海洋安全保障情報旬報 2024年5月1日-5月10日
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5月2日「衰退する中国は、危険な中国―米専門家論説」(The National Interest, May 2, 2024)
5月2日付の米隔月刊誌The National Interest電子版は、U.S. Naval War College教授James Holmesの“A Declining China Is a Dangerous China”と題する論説を掲載し、James Holmesは衰退している敵対者、またはその指導者が正誤に係らず衰退していると信じるようになった敵対者は、非常に危険な存在になる可能性があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 米国が純粋に経済的および軍事的観点から衰退したとしても、中国は早期に頂点に達し、さらに急激な衰退に陥る可能性がある。その場合、たとえ両国が衰退しつつあるとしても、米中間の差は広がるだろう。習近平とその側近たちがそのように物事を判断するのであれば、中国が成功する可能性が最も高い間に、彼らは人民解放軍に出動を命令するかもしれない。前例は十分にある。
(2) 中国共産党が全面制覇という野望を抱いているにもかかわらず、それを実現するために活用できる資源がますます少なくなっているため、急いでいる。政治的目的とそれを獲得するために必要な手段との間に亀裂が生じた中で、手の届かない目標を切望することは、中国やその他の戦略的主体にとって危険をもたらす。政治指導者や軍事指導者はとにかく鉄のサイコロを振ることで知られている。
(3) これが、退任するU.S. Indo-Pacific Command司令官John Aquilino海軍大将が先週東京で記者団に語った内容の要点である。John Aquilino大将は、中国経済が年率5.3%で成長しているという中国共産党有力者の主張を嘲笑し、その統計は「現実的ではない」と断言し、それを「失敗した」経済であるとまで描写した。これは、台湾海峡、南シナ海、東シナ海、そして中国とインドの陸上国境沿いで中国と競争しているインド太平洋諸国にとっては、心温まる話に聞こえるかもしれない。経済の破綻は軍事侵略のための不安定な基礎構造を生み出す。それにもかかわらず、John Aquilino大将は、中国政府が容赦なく資金を軍に注ぎ込んでいると警告しており、2024年の国防予算の年間増加率について公に示されている数字は7.2%であるが、John Aquilino大将は「実際の値は公の数値をはるかに超えていると思う」と述べている。John Aquilino大将の判断が正しければ、中国共産党指導者らはおそらく、アジア社会の横暴な中国に対する予感を和らげるために、兵器の調達を控えめに言いながら、おそらくは経済分野での提携国としての印象を高めるために中国の経済実績を誇大宣伝していることになる。また、党が統計を使って嘘をつく策略に憤慨する人もいないはずである。結局のところ、中国政府の統計には、まさに支払った金額に見合った価値がある。言い換えれば、中国共産党有力者は、自分たちの利益に合わせて日常的に誇大宣伝したり、公式の数字を隠蔽したりしているのである。しかし、あいまいにすることで中国の衰退を隠すことはできるかもしれないが、手段と目的の間の明らかな不一致を長期間維持できるかどうかは疑わしい。経済が急落すると、最終的には軍事力も低下する。
(4) 国家が繁栄するには、目的、方法、手段が一致している必要であり、それが戦略の基本である。また、中国の苦境が特別なものではないことも注目に値する。衰退している敵対者、またはその指導者が正誤に関わらず衰退していると信じるようになった敵対者は、非常に危険な敵対者になる可能性がある。もし上級指導者たちが、自分たちの目標を達成するためには暴力を使う必要があると考えており、自分たちの目標を阻止する物理的な力を持つ敵国に対して自国が劣勢にあると確信しているのであれば、彼らは今が行動を起こす時だと考えるかもしれない。そして実際、東アジアの歴史を含む軍事史の年代記では、今か死ぬかという論理が一般的である。日本の指導者は、機会は一瞬であり、日本はその瞬間が過ぎ去る前に行動しなければならず、二度と戻ってくることはないと判断した。そして、これは戦略的に意味がある。軍事だけでなく、経済や人口動態など、さまざまな逆方向の傾向が侵略を促進する可能性があるという考えは、戦略の古典の中で認められている。歴史は、特定の状況下では、より弱い好戦的な者が強い者に戦いを仕掛けることを示しているとCarl von Clausewitzは指摘する。
(5) 「ある小国がはるかに強力な国と対立しており、その立場が年々弱くなることが予想されると仮定しよう。…戦争が避けられないなら、立場がさらに悪化する前に機会を最大限に活用すべきではないだろうか?」とCarl von Clausewitzは書いている。したがって、国家指導者たちは、傾向線が自分たちの願望に対して敵対的になっていると確信した場合、戦闘を開始する可能性がある。両国の相対的地位が悪化しているのは、国内で低迷しているため、ライバル国が繁栄しているため、あるいは悪夢の情勢の両方のためかもしれない。時間が経てば、中国は米国やその同盟国などの敵に比べてますます弱い立場に追い込まれるだろうと共産党指導者らが信じているのであれば、その日を掴む決意をするかもしれない。言い換えれば、実際に衰退している、あるいは衰退していると認識されている中国は危険な中国である。
(6) 政治と戦争は厄介な問題であることが明らかになった。Graham Allisonによれば、有力な勢力がかつての覇権国よりも強力になる分岐点に近づくにつれて、新興勢力も衰退期の候補者も攻撃する誘惑に駆られるという。Graham Allisonの理論は、衰退している競争者は優位性がゼロになる前に戦争を選ぶかもしれないが、上り坂の挑戦者はその出現を早めるため、または競争相手の先制攻撃をかわすために戦争を選ぶかもしれないとしている。野心的で、強力な新たな挑戦者の台頭は既成権力側の恐怖を煽り、戦争は避けられないものとなっている。それは確かに1つの可能性である。運命は逆転し、また逆転する。人が行うことが過去から未来へ滑らかで、連続的な直線の予測に沿って進むことはほとんどない。実際、Carl von Clausewitzは、戦争に「伴う無限の複雑さを適切に考慮する」ことを怠った評論家を非難している。「これまで見てきたように、戦争の進展はほぼあらゆる方向に広がり、明確な制限はない。一方、どのシステム、どの様式も合成の有限な性質を持っている。」戦略的競争と戦争にはどんな細部にも全体と同様の複雑な構造がみられる。すなわち自己相似性をもつ性質がある。
(7) 挑戦者は、その優位性を告げる交差点に到達する前に最高点に達する可能性がある。たとえ挑戦者が躍進し続けたとしても、既成勢力は活力を取り戻し、相対的優位性を回復、または拡大する可能性がある。あるいは、両方の候補者が衰退する可能性があり、両者の釣り合いはどちらがより早く衰退するかによって決まる。あるいは断絶が起こる。あり得ない、あるいは起こりえないと思われていたことが不意打ちのように起こり、大きな影響を及ぼし、事後になってから後知恵で不適切に合理化されるブラックスワン効果が生じる可能性がある。結論から言えば、直線的な変化を前提とするThucydidesの罠は、代替未来の世界で起こり得る競争力学の1つを投影している。
(8) 中国を悩ませ、侵略を促進する可能性があるものについてのJohn Aquilino大将の診断に戻る。中国は米国の力を追い越すことなく衰退を始めたのかもしれない。その場合、たとえ両国が劣勢にあったとしても、米中間の差は広がることになる。習近平とその取り巻きがそのように物事を判断するのであれば、中国が成功する可能性が最も高い間に、彼らは人民解放軍に出動を命令するかもしれない。前例は十分にある。Thucydidesには謝罪するが、我々は彼の格言を米中競争に合わせて調整すべきかもしれない。「中国の力の衰退と、これが中国政府で引き起こした警戒感により、戦争は避けられなくなった」。
記事参照:A Declining China Is a Dangerous China
(1) 米国が純粋に経済的および軍事的観点から衰退したとしても、中国は早期に頂点に達し、さらに急激な衰退に陥る可能性がある。その場合、たとえ両国が衰退しつつあるとしても、米中間の差は広がるだろう。習近平とその側近たちがそのように物事を判断するのであれば、中国が成功する可能性が最も高い間に、彼らは人民解放軍に出動を命令するかもしれない。前例は十分にある。
(2) 中国共産党が全面制覇という野望を抱いているにもかかわらず、それを実現するために活用できる資源がますます少なくなっているため、急いでいる。政治的目的とそれを獲得するために必要な手段との間に亀裂が生じた中で、手の届かない目標を切望することは、中国やその他の戦略的主体にとって危険をもたらす。政治指導者や軍事指導者はとにかく鉄のサイコロを振ることで知られている。
(3) これが、退任するU.S. Indo-Pacific Command司令官John Aquilino海軍大将が先週東京で記者団に語った内容の要点である。John Aquilino大将は、中国経済が年率5.3%で成長しているという中国共産党有力者の主張を嘲笑し、その統計は「現実的ではない」と断言し、それを「失敗した」経済であるとまで描写した。これは、台湾海峡、南シナ海、東シナ海、そして中国とインドの陸上国境沿いで中国と競争しているインド太平洋諸国にとっては、心温まる話に聞こえるかもしれない。経済の破綻は軍事侵略のための不安定な基礎構造を生み出す。それにもかかわらず、John Aquilino大将は、中国政府が容赦なく資金を軍に注ぎ込んでいると警告しており、2024年の国防予算の年間増加率について公に示されている数字は7.2%であるが、John Aquilino大将は「実際の値は公の数値をはるかに超えていると思う」と述べている。John Aquilino大将の判断が正しければ、中国共産党指導者らはおそらく、アジア社会の横暴な中国に対する予感を和らげるために、兵器の調達を控えめに言いながら、おそらくは経済分野での提携国としての印象を高めるために中国の経済実績を誇大宣伝していることになる。また、党が統計を使って嘘をつく策略に憤慨する人もいないはずである。結局のところ、中国政府の統計には、まさに支払った金額に見合った価値がある。言い換えれば、中国共産党有力者は、自分たちの利益に合わせて日常的に誇大宣伝したり、公式の数字を隠蔽したりしているのである。しかし、あいまいにすることで中国の衰退を隠すことはできるかもしれないが、手段と目的の間の明らかな不一致を長期間維持できるかどうかは疑わしい。経済が急落すると、最終的には軍事力も低下する。
(4) 国家が繁栄するには、目的、方法、手段が一致している必要であり、それが戦略の基本である。また、中国の苦境が特別なものではないことも注目に値する。衰退している敵対者、またはその指導者が正誤に関わらず衰退していると信じるようになった敵対者は、非常に危険な敵対者になる可能性がある。もし上級指導者たちが、自分たちの目標を達成するためには暴力を使う必要があると考えており、自分たちの目標を阻止する物理的な力を持つ敵国に対して自国が劣勢にあると確信しているのであれば、彼らは今が行動を起こす時だと考えるかもしれない。そして実際、東アジアの歴史を含む軍事史の年代記では、今か死ぬかという論理が一般的である。日本の指導者は、機会は一瞬であり、日本はその瞬間が過ぎ去る前に行動しなければならず、二度と戻ってくることはないと判断した。そして、これは戦略的に意味がある。軍事だけでなく、経済や人口動態など、さまざまな逆方向の傾向が侵略を促進する可能性があるという考えは、戦略の古典の中で認められている。歴史は、特定の状況下では、より弱い好戦的な者が強い者に戦いを仕掛けることを示しているとCarl von Clausewitzは指摘する。
(5) 「ある小国がはるかに強力な国と対立しており、その立場が年々弱くなることが予想されると仮定しよう。…戦争が避けられないなら、立場がさらに悪化する前に機会を最大限に活用すべきではないだろうか?」とCarl von Clausewitzは書いている。したがって、国家指導者たちは、傾向線が自分たちの願望に対して敵対的になっていると確信した場合、戦闘を開始する可能性がある。両国の相対的地位が悪化しているのは、国内で低迷しているため、ライバル国が繁栄しているため、あるいは悪夢の情勢の両方のためかもしれない。時間が経てば、中国は米国やその同盟国などの敵に比べてますます弱い立場に追い込まれるだろうと共産党指導者らが信じているのであれば、その日を掴む決意をするかもしれない。言い換えれば、実際に衰退している、あるいは衰退していると認識されている中国は危険な中国である。
(6) 政治と戦争は厄介な問題であることが明らかになった。Graham Allisonによれば、有力な勢力がかつての覇権国よりも強力になる分岐点に近づくにつれて、新興勢力も衰退期の候補者も攻撃する誘惑に駆られるという。Graham Allisonの理論は、衰退している競争者は優位性がゼロになる前に戦争を選ぶかもしれないが、上り坂の挑戦者はその出現を早めるため、または競争相手の先制攻撃をかわすために戦争を選ぶかもしれないとしている。野心的で、強力な新たな挑戦者の台頭は既成権力側の恐怖を煽り、戦争は避けられないものとなっている。それは確かに1つの可能性である。運命は逆転し、また逆転する。人が行うことが過去から未来へ滑らかで、連続的な直線の予測に沿って進むことはほとんどない。実際、Carl von Clausewitzは、戦争に「伴う無限の複雑さを適切に考慮する」ことを怠った評論家を非難している。「これまで見てきたように、戦争の進展はほぼあらゆる方向に広がり、明確な制限はない。一方、どのシステム、どの様式も合成の有限な性質を持っている。」戦略的競争と戦争にはどんな細部にも全体と同様の複雑な構造がみられる。すなわち自己相似性をもつ性質がある。
(7) 挑戦者は、その優位性を告げる交差点に到達する前に最高点に達する可能性がある。たとえ挑戦者が躍進し続けたとしても、既成勢力は活力を取り戻し、相対的優位性を回復、または拡大する可能性がある。あるいは、両方の候補者が衰退する可能性があり、両者の釣り合いはどちらがより早く衰退するかによって決まる。あるいは断絶が起こる。あり得ない、あるいは起こりえないと思われていたことが不意打ちのように起こり、大きな影響を及ぼし、事後になってから後知恵で不適切に合理化されるブラックスワン効果が生じる可能性がある。結論から言えば、直線的な変化を前提とするThucydidesの罠は、代替未来の世界で起こり得る競争力学の1つを投影している。
(8) 中国を悩ませ、侵略を促進する可能性があるものについてのJohn Aquilino大将の診断に戻る。中国は米国の力を追い越すことなく衰退を始めたのかもしれない。その場合、たとえ両国が劣勢にあったとしても、米中間の差は広がることになる。習近平とその取り巻きがそのように物事を判断するのであれば、中国が成功する可能性が最も高い間に、彼らは人民解放軍に出動を命令するかもしれない。前例は十分にある。Thucydidesには謝罪するが、我々は彼の格言を米中競争に合わせて調整すべきかもしれない。「中国の力の衰退と、これが中国政府で引き起こした警戒感により、戦争は避けられなくなった」。
記事参照:A Declining China Is a Dangerous China
5月3日「中国の新しい情報支援部隊―英専門家論説」(International Institute of Strategic Studies, May 3, 2024)
5月3日付の英シンクタンクThe International Institute for Strategic Studiesのウエブサイトは、同Institute中国安全保障・防衛政策上席研究員Meia Nouwensの‶China’s new Information Support Force″と題する論説を掲載し、ここでMeia Nouwensは中国人民解放軍では情報部門を中心に部隊等の再編が行われ、機械化、情報化を推進する一方、軍部腐敗に対する処分の後始末的な背景もあり、詳細は不明で、その行方を慎重に見守るべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2024年4月19日、中国中央軍事委員会(以下、CMCと言う)は、戦略支援部隊(以下、SSFと言う)の廃止と、情報支援部隊(ISF)創設を公表した。旧SSFの航空宇宙システム部門とネットワークシステム部門は、それぞれ軍事航天部隊(航空宇宙軍:以下、ASFと言う)と網絡空間部隊(サイバースペース部隊:以下、CSFと言う)に再指定され、これら3つの組織はCMCに直属することになった。再編の理由等について公式説明はないが、明らかに、旧SSFの業績に対するCMC内の不満を示している。その不満が運用上のものか、政治的なものか、あるいはその両方かは不明である。
(2) SSFの解散後、人民解放軍(以下、PLAと言う)は「4つの軍種と4つの兵種」を有することとなった。陸軍、海軍、空軍および火箭軍(ロケット軍)の4軍に、ASF、CSF、ISFおよび聯勤保障部隊(統合後方支援部隊:JLSF)である。重要なのは、ASFとCSFはISFのような支援部隊ではないということである。習近平国家主席は、ISFを創設することで、「情報支援」機能を、特に軍間レベルや地域間レベルで、より重視する必要があると考えているのであろう。ISFは、ASFやCSFと同じ戦域副司令員級で設立されたため、3兵種とも、PLAの階層において、各軍種の指揮官や戦域司令官の下に位置付けられる。
(3) 新部隊が発表された順番からすると、ASFとCSFはISFよりも上級部隊に位置付けられ、これまでの役割や構成は変わらない可能性がある。CSFは、「国家サイバー国境防衛の強化、ネットワーク侵入の迅速な検知と対抗、国家サイバー主権と情報セキュリティの維持」など、防御・攻撃両面の情報作戦を引き続き実施する。同様に、ASFはPLAの宇宙軍を指揮する。それぞれの役割と指揮に関する詳細は、今後発表される。
(4) 現在までの情報によれば、ISFは「現代戦の要件を満たすネットワーク情報システムを構築する」ための統合情報支援の構築と実施を担当する。情報支援能力の開発は新しい課題ではなく、「情報化された」軍隊を構築するという習近平の野望を達成するため、PLAにとって重要な目標となっている。ISFは、旧SSFの情報通信基地を拠点とする可能性が高い。習主席は2015年、PLAを近代化し、統合作戦の戦闘能力強化の一環として、SSFを創設した。SSFはサイバー、情報、宇宙に特化し、情報領域に関連するさまざまな能力と役割の相乗効果を生み出すためにPLAのバラバラの既存部門を統合した組織であった。習近平とPLAがこれらの分野を重視する表れであったが、その廃止は、成果が得られなかったことを示している。
(5) ISFの設立によって示された統合情報支援能力の構築は、情報化された軍隊、つまり、各軍と戦域司令部が継ぎ目なくデータを収集・共有する軍隊を構築するという目標を達成する上で、PLAが直面する課題を物語る。習近平は当初、2020年末までに情報化を「大きく前進」させ、「基本的に機械化を達成」するよう求めていた。しかし、2019年半ば、中国の国防白書では、これまでの改革が順調に進んだにもかかわらず、PLAは「まだ機械化の課題を完了していない」、「情報化の改善が急務である」と慎重に述べている。ISFが統合情報支援能力の構築と運用を必要とするのは、この課題への取り組みが続いていることを示している。
(6) 政治的配慮も、組織変更につながったかもしれない。習近平は、CMCとASF、CSFとISFの間の官僚機構を取り除くことで、各軍の活動に対する監視を強化することができたが、これは習近平が以前の監視の程度に不満を抱いていたことを示している。情報・宇宙領域は、政治や外交問題とも関係が深く、より大きな統制力を得たいとする願望が再編理由の1つであったかもしれない。ISF設立に関するPLAの声明では、「軍の絶対的な忠誠心、純粋さ、信頼性」を求めており、SSF内の腐敗の可能性を指摘する論者もいる。前SSF司令員と副司令員が、表舞台から姿を消しており、前司令員が最後に姿を見せたのは2024年2月であった。司令員と副司令員の失踪が、PLA内の腐敗と関係しているのか、SSFを廃止する習近平の意思決定に関係しているかどうかは、これ以上の情報がない限り、何とも言えない。
(7) SSFの再編は、PLAの近代化と改革の現状を知る上で興味深いが、これを軍改革の完全な失敗、あるいは政治的内紛の結果と見なすべきではない。この変更によってPLAの活動が大きく混乱することはないであろうが、3つの部隊の作戦・指揮系統を完全に理解するには時間がかかるかもしれない。新体制が情報化の達成にどう貢献するかは、PLAの次の目標である「情報化された戦闘部隊の構築」に向けて、どの程度準備ができているかを示す指標となるであろう。
記事参照:https://www.iiss.org/online-analysis/online-analysis/2024/05/chinas-new-information-support-force/
(1) 2024年4月19日、中国中央軍事委員会(以下、CMCと言う)は、戦略支援部隊(以下、SSFと言う)の廃止と、情報支援部隊(ISF)創設を公表した。旧SSFの航空宇宙システム部門とネットワークシステム部門は、それぞれ軍事航天部隊(航空宇宙軍:以下、ASFと言う)と網絡空間部隊(サイバースペース部隊:以下、CSFと言う)に再指定され、これら3つの組織はCMCに直属することになった。再編の理由等について公式説明はないが、明らかに、旧SSFの業績に対するCMC内の不満を示している。その不満が運用上のものか、政治的なものか、あるいはその両方かは不明である。
(2) SSFの解散後、人民解放軍(以下、PLAと言う)は「4つの軍種と4つの兵種」を有することとなった。陸軍、海軍、空軍および火箭軍(ロケット軍)の4軍に、ASF、CSF、ISFおよび聯勤保障部隊(統合後方支援部隊:JLSF)である。重要なのは、ASFとCSFはISFのような支援部隊ではないということである。習近平国家主席は、ISFを創設することで、「情報支援」機能を、特に軍間レベルや地域間レベルで、より重視する必要があると考えているのであろう。ISFは、ASFやCSFと同じ戦域副司令員級で設立されたため、3兵種とも、PLAの階層において、各軍種の指揮官や戦域司令官の下に位置付けられる。
(3) 新部隊が発表された順番からすると、ASFとCSFはISFよりも上級部隊に位置付けられ、これまでの役割や構成は変わらない可能性がある。CSFは、「国家サイバー国境防衛の強化、ネットワーク侵入の迅速な検知と対抗、国家サイバー主権と情報セキュリティの維持」など、防御・攻撃両面の情報作戦を引き続き実施する。同様に、ASFはPLAの宇宙軍を指揮する。それぞれの役割と指揮に関する詳細は、今後発表される。
(4) 現在までの情報によれば、ISFは「現代戦の要件を満たすネットワーク情報システムを構築する」ための統合情報支援の構築と実施を担当する。情報支援能力の開発は新しい課題ではなく、「情報化された」軍隊を構築するという習近平の野望を達成するため、PLAにとって重要な目標となっている。ISFは、旧SSFの情報通信基地を拠点とする可能性が高い。習主席は2015年、PLAを近代化し、統合作戦の戦闘能力強化の一環として、SSFを創設した。SSFはサイバー、情報、宇宙に特化し、情報領域に関連するさまざまな能力と役割の相乗効果を生み出すためにPLAのバラバラの既存部門を統合した組織であった。習近平とPLAがこれらの分野を重視する表れであったが、その廃止は、成果が得られなかったことを示している。
(5) ISFの設立によって示された統合情報支援能力の構築は、情報化された軍隊、つまり、各軍と戦域司令部が継ぎ目なくデータを収集・共有する軍隊を構築するという目標を達成する上で、PLAが直面する課題を物語る。習近平は当初、2020年末までに情報化を「大きく前進」させ、「基本的に機械化を達成」するよう求めていた。しかし、2019年半ば、中国の国防白書では、これまでの改革が順調に進んだにもかかわらず、PLAは「まだ機械化の課題を完了していない」、「情報化の改善が急務である」と慎重に述べている。ISFが統合情報支援能力の構築と運用を必要とするのは、この課題への取り組みが続いていることを示している。
(6) 政治的配慮も、組織変更につながったかもしれない。習近平は、CMCとASF、CSFとISFの間の官僚機構を取り除くことで、各軍の活動に対する監視を強化することができたが、これは習近平が以前の監視の程度に不満を抱いていたことを示している。情報・宇宙領域は、政治や外交問題とも関係が深く、より大きな統制力を得たいとする願望が再編理由の1つであったかもしれない。ISF設立に関するPLAの声明では、「軍の絶対的な忠誠心、純粋さ、信頼性」を求めており、SSF内の腐敗の可能性を指摘する論者もいる。前SSF司令員と副司令員が、表舞台から姿を消しており、前司令員が最後に姿を見せたのは2024年2月であった。司令員と副司令員の失踪が、PLA内の腐敗と関係しているのか、SSFを廃止する習近平の意思決定に関係しているかどうかは、これ以上の情報がない限り、何とも言えない。
(7) SSFの再編は、PLAの近代化と改革の現状を知る上で興味深いが、これを軍改革の完全な失敗、あるいは政治的内紛の結果と見なすべきではない。この変更によってPLAの活動が大きく混乱することはないであろうが、3つの部隊の作戦・指揮系統を完全に理解するには時間がかかるかもしれない。新体制が情報化の達成にどう貢献するかは、PLAの次の目標である「情報化された戦闘部隊の構築」に向けて、どの程度準備ができているかを示す指標となるであろう。
記事参照:https://www.iiss.org/online-analysis/online-analysis/2024/05/chinas-new-information-support-force/
5月3日「中台戦争抑止のためにヨーロッパ諸国ができること―オランダ中国専門家論説」(The Diplomat, May 3, 2024)
5月3日付のデジタル誌The Diplomatは、オランダの中国専門家Frans-Paul van der Putten の“Europe and Deterrence in East Asia”と題する論説を掲載し、そこでFrans-Paul van der PuttenはEUも東アジアの平和に大きな利害を有しており、そこでの紛争抑止のためにできることがあるとして、要旨以下のように述べている。
(1) EUは、中台関係の安定に大きな利害を有している。台湾と中国の間で戦争が起きれば、西側諸国と中国は経済制裁の応酬を繰り広げ、EUと中国の経済関係は終わりを迎え、米中戦争が惹起し、ヨーロッパもそれに引き込まれるだろう。そうならないために、EUは中台関係と米中関係の現状維持を支援する必要がある。
(2) 軍事力の抑止は重要ではあるが、それがいつまで機能し続けるかは不明瞭である。現在、米中の軍事的均衡は中国に有利に傾きつつある。中国は台湾への軍事的圧力を強め、戦闘機を中間線の台湾側へ送り込んでいる。他方、米国もアジアの同盟を強化し、外国の技術に対する中国の利用を制限するなど、中国への圧力を強めている。
(3) 軍事力の抑止が永遠に機能することはありえないが、現在のところ代案はない。そしてその抑止にEUは貢献することができる。たとえば、EU諸国はロシアの覇権を防止できるほどの軍事力を持てば、米国はその分アジアに戦力を重点的に配備できるだろう。ヨーロッパは自らを守れない限り、アジアにおけるいかなる軍事的役割も担えない。中国の抑止のためには、信憑性のある脅威と安心感の双方を中国に示すことである。米国は主に前者を担う。他方EU諸国は、後者に関して最も効果的に貢献できる。安心感の提供により、中国の台湾侵攻を確実に抑止できるというわけではない。しかしそれがなければ、確実に言えるのは緊張が持続し、制御不可能な行き詰まりが続くことになる。
(4) したがって、EUとしては中国が台湾に軍事侵攻しない限り、中国が西側から経済面および技術面で孤立させられることはないと、はっきりさせるべきである。EUは、現在の「デリスキング」の範囲を明確にすべきである。また、台湾の状況についてどう認識しているかを明らかにすべきでもある。EUは米国ほどには、台湾の独立志向に対して立場をはっきりさせていない。台湾が一方的に独立を宣言するのであれば、EUはそれを認めないことを明言するべきである。そうすれば中台間の紛争の危険性を制限できるであろう。
記事参照:Europe and Deterrence in East Asia
(1) EUは、中台関係の安定に大きな利害を有している。台湾と中国の間で戦争が起きれば、西側諸国と中国は経済制裁の応酬を繰り広げ、EUと中国の経済関係は終わりを迎え、米中戦争が惹起し、ヨーロッパもそれに引き込まれるだろう。そうならないために、EUは中台関係と米中関係の現状維持を支援する必要がある。
(2) 軍事力の抑止は重要ではあるが、それがいつまで機能し続けるかは不明瞭である。現在、米中の軍事的均衡は中国に有利に傾きつつある。中国は台湾への軍事的圧力を強め、戦闘機を中間線の台湾側へ送り込んでいる。他方、米国もアジアの同盟を強化し、外国の技術に対する中国の利用を制限するなど、中国への圧力を強めている。
(3) 軍事力の抑止が永遠に機能することはありえないが、現在のところ代案はない。そしてその抑止にEUは貢献することができる。たとえば、EU諸国はロシアの覇権を防止できるほどの軍事力を持てば、米国はその分アジアに戦力を重点的に配備できるだろう。ヨーロッパは自らを守れない限り、アジアにおけるいかなる軍事的役割も担えない。中国の抑止のためには、信憑性のある脅威と安心感の双方を中国に示すことである。米国は主に前者を担う。他方EU諸国は、後者に関して最も効果的に貢献できる。安心感の提供により、中国の台湾侵攻を確実に抑止できるというわけではない。しかしそれがなければ、確実に言えるのは緊張が持続し、制御不可能な行き詰まりが続くことになる。
(4) したがって、EUとしては中国が台湾に軍事侵攻しない限り、中国が西側から経済面および技術面で孤立させられることはないと、はっきりさせるべきである。EUは、現在の「デリスキング」の範囲を明確にすべきである。また、台湾の状況についてどう認識しているかを明らかにすべきでもある。EUは米国ほどには、台湾の独立志向に対して立場をはっきりさせていない。台湾が一方的に独立を宣言するのであれば、EUはそれを認めないことを明言するべきである。そうすれば中台間の紛争の危険性を制限できるであろう。
記事参照:Europe and Deterrence in East Asia
5月5日「認知戦に注力する中国―日本専門家論説」(The Diplomat, May 5, 2024)
5月5日付けのデジタル誌The Diplomatは、防衛研究所の理論研究部長飯田将史の“China’s Chilling Cognitive Warfare Plans”と題する論説を掲載し、飯田将史は認知戦(cognitive warfare)に関する中国の考え方について、要旨以下のように述べている。
(1) 近年、中国軍を中心に認知戦に関する議論が活発に行われている。2022年10月5日付の中国軍機関紙『解放軍報』の記事によれば、認知戦とは、人間の意識や思考から形成される認知領域における争いであり、これは、情報の選択的処理と伝播を通じて、人間の判断に影響を与え、考えを変え、人間の心に影響を与えることで、中国に有利なように現実を形成するものと考えられている。つまり、偽情報の流布やサイバー攻撃のような、さまざまな手段によって標的とする民間人、軍人、政治指導者の認識に影響を与え、社会的混乱、戦闘意欲の低下、軍人の士気阻喪、政治指導者の判断力の低下などを引き起こすことで、戦争を有利に進めることが目的である。
(2) 中国軍が認知戦に力を入れるようになったのは、技術の発展を受けたものであり、第1の発展はインターネットの世界的拡大とソーシャルメディアの急速な普及である。特に後者は、不当に改変された、または偏った大量の情報を非常に多くの目標に瞬時にばらまくことを可能にし、効果的な認知戦の基幹設備を作り上げた。第2の発展は、人工知能(以下、AIと言う)の急速な出現である。AIを使えば、ディープフェイクと呼ばれる極めて精巧な偽造動画を作成することが可能となった。AIの翻訳能力を向上させれば、言語の壁を乗り越え、他言語を使用する国に対する認知戦の効果を高めることもできる。中国軍では、こうした技術によって認知戦で優位に立つことが可能となり、物理的な戦闘を回避して、「戦わずして勝つ」ことができるようになるとの期待が高まっている。
(3) 技術的な限界から、認知領域での作戦だけで戦争に勝てる可能性はまだ低い。しかし、認知、物理、情報の各領域での作戦を組み合わせることで、中国は平時の優位と戦時の勝利を確保することを目指している。すでに台湾に対しては、この3つの領域で同時に作戦を展開している。物理的・情報的な領域と同様に、認知領域における中国の工作は、台湾の有権者の認識に影響を与えることで、選挙結果を中国に有利な方向に変化させることを目的とした認知戦として、より広義に捉えられるかもしれない。
(4) 生成AI技術は急速な速度で進化しており、そう遠くない将来、一般的な人間にとっては本物と見分けがつかないような高度な偽造動画を簡単に作成できる可能性がある。一方、人間の大脳を機器に接続するブレイン・マシン・インターフェース(以下、BMIと言う)技術も急速に発展しており、BMI技術の開発が進めば、外部の機器から対象者の大脳に影響を与え、彼らの思考を支配することが可能になるかもしれない。中国は生成AIとBMI技術の開発に注力しており、人間の認知を支配する能力を向上させることで、「戦わずして勝つ」という最終的な目標に向かって努力を続けるだろう。
(5) 認知戦に対して最も脆弱な社会は、自由で開放的な社会である。中国は戦時だけでなく、平時にも認知戦の技法を展開する計画である。社会の分断を促進し、政治を不安定にしようとする企てに対して民主主義諸国は警戒を怠らず、そのような攻撃に対抗するシステムや技術を開発しなければならない。
記事参照:China’s Chilling Cognitive Warfare Plans
(1) 近年、中国軍を中心に認知戦に関する議論が活発に行われている。2022年10月5日付の中国軍機関紙『解放軍報』の記事によれば、認知戦とは、人間の意識や思考から形成される認知領域における争いであり、これは、情報の選択的処理と伝播を通じて、人間の判断に影響を与え、考えを変え、人間の心に影響を与えることで、中国に有利なように現実を形成するものと考えられている。つまり、偽情報の流布やサイバー攻撃のような、さまざまな手段によって標的とする民間人、軍人、政治指導者の認識に影響を与え、社会的混乱、戦闘意欲の低下、軍人の士気阻喪、政治指導者の判断力の低下などを引き起こすことで、戦争を有利に進めることが目的である。
(2) 中国軍が認知戦に力を入れるようになったのは、技術の発展を受けたものであり、第1の発展はインターネットの世界的拡大とソーシャルメディアの急速な普及である。特に後者は、不当に改変された、または偏った大量の情報を非常に多くの目標に瞬時にばらまくことを可能にし、効果的な認知戦の基幹設備を作り上げた。第2の発展は、人工知能(以下、AIと言う)の急速な出現である。AIを使えば、ディープフェイクと呼ばれる極めて精巧な偽造動画を作成することが可能となった。AIの翻訳能力を向上させれば、言語の壁を乗り越え、他言語を使用する国に対する認知戦の効果を高めることもできる。中国軍では、こうした技術によって認知戦で優位に立つことが可能となり、物理的な戦闘を回避して、「戦わずして勝つ」ことができるようになるとの期待が高まっている。
(3) 技術的な限界から、認知領域での作戦だけで戦争に勝てる可能性はまだ低い。しかし、認知、物理、情報の各領域での作戦を組み合わせることで、中国は平時の優位と戦時の勝利を確保することを目指している。すでに台湾に対しては、この3つの領域で同時に作戦を展開している。物理的・情報的な領域と同様に、認知領域における中国の工作は、台湾の有権者の認識に影響を与えることで、選挙結果を中国に有利な方向に変化させることを目的とした認知戦として、より広義に捉えられるかもしれない。
(4) 生成AI技術は急速な速度で進化しており、そう遠くない将来、一般的な人間にとっては本物と見分けがつかないような高度な偽造動画を簡単に作成できる可能性がある。一方、人間の大脳を機器に接続するブレイン・マシン・インターフェース(以下、BMIと言う)技術も急速に発展しており、BMI技術の開発が進めば、外部の機器から対象者の大脳に影響を与え、彼らの思考を支配することが可能になるかもしれない。中国は生成AIとBMI技術の開発に注力しており、人間の認知を支配する能力を向上させることで、「戦わずして勝つ」という最終的な目標に向かって努力を続けるだろう。
(5) 認知戦に対して最も脆弱な社会は、自由で開放的な社会である。中国は戦時だけでなく、平時にも認知戦の技法を展開する計画である。社会の分断を促進し、政治を不安定にしようとする企てに対して民主主義諸国は警戒を怠らず、そのような攻撃に対抗するシステムや技術を開発しなければならない。
記事参照:China’s Chilling Cognitive Warfare Plans
5月6日「NATOはインド太平洋へ拡大すべきか―英安全保障専門家・米ヨーロッパ専門家論説」(South China Morning Post, May 6, 2024)
5月6日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、King’s College Londonの博士研究員Benedict Baxendale-SmithとWoodrow Wilson International Center for Scholarsの研究員Jason C. Moyerの“Nato needs allies in Asia but does it need an Indo-Pacific presence?”と題する論説を掲載し、そこで両名はNATOをインド太平洋に拡大すべきだという声があがっており、インド太平洋におけるNATOの関わり方を明確にする必要性があるのは確かであるが、同盟拡大については慎重に検討すべきだとして、要旨以下のように述べている。
(1) NATOは大西洋を軸とした安全保障装置であるが、インド太平洋へとその同盟を拡大すべきだという要請が出てきている。それを反映するかのように、2022年にマドリッドで開催されたNATO首脳会談に、「アジア太平洋4」と呼ばれる日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランドの首脳も招待され、2023年の首脳会談にも彼らは出席している。
(2) これは、NATOの戦略的思考における中国の重要性の高まりを反映している。2022年にはNATOは中国が「ヨーロッパと大西洋の安全保障に体系的な挑戦を突き付けている」と表明した。実際、NATO諸国はそれぞれアジア太平洋の国々とさまざまな面でつながっている。ただし、たとえば東京にNATOの連絡事務所を開設しようという構想については、Macronフランス大統領が反発するなど、意見は一致していない。
(3) 2024年7月にNATO75周年の首脳会談がワシントンで開催される。それに際し、加盟国は、インド太平洋における同盟の展望を明示する必要がある。NATOは公式にはインド太平洋に関する付託事項を持たないが、加盟国がインド太平洋地域の提携国と安全保障・防衛協力を進めている。それは両者の関係が切っても切り離せないものであることを示している。たとえば、ニュージーランドはすでに、実質的には加盟国ではないが、1951年のANZUSは、あいまいな内容にもかかわらず、アジア太平洋で加盟国が攻撃された場合には、オーストラリア、ニュージーランド、米国の3ヵ国による共通の対応がなされることを明記している。
(4) インド太平洋に、少数国間協力枠組みが多く生まれている。AUKUS、QUAD、キャンプデービッドでの日米韓の対話などである。これらが台頭しているのは、中国、ロシア、北朝鮮の関係強化などへの対抗措置としての側面もある。NATOは、インド太平洋地域の経済と安全の安定化に多大な利害を有している。
(5) このことは、ヨーロッパとアジア太平洋という2つの勢力圏の間の強いつながりという問題を提起する。つまり、もしアジアで米国が攻撃されたとき、ヨーロッパ諸国やカナダからの対応は正当化されるのかということである。NATO第5条が、域外の武力攻撃に対して適用されるかは不明瞭である。そのため、インド太平洋での緊張が高まっている中、NATOは域外地域での行動に関して明確な計画を立てる必要がある。2023年のNATO首脳会談では、インド太平洋におけるNATOの決意の強さが示され、中国による地域での力の展開の拡大への対処の必要性が明確にされた。ただし、ロシアのウクライナ侵攻は、やはりNATOはヨーロッパ防衛が最優先であることを強調した。ヨーロッパの国々はどの程度インド太平洋に関与できるかという問題は、いまだ不明瞭だ。
(6) ドイツは2021年にフリゲートを派遣するなど、近年、特にインド太平洋への関与を深めている。地域における紛争の回避は、NATOにとって経済的に必要なことである。EUの海外貿易の4割が東アジア市場向けで、南シナ海を通過しているためである。問題は、インド太平洋での影響力維持のための米国の努力に無条件で組み込まれずに、NATOがインド太平洋諸国と建設的な関係を築くにはどうすればいいかということである。欧州諸国は、米国ほどに中国との対立を望んでいない。そのため、NATOのインド太平洋拡大に対して、やり過ぎだという声が上がるのもやむを得ないことである。
記事参照:Nato needs allies in Asia but does it need an Indo-Pacific presence?
(1) NATOは大西洋を軸とした安全保障装置であるが、インド太平洋へとその同盟を拡大すべきだという要請が出てきている。それを反映するかのように、2022年にマドリッドで開催されたNATO首脳会談に、「アジア太平洋4」と呼ばれる日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランドの首脳も招待され、2023年の首脳会談にも彼らは出席している。
(2) これは、NATOの戦略的思考における中国の重要性の高まりを反映している。2022年にはNATOは中国が「ヨーロッパと大西洋の安全保障に体系的な挑戦を突き付けている」と表明した。実際、NATO諸国はそれぞれアジア太平洋の国々とさまざまな面でつながっている。ただし、たとえば東京にNATOの連絡事務所を開設しようという構想については、Macronフランス大統領が反発するなど、意見は一致していない。
(3) 2024年7月にNATO75周年の首脳会談がワシントンで開催される。それに際し、加盟国は、インド太平洋における同盟の展望を明示する必要がある。NATOは公式にはインド太平洋に関する付託事項を持たないが、加盟国がインド太平洋地域の提携国と安全保障・防衛協力を進めている。それは両者の関係が切っても切り離せないものであることを示している。たとえば、ニュージーランドはすでに、実質的には加盟国ではないが、1951年のANZUSは、あいまいな内容にもかかわらず、アジア太平洋で加盟国が攻撃された場合には、オーストラリア、ニュージーランド、米国の3ヵ国による共通の対応がなされることを明記している。
(4) インド太平洋に、少数国間協力枠組みが多く生まれている。AUKUS、QUAD、キャンプデービッドでの日米韓の対話などである。これらが台頭しているのは、中国、ロシア、北朝鮮の関係強化などへの対抗措置としての側面もある。NATOは、インド太平洋地域の経済と安全の安定化に多大な利害を有している。
(5) このことは、ヨーロッパとアジア太平洋という2つの勢力圏の間の強いつながりという問題を提起する。つまり、もしアジアで米国が攻撃されたとき、ヨーロッパ諸国やカナダからの対応は正当化されるのかということである。NATO第5条が、域外の武力攻撃に対して適用されるかは不明瞭である。そのため、インド太平洋での緊張が高まっている中、NATOは域外地域での行動に関して明確な計画を立てる必要がある。2023年のNATO首脳会談では、インド太平洋におけるNATOの決意の強さが示され、中国による地域での力の展開の拡大への対処の必要性が明確にされた。ただし、ロシアのウクライナ侵攻は、やはりNATOはヨーロッパ防衛が最優先であることを強調した。ヨーロッパの国々はどの程度インド太平洋に関与できるかという問題は、いまだ不明瞭だ。
(6) ドイツは2021年にフリゲートを派遣するなど、近年、特にインド太平洋への関与を深めている。地域における紛争の回避は、NATOにとって経済的に必要なことである。EUの海外貿易の4割が東アジア市場向けで、南シナ海を通過しているためである。問題は、インド太平洋での影響力維持のための米国の努力に無条件で組み込まれずに、NATOがインド太平洋諸国と建設的な関係を築くにはどうすればいいかということである。欧州諸国は、米国ほどに中国との対立を望んでいない。そのため、NATOのインド太平洋拡大に対して、やり過ぎだという声が上がるのもやむを得ないことである。
記事参照:Nato needs allies in Asia but does it need an Indo-Pacific presence?
5月7日「中国軍による挑発行為への対抗措置―オーストラリア専門家論説」(The Interpreter, May 7, 2024)
5月7日付のオーストラリアのシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreterは、同InstituteのInternational Security Program責任者Sam Roggeveenの“Helicopter flare up should highlight China’s base instincts”と題する論説を掲載し、Sam Roggeveenはオーストラリアが中国の挑発行為への対抗措置として、中国軍事施設の海外での受け入れを妨害すべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 中国空軍が黄海でRoyal Australian Navyのヘリコプターを危険な方法で妨害したことは、オーストラリアのDepartment of Defenceの声明によれば、ヘリコプターの近くでフレアを発射するという最近の中国軍による一連の行為は「軍、あるいは海軍で共有される専門性の高いやり取りに反するもの」であり、ヘリコプターの近くでフレアを発射するという最近の中国軍による一連の行為である。これは中国軍の中でも高位の者が承認した明確な行動様式のように見え、過度に熱狂的なパイロットや下級指揮官の仕業ではない。オーストラリアは中国政府に対し、このような行為に厳重に抗議し、そして、非軍事的な対応を検討すべきである。
(2) オーストラリアができないことの1つは、直接的な軍事的対応の観点で考えることである。Ausralian Defence Forceが南シナ海や黄海で活動している時は、Ausralian Defence Forceは自国から遠く離れているため孤立している。一方、中国は近くに基地、艦艇、航空機を有しており、このような事態が拡大した場合、あらゆる資源を招集できる。このことは、中国の軍事力が孕むより広範な問題を提起している。中国の軍事力は場所によっては誇張されており、オーストラリアの国防論議に狼狽をきたすような論調を与えている。
(3) 米シンクタンクDefense Prioritiesの新しい報告書は、中国の海軍力は他国が中国に接近して活動する場合に圧倒的に脅威となるという明確、かつ説得力のある事例を提示している。しかし、この報告書は中国海軍の多くの欠陥を指摘している。中国は過去30年間に海軍の近代化で大きな発展を遂げたが、外洋海軍としての作戦の鍵となる原子力潜水艦の技術ではまだ大きく後れをとっている。また、艦艇を本国から遠く離れた海域で運用しようとすれば、洋上での補給、補充、再武装が必要だが、中国は補給艦への投資も不十分である。「中国は、人民解放軍海軍による大規模な遠海における海軍作戦を支援するためには、海外基地の数と能力を大幅に拡大する必要がある……そのような基地網がなければ、中国海軍は洋上補給に依存することとなり、この能力は戦時には本質的に脆弱である…」。報告書によれば、中国が本土から遠く離れた場所に持つ海軍基地は、ジブチとカンボジアの2ヵ所だけである。
(4) それでもやはり、2ヵ所だけの海外海軍基地が中国の野心の限界を示すものではないと考えるべきである。もしオーストラリアが、中国が重要な軍事力を我が国の近隣地域に決して投射できないようにしたいのであれば、その課題を恒久的に挫かなければならない。したがって、もしオーストラリアが本当に、この海軍のヘリコプター事案のような中国の挑発行為に対して精力的な行動を取りたいのであれば、おそらくこの分野に焦点を当てるべきである。中国の挑発があるたびに、オーストラリアは太平洋諸島や東南アジアの近隣諸国との新たな構想を発表できるだろう。その全体的な目的は常に同じで、これらの国が中国の軍事施設の受け入れを検討する可能性を低下させるような形で外交・防衛協力を強化することである。
記事参照:Helicopter flare up should highlight China’s base instincts
(1) 中国空軍が黄海でRoyal Australian Navyのヘリコプターを危険な方法で妨害したことは、オーストラリアのDepartment of Defenceの声明によれば、ヘリコプターの近くでフレアを発射するという最近の中国軍による一連の行為は「軍、あるいは海軍で共有される専門性の高いやり取りに反するもの」であり、ヘリコプターの近くでフレアを発射するという最近の中国軍による一連の行為である。これは中国軍の中でも高位の者が承認した明確な行動様式のように見え、過度に熱狂的なパイロットや下級指揮官の仕業ではない。オーストラリアは中国政府に対し、このような行為に厳重に抗議し、そして、非軍事的な対応を検討すべきである。
(2) オーストラリアができないことの1つは、直接的な軍事的対応の観点で考えることである。Ausralian Defence Forceが南シナ海や黄海で活動している時は、Ausralian Defence Forceは自国から遠く離れているため孤立している。一方、中国は近くに基地、艦艇、航空機を有しており、このような事態が拡大した場合、あらゆる資源を招集できる。このことは、中国の軍事力が孕むより広範な問題を提起している。中国の軍事力は場所によっては誇張されており、オーストラリアの国防論議に狼狽をきたすような論調を与えている。
(3) 米シンクタンクDefense Prioritiesの新しい報告書は、中国の海軍力は他国が中国に接近して活動する場合に圧倒的に脅威となるという明確、かつ説得力のある事例を提示している。しかし、この報告書は中国海軍の多くの欠陥を指摘している。中国は過去30年間に海軍の近代化で大きな発展を遂げたが、外洋海軍としての作戦の鍵となる原子力潜水艦の技術ではまだ大きく後れをとっている。また、艦艇を本国から遠く離れた海域で運用しようとすれば、洋上での補給、補充、再武装が必要だが、中国は補給艦への投資も不十分である。「中国は、人民解放軍海軍による大規模な遠海における海軍作戦を支援するためには、海外基地の数と能力を大幅に拡大する必要がある……そのような基地網がなければ、中国海軍は洋上補給に依存することとなり、この能力は戦時には本質的に脆弱である…」。報告書によれば、中国が本土から遠く離れた場所に持つ海軍基地は、ジブチとカンボジアの2ヵ所だけである。
(4) それでもやはり、2ヵ所だけの海外海軍基地が中国の野心の限界を示すものではないと考えるべきである。もしオーストラリアが、中国が重要な軍事力を我が国の近隣地域に決して投射できないようにしたいのであれば、その課題を恒久的に挫かなければならない。したがって、もしオーストラリアが本当に、この海軍のヘリコプター事案のような中国の挑発行為に対して精力的な行動を取りたいのであれば、おそらくこの分野に焦点を当てるべきである。中国の挑発があるたびに、オーストラリアは太平洋諸島や東南アジアの近隣諸国との新たな構想を発表できるだろう。その全体的な目的は常に同じで、これらの国が中国の軍事施設の受け入れを検討する可能性を低下させるような形で外交・防衛協力を強化することである。
記事参照:Helicopter flare up should highlight China’s base instincts
5月7日「日米豪比の新たな防衛上の提携始動―フィリピン専門家論説」(Asia Times, May 7, 2024)
5月7日付の香港のデジタル紙Asia Timesは、University of the Philippines, Asian CenterのAsian Center 上席講師Richard Javad Heydarianの“Move over, QUAD; the new SQUAD has landed”と題する論説を掲載し、ここでRichard Javad Heydarianは中国に対する圧力を強めるため、無力なQUADに替わって、日米豪比4ヵ国による新たな防衛の提携が始動したとして、要旨以下のように述べている。
(1) 南シナ海と台湾を巡る緊張が高まる中、U.S. Department of Defenseは中国の強まる地域的脅威と野心への強力な対抗措置として、地域防衛外交を強化している。Austin米国防長官は4月30日、日本、オーストラリアおよびフィリピンの国防(防衛)相をハワイに招請した。この国防担当閣僚会議は、インド太平洋における新たなSQUADと呼ばれる防衛上の提携の萌芽と非公式に言及されている。4ヵ国の国防担当閣僚は、「インド太平洋における平和、安定そして抑止の構想を共有」し、「この構想を共に前進させるための野心的な道筋を策定した。」Austin国防長官は記者会見で、新たな4ヵ国枠組みは長期的な安全保障集団として急速に纏まりつつあると強調している。今後数ヵ月中に、4カ国は西太平洋全域に広がる中国の軍事力の展開強化を視野に、相互運用性の強化、より多くの合同哨戒活動や訓練の実施、そして情報共有や海上安全保障協力の強化に着手する。
(2) この新しい4ヵ国グループの急速な制度化を牽引しているのは、Marcos Jr.フィリピン大統領の西側への明確な軸足の移動と南シナ海での中国との領有権紛争におけるMarcos Jr.フィリピン大統領のますます強硬な姿勢である。QUADとは対照的に、新しいSQUADは内的調和性が強く、地域に対する明確な戦略的構想を共有している。また、伝統的な安全保障上の提携国であるロシアと緊密な関係を維持するQUAD構成国インドと違って、フィリピンは米国との条約同盟国であり、日本との間でも、米豪両国との協定と同様の訪問外国軍の地位に関する協定を締結することになっている。さらに、Marcos Jr.政権は台湾に近接する基地施設を含め、米軍が輪番で利用できるフィリピン国内の基地施設の数を増やしている。
(3) 新しいSQUADは、中国のグレーゾーン戦術に基づくフィリピン船舶に対する攻撃によって激化している中国との海上紛争において、フィリピンを一層勇気づけかねない。その結果、米国、そして恐らく日豪をも巻き込む武力紛争の可能性が懸念される。中国共産党傘下の『環球時報』は、新たなSQUADが「域内の危険性を高めている」と公然と警告し、中国の地域的台頭と野心に対抗する米国の「統合抑止」戦略における新たな要としてのフィリピンの役割に対する中国政府の高まる苛立ちを露わにした。一方、QUADにおけるインドは、中国との国境紛争の激化にも関わらず、中国政府の海洋野心を封じ込めることを狙いとした連携や大規模な共同演習への参加を拒否している。実際、この南アジアの大国は、対立する超大国間との便宜的な戦略的協力を通じて、「大国」になるという自らの試みを最大限追求することに関心があると見られる。
(4) フィリピン政府は、南シナ海で中国に積極的に対抗するとともに、条約同盟国である米国に加えて、日豪両国とも防衛関係をますます強化している。4ヵ国によるSQUADの創設は、Marcos Jr.政権による外交政策の大きな方向転換なしには不可能であったであろう。Marcos Jr.大統領は、Duterte前大統領と異なり、米国主導の伝統的な同盟体制との安全保障協力を急速に強化してきた。最も注目すべき出来事は、Marcos Jr.大統領が、「防衛協力強化協定(EDCA)」の下でU.S. Armed Forcesにフィリピン北部の新たな基地施設への追加利用を認めるとともに、日本を加えた日比米3国間安全保障枠組みJAPHUSの結成を目指し、さらにオーストラリアとの新たな包括的戦略的パートナーシップ協定に署名したことである。フィリピン軍人が負傷し、船舶が損傷するなど南シナ海におけるフィリピン船舶と中国海上部隊との相次ぐ衝突事案は、新たなSQUAD結成の緊迫性を高めている。新SQUADは南シナ海における共同哨戒活動を定期化するとしているが、今のところ、フィリピンが占拠するセカンド・トーマス礁やスカボロー礁周辺の係争海域におけるフィリピン船舶に対する中国海警船の放水銃の常用や取り囲み戦術などに見られる、中国のグレーゾーン戦略に対するより効果的な阻止方法は明らかではない。
(5) 新SQUADは、比中両国の対決を煽り、紛争のさらなる事態拡大につながる危険性がある。たとえば、『環球時報』で中国の軍事専門家は、「米国は明らかに、同盟国である日本とオーストラリアをフィリピン支援に動員し、南シナ海において軍事的挑発を強め、地域情勢の複雑さを悪化させるようフィリピンを仕向けており、そして南シナ海における米国、日本およびオーストラリアの軍事的展開を強化する口実を見つけようとしている」と指摘した上で、「南シナ海問題への外部の国や勢力の関与は、地域情勢をさらに複雑にするだけであり、軍事力を誇示することは通常の地域協力に影響を与えるだけでなく、紛争につながる可能性がある」と警告している。フィリピンは、新SQUADを自国の主権を守るとともに、海洋領域における法に基づく秩序を維持するための正当な取り組みと見なしているが、他方、中国は明らかに、新SQUADを米国の(中国)封じ込め戦略の一部と見なしている。その結果、予測し得る将来にわたって、南シナ海における事態の拡大と瀬戸際政策が持続する可能性が高い。
記事参照:Move over, QUAD; the new SQUAD has landed
(1) 南シナ海と台湾を巡る緊張が高まる中、U.S. Department of Defenseは中国の強まる地域的脅威と野心への強力な対抗措置として、地域防衛外交を強化している。Austin米国防長官は4月30日、日本、オーストラリアおよびフィリピンの国防(防衛)相をハワイに招請した。この国防担当閣僚会議は、インド太平洋における新たなSQUADと呼ばれる防衛上の提携の萌芽と非公式に言及されている。4ヵ国の国防担当閣僚は、「インド太平洋における平和、安定そして抑止の構想を共有」し、「この構想を共に前進させるための野心的な道筋を策定した。」Austin国防長官は記者会見で、新たな4ヵ国枠組みは長期的な安全保障集団として急速に纏まりつつあると強調している。今後数ヵ月中に、4カ国は西太平洋全域に広がる中国の軍事力の展開強化を視野に、相互運用性の強化、より多くの合同哨戒活動や訓練の実施、そして情報共有や海上安全保障協力の強化に着手する。
(2) この新しい4ヵ国グループの急速な制度化を牽引しているのは、Marcos Jr.フィリピン大統領の西側への明確な軸足の移動と南シナ海での中国との領有権紛争におけるMarcos Jr.フィリピン大統領のますます強硬な姿勢である。QUADとは対照的に、新しいSQUADは内的調和性が強く、地域に対する明確な戦略的構想を共有している。また、伝統的な安全保障上の提携国であるロシアと緊密な関係を維持するQUAD構成国インドと違って、フィリピンは米国との条約同盟国であり、日本との間でも、米豪両国との協定と同様の訪問外国軍の地位に関する協定を締結することになっている。さらに、Marcos Jr.政権は台湾に近接する基地施設を含め、米軍が輪番で利用できるフィリピン国内の基地施設の数を増やしている。
(3) 新しいSQUADは、中国のグレーゾーン戦術に基づくフィリピン船舶に対する攻撃によって激化している中国との海上紛争において、フィリピンを一層勇気づけかねない。その結果、米国、そして恐らく日豪をも巻き込む武力紛争の可能性が懸念される。中国共産党傘下の『環球時報』は、新たなSQUADが「域内の危険性を高めている」と公然と警告し、中国の地域的台頭と野心に対抗する米国の「統合抑止」戦略における新たな要としてのフィリピンの役割に対する中国政府の高まる苛立ちを露わにした。一方、QUADにおけるインドは、中国との国境紛争の激化にも関わらず、中国政府の海洋野心を封じ込めることを狙いとした連携や大規模な共同演習への参加を拒否している。実際、この南アジアの大国は、対立する超大国間との便宜的な戦略的協力を通じて、「大国」になるという自らの試みを最大限追求することに関心があると見られる。
(4) フィリピン政府は、南シナ海で中国に積極的に対抗するとともに、条約同盟国である米国に加えて、日豪両国とも防衛関係をますます強化している。4ヵ国によるSQUADの創設は、Marcos Jr.政権による外交政策の大きな方向転換なしには不可能であったであろう。Marcos Jr.大統領は、Duterte前大統領と異なり、米国主導の伝統的な同盟体制との安全保障協力を急速に強化してきた。最も注目すべき出来事は、Marcos Jr.大統領が、「防衛協力強化協定(EDCA)」の下でU.S. Armed Forcesにフィリピン北部の新たな基地施設への追加利用を認めるとともに、日本を加えた日比米3国間安全保障枠組みJAPHUSの結成を目指し、さらにオーストラリアとの新たな包括的戦略的パートナーシップ協定に署名したことである。フィリピン軍人が負傷し、船舶が損傷するなど南シナ海におけるフィリピン船舶と中国海上部隊との相次ぐ衝突事案は、新たなSQUAD結成の緊迫性を高めている。新SQUADは南シナ海における共同哨戒活動を定期化するとしているが、今のところ、フィリピンが占拠するセカンド・トーマス礁やスカボロー礁周辺の係争海域におけるフィリピン船舶に対する中国海警船の放水銃の常用や取り囲み戦術などに見られる、中国のグレーゾーン戦略に対するより効果的な阻止方法は明らかではない。
(5) 新SQUADは、比中両国の対決を煽り、紛争のさらなる事態拡大につながる危険性がある。たとえば、『環球時報』で中国の軍事専門家は、「米国は明らかに、同盟国である日本とオーストラリアをフィリピン支援に動員し、南シナ海において軍事的挑発を強め、地域情勢の複雑さを悪化させるようフィリピンを仕向けており、そして南シナ海における米国、日本およびオーストラリアの軍事的展開を強化する口実を見つけようとしている」と指摘した上で、「南シナ海問題への外部の国や勢力の関与は、地域情勢をさらに複雑にするだけであり、軍事力を誇示することは通常の地域協力に影響を与えるだけでなく、紛争につながる可能性がある」と警告している。フィリピンは、新SQUADを自国の主権を守るとともに、海洋領域における法に基づく秩序を維持するための正当な取り組みと見なしているが、他方、中国は明らかに、新SQUADを米国の(中国)封じ込め戦略の一部と見なしている。その結果、予測し得る将来にわたって、南シナ海における事態の拡大と瀬戸際政策が持続する可能性が高い。
記事参照:Move over, QUAD; the new SQUAD has landed
5月7日「米国は実行可能なインド太平洋戦略を立案せよ―米安全保障戦略専門家論説」(The Strategist, May 7, 2024)
5月7日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、米シンクタンクAtlantic Council上席顧問Harlan Ullmanの“Needed: a viable strategy for the Indo-Pacific”と題する論説を掲載し、そこでHarlan Ullmanは米国および同盟国は、中国に関して実行可能な戦略を立案する必要があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 米国とインド太平洋の同盟国は、地域の課題や危機に対処するための、実行可能な戦略をまだ立案できていない。いま、それが必要とされている。その目標は、平和と安定、繁栄の確保である。そして、中国の軍事的脅威を過大評価することで妥当な戦略的思考を失わないようにするべきである。戦略は軍事的なものだけでなく、地政学的・経済的現実に基づかなければならない。たとえば、AKUSに基づくオーストラリアへの原子力潜水艦の提供は、戦略とは言えない。
(2) 戦略の目的は、最も対価や危険性が低い方法で、自分が望むように相手が行動するよう、相手を納得させる、ないし威圧することである。そして人的・財政的資源の観点から達成可能でなければならない。そして戦略を立案する国は、基本的な利益を定義し、相手国について十分に理解することが必要である。それらがなければ戦略は失敗する。それはまさにベトナム戦争や、21世紀に入ってからのアフガニスタンへの介入で米国が犯した過ちである。何よりも、実際には持っていなかった大量破壊兵器を保有しているとして、イラクを攻撃したことは最悪の愚行であった。
(3) 米国は中国のことを、そして地域の認識をどれほど理解しているだろうか。そして米国や同盟国のインド太平洋および対中国戦略は、そうした理解を考慮に入れているだろうか。現在の米国の戦略は、中国との対立、その抑止、戦争になったら打倒するというものである。この戦略の対価はきわめて高い。米国は、そのために必要な部隊を維持するための人員も補充できないだろう。このことは同盟国や提携国にも当てはまる。
(4) まず必要なことは、中国のこと、その強点、弱点に関する包括的、かつ客観的な分析である。中国の人口動態や経済成長の鈍化を考慮すれば、中国は大規模な国民の不安に悩まされるだろう。それによって中国が、もっと危険になると考える者もいるかもしれないが、歴史はその逆の様相を示している。軍事力拡大についてもよく検討する必要がある。海軍が保有するミサイル艦は、数的な優位には立っているが、能力的な優位であるとは言えない。
(5) 次に必要なのは、インド太平洋戦略の目的の再定義である。まず、相互の利益によって定義された多くの分野における中国との協力、次に不要な緊張を緩和するための経済的な交渉が為されなければならない。そして、中国と対峙する際に軍事戦略だけに依存するのは挑発的に過ぎるということであり、予防することを戦略の核心に置くべきである。そのため、相手による最初の攻撃の対価を高価にするために、ヤマアラシのような防御の方法を採用すべきである。
(6)オーストラリアへの原子力潜水艦提供はAUKUSの第1の柱である。第2の柱である技術交換は、地域の他の国々にも適切に拡大されるべきである。地政学的、経済的状況についての完全な理解に基づき、ヤマアラシ的防御戦術と組み合わせた、効果的なインド太平洋戦略が今、必要とされている。
記事参照:Needed: a viable strategy for the Indo-Pacific
(1) 米国とインド太平洋の同盟国は、地域の課題や危機に対処するための、実行可能な戦略をまだ立案できていない。いま、それが必要とされている。その目標は、平和と安定、繁栄の確保である。そして、中国の軍事的脅威を過大評価することで妥当な戦略的思考を失わないようにするべきである。戦略は軍事的なものだけでなく、地政学的・経済的現実に基づかなければならない。たとえば、AKUSに基づくオーストラリアへの原子力潜水艦の提供は、戦略とは言えない。
(2) 戦略の目的は、最も対価や危険性が低い方法で、自分が望むように相手が行動するよう、相手を納得させる、ないし威圧することである。そして人的・財政的資源の観点から達成可能でなければならない。そして戦略を立案する国は、基本的な利益を定義し、相手国について十分に理解することが必要である。それらがなければ戦略は失敗する。それはまさにベトナム戦争や、21世紀に入ってからのアフガニスタンへの介入で米国が犯した過ちである。何よりも、実際には持っていなかった大量破壊兵器を保有しているとして、イラクを攻撃したことは最悪の愚行であった。
(3) 米国は中国のことを、そして地域の認識をどれほど理解しているだろうか。そして米国や同盟国のインド太平洋および対中国戦略は、そうした理解を考慮に入れているだろうか。現在の米国の戦略は、中国との対立、その抑止、戦争になったら打倒するというものである。この戦略の対価はきわめて高い。米国は、そのために必要な部隊を維持するための人員も補充できないだろう。このことは同盟国や提携国にも当てはまる。
(4) まず必要なことは、中国のこと、その強点、弱点に関する包括的、かつ客観的な分析である。中国の人口動態や経済成長の鈍化を考慮すれば、中国は大規模な国民の不安に悩まされるだろう。それによって中国が、もっと危険になると考える者もいるかもしれないが、歴史はその逆の様相を示している。軍事力拡大についてもよく検討する必要がある。海軍が保有するミサイル艦は、数的な優位には立っているが、能力的な優位であるとは言えない。
(5) 次に必要なのは、インド太平洋戦略の目的の再定義である。まず、相互の利益によって定義された多くの分野における中国との協力、次に不要な緊張を緩和するための経済的な交渉が為されなければならない。そして、中国と対峙する際に軍事戦略だけに依存するのは挑発的に過ぎるということであり、予防することを戦略の核心に置くべきである。そのため、相手による最初の攻撃の対価を高価にするために、ヤマアラシのような防御の方法を採用すべきである。
(6)オーストラリアへの原子力潜水艦提供はAUKUSの第1の柱である。第2の柱である技術交換は、地域の他の国々にも適切に拡大されるべきである。地政学的、経済的状況についての完全な理解に基づき、ヤマアラシ的防御戦術と組み合わせた、効果的なインド太平洋戦略が今、必要とされている。
記事参照:Needed: a viable strategy for the Indo-Pacific
5月8日「ASEANは南シナ海を沈静化しなければならない―マレーシア専門家論説」(South China Morning Post, May 8, 2024)
5月8日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、University of Malaya, Kuala LumpurのInstitute of China Studies研究員Peter T.C. Changの“Asean must calm South China Sea waters or risk ‘Asia’s Ukraine”と題する論説を掲載し、ここでPeter T.C. Chanはフィリピンが中国に対する南シナ海での姿勢を支えるためにASEAN以外の同盟国を探す中、東南アジアが戦争の舞台となる危険性があり、ASEANが緊張緩和のための行動を怠れば地域の安定と繁栄が危うくなるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2024年3月に、シンガポールがイスラエル大使館に対し、宗教的感情を煽る可能性があるとしてフェイスブックへの投稿を削除するよう要求した。マレーシアでは、Anwar Ibrahim首相がイスラエルの無慈悲なガザ攻撃を非難し、パレスチナ人の国家樹立の権利を擁護する主要な発言者として台頭している。2025年、マレーシアはASEANの議長国に就任する。Anwar Ibrahim首相は、東アジアサミットなどASEAN主導のフォーラムを活性化させることを約束している。ASEANの中心性を維持するための重要な戦略は、中立性を堅持し、どちらの側にもつかず、協調を促進することである。米中貿易戦争の中、中立を保つことは東南アジアにとって有利となる。事実、ベトナムやマレーシアのような国々は、領土問題にもかかわらず北京との関与を続けているが、米国は投資の増加を歓迎している。
(2) 4月にJoe Biden米大統領は、中国の侵略に対抗するため、ワシントンで日米比首脳会談を開催した。日本の岸田文雄首相は米議会本会議で演説し、「今日のウクライナが明日の東アジアになるかもしれない」と警告し、自由世界を守る上で米国の指導力が不可欠な役割を果たすと強調した。フィリピンのFerdinand Marcos Jr.大統領は「3ヵ国協定は極めて重要」と宣言し、さらに外国勢力によってフィリピン人の命が失われた場合、米国との相互防衛条約が発動される可能性があると警告している。
(3)米国と日本の支持に加え、Marcos Jr.大統領はインドと韓国、そしておそらくオーストラリアとニュージーランドからも支持を得ており、国際的な法に基づく秩序の防衛という枠組みで同盟を形成しているようである。2023年、フィリピンは中国を孤立させるために、マレーシアやベトナムといった近隣諸国に南シナ海での行動規範の策定を打診した。これにより、南シナ海問題に対する信頼できる解決策には中国も含まれなければならないというASEANの立場が浮き彫りになった。
(4) Marcos Jr.大統領は、ウクライナのVolodymyr Zelensky大統領と同じような苦境に直面する可能性がある。米国のウクライナへの援助は4月、ようやく議会で可決されたが、今度の大統領選の結果次第では、米国のウクライナ支援が危うくなる可能性がある。ワシントンでの3ヵ国首脳会談は、Biden政権がアジア太平洋に対する米国の誓約をDonald Trumpに証明するための努力だと言われている。
(5) フィリピンにとって中国との領有権争いは正当なものだが、米国と緊密に連携し過ぎると、フィリピン国民が大国間の対立の巻き添えになる危険性がある。ロシアとの核衝突を恐れて、米国はウクライナから軍備を遠ざけている。同様に、米国は核武装した中国との直接的な軍事衝突を避けるだろう。その結果、ウクライナと同様、フィリピンも塹壕の中で一人、はるかに大きな敵と戦うことになるかもしれない。
(6) ISEAS-Yusof Ishak Instituteの調査によると、多くの東南アジア人がガザ危機を懸念している一方で、身近なところの差し迫った危険を感じている。激化する緊張は、南シナ海をもう1つの戦場に変え、地域の安定と繁栄を危うくする恐れがある。不干渉はASEANの基本原則とはいえ、加盟国の行動が集団の幸福を危うくする場合、ASEANは緊張を緩和し、大惨事を防ぐために行動しなければならない。これを怠れば、ASEANの中心性が損なわれ、東南アジアが大国間対立の単なる駒に成り下がってしまう危険性がある。
記事参照:Asean must calm South China Sea waters or risk ‘Asia’s Ukraine’
(1) 2024年3月に、シンガポールがイスラエル大使館に対し、宗教的感情を煽る可能性があるとしてフェイスブックへの投稿を削除するよう要求した。マレーシアでは、Anwar Ibrahim首相がイスラエルの無慈悲なガザ攻撃を非難し、パレスチナ人の国家樹立の権利を擁護する主要な発言者として台頭している。2025年、マレーシアはASEANの議長国に就任する。Anwar Ibrahim首相は、東アジアサミットなどASEAN主導のフォーラムを活性化させることを約束している。ASEANの中心性を維持するための重要な戦略は、中立性を堅持し、どちらの側にもつかず、協調を促進することである。米中貿易戦争の中、中立を保つことは東南アジアにとって有利となる。事実、ベトナムやマレーシアのような国々は、領土問題にもかかわらず北京との関与を続けているが、米国は投資の増加を歓迎している。
(2) 4月にJoe Biden米大統領は、中国の侵略に対抗するため、ワシントンで日米比首脳会談を開催した。日本の岸田文雄首相は米議会本会議で演説し、「今日のウクライナが明日の東アジアになるかもしれない」と警告し、自由世界を守る上で米国の指導力が不可欠な役割を果たすと強調した。フィリピンのFerdinand Marcos Jr.大統領は「3ヵ国協定は極めて重要」と宣言し、さらに外国勢力によってフィリピン人の命が失われた場合、米国との相互防衛条約が発動される可能性があると警告している。
(3)米国と日本の支持に加え、Marcos Jr.大統領はインドと韓国、そしておそらくオーストラリアとニュージーランドからも支持を得ており、国際的な法に基づく秩序の防衛という枠組みで同盟を形成しているようである。2023年、フィリピンは中国を孤立させるために、マレーシアやベトナムといった近隣諸国に南シナ海での行動規範の策定を打診した。これにより、南シナ海問題に対する信頼できる解決策には中国も含まれなければならないというASEANの立場が浮き彫りになった。
(4) Marcos Jr.大統領は、ウクライナのVolodymyr Zelensky大統領と同じような苦境に直面する可能性がある。米国のウクライナへの援助は4月、ようやく議会で可決されたが、今度の大統領選の結果次第では、米国のウクライナ支援が危うくなる可能性がある。ワシントンでの3ヵ国首脳会談は、Biden政権がアジア太平洋に対する米国の誓約をDonald Trumpに証明するための努力だと言われている。
(5) フィリピンにとって中国との領有権争いは正当なものだが、米国と緊密に連携し過ぎると、フィリピン国民が大国間の対立の巻き添えになる危険性がある。ロシアとの核衝突を恐れて、米国はウクライナから軍備を遠ざけている。同様に、米国は核武装した中国との直接的な軍事衝突を避けるだろう。その結果、ウクライナと同様、フィリピンも塹壕の中で一人、はるかに大きな敵と戦うことになるかもしれない。
(6) ISEAS-Yusof Ishak Instituteの調査によると、多くの東南アジア人がガザ危機を懸念している一方で、身近なところの差し迫った危険を感じている。激化する緊張は、南シナ海をもう1つの戦場に変え、地域の安定と繁栄を危うくする恐れがある。不干渉はASEANの基本原則とはいえ、加盟国の行動が集団の幸福を危うくする場合、ASEANは緊張を緩和し、大惨事を防ぐために行動しなければならない。これを怠れば、ASEANの中心性が損なわれ、東南アジアが大国間対立の単なる駒に成り下がってしまう危険性がある。
記事参照:Asean must calm South China Sea waters or risk ‘Asia’s Ukraine’
5月8日「PALM10に向けて:日本・太平洋島嶼国関係の現在と未来―スリランカ海軍中佐論説」(PacNet, Pacific Forum, CSIS, May 8, 2024)
5月8日付の米シンクタンクCenter for Strategic and International StudiesのPacific Forumが発行するPacNetは、Pacific ForumのWSD-Handa常勤研究員Jamie Leeの“Looking ahead to the PALM10: The present and future of Japan-Pacific Islands relations”と題する論説を掲載し、ここでJamie Leeは自由で開かれたインド太平洋地域を守るという世界的な共通の利益が求められる21世紀において、日本と太平洋島嶼国との間の各分野における協力強化が極めて重要であるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2024年4月の日米首脳会談でBiden大統領と岸田首相は、太平洋島嶼国(以下、PICsと言う)に言及し、より多くのインド太平洋諸国との継続的な関与の必要性について意見交換を行った。日本が2024年7月16日から18日の間に主催予定の10th Pacific Islands Leaders Meeting(第10回太平洋・島サミット)の準備を進める中で、日本とPICsの間での進行中の対話は、これ以上ないほど時宜を得たものである。PICs全14ヵ国の代表が、オーストラリア、ニューカレドニアとともに出席する。太平洋・島サミット(以下、PALMと言う)は日本と各PICsが優先度の高い課題について率直な意見を交換する初めての場である。1997年に発足して以来、PALMは太平洋島嶼国との経済・外交関係を強化するための日本の主要なフォーラムとなっている。
(2) 日本には、インド太平洋地域の平和と安定という相互に連携した目標を設定する上で、PALMのカウンターパートを関与させ、PICsの統合に一役買う十分な機会がある。日本とPICsの関係は、気候変動関連計画や政府開発援助(ODA)など、非伝統的な安全保障上の懸念を含むように拡大している。中国の影響力が高まる中、安倍政権は「自由で開かれたインド太平洋2016」の枠組みの下、太平洋島嶼国地域との緊密な連携を開始した。最近では、2022年にオーストラリア、ニュージーランド、英国、米国を含む「Partners of the Blue Pacific」構想の創設に参加した。島々は小さいかもしれないが、周囲の海は広大で、地球の表面の5分の1近くを占めている。戦略的な観点からは、海上交通路と海上法執行活動の中心である重要なSLOCが含まれている。地理的には、太平洋諸島は分散し、孤立している。その結果、日本はPICsのそれぞれの国とほぼ2国間関係を維持している。貿易外交が、その2国間関係の焦点である。天然資源については、パプアニューギニア、ソロモン諸島、ニュージーランドからの丸太輸出だけで、日本の丸太輸入量の約20%を占めている。太平洋は、両国間の食料や天然資源の輸出入の流れにとって重要なサプライチェーンルートでもある。
(3) PICsのEEZには、極めて重要なSLOCが存在する。この地域で特に重要なのは、より鮮明で正確な画像を提供する衛星の利用や船舶の追跡、予測、異常検出に特化した人工知能やビッグデータ基盤など、新しい技術の使用である。最も注目すべきは、QUADによる「海洋状況把握のためのインド太平洋パートナーシップ」の下で設立された、米国とその同盟国/提携国の海上作戦の監視を促進する世界で3つのデータ融合センターの1つが、主要なSLOCの下でバヌアツにあることである。このことは、PICsに対する地域的脅威が本質的に国境を越えたものであることを裏付けている。このセンターに保存されているデータは、潜在的な敵の脅威や、気候変動や高波、高潮等による越波の被害に対して脆弱である。
(4) 日本と太平洋島嶼国が共有する過去と核実験に関するセンサーをめぐって、新たな課題も待ち受けている。福島原発から30年間で100万トン以上の処理水を放出するという日本政府の決定に抗議の声が上がり、この計画に賛同する明確な立場を表明した島はなかったPICsの個々の国の指導者のほとんどが反対を表明している。バヌアツのMatai Seremaiah外相は2023年の声明で、「汚染者に対し、処理水が安全であることが議論の余地なく証明されるまで、太平洋に処理水を放出せず、他の選択肢を真剣に検討するよう求めている」と述べている。日本国内でも、国民の感情は多様である。共同通信社が最近実施した世論調査では、日本人の44%が放出に賛成か反対か迷っており、82%が「政府は十分な説明をしていない」と回答している。
(5) PICsとの現在および将来の関与を考えると、日本がPICsとの強固な提携を構築し続ける方法はいくつかある。日本は、PICsのエネルギー分野への支援拡大の約束を果たすべきである。具体的には、日本はグリーンエネルギーの輸出を継続し、化石燃料への依存を減らすことができる。政府の補助金を通じて化石燃料への依存を減らすための支援は、PICsが直面している最も中心的な安全保障問題である気候変動の根本原因に対処することができる。「ブルーパシフィック大陸のための2050戦略(2050 Strategy for the Blue Island Continent)」で発表され、2022年の太平洋諸島フォーラム(PIF)で正式に発表されたように、PICsの主権と生存そのものに結びついており、代替エネルギー源の選択肢を増やし、化石燃料への依存を減らす必要性がこれまで以上に重要になっている。
(6) 気候変動への取り組みに加えて、依存度を高める援助の形態ではなく、教育と訓練計画を促進することは、14のPICsすべての自給自足を促進するために実施できる措置の1つである。特に多国間フォーラムや提携における継続的な関与は、日本がPICsの条件で会合を継続し、各PICsの個々の所要や懸念に応じて関与する方法を提示するものである。IAEAやその他の国際機関が定めた国際基準との透明性と一貫性を維持することが、今後数ヵ月で最重要課題となるであろう。PALM10を見据え、日本外務省の「自由で開かれたインド太平洋の新枠組み(NFOIP)」では気候変動関連の開発援助が議論の中心となることが掲げられている。
(7) したがって、日本政府は、特に気候と海洋安全保障に関する構想に関して、投資を増やす予定の具体的な気候変動関連分野をさらに明確にする必要がある。IUU漁業、防災、抗堪性、気候変動関連計画などの気候関連問題は、PICsにとって依然として最も差し迫った国家安全保障上の懸念事項であり、地域における中国の影響力に対抗するには、中国が本来取り組むべき安全保障協力を提携諸国に提供する必要がある。PALM10のように、特定の安全保障戦略を推進しない地域フォーラムの継続は、PICsとの多国間関係の拡大を目指す日本にとって、最善の戦略的利益となる可能性がある。日本の国益と気候変動という地域の利益には、共通の目的が伴う。このように、多国間の地域別フォーラムではPICsは米国や中国と足並みを揃えることなく、最も優先される関心分野に応じて支援を受け入れることができる。
(8) フランスはこの地域と長年の絆を有しており、日本とフランスの2013年の防衛・安全保障における協力道程表は、協力のための代替的な道筋を提供することができる。PICsは、米国や中国と足並みを揃えるよう差し迫った圧力を感じることなく、相互の安全保障上の懸念に対処することができる。PICsは、自給自足を強化し、自国の利益を大国の戦略的優先事項に合わせるための圧力を軽減することで、地域の主要な懸念事項、特に気候変動に取り組むことができる。同時に、この地域への米国の事前関与は、日本が気候安全保障構想への投資を強化するために今後数年間で重要になる。自由で開かれたインド太平洋地域を守るという世界的な相互依存と共通の利益が求められる21世紀の重要な局面において、日本とPICsとの間の経済関係、安全保障、気候変動構想の分野における協力の強化が極めて重要である。日本は、政府間の関係を超えてPICsと関わり、主要な2国間および多国間の提携国、地方政府関係者、NGOを緊密に巻き込んで、PICsの自律性を強化し、地域および世界の繁栄、平和、安全を追求するなど、外交的展望においてより世界的な取り組みを引き続き実施する必要がある。
記事参照:Looking ahead to the PALM10: The present and future of Japan-Pacific Islands relations
(1) 2024年4月の日米首脳会談でBiden大統領と岸田首相は、太平洋島嶼国(以下、PICsと言う)に言及し、より多くのインド太平洋諸国との継続的な関与の必要性について意見交換を行った。日本が2024年7月16日から18日の間に主催予定の10th Pacific Islands Leaders Meeting(第10回太平洋・島サミット)の準備を進める中で、日本とPICsの間での進行中の対話は、これ以上ないほど時宜を得たものである。PICs全14ヵ国の代表が、オーストラリア、ニューカレドニアとともに出席する。太平洋・島サミット(以下、PALMと言う)は日本と各PICsが優先度の高い課題について率直な意見を交換する初めての場である。1997年に発足して以来、PALMは太平洋島嶼国との経済・外交関係を強化するための日本の主要なフォーラムとなっている。
(2) 日本には、インド太平洋地域の平和と安定という相互に連携した目標を設定する上で、PALMのカウンターパートを関与させ、PICsの統合に一役買う十分な機会がある。日本とPICsの関係は、気候変動関連計画や政府開発援助(ODA)など、非伝統的な安全保障上の懸念を含むように拡大している。中国の影響力が高まる中、安倍政権は「自由で開かれたインド太平洋2016」の枠組みの下、太平洋島嶼国地域との緊密な連携を開始した。最近では、2022年にオーストラリア、ニュージーランド、英国、米国を含む「Partners of the Blue Pacific」構想の創設に参加した。島々は小さいかもしれないが、周囲の海は広大で、地球の表面の5分の1近くを占めている。戦略的な観点からは、海上交通路と海上法執行活動の中心である重要なSLOCが含まれている。地理的には、太平洋諸島は分散し、孤立している。その結果、日本はPICsのそれぞれの国とほぼ2国間関係を維持している。貿易外交が、その2国間関係の焦点である。天然資源については、パプアニューギニア、ソロモン諸島、ニュージーランドからの丸太輸出だけで、日本の丸太輸入量の約20%を占めている。太平洋は、両国間の食料や天然資源の輸出入の流れにとって重要なサプライチェーンルートでもある。
(3) PICsのEEZには、極めて重要なSLOCが存在する。この地域で特に重要なのは、より鮮明で正確な画像を提供する衛星の利用や船舶の追跡、予測、異常検出に特化した人工知能やビッグデータ基盤など、新しい技術の使用である。最も注目すべきは、QUADによる「海洋状況把握のためのインド太平洋パートナーシップ」の下で設立された、米国とその同盟国/提携国の海上作戦の監視を促進する世界で3つのデータ融合センターの1つが、主要なSLOCの下でバヌアツにあることである。このことは、PICsに対する地域的脅威が本質的に国境を越えたものであることを裏付けている。このセンターに保存されているデータは、潜在的な敵の脅威や、気候変動や高波、高潮等による越波の被害に対して脆弱である。
(4) 日本と太平洋島嶼国が共有する過去と核実験に関するセンサーをめぐって、新たな課題も待ち受けている。福島原発から30年間で100万トン以上の処理水を放出するという日本政府の決定に抗議の声が上がり、この計画に賛同する明確な立場を表明した島はなかったPICsの個々の国の指導者のほとんどが反対を表明している。バヌアツのMatai Seremaiah外相は2023年の声明で、「汚染者に対し、処理水が安全であることが議論の余地なく証明されるまで、太平洋に処理水を放出せず、他の選択肢を真剣に検討するよう求めている」と述べている。日本国内でも、国民の感情は多様である。共同通信社が最近実施した世論調査では、日本人の44%が放出に賛成か反対か迷っており、82%が「政府は十分な説明をしていない」と回答している。
(5) PICsとの現在および将来の関与を考えると、日本がPICsとの強固な提携を構築し続ける方法はいくつかある。日本は、PICsのエネルギー分野への支援拡大の約束を果たすべきである。具体的には、日本はグリーンエネルギーの輸出を継続し、化石燃料への依存を減らすことができる。政府の補助金を通じて化石燃料への依存を減らすための支援は、PICsが直面している最も中心的な安全保障問題である気候変動の根本原因に対処することができる。「ブルーパシフィック大陸のための2050戦略(2050 Strategy for the Blue Island Continent)」で発表され、2022年の太平洋諸島フォーラム(PIF)で正式に発表されたように、PICsの主権と生存そのものに結びついており、代替エネルギー源の選択肢を増やし、化石燃料への依存を減らす必要性がこれまで以上に重要になっている。
(6) 気候変動への取り組みに加えて、依存度を高める援助の形態ではなく、教育と訓練計画を促進することは、14のPICsすべての自給自足を促進するために実施できる措置の1つである。特に多国間フォーラムや提携における継続的な関与は、日本がPICsの条件で会合を継続し、各PICsの個々の所要や懸念に応じて関与する方法を提示するものである。IAEAやその他の国際機関が定めた国際基準との透明性と一貫性を維持することが、今後数ヵ月で最重要課題となるであろう。PALM10を見据え、日本外務省の「自由で開かれたインド太平洋の新枠組み(NFOIP)」では気候変動関連の開発援助が議論の中心となることが掲げられている。
(7) したがって、日本政府は、特に気候と海洋安全保障に関する構想に関して、投資を増やす予定の具体的な気候変動関連分野をさらに明確にする必要がある。IUU漁業、防災、抗堪性、気候変動関連計画などの気候関連問題は、PICsにとって依然として最も差し迫った国家安全保障上の懸念事項であり、地域における中国の影響力に対抗するには、中国が本来取り組むべき安全保障協力を提携諸国に提供する必要がある。PALM10のように、特定の安全保障戦略を推進しない地域フォーラムの継続は、PICsとの多国間関係の拡大を目指す日本にとって、最善の戦略的利益となる可能性がある。日本の国益と気候変動という地域の利益には、共通の目的が伴う。このように、多国間の地域別フォーラムではPICsは米国や中国と足並みを揃えることなく、最も優先される関心分野に応じて支援を受け入れることができる。
(8) フランスはこの地域と長年の絆を有しており、日本とフランスの2013年の防衛・安全保障における協力道程表は、協力のための代替的な道筋を提供することができる。PICsは、米国や中国と足並みを揃えるよう差し迫った圧力を感じることなく、相互の安全保障上の懸念に対処することができる。PICsは、自給自足を強化し、自国の利益を大国の戦略的優先事項に合わせるための圧力を軽減することで、地域の主要な懸念事項、特に気候変動に取り組むことができる。同時に、この地域への米国の事前関与は、日本が気候安全保障構想への投資を強化するために今後数年間で重要になる。自由で開かれたインド太平洋地域を守るという世界的な相互依存と共通の利益が求められる21世紀の重要な局面において、日本とPICsとの間の経済関係、安全保障、気候変動構想の分野における協力の強化が極めて重要である。日本は、政府間の関係を超えてPICsと関わり、主要な2国間および多国間の提携国、地方政府関係者、NGOを緊密に巻き込んで、PICsの自律性を強化し、地域および世界の繁栄、平和、安全を追求するなど、外交的展望においてより世界的な取り組みを引き続き実施する必要がある。
記事参照:Looking ahead to the PALM10: The present and future of Japan-Pacific Islands relations
5月8日「海面下での事態拡大:紅海に迫るフーシ派の無人潜水艇の脅威―スリランカ海軍中佐論説」(Center for International Maritime Security, May 8, 2024)
5月8日付の米シンクタンクCenter for International Maritime Securityのウエブサイトは、スリランカの主要なシンクタンクInstitute of National Security Studies研究員のSri Lanka Navika Hamudawa(Sri Lanka Navy、スリランカ海軍)海軍中佐Amila Prasangaの“ESCALATION BENEATH THE WAVES: THE LOOMING THREAT OF HOUTHI UUVS IN THE RED SEA”と題する論説を掲載し、ここでAmila Prasanga中佐はイエメンのフーシ派が紅海に配備した無人潜水艇が新しい脅威となっており、国際社会は技術革新を進め、協力を促進し、海中の戦場における効果的な戦略を策定することにより、世界の貿易路の安全を確保しなければならないとして、要旨以下のように述べている。
(1) 紅海は、アフリカとアラビア半島の間を蛇行する狭い水路であり、世界貿易の重要な航路である。2023年上半期には海上で取引される石油全体の推定12%、世界のLNG貿易の約8%を占めるLNGなど、重要なエネルギー資源が紅海を通過している。この重要な航路が、現在、イエメンのフーシ派反政府勢力が配備した無人潜水艇(以下、UUVと言う)という、新たな予期せぬ脅威に直面している。このUUVの脅威の出現は、紅海で採用されている海軍の防衛戦略と戦術の包括的な再評価を必要としている。国際社会は、これらの重要な問題に効果的に取り組むことにより、紅海における重要な海上交通路の安全を確保し、将来出現する海中の脅威に対抗するための枠組みを確立しなければならない。
(2) 2024年3月には紅海で3本の海中通信ケーブルが切断された。これは海中の領域で争いが行われていることを示唆している。フーシ派のUUVの詳細は不明であるが、公開情報によると、商用化されているか、比較的洗練されていないUUVである可能性が高い。低価格のUUVは、いくつかの重要な要因により重大な脅威をもたらす。このUUVの航続距離と武器搭載量は現在のところ不明である。しかし、数十マイルというわずかな航続距離でも、紅海内の商船を狙うことができる。また、機雷、魚雷、船体に詰め込まれた爆発物が搭載でき、無防備な商船に 重大な損害を与えるのに十分である。このUUVは、軍用の海中ドローンに比べて、高度な誘導・照準システムを欠いており、基本的なGPSや事前にプログラムされた針路、有線誘導に頼っている可能性が高い。しかし、この単純さゆえに、標的に到達する前に探知して排除することが困難となっている。
(3) 地上および空中の脅威に対抗するために作られた従来の海軍の防衛システムは、海中ドローンに対してはほとんど効果がない。ソナー技術と海中監視システムは、UUVの探知と追尾に不可欠である。海中の敵を捜索する艦艇の護衛陣形は、防空を最適化する陣形と相反する可能性があり、どちらを優先するかで困難な緊張を生み出す可能性がある。これは、紅海で行動する多国籍軍にとって大きな課題となる。このUUVの隠密性が作戦の影響を拡大し、脅威にさらされている者の行動を実質的に制限する可能性があることを考えると、海中の脅威の存在は大きな意味を持つ。
(4) フーシ派のUUVに直面して、紅海における国際的な連合は新たな厳しい課題に取り組んでいる。しかし、多国籍軍に選択肢がないわけではなく、採用できるさまざまな戦略と能力がある。対機雷戦艦艇は、フーシ派が配備する可能性のある機雷を除去するために不可欠である。対機雷戦艦艇の水中探知能力と機雷処理能力は、海上交通路を保護し、海中の状況把握を向上させる。対潜戦能力では、ソノブイ、曳航式アレイソナー(TASS)、吊下式ソナー、展開可能なハイドロフォンアレイなどを対UUV戦闘に適応させることができる。これらの装備は、紅海でより包括的な海中監視網を構築し、UUVの特徴に関する重要な情報を収集するのに役立つ。有志連合参加国間の情報共有と協力は、フーシ派のUUVの位置を特定するために重要である。即時のデータ交換は、UUVの攻撃を予測し、より協力的な対応を可能にする。現在の多国籍軍の海中監視能力は、紅海の音響環境において、信号強度の低いフーシ派UUVを探知するのに最適ではない。航行を続ける海上輸送の商船は、海中に大きな音を放射しており、特にUUVが目標と定めた商船に近づくと、商船の放射する雑音がUUVの探知を困難にする可能性がある。UUV探知用に特別に設計された高度な海中ドローンとセンサーの連絡網の構築が緊急に必要である。UUVの探知、攻撃、無力化のための新しい戦術を採用するために、敵のUUVとの遭遇を現実的に想定した訓練が必要である。
(5) 紅海での危機は、海洋安全保障の発展において極めて重要な局面を迎えている。ここで学んだ教訓、すなわち、海軍力の適応の重要性、事態拡大の危険性、国際協力の必要性は、紅海をはるかに越えた大きな影響を与える。国際社会は、技術革新を受け入れ、協力を促進し、海中の戦場の効果的な戦略を策定することにより、世界の貿易路の安全を確保し、21世紀の海洋安全保障の展望の課題を乗り切らなければならない。最先端のドローン探知および海中監視システムへの投資は、UUV防衛網を構築するために不可欠である。研究開発の取り組みは、UUV対策のために特別に設計された高度なソナー技術と自律型潜水艇(AUV)に焦点を当てるべきである。提携国間の情報収集と情報共有の改善は、UUVを追尾し、潜在的な攻撃を予測するために不可欠である。紅海での危機は、新たな海洋の脅威に対処する上での国際協力の重要性を明らかにしている。最良の実行の共有、共同訓練の実施、技術開発におけるより緊密な協力の促進はすべて、UUVへのより強固な対応に向けた重要な段階である。フーシ派のUUVの脅威は、海の領域における継続的な適応と技術革新の必要性を明確に認識させるものである。長い間、理論的には考えられていた無人の海中からの脅威がついに到来したのである。
記事参照:ESCALATION BENEATH THE WAVES: THE LOOMING THREAT OF HOUTHI UUVS IN THE RED SEA
(1) 紅海は、アフリカとアラビア半島の間を蛇行する狭い水路であり、世界貿易の重要な航路である。2023年上半期には海上で取引される石油全体の推定12%、世界のLNG貿易の約8%を占めるLNGなど、重要なエネルギー資源が紅海を通過している。この重要な航路が、現在、イエメンのフーシ派反政府勢力が配備した無人潜水艇(以下、UUVと言う)という、新たな予期せぬ脅威に直面している。このUUVの脅威の出現は、紅海で採用されている海軍の防衛戦略と戦術の包括的な再評価を必要としている。国際社会は、これらの重要な問題に効果的に取り組むことにより、紅海における重要な海上交通路の安全を確保し、将来出現する海中の脅威に対抗するための枠組みを確立しなければならない。
(2) 2024年3月には紅海で3本の海中通信ケーブルが切断された。これは海中の領域で争いが行われていることを示唆している。フーシ派のUUVの詳細は不明であるが、公開情報によると、商用化されているか、比較的洗練されていないUUVである可能性が高い。低価格のUUVは、いくつかの重要な要因により重大な脅威をもたらす。このUUVの航続距離と武器搭載量は現在のところ不明である。しかし、数十マイルというわずかな航続距離でも、紅海内の商船を狙うことができる。また、機雷、魚雷、船体に詰め込まれた爆発物が搭載でき、無防備な商船に 重大な損害を与えるのに十分である。このUUVは、軍用の海中ドローンに比べて、高度な誘導・照準システムを欠いており、基本的なGPSや事前にプログラムされた針路、有線誘導に頼っている可能性が高い。しかし、この単純さゆえに、標的に到達する前に探知して排除することが困難となっている。
(3) 地上および空中の脅威に対抗するために作られた従来の海軍の防衛システムは、海中ドローンに対してはほとんど効果がない。ソナー技術と海中監視システムは、UUVの探知と追尾に不可欠である。海中の敵を捜索する艦艇の護衛陣形は、防空を最適化する陣形と相反する可能性があり、どちらを優先するかで困難な緊張を生み出す可能性がある。これは、紅海で行動する多国籍軍にとって大きな課題となる。このUUVの隠密性が作戦の影響を拡大し、脅威にさらされている者の行動を実質的に制限する可能性があることを考えると、海中の脅威の存在は大きな意味を持つ。
(4) フーシ派のUUVに直面して、紅海における国際的な連合は新たな厳しい課題に取り組んでいる。しかし、多国籍軍に選択肢がないわけではなく、採用できるさまざまな戦略と能力がある。対機雷戦艦艇は、フーシ派が配備する可能性のある機雷を除去するために不可欠である。対機雷戦艦艇の水中探知能力と機雷処理能力は、海上交通路を保護し、海中の状況把握を向上させる。対潜戦能力では、ソノブイ、曳航式アレイソナー(TASS)、吊下式ソナー、展開可能なハイドロフォンアレイなどを対UUV戦闘に適応させることができる。これらの装備は、紅海でより包括的な海中監視網を構築し、UUVの特徴に関する重要な情報を収集するのに役立つ。有志連合参加国間の情報共有と協力は、フーシ派のUUVの位置を特定するために重要である。即時のデータ交換は、UUVの攻撃を予測し、より協力的な対応を可能にする。現在の多国籍軍の海中監視能力は、紅海の音響環境において、信号強度の低いフーシ派UUVを探知するのに最適ではない。航行を続ける海上輸送の商船は、海中に大きな音を放射しており、特にUUVが目標と定めた商船に近づくと、商船の放射する雑音がUUVの探知を困難にする可能性がある。UUV探知用に特別に設計された高度な海中ドローンとセンサーの連絡網の構築が緊急に必要である。UUVの探知、攻撃、無力化のための新しい戦術を採用するために、敵のUUVとの遭遇を現実的に想定した訓練が必要である。
(5) 紅海での危機は、海洋安全保障の発展において極めて重要な局面を迎えている。ここで学んだ教訓、すなわち、海軍力の適応の重要性、事態拡大の危険性、国際協力の必要性は、紅海をはるかに越えた大きな影響を与える。国際社会は、技術革新を受け入れ、協力を促進し、海中の戦場の効果的な戦略を策定することにより、世界の貿易路の安全を確保し、21世紀の海洋安全保障の展望の課題を乗り切らなければならない。最先端のドローン探知および海中監視システムへの投資は、UUV防衛網を構築するために不可欠である。研究開発の取り組みは、UUV対策のために特別に設計された高度なソナー技術と自律型潜水艇(AUV)に焦点を当てるべきである。提携国間の情報収集と情報共有の改善は、UUVを追尾し、潜在的な攻撃を予測するために不可欠である。紅海での危機は、新たな海洋の脅威に対処する上での国際協力の重要性を明らかにしている。最良の実行の共有、共同訓練の実施、技術開発におけるより緊密な協力の促進はすべて、UUVへのより強固な対応に向けた重要な段階である。フーシ派のUUVの脅威は、海の領域における継続的な適応と技術革新の必要性を明確に認識させるものである。長い間、理論的には考えられていた無人の海中からの脅威がついに到来したのである。
記事参照:ESCALATION BENEATH THE WAVES: THE LOOMING THREAT OF HOUTHI UUVS IN THE RED SEA
5月8日「強大化する中国海軍―米専門家論説」(The National Interest, May 8, 2024)
5月8日付の米隔月刊誌The National Interest電子版は、米Naval War College教授James Holmesの“China's Navy Is Growing More Powerful By the Day”と題する論説を掲載し、ここでJames Holmesは中国海軍が自国領海、領空の防衛に縛られる必要がなくなっており、空母「福建」の動向は、今後の中国のシーパワーの軌跡を明らかにするとして、要旨以下のように述べている。
(1) 中国海軍は、航空部門を含め、ますます足かせがなくなってきている。強力な陸上兵器の支援があるため、艦隊は自国領海と空の防衛に縛られる必要はない。もっと冒険的になり、中国本土から遠く離れた場所でも活動できる。中国がインド洋のような重要な海域に常設の遠征部隊を創設する可能性さえある。
(2) 中国第3の空母「福建」は、2024年5月1日に最初の海上公試に出港した。この新型空母は、1番艦「遼寧」や2番艦「山東」よりも大型で、航空機発艦にはスキージャンプ方式を廃止して、カタパルトを採用しており、その結果、「福建」は平らな飛行甲板を備え、U.S. Navyの正規空母のような輪郭を持っている。さらに電磁カタパルトと着艦拘束装置を装備しており、中国海軍が特定分野の技術でU.S. Navyと肩を並べるまでに飛躍したとされている。これが事実ならば、それは技術的偉業である。
(3) U.S. Department of Defenseの試算では、1隻の空母を常時航行させるためには、訓練、整備、大規模点検・修理のサイクルを考慮すると、1.5隻の空母が常時現場に配備可能とする必要がある。それが可能な中国海軍は、空母搭載航空機の最適な離発着間隔を把握しようとしており、中国共産党指導部に新たな戦略的展望を開こうとしている。指導部が戦時に本格的な空母艦隊をどのように運用するかは、平時の運用を監視することが手がかりとなる。また、次世代の中国の空母搭載航空機として何が採用されるのかも注視する価値がある。幸い、中国海軍は艦隊の実験に対しては情報を公開している。
(4) 艦艇は、国家の目的、壮大さ、戦闘力に関する考えを鋼鉄で表現したものであり、中国が次に何を建造するかで、その野心と打ち出したい姿が見えてくる。それは艦隊戦術についての指摘にもつながる。中国の空母は米空母よりも小型であるので、U.S. Navyは海上での中国の挑戦を過度に心配する必要はないという指摘には十分な説得力がある。確かに、主要な陸地から離れた場所での空母艦隊同士の海戦では、米艦隊に勝利の機会がある。相対的なトン数はまったく無意味というわけではない。大きな空母は大きな航空団を運用できるので、戦闘時にはより多くの火力を戦場に投入できるからである。
(5) 空母対空母という単純な比較は、将来の西太平洋戦争の本質を根本的に誤解している。太平洋で最も戦場となりそうなのは、台湾海峡と中国海域である。そこで海軍を含む中国人民解放軍(以下、PLAという)が成功するためには、決定的な戦闘力を発揮する必要がある。これらの近海や空では、太平洋戦争時の日米によるミッドウェー海戦のような純粋な海戦は行われない。中国海軍の空母は、中国要塞という巨大な不沈空母の影に隠れて戦うことになる。陸上戦闘機とミサイルは、空母艦隊の戦闘力を増強する。結局のところ、戦闘力の単位は、飛行場が浮いているかどうかには関係ない。作戦の要諦は、敵が何を展開しようとも、それに打ち勝つのに十分な火力を、必要とする時・場所に投入することである。米空軍の戦闘機に支援された米空母群が、中国の空母だけでなく、中国の総合航空戦力に対してどのように立ち向かえるかが、真に重要な問題である。中国の空母は、たとえトン数で米空母「ニミッツ」や「フォード」に及ばないとしても、PLAの全体的な戦闘計画では十分な性能を発揮できるだろう。
(6) 1907年の議会で、Theodore Roosevelt大統領(当時)は海洋戦略についてU.S. Navyの戦闘艦隊と沿岸防衛の関係について、「戦時において海軍は、港湾や海沿いの都市を守るために使われるものではない」と述べている。海岸は、沖合を徘徊する敵対的な海上勢力から(外洋海軍以外の手段)で自らを守るべきである。Theodore Rooseveltはさらに、「海軍の唯一の効率的な用途は攻撃である」と主張している。戦闘艦隊を沿岸防衛から解放し、本来の目的を追求できるようにするためには、沿岸都市は要塞、機雷、魚雷、潜水艦、魚雷艇、駆逐艦に依存しなければならない。これらは防衛目的には有効ではあるが、すべてを合わせても攻勢に転じることはできない。攻撃的な海軍だけが、攻撃を行うことができるのであって、沿岸防衛のような足かせのない状態になることが重要である。
(7)足かせのない艦隊は、主要な艦隊交戦を追求することができ、もし勝利すれば、その後の戦争の行方を形作るために制海権を利用することができる。中国は、陸上戦力と海上戦力との共生というTheodore Rooseveltの論理を大いなるものにした。今日、中国共産党は、何百、何千海里も離れた米軍や同盟軍に対して、中国国内から正確に攻撃できる兵器を配備している。Theodore Rooseveltはこのような防衛を夢にも思わなかっただろう。中国の大物たちが、その接近阻止・領域拒否(A2AD)防衛に満足し、東アジアの戦略状況に満足すればするほど、中国海軍の水上艦隊はより自由に行動できるようになる。
(8) 中国の海岸から遠く離れた遠征艦隊や船団を常駐させるために、共産党の指導者たちは、米国並みの原子力空母に投資する必要性があると考えるかもしれない。戦闘力は別としても、巨大な空母は中国の威力と威厳を示すものであり、中国が真に世界的な外交・軍事大国としての地位を確立するのに役立つだろう。空母「福建」の動向は、中国のシーパワーの軌跡について多くのことを明らかにするだろう。そして、それに対抗する手段も期待される。
記事参照:China's Navy Is Growing More Powerful By the Day
(1) 中国海軍は、航空部門を含め、ますます足かせがなくなってきている。強力な陸上兵器の支援があるため、艦隊は自国領海と空の防衛に縛られる必要はない。もっと冒険的になり、中国本土から遠く離れた場所でも活動できる。中国がインド洋のような重要な海域に常設の遠征部隊を創設する可能性さえある。
(2) 中国第3の空母「福建」は、2024年5月1日に最初の海上公試に出港した。この新型空母は、1番艦「遼寧」や2番艦「山東」よりも大型で、航空機発艦にはスキージャンプ方式を廃止して、カタパルトを採用しており、その結果、「福建」は平らな飛行甲板を備え、U.S. Navyの正規空母のような輪郭を持っている。さらに電磁カタパルトと着艦拘束装置を装備しており、中国海軍が特定分野の技術でU.S. Navyと肩を並べるまでに飛躍したとされている。これが事実ならば、それは技術的偉業である。
(3) U.S. Department of Defenseの試算では、1隻の空母を常時航行させるためには、訓練、整備、大規模点検・修理のサイクルを考慮すると、1.5隻の空母が常時現場に配備可能とする必要がある。それが可能な中国海軍は、空母搭載航空機の最適な離発着間隔を把握しようとしており、中国共産党指導部に新たな戦略的展望を開こうとしている。指導部が戦時に本格的な空母艦隊をどのように運用するかは、平時の運用を監視することが手がかりとなる。また、次世代の中国の空母搭載航空機として何が採用されるのかも注視する価値がある。幸い、中国海軍は艦隊の実験に対しては情報を公開している。
(4) 艦艇は、国家の目的、壮大さ、戦闘力に関する考えを鋼鉄で表現したものであり、中国が次に何を建造するかで、その野心と打ち出したい姿が見えてくる。それは艦隊戦術についての指摘にもつながる。中国の空母は米空母よりも小型であるので、U.S. Navyは海上での中国の挑戦を過度に心配する必要はないという指摘には十分な説得力がある。確かに、主要な陸地から離れた場所での空母艦隊同士の海戦では、米艦隊に勝利の機会がある。相対的なトン数はまったく無意味というわけではない。大きな空母は大きな航空団を運用できるので、戦闘時にはより多くの火力を戦場に投入できるからである。
(5) 空母対空母という単純な比較は、将来の西太平洋戦争の本質を根本的に誤解している。太平洋で最も戦場となりそうなのは、台湾海峡と中国海域である。そこで海軍を含む中国人民解放軍(以下、PLAという)が成功するためには、決定的な戦闘力を発揮する必要がある。これらの近海や空では、太平洋戦争時の日米によるミッドウェー海戦のような純粋な海戦は行われない。中国海軍の空母は、中国要塞という巨大な不沈空母の影に隠れて戦うことになる。陸上戦闘機とミサイルは、空母艦隊の戦闘力を増強する。結局のところ、戦闘力の単位は、飛行場が浮いているかどうかには関係ない。作戦の要諦は、敵が何を展開しようとも、それに打ち勝つのに十分な火力を、必要とする時・場所に投入することである。米空軍の戦闘機に支援された米空母群が、中国の空母だけでなく、中国の総合航空戦力に対してどのように立ち向かえるかが、真に重要な問題である。中国の空母は、たとえトン数で米空母「ニミッツ」や「フォード」に及ばないとしても、PLAの全体的な戦闘計画では十分な性能を発揮できるだろう。
(6) 1907年の議会で、Theodore Roosevelt大統領(当時)は海洋戦略についてU.S. Navyの戦闘艦隊と沿岸防衛の関係について、「戦時において海軍は、港湾や海沿いの都市を守るために使われるものではない」と述べている。海岸は、沖合を徘徊する敵対的な海上勢力から(外洋海軍以外の手段)で自らを守るべきである。Theodore Rooseveltはさらに、「海軍の唯一の効率的な用途は攻撃である」と主張している。戦闘艦隊を沿岸防衛から解放し、本来の目的を追求できるようにするためには、沿岸都市は要塞、機雷、魚雷、潜水艦、魚雷艇、駆逐艦に依存しなければならない。これらは防衛目的には有効ではあるが、すべてを合わせても攻勢に転じることはできない。攻撃的な海軍だけが、攻撃を行うことができるのであって、沿岸防衛のような足かせのない状態になることが重要である。
(7)足かせのない艦隊は、主要な艦隊交戦を追求することができ、もし勝利すれば、その後の戦争の行方を形作るために制海権を利用することができる。中国は、陸上戦力と海上戦力との共生というTheodore Rooseveltの論理を大いなるものにした。今日、中国共産党は、何百、何千海里も離れた米軍や同盟軍に対して、中国国内から正確に攻撃できる兵器を配備している。Theodore Rooseveltはこのような防衛を夢にも思わなかっただろう。中国の大物たちが、その接近阻止・領域拒否(A2AD)防衛に満足し、東アジアの戦略状況に満足すればするほど、中国海軍の水上艦隊はより自由に行動できるようになる。
(8) 中国の海岸から遠く離れた遠征艦隊や船団を常駐させるために、共産党の指導者たちは、米国並みの原子力空母に投資する必要性があると考えるかもしれない。戦闘力は別としても、巨大な空母は中国の威力と威厳を示すものであり、中国が真に世界的な外交・軍事大国としての地位を確立するのに役立つだろう。空母「福建」の動向は、中国のシーパワーの軌跡について多くのことを明らかにするだろう。そして、それに対抗する手段も期待される。
記事参照:China's Navy Is Growing More Powerful By the Day
5月9日「ウクライナを守ることは台湾防衛に繋がる―台湾専門家論説」(Foreign Affairs, May 9, 2024)
5月9日付の米Council on Foreign Relationsが発行する外交・国際政治専門の隔月誌Foreign Affairsのウエブサイトは、台湾外交部長で次期国家安全保障会議事務総長となる呉釗燮の“Defending Taiwan By Defending Ukraine”と題する論説を掲載し、ここで呉釗燮は今後数年間、台湾の運命はウクライナの運命と同様に世界の民主主義諸国が失敗してはならない重要な試練となるとして、要旨以下のように述べている。
(1) ロシアのウクライナ侵攻は警鐘だった。ロシアと中国の政権が法に基づく国際秩序の責任ある利害関係者になるという、冷戦後の世界の理想を過去のものとする時が来た。そして、権威主義的な侵略に悩まされる、ますます争いの絶えない世界が現れた。最も危険なのは、中国とロシアの「制限のない提携」であり、ロシアの侵略からウクライナを守るための国際的な支援は、中国の侵略に立ち向かうという任務から注意と資源を奪い、台湾のような民主主義国家を脆弱にしている。
(2) 世界の民主主義国家の地政学的利益が、ロシア政府と中国政府の思惑とどの程度結びついているかは過小評価されている。少なくとも2023年後半以降、中国はロシアに対し、決定的な破壊を伴う武器以外の軍事支援を提供している。これは、中国政府がやや中立的な立場を採っていたロシアのウクライナ戦争の初期段階からの大きな変化である。中国は明らかに、ロシアを支えるだけでなく、ヨーロッパの地政学的景観を再構築することに強い関心を持っている。中国とロシアがこのように緊密に連携している以上、民主主義国家は協調して行動することが不可欠である。そのために、米国を筆頭とする世界の民主主義諸国は、ウクライナへの軍事・経済・人道支援を継続しなければならない。ウクライナを支援することで、民主主義諸国は中ロ連合に対する相対的な力を高めることができる。台湾は、米国議会がウクライナに対する軍事支援継続を決定したことを歓迎する。これは、中国政府の冒険主義に対する重要な抑止力となる。
(3) ウクライナの民主主義を守る戦いが世界的な意味を持つように、台湾の防衛もまた同様である。中国が台湾に侵攻した場合、世界経済は約10兆ドルの損害を被る。これは世界GDPのほぼ10%に相当する。中国が台湾を封鎖した場合、直接的な破壊は少ないが、それでも世界経済に約5兆ドルの損害を与える。それは、最先端の半導体チップの90%以上が台湾で生産され、海運コンテナを運ぶ世界の船舶の約半分が台湾海峡を通過するからで、これを守るためには世界的な努力が必要である。地政学的に台湾海峡の現状維持は、米国の同盟体制、地域の勢力均衡、核不拡散の維持に不可欠である。これまでインド太平洋地域は何世代にもわたって安定と繁栄を保ってきたが、中国が台湾を支配するようになれば、インド太平洋地域の安定と繁栄は中国の脅威にさらされることになる。経済的損失やサプライチェーンの混乱は、時間の経過とともに緩和されるかもしれないが、中国の権威主義的拡張は、今後数十年にわたって世界に害を及ぼすだろう。
(4) 台湾政府は、蔡英文総統の主導の下、防衛力を強化してきた。2023年は国防予算を約14%増やし、約190億ドル(GDPの2.5%)に達した。8年前の国防予算はGDPの2.0%以下であった。台湾はその資源を最も差し迫った所要に費やしている。主な焦点は、非対称戦能力の開発、民間防衛改革の実施、国産防衛産業の加速化である。幅広い国民の支持を得て、台湾は徴兵期間を4ヶ月から1年に延長した。自衛への強い誓約があってこそ、志を同じくする国々からの力強い支援を期待できる。それは台湾がウクライナの対ロシア防衛から学んだ最初の、そして最も重要な教訓である。
(5) 中国はすでにインド太平洋地域の現状をいくつかの方法で変えてきた。中国の戦略は2つの前提に基づいている。1つは、中国が台湾を攻撃した際には、米国による台湾防衛の軍事展開を困難にして、武力による台湾併合の潜在的な対価を下げることである。もう1つは、台湾を支配することで、中国政府は第1列島線の向こう側にまで力を及ぼして、この地域の多くの同盟国の安全保障を低下させることである。
(6) このような事態を防ぐには、世界の民主主義諸国がかつてないほどの決意と協調を必要とする。オーストラリア、日本、米国の3ヵ国による長年の安全保障関係と、オーストラリア、英国、米国の3ヵ国による新たな提携枠組みAUKUSは、安定の錨となっている。日本、フィリピン、米国の間に生まれつつある提携は、これらの取り決めを補完するものである。また、日本、韓国、米国の間で最近強化された安全保障協力は、台湾海峡の平和と密接に関連する北東アジアの安定を確保する。このように相互に結びついた連合は、インド太平洋地域における有利な地政学的環境を強力に保証する。
(7) 国際社会は中国の侵略を抑止するために次の3つの分野で協力できる。
a. 偽情報キャンペーン、選挙妨害計画、台湾海峡の中央線を日常的に越える軍用機の飛行などの軍事的挑発活動を含むグレーゾーン作戦は、封鎖や侵攻の脅威に劣らず心理的・安全保障上の挑戦を台湾に日々突きつけている。このような強要に直面する台湾に政治的・道徳的支援を提供するだけでなく、他の民主主義国も中国のこのような戦術に対して、挑発行為には結果が伴うことを中国政府に示すべきである。
b. 中国が台湾と世界との経済的結びつきに口を出すことを許してはならない。台湾との経済的提携を強化することは、他の民主主義国家が自国経済のために抗堪性のあるサプライチェーンを育成するのに役立つ。
c. 中国政府が台湾の権利に対する侵害を正当化するために公布した国連決議の誤った解釈に反対すべきである。すなわち国連総会決議第2758号は1971年に採択され、中国の議席を中華人民共和国に与えたが、中国が主張するように、台湾が中国の単なる省であるという誤った考えを国際法に明記したものではない。さらに多くの国々が、中国政府が国際水域として認めようとしない台湾海峡における航行の自由の権利を行使すべきである。
(8) 台湾は国際社会の責任ある一員であり、海峡両岸の現状維持という立場は変わらないだろう。しかし台湾は、世界の民主主義諸国が力と団結によって平和を維持するために最大限の努力をする必要がある。ウクライナがロシアの侵略に直面しているにもかかわらず、その生存のための戦いを世界の民主主義諸国は支援し続けている。これは、台湾が必要としている決意と道徳的明瞭さを示している。今世紀、権威主義者が正義と自由を踏みにじるような世界秩序が誕生することは許されない。今後数年間、台湾の運命は、ウクライナの運命と同様に、世界の民主主義諸国が失敗してはならない重要な試練となるだろう。
記事参照:Defending Taiwan By Defending Ukraine
(1) ロシアのウクライナ侵攻は警鐘だった。ロシアと中国の政権が法に基づく国際秩序の責任ある利害関係者になるという、冷戦後の世界の理想を過去のものとする時が来た。そして、権威主義的な侵略に悩まされる、ますます争いの絶えない世界が現れた。最も危険なのは、中国とロシアの「制限のない提携」であり、ロシアの侵略からウクライナを守るための国際的な支援は、中国の侵略に立ち向かうという任務から注意と資源を奪い、台湾のような民主主義国家を脆弱にしている。
(2) 世界の民主主義国家の地政学的利益が、ロシア政府と中国政府の思惑とどの程度結びついているかは過小評価されている。少なくとも2023年後半以降、中国はロシアに対し、決定的な破壊を伴う武器以外の軍事支援を提供している。これは、中国政府がやや中立的な立場を採っていたロシアのウクライナ戦争の初期段階からの大きな変化である。中国は明らかに、ロシアを支えるだけでなく、ヨーロッパの地政学的景観を再構築することに強い関心を持っている。中国とロシアがこのように緊密に連携している以上、民主主義国家は協調して行動することが不可欠である。そのために、米国を筆頭とする世界の民主主義諸国は、ウクライナへの軍事・経済・人道支援を継続しなければならない。ウクライナを支援することで、民主主義諸国は中ロ連合に対する相対的な力を高めることができる。台湾は、米国議会がウクライナに対する軍事支援継続を決定したことを歓迎する。これは、中国政府の冒険主義に対する重要な抑止力となる。
(3) ウクライナの民主主義を守る戦いが世界的な意味を持つように、台湾の防衛もまた同様である。中国が台湾に侵攻した場合、世界経済は約10兆ドルの損害を被る。これは世界GDPのほぼ10%に相当する。中国が台湾を封鎖した場合、直接的な破壊は少ないが、それでも世界経済に約5兆ドルの損害を与える。それは、最先端の半導体チップの90%以上が台湾で生産され、海運コンテナを運ぶ世界の船舶の約半分が台湾海峡を通過するからで、これを守るためには世界的な努力が必要である。地政学的に台湾海峡の現状維持は、米国の同盟体制、地域の勢力均衡、核不拡散の維持に不可欠である。これまでインド太平洋地域は何世代にもわたって安定と繁栄を保ってきたが、中国が台湾を支配するようになれば、インド太平洋地域の安定と繁栄は中国の脅威にさらされることになる。経済的損失やサプライチェーンの混乱は、時間の経過とともに緩和されるかもしれないが、中国の権威主義的拡張は、今後数十年にわたって世界に害を及ぼすだろう。
(4) 台湾政府は、蔡英文総統の主導の下、防衛力を強化してきた。2023年は国防予算を約14%増やし、約190億ドル(GDPの2.5%)に達した。8年前の国防予算はGDPの2.0%以下であった。台湾はその資源を最も差し迫った所要に費やしている。主な焦点は、非対称戦能力の開発、民間防衛改革の実施、国産防衛産業の加速化である。幅広い国民の支持を得て、台湾は徴兵期間を4ヶ月から1年に延長した。自衛への強い誓約があってこそ、志を同じくする国々からの力強い支援を期待できる。それは台湾がウクライナの対ロシア防衛から学んだ最初の、そして最も重要な教訓である。
(5) 中国はすでにインド太平洋地域の現状をいくつかの方法で変えてきた。中国の戦略は2つの前提に基づいている。1つは、中国が台湾を攻撃した際には、米国による台湾防衛の軍事展開を困難にして、武力による台湾併合の潜在的な対価を下げることである。もう1つは、台湾を支配することで、中国政府は第1列島線の向こう側にまで力を及ぼして、この地域の多くの同盟国の安全保障を低下させることである。
(6) このような事態を防ぐには、世界の民主主義諸国がかつてないほどの決意と協調を必要とする。オーストラリア、日本、米国の3ヵ国による長年の安全保障関係と、オーストラリア、英国、米国の3ヵ国による新たな提携枠組みAUKUSは、安定の錨となっている。日本、フィリピン、米国の間に生まれつつある提携は、これらの取り決めを補完するものである。また、日本、韓国、米国の間で最近強化された安全保障協力は、台湾海峡の平和と密接に関連する北東アジアの安定を確保する。このように相互に結びついた連合は、インド太平洋地域における有利な地政学的環境を強力に保証する。
(7) 国際社会は中国の侵略を抑止するために次の3つの分野で協力できる。
a. 偽情報キャンペーン、選挙妨害計画、台湾海峡の中央線を日常的に越える軍用機の飛行などの軍事的挑発活動を含むグレーゾーン作戦は、封鎖や侵攻の脅威に劣らず心理的・安全保障上の挑戦を台湾に日々突きつけている。このような強要に直面する台湾に政治的・道徳的支援を提供するだけでなく、他の民主主義国も中国のこのような戦術に対して、挑発行為には結果が伴うことを中国政府に示すべきである。
b. 中国が台湾と世界との経済的結びつきに口を出すことを許してはならない。台湾との経済的提携を強化することは、他の民主主義国家が自国経済のために抗堪性のあるサプライチェーンを育成するのに役立つ。
c. 中国政府が台湾の権利に対する侵害を正当化するために公布した国連決議の誤った解釈に反対すべきである。すなわち国連総会決議第2758号は1971年に採択され、中国の議席を中華人民共和国に与えたが、中国が主張するように、台湾が中国の単なる省であるという誤った考えを国際法に明記したものではない。さらに多くの国々が、中国政府が国際水域として認めようとしない台湾海峡における航行の自由の権利を行使すべきである。
(8) 台湾は国際社会の責任ある一員であり、海峡両岸の現状維持という立場は変わらないだろう。しかし台湾は、世界の民主主義諸国が力と団結によって平和を維持するために最大限の努力をする必要がある。ウクライナがロシアの侵略に直面しているにもかかわらず、その生存のための戦いを世界の民主主義諸国は支援し続けている。これは、台湾が必要としている決意と道徳的明瞭さを示している。今世紀、権威主義者が正義と自由を踏みにじるような世界秩序が誕生することは許されない。今後数年間、台湾の運命は、ウクライナの運命と同様に、世界の民主主義諸国が失敗してはならない重要な試練となるだろう。
記事参照:Defending Taiwan By Defending Ukraine
【補遺】
旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) SMALL OCEAN, BIG HYPE: ARCTIC MYTHS AND REALITIES
https://warontherocks.com/2024/05/small-ocean-big-hype-arctic-myths-and-realities/
War on the Rocks, May 3, 2024
By Rebecca Pincus, Ph.D., director of the Polar Institute at the Wilson Center
2024年5月3日、米シンクタンクWilson CenterのPolar Institute所長Rebecca Pincusは、米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockに“SMALL OCEAN, BIG HYPE: ARCTIC MYTHS AND REALITIES”と題する論説を寄稿した。その中でRebecca Pincusは、北極海は世界で最も小さい海洋だが、その地理的および戦略的な重要性から多くの神話が生まれており、たとえば、北極は未開の資源豊富な地として描かれがちだが、実際にはほとんどが主権国家の領土であり、資源開発には多大な経費がかかるため、投資は限られているし、また、気候変動による氷の減少が利用を容易にすると考えられているが、実際には嵐の増加や海岸侵食、基幹施設の被害などで人間活動は困難になっていると指摘している。そしてRebecca Pincusは、北極に関しては、ロシアの支配力が過大に評価され、アメリカの無力さが誇張されることが多いが、実際にはロシアの軍事力は主に防衛的であり、アメリカも重要な軍事能力を持っており、加えて、中国の影響力も過剰に懸念されているが、現実はより複雑であると述べた上で、最も大きな脅威は気候変動であって、北極はすでに急速な環境変化に直面しているため、米国はこの地域の神話に惑わされることなく、気候変動という現実的な問題に取り組むことが求められると主張している。
(2) CHINA’S CALCULATED INACTION IN THE RED SEA CRISIS
https://cimsec.org/chinas-calculated-inaction-in-the-red-sea-crisis/
Center for International Maritime Security, May 6, 2024
By Dr. David Scott is an associated member of the Corbett Center for Maritime Policy Studies.
2024年5月6日、英シンクタンクCorbett Centre for Maritime Policy Studiesの準会員David Scottは米シンクタンクCenter for International Maritime Security (CIMSEC)のウエブサイトに“CHINA’S CALCULATED INACTION IN THE RED SEA CRISIS”と題する論説を寄稿した。その中でDavid Scottは、イラン支援のフーシ派がハマスと連携して紅海での船舶攻撃を行っていることに起因して紅海危機という状況が生じているが、中国は紅海に直接的な利益と参入しているにもかかわらず、この危機に対してほとんど関与していないと指摘した上で、中国はジブチには軍事基地を設置するなど、紅海周辺の港湾や基幹施設への投資を通じて参入を強化しており、中国海軍はインド洋全域で活動し、紅海にも派遣されていると述べている。そしてDavid Scottは、中国がこの危機に関与しない理由は、自国の船舶が攻撃されていないことと米国主導の作戦に参加することへの拒否感によるものだが、中国は紅海危機において戦略的無関心を貫きつつ、紅海の交易路における利害を維持しようとしており、この取り組みにより中国は米国とその同盟国の対策が成功しても失敗しても利益を得ることができると主張している。
(3) AUKUS Faces Mounting Challenges. Australia Must Address Them.
https://thediplomat.com/2024/05/aukus-faces-mounting-challenges-australia-must-address-them/
The Diplomat, May 8, 2024
By Dr. Nishank Motwani is a senior analyst for defense and security at the Australian Strategic Policy Institute.
2024年5月8日、オーストラリアのシンクタンクAustralian Strategic Policy Instituteの上席分析員Nishank Motwaniは、デジタル誌The Diplomatに、“AUKUS Faces Mounting Challenges. Australia Must Address Them.”と題する論説を寄稿した。その中で、①AUKUSの旗印の下、豪英米を結ぶ3ヵ国協定は政治的結束、国民へのメッセージ、戦略的選択という3つの主要な課題に直面している。②AUKUSの下、Royal Australian Navyは3隻から5隻の米国で製造された通常兵装のバージニア級原子力潜水艦を受け取ることになる。③成功のためには、オーストラリアは政治的結束を保ち、なぜAUKUSが重要なのかを説明することでオーストラリアの納税者の支持を獲得し、AUKUSが最適な道筋通りに実現しなかった場合のプランBを織り込んだ戦略的計算を行う必要がある。④中国がオーストラリアにもたらす脅威についての議論はまだ浅い。⑤今後、基本的な課題は、問題解決型の取り組みと目的・手段型の取り組みの戦略への整合性を取ることである。⑥中国共産党の長期戦と戦略へのハイブリッドな取り組みを認識するならば、オーストラリア政府とその同盟国は、戦略への目的・手段型の取り組みと並行して、実利的な問題解決型の取り組みを適用する必要があると主張している。
(4) THE EAST AND SOUTH CHINA SEAS: ONE SEA, NEAR SEAS, WHOSE SEAS?
https://warontherocks.com/2024/05/the-east-and-south-china-seas-one-sea-near-seas-whose-seas/
War on the Rocks, May 9, 2024
By April A. Herlevi is a senior research scientist at the Center for Naval Analyses and a non-resident fellow at the National Bureau of Asian Research.
Brian Waidelich is a research scientist at the Center for Naval Analyses’s China and Indo-Pacific Security Affairs Division and president of the Yokosuka Council on Asia-Pacific Studies.
2024年5月9日、U.S. Navy、U.S. Marine Corpsに関する調査研究機関The Center for Naval Analyses上席研究員April A. Herleviと同Center研究員Brian Waidelichは、米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockに“THE EAST AND SOUTH CHINA SEAS: ONE SEA, NEAR SEAS, WHOSE SEAS?”と題する論説を寄稿した。その中で両名は、東シナ海と南シナ海の戦略的な異なりに関して、両海域には中国が主張する領土と米国の同盟国や提携国が存在するが、中国はこれらを「近海」として一体的に管理しようとしていると指摘した上で、東シナ海の紛争は主に日中間の2国間問題であり、日本は中国の尖閣諸島に対する主張を認めていないが、一方の南シナ海の紛争は多国間であり、ASEANが重要な役割を果たしていると述べている。そして両名は、中国は法的および軍事的手段を駆使して海洋支配を主張しており、その一環として国内法を強化し、軍事基地を構築しているが、これに対し、フィリピンやベトナムなどの国々は独自の対応を強化しており、米国は紛争解決を支援しつつも、これらの海域への進出を確保するための提携を強化する必要があると述べた上で、米国は現実的な期待を持ちつつ、国連海洋法条約の批准を進めるべきであり、地域の安定を図るためにも提携国と協力する必要があると主張している。
(1) SMALL OCEAN, BIG HYPE: ARCTIC MYTHS AND REALITIES
https://warontherocks.com/2024/05/small-ocean-big-hype-arctic-myths-and-realities/
War on the Rocks, May 3, 2024
By Rebecca Pincus, Ph.D., director of the Polar Institute at the Wilson Center
2024年5月3日、米シンクタンクWilson CenterのPolar Institute所長Rebecca Pincusは、米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockに“SMALL OCEAN, BIG HYPE: ARCTIC MYTHS AND REALITIES”と題する論説を寄稿した。その中でRebecca Pincusは、北極海は世界で最も小さい海洋だが、その地理的および戦略的な重要性から多くの神話が生まれており、たとえば、北極は未開の資源豊富な地として描かれがちだが、実際にはほとんどが主権国家の領土であり、資源開発には多大な経費がかかるため、投資は限られているし、また、気候変動による氷の減少が利用を容易にすると考えられているが、実際には嵐の増加や海岸侵食、基幹施設の被害などで人間活動は困難になっていると指摘している。そしてRebecca Pincusは、北極に関しては、ロシアの支配力が過大に評価され、アメリカの無力さが誇張されることが多いが、実際にはロシアの軍事力は主に防衛的であり、アメリカも重要な軍事能力を持っており、加えて、中国の影響力も過剰に懸念されているが、現実はより複雑であると述べた上で、最も大きな脅威は気候変動であって、北極はすでに急速な環境変化に直面しているため、米国はこの地域の神話に惑わされることなく、気候変動という現実的な問題に取り組むことが求められると主張している。
(2) CHINA’S CALCULATED INACTION IN THE RED SEA CRISIS
https://cimsec.org/chinas-calculated-inaction-in-the-red-sea-crisis/
Center for International Maritime Security, May 6, 2024
By Dr. David Scott is an associated member of the Corbett Center for Maritime Policy Studies.
2024年5月6日、英シンクタンクCorbett Centre for Maritime Policy Studiesの準会員David Scottは米シンクタンクCenter for International Maritime Security (CIMSEC)のウエブサイトに“CHINA’S CALCULATED INACTION IN THE RED SEA CRISIS”と題する論説を寄稿した。その中でDavid Scottは、イラン支援のフーシ派がハマスと連携して紅海での船舶攻撃を行っていることに起因して紅海危機という状況が生じているが、中国は紅海に直接的な利益と参入しているにもかかわらず、この危機に対してほとんど関与していないと指摘した上で、中国はジブチには軍事基地を設置するなど、紅海周辺の港湾や基幹施設への投資を通じて参入を強化しており、中国海軍はインド洋全域で活動し、紅海にも派遣されていると述べている。そしてDavid Scottは、中国がこの危機に関与しない理由は、自国の船舶が攻撃されていないことと米国主導の作戦に参加することへの拒否感によるものだが、中国は紅海危機において戦略的無関心を貫きつつ、紅海の交易路における利害を維持しようとしており、この取り組みにより中国は米国とその同盟国の対策が成功しても失敗しても利益を得ることができると主張している。
(3) AUKUS Faces Mounting Challenges. Australia Must Address Them.
https://thediplomat.com/2024/05/aukus-faces-mounting-challenges-australia-must-address-them/
The Diplomat, May 8, 2024
By Dr. Nishank Motwani is a senior analyst for defense and security at the Australian Strategic Policy Institute.
2024年5月8日、オーストラリアのシンクタンクAustralian Strategic Policy Instituteの上席分析員Nishank Motwaniは、デジタル誌The Diplomatに、“AUKUS Faces Mounting Challenges. Australia Must Address Them.”と題する論説を寄稿した。その中で、①AUKUSの旗印の下、豪英米を結ぶ3ヵ国協定は政治的結束、国民へのメッセージ、戦略的選択という3つの主要な課題に直面している。②AUKUSの下、Royal Australian Navyは3隻から5隻の米国で製造された通常兵装のバージニア級原子力潜水艦を受け取ることになる。③成功のためには、オーストラリアは政治的結束を保ち、なぜAUKUSが重要なのかを説明することでオーストラリアの納税者の支持を獲得し、AUKUSが最適な道筋通りに実現しなかった場合のプランBを織り込んだ戦略的計算を行う必要がある。④中国がオーストラリアにもたらす脅威についての議論はまだ浅い。⑤今後、基本的な課題は、問題解決型の取り組みと目的・手段型の取り組みの戦略への整合性を取ることである。⑥中国共産党の長期戦と戦略へのハイブリッドな取り組みを認識するならば、オーストラリア政府とその同盟国は、戦略への目的・手段型の取り組みと並行して、実利的な問題解決型の取り組みを適用する必要があると主張している。
(4) THE EAST AND SOUTH CHINA SEAS: ONE SEA, NEAR SEAS, WHOSE SEAS?
https://warontherocks.com/2024/05/the-east-and-south-china-seas-one-sea-near-seas-whose-seas/
War on the Rocks, May 9, 2024
By April A. Herlevi is a senior research scientist at the Center for Naval Analyses and a non-resident fellow at the National Bureau of Asian Research.
Brian Waidelich is a research scientist at the Center for Naval Analyses’s China and Indo-Pacific Security Affairs Division and president of the Yokosuka Council on Asia-Pacific Studies.
2024年5月9日、U.S. Navy、U.S. Marine Corpsに関する調査研究機関The Center for Naval Analyses上席研究員April A. Herleviと同Center研究員Brian Waidelichは、米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockに“THE EAST AND SOUTH CHINA SEAS: ONE SEA, NEAR SEAS, WHOSE SEAS?”と題する論説を寄稿した。その中で両名は、東シナ海と南シナ海の戦略的な異なりに関して、両海域には中国が主張する領土と米国の同盟国や提携国が存在するが、中国はこれらを「近海」として一体的に管理しようとしていると指摘した上で、東シナ海の紛争は主に日中間の2国間問題であり、日本は中国の尖閣諸島に対する主張を認めていないが、一方の南シナ海の紛争は多国間であり、ASEANが重要な役割を果たしていると述べている。そして両名は、中国は法的および軍事的手段を駆使して海洋支配を主張しており、その一環として国内法を強化し、軍事基地を構築しているが、これに対し、フィリピンやベトナムなどの国々は独自の対応を強化しており、米国は紛争解決を支援しつつも、これらの海域への進出を確保するための提携を強化する必要があると述べた上で、米国は現実的な期待を持ちつつ、国連海洋法条約の批准を進めるべきであり、地域の安定を図るためにも提携国と協力する必要があると主張している。
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