海洋安全保障情報旬報 2024年8月21日-8月31日

Contents

8月21日「近代戦争における奇襲の意義―オーストラリア軍事専門家論説」(The Interpreter, August 21, 2024)

 8月21日付のオーストラリアシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreter は、同Institute軍事研究担当上席研究員Mick Ryanの“Surprise and modern war”と題する論説を掲載し、そこでMick Ryanは透明な戦場と言われるウクライナ戦争において、ウクライナがクルスクへの奇襲を成功させた要因とその意義について、要旨以下のように述べている。
(1) Carl von Clausewitzはかつて、「奇襲は、例外なくあらゆる行動の基礎にある」と書いたが、Збройні сили України(ウクライナ軍)によるロシアのクルスク地方への侵入は、今日の戦争においてもなお、奇襲が重要な役割を持っていることを示した。
(2) 戦争が続くウクライナは「透明な戦場」としばしば表現されるが、これは誤っている。目に見えるものだけがすべてではない。衛星やドローンでは、司令官や戦闘員の頭や心の中を覗くことはできない。
(3) この100年間で奇襲はあらゆる戦争における重要な要因であった。1941年12月の真珠湾攻撃、第四次中東戦争を開始したアラブ諸国によるイスラエル攻撃、9・11同時多発テロ、2023年10月7日のハマスによるイスラエル攻撃は、すべて奇襲であった。こうしたことは、中国とソロモン諸島との安全保障協定の締結のように、平時にも起きうるものである。
(4) オーストラリア政府や軍部などが、近代戦における奇襲から学ぶべきことがあるとすれば、ウクライナがそれを成功させた要因がなんであったかであろう。それは、以下の5つであると考えられる。すなわち、良質な諜報、ウクライナの欺瞞工作、ウクライナの作戦上の安全確保、時期の選択、ロシア側の謙虚さの欠落である。
(5) 第1に、諜報はあらゆる軍事作戦の基本的要素である。ウクライナはロシアのドクトリンや文化に精通しており、また外国の軍事および商業的情報源からさまざまな情報を収集し、「目の細かい情報の全体像」へと統合している。第2に、欺瞞工作は長い歴史を持ち、ウクライナもそれを理解している。ウクライナはこの奇襲がどこで、いつ行われるかを隠すための包括的な欺瞞工作を立案、展開したのだ。第3に、奇襲の実現のためには、その作戦を開始するだいぶ前から、作戦上の安全や秘密を確保することも重要となる。ウクライナはロシアだけでなく米国などの主要支援国とも情報共有を制限していた
(6) 第4に時期の選択である。作戦実施を可能にするのは、ウクライナがあらゆる戦力を集中させることができるかどうかにかかっていたが、その戦力集中を実現した。他方、ロシア側は、ウクライナの大規模攻勢は2025年までは無理だろうと考えていた。これは第5の要因ともかかわるが、ロシア側がウクライナを過小評価していたこともきわめて重要であった。2024年を通じてロシアは戦争の主導権を握ってきたが、そのなかでウクライナ側をしっかり研究する姿勢を持たなかったのだろう。
(7) これら5つの要因は、21世紀の戦争に対する洞察を提供する。重要なのは、透明な戦場とされたウクライナにおいて、奇襲が成功するという事実であり、同じことがオーストラリア周辺や太平洋でも起こり得る。中国や北朝鮮はクルスク奇襲の成功要因を研究していることだろう。オーストラリアはしばらくの間、同様の奇襲に備える必要がある。
記事参照:Surprise and modern war

8月21日「台湾は米国から提供された兵器システムを早急に統合すべき―米専門家論説」(Atlantic Council, August 21, 2024)

 8月21日付の米シンクタンクAtlantic Councilのウエブサイトは、Atlantic CouncilのScowcroft Center for Strategy and Securityインド太平洋安全保障構想非常勤上席研究員Adam Kozloskiの“How quickly can Taiwan integrate US weapon systems? Speed is essential to help deter China.”と題する論説を掲載し、ここでAdam Kozloskiは同盟国の政策立案者は、台湾の現在の能力と納入された新システムを使用できるまでに要する時間を理解し、台湾軍が受領後すぐに使用可能なシステムを提供しなければならないとして、要旨以下のように述べている。
(1) ここ数年、台湾の軍事態勢に関する議論において、中国の能力が急速に高まる一方で、米国の兵器システムの台湾への引き渡しが大幅に遅れており、抑止力が危機に瀕していることが注目されてきた。しかし、引き渡しは台湾軍が兵器を統合する過程の一段階に過ぎない。統合過程は、兵器が台湾の海岸に到着した後も続く。引き渡しから統合に要するまでの期間は、一般には見えないことが多いが、中国政府がこの遅れを利用して軍事的侵略に動き出す前に、米政府と台湾政府はこの問題に早急に対処しなければならない。
(2) U.S. Department of Defenseがあいまいで主観的な用語を用いて、外国のシステム統合能力を定義しているため、兵器システム統合の時程表はほとんど明らかにされていない。さらに他の被援助国と同様、台湾も敵対国に兵器統合の遅れを宣伝したがらない。このような課題があるにもかかわらず、U.S. Department of StateとU.S. Department of Defenseは、海外に納入した兵器システムが統合できることを議会に証明するよう法令で義務付けられている。それは、議会の適切な委員会に提出され、後に公表される。
(3) U.S. Department of Defenseの武器売却主管機関であるDefense Security and Cooperation Agency(国防安全保障協力局:以下、DSCAと言う)が、売却を正式に議会や行政府に承認申請する前には、評価が行われなければならない。DSCAは、台湾に兵器システムを吸収する能力があると宣言しているが、この結論を導く正式な基準はない。その代わりに、DSCAは兵器統合のレベルを測るために2つの用語を使用している。それは初期運用能力(Initial Operational Capability:IOC)と完全運用能力(Full Operational Capability:FOC)であり、前者は、「あるシステムを受領する予定であった部隊構造内のいくつかの部隊および/または組織が、そのシステムを受領し、使用して維持する能力を有するとき」と定義され、後者は、「受領国の軍が納入された能力を完全に活用できるようになること」である。どちらの用語も、システムが引き渡された後の進捗状況の主観的な指標であり、議会が要求している、引き渡し前に実施すべきシステム統合能力の評価ではない。
(4) 台湾の場合、あらゆる必要な手段によって台湾を大陸に統一するという中国の公約があるため、時程表のあいまいさが特に懸念される。中国を抑止するために、米政府をはじめとする多くの国々は、対艦ミサイル・システムのような非対称的な能力に注目してきた。これは、陸上配備型ハープーン・ミサイル400発の発注に結実し、2028年に納入される予定である。しかし、台湾が直面する課題は、台湾はNATOの提携国と国境を接しておらず、妨害を比較的受けずにからの補給を受けられないことである。このことはまた、米国との2国間安全保障訓練計画も、敵対行為が始まれば、台湾海峡内での移動や島内での居住の危険性が高いため、実現不可能であることを意味する。さらに、台湾は沿岸都市に大きな人口集中地があるため、中国が現地の制海権を握って水陸両用侵攻を行った場合、退却して抵抗を行う余積はほとんどない。
(5) より適切な評価を行い、供与と実行の遅れを減らすために、米政府と台湾政府は以下の段階を踏むべきである:
 a. 遅れを理解する。米国とその同盟国や提携国は、納入された兵器を台湾軍が実際に使用できるようになる時期が、兵器統合の時程表によってどのように延びるかを理解しない限り、台湾の軍事的即応性に対処することはできない。Senate Armed Services Committee(上院軍事委員会)は、漠然とした保証を超えた具体的な兵器の時程表について、説明を受けるべきである。
 b. 訓練を拡大し、加速させる。U.S. Department of Defenseは、法に基づく制度的能力構築権限の利用を加速・拡大すべきである。U.S. Armed Forcesが台湾に駐留していることはすでに公になっている。台湾に能力を提供しているその他の諸国の政府も、提供した能力の統合速度を評価し、必要であれば追加訓練を提供すべきである。
 c. 兵器の運用に必要な人員が兵器の納入に間に合うようにする。民主進歩党の頼清徳総統と対立する国民党が現在支配している立法院は、国防支出と軍事態勢を強化するために協力すべきである。そのためには、より多くの新兵や志願者が、スティンガー、ジャベリン、ハープーン・ミサイルなどの非対称システムに精通し、あるいはその運用訓練を受けられるようにする必要がある。
d. 迅速に統合できる能力を義務付けるか、優先順位をつける。米国と同盟国の双方による兵器の提供は、台湾が中国を抑止し、打ち負かすために必要と思われるものだけでなく、台湾の軍隊に迅速に統合できるものにも焦点を当てるべきである。
(6)もし米政府が、台湾がすでに納入予定から遅れているシステムを使用できない可能性があることを公然と認めれば、中国政府が武力による統一を求める動機付けになりかねない。同盟国の政策立案者は、台湾の現在の能力と納入される新システムを使用できるようになるまでにかかる時間を、機密または非公開の設定であっても理解する必要がある。もし溝が存在するのであれ、米国と同盟諸国はその溝に迅速に対処するか、台湾軍が到着後すぐに使用できるシステムを提供しなければならない。
記事参照:How quickly can Taiwan integrate US weapon systems? Speed is essential to help deter China.

8月21日「中国とフィリピンとの間で火種になるサビナ礁―香港紙報道」(South China Morning Post, August 21, 2024)

 8月21日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“Why has Sabina Shoal become a China-Philippines flashpoint?”と題する記事を掲載し、南シナ海にあるセカンド・トーマス礁とフィリピンのパラワン島の中継地点となるサビナ礁が、今後の中国とフィリピンとの間で対立の場になるとして、要旨以下のように報じている。
(1) 南シナ海の浅瀬はフィリピン政府にとって重要な戦略的価値を持つが、中国政府はこれを阻止しようとしている。両国が領有権を主張しているものの、どちらの国も実効支配していないサビナ礁付近で、補給任務中のフィリピンの船舶2隻が8月19日に中国の船舶と衝突し、損傷を受けた。この浅瀬は、フィリピンにとって、南沙諸島のさらに西、約35海里(約65km)にあるフィリピンが実効支配するセカンド・トーマス礁の部隊に補給するための中継基地として戦略的価値がある。
(2) 中国では「仙賓礁」、フィリピンでは「エスコダ礁」として知られるサビナ礁は、4月以来、フィリピン政府が環礁での「中国の違法な埋め立て活動」と呼ぶものを監視するために、最も先進的な巡視船の1隻である「テレサ・マグバヌア」を近海に配備して以来、火種となっている。中国のシンクタンクによると、中国はフィリピンの船艇を監視するために、世界最大の海警船である1万2,000トンのCCG-5901を含む数隻の船艇をこの地域に配備した。
(3) 中国南海研究院の海洋法律与政策研究所副所長である丁鐸は、Philippine Coast Guardの船艇が留まる限り、中国の海警総隊の船艇と漁船もこの地域に留まるだろうと述べている。フィリピン政府の領有権主張を強化するために1999年にセカンド・トーマス礁に意図的に座礁させた「シエラ・マドレ」への補給任務の基地としてフィリピン政府はサビナ礁を使用する予定であると丁鐸は語っている。中国はまた、セカンド・トーマス礁の領有権も主張している。丁鐸は、サビナ礁の中国による支配は、フィリピンの補給船に「より大きな作戦上の圧力をかける」ことになるだろうと述べている。なぜなら、補給船はフィリピンのパラワン島から100海里以上離れたセカンド・トーマス礁へ向かう途中にサビナ礁周辺海域を通過することになるからである。「もし中国がサビナ礁を実効支配すれば、フィリピンの補給船がセカンド・トーマス礁に近づくことすら妨害する可能性がある」と丁鐸は語っている。
(4) シンガポールのS. Rajaratnam School of International Studies上席研究員Collin Kohは、「(もし船が)悪天候に見舞われた場合、セカンド・トーマス礁に向かう任務を継続する前に、かなり離れたパラワン島まで航行して戻るよりも、少なくともサビナ礁は、しばらく避難することが可能な場所である」と語っており、サビナ礁はパラワン島から約85海里離れたリード堆に近く、石油や天然ガスが豊富に埋蔵されていると考えられているため、フィリピンのエネルギー安全保障にとっても重要であるとCollin Kohは述べている。しかし、フィリピンの資源採掘の試みは困難に直面する可能性がある。中国がこの浅瀬に拠点を設けた場合、「これらの活動を監視し、場合によっては阻止するかもしれない」とCollin Kohは指摘する。そこに船舶を座礁させて停泊させる代わりに、フィリピン政府はサビナ礁付近で「一貫した海洋への力の配備の確立」を目指すかもしれない。それは、年間を通して利用可能な航洋型巡視船を同海域に輪番で進出することを可能とする。「彼らの目的は(サビナ礁の)実効的な支配を主張することであり、少なくとも中国に同海域の地勢を譲歩することはないだろう」とCollin Kohは述べている。
(5) 中国政府は、「サビナ礁にフィリピンの巡視船が常駐することを許さないだろう。・・・フィリピンは、緊張を引き起こすような行動は避けなければならない。サビナ礁で一方的に自国の利益を推し進めることで、中国からの挑戦を招くだけでなく、自らの苦境を深めることにもなる」と丁鐸は述べている。
(6) Collin Kohは、中国政府がフィリピンの補給活動を阻止しようとする可能性がある状況が2つあると述べており、第1はサビナ礁に配備されているフィリピンの巡視船の交代時か、第2はこの地域の巡視船への補給任務の際である。「中国があまりに強硬な手段に出るようであれば、フィリピン政府は事態を拡大させることを考えるかもしれない。つまり、自国の海軍を巻き込むか、米国などの域外からの支援を巻き込む可能性がある」とCollin Kohは述べている。
記事参照:Why has Sabina Shoal become a China-Philippines flashpoint?

8月21日「北方艦隊と北極海航路を強化、ロシア大統領補佐官談―ノルウェー紙報道」(High North News, August 21, 2024)

 8月21日付のノルウェー国立NORD UniversityのHIGH NORTH CENTERが発行するHIGH NORTH NEWSの電子版は、“Russia to Increase the Northern Fleet’s Combat Readiness and Strengthen Arctic Shipbuilding and Port Capacity”と題する記事を掲載し、ロシアの大統領補佐官がСеверный флот(北方艦隊)と北極海航路を強化すると述べたことについて、要旨以下のように報じている。
(1) ロシアの軍事力を強化し、Северный флот(以下、北方艦隊と言う)の戦闘即応性を高めることは、北極圏における国益を確保するための優先課題であるとムルマンスク地方を訪問してNikolai Patrushev大統領補佐官が述べている。ロシア政府が新しく設立した海洋評議会(maritime collegium)の指導者であるNikolai Patrushev大統領補佐官はまた、北極海航路を発展させる取り組みを強化すると発表した。
(2) ロシア国営通信社タスによると、8月19日、Nikolai Patrushev大統領補佐官は北極圏におけるロシアの国益の確保について会議を開き、他の北極圏諸国への批判と協力への意欲の両方を表明した。「米国とその同盟国は、北極圏における軍事的展開を積極的に強化し、北極圏におけるロシアの行動を貶める運動を激化させている。フィンランドとスウェーデンがNATOに加盟したことで、状況はさらに悪化した」と述べ、続けて「我々は、このような攻撃的な行動に反応するしかない。したがって、北方艦隊の戦闘即応性の強化を含むВооруженные силы Российской Федерации(ロシア連邦軍)の能力強化は、北極圏における国益を確保するための優先事項の1つである」と語っている。
(3) Nikolai Patrushev大統領補佐官はまた、「米国とその同盟国は、(2022年のロシアの全面的なウクライナ侵攻から)Arctic Council(北極評議会)のロシアの議長国就任を阻止した」と強調したが、タス通信によれば、ロシア政府はこのフォーラム内でのさらなる交流の用意があると付け加えた。「我々は、北極圏の平和的な発展のために、北極圏諸国との対話と建設的な協力を再開する準備ができている。これは、我が国の国益を尊重した上で行われる」とNikolai Patrushev大統領補佐官は述べている。北極圏諸国全8ヵ国は2月、外交・政治段階の会合は休止したままであるが、Arctic Councilの作業部会がデジタル上で公式会合を再開することに合意した。
(4) タス通信のいくつかの報道によると、前述の会議では、造船と港湾能力の強化を通じた北極海航路のさらなる発展も中心的な議題となった。Nikolai Patrushev大統領補佐官は、西側諸国の制裁により、ロシアにとって北極海航路の重要性はここ数年で高まっていると主張し、貿易が続くインドや南アジア諸国、ペルシャ湾、アフリカへの直接的な進出の重要性を強調している。さらにNikolai Patrushev大統領補佐官は、ロシアの造船所における耐氷能力のある船舶を含む現代的な貨物船の建造を大幅に増加させる必要があると指摘し、造船業界に対する効果的な国家経済支援策の策定を発表した。Nikolai Patrushev大統領補佐官はまた、北極海航路の安全な航行と通年運航の実現には、建造経費の高い砕氷船の必要性を正確に計算する必要があると指摘している。
記事参照:Russia to Increase the Northern Fleet’s Combat Readiness and Strengthen Arctic Shipbuilding and Port Capacity

8月22日「AUKUSはシンガポール戦略失敗の再来となるか―オーストラリア軍事史専門家論説」(The Interpreter, August 22, 2024)

 8月22日付のオーストラリアのシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreter は、オーストラリアのUniversity of New South Wales非常勤教授Albert Palazzoの“AUKUS: The Singapore Strategy Redux”と題する論説を掲載し、そこでAlbert Palazzoは、AUKUSは米国によるオーストラリアへの原子力潜水艦の移転を確実に保証してはいないとしたうえで、AUKUSに依存した安全保障政策を立案すべきではないとして、要旨以下のように述べている。
(1) 8月12日、オーストラリア政府は議会に新たなAUKUSに関する文書を提出した。AUKUSとは、米国の原子力関連技術および物資移転によって、オーストラリアによる原潜保有と運用を可能にするものである。しかし政府は、AUKUSにはオーストラリアが履行すべき義務が含まれているが、それに対して米国によるバージニア級攻撃型原子力潜水艦(以下、SSNと言う)提供は確実に保証されていないことをはっきりさせていない。
(2) このことは、1920年代から30年代におけるシンガポール戦略の教訓を、オーストラリア政府が学んでいないことを証明している。1923年に英国は艦隊をシンガポールの基地に派遣することに合意した。そこからオーストラリアを脅かす敵軍に対する作戦を展開するというのである。いわゆるシンガポール戦略は、オーストラリアの防衛戦略の土台であったが、第2次世界大戦が始まって、フランスが敗北すると、英国は同艦隊がシンガポールを離れることはないと通知した。シンガポールはその後陥落し、英国はオーストラリア防衛義務を履行しなかった。
(3) オーストラリア政府はこの教訓から何も学ばないことを決めたようである。即ち、AUKUSはその第1条において、米国がいつでもそれを破棄できる権限を与えている。さらにそれはバージニア級SSNを含めたいかなる技術移転も、それによって米国の安全保障に危険性がもたらされると判断された場合に、米国が一方的に中止できることも認めているのである。
(4) 米国の潜水艦不足は周知のとおりである。米国の造船所が建造している艦船の数は少なく、既存の艦船はその整備にかなりの時間を必要としている。AUKUSの規定どおりにSSNを移転し、かつ中国に対する抑止力を確保するためには、建艦速度を2倍にしつつ、整備の速度を上げなければならない。また将来、移転の約束の時期が来た時に、米国がそれを反故にする危険性がある。
(5) もし米国が将来AUKUSにおける約束を履行しないとしても、それは国際関係の教義によって正当化される。かつて英国のPalmerston首相は、英国には「恒久的な同盟も敵国もない。わが国の利害は永遠であり、我々はそれを守らねばならない」と述べている。つまり国際関係においては自国の利益の保護が最優先されるべきだということである。条約の署名国が負う義務の履行は、危機の時点においてのみ存在する諸要因に左右されるのであり、したがって義務が履行されるかどうかはその時にならないとわからない。
(6) 上記のようにAUKUSは、米国の義務履行の逃げ道を用意しており、もし米国がバージニア級SSNを移転しなかったとしても、米国は条約に違反したことにはならないであろう。加えてオーストラリアには、高濃縮ウラン燃料や関連する備品を準備、貯蔵する責任を負う。今そうした施設はないため、今後建設する必要があるが、もしそれができなければ、オーストラリアの義務不履行となり、米国がSSNを移転する必要はなくなる。
(7) シンガポール戦略は、オーストラリアにとってトラウマとなる経験であり、国防方針が誤った前提により構築されることを明らかにした。オーストラリアはSSNを首尾よく調達できるかもしれないし、できないかもしれない。確実なのはオーストラリアがそれを決められないということであり、こうした不安定さを土台にしては、適切な安全保障政策の構築はありえない。
記事参照:AUKUS: The Singapore Strategy Redux

8月23日「公海条約の展望と課題―インド専門家論説」(Observer Research Foundation, August 23, 2024)

 8月23日付のインドシンクタンクObserver Research Foundationのウエブサイトは、インドの元海軍士官でインドのシンクタンクObserver Research Foundationの海洋政策担当上席研究員Abhijit Singhの“The High Seas Treaty: Prospects and challenges”と題する論説を掲載し、ここでAbhijit Singhはインド政府が署名批准する計画を発表した公海条約として知られている「国家管轄権外区域海洋生物多様性協定」には協定の関係国が海洋統治を受け入れたがらないという欠点があり、その問題を解決する唯一の方法は、海洋環境を連続体と見なし公海をEEZの延長と見なすという共通の規範によって公海を管理することであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2024年7月インド政府は、海洋の健全性を保護するための世界的な構想である「国家管轄権外区域の海洋生物多様性の保全及び持続可能な利用に関する協定(Biodiversity Beyond National Jurisdiction Agreement、以下、BBNJ条約と言う)に署名し批准する計画を発表した。2023年3月に国連で採択されたこの条約は、国境を越えた海洋汚染、海洋保護、生物多様性の保全などの主要な問題に取り組んでいる。これは、「国連海洋法条約第十一部実施協定」(Part XI Implementation Agreement)、「国連公海漁業協定」(1995 UN Fish Stocks Agreement)に続くUNCLOSに基づく3番目の実施協定である。海洋統治構築のための重要な環であるこの実施協定は、海洋資源の保全と管理における国際協力を促進することを目的としている。この協定を推進する基本的な前提は、無秩序な資源開発は海洋の生物多様性を害するので、それに対する地球規模な対応が必要であるという共通の認識である。
(2) 公海条約としてよく知られているこのBBNJ条約は、海洋の包括的な統治の枠組みを長い間求めてきた海洋保護活動家等による20年以上の提唱の成果である。BBNJ条約の3つの主要な目的は、海洋生態系の保全、海洋遺伝資源からの利益の公平な分配の確保、海洋環境に害を及ぼす可能性のある活動に対する環境影響評価の義務化である。公海は「無法の荒野(lawless wilderness)」と広く考えられており、海洋統治が分断され、海洋生物の搾取が横行しているため、この3つの目標を達成することは困難である。条約に署名し、批准するというインドの決定は合理的で、十分に考慮されてきたものと考えられる。インドは、公海の統治における公平性の原則を長年支持し、海洋資源からの利益、特にこれらの資源を独立して利用するための技術や資金が不足している発展途上国への公平な分配を提唱してきた。
(3) 条約の利点は明白であるが、いくつかの重大な欠点もある。主な懸念は、実施に関する合意の欠如である。この条約は、発効する前に少なくとも60ヵ国による批准が必要である。しかし、注目すべきは、条約に署名した91ヵ国のうち、批准したのは8ヵ国だけである。これは、南シナ海のような係争中の海域の状況が明確でないことが一因である。公海条約は、南シナ海などの紛争海域における多くの国の領有権主張と対立する海洋保護区(MPA)の設立を求めているが、その意味するところが不明確であるため、中国とASEAN諸国は条約の批准に消極的である。アジアやアフリカの他の多くの海洋国家は、沿岸部の共同体を支える資源豊富な海域に保護海域を設けることに依然として警戒心を抱いている。第2の懸念事項は、海洋遺伝子研究と利益配分に関することである。海洋遺伝子資源に関する条約の規定は、各国が利益の一部を公海保護のための世界基金に分配することを義務付けている。これは潜在的に小規模で能力の低い国家の利益を損なう可能性がある。第3の懸念事項は、能力開発と技術移転である。この条約は、低・中所得国にとっての海洋科学における研究、情報共有、能力開発の重要性を強調している。しかし、先進国が約束を果たすことを保証する機構がない。能力の低い国々は、海洋共同研究から利益を得るための資源や必要な技術がないまま放置される可能性がある。
(4) 海洋規制の甚だしい違反のほとんどが、公海ではなく国内法が適用されるEEZや領海で発生していることも重要である。公海条約は、国家の管轄下にある海域での「計画された」活動に対して「環境影響評価」(EIA)を求めているが、多くの環境に有害な活動が本質的に「計画外」であり、その範囲外に留まっているという現実に対処していない。また、多くの国の国内法と国際法との間の矛盾が考慮されておらず、海洋環境を保護するための集団的な取り組みを損なう矛盾がある。要するに、公海条約は、意図は理想的であるが、効果が低いという危険性がある。その成功は、構造的な課題を克服することにかかっている。この条約の最大の欠点は、おそらく、多くの沿岸国が自国のEEZ内での環境に有害な活動の責任を受け入れたがらないため、海洋統治を悩ませる凝り固まった考え方を見落としていることである。これは重大な失敗である。それはまさに条約が技術的に対処することを意図していない問題である。残念ながら、現在は海洋の共有財産(maritime commons)に対する真に統合され包括的な取り組みについての合意がほとんどない状況ではあるが、海洋統治のジレンマを解決する唯一の信頼できる方法は、海洋環境を連続体と見なし、公海をEEZの延長と見なし、共通の規範によって公海を管理することである。
記事参照:The High Seas Treaty: Prospects and challenges

8月23日「中国を軍事的に抑止する簡単な選択肢は存在しない―米専門家論説」(War on the Rocks, August 23, 2024)

 8月23日付の米University of Texasのデジタル出版物War on the Rocksは、U.S. Navyの元潜水艦乗りで現在は米シンクタンクCenter for New American Security非常勤上席上級研究員Thomas Shugartの“There Are No Magic Beans: Easy Options to Deter China Militarily Do Not Exist”と題する論説を掲載し、ここでThomas Shugartは中国による台湾への攻撃を抑止する唯一確実な方法は、中国の攻撃前に生存可能な十分な戦力と軍備を整えることであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 1979年以来、中国による台湾に対する武力行使やその他の強制に対抗する能力を維持することが、台湾関係法に明記された米国の方針である。つい最近までは、中国による台湾への攻撃を米国が直接阻止できることは当然と考えられていた。しかし、ここ数十年の間に中国の軍事力が飛躍的に向上したことで、それが疑問視されるようになり、軍事的均衡は近い将来、中国に傾きつつある。習近平主席は2027年までに台湾侵攻の準備を整えるよう軍部に指示したと伝えられており、米国とその同盟国は、中国の軍事侵攻の成功を拒否することに重点を置き、中国を抑止する選択肢に取り組んでいる。しかし、限られた資源と予算に鑑み、費用のかからない解決策を探そうと、中国の海上交通路を脅かすことで抑止するという考え方がある。これによれば、紛争が起きた場合、米国はたとえば、石油を絶つだけで、中国の軍事と経済を飢餓状態に追い込むことができるというが、それは現実的ではない。
(2) Bhāratiya Nau Sena(インド海軍)のMonty Khanna退役少将が発表した論文に登場する貿易拒否戦略は、いわゆる費用のかからない解決策の1つである。Monty Khanna元少将は、近代海運の国際化、船舶の沈没による環境破壊の危険性、数ヵ月間の経済封鎖を試みても中国が生き残れる可能性などから、封鎖そのものは実現不可能とし、その代わりに中国籍の船舶を米国や同盟国の港で差し押さえ、中国に経済的打撃を与えることを唱えている。これは、米中が大規模な衝突を起こした場合には賢明かもしれないが、この手段に依存するのは危険で、十分で強固な軍事力がない場合、抑止に失敗すれば、本来であれば回避できる戦争と米台の軍事的敗北の両方を招きかねない。
(3) このような戦略を適切に評価するには、まず中国の海洋分野の規模の大きさを理解しなければならない。2023年、中国はギリシャを抜いて世界最大の船主となり、その総トン数は2億4,900万トンを超え、香港を含めると1万1,000隻以上の商船を所有している。さらに中国籍船舶の差し押さえが適切であるかどうかを検討するには、その船舶がどこを航海している可能性が高いかを理解する必要がある。中国籍船は世界中に散在しているが、ほとんどの中国船は第一列島線の中での沿岸貿易に従事しているため、紛争が始まった時に拿捕できる可能性は低い。加えて、貿易拒否戦略を実行するために利用できる資源の問題もある。Monty Khanna退役少将は、U.S. Navyはどんな船に対しても監視でき、好きな方法で妨害できると述べているが、ほとんどの中国船にいつでも対処できるとは言い難い。なぜなら1万隻を超える中国籍と香港籍の商船に対し、U.S. Navyが保有する軍艦は300隻に満たないからである。
(4) Monty Khanna退役少将の貿易拒否戦略とは対照的に、中国を締め上げるために実際の封鎖を当てにするのであれば、他にも課題がある。このような封鎖は、中国によって軍事的に争われる可能性が高い。中国の海外基地の数は少ないが、増加している基地の主な任務の1つは、紛争が発生した場合の海上交通路の確保を支援することである。その上、中国を発着するほとんどの船舶は、中国籍でも中国所有でもない可能性が高い。中国の貿易を阻止する唯一の確実な方法は、中国の港への出入りを実際に阻止することである。しかし、これらの港へ近接するには、これを防護する中国の対艦・対空戦力が存在するので、それはおそらく、限られた数の米国と同盟国の潜水艦と長距離対艦ミサイルに焦点を当てた作戦となるだろう。
(5) 結局のところ、上述したような方法は、中国と衝突した場合に考慮すべき手段であることは間違いないが、米国や同盟国の防衛思想家は、これが中国の軍事的侵略を抑止するための確実で対価の低い代替手段を提供すると考えるべきではない。台湾への攻撃を抑止する唯一の確実な方法は、中国の攻撃前に十分な生存可能な戦力と軍備を整えておくことである。これらの戦力は、実績のある作戦指針を採用し、明確なROE**を持ち、中国の精密打撃部隊の射程内にある脆弱な固定施設に依存しない態勢を整えるべきである。それ以外のものに頼ることは、希望的観測と誤った経済感覚に過ぎず、抑止が失敗した場合には、はるかに対価がかかる 壊滅的な結果を招く可能性がある。
記事参照:There Are No Magic Beans: Easy Options to Deter China Militarily Do Not Exist
:原文ではsea lines of communicationsという用語が使用されているが、sea lines of communications(SLOC)は軍事用語であり、商船が常用する航路筋とは区別される。本記事に示された「石油の道」を断つとは中国の石油をはじめ戦略的に重要なエネルギー資源輸入の輸送路を遮断することを意味しており、対象となるのはSLOCではなく、民間船が利用する海上交通路であると理解することが妥当であるため、海上交通路と訳出した。
**:Rule of Engagementは交戦規定、武器使用規定等様々に訳されるが、Rules of Engagementの本来の目的を的確に表現できておらず、誤解を招き易いため、Rules of Engagementの略語であるROEを使用した。

8月23日「日台の海洋における安全保障協力―日専門家論説」(The Diplomat, August 23, 2024)

 8月23日付のデジタル誌The Diplomatは、東京大学川島真教授の“Japan-Taiwan Maritime Security Cooperation”と題する論説を掲載し、川島真は7月に海上保安庁と台湾の海巡署が共同訓練を実施したが、中国外交部は中間の4つの基本文書、ポツダム宣言の解釈を楯に日本は「二つの中国」「一つの中国、一つの台湾」「台湾独立」に反対するという原則を堅持すべきと非難しているが、日台関係への影響は限定的であるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 7月、海上保安庁は伊豆半島沖および房総半島沖で台湾の海巡署と共同訓練を行った。これは基本的に救助を目的とした訓練で、情報の共有、捜索の割り当て、調整などが含まれる。この訓練は共同行動を視野に入れて行われたと言えるだろう。海上保安庁は訓練を円滑に進めるため、6月に台湾に幹部職員を非公式に派遣し、台湾海巡署署長と調整を行った。これは1972年9月の国交断絶後、日本と台湾の間で行われた初の訓練であり、日本の報道機関は、いわゆる「台湾有事」を念頭に置いた訓練だったと報じている。
(2) 海上保安庁と台湾海巡署間の人的交流は決して最近始まったことではない。2010年に日本交流協会と台湾の亜東関係協会の間で締結された包括的協力覚書の第4条には、「双方は、海上の安全と秩序の維持のため、日本と台湾の間の交流と協力の促進に努める」と明記されている。その後、両協会の間では海上捜索救難分野での協力覚書が2017年12月に締結されており、相互協力、連絡機構の維持、専門分野の相互交流、海上捜索救助に関する技術の情報交換などが謳われている。また、2024年2月には海上捜索救難協力に関する覚書が締結されている。今回の訓練はこの最新の覚書に基づいて行われたものと思われる。
(3) 訓練実施の翌日の7月19日、中国外交部は同演習に関する記者会見を開いた。会見で、林剣報道官は同演習を「強く非難し、断固反対する」とし、さらに、台湾問題に関しては、日本は「二つの中国」「一つの中国、一つの台湾」「台湾独立」に反対するという原則を堅持すべきだと指摘し、海上保安庁と海巡署間の海上救難訓練もこの原則の対象であるとしている。
(4) 実際、日本は「二つの中国」「一つの中国、一つの台湾」「台湾独立」に反対することに同意したはずだという中国の主張にもかかわらず、日中間の4つの基本文書にはそのような記述はどこにも見当たらない。問題は、1972年9月の日中共同声明である。そこには、「ポツダム宣言第8条に基づく立場を堅持する」と書かれており、中国側が注目している。
(5) 栗山貴一元駐米大使によれば、カイロ宣言を履行するというポツダム宣言第8条に基づく立場は、台湾の中国、つまり中華人民共和国への返還を承認することを意味する」としている。さらに栗山貴一は、日本が中華人民共和国を中国の唯一の正統政府として承認する場合、「これは、日本が『二つの中国』、『一つの中国、一つの台湾』を認めない、つまり日本は台湾独立を支持しないことを意味する」と述べている。中国政府は栗山貴一らが示唆した解釈を採用しているようである。
(6) 現在、中国側は、特に台湾と沖縄に関する「解釈」を問題視しており、これは、最近の日台の海上保安機関の協力に関して、こうした歴史認識問題が改めて提起されたことを意味する。しかし、こうした問題を提起することによる日台関係への影響は限定的だろう。日台間の協力関係の進展は海洋問題にとどまらず、経済関係から人的交流、技術協力まで幅広い分野で進展が見られることにも留意すべきだろう。
記事参照:Japan-Taiwan Maritime Security Cooperation

8月27日「中国が艦艇2隻と桟橋をカンボジア海軍に譲渡か―米短波ラジオ放送報道」(Radio Free Asia, August 27, 2024)

 8月27日付の米議会出資の短波ラジオ放送Radio Free Asiaのウエブサイトは、“EXCLUSIVE: China to transfer 2 ships and pier to Cambodian navy”と題する記事を掲載し、ここで中国はKâng Toăp Cheung Tœ̆k(カンボジア海軍)に艦艇2隻と桟橋を引き渡す予定であるが、それはカンボジアが中国の空母を接岸できる十分な長さがあり、水深の深い桟橋と沿岸の基地を中国に使用させる見返りであるとして、要旨以下のように報じている。
(1) 中国は間もなくKâng Toăp Cheung Tœ̆k(以下、カンボジア海軍と言う)に艦艇2隻と桟橋を引き渡す予定であるが、それはカンボジアが中国の空母を接岸できる水深が深く、十分な長さのある桟橋とカンボジア沿岸の基地を中国に使用させる見返りであるとこの問題に詳しいカンボジアの情報筋がRadio Free Asia(以下、RFAと言う)に語っており、タイ湾のシアヌークビル区にあるリアム海軍基地の一部では約100人の中国海軍要員が「昼夜を問わず勤務」している。施設は全て中国の資金提供により工事が行われており、2024年9月末にカンボジアに移管される可能性が高いとその情報筋は述べている。分析者は、見返りとして、中国海軍に新基地への特権的な利用権を与える合意に両国が達した可能性が高いと述べている。
(2) 中国海軍の艦艇2隻が工事中の区域の隣にある新しい桟橋に停泊しているのが確認されている。建設用クレーン、トラック、新造の建物も視認できる。RFAが中国海軍のType056Aミサイルコルベット*と特定される2隻の艦艇は、新しい施設とともにカンボジア海軍に引き渡されると情報筋は述べており、中国海軍は2023年12月以降、到着したType056Aコルベット2隻において、カンボジア海軍の要員に対して艦艇の操法を訓練してきた。シンガポールのS. Rajaratnam School of International Studies 上席研究員Collin Kohを含む数人の軍事専門家は以前、RFAに対し、カンボジアは憲法違反を避けるため、輪番制のような厳密に言えば「基地への配備」とは異なることを主張できる方策での基地利用を認めた可能性が高いと述べている。Center for a New American Security非常勤上席研究員Thomas Shugartは、基地には半永久的に訪問する艦艇を支援するために中国海軍の兵站部隊が駐留するだろうと述べている。衛星画像によると、新しい桟橋の長さは約300mと推定され、Shugartは「新しいType003空母を含む中国海軍の艦艇のすべてに対応できる」ともRFAに語っている。衛星画像によると、海軍基地は過去1年間で急速な拡張と大規模な改修が見られた。RFAの職員による現地視察により、新しい桟橋のほかに、乾ドック、埠頭、事務所や兵舎を含むいくつかの大きな建物があることが確認された。RFAはKrâsuŏng Karpéar Chéatĕ(以下、カンボジア国防省と言う)に、施設と2隻の艦艇の引き渡しについてコメントを求めたが、回答は得られなかった。
(3) 中国とカンボジアは2021年6月、中国の資金提供を受けてリアム海軍基地の開発を開始した。米国やカンボジアの近隣諸国の一部は、南シナ海の係争海域に非常に近い場所で中国の軍事的展開が拡大していることを懸念している。米国は、中国がカンボジア海軍施設の一部を明らかに支配していることについて「深刻な懸念」を表明した。 2020年に、Tactical Headquarters of the National Committee for Maritime Securityの司令部庁舎や複合型ゴムボートの停泊場所や整備施設を含む米資本で整備された施設が撤去あるいは移設された。2021年には、ベトナム人が建設した「ベトナム合同友好」ビルと呼ばれる施設も基地から撤去されたが、これは中国人要員との衝突を避けるためと報じられている。カンボジアは、中国が基地への排他的な軍事利用権を与えられたことを繰り返し否定しており、それはカンボジアの憲法に違反すると述べている。中国当局者はまた、カンボジア海軍基地の改修と改修の支援は、潜在的な軍事基地を確保するのではなく、カンボジアが海洋領土の完全性を維持し、海上犯罪と戦う能力を強化することを目的としていると述べている。
(4) 外国の分析者は、基地に2隻の中国艦艇が継続的に存在していることに疑問を呈しており、彼らの意見では、中国がタイ湾に恒久的な足場を確立していることを示している。しかし、RFAの分析では、2024年8月リアムで目撃された2隻の艦艇は、2023年12月初旬に基地への接岸を許可された最初の外国艦艇となった2隻とは異なることが確認されている。かつてそこに接岸した艦艇は、Type056コルベット「文山」(艦番号623)と「巴中」(艦番号625)であり、カンボジアの水兵の訓練に加えて、2024年5月にカンボジア海軍艦艇との合同演習「ゴールデンドラゴン」に参加している。2024年8月、基地に停泊している艦艇は、2021年1月に就役した「アバ」(艦番号630)と「天門」(艦番号631)である。2024年5月、カンボジア国防省の報道官Chhum Socheat大将は、カンボジア政府は自国の所用を満たすためにその艦艇を取得する計画であると述べており、2024年9月の移転予定時にカンボジアがこの2隻のコルベットの費用を支払うかどうか、またいくら支払うかは不明である。RFAはまた、カンボジア国防省に防空司令部、総司令部、海軍レーダーシステムの開発に割り当てられた海軍基地近くのリアム国立公園のエリアを直接、見に行った。丘の上の場所で作業が始まり、地面は整地され、道路を建設するために木が伐採されていた。
記事参照:EXCLUSIVE: China to transfer 2 ships and pier to Cambodian navy
*:Type056(A)コルベットは、基準排水量は1,300トン、乗員60名、2012年から2020年にかけて約70隻が進水している。

8月28日「核戦争で勝つことはできない―英専門家論説」(Royal United Services Institute, August 28, 2024)

 8月28日付の英防衛・安全保障問題関連シンクタンクThe Royal United Services Instituteのウエブサイトは、Henry Jackson Society and the International Centre 研究員Alex Alfirraz Scheersの“Nuclear Wars Cannot Be Won: An Argument for Strategic Deterrence”と題する論説を掲載し、ここでAlex Alfirraz Scheersはこれまで核兵器は抑止力として最も効果的に機能しており、中国とロシアが世界の覇権をめぐって米国に挑戦しようとしている今、核抑止力の原則はますます重要になるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 核抑止力とは、国家の死活的に重要な利益に対する攻撃に対して、攻撃してきた敵対国に対する核報復の脅威と定義され、核報復によって、敵対国が得られると想定する利益を上回る対価を敵対国に課すことができる。核兵器の計り知れない破壊力は、核戦争には勝てないという原則を物語っている。相互確証破壊(以下、MADと言う)の意義と真実性は、2つ以上の核敵対国が相互に第2撃力を保有する場合に高まる。加えて、核の敵対者がより大規模で質的に強固な核戦力を保有すれば、MADに内在する現実性と危険性はより強まる。核時代においては、核兵器保有国(NWS)の戦力の規模はそれほど重要ではない。その代わり、抑止の効力は抑止主体の戦力の規模や広さとは対照的に、報復の脅威の信頼性にかかっている。
(2) したがって、核抑止力に関して、核兵器の優位性は二次的な意味しか持たない。許容できない損害を与えるために必要なのは、1発の核兵器が国家の防衛網を突破することだけであるため、核兵器の有用性は限定的である。Susan Martinのいう「核戦争は生き残るための戦略ではない」という現実は、今後の地政学的動静を理解する上で重要である。
(3) この論理に影響を与える重要な概念は、Robert Jervisの「核の危険性」であり、彼は核戦力の均衡よりもむしろ、核戦争の危険性が抑止の価値を強化すると主張している。核戦争は勝者をもたらさないため、核保有国同士は歴史的に直接戦争をしたがらない。冷戦はこの主張に説得力のある証拠を提供している。米ソが最も核戦争に近づいたと言われるキューバ危機は、最終的に超大国間の妥協に終わった。その結果、両国の首脳が直接ホットラインを結ぶなどの信頼醸成措置を採ることになったが、これは両超大国が核戦争の危険性を嫌っていたことを象徴している。東アジアにおける緊張の高まりは、核の危険という概念と核の優位性の無意味さを浮き彫りにしている。中国の核戦力は米国の約10分の1であるが、両国の核抑止関係は安定している。
(4) 核の優位性は危機を緩和する決定的な要因ではない。自制を促すのは、弱い相手からでも核報復を受ける可能性があるからである。冷戦終結後の20年間に50件以上の核による威嚇が行われたが、いずれも全面戦争には至らなかったことは、核兵器の抑止力と核革命が自制を促すことを証明している。もし核保有国が非対称的に優位性を追求すれば、核保有国が有利になることはなく、かえって決定的な軍拡競争を引き起こし、緊張を激化させ、世界の安全保障を無期限の危険と不安定な状態に陥れることになる。
(5) 核革命や核の危険といった概念は、今後も政策立案者や研究者に戦略的な道筋を提供し続けるだろう。核兵器は抑止力として最も効果的に機能し、核保有国同士が直接衝突するのを防いできた。Kenneth Waltzは、「核兵器は、国家が戦争をすることを思いとどまらせる」と言い、歴史的な証拠は核抑止力が平和と安定を促進したことを示している。中国とロシアが世界の覇権をめぐって米国に挑戦しようとしている今、核革命理論の根底にある原則は、ますます重要になるだろう。
記事参照:Nuclear Wars Cannot Be Won: An Argument for Strategic Deterrence

8月29日「中国の核戦力増強への対抗に舵を切った米核戦略―インド国際関係専門家論説」(The Interpreter, August 29, 2024)

 8月29日付のオーストラリアシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreter は、インドのManipal Academy of Higher Education准教授Amrita Jashの“US shifts nuclear focus to counter China’s growing arsenal”と題する論説を掲載し、そこでAmrita Jashは米国の新たな核戦略立案に言及し、それが中国の核戦力増強を背景にしたものであり、中国のそうした政策が核軍縮や核不拡散の展開に悪影響を与える可能性があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2024年3月、New York Times紙の報道によれば、Biden大統領が極秘の核戦略計画を承認した。さらに、米国の核抑止戦略が初めて、中国の急速な核戦力増強に焦点を当てる方向に舵を切ったと同紙は論じている。
(2) 米国の方針転換は、今後10年間で中国の核戦力が、その規模および種類において米ロに匹敵することになるというU.S. Department of Defense(以下、DODと言う)の評価に基づいている。DODは2023年の議会への年次報告で、中国の核戦力増強の進度がそれまでの予想を超えており、2030年までに1,000発以上の運用可能な核兵器を保有するという予測を示したのであった。核の新戦略について、ホワイトハウスの報道官はどこか特定の国に対する対応ではなく、これまでの諸政権によって採られてきた方針に一致するものであると説明した。
(3) しかし、中国は米国の新戦略に対して「深刻な懸念」を表明した。中国外交部は、米国が自国の核戦力増強の口実に中国を利用していると論じた。中国はこれまで繰り返し核の「先制不使用」の方針を繰り返し、その一方で米国が世界における核に関する危険性の最大要因であるとみなしてきた。
(4) 核保有国9ヵ国の中で、中国は現在、最も急速に核戦力の増強を進めている国である。中国が米国やロシアと互角の核戦力を目指しているというのも、軽視できない見立てである。中国の現在の動きは、国際社会において「より多くの発言権と高い国際的地位を得るのに」核戦力の増強が必要だとした鄧小平の考えに基づいている。ウクライナ戦争はこうした考え方の妥当性を強調した。
(5) 中国による核戦力の増強により、核軍縮や不拡散規範に対する中国の決意に注目が集まる。中国はNPT条約への誓約を強調する一方で、自国の核戦力を近代化しているのである。包括的核実験禁止条約にも署名はしているが、批准はまだである。そうした中、最近発効した核兵器禁止条約に対する中国の反対は驚くことではない。中国は一貫して、同条約の採択を歓迎する国連総会決議に反対票を投じてきた。中国は、同条約の目的や非核保有国の核軍縮の願いは支持するが、同条約における核軍縮の過程には反対するという姿勢を示してきた。
(6) しかしそもそも、中国の核軍縮に対する決意が疑問視されてきた。パキスタンや北朝鮮などへの技術移転も疑われており、それがBiden政権による中国への厳格な輸出管理につながっている。こうした展開が示すのは、中国が経済的・軍事的大国として台頭する中で、核不拡散に対する中国の取り組みが、今後の国際安全保障の風景を形成するだろう。
記事参照:US shifts nuclear focus to counter China’s growing arsenal

8月30日「フィリピン大統領、南シナ海問題対処で米中両睨み―フィリピン専門家論説」(China US Focus.com, August 30, 2024)

 8月30日付の香港のシンクタンク  China-United States Exchange FoundationのウエブサイトChina US Focusは、Polytechnic University of the Philippines教員Richard Javad Heydarianの“South China Sea: Philippines Hedges Its Bets Between U.S. and China”と題する論説を掲載し、ここでRichard Javad Heydarianはフィリピンが南シナ海問題の対処に当たって米中両睨みの取り組みを採っているとして、要旨以下のように述べている。
(1) マニラで7月30日に米比両国の国防・外交閣僚による、いわゆる「2+2」会談が行われたが、この会談はこれまでで恐らく最も重要なものとなった。この会談で、米側は同盟強化のために、フィリピンに対する総額5億ドルの対外軍事融資(FMF)の一括承認を発表し、その一部は防衛協力強化協定(以下、EDCAと言う)の下で統合運用される軍事施設整備に投資される。また両国は情報共有を強化するため、アジアの米国の主要同盟国である日韓両国間の協定と同様の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)も締結した。
(2) この会談に先立って、日比間では7月8日にマニラにおいて日比間の「2+2」会談において重要な防衛協定が締結された。今後数カ月以内に両国議会で承認予定の部隊間協力円滑化協定(以下、RAAと言う)は、日比両国部隊間の合同演習と訓練の拡充に道を拓くことになる。そして将来的には、新たな日比防衛協定が締結され、米国の2つの同盟国間における兵器システムの共同開発や移転も可能になるかもしれない。フィリピンはまた、ニュージーランド、カナダおよびフランスとも同様の協定締結を検討しており、他方、韓国とインドはフィリピンに対する近代的な兵器システムの主要な供給国となっている。
(3) フィリピンのTeodoro Jr.国防長官は、フィリピンの戦略を、「防衛同盟の理想形に近い(“close to the apex of a defensive alliance")」ものを構築することに似ていると表現した。しかしながら、子細に見れば、フィリピンは明らかに、アジアにおける反中国同盟に参加するよりも、むしろ自国の極めて弱体な防衛能力を強化することに関心がある。あらゆる兆候から見て、米国の新たな防衛支援一括供与は、この地域の力関係を再設定するにはあまりに小さい。中国が軍事力で優勢であることを考えれば、フィリピンは、南シナ海での海上紛争が激化する中で、その弱体な軍事力を強化するために、提携国や同盟国との多様な提携網を追求しているに過ぎない。フィリピンは最近、米国主導の如何なる対中「代理戦争」にも巻き込まれたくないが故に、係争中のセカンド・トーマス礁(フィリピン名:アユンギ礁、中国名:仁愛礁)を巡って中国との暫定合意を交渉することで、中国との外交でも手を打った。フィリピンは、中国を挑発することを避け、外交に機会を与えるために、中国軍との遭遇や中国軍による攻撃的な行動を公表する「透明性構想」を抑制している
(4) 他方で、米国との同盟関係は2023年に大きく進化した。米比両国は、これまでで最大かつ最も洗練された軍事演習を実施するとともに、南シナ海で同志国との共同哨戒行動を行ってきた。Marcos Jr. 大統領は過去2年間だけでも4回も訪米しており、最近の訪米は初めての日比米3ヵ国(JAPHUS)首脳会談のためであった。注目すべきは、フィリピンが、EDCAの下で新たに4ヵ所の軍事施設のU.S. Armed Forcesの利用権を付与し、他方で欧米の新たな対ロ経済制裁に従って以前のロシアとの武器取引の破棄を決定した後、米国からの多くの軍事装備移転を最終決定したことである。Blinken米国務長官は、今回の「2+2」会談を「真に歴史的なもの」と称賛し、新たな防衛支援一括供与をフィリピンの海洋安全保障能力の近代化を促進するための「一世代に一度の投資」と表現した。しかしながら、米国の対比支援が地域の力の均衡を変えるのに十分な額でもなければ、またフィリピンも中国に対抗する西側諸国との連携には関心がない。
(5) Marcos Jr.大統領の本意は、フィリピンの戦略的自立性を強化するために、対米関係を強化することにある。このため、Marcos Jr.大統領は就任当初から中国との2国間関係の「新たな黄金時代」を模索し、米国や日本に先んじて中国を最初の主要な公式訪問先として選んだのである。中国が経済面で十分な優遇措置を提供せず、また重要な問題で有意義な妥協を示さないことを了知して、初めてMarcos Jr.大統領は伝統的な同盟国である米国との関係強化を決定したのである。南シナ海での紛争の激化は、フィリピンの安全保障上の提携網を拡大し、活用するという大統領の決意を強めたに過ぎない。日本や新たな戦略的提携国とRAAを締結することで、同志国との相互運用性を強化するとともに、フィリピンの軍事近代化を促進させることができる。フィリピンは、今後10年間で海空軍力を強化するために350億ドルを投入することになっている。
(6) とは言え、Marcos Jr.大統領は西側諸国との連携や如何なる形でも新冷戦に巻き込まれることを拒否してきた。大統領は2024年初めのオーストラリア訪問中の会見で、「特に南シナ海を巡る外交政策の決定に際して、事実上、米国の言いなりになっているという話が出回っているが、私はここで明確にしておきたい。フィリピンは自国の利益のために行動しており、外交政策の決定は我々の信念に基づいて、国益に合致していることを認識した上で行っている」と強調した。しかもMarcos Jr.大統領は、最近の南シナ海紛争の激化の最中にも米国からの軍事支援の申し出を断り、また台湾に近いフィリピン北部の基地施設の米軍の利用を何処まで認めるかについても口を閉ざしたままである。
(7) 言うまでもなく、中国は自国に隣接する海域で戦略的な展開を拡大している超大国であるが、それでもフィリピンは、強化された戦略的立場からではあるが、依然として外交を追求している。その結果が、中国の間で最近合意に達したセカンド・トーマス礁を巡る暫定合意である。これによって、セカンド・トーマス礁へのフィリピンの補給任務に関して情報交換が行われる。重要なのは、フィリピンが外交的挑発を避けるために、「透明性構想」も抑制したことである。したがって、あらゆる兆候から見て、比中両国とも外交にやり直しの機会を与えており、Marcos Jr    .大統領の戦略的実用主義を表徴している。
記事参照:South China Sea: Philippines Hedges Its Bets Between U.S. and China

8月31日「海底地政学と国際法: インド太平洋の深海採掘―インド専門家論説」(The Observer Research Foundation, August 31, 2024)

 8月31日付のインドのシンクタンクObserver Research Foundationのウエブサイトは、同Foundation研究員Abhishek SharmaおよびUdayvir Ahujaの“Undersea geopolitics and international law: Deep-sea mining in the Indo-Pacific”と題する論説を掲載し、ここで両名は世界中でレアメタル、レアアース確保のための競争が紛争の火種になる恐れがあり、特にインド太平洋地域での競争が激しいとしている。国際的に海底資源開発等を管理する国際海底機構(ISA)で中国が主導的位置を占める点に警戒が必要なこと、および各国が国際的な規範を尊重しつつ団結して取り組まなければ、国際社会の分断や紛争につながるのみならず、環境破壊を深刻化させるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 世界は、深海採掘をめぐって地政学的・環境的な紛争の可能性があり、あらゆる国に様々な影響を及ぼしている。重要鉱物は現代の技術には欠かせず、すべての国の経済と国家安全保障にとって極めて重要と言える。深海資源の採掘は昔から複雑であったが、困難な地理的条件から重要鉱物を獲得するための探索は激しさを増している。多くの国々は今、陸地以外の選択肢として宇宙に目を向けているが、月や小惑星のような天体の鉱物を発見し、商業的に利用するのは、依然として難題である。そのため、各国は積極的に深海採掘に取り組んでいる。この資源獲得競争の中で、中国、インド、韓国などは、採掘の技術力と生産能力の構築を図っているが、他の国々は、深海採掘が環境や生態系に与える影響を問題視している。こうした背景から、この競争における主要な関係者を特定し、付随する国際的な法的意味合いを理解することが極めて重要である。
(2) 重要鉱物問題の緊急性は、2つの要因によって悪化している。 それは、人類が使用する重要鉱物の埋蔵量が急速に枯渇していることとその需要が高まっていることである。この需要急増の背景には、2つの理由がある。第1に、クリーンで再生可能なエネルギーへの注目で、これはグリーン・エネルギーへの移行を推進する上で極めて重要である。第2に、重要鉱物の大量使用に依存する先端技術製品の消費の増加である。スマートフォン、電気自動車の磁石、F35ステルス航空機など、さまざまな先端技術製品に利用されており、たとえば、F35戦闘機には920ポンドのレアアース(希土類元素)が必要である。深海鉱山の採掘競争はインド太平洋地域だけではないが、最も激しいのはこの地域である。この競争に関与している主な主体は、中国、インド、韓国、さらには非国家主体、たとえばカナダのMetals Company社のような民間企業であり、これらの企業はこの分野に大きな利害関係を持っている。
(3) UNCLOSに基づき、International Seabed Authority(国際海底機構:以下、ISAと言う)は、国際海域の海底において、「すべての鉱物資源関連活動を組織・管理」し、「海洋環境の効果的な保護」を保証することを使命として設立されている。ISAの重要な諮問機関である Legal and Technical Commission(法律・技術委員会、LTC)は、国際海底での採掘活動を管理するための規則、規制、手続き(rules, regulations and procedures :以下、RRPと言う)の策定を支援している。海底採掘の法的枠組みの設定に関する話し合いは2016年から行われているが、2021年に島国ナウルが「2年規定」を発動したことで、ISAが国際的な注目を集めている。UNCLOSの規定によれば、ISA理事会が採掘作業計画の承認申請を受理してから2年以内に関連するRRPを採択しなかった場合、理事会は「条約の規定、理事会が暫定的に採択した規則、規制」等に基づき、その計画を検討し、承認しなければならない。「2年規定」発動以来、交渉は自然に活発化し、中国が深海採掘の規約策定に主導的な役割を果たしている。2023年ISA理事会の7月の会合では、フランス、チリ、コスタリカが提出した深海採掘の禁止を議論する動議を中国が阻止した。米国がISAに不参加のため、中国が重要な位置を占めているが、深海採掘禁止に関わる議論は、世界の海の60%を占める公海の将来に深刻な影響を与えるであろう。
(4) 2023年7月に開催されたISA理事会では、科学的根拠の欠如を理由に、深海採掘に反対し、一時停止の導入を推進する20ヵ国に反対し、中国をはじめ、ナウル、日本、オーストラリア、インド、ノルウェー、ロシアなどの国々が深海採掘を支持した。フランスは例外で、深海採掘の全面禁止を求めた。国家とは別に、 Google LLC、Samsung Group、BMW、Volvo Group、Teslaなど多くの国際的な多国籍企業も、深海採掘禁止を求める声に加わっている。この呼びかけには、44ヵ国から804人の海洋科学と政策の専門家が参加し、「十分で確かな科学的情報が得られるまで採掘を一時停止する」ことを推奨している。北極圏で深海採掘を開始するとのノルウェーの決定を受け、EUでさえも採掘禁止を支持する決議を採択した。
(5) 商業的な深海採掘がこれまで以上に現実に近づいている今、国際関係と環境管理の将来を決定づける地政学的、環境的、法的な課題を分析し、評価することが極めて重要である。中国、ノルウェー、韓国、インドなどの国々が未開発資源の開発努力を加速させる中、世界は重大な決断を迫られている。それは、 目先の経済的・技術的利益を優先するか、それとも深海の脆弱な生態系を優先するかである。中国の地政学的・戦略的目標や、ISAを含む国際組織への影響力の増大は、インド太平洋だけでなく地球全体にとって大きな賭けであることを念頭に置きながら、決断を下さなければならない。
(6) 採掘禁止はまた、予防的取り組みに従って提案されている。この取り組みは、技術革新や活動が危害をもたらす可能性がある場合に、一時停止して再評価することを示唆する広範な法的・哲学的原則である。科学者、環境保護主義者、そしていくつかの国々が提起している差し迫った懸念に照らせば、世界的な深海採掘の禁止は自然な行動指針であるはずである。このような予防的な一時停止措置はUNCLOSに則っていないと主張する者もいるが、海洋の憲法に基づく義務であろう。International Tribunal for the Law of the Sea(国際海洋法裁判所、ITLOS)は、勧告的意見の中で、予防的取り組みが慣習国際法の一部となりつつある傾向を確認し、それが国家とISAの両方に対する「拘束力のある義務」であると述べている。国際捕鯨条約はその一例である。
(7) 国際社会が海底資源開発という未知の領域を進むとき、重要な鉱物の追求が、私たちすべてを支える環境を犠牲にすることのないようにしなければならない。今日の選択が、地政学的情勢を形成し、国際社会が共通の課題に直面して団結できるか、それとも資源獲得競争がさらなる分断と紛争をもたらすかどうかを決定する。
記事参照:https://www.orfonline.org/expert-speak/undersea-geopolitics-and-international-law-deep-sea-mining-in-the-indo-pacific

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

(1) US–China Tensions: A Year of Posturing in the Pacific
https://www.geopoliticalmonitor.com/us-china-tensions-a-year-of-posturing-in-the-pacific/
Backgrounder, Geopolitical Monitor, August 26, 200024
By Jonathan Jordan
2024年8月26日、Jonathan Jordanはカナダ情報誌Geopolitical Monitorのウエブサイトに“US–China Tensions: A Year of Posturing in the Pacific”と題する論説を寄稿した。その中でJonathan Jordanは、2024年、米国と中国の間の緊張が太平洋地域で激化しているとの認識を示した上で、アラスカ近海では、核搭載可能な中ロの爆撃機が米国の防空識別圏に侵入し、米国とカナダの戦闘機によって追い返される事態が発生したこと、そして中国は台湾周辺で大規模な軍事演習を行い、台湾の新政権に対する圧力を強めていること、さらには、南シナ海では中国とフィリピンの衝突が激化し、フィリピンの船が中国海警総隊と直接対立する場面も見られたことなどを例示している。そしてJonathan Jordanは、米国は日本や韓国との連携を強化し、中国と北朝鮮の脅威に対抗する体制を整えているが、海上や航空での軍事行動が増加する中、偶発的な衝突の危険性が高まっており、これらの出来事は、米中関係が今後さらに悪化し、太平洋地域での対立が激化する可能性を示しているが、戦争を避けるための外交的解決の道も模索されている​と主張している。
 
(2) Xi Prefers Fleet Power to Street Protest
https://foreignpolicy.com/2024/08/26/china-xi-nationalist-protest-politics-diplomacy/
Foreign Policy, August 26, 2024
By Raphael J. Piliero is a researcher at Harvard Kennedy School’s Belfer Center for Science and International Affairs.
Elliot S. Ji is a doctoral candidate at Princeton University.
8月26日、米Harvard Kennedy Schoolの Belfer Center for Science and International Affairsの研究員Raphael J. Pilieroと米Princeton Universityの博士課程院生Elliot S. Jiは、米政策・外交関連オンライン紙Foreign Policyに、“Xi Prefers Fleet Power to Street Protest”と題する論説を寄稿した。その中で両名は、①国際的な危機に対応する際、以前の中国の指導者たちは国内の抗議行動を交渉の手段として利用していたが、習近平は国家主義的な騒動を選択肢として利用することをためらっている。②習近平政権下で国民が動員されたのは、他国に経済的圧力をかけようとする政府主導による「ボイコット」だけである。③この新しい取り組みは、中国国内の変化によって説明でき、第1に習近平は国家の強さに自信を持つ一方で、自らの支配の安定性には猜疑心を抱いており、第2に習近平は中国が強大になるにつれて、かつての指導者であった鄧小平の「隠れて待つ(hide and bide)」という信念から遠ざかっている。④軍事的嫌がらせに比べれば、国内での抗議行動は弱小国を威圧する有効な手段ではなくなっている。⑤習近平の権力を一元化し、反対勢力を封じ込める運動は、抗議行動が交渉手段として使われる可能性を排除してきた。⑥習近平が軍事力の誇示を重視するようになったことは、国際的な危機が偶発的な事故に見舞われる危険性が高まることを意味する。⑦軍事的危機が繰り返されれば、双方は常に軍事的選択肢に手を伸ばすようになり、それ以下は「弱さ」であり、「後退」であるとみなすようになる。⑧一触即発の危機を回避するための越えてはならない一線を議論し、紛争を管理するための見識を共有すべきであるといった主張を述べている。
 
(3) Don’t Ever Invade China: Xi Jinping Prioritizes Border, Coastal, and Air Defense
https://warontherocks.com/2024/08/dont-ever-invade-china-xi-jinping-prioritizes-border-coastal-and-air-defense/
War on the rocks, August 27, 2024
By Shanshan Mei, known by the pen name Marcus Clay, is a political scientist at RAND. She previously served as the special assistant to the 22nd chief of staff of the Air Force for China and Indo-Pacific issues. 
Dennis J. Blasko is a retired U.S. Army lieutenant colonel with 23 years of service as a military intelligence officer and foreign area officer specializing in China. From 1992 to 1996, he was an Army attaché in Beijing and Hong Kong.
2024年8月27日、第22代U.S. Air Force参謀長の元特別補佐官で米シンクタンクRAND CorporationのMarcus ClayとU.S. Army退役中佐で北京と香港に駐在武官として勤務経験のあるDennis J. Blaskoは、米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockに“Don’t Ever Invade China:
Xi Jinping Prioritizes Border, Coastal, and Air Defense”と題する論説を寄稿した。その中で両名は2024年、習近平は中国の国防政策の最優先事項として、国境、沿岸、空域の防衛を強調したが、彼はこれを「国土主権と海洋権益の保護」と表現し、これが中国の軍事力の中心的な任務であると述べたと指摘した上で、習政権は中国の戦略的抑止力を維持するため、社会や民間部門の資源を動員することに注力しているが、人民解放軍は南シナ海や台湾海峡などの沿岸地域における防衛活動を強化しており、これにより米国や同盟国への抑止力を高める狙いがあると述べている。そして両名は、中国の国境防衛体制は、党、政府、軍隊、警察、民間が統合されたもので党中央の統制下にあるが、陸軍はパトロールや監視活動を行う一方で、沿岸部では海警総隊や海上民兵が活動しており、有事の際には外国の軍事行動を妨害する役割を果たしていると指摘した上で、習近平は周辺国との協力を強調しつつも、領土問題に関しては強硬な姿勢を維持しており、将来的には国境防衛におけるさらなる変革が予想されると主張している。
 
(4) What is an Italian Carrier Strike Group Doing in the Indo-Pacific?
https://warontherocks.com/2024/08/what-is-an-italian-carrier-strike-group-doing-in-the-indo-pacific/
War on the Rocks.com, August 29, 2024
By Alessio Patalano, professor of war and strategy in East Asia and codirector of the Centre for Grand Strategy at the Department of War Studies at King’s College London
2024年8月29日、英Centre for Grand Strategy at the Department of War Studies at King’s College London のAlessio Patalano教授は、米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockに“ What is an Italian Carrier Strike Group Doing in the Indo-Pacific?”と題する論説を寄稿した。その中でAlessio Patalanoは、2024年、伊海軍の空母打撃群がインド太平洋地域に派遣され東京湾に入港したが、この派遣は、Giorgia Meloni首相の外交政策の一環として日本との戦略的関係を強化するためのものであるなどと説明した上で、Marina Militare Italiana(イタリア海軍)の空母打撃群は、最新鋭のF-35B戦闘機やAV-8BハリアーIIを搭載してオーストラリアでの大規模演習にも参加したが、これはアフリカ、中東、アジアとの経済的および戦略的な連携を深めるもので、インド太平洋地域における活動はその一環であると指摘している。そしてAlessio Patalanoは、イタリアはNATOやEUと協力して国際的な海洋秩序の維持に貢献し、特に中国やロシアなどの脅威に対抗するための取り組みを進めているが、今回の空母打撃群の派遣は、イタリアがアジアにおける存在感を強め、国際的な防衛協力を深化させる重要な一歩になっていると主張している。