バイデン政権と「民主的連帯」の外交をめぐる論議
森 聡
大統領選挙期間中からバイデンは、アメリカ自身の民主主義を建て直し、世界におけるアメリカの道義的地位を高めるべきだと訴え、「民主主義のための世界サミット(a global Summit for Democracy)」の開催を唱えてきた1。このサミットを2021年12月ないし2022年1月に開催し、反汚職・腐敗、人権、権威主義への対抗などをテーマとして取り上げて議論するのではないかともいわれるが、いざ諸外国を招聘するとなれば、ややこしい問題が出てくるので、開催しない方がいいのではないかという懐疑的な見方もある。過去にも「民主国家連合」の結成を唱える議論は、出ては消えてきた経緯があるので、疑念や批判が出てくるのは不思議ではない。
他方で、バイデンは「権威主義対民主主義」という構図を立て、民主主義国家が安全と発展をデリバーできることを示すというナラティブを展開し、こうした中にアジア諸国との二国間首脳会談や日米豪印首脳会談など、民主主義諸国との外交を位置づけてきた。まもなくバイデンは初の外遊で、6月11日から13日にかけてイギリスのコーンウォールでG7首脳会議に出席し、そのあとブリュッセルに移ってNATO首脳会議に出席する。ジョンソン首相は、G7にオーストラリア、インド、韓国、南アフリカの首脳を招待しており、民主的連帯がプレイアップされる舞台となる。G7では、様々な分野における中国問題が話し合われるとみられるが、「オープン・ソサイエティ憲章」で民主的連帯を謳うといわれているほか、特に「質の高いインフラ」と「サプライチェーンの強靭性向上」といった分野については、参加国が共同のイニシアティヴを打ち出そうとするかもしれない(特に前者については、中国の一帯一路を意識しながらも、あえてそれには言及せずに、「ビルド・バック・ベター・ワールド(B3W)」なる名称で、中低所得国に対するインフラ融資のイニシアティヴを打ち出すかが注目される)。
トランプはG7で歩調を合わせられずに結束を乱したのに対し、バイデンは逆にG7の結束を強化しようと努めるだろうが、「民主的連帯」を強調しすぎることによって、別の分断線を作り出しはしまいか、あるいは「民主的連帯=反中連合」という構図が出来上がりはしまいかとの懸念の声もあるようで、「オープン・ソサイエティ憲章」の文言をめぐって、最終的にはまとまるであろうが、米欧間で温度差があるとも伝えられている。こうした事情もあり、5月27日のスタンフォード大学の講演会に登場したNSCの中国・台湾担当上級部長のローラ・ローゼンバーガーは、同盟国やパートナー国と連携するのは、民主主義諸国が成果を出せることを示すためであって、反中連合を形成するためではないと説明した。ただし、アメリカとしては、中国が他国に対して威嚇的な行動をとっていることを踏まえ、それに代わる選択肢を競争的に提示していくとも付言した2。
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バイデン外交における民主的連帯のあり方をめぐって論議が行われる中、『ワシントン・クオータリー』誌の2021年春号に、「民主的連帯のグランドストラテジー(A Grand Strategy of Democratic Solidarity)」なる論考が掲載され3、少し前になるが、3月29日にウッドロー・ウィルソン・センターでこの論文に関するイベントが開催された4。著者は、ジョンズホプキンズ大学教授でアメリカンエンタープライズ研究所上席研究員のハル・ブランズと、ウィルソンセンター・グローバルフェローで元国務省政策企画局スタッフのチャールズ・エデルである。両名は、2019年に古代ギリシャの悲劇を題材にしつつ、現代アメリカ外交を紐解いたThe Lessons of Tragedy: Statecraft and World Orderと題するやや異色の共著本を刊行した気鋭のアメリカ外交史家で、特にブランズは近年、外交論壇で活躍して注目を集めている。彼らの論考は、これまでの民主国家連合論に対する批判を踏まえた対外戦略指針を提唱するものであり、ワシントンで一定の支持を集めそうである。アメリカは連合を形成する際に、非民主国家との提携も視野に入れるべきとの議論はほかにもあり、例えば、米外交問題評議会理事長のリチャード・ハースも類似の議論を展開している5。
ブランズらの提案する「民主的連帯のグランドストラテジー」は、民主主義サミットの開催に反対し、むしろ非民主国家との協力を視野に入れた、個別課題ごとの民主主義諸国間の協力を謳うもので、大きく8つの取り組みを提案するものである。名称は「民主的連帯」となっているが、硬直的なイデオロギーに基づく連合形成を排している。
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ブランズらは、まず今なぜ民主主義諸国が連帯すべきなのかということについて、次のような6つの理由(ないし情況認識)を挙げている。①努力なき民主主義の優勢(effortless democratic dominance)の時代は終わった。②ジオポリティカルな紛争は、イデオロギー上の分水嶺に沿って発生している。③大国間の紛争に臨むうえで必要な国内の動員には、民主的価値の強調が必要である。④ポスト・トランプ期のアメリカは、民主的連帯の追求を通じて同盟国に戦略的な安心供与を行う必要がある。⑤民主主義諸国は、国内からの脅威にも直面しているので、それに対処する戦略が必要である。⑥今日の挑戦課題に取り組むにあたって、既存の制度を改革する必要が生じている。
こうした状況認識に基づいて、ブランズとエデルは、民主主義サミットを開催しようとすると、民主主義の定義などが問題となり、喫緊の課題に取り組むのをかえって阻害することになるとして、開催に否定的な態度をとり、あらゆる問題を解決するための単体の集団の結成は有効ではないと説く。むしろ民主的連帯のためのグランドストラテジーは、主要な共通課題ごとに緊密な協力のネットワークを何層にも作り上げ、非民主国家との協力も排除しないものであるべきだとして、民主的連帯は「形式」よりも「機能」を重視すべきだと主張する。そしてこの民主的連帯には、権威主義国家に対して各国が単独で個別に対抗する際に直面するコスト、危険、不透明さを削減するという強みがあり、これを活用すべきだと説いている。
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以上のような考え方の下で、著者たちは8つの分野における取り組みを追求すべきだと提案している。一応「グランドストラテジー」なので、個別の政策の詳細を論じてはいないが、実施すべき取り組みをこうした括りの中で整理している。
こうした提言を示したのち、ブランズとエデルは、民主的連帯に対するいくつかの主な批判に対して反論している。第一に、民主国家連合は、必要以上に参加国を制限するという批判に対しては、彼らの主張する民主的連帯のグランドストラテジーは、非民主国家との協力も排除しないとしている。民主的連帯という名称を冠するのは、単に政治的価値とジオポリティカルな利益を共有する国々の緊密な関係こそが最重要という認識を反映しているだけであって、例えばシンガポールやベトナムといったジオポリティカルな利益を共有する相手との協力は妨げられるべきではない、と主張している。
第二に、アメリカはハンガリーやフィリピンといった、非リベラルな既存の同盟相手に対抗するわけにはいかないという批判がある。これに対して著者らは、一律に問題のある相手を締め上げるのではなく、相手国のジオポリティカルな重要性に鑑みて対応を調節すべきと論じている。
第三に、民主的連帯の枠組みを打ち出すと、反中・反ロシアの集団に巻き込まれたくない民主主義の同盟国を遠ざけてしまうとの批判がある。これに対してブランズ=エデルは、民主的連帯は、一元的な枠組みではなく、派手な対外的なシグナリングよりも、個別具体的な分野における協力を重視するので、控えめな姿勢をとりたい国でも、各種の枠組みに選択的に参加することができると説明する。
第四に、民主的価値を強調すると、すでに厳しい競争関係をさらに苛烈なイデオロギー的闘争へと激化させ、交渉とディエスカレーションが困難になるという批判がある。これに対して著者たちは、米中間、米露間の競争は、単なるジオポリティカルな利益をめぐる争いではなく、個別国家と国際秩序がいかなる基本原則に立脚すべきか、というイデオロギー上の争いであるのが現実なので、この事実から目を背けずに、権威主義体制との交渉にいかに臨むべきかを考慮したグランドストラテジーをあくまで追求すべきだと主張している。大国間競争のイデオロギー的な性質という根本的な側面をあえて無視するようなアプローチを追求しても、アメリカは戦略的な利益を何も得ないと訴える。
第五に、アメリカの民主主義があまりにも劣化してしまったために、アメリカはもはや民主国家連合を率いることはできないという批判がある。これに対してブランズ=エデルは、人種差別、腐敗、政治的機能不全、トライバリズム(部族主義)、市民教育の質の低下などの問題をめぐる改革に取り組み、政治制度を強化しなければならないとする。また、自国内における民主的な完全性は、海外で民主主義国家をリードする必須条件ではないとも指摘し、イデオロギー上の争いを強調することは、国内での建設的な変化を促進しうると指摘する。
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以上がブランズとエデルの唱える民主的連帯のグランドストラテジーの概要であるが、いくつかコメントして結びたい。第一に、これは民主主義諸国と非民主主義諸国との機能的協力を多元的に推進すべきという、現実的なアプローチを示す提案であり、おそらくバイデン政権の姿勢と親和的なのではないかと思われる。確かにバイデン政権関係者は、「権威主義vs民主主義」というフレーミングを声高に論じてきたので、各国の外交コミュニティが、「民主主義」の強調によって外交上の選択肢が不必要に狭められるのではないかと心配してきた面もあった。しかし、ここへ来て、民主主義サミット構想を退け、プラグマティックで柔軟なアプローチをとるべきという議論が出てきたのは、インド太平洋地域における多様な政治体制の国々との外交関係を活発化させたい日本としても歓迎できる。事実、ウェンディ・シャーマン国務副長官は6月1日にカンボジアを訪問してフン・セン首相らと会談し、同国における中国の軍事プレゼンスやリーム海軍基地での施設建造、人権問題などの難しい問題を提起しつつ、同国が2022年のASEAN議長国として建設的な役割を果たせるよう協力していく意向を表明し、プラグマティックな地域外交を始動させている。そもそもバイデンは6月16日にプーチンとも会談予定で、気候変動などの問題で中国とも協力すると言っているので、非民主国家との協力関係の構築は高いハードルではないだろう。その意味で、「民主主義対権威主義」というナラティブは、外交上の行動指針というよりも、アメリカ国内を競争モードに駆り立てるもの、という色彩が濃いといえるのかもしれない。
第二に、分野によって非民主国家との協力が可能な場合と不可能な場合とがあると思われるので、これからどのような政策課題について、いかなる国々と協力して、どのような成果を目指すのかを具体化していく政策論議が望まれる。ブランズとエデルらの示した政策的取り組みそれぞれについて、諸外国による多国間協力を進めていけば、多くの分野で先進民主国家が参加することになるであろう。何から何まで新たな枠組みを作って協力するというわけにもいかないであろうから、既存の枠組みの活用と、新たな枠組みの必要性を吟味していく必要があろう。その意味で、G7プラス4ヵ国の会合において、どのような分野における協力が打ち出されるのか注目される。また、前述のスタンフォード大学の講演会でNSCインド太平洋調整官カート・キャンベルが指摘したように、アメリカが経済分野でインド太平洋地域にどのような関与をしていくのかということが最大の課題ともいえるが、未だ不透明なままである。
第三に、アメリカが民主主義諸国の間でリーダーシップを発揮するために、国内で改革を進め、自ら民主主義を再生すべきだという議論はもっともであるが、それをどのように実現するのかが不透明である。民主的連帯の中核たるアメリカで政治的分極化の収拾の目途が立たない現状は、様々なネガティブな対外的インプリケーションを持っている。アメリカの復活というメッセージに迫力を持たせるためには、社会的融和に向かう動きが欠かせない。バイデンの大きな政府を目指す一連の政策の成否は(山岸敬和氏の論考「バイデンは『火事場泥棒』か『変革的大統領』か?」参照)、アメリカの長期的な国際イメージと影響力を左右するカギとなるであろう。
(了)
- “THE POWER OF AMERICA’S EXAMPLE: THE BIDEN PLAN FOR LEADING THE DEMOCRATIC WORLD TO MEET THE CHALLENGES OF THE 21ST CENTURY,” Biden Harris Democrats, <https://joebiden.com/americanleadership/> accessed on June 3, 2021.
- Noa Ronkin, “White House Top Asia Policy Officials Discuss U.S. China Strategy at APARC’s Oksenberg Conference,” FSI News, Stanford University, May 27, 2021, <https://fsi.stanford.edu/news/white-house-top-asia-policy-officials-discuss-us-china-strategy-aparc%E2%80%99s-oksenberg-conference> accessed on June 4, 2021.
- Hal Brands & Charles Edel (2021) A Grand Strategy of Democratic Solidarity, The Washington Quarterly, 44:1, 29-47, <https://cpb-us-e1.wpmucdn.com/blogs.gwu.edu/dist/1/2181/files/2019/03/BrandsEdel_TWQ_44-1.pdf> accessed on June 4, 2021.
- “Discussion on a Grand Strategy of Democratic Solidarity,” Wilson Center, March 29, 2021, <https://www.wilsoncenter.org/event/discussion-grand-strategy-democratic-solidarity> accessed on June 3, 2021.
- Richard N. Haass, “U.S. Policy toward the Indo-Pacific: The Case for a Comprehensive Approach,” Council on Foreign Relations, March 19, 2021, <https://cdn.cfr.org/sites/default/files/report_pdf/haass-richard-prepared-statement-3-19-21.pdf> accessed on June 3, 2021.