海洋安全保障情報旬報 2023年12月21日-12月31日

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12月21日「中国船が北極海航路でパイプラインを損傷させた疑い―ノルウェー紙報道」(High North News, December 21, 2023)

 12月21日付けのノルウェー国立NORD UniversityのHIGH NORTH CENTERが発行するHIGH NORTH NEWSの電子版は、“Northern Sea Route Saw Seven Containership Voyages in 2023, Including Controversial Trip by Chinese Container Ship”と題する記事を掲載し、中国の船舶が北極海航路において、パイプラインを損傷させたという論争があることについて、要旨以下のように報じている。
(1) 2023年夏の間、北極海航路の海運活動には、アジアとヨーロッパを結ぶ初の定期コンテナ船運航が含まれていた。しかし、この目新しい航路は、中国の「ニューニュー・ポーラー・ベア」という船舶がバルチックコネクターと呼ばれるパイプラインを損傷した疑いがあるという論争なしでは実現しなかった。フィンランドが中国側に調査を要請した成り行きは、未解決のままである。
(2) 北極海航路での定期コンテナ船運航について、ロシア当局は何年も前から壮大な計画を発表し、今まで実現には至らなかったが、この夏、北極圏の海路に重要な初の定期船が就航した。中国の海運会社である新新航運公司は、7月から11月にかけてこの航路に4隻のコンテナ船を派遣し、合計7航海を完了した。この企業は2024年、この運営を7隻に拡大する計画であると発表した。新新航運公司は、東アジアの港とサンクトペテルブルグの港を結ぶ航路を提供し、一部の船はアルハンゲリスクとバルト海の港に途中で寄港した。
(3) 「ニューニュー・ポーラー・ベア」は、北極海航路のコンテナ船としては異例となる3度の完全通過を成し遂げた。同船は7月上旬にサンクトペテルブルクを出港し、8月中旬に中国に到着した後、同月下旬にバルト海へ戻る航海を開始した。さらに、またもやシーズン終盤の東回りの航海を果たし、アルハンゲリスクに寄港し、12月上旬に中国に到着した。
(4) 北極圏でのコンテナ船運航の新規性とは別に、「ニューニュー・ポーラー・ベア」がフィンランド湾の海底インフラを損傷させたと思われており、国際的な注目を集めた。フィンランド当局によると、同船は錨を海底180kmにわたって引きずり、その後それを失って、バルチックコネクターの天然ガスパイプラインを損傷させた。同船はその後、アルハンゲリスクに停泊中、左舷のアンカーを失った状態で写真撮影されている。
(5) 海運の専門家たちは、アンカーを引きずったときにかかる負荷や、考えうる航路の逸脱について模擬を行い、事故説に疑問を呈している。この事件には様々な憶測が飛び交っており、フィンランド国家捜査局を含む政府関係者はこの船の中国への帰路に関する調査を要求した。
記事参照:Northern Sea Route Saw Seven Containership Voyages in 2023, Including Controversial Trip by Chinese Container Ship

12月21日「米国の係争海域への侵入は地域の安定を乱す要因になる―中国国際関係専門家論説」(China US Focus, December 21, 2024)

 12月21日付の香港のシンクタンク  China-United States Exchange FoundationのウエブサイトChina US Focus は、亜州研究中心主任の彭念の“U.S. Intrusions Will Roil Disputed Waters”と題する論説を掲載し、そこで彭念はU.S. Navyの艦艇がセカンド・トーマス礁に侵入したことに言及し、米国を含めた域外の国々による南シナ海への関与が地域の安定を乱し、緊張を拡大させる可能性があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 12月4日、米国の沿海域戦闘艦「ガブリエル・ギフォーズ」が、南シナ海で中国とフィリピンの緊張が高まる要因となっているセカンド・トーマス礁(中国名:仁爱礁)に侵入した。こうした動きは、2023年に中比間の緊張が高まってから初めてのことである。それによって米国は、フィリピンへの支持を放棄することはないと中国にその意図を送っているのである。
(2) 米国は、中東での紛争とウクライナ戦争がありながらも、南シナ海を注視し続けており、むしろ軍事演習や配備を強化している。フィリピンとしては、米国は最も信頼できる同盟国である一方、中東やウクライナでの情勢によって米国の支援が弱まることを恐れている。そのためフィリピンは、米国の支援を受け続けるために問題を起こしている。
(3) 米国がセカンド・トーマス礁に侵入した前日、Philippine Coast Guardは、ウィットサン礁(中国名:牛軛礁)近くで中国民兵船の数が急増していると発表し、フィリピン側は艦艇2隻を派遣した。他方11月20日にフィリピンは、セカンド・トーマス礁への補給作戦のために40隻の漁船を派遣すると発表していた。南シナ海での係争海域における民間船の数が急増したことで、衝突などの事故が起こる可能性が高まる。それは中比間の紛争のきっかけになり得るため、双方にとって避けるべき事態である。
(4) Philippine Navyは最近パグアサ島に新たな監視施設を設立し、U.S. Navyはこの施設を通じたフィリピンに対する支援を提供している。このように米国は係争海域における軍事的活動を活発にすることで、中国の抑止を狙っている。今後米国は、抑止力強化のために、軍事的展開の増加に加えて、地域の同盟国および提携国との協調を促進するであろう。
(5) 米比豪共同軍事演習を終えた翌日の11月27日、Armed Forces of the Philippines参謀総長は、フィリピンが今後も多国間共同軍事演習を実施する予定であること、いくつかの国がPhilippine Navyとの2国間ないし多国間演習に関心を持っていると発表した。実際に12月2日、フィリピンはフランスとの間で訪問軍協定に関する交渉を開始している。こうした域外の国々の関与の深まりは、地域の緊張をさらに悪化させる要因になる。
(6) 米国のセカンド・トーマス礁への侵入は南シナ海の緊張を高め、米中関係を悪化させる。緊張緩和の唯一の方法は米中関係の改善である。米中の最優先事項は、緊張を緩和させるための関与を継続することであり、双方が自制心を維持することである。幸運にも、11月の米中首脳会談の開催などに見られるように、米中関係改善の兆しも見られる。南シナ海の緊張が拡大しないよう、双方が現実的な対応をすることを願う。
記事参照:U.S. Intrusions Will Roil Disputed Waters

12月21日「米比関係の強化は中比関係を毀損する、専門家警告―香港紙報道」(South China Morning Post, December 21, 2023)

 12月21日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“Philippines’ US ties risk more than links with China, expert warns”と題する記事を掲載し、最近の中国・フィリピン関係の悪化の背景と今後あるべき方向性について、華陽海洋研究中心理事長の呉士存の見解に言及しつつ、要旨以下のように報じている。
(1) 華陽海洋研究中心理事長の呉士存は、中比関係に関する非公開の会合で、南シナ海における中国の反撃能力についてフィリピンが過小評価している可能性があり、またフィリピンによる前例のないほどの米国との安全保障協力の強化は中比関係を毀損し、またフィリピン自身の利益に反する可能性があると発言した。呉士存は、今後の中比関係の安定のために、米比同盟が中国を標的とすべきではないと言う。
(2) ここ数ヵ月、南シナ海における船舶の衝突を含む種々の事件をめぐり、中比関係は緊張を高めている。そのような中でフィリピンのMarcos Jr.大統領は、南シナ海への取り組みにおいて大胆な方針転換が必要だと、訪日後のインタビューで述べている。なぜなら中国との外交努力に成果が見られないためである。そのため、フィリピンはインド太平洋の提携国との協働を深めようとしている。
(3) フィリピンは、1999年にセカンド・トーマス礁に意図的に座礁させた老朽艦に対する補給活動を実施している。呉士存によれば、フィリピンの最近の危険な行動の背景には米国の支援があるという。それが、フィリピンによる中国の行動能力の過小評価に繋がっているというのである。
(4) 中国からすれば米国は地域の緊張を高める「外部勢力」である。その米国が、2023年4月にフィリピンとの協定により、新たにフィリピンの4つの基地を利用可能になったことに、中国は苛立った。また直近では日本が公式にフィリピンに対し、航空哨戒レーダーシステムを提供したことを発表したことも、中国にとっては良くないニュースであった。
(5) 呉士存は、米比同盟の強化が中比関係のさらなる不安定化をもたらすと述べる。米国が中国周辺の軍事的展開を増加させていることもよくない動きである。Marcos Jr.大統領は、米国が中国に対する攻撃のためにフィリピンの基地を使うことはないと述べたが、そうした状況では最早「フィリピンが制御できるものではない」と言う。
(6) 南シナ海のジレンマから脱するために、中比は、2016年の仲裁裁判所裁定を交渉の場で持ち出すべきではないと呉士存は主張した。また呉士存は、中国海警・Philippine Coast Guard間のホットラインを再開すべきだとしている。フィリピン側はそれに意味がなかったとして現在中断されているが、呉士存は2017年以降に中国海警とPhilippine Coast Guardの共同委員会が、近海の論争での調整に「一定の役割を果たしてきた」と述べている。両国関係の悪化が拡大し、危機が管理不能になる前に、何らかの手立てを打たねばならない。
記事参照:Philippines’ US ties risk more than links with China, expert warns

12月22日「2023年、米『サイレント・サービス』が沈黙を破り始めた―米国防関連メディア報道」(Breaking Defense, December 22, 2023)

 12月22日付の米国防関連デジタル誌Breaking Defenseは、“In 2023, the Navy’s ‘silent service’ started making noise”と題する記事を掲載し、「サイレント・サービス」と呼ばれてきた米潜水艦部隊が2023年には積極的に情報を発信するようになってきたとして、要旨以下のように報じている。
(1) 2023年は間違いなくU.S. Navyにとって潜水艦の年であった。3月にAUKUSについて国民が知った多くの新しい詳細は、U.S. Navyの潜水艦保有数と造船所の苦境の両方を悩ませているさまざまな問題に、より多くの国民の注意を向けさせ、「サイレント・サービス」が艦隊の即応性を確保するだけでなく、「サイレント・サービス」の任務が米国、米国の同盟国、AUKUSにとって重要である理由を一般の人々に示すために、この呼称に真剣に取り組み始めた年であった。
(2) 「サイレント・サービス」という呼称は、潜水艦が隠密性のために行動する際には可能な限り静粛である必要があることに大きく起因している。しかし、これには二重の意味がある。潜水艦そのものが行動中に雑音を海中に放射しないということのほかに、潜水艦部隊は情報発信に消極的なことで有名である。海軍自身もその事実を認めている。
(3) AUKUSは「サイレント・サービス」を国内および国際的に注目される位置に押し上げており、「サイレント・サービス」という呼称とその立ち位置の間に生じた断層が世界中の海に波及し、同盟国の潜水艦部隊に直接影響を及ぼすため、保守・整備、生産、その他を問わず、米潜水艦部隊の新たな挑戦は今や注視されることになるだろう。
(4) 「サイレント・サービス」がその殻を破り始めた良い例が、Commander of Naval Submarine Forcesが議会に赴き、歴史的に就役中の潜水艦の維持・整備によって過重な負担と滞留を抱えてきた造船所の基幹施設を強化するために、なぜその資金が必要なのかについて公に証言しことである。
(5) 海軍当局者は、AUKUSがもたらす作業量の急激な増加と、産業基盤を強化しなければならない理由を議員や米国民に表明した。Covid19の世界的感染拡大によって、U.S. Navyが目標としたコロンビア級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦を毎年1隻とバージニア攻撃型原子力級潜水艦(以下、SSNと言う)2隻の建造が難しくなってきている。AUKUSが動き出すことで、同盟国を支援するためにやるべきことが増えるだけでなく、2030年代に3隻、あるいは5隻のバージニア級SSNがアメリカの手を離れることを考えると、バージニア級SSNが後れを取らないようにするための圧力も加わることになる。
(6) 国防産業基盤の能力構築に対する強烈かつ緊急の要求を満たすために設立された非営利団体BlueForge Allianceとの契約に2億ドル以上を費やし、U.S. Department of Defenseがより大きな産業基盤の労働力を育成するためにアメリカ国民に手を差し伸べるのを支援している。このような普及活動のもう1つの例は、ウエブサイト「buildsubmarines.com」である。「海軍は、原子力潜水艦部隊を完全に変革し、重要な海中における優位性を維持するという一世一代の変革の過程にある。・・・しかし、この軍事的任務には、成功を確実にするための訓練と献身を備えた10万人以上の熟練労働者を追加する必要がある。一刻の猶予もない」とウエブサイトは述べている。
(7) 潜水艦職域のJeffrey Jablon少将は「私はもはや、自分たちを『サイレント・サービス』とは呼ばない・・・抑止力は潜水艦部隊の大きな任務である。自分の能力を伝えなければ、信頼できる抑止力を持つことはできない。敵対者がその特定の抑止力について何も知らなければ、それは抑止力ではない」と述べている。
(8) 11月初旬、U.S. Department of Defenseが巡航ミサイル搭載原子力潜水艦の中東到着を公式に発表したことから、「敵対者がその特定の抑止力について何も知らなければ、それは抑止力ではない」と感じたのは明らかにJeffrey Jablon少将だけではなかった。
(9) 作戦中の潜水艦の位置は厳しく秘匿されており、U.S. Department of Defenseはそれらを恣意的に公にはしない。Commander of Naval Submarine Forces司令官Bill Houston中将は、その後の数週間、記者団に対して「サイレント・サービス」は意図的に潜水艦の所在に関する情報を発信したと語っている。「(潜水艦の所在に関する情報を発信した趣旨の)一部は、我々は世界中で行動可能な海域であればどこででも行動するということである」として、7月に数十年ぶりに韓国の釜山港にオハイオ級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦が寄港したことに匹敵するものであるとBill Houston中将は述べている。そして、Jeffrey Jablon少将が敵に抑止力について知らせることについて語ったことと同じ思いで、Bill Houston中将は他の潜水艦の所在は発表されないかもしれないが、彼らは確かにまだそこにいると警告し続け、「私が報告していない潜水艦がどこにいるかという以前の質問に答えないのと同じように、私が報告していない潜水艦がどこにいるかは誰にもわからないでしょう。なぜなら、それが私たちの非対称的な利点だからです」とBill Houston中将は続けている。
記事参照:In 2023, the Navy’s ‘silent service’ started making noise

12月22日「タイ、静かに軸足を海洋へ―タイ専門家論説」(The Diplomat, December 22, 2023)

 12月22日付のデジタル誌The Diplomatはタイを拠点に活動するコラムニストのTita Sangleeの“Thailand’s Quiet Pivot to the Maritime Sphere”と題する論説を掲載し、Tita Sanglee はここでタイはインド洋に面したアンダマン海沿岸の開発、防衛産業の国産化(自立)、Thai Maritime Enforcement Command Center(タイ海上法執行指揮センター)とRoyal Thai Navyの沿岸警備部隊による法執行任務の実施などの政策を打ち出し、国の政策の重点を徐々に海洋の分野に移行しているとして要旨以下のように述べている。
(1) 2023年の出来事で際立っていることの1つは、国際関係における海洋安全保障の重要性が高まっていることである。特に東アジアの海域は、今日、大国間競争の主要な舞台となっており、東南アジア本土の小国に対し、領土、通商、環境上の利益を守るために海軍の近代化を強化するよう圧力がかけられている。その中に、軍隊が支配する国タイがある。
(2) 2023年を通じて、タイ政府はタイが海洋統治を強化するために必要な手順を概説するいくつかの文書を公開した。「国家海洋安全保障計画(2023-2027)」の第5版が2023年上半期に発表された。これに伴い、首相直轄のタイの主要な海上保安機関であるThai Maritime Enforcement Command Center(タイ海上法執行指揮センター:以下、タイMECCと言う)の5ヵ年戦略計画が策定され、2023年10月にはRoyal Thai Navy(以下、RTNと言う)は初の包括的な白書を発表した。しかし、これらの重要な出版物、特に白書はまったく見過ごされた。タイは、中国のいかなる海洋の発火点においても自国の主張を持たず、米国と中国のどちらかを支持する可能性は低い。おそらく、タイの海洋開発で唯一注目を浴びているのは、RTNによる中国製S26T潜水艦の調達である。これは一般的に、タイは長い間米国の同盟国であったが、中国寄りになったという文脈で検討されている。
(3) タイの明らかな政策の転換は、公式の海洋政策を真剣に受け止めることを困難にしている。白書が発表されてから1ヶ月も経たないうちに、エンジントラブルを起こしたS26T潜水艦1隻の代替として対潜水艦戦用フリゲート購入という政府計画が明らかになったが、タイ政府が注目しているType054AフリゲートはRTNの現在の兵器とほとんど互換性のない兵器システムを装備している。したがって、これは白書の目標の1つである、軍事装備の共通性によって促進される「戦力集中」防衛態勢に反するものである。しかし、白書を完全に否定することはばかげている。他の2つの文書と合わせて読むと、タイの武器取得に留まらないより広範な海洋の展望について興味深い考慮事項が3点得られる。
(4) 第1は、インド洋に面したアンダマン海沿岸の開発はタイの戦略的優先事項であり、大規模な基幹施設整備が進められていることである。その目的は2つあり、潜在的な侵略に対する防衛強化と経済拡大の促進である。アンダマン海沿岸は、重要な輸入品の供給ルート、とりわけ石油輸入への玄関口であるにもかかわらず、適当な造船所がないので脆弱なままである。経済的には、アンダマン海における水深の深い港は、タイを地域の商業および物流ハブにすることを目的とした「ランドブリッジ」構想の不可欠な部分である。アンダマン海沿岸には、プーケットなどタイで人気のビーチがあり、成長の余地がある。「アンダマンウェルネス回廊」計画およびプーケットの活況を呈している不動産市場とスーパーヨットビジネスは、明確な指標となっている。デジタル駆動のスマート桟橋やクルーズターミナルの可能性などの新機能は、海洋観光を効果的に強化するであろう。
(5) 第2は、タイの指導層は自立(self-reliance)が必須だと考えていることである。タイでは、防衛産業の国産化は新しい概念ではないが、これを現実のものにする切迫感が高まっている。白書ではタイ語で自立を意味する言葉が繰り返し使われており、自国で船舶を建造できる民間企業の一覧が掲載されている。さらに、自立を促進することを目的とした無人航空機、無人水上機、小型潜水艦の開発という3つの研究計画は、今後14年間のRTNの最優先事項である。タイは、自国を真面目で有能な海洋の行為者として世界に訴えかけたいと考えている。
(6) 第3は、ほとんどの地域諸国は、海洋の責任の拡大に対処するために法執行組織を独立した沿岸警備隊に集約しているが、タイにはそのような計画はなく、法執行任務をタイMECCとRTNの沿岸警備部隊に頼っている。タイをとりまく環境が比較的脅威が少ないということが1つの理由であるが、他にも考慮すべき点がある。タイの指導者たちは中央集権化が最良の統治形態であると考えている。海洋問題に取り組むために迅速に決定を下し、あらゆる資源を蓄積できる高度に中央集権的な力であるタイMECCが国家海洋安全保障計画の重要な強みと見なされている。
(7) タイが専門の沿岸警備隊を設置することは、人手不足のため現実的ではない。タイの出生率は驚くほど低く、韓国よりも低い。また、軍が支援する政党を若者が拒絶し、徴兵制の廃止を求めていることを考えると、多くの若者が兵役を軽蔑していると考えられる。タイの政府系文書で軍の下級将校の福利厚生と経歴管理にますます焦点が当てられているのは、結局のところ、より多くの国民の支持を集めるための体系的な取り組みである。
記事参照:Thailand’s Quiet Pivot to the Maritime Sphere

12月22日「フランスのインド太平洋戦略における東太平洋のフランス領無人環礁の価値―シンガポール専門家論説」(RSIS Commentary, RSIS, December 22, 2023)

 12月22日付のシンガポールS. Rajaratnam School of International Studies(RSIS)のウエブサイトRSIS Commentaryは、RSIS客員研究員Dr Paco Milhietの “Clipperton in France’s Indo-Pacific Strategy“と題する論説を掲載し、ここでPaco Milhietは東太平洋に所在するフランス領無人環礁クリッパートン(Clipperton)がフランスのインド太平洋戦略の発展過程で重要な戦略的資産になる可能性があるとして、要旨以下のように述べている。 
(1) クリッパートン*はメキシコ西岸アカプルコの南西方向1,200km余の東太平洋に所在する周囲12kmの無人の円形サンゴ環礁である。クリッパートンは1706年に英私掠船のJohn Clipperton船長によって発見されたとされ、現在の名前となった。その後、紆余曲折を経て、1931年にクリッパートンに対するフランスの主権が確認された。太平洋戦争中の1944年にU.S. Navyが同環礁を占領し、滑走路を建設したが、戦後、フランスに返還された。1966年から1968年にかけて、Armée de Terre française(French Army:以下、フランス陸軍と言う)は、フランス領ポリネシアでの核実験中にクリッパートンに分遣隊を派遣し、放射能雲の発達状況を観測した。以来、国際的な科学使節団が散発的にクリッパートンを訪れ、Marine nationale(フランス海軍)艦艇が定期的にフランスの主権を確認する任務を遂行している。
(2) クリッパートンは北緯10度18分、西経109度13分に位置し、赤道に近く、主要な航空路から遠く離れているため、特にフランス領ギアナのクールーから打ち上げられる欧州宇宙機関のAriane 5ロケットの宇宙観測に理想的な場所である。海洋生物学の面では、クリッパートンとその広大な海洋環境は海洋動植物の科学的観察のための格好の場所である。また、この環礁は、多くの種類の鳥の営巣地であるため鳥類学的にも重要で、魚類も豊富である。さらに、周辺の海底には、鉱物資源の存在も確認されている。
(3) これらの資源よりも重要なことは、1982年にUNCLOSが採択されて以来、フランスは1,000万平方kmを超える世界第2位のEEZを持つ可能性があることである。クリッパートンは、太平洋において43万5,612平方kmのEEZを管轄し、開発する権利をフランスにもたらす可能性がある。フランスは2010年に、クリッパートン周辺のEEZの管轄権を公式に主張し、地理座標を国連に寄託した。本国では、クリッパートン周辺のEEZは1978年の政令によって公式に画定されている。クリッパートン周辺のEEZは、中央太平洋を横断する5,000kmの深海平原、いわゆるクラリオン・クリッパートン破砕ゾーンの近くにあるが、フランスの管轄外のこのゾーンとは重複していない。この広大な破砕ゾーンには多金属結節があり、国連機関であるInternational Seabed Authority(国際海底機構)によって規制されている。深海探査会社Ocean Mineral SingaporeとInstitut Français de Recherche pour l’Exploitation de la Mer(French Institute for Exploitation of the Sea、フランス国立海洋開発研究所)は、この多金属結節の探査免許を取得している。
(4) インド太平洋地域の他のフランス領とは異なり、クリッパートンに対するフランスの主権はもはや公式に争われていない。1959年にメキシコ議会はクリッパートンが自国領でないことを認めた。主権問題の解決によって、クリッパートン周辺のEEZが現実味を帯びてくる。とは言え、「島の制度」について規定したUNCLOS第121条はその第3項で、「人間の居住又は経済生活を維持することのできない岩は、排他的経済水域又は大陸棚を有しない」としている。2016年の南シナ海仲裁裁判所の裁定は、岩について広範な定義を示している。そこでは、経済活動や人間の居住を維持する能力を持たない環礁は、島ではなく、岩として分類された。クリッパートンの場合、これら2つの条件を満たしていない。したがって、裁定に従えば、クリッパートンは法的には「岩」と認定されよう。岩とされれば、クリッパートンは12海里の領海のみを有し、そうなればその戦略的資産を失うことになるであろう。
(5) 現在までのところ、クリッパートンは見捨てられているようである。現在のクリッパートン環礁はドラマチックな景観を呈しており、あらゆる種類の廃棄物や軍用車両の残骸、ネズミの増殖、そして漁業資源の略奪や麻薬密売活動が行われている。しかし、クリッパートンの現況は絶望的なものではなく、その戦略的価値を高める実際的な政治行動が間近に迫っているのかもしれない。フランス政府は2018年以降、Macron政権の優先戦略である、新たなインド太平洋戦略を強調するため、力強く、多角的な政策を展開してきた。このことは、クリッパートン環礁に対する政治的認識を高めるまたとない機会になるかもしれない。地理学者のChristian Jost教授やPhilippe Folliot上院議員らは、クリッパートンに恒久的な科学ミッションの設置を求め、長い間ロビー活動を行ってきた。科学的施設が設置されれば、クリッパートンは、前出の2016年の仲裁裁判所裁定が規定した2つの条件も満たす可能性がある**。既に、フランス領南方・南極地域諸島は、離島への物資供給の経験を持つフランス陸軍や民間組織によって維持されている。したがって、小さな無名の無人環礁クリッパートンも、フランスのインド太平洋戦略にとって要衝となる可能性がある。
記事参照:Clipperton in France’s Indo-Pacific Strategy
備考*:地図は原文中にあり。環礁の詳細は以下を参照。
https://en.wikipedia.org/wiki/Clipperton_Island#/media/File:Ile_de_Clipperton_(carte-en).svg
備考**:但し、2016年の裁定は、政府要員の駐留を「人間の居住又は独自の経済生活」を維持する要件を満たすのもではないとしている。

12月28日「U.S. Coast Guard、オセアニアでの展開を強化―オーストラリアジャーナリスト論説」(The Diplomat, December 28, 2023)

 12月28日付けのデジタル誌The Diplomatは、オーストラリアのフリージャーナリストBen Feltonの“US Coast Guard’s Role in the Blue Pacific on the Rise”と題する記事を寄稿し、U.S. Coast Guardがオセアニア諸国を重視し、この地域でのその存在感を強化しているとして、要旨以下のように述べている。
(1) U.S. Coast Guard巡視船「ハリエット・レーン」は、米国東海岸から36日間の航行を経て、12月13日に新しい母港となるハワイの真珠湾ヒッカム統合基地に到着した。約40年前に就役したこの中距離用巡視船は、最近メリーランド州で15ヵ月の船齢延長計画に基づく工事を完了した。U.S. Coast Guardによると、「ハリエット・レーン」は様々な「インド太平洋の提携国」と関わりを持つが、特にオセアニア諸国との関わりを重視するという。
(2) U.S. Coast Guardは、中国との戦略的対立への米国の対応の一環として、オセアニア地域で重要な役割を担っている。
(3) 2021年、U.S. Coast Guardはグアムで3隻の新型即応巡視船を就役させた。同巡視船は、オセアニア地域での長期滞洋能力によってその価値をすぐに証明した。新型巡視船による「遠征」能力の強化が認識され、U.S. Coast Guardは2021年初頭、グアムの前哨基地の名称をU.S Coast Guard Forces Micronesia/Sector Guamに変更した。
(4) U.S. Coast Guardはまた、ハワイを拠点とする遠洋設標船、即応巡視船および国家安全保障巡視船をこの地域に配備している。国家安全保障巡視船は滞洋能力に問題はないが、主にアジア周辺での需要により、不定期にしかオセアニア地域に派遣できない。そのため、この地域での米国の哨戒のほとんどは、即応巡視船や遠洋設標船が担っている。
(5) これらの船種の滞洋可能日数は比較的短いため、長距離の哨戒は給油と補給を提供することを選択した地域諸国の支援があって初めて可能となる。それに比べ、「ハリエット・レーン」とフェイマス級の姉妹船は、3,800海里を超える範囲で、2ヵ月以上の長期の単独展開が可能である。また、「ハリエット・レーン」には飛行甲板と格納庫があり、U.S. Coast GuardがMH-60JまたはMH-65ヘリコプターを使用可能な場合、それらを搭載することができる。
(6) 「ハリエッタ・レーン」の配備は、太平洋におけるU.S. Coast Guardの存在感向上につながる歓迎すべきものではあるが、決定的なものにはほど遠い。この巡視船は最近、船齢延長計画に基づく工事を完了したが、それでも依然として30年以上前に建造された巡視船であり、Congressional Research Service(米議会調査局)は以前、フェイマス級巡視船には「居住性に関する懸念」があることを明らかにしている。これは、予算が削減され、採用人数も伸び悩む中、重要な能力を維持するために、巡視船の保守整備には他の装置や機器から部品を取り出して、故障または損傷した機器の修理や保守に使用する「共食い整備」を余儀なくされているU.S. Coast Guardが直面している、より広範な課題を反映している。
記事参照:US Coast Guard’s Role in the Blue Pacific on the Rise

12月28日「岐路に立つ南シナ海の中比関係―中国専門家論説」(South China Sea Probing Initiative, December 28, 2023)

 12月28日付の北京大学南海戦略態勢感知計画 のウエブサイトは、武漢大学中国辺界与海洋研究院副院長の雷筱璐の” At the Crossroads: The Situation of the South China Sea” と題する論説を掲載し、ここで雷筱璐は中国とフィリピンの南シナ海における問題を解決する唯一の出口は、交渉により主権と海洋の紛争を誠実に解決し、協力によって管理することであり、フィリピンが現状を変え、海上で中国に挑戦すると主張するならば、中国はそれに対して強硬手段に出るしかないとして、要旨以下のように述べている。
(1) 現在、中国とフィリピンの関係は岐路に立っている。2023年にフィリピンは南シナ海政策の方向性を大きく転換させ、米国はこの地域における軍事・準軍事協力を強化した。両国は2014年の防衛協力強化協定(EDCA)に基づき4ヵ所の追加軍事拠点を発表し、南シナ海で共同哨戒や共同演習を実施した。そしてフィリピンは海上でより挑発的になり、セカンド・トーマス礁における「シエラ・マドレ」撤去の約束を履行せず、同船への補給頻度を増やして、同船を恒久的な駐留地とするために軍人と建設資材を運んでいる。
(2) 中国は一貫して南シナ海諸島の領有権を主張し、諸島全体を4つの島嶼群とし、南シナ海紛争の核心は南沙諸島の一部の海域をめぐる領有権紛争にあると指摘してきた。したがって、フィリピンの主張と行動から領有権が根本的な問題であることを無視することはできない。フィリピンは場所や詳細を特定することなく、「中国はフィリピン領内でフィリピン船舶に対する嫌がらせを続けている」と主張している。スカボロー諸島は3つの国際条約によって、フィリピン領土に定められた範囲内にはないが、フィリピンはスカボロー諸島の領有権を主張し、海上で積極的に行動している。
(3) セカンド・トーマス礁での事態はさらに複雑である。2016年の仲裁判断前、フィリピンはカラヤン島群全体の領有権を主張した。仲裁手続きにおいても、フィリピンはセカンド・トーマス礁がフィリピン領の一部であると主張していたが、現在はEEZの一部としての主権を主張している。にもかかわらず、海での活動は領土問題と解釈される行動もある。1999年フィリピンが意図的に「シエラ・マドレ」をセカンド・トーマス礁に座礁させたとき、米国を含むすべての国がこれを「南沙諸島の主権を主張する一方的な行動」と受け止めた。したがって、フィリピンは2016年の仲裁判断を持ち出してはいるが、その裏には依然として主権問題が存在している。
(4) 2016年の仲裁判断は、根本的な紛争が主権に関するものであることを認識せず、主権紛争の解決に基づいてのみ論理的に答えられる判断を下したという指摘もある。この仲裁判断は多くの結論を出しているようだが、どれも国家間の核心的かつ現実的な紛争には触れておらず、領土紛争を解決するものではない。むしろ中国とフィリピン双方の主権主張を損ない、両国の溝を拡大するものとなっている。
(5) 2002年、中国とASEAN加盟国は南シナ海における関係国の行動宣言(以下、DOCと言う)を締結した。DOCに拘束力はないものの、それはこの地域の安定と平和を維持するという、すべての当事者の共通の利益を明らかにするものである。DOCは20年以上にわたり、すべての締約国によって誠実に履行されてきた。現在、中国とASEAN加盟国は南シナ海行動規範(COC)の協議に参加している。
(6) 中国とフィリピンには2国間協議機構があり、3月に第7回会合が開かれた。また、石油・ガス、漁業など、多くの実際的な協力問題に関するいくつかの共同作業部会もある。2016年、中国は人道的な懸念からフィリピンに特別な取り決めを提案し、フィリピンの漁民がいくつかの前提条件の下で、スカボロー諸島海域周辺での小規模な漁業活動を維持できることを示した。この拘束力のない取り決めは、最近フィリピンが現状を打破するまで、双方によって実施されていた。また、Marcos Jr.政権がこの取り決めを否定するまで、セカンド・トーマス礁でも補給活動に関する協定を結んでいた。中国海軍と海警総隊の船は、フィリピン漁民に嫌がらせをしたことはない。また、9月に係争海域でフィリピン漁民が中国海軍艦艇に救助されたことも報告されている。こうした紛争管理の良い慣行が守られ、乱されることがなければ、南シナ海で一触即発の事態は起きなかっただろう。
(7) Marcos Jr.大統領の最新の声明は、フィリピンの南シナ海への取り組み方を大きく変える必要性を認識しつつ、外交努力は「良くない方向」に向かっているとも述べた。この問題を解決する唯一の出口は、交渉により主権と海洋の紛争を誠実に解決し、中国との紛争を協力によって管理することである。しかし、フィリピンが現状を変え、海上で中国に挑戦すると主張するならば、中国は強硬手段に出るしかない。
記事参照:At the Crossroads: The Situation of the South China Sea

12月28日「中国にとっての真珠湾攻撃の教訓―米専門家論説」(Asia Times, December 28, 2023)

 12月28日付の香港のデジタル紙Asia Timesは米the East-West Center政治・国際関係担任上席研究員Denny Royの” China struggles to repurpose the lessons of the Pearl Harbor attack.”と題する論説を掲載し、ここでDenny Royは中国が日本の役割を引き継ぐという、比喩的な第2の真珠湾攻撃に対する米国の恐怖は正当化されることが示唆され続けているとして、要旨以下のように述べている。
(1) 12月8日、真珠湾では、日本軍の攻撃から82周年を記念する式典が行われ、100歳の生存者を含む数百人が出席した。この港が日本軍機によって爆撃されたことで、米国は第2次世界大戦に引きずり込まれただけでなく、米国の戦略にも恒久的な影響を与えた。戦略段階で米国が真珠湾攻撃から得た教訓は、東西に大きな海があり南北に弱い隣国があるという地理的条件では、米国の安全保障は確保されないということである。この評価は、戦後米国の国際主義の柱となっている。米政府は、他地域の情勢を米国の利益に収斂させ、再び大洋を越えてアメリカの領土を攻撃しかねない地域の軍事的脅威の台頭を防ぐために、海外に同盟国と軍事基地を維持している。
(2) 多くの専門家は現在、真珠湾の筋書きを中国に適応させている。彼らの主張は、中国が台湾征服作戦の最初に、アジア太平洋地域の米軍基地、特にグアムや沖縄の基地を無力化しようと奇襲攻撃を仕掛け、台湾防衛に介入する米国の能力を弱める、あるいは排除するというもので、これに対して全く異なる解釈での主張は以下のとおりである。
a.中国の広報担当者は、Nancy Pelosi米下院議員による2022年の台湾訪問は第2次世界大戦中の真珠湾攻撃と同じであると述べ、さらに米国人は日本を敵とみなすべきであり、日本の再軍国主義化を支持する米政府は愚かだと主張している。
b.中国政府系の評論家は、中国が真珠湾攻撃のような奇襲攻撃を仕掛けるかもしれないという考えを、意図的な侮辱だと断じた。
c.中国政府系紙環球時報の英語版『グローバル・タイムズ』社説は、これは中国に対する中傷運動と主張している。
d.謝峰駐米中国大使は、中国を第2次世界大戦中の日本と比較することは中国を悪者にすることに等しいと述べている。
(3) 中国を真珠湾攻撃と結びつける米国の専門家の主な関心は、中国が米国に対して敵対行為を始めるかもしれないという危険性を米国民に警告することである。この警告は、中国を中傷し、悪者にしようとする試みというよりも、台湾の人々が中国共産党政府による統治を受けないことを選択した場合、軍事力を行使して台湾を併合するという中国政府の常套的な脅しに由来している。中国政府が好むと好まざるとにかかわらず、中国はこの筋書きにおける侵略者である。台湾島の所有権を主張することで、台湾に住む人々に対する戦争を正当化することは、東南アジアを西洋の植民地主義から解放するために侵略したと主張したファシズム日本が国民を鼓舞した以上に中国国民を鼓舞するものではない。
(4)中国が台湾侵攻を選択した場合、その計画には近隣の米軍を打ちのめすことも含まれると予想するのが妥当だろう。先制攻撃をすれば、中国は早期に勢いを得ることができる。この意味で、真珠湾攻撃との比較は適切である。事実、日本は真珠湾攻撃でU.S. Pacific Fleetを壊滅させ、米軍が日本の東南アジア占領計画を妨害できないようにした。
(5) 中国は、太平洋戦争における日米の対立から得た、仮想的な米中戦争に大きく関連する次の教訓を強調した方がよい。 
a.日本政府は、決定的な口火を切ることで、ワシントンが和平を求め、日本がアジア太平洋地域を支配することを容認することを期待した。しかし、米国は、日本政府と政治体制を置き換えることを最終的な目標として、日本との全面戦争に勝利することを決定した。この戦うという米国の誓約は、太平洋戦争の結果にとって決定的に重要であった。台湾をめぐる米中戦争においても、誓約は重要である。台湾統一のためにはどんな代償も払うという中国共産党の脅しは確かで、一方米国にとっての台湾防衛は選択肢であり、その代償は莫大なものになると考えると中国が有利である。
b.太平洋戦争の結果に決定的だったのは工業力である。太平洋戦争中、米国の経済規模は日本の5倍以上で、その工業能力は比類ないものであった。米国が日本に勝ったのは、技術や装備が優れていたからではなく、日本が米国の戦争生産に追いつけなかったからである。しかし、今日の米中戦争では、製造能力で優位に立つのは中国である。
(6) 1941年の日本との比較で中国が自らの優位性を誇示することは、米政府が台湾を支援することを抑止するのに役立つ。しかし、中国政府は日米間にくさびを打ち込むことに失敗している。また、中国の外交政策はあくまで防衛的なものだと米国民を説得することもできていない。歴史を公正に読めば、中国が日本の役割を引き継ぐという、比喩的な第2の真珠湾攻撃に対する米国の恐怖は正当化されることが示唆され続けている。
記事参照:China struggles to repurpose the lessons of the Pearl Harbor attack

12月28日「無人水上艇がもたらす脅威―シンガポール専門家論説」(RSIS Commentary, RSIS, December 28, 2023)

 12月28日付シンガポールRSISのウエブサイトRSIS Commentariesは、RSIS研究員Tan Teck Boonの‶The Threat Posed by Unmanned Surface Vessels″と題する論説を掲載し、ここでTan Teck Boonはウクライナ戦争でのウクライナの無人水上艇(USV)によるロシア海軍艦艇に対する攻撃を機に無人水上艇が安全保障上の大きな脅威となりつつあり、その対策として、無人機対策の例を参考に管理態勢を整備するとともに無人水上艇・無人航空機(UAV)の脅威に関する教育と意識向上が必要であるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2023年11月にクリミアで起きたウクライナの無人水上艇(Unmanned Surface Vehicle:以下、USVと言う)*によるロシア海軍艦艇2隻の撃沈事件で、再びUSVにスポットライトが当たっている。これに先立ち2023年8月にロシア艦船への攻撃でウクライナ側が使用した爆薬を搭載したUSVは、小型船がはるかに大型の艦船を攻撃できることを示した。しかし、USVの急増につれ、以前、悪意を持つ者が無人航空機(以下、UAVと言う)を手に入れたときに何が起こったかを思い出さなければならない。UAVが、悪意を持つ運用者の操縦で、政府の建物や空港、刑務所周辺等の制限空域に侵入し、暗殺未遂に使われたこともある。法執行機関は今、UAVだけでなく、USVという新たな安全保障上の脅威に対処しなければならない。この新たな脅威の問題に取り組むため、世界各国の法執行機関が12月初めにサウジアラビアのリヤドに集まった。
(2) USVは、全長数mから30mを超えるものまで様々で、人間が遠隔操縦でき、人工知能(AI)を搭載すれば完全に自律航行することもできる。USVが急速に普及した理由の1つは、人間が危険な作業に直接携わる必要がないことである。USVは嵐の中を航行してデータを収集したり、海底の地図を作成したりすることもできる。また、AIの助けを借りれば、海上を長距離・長時間にわたって自律的に航行することができる。今のところ、このようなシステムを持っているのは一部の国家だけであるが、民間企業がUSVの用途を拡大するにつれ、状況は変わるであろう。USVは、UAVと同様に民間事業者の手に渡りつつあり、この進展は安全保障に大きな影響を及ぼす。USVが責任ある当事者によって使用されれば、海洋安全保障に恩恵をもたらすが、以前のUAVの経験から、民間利用者の手に渡れば、ほぼ間違いなく悪用されることになる。
(3) UAVの場合、悪意を持つ者によって、空港の閉鎖、麻薬輸送、地上の人々への攻撃に使用されたことがある。同様に、USVも悪用されれば、港湾への侵入、密輸品輸送、商船攻撃等に使われる。麻薬カルテルは、海を経由した麻薬、銃器、人間等の密輸で知られるが、USVには、法執行機関が逮捕、尋問、起訴する対象の乗組員がいないため、こうしたカルテルはUSV入手に興味を示している。現在、法執行機関にとってより大きな懸念は、USVが悪意を持つ者によって、重要な基幹施設や化学物質・原油を輸送する商船が標的とされることである。ウクライナのUSVがロシアの艦船を攻撃したときのように、これらのUSVに爆発物が仕掛けられれば、大規模な破壊を引き起こすことになる。
(4) USVの悪用に対処するために、既存のUAV規制を参考にして、不正なUSVに対抗することができる。現在ほとんどの国で、UAV所有者に登録を義務付けており、また、同システムの遠隔識別を検討している国もある。このような要件をUSVにも適用すべきで、少なくとも、一定の大きさや容量を超えるUSVには義務付けるべきである。悪意の操縦者が暗闇を利用して違法行為を隠蔽するのを防ぐため、日本はレクリエーション用UAV夜間飛行を禁止している。密輸業者は禁制品を暗闇に紛れて水上移送するため、この政策をUSVにも適用すべきである。多くの国が安全上の理由から、重要施設や大規模行事の周辺空域への商用UAVの飛行を禁止している。同様に、USVの進入禁止区域を設定することは、港湾、海上交通路、ダム等を不正なUSVから守るために役立つであろう。
(5) 不正なUSVがもたらす脅威は深刻であり、法執行機関はすでにこの課題に目を向けている。これらのUSVが悪意を持つ運用者の手に渡れば大きな問題になる。脅威が対処困難で複雑なものであっても、我々にはUAVに取り組んだ経験がある。さらに重要なのは、不正なUSVが深刻な被害をもたらす前に、当局が厳しく対処する必要性を認識していることである。一方で、敵対勢力や悪意の無人ハイテクビークル利用者も、取り締まりや規制当局の裏をかくために手口を革新している。したがって、国防と国土安全保障のために、より多くの国民が、USV・UAVの脅威について教育と認識を深めることが重要である。
記事参照:The Threat Posed by Unmanned Surface Vessels
*無人機の発達に伴い、無人機全体をドローンと呼ぶようになったことから、ドローンという用語が多用され、海上ドローン、水中ドローンといった用語も用いられるようになったが、ドローンも無人航空機(Unmanned Aerial Vehicle : UAV)との関係で言えば、大きなくくりで、ドローンもUAVの一部である。一方、無人水上艇(Unmanned Surface Vehicle:USV)と海上ドローンとの区別については不明確な部分がある。本記事でもドローン、SAV、USVの用語が混在していることから、本抄訳ではUAV、USVに統一して、訳出した。

12月30日「太平洋における従来の分断と主権をめぐる新たな展開―オーストラリア太平洋問題専門家論説」(East Asia Forum, December 30, 2023)

 12月30日付のAustralian National UniversityのCrawford School of Public Policy のデジタル出版物East Asia Forum は、Australian National University研究員Kerryn Bakerの“New sovereignties and old divisions shaping Pacific politics”と題する論説を掲載し、Kerryn Bakerは2023年、Pacific Islands Forum(太平洋諸島フォーラム)において太平洋諸国間の分断が続く中、和解の徴候や新たな展開も見られるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2023年に太平洋における和解の舞台が整いつつある。1月にPacific Islands Forum(太平洋諸島フォーラム:以下、フォーラムと言う)議長に選出されたフィジーのSitiveni Rabukaがキリバスを訪問し、フォーラムから同国が脱退しないよう要請したのである。それに対してキリバスのTaneti Maamau大統領は脱退しないことを約束した。
(2) この出来事は、2021年初頭にミクロネシアの5ヵ国が脱退した時から分裂傾向にあったフォーラムにおける転換点となった。しかし2023年のいくつかの出来事はまだ太平洋島嶼国間の亀裂を示唆している。たとえば、新たな事務局長の選出が2023年のフォーラム首脳会議で議題に挙がった時、ナウルのDavid Adeang大統領は退席した。事務局長候補者はナウルの前大統領Baron Waqaであり、実際に彼が選出された。
(3) この出来事が報道を賑わせた一方、首脳会議を主催したクック諸島が、参加者に周辺の海底から採取された団塊を贈ったのである。クック諸島は長年深海掘削を主張してきたが、この問題について地域は合意に達していない。クック諸島のおみやげは、海洋政策に関する意見の不一致を想起させた。
(4) またメラネシアのいくつかの国々は首脳会議を欠席しており、ソロモン諸島やバヌアツ首脳はそれぞれ理由を示したが、パプアニューギニアのJames Marapeはそれすらしなかった。これは、フォーラムがポリネシア諸国に概ね支配されていることに対する、メラネシアの静かな不満を反映している。2021年の事務局長投票はミクロネシア諸国の脱退のきっかけになったが、メラネシアの3ヵ国もミクロネシアの候補者に投票していた。
(5) 2023年に、メラネシアにおける意見の分裂を示す出来事もあった。8月に実施されたメラネシア・スピアヘッド・グループ(以下、MSGと言う)の首脳会談で、西パプア統一解放運動の加盟申請が却下されたのである。このことは、MSGへの加盟が基本的に主権を持つ独立国にのみ認められることを意味した。1980年代、反植民地的態度を示して創設されたMSGの西パプア加盟申請拒否は、存在論的な危機に直面していると言えるだろう。
(6) フォーラムの元事務局長Meg Taylorが唱導したブルー・パシフィックという考えは、太平洋島嶼諸国を団結させる枠組みである。その中心的課題は気候変動である。気候変動は地域の国々の存在を脅かす脅威でありつつ、協調の好機でもある。
(7) 2023年のフォーラム首脳会議の裏で、オーストラリアとツバルがファレピリ連合条約を結んだ。これはツバル市民のオーストラリアへの移住や、安全保障協力に関する条項を含む。これについてはさまざまな議論、批判がある。評論家の多くはこれが主権に関する前例のない条約であるとみなしている。しかし太平洋では、主権は柔軟性のある概念である。ファレピリ連合は地域の主権に関する柔軟性を反映しており、地域における新たな展開でありつつも、地域でこれまでに確立されてきた地域的土台の上に築かれている。この動きは、太平洋が複雑な課題に直面しているにもかかわらず、革新の可能性をも秘めている。
記事参照:New sovereignties and old divisions shaping Pacific politics

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

(1) How a Yemeni rebel group is creating chaos in the global economy
https://www.vox.com/world-politics/24010092/houthis-red-sea-shipping-yemen-israel-gaza
Vox, December 21, 2023
By Joshua Keating, a senior correspondent at Vox covering foreign policy and world news with a focus on the future of international conflict
2023年12月21日、米ニュースウエブサイトVox の上席特派員Joshua Keatingは、同ウエブサイトに" How a Yemeni rebel group is creating chaos in the global economy "と題する論説を寄稿した。その中でJoshua Keatingは、11月中旬以来、イエメンの反政府勢力フーシ派は紅海の海運を攻撃し、無人偵察機やミサイルを発射し、場合によっては船舶を乗っ取っているが、これはイスラエルとハマスの2ヶ月に及ぶ戦争がもたらした予期せぬ結果であるとした上で、フーシ派による攻撃事案は地理、経済、技術、地政学の問題が一体となることで、比較的小さな反政府勢力が世界経済に驚くほどの大混乱を引き起こす可能性があることを示していると述べている。そしてJoshua Keatingは、2022年、当時のNancy Pelosi下院議長が台湾を訪問した際、中国海軍は台湾周辺で実弾射撃訓練を行い、数日間にわたり国際航路を事実上封鎖するなど、中国が台湾との本格的な戦争に先立ち、あるいは戦争の代わりに、より長期の封鎖を実施するのではないかという懸念が高まっているが、フーシ派の大胆な行動と戦略は、今後起こるであろう大きな混乱を予見させるものでもあると主張している。

(2) Make Russia Pay: The Case for Seizing Russia’s Sovereign Assets
https://www.hudson.org/corruption/make-russia-pay-case-seizing-sovereign-assets-oligarch-nate-sibley
Hudson Institute, December 22, 2023
By Nate Sibley, Research Fellow at Hudson Institute
2023年12月22日、米保守系シンクタンクHudson Instituteの研究員Nate Sibleyは、同Instituteのウエブサイトに、“Make Russia Pay: The Case for Seizing Russia’s Sovereign Assets”と題する記事を寄稿した。その中で、①ロシアによるウクライナ侵攻の直後、米国、EUおよびその他の提携国は迅速に行動し、3,000億ドル以上のロシア政府資産に制裁を科した。②多くの個人や団体が米国とその提携国に対し、凍結されたこれらの資金を没収し、ウクライナの支援と復興に必要な経費に再利用するよう求めている。③しかし、ロシアに賠償を強制できる法体系は、ロシア政府が拒否権を行使するか、説明責任措置を阻止するために政治的圧力を使用することが可能な国際機関を通すことが多いため、ロシア政府を出し抜けるような新たな法的な経路が必要である。④現在海外に凍結されている3,300億ドルのロシアの備蓄の大部分、約2,000億ドルが現在EU諸国にあることは明らかである。⑤専門家は、2021年に米国の銀行に保管されたロシア資産は380億ドルに過ぎないと推定している。⑥しかし、米国は世界の経済大国であり、世界の通貨を監督しているため、敵対国に対して金融力を行使する比類のない能力を有している。⑦米大統領には戦時下以外で他国の主権資産を没収する法的権限は、それほど明確には定義されていない。⑧没収の取り組みを妨害するような法的挑戦を避けるためには、米国がロシアの資産を差し押さえることができる明確な単独の法的権限を米議会が確立することが有益である。⑨それによって生じる直接的な懸念は、ロシア政府がロシアにある西側の主権資産の差し押さえを加速させて報復することである。⑩より長期的な懸念は、他国が自国の資産を勝手に差し押さえられると考えた場合、米国への投資に消極的になることであるなどの主張を述べている。

(3) The battle for the Arctic
https://www.spiked-online.com/2023/12/28/the-battle-for-the-arctic/
Spiked-online, December 28, 2023
By James Woudhuysen, visiting professor of forecasting and innovation at London South Bank University
2023年12月21日、英London South Bank Universityの客員教授James Woudhuysenは、英インターネット誌Spiked-onlineに" The battle for the Arctic "と題する論説を寄稿した。その中でJames Woudhuysenは、地球の表面積の4%を占める北極圏は、人を寄せ付けない過酷な環境であり、そのほとんどが手つかずのままであり、北極圏の大部分は、8つの主権国家の北方地域で構成されていると北極圏の概況を解説した上で、欧米では長い間、北極圏は汚れのない地球の宝石と見なされてきたが、最近では、気候変動によって危機的状況にあるだけでなく、ウクライナ侵攻によって悪化したロシアと北極圏の7つの隣国との対立が広がっていると述べている。そしてJames Woudhuysenは、本格的な北極圏での戦争が差し迫っているわけではないが、雲行きが怪しくなり、深刻な対立が起こりうることは確かだとした上で、南シナ海や東シナ海と同様、北極圏における対立は、地下に何があるかということよりも、権力の誇示に関わるものであり、ゆえに、今後10年間、北極圏は地下資源確保の掘削や気候変動よりも、軍事的衝突や挑発によって大きく揺れ動くことになりそうだと指摘している。