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オーシャンニューズレター

第222号(2009.11.05発行)

第222号(2009.11.05 発行)

国際海底ケーブル管理法制の整備を

[KEYWORDS] 海底ケーブル/国連海洋法条約/統合的海洋管理
海洋政策研究財団研究員◆武井良修

国際的な音声・データ通信の95%が国際海底ケーブルを通じて伝達されている。
われわれは日々、国際海底ケーブルの恩恵を受けているが、わが国をはじめ、多くの国では領海外でのケーブル管理についての法整備は不十分であり、漁業や他の活動からどのように海底ケーブルを守っていくべきかの議論を急がねばならない。

はじめに

われわれは日々の生活の中で気づかぬうちに海底ケーブルの様々な恩恵を受けている※1。例えば、海外とのEメールでのやり取りには、国際海底ケーブルによる通信網が不可欠である。衛星などの無線通信の発達にも関わらず、国際的な音声・データ通信の実に95%が国際海底ケーブルを通じて伝達されている※2。また、気象庁は東海地震・東南海地震の想定震源域にケーブル式海底地震計を設置し、この海域の地震をリアルタイムで観測している※3。
これまで、海底ケーブルによる通信は、漁船の網や航行中の船舶の錨による損壊、地震などの大規模災害による故障などにより影響を受けてきた。2006年12月の台湾沖地震の際には、日本と中国を結ぶ海底ケーブル網などに深刻な影響が見られた※4。つい最近も台湾沖での海底ケーブルの故障によってKDDIの国際電話網が影響を受けた※5。さらに、現在は国際通信網の寸断・混乱を狙ったテロリストによる攻撃の危険性も指摘されてきている。
このため、これまであまり検討が行われてこなかった法制面も含め、国際海底ケーブルの管理の問題に最近注目が集まってきている。筆者も本年(2009年)5月に行われた国際海底ケーブルに関する会議に出席し、現行法制度の問題点と今後の課題につき検討を行ってきた。以下は、上記会議で参加者により検討された論点を中心に、筆者の問題意識に沿ってまとめたものである。

国連海洋法条約と各国の対応の問題点

オーストラリア西部パース沿岸におけるケーブル保護区域
(出典:Australian Communications and Media Authority HP)

オーストラリア・シドニー沿岸におけるケーブル保護区域
(出典:Australian Communications and Media Authority HP)

ニュージーランド・ハウラキ湾における保護区域
(出典:New Zealand Department of Conservation, Area-based restrictions in the New Zealand marine environment report (2004), p. 63)

国連海洋法条約(UNCLOS)は、排他的経済水域(EEZ)、大陸棚、公海におけるケーブル敷設の自由をすべての国に認めているが、この自由は絶対的なものではなく、EEZ・大陸棚において、沿岸国は様々な制限を課すことができる(UNCLOS第58条、第79条、第87条、第112-115条)。これらの規定に基づき、各国は国内法制の整備を通じて対応してきたものの、これまでの対応には大きく分けて二つの問題点がある。
一つ目の問題は、多くの国における自国領海外のケーブル管理法制の欠如である。これに関連し、自国籍の船舶についても、領海外でのケーブル損壊関連の処罰規定が整っておらず、犯行を行った船舶・乗組員を処罰することができないという問題もある。
二つ目の問題は、一部の沿岸国の国内法にみられる、行き過ぎた規制である。UNCLOSには、ケーブルの修理には沿岸国の許可が必要とする明文の規定はないが、関連当局の許可を大陸棚におけるケーブルの修理の要件とする国もあり、そのような国内法がUNCLOSに合致しているかは疑問である。もっとも、ケーブル敷設・修理のためには、先行して経路などの調査が必要となるため、そのような活動が「海洋科学調査」と考えられるならば、沿岸国はそのような活動を自国EEZ・大陸棚内で行う他国に対し自国の事前の同意を求めることができる。
海洋境界紛争の係争水域における修理活動については、拿捕の危険性を排除するため、すべての係争国から同意を得ることが慣行となっている。国際通信網の確保はすべての国の利益であり、紛争当事国はUNCLOS第74条および第83条の下、紛争による影響を最小限に抑えるよう協力を進めるべきである。これに関連して、関係沿岸国は、経路等の調査活動を含め、緊急時の修理として許可の不要な活動の範囲を明確化し、他方で、ケーブル会社は適切なルールに従って、透明性をもって活動を進めることが必要である。
また、大陸棚に敷設されるケーブルの経路については、パイプラインの場合と異なり、沿岸国の同意は必要とされてはいないが、多くの国の関連法規はそのような同意を求めており、どのような場合にそのような同意条件が国際法上許容され得るかは明らかでない。

わが国における対応とその問題点

わが国の電気通信事業法は、ケーブル敷設のための届出手続、保護区域、ケーブル敷設・修理船の周囲での航行禁止などにつき規定する。しかし、これらの規定は領海内のケーブルを対象にしたものと思われ、わが国のEEZ・大陸棚を通過する国際海底ケーブル、特にわが国の領域に陸揚げされないケーブルの敷設・修理に関する法制は不十分である。
ケーブル損壊時の処罰規定はわが国の領海の内外ともに整備されており、わが国のEEZ・大陸棚はもとより、公海上で外国人が第三国のケーブルを損壊した時にも、理論上は、わが国の処罰法令が適用されうる。もっとも、わが国においても、増大しつつある海底ケーブル通信網の重要性に鑑みて、現行の罰則が十分であるかについては検討の余地があろう。

わが国の将来の課題

わが国をはじめとして、多くの国では領海外でのケーブル管理のための法制度の整備が不十分であり、漁業をはじめとする他の活動からどのように海底ケーブルを守っていくべきかの議論を急がねばならない。この点、オーストラリアとニュージーランドの先進的な取り組みが参考となる。これらの国では近年、ケーブル保護法令を制定して保護区域内での活動を規制してきた。わが国が今後法制面での整備を進めていくに際しても、統合的沿岸域・海洋管理の枠組みの中でどのようにケーブル保護と漁業をはじめとする活動を両立していくか、これらの国での教訓を活かすべきである。また、地中に埋没させる手法を用いて埋設されたケーブルの埋設・修理による環境への影響の軽減や、脆弱な生態系の保護も考慮しなければならない。
2008年に策定された海洋基本計画では、海底ケーブルに関連する施策は、離島と本土の間を結ぶ高度情報通信ネットワークの構築やケーブル式海底地震計への言及が散見されるにとどまっている※6。今後、わが国がEEZ・大陸棚管理法制の検討を進めるに際しては、統合的沿岸域・海洋管理推進の観点に立った国際海底ケーブルの保護・管理も視野にいれていかねばならない。(了)

※1  高瀬充弘「現代版海底の道=海底通信ケーブル」(本誌第118号)を参照。

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