海洋安全保障情報旬報 2024年8月1日-8月10日

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8月1日「中国の通常型潜水艦、潜水艦戦の勢力の均衡を覆す―ロシア専門家論説」(Asia Times, August 1, 2024)

 8月1日付の香港デジタル紙Asia Timeは、Organization for Security and Co-operation in EuropeのPolitico-Military Dimension調査研究員Gabriel Honradaの“China’s conventional subs shifting underwater war balance”と題する論説を掲載し、Gabriel Honradaは中国が原子力潜水艦建造能力を有しているにもかかわらず、通常型潜水艦、特に非大気型推進装置(AIP)を装備した通常型潜水艦の増強に注力しているとした上で、その目的は沿海域における潜水艦戦の優位獲得のためであると指摘する一方、米国でも通常型潜水艦の保有を復活すべきであるとの議論が行われているとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2024年4月の衛星画像を分析した元米潜水艦戦士官でCenter for a New American Security非常勤上席研究員Tom Shugartが武昌造船所でX型舵を備えた中国の潜水艦を確認したとThe War Zoneが報じており、新型潜水艦は全長272~279ftと既存のType039A潜水艦よりかなり長く、排水量は約3,600トンと推定されており、延長された船体に垂直発射システム(VLS)を収容できる可能性があることを示唆している。報告書によると、X型舵により操縦性、効率性、安全性が向上し、音響特性が低減されるため、紛争が続く南シナ海のような沿海域での作戦に特に適しているという。中国のX型舵を装備した新型潜水艦は、Type039潜水艦を発展させたものと見られ、Type039潜水艦は敵のアクティブ・ソナーによる被探知を回避するため傾斜を付けたセイルを導入している。
(2) 中国は水中戦闘能力を着実に向上させており、通常型潜水艦が重要な焦点となっている。U.S. Department of Defenseの2023年版の中国軍事力報告書によると、中国人民解放軍海軍は、弾道ミサイル搭載原子力潜水艦、攻撃型原子力潜水艦、非大気依存推進装置搭載の通常型潜水艦(以下、SSKと言う)を組み合わせて運用しており、2025年までに65隻、2035年までに80隻に増強されると予測されている。報告書では、この増強は中国の潜水艦建造能力の拡大とSSKへの先進的な対艦巡航ミサイル(以下、ASCMと言う)の導入によるものだとしている。
(3) Kiel UniversityのSarah Kirchbergerは、U.S. Naval War CollegeのChina Maritime Studies Instituteの2023年9月の報告書で、中国は原子力潜水艦を建造する能力があるにもかかわらず、高度な非大気依存推進装置(以下、AIPと言う)を搭載した通常型潜水艦の開発に固執していると述べており、その理由として、領域拒否の役割を果たす小型で静粛な潜水艦にとって行動し易い中国の沿海域がもたらす地理的課題に根ざしていると評価している。AIP搭載通常型潜水艦は中国沿海域の潜水艦作戦の環境で特に有利であり、米国や日本などの敵の高度な対潜水艦戦を有する艦艇・航空機に対してより効果的に行動できるようになり、中国の沿海域で決定的な優位性をもたらしているとSarah Kirchbergerは強調している。
(4) Edward Felthamは、2023年10月にNaval Association of Canadaに提出した論文の中で、中国のSSKは主に中国の海上接近路を防衛するために使用され、おそらく魚雷とASCMを使用した海上拒否戦略を通じて運用されるだろうと述べる一方、SSKの速力の限界が中国の計算において重要な要素であると指摘する。シー・ディナイアル以外にも、中国のSSKは情報収集・監視・偵察(ISR)任務を遂行し、台湾侵攻前に秘密裏に特殊戦部隊(SOF)を送り込むこともできるとEdward Felthamは付け加えている。
(5) 米国ではSSKを復帰させることについては賛否両論ある。2018年6月のU.S. Naval Institute(USNI)の記事で、Michael WalkerとAustin Kruszは戦略的および財政的課題のため、U.S. Navyは艦隊を通常型潜水艦で増強すべきだと主張している。Michael WalkerとAustin Kruszは、SSK、特にAIPを搭載したSSKはより隠密性が高く、性能も向上しており、費用対効果の高い代替手段を提供していると述べている。また、SSKは静粛性と電池技術の進歩により沿海域での戦闘で特に有用であると付け加え、さらにSSKは建造期間が短く、より大量に建造できるため、米国は中ロの潜水艦部隊増強に追いつくことができると述べている。
(6) U.S. Naval War CollegeのJames Holmesは、2018年にThe National Interest誌に寄稿した記事**の中で、SSKが海上自衛隊との共同の中核を形成し、日本の防衛に対する米国の取り組みを強化できると示唆している。James Holmesは、SSKは戦略的環境、特に第一列島線内で中国やロシアの船舶を封じ込めるのに適しているとした上で、原子力潜水艦の利点にもかかわらず、SSK は任務に十分な性能を持ち、大量購入できるほど手頃な価格であればよいと主張している。さらに、James Holmesは、米海軍が戦時中に戦闘力を迅速に回復させる必要があることを強調し、新型の通常型潜水艦を大量生産する方が実現可能だと示唆している。
(7) 米国が再びSSKを建造することを支持する上述の議論にもかかわらず、米フリージャーナリストSebastien Roblinは2021年5月のThe National Interestの記事***で、U.S. Navyは大西洋、太平洋、インド洋で同時に活動しているため、SSKはU.S. Navyの世界的な戦力投射態勢に適合しない可能性があると主張し、SSKを運用する海軍は通常、沿海域で活動し、補給のための港が近くにあることで、SSNに対するSSKの滞洋性の不利が相殺されると指摘している。
記事参照:China’s conventional subs shifting underwater war balance
:There's a Case for Diesels
  https://www.usni.org/magazines/proceedings/2018/june/theres-case-diesels
  Proceedings, U.S. Naval Institute, June, 2018
**:James Holmesは2018年には3本の通常が潜水艦に関する記事をThe National Interestに寄稿している
 1:The Navy Needs Diesel Submarines. Here's Why It Matters.
  https://nationalinterest.org/blog/buzz/us-navy-needs-diesel-submarines-now-212112
  The National Interest, October 22, 2018
 2:Diesel Submarines: The Game Changer the U.S. Navy Needs
  https://nationalinterest.org/blog/buzz/diesel-submarines-game-changer-us-navy-needs-31827
  The National Interest, September 23, 20218
 3:Go Diesel, Scare China: Why the Navy Should Deploy Diesel Submarines to Asia
  https://nationalinterest.org/blog/buzz/go-diesel-scare-china-why-navy-should-deploy-diesel-submarines-asia-30222
  The National Interest, September 1, 2018
***:Nuclear or Not? Why the U.S. Navy Doesn’t Want AIP Submarines
  https://nationalinterest.org/blog/reboot/nuclear-or-not-why-us-navy-doesn%E2%80%99t-want-aip-submarines-186311
  The National Interest, May 28, 2021

8月2日「日米同盟は協調から統合へ―米専門家論説」(War on the Rocks, August 2, 2024)

 8月2日付けの米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockは、RAND CorporationのNational Security Research Division日本担当主任で米Georgetown University特任教授Jeffrey W. HornungおよびAmerican Enterprise Institute上席研究員で米Princeton University講師Zack Cooperの“Shifting the U.S.-Japan Alliance from Coordination to Integration”と題する論説を掲載し、ここで両名はインド太平洋の安全保障情勢は同盟の深化を要求しており、どうすればより良い連携ができるかを話し合うだけではなく、日米のシステムがどのように協力できるかを話し合うべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 7月28日、日米安全保障協議委員会、いわゆる2+2が東京で開催され、国務長官、国防長官、外務大臣、防衛大臣が一堂に会した。今回の会議は、協調から統合への移行を加速させるという重要性があった。これは日米同盟の進化を意味している。日米同盟が成立してからの大半の期間、日米の役割、任務、能力はほぼ別々であった。自衛隊は防御的な盾として機能し、米軍は攻撃的な槍を提供した。今回発表された協定は、より統合された同盟への転換を示している。これには指揮統制、防衛産業の生産と維持、他の同盟国との協力が含まれる。この統合努力は重要な前進で、歴史的なものである。同時に、より強固な同盟を目指す日米同盟にとって、ここ数十年で最も重大な試練をもたらしている。特に、いくつかの課題に直面する可能性が高く、これらの課題を解決することに成功すれば、同盟のあり方を根本的に変えることができる。
(2) 数年前、日本は各自衛隊の協同作戦の実効性を強化するため、常設の統合司令部を創設する意向を表明した。それは、2024年5月に統合作戦司令部として具現化され、2025年3月までに設立されることになった。そして、防衛省に、4つ星の将官の下、およそ250人が配置される。この統合作戦司令部に類似する在日米軍の司令部は存在しない。現在のところ、在日米軍は、作戦指揮権を持たない3つ星の将官が率いる準統一司令部であり、地位協定の下で発生するすべての問題について、日本政府を関与させることに大きな責任を負っている。
(3) 日本側の統合作戦司令部の創設が間近に迫っていることから、米国は指揮統制の枠組みを見直す必要性が生じている。そのため、4月の日米共同声明に指揮統制の調整が盛り込まれ、在日米軍は作戦指揮権を増加させて、在韓米軍に類似した形にすることもできるようになった。しかし、在日米軍が新しい4つ星の将官に率いられるかどうかはまだわからない。米国はおそらく、この司令官に活動領域の拡大と、戦域全域の脅威に対応できる柔軟性を与えたいと考えるだろうが、これは日本の専守防衛政策と衝突する恐れがある。
(4) 2024年4月に合意され、今週の閣議で再確認された協力分野の1つに日米の防衛産業基盤をより緊密に統合することがある。これは長年の懸案であり、先進兵器の共同開発・製造や、米艦船の日本における整備・修理能力の確立などが含まれる。6月に日米は防衛産業協力・獲得・維持フォーラムの第1回を開催した。米国の軍事産業基盤は平時と戦時のすべての要件を満たすことはできないため、この取り組みは日本での生産と維持を拡大するのに役立つ可能性がある。たとえば、米国が十分な数を製造できないパトリオット・ミサイルなど共同実戦配備兵器システムの生産を拡大することは理にかなっている。この新しい取り組みを採用し、日本での生産能力を支援するよう、関係者、特に防衛関連企業や連邦議会議員を説得するには、相当な政治的後押しが必要だろう。
(5) 日本における十分な製造能力の確保という課題がある。日本の大手防衛企業は、防衛契約が収益獲得の方策の主要部分を占めることに慣れていない。新たな需要に適応しなければ、これらの企業は制約を受け続けることになる。それは、新たな同盟の構想のために生産を急速に拡大する能力を制限することになりかねない。
(6) さらに難しい管理的な課題もある。軍民両用技術のために日本の民間部門を活用することや防衛関連計画に民間研究者を参加させることは歴史的に困難であったという状況は変わりつつあるが、情報安全保障に関する継続的な懸念と始まったばかりの適格性確認制度により協力的な提携業務を行う能力は当分の間、制限されたままである。このため、どの先端技術や能力を共同開発・共同生産するかについての合意が阻害され、進展が遅れる可能性がある。
(7) 日米両国は近年、インド太平洋地域内外の他の提携国との協力で目覚ましい前進を遂げている。現在、韓国との首脳級の3ヵ国間、オーストラリアとの3ヵ国間安全保障対話、インドとオーストラリアとの4ヵ国間、フィリピンとオーストラリアを含む新しい4ヵ国間構造などがある。また、G7への日本の参加、NATOとのインド太平洋4ヵ国協議、米国やオランダとの半導体政策協力も極めて重要である。
(8) 米国の立場からすれば、安全保障問題で台湾との協調を深める必要がある。米国にとって最も懸念される軍事的有事は、中国が関与する台湾をめぐるものである。日本はオーストラリア、韓国、フィリピンと安全保障を含むさまざまな取り組みを進めているが、台北との協力は遅れている。台湾海峡に近接する日本にとって、地域の平和と安全の維持が最大の関心事であるならば、より前向きな取り組みが必要である。
(9) より多くの協力が求められる分野に、防空・ミサイル防衛に関する即時の情報共有がある。先日ハワイで開催された日豪米3ヵ国国防長官・防衛大臣会合では、ミサイル防衛に関する情報共有への関与を再確認した。こうした取り組みを進めるには、同盟国が米国と2国間で情報を共有し、米国がそのデータを他の同盟国や提携国に配布するという従来の方式を超えることが必要である。
(10) 日米両国が直面する最も困難な課題は、これまで相互に関連しながらも依存し合っていなかった長期戦略を真に統合することであろう。ここには根本的な非対称性がある。日本の指導者たちは、重要な戦略文書を作成する前に、しばしば米国の指導者に注目し、相談する。他方、米国の指導者は戦略を策定する際に同盟国を考慮するのは確かだが、起草段階での戦略策定に同盟国を直接関与させることはめったにない。米国の戦略家は通常、中核となる概念を独自に開発し、同盟国にはその後に報告する。しかし、台湾侵攻のようなインド太平洋有事の可能性においては、米国が同盟国や提携国に依存する度合いを増すにつれ、日本のような同盟国を概念策定の初期段階から深く関与させることが望ましい。米国の戦略文書は通常、新政権の発足時に作成されるため、4年ごとに変更される。その変更が些細なものであれば、同盟国は自国の戦略を根本的に見直すことなく迅速に調整することが可能である。しかし、その変更が本質的なものであれば、同盟国への影響は大きい。その意味でも戦略策定段階から同盟国を入れるようにする必要がある。
(11) 日米が7月28日に発表した共同声明は、まさに歴史的な内容だった。この合意は重要だが、日米両国はもはや、どうすればより良い連携ができるかを話し合うだけでは不十分である。むしろ、より深い統合を妨げる官僚的障害や政治的制約に対処するために、日米のシステムがどのように協力できるかを話し合うべきである。ここで概説した指揮統制、産業協力、地域ネットワーク、長期戦略に関する課題は、新しい取り組みを必要とする問題のほんの一握りにすぎない。多くの意味で、これら4つの分野は、Biden政権の「統合抑止」戦略がより具体的な成果となるかを試す試金石となるだろう。インド太平洋の安全保障情勢は同盟の統合の深化を要求している。
記事参照:Shifting the U.S.-Japan Alliance from Coordination to Integration

8月3日「金門島は台湾にとってのクリミアか―英対外政策専門家論説」(The Diplomat, August 3, 2024)

 8月3日付のデジタル誌The Diplomatは、英シンクタンクChina Strategic Risks Instituteの政策部長Sam Goodmanの“Will Kinmen Be Taiwan’s Crimea?”と題する論説を掲載し、そこでSam Goodmanは中国本土に距離的にも心理的にも近い金門島は、その戦略的重要性が高いにもかかわらず、これまで台湾をめぐる欧米の議論において軽視されてきたと指摘した上で、今後注視すべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 台湾の金門島は、台湾海峡間の緊張の高まりの中心の1つである。そこは名目上、福建省の一部で、本土から3kmしか離れていない。中華人民共和国(中国)からの砲撃を何度も受けた経験があり、今日では中国のグレーゾーン戦術の最前線である。
(2) 金門島の台湾市民にとって、中国は抽象的な脅威ではなく、日々の現実の一部である。毎年25万人が本土から観光客として訪れ、本土に配偶者を持つ台湾市民も多い。対岸の厦門まではフェリーで30分であり、そこで買い物などを楽しむ若者も多い。そのため、金門島の住民が中国とのつながりを重視する国民党を支持する傾向にあるのは自然なことである。
(3) 中国政府も金門島に接近している。2023年には、中国国務院台湾事務弁公室は、厦門と金門島を包含する経済特区の創設を提案している。それは中国本土と金門島沖合に建設される空港、そして金門島をつなぐ橋の建設を含むものである。2024年1月の台湾総統選挙では、この橋の建設が争点の1つになった。当選した頼清徳は橋を建設するべきではないと主張したが、橋の建設によって金門島がさらに大陸に依存することへの懸念からである。すでに、金門島の水資源の68%が大陸とつながっているパイプラインから供給されるなど、依存度は深い。
(4) 台湾政府の決定が、金門島に関する意見の分断をもたらしたのは初めてではない。2020年2月、COVID-19拡大防止のために台湾政府は中国との人の往来や郵便などを停止させたが。これは公衆衛生上の観点から支持されたが、金門島の政治家だけはそれに反対した。そもそも、金門島の戦略的重要性に関して、台湾社会全体での意見の一致は見られない。防衛の最前線とする見方もあれば、将来の交渉における取引材料としてしか見ていない者もいる。
(5) こうした意見の不一致は、中国にとっては利用価値がある。中国は、頼清徳政権が金門島と廈門を切り離して同島の経済を麻痺させようとしているという偽情報を拡散するかもしれない。偽情報によって金門島市民の間に混乱が起こり、再統一を是とする勢いが強まるかもしれない。こうした展開はロシアのクリミア併合で見られたものである。
(6) 金門島について、1979年に米国で成立した台湾関係法には明示されていない。台湾政府やその西側の同盟国が、金門島をめぐって中国と戦争する意志があるかははっきりしていない。もし中国がそこで止まるのだとしたらなおさらである。こうした状況について、これまで欧米ではあまり検討されてこなかったという指摘もある。つまり、中国による台湾への全面侵攻かその封鎖かという大規模な筋書きしか議論されてこなかった。
(7) ロシアによるウクライナでのやり方を見た時、西側の政治家は金門島にもっと注意を払い、中国のグレーゾーン戦術に対抗するための支援を行うべきである。金門島はこの地域の平和と安定にとって大きな戦略的価値がある。毛沢東は金門島を、中国と台湾を結びつけ、後者の独立を予防するための縄のようなものとみなしていたという。中国が金門島に侵攻し、現状が不安定になれば、事態の拡大の危険性はより高まる。われわれは金門島をめぐる政治的断層をよりよく理解し、中国による金門島の併合を予防すべきである。
記事参照:Will Kinmen Be Taiwan’s Crimea?

8月3日「対中有事における米軍による利用、インド太平洋地域の非同盟諸国は受け入れるか―米専門家論評」(The Diplomat, August 3, 2024)

 8月3日付のデジタル誌The Diplomatは、米シンクタンクThe Wilson Center上席連携研究員Lucas Myersによる、“The Problem of US Military Access in a Non-Aligned Indo-Pacific”と題する論説を掲載し、ここでLucas Myersは米中対立から距離を置くインド太平洋地域の非同盟諸国が対中有事において米軍による非同盟諸国の軍事基地等を利用することを受け入れるかと問い、要旨以下のように述べている。
(1) 2024年4月にイスラエル・イラン間の緊張が高まり、より広範な中東紛争に拡大する恐れが高まった際に、この地域の米国の提携国は米軍による自国領土からのイラン攻撃を規制しようとしたと言われる。非同盟化が進み、米国の影響力が冷戦時代よりも相対的に低下している世界では、軍事的利用と兵站支援を当然のことと考えるべきではない。このことは、克服できない軍事的問題によるものではなく、多くの国が大国間抗争から距離を置いていることに起因する政治的問題である。
(2) この問題は、恐らくインド太平洋地域において最も緊急性が高いと考えられる。この地域における米軍の戦力投射は、在外米軍基地と軍事利用協定に依存しているからである。オーストラリア、日本および韓国とは強固な同盟関係にあるが、他の米国の提携国、特に南アジアや東南アジアの国々が米中競争から距離を置くことに拘っていることから、対中有事において米国がこの地域への軍事力を投射するに当たって懸念がある。インド太平洋地域の潜在的な紛争地点はいずれも米本土から数千海里も離れており、戦力投射を極めて困難にしている。海上輸送などの現在の米国の兵站能力は、特に敵の弾道ミサイルや接近阻止・領域拒否(以下、A2/ADと言う)の脅威下では 、長距離での運用という重大な課題に対して十分ではない可能性がある 。しかも、米軍の戦力展開態勢は伝統的に北東アジア志向で、冷戦終結以来、東南アジアへの戦力の展開は極めて不安定になっている。
(3) とはいえ、米国は外交努力を通じて、新たな「格子状(“latticework”)」の安全保障構造に対応する、戦力態勢と伝統的同盟国や提携国との関係を改善してきた。AUKUS協定には 、西オーストラリア州スターリング海軍基地が米英両国の攻撃型原子力潜水艦の輪番制の展開を受け入れる計画が含まれている。また、日米両国は台湾に隣接する南西諸島における戦力態勢を精力的に整備しており、2024年の日米首脳会談では指揮統制の枠組みの見直しなど、多くの重要な日米同盟強化措置に合意し、さらにその後、日米統合司令部の創設も発表された。日米首脳会談後の日比米 3国間協議も有益な進展であった。フィリピンは既に、防衛協力強化協定に基づき、新たに4ヵ所の基地のU.S. Armed Forcesによる利用を認めている。加えて、米国は最近、太平洋における自由連合盟約協定(以下、COFAと言う)を更新し、ミクロネシア、マーシャル諸島およびパラオでの基地等の利用を確保した。他方、米軍は、インド太平洋全域で、有事に備えて物資や装備を事前備蓄している。さらにU.S. Armed Forces、特にU.S. Marine Corpsは中国のA2/ADの脅威により適切に対抗するために、新しい運用概念や能力の開発に積極的である 。
(4) しかしながら、依然、政治的問題が残っている。タイ、インドネシアおよびシンガポールなどの米国の重要な同盟国や提携国は、米中いずれかに明確に与することを避けている。米国の同盟国や提携国は、米国の経済的影響力が中国のそれよりも小さいと見ており、したがって中国の報復を懸念して、米中軍事紛争が生起した場合に、自国の領土からのU.S. Armed Forcesの出撃を許可することに躊躇するかもしれない。
a. フィリピンはこの1年間で東南アジアにおいて米国の最も緊密な同盟国として台頭してきたが、実際のところ、フィリピン政府が米国重視に方向転換したのは、米国の外交政策の成功と言うよりも、中国の外交政策の失敗に対するフィリピン政府の対応が主たる要因であると見るべきである。米政府はMarcos Jr.政権の方向転換を歓迎したが、フィリピンの国内政情には長期的な保証はほとんどない。たとえば、2028年の大統領選挙で反米感情を抱く政権が登場した場合、EDCAに基づくU.S. Armed Forcesのフィリピン国内基地の利用は「フィリピンの招請による」との規定から、米政府は全面的に安心するわけにはいかない。
b. 東南アジアのもう1つの米国の条約同盟国、タイについても問題がある。冷戦時代の緊密な米タイ関係とは異なり、2014年の軍部クーデター以降、米国との関係は不安定である。タイの軍部王政指導層は、中国を対立する相手ではなく、提携国と見ており、したがって米国が中国との紛争時、米国がタイ南部のウタパオ空軍基地を利用できる可能性は低い。
c. シンガポールは非同盟国だが、この地域における米国の最も緊密な提携国であることは間違いない。シンガポールは、米国にチャンギ港と空軍基地の定期的な使用、米部隊の輪番制による展開、そして充実した兵站施設の利用を認めており、さらに約800人の米軍民要員を受け入れている。しかしながら、米中紛争時には、シンガポールは中立を主張する可能性が高い。対中有事に米軍の基地等利用を認めれば、中国政府を挑発することになり、シンガポールはそうした事態を避けようとするであろう。
d. その上、米国の地域への進出については一層不安定である。ロンボク海峡とマラッカ海峡は、第1列島線内に進出する米軍と同盟国軍にとって重要である。しかしながら、インドネシアとマレーシアは、有事には交戦国軍隊の通峡を規制するかもしれない。東南アジアの諸海峡の通峡が阻止されたり、規制によって通峡に遅れが生じることは、オーストラリアからインド洋へ進出する米軍と同盟国軍にとって問題となるであろう。
e. 米国とインドは最近、関係深化を背景に、インドがインド洋における米海軍の整備拠点となることに合意した。しかしながら、インドは米国の正式な軍事同盟国ではなく、したがって、 米中軍事紛争に関与する可能性は依然極めて低い。
(5) インド太平洋地域では非同盟外交政策を掲げる国が圧倒的に多いことを考えれば、第1列島線の南端とインド太平洋の連接地域を米国が軍事的に利用できる態勢は、対中有事において万全と言うにはほど遠い。利用認可は、域内提携国の同意と支持に基づいているため、信頼、善意、そして動機に左右される。米国は、インド太平洋全域で防衛協力を拡大しているが、経済面での米国の貢献は著しく劣っている。この地域では、その規模、近接性および定期的な関与により、中国経済への依存が高まっており、域内各国の意思決定を複雑にしている。問題の根源的な事実は、米国が中国に代わる経済的代替案を提供できていないことにある。しかも、米国では、国内政治状況から対外関与を覆すことがしばしば見られる。
(6) 実際、大部分の域内諸国に対して米国との完全な連携を期待することは非現実的で逆効果だが、米政府は有事における域内諸国の基地、基幹施設等の軍事的利用と兵站支援の可能性を高めるために一層の努力が求められる。このためには、インド太平洋地域への経済的関与の拡大が必須だが、より根源的には、信頼感を高めるとともに、米国がインド太平洋地域に留まることを再確認するために、柔軟かつ定期的な関与が必要である。
記事参照:The Problem of US Military Access in a Non-Aligned Indo-Pacific

8月5日「『モルディブは沈まない』という新しい研究調査―モルディブジャーナリスト論説」(The Diplomat, August 5, 2024)

 8月5日付のデジタル誌The Diplomatは、モルディブ出身のフリージャーナリストAhmed Naisの“The Maldives Might Not Be Sinking After All”と題する記事を掲載し、Ahmed Naisはインド洋の島嶼国であるモルディブは、海面が上昇しているにもかかわらず、総面積はほとんど変化していないという新しい研究調査の結果について、要旨以下のように述べている。
(1) 驚くべき新発見により、インド洋のモルディブ諸島が、氷冠の融解によって高まる潮位の下に沈む運命にあるという長年の見解に異議が唱えられた。悲観的な予測に反して、海面が10年ごとに約1inずつ上昇しているにもかかわらず、低地の島々が成長していることが、20世紀半ばの航空写真と最近の衛星写真を比較した研究で科学者達によって明らかになった。海が押し寄せる中で、これらの回復力のある島々は、それに合わせて拡大していたようである。別の島々は、地球温暖化によって浸食が加速し、より強い波が徐々に浜辺を食い尽くすにつれて縮小した。しかし、研究者達は、ほとんどの島が大きさを維持していることを発見した。
(2) 科学者達は、波がどのようにして海岸線を破壊したり、拡大したりするのか、一方では砂浜を浸食し、他方では砂や土砂を堆積させるのかを理解しようとしている。熱帯沿岸変動学を専門とするNational University of Singapore教授Paul Kenchは、「これまでの全ての証拠は、島々が変化し、動的であることを示している。島が消滅した例はごくわずかしかない。多くの証拠は、モルディブだけでなく、太平洋における多くの証拠は、島々が変化し、流動性があるということを示している」と英国のタイムズ紙に語っている。Paul Kench教授は、2010年に太平洋の27の島々を調査した研究の共著者であり、その研究は海面上昇によって小規模の島嶼国が最終的に水没するという構図を複雑にしている。この研究では、いくつかの島の形は、島の端の浸食や拡大によって変化していたが、島の総面積はほとんど変化していないことが分かった。このような島の縮小、成長、安定という錯綜した様相は、近年調査された1,000近くの熱帯の島々で確認されているとニューヨーク・タイムズ紙は6月下旬に報じている。興味深いことに、海面上昇が最も速い地域の島々では、浸食の割合が悪化することはなかった。
(3) Kenchは2024年初め、なぜある島々が縮小し、他の島々が拡大したのかを解明しようとする科学者の調査班とともにモルディブに戻った。この調査班は数週間かけて海流を測定し、波の状況を地図化し、砂の標本を集めた。彼らは、豊富なデータを使って島が将来どのように変化するかを予測することを望んでいた。この新たな研究は、島の自然防御に関するこれまでの知見と呼応するものであった。モルディブの島々の基盤となっているサンゴ礁の生態系は、沈没した火山の側面の上部に数千年かけて形成されたもので、洪水やうねりに対するかけがえのない防御機能を島に与えている。
(4) 護岸、防波堤、埋め立てなどの海岸浸食に対するハードエンジニアリングによる解決策は、この自然な海岸防御を弱体化させる。このことは、2019年に発表された調査研究の結果に裏付けられており、研究者たちは当局に対し、まだ自然な適応能力を持つ手つかずの島々の防御力を維持するよう助言した。モルディブで調査を行った調査班の一員であり、英University of Plymouth で海洋探査を専門とするTim Scott准教授は「自然に基づく解決策があるかもしれない。たとえば、沿岸保護対策として、自然のプロセスで島に流れ着く砂を補うために、浚渫した砂によって礁原を育てる方法などが考えられる」と語っている。
(5) しかし、モルディブのThoriq Ibrahim環境相にとっては、無策も諦めも受け入れ難いものであった。モルディブの政権は気候変動への適応戦略として高さのある人工島の造成を支持している。同大臣は「海岸浸食があるのなら、何か対策を講じなければならない」とニューヨーク・タイムズ紙に語っている。
記事参照:The Maldives Might Not Be Sinking After All

8月5日「NATOがアジアに軸足を置くことには慎重―米国経済学者論説」(Backgrounder, Geopolitical Monitor, August 5, 2024)

 8月5日付のカナダ情報誌Geopolitical Monitorのウエブサイトは、米国の経済学者Antonio Graceffo の“Backgrounder: NATO’s Pivot toward Asia”と題する論説を掲載し、ここでAntonio Graceffo は北大西洋と欧州の安全保障をインド太平洋の安全保障から切り離すことがますます困難になっているにもかかわらず、NATOの対応は中国との貿易戦争や軍事紛争を引き起こしたりすることに慎重であるため、米国に比べて控えめで外交的なままであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 冷戦時代、NATOはソ連の脅威を封じ込めることに重点を置いていた。冷戦終結後、このソ連が不在となった後のNATOの必要性は広く疑問視された。近年、中国が米国主導の国際秩序に対する重大な脅威として浮上している。その結果、Trump政権を皮切りに、米国は防衛の優先順位をアジアに軸足を移した。この変化は、2017年の国家安全保障戦略、2018年の国家防衛戦略、2019年のインド太平洋戦略に反映されており、いずれも中国への対抗を優先している。この傾向はBiden大統領の下でも続いている。欧州は一貫して、米中対立に引き込まれることを避けようと努め、双方との貿易関係を維持することを目指してきた。そのため、米国は、中国に対抗するための防衛費の大部分を負担する一方で、NATOの防衛資金の約70%を提供することになった。
(2) NATOが中国について議論し始めたのは2019年の首脳会談になってからであり、その時でさえ公式宣言は控えめな口調で、「脅威(threat)」という言葉を慎重に避けている。これは、2019年の米国情報機関の「世界脅威評価」で、「ロシアと中国は、アメリカの権益に対する主要な国家諜報機関の脅威であり続ける」と宣言したのとは対照的である。また、U.S. Department of Defenseの『中華人民共和国の軍事及び安全保障の進展に関する報告書』2019年版では、中国の野望は世界レベルの軍隊を持った強力で繁栄した中国の構築を目指し、インド太平洋地域での傑出した大国としての地位を確立することであると評価している。
(3) 2020年、NATOのJens Stoltenberg事務総長は「NATO 2030:新時代に向けた結束」という報告書を発表した。この報告書は、将来の課題に直面して、NATOを政治的、軍事的に強化することを目指している。「ロシアと中国が同時に提起する地政学的、イデオロギー的課題」について警告し、NATOに「真に世界的な課題の時代に向けて、同盟が自らを組織する基盤であり続ける」よう促した。この報告書は、中国が提起した問題を含む世界的な安全保障問題にNATOが対処するための基礎を築いた。2021年には、中国に対するNATOの文言がさらに変化しており、2021年にブリュッセルで開かれたNATO首脳会談の声明では、「中国の野心と行動は、法に基づく国際秩序と同盟の安全保障に関連する分野に対する体系的な挑戦を示している」と認めている。首脳の共同声明では、中国の核兵器備蓄の拡大、軍事力の増大、ロシアとの協力強化、軍民融合戦略、宇宙、サイバースペース、偽情報での行動などへの懸念が強調された。しかし、共同声明はまた、中国との開かれた対話を維持することの重要性も強調している。
(4) ウクライナ戦争は、欧州の防衛思考に具体的な変化をもたらした。その衝撃を受けて、欧州諸国は国防費を全面的に増やすことになった。ウクライナはオーストラリアとニュージーランドからも支援を集め、インド太平洋地域と欧州の利益との間に新たなつながりを生み出した。同時に、ロシアと中国は「無制限の提携(no limits partnership)」を強化し、中国はロシアのウクライナ戦争を支援している。インド太平洋での中ロ海軍の共同訓練は、中国を単なる米国の対立国ではなく、欧州の問題として浮き彫りにした。欧州の指導者たちは現在、欧州とアジアの安全保障は相互に関連しており、中国の脅威は自国の玄関口にまで広がっていることを認識している。2022年のNATO戦略概念は、「中国の野心と強制的な政策は、我々の利益、安全保障、価値に対する挑戦である」というさらに直接的な表現となっている。しかし、「中国との建設的な関与に対しては引き続き開かれている」とも述べており、中国に対して断固たる姿勢を採ることに対する一部の躊躇やNATO内の分裂を示唆している。2022年のNATO戦略文書は、インド太平洋地域の重要性を明確に強調し、「インド太平洋地域の発展が欧州・大西洋の安全保障に直接影響を与える可能性があることを考えると、インド太平洋地域はNATOにとって重要である」と主張している。これらの安全保障上の懸念に対処するため、NATOは「インド太平洋地域の新規および既存の提携国との対話と協力を強化し、地域間の課題と共通の安全保障上の利益に取り組む」ことを目指している。
(5) 中国は3つの観点から欧州に脅威を与えていると見なされている。第1に、中国は大西洋両岸の価値観と利益を反映する国際的な法に基づく秩序に挑戦している。第2に、バルト海や地中海での軍事的展開や欧州における重要な基幹施設の保有など、中国の海軍、サイバー、宇宙、ICBMの能力は、NATOの兵站、作戦、通信に影響を与えている。最後に、インド太平洋地域における中国の行動は、この地域の経済的、技術的、戦略的重要性から重要である。NATOが欧州と大西洋の安全保障に重点を置いている一方で、NATOの安全保障の中心である米国にとって、インド太平洋における中国の活動は極めて重要である。この力学は、米国が増大する中国の脅威に対抗するために、その資源の大部分を配分することを必要とし、それによって欧州の安全保障を支える能力を損なうことになる。中国の脅威とインド太平洋地域は、欧州よりも米国にとって依然として重要である。欧州の海運の70%は依然として太平洋ではなく大西洋を横断している。これが、欧州がアジア太平洋地域で米国との協力を強めながら、中国をあからさまに敵(enemy)と名付けることを躊躇している理由を説明している。2023年のビリニュスでのNATO首脳会談における共同声明は、中国に対し、ロシアのウクライナでの戦争を非難し、ロシアの戦争努力への支援を停止し、紛争の原因をウクライナにあるとする非難の偽情報の流布を止めるよう求めた。NATOはインド太平洋地域の重要性を認識し、さまざまな高官級会談を通じてインド太平洋諸国との協力を強化してきた。NATOはインドとの対話を確立し、オーストラリア、日本、韓国、ニュージーランドのインド太平洋4ヵ国(以下、IP4と言う)と2国間関係を結んでいる。これらの関係は、サイバー防衛、女性問題、平和と安全保障の問題、軍の相互運用性、海洋安全保障、平和と安全保障のための科学分野の構想など、相互の協力分野を特定する共同合意の枠組みである「個別に合わせたパートナーシッププログラム(Individually Tailored Partnership Programme)」によっている。2024年のワシントンでのNATO首脳会談に、IP4諸国は、3年連続に招待された。しかし、その首脳会談の宣言では中国に言及したのは2回だけであり、米国の中国への注目の高まりとは一致していない。
(6) 要するに、中国は特にロシアへの支援を通じて、欧州に対して直接的および間接的な脅威をもたらしている。NATOのインド太平洋への軸足の移行は、中国とロシアの同盟によって作り出された相互に関連する安全保障環境に対する認識を反映しており、北大西洋と欧州の安全保障をインド太平洋の安全保障から切り離すことがますます困難になっている。しかし、NATOの対応は、欧州が中国を疎外したり、中国との貿易戦争や軍事紛争を引き起こしたりすることに慎重であるため、米国に比べて控えめで外交的なままである。この警戒感は、NATOがIP4のような地域の同盟国との協力を強化していることからも明らかであり、IP4は深化しているものの、相互防衛協定のようなものには遠く及ばない。NATOの主な焦点は依然として欧州・大西洋の安全保障であり、インド太平洋地域は比較的注目されていない。したがって、NATOはこの地域での活動と提携を強化する一方で、その任務をアジアに完全には拡大しないであろう。このことは、米国とその太平洋地域の同盟国が、特に中国問題に取り組むために、AUKUSやQUADのような取り組みを拡大し続けるべきであることを示唆している。
記事参照:Backgrounder: NATO’s Pivot toward Asia

8月5日「中ロの協力関係と北極圏―米専門家論説」(Russian-Chinese Cooperation in the Arctic: Will NATO Step Up to the Challenge?)

 8月5日付の米保守系シンクタンクHudson Instituteのウエブサイトは、同Instituteの非常勤上席研究員Liselotte Odgaardの“Russian-Chinese Cooperation in the Arctic: Will NATO Step Up to the Challenge?”と題する論説を掲載し、Liselotte Odgaardは北極圏での中国とロシアの協力関係とその背景について、要旨以下のように述べている。
(1) 北極圏におけるロシアと中国の協力関係は、全ての北極圏のNATO加盟国にとっての問題である。それにもかかわらず、ロシア政府が中国の経済的・技術的資源の支援を受けながら経済開発と軍備増強を続けている中で、これまでのところ北極圏のNATO加盟各国の国防優先順位は、北極圏において戦略的に常態化しつつある事態を反映していない。NATOの北極圏加盟国の防衛予算は限られているため、極端な気象条件と広大な空間で特殊な装備と兵力を必要とするこの地域での軍備の所要を満たすことは困難である。
(2) ロシアは中国との協力強化に重点を置いている。戦略的提携国は、ロシアの北極圏における基幹施設の拡大に取り組み、北極海航路の輸送の潜在力を活用できるようにしている。しかし、ロシアの北極圏海岸線の商業的有用性を高めることは、ロシアの戦略的脆弱性を高めることにもなる。
(3) 中国とロシアは、地政学的な意図を共有していない。ロシアは主に、西アフリカから中東および地中海から北極圏に戦略的足場を築くために、ハードパワーとハイブリッドパワー、そして政治的影響力を用いている。中国は主に、世界のあらゆる地域に戦略的足場を築くために、経済力とハイブリッドパワー、そして政治的影響力を用いている。ロシアとは対照的に、北極圏は中国にとって優先順位の低い地域である。中国は、大きな資源と配慮を必要とする米国とその同盟国に対して、新たな側面での対立を開くことにはほとんど関心がない。中国には、中国の利益にとってより重要な紛争地域が他に多くある。
(4) 国際紛争解決のためにハードパワーを行使することに慣れておらず、腐敗にまみれた自国軍に直面する中国は、自国から遠く離れた地域で影響力を行使する手段として、ハードパワーの行使に依存するための戦争経験や内部組織を欠いている。実際、中国政府は冷戦後の国際システムにおけるその世界的影響力の鍵として、その経済成長と開発重視を自画自賛している。
(5) 直面する安全保障上の課題を増加させる可能性の高い北極圏の軍事化の取り組みに直接参加するのではなく、中国はロシアの北極圏地域に経済的・技術的に投資することに大きな関心を持っている。ロシアと中国の北極圏協力は、中国に経済的利益をもたらすと共に、ロシアが米国やその北極圏の同盟国にとってハードパワーの脅威を継続してもたらすことを保証するのに役立つ。この戦略の狙いは、中国政府が抱えるより本土に近い数多くの安全保障上の課題をいくらか軽減し、資源採掘や基幹施設開発に関してロシア政府と協力することで利益を得ることにある。
記事参照:Russian-Chinese Cooperation in the Arctic: Will NATO Step Up to the Challenge?

8月7日「南シナ海の環境に焦点を当てる中国側の動機とは―シンガポール中国対外政策専門家論説」(FULCRUM, August 7, 2024)

 8月7日付のシンガポールのシンクタンクThe ISEAS -Yusof Ishak Instituteが発行するウエブサイトFULCRUM は、同Institute上席研究員Lye Liang Fookの“China’s Environmental Focus in South China Sea: Questionable Motivations”と題する論説を掲載し、そこでLye Liang Fookは中国が7月に立て続けに公表した海洋環境問題に関する報告書に言及し、中国の動きの動機、そしてその信憑性について、要旨以下のように述べている。
(1) 中国は7月、環境保護に関する3つの文書を公表した。うち2つはそれぞれスカボロー礁、セカンド・トーマス礁に焦点を当てている。その目的は、中国がスカボロー礁の海洋生態系に深刻な被害を与えているというフィリピンの主張に反論することとフィリピンによる中国への提訴の試みに対抗することである。
(2) 7月8日に公開された報告書は、フィリピンがセカンド・トーマス礁に「シエラ・マドレ」を座礁させたことによって周辺のサンゴ礁に被害を与えているとして、フィリピンを非難するものである。7月10日の文書は、中国によるスカボロー礁の環境保護の成果を強調するもので、11日の文書は南シナ海には言及していないものの、国内外における中国の環境保護の努力を強調している。
(3) 特に最初の2つの文書の目的は、大きく以下に示す3つがある。第1に、中国がスカボロー礁の環境を破壊しているというフィリピンの主張への反論である。中国の報告書によればスカボロー礁の海洋生態系は、巨大貝類などをはじめとしてきわめて豊かだという。この巨大貝類については2012年にも争点になった。中国漁船が違法漁業に従事しているとしてPhilippine Navyが逮捕を試みたのである。それは中国海軍によって妨げられ、それ以降スカボロー礁は中国の支配下に入っている。
(4) 第2の目的は、「シエラ・マドレ」をセカンド・トーマス礁から撤去するようフィリピンに圧力をかけることである。中国側の主張によれば、セカンド・トーマス礁のサンゴ礁の面積は、2011年から24年にかけて38.2%減少したという。第3の目的は、南シナ海の環境問題を国際化しようというフィリピンの試みへの対抗である。フィリピンは最近、中国漁船がサンゴ礁の破壊や巨大貝類その他海洋生物の乱獲を行っていると世界に公開している。それに加え、フィリピンが中国に対して、海洋問題での2度目の訴訟を準備しているという動きがある。
(5) 中国による環境報告書が、上記の目的を達し得るとは考え難い。まず、中国による環境報告書は中国の一方的な見方しか提示しておらず、スカボロー礁の環境評価のために第三者の立ち入りを認めるよう中国に要請しているフィリピンの姿勢の方が、信憑性が高いと判断されるだろう。またほかの問題がある。たとえば、スカボロー礁報告は、サンゴ礁破壊に対する地球温暖化要因は「限定的」としているが、セカンド・トーマス礁に関する報告ではその要因について言及がない。また、地球温暖化がサンゴ礁の白化現象などの重要な要因の1つであるという専門家の意見を引用した、5月のGlobal Timesの記事とも矛盾する。
(6) 「シエラ・マドレ」が環境に与えた影響は、南シナ海における領有権主張国の人工島建設による環境破壊に比べて重大なことではないであろう。CSISの報告によると、人工島建設によるサンゴ礁破壊の被害は、中国が最も多くもたらしている。しかし中国側の報告書はこうした結果を無視している。以上のように、中国側の主張が、海洋生物の破壊に対するフィリピンの懸念を和らげる可能性は低い。
記事参照:China’s Environmental Focus in South China Sea: Questionable Motivations

8月8日「NATOと北東アジアで拡大する提携-米専門家論説」(9Dashline, August 8, 2024)

 8月8日付けのインド太平洋関連インターネットメディア 9Dashlineは、米シンク・アンド・ドゥータンクのAsia Society Policy Institute政治・安全保障担当部長Emma Chanlett-Averyの“NATO and Northeast Asia: A growing partnership”と題する論説を掲載し、ここでEmma Chanlett-Averyは最終的にはNATO、韓国、日本は、自国近隣の安全保障を優先するであろうが、国際秩序に対する重大な脅威、特に米国の世界に跨がる安全保障への関与が低下した場合には、それなりの野心を求められるかもしれないとして、要旨以下のように述べている。
(1) 米国の国内政治が激動する7月、ワシントンではNATO首脳会議が開催され、Biden政権の外交政策への取り組みが披露された。加盟32ヵ国に加え、日本、韓国、ニュージーランド、オーストラリアのインド太平洋4ヵ国が4年連続で参加している。ホワイトハウスは、NATOとインド太平洋の提携国の関係深化を誇示し、両地域の経済と安全保障の安定への影響を指摘し、ロシアのウクライナへの侵略と中国によるロシアへの支援を明らかにした。
(2) 世界各地の紛争がますます関連性を持つようになり、戦略的展望が収れんしつつある中、NATO加盟国、日本、韓国の指導者たちは、協力を深める上での障害に直面している。しかし、ロシアのウクライナ戦争が3年目を迎え、中国が東シナ海と南シナ海での領有権を主張し続けている今、これらの政府は障害を克服する共通の大義を見出すことができるだろう。特に、米国が同盟への関与を後退させれば、両戦域における平和と安定の重要性は高まるだろう。
(3) 北東アジアとNATOの結びつきは目新しいものではない。日本は過去15年間、NATOとの戦略的関与を徐々に深め、情報安全保障や海賊対策などの分野で実際的な協力を確立してきた。安倍晋三元首相はNATOとの関係構築を強調し、将来の協力のための基盤を築いた。ロシアのウクライナ侵攻や、NATOが中国を戦略的課題として位置づける姿勢を強めていることで、日本政府の取り組みはこの2年間で加速している。岸田文雄首相はロシアの侵略に強力かつ迅速に反応し、2014年にロシアがクリミアを併合した際の対応をはるかに上回る制裁と金融制限をロシアに科している。この侵攻は日本国民を動揺させ、防衛費増額への支持が強まることとなった。岸田首相が明言したように、「今日のウクライナは明日の東アジアになりうる」のである。ロシアの侵攻は、日本とNATOの関係を押し上げ、戦略的展望を共有し、長年にわたって発展させてきた協力的な取り組みを強固なものにした。
(4) 韓国とNATOの関係はあまり発展していないが、Yoon Suk Yeol(尹錫悦)大統領は精力的にこの関係を推進し、2022年にマドリードで開催されたNATO首脳会議に韓国の首脳として初めて出席した。Yoon Suk Yeol大統領はロシアの侵略に対する国際的な対応に加わり、ロシアに制裁を科し、ウクライナに人道支援を提供した。韓国はその強力な防衛産業を活用して、備蓄が枯渇して代替品を輸入しようとするヨーロッパを支援している。韓国政府は、活発な紛争地域には武器を直接輸出しないという政策を放棄することを検討している。韓国は、米国に砲弾を送ったが、その弾薬はその後、ロシアに対する抵抗のためにウクライナ人に譲渡されることを十分に理解している。地政学的な進展と国際的な提携を追求するYoon Suk Yeol大統領は、韓国をNATOの戦略的姿勢に近づけている。
(5) Putin-金首脳会談と中国によるロシアへの外交的・経済的支援もまた、NATO加盟国を日韓の安全保障上の懸念に近づけた可能性がある。韓国にとって、北からの脅威は長い間、現実に存在する懸念であり、外交政策のほぼすべての選択に影響を及ぼしてきた。日本もまた、北朝鮮のミサイルと核兵器の能力の増大を懸念している。中国の急速な軍事的近代化と経済力は、海洋侵略と領有権主張の拡大とともに、韓国政府と日本政府の恐怖を駆り立てている。
(6) 韓国と日本がNATOとの関係を強化する一方で、両国はこの米大統領選挙の年に、米国とのそれぞれの同盟関係の信頼性をやや不安げに見定めている。韓国と日本はともに、地域やヨーロッパの提携国との安全保障協力を拡大しており、NATOへの関与もその一環である。Biden政権下では、日米韓、日米比、AUKUS、QUADなどの協定が盛んに結ばれている。Biden-Harris政権は同盟を外交政策の中心に据えてきたが、Donald Trump前大統領は米国の同盟の価値に懐疑的な見方を示し、NATOやアジアの同盟を同様に軽視する発言を繰り返している。韓国政府と日本政府は、Trump政権下で多国間主義が否定されれば、より攻撃的な中国を前に立ち往生することになるかもしれないと懸念している。
(7) 米議会では孤立主義が強まっており、共和党の副大統領候補であるJD・Vanceが米国の対外関与に反対する声を大きくしている。米国の政策が孤立主義や米国第一主義へと転換すれば、「大西洋横断」同盟やインド太平洋同盟が崩壊したり、格下げされたりする可能性がある。しかし、各国政府が国際的な法や規範を支える重りを強化するために、志を同じくする提携国を求めるようになり、NATO・インド太平洋間の協力が促進される可能性もある。
(8) インド太平洋と欧州の利害の重なりは拡大しているが、より緊密に結びついた、集団的で行動に基づく提携を発展させる道は険しい。NATOは依然としてヨーロッパに焦点を当てており、日本と韓国の安全保障上の懸念は主に地域的なものである。現実的な戦略的視点の違いを克服するのは難しいだろう。限られた資源と政治的資本の中で、最終的にはNATO、そして韓国と日本も自国近隣の安全保障を優先するであろうが、国際秩序に対する重大な脅威、特に米国の世界的な安全保障への関与が低下した場合には、世界的な安全保障への関与という野心が求められるかもしれない。
記事参照:NATO and Northeast Asia: A growing partnership

8月8日「パックス・アメリカーナを弱体化させる中国の計画―米専門家論説」(The National Interest, August 8, 2024)

 8月8日付けの米隔月刊誌The National Interest電子版は、Council on Foreign Relations米国外交政策担当上席研究員Robert D. BlackwillおよびCenter for a New American Security CEOのRichard Fontaineによる“The Will and the Power: China’s Plan to Undermine Pax Americana”と題する論説を掲載し、ここで両名は中国が支配するアジアは、米国の同盟国が次々と北京に屈服することで、米国のアジア同盟体制を致命的に分断する可能性があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 米国の核となる国益は変わっていない。自存自衛は国家の第一の義務であり、米国の重要な国益は、以下のように定義することができる。
 a. 核兵器、生物兵器、化学兵器の使用や、米国、海外の軍事力、同盟国に対する壊滅的な通常テロ攻撃やサイバー攻撃の脅威を防ぎ、減らすこと。
b. 核兵器の拡散を阻止し、核兵器と核物質を安全に保管し、核兵器用の中距離および長距離運搬システムのさらなる拡散を抑えること。
c. 国内の抗堪性、国際的な兵力投射能力と影響力、同盟システムの強さを通じて、平和、安定、自由を促進する世界と地域の勢力均衡を維持すること。
d. 西半球における敵対勢力や破綻国家の出現を防ぐこと。
e. 主要な国際システム(貿易、金融市場、公衆衛生、エネルギー供給、サイバースペース、環境、海洋の自由、宇宙空間)の存続と安定を確保すること。
(2) これら米国の国益は、すべて中国によって脅かされている。
 a. 中国政府は、国有企業や個人がミサイル技術管理体制(以下、MCTRと言う)に違反し、イランが弾道ミサイル技術を拡散させることを許可し続けている。そして、イスラム諸国への経済支援を劇的に強化することで、対テヘラン制裁を弱体化させてきた。さらに、北朝鮮政府の核計画の平和的解決を目指すと自ら表明しているにもかかわらず、自国民や企業が北朝鮮に対してMTCRに違反するのを見て見ぬふりをしてきた。
b. 急成長する中国の大陸間弾道ミサイル(ICBM)と核戦力は、米国本土と海外にあるU.S. Armed Forcesに対する脅威であり、さらに戦略核弾頭の備蓄を2022年の推定500発から2035年までに1,500発に増やす計画である。
c. 中国政府は、アジアにおける軍事的、経済的、外交的な勢力均衡とこの地域における米国の同盟システムに対して全面的な攻撃を仕掛けている。核兵器の増強に加え、中国政府は現在、世界で最も大規模な海軍と最大の弾道ミサイルと巡航ミサイルの在庫を誇っている。経済面では、アジアにおける米国の提携国を脅し、中国の地域支配に資する政策を採用するよう強要している。さらに米国を排除し、中国の立場を優遇し、世界的な法や基準を弱体化させる国際経済組織や構想を創設し、推進している。
d. 中国政府はラテンアメリカ諸国との戦略的関与を深めようとしている。中国は現在、南米にとって最大の貿易相手国であり、ラテンアメリカ全体にとっても米国に次ぐ第2位の貿易相手国である。中国は港湾、鉄道、ダムを建設し、ラテンアメリカ全土に5G網を敷設し、この地域の国々に1,380億ドルを融資し、さらに安全保障分野でラテンアメリカとカリブ海諸国に関与しようとしている。
e. 過去15年間、中国はすべての主要な国際システムを弱体化させようとしてきた。国際的な商慣行に対する度重なる違反を通じて、世界市場の安定を乱してきた。COVID-19世界的感染拡大の際、重要なデータの伝達を遅らせ、ウイルスの起源に関する調査に抵抗を続けている。他国を妨害し、自国民を抑圧するために、間口の広い、強力なサイバー作戦司令部を創設し、米国の基幹設備や重要施設に侵入し、何億人もの米人からデータを盗み続けている。他のどの国よりも多く温室効果ガスを排出し、一帯一路構想の一環として世界中に新たな化石燃料基幹施設を建設している。南シナ海の領有権を主張し、UNCLOSと矛盾する固有の領土であると宣言し、海洋領域において確立された規範に挑戦している。宇宙大国になるという習近平の夢を追い求めるため、民間産業と国営産業を急速に拡大するための努力を重ね、人民解放軍は宇宙と紛争を明確に結びつけている。
(3) この列挙は、自由で安全な国家における米国人の生存と幸福を守り、高め、国際秩序を強化する米国の5つの重要な国益を損なおうとする中国の包括的な政策を鮮明に示している。Lloyd Austin米国防長官は2022年後半に「中国は、自らの権威主義的嗜好に合わせて地域と国際秩序を再編成する意志とますますその力を持つ唯一の国」と述べている。
(4) 核兵器による消滅を脅し、米国の5つの重要な国益を弱めることで、中国政府は危機における米国の行動を抑止することができる。アジアを支配しようとする中国は、韓国や日本を始めとするアジア全域に核拡散を促す可能性がある。中国が支配するアジアは、米国の同盟国が次々と中国に屈服することで、米国のアジア同盟体制を致命的に分断する可能性がある。中国はメキシコやラテンアメリカ諸国との関係を強め、米国がアジアやその他の地域で国益を追求する気をそらす可能性がある。アジアを支配する中国は、世界の価値観、法、慣行を変えており、それは米国にとって不利になる。
記事参照:The Will and the Power: China’s Plan to Undermine Pax Americana

8月9日「SQUADは南シナ海において効果的な対中国抑止の枠組みとなりうるか―インド防衛問題・戦略専門家論説」(East Asia Forum, August 9, 2024)

 8月9日付のAustralian National UniversityのCrawford School of Public Policy のデジタル出版物EAST ASIA FORUM は、インドのJawaharlal Nehru Universityの博士後期課程院生Prisie L Patnayakの“High hurdles for achieving squad goals in the South China Sea”と題する論説を掲載し、そこでPrisie L Patnayakはここ最近SQUADという枠組みが注目を集めているが、さまざまな要因によりそれが南シナ海における中国への対抗において効果的な枠組みとなれるかは不透明であるとして、要旨以下のように述べている。
(1) SQUADとは、日本、米国、オーストラリア、フィリピンで構成される少数国間協力枠組みであり、最近、南シナ海における中国の侵略に対する抑止として注目されている。QUADが軍事的側面を持たない一方、SQUADは米国の条約上の同盟国で構成されている。参加国はそれぞれに対して何らかの義務を負うものではないが、総合的な軍事力は、中国に対する効果的抑止となるであろう。他方、その中でフィリピンの軍事力が弱いため、SQUADの安定的な抑止力が損なわれる可能性がある。
(2) フィリピンは近年防衛予算を増やしているが、2023年の調査によれば、その軍事力は145ヵ国中34番目に過ぎないという。フィリピンは南シナ海論争における領有権主張国であるので、その軍事力こそが、SQUADの抑止力にとって鍵となる。そのフィリピンは最近、志向を同じくする周辺の提携国との協力を深めている。たとえば、最近日本と円滑化協定の交渉を進め、米国、オーストラリアとは訪問部隊地位協定を発効させるなどしている。ただし、これらの動きは南シナ海で中国を抑止するには不十分である。
(3) 米国は2014年にフィリピンと防衛協力強化協定を結び、フィリピンの軍事基地の利用権を持つ。他方で1951年の米比相互防衛条約は、米国によるフィリピン防衛義務を発動させる条件となる「武力行使」を明確に定義していない。2024年6月に中国の海警船がPhilippine Navy艦艇を襲撃し、乗組員を負傷させるという事件があったが、それに対抗するような動きが起きる可能性は小さい。
(4) フィリピンは南シナ海における中国の活動を積極的に広報する「透明性戦術」に打って出ているが、大きな成果は出せていない。中国が自国の行動をなんら恥じていないためである。フィリピンのこうした手法は、信頼できる抑止力強化による下支えが必要だ。
(5) ASEANの規範的価値や、南シナ海に関する行動宣言などは、フィリピンにとって、中国に対する過度な軍事手段の行使を控えさせる制約となっている。ASEANの中には、南シナ海論争に米国が関わるのを良しとしない国もあり、米比の接近に対して苛立ちを見せる国もある。
(6) SQUADの参加国それぞれの国内政治も、その効果的な機能を妨げる障害となり得る。特にフィリピンは、米国や中国との関係においてその姿勢は固定的ではなかった。また、最近、Marcos, Jr.大統領が経済問題より南シナ海論争を重視していることに対する、国民の懸念も高まっているようである。また、Sara Duterte副大統領の辞職もSQUADにおけるフィリピンの役割に影響を与えるかもしれない。元副大統領は中国寄りであり、2028年選挙の結果によっては、再びフィリピンの外交方針は大きく転換する可能性がある。2024年に実施される米国大統領選挙の結果も同様に重要な要因である。
(7) 現在の地政学的雰囲気において、SQUADが中国への対抗において効果的な枠組みになることは考え難い。中国はなお、南シナ海における攻勢を強めている。SQUADはこれからも注目を集めるだろうが、より具体的な成果を出すことに大きな期待が集まる。SQUADの成功は、まとまりのある軍事戦略、ASEANにおける外交、参加国の国内政治の動向にかかっている。現在、その将来は不透明である。
記事参照:High hurdles for achieving squad goals in the South China Sea

2024年8月「南極に中国を近づけさせないことが重要―米専門家論説」(Proceedings, USNI, August, 2024)

 8月のThe U.S. Naval Instituteが発行する月刊誌Proceedingsのウエブサイトは、提携国、統合軍、米国の省庁間の作戦と情報能力の調整、統合、相互運用性の確保に努めているU.S. Coast Guard予備役中佐Nick Friedenの“Keeping China at Bay in the Antarctic”と題する論説を掲載し、ここでNick Friedenは中国が南極海と南極大陸を大国間対立の場にしており、米国は地域の提携国とともに南極での活動を再活性化し、より一貫した存在を確保し、法に基づく国際秩序を維持し、中国の違法で不安定な野望を抑止しなければならないとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2023年で、中国が南極条約システム(以下、ATSと言う)に加盟してから40年となった。南極条約は、南極大陸を平和的かつ科学的な目的にのみ利用することを義務付け、その天然資源の保護を保証するものである。しかし、この間、中国は南極の基地、通信、砕氷船、兵站支援能力に多額の投資を行ってきた。欧米の専門家の間では、これらの投資が平和目的や科学研究を意図したものではないという満場一致の合意に達している。それどころか、中国はATSに反して、南極海と南極大陸を大国間対立の場にしている。米国は、地域の提携国とともに、南極での極地における行動能力と活動を再活性化し、より一貫した存在を確保し、ATSを含む法に基づく国際秩序を維持し、そこでの中国の違法で不安定な野望を抑止しなければならない。
(2) 中国は、重要な天然資源のある地域を含む戦略的な南極領域を支配するための長期戦略を実施している。南極と南極海に対する年間支出は北極圏の3倍で、中国は5ヵ所の観測基所を維持し、世界で7番目に大きな砕氷船隊を保有している。最近、南極のインエクスプレスブル島にある5番目の基地の活動は、5年間で最も活発となっている。中国の国家海洋局極地考察弁公室長は、南極で天然資源を抽出する意向をはっきりと公に発表した。中国経済は、エネルギー、原材料、食品の輸入、製造業の輸出に依存している。南極海のオキアミ漁業は、地球上で最大のタンパク源であり、この地域には大量の石油と鉱物資源がある。中国は、自国民のための食料の流入と経済のための工業原料を維持するために、これらの資源を目標としている。これらの資源を引き出すために、中国は海洋状況把握、砕氷船、通信といった南極海における海洋支配の能力を開発している。中国は長年にわたり、南シナ海の国際水域を違法に軍事化し、ガラパゴス諸島周辺で違法・無報告・無規制漁業(以下、IUU漁業と言う)を行ってきた。この戦略は、南極大陸とその周辺でも適用されると予想するのが妥当である。さらに、中国は海上輸出入に依存していることから、中国にとって重要な海上交通路は中国の地理的条件に制約され、中国にとって、海上交通路の確保は世界的な戦略的な懸念事項となっている。中国は、世界規模の交易網の強化と多様化を模索してきたが、最も有名な取り組みは一帯一路構想である。南極海は、オーストラリア、南アフリカ、チリの海域を通る3つの新しい交易路を提供する。
(3) 南極における中国に対する統合抑止力の最初の焦点は、IUU漁業の取り締まりである。ATS Commission for the Conservation of Antarctic Marine Living Resources(南極海洋生物資源保存委員会:以下CCAMLRと言う)は、漁業における法執行の枠組みを提供し、強力な行動は、今後数十年にわたってATSの主要な規定が再検討される前例となるであろう。U.S. Coast Guardの極地行動能力、法執行機関、環境保護当局は、南極大陸と南極海における中国の野望を阻止するために重要となる。現在の極地での任務と能力は、ATSの法執行機構の積極的な支援や法執行部隊の展開、法執行の可視性、哨戒を通じた国際的な海事規範の違反防止に拡大されるべきである。U.S. Coast Guardは、巡視船部隊の任務遂行能力を拡大し、極地での存在感と南高緯度での競争能力を高めることを目指し、砕氷船隊を増強している。U.S. Coast Guardの大型砕氷船(polar security cutters以下、PSCと言う)は、米国が北極および南極地域における防衛力の即応性を維持し、産業と環境の両方を保護するために必要な条約および法律を施行し、港湾、水路、沿岸警備を提供し、科学研究を支援するために必要な物資と人員の移動を容易にするための船舶護衛を含む後方支援を提供することを可能にする。注目すべきは、新PSCの運用システムの一部がイージス戦闘システムから派生しており、PSCの任務の重要性を明確に示している点である。PSC計画は予定より約5年遅れており、最終設計は2024年後半、第1船は2029年に引き渡される予定である。PSCが当面の間、南極における米国の海上戦力の主要な手段となるため、PSCプログラムを加速させなければならない。
(4) 地域の提携国を支援する取り組みも、南極で中国に対抗するための鍵となる。米国は、法に基づく国際秩序、環境保護、IUU漁業対策に関心を持つ自然な同盟国をこの地域に抱えている。しかし、現状では、重要な役割を果たす能力が不足している。U.S. Coast Guardは、国際的な関与の原則、2国間協定、150年にわたる漁業監視任務の経験に基づいて、IUU漁業対策の専門知識と訓練を提供できる体制を整えている。欠けているのは、意欲的な地域の提携国が能力と能力を開発するのを支援するための機関、教育訓練課程、財源である。U.S. Department of Defenseの安全保障支援および協力計画は、提携国の治安部隊に重要な能力開発、訓練、作戦支援、装備を提供する。戦闘司令部、国防安全保障協力局、軍部門は、この種の協力と支援を提供してきた数十年の経験を持っている。これらの計画は、U.S. Coast Guardの専門知識を吸収するための能力と物資を備えた地域の提携国を準備するために使用できる。最終的には、チリとアルゼンチンがCCAMLRを通じて提案された海洋保護海域を哨戒するU.S. Coast GuardのPSCと協力して、オキアミやその他の重要な南極海の漁業資源を保護することができるようになる。これらの地域の提携国との相互運用可能な能力構築の計画を開始する絶好の機会は、PSCが建造中の今である。多国間演習は、これらの訓練、能力開発、安全保障協力の取り組みを強化することになるだろう。
(5) 南極大陸は、広く支持された国際条約によって保護された戦略的領域を持つ世界の共有財産である。この法的体系は維持されなければならず、法に基づく国際秩序を守るために中国の目的は阻止されなければならない。米国は、提携国や同盟国とともに、ATSを積極的に支援し、南極大陸とその周辺に資源を投入し、その存在感を高めて、この地域で影響力を行使しようとする中国の試みに対抗する必要がある。U.S. Coast Guardの2国間協定、専門知識、法執行と環境保護に関する権限を地域の提携国を装備し、訓練し、共同訓練を行うためにU.S. Department of Defenseが行う安全保障協力および演習計画と組み合わせて、地域の提携国と装備、訓練、共同運用を行うことは、中国に対する強力な対抗策となる。また、中国、ロシア、イランなどの修正主義諸国が、国際水域や周辺国の主権国家に対して違法な支配を行おうとする中、世界各地の海洋グレーゾーンが拡大している。U.S. Coast Guardの安全保障に関する専門知識と権限をU.S. Department of Defenseの計画と資源と組み合わせることで、好戦国に対抗するための勝利の方程式となる可能性がある。この勝利の方程式が、米国と同盟国の利益が依存するルールに基づく国際秩序を守るために、世界中の戦略的な海域や領域で実現されるべきである。
記事参照:Keeping China at Bay in the Antarctic

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

(1) Geography Matters, Time Collides: Mapping China’s Maritime Strategic Space under Xi
https://strategicspace.nbr.org/geography-matters-time-collides-mapping-chinas-maritime-strategic-space-under-xi/
Mapping China’s Strategic Space, The National Bureau of Asian Research, August 1, 2024
By Andrew S. Erickson, a Professor of Strategy in the China Maritime Studies Institute at the U.S. Naval War College
2024年8月1日、U.S. Naval War College のChina Maritime Studies Institute教授Andrew S. Ericksonは、米シンクタンクThe National Bureau of Asian Researchのウエブサイトに“Geography Matters, Time Collides: Mapping China’s Maritime Strategic Space under Xi”と題する論説を寄稿した。その中でAndrew S. Ericksonは、中国の海洋戦略は地理的要因と歴史的背景に強く影響されているが、習近平の指導の下、中国は経済力と軍事力を背景に、特に「近海」地域において海上覇権を強化しているとした上で、この戦略は、中国の領土と安全保障を確保するための「集中主義」に基づいており、国内の中心地を守るための強力な防衛力を持つ「管理圏」から、影響力を拡大する「影響圏」、さらに遠方への進出を図る「到達圏」に分かれると解説している。その上でAndrew S. Ericksonは、台湾の統一は習近平政権にとって最優先の課題であり、中国はこれを達成するために多方面で軍事力を増強しているが、中国は「近海防御」と「遠海保護」を併せ持つ戦略を展開し、インド洋や太平洋における影響力の拡大も進めているものの地理的制約が依然として存在しており、特に、狭い海峡やチョークポイントでの脆弱性が課題となっていると指摘し、習近平の指導の下、中国は南シナ海での人工島の建設や海外基地の拡張など、積極的な海洋戦略を推進しているが、その成功は地理的および国際的な制約によって左右される可能性が高いと主張している。
 
(2) The U.S. Must Prepare to Fight China and North Korea at the Same Time
https://foreignpolicy.com/2024/08/06/war-north-korea-china-taiwan-kim-xi-prepare-pentagon-defense/?tpcc=recirc_latest062921
Foreign Policy, August, 6, 2024
By Markus Garlauskas, the director of the Indo-Pacific Security Initiative in the Atlantic Council’s Scowcroft Center for Strategy 
 Matthew Kroenig, a columnist at Foreign Policy and vice president and senior director of the Atlantic Council’s Scowcroft Center for Strategy and Security
8月6日、米シンクタンクAtlantic CouncilにあるScowcroft Center for Strategy and SecurityのディレクターMarkus Garlauskasと同Centerの統括責任者Matthew Kroenigは、米政策・外交関連オンライン紙Foreign Policyに、“The U.S. Must Prepare to Fight China and North Korea at the Same Time”と題する論説を寄稿した。その中で、①7月、U.S. Commission on the National Defense Strategyは、U.S. Department of Defenseがインド太平洋、ヨーロッパ、中東における脅威に同時に対処できる規模の「多地域戦力構想(Multiple Theater Force Construct)」を策定するよう提案する報告書を発表した。②これは、時間軸が重なる中国やロシアとの戦争の危険性の高まりに対処するために必要なことである。③従来の想定に反して、台湾をめぐる米中衝突は、ほぼ間違いなく地域全体の戦争となり、北朝鮮と韓国も巻き込まれるだろう。④米国とその同盟国は、このような状況に対する備えをほとんどしておらず、現在の準備不足は2正面戦争の状況をより可能性の高いものにする。⑤米国と同盟国は、中国または北朝鮮との紛争に備えることをより広範なインド太平洋における作戦行動の一環として捉え直すべきである。⑥最も重要なことは、U.S. Indo-Pacific CommandとU.S.-South Korean Combined Forces Command(米韓連合司令部)がその取り組みを統合し、両敵国と同時に戦うために共に準備することである。⑦この地域の米軍基地が中国から攻撃を受けた場合、韓国が中立を保つという幻想を中国政府が抱かせないようにし、同様に、米政府は中国と衝突した場合でも、米国が韓国防衛を支援することを政府北朝鮮政府に知らしめるべきである。⑧U.S. Forces, Japanとその日米の指揮統制体制の変容ついて、明確に策定すべきである。⑨米国とその同盟国や提携国は、さまざまな状況で中国や北朝鮮と同時に戦うための準備として、妥協のない計画と軍事演習を公然と行うべきであるといった見解を述べている。
 
(3) NATO Missed a Chance to Transform Itself
https://warontherocks.com/2024/08/nato-missed-a-chance-to-transform-itself/
War on the Rocks, August 7, 2024
By Max Bergmann is the director of the Europe, Russia, and Eurasia Program and the Stuart Center on Euro-Atlantic and Northern European Studies at the Center for Strategic and International Studies.
2024年8月7日、米Center for Strategic and International Studies のMax Bergmannは、米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockに" NATO Missed a Chance to Transform Itself "と題する論説を寄稿した。その中でMax Bergmannは、NATOは冷戦時代の枠組みに戻り、ロシアに対抗するための防衛強化に焦点を当てたが、真に必要な欧州の防衛能力の独立性を高める「欧州の柱」の構築には取り組まなかったため、米国の防衛政策がインド太平洋にシフトする中で、欧州はますます自立した防衛能力を必要としていると指摘している。そしてMax Bergmannは、米国が欧州の防衛能力の統合を積極的に支持してこなかったため、欧州は依然として米国に依存しているが、歴史的に米国は欧州の統合を支援し、NATOを通じて安定を提供してきたが、今後は欧州自身が防衛能力を高めることで、NATO内での真の提携を構築することが求められていると指摘した上で、これにより、将来的にはより強固な同盟関係が築かれると期待されるが、現時点ではその方向性が明確に示されていないとの見解を示している。
 
(4) China vs. America: The Geopolitical Olympics
https://nationalinterest.org/feature/china-vs-america-geopolitical-olympics-212259
The National Interest, August 9, 2024
By Dr. Graham Allison, the Douglas Dillon Professor of Government at Harvard University
2024年8月9日、米Harvard University のGraham Allison教授は、米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockに“China vs. America: The Geopolitical Olympics”と題する論説を寄稿した。その中でGraham Allisonは、米国と中国の関係は競争と協力が複雑に絡み合ったものとなっており、2024年のパリオリンピックにおける両国のメダル獲得競争は、両国の地政学的対立を象徴しているとした上で、中国は経済、技術、軍事、外交など多方面で米国と競り合い、時に優位に立っているが、特に経済面では中国は購買力平価で見れば世界最大の経済規模を持つに至り、また、軍事的にも中国は急速に力をつけ、米国に対する「準同等の競争者」としての地位を確立していると指摘している。しかしGraham Allisonは、これらの競争は両国が協力しなければならない問題、たとえば気候変動や核拡散などの地球規模の課題においても影響を及ぼしており、米Biden政権は「競争的共存」という戦略を掲げ、競争しながらも意思疎通と協力を保つことを目指しているが、これにより、両国は共存しつつ、世界の安定と安全を維持することが求められていると主張している。