中ロに対峙する2022年のバイデン外交と日米同盟の意義
渡部 恒雄
対中戦略の前に立ちはだかるロシアの脅威
バイデン政権の対外戦略にとって最大の課題が、対中政策であることに疑問を挟む余地はないだろう。バイデン大統領は、昨年11月16日に、習近平主席とオンライン会議を持ち、新疆ウイグル自治区や香港での人権問題と台湾海峡の安定について、中国の攻撃的な姿勢をけん制すると同時に、米中の対立による不測の紛争を招かないための「ガードレール」を設置するための対話を行った1。その後、世界の関心はウクライナ国境に軍を展開して圧力をかけるロシアに向けられることになった。
バイデン政権は、ウクライナを回避するドイツ・ロシア間のガスパイプライン「ノルド・ストリーム2」のロシアの事業会社への制裁を解除するなどの一連のロシアへの宥和的な姿勢を見せており2、米国内の保守派からは、それが今回のロシアの強硬姿勢を呼び込んだと批判されている3。米中オンライン会議でのリスク回避的な姿勢も、プーチン大統領の目には弱腰と映り、ロシアの存在感を高める機会だというシグナルを送ったのかもしれない。
バイデン大統領は、プーチン大統領と、12月7日にオンライン会議を持ったが、一か月も空けずに12月31日にも電話会談を行い、ウクライナへの軍事侵攻の意図をけん制した。実際のところ、中国と海で隔てられた台湾侵攻は、地理・軍事上の制約があり、直近の1-2年の間に起こる可能性は低いと見られているが、ロシアのウクライナ侵攻については、すでにロシアがウクライナ内戦に介入し、国境が地続きで地理・軍事上の制約はないため、その蓋然性は高いと見られている。
昨年11月24日付のウォール・ストリート・ジャーナル紙で、歴史家のウォルター・ラッセル・ミードは、「バイデン氏をアジアから遠ざける中露の深謀」を寄稿して、中国とロシアやイランは、明確に国際状況を理解し、バイデン氏が率いる米国の衰退を望み、大統領の目をアジアにとどまらせないためにできることをやっている、と警告を送っている。イランの強硬派は、JCPOAへの復帰に向かって歩みを遅くして、ロシアと中国からの支援を得て、中東であらゆる弱みを利用し、あらゆる境界線を試そうとしている。ロシアは、米国が中国に集中できないように、ベラルーシを支援し、ウクライナに対して戦争をも辞さない姿勢を示し、欧州の電力供給をめぐって強まる支配力を見せつけている、と指摘している4。
ミードが示すような構図で考えれば、2022年のバイデン外交の波乱要因は、中国よりもロシアにあるとはいえ、それがバイデン政権の対中姿勢にも影響する要素と考えることができる。そもそもバイデン政権にとって、2022年は中間選挙を控え、自らの国内の求心力を維持するために、コロナ対策と経済に集中すべき時期である。中国も経済成長が停滞し、「ゼロコロナ政策」の難航などの国内課題を抱え、これまでの集団指導体制から習近平氏の独裁に舵をきる三期目の指導者を決定する共産党大会を控え、バイデン政権同様、内政に集中せざるを得ない。
本来であれば、米中が国内に課題を抱えることで、米中関係は不要な対立を控え、国内政策に集中する方向に向かうために、国際情勢が安定すると考えることもできる。しかしながら、米国の世界における求心力の低下により、米中の内向き姿勢は、むしろ世界の波乱要因となる可能性のほうが高いと考える見方も多い。
コンサルティング会社のユーラシア・グループが発表した2022年の国際情勢の10のリスク(「Top Risks 2022」)では、「米国は世界の警察官としての役割を果たす意欲はなく、中国は米国にとって代わろうとはしてはいない」ため、アフガニスタン、アフリカのサヘル地域、イエメン、ミャンマー、エチオピア、ベネズエラ、ハイチなどでのさらなる混迷が懸念されている5。ロシアの現在のウクライナへの軍事圧力は、強いロシアの復活を期待するロシア国民にアピールするプーチン大統領の政治的な思惑であると同時に、米国にとっては対中戦略への集中を妨げる要因ともなっている。
グローバルに重要性を増す日米同盟
バイデン政権の2022年の外交戦略の最重要事項は、中国とロシア、双方の動きを睨みながら、アジアと欧州の同盟国との関係を強化することにならざるを得ない。世界的にはあまり注目されていないが、2022年最初の外交イベントである日米2プラス2(外交・防衛の閣僚級協議)は、少なくとも中国に対する(そして中国側に立つロシアに対しても)米国の同盟ネットワークを強化する上で、昨年のQUADやAUKUSなどのインド太平洋地域の安全保障協力ネットワーク強化に続いて、バイデン政権の重要テーマであった。
オンラインで行われた日米2プラス2の合意では、世界の耳目を引くような派手な内容こそなかったが、日米で台湾有事や技術協力などを念頭に具体的な内容を議論して合意しており、その意義は大きかった。特に共同文書で示された「中国による地域の安定を損なう行動を抑止し、必要であれば対処するために協力する決意」は、日米の重要な合意である。共同宣言のなかで、新彊と香港での人権問題への深刻な懸念と、台湾海峡での平和と安定の重要性を強調したことも重要だ6。
だからこそ、中国外務省の汪文斌副報道局長が、「日米やオーストラリアが、うその情報をでっち上げて中国に泥を塗っている」として「地域や国家の団結を破壊する行為に強烈な不満と断固反対を表明する」と反発したのである7。
ロイターのインタビューに応えたダニエル・ラッセル元東アジア・太平洋担当国務次官補(オバマ政権)は、日米2プラス2のメッセージは、「日米の共通の懸念を反映したもので、米国が日本の婉曲表現を強引に厳しい表現に引き込んだようなものではない」として、「特に、『必要であれば、地域の安定を損なう行為に対して、共同で対処する』という表現は、同盟の連帯と覚悟を反映した強い表現だ」とコメントしている8。
同記事では、ブリンケン国務長官が、2プラス2協議の前に、日米両国は、極超音速弾道ミサイルや宇宙プラットフォームの軍事能力などの、新しい脅威への対処を計画していると発言したことに着目して、彼が中国の台湾への圧力への懸念だけでなく、北朝鮮やロシアのウクライナへの軍事圧力などを念頭に、「日米同盟は既存の軍事ツールだけでなく、新しい技術を開発しなければならない」と発言したことを引用している。また記事では日本側も、国家安全保障戦略を年内に見直すことや、防衛予算を増加させていることにも触れ、ランド研究所のジェフリー・ホーナン研究員が今回の共同声明について、「中国は、日米が宣言したとおり両国への挑戦であり、日米同盟が地域の安定を損なうような行為に対抗するすべての手段について具体的に述べたものだ」とコメントしている9。
筆者もこれらの見方に異論はない。今回の日米2プラス2の意義は、共通の脅威認識をベースに具体的に同盟が行うことを明らかにし、今後の技術開発も含めて、長期的な戦略観を共有したことだと考える。今回の2プラス2の日米合意を整理すれば、以下のようになる。まずは対中抑止の強化(中国による地域の安定を損なう行動を抑止)という合意がベースとなる。それを基に「日米はそれぞれの安保戦略に関する主要な文書を通じ、同盟としての優先事項の整合性を確保」する。具体的には、「日本はミサイルの脅威に対抗する能力を含め、防衛に必要なあらゆる選択肢を安保戦略改訂で検討」し、さらには、日米で「技術開発協定を締結して極超音速ミサイルやAI兵器、宇宙分野で協力拡大」を行う10。
気を付けるべきは米国内の分裂とロシアの動き
このように、日米間では戦略の共有が行われ、そこに齟齬はないと思われるが、今年の日本が気を付けるべきは、米国内の分裂とロシアの動きということになろう。1月6日のトランプ前大統領支持者の議会襲撃事件の一周年記念式典に、共和党側からの出席は、リズ・チェイニー下院議員と父のチェイニー元副大統領だけであったことは、米国の分裂が容易には修復しない深刻なレベルにあることを示している。バイデン大統領の1月6日の演説は、あえてトランプ大統領の名前を出さなかったが、前大統領の行為を批判することで、否応なく、米国内の分断を深めざるを得ない現状を示している11。結果的には、米国内における選挙や民主的プロセスへの信頼は揺らぎ、国内の団結は緩むことになる。これはロシアと中国にとっては、きわめて望ましい展開だ。
プーチン大統領がウクライナ国境に軍を展開して、武力で威嚇して圧力をかけているのは、おそらく、バイデン大統領の国内の弱い支持基盤を見越して、ウクライナのNATO加盟を阻止し、欧州でのNATOの中距離ミサイル配備をけん制することで、自国の安全保障上の利益を達成させることが主目標だ。しかし、それが達成されなくとも、欧州の同盟国との連帯をトランプ前政権の違いとして打ち出していきたいバイデンの指導力が低下して、2024年の大統領選挙で、ロシアに「優しい」トランプ大統領が再選されることなど、米国の弱体化と米欧の連帯の弱体化を期待する複合的な狙いがあると考えられる。中国にとっても、このような米国の同盟国との紐帯を弱める方向性は、自らの利益に沿うものであり、逆に日本にとっては懸念すべき要素だ。
かつての日本にとって日米同盟とは、自国を守るための最強のツールとしての意味しかなかった。しかし、今や、日米同盟を機能させることは、米国の窮地を救い、長期的な国際秩序の方向性を決める重い課題となっている。その意味で責任は重いと同時に、日本にとっては存在を高める大きな機会でもある。
(了)