海洋安全保障情報旬報 2024年8月11日-8月20日
Contents
8月12日「QUADがもたらす信頼構築―マレーシア専門家論説」(The Strategist, August 12, 2024)
8月12日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、マレーシアのUniversiti Malayaの外交安全保障・戦略の分析者Collins Chong Yew KeatとタイのThammasat UniversityのGerman–Southeast Asian Center of Excellence for Public Policy and Good Governance上席研究員Rahul Mishraによる、“The Quad is here to stay”と題する論説を掲載し、両名はQUADがAUKUSやSQUADとは一線を画し、よりソフトな力によって信頼を構築するとして、要旨以下のように述べている。
(1) ここ数年、QUADは、米国、オーストラリア、日本、フィリピンから成るSQUADや、AUKUS、アジアNATO構想と結びつけられている。しかし、インドのS. Jaishankar外務大臣は、東京での会合で、「QUADはここに留まり、ここで行い、ここで成長する」と述べている。東京で開催されたQUAD外相会合の共同声明は、QUADの多様な議題を紹介し、インド太平洋における法に基づく秩序の維持への関与を強調している。
(2) 今回の会議において、オーストラリアが信頼性の高い接続とデジタル経済の成長を促進するための重要な構想である“Cable Connectivity and Resilience Centre”の立ち上げを発表したことも注目に値する。
(3) QUADの価値を軽視する人々の中で、たとえばCarnegie Endowment for International Peace上席研究員Ashley Tellisは「中国との軍事的危機や紛争においては、AUKUSやSQUADのような少国間枠組み、そして最も重要な日米同盟の方がQUADよりもはるかに重要であることが証明されるだろう」と言う。
(4) 法に基づく秩序と拡大された海洋状況把握に重点を置くQUADは、この地域で自己主張を強める中国を封じ込めるための米政府の戦略に代わる、よりソフトだが体系的な力として位置づけられる。この取り組みは、地域の信頼と信用を構築することを目的としており、直接的なハードパワーによる抑止に重点を置くAUKUSやSQUADとは一線を画している。
(5) SQUADとは異なり、QUADは信頼構築と経済的フレンド・ショアリング*を重視している。この戦略は、既存の安全保障措置を確固たるものにし、ASEAN諸国を含む非加盟国にも新たな防衛手段を拡大するものである。
(6) QUADは、拡大された海洋状況把握を重視しており、地理的・作戦的制約によって制限される他の安全保障中心の少数国間枠組みとは一線を画している。インド洋はQUADにとって依然として中心的な地理的安全保障領域であり、Bhāratiya Nau Sena(インド海軍)は共同能力の強化において重要な役割を果たすとともに、日米豪の貢献により拡大された海洋活動を支援している。
(7) S. Jaishankar外務大臣が指摘したように、QUADの強みは民主政治、多元的社会、市場経済という基盤にあり、不安定な世界における安定化要因である。QUAD参加国の多様な能力、そして多様な領域にわたり提供するものは、共鳴し、連携した提携を保証し、それは中国の提案や個々のQUAD参加国の提案に代わる信頼できる弾力的な選択肢を提供する。
記事参照:The Quad is here to stay
*:friend-shoring、サプライチェーン戦略の1つで、信頼できる友好国や同盟国に生産拠点や供給網を移すことをいう。
(1) ここ数年、QUADは、米国、オーストラリア、日本、フィリピンから成るSQUADや、AUKUS、アジアNATO構想と結びつけられている。しかし、インドのS. Jaishankar外務大臣は、東京での会合で、「QUADはここに留まり、ここで行い、ここで成長する」と述べている。東京で開催されたQUAD外相会合の共同声明は、QUADの多様な議題を紹介し、インド太平洋における法に基づく秩序の維持への関与を強調している。
(2) 今回の会議において、オーストラリアが信頼性の高い接続とデジタル経済の成長を促進するための重要な構想である“Cable Connectivity and Resilience Centre”の立ち上げを発表したことも注目に値する。
(3) QUADの価値を軽視する人々の中で、たとえばCarnegie Endowment for International Peace上席研究員Ashley Tellisは「中国との軍事的危機や紛争においては、AUKUSやSQUADのような少国間枠組み、そして最も重要な日米同盟の方がQUADよりもはるかに重要であることが証明されるだろう」と言う。
(4) 法に基づく秩序と拡大された海洋状況把握に重点を置くQUADは、この地域で自己主張を強める中国を封じ込めるための米政府の戦略に代わる、よりソフトだが体系的な力として位置づけられる。この取り組みは、地域の信頼と信用を構築することを目的としており、直接的なハードパワーによる抑止に重点を置くAUKUSやSQUADとは一線を画している。
(5) SQUADとは異なり、QUADは信頼構築と経済的フレンド・ショアリング*を重視している。この戦略は、既存の安全保障措置を確固たるものにし、ASEAN諸国を含む非加盟国にも新たな防衛手段を拡大するものである。
(6) QUADは、拡大された海洋状況把握を重視しており、地理的・作戦的制約によって制限される他の安全保障中心の少数国間枠組みとは一線を画している。インド洋はQUADにとって依然として中心的な地理的安全保障領域であり、Bhāratiya Nau Sena(インド海軍)は共同能力の強化において重要な役割を果たすとともに、日米豪の貢献により拡大された海洋活動を支援している。
(7) S. Jaishankar外務大臣が指摘したように、QUADの強みは民主政治、多元的社会、市場経済という基盤にあり、不安定な世界における安定化要因である。QUAD参加国の多様な能力、そして多様な領域にわたり提供するものは、共鳴し、連携した提携を保証し、それは中国の提案や個々のQUAD参加国の提案に代わる信頼できる弾力的な選択肢を提供する。
記事参照:The Quad is here to stay
*:friend-shoring、サプライチェーン戦略の1つで、信頼できる友好国や同盟国に生産拠点や供給網を移すことをいう。
8月12日「海軍力で平和を守る―米軍事専門家論説」(Real Clear Defense, August 12, 2024)
8月12日付の米国防関係ウエブサイトReal Clear Defenseは、退役海軍士官Peter A. Michel の“Preserving Peace Through Naval Power”と題する論説を掲載し、ここでPeter A. Michel は今や中国海軍がU.S. Navyを数的に凌駕する艦艇を擁し、その艦艇の戦闘能力でも米国に並ぼうとしている。こうした情勢を改善するため、米国は当面ドローンや特に小型ミサイル艇の増産により、沿岸付近での多様な任務を果たしつつ、大型艦艇の増勢を図る必要があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) U.S, Navyの目的は、戦闘態勢を整え、戦えば勝利できる力によって戦争を抑止することで、そのためには、海軍が世界中の海洋で目立つ必要がある。どのような敵対国とも戦い、勝利できるよう、世界全域に展開する海軍を構築し、維持するには費用がかかる。敵対国が、U.S, Navyは自国海軍より劣ると見て戦争を始めれば、血と金の面ではるかに高くつくであろう。ソ連邦崩壊後、米国は海軍の競争相手がいないという自信から、GDPに占める海軍支出の割合を低下させた結果、米国艦隊の艦艇数が減少した。同じ時期に、中国は米国より速い進捗速度で海軍艦艇を建造し、現在の人民解放軍海軍はU.S, Navyより規模が大きいだけでなく、艦艇の戦闘能力もほとんど同じ水準に近づいている。
(2) 今日、U.S, Navyは人民解放軍海軍という同格の競争相手に対抗し、世界的な任務を遂行するに十分な資源を有していない。将来の中国への対応は言うまでもなく、現在の要求を満たすには、費用も時間もかかる。GDPに占める米国の海軍支出割合を現状維持にすれば、戦争の危険を高めることになる。超大型空母、F35戦闘機、原子力潜水艦、ミサイル駆逐艦など、主要な戦闘艦艇等の建造速度を上げることが、抑止力に極めて重要である。米国の造船所は熟練工を増やし、部品供給業者は新たな生産ラインに投資する必要がある。議会とU.S. Department of Defenseは、最新鋭艦艇の建造と維持に関する調達手順を抜本的に変更する必要がある。主要な外洋戦闘艦艇は抑止力としても、また実際の戦争に勝利するためにも不可欠である。
(3) 慢性的な資金不足にもかかわらず、U.S, Navyには大きな強みがある。原子力潜水艦部隊は、艦対艦で見れば、世界のどこよりもはるかに優れている。同様に、空母艦隊と海軍航空部隊は、他国よりもはるかに大きく、優れている。特にアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦に代表される水上部隊の艦艇は、高い戦闘能力を備えている。U.S, Navyが他国と一線を画しているのは、その要員の技量と経験である。専門性と個人の創意工夫の伝統の上に築かれた訓練、規律等への献身が、U.S, Navyの水上艦艇乗組員、航空要員、潜水艦乗組員を世界最高のものにしている。
(4) U.S, Navyは革新的組織でもあり、その一例として、海中、水上、空中で使用する無人機の発展が挙げられる。これらの無人機は、最終的に艦隊全体の戦闘能力を向上させ、U.S, Navyの装備の不足を補う兵器となる。また、部分的対応策は、小型ミサイル艇を艦隊に大量に導入することであろう。これら小型艦艇は、戦時には敵艦船を撃破する攻撃兵器搭載艇として威力を発揮し、戦闘のない時期には沿岸地域で目に見える抑止力として機能する。これらの小型ミサイル艇は、麻薬取締り、対不法移民哨戒、漁業保護などの任務を持つU.S. Coast Guardの巡視艇とは区別され、対敵艦艇の任務に重点を置くことになる。
(5) U.S, Navyが最近行った沿海域戦闘艦(LCS)の実験は、艦隊に新しい艦種を導入する際の教訓を示している。推奨される小型ミサイル艇は、広く使用されている舶用ディーゼルエンジン搭載の既存の沿岸警備艇(Coastal Patrol Boats:以下、CPBと言う)で、U.S, Navyはこれらの小型艇に、艦隊で使用されているミサイルを装備することができる。最適なミサイル艇は全長100フィート前後で、乗組員は10人未満であろう。小型艇は、建造・購入も運用も安価で、乗組員も少数であることから、U.S, Navyの人的負担を最小限に抑えながら、目に見える抑止力となる。これにより大型艦を、その独自の能力を必要とする任務に当てることができる。高度なミサイル・システムで武装した小型艇は、その大きさ以上の攻撃力を発揮できる。U.S, Navyのために小型ミサイル艇の取得を早急に進めることで、主要戦闘艦艇の規模を拡大する時間的余裕を作ることになる。また、短期的にも長期的にも、海洋の自由を維持する米国に挑もうとする潜在的な敵対者を抑止するために、既存の艦隊の能力を高めることができる。
(6) 米国の小型艇製造会社は現在、CPBを建造しているが、皮肉なことに、米国は対外有償軍事援助の枠組みにより外国にCPBを販売しつつも、U.S. Navyはこのような小型艇を艦隊には使用していない。米国議会は、CPBの建造に必要な資金を提供し、米国の小型艇製造会社の生産意欲を削ぐような調達規制を緩和する必要がある。現在、U.S. Navyの抑止力強化の好機が訪れているが、世界の情勢は、U.S. Navyの衰退と急成長する中国の人民解放軍海軍の対峙という不安定な時代にある。小型艇と大型艦艇の両方を増産することで、この機会に立ち上がることができれば、米国は再び海洋の世界で、穏やかに発言し、大きな影響力を持つことができるであろう。
記事参照:Preserving Peace Through Naval Power
(1) U.S, Navyの目的は、戦闘態勢を整え、戦えば勝利できる力によって戦争を抑止することで、そのためには、海軍が世界中の海洋で目立つ必要がある。どのような敵対国とも戦い、勝利できるよう、世界全域に展開する海軍を構築し、維持するには費用がかかる。敵対国が、U.S, Navyは自国海軍より劣ると見て戦争を始めれば、血と金の面ではるかに高くつくであろう。ソ連邦崩壊後、米国は海軍の競争相手がいないという自信から、GDPに占める海軍支出の割合を低下させた結果、米国艦隊の艦艇数が減少した。同じ時期に、中国は米国より速い進捗速度で海軍艦艇を建造し、現在の人民解放軍海軍はU.S, Navyより規模が大きいだけでなく、艦艇の戦闘能力もほとんど同じ水準に近づいている。
(2) 今日、U.S, Navyは人民解放軍海軍という同格の競争相手に対抗し、世界的な任務を遂行するに十分な資源を有していない。将来の中国への対応は言うまでもなく、現在の要求を満たすには、費用も時間もかかる。GDPに占める米国の海軍支出割合を現状維持にすれば、戦争の危険を高めることになる。超大型空母、F35戦闘機、原子力潜水艦、ミサイル駆逐艦など、主要な戦闘艦艇等の建造速度を上げることが、抑止力に極めて重要である。米国の造船所は熟練工を増やし、部品供給業者は新たな生産ラインに投資する必要がある。議会とU.S. Department of Defenseは、最新鋭艦艇の建造と維持に関する調達手順を抜本的に変更する必要がある。主要な外洋戦闘艦艇は抑止力としても、また実際の戦争に勝利するためにも不可欠である。
(3) 慢性的な資金不足にもかかわらず、U.S, Navyには大きな強みがある。原子力潜水艦部隊は、艦対艦で見れば、世界のどこよりもはるかに優れている。同様に、空母艦隊と海軍航空部隊は、他国よりもはるかに大きく、優れている。特にアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦に代表される水上部隊の艦艇は、高い戦闘能力を備えている。U.S, Navyが他国と一線を画しているのは、その要員の技量と経験である。専門性と個人の創意工夫の伝統の上に築かれた訓練、規律等への献身が、U.S, Navyの水上艦艇乗組員、航空要員、潜水艦乗組員を世界最高のものにしている。
(4) U.S, Navyは革新的組織でもあり、その一例として、海中、水上、空中で使用する無人機の発展が挙げられる。これらの無人機は、最終的に艦隊全体の戦闘能力を向上させ、U.S, Navyの装備の不足を補う兵器となる。また、部分的対応策は、小型ミサイル艇を艦隊に大量に導入することであろう。これら小型艦艇は、戦時には敵艦船を撃破する攻撃兵器搭載艇として威力を発揮し、戦闘のない時期には沿岸地域で目に見える抑止力として機能する。これらの小型ミサイル艇は、麻薬取締り、対不法移民哨戒、漁業保護などの任務を持つU.S. Coast Guardの巡視艇とは区別され、対敵艦艇の任務に重点を置くことになる。
(5) U.S, Navyが最近行った沿海域戦闘艦(LCS)の実験は、艦隊に新しい艦種を導入する際の教訓を示している。推奨される小型ミサイル艇は、広く使用されている舶用ディーゼルエンジン搭載の既存の沿岸警備艇(Coastal Patrol Boats:以下、CPBと言う)で、U.S, Navyはこれらの小型艇に、艦隊で使用されているミサイルを装備することができる。最適なミサイル艇は全長100フィート前後で、乗組員は10人未満であろう。小型艇は、建造・購入も運用も安価で、乗組員も少数であることから、U.S, Navyの人的負担を最小限に抑えながら、目に見える抑止力となる。これにより大型艦を、その独自の能力を必要とする任務に当てることができる。高度なミサイル・システムで武装した小型艇は、その大きさ以上の攻撃力を発揮できる。U.S, Navyのために小型ミサイル艇の取得を早急に進めることで、主要戦闘艦艇の規模を拡大する時間的余裕を作ることになる。また、短期的にも長期的にも、海洋の自由を維持する米国に挑もうとする潜在的な敵対者を抑止するために、既存の艦隊の能力を高めることができる。
(6) 米国の小型艇製造会社は現在、CPBを建造しているが、皮肉なことに、米国は対外有償軍事援助の枠組みにより外国にCPBを販売しつつも、U.S. Navyはこのような小型艇を艦隊には使用していない。米国議会は、CPBの建造に必要な資金を提供し、米国の小型艇製造会社の生産意欲を削ぐような調達規制を緩和する必要がある。現在、U.S. Navyの抑止力強化の好機が訪れているが、世界の情勢は、U.S. Navyの衰退と急成長する中国の人民解放軍海軍の対峙という不安定な時代にある。小型艇と大型艦艇の両方を増産することで、この機会に立ち上がることができれば、米国は再び海洋の世界で、穏やかに発言し、大きな影響力を持つことができるであろう。
記事参照:Preserving Peace Through Naval Power
8月13日「インド太平洋における抑止力の統合―米専門家論説」(Atlantic Council, August 13, 2024)
8月13日付の米シンクタンクAtlantic Councilのウエブサイトは、同CouncilのScowcroft Center for Strategy and Securityインド太平洋安全保障取組非常勤研究員でU.S. Marine Corps少佐Kevin M. Wheelerの“From the Pentagon to the Philippines, integrating deterrence in the Indo-Pacific”と題する論説を掲載し、ここでKevin M. Wheelerは、抑止はチームワークであり、米国とその同盟国や提携国は首脳から、近接戦闘戦術の指導を支援する現場の軍人に至るまで、あらゆる階層で協力しなければならないとして、要旨以下のように述べている。
(1) 7月末、Lloyd Austin米国防長官とAntony Blinken米国務長官がフィリピンを訪問し、Ferdinand Marcos Jr.フィリピン大統領と会談した。これは安全保障および自由で開かれたインド太平洋地域への共通の関心などを強調する両国間の高官級会談であり、この地域の海洋安全保障を脅かす中国の行動に対する懸念の再確認でもあった。
(2) Marcos Jr.大統領は7月22日の一般教書演説で中国を名指しこそしなかったものの、「屈することはできない」と述べたのは、何を対象としているのかは明らかであった。「フィリピンが排他的経済水域と主張する西フィリピン海は我々のもの」というMarcos Jr.大統領の決意を示すように、Armed Forces of the Philippinesはこの演説後の数日間、セカンド・トーマス礁にある「シエラ・マドレ」への補給活動を行った。
(3) 国とその周辺海域を守るという国家的な決意の姿勢は、フィリピン国内で広く共有されている。米国とフィリピンの取り組み、そしてインド太平洋の他の国々との取り組みの強さは、単に高官や指導者間の外交にあるのではない。米比の軍人や当局者、つまり現場で起きていることにもかかっている。それは、抑止力を確立するために必要な日々の意思疎通、調整、計画、関係構築にある。この作業は、U.S. Department of Defenseが「統合抑止」と呼ぶ重要な概念の一部である。統合的な抑止力とは、単に戦車や艦船の数によって生み出される戦闘力ではなく、正しく発揮するためには、準備が不可欠である。
(4) 統合抑止は、防衛に貢献するすべての構成要素が効果的に機能する必要がある。軍人の数、艦船の数、戦車の数といった従来の軍事力の尺度は、それらが一体となって運用され、維持されなければ、ほとんど意味をなさない。統合は、以下のようないくつかの分野にわたって行われなければならない。
a. 戦闘で信頼される部隊は、明確な指揮関係を持ち、利用可能な戦闘力を明確に理解し、意思決定権を迅速かつ効果的に行使する準備ができていなければならない。部隊は、互いの機動と維持に相互に利益をもたらす共通点と重複点を見出す用意がなければならない。
b. 紛争の領域は、競争から危機、武力紛争まで多岐にわたる。これを超えて統合するためには、上級指導者は利害関係者が何をもたらすかについて理解を深めなければならない。
c. 従来の陸空海という領域が重要であることに変わりはないが、情報環境、サイバースペース、宇宙空間が統合抑止にどのように貢献し、戦争遂行に必要な迅速な意思決定にどのように役立つかを理解し、従来の領域とそれとは異なる新たな領域を横断する能力を統合することが重要である。
(5) 抑止はチームワークであり、今後もそうあり続けるだろう。米国とその同盟国や提携国は、首脳会議から、近接戦闘戦術の指導を支援する現場の軍人に至るまで、あらゆる階層で協力しなければならない。成功は、複数の国が対等な立場で合意した体制の下で、秩序を維持し、可能な限り多くの国民に利益をもたらすことによって得られる。
記事参照:From the Pentagon to the Philippines, integrating deterrence in the Indo-Pacific
(1) 7月末、Lloyd Austin米国防長官とAntony Blinken米国務長官がフィリピンを訪問し、Ferdinand Marcos Jr.フィリピン大統領と会談した。これは安全保障および自由で開かれたインド太平洋地域への共通の関心などを強調する両国間の高官級会談であり、この地域の海洋安全保障を脅かす中国の行動に対する懸念の再確認でもあった。
(2) Marcos Jr.大統領は7月22日の一般教書演説で中国を名指しこそしなかったものの、「屈することはできない」と述べたのは、何を対象としているのかは明らかであった。「フィリピンが排他的経済水域と主張する西フィリピン海は我々のもの」というMarcos Jr.大統領の決意を示すように、Armed Forces of the Philippinesはこの演説後の数日間、セカンド・トーマス礁にある「シエラ・マドレ」への補給活動を行った。
(3) 国とその周辺海域を守るという国家的な決意の姿勢は、フィリピン国内で広く共有されている。米国とフィリピンの取り組み、そしてインド太平洋の他の国々との取り組みの強さは、単に高官や指導者間の外交にあるのではない。米比の軍人や当局者、つまり現場で起きていることにもかかっている。それは、抑止力を確立するために必要な日々の意思疎通、調整、計画、関係構築にある。この作業は、U.S. Department of Defenseが「統合抑止」と呼ぶ重要な概念の一部である。統合的な抑止力とは、単に戦車や艦船の数によって生み出される戦闘力ではなく、正しく発揮するためには、準備が不可欠である。
(4) 統合抑止は、防衛に貢献するすべての構成要素が効果的に機能する必要がある。軍人の数、艦船の数、戦車の数といった従来の軍事力の尺度は、それらが一体となって運用され、維持されなければ、ほとんど意味をなさない。統合は、以下のようないくつかの分野にわたって行われなければならない。
a. 戦闘で信頼される部隊は、明確な指揮関係を持ち、利用可能な戦闘力を明確に理解し、意思決定権を迅速かつ効果的に行使する準備ができていなければならない。部隊は、互いの機動と維持に相互に利益をもたらす共通点と重複点を見出す用意がなければならない。
b. 紛争の領域は、競争から危機、武力紛争まで多岐にわたる。これを超えて統合するためには、上級指導者は利害関係者が何をもたらすかについて理解を深めなければならない。
c. 従来の陸空海という領域が重要であることに変わりはないが、情報環境、サイバースペース、宇宙空間が統合抑止にどのように貢献し、戦争遂行に必要な迅速な意思決定にどのように役立つかを理解し、従来の領域とそれとは異なる新たな領域を横断する能力を統合することが重要である。
(5) 抑止はチームワークであり、今後もそうあり続けるだろう。米国とその同盟国や提携国は、首脳会議から、近接戦闘戦術の指導を支援する現場の軍人に至るまで、あらゆる階層で協力しなければならない。成功は、複数の国が対等な立場で合意した体制の下で、秩序を維持し、可能な限り多くの国民に利益をもたらすことによって得られる。
記事参照:From the Pentagon to the Philippines, integrating deterrence in the Indo-Pacific
8月14日「中国は自らが望む日本を手に入れていない―米専門家論説」(PacNet Commentary, Pacific Forum, CSIS)
8月14日付の米シンクタンクCenter for Strategic and International StudiesのPacific Forumが発行するPacNet Commentaryは、米シンクタンクEast-West Center上席研究員Denny Royの“China isn’t getting the Japan it wants”と題する論説を掲載し、Denny Royは中国が日本は中国やその政策を批判せず、国際社会で日本が地域の指導的地位にふさわしくないと考え、尖閣諸島だけでなく、全ての中国の領有権の主張を受け入れ、軍事的に弱小で、米国と同盟せず、中国が地域の軍事的大国であることを認め、中国が先進技術の牽引的立場に立てるよう支援することを望んでいるが、中国自らの行動が日本を逆の方向を押しやっているとして、要旨以下のように述べている。
(1) 米国と日本の外務・防衛大臣は7月最終週に東京で会談し、2国間の安全保障協力を強化すると発表した。共同声明は、中国の幅広い政策を厳しく批判した。これに対し、中華人民共和国外交部は「米国と日本に対し、中国の内政干渉を直ちに停止し、対立を煽り、新たな冷戦を引き起こすのを止めるよう求める」と述べた。これは、中国が望んでいる形の日本を手に入れていないことを示すものであるが、それは主に中国政府自身の逆効果な行動のせいである。
(2) 中国政府は日本に何を求めているのか?第1に、中国政府は日本政府や他国政府に対し、中国やその政策を批判しないよう求めている。第2に、中国は20世紀に日本が犯した罪のせいで、日本は地域の指導者として永遠にふさわしくないと国際社会が考えて欲しいと望んでいる。第3に、中国政府は日本が領有権を争っている領土だけでなく、南シナ海や台湾も含め、中国の領有権主張を日本が全て受け入れることを望んでいる。第4に、中国政府は日本が軍事的に弱く、米国と同盟も結ばず、中国がこの地域で無敵の戦略的大国であることを望んでいる。最後に、中国は日本が中国に高度な技術と専門知識を提供し、中国が付加価値を高め、最終的には重要な新興技術における世界的な指導的地位を獲得することを支援することを望んでいる。
(3) しかし、これらの基準のそれぞれにおいて、日本政府は中国が望む方向とは逆の方向に進んでいる。 最近まで、日本政府は中国を非難することに比較的慎重であったが、7月下旬の日米共同声明には、多くの批判が含まれている。中国は日本を軽蔑する外交を展開しているが、日本の指導力は地域でますます歓迎されており、日本は国際社会の目にはおおむね名誉回復されている。シンガポールのInstitute of Southeast Asian Studiesが実施した2024年の東南アジア諸国の指導層の意識調査では、回答者は日本を「最も信頼する」主要国として挙げた。
(4) 2012年以来、中国の圧力が高まっているにもかかわらず、日本は尖閣諸島の領有権に関する中国の主張を正当と認めず、この問題は解決済みだと主張している。日本は台湾に対する中国の主権主張に一度も同意したことがなく、近年は台湾政府を軍事的に威嚇しようとする中国の試みを声高に批判するようになっている。日本は、南シナ海の大部分に対する中国の主権主張を無効とした常設仲裁裁判所の2016年の裁定を支持している。日米軍事同盟は健全な状態を保っており、さらに深化している。日本は軍事力を増強し、第2次世界大戦後の軍事力行使の制限を緩和しつつある。どちらの傾向も中国にとって根本的に不利である。
(5) 日本は中国に先端技術を安定的に供給する代わりに、経済的な危険性の低減を図りつつ関係を維持していくことを支持している。特に、日本政府は中国への先端半導体の移転を制限するという米政府の運動に協力している。
(6) 日本人は、中国の軍事力増強は過剰で心配だと考えている。中国の軍事力の急速な増強と台湾に対する脅威の高まりは、中国政府が台湾を掌握する可能性を高めているように思われ、そうなれば中国は日本の安寧にとって極めて重要な海上交通路を掌握する立場になるだろう。 習近平主席が2013年に南シナ海の人工島に軍事基地群を建設することを決定したことで、日本を含むこの地域は中国の外交政策をより悲観的に見るようになった。中国が日本領土を併合する脅威を与えていると納得させる方向に中国政府は日本国民の意識を操作している。中国は2012年以降、尖閣諸島近海を航行する公船の数を増やしており、2012年に日本政府が日本人家族から尖閣諸島を購入するという決定に対し、中国政府は大仰に反応し、2012年以降、尖閣諸島近海を行動する海警船の数を増やしており、決定に過剰反応している。中国は公式メディアや習近平主席自身からも、琉球諸島の正当な所有者は日本ではなく中国であると時折ほのめかしている。
(7) 最後に、ロシアが2022年からウクライナ全土を併合しようとしていることで、日本は不安を募らせた。ロシアの侵攻によって中国のアジア征服戦争の可能性が高まるとの認識が主な理由である。
(8) 7月の日米会談の直前、上川陽子外相は中国の王毅外交部長と会談した。中国政府系メディアは、王毅外交部長が上川陽子外相に「中日関係は前進しなければ後退する重大な局面にある」と語ったと伝えたが、これは1年以上前の王毅外交部長の発言と同じである。しかし、もしそのような「重大な局面」があったとしたら、日本はもうそれをはるかに超えている。
記事参照:China isn’t getting the Japan it wants
(1) 米国と日本の外務・防衛大臣は7月最終週に東京で会談し、2国間の安全保障協力を強化すると発表した。共同声明は、中国の幅広い政策を厳しく批判した。これに対し、中華人民共和国外交部は「米国と日本に対し、中国の内政干渉を直ちに停止し、対立を煽り、新たな冷戦を引き起こすのを止めるよう求める」と述べた。これは、中国が望んでいる形の日本を手に入れていないことを示すものであるが、それは主に中国政府自身の逆効果な行動のせいである。
(2) 中国政府は日本に何を求めているのか?第1に、中国政府は日本政府や他国政府に対し、中国やその政策を批判しないよう求めている。第2に、中国は20世紀に日本が犯した罪のせいで、日本は地域の指導者として永遠にふさわしくないと国際社会が考えて欲しいと望んでいる。第3に、中国政府は日本が領有権を争っている領土だけでなく、南シナ海や台湾も含め、中国の領有権主張を日本が全て受け入れることを望んでいる。第4に、中国政府は日本が軍事的に弱く、米国と同盟も結ばず、中国がこの地域で無敵の戦略的大国であることを望んでいる。最後に、中国は日本が中国に高度な技術と専門知識を提供し、中国が付加価値を高め、最終的には重要な新興技術における世界的な指導的地位を獲得することを支援することを望んでいる。
(3) しかし、これらの基準のそれぞれにおいて、日本政府は中国が望む方向とは逆の方向に進んでいる。 最近まで、日本政府は中国を非難することに比較的慎重であったが、7月下旬の日米共同声明には、多くの批判が含まれている。中国は日本を軽蔑する外交を展開しているが、日本の指導力は地域でますます歓迎されており、日本は国際社会の目にはおおむね名誉回復されている。シンガポールのInstitute of Southeast Asian Studiesが実施した2024年の東南アジア諸国の指導層の意識調査では、回答者は日本を「最も信頼する」主要国として挙げた。
(4) 2012年以来、中国の圧力が高まっているにもかかわらず、日本は尖閣諸島の領有権に関する中国の主張を正当と認めず、この問題は解決済みだと主張している。日本は台湾に対する中国の主権主張に一度も同意したことがなく、近年は台湾政府を軍事的に威嚇しようとする中国の試みを声高に批判するようになっている。日本は、南シナ海の大部分に対する中国の主権主張を無効とした常設仲裁裁判所の2016年の裁定を支持している。日米軍事同盟は健全な状態を保っており、さらに深化している。日本は軍事力を増強し、第2次世界大戦後の軍事力行使の制限を緩和しつつある。どちらの傾向も中国にとって根本的に不利である。
(5) 日本は中国に先端技術を安定的に供給する代わりに、経済的な危険性の低減を図りつつ関係を維持していくことを支持している。特に、日本政府は中国への先端半導体の移転を制限するという米政府の運動に協力している。
(6) 日本人は、中国の軍事力増強は過剰で心配だと考えている。中国の軍事力の急速な増強と台湾に対する脅威の高まりは、中国政府が台湾を掌握する可能性を高めているように思われ、そうなれば中国は日本の安寧にとって極めて重要な海上交通路を掌握する立場になるだろう。 習近平主席が2013年に南シナ海の人工島に軍事基地群を建設することを決定したことで、日本を含むこの地域は中国の外交政策をより悲観的に見るようになった。中国が日本領土を併合する脅威を与えていると納得させる方向に中国政府は日本国民の意識を操作している。中国は2012年以降、尖閣諸島近海を航行する公船の数を増やしており、2012年に日本政府が日本人家族から尖閣諸島を購入するという決定に対し、中国政府は大仰に反応し、2012年以降、尖閣諸島近海を行動する海警船の数を増やしており、決定に過剰反応している。中国は公式メディアや習近平主席自身からも、琉球諸島の正当な所有者は日本ではなく中国であると時折ほのめかしている。
(7) 最後に、ロシアが2022年からウクライナ全土を併合しようとしていることで、日本は不安を募らせた。ロシアの侵攻によって中国のアジア征服戦争の可能性が高まるとの認識が主な理由である。
(8) 7月の日米会談の直前、上川陽子外相は中国の王毅外交部長と会談した。中国政府系メディアは、王毅外交部長が上川陽子外相に「中日関係は前進しなければ後退する重大な局面にある」と語ったと伝えたが、これは1年以上前の王毅外交部長の発言と同じである。しかし、もしそのような「重大な局面」があったとしたら、日本はもうそれをはるかに超えている。
記事参照:China isn’t getting the Japan it wants
8月14日「中東の状況はいかに西太平洋の安全保障に影響を及ぼすか―中国東アジア専門家論説」(The Diplomat, August 14, 2024)
8月14日付のデジタル誌The Diplomatは、中国民間シンクタンクCharhar Institute研究員郝楠の“How Middle East Tensions Are Impacting Security in the Western Pacific”と題する論説を掲載し、そこで郝楠は中東の緊張が高まる中で米国が空母「アブラハム・リンカーン」を西太平洋から中東へ再配備することに言及し、それが西太平洋における米国の存在感を低め、中国がその状況を利用する可能性があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 8月11日、Lloyd Austin米国防長官が、空母「アブラハム・リンカーン」の西太平洋から中東への再配備を急ぐよう指示した。これは中東での緊張の高まりへの対処のためであるが、それにより、南シナ海や台湾海峡における抑止力が低下する可能性がある。中東は長らく米国の軍事的関与の中心地であったが、中国の台頭を背景に、米国には西太平洋にも同時に強力な部隊の展開を維持する必要がある。空母「アブラハム・リンカーン」の再配備は、多方面で抑止力を維持することが困難であることを示す好例である。
(2) 中国の軍事的野心について、特に海軍に関しては明らかである。中国は現在3隻目の空母「福建」の公試を急速に進めている。完全に運用可能になれば、世界最大の通常型空母になる。それは電磁カタパルトや拘束制動装置などの先端技術を備えており、さまざまな種類の航空機を発着艦させることができる。「福建」に加え、中国は世界で初めてのドローン専用空母の開発を進めている。こうした海軍力における躍進により、中国はアジア太平洋全域に対して戦力を投射する能力を有すことになる。中国の軍事力増強の主な目的は台湾の再統一であろう。中国が近い将来、台湾に武力を行使する可能性は小さいが、中国の海軍力増強は、西太平洋における米国の影響力に重大な影響を及ぼすだろう。
(3) 空母「アブラハム・リンカーン」の再配備の時期も良くない。現在U.S. Navyは、ここ10年で初めて横須賀に配備している空母の交代を実施中なのである。2024年5月に空母「ロナルド・レーガン」が日本を離れ、秋に「ジョージ・ワシントン」が配備される予定である。中国がこうした一時的な米海軍力の減少を利用して、南シナ海などでさらに影響力を拡大しようとする可能性はある。あからさまな紛争は起こさないだろうが、米国の艦船の通航を妨害したりすることで、地域における米国の力と決意に対する認識を掘り崩すことができるだろう。それにより米国の影響力は弱まる。
(4) さらに、中国の西太平洋における積極性の高まりは、ロシアとの軍事協力の密接化と軌を一にしている。両国は米国やその同盟国の国境周辺で共同演習を実施してきた。U.S. Navyの戦力が薄く伸び切っている時に、中ロ両国は米国の防衛方針を試すためにこうした試みを強化することができるし、それにより米国は国境周辺の防衛に焦点を当てることを余儀なくされるかもしれない。これはさらに、アジア太平洋における中国の戦略的動きに対する米国の対抗力を削ぐことにつながる。
(5) 中東での現在の緊張の高まりは、米国が抱える幅広い課題を強調する。つまり、多方面において、その抑止力を損なうことなく、軍事的関与の釣り合いを取るという難しい課題である。米国はなお世界最強の軍事国家ではあるが、その状態を維持することは、多方面での脅威に同時に対処する能力があるかどうか次第である。すでに述べたように空母「アブラハム・リンカーン」の再配備は中東での対処には必要であるが、西太平洋において危険性がある。それを減らすためには、日本やオーストラリア、韓国との同盟を強化したり、より柔軟性と抗堪性のある軍事資産へ投資したりするなどが必要であろう。そうしなければ、西太平洋における米国の影響力は徐々に低下し、地域の安定と世界秩序に長期的な影響を及ぼすかもしれない。
記事参照:How Middle East Tensions Are Impacting Security in the Western Pacific
(1) 8月11日、Lloyd Austin米国防長官が、空母「アブラハム・リンカーン」の西太平洋から中東への再配備を急ぐよう指示した。これは中東での緊張の高まりへの対処のためであるが、それにより、南シナ海や台湾海峡における抑止力が低下する可能性がある。中東は長らく米国の軍事的関与の中心地であったが、中国の台頭を背景に、米国には西太平洋にも同時に強力な部隊の展開を維持する必要がある。空母「アブラハム・リンカーン」の再配備は、多方面で抑止力を維持することが困難であることを示す好例である。
(2) 中国の軍事的野心について、特に海軍に関しては明らかである。中国は現在3隻目の空母「福建」の公試を急速に進めている。完全に運用可能になれば、世界最大の通常型空母になる。それは電磁カタパルトや拘束制動装置などの先端技術を備えており、さまざまな種類の航空機を発着艦させることができる。「福建」に加え、中国は世界で初めてのドローン専用空母の開発を進めている。こうした海軍力における躍進により、中国はアジア太平洋全域に対して戦力を投射する能力を有すことになる。中国の軍事力増強の主な目的は台湾の再統一であろう。中国が近い将来、台湾に武力を行使する可能性は小さいが、中国の海軍力増強は、西太平洋における米国の影響力に重大な影響を及ぼすだろう。
(3) 空母「アブラハム・リンカーン」の再配備の時期も良くない。現在U.S. Navyは、ここ10年で初めて横須賀に配備している空母の交代を実施中なのである。2024年5月に空母「ロナルド・レーガン」が日本を離れ、秋に「ジョージ・ワシントン」が配備される予定である。中国がこうした一時的な米海軍力の減少を利用して、南シナ海などでさらに影響力を拡大しようとする可能性はある。あからさまな紛争は起こさないだろうが、米国の艦船の通航を妨害したりすることで、地域における米国の力と決意に対する認識を掘り崩すことができるだろう。それにより米国の影響力は弱まる。
(4) さらに、中国の西太平洋における積極性の高まりは、ロシアとの軍事協力の密接化と軌を一にしている。両国は米国やその同盟国の国境周辺で共同演習を実施してきた。U.S. Navyの戦力が薄く伸び切っている時に、中ロ両国は米国の防衛方針を試すためにこうした試みを強化することができるし、それにより米国は国境周辺の防衛に焦点を当てることを余儀なくされるかもしれない。これはさらに、アジア太平洋における中国の戦略的動きに対する米国の対抗力を削ぐことにつながる。
(5) 中東での現在の緊張の高まりは、米国が抱える幅広い課題を強調する。つまり、多方面において、その抑止力を損なうことなく、軍事的関与の釣り合いを取るという難しい課題である。米国はなお世界最強の軍事国家ではあるが、その状態を維持することは、多方面での脅威に同時に対処する能力があるかどうか次第である。すでに述べたように空母「アブラハム・リンカーン」の再配備は中東での対処には必要であるが、西太平洋において危険性がある。それを減らすためには、日本やオーストラリア、韓国との同盟を強化したり、より柔軟性と抗堪性のある軍事資産へ投資したりするなどが必要であろう。そうしなければ、西太平洋における米国の影響力は徐々に低下し、地域の安定と世界秩序に長期的な影響を及ぼすかもしれない。
記事参照:How Middle East Tensions Are Impacting Security in the Western Pacific
8月15日「PLAの専門性と政治的統制の均衡を模索する習近平―イスラエル中国専門家論説」(East Asia Forum, August 15, 2024)
8月15日付のAustralian National UniversityのCrawford School of Public Policy のデジタル出版物East Asia Forum は、イスラエルのUniversity of Haifa准教授Yoram Evronの“Xi balances between professionalism and political control of the PLA”と題する論説を掲載し、そこでYoram Evronは中国が対外的に攻撃的な姿勢を強めていることと習近平が中国人民解放軍の改革を急速に進めていることが意味することについて、要旨以下のように述べている。
(1) 頻繁な追放、繰り返される改革に示されるように、習近平と中国人民解放軍(以下、PLAと言う)の間の緊張が高まっている。他方で習近平は軍の近代化を進め、それにより対外政策におけるPLAの役割をかつてないほど拡大させている。この2重の取り組みは習近平にとってはジレンマであろう。もし、戦争になればPLAは大きな政治的影響力を持つことになるが、それは習近平にとってはあまり望ましくない。しかし、そうしなければ、軍の有効性に対する懸念が深まる。そうであれば、中国政府はその攻撃的姿勢を強めながらも、無謀な武力行使を積極的には望んではいないと考えられる。習近平はPLAを宥めつつ、全面的な戦争をすることなしに敵対勢力の抑止を試みているのではないか。
(2) 習近平とPLAの関係は2023年から24年にかけて混沌としていた。2023年には、PLAの将官である国防部長2人が交代し、2024年6月にその2人は共産党から追放された。2023年12月には9人の将官が全人代の代表職を解かれたが、そのなかには軍部だけでなく航空機産業の首脳達も含まれていた。さらに、習近平が8年前から進めてきた組織改革も部分的に修正が進められ、たとえば2015年12月に創設された、航空宇宙とサイバー部隊を監督するための戦略支援部隊は、2024年はじめに解散した。上記した9人のうち1人は、戦略支援部隊の司令員であった。
(3) こうした動きが共産党と軍部の関係性を安定させることはなかった。10年ぶりに延安で開催された中央軍事委員会政治工作会議で、習近平はPLAの行動に対して深い不満を表明し、共産党の指導と監督のもとで、腐敗のない有能な軍部を確立する必要性を強調し、PLAの人民委員システムの復活を提案した。
(4) こうした動きは全体として習近平のPLAに対する不信感を反映している。他方で中国はPLAの劇的な近代化を進め、この25年間で軍事費は跳ね上がった。しかしPLAは、中国自身やほかの国々が信ずるほどにおそるべき存在ではない。軍内部の政治的抗争やさまざまな汚職と腐敗は、近代化による影響力の大部分を打ち消すであろう。PLAの人民委員システム、つまり2重の指揮系統が復活すれば、さらに軍部の有効性は低下するに違いない。ウクライナ戦争は、こうした問題点の原因を理解する上で適切な事例を提示する。この紛争を見て、習近平は大規模な軍事作戦に大きな危険性が伴うことを認識したであろう。
(5) 強大な中国の印象を損ないたくない習近平は、その弱さを暴露しかねない直接の軍事行動ではなく、抑止力、特に台湾に関する抑止力を強調するのである。こうした取り組みは、中国の攻撃的な姿勢を強めることに加え、全面戦争に伴う危険性を軽減させる。その上で軍部への政治的介入を最小限にすることが望ましい。習近平がこれを制御できるかどうかである。
記事参照:Xi balances between professionalism and political control of the PLA
(1) 頻繁な追放、繰り返される改革に示されるように、習近平と中国人民解放軍(以下、PLAと言う)の間の緊張が高まっている。他方で習近平は軍の近代化を進め、それにより対外政策におけるPLAの役割をかつてないほど拡大させている。この2重の取り組みは習近平にとってはジレンマであろう。もし、戦争になればPLAは大きな政治的影響力を持つことになるが、それは習近平にとってはあまり望ましくない。しかし、そうしなければ、軍の有効性に対する懸念が深まる。そうであれば、中国政府はその攻撃的姿勢を強めながらも、無謀な武力行使を積極的には望んではいないと考えられる。習近平はPLAを宥めつつ、全面的な戦争をすることなしに敵対勢力の抑止を試みているのではないか。
(2) 習近平とPLAの関係は2023年から24年にかけて混沌としていた。2023年には、PLAの将官である国防部長2人が交代し、2024年6月にその2人は共産党から追放された。2023年12月には9人の将官が全人代の代表職を解かれたが、そのなかには軍部だけでなく航空機産業の首脳達も含まれていた。さらに、習近平が8年前から進めてきた組織改革も部分的に修正が進められ、たとえば2015年12月に創設された、航空宇宙とサイバー部隊を監督するための戦略支援部隊は、2024年はじめに解散した。上記した9人のうち1人は、戦略支援部隊の司令員であった。
(3) こうした動きが共産党と軍部の関係性を安定させることはなかった。10年ぶりに延安で開催された中央軍事委員会政治工作会議で、習近平はPLAの行動に対して深い不満を表明し、共産党の指導と監督のもとで、腐敗のない有能な軍部を確立する必要性を強調し、PLAの人民委員システムの復活を提案した。
(4) こうした動きは全体として習近平のPLAに対する不信感を反映している。他方で中国はPLAの劇的な近代化を進め、この25年間で軍事費は跳ね上がった。しかしPLAは、中国自身やほかの国々が信ずるほどにおそるべき存在ではない。軍内部の政治的抗争やさまざまな汚職と腐敗は、近代化による影響力の大部分を打ち消すであろう。PLAの人民委員システム、つまり2重の指揮系統が復活すれば、さらに軍部の有効性は低下するに違いない。ウクライナ戦争は、こうした問題点の原因を理解する上で適切な事例を提示する。この紛争を見て、習近平は大規模な軍事作戦に大きな危険性が伴うことを認識したであろう。
(5) 強大な中国の印象を損ないたくない習近平は、その弱さを暴露しかねない直接の軍事行動ではなく、抑止力、特に台湾に関する抑止力を強調するのである。こうした取り組みは、中国の攻撃的な姿勢を強めることに加え、全面戦争に伴う危険性を軽減させる。その上で軍部への政治的介入を最小限にすることが望ましい。習近平がこれを制御できるかどうかである。
記事参照:Xi balances between professionalism and political control of the PLA
8月15日「ウクライナのクルスク侵攻について戦史が語るもの―米専門家論説」(Defense One, August 15, 2024)
8月15日付の米国防関連ウエブサイトDefense Oneは、RAND CorporationのArmy Research Division副部長Gian Gentileおよび同Corporation政策研究員Adam Givensの“What military history tells us about Ukraine’s Kursk invasion”と題する論説を掲載し、ここで両名は戦史の教訓から、敵に対して主導権を獲得し、それを維持することで、ウクライナはロシアとの戦争に勝利することができるとして、要旨以下のように述べている。
(1) ロシア南部クルスク地方へのЗбройні сили України(ウクライナ軍)の地上攻撃は、特に軍事史の広い文脈で考えれば、これ以上ないほど大胆な作戦と言うことができる。この危険な作戦に対するウクライナの意図を知ることは、現時点では難しいが、おそらくは、ロシアの地上部隊を引き込み、他の場所での攻勢を弱めることであろう。ロシアの大砲を北上させ、ウクライナのスミー地方の射程圏外に追いやりたいのかもしれない。ロシアに拘束されているウクライナ兵と交換する捕虜を確保するため、あるいは交渉開始前に土地の一角を確保するためかもしれない。しかし、主な目的はVladmir Putinロシア大統領の政治的信用を攻撃することであろう。この作戦の目的があいまいであることが、その大胆さを際立たせている。少なくとも今、クルスク、そしてより大きな政治的領域では、ウクライナが主導権を握っている。戦史が示すように、戦争では主導権がすべてである。
(2) 戦史には、このような大胆で危険性が高いが興味深い事例が3つある。以下に示す事例の1つ目は成功したが、3つ目は失敗した。この3つの事例はいずれも、主導権を獲得し、その後の持続可能な行動でそれを維持することが不可欠という重要な教訓を与えてくれる。
a. 米国独立戦争中の1776年秋、George Washington率いる大陸軍は、植民地を支配する英国から独立するために戦っていたが、ロングアイランドの戦いで大敗した。それは戦意喪失となるほどの敗戦で、大抵の将軍ならば、ここで逃げ出したであろう。しかし、George Washingtonはそうはしなかった。その代わりに、彼は軍を現在のニュージャージー州の南に派遣し、凍結したデラウェア川を渡ることで、意表をつき、プリンストンとトレントンにある2つの英軍前哨基地を撃破した。これは、英軍の前哨基地とニューヨークの本拠地の間を遮断する結果となり、英軍は慌てて安全なニューヨークの防衛線に戻り、大陸軍は主導権を奪い返し、軍の士気は高まった。
b. 朝鮮戦争時、北朝鮮の侵攻によって韓国軍と米軍は釜山港まで南下した。その3ヵ月後、米軍を主体とする連合軍が韓国の沿岸都市を奪還した。これが、1950年9月のDouglas MacArthur元帥による仁川上陸作戦である。この上陸までの数週間、Douglas MacArthur元帥は、仁川は危険すぎると主張する米軍内の一部から反発を受けていた。上陸地点が半島の北に離れすぎていたため、上陸部隊が釜山周辺の守備隊による突破計画と連携するのが難しくなるという理由であった。しかし、仁川上陸作戦は成功した。その結果、U.S. ArmyとU.S. Marine Corpsは海岸に素早く集結し、ソウル方面、釜山方面へと迅速かつ決定的な動きを見せた。その後の数週間で、米国の指導下、国連軍は北朝鮮軍を北に押し戻し、朝鮮半島を二分する38度線をはるかに越えた。Douglas MacArthur元帥は、中国との国境を示す鴨緑江に迫るが、ここで中国軍が参戦する可能性が高いという明確な情報を無視した。そして、中国軍は1950年10月下旬に参戦し、国連軍は後退を余儀なくされた。ウクライナにとって、この戦史からの教訓は、大胆な軍事行動による最初の成功で、無制限の自信を持たせてはならない。自分の熟練を確信するあまり、敵の能力や意図を軽視してはならないということである。
c.ドイツは1941年夏、ソ連に侵攻し、年末にはモスクワ近くまで迫っていた。そしてКрасная армия(以下、赤軍と言う)の反撃が始まり、1943年初夏までに、赤軍は十分な地盤を回復した。その後7月4日、Wehrmacht(ナチスドイツ軍:以下、ドイツ軍と言う)は大胆な反撃を開始し、赤軍を挟み撃ちにして50万人近い兵士を壊滅させる目的で、バルジを北と南から攻撃したが失敗した。失敗の主な理由は、ドイツ軍には、最初の数週間を越えて反攻を維持するだけの戦力がなかったからである。また、赤軍の戦いは残忍な侵略軍に対する祖国のための戦いであったのに比べてドイツ軍は、Hitlerの強欲な目標である「ドイツ国民の居住空間」を達成するために戦っていた。戦いの動機は決して取るに足らないものではない。
(3)Vladmir Putin大統領は、ドイツ軍の1943年の失敗、そして最終的には第2次世界大戦におけるドイツの全面的な敗北から学ぶべきである。特に、敵が大胆で危険性を伴う作戦を展開し、その作戦が継続され、その後に達成可能な目標がある場合はなおさらである。これら3つの事例は、ウクライナの大胆さが優位性を生み出したことを示唆している。敵に対して主導権を獲得し、それを維持することで、ウクライナはロシアの侵略者たちとの戦争に勝利することができる。
記事参照:What military history tells us about Ukraine’s Kursk invasion
(1) ロシア南部クルスク地方へのЗбройні сили України(ウクライナ軍)の地上攻撃は、特に軍事史の広い文脈で考えれば、これ以上ないほど大胆な作戦と言うことができる。この危険な作戦に対するウクライナの意図を知ることは、現時点では難しいが、おそらくは、ロシアの地上部隊を引き込み、他の場所での攻勢を弱めることであろう。ロシアの大砲を北上させ、ウクライナのスミー地方の射程圏外に追いやりたいのかもしれない。ロシアに拘束されているウクライナ兵と交換する捕虜を確保するため、あるいは交渉開始前に土地の一角を確保するためかもしれない。しかし、主な目的はVladmir Putinロシア大統領の政治的信用を攻撃することであろう。この作戦の目的があいまいであることが、その大胆さを際立たせている。少なくとも今、クルスク、そしてより大きな政治的領域では、ウクライナが主導権を握っている。戦史が示すように、戦争では主導権がすべてである。
(2) 戦史には、このような大胆で危険性が高いが興味深い事例が3つある。以下に示す事例の1つ目は成功したが、3つ目は失敗した。この3つの事例はいずれも、主導権を獲得し、その後の持続可能な行動でそれを維持することが不可欠という重要な教訓を与えてくれる。
a. 米国独立戦争中の1776年秋、George Washington率いる大陸軍は、植民地を支配する英国から独立するために戦っていたが、ロングアイランドの戦いで大敗した。それは戦意喪失となるほどの敗戦で、大抵の将軍ならば、ここで逃げ出したであろう。しかし、George Washingtonはそうはしなかった。その代わりに、彼は軍を現在のニュージャージー州の南に派遣し、凍結したデラウェア川を渡ることで、意表をつき、プリンストンとトレントンにある2つの英軍前哨基地を撃破した。これは、英軍の前哨基地とニューヨークの本拠地の間を遮断する結果となり、英軍は慌てて安全なニューヨークの防衛線に戻り、大陸軍は主導権を奪い返し、軍の士気は高まった。
b. 朝鮮戦争時、北朝鮮の侵攻によって韓国軍と米軍は釜山港まで南下した。その3ヵ月後、米軍を主体とする連合軍が韓国の沿岸都市を奪還した。これが、1950年9月のDouglas MacArthur元帥による仁川上陸作戦である。この上陸までの数週間、Douglas MacArthur元帥は、仁川は危険すぎると主張する米軍内の一部から反発を受けていた。上陸地点が半島の北に離れすぎていたため、上陸部隊が釜山周辺の守備隊による突破計画と連携するのが難しくなるという理由であった。しかし、仁川上陸作戦は成功した。その結果、U.S. ArmyとU.S. Marine Corpsは海岸に素早く集結し、ソウル方面、釜山方面へと迅速かつ決定的な動きを見せた。その後の数週間で、米国の指導下、国連軍は北朝鮮軍を北に押し戻し、朝鮮半島を二分する38度線をはるかに越えた。Douglas MacArthur元帥は、中国との国境を示す鴨緑江に迫るが、ここで中国軍が参戦する可能性が高いという明確な情報を無視した。そして、中国軍は1950年10月下旬に参戦し、国連軍は後退を余儀なくされた。ウクライナにとって、この戦史からの教訓は、大胆な軍事行動による最初の成功で、無制限の自信を持たせてはならない。自分の熟練を確信するあまり、敵の能力や意図を軽視してはならないということである。
c.ドイツは1941年夏、ソ連に侵攻し、年末にはモスクワ近くまで迫っていた。そしてКрасная армия(以下、赤軍と言う)の反撃が始まり、1943年初夏までに、赤軍は十分な地盤を回復した。その後7月4日、Wehrmacht(ナチスドイツ軍:以下、ドイツ軍と言う)は大胆な反撃を開始し、赤軍を挟み撃ちにして50万人近い兵士を壊滅させる目的で、バルジを北と南から攻撃したが失敗した。失敗の主な理由は、ドイツ軍には、最初の数週間を越えて反攻を維持するだけの戦力がなかったからである。また、赤軍の戦いは残忍な侵略軍に対する祖国のための戦いであったのに比べてドイツ軍は、Hitlerの強欲な目標である「ドイツ国民の居住空間」を達成するために戦っていた。戦いの動機は決して取るに足らないものではない。
(3)Vladmir Putin大統領は、ドイツ軍の1943年の失敗、そして最終的には第2次世界大戦におけるドイツの全面的な敗北から学ぶべきである。特に、敵が大胆で危険性を伴う作戦を展開し、その作戦が継続され、その後に達成可能な目標がある場合はなおさらである。これら3つの事例は、ウクライナの大胆さが優位性を生み出したことを示唆している。敵に対して主導権を獲得し、それを維持することで、ウクライナはロシアの侵略者たちとの戦争に勝利することができる。
記事参照:What military history tells us about Ukraine’s Kursk invasion
8月15日「西フィリピン海への抑止力の導入-フィリピン専門家論説」(FULCRUM, August 15, 2024)
8月15日付のシンガポールのシンクタンクThe ISEAS -Yusof Ishak Instituteが発行するウエブサイトFULCRUMは、民間の海洋安全保障新構想Waypoints Projectの計画責任者Maria Gabriela AlanoおよびAmador Research Servicesの研究管理者兼フィリピンDe La Salle University-Manila教員Deryk Baladjayの“The Philippines and West Philippine Sea: Bringing Deterrence Into the Picture”と題する論説を掲載し、ここで両名はフィリピンが西フィリピン海における長期的な戦略目標を達成したいのであれば、勝利の展望を持って大局的に考える必要があり、その手始めは抑止力であるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 戦略的利益の確保は、高度な準備を通じて行われる必要がある。多くの困難にもかかわらず、フィリピンは憲法に明記された国家政策の手段として戦争を放棄するという方針を維持している。フィリピンは2016年に南シナ海の仲裁裁定を正当に勝ち取ったことから、中国と戦争になる可能性は少なくなっている。最大の懸念は、フィリピンが反撃に出るべきかどうかである。フィリピンの戦略では、国内法および国際法、そして自国の国益を守ることと矛盾しない形で展開される必要がある。紛争を引き起こさないことを保証しながら、フィリピンが戦略的目標を押し進める鍵は抑止力にある。
(2) 2024年3月下旬、Marcos Jr.政権は、比例的、計画的、合理的な対応を実施すると発表した。この発表は、フィリピンの外交政策における重要な先例となった。それは、紛争が本格的な戦争に発展しないようにすることと、中国政府にフィリピン政府が海上での懸念に真剣に取り組んでいると示すことである。フィリピンは、政策、作戦、外交に目を向けなければならない。暫定的に、現政権は中国の侵略に対抗するために非暴力戦略を採用している。これは、フィリピンが十分な海洋防衛能力を備えるまでの非常に慎重な方針である。
(3) フィリピンの政策面で、海洋防衛の基礎となるのは、まもなく法制化される「海域法案」である。この法律はUNCLOSの基準に従い、フィリピンの海洋境界線とその中での法的権限を定義するものである。そして、フィリピンの海域の境界とUNCLOSやその他の関連する国際的な法的枠組みに概説されている権利と義務に関して、明確性と確実性を提供するものでもある。この法案により、フィリピンは自信を持って海洋領域における管轄権を行使できるだけでなく、それを侵害する者に責任を負わせることができる。さらに、同法案は、多島海航路法案やブルー・エコノミー法案といった将来の海洋法制を補完するものである。多島海航路法案は、フィリピンの群島内の海上交通路を航行する外国船や航空機に対する権利と措置を定めるものであり、ブルー・エコノミー法案はフィリピンの海洋資源を持続的に管理・保護する能力を強化するものである。
(4) フィリピン政府は、言葉だけでなく行動でも抑止力となる必要がある。作戦面では、同盟国や提携国とのROEの策定が重要であり、特に中国による暫定的で散発的な侵攻に対処する必要がある。ROEを必要としている代表的な例は、西フィリピン海における中国の拡張主義的野心に立ち向かい続ける「シエラ・マドレ」である。「シエラ・マドレ」の改良と復旧には、あらゆる状況を想定した包括的なROEが必要である。
(5) 外交面でも、フィリピンは関与したい相手に対して積極的に行動し、強力な防衛提携網で主導権を握る覚悟が必要である。一方で、米比同盟は着実に発展している。Lloyd Austin米国防長官が最近、フィリピンの防衛近代化に不可欠な5億米ドルの対外軍事資金を携えてフィリピンを訪問したことは、重要かつ野心的な支援策である。7月には米国とフィリピンの外相・国防相による、いわゆる2+2会談が予定されており、今後数ヶ月のうちに「シエラ・マドレ」の抑止力に関する率直な意見交換が展開されるに違いない。
(6) 抑止力は、フィリピン政府の西フィリピン海政策において最優先されなければならない。腐食しつつある「シエラ・マドレ」は、ある意味で時限爆弾である。中国が長期的な準備をしているのであれば、フィリピンもそうするべきであり、抑止は国益になる。フィリピンが本当に西フィリピン海における長期的な戦略目標を達成したいのであれば、勝利の展望を持って、大局的考え始める必要がある。その手始めとして、抑止力ほど最適なものはないだろう。
記事参照:The Philippines and West Philippine Sea: Bringing Deterrence Into the Picture
(1) 戦略的利益の確保は、高度な準備を通じて行われる必要がある。多くの困難にもかかわらず、フィリピンは憲法に明記された国家政策の手段として戦争を放棄するという方針を維持している。フィリピンは2016年に南シナ海の仲裁裁定を正当に勝ち取ったことから、中国と戦争になる可能性は少なくなっている。最大の懸念は、フィリピンが反撃に出るべきかどうかである。フィリピンの戦略では、国内法および国際法、そして自国の国益を守ることと矛盾しない形で展開される必要がある。紛争を引き起こさないことを保証しながら、フィリピンが戦略的目標を押し進める鍵は抑止力にある。
(2) 2024年3月下旬、Marcos Jr.政権は、比例的、計画的、合理的な対応を実施すると発表した。この発表は、フィリピンの外交政策における重要な先例となった。それは、紛争が本格的な戦争に発展しないようにすることと、中国政府にフィリピン政府が海上での懸念に真剣に取り組んでいると示すことである。フィリピンは、政策、作戦、外交に目を向けなければならない。暫定的に、現政権は中国の侵略に対抗するために非暴力戦略を採用している。これは、フィリピンが十分な海洋防衛能力を備えるまでの非常に慎重な方針である。
(3) フィリピンの政策面で、海洋防衛の基礎となるのは、まもなく法制化される「海域法案」である。この法律はUNCLOSの基準に従い、フィリピンの海洋境界線とその中での法的権限を定義するものである。そして、フィリピンの海域の境界とUNCLOSやその他の関連する国際的な法的枠組みに概説されている権利と義務に関して、明確性と確実性を提供するものでもある。この法案により、フィリピンは自信を持って海洋領域における管轄権を行使できるだけでなく、それを侵害する者に責任を負わせることができる。さらに、同法案は、多島海航路法案やブルー・エコノミー法案といった将来の海洋法制を補完するものである。多島海航路法案は、フィリピンの群島内の海上交通路を航行する外国船や航空機に対する権利と措置を定めるものであり、ブルー・エコノミー法案はフィリピンの海洋資源を持続的に管理・保護する能力を強化するものである。
(4) フィリピン政府は、言葉だけでなく行動でも抑止力となる必要がある。作戦面では、同盟国や提携国とのROEの策定が重要であり、特に中国による暫定的で散発的な侵攻に対処する必要がある。ROEを必要としている代表的な例は、西フィリピン海における中国の拡張主義的野心に立ち向かい続ける「シエラ・マドレ」である。「シエラ・マドレ」の改良と復旧には、あらゆる状況を想定した包括的なROEが必要である。
(5) 外交面でも、フィリピンは関与したい相手に対して積極的に行動し、強力な防衛提携網で主導権を握る覚悟が必要である。一方で、米比同盟は着実に発展している。Lloyd Austin米国防長官が最近、フィリピンの防衛近代化に不可欠な5億米ドルの対外軍事資金を携えてフィリピンを訪問したことは、重要かつ野心的な支援策である。7月には米国とフィリピンの外相・国防相による、いわゆる2+2会談が予定されており、今後数ヶ月のうちに「シエラ・マドレ」の抑止力に関する率直な意見交換が展開されるに違いない。
(6) 抑止力は、フィリピン政府の西フィリピン海政策において最優先されなければならない。腐食しつつある「シエラ・マドレ」は、ある意味で時限爆弾である。中国が長期的な準備をしているのであれば、フィリピンもそうするべきであり、抑止は国益になる。フィリピンが本当に西フィリピン海における長期的な戦略目標を達成したいのであれば、勝利の展望を持って、大局的考え始める必要がある。その手始めとして、抑止力ほど最適なものはないだろう。
記事参照:The Philippines and West Philippine Sea: Bringing Deterrence Into the Picture
8月15日「米国一辺倒ではないフィリピン対外政策―フィリピン東南アジア専門家論説」(South China Morning Post, August 15, 2024)」
8月15日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、フィリピンPolytechnic University研究員Richard Javad Heydarianの“Days of the Philippines’ dependence on the US are numbered”と題する論説を掲載し、そこでRichard Javad HeydarianはフィリピンのMarcos Jr.政権が米国との防衛協力を進める一方で、対中国政策に関して完全に米国と歩調を合わせるのではなく、アジアやヨーロッパの国々との連携を強化し、多様な連携網を構築することを模索しているとして、要旨以下のとおり述べた。
(1) 7月30日にマニラで初めて米比外交・防衛閣僚会合、いわゆる2+2会議が実施され、それについてBlinken国務長官が「歴史的な日」であると述べており、Austin国防長官は米比関係を「同盟以上の、家族のような」間柄であることを強調した。マニラで初めて2+2会議が行われたことは、地域の諸問題の対処におけるフィリピンの役割が増大したことを示している。最も重要なことは、その会議において米国がフィリピンに5億ドルの防衛支援一括供与を表明したことである。
(2) 米国の支援には感謝を示しつつも、フィリピンのMarcos Jr.大統領は、対中国政策に関して米国と歩調を完全に合わせることに、ほとんど関心を示していない。むしろフィリピンは中国との緊張緩和を模索する調整すら進めている。また、フィリピンはインド太平洋だけでなく、その域外にも手を伸ばそうとしている。たとえば8月、フィリピンはドイツの国防大臣を招待したし、その前後にそれぞれ、日本とベトナムとの2国間共同軍事演習や沿岸警備隊の演習を実施、ないし予定している。
(3) たしかに米比関係はかつてないほど緊密になっている。駐米フィリピン大使によれば、米国は今後5年間で30億ドルの防衛支援をフィリピンに提供予定とのことである。この動きは超党派的な支持を背景としている。米国製兵器のフィリピンへの移転に加えて、もっと重要なのは、フィリピン北部の軍事施設の利用権をフィリピンが米軍に与えたことである。
(4) ただし全体としてみると、フィリピンが賭け金を分散しているのは明らかである。台湾に関してはあいまいな姿勢を維持することで米国と完全には歩調を合わせず、また、バタネス州など最北端の軍事施設の利用権は与えていないのである。フィリピンは中国との直接の軍事衝突の可能性を深く憂慮しており、不要な挑発行為は避けたいということである。
(5) 駐米フィリピン大使は、この1年間の中比間の事件に言及し、フィリピンが「深刻な状況」に直面していると表明した。両国はこれらの問題について何らかの公の合意に到達したわけではない。しかしフィリピン政府は、セカンド・トーマス礁に座礁している「シエラ・マドレ」への補給活動について、中国政府に通知することには合意したようである。
(6) Marcos Jr.政権は米国との同盟の限界を十分理解している。5億ドルの軍事支援は地域の勢力の均衡を変化させるほどの規模ではない。また米国大統領選挙でどちらが勝つにせよ、Biden政権交代後の米国の対外政策は不透明である。特にTrump前大統領が勝利し、米国が保護主義的で単独行動主義的な対外政策を進めるのであれば、フィリピンが中国との関係強化を模索する可能性がある。
(7) 米国への依存の度合いを軽減するために、Marcos Jr.政権はインド太平洋やヨーロッパに幅広い戦略的提携網を構築しようとしている。日本とは部隊間協力円滑化協定を締結し、フランスやカナダ、ニュージーランドとも同様の協定の交渉を進めている。ASEAN内部での防衛関係の緊密化も模索している。現大統領は父に倣い、さまざまな国と最適な関係を築くことを目指し、どこか1つの超大国一辺倒の外交政策を回避しようとしているのである。
記事参照:Days of the Philippines’ dependence on the US are numbered
(1) 7月30日にマニラで初めて米比外交・防衛閣僚会合、いわゆる2+2会議が実施され、それについてBlinken国務長官が「歴史的な日」であると述べており、Austin国防長官は米比関係を「同盟以上の、家族のような」間柄であることを強調した。マニラで初めて2+2会議が行われたことは、地域の諸問題の対処におけるフィリピンの役割が増大したことを示している。最も重要なことは、その会議において米国がフィリピンに5億ドルの防衛支援一括供与を表明したことである。
(2) 米国の支援には感謝を示しつつも、フィリピンのMarcos Jr.大統領は、対中国政策に関して米国と歩調を完全に合わせることに、ほとんど関心を示していない。むしろフィリピンは中国との緊張緩和を模索する調整すら進めている。また、フィリピンはインド太平洋だけでなく、その域外にも手を伸ばそうとしている。たとえば8月、フィリピンはドイツの国防大臣を招待したし、その前後にそれぞれ、日本とベトナムとの2国間共同軍事演習や沿岸警備隊の演習を実施、ないし予定している。
(3) たしかに米比関係はかつてないほど緊密になっている。駐米フィリピン大使によれば、米国は今後5年間で30億ドルの防衛支援をフィリピンに提供予定とのことである。この動きは超党派的な支持を背景としている。米国製兵器のフィリピンへの移転に加えて、もっと重要なのは、フィリピン北部の軍事施設の利用権をフィリピンが米軍に与えたことである。
(4) ただし全体としてみると、フィリピンが賭け金を分散しているのは明らかである。台湾に関してはあいまいな姿勢を維持することで米国と完全には歩調を合わせず、また、バタネス州など最北端の軍事施設の利用権は与えていないのである。フィリピンは中国との直接の軍事衝突の可能性を深く憂慮しており、不要な挑発行為は避けたいということである。
(5) 駐米フィリピン大使は、この1年間の中比間の事件に言及し、フィリピンが「深刻な状況」に直面していると表明した。両国はこれらの問題について何らかの公の合意に到達したわけではない。しかしフィリピン政府は、セカンド・トーマス礁に座礁している「シエラ・マドレ」への補給活動について、中国政府に通知することには合意したようである。
(6) Marcos Jr.政権は米国との同盟の限界を十分理解している。5億ドルの軍事支援は地域の勢力の均衡を変化させるほどの規模ではない。また米国大統領選挙でどちらが勝つにせよ、Biden政権交代後の米国の対外政策は不透明である。特にTrump前大統領が勝利し、米国が保護主義的で単独行動主義的な対外政策を進めるのであれば、フィリピンが中国との関係強化を模索する可能性がある。
(7) 米国への依存の度合いを軽減するために、Marcos Jr.政権はインド太平洋やヨーロッパに幅広い戦略的提携網を構築しようとしている。日本とは部隊間協力円滑化協定を締結し、フランスやカナダ、ニュージーランドとも同様の協定の交渉を進めている。ASEAN内部での防衛関係の緊密化も模索している。現大統領は父に倣い、さまざまな国と最適な関係を築くことを目指し、どこか1つの超大国一辺倒の外交政策を回避しようとしているのである。
記事参照:Days of the Philippines’ dependence on the US are numbered
8月16日「米国が武器輸出管理から豪英を除外―米メディア報道」(Radio Free Asia, August 16, 2024)
8月16日付の米議会出資の短波ラジオ放送Radio Free Asiaのウエブサイトは、“US approves AUKUS defense sharing deal”と題する記事を掲載し、米国がAUKUSに関連し、その武器輸出管理からオーストラリアと英国を除外したとして、要旨以下のように報じている。
(1) U.S. Department of Stateは、オーストラリアと英国に対する武器輸出管理の適用除外を承認した。この適用除外により、両国の防衛請負業者は長いライセンス・プロセスを経ることなく米国の軍事技術を製造できるようになる。この動きは、AUKUSの「第2の柱(Pillar 2)」の重要な一部であり、米国の軍事生産率が中国に遅れをとっているとの懸念の中、滞っている米国の防衛産業基盤への圧力をいくらか軽減するための支援を目的としている。オーストラリアと英国は、カナダと並んで、国際武器取引規制(International Traffic in Arms Regulations :以下、ITARと言う)の適用除外を受けているわずかな国である。ITARは、米国製の高性能兵器が悪人の手に渡るのを阻止することを目的としている。
(2) この待望の決定は、当初は4月に予定されていたが、ホワイトハウスによって延期されていたもので、U.S. Department of Stateが改定されたオーストラリアと英国の運用上のセキュリティ基準を米国のものと同等であると評価したと述べた後、発表された。U.S. Department of Stateは、この変更は9月1日に発効すると付け加えている。
(3) この声明は、ITARの適用除外は絶対的なものではなく、特定の技術については、豪英の請負業者が既存のライセンス・プロセスを経る必要があることに変わりはないと指摘している。
(4) この適用除外については、米議会で民主党の一部の有力議員が反対していた。彼らは、オーストラリアは中国のスパイ活動に関する問題を抱えており、規制の負担を軽減することは、米国の機密兵器の設計が漏れる可能性があると主張していた。U.S. Department of Stateも当初はこの免除措置に反対し、代わりにオーストラリアと英国の企業による申請を一括承認する簡素化したライセンス・プロセスを提案していた。しかし、この免除措置の成立を主導したのは、Joe Biden米大統領の政権下で国家安全保障会議の「アジア担当」責任者としてAUKUSの立案者だったKurt Campbellであった。
(5) House Foreign Relations Committee(下院外交委員会)の委員長Michael McCaul共和党議員は、ITARの適用除外を歓迎しつつも、「大幅に遅れている」と述べ、オーストラリア政府が発表した声明の中で、極超音速ミサイルの製造に関する米豪間の協力を繰り返し主張し、今回の決定が米国の防衛企業にとって「官僚的手続きと行政上の大幅な負担を取り除く」ことになると述べている。しかし、Michael McCaul議員は、「AUKUSを完全に実施するために不可欠な項目で、今回の適用除外に含まれていないものがまだ多すぎる」とし、「最も緊密な同盟国である2国」に対する全面的な適用除外を求めている。
記事参照:US approves AUKUS defense sharing deal
(1) U.S. Department of Stateは、オーストラリアと英国に対する武器輸出管理の適用除外を承認した。この適用除外により、両国の防衛請負業者は長いライセンス・プロセスを経ることなく米国の軍事技術を製造できるようになる。この動きは、AUKUSの「第2の柱(Pillar 2)」の重要な一部であり、米国の軍事生産率が中国に遅れをとっているとの懸念の中、滞っている米国の防衛産業基盤への圧力をいくらか軽減するための支援を目的としている。オーストラリアと英国は、カナダと並んで、国際武器取引規制(International Traffic in Arms Regulations :以下、ITARと言う)の適用除外を受けているわずかな国である。ITARは、米国製の高性能兵器が悪人の手に渡るのを阻止することを目的としている。
(2) この待望の決定は、当初は4月に予定されていたが、ホワイトハウスによって延期されていたもので、U.S. Department of Stateが改定されたオーストラリアと英国の運用上のセキュリティ基準を米国のものと同等であると評価したと述べた後、発表された。U.S. Department of Stateは、この変更は9月1日に発効すると付け加えている。
(3) この声明は、ITARの適用除外は絶対的なものではなく、特定の技術については、豪英の請負業者が既存のライセンス・プロセスを経る必要があることに変わりはないと指摘している。
(4) この適用除外については、米議会で民主党の一部の有力議員が反対していた。彼らは、オーストラリアは中国のスパイ活動に関する問題を抱えており、規制の負担を軽減することは、米国の機密兵器の設計が漏れる可能性があると主張していた。U.S. Department of Stateも当初はこの免除措置に反対し、代わりにオーストラリアと英国の企業による申請を一括承認する簡素化したライセンス・プロセスを提案していた。しかし、この免除措置の成立を主導したのは、Joe Biden米大統領の政権下で国家安全保障会議の「アジア担当」責任者としてAUKUSの立案者だったKurt Campbellであった。
(5) House Foreign Relations Committee(下院外交委員会)の委員長Michael McCaul共和党議員は、ITARの適用除外を歓迎しつつも、「大幅に遅れている」と述べ、オーストラリア政府が発表した声明の中で、極超音速ミサイルの製造に関する米豪間の協力を繰り返し主張し、今回の決定が米国の防衛企業にとって「官僚的手続きと行政上の大幅な負担を取り除く」ことになると述べている。しかし、Michael McCaul議員は、「AUKUSを完全に実施するために不可欠な項目で、今回の適用除外に含まれていないものがまだ多すぎる」とし、「最も緊密な同盟国である2国」に対する全面的な適用除外を求めている。
記事参照:US approves AUKUS defense sharing deal
8月19日「中国はロシアのためにグレーゾーン戦を行っているのか?―米専門家論説」(Asia Times, August 19, 2024)
8月19日の香港のデジタル紙Asia Timesは、米研究機関East-West Center上席研究員Denny Royの“Is China conducting ‘gray zone’ warfare for Russia?”と題する論説を掲載し、ここでRoyは、中国政府が自国のコンテナ船「ニューニュー・ポーラー・ベア」の錨がフィンランドとエストニアを結ぶ天然ガス・パイプラインを切断したことを認めたが、これについては、中国とロシアの間で新たな形の邪悪な戦略的協力が始まったかもしれないということも考えられるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2023年10月、フィンランドとエストニアを結ぶバルチックコネクター・天然ガス・パイプラインが損傷し、6ヶ月間停止した。中国が所有する香港船籍のコンテナ船「ニューニュー・ポーラー・ベア」がパイプラインを損傷させたとの疑いが持たれていた。現在、香港のサウスチャイナ・モーニング・ポストは、中国政府が「ニューニュー・ポーラー・ベア」の錨がパイプラインを切断したことを認めたと報じており、中国当局は被害は偶発的であり、荒天によるものだと付け加えている。中国政府がこの事件の責任を認めたことは、明らかに良い進展である。しかし、その本当の意味は、より深く、より暗いものになるかもしれない。
(2) 中国は、一般的に自分の過ちを認めたがらず、過ちを認めるよりも信じがたい反論をすることを好んできた。悪名高い2001年の海南島沖での空中衝突事故で、中国政府は中国のJ-8戦闘機が、米国のEP-3による突然の攻撃的な操縦の犠牲になったと主張しており、2011年には南シナ海の紛争海域で中国船がベトナムの石油探査船に嫌がらせをし、調査機器の曳航ケーブルを切断する事件が相次ぐ中、中国政府は探査船の攻撃的な操縦のため中国の乗組員が自衛のためにケーブルを切断したと主張している。中国がバルチックコネクターの損傷に対する責任を認めたのは、中国の透明性に対する関心を示すものではなく、圧倒的な反証に直面して否定し続けることは逆効果であると中国が判断したと理解するのが妥当である。
(3) 中国政府は、いくつかの問題では、事実を認めることによる政治的な悪影響が非常に大きいため、たとえ山のような有罪の証拠に直面しても、決して悪い行動を認めない。そのような問題の一覧表には、新疆ウイグル自治区でのウイグル人に対する大規模な迫害と投獄、1989年6月の天安門広場での抗議者の虐殺、中国政府が支援したサイバー犯罪が含まれている。「ニューニュー・ポーラー・ベア」事件は、2023年2月の偵察気球事件と似ており、中国政府は全面的な否定は不可能と判断し、気球が確かに中国から来たものであることを認めたが、その目的は信号情報の収集ではなく気象監視であり、米国上空を飛行したのは意図的ではなかったと主張した。
(4) 「ニューニュー・ポーラー・ベア」事件は、背景を考えるとより暗く不吉に見える。一部の捜査官は、損傷は意図的なものだったと考えている。エストニアの国防相は、船の乗組員が、パイプラインに衝突する180km前に、自船の錨が着底していたことに、どうして
気づかなかったのか疑問を呈している。同様に、フィンランドのAnders Adlercreutz欧州関係大臣も、「自船が数百kmも錨を引きずっていたならばすぐに気づくと思う」と述べている。
(5) 中国はロシアの準同盟国であり、ロシアにはフィンランドを罰する動機があった。事件当時、フィンランドは半年前にNATOに加盟していたため、ロシアとフィンランドの関係は緊張していた。バルチックコネクターが切断された2023年10月、フィンランドの安全保障情報局はロシアがフィンランドを敵対国と見なし、「フィンランドに対して措置を講じる準備ができている」と報じていた。「ニューニュー・ポーラー・ベア」は、ロシアとの重要なつながりを持っており、問題の海域を離れた後、中国の東海岸とロシアのバルト海沿岸の間を北極圏の北極海航路を利用して航行し、この航路が貨物船にとって航行可能であることを証明した。航海の一部では、ロシア政府所有の砕氷船が同行した。また、「ニューニュー・ポーラー・ベア」は、登録運航者の名称を中国の海南新新陽航運有限公司から上海とモスクワにオフィスを構え一帯一路構想に参加しているロシアのTorgmoll社に変更した。
(6) 中国政府は、民間部門のすべての中国国民に国家安全保障関連の任務を遂行するよう命じることができ、中国国民はその命令に従わなければならない。実際に自国の政府で副業をしている中国の民間人の割合はおそらく少ないであろうが、中国政府が日常的に中国の民間部門を一種の活力として利用していることは明らかである。民間の漁船団は、南シナ海における中国の地政学的目標を支援している。中国は、海外に居住する一部の民間人に情報収集を依頼している。また、中国政府の指示の下でサイバー犯罪を行うコンピューターハッカーへの供給を民間企業に頼っている。中国は台湾海峡においても同様のことをしていると疑われている。中国の漁船や掘削機の設備は、台湾と中国本土の海岸に非常に近い沖合の島々を結ぶ海底通信ケーブルを定期的に切断している。中国は長年にわたって台湾に対して様々な形のグレーゾーン戦を行う明確な動機を持っている。Atlantic Council上席研究員Elisabeth Brawは、台湾に通じる海底ケーブルの破断は「不自然なほど頻繁」であるため、「偶発的な損傷には見えず、台湾に対する嫌がらせのように見える」と結論付けている。
(7) 「ニューニュー・ポーラー・ベア」事件には3つの可能性がある。第1は最良の事態で、バルチックコネクターが誤って切断されたことである。フォームの終わり第2の可能性は、この事件は中国政府の一部が指示した意図的な破壊工作であったが、全体的な結果は、中国が再び同様の行動を採ることを思いとどまらせるのに十分なほど否定的だったというものである。第3の最悪の可能性は、中国とロシアの間の新たな形の戦略的協力が始まったのかもしれないということである。北朝鮮は、Putin大統領のウクライナ戦争のために、ロシアにミサイルと大砲の弾薬を供給している。中国政府はPutin大統領を支持するためにそこまですることを避けてきた。それどころか、中国は殺傷を伴わない支援を提供しているが、中国当局者やメディアは、ウクライナに武器を供与することで米国が「炎に油を注ぐ」と批判している。しかし、その主張の外で、ロシアの権益を直接支援してグレーゾーン戦を行うことは、中ロ安全保障協力の新たな側面であり、独裁主義陣営による米国陣営に対する新たな地球規模の課題を提起することになる。もしバルチックコネクター破壊工作が本当に意図的だったとすれば、中国は故意に西欧との関係改善の試みを危険にさらしたことになる。それはまた、ロシアがその見返りに中国に何を与えるのかという問題も提起する。台湾や南シナ海をめぐる紛争で中国が勝利するための、ある種の具体的なロシアの行動が見返りとなるかもしれない。この事件から中国政府が得た教訓は、事故の真実を公開することはそれほど悪くないということであり、事故だったと主張することでグレーゾーン戦が受け入れられるわけではないということであろう。
記事参照:Is China conducting ‘gray zone’ warfare for Russia?
関連記事:12月21日「中国船が北極海航路でパイプラインを損傷させた疑い―ノルウェー紙報道」(High North News, December 21, 2023)
https://www.spf.org/oceans/analysis_ja01/_20231221.html
(1) 2023年10月、フィンランドとエストニアを結ぶバルチックコネクター・天然ガス・パイプラインが損傷し、6ヶ月間停止した。中国が所有する香港船籍のコンテナ船「ニューニュー・ポーラー・ベア」がパイプラインを損傷させたとの疑いが持たれていた。現在、香港のサウスチャイナ・モーニング・ポストは、中国政府が「ニューニュー・ポーラー・ベア」の錨がパイプラインを切断したことを認めたと報じており、中国当局は被害は偶発的であり、荒天によるものだと付け加えている。中国政府がこの事件の責任を認めたことは、明らかに良い進展である。しかし、その本当の意味は、より深く、より暗いものになるかもしれない。
(2) 中国は、一般的に自分の過ちを認めたがらず、過ちを認めるよりも信じがたい反論をすることを好んできた。悪名高い2001年の海南島沖での空中衝突事故で、中国政府は中国のJ-8戦闘機が、米国のEP-3による突然の攻撃的な操縦の犠牲になったと主張しており、2011年には南シナ海の紛争海域で中国船がベトナムの石油探査船に嫌がらせをし、調査機器の曳航ケーブルを切断する事件が相次ぐ中、中国政府は探査船の攻撃的な操縦のため中国の乗組員が自衛のためにケーブルを切断したと主張している。中国がバルチックコネクターの損傷に対する責任を認めたのは、中国の透明性に対する関心を示すものではなく、圧倒的な反証に直面して否定し続けることは逆効果であると中国が判断したと理解するのが妥当である。
(3) 中国政府は、いくつかの問題では、事実を認めることによる政治的な悪影響が非常に大きいため、たとえ山のような有罪の証拠に直面しても、決して悪い行動を認めない。そのような問題の一覧表には、新疆ウイグル自治区でのウイグル人に対する大規模な迫害と投獄、1989年6月の天安門広場での抗議者の虐殺、中国政府が支援したサイバー犯罪が含まれている。「ニューニュー・ポーラー・ベア」事件は、2023年2月の偵察気球事件と似ており、中国政府は全面的な否定は不可能と判断し、気球が確かに中国から来たものであることを認めたが、その目的は信号情報の収集ではなく気象監視であり、米国上空を飛行したのは意図的ではなかったと主張した。
(4) 「ニューニュー・ポーラー・ベア」事件は、背景を考えるとより暗く不吉に見える。一部の捜査官は、損傷は意図的なものだったと考えている。エストニアの国防相は、船の乗組員が、パイプラインに衝突する180km前に、自船の錨が着底していたことに、どうして
気づかなかったのか疑問を呈している。同様に、フィンランドのAnders Adlercreutz欧州関係大臣も、「自船が数百kmも錨を引きずっていたならばすぐに気づくと思う」と述べている。
(5) 中国はロシアの準同盟国であり、ロシアにはフィンランドを罰する動機があった。事件当時、フィンランドは半年前にNATOに加盟していたため、ロシアとフィンランドの関係は緊張していた。バルチックコネクターが切断された2023年10月、フィンランドの安全保障情報局はロシアがフィンランドを敵対国と見なし、「フィンランドに対して措置を講じる準備ができている」と報じていた。「ニューニュー・ポーラー・ベア」は、ロシアとの重要なつながりを持っており、問題の海域を離れた後、中国の東海岸とロシアのバルト海沿岸の間を北極圏の北極海航路を利用して航行し、この航路が貨物船にとって航行可能であることを証明した。航海の一部では、ロシア政府所有の砕氷船が同行した。また、「ニューニュー・ポーラー・ベア」は、登録運航者の名称を中国の海南新新陽航運有限公司から上海とモスクワにオフィスを構え一帯一路構想に参加しているロシアのTorgmoll社に変更した。
(6) 中国政府は、民間部門のすべての中国国民に国家安全保障関連の任務を遂行するよう命じることができ、中国国民はその命令に従わなければならない。実際に自国の政府で副業をしている中国の民間人の割合はおそらく少ないであろうが、中国政府が日常的に中国の民間部門を一種の活力として利用していることは明らかである。民間の漁船団は、南シナ海における中国の地政学的目標を支援している。中国は、海外に居住する一部の民間人に情報収集を依頼している。また、中国政府の指示の下でサイバー犯罪を行うコンピューターハッカーへの供給を民間企業に頼っている。中国は台湾海峡においても同様のことをしていると疑われている。中国の漁船や掘削機の設備は、台湾と中国本土の海岸に非常に近い沖合の島々を結ぶ海底通信ケーブルを定期的に切断している。中国は長年にわたって台湾に対して様々な形のグレーゾーン戦を行う明確な動機を持っている。Atlantic Council上席研究員Elisabeth Brawは、台湾に通じる海底ケーブルの破断は「不自然なほど頻繁」であるため、「偶発的な損傷には見えず、台湾に対する嫌がらせのように見える」と結論付けている。
(7) 「ニューニュー・ポーラー・ベア」事件には3つの可能性がある。第1は最良の事態で、バルチックコネクターが誤って切断されたことである。フォームの終わり第2の可能性は、この事件は中国政府の一部が指示した意図的な破壊工作であったが、全体的な結果は、中国が再び同様の行動を採ることを思いとどまらせるのに十分なほど否定的だったというものである。第3の最悪の可能性は、中国とロシアの間の新たな形の戦略的協力が始まったのかもしれないということである。北朝鮮は、Putin大統領のウクライナ戦争のために、ロシアにミサイルと大砲の弾薬を供給している。中国政府はPutin大統領を支持するためにそこまですることを避けてきた。それどころか、中国は殺傷を伴わない支援を提供しているが、中国当局者やメディアは、ウクライナに武器を供与することで米国が「炎に油を注ぐ」と批判している。しかし、その主張の外で、ロシアの権益を直接支援してグレーゾーン戦を行うことは、中ロ安全保障協力の新たな側面であり、独裁主義陣営による米国陣営に対する新たな地球規模の課題を提起することになる。もしバルチックコネクター破壊工作が本当に意図的だったとすれば、中国は故意に西欧との関係改善の試みを危険にさらしたことになる。それはまた、ロシアがその見返りに中国に何を与えるのかという問題も提起する。台湾や南シナ海をめぐる紛争で中国が勝利するための、ある種の具体的なロシアの行動が見返りとなるかもしれない。この事件から中国政府が得た教訓は、事故の真実を公開することはそれほど悪くないということであり、事故だったと主張することでグレーゾーン戦が受け入れられるわけではないということであろう。
記事参照:Is China conducting ‘gray zone’ warfare for Russia?
関連記事:12月21日「中国船が北極海航路でパイプラインを損傷させた疑い―ノルウェー紙報道」(High North News, December 21, 2023)
https://www.spf.org/oceans/analysis_ja01/_20231221.html
8月19日「南シナ海係争海域でのフィリピンの挑発的行為は失敗に終わる―中国専門家論説」(China Daily, August 19, 2024)
8月19日付の中国共産党英字日刊紙China Daily電子版は、中国南海研究院海洋法律与政策研究所副所長の丁鐸と同研究院対外交流部助理研究員の鐘卉の連名による“Xianbin Reef: Manila's provocation will end in failure”と題する論説を掲載し、ここで両名は南シナ海係争海域でのフィリピンの挑発的行為は必ず失敗に終わると断じ、中国側の視点から要旨以下のように述べている(本稿は中国紙掲載にされた中国専門家の論考であるため、南シナ海海洋自然地形名の表記については中国名とし、初出の場合には英語名とフィリピン名のカタカナ表記を括弧内に記載した:抄訳者注)。
(1) 中国海警局によれば、Philippine Coast Guard(以下、PCGと言う)巡視船の1隻が8月19日早朝、仙濱礁(英語名:サビナ礁、フィリピン名:エスコダ礁)周辺海域で度重なる警告を無視し、故意に中国海警船に衝突し、その後、比巡視船は仁愛礁(英語名:セカンド・トーマス礁、フィリピン名:アユンギ礁)周辺海域に不法に侵入した。PCG最大級の巡視船「テレサ・マグバアヌア*」は、100日以上にわたって仙濱礁周辺海域に不法に居続けている。さらにフィリピンは、漁業監視船を派遣し、中国海域に漁船団を組織して侵入させている。仙濱礁を巡る問題に対するフィリピン政府の最近の行動から、その動機は容易に理解できる。フィリピン政府は長年、様々な口実を設けて、南沙諸島の中国領の海洋自然地形を占領しようとしてきた。フィリピン政府の南シナ海政策は、米Biden政権に後押しされて、より冒険的で投機的になってきている。フィリピンは、南シナ海仲裁裁判所の違法裁定を盾に、南シナ海における違法な主張と挑発行為を正当化しようとしている。
(2) 仙濱礁は中国領南沙諸島の一部であり、フィリピンのEEZ内ではない**。仙濱礁周辺海域における中国漁船団の操業と中国海軍艦艇および海警船による哨戒と法執行活動は、中国の国内法およびUNCLOSを含む国際法に準拠している。中国当局の指摘どおり、フィリピンの行動は中国の主権と南シナ海行動宣言(DOC)に対する重大な違反であり、地域の平和と安定に対する深刻な脅威となっている。中国の固有領土である仙濱礁は南沙諸島の無人のサンゴ礁で、サンゴ礁の面積は仁愛礁よりも大きく、84km2に及び、サンゴ礁の中央部は最大水深33メートルの礁湖となっており、一部の砂州とサンゴ礁を除いて、水面下にある。中国海警船は、サンゴ礁の周辺海域と礁湖において常時任務に就いている。仙濱礁周辺海域は、中国漁民の伝統的な漁場でもある。
(3) 仙濱礁礁湖の中央部に居続けるPCG巡視船「テレサ・マグバアヌア」の乗員は60人以上で、同船の滞洋力はわずか15日間で、そのためフィリピンは別の小型巡視船を利用して要員の交代と物資補給を行っている。フィリピン政府は過去4ヵ月間、船上で国旗掲揚式を行い、「海洋科学者」と記者を仙濱礁に招待した。フィリピンは2023年後半から、仙濱礁問題を喧伝し、中国漁民による仙濱礁の海洋生態環境の破壊、中国による仙濱礁の埋立て計画など、中国の活動を意図的に中傷し、多くの偽情報を流している。こうしたフィリピンの行動の背景には、中国領土の侵略というフィリピンの野望がある。その狙いは、第1に、フィリピンは、仙濱礁に展開したPCGの巡視船を仁愛礁に座礁させた「シエラ・マドレ」への建築資材輸送の中継拠点として利用することで、輸送効率強化を狙っている。第2に、フィリピンは、同巡視船の長期展開を通じて、仙濱礁の実効支配を確立しようとしている。
(4) 仙濱礁でのフィリピンの行動は米国と密接な関係があり、フィリピンの行動に先立って、U.S. Coast Guard太平洋地域司令官がマニラを訪問し、海洋安全保障における米比両国の協力強化のため、PCG当局と詳細な話し合いを行った。フィリピン・メディアの報道はその詳細な内容に触れていないが、その際公開された写真では、米比両国の会議参加者の後ろのスクリーンには、パラワン諸島から仙濱礁までの地図が表示され、仙濱礁の場所は赤丸で印が付けられていた。これは微妙な意図を示唆しており、この会談では、米比双方が少なくとも仙濱礁周辺海域でのPCGやその他の船舶活動について話し合ったり、情報を共有したりしたという事実を反映している。会談後、米当局者は、マニラ港に停泊しているPCG巡視船「メルチョラ・アキノ」に乗船している。
(5) 最近の情報によれば、フィリピンは巡視船「メルチョラ・アキノ」 を仙濱礁周辺海域に派遣する計画であるという。船舶自動識別装置(AIS)によれば、巡視船「メルチョラ・アキノ」は8月16日までマニラ港に停泊していたが、8月17日にAIS信号をオフにし、同港を離れて仙濱礁に向かって移動していることを示した。巡視船「メルチョラ・アキノ」の任務にはいくつかの可能性がある。第1に4ヵ月間、仙濱礁の礁湖に展開している巡視船「テレサ・マグバアヌア」との交代であり、第2は両船ともに仙濱礁の礁湖に展開を維持し、半永久的な前哨拠点を形成することである。そして第3は、巡視船「テレサ・マグバアヌア」やその他のフィリピン船舶への補給が考えられる。とは言え、現地での管理と権益、そして安定を維持する能力の観点から、フィリピンが仙濱礁でどれ程問題を引き起こしても、中国の効果的な対応と処理能力に対抗することは不可能であろう。
(6) フィリピンの行動は、中国の領土主権への侵害に加えて、DOCにも違反している。DOC第5項は当事者による紛争の複雑化や事態拡大、そして平和と安定に影響を与える活動の自制を規定しており、これには特に現在無人の海洋自然地形における居住などの行動の自制が含まれている。仙濱礁は無人の海洋自然地形である。DOCを誠実に履行しなければ、DOCの価値は低下し、侵食されることになる。この意味で、フィリピンによる仙濱礁でのDOC第5項違反に対する中国の対抗措置は、自国の領土主権の保護に加えて、DOCの尊厳と権威を維持する必要性に基づいている。中国は、フィリピンの仙濱礁での行動を許さない。フィリピン政府がその目標を達成することは決してあり得ない。
記事参照:Xianbin Reef: Manila's provocation will end in failure
*:PCG巡視船「テレサ・マグバアヌア」は、フィリピンの海洋における法執行能力強化のため、海上保安庁の「くにさき」型巡視船をひな型に日本で建造され、フィリピンに供与されたもので、PCG最大級の巡視船である。巡視船「メルチョラ・アキノ」は2番船である。
**:仙濱礁はフィリピン領パラワン島から約124海里の位置にあり、比のEEZ内に所在する。
(1) 中国海警局によれば、Philippine Coast Guard(以下、PCGと言う)巡視船の1隻が8月19日早朝、仙濱礁(英語名:サビナ礁、フィリピン名:エスコダ礁)周辺海域で度重なる警告を無視し、故意に中国海警船に衝突し、その後、比巡視船は仁愛礁(英語名:セカンド・トーマス礁、フィリピン名:アユンギ礁)周辺海域に不法に侵入した。PCG最大級の巡視船「テレサ・マグバアヌア*」は、100日以上にわたって仙濱礁周辺海域に不法に居続けている。さらにフィリピンは、漁業監視船を派遣し、中国海域に漁船団を組織して侵入させている。仙濱礁を巡る問題に対するフィリピン政府の最近の行動から、その動機は容易に理解できる。フィリピン政府は長年、様々な口実を設けて、南沙諸島の中国領の海洋自然地形を占領しようとしてきた。フィリピン政府の南シナ海政策は、米Biden政権に後押しされて、より冒険的で投機的になってきている。フィリピンは、南シナ海仲裁裁判所の違法裁定を盾に、南シナ海における違法な主張と挑発行為を正当化しようとしている。
(2) 仙濱礁は中国領南沙諸島の一部であり、フィリピンのEEZ内ではない**。仙濱礁周辺海域における中国漁船団の操業と中国海軍艦艇および海警船による哨戒と法執行活動は、中国の国内法およびUNCLOSを含む国際法に準拠している。中国当局の指摘どおり、フィリピンの行動は中国の主権と南シナ海行動宣言(DOC)に対する重大な違反であり、地域の平和と安定に対する深刻な脅威となっている。中国の固有領土である仙濱礁は南沙諸島の無人のサンゴ礁で、サンゴ礁の面積は仁愛礁よりも大きく、84km2に及び、サンゴ礁の中央部は最大水深33メートルの礁湖となっており、一部の砂州とサンゴ礁を除いて、水面下にある。中国海警船は、サンゴ礁の周辺海域と礁湖において常時任務に就いている。仙濱礁周辺海域は、中国漁民の伝統的な漁場でもある。
(3) 仙濱礁礁湖の中央部に居続けるPCG巡視船「テレサ・マグバアヌア」の乗員は60人以上で、同船の滞洋力はわずか15日間で、そのためフィリピンは別の小型巡視船を利用して要員の交代と物資補給を行っている。フィリピン政府は過去4ヵ月間、船上で国旗掲揚式を行い、「海洋科学者」と記者を仙濱礁に招待した。フィリピンは2023年後半から、仙濱礁問題を喧伝し、中国漁民による仙濱礁の海洋生態環境の破壊、中国による仙濱礁の埋立て計画など、中国の活動を意図的に中傷し、多くの偽情報を流している。こうしたフィリピンの行動の背景には、中国領土の侵略というフィリピンの野望がある。その狙いは、第1に、フィリピンは、仙濱礁に展開したPCGの巡視船を仁愛礁に座礁させた「シエラ・マドレ」への建築資材輸送の中継拠点として利用することで、輸送効率強化を狙っている。第2に、フィリピンは、同巡視船の長期展開を通じて、仙濱礁の実効支配を確立しようとしている。
(4) 仙濱礁でのフィリピンの行動は米国と密接な関係があり、フィリピンの行動に先立って、U.S. Coast Guard太平洋地域司令官がマニラを訪問し、海洋安全保障における米比両国の協力強化のため、PCG当局と詳細な話し合いを行った。フィリピン・メディアの報道はその詳細な内容に触れていないが、その際公開された写真では、米比両国の会議参加者の後ろのスクリーンには、パラワン諸島から仙濱礁までの地図が表示され、仙濱礁の場所は赤丸で印が付けられていた。これは微妙な意図を示唆しており、この会談では、米比双方が少なくとも仙濱礁周辺海域でのPCGやその他の船舶活動について話し合ったり、情報を共有したりしたという事実を反映している。会談後、米当局者は、マニラ港に停泊しているPCG巡視船「メルチョラ・アキノ」に乗船している。
(5) 最近の情報によれば、フィリピンは巡視船「メルチョラ・アキノ」 を仙濱礁周辺海域に派遣する計画であるという。船舶自動識別装置(AIS)によれば、巡視船「メルチョラ・アキノ」は8月16日までマニラ港に停泊していたが、8月17日にAIS信号をオフにし、同港を離れて仙濱礁に向かって移動していることを示した。巡視船「メルチョラ・アキノ」の任務にはいくつかの可能性がある。第1に4ヵ月間、仙濱礁の礁湖に展開している巡視船「テレサ・マグバアヌア」との交代であり、第2は両船ともに仙濱礁の礁湖に展開を維持し、半永久的な前哨拠点を形成することである。そして第3は、巡視船「テレサ・マグバアヌア」やその他のフィリピン船舶への補給が考えられる。とは言え、現地での管理と権益、そして安定を維持する能力の観点から、フィリピンが仙濱礁でどれ程問題を引き起こしても、中国の効果的な対応と処理能力に対抗することは不可能であろう。
(6) フィリピンの行動は、中国の領土主権への侵害に加えて、DOCにも違反している。DOC第5項は当事者による紛争の複雑化や事態拡大、そして平和と安定に影響を与える活動の自制を規定しており、これには特に現在無人の海洋自然地形における居住などの行動の自制が含まれている。仙濱礁は無人の海洋自然地形である。DOCを誠実に履行しなければ、DOCの価値は低下し、侵食されることになる。この意味で、フィリピンによる仙濱礁でのDOC第5項違反に対する中国の対抗措置は、自国の領土主権の保護に加えて、DOCの尊厳と権威を維持する必要性に基づいている。中国は、フィリピンの仙濱礁での行動を許さない。フィリピン政府がその目標を達成することは決してあり得ない。
記事参照:Xianbin Reef: Manila's provocation will end in failure
*:PCG巡視船「テレサ・マグバアヌア」は、フィリピンの海洋における法執行能力強化のため、海上保安庁の「くにさき」型巡視船をひな型に日本で建造され、フィリピンに供与されたもので、PCG最大級の巡視船である。巡視船「メルチョラ・アキノ」は2番船である。
**:仙濱礁はフィリピン領パラワン島から約124海里の位置にあり、比のEEZ内に所在する。
8月20日「米国の北極圏に対する新たな防衛戦略は、投資の氷の上限を破るのか?―米専門家論説」(Arctic Today, August 20, 2024)
8月20日付けの環北極メディア協力組織ARCTIC TODAYのウエブサイトは、U.S. Coast Guard AcademyのCenter for Arctic Study and Policy客員教授Dr. Abbie Tingstadの“Will the new U.S. defense strategy for the Arctic break the investment ice ceiling?”と題する論説を掲載し、ここでAbbie Tingstadは平和な北極圏に対する米国の国家的利益確保のためには、北極圏に固有の所用を満たすことに適した基幹施設と能力への持続的な投資が求められているとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2024年7月22日にU.S. Department of Defenseの新たな北極戦略の文書が発表されてから数週間で、ノルウェーとの提携を通じて2機の北極圏通信衛星が打ち上げられた。また、U.S. ArmyはアラスカにArctic Aviation Command の編成を発表した。このような投資は、数年かけて行われており、米国が北極圏における軍事力とその増強に前向きであることを示しているが、新戦略の実施に必要な勢いは、今後数年間にわたって維持できるのであろうか。改訂されたU.S. Department of Defenseの北極戦略は、いくつかの重要な更新箇所とともに、今までの多くの課題を引き継いでいる。この新たな文書では、特に中国とロシアとの関係に重点を置いており、2019年の文書よりもNATOを強調している。これは、米国が北極圏の防衛に重要な変化をもたらしていることを示している。また、同文書は、2022年のロシアによるウクライナへの侵攻、それに伴う西側諸国のロシアに対する追加経済制裁、フィンランドとスウェーデンの加盟を通じたNATO拡大以来、北極圏におけるロシアと中国の関係が緊密になっていることを指摘している。ロシアと中国は初めて、アリューシャン列島付近で海軍艦艇を共同で運用し、北極圏での海運を規制する協定を試しているように見える。中ロは、バルト海のケーブルやパイプラインの損傷について共謀した可能性があり、ロシア北部の軍事拠点ムルマンスクで海上法執行協定にも署名している。
(2) 地政学的な緊張と経済的可能性が進化する中で、北極圏における米国の存在をより持続的かつ効果的にするためには、いくつかの投資が必要である。U.S. Department of Defense の北極戦略発表の記者会見で、北極および世界の抗堪性を担当する国防副次官補Iris Fergusonは、この戦略は「行動を起こすことを強く目指したものである」と表現している。U.S. Armed Forcesにとって重要な事業計画となっており、この戦略が多額の投資を動機付けるかどうかは、その後の実施計画と予算編成の支援の成功にかかっている。北極圏への投資は、米国では長年困難であった。10年以上前、当時のU.S. Northern Command司令官Charles H. Jacoby, Jr.と当時のU.S. Coast Guard司令官Robert J. Pappは、この新たなU.S. Department of Defenseの戦略で強調されたのと同じ北極圏の多くの問題を指摘している。それ以来、2024年7月初旬に米国、カナダ、フィンランドの間で締結された砕氷技術に関する協定など、漸進的で不均一な進展が見られた。
(3) U.S. Department of Defenseの最新の北極戦略で、この地域における中国の活動に重点を置くことは、投資拡大を正当化するための緊急性と優先順位の問題を克服するのに役立つ可能性がある。2024年7月、中国海軍艦艇がアリューシャン列島付近で「航行の自由作戦」を実施したため、U.S. Coast Guardの対応が必要となった。一般的には、中国の北極圏の活動は経済的利益と科学的協力に限定されてきた。改訂されたU.S. Department of Defenseの戦略では、フィンランドとスウェーデンが最近NATOに加盟したことや、対話や演習などの提携国の関与の役割にも重点が置かれている。提携国との協力は、米国が既存の能力で北極圏でより多くのことを行えるようにするために非常に重要である。また、米国が技術、物流、戦術の入手を促進できるようになり、追加で支出される金額がさらに増加する可能性もある。
(4) 新たな戦略にも的外れな部分が1つある。米国防副長官Kathleen Hicksは、戦略発表の記者会見で、「ウクライナで進行中のロシアの違法な戦争により、北極圏問題に関する政府間の協力は事実上不可能になった」と述べている。北極圏問題に関するロシアとのあらゆる対話と協力を無くすことは、この地域におけるロシアの巨大な存在感を考えると不可能であった。たとえば、U.S. Coast GuardはПограничная служба Федеральной службы безопасности Российской Федерации(ロシア連邦保安庁国境警備局)との通信を継続する必要がある。より広い意味では、軍事問題を議論しない地域の主要な外交フォーラムであるArctic Council(北極評議会)は、ノルウェーが議長国を務めるロシアを含む一部の実務レベルの協力を再開した。これらは、誤解を防ぎ、適切な場合には、米国の国内および集団的な北極圏の利益における将来の協力のために維持されるべき安定化への経路である。U.S. Department of Defenseの北極戦略の最新版は冷戦時代とは異なり、米国が「熱い」好戦的な隣国であるロシアと強力な対立相手である中国から同時に圧力を受けている北極圏の安全保障に関する考え方の進化を反映している。安全で繁栄する持続可能で平和な北極圏に対する米国の国家的および地域的利益確保のためには、北極圏の固有の所用を満たすのに適した必要な基幹施設、能力、能力への持続的な投資への関与が求められている。
記事参照:Will the new U.S. defense strategy for the Arctic break the investment ice ceiling?
(1) 2024年7月22日にU.S. Department of Defenseの新たな北極戦略の文書が発表されてから数週間で、ノルウェーとの提携を通じて2機の北極圏通信衛星が打ち上げられた。また、U.S. ArmyはアラスカにArctic Aviation Command の編成を発表した。このような投資は、数年かけて行われており、米国が北極圏における軍事力とその増強に前向きであることを示しているが、新戦略の実施に必要な勢いは、今後数年間にわたって維持できるのであろうか。改訂されたU.S. Department of Defenseの北極戦略は、いくつかの重要な更新箇所とともに、今までの多くの課題を引き継いでいる。この新たな文書では、特に中国とロシアとの関係に重点を置いており、2019年の文書よりもNATOを強調している。これは、米国が北極圏の防衛に重要な変化をもたらしていることを示している。また、同文書は、2022年のロシアによるウクライナへの侵攻、それに伴う西側諸国のロシアに対する追加経済制裁、フィンランドとスウェーデンの加盟を通じたNATO拡大以来、北極圏におけるロシアと中国の関係が緊密になっていることを指摘している。ロシアと中国は初めて、アリューシャン列島付近で海軍艦艇を共同で運用し、北極圏での海運を規制する協定を試しているように見える。中ロは、バルト海のケーブルやパイプラインの損傷について共謀した可能性があり、ロシア北部の軍事拠点ムルマンスクで海上法執行協定にも署名している。
(2) 地政学的な緊張と経済的可能性が進化する中で、北極圏における米国の存在をより持続的かつ効果的にするためには、いくつかの投資が必要である。U.S. Department of Defense の北極戦略発表の記者会見で、北極および世界の抗堪性を担当する国防副次官補Iris Fergusonは、この戦略は「行動を起こすことを強く目指したものである」と表現している。U.S. Armed Forcesにとって重要な事業計画となっており、この戦略が多額の投資を動機付けるかどうかは、その後の実施計画と予算編成の支援の成功にかかっている。北極圏への投資は、米国では長年困難であった。10年以上前、当時のU.S. Northern Command司令官Charles H. Jacoby, Jr.と当時のU.S. Coast Guard司令官Robert J. Pappは、この新たなU.S. Department of Defenseの戦略で強調されたのと同じ北極圏の多くの問題を指摘している。それ以来、2024年7月初旬に米国、カナダ、フィンランドの間で締結された砕氷技術に関する協定など、漸進的で不均一な進展が見られた。
(3) U.S. Department of Defenseの最新の北極戦略で、この地域における中国の活動に重点を置くことは、投資拡大を正当化するための緊急性と優先順位の問題を克服するのに役立つ可能性がある。2024年7月、中国海軍艦艇がアリューシャン列島付近で「航行の自由作戦」を実施したため、U.S. Coast Guardの対応が必要となった。一般的には、中国の北極圏の活動は経済的利益と科学的協力に限定されてきた。改訂されたU.S. Department of Defenseの戦略では、フィンランドとスウェーデンが最近NATOに加盟したことや、対話や演習などの提携国の関与の役割にも重点が置かれている。提携国との協力は、米国が既存の能力で北極圏でより多くのことを行えるようにするために非常に重要である。また、米国が技術、物流、戦術の入手を促進できるようになり、追加で支出される金額がさらに増加する可能性もある。
(4) 新たな戦略にも的外れな部分が1つある。米国防副長官Kathleen Hicksは、戦略発表の記者会見で、「ウクライナで進行中のロシアの違法な戦争により、北極圏問題に関する政府間の協力は事実上不可能になった」と述べている。北極圏問題に関するロシアとのあらゆる対話と協力を無くすことは、この地域におけるロシアの巨大な存在感を考えると不可能であった。たとえば、U.S. Coast GuardはПограничная служба Федеральной службы безопасности Российской Федерации(ロシア連邦保安庁国境警備局)との通信を継続する必要がある。より広い意味では、軍事問題を議論しない地域の主要な外交フォーラムであるArctic Council(北極評議会)は、ノルウェーが議長国を務めるロシアを含む一部の実務レベルの協力を再開した。これらは、誤解を防ぎ、適切な場合には、米国の国内および集団的な北極圏の利益における将来の協力のために維持されるべき安定化への経路である。U.S. Department of Defenseの北極戦略の最新版は冷戦時代とは異なり、米国が「熱い」好戦的な隣国であるロシアと強力な対立相手である中国から同時に圧力を受けている北極圏の安全保障に関する考え方の進化を反映している。安全で繁栄する持続可能で平和な北極圏に対する米国の国家的および地域的利益確保のためには、北極圏の固有の所用を満たすのに適した必要な基幹施設、能力、能力への持続的な投資への関与が求められている。
記事参照:Will the new U.S. defense strategy for the Arctic break the investment ice ceiling?
【補遺】
旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) Careful: The Next World War Could Start Small
https://nationalinterest.org/feature/careful-next-world-war-could-start-small-212277
The National Interest, August 15, 2024
By Dr. Julian Spencer-Churchill, an associate professor of international relations at Concordia University
8月15日、カナダConcordia Universityの国際関係論准教授Julian Spencer-Churchillは、米隔月刊誌The National Interest電子版に、“Careful: The Next World War Could Start Small”と題する論説を寄稿した。その中で、①民主主義諸国が領土征服に対する核抑止力と通常抑止力を強化しなければ、国際的対立は世界的な戦争へと発展する。②国の指導者が戦争を引き起こす危険性を冒す価値があると考えるには、その国にとって生存を脅かす危機が存在する必要はない。③局地的な脅威から世界規模の戦争への事態拡大に対する抑止力を成功させるためには必要条件がある。a. 戦略核抑止力と地域介入に必要な通常の海洋横断戦力の両方を提供する誘因を持つ国が少なくとも1つは存在する必要がある。b.民主主義諸国は、動員のための信頼できる同盟の枠組みを形成しなければならない。c.合理的抑止理論では、抑止が成功するためには、「十分な軍事力」「確かな武力行使の意思」「脅威の伝達」という3つの必要条件がある。④意思疎通ができない理由は、第1に、国内の有権者に不安を与え、無責任に好戦的に見えることを避けること、第2に、紛争に言及しないことで、紛争が激化し、戦争に発展する可能性を減らせるという誤った考え方がある。⑤米政府は台湾の防衛に関してあいまいな保証に固執し、1979年のように地上軍を展開することを拒否している。⑥中国、ロシア、イランを抑止するには、NATOとその民主的同盟国が周辺部の小国家の防衛に注力する必要がある。⑦中国、ロシア、イランは、侵食戦術を適用することで、より簡単な主目標とは直接関係ないような目標を攻撃し、それを積み重ねて後に大規模な攻撃につなげるのである。⑧平和を維持するためには、民主主義の最前線を周辺部に押し出すべきであるという主張を行っている。
(2) A new US, Russia, China nuclear arms race spells danger
https://www.aspistrategist.org.au/a-new-us-russia-china-nuclear-arms-race-spells-danger/
The Strategist, August 16, 2024
By Paul Dibb, emeritus professor in strategic studies at the Australia National University
2024年8月16日、Australia National UniversityのPaul Dibb名誉教授は、Australian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistに“A new US, Russia, China nuclear arms race spells danger”と題する論説を寄稿した。その中でPaul Dibbは、米国は冷戦時代とは異なり、今後10年で中ロという2つの同等の核大国に直面する可能性があるが、2034年までに中国の戦略核兵器が米国と同数になると予測されており、中ロ両国を合わせるとアメリカの2倍の核兵器を保有することになると指摘した上で、米ロ両国は長年にわたり核兵器削減交渉を続けてきたが、最近では交渉が停滞し、複数の条約が破棄されている一方で、中国はこれまで核軍縮に関与してこなかったために、核兵器数は急速に増加していると述べている。そしてPaul Dibbは、米国はこれに対応するために核兵器の再配置や増強を検討しているが、同時に中ロ両国を抑止するためには、現状の1,500発の核兵器では不十分である可能性が指摘されているほか、米国の核抑止力の信頼性が問われる中で、同盟国、特に日本などのアジア太平洋地域における防衛対策も重要な課題となっているが、オーストラリアもまた、この新たな核競争の脅威に対処するため、米国との緊密な協議が必要であると主張している。
(3) ICE Pact: Why the US had to recruit help in race with Russia, China for Arctic icebreakers
https://breakingdefense.com/2024/08/ice-pact-why-the-us-had-to-recruit-help-in-race-with-russia-china-for-arctic-icebreakers/
Breaking Defense, August 16, 2024
2024年8月16日、米国防関連デジタル誌Breaking Defenseは“ICE Pact: Why the US had to recruit help in race with Russia, China for Arctic icebreakers”と題する論説を掲載した。その中では、米国はロシアや中国との極地競争で遅れを取っているが、特に北極圏での砕氷船不足が深刻であり、2024年7月、アメリカの砕氷船「ヒーリー」が電気火災により任務を中断し、もう1隻の砕氷船も乾ドックでの保守・整備中であったため、米国の極地での活動能力が一時的に失われたとした上で、この状況を受けて、米国はカナダとフィンランドとの極地砕氷船建造に関する協力協定、いわゆるICE Pactを締結し、これらの国々と協力して新たな砕氷船の建造と購入を進めることを決定したが、ロシアは41隻の砕氷船を保有しており、中国も少なくとも5隻を運用している中で、米国の砕氷船は12隻に過ぎず、その多くは老朽化していると指摘している。そして同記事は、米国は、これまで極地作戦においてカナダやフィンランドに頼ってきたが、ICE Pactは米国がこの競争において自身の能力を向上させるための重要な一歩となるが、ロシアと中国の極地での野心が高まる中で、米国とその同盟国は、極地での航行と安全保障を確保するための取り組みを強化する必要があると主張している。
(4) Why there’s no quick fix in the South China Sea disputes, and war ‘cannot be ruled out’
https://www.scmp.com/news/china/diplomacy/article/3274829/why-theres-no-quick-fix-south-china-sea-disputes-and-war-cannot-be-ruled-out?module=AI_Recommended_for_you_In-house&pgtype=section
South China Morning Post.com, August 19, 2024
By Wu Shicun(呉士存), Founding President, The National Institute for South China Sea Studies(中国南海研究院創始院長)
2024年8月19日、中国南海研究院創始院長である呉士存は、香港日刊英字紙South Chine Morning Post電子版に“Why there’s no quick fix in the South China Sea disputes, and war ‘cannot be ruled out’ ”と題する論説を寄稿した。その中で呉士存、南シナ海の領有権紛争においては、迅速な解決策が存在しないと考えられるとし、その背景として、米国主導の軍事化が進む一方で、中国とフィリピン、ベトナム、マレーシアなどの係争国は各々の主張を強化しており、交渉による解決は難航しているほか、特に、フィリピンは米国との同盟関係を背景に、中国に対して強硬な姿勢を取っているからだと説明している。そして呉士存は、ベトナムも最近、南シナ海での土地埋め立てを加速させており、これに対して中国がどのように対応するかが注目されているが、南シナ海の問題は、単なる地域紛争にとどまらず、米中間の地政学的競争の一環として捉えられており、戦争の可能性も排除できないと指摘した上で、問題の解決には、新たな合意形成が必要であり、軍事化を緩和し、環境保護や持続可能な漁業を目指した協力が求められると主張している。
(1) Careful: The Next World War Could Start Small
https://nationalinterest.org/feature/careful-next-world-war-could-start-small-212277
The National Interest, August 15, 2024
By Dr. Julian Spencer-Churchill, an associate professor of international relations at Concordia University
8月15日、カナダConcordia Universityの国際関係論准教授Julian Spencer-Churchillは、米隔月刊誌The National Interest電子版に、“Careful: The Next World War Could Start Small”と題する論説を寄稿した。その中で、①民主主義諸国が領土征服に対する核抑止力と通常抑止力を強化しなければ、国際的対立は世界的な戦争へと発展する。②国の指導者が戦争を引き起こす危険性を冒す価値があると考えるには、その国にとって生存を脅かす危機が存在する必要はない。③局地的な脅威から世界規模の戦争への事態拡大に対する抑止力を成功させるためには必要条件がある。a. 戦略核抑止力と地域介入に必要な通常の海洋横断戦力の両方を提供する誘因を持つ国が少なくとも1つは存在する必要がある。b.民主主義諸国は、動員のための信頼できる同盟の枠組みを形成しなければならない。c.合理的抑止理論では、抑止が成功するためには、「十分な軍事力」「確かな武力行使の意思」「脅威の伝達」という3つの必要条件がある。④意思疎通ができない理由は、第1に、国内の有権者に不安を与え、無責任に好戦的に見えることを避けること、第2に、紛争に言及しないことで、紛争が激化し、戦争に発展する可能性を減らせるという誤った考え方がある。⑤米政府は台湾の防衛に関してあいまいな保証に固執し、1979年のように地上軍を展開することを拒否している。⑥中国、ロシア、イランを抑止するには、NATOとその民主的同盟国が周辺部の小国家の防衛に注力する必要がある。⑦中国、ロシア、イランは、侵食戦術を適用することで、より簡単な主目標とは直接関係ないような目標を攻撃し、それを積み重ねて後に大規模な攻撃につなげるのである。⑧平和を維持するためには、民主主義の最前線を周辺部に押し出すべきであるという主張を行っている。
(2) A new US, Russia, China nuclear arms race spells danger
https://www.aspistrategist.org.au/a-new-us-russia-china-nuclear-arms-race-spells-danger/
The Strategist, August 16, 2024
By Paul Dibb, emeritus professor in strategic studies at the Australia National University
2024年8月16日、Australia National UniversityのPaul Dibb名誉教授は、Australian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistに“A new US, Russia, China nuclear arms race spells danger”と題する論説を寄稿した。その中でPaul Dibbは、米国は冷戦時代とは異なり、今後10年で中ロという2つの同等の核大国に直面する可能性があるが、2034年までに中国の戦略核兵器が米国と同数になると予測されており、中ロ両国を合わせるとアメリカの2倍の核兵器を保有することになると指摘した上で、米ロ両国は長年にわたり核兵器削減交渉を続けてきたが、最近では交渉が停滞し、複数の条約が破棄されている一方で、中国はこれまで核軍縮に関与してこなかったために、核兵器数は急速に増加していると述べている。そしてPaul Dibbは、米国はこれに対応するために核兵器の再配置や増強を検討しているが、同時に中ロ両国を抑止するためには、現状の1,500発の核兵器では不十分である可能性が指摘されているほか、米国の核抑止力の信頼性が問われる中で、同盟国、特に日本などのアジア太平洋地域における防衛対策も重要な課題となっているが、オーストラリアもまた、この新たな核競争の脅威に対処するため、米国との緊密な協議が必要であると主張している。
(3) ICE Pact: Why the US had to recruit help in race with Russia, China for Arctic icebreakers
https://breakingdefense.com/2024/08/ice-pact-why-the-us-had-to-recruit-help-in-race-with-russia-china-for-arctic-icebreakers/
Breaking Defense, August 16, 2024
2024年8月16日、米国防関連デジタル誌Breaking Defenseは“ICE Pact: Why the US had to recruit help in race with Russia, China for Arctic icebreakers”と題する論説を掲載した。その中では、米国はロシアや中国との極地競争で遅れを取っているが、特に北極圏での砕氷船不足が深刻であり、2024年7月、アメリカの砕氷船「ヒーリー」が電気火災により任務を中断し、もう1隻の砕氷船も乾ドックでの保守・整備中であったため、米国の極地での活動能力が一時的に失われたとした上で、この状況を受けて、米国はカナダとフィンランドとの極地砕氷船建造に関する協力協定、いわゆるICE Pactを締結し、これらの国々と協力して新たな砕氷船の建造と購入を進めることを決定したが、ロシアは41隻の砕氷船を保有しており、中国も少なくとも5隻を運用している中で、米国の砕氷船は12隻に過ぎず、その多くは老朽化していると指摘している。そして同記事は、米国は、これまで極地作戦においてカナダやフィンランドに頼ってきたが、ICE Pactは米国がこの競争において自身の能力を向上させるための重要な一歩となるが、ロシアと中国の極地での野心が高まる中で、米国とその同盟国は、極地での航行と安全保障を確保するための取り組みを強化する必要があると主張している。
(4) Why there’s no quick fix in the South China Sea disputes, and war ‘cannot be ruled out’
https://www.scmp.com/news/china/diplomacy/article/3274829/why-theres-no-quick-fix-south-china-sea-disputes-and-war-cannot-be-ruled-out?module=AI_Recommended_for_you_In-house&pgtype=section
South China Morning Post.com, August 19, 2024
By Wu Shicun(呉士存), Founding President, The National Institute for South China Sea Studies(中国南海研究院創始院長)
2024年8月19日、中国南海研究院創始院長である呉士存は、香港日刊英字紙South Chine Morning Post電子版に“Why there’s no quick fix in the South China Sea disputes, and war ‘cannot be ruled out’ ”と題する論説を寄稿した。その中で呉士存、南シナ海の領有権紛争においては、迅速な解決策が存在しないと考えられるとし、その背景として、米国主導の軍事化が進む一方で、中国とフィリピン、ベトナム、マレーシアなどの係争国は各々の主張を強化しており、交渉による解決は難航しているほか、特に、フィリピンは米国との同盟関係を背景に、中国に対して強硬な姿勢を取っているからだと説明している。そして呉士存は、ベトナムも最近、南シナ海での土地埋め立てを加速させており、これに対して中国がどのように対応するかが注目されているが、南シナ海の問題は、単なる地域紛争にとどまらず、米中間の地政学的競争の一環として捉えられており、戦争の可能性も排除できないと指摘した上で、問題の解決には、新たな合意形成が必要であり、軍事化を緩和し、環境保護や持続可能な漁業を目指した協力が求められると主張している。
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