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論考

No. 58
2020/4/14

「戦時大統領」が含意するもの
-トランプ大統領と新型肺炎対策-

久保 文明
東京大学大学院法学政治学研究科教授

 トランプ大統領の新型肺炎への対応は大きく揺れている。当初は、「完全に抑え込んでいる」、「4月になって暖かくなれば魔法のように消えてなくなるであろう」という楽観的なものであった。しかし、3月半ばに入り、アメリカの感染状況について戦争状態との比喩を使い始め、自らを「戦時大統領」と規定して、新型肺炎問題に正面から取り組む姿勢に転換した。

 この比喩がどの程度妥当かどうかは別にして、トランプ大統領が「戦時大統領」という言葉を使い始めたことは意味深長であり、慎重な分析を要する。よく指摘されるように、アメリカでは戦争のような国家的危機の際に、国民はとりあえず大統領のもとに結集し、大統領を無条件に支持する傾向がある。これはしばしば、「国旗の下に結集する現象」(”rally ‘round the flag phenomenon”)と呼ばれる。アメリカ国民が愛国的であること、そして大統領は軍の最高司令官であるとともに国家元首であり、国民の一体性の象徴でもあることなどから生まれる現象といってよい。

 最近では、2001年9月11日の同時多発テロ事件の後、ジョージ・W.ブッシュ大統領の支持率がそれまでの50%台前半から一挙に90%前後にまで跳ね上がった例が記憶に新しい。

 古くは、1961年4月のピッグズ湾事件(亡命キューバ人をキューバに侵攻させ、カストロ体制を転覆しようとした試み)のように、完全に失敗に終わった試みの後ですら、ケネディ大統領の支持率が上昇したという例が存在する。実際、その時に記録された支持率は、ケネディ大統領の任期1年目(1961年)では最高の数字であった1

 ただし、この危機の際に大統領のもとに結集する現象には、裏の側面もある。朝鮮戦争、ベトナム戦争、そして最近のイラク戦争などで見られるように、戦争が長引いた場合、アメリカ国民は初期段階の条件反射的な強い支持をあっさり捨て去り、場合によっては容赦なく戦争に、そして大統領に、批判的となる。

 選挙との関係も微妙である。2004年大統領選挙はその交錯を分析するための絶好のケーススタディであろう。イラク戦争後の占領統治に失敗したジョージ・W.ブッシュ大統領の支持率は、2004年に下落の一途を辿り、大統領選挙はにわかに大接戦となった。結局ブッシュ大統領が逃げ切ったものの、民主党のジョン・ケリー候補との得票率の差は僅か2.4%であった。最後の瞬間、戦時に軍の最高司令官を交代させることに躊躇した有権者が相当数存在したようだ。これが「戦時」の心理なのかもしれない。しかし、朝鮮戦争が膠着状態となった1952年の大統領選挙に、トルーマン大統領は結局出馬できず、ベトナム戦争が泥沼化した中で行われた1968年大統領選挙においては、ジョンソン大統領はやはり出馬断念に追い込まれた。

 さて、トランプ大統領の場合、新型肺炎との戦いはどのように展開されるであろうか。本年3月13日に国家非常事態宣言を発して正面から向き合う姿勢を見せてから、3月後半に支持率は上昇した。トランプ大統領としては就任以来最高の数字である49%あるいは50%といった数字が登場し始めた。戦時の心理と2兆ドルからなる景気刺激策、そして感染防止のため取り止めている遊説の代替物である毎日の記者会見が、支持率上昇に貢献しているのであろう。

 ただし、上昇した支持率が4月初頭、すでに元に戻り始めた兆候も存在する。これは通常の国家的危機の後での支持率上昇期間よりかなり短い2

 そもそも1月から2月にかけて無策であったことへの批判は強い。そして「戦時大統領」にしては、その支持率は絶対値においても(49-50%)、またその上昇の程度においても(数%)、たいしたものではない。連日の記者会見での発言も、危機の指導者としての資質に疑念を差し挟まざるをえないものが少なくない。新型肺炎問題に前向きに取り組むようになってからも、復活祭(今年は4月12日)までに経済への規制を取り払いたいと発言して周囲を慌てさせた。現在も4月末で経済活動に対する制限をすべて取り払う可能性を示唆している。トランプ大統領は抗マラリア薬であるヒドロキシクロロキンという薬をさかんに推奨しているが、この薬には副作用もあり、専門家によれば投薬はそう簡単ではなさそうである。過日の記者会見で、ある記者は同席していた国立アレルギー・感染症研究所長アンソニー・ファウチ博士の見解を聞こうとしたが、大統領が遮り、答えさせなかった。 

 ここであらためて指摘するまでもなく、新型肺炎の流行は、トランプ政権成立以来の株価上昇を完全に雲散霧消させてしまった。これは、トランプ大統領の支持率を支えてきた唯一といってもよい貴重な政策分野であった。今後11月の投票日までの感染症対策と経済復興の両立も容易でない。

 近年には、高い支持率の栄光に包まれた「戦時大統領」が一挙に支持率を落とす例をわれわれは知っている。ジョージ・W.ブッシュ大統領は、2005年に襲来したハリケーン・カトリーナへの対応に失敗し、最終的には支持率を30%以下まで落とすことになった。あまりに明々白々に無能ぶりを発揮すると、党派的で忠実な共和党員ですらブッシュ大統領を見放した。今後のトランプ大統領の対応次第では、このような現象もあり得ないことではない。

 むろん、コロナ・ウイルスは冷戦期のソ連とも中東のテロリストとも異なる。アメリカが「降伏」するような結末は考えられず、トランプ大統領はいずれにせよどこかで「勝利」を宣言するであろう。しかし「戦争」の「犠牲者」あるいは「戦死者」の数次第では、誰の目にも明らかな「輝かしい勝利」を本年11月までに達成することは難しいかもしれない。

 トランプ大統領は、この「戦争」と大統領選挙双方について、どのような勝利の方程式を考えているのであろうか。

(了)

1 Andrew Dugan and Frank Newport ”Americans Rate JFK as Top Modern President,” News. Gallup. Dom, GALLUP, 2013年11月15日, <https://news.gallup.com/poll/165902/americans-rate-jfk-top-modern-president.aspx> (2020年4月13日参照)
 David Coleman “JFK’S PRESIDENTIAL APPROVAL RATINGS,” jfk14thday.com / David Coleman, The Fourteenth Day: JFK and the Aftermath of the Cuban Missile Crisis (W.W. Norton & Company, 2012) <https://jfk14thday.com/jfk-presidential-approval-ratings/> (2020年4月13日参照)

2 Harry Enten, “Trump's popularity bump may have already plateaued ahead of schedule,” CNN, 2020年4月5日, <https://edition.cnn.com/2020/04/05/politics/trump-approval-poll-of-the-week/index.html> 2020年4月13日参照

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