海洋安全保障情報旬報 2023年12月1日-12月10日

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12月1日「ブルー・パシフィックにおける地政学と気候変動―シンガポール太平洋研究者論説」(Commentary, RSIS, December 1, 2023)

 12月1日付のシンガポールのThe S. Rajaratnam School of International Studies(RSIS)のウエブサイトRSIS Commentaryは、RSISのCentre for Non-Traditional Security Studies 研究助手Danielle Lynn Gohの“Climate Change and Geopolitics in the Blue Pacific”と題する論説を掲載し、そこでDanielle Lynn Gohは太平洋島嶼諸国にとっての最大の脅威は気候変動であり、米中対立に巻き込まれることを避けつつ地域や大国との協力により気候変動対策を強化していくべきだとして、要旨以下のとおり述べている。
(1) 2021年11月9日のCOP 26において、ツバルのSimon Kofe外相は、膝まで海水につかりながら演説を行った。これは太平洋島嶼諸国にとって、気候変動による海面上昇が深刻な脅威であることを知らしめた。2023年9月の国連総会でも、キリバス、ミクロネシア連邦、ナウルの大統領らが気候変動の破滅的影響について警告を発し、温室効果ガス排出削減を強く求めた。
(2) 気候変動だけでなく、米中の地政学的対立がこの地域に注目を集めている。2019年にソロモン諸島は台湾から中国へと外交承認を切り替え、2022年4月には安全保障協定を中国と結んだ。それに対し2023年5月に米国はパプアニューギニアと防衛協力協定を結び、また2億ドルの基幹施設投資を約束した。2023年7月には中国がソロモン諸島と別の協定を結んだが、それは警察協力に関する内容を含むなど、論争的なものだった。
(3) 米中対立は地域の国々にとって問題を突きつける一方、双方の国々と気候変動対策のために協力する機会を提供するものでもある。たとえば、中国はあまり知られていないが、太平洋島嶼諸国に気候変動対策のための支援を提供している。たとえば2022年4月に中国は地域の国々と気候変動協力に関するセンターを山東省聊城市に設立した。他方、米国も太平洋での気候対策の取り組みを段階的に強化している。2022年9月にBiden政権が明らかにした太平洋パートナーシップ戦略は、9つの柱のうち1つを気候変動対策に据え、そのための計画支援に1億3千万ドルの支援を約束した。上記のパプアニューギニアとの協定も、気候変動対応などを内容に含んでいる。
(4) 中国は太平洋での影響力を強めているが、それが地域の安定を損ねる可能性は低い。地域の国々にとっての問題はむしろ国内的なものである。また中国の太平洋での方針は、概して経済的に動機づけられたものである。さらに中国の影響力拡大の試みは、ソロモン諸島とはうまくいったが、それ以外の国々に関しては合意に至らず挫折している。
(5) 気候変動と地政学的対立という2つの懸念材料がある中、太平洋の国々はそれに集合的に対処する枠組みとして「ブルー・パシフィック」という概念を打ち出した。それは地域の国々の規範の共有や団結を強調する概念であり、また、外部勢力による行き過ぎた影響力行使から自分たちを守る防波堤の役割を果たすものである。まだ生まれたばかりのものだが、それは地域が正しい方向に向かうための第1歩として認識されている。国際舞台の場でも、彼らは積極的なロビー活動によって、たとえば国連の持続可能な開発アジェンダ2030などに自分たちの利害を盛り込むことに成功している。
(6) 太平洋島嶼諸国にとって気候変動は最大の脅威であり続けている。これに対処するために彼らはブルー・パシフィックという概念を土台にし続け、協力をしていくべきである。また、米中対立に引き込まれることを回避し、ASEANなど多国間組織との協力を進めていくべきである。
記事参照:Climate Change and Geopolitics in the Blue Pacific

12月1日「中国の軍事的弱点に目を配るべし―オーストラリア専門家論説」(The Strategist, December 1, 2023)

 12月1日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、Australian National University名誉教授Paul Dibbの“Be alert to China’s military weaknesses”と題する論説を掲載し、Paul Dibbは台湾をめぐって中国の軍事的優位を主張する人達がいるが、それは誤った前提に基づいており、かつて西側の情報機関、政策決定者がソ連の軍事力を過大評価したのと同じ誤りを犯すものであると指摘した上で、その理由として7項目を取り上げ、中国の軍事的弱点と欠陥を詳細に検討する必要があるとし、西側の防衛政策は中国の拡張主義的野心を抑止するために必要な軍事力を整備すべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 中国の軍事的優位は台湾をめぐって米国を打ち負かすことができると主張する人もいる。この議論は誤った前提に基づいている。事実、中国の軍事力は実用上全く証明されておらず、同盟国ロシアと同様、中国も深刻な軍事的弱点を抱えている。私の見解では、西側の情報機関の分析員や政策立案者は、ロシアとソ連の軍事力を一貫して過大評価してきた。そして、中国の人民解放軍についても、まったく同じ過ちが犯されている。
(2) この理由は何か。第1に、University of TexasのZoltan Barany教授が論じているように、敵国が全体主義国家である場合、戦場での軍隊の業績を決定することが多い質的・心理的特徴ではなく、戦車、戦闘機、ミサイルなどの兵器の数や生の人的資源の定量的評価に基づいて判断を下しがちである。
(3) 第2に、ロシアと中国の独裁体制と蔓延する腐敗のために、戦場で最高の結果を生み出す傾向がある種類の革新性、適応性、多様性をもたらすことが困難であることが証明されている。事実、中国とロシアの両国の物質的な強点は、頭上からの情報収集手段で数えることができるが、軍隊の質や経験といった重要な無形資産が安易に無視されている。
(4) 第3に、中国とロシアの軍隊の最も深刻な無形の欠陥の1つは、専門的に訓練された下士官が必要最小限の員数を欠いていることである。下士官は、戦場における意思決定について将校と兵士の間を結びつける重要な役割を担っており、下士官の不足は全体主義軍隊が効果的に戦うことができないことを意味する。
(5) 軍の指揮統制文化は、作戦レベルを含め、信頼に帰着する。信頼は、中国やロシアのような権威主義国家の強みの1つではない。U.S. Center for Security and Emerging Technologyが指摘しているように、このような権威主義体制における軍の指揮統制は、政治指導部が軍指導部を信頼せず、軍が一般兵士を信頼していないため、硬直化し、断片的な指揮統制構造になっている。このようなシステムでは、情報は共有されず、自発性を阻害し、戦場の教訓が戦略に情報を提供したり、将来の軍事ドクトリンに組み込まれたりすることを妨げている。こうした重大な構造的欠陥は、中国とロシアの双方の軍事的DNAの一部である。
(6) 第4に、兵器システムや新技術に焦点が当てられ過ぎており、中国やロシアの新しい兵器は、どれも米国のものよりはるかに優れているという主張が際限なく続いている。しかし、中国の弾道ミサイル搭載原子力潜水艦は、米国の攻撃型原子力潜水艦に対して非常に脆弱であるため、中国政府に確実な第2撃力を提供していない。
(7) 第5に、ロシア軍と中国軍自体の実際の構成、訓練、準備状況、あるいは人為的に計画された演習以外で統合部隊として行動する能力に細心の注意を払っている西側諸国はほとんどない。
(8) 第6に、中国とロシアの権威主義的指導者は、軍部をめぐる政治に典型的に見られる根深い専制主義と、両国軍の戦闘力を損なう蔓延する腐敗に代表される。
(9) 最後に第7として、人民解放軍兵士の忠誠の誓いが中国共産党に対するものであることは、西側ではほとんど理解されていない。中国軍は、共産党のプロパガンダを研究し、おうむ返しに発唱することに多くの時間を浪費しなければならず、軍事的専門知識をさらに損なうことになる。
(10) ロシア以上に、中国には語るに値する実戦経験がないという事実は変わらない。海外での最後の本格的な武力行使は、1979年にベトナムに教訓を与えようとしたが、惨めに失敗したときだった。
(11) オーストラリアの中国の軍事的優位を信じる人々は、中国には米国を打ち負かす手段と意志があり、抑止できないため、いかなる代償も払う用意があることを認めているようである。私の考えでは、アメリカが台湾で敗北するという仮定は核戦争の危険性を高めるものである。台湾を中国に明け渡すか、核対決の危険を冒すべきだと主張する人々は、中国の軍事的弱点を理解していない。
(12) 結論として、中国の軍事的弱点と欠陥について、より真剣で詳細な分析が必要である。私は、米国よりも優れた軍事力を持つとされる中国に抵抗し、抑止することは危険性が高すぎると主張する人々の議論を拒絶する。米国は終わった、中国は必然的にアジア太平洋地域全体を支配する軍事大国になるだろう、そして我々の唯一の生き残りはANZUS同盟から抜け出すことだと不用意に主張する人々は、考え直す必要がある。彼らの主張は、中国の軍事的優位に関する非常に不安定な見解に基づいており、それは表面的で検証されていない主張である。事実、中国は、ロシア軍の致命的な弱点の多くを共有しており、ロシア軍はウクライナでの戦争で非常にひどい実績を示している。私は、米国とオーストラリアを含むアジア太平洋地域の同盟国の慎重な防衛政策は、人民解放軍の拡張主義的野心を抑制し、牽制し、抑止するための軍事力を獲得することであると信じている。
記事参照:Be alert to China’s military weaknesses

12月1日「米英豪の国防長官・国防相がAUKUS第2の柱について発表―米デジタル誌報道」(Breaking Defense, December 1, 2023)

 12月1日付の米国防関連デジタル誌Breaking Defenseは、” Austin, AUKUS partners announce Pillar II plans: Maritime exercises, DIU challenges, industry forums”と題する記事を掲載し、AUKUSの第2の柱が各国の国防長官・国防相から発表され、いくつかの事項について合意されて、進展しているとして、要旨以下のように報じている。
(1) 米英豪の国防長官・国防相は、AUKUSの第2の柱に関連する新たな構想を発表した。Lloyd Austin米国防長官は、Grant Shapps英国防相とRichard Marlesオーストラリア国防相に囲まれた共同記者会見で、「AUKUSは、我々が力を合わせればより強くなれることを証明し、我々は自由で開かれたインド太平洋という共通の展望に近づいている」と述べている。
(2) U.S. Department of Defenseは、この直前にオーストラリアへの原子力潜水艦供与を目的とするAUKUS 第1の柱に関連する様々な物品・役務に関する対オーストラリア軍事売却案件を承認したと発表した。売却額は推定で20億ドルである。これに関して、Richard Marlesオーストラリア国防相は次のように述べている。
a.この売却は、潜水艦の航行、通信、船舶制御、その他の能力の分野でRoyal Australian Navyの乗組員を訓練するための機器を提供し、AUKUSを前進させる。
b.米国の海軍造船所でオーストラリアの民間人や請負業者を訓練する手段も提供され、訓練された労働力は、オーストラリアの潜水艦能力を向上させる。
c.2024年第3四半期にオーストラリアで米原子力潜水艦の重要な保守整備が行われる予定であり、基幹施設と技能の両面でそれまでの活動が結晶化する。
d.今日の会議の中心である第2の柱もまた重要である。
(3) AUKUSの第2の柱は、AI、自律性、高度なサイバーおよび電子戦などの先端技術を共同で開発し、採用することが中心にある。発表された取り組みの中には、海上検証・演習があり、これについて米国防当局の高官は記者会見に先立って次のように語っている。
a.この取り組みは、能力開発を強化し、相互運用性を向上させることを目的とした統合的な3国間活動で構成される。
b.検証と演習は、防衛産業が能力の実証、開発、提供に参加する機会も提供し、AUKUSの具体的な効果を実証する。
c.開発中の具体例として、P-8A海上哨戒偵察機のような航空機に共通の人工知能アルゴリズムを搭載して、3ヵ国が敷設したソノブイによる収集データの処理がある。
(4) さらに共同記者会見では、3ヵ国の民間企業が参加できる「イノベーション・チャレンジ・シリーズ」が発表された。これについて米国防当局高官は、資金調達の具体的な内容は明らかにしなかったが、次のように述べている。
a.最初のチャレンジは電子戦に焦点を当て、2024年初頭にDefense Innovation Unitから詳細が発表される。
b.電子戦能力の強化は、防衛戦略の観点から極めて重要で、AUKUSで共に取り組んできた。
c.先進的な能力の開発と提供を促進するための政策、技術、商業的枠組みの周知を助ける産業フォーラムを設立する予定で、最初の会合は2024年の前半に開催される。
(5) Grant Shapps英国防相はNorthrop Grumman社が開発中の静止軌道を監視するためのシステムUS Deep-Space Advanced Radar Capability(以下、DARCと言う)について次のように述べている。
a.この3国間連携網は、AUKUSの第2の柱とは別に支援され、同盟国が潜在的に中国とロシアの宇宙船を監視するのに役立つ。
b.米英豪は、宇宙空間での認識を強化するための共同レーダー・ネットワークを構築中であり、それぞれが、DARCのために計画されている3つのサイトのうちの1つを本拠地としている。
c.今後数年間で、我々は世界的なレーダー・ネットワークを構築し、3つの地上基地局に集結させる。高感度、正確、強力なレーダーは、最大22,000マイル離れた宇宙空間にある物体の探知、識別、追跡を可能にする.
記事参照:Austin, AUKUS partners announce Pillar II plans: Maritime exercises, DIU challenges, industry forums

12月2日「フィリピン提案の少数国間COCは無意味、専門家警鐘―香港英字紙報道」(South China Morning Post, December 2, 2023)

 12月2日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“South China Sea: Philippines risks its Beijing ties with ‘non-starter’ mini code of conduct plan”と題する記事を掲載し、南シナ海における行動規範の交渉に関して、フィリピンが最近中国を除外した交渉を模索していることに言及し、そうした動きに対して専門家が概して批判的であるとして、要旨以下のように報じている。
(1) フィリピンは、南シナ海における行動規範(以下、COCと言う)について、東南アジアの他の領有権主張国と個別の交渉を提案しているが、それはCOC交渉を脱線させ、中国との関係を悪化させる危険性を孕んでいる。11月20日にフィリピンのMarcos Jr.大統領は、中国を含めたCOCに関する交渉が停滞していることに言及しながら、中国を除外した協定を結ぶ取り組みが拡大することを期待していると述べている。
(2) フィリピンのこうした動きに対し、専門家たちは批判的である。たとえばシンガポールのISEAS-Yusof Ishak InstituteのIan Storeyは、ベトナムやマレーシアなどがフィリピンの提案を受け入れるとは考え難く、また、いずれにせよそうして成立した協定は中国が拒絶するだろうから無意味だと述べている。シンガポールのRSIS上級研究員Collin Kohも、こうした「ミニCOC」と呼ぶべき動きに批判的である。Collin Kohによれば中国とASEANがCOCを締結する動機は異なるとし、ASEANにとっては、そのASEAN自体の中心性を保証するためにCOCが必要だと述べている。そのうえで「ミニCOC」によってCOC交渉全体が破綻することになれば、中国はそれをASEANのせいにするだろうし、いずれにしてもASEANの中心性には疑問符がつけられることになると主張している。
(3) また別の専門家は、「ASEAN的なやりかた」、すなわち受け身で合意に基づく意思決定過程が効果的でないと主張してきた。ソウルのAsia-Pacific Leadership Networkが発表した報告書によれば、中国はCOC交渉においてこのASEAN的やり方をうまく利用したのだと言う。COCに関してはASEANでも、たとえば地理的範囲や許容可能な海洋活動の範囲、法的拘束力の有無などについて意見の不一致がある。
(4) 中国の反応は否定的だとしても、「ミニCOC」の動きは現在の行き詰まりよりマシだという声もある。フィリピンのシンクタンクInternational Development and Security Cooperationの研究員Joshua Bernard Espeñaは、うまく行けばそれが包括的なCOCのための舞台を整えることになるだろうと述べ、またそれが米国の支持を引き出すだろうと主張している。逆に米国の後ろ盾がなければ、「中国の覇権主義的行動」によってCOC交渉は頓挫するであろう。
(5) Vietnam National UniversityのHuynh Tam Sangによれば、ベトナムに関しては、違法漁業問題について中国と協働しなければならないので、2国間関係をダメにしようとは考えないだろう。中国は違法漁業問題についてベトナムを非難し、逆にベトナムは中国による漁業禁止区域の設定に抗議を続けている。Huynh Tam Sang は、ミニCOCは実現不可能だと考えているが、他方で、それよりも柔軟なやり方で係争海域における非伝統的な安全保障上の課題に対処できる可能性も指摘した。ベトナムとフィリピンは最近、防衛や海洋方面での協力を進めているが、ベトナムとマレーシアも同様である。この3つの国は最近発表された中国の新たな地図に抗議をしている。
(6) マレーシアのInstitute of Strategic and International Studiesの上級研究員Thomas Danielは、南シナ海における緊張の高まりの主な原因が中国であるのに、中国を排除したCOCなど何の意味もないと批判した。米軍によれば、中国は係争海域における3つの島を完全に軍事化し、地域の他の国々を脅かす兵器で武装している。
記事参照:South China Sea: Philippines risks its Beijing ties with ‘non-starter’ mini code of conduct plan

12月5日「British House of Lordsは北極圏における英国の関与強化を要請―ノルウェー紙報道」(High North News, December 5, 2023)

 12月5日付のノルウェー国立NORD UniversityのHIGH NORTH CENTERが発行するHIGH  NORTH NEWS電子版は、‶Lords Detect a More Demanding Arctic – Urge Greater UK Engagement in the Region″と題する記事を掲載し、British House of Lords(英貴族院)が英国政府に対し、インド太平洋以上に英国の安全保障、資源、環境問題に密接に関係する北極圏を重視し、北極圏の国々との関係を強化するよう提言しているとして、要旨以下のように報じている。
(1) British House of Lords(以下、貴族院と言う)のInternational Relations and Defence Committee(国際関係・防衛委員会:以下、委員会と言う)は、新しい報告書の中で英国の北極政策について、地政学的な緊張に対して脆弱になりつつある北極圏に備えるよう英国政府に促している。委員会は、気候変動が「北極圏の開放と国際化」をもたらしている一方で、安全保障上の課題も複雑化していると指摘する。「現時点で、英国の北極政策はうまく調整されているが、北極が紛争の対象となるシナリオに備える必要がある」と委員長のHenry Henry Ashton卿は言う。「ロシアは、英国と欧州の安全保障にとって最も深刻な脅威であるが、そのロシアの軍事ドクトリンにおいて、北極圏が重要な役割を果たしている。したがって、この地域におけるロシアの意図と戦略を明確に理解することが不可欠としてHenry Ashton卿は、英国にとってのこの地域の重要性を強調する。「北極圏の開発は、環境、安全保障、エネルギー供給に直接影響するもので、英国の安全保障と外交政策上の利益にどう関わるかを、政府が明確に認識することが必要」であると指摘する。
(2) 委員会はまた、政府が北極圏フォーラムに積極的に参加するよう求め、英国が北極圏の動向に影響を与えるには、強力な外交努力が必要としている。「ノルウェーとフィンランドを訪問した際、北極圏の関係者から、北極圏の多国間会議への英国閣僚の参加が限られているのに対し、スコットランド政府の閣僚は定期的に参加していると聞いた。我々は政府に対し、北極圏会合への英国政府閣僚の参加を増やすよう要請する。さらに、英国が北極大使または北極特使を任命し、極地担当大臣を補佐して北極に対する政府横断的な取り組みを調整すべきという過去と同様の勧告を繰り返している。この大使任命は、北極地域に対する英国の関与について強い合図を送ることになるであろう。」
(3) 北極圏におけるロシアの挑戦は、報告書の主題である。ウクライナでのロシアの軍事的損失、そしてフィンランドとスウェーデンのNATO加盟は、ロシア指導部にとって北極圏の重要性を増大させると貴族院は考えている。報告書は「北極圏で従来型の紛争を起こすことはロシアにとって得策ではないが、有事に至らない活動や偶発的な事態の拡大は、この地域の安全保障にとって重大な危険となる」として、「北極圏におけるロシアの有事に至らない活動は、重大かつ増大しつつある脅威である。英国とその同盟国は、ハイブリッド活動や 『グレーゾーン活動 』を発見、阻止、対応するための緊急時対応計画を準備し、グレーゾーン事態における最善の対応策について協議すべきである」と指摘している。具体的には、GPS妨害、海上破壊工作、サイバー攻撃、情報戦、そしてロシアによる近隣諸国への攻撃を想定した軍事演習などが挙げられている。
(4) 貴族院は、北極圏が軍事化され、緊張状態にある中で、事故や誤解が意図しない事態拡大につながる危険性を強調し、「北極圏における海洋活動の活発化と、ロシアと西側諸国との関係の急激な悪化により、北極圏における事故が意図せぬ事態拡大につながる危険性が高まっている。英国は引き続き北極圏におけるロシアの活動に関する情報収集と共有について北極圏の同盟国と緊密に協力すべきである。意図しない事態の拡大を避けるため、英国とその同盟国は事件が発生した場合の明確な緊急時対応計画があることを確認すべきである」と指摘している。さらに委員会は、ノルウェーとロシアの国境協力やノルウェー統合司令部とロシアСеверный флот(Northern Fleet:北方艦隊)との連絡線にも言及している。「英国の北極圏同盟国は、紛争緩和、緊急対応、安心感を得るための捜索救助や軍対軍の通信といった分野でロシアとの協力を続けてきた。このような意思疎通と協力の経路が維持されることは、英国の利益となる」と貴族院は言う。
(5) 報告書では、英国はロシアだけでなく、北極圏における中国の戦略と意図にも特に警戒しなければならないと強調している。「ウクライナ戦争のためにロシアは中国への経済的依存度を高めており、これが北極圏における中ロ協力の緊密化につながる可能性がある。将来、中国がこの関係を利用して北極圏に軍事力の展開を確立する可能性があり、これは西側諸国への重大な戦略的挑戦となる」と警告している。今のところ、中国政府は北極圏の統治と管理に関する既存の枠組みの中で活動しているように見えるが、これはすぐに変わる可能性があると委員会は認識している。それまでの間、英国は北極に関する科学研究や気候問題で中国との協力を続けるべきであり、同時に研究活動が軍事的に利用される可能性にも注意を払うべきであると報告書は述べている。
(6) 北極圏と高緯度地域における防衛と抑止に関して、委員会は英国が重要な役割を果たしており、北欧の同盟国からも重要な提携国とみなされているとしている。英国は、北欧諸国やバルト諸国、オランダを含む即応部隊である統合遠征軍を率いており、また、北欧の安全保障・防衛フォーラム「ノーザン・グループ」の参加国でもある。さらに北極圏諸国の軍の高官等が集まる「北極圏安全保障部隊円卓会議」のオブザーバー国でもある。フィンランドとスウェーデンがNATO加盟を希望した際には、英国はいち早く安全を保障した。「我々は、英国政府が北極圏への防衛関与を強化することを歓迎する。しかし、潜水艦、海上哨戒機、早期警戒機などの重要な装備が不十分で、インド太平洋など他の地域に対する英国の関心の高まりとともに、北極圏が軽視されることを懸念している。さらに、委員会はこの地域は非常に厳しい作戦環境にあり、定期的な寒冷地訓練を継続することが極めて重要と考えている。「英国がNATOや北欧の同盟国と十分な訓練を継続することは、能力の維持とともに、この地域の防衛への関与を示すために不可欠である。英国政府は、統合遠征軍、北部グループ、北極安全保障部隊円卓会議への支援を通じて、能力の強化を継続すべきである」提言している。
(7) 報告書はまた、急速な温暖化に伴う、北極海域での経済活動や海運の増加による危険性等についても言及している。「北極圏に最も近い隣国として、英国は脆弱な生態系を保護し、すべての経済活動が持続可能な形で行われことに大きな関心を持っている。予想される北極海航路の拡大は、特に事故や汚染の危険性を増大させる」とHenry Ashton卿は言う。Henry Ashton卿と委員会の他のメンバーは、英国政府に対し、北極圏の同盟国と協力して捜索救難能力を強化し、北極海海運を規制するための新たな極地規定の交渉において主導的な役割を果たすよう奨励している。「海運規制を強化し、適切な捜索救難のための基幹施設を確保するためには、北極圏諸国、産業界、その他の利害関係者との緊密な国際協力が必要である。International Maritime Organization(国際海事機関)の本部はロンドンにあり、英国はこの取り組みを主導する特別な立場にある」とHenry Ashton卿は述べている。
(8) 報告書は、北極圏における漁業と魚類資源の持続可能な管理が英国にとって直接的な関心事であるとして、「北極圏諸国との提携の下、英国は北極圏の魚類資源の保護と保護海域の設置を引き続き提唱すべきである。・・・北極海の国際的な部分における無秩序な漁業を防止するために、政府が協定に再び参加することを強く勧める。その決意を示すために、英国は加盟を待つ間にも協定を遵守するという一方的な声明を出すべきである。」との勧告を行っている。また、英国や他の国々が顧客であるノルウェー北部の石油産業について、「短期的には、ノルウェーの石油・ガスに対する英国とEUの需要は増加し、北極圏の沖合も含めた増産圧力が高まるが、これは、より大きな環境上および安全上の危険性を伴うであろう」と言及し、さらに「ノルウェーには油流出緊急事態に対応するための広範な枠組みがあることを認める。とはいえ、英国政府は科学的研究に貢献し、Arctic Council Working Group on the Protection of the Arctic Marine Environment(北極海の海洋環境保護に関する北極評議会作業部会)への継続的な参加を通じて、引き続き高い環境基準と北極海の海洋環境保護を推進するべきである。」と述べている。
記事参照:Lords Detect a More Demanding Arctic – Urge Greater UK Engagement in the Region

12月5日「西側諸国の支援がウクライナの穀物回廊の安全保障を強化する―ウクライナ海軍退役大将論説」(Eurasia Daily Monitor, The Jamestown Foundation, December 5, 2023)

 12月5日付の米シンクタンクThe Jamestown Foundationが発行するEurasia Daily Monitorのウエブサイトは、Військово-Морські Сили Збройних Сил України(Ukrainian Navy:ウクライナ海軍)を退役したIhor Kabanenko元大将の“Western Aid Strengthens Security of Ukrainian Grain Corridor”と題する論説を掲載し、Ihor Kabanenko元大将は、過去数年間に西側の同盟国がウクライナに派遣した小型艦艇は数的に優勢なロシア海軍艦艇と戦う際に「小艦艇部隊(mosquito fleet)」として効率的に機能し、ウクライナ海軍は穀物回廊の上に多層的なシステム防空を構築することができるので、現在のウクライナの西側同盟国の課題は、ウクライナの「小艦艇部隊」を強化するためにすでに採択された合意を時宜にかなった形で実施することであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) ウクライナのZelenskyy大統領は2023年11月25日、キーウで開催されたGrain From Ukraine forum(「ウクライナからの穀物」フォーラム)で、黒海の穀物回廊を航行する船舶の安全を確保するため、ウクライナが西側諸国から追加の防空システムを受け取る手配をしたと発表した。Zelenskyy大統領によると、ロシア側からの「さまざまな挑戦」にもかかわらず、「穀物回廊は機能し続けている」という。ウクライナは、2023年7月17日にモスクワが黒海穀物イニシアチブから離脱した後、ロシアの関与なしに、回廊を設置したことを「今年の最も重要な成果」の1つと見なしている。ウクライナの西側同盟国もこの海上回廊を使用する船舶を護衛し、安全を確保するための戦闘艦艇を提供している。回廊自体は2023年8月8日から運用されており、穀物輸出量の増加という肯定的な結果が出ている。西側諸国の追加援助と、以前から約束されていた軍事装備品の供与により、穀物回廊の安全が強化され、黒海を通過する交通量と穀物量が増加する可能性が高い。
(2) 穀物回廊を利用する船舶を護衛するための大型艦艇は検討されていない。ロシアによるウクライナへの全面侵攻以降、トルコはモントルー条約の規定に基づき、ボスポラス海峡を経由する黒海への大型軍艦の入域を禁止している。小型艦艇はボスポラス海峡を通過する必要はなく、別の航路で輸送することができる。仮にウクライナが西側同盟国から大型艦艇を獲得できたとしても、当該艦艇はすぐにロシアのミサイル、潜水艦、航空機の第一の標的となるだろう。
(3) ウライナは、穀物輸送の護衛と保護に最も効果的な船舶をどれにするか、いまだに検討している。Zelenskyy大統領は演説で、使用する小型艦艇の型を明らかにしなかった。排水量165トンの米アイランド級巡視艇およびその他の沿岸および河川用戦闘艇は、米国の安全保障一括支援の一環として、2019年から2023年にかけてウクライナに供与されている。今後、これがウクライナ艦隊の大部分を占める可能性もある。ウクライナが2020年に Морська охорона України (Ukrainian Sea Guard、ウクライナ海上警備隊)のために購入したフランスのFPB 98 MKI巡視艇も検討されている可能性がある。これらの船艇は護衛能力を強化できるが、搭載兵器の能力は低い。
(4) これらの船艇に防空システムを増設しても、海上通商路、重要な港湾基幹施設、ウクライナの港に出入りする船舶に対するロシアの攻撃によってもたらされる真の脅威を考えると、安全保障面で依然として不十分である。Zelenskyy大統領は「われわれは強力な支援について複数の国と合意している。適切な船が引き渡され、すでに引き渡されている」と述べてはいるが、少なくとも32隻から36隻の多目的哨戒艇が必要であり、少なくともその半数は短距離または中距離の対艦ミサイルと携帯式防空システムを装備されていなければならない。
(5) 西側諸国のウクライナへの海上支援の遅れは、穀物輸送の安全保障を損なっている。たとえば、ウクライナは2020年6月に締結された米国との6億ドルの契約の一環として、2022年に少なくとも3隻の米国のMark VI哨戒艇を新たに受領すると予想されていた。これらの引き渡しは、いまだに行われていない。Mark VI哨戒艇は費用対効果が高く、航行の自由を確保するためにさまざまなシー・コントロールを行うことができる。さらに、ウクライナと英国は、Військово-Морські Сили Збройних Сил України(Ukrainian Navy:以下、ウクライナ海軍と言う)の能力強化計画の一環として、小型ミサイル艇P50Uの共同開発に合意し、英国は2024年までに同型艇8隻をウクライナに派遣する計画である。小型ミサイル艇と沿岸ミサイル砲台の組み合わせは、ウクライナ海軍に重層的な船舶防護力を提供するであろう。2022年に着工する予定だったが、大きな進展があったかどうかは不明である。
(6) ウクライナ海軍の能力の限界と西側装備の引き渡しの遅れは、海上作戦への非対称的な「小型艦艇」による取り組みを助長している。Збройні сили України(Armed Forces of Ukraine:ウクライナ軍)は、ドニプロ・バグ河口での河川作戦に戦闘艦艇を使用し、海洋における作戦に有人および無人艇を使用することに豊富な経験を持っている。過去数年間にウクライナの同盟国が派遣した小型艦艇は、シー・コントロールとシー・ディナイアルのために数的に優勢なロシア海軍艦艇と戦う際に、「小型艦艇部隊」として効率的に機能するであろう。ウクライナの黒海沿岸に対する移動式陸上防空システムを含む、西側の一括援助に従うことで、ウクライナ海軍は穀物回廊の上に多層的なシステム防空と対艦の傘(anti-ship umbrella)を構築することができる。現在の主な課題は、ウクライナの小型艦艇の群れを強化するためにすでに採択された合意の時機を失することなく実施することである。
記事参照:Western Aid Strengthens Security of Ukrainian Grain Corridor

12月5日「中国艦艇、カンボジアのリアム海軍基地に係留―米議会系メディア報道」(Radio Free Asia, December 5, 2023)

 12月5日付の米議会出資の短波ラジオ放送Radio Free Asiaのウエブサイトは、“Chinese warships dock at Cambodia’s Ream naval base for ‘training’”と題する記事を掲載し、中国艦艇がカンボジアのリアム海軍基地に係留していることと、その際に中国軍事委員会副主席がプノンペンを訪問したとして、要旨以下のように報じている。
(1) カンボジア政府関係者によると、中国艦艇数隻がカンボジア海軍の「訓練準備のために」リアム海軍基地に到着したという。これは中国軍事委員会副主席のプノンペン訪問に伴う稀な動きであり、両国間の関係をさらに強化することが予想されている。
(2) リアム海軍基地には中国艦艇が何隻停泊しているのか、また訓練はどのくらい続くのかは不明だが、写真では少なくとも2隻の艦艇が確認できる。12月4日に撮影された衛星画像にもコルベットかフリゲートの可能性がある2隻の艦艇が、この基地の中央西にある新しい桟橋に停泊しているのが写っている。
(3) Radio Free Asiaは、過去1年間におけるリアム海軍基地の急速な発展について報じてきた。最も顕著な特徴の1つは、中国海軍の3隻目の空母「福建」を含む空母を収容できる新しい深水桟橋である。カンボジアは、中国が基地への独占的な軍事的利用を与えられていることを繰り返し否定してきた。それは、この国の憲法に違反しているとも述べている。もしこの基地が運用されれば、中国にとって東南アジア初の海軍中継施設となり、ジブチに次いで世界で2番目の海外基地となる。
(4) カンボジアのシンクタンクAsian Vision Institute(AVI)の副所長Chansambath Bongは、リアム海軍基地の再開発をめぐる議論は、カンボジアを東南アジアにおける米中対立のレンズを通して主に見ており、カンボジアの歴史や戦略的思考に関する背景をほとんど持たない欧米のメディアや専門家達によって支配されていると述べており、Center for Strategic and International StudiesのAsia Maritime Transparency Initiative(AMTI)で発表された記事の中で、Chansambath Bongは「現在進行中のリアム海軍基地の再開発は、カンボジアの海洋統治にとって戦略的に不可欠である」と主張している。
(5) 中国国営新華社通信によると、中国艦艇の訪問は、両国および両軍の「鉄壁」の友好関係を促進するため、中国中央軍事委員会副主席何衛東陸軍上将がカンボジアを訪問する際に行われる。12月4日、何衛東上将はHun Manet首相とその父Hun Sen、与党カンボジア人民党議長を含むカンボジアの指導者たちと会談した。また、Tea Seiha国防大臣とも会談し、「2国間関係、軍事協力、共通の関心事である国際問題」についての意見交換を行った。「両軍は高官級の交流、機構構築、共同訓練・演習、人材育成を含む分野で高次の協力を持続している」と述べたと引用されている。2023年は中国とカンボジアの外交関係樹立65周年に当たり、何衛東陸軍上将は中国とカンボジアがいわゆる「カンボジア・中国運命共同体」をさらに強化することに「自信を表明」した。
記事参照:Chinese warships dock at Cambodia’s Ream naval base for ‘training’

12月6日「シンガポールの海洋統治能力の評価:優先事項と課題―シンガポール専門家論説」(Asia Maritime Transparency Initiative,CSIS, December 6, 2023)

 12月6日付のCenter for Strategic and International StudiesのウエブサイトAsia Maritime Transparency Initiativeは、the Maritime Security Program at the S. Rajaratnam School of International Studiesの研究員Say Xian Hongの“ ASSESSING SINGAPORE’S MARITIME GOVERNANCE CAPACITY: PRIORITIES AND CHALLENGES”と題する論説を掲載し、ここでSay Xian Hongはシンガポールの海洋統治の優先課題は、先進技術によって海軍能力を拡大・向上させ、緊張した地政学的環境を管理できるように、地域主導の海洋協力を強化することであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) シンガポールは小さな島国であるにもかかわらず、東南アジアで最も有能で近代的な軍隊を持ち、比較的小さな領土と小さな海上警備区域を守るのに十分な海上執行能力と抑止力を持つ国境警備部隊を有している。しかし、混雑し、統治が行き届いていない海域に近接しているため、シンガポールの境界水域は、さまざまな海洋事件や犯罪に巻き込まれ易い。違法・無報告・無規制漁業、違法な人の移動、違法な海上物資の密輸など、非伝統的な安全保障上の脅威をほぼ管理してきたシンガポール政府は、地政学的な問題をより重視し、軍事力と協調外交に重点を置いている。
(2) 地政学的な懸念は軍事的なものだけでなく、経済的な側面もある。マラッカ海峡とシンガポール海峡の移動は、海峡で混乱が生じれば世界経済に年間2,000億ドル以上の損失が生じるとの推定があり、シンガポールは世界経済にとっての自国海域の重要性を十分に意識している。シンガポールの海事能力と制度的能力は有能であるが、その規模が小さいため、海峡を通るすべての海上交通を停止させるような事態が発生した場合、政府が対応できる範囲には限界がある。
(3) シンガポールの強みは、さまざまな海洋管理機関相互の制度的協力にある。Maritime and Port Authority of Singapore(シンガポール海事港湾庁)は海運業界と緊密に協力し、Singapore Police Coast Guard(シンガポール警察沿岸警備隊)は他の海洋安全保障機関と協力し、Republic of Singapore Navyは他の責任ある機関と協力して、シンガポール海峡での海洋安全保障業務が高度な警戒態勢を維持できるようになっている。したがって、海洋状況把握(Maritime Domain Awareness)も国の強みとなっている。
(4) 政府は、情報プロセスを合理化し、国家海洋安全保障システムのような政府全体の戦略的枠組みを構築するために、高度な情報センターを設置した。2009年に海洋安全保障タスクフォースとInformation Fusion Centre(情報融合センター)、2011年には国家海洋安全保障システム、2013年にはSingapore Maritime Crisis Centre(海洋危機センター)が設立された。これによりシンガポールの機関間協力、相乗効果、執行がさらに強化され、さらにこれらの機関は志を同じくする他国との政府間協力を奨励している。
(5) シンガポールの潜在的脆弱性は、マレーシアとインドネシアに挟まれているという地理的位置である。このため、シンガポールはどちらかの当事者による封鎖などの行動に対して脆弱となる。他の国家主体がシンガポールを侵略する可能性は低いが、港湾が封鎖される可能性はある。この対策として港湾と海上ターミナルを1ヵ所に集約した場合、大規模化・自動化が進むが、その場合はサイバー攻撃に対して脆弱になる。シンガポールは脆弱な地域を悪用する海上テロ行為を懸念している。シンガポール港やジュロン港が攻撃されれば、貨物船は潜在的な二次攻撃を避けるために安全な場所への迂回を余儀なくされ、海上貿易はほぼ停止に追い込まれる。世界貿易の90%は海上領域を通じて行われており、そのうち70%はシンガポール海峡を通過する。シンガポールのGDPの7%は海事産業によるものであるため、いずれかの港が攻撃されれば、シンガポール経済は大きな打撃を受ける。さらに、シンガポールの海洋安全保障は比較的強固である一方、地域の近隣諸国はそうではないため、他国の海洋統治の悪さはシンガポールに波及する。
(6) シンガポールの最大の海事上の強みは、さまざまな海事・情報機関との確立された関係と協力関係であり、これは国際協力をさらに拡大することができる。シンガポールは、国際的な海洋統治における安全保障の提携国として積極的な役割を担っている。東南アジアがより安全になれば、この地域の海洋安全保障能力に対する重圧も軽減される。ASEAN域内の合意を得ることが困難な中、ASEAN加盟国間や域外提携国との国家間協力は、それぞれに合った解決策を生み出すのに役立っている。一方でシンガポールは、ASEANの領有権主張国や中国との間で海洋競争が拡大しないように、また、南シナ海の紛争に参加していないにもかかわらず、シンガポール自身が地域の海洋空間の直接的な軍事的挑戦を受けることがないように慎重でなければならない。
記事参照:ASSESSING SINGAPORE’S MARITIME GOVERNANCE CAPACITY: PRIORITIES AND CHALLENGES

12月6日「フィリピンの海洋統治能力評価、その優先事項と課題―韓国院生論説」(Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, December 6, 2023)

 12月6日付の米シンクタンクCenter for Strategic and International StudiesのウエブサイトAsia Maritime Transparency Initiativeは、韓国Ewha Womans University(梨花女子大学校)博士課程院生Ivy Ganadilloの “ASSESSING THE PHILIPPINES’ MARITIME GOVERNANCE CAPACITY: PRIORITIES AND CHALLENGES”と題する論説を掲載し、ここでIvy Ganadilloはフィリピンの海洋統治能力について、優先事項と課題の両面から評価し、要旨以下のように述べている。
(1) 発展途上の群島国家であるフィリピンは、多面的な海洋統治の問題に直面している。1994年に海洋統治の枠組みとなる「国家海洋政策(以下、NMPと言う)」が導入されたが、直面する複雑な課題に追われて明確な戦略的優先事項の設定に苦労してきた。このような状況下では、しばしば差し迫った危機に焦点が当てられ、長期的な持続可能性と包括的な統治は無視され易い。「国家安全保障政策(以下、NSPと言う)」、「フィリピン開発計画(以下、PDPと言う)」および「海事産業開発計画(以下、MIDPと言う)」などの重要な文書はこれらの優先事項に言及している。
(2) 領土保全と主権防衛が国家の重点目標で、現大統領の立法上の優先事項は、ブルーエコノミー法案、統合海洋管理の促進および持続可能性への科学的根拠に基づく漁業法の改訂などである。さらに、フィリピンが自然災害の影響を受け易いことを考えると、NSPが強調するように、気候変動の影響への対処も非常に重要である。また、MIDPは、商船隊の強化、海事専門家の育成、効率的な海上輸送の確保、及び生態系の保全を重視している。
(3) 南シナ海紛争は、フィリピンにとって最も差し迫った海洋安全保障上の課題でありNSPでは「最重要国益(a “primary national interest”)」とされている。西フィリピン海*(以下、WPSと言う)は、豊富な水産資源、主要貿易ルートとしての位置、そして石油・天然ガスの埋蔵量の可能性などで注目されている。フィリピン政府は、南シナ海紛争の最前線国家として極めて重要な役割を担っていることを認識し、緊張の高まりが国益と国民生活に直接的な影響が及ぶことを重視している。南シナ海における課題に対処するため、NSPは、National Task Force for the WPS (WPS特別委員会)を強化するとしている。一方、下院は、フィリピン管轄下の海域を画定する「管轄海域法案」を上程した。この法案は、南シナ海におけるフィリピンの立場を強化するとともに、政府諸機関に海洋領土保全を指示することで、食料と経済安全保障を確保することを目的としている。さらに、南シナ海における中国の継続的な侵略的行為に鑑み、係争海域でPhilippine Coast Guardが最前線での役割を遂行していることから、その能力を強化するために、「Philippine Coast Guard近代化法案」が提案されている。
(4) フィリピンは、強固な制度的構成要素、国際法の戦略的活用および協調的な国際パートナーシップを通じて、海洋統治の強さを実証している。この海洋統治の中核をなすのは、海洋資源の持続可能な利用への関与と多様な利害関係者を巻き込む参加型取り組みである。中でも、フィリピンは常設仲裁裁判所を利用して、南シナ海紛争で中国に異議を唱え、国連海洋法条約への関与を強調している。また、最近の「公海条約」の採択に向けた関与は、海洋保護、環境保全および持続可能な資源管理への関与を象徴している。地域社会の段階では、フィリピンは、地域社会に基礎を置いた沿岸資源管理を採用しており、地域に根ざした包括的な統治のひな型となっている。立法面でも、1998年のフィリピン漁業法と2014年の改正は、違法・無規制・無報告(以下、IUUと言う)漁業と闘う、漁業管理のための明確な枠組みを提供している。さらに、2004年のフィリピン水質浄化法は包括的な汚染防止戦略を定めており、2006年の大統領令第533号は、持続可能な沿岸・海洋資源開発のための国家的計画として、統合沿岸管理を制度化している。
(5) 一方で、フィリピンは海洋統治において求められる能力と現実の能力の間にある大きな隔たりに直面しており、特に海洋状況認識(MDA)能力の不足が目立つ。限られた監視能力、巡視船や航空機などの不十分な資材、そして未発達の情報共有メカニズムのために、海事当局は、フィリピンの広大な管轄海域を包括的かつ即時に状況を認識することが困難である。このため、効果的な海洋作戦の遂行が妨げられ、さらには予算の制約もあって、国家目標である「最小限の信頼できる抑止力」を達成し、「自立した防衛態勢」を確立するために必要な装備と技術の取得が遅れている。また、国家海洋政策は、立法と政策の両面で停滞している。 これらの課題を悪化させているのは、重複する指示によって激化している、断片的な政策の実施と非効率的な省庁間協議であり、国の財政と運営の効率化に過度の重圧となっている。2008年に運営評議会とともに設立された国家沿岸監視システムは、省庁間の協調促進を目的としているが、残念ながら、全ての関係諸機関の構想と取り組みを同期させるには至っていない。
(6) フィリピンの海洋統治能力を向上させる国際協力の優先分野は、幅広い戦略的、環境的目標を対象とすべきである。最大の関心事項は、海洋安全保障と防衛協力の必要性である。フィリピンは、海賊行為、IUU漁業、外国軍の侵略などの脅威に対処するため、提携諸国や同盟国との共同海上演習や共同哨戒活動を引き続き実施すべきである。さらに、情報共有と海洋監視の強化、積極的な防衛態勢を強化し、Philippine Coast GuardとPhilippine Navyの能力を増強することになろう。南シナ海では、フィリピンは2016年の仲裁裁判所の裁定への関与を一貫して堅持し、海洋権益に対する国際社会の支持を得るべきである。長年の同盟国である米国との関係を活用する一方で、オーストラリアや日本などの対話相手国との関係を強化すべきである。他方、中国とは外交交渉に加えて、緊張を緩和し、海上での安全な遭遇を確実にする、より強固なメカニズムを確立すべきである。
(7) 環境面では、特に持続可能な漁業と海洋生物多様性が喫緊の課題となる。持続可能な漁業管理を目指す共同の取り組みは、水産資源の減少を食い止めることができる。「東アジア海域環境管理パートナーシップ」やU.S. Agency for International Development(米国国際開発庁)などの国際機関が支援する成功した計画は、沿岸の自治体全体に拡大できる可能性がある。さらに、国際的な提携による海洋保護区(MPA)の設立とその効果的な管理は、海洋生物多様性の保全のみならず、社会経済的利益ももたらす。 最後に、気候変動に対する国家の脆弱性が高まっていることを考えれば、知識と技術の隔たりを埋める、たとえばEUの資金提供による全地球航法衛星のような、宇宙に基礎を置いた監視を提供する構想などは、海面上昇と気象の繰り返される形の変化によってもたらされる課題を相殺することができる。
(8) 地域的で少国間主義に基づく安全保障の枠組みは、フィリピンの海洋統治能力の強化に不可欠である。ASEANのような地域の基盤を通じて、フィリピンは東南アジア近隣諸国との対話と交渉を行い、領土紛争、海洋資源管理そして環境保全などの課題に対する協力的な取り組みを促進することができる。また、フィリピンは米国や日本などとの特定の戦略的パートナーシップを活用して、差し迫った海洋上の懸念事項に対処することができる。このような少国間主義に基づく取り組みは、IUU漁業から海賊行為まで、フィリピンとより広い地域にとってより安全で安心な海洋環境を確保する、特定の海洋課題に対処するための、より深く、より微妙な協力を促進することを可能にする。
記事参照:ASSESSING THE PHILIPPINES’ MARITIME GOVERNANCE CAPACITY: PRIORITIES AND CHALLENGES
*2012年にフィリピンのEEZに含まれる南シナ海海域の正式名称として採用された。

12月6日「奏功するフィリピンの新南シナ海政策―シンガポール防衛問題専門家論説」(FULCRUM, December 6, 2023)

 12月6日付のシンガポールのシンクタンクThe ISEAS -Yusof Ishak Instituteが発行するウエブサイトFULCRUM は、シンガポールのNanyang Technological University のRajaratnam School of International Studies 上級研究員Collin Kohの“No China Backlash, So Far: The Philippines’ New Assertive Transparency Policy in the South China Sea”と題する論説を掲載し、そこでCollin Kohはフィリピンが2023年に入って南シナ海において中国に対する抵抗を強める方針に転換したことを指摘し、それに中国の報復行為などが見られず、フィリピンの方針が概ねうまくいっているとして、要旨以下のように述べている。
(1) 最近のフィリピンは、南シナ海において大国中国に立ち向かうことで存在感を増している。フィリピンは中国による排他的経済水域への侵入にはっきりと抗議し、米国との軍事関係を強化し、オーストラリアやインド、日本などの国々との安全保障協力を緊密化している。
(2) フィリピンの転換した方針は「攻撃的透明性」と呼ばれるが、「攻撃的透明性」は国家の抗堪性を強化し、国際的支持を構築し、そして中国の国際的な評判を悪化させることを狙ったものである。特に最後の点が重要で、南シナ海における中国による攻撃的、威嚇的行動を公開し、それについてはっきりと抗議するというのは、これまでの東南アジア諸国には見られなかった対応である。そうした手法が中国政府を狼狽させているように見える。Philippine Coast Guardによれば、セカンド・トーマス礁を除くと、中国海警の攻撃的行動は鳴りを潜めているというが、その理由はそうした行動が「暴露される」からである。
(3) こうしたフィリピンの新たな方針のマイナスの影響を指摘する声もある。たとえば、中国の対外投資が引き揚げられる可能性があるという。Philippine Chamber of Commerce and Industry (フィリピン商工会議所)の名誉会頭が言うには、中国の大口投資家の一部は、この夏にセカンド・トーマス礁での事件が起きた後に「苛立って」いるという。実際のところ貿易や投資を武器にすることは中国の手法としては新しいものではないので、そうした懸念が大きくなるのは当然である。フィリピンの経済成長にとって貿易や対外投資が重要であるならばなおさらだ。
(4) しかし、フィリピンが2月の中国によるレーザー照射事件をきっかけに、中国の活動を公開する手法を取り始めてから、中国が経済的な報復措置をとる兆しはない。むしろデータによれば9月まで中国とフィリピンの貿易は増加している。フィリピンに対する中国の投資についても、対外投資全体のうちの中国の割合は2021年以降5%前後を推移し、今年に入ってからその額は増加傾向にある。
(5) つまり南シナ海の緊張の高まりが、中国・フィリピン間の経済関係に悪影響を与えたという証拠はない、それは特に再生可能エネルギーやレアメタルなどについて言える。たとえば、2023年4月にある中国企業がフィリピンでニッケル加工の提携先を探していることが明らかにされた。また10月にフィリピンは、2つの中国企業から再生エネルギー開発に対する合計40億ドルの投資の約束を取り付けたという。またフィリピンDepartment of Foreign Affairsによれば、フィリピンはなお中国の一帯一路構想の提携国である。
(6) そもそも中国は、フィリピンの南シナ海での反撃に対し、貿易や投資を武器にする意図があるのか。経済的に好調とはいえない中国としては、自分たちが信用できない貿易、投資提携国と見られることを嫌がっている。グローバルサウスにおける発展の提唱者としての印象を固めたいのであればなおさらである。これまでのところ、フィリピンの「攻撃的透明性」の手法はうまくいっており、別の領有権主張国もその手法を採用することができる。これまでの経緯は、中国のグレーゾーン戦略が限界に達していることを示している。
記事参照:No China Backlash, So Far: The Philippines’ New Assertive Transparency Policy in the South China Sea

12月7日「北極圏におけるロシアの戦力増強と大陸棚延長―ノルウェー紙報道」(The Barents Observer, December 7, 2023)

 12月7日付のノルウェーのオンライン紙The Barents Observerは、“Moscow aims for another grab: Navy Chief says Russia will expand into Arctic Ocean”と題する記事を掲載し、北極圏における、ロシアの戦力増強や天然資源開発に関連した大陸棚延長をめぐる交渉の現状について、要旨以下のように報じている。
(1) サンクトペテルブルグで年2回開催される「北極圏フォーラム(Arctic Forum)」が12月第2週に行われ、Военно-морской флот Российской Федерации(Military Maritime Fleet of the Russian Federation)(以下、ロシア海軍と言う)の総司令官Nikolai Yevmenov大将が明確な意図を発した。その講演の中で、Nikolai Yevmenov大将はこの地域におけるロシアの主な国益の中で、「200海里のEEZの境界を越えて大陸棚を本格的に拡大すること」(原文ママ)の重要性を強調した。彼はまた、北極海航路が「国家交通路」として機能しなければならないと強調した。
(2) Nikolai Yevmenov大将がСеверный флот(Northeeern Fleet:北方艦隊)を率いていた期間に極北のコラ半島を拠点とする海軍部隊が新たな潜水艦と水上艦によって強化され、フランツ・ヨーゼフ・ランドとノヴォシビルスク諸島という北極圏の辺境の群島に新たな基地が建設された。また、既存の基地の近代化もNikolai Yevmenov大将が指揮したものである。北極圏フォーラムでNikolai Yevmenov大将は、北極圏におけるロシア海軍の能力開発は、「他国からの攻撃的な行動」に伴う「強制的な措置」であると説明した。
(3) Вооруженные силы Российской Федерации( Armed Forces of the Russian Federation:ロシア連邦軍)は、Министерство природных ресурсов и экологии Российской Федерации(Ministry of Natural Resources and Environment of the Russian Federation:ロシア連邦天然資源・環境省)とともに、過去数年にわたって北極圏の海底資源を積極的に調査してきた。Nikolai Yevmenov大将によれば、これにはロモノソフ海嶺、アルファ・メンデレーエフ海嶺、チュクチ海台、ガッケル海嶺などの海域が含まれるという。これらの海域の大部分は、ロシアのEEZの外側に位置し、依然として係争中の海域である。
(4) ロシアは長い間、ロモノソフ海嶺に沿った広大な海底の海域の権利を主張してきたが、United Nations Commission for the Limits of the Continental Shelf( 国連大陸棚限界委員会)はまだその評価を終えていない。しかし、サンクトペテルブルクでの講演で、Nikolai Yevmenov大将は、2023年の国連の委員会がロシア政府の要求した北極海の点座標に同意することを確認したと主張している。現在、地理的に北極点やそれを囲む北極海の領域を所有する国はない。北極周辺国は、自国の沿岸から200海里のEEZに限定されている。しかし、北極海の沿岸諸国にはEEZを超えて広がる大陸棚がある。ロシアは現在も、北極海の大陸棚の権利の要求をめぐってUnited Nations Commission for the Limits of the Continental Shelf と交渉中である。ノルウェーは2009年に、23万5千平方kmの権利を承認された。
記事参照:Moscow aims for another grab: Navy Chief says Russia will expand into Arctic Ocean

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

(1) America’s Indo-Pacific Alliances Are Astonishingly Strong
https://foreignpolicy.com/2023/12/05/us-china-alliances-allies-geopolitics-balance-power-asia-india-taiwan-japan-south-korea-quad-aukus/
Foreign Policy, December 5, 2023
By Derek Grossman, a senior defense analyst at the Rand Corp
2023年12月5日、米シンクタンクRAND Corporationの上席国防問題専門家Derek Grossmanは、米政策・外交関連オンライン紙Foreign Policyのウエブサイトに" America’s Indo-Pacific Alliances Are Astonishingly Strong "と題する論説を寄稿した。その中でDerek Grossmanは、Trump前政権の外交政策に対する批判として、特に長年の同盟国や提携国を疎外することで、米国の世界における力と地位を台無しにした、あるいは少なくとも著しく損なわせたというものが挙げられるが、Biden政権はインド太平洋地域の重要な同盟と提携関係を正常な状態に戻しただけでなく、この地域の2大脅威である中国と北朝鮮に対する抑止力を強化したと評した上で、2024年にTrump前大統領が再び選出される可能性があるため米国の今後の政策は未知数で予測不可能だが、中国と北朝鮮の脅威の高まりと、同盟と提携の強化を推進するBiden政権の強い勢いとが相まって、仮に第2次Trump政権が成立したとしても、米国のインド太平洋戦略は現在のまま継続される可能性が高いと主張している。

(2) Taiwan Tightrope: Beyond Military Deterrence
https://www.chinausfocus.com/peace-security/taiwan-tightrope-beyond-military-deterrence
China US Focus, December 5, 2023
By Junyang Hu is Research Associate for U.S.-China PAX sapiens, One Earth Future Foundation
2023年12月5日、米シンクタンクOne Earth Future Foundation研究員Junyang Huは、香港のシンクタンクChina-United States Exchange FoundationのウエブサイトChina US Focus に、“Taiwan Tightrope: Beyond Military Deterrence”と題する論説を寄稿した。その中で、①台湾をめぐる米政府と中国政府の間の長年の論争は、ここ数カ月で行き詰まりを見せたようである。②実際のところ、危機の発端は、絡み合う法的取り決めや規範の変遷に根差している。③法的な複雑さは、米政府と中国政府が発表した3つの共同声明で初めて公式化されたが、米政府はこれらの協定で曖昧な言葉を用い、多くの問題を残した。④3つの共同声明は国際的な拘束力を持つと考えられているが、米国の国内法には司法判断がないため依然として混乱がある。⑤米議会は1979年に台湾関係法を制定し、台湾軍への武器売却のための基盤を築き、台湾問題に関連する米国の義務の地位を引き上げ、中国政府による軍事攻勢が発生した場合の介入に関する裁量権を与えた。⑥米国の対中外交政策の条件を形成する上で、戦略的対抗勢力および規範形成者としての米議会の役割が明らかになった。⑦米国の一部の議員は台湾を支援する法的手段を模索しており、国連憲章の不介入原則がそのような行動を禁じていることから、将来的に米国主導の介入を可能にする免責条項を考案することを検討している⑧規範を正当化する戦略を用いることで、大国は自国の優位性を維持し、他国のそれを非合法化させる支配形態を確立するために法的資源を利用することに、より習熟していく。⑨軍事力の役割を軽視することはできないが、単なる軍事的態勢を超えるこのことの緊急性はかつてないほど高まっている。

(3) Pacific Island Countries’ Seesawing Security Diplomacy 
https://thediplomat.com/2023/12/pacific-island-countries-seesawing-security-diplomacy/
The Diplomat, December 7, 2023
By Corey Lee Bell is a researcher at the University of Technology Sydney’s Australia-China Relations Institute. 
2023年12月7日、University of Technology Sydney’s Australia-China Relations Instituteの研究者Corey Lee Bellは、デジタル誌The Diplomatに" Pacific Island Countries’ Seesawing Security Diplomacy "と題する論説を寄稿した。その中でCorey Lee Bellは、最近発表されたオーストラリアとツバルおよびオーストラリアとパプアニューギニアの2つ安全保障協定の調印は、太平洋島嶼国との安全保障協力という中国との戦略的対立において、オーストラリアが「勝利」したとの評判を呼んでいると指摘した上で、しかし、「戦略的対立」という概念を、オーストラリア政府と中国政府の太平洋島嶼国との安全保障協定の締結における外交的対決に還元することの問題点は、太平洋島嶼国が主体性を発揮すること、そして主体性を維持することに重きを置くことの双方を危険なほど軽視してしまうことであると主張している。そしてCorey Lee Bellは、太平洋島嶼国が対立する国の間で揺れ動く外交戦略などを主体的に追求している可能性を考慮すべきであり、そうしないと、オーストラリア政府が中国政府の外交方針が少し変化するたびに、近隣諸国の戦略的構造が不可避的に変化してしまうのではないかという不安、つまり軽率で反射的な対応につながりかねない不安を持つことになってしまうと指摘している。