciprocal Access Agreement

4月26日「何故、米国は潜水艦戦の領域で優位を保ち続けられるのか―米専門家論説」(The Strategist, April 26, 2024)

 4月26日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、元米国防副長官Paul Dibbと同じくRichard Brabin-Smithの“Why the US will stay dominant in undersea warfare”と題する論説を掲載し、両名はオーストラリアの多くの評論家が最近、米国の潜水艦の終焉について性急な発言をしているが、米国は50年以上にわたって潜水艦戦に係わる優れた技術に膨大な量の研究開発を粘り強く注ぎ込んできており、世界最大かつ最も強力な原子力潜水艦部隊を保有しており、それを維持するつもりであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) オーストラリアの多くの評論家は最近、米国の潜水艦の終焉について性急な発言をし、革新的な技術によって潜水艦が脆弱になると主張している。米国の原子力潜水艦は中国の原子力潜水艦よりも騒音が大きくなり、中国に容易に探知されるだろうと主張する人もいる。
(2) 米国は、過去50年以上にわたって潜水艦技術と安全な水中作戦においてはるかに先を行っており、米国の攻撃型原子力潜水艦(以下、SSNと言う)は、事実上中国にもロシアにも探知されることはない。米国のSSNは、最近の中国の 弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(以下、SSBNと言う)を発見さることなく、至近距離から追尾できると考える十分な理由がある。中国のSSBNは米国のSSNによって容易に追尾されるため、残存可能とされる中国の第2撃力は高い危険性にさらされているというのが我々の見解である。
(3) その理由は、米国が半世紀以上にわたり、潜水艦戦に係わる優れた技術に膨大な量の研究開発を粘り強く注ぎ込んできたことにある。当然のことながら、これらの能力は米国で最も厳重に守られる機密の1つである。
(4) 中国は最近までSSBNとSSNに関してロシアの技術に大きく依存してきた。 これには、主機やその他の補機の雑音を低減するなどの比較的簡単な技術も含まれる。中国が米国の潜水艦に対処することに関して、U.S. Department of Defenseは2023年に、中国には「強固な対潜水艦戦能力が引き続き不足している」と述べた。
(5) ロシアと中国の両国が潜水艦の静粛化に向けて前進していることは事実である。しかし、U.S. Naavyは潜水艦が世界中の海で探知されにくい作戦の絶対的な最前線に留まり続けることを保証するために、巨額の投資を続けている。
(6) したがって、米国から 3 隻のバージニア級 SSN をオーストラリアに納入するとき、それらは非常に効果的であり、対抗するのが困難であると確信できる。これが、オーストラリアがバージニア級SSNを獲得するという見通しに対して中国が非常に怒っている理由である。中国はすでに、東南アジアの限定海域を通ってやってくる石油などの重要な物資が失われることを懸念している。オーストラリアのSSNが就役し、AUKUSの下で米国がフリーマントルで独自のSSNを運用するようになると、中国にとって事態はさらに悪化するだろう。 さらに、我が国のバージニア艦が射程2,000km以上の最新の長距離対艦ミサイルを装備すれば、我が国の地域の奥深くまで攻撃できる恐るべき攻撃兵器となるだろう。
(7) 地理的な理由から、中国とロシアの潜水艦はその母基地から出撃する時が比較的脆弱である。 中国の場合、北海艦隊は黄海に閉じ込められている。 黄海は北海艦隊の基地の1つである威海からわずか400kmにある韓国と北海艦隊司令部が所在する青島から800kmの距離にある日本によって厳しく監視されており、両国は米国の同盟国である。中国の主要なSSBN基地は海南島にあり、海南島からSSBNがフィリピンや台湾に近い水深の深い南シナ海海域に達するためには比較的浅い海域を通らなければならない。そして、太平洋に進出するためには、韓国と日本から台湾、フィリピン、インドネシアに至る一連の米国のSound Surveillance System(音響監視システム)を通過しなければならない。
(8) 対照的に、米国は東海岸と西海岸に潜水艦基地を持ち、太平洋と大西洋の安全な深海へ迅速に進出が可能である。同様に、シドニーやフリーマントルなどのオーストラリアの港を出港する潜水艦も、安全な深海に迅速に進出できる。
(9) 潜水艦戦および対潜水艦戦において能力の優位性を維持することが米国の安全保障にとって極めて重要であることを記憶に留めておくことが重要である。これは、核能力、核の均衡の安定性、米国の SSBN の残存性に関して特に当てはまる。そのため、米国は潜水艦の音響特性の管理、センサーの性能、Mk 48 魚雷の性能向上などの問題に多額の投資を続けている。オーストラリアがそのような非常に優れた能力を獲得する可能性について、中国がそれほど懸念しているのも不思議ではない。
記事参照:Why the US will stay dominant in undersea warfare

4月28日「フィリピンに2度目の提訴をさせてはならない:中国研究者の主張―香港英字メディア報道」(South China Morning Post, April 28, 2024)

 4月28日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“South China Sea: Beijing urged to step up pressure on the Philippines over rival claims or risk domino effect”と題する記事を掲載し、中国は南シナ海論争に関して、フィリピンに2度目の仲裁裁判所への提訴をさせてはならない。なぜならそれにより別の領有権主張国による別の提訴につながる可能性があるからだという中国研究者の主張に言及し、南シナ海論争をめぐる背景と現況について、要旨以下のように報じている。 
(1) 中国南海研究院の呉士存は、4月27日に開催されたパネルディスカッションで、南シナ海に関する2016年の仲裁裁判所裁定に言及し、フィリピンに2度目の提訴をさせるべきではないと述べた。なぜならそれにより、別の領有権主張国による提訴が続く可能性があるからである。
(2) フィリピンとベトナムは、「九段線」に基づく南シナ海に関する中国の歴史的主権の主張を最も声高に批判する国である。南シナ海に関しては、ブルネイやマレーシアも主権を主張する。フィリピンは2013年、中国の主張について提訴したが、中国は議論に加わらなかった。2016年に国際常設仲裁裁判所がフィリピンの言い分を認める裁定を下したとき、中国はそれを受け入れていない。
(3) 2023年に係争海域で中国との緊張が高まったことを受け、フィリピン政府は2度目の提訴を検討しているとほのめかしている。中国が、フィリピンの排他的経済水域内のサンゴ礁を破壊しているというのがフィリピンの言い分である、中国政府はそれを「政治的ドラマ」と切り捨てる。
(4) 呉士存によれば、2016年の裁定以降の中国の対抗措置は「不完全で不適切」であった。中国はフィリピンへの圧力を強め、自国の立場を擁護し、2度目の提訴に踏み切るならばフィリピンは対価を払うことになると伝えるべきだと呉士存は主張する。中国は、フィリピンに続いて別の領有権主張国が中国を続けざまに提訴することを憂慮している。実際に2014年や2020年に、ベトナムはその可能性をちらつかせたことがある。ただしベトナムと中国の関係は、フィリピンとの関係ほどには悪くはなく、定期的な会合により交渉を通じた解決を模索している。
(5) 中国外交部条約法律司長の馬新民は、そのパネルディスカッションで、2016年の裁定は、1949年の人民中国成立以降、初めて提訴された事例であることを指摘した。南シナ海をめぐる状況は調整可能であるにもかかわらず、米国とフィリピンは2016年裁定に正当性があるという主張に固執し、フィリピンは2016年裁定を中国の海での違法行為や挑発を正当化するために利用さえしていると馬新民は主張した。
(6) 2023年から中国とフィリピンの関係は急速に悪化している。Marcos Jr.大統領就任以降、米国との関係を改めて深め、南シナ海で中国に対抗しているためである。2国間の対立により、米国が戦争に引き込まれ、武力衝突になることが懸念されている。フィリピンは、セカンド・トーマス礁の前哨基地に対する再補給活動を妨害しているとして、中国海警を批判している。他方中国は、1999年にセカンド・トーマス礁に軍艦を意図的に座礁させ、それを撤去させる約束を果たしていないとして、フィリピンを非難している。
(7) マニラの中国大使館はセカンド・トーマス礁をめぐる緊張緩和の「新たな原型」について合意したと発表したが、フィリピン政府は、中国とのいかなる取引も行っていないとして、それを否定した。
記事参照:South China Sea: Beijing urged to step up pressure on the Philippines over rival claims or risk domino effect

4月29日「フィリピンの側に立つフランス―フィリピン専門家論説」(Asia Times, April 29, 2024)

 4月29日付の香港のデジタル紙Asia Timesは、University of the PhilippinesのAsia Center上席講師Richard Javad Heydarianの“France taking sides with Philippines vis-a-vis China”と題する論説を掲載し、ここでRichard Javad Heydarianはフランスのフィリピンへの関わりは拡大しており、英国やドイツなどヨーロッパの大国も追随することで、フィリピンの同盟国網は、さらに拡大する可能性があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 南シナ海における中国との紛争で、フィリピンの味方をする最新の西側諸国としてフランスが登場した。2024年の米比合同軍事演習バリカタンは、1万7,000名以上の兵士が参加し、最新鋭のミサイルシステムの試験や台湾近海での挑発的な訓練など、その規模の大きさで注目されている。ここにはMarine nationale(フランス海軍)のフリゲート「ヴァンデミエール」が、当該演習の中の多国間海上演習(MME)に参加し、Philippine Navy、U.S. Navyの艦艇とともに行動した。
(2) フランスは、近い将来、フィリピンとの共同訓練を定期化し、拡大するために、訪問軍協定(以下、VFAと言う)の交渉に着手すると発表した。さらに、フィリピンの大規模な軍事近代化計画の中で、欧州諸国は数十億ドル規模の潜水艦契約の可能性を含む先進的な兵器システムも提供している。米国の同盟国でありながら、フィリピンは戦略的自主性を高め、遅れている海洋安全保障能力を強化するため、インド太平洋からヨーロッパに至る幅広い提携国との関係を培うことで、防衛関係の多様化を積極的に進めている。
(3) 米国は依然としてフィリピンの主要な防衛提携国であり、唯一の条約上の同盟国である。4月初め、Joe Biden米大統領は、1951年の相互防衛条約に基づき、南シナ海で紛争が発生した場合、米国がフィリピンを救援することを改めて約束した。フィリピンのFerdinand Marcos Jr.大統領は先日、日本の岸田文雄首相と共にワシントンで開催された日米比首脳会談に出席し、日米両国はこの会談で、フィリピンへの防衛援助拡大と新たな戦略的投資を誓っており、フィリピンは米国のアジアにおける統合抑止戦略の重要な構成要素として急浮上している。
(4) 米上院は最近、対ウクライナ600億ドル、対イスラエル170億ドル、対台湾80億ドルの予算を盛り込んだ緊急対策を可決した。フィリピンに対する米国の軍事資金はこれまでの4倍以上の約5億ドルになる予定だが、それでも他の安全保障上の提携国に対する米国の防衛援助のごく一部にすぎない。近海における中国の軍事的挑戦の規模の大きさを考えると、フィリピンに対する米国の援助は依然として不十分である。
(5) この10年間で、フィリピンとヨーロッパは志を同じくする提携国として浮上してきた。東南アジアで唯一の自由民主主義国家であるフィリピンは、ウクライナやガザの紛争の中で欧米の側に立ってきた。欧州列強は防衛面でも積極的で、オランダとイタリアに加え、欧州の主要3ヵ国すべてが最近、インド太平洋全域で哨戒を実施している。
(6) Emmanuel Macronフランス大統領は、2018年の同地域歴訪の際、仏・印・豪の軸を公然と呼びかけ、「中国は対等な提携国として尊重される」と述べ、同地域における積極的な欧州の関与を強調した。また、欧州諸国として初めてフランスは、インド太平洋地域の特使を任命し、ドイツとともに2010年代後半に独自の「インド太平洋戦略」を発表している。さらにフランスは、欧州版「航行の自由作戦」として、台湾海峡を通過するフリゲート「ヴァンデミエール」で中国をけん制してきた。英国も定期的にインド太平洋に艦艇を派遣しており、特にCOVID-19の世界的感染拡大の最盛期には英空母「クイーン・エリザベス」が共同訓練や航行の自由のための哨戒を行っている。
(7) フィリピンはRodrigo Duterte大統領時代、特に人権や民主主義の問題で欧州と対立関係にあったが、英仏独の欧州3大国は、中国に対する南シナ海問題で一貫して東南アジア諸国を支持し、しばしば共同声明を発表してきた。過去2年間、EUと英国はMarcos Jr.政権に積極的に働きかけ、Marcos Jr.政権は南シナ海での中国の主張に対して立ち向かいながら、伝統的な提携国に対しては友好的な姿勢を採ってきた。
(8) 2023年、EUのUrsula von der Leyen委員長は、法に基づく国際秩序を共同で維持するため、歴史的なマニラ訪問を行った。訪問中、Ursula von der Leyen委員長は中国がウクライナ紛争でロシアを援助したことおよび南シナ海紛争に言及し、中国が「あなた方の地域(東南アジア)でより自己主張的な態度を採っている」と公然と批判した。そして、国家沿岸監視センター(NCWC)と沿岸警備隊の能力に焦点を当てることで、海洋安全保障に関するフィリピンとの協力強化を誓った。
(9) 相互運用性を強化し、統一戦線を示すために、フランスは前述のバリカタン演習に参加し、フィリピン、米国との3ヵ国海軍訓練に参加した。Marie Fontanel駐比フランス大使によれば、2023年12月の事前合意に基づき、両国は円滑化協定(RAA)の交渉を開始する予定であり、これにより2国間の安全保障協力が飛躍的に加速する可能性がある。さらにMarie Fontanel大使は、バリカタン演習の傍らフィリピンを訪問したMarc Abensour駐インド太平洋フランス大使と共同の記者会見で、「5月には、交渉を正式に開始するか、少なくともその方法について話し合う機会を持つだろう」と述べている。英国やドイツなどのヨーロッパの大国もすぐに追随する可能性があり、フィリピンの同盟国網は、すでに東南アジア諸国とVFA形式の協定を結んでいる米国やオーストラリアとともに拡大する可能性がある。
記事参照:France taking sides with Philippines vis-a-vis China

4月29日「フィリピン大統領訪米の成果を検証する―フィリピン専門家論説」(Asia maritime Transparency Initiative, CSIS, April 29, 2024)

 4月29日付の米シンクタンクCenter for Strategic and International StudiesのウエブサイトAsia Maritime Transparency Initiativeは、同CenterのPacific ForumにおけるThe Young Leaders Programの一員でフィリピン若手研究者Mico A. Galangの“PRESIDENT MARCOS’ APRIL 2024 U.S. VISIT: KEY TAKEAWAYS”と題する論説を掲載し、ここでMico A. GalangはMarcos Jr.フィリピン大統領の4月10~14日の米国への実務訪問の成果について、要旨以下のように述べている。
(1) Marcos Jr.大統領の訪米は2022年6月の就任以来4回目となるが、これまでで最も効果のある訪米であったと言える。実際、同大統領のワシントン訪問は初めての日米との3ヵ国首脳会談に出席するためで、この歴史的な会談は、台湾、南シナ海そして東シナ海というこの地域の潜在的な発火点に対する中国のますます高圧的となる行動を背景に行われた。Marcos Jr.大統領は、首脳会談冒頭の挨拶で、今回の会談は「便宜的な都合で行われたものではなく、3ヵ国間の関係の深化と強固な協力の自然な進展として行われた」と強調した。今回の訪米の重要な成果として、以下の3点を検証する。
(2) 第1に、3ヵ国間の利益が真に収れんされたことである。
a. 3ヵ国首脳は、共同ビジョン声明で、「南シナ海における中国の危険かつ攻撃的な行動について、深刻な懸念」を表明し、さらに「中国による東シナ海における力または威圧によるあらゆる一方的な現状変更の試みにも強い反対の意」を改めて表明するとともに、「世界の安全と繁栄に不可欠な要素である台湾海峡の平和と安定の重要性」を確認した。3ヵ国首脳会談のわずか数日前に実施された3ヵ国とオーストラリアによる「海上協力活動(Maritime Cooperative Activity:MCA)」は、これらの戦略的利益の収れんを実証するものであった。また、駐米フィリピン大使は日本との間で「円滑化協定(以下、RAAと言う)」が2024年中に締結される可能性があると発表したが、RAAが締結されれば、フィリピンにとって同様の協定は、米豪両国との訪問外国軍協定に続き3つ目となる。RAAは、自衛隊とArmed Forces of the Philippinesが演習を実施する際の法的枠組みで、フィリピンにとって、地域の安全保障上の課題を共有する同盟国や提携諸国と協力するための新たな手段となる。
b. しかしながら、3ヵ国間の戦略的利益には一致点がある一方で、微妙な違いもある。3ヵ国は中国による太平洋の島嶼群支配の阻止に共通の関心を持っているが、子細に検討すれば、特に米比間では、これらの利益の強調度合いに差異がある。実際、米国にとっての主たる関心は航行と上空飛行の自由であるが、フィリピンの利益は領土保全と海洋権益を主体としている。また台湾に関しても、米比双方の「1つの中国」政策に微妙な違いがあり、長期的に見れば、両国の政策の複雑さの要因になりかねない。
(3) 第2に、提携における経済的側面の重要性である。
a. 首脳会談では、G7の「グローバル・インフラ・投資パートナーシップ(以下、PGIと言う)」の一環として、「ルソン経済回廊」構想が発足した。ルソン経済回廊は、インド太平洋地域における初のPGI構想として、フィリピンのスービック湾、クラーク、マニラおよびバタンガス間の連結性支援を目的としている。3ヵ国は、「鉄道、港湾の近代化、クリーンエネルギーと半導体サプライチェーンおよびその展開、農業ビジネス並びにスービック湾の民間港の改修を含め、影響の大きい基幹施設計画への協調的な投資を加速する」ことを誓約した。ルソン経済回廊が連結性の促進を目指している地域は、フィリピンの国家安全保障と経済的繁栄にとって重要で、マニラ首都圏は国の政治と経済の中心地で、バタンガスはフィリピン空軍の教育・訓練・教義司令部に加えて、軽工業とサイエンスパークの所在地でもある。クラークとスービックは、かつて地域最大の2つの米軍基地があった場所で、現在は自由港と経済特区になっている。
b. 中国政府は、これらの地域の重要性を知らないはずがなく、フィリピンにおける中国の影響力工作の拠点となっていた。中国は、マニラ首都圏だけでなく、クラークとスービックが所在するパンパンガ州とザンバレス州で土地資産を購入している。実際、経済構想には政治的・安全保障的な側面がある。したがって、大国間対立の時代にあっては、中国の経済投資に代わる選択肢を提供することは日米両国にとって重要である。さもなければ、フィリピンは、中国の経済的威圧に対してより脆弱になりかねない。
(4) 第3に、同盟管理のさらなる制度化が進展したことである。3ヵ国首脳会談にメディアの注目が集まる中、米比両国の外務・国防大臣と国家安全保障担当補佐官(以下、「3+3」と言う)による歴史的な合同会談も実現した。この第1回3+3」会談は、「フィリピンの合法的な作戦に対する(中国による)度重なる嫌がらせを含む、(南シナ海における)共通の課題に対して連携を深める方策について議論した。」「3+3」会談は、他の既存の機構とともに、同盟管理を強化するための新たな取り組みである。同盟の制度化の強化は、特に国内の政治的変化の文脈において極めて重要である。Duterte前政権時代に見られたように、長年のフィリピン外交政策をひっくり返そうとするポピュリストの扇動に対抗して、米比間の制度的結びつきは、同盟関係が損なわれないようにする上で重要な役割を果たした。
(5) 予想されたとおり、中国は3ヵ国間首脳会談を非難し、「中国の主権と権利を侵害し、海洋において挑発行為を行うために、域外諸国の支援を求めている」とフィリピンを批判した。中国は以前にも、米国が「南シナ海で混乱を巻き起こす駒」としてフィリピンを利用していると非難してきた。要するに、中国政府はフィリピン政府には何ら主体性がないと言っているが、そのような非難はフィリピンが正当な国益を有しており、しかもそれが有志諸国の利益と両立しているという事実を軽視している。言い換えれば、Marcos Jr.大統領の歴史的なワシントン訪問とその訪問から生まれた構想は、地域の安全保障環境が複雑化する中での国家の主体性の行使なのである。
記事参照:PRESIDENT MARCOS’ APRIL 2024 U.S. VISIT: KEY TAKEAWAYS

4月29日「ベンガル湾地域における地域災害救援戦略の構築―インド専門家論説」(Observer Research Foundation, April 29, 2024)

 4月29日付のインドのシンクタンクObserver Research Foundationのウエブサイトは、同Foundationの南アジアチームの研究助手Roshani Jainの“Building a regional disaster relief strategy for the Bay of Bengal region”と題する論説を掲載し、ここでRoshani Jainはベンガル湾地域の自然災害についてインドは主導的に役割を果たしてきたが、その災害対応は不十分であり、Bay of Bengal Initiative for Multi-Sectoral Technical and Economic Cooperation(ベンガル湾多分野技術経済協力構想)のような多国間の機関を充実させ、機能させるようにするべきであるとして要旨以下のように述べている。
(1) ベンガル湾(以下、BOBと言う)地域は、破壊的なサイクロン、日常的な洪水と浸食、水不足に悩まされている。この地域のインド、バングラデシュ、ミャンマー、タイ4ヵ国は、自然災害に対して世界で最も脆弱である。気候条件が悪化すると、どの国でも国内の不安定さが国境を越えて波及し、地域全体が不安定化する。過去20年間、BOBの沿岸諸国は災害への備えにおいて大きな進歩を遂げてきたが、その効果は限定的であった。この地域には、自然災害の窮状を共有するための安全保障上の行動指針が欠如しており、包括的な多国間災害救援当局と任務部隊が緊急に必要とされている。
(2) この地域の地形により、世界の他のどの場所と比較しても、最も激しいサイクロンが出現する。サイクロン以外の災害としては、洪水や干ばつ、土砂崩れ、海岸浸食、マングローブの喪失がある。人為的な負荷と気候変動の長期的な影響により、この地域で感じられる窮状はさらに深刻化している。それには、海面と水温の上昇、熱波の強度の増加、海洋の酸性化、海洋生産性の低下などの問題が含まれる。人口密度が高く、住宅は脆弱な構造であることが多いため、人命の損失や基幹施設の物理的な損傷が大きくなる傾向にある。また、自然災害によって通信回線が寸断され、救助活動に支障をきたす。水の供給を汚染し、作物の循環を混乱させ、肥沃な土地を破壊する可能性がある。これらは地域の食料安全保障に深刻な影響を及ぼす可能性がある。残念なことに、このような問題に地域全体で取り組もうとする試みは、制度的な欠陥に阻まれている。
(3) この地域で活動する主要な地域の機関の1つは、Bay of Bengal Initiative for Multi-Sectoral Technical and Economic Cooperation(ベンガル湾多分野技術経済協力構想:以下、BIMSTECと言う)である。1997年の設立以来、2017年と2020年の2回、災害管理演習が実施され、いずれもインドが主導している。それらの演習は、地域の対応を強化し、加盟国間の調整を改善することを目的としていた。しかし、BIMSTECにはいくつかの明らかな欠点がある。資金面での関与がなかったため、BIMSTECの自然災害対応は2014年までほとんど休止状態にあり、この分野での進展は早期警戒システムの開発に留まっていた。BIMSTECは、沿岸国をすべて加盟させる唯一の組織であることを考えると、積極的な関与の欠如が、この地域の自然災害に有効に対処することを妨げている。Council on Foreign Relations (外交問題評議会)のCentre for Preventive Action(予防行動センター)が発表した報告書によると、BOBでの災害対応の成果は、国際協力と「大国」による発議にかかっている。さらに、同地域における気候協力と災害に対する強靭性の構築をめぐる多国間対話の欠落を指摘している。BOBの人的支援と人道的災害支援活動(HADR)の関与の大部分は、経済的および政治的優位性を考慮して、インドによって実施されている。しかし、インドの多国間HADRの貢献は、2国間の援助よりも大幅に少ないため、援助のほとんどは2国間の経路を通じて提供されている。
(4) インドは、災害管理の「最初の対応者」としての役割を果たしてきた。その取り組みは、National Disaster Management Authority(国家災害管理局)とNational Disaster Response Force(国家災害対応部隊)によって調整されている。この点に関して、Bhāratīyan Thalasēnā(Indian Army:インド陸軍)とBhāratiya Nau Sena(Indian Navy:インド海軍)によっても重要な救援が提供されている。そのような援助は、地域におけるインドのソフトパワーの強化に役立ち、「近隣優先」および「アクトイースト政策」戦略に対する外交的関与を反映している。災害管理に対するインドの取り組みをさらに形作っているのが、海洋ドクトリンである「地域のすべての人のための安全保障と成長(SAGAR)」である。それに基づき、インドは地域の機構を通じて、自然災害などの共通の脅威に対処するため、多国間の提携を強化することを目指している。そして、ここに問題がある。インドが多国間貢献を躊躇している理由の1つとして考えられるのは、多国間機関が提供する財政、基幹施設についての支援の欠如である。BIMSTEC事務局は、わずか10人の職員しかおらず、わずか20万米ドルの予算しかない。人員と予算が大幅に不足している。もう1つの理由は、インドが自国の印象を気にして、受動的な受益者や単なる協力者ではなく、地域における援助と保護の究極の提供者と見なされることを望んでいることが考えられる。インドの取り組みの背後にある理由が何であれ、経費と義務を分担できる多国間の取り組みよりも2国間の取り組みの方が、経費がかかることは明らかである。HADRを一方的に主導することの負担の増大は、前会計年度にインドの近隣諸国のために確保された予算の削減と、長年にわたるインドの人道的貢献の停滞に見ることができる。
(5) 現在、インド国内では、HADRの意思決定は大部分がその場限りであり、いくつかの機関が災害対応について調整しなければならない。それは、支援の実施の遅れにつながる。よって、インド、バングラデシュ、スリランカが、この地域におけるHADRの政策や事業を一方的に推進すべきではない。むしろ、沿岸の共同体に警告を発し、地域的な対応を調整し、先住民の知識を活用して、災害救援政策を策定できる共通の機関が環境上の危険に対応する上でより効果的である。さらに、インドは、より小さな沿岸国とそれぞれの立場を平等にするフォーラムで有意義に関与することで、協力する意欲を示すことができる。地域の覇権国ではなく、提携国となることができる。これは相互信頼の構築に役立ち、地域の安全保障と永続的な平和に計り知れない影響を与えるであろう。
記事参照:Building a regional disaster relief strategy for the Bay of Bengal region

4月29日「西アジア危機をめぐる中国の論調―インド専門家論説」(Observer Research Foundation, April 29, 2024)

 4月29日付のインドのシンクタンクObserver Research Foundationのウエブサイトは、同Foundation戦略研究プログラム研究員Antara Ghosal Singhの“The Chinese discourse on the ongoing West Asia crisis”と題する論説を掲載し、ここでAntara Ghosal Singhはウクライナ戦争に加えて西アジアでパレスチナとイスラエルの紛争が始まり、米国国内の意見対立が顕著になるとともに、米国とイスラエルの関係にも問題があると指摘する。こうした状況から米国の国際的な影響力も低下しつつあり、特にインド太平洋では中国に有利な環境が得られる状況になったとして、要旨以下のように述べている。
(1) ここ数週間、イランとイスラエルが「報復の応酬」に陥り、イスラエルとパレスチナの紛争が危険な新局面を迎えた中で、中国はこの地域の動向を注視していた。中国メディアはほぼ毎日、パレスチナの大義を擁護し、イランとその「抵抗の枢軸」を応援し、あるいはイスラエルと米国の関係がいかに悪化して、イスラエルに破滅をもたらすかを強調する論説を掲載している。興味深いのは、西アジアに関する中国の分析のほとんどが、この地域で中国がどのような役割を果たせるかよりも、この地域の動向が米国の利益にどのような悪影響を及ぼし、それによって間接的に中国に利益をもたらすかというプリズムを通して行われていることである。
(2) 2023年10月7日にハマスがイスラエルを攻撃した際、中国メディアの論調は米国とイスラエルが果てしない消耗戦に陥り、ロシア・ウクライナ戦争に続いて中国の台頭にまた新たな命綱がもたらされるとの見通しに喝采を送った。中国の戦略研究者の一部は、パレスチナとイスラエルの新たな紛争が、米国社会のさまざまな部門の間に深刻な分裂を引き起こし、街頭や大学構内、さらにワシントンの政界にまで混乱と分裂が生じたこと、そして米国メディアが世界に向けて、ウクライナ紛争の場合のように、一貫した言論を生み出せず、手こずったことをむしろ喜んでいたと言って良いであろう。中国にとって重要な勝利は、米国の与党民主党内の内紛と分裂、そして再選を目指すBiden大統領がユダヤ人献金者か、若い「進歩的」有権者のどちらを選ぶかという板挟みに苦悩することであった。当時、中国の公的な場では、パレスチナ問題をめぐるアラブ・イスラム世界と新興国(Global South)全体を団結させ、脱ドルや現在の世界秩序の崩壊を導くアイデアが議論されていた。
(3) あれから半年が過ぎたが、中国の評価は「イスラエルが依然として主導権を握っている」というものである。地域諸国はイスラエルと外交面で対立し、イスラエルは外交的孤立を強めているが、地域のアラブ諸国はトルコであれ、イランであれ、反イスラエル統一戦線を形成してイスラエルに対し大きな脅威となるには至っていない。イスラエルと外交関係を結んでいるアラブ諸国は、イスラエルとの関係を断ち切ってはいない。ガザ紛争はこの地域の他の紛争を引き起こしたが、その影響は今のところ限定的である。たとえば、ヒズボラのような武装勢力は戦場に正面から関与することに消極的なようであり、イエメンのフーシ派武装勢力は紅海地域での主導権を失いつつあり、ヨルダンとエジプトはガザ難民問題で越えてはならない一線を引いている。
(4) イスラエルとイランが「秘密戦争から公然の戦争」に移行した今、中国の戦略研究者の間で話題になっている重要な疑問は、現在の混乱が最終的に米国を直接戦場に引きずり込み、その結果インド太平洋計画を頓挫させるのかどうかということである。それとも、イランとイスラエル間の低烈度の攻撃や精密打撃に再び限定されるのであろうか。劉燕婷のような中国の中東問題研究者の中には、米国が西アジアでより大きな関与を選ぼうと後退を続けようと米国は大きな代償を支払わなければならず、それによって中国にとって有利になることがあると述べている。たとえば、米国が中東で新たな戦争に巻き込まれれば、この地域でどんな利益を得ようとも、大々的に掲げたインド太平洋戦略は頓挫するであろう。日本、オーストラリア、フィリピンは中国との関係を修復することで危険を回避しようとするかもしれないし、ASEAN諸国はさらに中国に接近するであろう。一方、イランがイスラエルを直接攻撃した問題を軽視し、米国がこの地域から撤退を続ければ、イランはさらに力を得て、この地域の米国の同盟国は危険性を軽減するために、中国への接近を含め、より戦略的な自立を目指すかもしれない。Biden政権とNetanyahu政権の意見の相違について、一部の中国の学者は、もしイスラエルが敵対する国から攻撃を受けている時に、米国がイスラエルを犠牲にできるのなら、中国と戦う他のアジアの同盟国にとって米国が何の役に立つであろうかと主張している。
(5) 中国メディアの論調とは裏腹に、中国の戦略研究者の間では、過去数年間の西アジアからの米国の離脱は、この地域における中国の存在感を高めたが、米国の影響力はまだ「揺るぎない」ものであり、過小評価するべきではないとの認識が強まっている。米国は、多くの軍隊を駐留させていることに加え、経済、政治、技術の各分野で、依然優位に立っている。大国間競争という観点から、中国の観察者たちは、この地域は中国の外交政策にとって重要ではあるが、中国は今のところ低姿勢でいる方がよいとしている。中国は、中東紛争やロシア・ウクライナ紛争で何度か声を上げるかもしれないが、最終的には、これらの問題では米国に主導権を握らせ、この地域の複雑な政治に受動的に引き込まれるようにするべきである。そうすることで、米国はより多くのエネルギーをインド太平洋地域から転用せざるを得なくなり、中国への圧力が弱まると考えられる。中国はまた、米国がアフリカ、ASEAN、南米等への働きかけを強めるのを利用することができる。これは、中国が試行錯誤してきた敵との正面対峙を避けるために、敵が前進してくれば、我は退却し、敵が退却すれば我は前進して、出現した間隙を求めて、敵を分散させ、各個に殲滅する「迂回戦術」や、「優勢な兵力を集中させて殲滅戦を行う」という戦法と同調するものと思われる。
(6) インドが注視すべきは、中国がBRICSのような枠組みを利用して、サウジアラビア、エジプト、アラブ首長国連邦、イランなど新たに加わったイスラム諸国を動員し、西アジアに対して政治的主張を行い、大国間競争を中国有利に持ち込むことである。
記事参照:The Chinese discourse on the ongoing West Asia crisis

4月30日「インド太平洋における真の安全保障の提供国としてのインド―インド専門家論説」(The Diplomat, April 30, 2024)

 4月30日付のデジタル誌The Diplomatは、タイThammasat UniversityのGerman-Southeast Asian Center of Excellence for Public Policy and Good Governance上席研究員兼インドJawaharlal Nehru UniversityのCentre for Indo-Pacific Studies准教授Rahul Mishraの“India as a Net Security Provider in the Indo-Pacific: Ambitious But Attainable”と題する論説を掲載し、ここでRahul Mishraは、インド太平洋地域における真の安全保障提供国としてのインドの戦略は、包摂的で平和なインド太平洋地域を確保するというインドの願望を反映しているとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2024年3月、Bhāratiya Nau Sena(Indian Navy:以下、インド海軍と言う)はインド洋での海賊事件に介入し、ハイジャックされた漁船の乗組員、パキスタン国籍の23人を救出した。2024年1月には、セーシェルとスリランカと連携して、ハイジャックされたスリランカ漁船を救出し、またリベリア船籍のバラ積貨物船に乗り込んだ海賊を追い払った。3月上旬には、アデン湾を航行中にフーシ派のミサイル攻撃を受けた商船「トゥルー・コンフィデンス号」に乗船していたフィリピン人船員を救助している。2023年12月以来、インド海軍はインド洋海域(以下、IORと言う)で18件のこうした事態に対応し、インド洋の緊急事態における第1対応国・優先的安全保障提携国として重要な役割を果たしてきた。また、12月以降、インド政府はこの地域に5,000人以上の人員と20隻以上の艦船を投入し、この地域に配備されている各国海軍の中では最大規模になっている。
(2) 2004年のインド洋大津波に対するインド海軍の対応は、インドの歴史において重要な出来事だった。大災害の被害国であるにもかかわらず、インドはスリランカ、モルディブ、タイ、ミャンマー、インドネシアに向けて救援活動を開始し、人道支援と災害救援におけるインドの能力と即応性を示した。こうした努力により、インドは米国、日本、オーストラリアと並ぶ中核的な救援集団に加わった。この活動は、海軍資産の戦略的有用性と人道的可能性を強調するものであり、その後の任務でも、2008年のミャンマーにおけるサイクロンの際の救援活動、2014年のモルディブへの水の供給および行方不明となったマレーシア航空MH370便の捜索など、その重要性は明らかである。
(3) このような努力は、インドの外交的地位を向上させただけでなく、インド洋海軍シンポジウム(IONS)のような国際フォーラムで指導的役割を果たすに至り、この地域における重要な安全保障提供国としての誓約と能力を実証した。さらに、インドのRajnath Singh国防相は先月、ゴアにあるNaval War Collegeの新校舎落成式で、「インド海軍は、圧倒的な経済力と軍事力を持ついかなる国もIORの他国に対して優位性を主張したり、主権を脅かしたりすることができないようにしている。インドは、インド洋のすべての近隣諸国が自国の自治と主権を守ることができるように支援している」と述べ、この地域におけるいかなる覇権的支配も阻止するというインドの誓約を強調した。こうした行動を通じて、インドは地域の危機に対処し、近隣諸国間の協力を促進する上で、信頼できる真の安全保障の提供国としての地位を確立している。これは、地域の安定を確保し、経済発展を促進し、他の地域大国の影響力に対抗するという、インドの広範な戦略目標に沿ったものである。
(4) 海洋状況把握(以下、MDAと言う)は、広大なインド太平洋地域における危険の追跡、制御、対応に極めて重要である。包括的なMDAを達成するために、インドは宇宙からの監視技術と航空監視技術の両方に投資する必要がある。これには、実時間での監視のための衛星打ち上げ、長期監視のための無人航空機(UAV)、リスク評価と傾向分析のための人工知能(AI)の導入などが含まれる。実時間での情報・データ交換のための地域の提携国との協力強化は、MDAへの努力の可能性を大幅に高める可能性がある。
(5) 安全保障網の提供国としてのインドの役割は、伝統的な安全保障領域にとどまらず、海賊、テロ、自然災害、気候変動など、非伝統的な安全保障上の脅威も包含している。地域の提携国と協力して災害管理、テロ対策、海洋取締まりの能力を強化することで、インドはインド太平洋地域における真の安全保障の提供国としての地位を強化することができる。
(6) 今後、インドはインド洋地域だけでなく、より広いインド太平洋地域における提携と同盟関係の確立と強化に努めなければならない。インドの世界の大国としての台頭とIORでの成功は、インドがより広いインド太平洋における潜在的な真の安全保障の提供国として、大きな責任を担う用意があることを示している。しかし、進展する地政学的情勢に伴い、この探求には課題と機会が伴う。より広範な作戦のために海軍力を強化し、志を同じくする国々と長期的な連携を築くことは、その点で極めて重要である。インド太平洋地域における真の安全保障の提供国としてのインドの戦略は、より広範な外交政策と安全保障目標を中心に展開され、地域秩序の形成に極めて重要な役割を果たし、包摂的で平和なインド太平洋地域を確保するというインドの願望を反映している。
記事参照:India as a Net Security Provider in the Indo-Pacific: Ambitious But Attainable

4月30日「ウクライナ戦争終結の4つの道―米政治学者論説」(The Hill, April 30, 2024)

 4月30日付の米政治専門紙The Hill電子版は、米Rutgers Universityの政治学教授Alexander J. Motylの“The 4 ways Russia’s war could end”と題する論説を掲載し、Alexander J. Motylはウクライナ戦争の終結方法として受入可能なのはロシアの敗北しかなく、そのためには西側諸国のウクライナへの支援の強化継続が必要だとして、要旨以下のように述べている。
(1) 米国議会は対ウクライナ支援の610億ドルを承認した一方、戦争の最終目標をはっきりさせるよう迫っている。受入可能な選択肢はロシアの敗北であるが、それは何をもたらすのだろうか。ウクライナの勝利とロシアの敗北の筋書きには、厳密に2つの筋書きがある。ホワイトハウスはどちらかを選択しなければならないが、それには政治的意志と強い決意が必要となる。
(2) 第1の筋書きは、ロシアの全面的敗北である。それはロシア軍の壊滅、クリミアを含め、2014年以降に獲得した領土からの撤退とその返還を意味し、その結果、Putin大統領の政治生命は絶たれる。しかし、そのためには西側の支援を劇的に増やさねばならない。それは技術的には可能だとしても、西側の指導者が意志と展望をもって自国民を説得できなければ実現しない。
(3) ロシアの全面的敗北は、世界全体にとって利益になる。ウクライナは救われ、ロシアからは好戦的な独裁者が追放され、通常に復帰することができる。ロシア連邦内部の少数民族は、体制崩壊に勇気づけられて独立を目指しさえするかもしれない。Putinの後継者が現実を受け入れることができるならば、ロシア連邦の解体は平和裏に遂行されるであろう。
(4) 第2の筋書きは、ロシアの部分的敗北である。ウクライナは満足しないだろうが、それは2022年以降にロシアが占領した地域の返還を伴う。支援が必要なのは同じだが、その規模は第1の筋書きよりは小さくて済むので、西側指導者は国民を説得しやすい。Putinの政治生命は、この筋書きでも絶たれるだろうが、その後継者が劇的な体制転換を進める可能性は小さくなる。敗北は一時的撤退であり、多くの帝国主義的な目標は維持されるかもしれない。
(5) 双方の筋書きで共通するのは、継続的なウクライナ支援と確固たる政治的意志が必要であるということと、Putinの政治生命が絶たれるだろうという点である。またロシアが核兵器を使用する可能性も、双方の場合で低い。ウクライナの武装を大幅に強化することで、もし核を使用したならば通常兵器による徹底的な破壊で対抗するというシグナルを送ることができる。
(6) ロシアにとって、2つの筋書きによる結末には大きな違いがある。全面的敗北により、ロシアは民主主義の道を歩み始めるかもしれない。また分離独立運動を惹起するかもしれない。ロシアの新指導者がそれを望ましいとして受け入れるのが理想的であるが、Putinやその取り巻きがいなくなれば可能性は高くなる。第2の筋書きでは、ロシアの体制転換は起こらず、ウクライナとの戦争は、終わるというより先送りされるだけである。最悪なのは、部分的敗北であっても独立運動が激化し、ロシアが内戦状態に入ることだ。それはロシアにとっても周辺国にとっても破滅的見通しである。
(7) この2つの筋書きではなく、またウクライナの敗北でもなく、西側諸国が行き詰まりを選択したらどうなるか。多くの難民が生まれ、ヨーロッパに流入する。そして周辺国にこの戦争が飛び火するであろう。この筋書きこそが、世界にとって最悪のものである。西側が対応できなくなることは、ロシアの巨大化と民主主義の死をもたらす。対応すれば第3次世界大戦である諸々の状況を考慮すると、ロシアを打倒して平和的解体を進めることが、アルマゲドンよりはマシである。
記事参照:The 4 ways Russia’s war could end

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) Modernizing US Alliances and Partnerships in the Indo-Pacific
https://www.hudson.org/national-security-defense/modernizing-us-alliances-partnerships-indo-pacific-walter-russell-mead
Hudson Institute, April 22, 2024
By Walter Russell Mead, Ravenel B. Curry III Distinguished Fellow in Strategy and Statesmanship at Hudson Institute
 
Walter Russell Mead testifies before the Senate Foreign Relations Committee on modernizing alliances in the Indo-Pacific.
2024年4月22日、米保守系シンクタンクHudson Instituteの特別研究員Walter Russell Meadは、同Instituteのウエブサイトに“Modernizing US Alliances and Partnerships in the Indo-Pacific”と題する論説を寄稿した。その中でWalter Russell Meadは、自身が米上院外交委員会で米国のインド太平洋地域における同盟と提携の近代化について証言した内容について、米国の同盟システムの重要性とその維持のための戦略的優先事項を強調し、ユーラシア大陸の東西両端における勢力均衡の維持が米国の安全保障の基盤であると述べたこと、さらに、中国の経済発展が地域の安定と均衡に寄与し、中国の覇権の追求を抑制する鍵であると指摘したことを紹介している。そしてWalter Russell Meadは、米国の歴史的な外交戦略は一貫しており、その目標は今後も変わらないと述べ、インド太平洋地域の安定が世界経済にとって重要であり、中国の支配を防ぐためにアジア諸国の経済発展を支援する必要があると強調し、最後に、米国の外交政策は、現実的な視点を持ちながらも、道徳的な価値観に基づいて行動し、国際社会の平和と繁栄に貢献するべきであると結論付けている。
 
(2) ANTI-PIRACY LESSONS FROM THE SEYCHELLES
https://warontherocks.com/2024/04/anti-piracy-lessons-from-the-seychelles/
War on the Rocks, April 23, 2024
By Christian Bueger is professor of international relations at the University of Copenhagen
Mr. Ryan Adeline is a Senior Research Officer at the Peace and Diplomacy Research Institute
Brendon J. Cannon is assistant professor of international security at Khalifa Universi
2024年4月23日、デンマークのUniversity of Copenhagen教授Christian Bueger、セーシェルのUniversity of Seychelles上席研究員Ryan Adeline、アラブ首長国連邦のKhalifa University助教Brendon J. Cannonは、米University of Texasのデジタル出版物War on the Rock に、“ANTI-PIRACY LESSONS FROM THE SEYCHELLES”と題する論説を寄稿した。その中で、①Seychelles Coast Guardの活躍は、いかに小さな地域国家であっても、海賊対策だけでなく海洋安全保障全般において大きな役割を果たすことができることを示している。②海賊の再来を阻止し、世界の海洋における違法漁業、密輸、公害犯罪など、その他の海洋犯罪に対処するためには、小国の貢献が不可欠である。③セーシェルは現在、他の地域国家にとって模範的事例となっている。④情報共有の重要性と、共に行動する意志があれば、インド洋西部での調整がいかにうまくいくかを示している。⑤セーシェルでは、10年にわたる国際的な能力構築支援の結果、それを支える体制が整った。⑥ソマリアの非国家主体やイエメンのフーシ派だけではなく、イランのような強力な国家も、セーシェルや他の地域の近隣諸国にとって、安全保障上の頭痛の種となっている。⑦他の地域諸国がセーシェルのような模範を示すような行動を採らなければ、海賊のような海上犯罪への対処は、軍事化によってもたらされる危険性とともに、近い将来も外国海軍の領域となるだろう。⑧ケニアやモーリシャスのような他の国家がセーシェルとともに努力すれば、自国海域における海賊行為を根絶し始めることが可能だが、問題はソマリアの海賊よりもはるかに大きい。⑨西インド洋諸国もまた支援を必要としているのは、イランに端を発しているからだ、⑩セーシェルやその他の小国は、イランにそのような問題を解決するよう要請する外交的な重みや手段を持っていないが、大国だけでなく地域の小国を巻き込んだ外交行動の中立的な立場として機能する可能性はあると主張している。
 
(3) The case for a Franco-Italian spearhead in the Mediterranean-Indo-Pacific continuum
https://www.9dashline.com/article/the-case-for-a-franco-italian-spearhead-in-the-mediterranean-indo-pacific-continuum
9Dashline, April 23, 2024
By Mathieu Droin, a visiting fellow in the Europe, Russia, and Eurasia Program at the Center for Strategic and International Studies (CSIS)
Emanuele Rossi, a journalist and analyst specialising in the Indo-Mediterranean region and the interconnections between the Enlarged Mediterranean and the Indo-Pacific
2024年4月23日、米Center for Strategic and International Studies の客員研究員Mathieu Droinとインド太平洋地域などの専門家Emanuele Rossiは、インド太平洋関連インターネットメディア9Dashlineに“The case for a Franco-Italian spearhead in the Mediterranean-Indo-Pacific continuum”と題する論説を寄稿した。その中で両名は、フランスとイタリアがギリシャと共に主導する新たな海軍作戦アスピデスの開始を取り上げ、この作戦は地中海とインド太平洋を結ぶ主要な海上交通路である紅海における航行の自由を支援するものであり、紅海は世界の海上貿易の約15%が通過する重要な海域であって、フランスとイタリアの両国がその安定を維持することの重要性を強調するものだと述べている。そして両名は、フランスとイタリアは共通の戦略的利益を持ちながらも、リビア問題や移民政策などでしばしば対立してきたが、両国は特にインド太平洋地域における航行の自由と政治的安定を重視しており、共同での海上作戦や防衛産業における協力を進めていると指摘した上で、今後、フランスとイタリアは地中海とインド太平洋を結ぶ広域な地域での協力をさらに深化させるべきであり、これには、共同での防衛戦略の策定や両国の軍事資産の統合、または新たな高官級の協力フォーラムの設立が含まれるが、これにより、両国は地域の安定と安全保障を強化し、共通の戦略的目標を達成することが可能となるだろうと主張している。
 
(4) Enhance Naval Deterrence, Near and Far
Enhance Naval Deterrence, Near and Far | Proceedings - April 2024 Vol. 150/4/1,454 (usni.org)
Proceedings, April 2024
By Vice Admiral Frank Pandolfe, U.S. Navy (Retired), a former U.S. 6th Fleet
2024年4月、元U.S. 6th Fleet司令官Frank Pandolfe退役海軍中将は、The U.S. Naval Instituteが発行する月刊誌Proceedingsのウエブサイトに“Enhance Naval Deterrence, Near and Far”と題する論説を寄稿した。その中でFrank Pandolfe退役海軍中将は、中国が米国の主要な脅威として位置づけられていることを踏まえ、U.S. Navyは第1列島線内での海上拒否と海上制圧を目指し、同時にアジアおよびそれ以外の地域での同盟国支援を強化する作戦を展開すべきとして、具体的な方策として、第1列島線内での抑止力強化のため、U.S. Navyは先進的なセンサーやAI技術を用いた無人機の展開を加速させるべきであり、また、多国籍の海上部隊を維持し、無作為に展開時期を選択することで、中国の自信を削ぐべきであり、将来的には、これらの海上拒否能力をさらに強化し、新世代のセンサーや精密打撃兵器を展開する必要があると指摘している。そしてFrank Pandolfe退役海軍中将は、海上制圧に関しては、第1列島線外での制海権を確保し、同盟国への重要な交易路を守ることが重要であるが、これには、強力なセンサーと指揮統制網の整備が必要であり、無人機を含む最新の軍備を活用することが求められるとし、U.S. Navyの戦略は、世界的な抑止力を強化し、平和を維持するために重要であるが、米国は技術力、産業力、海外の提携国を有しており、これらを活用して抑止力を強化し、将来的な紛争を防ぐべきであると主張している。