海洋安全保障情報旬報 2024年7月21日-7月31日

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7月22日「中国の核開発への対抗―米専門家論説」(Foreign Affairs, July 22, 2024)

 7月22日付の米Council on Foreign Relationsが発行する外交・国際政治専門の隔月誌Foreign Affairsのウエブサイトは、Brookings Institution外交政策研究課程およびStrobe Talbott Center for Security, Strategy, and Technology研究員で米Georgetown University非常勤教授Amy J. NelsonとBrookings Institution上席研究員兼SK-Korea Foundation ChairでThe Catholic University of America政治学部教授Andrew Yeoの“China’s Dangerous Nuclear Push”と題する論説を掲載し、ここで両名は中国の野心を和らげるために、米国は日本や韓国と核を共有すると脅すべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 1990年代以降、中国政府は米政府からの核軍縮交渉への参加を拒み、核兵器を拡大し、近代化してきた。推定500発の核弾頭は、2030年までに倍増する勢いである。中国の進出は、北朝鮮の進出とともに、この地域にも影響を及ぼしている。米国の核保証にもかかわらず、今や韓国国民の過半数が自国の核保有を望んでいる。アジアは今、不安定化する軍拡競争に突入しようとしている。しかし、米政府が迅速に行動を起こせば、こうした憂慮すべき事態を食い止めることができる。
(2) 中国政府は2月、世界の核保有国に「先制不使用」条約の交渉を呼びかけた。米国は中国の話し合いの申し出を歓迎すべきで、中国政府が誠実に交渉する用意があるのであれば、米政府もそれに応え、より広範な軍備管理協定を迫るべきである。中国の指導者たちが実質的な交渉への参加を拒否すれば、米政府は核共有の取り極めについて韓国政府や日本政府と協議を開始し、さらに核兵器の防衛産業基盤への投資を誘導して、米国の核兵器の更新と拡大を急ぐだろう。米政府は米国と同盟国のミサイル防衛を強化し、核武装した潜水艦と核搭載爆撃機の配備を強化し、韓国政府や日本政府との核共有協定を追求すべきである。過去にこのような動きが旧ソ連を交渉の席につかせたように、将来的には中国を説得して交渉に応じさせることができるだろう。
(3) 中国に対する強圧的な取り組みには、韓国と日本の後押しが必要である。特に韓国国民は、核抑止力という米国から与えられる安心感を超えることを望んでいる。2024年に実施された2つの全国世論調査によれば、韓国国民の70%以上が自国に核兵器が必要だと考えている。George H. W. Bush政権が、より広範な世界的核兵器削減の一環として、すべての米軍核兵器を朝鮮半島から撤退させた1991年以来、韓国に核兵器は置かれていない。
(4) 日本は、歴史上唯一核攻撃を受けた国であることから、核兵器を開発するという考えはなかった。しかし2002年、当時衆議院議員でまだ首相ではなかった安倍晋三が、「核爆弾の保有は合憲」と述べた。2020年の世論調査では、日本国民の75%が依然として世界的な核兵器禁止を支持しているが、一部の自民党指導者は寛容な姿勢をとっている。2022年のロシアのウクライナ侵攻後、当時の安倍首相は、日本は米国とのNATO型核共有協定を検討すべきと主張した。2022年3月の調査では、日本人の63%が核シェアリングの議論に前向きだった。今のところ、日本政府は核不拡散を唱え続けているが、中国の核兵器拡張と北朝鮮の核の脅威によって、日本の指導者たちは韓国の指導者たちと同じような核兵器観を持つようになるかもしれない。
(5) 軍備管理の歴史は、各国に交渉に応じさせるための強制的な政策の価値を示している。1969年末から1972年夏にかけて行われた戦略兵器制限交渉SALT Iの間、米国はミサイルに弾頭を追加するというアイデアを弄し、ソ連を交渉の席に着くよう説得した。また、Ronald Reagan米大統領の宇宙空間にミサイル防衛システムを構築するという戦略防衛構想は、ソ連のMikhail Gorbachevを一連の首脳会談に参加させる結果となった。旧ソ連政府は、軍拡競争を加速させるか、軍備管理を追求するかの選択を迫られ、旧ソ連政府は引き下がらざるを得なかったのである。
(6) 現在の米国の政策は核武装の拡大を抑制しているが、米政府は韓国と日本を武装させるという脅しを利用して、中国を交渉の席に着かせることができる。もし中国政府が対話を拒否すれば、中国は自国の裏庭でより大きな核の脅威にさらされる危険がある。日本と韓国が核武装すれば、誤認、誤算、事故の可能性が高まり、核による大惨事の危険性が高まる。このような危険な現実に直面した中国政府は、米国の圧力に屈し、本格的な軍備管理協議に入るかもしれない。この戦略に危険性があったとしても、危険性の少ない努力では中国政府の野心を抑えることはできない。
(7) このような取り組みが有効であるならば、米政府は、中国の核近代化が北朝鮮の核開発計画の拡大とともに、米国主導の地域拡散を必然的に早めるものであることを中国政府に明確に伝えなければならない。そのために、米政府は韓国政府と日本政府に対し、中国が核戦力の拡大を続ける場合には、核共有の選択肢について議論する用意があることを明らかにするべきである。そして、実質的な核協議が行われない場合、米国の核兵器を拡大しようという米国外交の右派の声が勝ってしまうことを中国政府に示すべきである。現米政権は、非核兵器国の核兵器開発を禁じた核拡散防止条約(NPT)に基づく米国の約束を守り、より少ない核兵器で抑止態勢を維持することを望んでいる。しかし、中国政府が核兵器開発を続ければ、米政府はその約束を放棄せざるを得なくなる。
(8) 中国が核兵器の開発を続ければどのような結末が待っているかを強調することで、米政府は中国の指導者たちに、交渉の席に着くよう説得することができる。もし、中国政府が真剣な交渉に応じるならば、中国の核兵器、態勢、計画についてより透明性を高めることを認めることで、誠意を示さなければならない。最終的には、条件が整えば、ロシアやフランス、イギリスもこのような取り極めに加わる可能性がある。その見返りとして、米政府は中国政府に対し、東アジアにおける核拡散の抑制に協力することを約束するかもしれない。
(9) 米国は、中国との競争を両国が核不拡散を支援するために協力し合うという努力として捉え直すべきである。成功の保証はないが、新たな米中核対話の開始は、東アジアを核拡散から守ることになるかもしれない。しかしその前に、米政府は攻撃的かつ冷酷に行動しなければならないかもしれない。
記事参照:China’s Dangerous Nuclear Push

7月23日「2024年NPT準備委員会はNPTを救うことができるだろうか―オーストラリア専門家論説」(Asia-Pacific Leadership Network, July 23, 2024)

 7月23日付の韓国の核不拡散問題関連研究組織Asia-Pacific Leadership Networkのウエブサイトは、オーストラリアのUniversity of Queensland准教授Marianne Hansonの“Can the 2024 Preparatory Committee Meeting Save the Nuclear Non-Proliferation Treaty?”と題する論説を掲載し、そこでMarianne Hansonは7月末から8月初旬にかけて開催された2026年NPT運用検討会議の第2回準備委員会について言及し、核軍縮に向けた動きが近年ほとんど停滞しており、この会議でも何らかの成果をあげることは難しいとして、要旨以下のとおり述べた。
(1) 2024年7月22日から8月2日にかけて、2026年核不拡散条約(以下、NPTと言う)運用検討会議の第2回準備委員会が開催された。準備委員会を開くことは、条約の検討過程を強化する方法として、2000年にNPT加盟国によって開催が義務づけられた。準備委員会はまた、1995年に提案された中東における非大量破壊兵器地帯の創設についても議論をする。近年の検討会議が成果を出せていないこと、NPTに署名する非核保有国による核保有国5ヵ国(以下、NWSと言う)に対する不信感が強まっていることを考慮すれば、26年の検討会議が何らかの成果を生むとは考え難い。
(2) 2000年、NPT加盟国はNPT運用検討会議に関する最終文書に合意した。それはNPT第6条(核軍備競争の停止、核軍縮の効果的措置、全面完全軍縮条約に関する交渉)を履行するための実践的な段階をリスト化したものである。それ以降、2010年検討会議のみが、条約履行の進展に関する前向きな結論と提案を提供できた。他方中東の非大量破壊兵器地帯に関してはほとんど議論は進まなかった。端的に言うとNPTは危機的状況にある。非核保有国はNWSによる核軍縮がまったく進んでいないと考えている。実際NWS側は、中国のみが行った核の先制不使用の宣誓や包括的核実験禁止条約発効に向けた努力を一切見せていない。
(3) むしろ最近われわれが目にしているのは、核兵器の存在が目立っているという事実である。ロシアは核使用の威嚇を行い、NATO側も核兵器の継続的重要性を主張している。さらに、米国、ロシア、中国で、核実験場の活動が増加している兆候もある。これは切迫した危険ではないが、緊張を悪化させるものであり、また包括的核実験禁止条約無視の姿勢を示すものである。
(4) イスラエルによるガザ爆撃が続く中、中東での非大量破壊兵器地帯の創設に関する見通しは暗い。イスラエルの政治家が核の使用を匂わせているので、それは喫緊の課題であるはずだが、今回の準備委員会で前進する可能性はほとんどない。こうした核兵器や大量破壊兵器の使用禁止地帯の設定は、1995年に非核保有国がNPTの無期限延長に合意した際の条件であった。しかしそれが進まないことは、非核保有国の不信感を高めている。
(5) NPTの義務履行を目的とした核保有国によるP5プロセスも、内部の米中ロ対立によってほぼ消滅しかかっている。2022年、核戦争に勝者はなく、決して起こしてはならないという声明が唯一の貢献と言えよう。Women’s International League for Peace and Freedomという団体のReaching Critical Willというプログラムが準備委員会のために刊行したブリーフィングブックは、「世界的な大量虐殺の可能性がかつてないほど高まっている中、この23年間、NPT加盟国は、この混乱を瀬戸際から回復させる機会をほとんど無駄にしてきた」と述べている。今回の準備委員会で何らかの進展を起こすには、奇跡が必要である。
記事参照:Can the 2024 Preparatory Committee Meeting Save the Nuclear Non-Proliferation Treaty?

7月23日「インドネシアが病院船をガザに派遣―仏海軍関連サイト報道」(Naval News, July 23, 2024)

 7月23日付のフランス海軍関連ウエブサイトNaval Newsは、“Indonesia Prepares To Deploy Hospital Ships Again For Gaza”と題する記事を掲載し、インドネシアがガザに派遣する海軍の病院船、その任務および背景について、要旨以下のように報じている。
(1) Tentara Nasional Indonesia(以下、インドネシア国軍と言う)は、負傷したパレスチナ人への援助と医療を提供するための人道的任務の可能性を見越して、過去2ヵ月間にわたり、2隻の病院船を含む資産と人員を準備してきた。この準備は、2024年6月1日にシンガポールで開催されたアジア安全保障会議で、インドネシア国防大臣で次期大統領のPrabowo Subiantoが行った声明の続きとなる。Prabowo Subiantoは演説の中で、ガザ地区での停戦の可能性を維持・監視するため、国連の委任に基づき、インドネシアが大規模な平和維持軍を派遣する意思があることを明らかにした。Prabowo Subiantoはまた、負傷したパレスチナ人最大1,000人をインドネシア国内の病院に避難させ、医療処置を施す予定であると付け加えている。数日後、インドネシア国軍司令官Agus Subiyanto陸軍大将は、提案されている平和維持軍は、旅団規模の部隊、ヘリコプター2機、病院船2隻で構成されると述べている。
(2) 7 月 18 日、インドネシアの国営造船会社PT PAL は現在、ガザへの派遣の可能性に備えて、インドネシアが保有する病院船の1隻、「ドクター・ワヒディン・スディロフソド」が準備中であることを明らかにした。「ドクター・ワヒディン・スディロフソド」の他に、インドネシア海軍は現在、「ドクター・スハルソ」と 「ドクター・ラジマン・ウェディオディニングラット」の 2 隻の病院船を運用している。
(3) 1月 18 日、「ドクター・ラジマン・ウェディオディニングラット」は、242 トンの人道援助物資と医療チームをガザに届けるために派遣された。しかし、インドネシア政府関係者によると、エジプト当局が同船をアル・アリシュ港に 4 日間滞在させることしか認めなかったため、船はガザに到着できなかった。その間に援助物資はEgyptian Red Crescent(エジプト赤新月社)に移され、ラファ国境検問所を経由してガザに届けられた。この任務、特にアデン湾と紅海での安全保障上の危険性を考慮し、同船には 36 人の海軍特殊部隊員が派遣されていた。
(4) Tentara Nasional Indonesia Angkatan Laut(以下、インドネシア海軍と言う)は、「ドクター・ラジマン・ウェディオディニングラット」が航海中、アデン湾および紅海において安全な距離を保ちながらも数隻の「不審なスピードボートや漁船」に尾行されたことを明らかにしている。インドネシア海軍は、これらの船が標的を報告するための部隊としての役割を果たしているのではないかと疑っている。1万983海里に及ぶ57日間の航海の後、「ドクター・ラジマン・ウェディオディニングラット」は、3月15日に無事ジャカルタに帰還した。
(5) 国際安全保障においてより積極的な役割を果たすというインドネシアの野心とともに、多用途で優秀な海軍資産の必要性がますます明らかになってきている。同時に戦争以外の軍事作戦(MOOTW)を含め、国内活動のための輸送艦の必要性は依然として高い。さらに、自然災害の多い群島国家として、緊急事態に時宜にかなった、かつ効果的な対応を実行するため、また多くの島々の間の連結性を維持するために、安定した運搬能力を必要としている。国際的な関与と国内の所要という二重の圧力が、インドネシア海軍に海上輸送能力の増強をさらに促している。実際、7月2日、インドネシア海軍参謀長Muhammad Ali大将は、PT PALを含むインドネシアの造船所が国内で建造する揚陸艦と戦車揚陸艦をさらに調達する計画を発表した。その上、ヘリコプター揚陸艦は、インドネシア海軍の将来の艦隊設計に含まれている。
記事参照:Indonesia Prepares To Deploy Hospital Ships Again For Gaza

7月24日「アジアにNATOは不要、中国に対抗することによる対価と結果―米専門家論説」(PacNet, Pacific Forum, Center for Strategic and International Studies, July 24, 2024)

 7月24日付の 米シンクタンクCenter for Strategic and International StudiesのPacific Forumが発行するPacNet Commentaryは、米外交問題シンクタンクDefense Priorities研究員Daniel R. DePetrisの“No NATO in Asia: The costs and consequences of countering China”と題する論説を掲載し、Daniel R. DePetrisは中国に対抗するためにNATOがインド太平洋への関与を強めることはNATO内の分裂の招きかねず、インド太平洋地域が抱える諸問題をより複雑化するだけであるとして、要旨以下のように述べている
(1) 7月9日から11日にかけて、NATO加盟国の首脳らがワシントンに集まり、同盟創設75周年記念サミットが開かれた。中国は、NATOにとって最重要議題であり、東シナ海と南シナ海における人民解放軍の好戦的な行動、ロシアとの戦略的提携、いわゆる法に基づく国際秩序を弱体化させようとする試みなど、数々の許されざる行動がますます非難されてきた。
NATOがオーストラリア、日本、ニュージーランド、韓国のインド太平洋4ヵ国(IP4)に3年連続で招待したことは、中国に関してアジア諸国との協調と協力を強化するというNATOの意図を示している。米国とNATO指導部は会議を対中努力と明確に位置づけなかったが、その暗黙の意味は確かにそこにあった。
(2) 近年、ますます多くの専門家や政府関係者が、ヨーロッパを東アジアから隔離することはできない、そしてその逆もまた然りであると主張するようになった。日本の岸田文雄首相は、ヨーロッパと東アジアのつながりについての主唱者であり、「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」と主張している。これは全くの間違いというわけではない。Vladimir Putinロシア大統領が6月にほぼ四半世紀ぶりに北朝鮮を訪問したことは、欧州と東アジアの双方に安全保障上の意味合いを持つ。Vladimir Putin大統領と金正恩委員長による新たな包括的戦略パートナーシップ協定は、ウクライナと朝鮮半島で進行中の安全保障上の課題を悪化させる可能性がある。
(3) 米国とヨーロッパおよびアジアの同盟国は、共通の懸念事項について資源を共有し、意思疎通を強化することで、こうした脅威を軽減しようと努めてきた。協力は、2国間および小規模な国間協議を中心に展開される傾向がある。英国と日本は2023年に円滑化協定を締結し、Armed Forces of the Crownと自衛隊が共同演習や訓練のために互いの国を訪問する手続きを定めた。日本はフランスとも同様の協定の締結を目指している。ドイツとフランスは、中国に対する決意を示すため、また欧州諸国が航行の自由の維持に既得権益を持っているため、インド太平洋地域に海空軍を派遣しており、2023年にはドイツがほぼ20年ぶりに南シナ海に艦艇を派遣している。一方、米国は、それぞれの軍隊間の相互運用性を高めるために、日本と韓国、日本とフィリピンとの3国間海軍演習を定期化している。
(4) NATOは今や首脳会談の声明で中国について明示的に言及している。NATOは、中国に対抗するために目的を変更すべき、あるいは少なくともその役割を果たすべきだという一般的な認識が今や広まっている。元欧州連合軍最高司令官ジェームズ・スタブリディス氏は、日本、韓国、オーストラリアを同盟に組み込むことを提案している。
(5) NATOと対立する国や敵対する国がますます相互に共通の目的を持つようになっていることは、NATOを域外に進出させる十分な理由にはならない
しかし、NATOをインド太平洋地域の安全保障の保証人に変えたり、IP4諸国との関係を制度化したりすることは、同盟内部に困難を生じさせ、NATOとそのアジアの提携国が解決したい安全保障上の問題を複雑化させるだろう。
(6) 第1に、現時点では、NATOの権限をアジアにまで拡大すること、特に中国の力を封じ込めるという明確な目標については合意が得られていない。NATO加盟国にはそれを避けるさまざまな理由がある。
(7) 第2に、米国とおそらく英国以外では、NATOがアジアでの抑止力を大幅に高める軍事力を備えているかどうかは不明である。欧州の防衛産業複合体は手薄になっており、生産の大部分は短期間で終わらない大陸での地上戦に投入されている。
(8) 第3に、NATOがアジアに重点を置くようになった場合、中国、ロシア、北朝鮮はただ傍観することはないだろう。3ヵ国とも、この地域で有利な力関係を維持するために対応する可能性が高い。中国は、ロシアとの「無制限」な提携を活性化し、重要な対抗勢力を構築したいと考えるかもしれない。中ロ間の共同軍事演習はより大規模かつ頻繁になり、両国の間に亀裂を生じさせる運動は失敗するだろう。
(9) 米国、カナダ、そしてそのヨーロッパ同盟国は、北大西洋の軍事組織を北大西洋の責任地域内に維持すべきである。中国との適切な力関係を維持し、対中戦争を回避することは、米国の軍事力に大きく依存する域外同盟なしでも達成できる。これを最小限のリスクで達成する最も効果的な方法は、米国と欧州諸国が軍事的に優位な中国から国益を守るために自国の軍隊を近代化している日本、フィリピン、韓国、ベトナム、インドネシアなどの東アジアの個々の国との2国間関係を構築することである。これらの大国はいずれも、アジアにおける安定した勢力均衡がなぜ自分たちの共通の利益となるのかを外国の軍事陣営に説明してもらう必要はない。
記事参照:No NATO in Asia: The costs and consequences of countering China

7月24日「インド海軍の人道的役割―インド専門家論説」(The Diplomat, July 24, 2024)

 7月24日のデジタル誌The Diplomatは、元Bhāratiya Nau Sena(インド海軍)参謀副長で退役海軍中将S.N. Ghormadeの” The Indian Navy’s Humanitarian Role: Strategic Soft Power in Action”と題する論説を掲載し、ここでS.N. Ghormadeは人道支援と災害救援に対するインド海軍の行動は、インドの戦略的ソフトパワーの礎石であり、この能力を継続的に強化することで、インド海軍は地域の安定と平和の確保に貢献し、人類の福祉に献身する国としてのインドの評判を確固たるものにしているとして、要旨以下のように述べている。
(1) Bhāratiya Nau Sena(以下、インド海軍と言う)のソフトパワーが他のどこよりも明確に表れている分野がある。それは、人道支援・災害救援(以下、HADRと言う)活動である。さまざまな自然災害や人災に対するインド海軍の迅速かつ効果的な対応は、インドの戦略的・外交的な結びつきを強めるだけでなく、世界的な連帯と思いやりに対する国の誓約を示す上でも大いに貢献している。
(2) 2004年12月26日、スマトラ島西岸を震源とする巨大な海底地震が発生し、津波がインド洋沿岸からアフリカ沿岸にかけて甚大な被害をもたらした。インド海軍は、自国だけでなく、スリランカ、モルディブ、インドネシアを支援するため、大規模なHADR活動を開始した。インドの救援船と救援物資は12時間以内に被災地に到着し、合計40隻の艦船、42機のヘリコプター、35機の航空機、2万人以上の人員が海外での救援活動に投入された。インド海軍の迅速な活動は、インドが有能で、思いやりのある国であることを印象づけた。
(3) 2004年の災害後、インド海軍のHADR活動の頻度は上がり、今日のインドの構想である「地域の安全保障と万人のための成長(SAGAR)」の要素が表面化し始めた。
a. 2008年、サイクロンがミャンマーに史上最悪の自然災害をもたらし、約13万8,000人が死亡した。インド海軍はHADR任務のために艦艇2隻を派遣した。
b. 2014年、マレーシア航空370便が乗客乗員239人とともに消息を絶った時、インド海軍は艦艇4隻をベンガル湾、アンダマン海、アンダマン諸島西部に派遣し、国際的な捜索・救難活動を支援するインドの意志を示した。
c. 2014年、モルディブの首都で火災が発生し、水の供給が滞った際、インド海軍は真水および淡水化プラントを積んだ船を派遣した。
(4) インド海軍のHADR活動は、近隣地域に限定されるものではなく、それ以外の地域でも活動を展開している。
a.2006年、戦争で荒廃したレバノンからインド人、スリランカ人、ネパール人を避難させるため、艦艇4隻が出動し、数千人を避難させた。
b.2011年情勢不安のリビアに艦艇4隻を派遣し、1万8,000人以上のインド人を避難させた。
(5) 2014年にモディ政権が誕生した後もインド海軍はインド洋におけるHADR活動を継続し、さらにその比重を高めている。
 a. 2016年、サイクロンに伴う洪水被害へのスリランカ政府からの救援要請に対応して、艦艇2隻をコロンボに派遣して、救援物資や医療物資を移送し、被災した住民のために医療キャンプを開設した。
 b. 2016年、マダガスカルのアンビロベで大火災により5,000人以上が被災した際には、艦艇1隻を派遣し、必要不可欠な貯蔵品、医療品、手術材料を地元当局に提供した。
c. 2017年、インド海軍と沿岸警備隊は、スリランカ沖で商船の火災を鎮圧し、乗組員全員の安全を確保した。
d. 2017年、サイクロンによりバングラデシュとミャンマーが被害を受けた際には、任務派遣中の艦艇1隻が、子どもや高齢者を含む27人の生存者を救出し、ミャンマーのヤンゴンで救援物資を提供した。
e. 2019年、サイクロンがアフリカ南東部を壊滅させた際には、現地政府からの支援要請を受け、艦艇3隻をモザンビークに派遣した。
f. COVID-19 が世界的に感染が拡大した際には、近隣国や提携国への支援活動の一環として、モルディブ、モーリシャス、セイシェル、マダガスカル、コモロなどに食料品、医薬品、COVID-19 関連の必需品を積んだ艦艇を派遣した。
g. 最近ではインド洋西部の航路で、ミサイル攻撃を受けた石油タンカー「マーリン・ルアンダ」の消火活動に艦艇1隻が対応し、消火に成功し、船体の重大な裂け目を塞いだ。
(6) HADR用艦艇の独自開発など、海軍のHADR能力を強化することは、国際舞台におけるインドの影響力と親善を維持・強化する上で極めて重要である。インドは、海軍の HADR 活動を通じてソフトパワーを維持・強化するため以下の能力向上を図るべきである。
 a. 大量の救援物資を保持し、移送する能力の拡大
b. 効率的な人員と物資の輸送のためのヘリコプターと上陸用舟艇の増備
c. 包括的な医療援助を提供する海軍の医療サービスと病院船の改善
d. 水の供給を支援するため、造水・供給能力の改善
e. 迅速な共同通信システムの確立
f. HADR 任務に就いていない時には、収益を生む沿岸旅客船として機能するような国産 HADR 船の設計と建造
(7) インド海軍のHADR活動は、世界的な連帯と思いやりに対するインドの関与の証である。危機の際に提供される支援は、信頼と協力の意識を育み、2国間関係深化への道を開く。地元住民にインド海軍を訴求することは、インド軍が展開できる地域に平和と安定をもたらすというニューデリーの信頼性を高める。人道支援と災害救援に対するインド海軍の関与は、インドの戦略的ソフトパワーの礎石である。HADR能力を継続的に強化することで、インド海軍は地域の安定と平和の確保に貢献し、人類の福祉に献身する国としてのインドの評判を確固たるものにしている。
記事参照:The Indian Navy’s Humanitarian Role: Strategic Soft Power in Action

7月25日「U.S. Department of Defense、GPS衛星への妨害を含む北極圏でのロシアの行動について警告―米テレビニュース報道」(CBC News, July 25, 2024)

 7月25日付の米国CBC Newsのウエブサイトは、“Pentagon warns of potential Russian action in the Arctic — including jamming GPS satellites”と題する記事を掲載し、ここでU.S. Department of DefenseはGPS衛星への妨害を含む北極圏でのロシアの行動について警告する最新の北極戦略を発表したとして、要旨以下のように報じている。
(1) U.S. Armed Forcesは、中国とロシア間の北極圏協力の拡大を懸念している。U.S. Department of Defenseは、2024年7月に米国、カナダ、そしてその同盟国を狙った北極圏でのロシアの低烈度の「不安定化(destabilizing)」行動を警告する最新の北極戦略についての報告書を発表した。発表された18ページの報告書では、北極圏でのロシアと中国の間の海軍協力の強化を指摘し、米国が同盟国とより多くの軍事演習の実施し、新技術を開発し、NATOとの協力を強化することを約束している。報告書によると、北極圏での破壊活動には、ロシアによるGPS衛星の妨害の可能性が含まれている。報告書は「ロシアの北極圏の能力が、米国本土だけでなく、同盟国や提携国の領土も危険にさらす可能性があることが懸念される。核、通常兵器、特殊作戦の脅威に加えて、ロシアは、GPSの妨害や、国際法や慣習に反する非専門的な方法で行われる軍事飛行などを通じて、米国と同盟国に対して、北極圏で低烈度の不安定化行動を実施しようとしている」と述べている。この戦略では、長距離ミサイルで米国を攻撃する最も手っ取り早い方法は北極圏を経由することであると指摘しており、そのことは間もなく退任するNATO事務総長のJens Stoltenbergは何度も指摘している。Jens Stoltenbergは、カナダを含むすべての同盟国がGDPの2%の防衛支出基準を満たすことを確実にするために努力するべきであると述べている。報告書は、「ロシアは、北極圏の新たな軍事基幹施設とソビエト時代の施設の改修に多額の投資を続けている。ウクライナでの敗北により、ロシアの陸上戦力はいくらか消耗したが、戦略戦力、航空戦力、海上戦力は無傷のままである。さらに、ロシアは従来の地上部隊を再構成し、再編成する能力を持っており、これは北極圏における将来の即応性と戦闘専門知識の向上の可能性を明らかにしている」と述べている。この戦略の発表は、米国とカナダの空軍戦闘機がアラスカ沿岸近くの国際空域でロシアと中国の爆撃機数機を迎撃したのと同じ週に行われた。2024年7月24日、2機のロシアのTu-95と2機の中国のH-6がアラスカ防空識別圏に進入したとNorth American Aerospace Defense Command(北米航空宇宙防衛司令部、以下、NORADと言う)は7月24日の夜に声明で発表し、中ロの爆撃機は「探知され、追跡され、阻止された」と述べている。中ロ爆撃機はアラスカ防空識別圏に留まったが、米国の領空には侵入しなかった。
(2) カナダのUniversity of CalgaryのCentre for Military, Security and Strategic Studies所長代行Rob Huebertは、北極圏での電波妨害はこれまでに見られたものからの拡大しており、民間航空を考えるとカナダにとって大きな懸念事項になると述べている。GPSは航空会社にとって重要な航法機器である。2023年5月、ロシアはバルト海全域でGPS信号に対して前例のない63時間にわたる攻撃を仕掛けた疑いがあり、数百機のジェット旅客機に影響を与えた。ロシアがウクライナ戦争で極超音速ミサイルを開発し、使用してきたことを考えると、北極圏に対して電波妨害を行う可能性はある。Rob Huebertはインタビューの中で、紛争が発生した場合に「ロシアは訓練している可能性がある。突然、米国人を盲目にするための論理が開発されていたのがわかるかもしれない」と述べている。
(3) U.S. Department of Defenseの戦略は、中国とロシアが北極圏で、共同海軍演習を含む複数の戦線で協力していることを指摘している。2024年7月初め、ベーリング海で定期哨戒中のU.S. Coast Guardの巡視船が、米国が主張する排他的経済水域内の国際水域で数隻の中国艦艇に遭遇した。中ロの海軍艦艇は2022年と2023年にもアラスカ沖で共同演習を実施している。NATO首脳会談と並行して行われた最近のパネルディスカッションで、米国の上院議員は、米国が多くの注意を北極圏に払い、そこでの潜在的な脅威を認識していることを指摘した。Rob Huebertは、関心の高まりは明らかに新しいU.S. Department of Defenseの戦略に反映されていると述べたが、Rob Huebertが興味深いと思うのは、それが過去よりもNATO同盟国に大きく依存しているように見えるという事実であり、おそらくはカナダの自己犠牲を伴う貢献を期待している。カナダは、ロシアのウクライナ侵攻によって促進された防衛に数十億ドルを費やすことを約束しているが、それでもNATOの目標であるGDPの2%を達成することはできていない。U.S. Department of Defenseの戦略は「北極圏が北米の安全保障上の利益にとってどれほど危険であるかを、米国がついに理解したことを明確に示している・・・これまでの米国の戦略文書のほぼすべてが強調していたことの1つは、NORADでの協力であった。この戦略文書を見れば、彼らはNATOとの安全保障関係について語っている。彼らは北欧諸国との安全保障関係について話している。しかし、カナダの全体の言及はほんの一部である」とRob Huebertは述べている。米国の戦略は、カナダ部分を含む北極圏の監視を改善することを求めている。
(4) 米国の民主党政権は最近、北極圏に重点を置き、改訂されたNORADへの投資計画と水中監視センサーの導入を強調した独自の最新の防衛戦略を導入した。NATO首脳会議で、米国、カナダ、フィンランドは、大型砕氷船を建造するためのパートナーシップを形成する計画を発表した。U.S. Department of Defenseの戦略は、この地域の気候変動の影響を認め、温暖な気候が地域での軍事力の活動能力にどのように影響するかを指摘している。米国の防衛戦略は「天候の変動は、兵士や装備の性能に影響を与える可能性がある。分散した部隊と遠隔地での作戦拠点を維持することは、これらの変化する北極圏の状況ではさらに困難になる。北極圏は2030年までに初めて実質的に氷のない夏を迎える可能性があり、氷の喪失により、北極圏の海上輸送ルートの実現可能性と海底資源の利用が増加する」と述べている。
記事参照:Pentagon warns of potential Russian action in the Arctic — including jamming GPS satellites

7月25日「米国のRIMPACを中止せよという反植民地主義者の要求が起こっている―英国専門家論説」(Asia Time, July 25, 2024)

 7月25日付の香港のデジタル紙Asia Timesは、University of Cambridge社会学部のSmart Forests Project研究助手Katy Lewis Hoodの “Anti-colonial call to cancel US RIMPAC naval exercises”と題する論説を掲載し、ここでKaty Lewis Hoodはハワイを拠点とするグループと国際的なグループの連合はRIMPACが島々の軍事占領、地域への生態学的被害、そして先住民族の土地の継続的収奪に繋がっているとして、RIMPACに反対しており、英国もこの演習への参加を再検討する必要があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2024年6月27日から、29ヵ国の海軍が世界最大の海軍演習に参加している。1971年以来29回目となる米国主導のRIMPAC 2024は、「自由で開かれたインド太平洋」を促進すると主張している。しかし、地球の表面の50%以上を占めるこの地域の先住民の多くは、そのようには見ていない。2024年6月、太平洋先住民族、環境、社会正義団体のグループProtecting Oceaniaは、「我々は、良き祖先であるという神聖な義務を果たすために団結し、島々や海の軍事化に断固として反対する。この演習は、ここハワイで、我々の主権と我々の共同体を脅かしている」という声明を発表した。一方、ハワイを拠点とする国際的な「Cancel RIMPAC」運動は、RIMPACが主張するほどの安全保障を提供していない、それどころか、それは植民地主義だけでなく、この地域の環境破壊やジェンダーに基づく暴力の一因となっていると主張している。Royal Navyは、RIMPACが50年以上前に開始されて以来、演習に参加してきた。しかし、英国の外交政策においてインド太平洋地域が新たに強調され高まっているにもかかわらず、英国ではRIMPACについての議論はほとんどない。
(2) 1994年、トンガとフィジーの作家Epeli Hau‘ofaは、オセアニアを「島々の海」(a sea of islands)と表現して、太平洋を外国勢力に利用される可能性のある孤立した「遠い海にある島々」(islands in a far sea)という植民地主義の見方に対抗した。現在、米国は太平洋における支配的な存在であるが、英国、フランス、ドイツは、この海域でより長い植民地時代の歴史を持っている。18世紀後半のCaptain James Cookの航海に続いて、英国の帝国主義の太平洋への拡大は、オーストラリア、アオテアロア・ニュージーランド、フィジー、キリバス、ツバル、ソロモン諸島、トンガ、バヌアツから莫大な富を奪った。英国の帝国主義はまた、先住民族を奪い、ヨーロッパ文化を押し付けようと試みた。アオテアロア・ニュージーランドでは、英国の植民地時代の教育の強制により、マオリの言語と知識が分断されたが、それ以来、マオリ運動はそれを活性化するために懸命に取り組んできた。 キリバスの島バナバでは、リン酸塩採掘が島の生態系を破壊し、先住民のバナバンは追い出されることになった。
(3) 米国は、1946年から1958年にかけてマーシャル諸島で核兵器の実験を行った。英国は、オーストラリア、モールデン島、キリティマティで水爆の実験を行った。これらの実験は、先天性欠損症や癌、長期的な生態系への害など、現地の島民の間で深刻な健康問題を引き起こした。太平洋の先住民は、モアナヌイアケア(広大な海)の軍事的・核帝国主義に対して長い間抵抗してきた。「非核・独立太平洋」運動からの長年の圧力の後、1986年のラロトンガ条約によって南太平洋非核地帯を設置された。この過程は、太平洋における先住民族の自己決定について重要な議論を引き起こした。
(4) 最近、インド太平洋は再び西側諸国の焦点となってきた。英国では、2023年の「統合戦略の見直し」が、中国の「画期的な挑戦」に対応して、「インド太平洋における欧州の恒久的な海洋における展開」を確立するという目標を掲げている。これは、2021年にAUKUSが立ち上げられたことに続くものである。これには、英国のBAEシステムズ社とロールスロイス社が建造する原子力潜水艦をオーストラリアに配備することが含まれる。英国労働党の新政権が太平洋にどのように取り組むのかは、まだわからない。しかし、英国と米国が共有する「自由で開かれたインド太平洋」という言説の中で、太平洋諸島の先住民族の懸念はしばしば軽視され、「グローバル・セキュリティ」と貿易が優先されているように思われる。1893年に米軍の支援を受けた米国実業家グループがハワイ王国を打倒して以来、ほとんど変わっていない。1941年、日本軍が真珠湾を攻撃した後、米軍はハワイのカホオラウェを爆撃場として使用し始めたが、この島はハワイ先住民にとって文化的、生態学的に非常に重要な島であった。
(5) 1970年代半ばまでに、ハワイの主権運動が拡大した結果、米国に圧力をかけ始め、カホオラウェについて、RIMPACを含む軍事訓練演習に使用するのを止めるよう求めた。この圧力は、1982年のRIMPACを前に、オーストラリアとニュージーランドがカホオラウェを砲撃しないことに合意したときに実を結んだ。日本も1984年にこれに続いた。1986年、英国の下院議員が、Royal Navyによるカホオラウェ砲撃の問題を議会に持ち込んだ。1990年、カホオラウェへの爆撃はようやく止まった。しかし、原爆による環境破壊を修復するのは難しい。2024年、ハワイを拠点とするグループと国際的なグループの連合が再びRIMPACに反対している。共同体の創始者であるKawena‘ulaokalā KapahuaとJoy Lehuanani Enomotoは、RIMPACが島の軍事占領と土地や水域への生態学的被害を起して、先住民族が継続的に土地を収奪されることに繋がっていると主張している。また、性的人身売買やジェンダーに基づく暴力の増加とも関連している。2024年、ハワイ、米国、ニュージーランド、マレーシアのグループは、ガザのパレスチナ人に対し激しい暴力をふるっているイスラエルとともに自国のRIMPACへの参加を非難した。この運動は、RIMPACを「演習」、つまり模擬として行うことで、ハワイ内外の共同体や生態系に対する有害な物質的影響を曖昧にしていると主張している。RIMPAC反対の連合の参加者は、彼らの運動は「先住民が主導した過去の世代の非軍事化と脱植民地化のための闘いの遺産」と「太平洋地域全体での数千年にわたる先住民の管理と文化的伝統」を土台にしていると語っている。彼らは、この「多世代、多民族」の運動において国際的な連帯が重要であると述べている。RIMPACへの英国の継続的な参加について疑問を投げかける必要がある。
記事参照:Anti-colonial call to cancel US RIMPAC naval exercises

7月26日「中国の鉱物備蓄と台湾軍事侵攻の可能性―米専門家論説」(The Diplomat, July 26, 2024)

 7月26日付のデジタル誌The Diplomatは、米Colorado School of MineのPayne Institute非常勤研究員Gregory WischerとPayne Institute for Public Policy所長兼ねてColorado School of Mine教授Morgan Bazilianの“Monitoring China’s Mineral Stockpiling and Understanding Its Military Implications”と題する論説を掲載し、そこで両名は中国が最近鉱物・金属の備蓄を進めていることについて、それが台湾侵攻準備と関連している可能性を指摘し、複数の指標を用いて注視し続けるべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 中国が鉱物を備蓄していることに対する懸念が高まっている。これは、中国政府の声明や軍事行動に加えて、中国が台湾への軍事侵攻を準備していることの兆候だと考えられている。中国で鉱物の備蓄を管理しているのは、旧国家物資儲備局(以下、SRBと言う)である国家粮食和戦略儲備局(以下、NFSRAと言う)である。アルミニウムなど国内製造が可能な「非戦略的」金属については、中国はあまり秘密にしていないが、国内需要が国内供給を超える銅などの「戦略的」金属については秘密主義を貫いている。我々はどうやってそれを追跡できるだろうか。
(2) 大きく分けて5つの指標がある。直接の備蓄、政府の入札、漏洩情報、産業報告、輸入急増などその他市場の指標である。直接備蓄に関しては追跡が容易である。たとえば2012年と2013年に、SRBは公に、40万トンのアルミニウムと14万5,000トンの亜鉛を購入している。第2の指標は政府による入札である。NFSRAは、非戦略的金属の購入の前に公開入札を行い、価格の信号を送り、鉱物価格の高騰に寄与することがある。たとえばSRBは2012年、16万トンのアルミニウム購入のために、国内の精錬業者に対して公開入札を呼びかけている。
(3) 第3の指標は、中国国内の産業および政府関係者が漏らす情報である。たとえば2024年5月にロイターは、NFSRAが1万5,000トンのコバルトの購入を検討していると報じたが、その情報源は産業界の関係者だった。また、非公開入札に関する情報が漏らされることもある。第4の指標は産業界や報道機関などによるさまざまなデータの分析である。最後に、輸入増加などの市場の動向である。ロイターによると、SRBは2010年から15年にかけて輸入により銅を大量に備蓄したという。また2022年に中国の銅輸入が急増したが、それはSRBの備蓄のための可能性があるとも推測されている。
(4) 重要な点として、鉱物備蓄だけでは、中国が台湾侵攻を準備していることの証拠にはならない。備蓄にはさまざまな理由や目的がある。たとえばCOVID-19の世界的感染拡大における銅供給への懸念に備えた備蓄や、国内の金属生産業者を支援するために、価格をつり上げるなどの経済的目的が有り得る。
(5) 他方、最近中国の金属・鉱物関連情報の機密性が高まっているのは懸念される点である。第2次世界大戦前のドイツがそうだったように、国は戦争を開始する間にそうした情報の公開を制限することがある。こうした中で、NFSRAやそれを監督する国家発展和改革委員会などの情報源を活用することが重要であろう、また、国営の金属企業の関係者も貴重な情報源になり得る。いずれにしても、歴史的前例を考慮したとき、中国の金属備蓄情報は、台湾に関する中国政府の声明や軍事活動との関連で考察されるべきである。
記事参照:Monitoring China’s Mineral Stockpiling and Understanding Its Military Implications

7月29日「台湾をめぐる隠れた戦争―米専門家論説」(The National Interest, July 29, 2024)

 7月29日付の米隔月刊誌The National Interest電子版は、米Joint Chiefs of Staffの対中国首席戦略官、在北京米国大使館の国防武官歴任した退役米空軍准将で、現SEMPRE社CEO Rob Spaldingの“The Hidden War Over Taiwan”と題する論説を掲載し、ここでRob Spalding は台湾政府が現在の戦争に勝つためには、米政府とその同盟国が台湾併合という中国の帝国主義的野心をあからさまにするデジタル戦略を展開すべきであり、それをしなければ中国が勝利するとして、要旨以下のように述べている。
(1) 中国が台湾を侵略するのではないかという懸念が高まっている。数多くの分析が恐ろしい結果を予測している。侵攻は迅速、かつ激烈に行われるだろう。その侵攻はまだ差し迫っていないものの避けられないと考える人が多い中で、台湾は全く異なる説得力のない意図を発信している。たとえば、台湾は徴兵期間を2年から1年に短縮し、2017年には4カ月に短縮した。2024年1月に期間を1年に引き上げたが、冷戦時代、侵略の脅威に直面しなかった米国が2年間の徴兵制を維持していたことを考えれば、この程度の対応では不十分である。これらの事実は、台湾が本気で中国の侵略に抵抗しようとしているのか、あるいはそのような脅威を真剣に受け止めているのかという疑問を提起している。
(2) 台湾の政治家たちは、台湾の有権者がウクライナ人、イスラエル人、フィンランド人やスイス人のように、自由を守るために必要な重い犠牲を払うことを望んでいないことを、よく理解している。現実的に、台湾の中国に対する世論は現状を支持しており、中国政府も独立の話が出ない限りは現状を容認している。2024年の調査では、台湾人の33%以上が「現状を無期限に延長したい」と回答し、次いで約28%が「独立の是非は後日決定したい」、21.5%が「当面は現状を維持するが、最終的な独立に向けて徐々に前進したい」と回答した。
(3) 発砲することなく、中国はすでに台湾に対して戦争を仕掛け、勝利している。中国の現在の戦略は、主に経済的吸収、威嚇、影響力に重点を置いている。彼らの狙いは、中国経済への静かな統合によって台湾を征服し、必要であれば軍事的な脅威によって、台湾の独立宣言に向けた政治的な勢いを食い止めることである。中国は、台湾にとって最大の貿易相手国である。台湾に住む中国人は、中国本土と共通の言語と過去を共有している。したがって、中国が仕掛ける主な攻撃は、中国が得意としている情報戦と貿易戦の領域であり続けるだろう。
(4) 中国政府はまた、世界最大の製造提携国として台湾の野心を邪魔しないよう他国へ影響を与えている。台湾と米国の関係は、Nancy Pelosi前下院議長の台北訪問を契機とした台湾沖での中国軍による訓練の実施など、あらゆる威嚇戦術をとるための都合のよい口実を中国政府に与えている。中国のさまざまな情報戦は、統一への抵抗を否応なく削ぎ落とし、実際の軍事侵攻の必要性を無くすことを目的としている。
(5) 中国を撃退するために、台湾はハマスの作戦を参考にすべきだろう。中国の圧倒的な軍事力を無力化するために、政治的あるいはメディア的な側面にもっと目を向けるべきである。2024年10月7日、ハマスが1,200人以上のイスラエル市民を虐殺し、他の市民を人質に取り、レイプやその他の虐待を行ったが、ハマスの攻撃はその行動に対するイスラエルの激しい軍事行動への世界的な批判によって影が薄くなっている。ガザでのIsrael Defense Force(イスラエル国防軍)の優勢と戦術的成功にもかかわらず、イスラエル政府はハマスのデジタル戦争のおかげで、世界世論の法廷ではすでに戦争に負けているかもしれない。
(6) 台湾政府は、米政府の支援を受けて、侵略を抑止するために同じような取り組みを行うべきである。中国政府による血なまぐさい攻撃は、外交的にも経済的にも受け入れがたい結果を招き、中国国内経済に深刻な打撃を与え、国内の反感を高めると同時に、世界的な地位と貿易関係を破壊することになることを中国に理解させなければならない。効果的な情報戦の推進は、軍備増強と同様に、台湾政府にとって直ちに必要なものである。ハマスがイスラエルに対して成功を収めることができるのであれば、台湾も同様に効果的なデジタル戦争戦略を展開することができるはずである。
(7) しかし、中国はこの種の戦争に長けている。それは、すでに国連で証明されており、中国政府は国連総会において、米政府とその西側同盟国を巧みに操りながら、自国の台湾政策を定期的に支持している。中国政府は、国連諸機関への台湾の参加を拒否するために、自国に協力的な国々からなる議決権行使連合にうまく言い寄っている。そして、「180カ国以上が『一つの中国』を受け入れている」と主張している。
(8) 台湾政府が現在の戦争に勝つために米政府とその同盟国は、台湾併合という中国の帝国主義的野心をあからさまにするデジタル戦略を展開しなければならない。もし台湾政府と西側の提携国がそうしないのであれば、中国が勝利することになる。
記事参照:The Hidden War Over Taiwan

7月30日「ロシアが黒海に巡航ミサイル搭載潜水艦を展開―ポーランド専門家論説」(Naval News, July 30, 2024)

 7月30日付のフランス海軍関連ウエブサイトNaval Newsは、ポーランドを拠点とするMilitary Research and Analysis Groupの特派員であるTomasz Grotnikによる、“Russia deploys three submarines armed with cruise missiles to sea for the first time”と題する論説を掲載し、両名はウクライナ戦争において、巡航ミサイルを搭載したロシアの潜水艦の配備について、要旨以下のように述べている。
(1) Військово-Морські Сили Збройних Сил України(以下、ウクライナ海軍と言う)の報道官によると、Военно-морской флот Российской Федерации(ロシア海軍)は巡航ミサイルで武装した3隻の潜水艦を同時に配備した。ウクライナ海軍報道官は、「すべての潜水艦はアゾフ海・黒海の海域にいる」とし、そのうちの2隻は、7月29日に黒海で確認されたと述べている。ウクライナ海軍報道官は、「時々ロシア連邦のЧерноморский флот(以下、黒海艦隊と言う)は潜水艦と呼ばれるが、今はそれが真実のようだ」と皮肉っている。ロシア黒海艦隊の水上部隊の行動は、ウクライナ軍のドローン攻撃などによる損害や破壊の危機にさらされ、除外されているのが実情であった。
(2) 黒海は長い間、ロシアの水上部隊にとって安全な場所ではなかった。最近、カスピ海でロシアの艦艇が目撃されるようになったが、黒海から移動し、就役前の海上公試を安全に実施している。問題となっている艦艇は、2隻の新型カラクルト型コルベット、「アムール」と「トゥーチャ」である。
(3) ロシアは、ウクライナによる非対称的な対応にさらされて、その水上艦隊の問題を解決するという構想を持っていない。このような現実の中で、彼らが潜水艦の潜在能力を引き出そうとしているのは驚くべきことではない。現在のところ、ウクライナには水中の潜水艦を探知して破壊する技術的手段がないため、彼らの行動は罰を免れている。問題は、黒海にいるロシアの潜水艦が、ウクライナの標的に向けて巡航ミサイルを発射していることである。
(4) 黒海艦隊は、NATOでは改良型キロ級と呼ばれるプロジェクト636.3通常型潜水艦が6隻を保有している。そのうちの1隻は、2023年9月にウクライナのSu-24戦術爆撃機から発射された「ストーム・シャドウ」巡航ミサイルによって大きな損傷を負っており、他の2隻は開戦時に地中海で行動していたが、黒海に戻ることはできなかった。そのうちの1隻は、現在、バルト海で確認されている。したがって、黒海ではロシア海軍は3隻の改良型キロ級潜水艦を保有していることになる。
(5) 改良型キロ級潜水艦は、情報によって数値は異なるが射程2,000km以上のカリブル3M14巡航ミサイルを4発から8発を搭載可能である。改良型キロ級潜水艦のほかに、黒海艦隊は、プロジェクト877Wキロ級通常型潜水艦を1隻保有している。このキロ級潜水艦は、ポンプジェット推進器の実用試験用潜水艦であるが、2022年半ばに大規模保守・整備・修理と近代化を完了しており、カリブルPL巡航ミサイルシステムと統合されたと伝えられている。7月28日のロシア海軍記念日に、黒海艦隊の水上艦と潜水艦がウクライナの200以上の目標をカリブミサイルで破壊したと報道官が報じた。ウクライナ側は、ほとんどの巡航ミサイル(空中発射のX-101と海軍のカリブル)を撃墜したと主張しているため、これが真実かどうかは不明である。
記事参照:Russia deploys three submarines armed with cruise missiles to sea for the first time

7月30日「太平洋島嶼部の埋め立て・干拓支援の必要性―オーストラリア気候変動対策専門家論説」(The Strategist, July 30, 2024)

 7月30日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategist は、同InstitueのClimate and Security Policy Centre責任者Mike Copageの“Pacific land reclamation deserves support”と題する論説を掲載し、そこでMike Copageは太平洋島嶼諸国が気候変動による水没などの危機に直面する中、オーストラリアをはじめとする提携国は、埋め立てや干拓といった対策への支援や、それ以外に太平洋諸国が求める要請に対応すべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 太平洋島嶼諸国をはじめ、海抜の低い国々は気候変動の最前線に立たされている。こうした国々はこれまで、周辺地域の独特な環境への適応を続けてきたのだが、近年の気候変動に対してもそうした対応を模索している。
(2) 彼らにとって好ましい提携国であり続けるために、オーストラリアなどの国々は、温室効果ガス削減への関与を示さねばならない。また、太平洋諸国が気候変動によりいずれ再定住することになると考えられている時、再定住に対する解決策の提供および支援が重要となる。そうした解決策は、直感に反して単純なものである。その解決策とは、土地の埋め立て、干拓である。実際にツバルは、オーストラリアとの「ファレピリ・ユニオン」協定を通じた支援に関して、この点を示した。土地の埋め立て、ないし干拓は、経費、資金援助、埋め立てあるいは干拓の影響などさまざまな問題が伴い、それぞれが詳細に検討されるべき問題である。
(3) 土地の埋め立てや干拓は全く新しいものというわけではなく、沿岸部の拡張や人工島建設などに利用されてきた。ある研究によると、2000年から2020年にかけて、人口が100万人を超える沿岸部の大都市135ヵ所のうち78%に当たる106ヵ所がこれらの手法を採用し、それによって地表が2,350km2増加している。埋め立てにかかる経費は重要な要素である。気候変動対策としての埋め立てのために集められた支援金に対し、実際に必要な金額はその1倍から18倍だと言われている。モルディブで構想されている埋立事業は、海抜2メートルの土地を11.5km2新に創出しようというものだが、それに必要な費用は9,100万ドルと見積もられている。上述した埋立事業をおこなった106の都市のうち7割が、温室効果ガス排出レベルが中程度と仮定した場合、2100年までに水浸しになると見積もられている。
(4) 気候変動への適応策として埋め立ては間違いなく有効だ。それがなければ、2100年までにツバルはほぼ完全に水没することになる。それへの対策としてツバルはツバル沿岸適応事業(Tuvalu Coastal Adaptation Project 、T-CAP)の下、基幹施設補強などを進めており、それはオーストラリアなどによる支援を受けており、オーストラリアは2,600万ドルの資金援助を行っている。またツバルは長期適応計画(Long-Term Adaptation Plan 、以下、L-TAPと言う)も構想し、沿岸の水没の危険性に対する抗堪性維持を模索している。そのための経費は13億米ドルと見積もられているが、その事業には、3.5km2の土地の埋め立てが含まれている。オーストラリアはこうした事業に対し、資金だけでなく技術や専門知識の提供でも貢献している。たとえばクイーンズランドの浚渫企業Hall Contracting社はT-CAPを支援している。
(5) 土地の埋め立てや干拓は環境に重大な影響を及ぼすため、それとの釣り合いが取られなければならない。海底からの砂の採取は、東南アジアの貿易全体に影響を及ぼしたり、沿岸共同体の生活に必須な海洋資源の破壊を引き起こしたりしかねない。干拓もまた環境への影響が大きい。それにより、地中に閉じ込められていたはずの二酸化炭素やメタンガスなどを大気中に放出することもあり得る。埋め立てによる社会的な利益はまだはっきりしていない。UAEの経験は、埋め立て事業は気候変動対策というよりは、不動産価格の上昇などに寄与したという。
(6) 最大の懸念は、埋め立てを地政学的利害のために活用することである。中国が南シナ海全域で、自国の領土的主張を押し通すために埋め立てを行ってきたことはよく知られている。また埋め立ては自国の航空戦力の行動範囲を広げるための、比較的安価な方法でもある。こうした目的での埋め立ての利用は、環境への適応のためのそれとはまったく異なるものであるが、しかし、前者の利用によって得られた専門知識が後者にどう活かされるかについては、なお注視されるべきである。
(7) 埋め立てや干拓だけでは、太平洋島嶼諸国を気候変動による危険性から守ることはできない。経済的困難の問題もある中、気候変動対策はますます困難になっていくだろう。しかしその経費は阻害要因ではない。オーストラリアなどは、太平洋の良き提携国であるために、支援を続けるだけでなく、太平洋の国々が、気候変動が強まるなかでほかにどのような要求をするのかに注目し続けるべきである。
記事参照:Pacific land reclamation deserves support

7月31日「AUKUS第2柱の他国への開放と地域の戦略的安定への懸念―シンガポール専門家論説」(IDSS Paper, RSIS, July 31, 2024)

 7月31日付のシンガポールのThe S. Rajaratnam School of International Studies (RSIS) のInstitute of Defence and Strategic Studiesが発行するIDSS Paperは、RSIS研究員Manoj Harjani の“AUKUS Pillar II: Shaping Regional Strategic Stability”と題する論説を掲載し、ここでManoj Harjani はAUKUSが現在、実用化が期待される先端技術を含む第2の柱を推進しており、これにはインド太平洋の他の諸国も参加を招請される可能性があり、地域の戦略的安定性に対する懸念を提起しているとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2021年に結成されたAUKUSは2つの柱から成る3国間安全保障提携で、同志国間の「少国間主義に基づく」協力の最近の発展を象徴している。第1の柱は、オーストラリアの原子力潜水艦取得を支援することであり、第2の柱は将来、実用化が期待されるいくつかの先端技術に関する協力を強化するものである。これまでAUKUSの第1の柱が大きな注目を集めてきたが、第2の柱は人工知能(AI)、極超音速兵器および量子技術など、将来の戦争の様相を一変させる先端技術への協力の扉を開くもので、早期に成果を出し、全体的により大きな影響を与える可能性が高い。第2の柱は、軍事技術の共有に当たっての規範をどのように形成できるか。他の同志国が参加するためには、自国の軍事産業と研究開発の収益構造とAUKUS諸国のそれらとのより一層の統合を求められるであろう。このような統合は、全ての参加国の軍事的革新、技術取得及び産業能力に長期にわたって影響を及ぼすであろう。加えて、AUKUSの第2の柱の枠組みにおける他の同志国との提携は、既存の地域安全保障の図式を混乱させ、他国による防衛支出増の悪循環を拡大させる可能性がある。
(2) AUKUSの第2の柱は、第1の柱に比べてあまり明確ではなかった。2021年9月のAUKUS最初の首脳会談の共同声明では、第2の柱は「サイバー能力、AI、量子技術およびその他の海底能力」における「統合能力と相互運用性」強化への取り組みとされていた。2023年12月のAUKUS国防相会議で、いくつかの構想が発表され、第2の柱の範囲がより明確になった。AIの応用が大きな特徴で、そこでは海洋領域での自律システムの実験、対潜能力強化のためのAUKUS3ヵ国のソノブイ・データの処理、さらには多様なシステムや艦艇・航空機等間での目標照準、情報、監視および偵察データのAIへの統合に向けた幅広い取り組みなどが含まれている。しかも重要なことは、第2の柱は、AUKUS3ヵ国の国防次官が共同議長を務める「International Joint Requirements Oversight Council(国際統合要件監視評議会)」による、AUKUS3ヵ国間の能力と技術要件の詳細な検討を通じて、より緊密な統合への道を拓くことを意図していることである。第2の柱はまた、政策、実施過程および規制の調整を通じて、防衛装備の貿易と産業基盤の協力を強化する。AUKUS参加国間の許認可免除の防衛装備の貿易は、これまで過小評価されてきた軍間協力強化のための有効な措置である。
(3) 他方、AUKUSの参加国拡大は、様々に憶測されてきた。2023年には、英語圏5ヵ国情報共有枠組みであるFive EyesにAUKUS参加国ともに加入しているカナダとニュージーランドが第2の柱への参加に関心を示し、AUKUS拡大議論が加速された。しかし、2024年4月に開催されたAUKUS国防相会談では、第2の柱の各種構想への協力を招請される最初の国は日本になることが発表された。その後、韓国も第2の柱の各種構想に参加する可能性が浮上した。日韓両国とも強力な技術力を持つ米国の条約同盟国として有利な立場にある。
(4) 中ロ両国は第1の柱が核拡散に及ぼす影響について一貫して懸念を表明してきたが、第2の柱は、地域の戦略的安定に対して異なる課題を提起している。米国の同盟国、特に日韓両国のように歴史的に緊張関係にあった国を、新たな相互運用可能な軍事能力を促進する共通の基盤を統合することは、インド太平洋の地政学的環境を一層混乱させかねない。しかも、経済の逆風にもかかわらず域内各国の防衛支出の増加傾向を見れば、域内各国が安全保障環境の悪化に対応する決意であることは明白である。こうした傾向は、インド太平洋における戦略的安定を一層脅かす。また、第2の柱が目指す技術力も、情勢を一変させる可能性を秘めている。たとえば、AIは軍隊の大幅な人員削減の可能性を予測させるが、このことは急速な高齢化社会による人口動態上の課題に直面している諸国で大きな関心事となっている。
(5) 長期的には、第2の柱への参加拡大は、AUKUS諸国が設定した基準に沿った軍事産業と研究開発における収益構造の一層の統合を意味する。特に注目されるのは、防衛装備の貿易がどのように進展するか、そして「AUKUS Advanced Capabilities Industry Forum(AUKUS先進能力産業フォーラム)」や「Defence Investors Network(防衛投資ネットワーク)」などの、産業界向けの協力基盤が他国にどのように開放されるかである。これらは全て、AUKUS諸国が第2の柱への参加を開放するに当たって、危険性の管理が必要となる分野である。したがって、第2の柱に他国が参加するための基準と協力のひな型を明確にすることが、1つの有効な出発点となり得る。将来の計画についての明確な意思疎通は、既に緊張状態にあるこの地域の安全保障環境において、戦略的誤算の危険性を最小限に抑えるために重要である。
記事参照:AUKUS Pillar II: Shaping Regional Strategic Stability

7月31日「アラスカとカンボジア沖の中国艦艇が、海洋支配における近海域と遠海域の役割を浮き彫りにする―オーストラリア専門家論説」(The Conversation, July 31, 2024)

 7月31日付オ-ストラリアのニュースサイトThe Conversationは、米Utah State University政治学特別教授Colin Flintの“Chinese warships off Alaska and Cambodia highlight the role of near and far waters in sea power dominance”と題する論説を掲載し、Colin Flintの説くシーパワーの近海域と遠海域の2要素について、中国が米国に対抗してシーパワーの拡大を図る状況は過去の歴史に照らし、世界大戦の危険性を秘めており、中米双方に慎重さが必要であるとして、要旨次のように述べている。
(1) 最近、中国艦艇がアラスカ沿岸のアリューシャン列島付近を航行しているのが目撃された。一方、カンボジアでは中国が建設した軍港に中国の艦艇が接岸し始めている。この2つの出来事は地球の反対側で起こったが、どちらも重要な地政学的展開の一部で、世界戦争につながる可能性がある。少し大げさに聞こえるかもしれないが、拙著Near and Far Waters: The Geopolitics of Seapowerの中で説明たように、中国が世界の主要な海軍国として米国を追い越そうとしている今日の展開は、世界で最も重大な紛争のいくつかを引き起こした過去の歴史を反映している。シーパワーの地政学を理解するには、2つの用語「近海域」と 「遠海域」を理解する必要がある。近海域とは、その国の海岸線に近く、防衛上重要な海域を指し、遠海域とは、その国から遠く離れているが経済的・戦略的利益のためにその海域を利用したいと考える海域である。ある国の遠海域は、別の国の近海域であり、それが緊張につながる。たとえば、西太平洋は中国の近海域であるが、米国にとっては遠海域である。問題を複雑にしているのは、2ヵ国以上が同じ近海域で影響力を争っていることで、西太平洋では、中国がフィリピンやベトナムなどの小さな島嶼国と覇権を争っている。
(2) 近海域と遠海域をめぐる競争は時間とともに変化する。米国の近海域は、東海岸とハワイを含む西海岸沖合だけではなく、カリブ海の一部とアリューシャン列島も含まれる。米国は、1800年代から20世紀前半にかけて近海域の支配権を獲得した。大西洋と太平洋の遥か彼方の遠海域に影響力を及ぼすようになったのは、第2次世界大戦での成功後からであった。一方、中国は1800年代後半、ヨーロッパの植民地支配国と米国が中国市場への進出を競ったため、近海域の支配権を失った。これは中国にとって屈辱的な出来事で、経済成長を妨げ、伝統的な王朝が崩壊し、民族主義や共産主義の政治が台頭する一因となった。
(3) 中国は経済大国として、近海域を支配し、遠海域で存在感を示す必要があり、中国政府は米国と同等の大国になるために必要かつ実現可能と見なしている。しかし、第2次世界大戦以降、海軍大国として君臨してきた米国にとって、中国の海上支配拡大の過程は遠海域での米国の存在感に対する挑戦である。中国は既に、艦船の数でいえば世界最大の海軍力を保有している。2021年の時点で、中国は2隻の空母、36隻の駆逐艦、30隻のフリゲート、9隻の大型水陸両用戦艦艇を運用または艤装しており、これらは、米国の海洋覇権に挑戦するものである。中国海軍の空母等の数は、米海軍には及ばないが、他のどの国の艦隊よりも大規模で、間違いなく遠海域に力を投射することを目的とした海軍を築いている。海の覇権を握るのは造船だけではなく、フィリピンやベトナムなどアジア諸国の近海域に中国の存在感を確立するための「島嶼建設」計画も含まれている。その他にも、経済力を利用して米国の海軍支援から国々を引き離そうとしている。
(4) かつて米国とカンボジアの合同海軍演習が行われたタイ湾にあるカンボジアのリアム基地は、米国との協定に基づいて改修される予定であったが、意外なことに2020年、カンボジアはこの協定から離脱した。それ以来、中国からの資金援助によって基地の改修が行われている。2024年現在、リアム基地には、中国が資金提供した桟橋や大型乾ドックの建設などで、中国軍が継続的に駐留し、近海域の防衛という中国の目標に貢献している。それはまた、インド洋、ペルシャ湾、紅海等の遠海域に力を投射する中国の能力を高めることになる。近くのマラッカ海峡は、世界貿易の3分の1、日本の40%、中国の3分の2を含む年間3兆5,000億米ドルの貿易物資が通過する世界的に重要な海上交通路である。中国によるカンボジアのリアム基地利用は、中国をこうした貿易路を支配する立場に置くことになる。中国はその役割を、前向きで平和的なものと考えているが、米国や他の国々は、中国がこの基地を利用して世界貿易を混乱させることを恐れている。
(5) 過去10年間、中国政府は太平洋の島嶼国と強力な経済・外交関係を築いてきた。ソロモン諸島との協定は、中国がこの海域に海軍の駐留を獲得するのではないかという西側の懸念に火をつけた。もちろん、米国は、日本や韓国の基地や台湾への支援を通じて、中国を威圧する存在である。シーパワーの地政学では、現在の出来事を過程と捉え、何年にもわたる海軍の存在感の軌跡を通して見る必要がある。だからこそ、アラスカの近くを航行する中国艦艇の存在は重要な意味を持つ。それは、中国が自国の遠海域、そして米国の近海域に軍事力を投射できるようになるという見通しを立てるものである。
(6) はっきりさせておきたいのは、中国の艦艇がアリューシャン列島の近くを航行しても、いかなる国際法にも違反していないことである。米政府関係者はこの事件を軽視しているように見えるが、本件は、中国が米国との海軍の競争を、いわば未知の外交の領域に持ち込み、米国の海岸線に近づける能力と意図を持っていることを示している。これは、米国と中国のシーパワーをめぐる競争の新たな段階を示し、我々が懸念すべきものである。過去において、海軍力の興亡は、近海域と遠海域での紛争を通じて展開され、大規模の戦争を引き起こしてきた。オランダは17世紀から18世紀にかけてインド沿岸の遠海域で英国やフランスと戦ったし、第2次世界大戦の重要な要素は、アジアの遠海域と北ヨーロッパの近海域におけるRoyal Navy優位への挑戦であった。それでも、戦争が避けられないわけではない。他国を脅かしたり弱体化させたりすることなく、中国の世界的野心を調停する形で米中の緊張に対処することは可能である。しかし、それは米国政府と中国政府双方の政策立案者に課せられた相互の義務である。両国関係はここ最近、強硬派の声が支配的であるが、近海域や遠海域の防衛に関して、好戦的態度を採るのはどちらの国にとっても危険な選択肢である。
記事参照:https://theconversation.com/chinese-warships-off-alaska-and-cambodia-highlight-the-role-of-near-and-far-waters-in-sea-power-dominance-234953

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

(1) China and Russia Are Breaking the World Into Pieces
https://www.bloomberg.com/news/features/2024-07-22/biden-drops-out-plunging-2024-us-election-into-uncharted-territory
Bloomberg, July 21, 2024
By Hal Brands, a Bloomberg Opinion columnist, the Henry Kissinger Distinguished Professor at Johns Hopkins University’s School of Advanced International Studies, and also a senior fellow at the American Enterprise Institute
 2024年7月21日、米Johns Hopkins Universityの School of Advanced International Studies 特別教授であり、米シンクタンクThe American Enterprise Institute 上席研究員Hal Brandsは、米経済・金融関連メディアBloombergのウエブサイトに" China and Russia Are Breaking the World Into Pieces "と題する論説を寄稿した。その中でHal Brandsは、現代の世界は、冷戦後の秩序が崩壊し、新たな時代に突入しており、ウクライナ、ガザ、南シナ海の危機や米国の不安定な政治状況は、国際協力の停滞と主要国間の対立を象徴していると指摘した上で、かつての民主主義の勝利やグローバリゼーションの美徳は失われ、代わりに経済的相互依存と不安定が共存する状況が生まれているとの現状認識を示している。そしてHal Brandsは、ロシアと中国が台頭し、米国の指導力が揺らぐ中、戦争の危険性も高まっているが、国際的な問題解決が困難になる中での現実的な筋書きとして、複数の戦線で同時に紛争が発生する可能性を考慮する必要があると指摘し、財界首脳や政策立案者は、この断片化の時代に対応するため、より高い危険に備える必要があるが、特に、冷戦後の黄金時代が終焉を迎え、新しい時代の現実に直面する中、持続可能な未来を築くための対応が求められている​と主張している。
 
(2) The Puzzle of Chinese Escalation vs Restraint in the South China Sea
https://warontherocks.com/2024/07/the-puzzle-of-chinese-escalation-vs-restraint-in-the-south-china-sea/
War on the Rocks, July 26, 2024
By Andrew Taffer is a research fellow at the Center for the Study of Chinese Military Affairs at the U.S. National Defense University.
2024年7月26日、U.S. National Defense University のCenter for the Study of Chinese Military Affairs研究員Andrew Tafferは、米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockに" The Puzzle of Chinese Escalation vs Restraint in the South China Sea "と題する論説を寄稿した。その中でAndrew Tafferは、南シナ海における中国とフィリピンの緊張が高まっている一方で、中国はベトナムに対しては抑制的な姿勢を示しているが、この矛盾を解明するための5つの仮説的な視座が考え得るとしている。具体的には、①中国が対立する相手国の連携を防ぐための「分断統治」戦略、②中国が戦争を避け、グレーゾーンに留まる戦略、③中国とベトナムの政治的な親密さ、④米比同盟の脅威認識、⑤中国が米比同盟を分断しようとしているとの見方である。しかし、Andrew Tafferはこれらの仮説は完全には中国の行動を説明できないとし、中国は相手国の有する「戦略的対価を課す能力」によって行動を変えているとの見解を示した上で、フィリピンは既に米国と同盟しており、追加的な戦略的対価を課す能力が限られているが、ベトナムは米国の非同盟国であり、潜在的に大きな戦略的対価を課す能力を持つため、中国はベトナムに対して慎重に対応しているとの自説を主張している。
 
(3) Defending Europe With Less America―Analysis
https://www.eurasiareview.com/29072024-defending-europe-with-less-america-analysis/
EurAsian Review, July 29, 2024
By Camille Grand is a distinguished policy fellow at the European Council on Foreign Relations and head of the organisation’s defence, security, and technology initiative.
2024年7月29日、ドイツのシンクタンクEuropean Council on Foreign Relations特別政策研究員Camille Grandは、米シンクタンクEurasia Reviewのウエブサイトに" Defending Europe With Less America―Analysis "と題する論説を寄稿した。その中でCamille Grandは、ヨーロッパの防衛政策は、ロシアのウクライナ侵攻により、米国への依存が明らかになり、抜本的な見直しを迫られているが、米国の支援が将来的に減少する可能性が高まる中で、ヨーロッパは独自の防衛能力を強化する必要があると指摘している。そしてCamille Grandは、ヨーロッパの軍事費はロシアを大幅に上回り、GDPも米国に次ぐ規模を持つものの、長年の平和の享受の結果、軍事力は著しく低下しており、特に戦略的支援能力において、ヨーロッパは米国に大きく依存しているが、この依存を減らすためにもヨーロッパ内での共同調達や能力開発が求められると述べた上で、さらに、核抑止におけるヨーロッパの役割を再評価し、長距離精密打撃能力やミサイル防衛を含む統合的な抑止能力を強化することが必要であり、これにより、米国の関与を維持しつつ、ヨーロッパの安全保障を確保することができると主張している。
 
(4) Fear and ambition: why the South China Sea is so important to Beijing
https://www.scmp.com/news/china/diplomacy/article/3272302/fear-and-ambition-why-south-china-sea-so-important-beijing?utm
South China Morning Post, July 30, 2024
7月30日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“Fear and ambition: why the South China Sea is so important to Beijing”と題する記事を掲載した。その中で、①中国政府にとって南シナ海は、重要な海上交通路や深海調査、台湾を「統一」するという目標、さらには将来の地域秩序や世界秩序に関わる問題であり、その海洋権益は領有権主張を超えたところにまで及んでいる。②南シナ海は、中国政府の「一帯一路」構想の下、海上貿易路を確立する上で重要な役割を果たす。③中国にとって、フィリピンに対する平時に海上で対峙する作戦は、南シナ海と第1列島線の支配を達成するための足がかりと考えられている。④中国政府は、日本の本州から台湾、フィリピンを通る第1列島線を、中国を封じ込めようとする米国に対する最初の海洋防衛線と考えている。⑤中国がますます強化されつつある米比同盟に直面していることは、外交政策の大きな失敗の1つである。⑥2000年に中国とベトナムの間で調印された「トンキン湾国境線画定協定」は、海洋紛争を解決する方法の「適切な例」であるといった見解が紹介されている。