2024年大統領選挙を理解するために
―アダム・シャインゲイト教授に聞く―

山岸 敬和
アメリカの大統領選挙は、通常約2年間かけて行われる。2024年11月に行われる選挙に向けて、トランプ前大統領が出馬表明したのは2022年11月であった。しかし、これまでの選挙と異なり、今回の選挙では他の候補者の出馬表明の動きが遅い。なぜならば、民主党側は現職大統領であるバイデン氏が、高齢であるという問題があるものの出馬が既定路線と目されているからである。また共和党側も、前回選挙で僅差で敗れたものの未だ共和党支持者の中で人気を誇るトランプ氏が出馬を決めたため、それに対抗しようとする動きが出にくいのである。
しかし、トランプ氏がニューヨーク州大陪審に起訴され、逮捕されたことで、選挙戦は一気に不確実性が高まったように見える。トランプ氏は自らの支持基盤を動員するためにこの機会を利用しようとしているが、これがトランプ氏の思う通りの結果を生むとは限らない。共和党の他の有力政治家は、その動向を見守ると同時にどのタイミングで立候補を表明するのかを考えているはずだ。
この混沌としたアメリカ大統領選挙については日本でも報道されることが多い。しかし、その多くは断片的であり、ワイドショー的である。本稿では、いま一度、今回の選挙を取り巻く政治的・政策的状況や歴史的分脈について、ジョンズ・ホプキンス大学のアダム・シャインゲイト教授に現地でインタビュー(3月14日)をした結果を記すことでまとめてみたい。シャインゲイト氏は、アメリカ政治を専門とし、これまで農業政策や医療政策等を研究してきており、最近は選挙コンサルタントについての著書や、選挙におけるデジタル広告についての論文を出版している1。
共和党内の動きをどう理解すべきか
共和党内では、トランプ氏以外にも、すでに立候補を表明している元国連大使のヘイリー氏、立候補が予想されているフロリダ州知事のデサンティス氏、トランプ政権で副大統領を務めたペンス氏、同政権で国務長官を務めたポンペイオ氏など、それなりの大物候補者が揃っている2。共和党が「トランプ化」しているとも言われる中で、共和党内部の対立をどのように理解すべきかを聞いた。
シャインゲイト教授:今の段階では、共和党ではトランプ氏とデサンティス氏の二者の争いだと言えます。トランプ氏は法的な問題で難しい立場に陥っていますし、人々はトランプ氏がメディアを賑わすことに対しての精神的な疲れを感じていて、トランプ氏ではない候補者を模索する中でデサンティス氏を選択肢として考えている人々もいます。しかし、トランプ氏が当選する可能性は排除すべきではありません。トランプ氏は共和党内では未だ高い支持率を維持しています。まだ選挙戦としては早い段階ですが、トランプ氏とデサンティス氏がいることで、他の候補者が挑戦をためらっているという側面があると思います。
山岸:トランプ氏とデサンティス氏ではどのような違いがあるのでしょうか?もしデサンティス氏やその他の候補者が予備選挙で勝つようなことがあったら、共和党の今後の方向性に何か影響を及ぼすことは考えられますか?
シャインゲイト教授:共和党のリストを見ると、今の有力候補者の誰が最終候補者になっても、彼ら・彼女らは「トランプの申し子」であると言うしかありません。誰が予備選挙で勝っても、共和党の方向性が変わるとは言えません。デサンティス氏がどのような政治家で、共和党とどのような関係性にあるのかについて、我々がどのように解釈すべきなのかは重要です。デサンティス氏が支持を得ようとしている層は、トランプ氏の支持層とあまり変わりません。違いは、トランプ氏への支持は、彼が提案する政策パッケージに対してよりも、個人的崇拝によるものが強いという点です。共和党議会の中ではトランプ氏の影響力から脱しようとする動きがありますが、それはあくまで個人としてのトランプ氏に対してであり、トランプ氏が掲げる政策に対するものではありません。トランプ氏の政策については支持する一方で、トランプ氏が共和党の候補になることで民主党を団結させ、議会選挙で共和党にマイナスに働くという理由で、トランプ氏以外の選択肢を模索しているのです。だから「トランプ以外」という選択肢に、メリーランド州知事で共和党穏健派のラリー・ホーガン氏のような人物は入ってきません3。
2024年選挙が置かれた歴史的分脈
「トランプ現象」はトランプ氏個人が生み出したものではなく、歴史が作り出したものであるとしばしば指摘される。ただこの歴史的文脈というのが掴みにくい4 。アダム・シャインゲイト氏は、イェール大学のスティーブン・スコウロネック(Stephen Skowronek)教授の著書Presidential Leadership in Political Time: Reprise and Reappraisalの中で示された次の分析枠組みを使いながら、それを説明する5。大統領を取り巻く制度は大きく変化しない一方で、その性質が時代を追うごとに以下のようなサイクルを繰り返す。Politics of Reconstructive(大きな政治変動の結果として求められる大規模な改革期)→Politics of Articulation(現状維持期)→Politics of Preemption(現状への不満があるものの急進的な改革までは求められない時期)→Politics of Disjunction(既存の政治・社会体制が崩壊していくものの現状維持の動きが残る時期)→Politics of Reconstruction。
シャインゲイト教授:現在、民主党と共和党への支持は拮抗している状況です。そして民主党は、多くの争点でより左派的なポジションを強めていくと同時に党のまとまりも堅固になっています。それは、長年民主党の中で影響力を持ってきたニューディール・リベラリズムの継続としても見ることができますし、革新主義の新たな展開としても見ることができます。何れにしても、それらのアイディアが完全に否定されるような状況ではなく、その意味でトランプ氏は、“Politics of Reconstruction”に身を置いた大統領ではなかったと言えます。他方、共和党側に目を転じても、1980年代から影響を及ぼしてきたレーガン的新自由主義が完全に否定されているわけではなく、その意味で、バイデン氏も “Reconstruction”の機会は与えられていないと言えるでしょう。現在は長期的に “Politics of Preemption”が続いていると考えられます。民主党も共和党も急進的な変革を求められていないということです。
2024年選挙における重要争点
2022年11月の中間選挙では、中絶問題が民主党の勝利につながったと言われた。同年5月に女性の人工妊娠中絶の権利を合憲とした1973年の「ロー対ウェイド判決」を覆す判決を連邦最高裁が下したからである(ドブス対ジャクソン判決)。2024年選挙でも中絶が重要争点になるのか、また他にどのような争点が注目されるのかを聞いた。
シャインゲイト教授:有権者は、主に経済的争点によって投票行動を決めます。2022年の中間選挙の時期は経済状態が悪かったので、与党であった民主党がもっと議席を減らすと考えられましたが、それほどでもありませんでした。この結果についてまだ説得力があるデータは出てきていませんが、中絶問題が影響を及ぼしたことは間違いないと思います。また移民政策や教育政策等で共和党が進めようとする方向性に民主党支持者が危機意識を持ったから、というのも理由の一つに入ると思います。経済状況によって、各政党が強調する政策が変わってきます。これはUCLAのリン・ヴァヴレック教授も論じていることです6。もし次回の大統領選挙の時に経済状態が悪ければ、共和党は経済的争点を中心に戦います。逆にもし経済が良ければ、民主党は自らの経済政策を誇る一方で、共和党は教育問題をはじめとするいわゆる「文化戦争」をより強調してくるでしょう7。さらにこれは2020年選挙から続いていることですが、各党の戦いは、無党派層を獲得する争いではなく、自らの支持基盤を動員し、敵対する政党の支持者の動きをくじくという戦略を基にしています。最後に、ウクライナ問題があるので外交政策について触れますが、外交政策は、現在進行形のウクライナ問題についても、中国の台頭に対しても、両党の政策に大きな隔たりはありませんでした。しかし今後は両党を分断させるとまではいかないまでも、両党が方向性の違いについてもっと議論を戦わせることになると思います。共和党の中に親ロシア派がいることもありますが、これは民主党にとっては攻撃材料になります。中国については難しいですが、今の強硬路線を両党がどの程度まで推し進めようとするのかで温度差が出てきて、次回の大統領選挙で争点になるかもしれません。しかし全体的にアメリカ人は、ウクライナにしても中国にしても、地政学的なことを理解して政策を判断するわけではありませんし、経済問題やその他の国内問題に比べると、外交問題は選挙でははるかに重要度が低いということを前提として押さえておかないといけません。
以上のように、今回のコラムではシャインゲイト教授への聞き取り調査の結果から、2024年大統領選挙をめぐる歴史的な文脈を大掴みするために有用なところを記した。言うまでもなく、次回の大統領選挙はアメリカ政治の方向性にとっても、国際政治の未来、広くはデモクラシーの将来にとっても重要な選挙となる。この選挙をスナップショット的、ワイドショー的に眺めるのではなく、より広い視点、さらに歴史的な視点で捉える、いわば大きなムービングピクチャーの中で理解しようとする努力が必要である。
- Adam Sheingate, Building a Business of Politics: The Rise of Political Consulting and the Transformation of American Democracy (New York: Oxford University Press, 2016); Adam Sheingate, James Scharf, and Conner Delahanty, “Digital Advertising in U.S. Federal Elections, 2004-2020,” Journal of Quantitative Description: Digital Media 2 (2022): 1-61.(本文に戻る)
- ヘイリー氏は2023年2月に出馬を表明した。4月3日時点では、共和党内でトランプ氏に次ぐ人気を集めるデサンティス氏も、さらにはペンス氏も立候補を未だ表明していない。(本文に戻る)
- ホーガン氏は2023年4月に2024年選挙には出馬しないことを表明した。(本文に戻る)
- 日本語の書籍の中で有用なものとしては次がある。久保文明他編『アメリカ政治の地殻変動―分極化の行方―』(東京大学出版会、2021年)。(本文に戻る)
- Stephen Skowronek, Presidential Leadership in Political Time: Reprise and Reappraisal (Lawrence: University Press of Kansas, 2020), expanded edition.(本文に戻る)
- Lynn Vavreck, The Message Matters: The Economy and Presidential Campaigns (Princeton: Princeton University Press, 2009).(本文に戻る)
- 教育問題については別稿で議論する予定である。(本文に戻る)