海洋安全保障情報旬報 2024年3月21日-3月31日

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3月21日「台湾のヤマアラシ防衛戦略における機雷戦―米専門家論説」(War on the Rocks, March 21, 2024)

 3月21日付の米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockは、元U.S. Navyの航空隊指揮官であり、現Stimson Center研究員Jonathan DorseyおよびStimson CenterのReimagining U.S. Grand Strategy Program上席研究員Kelly A. GriecoならびにCarnegie Endowment for International PeaceのAmerican Statecraft Program上席研究員Jennifer Kavanaghの“DELAY, DISRUPT, DEGRADE: MINE WARFARE IN TAIWAN’S PORCUPINE DEFENSE”と題する論説を掲載し、3名は中国の侵攻に対して台湾は非対称戦略である整體防衛構想、いわゆるヤマアラシ防衛戦略を採用すべきであり、その際、機雷は極めて有用な兵器となるが、台湾にはその準備は十分でなく、機雷の備蓄、機雷敷設艦艇の建造、機雷敷設訓練の実施など機雷戦への投資に注力すべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 今日、台湾は再び中国からの侵略の脅威にさらされている。台湾の指導者たちが防衛の選択肢を検討している中、1884年の淡水の戦いにも答えがあるかもしれない。米国当局者や台湾の戦略家らは、台湾の最善の防衛は「多数の小さなこと」を抱えた「ヤマアラシ」になることだと主張している。大きく欠けているのは、機雷戦の概念と戦術に関する同様の詳細な議論である。しかし、米シンクタンクRAND CorporationのScott Savitzが主張しているように、機雷は台湾が利用できる最も強力で費用対効果の高い拒否兵器の1つである。
(2) 戦略的に敷設された機雷により、台湾は自然の地理的優位性を活用して拒否による抑止力を強化し、強力な縦深防御を構築することが可能になる。中国軍を遅らせ、混乱させ、弱体化させるための少ない対価で効果的な手段を台湾に提供する。機雷戦を利用するには、台湾はそれを投資の優先事項にし、機雷備蓄と機雷敷設能力の規模と多様性を拡大し、そのような作戦を実行する準備を改善する必要がある。
(3) 台湾の抑止力の信頼性は、多国籍軍が介入する前に台湾を迅速に制圧するという既成事実を達成することはできないと中国を説得できるかどうかにかかっている。台湾が艦艇には艦艇で、ミサイルにはミサイルで対抗することはできないことを踏まえ、戦略家らは台湾政府に対し、「非対称」な取り組みを採用するよう求めている。整體防衛構想は、最初の砲撃を生き延び、その後は長期にわたる効果的な抵抗を行うことができる方法である。
(4) 台湾には 2 つの重要な利点がある。第1は、台湾はシー・ディナイアルを達成するだけで良く、これは水陸両用戦に必要なシー・コントロールの獲得よりもはるかに容易である。そして、台湾は本土から戦うことができる。第2は、台湾の地理はシー・ディナイアル作戦や機雷の使用に特に有利である。台湾の西海岸沖は浅いため、機雷敷設に最適である。水陸両用の上陸に適した海岸の数は限られており、その多くは非常に狭くて険しいため、台湾は機雷敷設を離れた海域にそれぞれ集中させることができるだろう。
(5) 機雷敷設により、台湾は水陸両用攻撃の遅延、攻撃計画の阻害、作戦の崩壊という3つの主要なメカニズムを通じて中国の既成事実を否定することが可能になる。第1は、水陸両用攻撃の遅延である。中国は約60隻の対機雷戦艦艇を保有しているが、すべての艦船があらゆる種類の機雷を除去できるわけではない。小さな機雷原を通過する場合でも、中国軍の攻撃は少なくとも0.75日から1.8日遅れる可能性があり、機雷が密集して敷設されている場合はさらに遅れる可能性がある。第2は、作戦の妨害である。機雷戦は台湾にとって、中国の軍事計画を妨害するための低価格の方法でもあり、中国の作戦が失敗する危険性が増大する。軍事作戦、特に水陸両用戦による侵攻のような複雑な作戦は、事前に綿密に計画され、部隊が配置されるが、人民解放軍は高度に計画された作戦を好むため、混乱に対して特に脆弱であり、成功に必要な戦場への適応が阻害される。機雷の脅威は、作戦全体を停止させるのに十分な場合さえあり、究極の混乱となる。第3は、作戦の崩壊である。最後に、機雷は中国の台湾侵攻能力を低下させ、中国の船舶に損害を与えたり沈没させたりして、侵略軍に重大な肉体的および精神的損耗を与え、不利な戦力の均衡を相殺するのに役立つ可能性がある。
(6) 機雷は台湾の抑止力と防衛を大幅に強化するだろうが、台北は必要な準備をしていない。台湾海軍は、非対称戦略の実行に必要な機雷を含む「多数の小型のもの」の獲得よりも、少数の大型水上戦闘艦を優先し続けている。しかし、必要な能力に投資し、機雷敷設を実施するための準備を改善することは、台湾にとって最優先事項であるべきである。第1に、資材の不足である。台湾は、機雷と機雷敷設艦艇の不足に対処する必要がある。台湾の現在の機雷の在庫は比較的少なく、古いものである。第2に、これらの機雷を迅速に敷設するには、台湾は機雷敷設能力を拡大する必要がある。台湾はこれらの機雷の大部分を輸送するために航空機または水上艦艇を使用する可能性がある。小型ボートの後ろから国産機雷を押し出す訓練を受けた民兵も貢献する可能性がある。 台湾には新たに国産の機雷敷設艦が4隻あるが、一部の先進的な機雷は潜水艦敷設が必要となる。台湾の潜水艦隊は小規模であるため、米国が開発したオルカシステムのような機雷敷設用に設計された無人潜水艇を取得するか、紅海で使用されている水中無人機と同様のより安価な選択肢を模索する可能性がある。第3は、即応性の欠落である。機雷戦を成功させるには、台湾が迅速かつ効果的に大規模かつ多様な機雷を敷設できるようにするための訓練と準備も必要となる。台湾は小規模な機雷敷設訓練をいくつか実施しているが、機雷に関する訓練のほとんどは対抗策に焦点を当てているようである。
(7) より一般的には、台湾は防勢機雷原構築の段階、時機、順序、兵站の問題に事前に対処する作戦計画を策定する必要がある。台湾の水上艦艇による敷設あるいは航空機による敷設に対する中国のミサイルの脅威を考慮すると、台湾政府は戦闘が始まる前に機雷原を構築したいと考えており、島の政治的および軍事的指導者にとってはいくつかの課題が生じている。
(8) 140年前にフランス人がこの場所で学んだ教訓は、今日でも同様に当てはまる。機雷は依然として水陸両用の侵略者に対して使用できる効果的な制海兵器である。
記事参照:DELAY, DISRUPT, DEGRADE: MINE WARFARE IN TAIWAN’S PORCUPINE DEFENSE

3月22日「40年ぶりに米比と海軍演習を行うフランス―インド専門家論説」(EurAsian Times, March 22, 2024)

 3月22日付けのインドのニュースサイトEurAsian Timesは、東アジア研究で修士号を取得しているAshish Dangwaの“1st Time In 40 Years, Philippines To Hold Naval Drills With US & France Beyond Manila’s Territorial Waters”と題する論説を掲載し、Ashish Dangwaはインド太平洋地域への関与を強めるフランスの姿勢について、要旨以下のように述べている。
(1) フランスのウクライナへの派兵の可能性が国際的な注目を集める中、フランスはインド太平洋地域への関与を強めている。フランスの関与の強化は、フィリピンや米国との共同海軍演習に参加するという最新の決定が象徴している。2024年のバリカタン演習の初期に予定されているこの訓練では、Marine nationale(以下、フランス海軍と言う)がPhilippine Navy、U.S. Navy、Philippine Coast GuardおよびU.S. Coast Guardと協力し、国際水域で「グループ・セイル」と呼ばれる活動を行う。この共同海軍演習は、フィリピンの12海里の領海を越えて行われる、約40年ぶりの演習でもある。フランス海軍は、4月下旬から5月上旬にかけて行われる予定の2024年バリカタン演習の初期段階において、1隻のフリゲートを派遣して、海軍演習に参加する予定である。
(2) バリカタン演習の実務担当者Colonel Michael大佐は、この海域に中国艦船が存在する可能性があるにもかかわらず、この演習は戦闘即応性を示し、侵略を抑止することを目的としていると述べている。2024年の演習では、約11,000名の米兵がArmed Forces of the Philippines(フィリピン国防軍)とともに共同体支援構想やその他の共同の取り組みに従事する。オーストラリアと日本は、この海軍演習に積極的に参加することはないが、オブザーバーを派遣し、この演習を視察する予定である。
(3) 西フィリピン海での緊張が高まっている最中、フランスが長年の同盟国とともに参加することは、特に中国による明らかな海洋侵犯に対する統一的な姿勢を示すものである。インド洋では5つの独立国家と、太平洋では12の独立国家と国境を接し、海外領土の管理と、インド太平洋にはかなりの数のフランス人海外居住者がいることも相まって、フランスは「インド太平洋居住国」としての地位を主張している。フランスがこの地域に関心を持ち、積極的に関与するのは、主に領土を保有しているためである。フランスの海外領土には、ニューカレドニア、フランス領ポリネシア、ウォリス・フツナ、クリッパートン島、レユニオン島、マヨット、フランス領南方・南極地域などの重要な領土が含まれる。これらの領土を合わせると、世界で2番目に広大な排他的経済水域を構成し、フランスにインド太平洋における重要な経済的・戦略的利益をもたらしている。
(4) 中国軍がインド太平洋地域における力の展開を拡大するにつれ、フランスは海上と上空の両方で航行の自由を守ることへの懸念を深めている。フランスは、外交的な対話を通じて、この基本原則を守ることに全力で取り組むと述べいる。しかし、フランスはまた、この地域における航行の自由を確保するために、必要であれば単独で、または提携国と協力して、自国の軍隊を活用する用意があることを主張している。中国への対抗措置としてインド太平洋地域でForces armées françaises(以下、フランス軍と言う)の展開が拡大していることは、Emmanuel Macron大統領が主導する戦略構想を反映している。同時に、国際的にも国内的にも政治力学が変化する中で、Macron大統領が欧州における優位性を生み出すことを追求していることも明らかである。
(5) 2月下旬、Macron大統領は、この時点ではこの問題のNATO内の全会一致の合意が得られていなかったにもかかわらず、NATO軍を派遣してウクライナを支援する意欲を表明した。その後、Macron大統領は、キーウやオデーサのような都市に対するロシアの攻撃が再開した場合、フランス軍がウクライナに派遣される可能性があると述べたことについて説明した。しかし、Macronの姿勢は、いくつかのNATO加盟国からの反対に直面している。
記事参照:1st Time In 40 Years, Philippines To Hold Naval Drills With US & France Beyond Manila’s Territorial Water

3月22日「台湾有事を巡るフィリピンの戦略的ジレンマ―フィリピン専門家論説」(China US Focus, March 22, 2024)

 3月22日付の香港のシンクタンク  China-United States Exchange FoundationのウエブサイトChina US Focusは、The Polytechnic University of the PhilippinesのRichard Javad Heydarian の “Strategic Dilemma: The Philippine Debate over Taiwan and China”と題する論説を掲載し、ここでRichard Javad Heydarianは台湾有事を睨んで、フィリピンは深刻な戦略的ジレンマに直面しているとして、要旨以下のように述べている。
(1) Teodoro Jr.フィリピン国防相は2月初めに、台湾南岸からわずか80km離れたフィリピン最北端の島嶼州バタネス州のマヴディス島ある国内最北端の軍事基地に駐留する海軍分遣隊を訪問した際、北部国境地域の要塞化の必要性を強調した。国防相の訪問には国軍司令官と海軍司令官が随行しており、国防相はこの訪問を「領土防衛と国家安全保障に対する我が国の責任において極めて重要な瞬間」になったと述べている。この訪問は、フィリピンの戦略的方向の再転換における劇的な転換点を画した。実際、フィリピンは初めて、米国と協力して、国内北部領域における軍事的展開を強化し始めている。これに対して、中国はフィリピン政府に「火遊びをしないよう」警告した。中国にとって、将来紛争が生起した場合、台湾を防衛するための米国主導の取り組みにフィリピンが直接関与することは、越えてはならない一線を越えることになり兼ねない。中国は、フィリピンが台湾を狙ったアメリカの短剣になることを望んでいない。
(2) フィリピン国内では台湾に関する戦略を巡る議論が激しさを増している。進歩主義者、現実主義者そしてDuterte前大統領らからなる雑多なグループは、フィリピンの如何なる関与にも強く反対している。他方、フィリピンの有力な戦略専門家の間では、Marcos. Jr大統領が、フィリピン北部における軍事的展開と米国との防衛協力を何処まで拡大すべきかについて意見が分かれている。フィリピンでは近年初めて、台湾が自国の外交政策の中心課題となり、様々なグループが中国と米国の2つの超大国に対してそれぞれ異なった取り組みを支持している。米国は東南アジア諸国に米中いずれかの選択を迫っているわけではないが、フィリピンなどはいずれかの選択を迫られる圧力をますます痛感しつつある。
(3) 2023年1月のMarcos Jr.大統領の訪中では南シナ海紛争などの未解決の2国間問題で具体的な解決に至らず、Marcos Jr.大統領はその後、性急に西側同盟諸国との防衛協力を強化し始めた。しかし、Marcos Jr.大統領の新たな戦略的努力の焦点は、西の南シナ海における海洋紛争よりも、むしろフィリピンの北部領域にあった。防衛協力強化協定(以下、EDCAと言う)に基づいて幾つかの新しい基地(以下、EDCAサイトと言う)が米軍に開放されたが、そのほとんどが北部のカガヤン州とイサベラ州に所在しており、南シナ海からは離れ過ぎているが台湾には極めて近い、。しかもそれらに加えて、米軍は最北端のバタネス州にも食指を伸ばしている。伝えられるところによれば、米当局者が2023年に、同州内での港湾施設の建設について同州知事と話し合ったという。
(4) 国内の米軍関連施設について、フィリピン当局は主として人道支援・災害救援(以下、HADRと言う)活動用と強調しているが、実際には、北部諸州に新たに建設された、あるいは計画されている施設のほとんどは基本的に「軍民両用」、即ちHADRと戦闘活動の両方に利用可能な施設である。ある中国専門家も最近、「(フィリピン国内での)港湾や施設建設に向けての米国の如何なる動きも、中国政府は潜在的な脅威と見なすだろう」と指摘している。事実、駐フィリピン中国大使は最近のフォーラムで、この問題について、「事実は言葉よりも雄弁だ。米国は明らかに、台湾海峡情勢に関与するとともに、フィリピンの、さらには域内全域の平和と発展を犠牲にして反中国政策を推し進めるために、(フィリピン北部の)新たなEDCAサイトを利用するつもりだ」と主張している。
(5) フィリピン国内では、2025年の上院議員選挙で政界復帰の可能性が取り沙汰されているDuterte前大統領は、台湾に近接した地域での米国と軍事協力の強化に強く反対しており、米国主導の台湾戦略に深入りすれば、「我々が引き起こしたわけではない戦争に巻き込まれることになる」と警告している。彼の立場に同調するその他の著名な指導者としては、Marcos. Jr大統領の実妹で現上院議員のMaria Imelda "Imee" Marcos上院外交委員長や、中国との経済関係強化を公然と歓迎している北部のカガヤン州知事などがいる。興味深いことに、現政権内部やそれに同調する戦略家の間でさえ、台湾問題では意見が一致していない。結局のところ、Marcos Jr.大統領自身でさえ、この問題を曖昧にしており、フィリピンの戦略における純粋に「防衛的」な性質と一方では台湾における如何なる不測の事態にもフィリピンが不可避的に巻き込まれるとの推測を繰り返し強調している。しかしながら、国防当局者の多くは将来の潜在的な紛争に備えて、台湾近辺での軍事的展開の拡大と、米国との協調態勢の強化を通じて、より直接的かつ断固とした関与を望んでいる。たとえば、ある退役海軍少将は「台湾を失えば、中国が我々の隣国になる。そうなれば、我々の北部領域全体が(中国の)脅威に晒されることになろう」と見ている。
(6) したがって、この退役少将のような影響力のある専門家はフィリピンが台湾を巡るあらゆる不測事態に備えるために同盟国と協力する以外に選択肢はないと考えている。他方、より現実主義的な専門家は、フィリピンは南シナ海における中国政府との妥協の可能性と引き換えに、北部諸州における米国との防衛取極めを調整し、格下げすることができると主張する。たとえば、Marcos Jr.政権が過去1年間に比中両国間で危険な遭遇を経験してきた、スカボロー礁やセカンド・トーマス礁などを巡る中国との緊張緩和態勢を交渉する一方で、北部諸州の戦略的に最も重要なEDCAサイトへの米軍の全面的利用を拒否するといった可能性である。活気に満ちた議論が可能な民主主義国家として、フィリピンにおける台湾有事を巡る議論が直ぐに立ち消えることはなさそうである。明らかなのは、フィリピンがかつてないほどの無数の戦略的ジレンマに直面しているということである。
記事参照:Strategic Dilemma: The Philippine Debate over Taiwan and China

3月26日「日本は太平洋島嶼諸国と安全保障協力を拡大すべきか―オーストラリア太平洋問題専門家論説」(The Interpreter, March 26, 2024)

 3月26日付のオーストラリアのシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreter は、日本国際問題研究所の客員研究員Daniel Mandellの“Should Japan expand its security partnerships in the Pacific?”と題する論説を掲載し、そこでDaniel Mandellは日本が太平洋島嶼諸国と安全保障協力を進めていく見通しについて言及し、それが日本による国際的安全保障への貢献を示すこととして評価する一方で、日本にとって妥当な政策であるかは検討の余地があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2024年3月、日本は14の太平洋島嶼諸国および西側同盟国の防衛・安全保障関係者を招き、日・太平洋島嶼国国防大臣会合を実施した。これは、第10回太平洋・島サミット(以下、PALM 10と言う)に先立って行われた。会合では、日本と島嶼諸国の間で安全保障および警察活動に関する協定が結ばれる見通しである。日本はさまざまな部門における対外支援の提供国として世界第4位という主要な位置にいたが、安全保障部門での支援はこれまでほとんど行ったことがなかった。その意味で上記協定が結ばれれば、重要な意味を持つ。安全保障部門に関する太平洋島嶼国への支援の大部分は、海上保安庁や笹川平和財団を通じてのものであった。
(2) 太平洋における日本の開発支援は、戦後日本の平和的外交政策と軌を一にしていた。しかし、日本外交はそのときどきの安全保障状況に合わせて再解釈をされてきた。岸田首相は最近になって、防衛費をGDPの2%に増額することを決めており、防衛装備の輸出に関する法律を改正して、イギリス・イタリアと共同開発を行っているジェット戦闘機の海外への売却を認めた。また、政府安全保障能力強化支援プログラムのもと、太平洋島嶼諸国を含む志向を同じくする国々との防衛装備の共有もできるようになった。
(3)日本の方針変化の原因の1つが、太平洋における中国の影響力拡大であることを考えれば、日本が太平洋諸国と安全保障に関する合意を模索するのは理解可能である。しかしそれが正しい政策であるかは検討の余地がある。
(4) 太平洋諸国にとって日本は信頼できる提携国である。しかし、最近の福島原発からの処理水放出の決定は太平洋諸国の懸念を高めており、PALM 10の議題にも選ばれている。日本は安全保障協力を進める前に、この問題に関して自国の評判を回復させなければならない。それ以外にも、日本にとって太平洋と安全保障協力を進めることが賢明なことかどうかを再検討すべき理由が3つある。
(5) 第1に、日本の経済状況が思わしくなく、利用可能な資源が限られているなかで、安全保障協力に新たに資源を振り向けるべきかどうかという問題がある。第2に、日本の人口動態を考えれば、自衛隊はすでに既存の計画を進めるだけでも手一杯であろう。新たな安全保障協力を進めるだけの人員や装備は用意できるのだろうか。第3に、太平洋には米国やオーストラリアがすでに安全保障支援を提供しており、日本に相対的な強みがあるのかどうかという問題がある。ないのであれば既存の分野に焦点を当てて資源を投入するほうが良いだろう。
(6)日本の同盟国は、日本が太平洋島嶼諸国と安全保障協力を進めることを、これまでの平和主義的外交政策から転換し、国際的な安全保障に貢献する意図を持つものとして歓迎するだろう。その一方で、日本は、すでに多くの支援がなされている分野に参加する価値があるかどうかを十分検討すべきである。
記事参照:Should Japan expand its security partnerships in the Pacific?

3月27日「EUによるインド太平洋戦略の再検討―シンガポール専門家論説」(IDSS Paper, RSIS, March 27, 2024)

 3月27日付のシンガポールのThe S. Rajaratnam School of International Studies(RSIS)のウエブサイトIDSS Paperは、同SchoolのMaritime Security Programme研究員Gilang Kembaraの” Revisiting EU’s Indo-Pacific Strategy”と題する論説を掲載し、ここでGilang Kembaraは東南アジア諸国と欧州主要国との間で、首脳を含む注目度の高い会談や訪問が行われているのは、EUのインド太平洋戦略への継続的な関与を示すものであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2021年に発表されたEUのインド太平洋戦略は、インド太平洋沿岸国、特に東南アジアの多くの国々に歓迎された。同戦略は、さまざまな分野で関係を多様化し、インド太平洋地域の国々との持続的かつ長期的な関与を確保するというEUの誓約を示すものである。EUの戦略は、インド太平洋諸国の防衛力の強化にはあまり重点を置かず、海洋統治と貿易の連結性により、ヨーロッパ経済の成長機会をもたらす経済力に重点を置いている。
(2) フランスは自国をインド太平洋の常駐国とみなしているため、EUのインド太平洋戦略の実現を最も積極的に推進しているヨーロッパの大国である。2023年後半以降、フランスは、防衛・安全保障協力の分野において、東南アジア諸国との関係を強化してきた。
a.2023年12月、Sebastien Lecornuフランス軍事大臣はマニラでGilberto C. Teodoro, Jrフィリピン国防相と会談し、地域および世界の安全保障問題について話し合うとともに、法に基づく国際秩序の重要性を強調した。両大臣は、仏比両国の軍隊が互いの領土内で共同活動を行うことを可能にする地位協定(VFA)の検討など、さまざまな防衛協定について協議した。
b.2024年1月、カンボジアのHun Manet首相がフランスを訪問し、両国の経済協力、教育計画、防衛関係について話し合った。同首相の訪問は、プノンペンが他の大国との協力を多様化することで、中国への過度な依存に対抗する試みと見られている。そして、Emmanuel Macronフランス大統領は、カンボジアのエネルギーと水源開発を支援するために2億ユーロを提供すると述べた。
c.2024年3月、タイのSrettha Thavisin首相がEmmanuel Macronフランス大統領と会談し、2025年までにまとまる予定の自由貿易協定(FTA)の交渉を通じて、両国間の経済的結びつきを強化することを期待した。また、防衛産業協力に関する会談も行われ、その中でSrettha Thavisinタイ首相は、タイが東南アジアにおける軍事装備品の生産と整備のハブになるための共同投資と技術移転を提案した。
(3)ドイツは、2021年から2022年にかけてフリゲート「バイエルン」がこの海域を航海して以来、インド太平洋における存在感は徐々に拡大し、将来の発展のための基礎が築いていった。外交分野では、アジアにおける貿易関係を多様化し、中国への依存度を下げようとしているため、東南アジア諸国との関係を深める努力を増やしている。そして、2024年3月11日から13日にかけて、Olaf Scholzドイツ首相は来独したマレーシア、フィリピン、タイの各首脳をもてなし、3首脳との会談では、経済連携、特にハイテク製品の原材料供給、熟練労働者の誘致や自由貿易の深化に向けた協力に焦点が当てられた。
(4) イタリアは、インド太平洋における軍事的展開の拡大を含め、米国やNATO主導の軍事構想に最も積極的に貢献する国の1つとみなされてきた。イタリア政府はさまざまな地域諸国と重要な協力を開始し、この地域に艦艇や軍人を積極的に派遣している。イタリアは東南アジアを重要な関心地域として指定し、貿易と経済的相互接続の拡大を優先することを目指している。並行して、イタリアはこの地域、特に海洋領域における安全保障上の役割の向上にも熱心である。2023年半ば、イタリアは最新鋭のタオン・ディ・レベル級哨戒艦「フランチェスコ・モロシーニ」をインド太平洋に派遣しており、同艦はホーチミンとバンコクに寄港し、マレーシアとシンガポールで開催された防衛展示会に参加したほか、インドネシアが主導する多国間演習「Komodo 2023」に参加している。
(5) 東南アジアにおけるイタリアの安全保障は、インドネシアとの協力関係に色濃く表れている。2022年12月、Guido Crosettoイタリア国防相は、防衛・産業協力の強化を議題にインドネシアを訪問している。この訪問は、2021年にイタリアの造船企業Fincantieri - Cantieri Navali Italiani S.p.A.社とTentara Nasional Indonesia Angkatan Laut(Indonesian National Military-Naval Force、インドネシア海軍)との間で結ばれた8隻の艦艇購入に関する取引を見届けるためと考えられる。そして、インドネシアへのFREMM級フリゲート6隻の売却と中古のマエストラーレ級フリゲート2隻の売却が決定した。しかし、フリゲートの生産が遅れているため、両当事者は2023年10月に再協議を行っている。
(6) EUがインド太平洋地域における中長期戦略を策定する中で、ヨーロッパ、中東、紅海地域における地政学的力学は、EUの関心と資源の一部を自国近くの危機への取り組みに振り向けたように思われる。しかし、この転換は必ずしもEUがインド太平洋戦略で明確にした約束から後退したことを意味するものではない。それどころか、ここ数ヵ月、東南アジア諸国とヨーロッパ主要国との間で、首脳を含む注目度の高い会談や訪問が行われている。貿易や防衛分野においても、いくつかの新たな約束がなされている。このような再協議は、EUのインド太平洋戦略への継続的な関与を示すものであり、海洋領域の安全確保を支援するための努力における前進である。
記事参照:Revisiting EU’s Indo-Pacific Strategy

3月27日「インド洋における海図作成競争―オーストラリア専門家論説」(The Interpreter, March 27, 2024)

 3月27日付のオーストラリアのシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreterは、Australian National UniversityのNational Security CollegeのDavid Brewsterによる“Mapping the oceans is the new front in the battle for influence in the Indian Ocean”と題する論説を掲載し、ここでDavid Brewsterはインドや中国をはじめとする国々が、インド洋周辺諸国の排他的経済水域や国際水域の海図を作成しようと競い合っている状況にあって、オーストラリアは提携国と協力し、自国の水路情報の管理を含め、この地域が自国の海を統治できるよう支援する必要があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) インド洋における影響力をめぐる争いの新たな最前線は、水路測量になっている。インドや中国をはじめとする国々が、インド洋周辺諸国の排他的経済水域や国際水域の海図を作成しようと競い合っている。水路データは、商船などの民間船舶が海上を安全に航行するためだけでなく、水上艦艇や潜水艦を含む海軍の活動や、海底採掘のような新たな商業活動にも不可欠である。この地域の多くの国では、いまだに19世紀の植民地時代の海図が使われていることが多い。
(2) 大国は、水路測量分野の能力が低い、あるいは専門知識がほとんどない国々に水路測量に対する助けを提供しようと競い合っている。これは、地域における指導的立場を示すためであり、さらに重要なことは、潜水艦の運用など軍事目的に不可欠なデータを取得するためでもある。
(3) インドは、長い間自国を水路調査業務の供給国として位置付けようとしてきた。7隻の測量船を保有し、モルディブ、モーリシャス、ケニア、タンザニア、ミャンマー、スリランカ、セーシェルの沿岸など、ここ数年で約100件の外国水路調査を行っている。さらに、インド洋、アジア、アフリカの国々から集まった約800人の外国人に対する訓練など、現地での能力向上にも寄与している。
(4) 中国も代替供給国として多くの国に水路調査業務を提供している。中国は30隻以上の海洋監視・調査船を運用しており、その多くは電子情報の監視能力も備えている。中国からの援助の申し出は多くの国にとって魅力的なものではあるが、自国の管轄区域の海図作成を中国に任せることには大きな議論を呼んでいる。インドは、インド洋、特に原子力潜水艦が拠点とするベンガル湾付近での調査活動に大きな懸念を抱いている。
(5) こうした問題はスリランカでも表面化している。2023年10月に中国の測量船「実験6号」がスリランカ海域に出没し、ニューデリーから大きな抗議を受けた。その直後、スリランカはこの問題を検討するとして、すべての外国調査船による調査を12ヶ月間禁止した。スリランカ政府はその後、中国の研究所と地元の大学との間で結ばれた協定の取り消しに動き、さらに、Sri Lanka Ministry of Defenceの下に水路研究を監督する新しい機関を設立した。
(6) 近隣のモルディブでも同様の論争が繰り広げられている。モルディブは人口こそ少ないが、広大な海洋管轄権を持つ島国である。2023年12月、モルディブの新政権はこれまでモルディブ海域の水路測量を行っていたインドとの協定を更新しないと発表した。これにより、モルディブの水路測量に空白が生じている。2023年2月、中国の調査船「向陽紅3号」が、モルディブ、スリランカ、インドの排他的経済水域の外側で3週間の水路調査を行った後、モルディブの首都に停泊した。その数日後、モルディブは中国と防衛協力協定を結んでいる。その条件は明らかにされていないが、暴動鎮圧用装備品の供給が含まれているようである。この協定を受け、中国政府はモルディブにおける安全保障上の役割の拡大を強力に推し進めている。
(7) 米国、英国、オーストラリアは現在、モルディブの主権国家としての水路能力を高めるための支援策を模索している。スリランカとモルディブにおける今回の動きは、重要な水路情報の所有権と管理権をめぐる広範な地域的競争の第一歩である。オーストラリアは提携国と協力し、自国の水路情報の管理を含め、この地域が自国の海を統治できるよう支援する必要がある。
記事参照:Mapping the oceans is the new front in the battle for influence in the Indian Ocean

3月27日「米印が過去最大の共同水陸両用戦演習を実施―フランス海軍関連ウエブサイト報道」(Naval News, March 27, 2024)

 3月27日付けのフランス海軍関連ウエブサイトNaval Newsは、米フリー著述家Aaron-Matthew Lariosaの“U.S. And India Hold Largest Combined Amphibious Exercise To Date”と題する記事を掲載し、2024年に行われた米印共同演習であるタイガー・トライアンフ2024について、要旨以下のように報じている。
(1) 米印の水陸両用戦艦艇や航空機がインド東部の港湾都市ヴィシャーカパトナムを出発し、これまで両軍の間で行われてきた共同訓練の中で最大規模の水陸両用戦演習の最終段階に入った。
(2) タイガー・トライアンフは、米印3軍種水陸両用戦演習(Tri-Services India U.S. Amphibious Exercise)を意味しており、国境線の緊張とインド洋地域における中国海軍の展開が増大している時期に、米印両政府が防衛、安全保障、外交関係を強化する中で、2019年に始まったものである。2024年の演習は、3月19日にインド揚陸艦「ジャラシュワ」(L41)の甲板で始まった。揚陸艦「ジャラシュワ」は、2004年のインド洋地震と津波の後、Bhāratiya Nau Sena(Indian Navy:以下、インド海軍と言う)が人道的・災害救援活動を行うために、より優れた水陸両用戦能力をインド海軍へ提供するためにインド政府が米国から調達したものである。2024年のタイガー・トライアンフ演習は人道支援と災害救援に焦点を当てている。
(3) 他の米印共同訓練と比較して、タイガー・トライアンフは米印両軍の複数の軍種が参加するという点で特筆すべきものであり、両国の間で最も複雑な訓練となっている。U.S. Navy とU.S. Marine Corpsは、ドック型揚陸艦、ミサイル駆逐艦、第15海兵遠征隊の一部、そして、P-8A哨戒機が参加しており、また、U.S. ArmyとU.S. Air Forceの部隊と車両等装備、人員が訓練に参加している。インドMinistry of Defenceの報道発表によると、インドの構成部隊は全ての軍種から参加している。特殊部隊や歩兵大隊を含むBhāratīyan Thalasēnā(Indian Army:インド陸軍)部隊は、訓練の港湾内での局面において、米地上軍と共に訓練を行う姿が確認されている。
(4) 近年、米印演習は両軍の相互運用性向上に重点を置いている。米Congressional Research Service(議会調査局)の報告書によると、インドは「現在、他のどの国よりも多くの演習や人的交流を米国と行っている」とされている。さらに、タイガー・トライアンフで明確に示されたように、米印の訓練はますます複雑化している。
(5) 米国との2国間演習の増加と並行して、インドはインド洋地域での監視・対潜能力を強化するため、米国製装備の調達を検討してきた。リースされたMQ-9無人攻撃機やP-8I哨戒機など、いくつかの米国製システムは、すでにインド政府がこの地域のさまざまな紛争地域や危機で活用している。U.S. Department of Stateは2月、General Atomics社のMQ-9B「シーガーディアン」31機をインドに売却する約40億ドルの契約を承認した。そのうち15機は、インド海軍の計画に基づくものである。一方、2月にはインド海軍航空部隊に初のSikorsky Aircraft社のMH-60R哨戒ヘリコプターが就役している。
記事参照:U.S. And India Hold Largest Combined Amphibious Exercise To Date

3月28日「インドが台湾紛争を抑止すべき理由―米インド専門家論説」(The Strategist, March 28, 2024)

 3月28日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、米Stanford UniversityのCenter for International Security and Cooperation研究員Arzan Taraporeの“India has its own reasons for preventing a Taiwan war”と題する論説を掲載し、そこでArzan Taraporeは中国と台湾の紛争を抑止することはインドにとって利益であり、そのためにインドができることは何であるかについて、要旨以下のように述べている。
(1) インドの国益は、東アジアの状況から影響を受けるほどに拡大した。台湾をめぐっては現在、中国が必要であれば武力を用いて占領する準備を進め、米国がその防衛に関与している。インドは台湾をめぐる争いに直接参加することはないだろうが、その紛争を抑止することには大きな経済的・安全保障上の利点がある。
(2) インドには、台湾での戦争を抑止する理由が3つある。第1に、台湾が独立せずに自治を続けるという現状の維持がインドにとって利益になる。台湾とインドは2001年に比べて貿易量を7倍にし、自由貿易協定の可能性も模索されている。また半導体製造に関する企業の協力も進み、インド初の半導体製造工場も建設された。第2に、中国と台湾の戦争は世界全体の貿易に破滅的な影響を与え、したがってインドにも多大な損失をもたらす。紛争の損失は世界全体の1割にのぼるという試算もある。中国と米国の戦争が長引けば、それは世界の様々なところに波及する可能性があり、たとえば印中国境紛争が激化するかもしれない。第3に、戦争の結果如何ではインドの国際的地位が脅かされる可能性がある。最もありそうな事態は、限定的な戦争における中国の勝利である。そうなれば地域における優越的な軍事大国として、中国は米国に取って代わり、地域全体の安全保障機構は脆弱になる。米国が信頼を失えば、地域の軍拡が進むであろう。また中国はインド洋への侵入を含め、その影響力をさらに拡大するかもしれない。
(3) それでは、紛争抑止のためにインドができることはなにか。中国としては、可能であれば対価の低い、非軍事的な方法を好むであろう。軍事力を行使するとしたら、勝利のための条件がしっかり整えられた場合だけである。したがって、台湾海峡をまたぐ軍事上の均衡が、紛争抑止にとって決定的な要素となる。インドとしては、中国の勝利の条件を整わせないこと、そう中国を納得させることが鍵となる。
(4) インドには6つの選択肢がある。国際法に訴えること、侵略に反対する言説を構築すること、外交上の声明の調整と発信、経済的デリスキング、台湾市民を支援する情報発信、インド洋での米軍支援である。こうした選択肢は、インドの戦略的地位を押し上げることにも繋がるだろう。それによって米国との協力が深まり、インドの国力が強化される。また、特にグローバル・サウスの国々の間で、インドのリーダーシップが強化されるであろう。したがって、上記した6つの方針は台湾や米国のためというよりも、何よりもインドの利益のためのものである。中国の報復を招くかもしれないが、危険性のない政策などありえず、何もしないことの危険性よりはマシなはずである。
記事参照:India has its own reasons for preventing a Taiwan war

3月30日「海軍は2030年までに355隻の艦艇を必要とする―米専門家論説」(The National Interest, March 30, 2024)

 3月30日付、米国の安全保障・外交政策関連オンライン誌The National Interestは、退役米陸軍大佐で元Office of the Secretary of Defenseサイバーセキュリティ政策・戦略・国際問題部長John R. Millsの ‶The Navy Needs 355 Ships by 2030″と題する論説を掲載し、ここでJohn R. Millsは、2025会計年度国防予算に示されたのは海軍の縮小計画であり、2054年までに387隻を建造するという最新の建艦計画では余りに先過ぎるとし、2030年までに355隻を標語に資金を確保するべきとして、要旨以下のように述べている。
(1) U.S. Navyは、西太平洋における抑止力の槍先であるが、最新の予算はその事実を反映していない。2025会計年度の国防予算は成長ではなく、縮小が主題となっていたのである。国防長官による記者会見の論点と各軍の監査担当が提出した資料の間には明確な乖離があった。軍全体にわたり、艦艇、航空機、車両等やシステムは、更新される数より除籍数の方が多く、たとえば、艦艇6隻を取得するのに対し、19隻の戦闘艦艇が退役する。したがって海軍艦艇13隻が純減となるが、長官の発表は野心的な常套句で溢れている。U.S. Naval War collegeのJames Holmes教授は「新国防予算には意味がない」と端的に述べている。
(2) 予算案での路線変更や新たな方向性は、通常、事前に過剰なほど説明される。U.S. Department of Defenseが提出した予算案の見方は、米国の敵対国にとって重大であるが、予算案文面の華々しさの裏にある弱さを嗅ぎ取り、決意の欠如を疑っているであろう。
(3) U.S. Navyが西太平洋における抑止力の槍先であることに変わりはない。しかし、U.S. Navyは明らかに縮小している。 発表された最新の計画では、2054年までに387隻の戦闘艦艇を建造するとしているが、刺激的ではない。1957年に英国防相Duncan Sandysが発表した白書によって、英国の航空宇宙産業は壊滅状態になり、Ministry of Defenceは大混乱に陥った。U.S. NavyにとってのDuncan Sandysの瞬間が、目の前で起こったのである。ただ1つ違うのは、2025年予算は、基本的に削減とスケジュール延長に終始し、Sandysが試みた決定的な新たな方向性は導入されていないことである。
(4) U.S. Navyの2025年度予算では、海軍長官は3つの優先事項を再度強調している。「この激しい戦略的対立の時代に打ち勝つために、海上支配力を強化し、卓越した戦闘精神を構築し、新たな海洋国家戦略を加えて戦略的パートナーシップを強化する」と述べている。Del Toro長官の3つの優先事項と監査担当の帳簿の数字の整合を取るのは、非常に難しい。艦船や航空機は、老朽化するにつれて運用・保守整備(以下、O&Mと言う)の経費がかさみ、海軍予算2,576億ドルの34%と最も大きな部分を占める。O&Mは燃料費、食費、旅費など、資本以外の経費を賄うものである。これは、紅海での武力衝突のような事態が勃発したときに急増する。U.S. Navyの2025年予算は、成長を目指すものではなく、財政的な生き残りとO&Mのための経費調達、そして管理された衰退でしかない。
(5) O&Mを節約し、新しいシステムに資本を再投資するために旧システムを退役させることが暗示されている。これは合理的な戦略であるが、新機能の納入予定線表を前倒しすることで、その効果を高めなければならない。提出書類の根本的な主題は、U.S. Navyの水上および水面下の自律型艦船の成長である。しかし、西太平洋における開発の速度を考慮すると、2054年はあまりに先のことで、望ましい最終的な状態には意味がない。比較的単純で安価な自律型無人偵察機は、有効な選択肢の1つである。ウクライナでは、Военно-морской флот Российской Федерации(Military Maritime Fleet of the Russian Federation:ロシア海軍)を孤立させるために非常に効果的に使用されている。
(6) 通常の艦船にしろ、自律型にしろ、どの型式も既存の産業基盤ではなく、何か意味のある変化を起こさない限り、現状は変わらない。Del Toro長官は、米国の太平洋地域の提携国を訪問しているが、日本、韓国、台湾、フィリピンなどの国際的提携国が最終的な統合、組立、艤装のためのモジュラー・アセンブリーを提供する垂直統合モデルであるボーイング・モデルは革新的で、追求する価値がある。遅れて届けられる完璧な計画より、情熱のこもった妥当な計画の方が優れている。唯一の問題は、これらの提携国が最前線に位置していることである。金門島は、中国との国境線からわずか4,000ft(約1,200m) しか離れておらず、米国のある要員は、最初の4,000ftを敵にとって可能な限り対価の高いものにする計画を練っている。
(7) 2054年までに387隻というのは、人を惹き付ける声明ではない。米国にとって信頼性のある核抑止力を獲得するために弾道ミサイル搭載原子力潜水艦を整備するに当たって使われた「Forty-One for Freedom(自由のための41)」という標語は心を捉えて、分かり易く、感動的であった。2025年までの355隻も悪くないが、達成不可能なため、「自由のための355隻(2030年まで)」の方が良いであろう。国防予算は、軍備に加え、下請け業者が運営する施設への予算増額が必要である。Del Toro長官は、「株価をつり上げ続けている」と請負業者を叱責したが、的外れであった。国防産業基盤が縮小している理由は幾つもあるが、政府の仕事は投資家にとって見返りがなく、難し過ぎる。新規未開発の近代的施設を大規模に必要とする場合には、特に当てはまる。今回の予算案提出は重大な失策だったが、明確なスローガンとより現実的な資金があれば、「自由のための355」は達成可能である。4,000ftの警告は、十分とは言えないので、迅速さが必要である。
記事参照:https://nationalinterest.org/feature/navy-needs-355-ships-2030-210310

3月30日「中国をなだめても決してうまくいかない理由―日経済紙報道」(NIKKEI Asia, March 30, 2024)

 3月30日付の日英字経済紙NIKKEI Asia電子版は “Why appeasing China will never work”と題する記事を掲載し、ここでフィリピンは南シナ海での苦い経験を経て日米との防衛協力を深めているが、海洋における力の均衡が中国に急激に傾くことのないよう各国が協力を強化することが不可欠であるとして、要旨以下のように報じている。
(1) 南シナ海では中国とフィリピンの対立が激化している。フィリピン政府は、中国海警船がフィリピン船舶に対し放水銃を発射し、また中国海警船や海上民兵の船舶が故意に衝突するなどの妨害を繰り返していると非難している。南シナ海は、毎日大量の燃料や物資が行き交う主要な貿易の動脈であり、そこでの交通の混乱は世界経済に計り知れない損害を与える可能性がある。フィリピンが経験したことは、2024年4月上旬に初の日米比3ヵ国の首脳会談がワシントンで開催される際に、中国の強権的な戦術に重要な手がかりを提供できるかもしれない。
(2) 緊張が高まり始めたのは2023年後半である。フィリピン政府によると、2023年8月にフィリピンの艦船が南シナ海のセカンド・トーマス礁に向かっていたところ、中国海警船から放水銃で攻撃された。それ以降、2023年10月下旬、11月、12月、2024年3月と中国海警船、海上民兵の船によるフィリピン船舶への妨害が行われている。
(3) なぜ、これほどまでに緊張が高まっているのか。2022年6月に就任したフィリピンのFerdinand Marcos Jr.大統領が、前任のRodrigo Duterteの融和的な親中政策を転換し、親米路線を採用したためだと言う人もいるかもしれない。一見したところ、緊張の直接的な原因はMarcos Jr.大統領にあるように見え、彼の政策は中国政府からの激しい反発を招いた。しかし、この問題を詳しく調べると、そうではないことがわかる。実際、フィリピン近海の緊張は、Marcos Jr.大統領が権力を握る前から高まっていた。フィリピン当局者や治安専門家によると、Duterte前大統領の在任中、中国海警総隊や海上民兵の船舶が頻繁に係争海域に侵入し、フィリピンの船舶を威嚇し、挑発することで実効支配を拡大しようとしていた。しかし、Duterte前大統領はこれらの事件のほとんどを隠蔽し、ほんの一部しか明らかにしなかった。彼の政権は明らかに、中国を刺激したり、対中融和政策の失敗を認めたりすることを嫌がっていた。
(4) Marcos Jr.大統領は、自らの就任後、中国をなだめる戦略がうまくいかなかったことを悟ったと考えられる。政策転換を示唆する動きとして、2023年5月に米国を訪問し、Joe Biden大統領と会談した。首脳会談に先立ち、米比両国は米軍が利用できるフィリピンの基地を5ヵ所から9ヵ所に増やすことで合意した。Marcos Jr.大統領は日本やオーストラリアとの安全保障協力を強化するための措置も講じた。2023年8月、フィリピンは米国、日本、オーストラリアとともに4国間共同軍事演習を実施している。Marcos Jr.大統領は2024年4月上旬に再びワシントンを訪問し、岸田首相とBiden大統領と会談する予定である。
(5) フィリピンの経験は、他の国々に貴重な洞察をもたらす。学ぶべき教訓は、領土問題やその他の主権問題で中国に譲歩する戦略は決してうまくいかないということである。中国は力の論理を信じているので、中国と安定した関係を築くには、領海防衛能力を強化し、秩序を維持するしかない。フィリピンのDe La Salle Universityの海事問題の専門家Renato Cruz De Castro教授は「宥和政策を採ろうが、挑戦的な態度を採ろうが、中国から受ける反応は実質的に同じである。我々の原則を堅持し、領海防衛能力を強化することが不可欠である」と述べている。近年、中国は南シナ海で領有権問題を抱えるマレーシアやベトナムにも圧力を強めている。
(6) 日本には苦い経験がある。2009年9月に発足した鳩山政権は、中国を含む「東アジア共同体」構想を掲げ、中国に対して融和的な姿勢を採った。この構想は、EUの例に触発されたものであった。しかし、中国は日本に対する態度を軟化させなかった。2010年9月、鳩山の後継者である菅政権の下で、尖閣諸島付近で日本の巡視船と中国のトロール船が衝突し、外交紛争が起こり、中国は報復を開始した。中国全土に反日デモの波が広がった。日中関係がある程度安定し始めたのは、故安倍首相が、米国との同盟関係を再構築し、中国を抑止する日本の能力を取り戻した後である。
(7) 2024年11月の米大統領選でDonald Trumpが勝利すれば、米国は内向きになり、インド太平洋問題への関与が弱まる可能性がある。こうした危険性に備えるため、アジア諸国は米国のみならず、同志国との安全保障関係を早急に強化する必要がある。2024年3月1日、Japan Foundation(国際交流基金)とフィリピンのシンクタンクStratbase ADR Instituteの共催で、フィリピン、インド、日本の安全保障・経済関係について議論する会議がマニラで開催された。フィリピン代表団は、防衛装備品の移転を含め、インドおよび日本との協力強化への期待を表明した。アジア諸国にとって、中国との安定的な共存は最も望ましい目標であるが、それは対話だけでは実現できない。海洋における力の均衡が中国に急激に傾くことのないよう、各国が協力を強化することが不可欠である。
記事参照:Why appeasing China will never work

3月31日「Philippine Coast Guardの増強について―フィリピン日刊紙報道」(The Manila Times, March 31, 2024)

 3月31日付のフィリピン国営日刊紙The Manila Times電子版は、“PH eyes Australia to boost fleet vs threats in WPS”と題する記事を掲載し、南シナ海での緊張が高まるなか、Philippine Coast Guardがさまざまな国からの支援や調達により、船隊を増強しているとして、要旨以下のように報じている。
(1️) フィリピンは、自国の沿岸警備隊増強のためにオーストラリアとの同盟強化に関心を向けている。現在、Philippine Coast Guardはオーストラリアの国防企業Austal社から巡視艇2隻の調達を検討している。それは全長39.5mのガーディアン級巡視艇である。Austal社はセブ島に造船所を保有しており、オーストラリアは同じ巡視艇を太平洋諸国にも提供している。この2隻とは別に、フィリピンはAustal社から3隻の船舶を2024年予算で調達予定である。この3隻は西フィリピン海防衛のために使用されるであろう。
(2) フィリピン上下両院は、副大統領付と教育省に割り当てられていた合計6億5,000万ペソの機密費の配分先を、「西フィリピン海において拡大する脅威」に変更し、Philippine Coast GuardやNational Intelligence Coordinating Agency、National Security Council、Bureau of Fisheries and Aquatic Resourcesなどに割り当てることになると発表した。議会はそれらの部局の予算の少なさを懸念していたのである。実際、Philippine Coast Guardはこの17年間で機密費として合計1億1,800万ペソしか受領していない。
(3) 2004年から2016年まで、Philippine Coast Guardが受領した船舶は1隻もなかった。2000年にオーストラリアから8隻の捜索・救難艇を調達したが、長距離の作戦は実施できなかった。こうした状況であったため、2012年のスカボロー礁における対峙では、Philippine Coast Guardは1隻しか派出できなかった。
(4) その後、Philippine Coast Guardは近代化を進め、25隻の主要船艇を保有している。そのうち12隻は日本製で、2隻は現在、セカンド・トーマス礁における再補給作戦で民間船を護衛している。別の2隻は2022年に日本から提供された、97mの多目的船で、Philippine Coast Guardが保有する最大の船である。2023年11月に日比は声明を発し、この大型船をさらに5隻、2027年から28年にかけて、フィリピン側が調達する計画だという。
(5) 2017年には、Philippine Coast Guardはフランスから5隻の船舶を購入した。その中には、Philippine Coast Guard初の遠海巡視船がある。また同盟国米国も、沿岸警備隊隊員の訓練を通じた支援を提供している。たとえば船外機訓練センターを設立し、国立沿岸監視システム(National Coast Watch System)の設立を支援した。米国はさらにその監視システムの拡充に資金提供をする予定であるという。ドイツもPhilippine Coast Guardに2機のドローンを寄付するなどの支援を提供している。
記事参照:PH eyes Australia to boost fleet vs threats in WPS

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

(1) What Philippine use of legal weapons could mean for South China Sea dispute with Beijing
https://www.scmp.com/news/china/diplomacy/article/3256207/what-philippine-use-legal-weapons-could-mean-south-china-sea-dispute-beijing
South China Morning Post, March 21, 2024
3月21日、香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“What Philippine use of legal weapons could mean for South China Sea dispute with Beijing”と題する記事を掲載した。その中で、①南シナ海で続いている中国とフィリピンの領有権争いは、フィリピン政府が自国の主張を法律に盛り込むことを検討しているため、新たな前線が開かれる可能性がある。②2月、上院議員たちはフィリピン海域法案を全会一致で承認したが、この法案はフィリピンの管轄下にある海域とそこでフィリピン政府が行使できる法的権限を規定するもので、中国からの素早い反発を招いた。③中国の専門家達によれば、もしこの法令が署名されれば、中国とASEANの間で進行中の行動規範に関する協議が危うくなると同時に、両隣国間の交渉の余地が狭まる可能性が高い。④ある中国の専門家は、この法律を成立させることは将来のフィリピンの指導者の自由を奪うが、中国の姿勢が変わる可能性は低く、新しい法は「火に油を注ぐ」ものだと警告した。⑤フィリピン政府の領有権主張を法制化しようとした過去のいくつかの試みは上院を通過できなかったが、直近では2023年5月に下院で可決されている、⑥Ferdinand Marcos Jr.比大統領は、この法案を優先事項の一つに挙げている。⑦フィリピンの議員たちは、2021年以来、議会に提出されているさまざまな海域法案の草案に、ハーグの裁定を取り入れている。⑧中国のシンクタンクのトップは、中国政府は南沙諸島の周辺海域で領海基線を定めることや九段線の法的地位を明確にすることで、フィリピンの法案に対応できると述べている。⑨さらに彼は、武力行使は米国をこの地域に深く引き込むだけだが、中国にはフィリピンよりも大規模な海警総隊があるなどいくつかの利点があり、「現状を維持することに関して、時間は中国の味方である」と主張したと報じている。

(2) INTERVIEW with Joseph Nye: Cooperative Rivalry Can Move Relations Forward
https://www.chinausfocus.com/foreign-policy/interview-with-joseph-nye-cooperative-rivalry-can-move-relations-forward
China US Focus, March 22, 2024
2024年3月22日、香港のChina-United States Exchange FoundationのウエブサイトであるChina US Focusは、China-United States Exchange Foundationの代表であるJames Chau とHarvard University Distinguished Service Professor であるJoseph Nyeとの対談内容を" INTERVIEW with Joseph Nye: Cooperative Rivalry Can Move Relations Forward "と題して掲載した。その中でJoseph Nyeは、①米中関係を「永遠のライバル関係」と呼ぶ声もあるが、実際には過去半世紀の間に朝鮮戦争を巡って争うこともあったし、ソ連を牽制するために協力関係でもあったし、経済的な相互依存の関係にもあったので、この表現は適切ではない。②「冷戦」という表現も同様で、ソ連との間には軍事的な関係はあった一方で経済的な相互依存の関係にはなかったが、中国との間には軍事的な関係も経済的な関係もあるので、誤解を招きやすい表現である。③対中政策を考える上では「協調的対立関係」という考え方を用いるべきであり、対立と協力を同時に行うという一見矛盾することをしなければならないなどと主張している。

(3) IT’S TIME FOR A COMPREHENSIVE NATIONAL MARITIME STRATEGY
https://warontherocks.com/2024/03/its-time-for-a-comprehensive-national-maritime-strategy/
War on the Rocks, March 28, 2024
By Mark Kennedy is director of the Wilson Center’s Wahba Institute for Strategic Competition, a civic leader supporting the secretary of the Air Force, and president emeritus of the University of Colorado
Jeffrey Kucik is a global fellow at the Wahba Institute for Strategic Competition at the Wilson Center and an associate professor at the University of Arizona.
2024年3月28日、米シンクタンクWilson Center’s Wahba Institute for Strategic Competition のディレクターであるMark Kennedyと同InstituteのグローバルフェローであるJeffrey Kucikは、米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockに" IT’S TIME FOR A COMPREHENSIVE NATIONAL MARITIME STRATEGY "と題する論説を寄稿した。その中で両名は、米国は商船を管理しない近代史上数少ない大国という不思議な立場にあり、実際、国家として商船を所有しておらず、建造する手段もなく、停泊させる場所もないと言っても過言ではないが、その結果、アメリカは経済安全保障を外国の提携国に大きく依存することになっていると指摘している。その上で両名は、米国は現在、西太平洋で紛争が発生した際に、自国や同盟国の経済的利益を守る能力を欠いているが、この能力を開発するためには、包括的な国家海洋戦略が必要であり、そしてこの戦略は多大な投資と主要同盟国との緊密な協力関係に立脚しているとした上で、危機に備えるためにも、米国は海上航路の安全・安心を確保すべく、国内外での投資を拡大する必要があると主張している。