海洋安全保障情報旬報 2023年12月11日-12月20日

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12月11日「中国に対抗するための予算を組まないBiden政権―米専門家論説」(The Heritage Foundation, December 11, 2023)

 12月11日付けの米シンクタンクThe Heritage Foundationのウエブサイトは、同Foundation上席政策研究員Wilson Beaverの“Why Are We Doing So Little To Counter China’s Military Buildup?”と題する論説を掲載し、Wilson Beaverは米国のBiden政権が中国を抑止するために必要な予算を組んでいないとして、要旨以下のように述べている。
(1) 我々の国家防衛戦略は、中国を米国にとっての主要な挑戦者として位置付けている。この脅威にうまく立ち向かうために、我が軍は今すぐにより多くの艦艇、航空機、軍需品を必要としている。
(2) Biden政権の支出はその防衛戦略に合致していない。大統領の緊急追加要求は、ウクライナに614億ドルを要求する一方で、インド太平洋地域にはわずか54億ドルしか要求しておらず、防衛支出がその防衛戦略に合致していないことは明らかである。さらに、この政権は補正予算の一部を賄うために他の予算項目を削減しようとしていない。中国を抑止するために必要な軍事システムのための資金の一部は、U.S. Department of Defenseの予算内で見つけることができるが、連邦予算全体で発生する無駄遣いの中には、他のどこかで利用できるものがはるかに多い。
(3) この予算を何に使うべきか?まずはバージニア級攻撃型原子力潜水艦である。これらの潜水艦は、西太平洋で中国を抑止するために必要な最も重要な資産の1つとされている。新型のコンステレーション級ミサイル・フリゲートもインド太平洋での任務には欠かせない。
(4) もし議会が、中国を抑止できる軍隊に資金を提供することを真剣に考えるならば、国防予算以外の多くの金のかかる項目を削減し、実際の軍事力に再配分することができるだろう。U.S. Department of Defenseの予算自体も、Biden政権は2024会計年度に51億ドルを「気候変動リスクの軽減」のために要求している。この種の国防に直接関わらない政治色が強い支出を国防予算に詰め込むのは、特にひどいことである。彼らは、ウクライナに1,130億ドル、世界中の他の国々にさらに何十億ドルも積極的に要求するだろう。多様性・公平性・包括性(Diversity、Equity、Inclusion:DEI)や気候変動対策にさらに数十億ドルを費やし、政治的に連携している左翼団体には、税金で賄われる手厚い助成金で報いるだろう。もし政権がこのような大義のために大金をばらまくことができるのなら、U.S. NavyとU.S. Air Forceが我が国にとって最大の軍事的脅威に対抗できるようにするために必要な資金を、なぜ見つけることができないのだろうか?
(5) 米国民の安全を明白に守ることができる軍隊を構築するために、米国ができること、やるべきことは他にもたくさんある。この問題は、政治的意志の欠如、深刻に見当違いな優先順位、そして資源の驚くべき不適切な管理である。今日の米軍は、複数の戦域に活動範囲を広げ過ぎており、米国民の利益のために効果的に戦争を遂行する能力を高めることのない政治的な構想に何十億ドルも費やすことを余儀なくされている。
記事参照:Why Are We Doing So Little To Counter China’s Military Buildup?

12月12日「中国は南シナ海での活動に対するフィリピン・米国の反応を試している―フィリピン安全保障専門家論説」(Asia Times, December 12, 2023)

 12月12日付の香港デジタル紙Asia Times は、University of the Philippines, Asian Center上席講師Richard Javad Heydarianの‶China testing waters in S China Sea vs Philippines and US″と題する論説を掲載し、ここでRichard Javad Heydarianは南シナ海において中国はグレーゾーン戦術を採りつつ、フィリピンと米国の反応を試しているとした上で、米国はフィリピンを挟んで中国を牽制し、事態悪化を避ける新しい戦略を模索しているが、重要な国際水域で2つの超大国が危険なチキンゲーム(度胸比べ)をしているとして、要旨以下のように述べている。
(1) 米国は、南シナ海で中国が対立する領有権主張国を威嚇するのを思いとどまらせながら、大規模紛争を防ぐための新たな戦略策定に躍起になっている。フィリピンのFerdinand Marcos Jr.大統領は、最近の南シナ海での事件の後、「週末(12月9・10日)に中国の海上部隊が行った侵略と挑発は、南シナ海におけるわが国の主権、管轄権等を守り抜く決意をさらに強固にした」と宣言した。フィリピン当局によると、中国の海軍部隊が、フィリピン軍の小さな分遣隊が駐留するセカンド・トーマス礁への補給任務に対して「嫌がらせ、妨害等を実施した」という。フィリピン政府は、少なくとも2隻のPhilippine Coast Guardの船艇が中国側の放水を受け、損傷したと主張している。Armed Forces of the Philippines最高司令官も、この衝突を直接目撃している。 同海域に駐留するArmed Forces of the Philippinesへの国民的支持を表明する市民の抗議グループは、セカンド・トーマス礁に向かう途中で4隻の中国艦船の追跡を受け、行動を中止させられた。この2つの事件はフィリピン政府の怒りを買い、立法府の幹部は公然と駐フィリピン中国大使の追放を要求した。
(2) 中国は、フィリピンの船舶が自国の海域に「不法侵入」したと反論し、今回の行動は「(中国の)法律」に基づく広範な「管理措置」の一環に過ぎないとしている。しかし、小さな浅瀬をめぐる限定的作戦とはほど遠く、中国は南シナ海で主導権を取り戻す決意を固めている。12月3日、中国はフィリピンが領有権を主張する南沙諸島に海上民兵の船団を派遣した。巨大な海軍力を誇示することで、アジアの大国である中国は東南アジア諸国を威嚇し、地域の同盟国を支援する米国を試そうとしている。
(3) Armed Forces of the Philippinesの小さな分遣隊は、1999年にフィリピンがセカンド・トーマス礁で座礁させた元揚陸艦「シエラ・マドレ」に駐留している。老朽化したこの船は近い将来、風化すると予想されるため、フィリピン政府と中国政府はこの海域での活動を強化している。中国は、フィリピンのEEZ内にあるスカボロー礁やセカンド・トーマス礁だけでなく、主要な東沙諸島、西沙諸島、南沙諸島を含む南シナ海海域の80%以上を占める9段線の内側の領有を主張している。2016年、UNCLOSの下に設立されたハーグ仲裁裁判所は、この海域における中国の広範な領有権主張を否定する裁定を下し、セカンド・トーマス礁のような低潮高地は、領土として主張することはできないと判断した。係争中のセカンド・トーマス礁はフィリピンのEEZ内にあり、フィリピンはそれを自国の大陸棚の一部と主張している。しかし、中国はフィリピンの主張も2016年の仲裁裁定も拒否している。過去10年間、アジアの超大国はセカンド・トーマス礁へのフィリピンの補給活動を制限するなど、この地域の多くの係争地に対する実効支配を劇的に強めてきた。Marcos Jr.政権が南シナ海でますます非妥協的な姿勢を強め、さらに米国との防衛同盟を強化させたことで、中国は圧力をさらに強め始めた。その結果、ここ数ヵ月だけでも何度も衝突しているが、今回は、「純粋な侵略だ。中国海警や民兵の大型船が何度も私たちの針路を妨害するのを目撃した。彼らは私たちに放水し、衝突してきた」とArmed Forces of the Philippines総司令官Romeo Brawner Jr.大将は叫び、「より高官級での外交的解決が必要である」と係争海域での自国の立場を堅持するArmed Forces of the Philippinesの決意を強調した。
(4) National Security Counsil of the Philippines(フィリピン国家安全保障会議)のJonathan Malaya報道官は記者会見で、「これは中国の工作員による深刻な事態の拡大だ」と警告した。中国軍による嫌がらせにもかかわらず、フィリピン当局は補給活動を推進してきた。フィリピンの次の中間選挙が2025年に迫る中、有権者の間で高まる反中感情を利用して、政治家もこの争いに加わっている。大統領のいとこで、自らも最高権力者の座を狙うことで知られるMartin Romualdez下院議長は、声明の中で「スカボロー礁とその領海に対する主権と管轄権を堅持する」と強調した。一方、フィリピン上院議員のMiguel Zubiriは、2国間の外交関係を格下げする可能性を示唆した。「私はMarcos Jr.大統領に、現在の中国大使を帰国させるよう強く求める」とMiguel Zubiriは言い、「中国による我が国の軍隊と国民に対する相次ぐ攻撃に、大統領は何も対処していない。」と付け加えている。
(5) これに対して中国政府は、フィリピンが南シナ海の緊張を高めていると非難する。中国海警総隊によると、フィリピン側の船員は何度も警告を無視し、「故意に方向を変え、船乗りらしからぬ危険な方法で」中国船と衝突したとする。「責任はすべてフィリピンにある」と中国当局は、妥協する意思がないことを明らかにした。アジアの大国が、セカンド・トーマス礁等の係争地でのフィリピン政府の立場の強化を阻止するために、どこまでやる気なのかはまだわからない。はっきりしているのは、中国がフィリピンや東南アジアの対立する領有権主張国に、自国の巨大な海軍力の優位性を思い知らせる決意を固めていることである。中国はまた、南シナ海でフィリピンに圧力をかけ、米国とフィリピンの防衛協力強化協定(EDCA)の下で、U.S. Department of Defenseに台湾に近いフィリピン最北端の基地の全面的な利用を認めることを思いとどまらせようとしている。
(6) 中国には、地域の小国を威嚇する以外にも、米国の決意を試す意図もある。以前の事件と同様、米国政府は今回、中国の行動をすぐに非難した。「フィリピンの前哨基地への補給線を長年にわたって妨害し、フィリピンの合法的な海上活動を妨害することは、地域の安定を損なう」とU.S. Department of Stateは声明で述べており、「米国は同盟国フィリピンとともに、こうした危険で不法な行為に立ち向かう。1951年の米比相互防衛条約第4条が、南シナ海のいかなる場所においても、Philippine Coast Guardを含むフィリピンの軍隊、公船、航空機に対する武力攻撃にも適用されることを再確認する」と付け加えている。しかし、対立する領有権主張国に対し「武力攻撃」には至らないが、攻撃的な「グレーゾーン」戦術を採る中国は、これまでフィリピンと米国の同盟の限界を露呈させてきた。その結果、米国は、この地域での大きな紛争を防ぐと同時に、対立する領有権主張国への威嚇を中国に思いとどまらせる新戦略を模索している。中国と南シナ海の領有権主張国の間だけでなく、重要な国際海域における世界の2つの超大国間でも、ますます危険なチキンゲームが繰り広げられることになる。
記事参照:China testing waters in S China Sea vs Philippines and US

12月13日「ASEAN国防相会議・同拡大会議、内部分裂の傾向―シンガポール専門家論説」(IDSS Paper, RSIS, December 13, 2023)

 12月13日付のシンガポールThe S. Rajaratnam School of International Studies(RSIS)のIDSS Paperは、RSIS連携研究員Tsjeng Zhizhao Henrickの “ASEAN Defence Ministers’ Meeting-Plus: Divisions amid Functional Cooperation?”と題する論説を掲載し、ここでTsjeng Zhizhao HenrickはASEAN拡大国防相会議参加国間の意見対立が防衛協力を阻害する可能性について、要旨以下のように述べている。
(1) 11月15~16日にかけてジャカルタで開催された第17回ASEAN国防相会議(以下、ADMMと言う)と第10回ADMM拡大会議*(以下、ADMMプラスと言う)では、インドネシアの2023年ASEAN議長国としての成功を締め括る多くの成果が見られた。主な成果としては、たとえば「防衛の観点から見たインド太平洋に関するASEANアウトルック(以下、AOIPと言う)の実施に関するコンセプトペーパー」が採択され、AOIPの枠組みの下でADMMが実施できる活動の種類が成文化された。とは言え、未解決の地政学的諸問題については十分に対処できなかった。ADMMプラスのジャカルタ共同宣言では、南シナ海における行動規範(COC)や、ミャンマーに関する5項目の合意について一応言及されてはいるが、これらの課題について実質的な進展がほとんどなかったことは明白である。このことは、ADMMプラス、特に特定の機能分野におけるADMMプラス参加国の軍隊間の協力促進を目的とした専門家会合(以下、EWGと言う)における協力に影響を及ぼす可能性がある。
(2) ADMMプラスは、創設からわずか5年後の2015年、共同宣言に南シナ海紛争を含めるかどうかを巡るASEAN加盟国間の意見の相違により、共同宣言が発表されないという事態に直面した。当時のASEAN議長国マレーシアは、全加盟国の合意を必要としない議長声明の発出のみとし、ADMMプラスが分裂しているとの懸念を一時的に回避した。しかしながら、それ以降、2021年初頭のミャンマーでのクーデターや2022年2月のロシアのウクライナ侵攻などを巡って、ADMMプラス参加国間に亀裂が入り始めた。2023年11月16日のジャカルタでの第10回ADMMプラスでは南シナ海紛争を巡って、また最近では対テロに関するEWG会合でADMMプラス参加国間の意見の相違や分裂が生じている。2022年半ばにモスクワで開催されたEWG会合ではオーストラリア、ニュージーランドおよび米国が退出し、2022年12月のEWG会合には日本と韓国が欠席した。以後、これら5ヵ国の対テロEWG会合への不参加が続いている。
(3) EWG会合への不参加をボイコットに等しいと見ることには注意が必要だが、対テロに関するEWG会合に限っては、会合への不参加は政治的意思の発信を意図していたと結論付けることができる。実際、ニュージーランドと米国は、モスクワでのEWG会合への不参加をミャンマーとロシアの共同議長に対する不快感を示すためのものであったことを明らかにしている。インドとマレーシアが2024年から2027年までの対テロEWGの新しい共同議長国となることが確定したことで、対テロEWGは機能回復する可能性がある。
(4) 他方、意見の対立に脆弱なEWGの1つが、フィリピンと日本が共同議長国を務める海洋安全保障に関するEWGである。日比両国が中国との領土問題を抱えていることを考えれば、会合や合同演習を共同議長国がどのように運営するかは興味深い。フィリピンと中国の対立は近い将来、緊張が高まっていくばかりであり、日本と中国の対立も、最近の両国の指導者の会談にもかかわらず、燻り続けている。南シナ海や東シナ海における領有権問題とEWGの活動が連結されて混乱すれば、中国が海洋安全保障に関するEWG から脱退する可能性も排除できない。また、ラオスとロシアが共同議長を務めることになっている、地雷処理に関するEWGでも同様の懸念が考えられる。ロシアがウクライナに地雷を広範囲に敷設していることから、ロシアの共同議長は論議の的になる可能性が高い。
(5) ミャンマー危機と主要国間の緊張が続く限り、ADMMプラスとEWGにおける分裂の深化が予想される。では、ADMMとADMMプラスは分裂の危機に如何に対応できるか。
a.第1に、ADMMは分裂の危険性を軽減する方法について内部で議論し、合意することができよう。このことは、ADMMプラスに対するASEANの中心性を維持するために、ASEAN加盟国の防衛関係機関が最初にすべきことである。
b.第2に、EWGは、防衛会議や合同演習を主催する唯一の基盤ではない。近年、ASEANは、主要国、特に中国、インド、ロシアおよび米国などの国々とASEAN+1形式で数多くの演習を実施してきた。特に亀裂が生じているEWGでは、ASEAN議長国は包括的な協力を確実にするために、EWGのそれぞれの機能分野において、特定のADMMプラス参加国との個別の会合や軍事演習を実施することができよう。たとえば、ラオスは地雷処理に関するEWGの共同議長国として、ロシアとの共同議長が物議を醸すようであれば、次期ASEAN議長国として、特定のADMMプラス参加国と個別に地雷除去演習を開催することもできよう。
c.最後に、EWGへの欠席を回避する最善の方法を決定するのは、各EWGの共同議長国次第である。EWGの会合や演習を主導するのは最終的には共同議長国の裁量に委ねられているが、議長国は会合や演習の計画立案における政治的影響に留意すべきである。たとえば、海洋安全保障に関するEWGでは、共同議長国は、領土紛争をEWGの活動と結びつけることを回避することができる。
(6) ADMMプラス参加国間の分裂は、ASEAN加盟国の国内問題やより広範な地政学的緊張から、今後より一般的な傾向になる可能性がある。ADMMプラスは、防衛協力を促進するための努力において柔軟性を発揮し、分裂が顕在化した場合には、各EWGの枠外での会合や演習を主催すべきである。このことは、大国間対立が継続し、しかもミャンマー危機が収束の兆しを見せない状況下では、これまで以上に喫緊の課題となってきている。
記事参照:ASEAN Defence Ministers’ Meeting-Plus: Divisions amid Functional Cooperation?
備考*:参加国はASEAN加盟10カ国に加えて、オーストラリア、中国、インド、日本、ニュージーランド、韓国、ロシアおよび米国。

12月13日「インド洋においてロシアの軍事演習が急増―インド専門家論説」(The Diplomat, December 13, 2023)

 12月13日付のデジタル誌The Diplomatは、ニューデリーを拠点にインド太平洋と南シナ海の問題やアジアの安全保障構造について幅広く執筆しているPooja Bhatt博士の“The Indian Ocean Is Witnessing a Surge in Russian Military Exercises”と題する論説を掲載し、Pooja Bhatt博士はここでВоенно-морской флот Российской Федерации(Military Maritime Fleet of the Russian Federation:ロシア海軍)がミヤンマーと初めての共同演習を実施した後バングラデシュの港湾を訪問するなど、ロシアはインド洋地域における提携国の多様化を図っているが、インドとしては、アラビア海で行われた中国とパキスタンという新しい提携国同士による海軍演習に注視するとともに、ロシアなどの友好国とより大きな利益のために協力する必要があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) Военно-морской флот Российской Федерации(Military Maritime Fleet of the Russian Federation:以下、ロシア海軍と言う)は、2023年11月、インド洋で異例の活動を見せた。まず、11月7日から11月9日にかけて、ロシアはミャンマーと最大規模の演習を実施した。 Министерство обороны Российской Федерации(Ministry of Defence of the Russian Federation:ロシア国防省)は、アンダマン海でミャンマーと実施した海軍演習を「近代史上初のロシア・ミャンマー海軍演習」と呼んだ。Тихоокеанский Флот(Pacific Fleet:太平洋艦隊)の2隻の対潜艦「アドミラル・トリブツ」と「アドミラル・パンテレーエフ」が、ミャンマーのフリゲートおよびコルベットとの演習に参加した。ミャンマーとの演習から数日後、ベンガル湾に面したバングラデシュのチッタゴン港にミャンマーとの共同訓練に参加したロシア艦艇が寄港した。バングラデシュの首都ダッカのロシア大使館は、これを「ロシア・バングラデシュ関係にとって大きな節目」と呼んでいる。インドとロシアも2023年11月にベンガル湾で2日間のPASSEXと呼ばれる小規模海軍共同訓練を実施し、「海軍協力の強化」を図った。これらの演習はすべて、包括的な海軍協力を発展させ、強化するという目標を掲げていた。
(2) ロシアがウクライナとの戦争が2年目に突入しているこの時期に、これらの海軍演習を実施していることは注目に値する。ロシア海軍はこの戦争でほとんど役割を果たせていない。ロシア海軍の挫折は、その効率と能力を確立するために、他の海域でのさらなる訓練演習を必要としている。インド洋は地政学的に重要な海域である。この地域の諸国も地域外の諸国も、さまざまな理由でこの海域に足跡を求めている。この海域への関心の高まりは、インド洋にさまざまな国の軍事的展開をもたらした。ロシアはインド洋に長く存在しており、この海域に精通している。インドとロシアは、2008年以来、「インドラ」と呼ばれる2国間海軍演習を隔年で実施している。
(3) ロシアは、西インド洋でのイランや中国との共同演習のほか、インド洋沿岸での2国間演習の実施にも力を入れている。それには明らかな理由がある。第1に、ロシアはインド洋地域における提携国の多様化を図っている。共同の軍事演習を行うということは、国家間の政治的・外交的協調性を強調するものであり、ロシアを軍事的提携国として受け入れることを示唆している。ロシアは、ウクライナとの対決という21世紀最長の戦争の真っ只中で、欧州と米国以外の世界に対して、印象が傷つくことを望んでいない。南アジア諸国との2国間海軍演習を行うことはインドとの2国間関係を損なうのを防ぐことができるため、ロシアにとって有益である。ロシアは日本海で中国と、西インド洋でイランとさえ共同演習を実施している。ロシアはインド洋における中国の存在に対するインドの懸念に敏感である。ロシアは中国とインドの両方を友好国とみなしており、どちらか一方を選ぶことで、この両国との関係を不安定化させたくはない。ミャンマーやバングラデシュなどの国々と軍事演習を行うことによってインドにおいてロシアへの警戒感が高まる可能性は低く、ロシアがこの地域に足場を固めていくことに変わりはない。
(4) 各国との共同演習は、将来的にロシアの軍事装備品を売却する根拠を示すのにも役立つ可能性がある。ロシアは、インドを含むほとんどの南アジア諸国にとって最も古くからの軍事装備品供給国である。軍事物資は、エネルギー貿易に次ぐ最も重要な収入源である。ロシアの軍事産業は、現在、装備品を売る立場にないかもしれないが、ロシアはSIPRIの報告によると、武器輸入で最も急速に成長している地域の1つである南アジアでの地位を失いたくはないであろう。南アジア諸国もまた、提携の多様化を模索している。インドにとっても、ロシアは長期的な提携国であり、最古の武器供給国である。インドは、ロシアがウクライナとの戦争を宣言したことで西側諸国の批判や制裁に直面した後もロシアを支持してきた。インドは、西側諸国が拒否した際にも、ロシア産石油を購入し続けている。その意味で、2023年のインドラ演習をPASSEXに変更したことは、2国間関係において注目すべき進展であった。しかし、ロシアは、他のすべての国と同様に、自国の国益を優先する主権国家である。ロシアにとって、この複雑な多極的な世界秩序の中で自国の経済と地政学的地位を維持するために提携を模索することは重要である。ロシアはインドとの関係だけでは満足せず、インド洋地域における提携国のさらなる拡大を模索していくであろう。
(5) インドはベンガル湾でのミャンマーとロシアの演習について声明を出していないが、それはインドがミャンマーとロシア両国と友好的な関係にあるからである。対照的に、Indian Navy は、最近アラビア海で実施された中国の通常型潜水艦が参加した中国とパキスタンの海軍演習を注視しているとの声明を発表した。インドは、依然として、海賊や人身売買などのインド洋に関係する各国共通の海洋安全保障上の問題を抱えている。そのため、インドは、アラビア海で出現した中国とパキスタンという新しい提携を注視するとともに、より大きな利益のためにロシアなどの友好国と協力することを申し出る必要がある。
記事参照:The Indian Ocean Is Witnessing a Surge in Russian Military Exercises

12月13日「中国はいかにして世界を作り変えようとしているのか?―米専門家論説」(Global Taiwan Institute, December 13, 2023)

 12月13日付の米非営利政策振興組織Global Taiwan Instituteのウエブサイトは、同Institute上席非常勤研究員でAmerican Enterprise Institute非常勤研究員Michael Mazzaの” The Axis of Disorder: How Russia, Iran, and China Want to Remake the World”と題する記事を掲載し、ここでMichael Mazzaは、米国は欧州と中東の両方において重要な利害を有しており、この世界秩序を守ることを怠れば、中国が侵略に転じる可能性がはるかに高くなるとして、要旨以下のように述べている。
(1) ヨーロッパでは第2次世界大戦以来最大の武力紛争が、レバントでは戦争が、そしてコーカサス地方のナゴルノ・カラバフでは短期間の急激な戦争が同時に起きている。一見別々に見えるこれらの紛争は、実は偶然の瞬間によってではなく、関与する主体によってつながっている。ロシア、イラン、そしてテロリスト集団まで、悪質な行為者たちはウクライナからアゼルバイジャン、イエメンに至る一帯の領土に混乱を巻き起こしている。その背後には、中国の存在がある。中国は平和や安定、侵略による犠牲者のための正義に関心があるのではなく、自らの目的を追求し易い世界情勢を醸成することに関心がある。
(2) 世界が本当に平和であったと言える時代はない。第2次世界大戦後、米国は東アジア、東南ヨーロッパ、中東、アフリカ、カリブ海諸国、ラテンアメリカで戦争や軍事介入を行ってきた。反乱や内戦は、発展途上国の多くで常態化し、テロリズムは1970年代から常に懸念されてきた。しかし、冷戦時代もポスト冷戦時代も、ある種の秩序が存在した。Henry Kissingerは、世界秩序を「ある地域や文明が持つ、世界全体に通用すると考えられる公正な取り決めや力の配分の本質に関する概念」と定義した。どのような秩序であれ、その存続は正当性とそれを維持できる勢力の均衡にかかっている。歴史の大半において、秩序は世界的なものではなく、地域的なものであったが、19世紀に入り、ヨーロッパのウェストファリア秩序が世界的なものとなった。
(3) Henry Kissingerはウェストファリア秩序を、「独立した国家が互いの内政干渉を控え、一般的な力の均衡を通じて互いの野心を牽制し合うシステム」と述べている。こうした基本的な特徴は、体制が進化した現在でも変わっていない。ウェストファリア体制は、開かれた貿易と安定した国際金融システムを促進し、国際紛争を解決するための受け入れ可能な原則を確立し、戦争が発生した場合の戦争遂行に制限を設けるために設計された広範な国際的な法的・組織的機構網によって、世界の無政府的性質を抑制しようと努めてきた。
(4) 米国は、ソビエト連邦の解体後、世界秩序の再構築を図った。特に、他国の内政に干渉してはならないという規範を弱めることを目指した。それは、他国の政治過程の細部にまで干渉することを望んだのではなく、一極集中の「自由のための帝国」となり、民主主義を世界に広めるという宿命を果たす好機があったからである。しかし、ウェストファリア秩序の基本的な性質はほとんど変わっていなかった。
(5) そのウェストファリア秩序が脅威にさらされている。ロシア政府と中国政府の帝国主義的な振る舞いは、ロシアと中国の先祖が国際組織に対するウェストファリア的取り組みをまだ受け入れていなかった以前の時代を思い起こさせる。中国は長い間、自国が作ったわけでもない規範に縛られ、対等な国の1つに過ぎない世界秩序に歯がゆさを感じてきた。中国政府は、少なくとも自国周辺において、そしておそらくそれ以外の地域においても、中国中心の秩序を再構築しようとしている。国内外の経済政策と一帯一路構想は、すべての経済の道路が北京につながるように設計されている。
(6) イランとハマスやヒズボラを含むイランの支援を受けるシーア派は、国際秩序についてまったく異なる考えを持っているが、ロシアや中国と同じように、今日の秩序に反対している。イラン政府の目標は、宗派間の対立が国家間紛争を引き起こしたウェスファリア以前のヨーロッパを思い起こさせるところがある。イランは、シーア派を広め、シーア派イスラム教徒に帝国主義者を打ち負かすためのイデオロギー的、軍事的、経済的手段を提供することで、革命の輸出に力を注いでいる。また、ハマスはガザを統治する役割を担っているにもかかわらず、その目的は、同様に宗教的なものである。
(7) ロシア、中国、イラン、そしてハマスもすべて修正主義者である。世界秩序が最終的にどうあるべきか、あるいは世界秩序が存在すべきかどうかについては意見が一致しないかもしれないが、現状の秩序に反対するという点では一致している。そして彼らは前進している。世界は今、どの秩序概念も広範な正当性を享受することができず、長い間秩序を維持してきた勢力の均衡がその役割を果たせなくなりつつある。
(8) 現時点では、ロシア、イラン、イランおよび非国家主体が、世界秩序に対する主な敵対者である。国際的な法的・組織的構造に対して緊張を強い、あるいは完全に無視している。そして中国は彼らの努力をささやかだが重要な形で支援してきた。おそらく習近平は、他国が世界の秩序を壊すという大変な仕事を終えたら、中国は自国の観念で秩序を再構築することができると考えているのだろう。一方で習近平は、この世界的な無秩序の時代が始まったばかりであることを見極め、特に南シナ海で優位に立とうとしている。この1年、フィリピンに対する容赦ない圧力が南シナ海の領有権を主張する唯一の米国の同盟国を標的にしているのは偶然ではない。習近平は、国際的な相違は平和的に解決されるべきという秩序の正当性と、米国および同盟国の力がそれを維持できるかどうかの両方を試している。
(9) 習近平が南シナ海で学んだこと、そしてロシアやイランに対抗するための米国の取り組みを観察することから学んだことは、台湾、日本、そしてアジアにおける中国の他の近隣諸国にとって不吉なものとなる可能性がある。米国は、欧州と中東の両方において、地域固有の重要な利害を有している。しかし、より抽象的な利害も有している。それは、米国が繁栄してきた世界秩序を守ることである。もし米政府がそれを怠れば、中国が侵略に転じ、襲いかかる危険性ははるかに深刻になるだろう。
記事参照:The Axis of Disorder: How Russia, Iran, and China Want to Remake the World

12月14日「英国のアスチュート計画における労働者問題からの教訓―オーストラリア専門家論説」(The Strategist, December 14, 2023)

 12月14日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、University of SydneyのUnited States Studies Centre研究員Samuel Garrettの”Astute lessons for Australia’s AUKUS submarine workforce”と題する論説を掲載し、Samuel GarrettはAUKUSの第1の柱であるオーストラリア向け攻撃型原子力潜水艦を成功させるためには、かつて英国が味わった潜水艦建造に係わる工員、特に原子力推進装置に係わる技能を持つ工員の持続的確保の問題を解決することが必須であるとして、要旨以下のように述べている。
(1) AUKUSの第1の柱であるオーストラリア向けの原子力潜水艦(以下、SSN-AUKUSと言う)が約束された能力を発揮するという期待が、AUKUS支持者の間で高まっている。
(2) しかし、オーストラリア政府が第1の柱を予定通りに、かつ既に高額になっている予算内で引き渡したいのであれば、英国のアスチュート級攻撃型原子力潜水艦(以下、アスチュート級SSNという)の苦難の歴史から教訓を学ばなければならない。SSN-AUKUSはアスチュート級SSNの設計をひな型にする予定であり、オーストラリアは英国のように低い産業基盤から労働力を構築しなければならないため、オーストラリアは、アスチュート計画の展開を妨げた問題を軽減するための協調的な努力がなされない限り、過去の過ちを繰り返す危険にさらされている。
(3) University of Sydnyの United States Studies Centreが発表した新しい報告書に概説されているように、アスチュート計画は主に造船労働力の不十分な統合と管理ミスのために、開始当初から遅延と経費超過に悩まされてきた。
(4) Barrow Ship Building Companyの工員は、ヴァンガード級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(以下、ヴァンガード級SSBNと言う)の建造終了からアスチュート計画の開始までの間に13,000人から3,000人に減少した。そのため、アスチュート計画の開始時には新規採用された工員に建造作業が託され、大幅な技量不足が発生していた。
(5) さらに、当時の英国の指導層の間では小さな政府という哲学があり、バローのMinistry of Defenceの事務所に配員された人員はヴァンガード級SSBN建造時代の50人から半ダース以下に削減されていた。政府による監督と調整が最小限に留まっていたため、アスチュート計画の問題が悪化し、造船業の労働力が直面している課題に対する政府内の認識は低かった。その後、民間部門では設計と建造における危険性に関する政府の誤った仮定に対処する準備ができていないことが判明した。
(6) アスチュート計画の展開を妨げていた労働力の問題は、政府の監督の強化、利害関係者との意思の疎通および将来の労働力要件の徹底的な計画によって軽減され始めました。Barrow Ship Building Companyの工員は現在約10,000人で、10年後には17,000人に増える見込みである。Ministry of Defenceの常駐職員の増員、産業界と調整するための主要サプライヤーフォーラムの設立、および米国からの外部人材の専門知識により、労働力の技量、計画、管理が大幅に向上した。
(7) 継続的な労働力復元の鍵は、2018年にバローに技能習得のための教育訓練機関を設立したことである。若年労働者に重点を置くことで定着率が向上し、今では何百人もの実習生がこの教育訓練機関を卒業している。第1の柱の開発には、資金提供を受けた見習い制度の効果的な統合も必要になる可能性が高い。
(8) オーストラリアが、原子力推進装置に関わる技能のある労働力の育成において英国が直面したのと同じ落とし穴を避けるには、AUKUS事業にとって極めて重要な労働力の管理と育成を優先しなければならない。南オーストラリア州での技能習得のための教育訓練機関の設立や、オーストラリアの労働者に対する大学の科学、技術、工学の就職先や海外造船所への支援などの構想の発表は、政府がこれらの懸念を真剣に受け止めていることの表れである。
(9) AUKUSのような数十年にわたる計画では、労働力管理に絶え間ない注意を払うことが不可欠である。民間部門の取組を調整し、効果的な計画や労働力の管理を行うには、政府の強力な指導力が必要となる。産業分野の専門労働力の採用、訓練、育成に要する所要期間と彼らが直面する技術上の任務が非常に複雑である状況を考えると、短期的には取り組みを急速に拡大し、長期的には継続する必要がある。
(10) Australian Submarine Agency*は、設計、建造、運用計画の各チームを完全に分離しないように注意する必要がある。これは、アスチュート計画中に英国で採用された取り組みである。
(11) 英国で成功している職業技能訓練のひな型を模倣することは容易ではない。オーストラリアの高等教育制度の構造的な障壁と、産業界と高等教育の統合が限られているため、英国の手法を再現することは困難である。
(12) 適切な計画と人材育成がなければ、AUKUSの戦略的議論は、経費の増大と遅延に直面して崩壊する可能性がある。アスチュート計画の危険性と課題は、業界と英国政府の両方によって過小評価されてきた。オーストラリアがAUKUSをやり遂げたいのであれば、同じ過ちを犯すわけにはいかない。
記事参照:Astute lessons for Australia’s AUKUS submarine workforce
*Australian Submarine Agencyは、AUKUSを通じて、オーストラリア向けの通常弾頭装着の兵器システムを搭載する原子力潜水艦を安全かつ確実に取得、建造、引き渡し、技術的に管理、維持、廃棄することを目的として、2023年7月1日に設立された。

12月15日「南シナ海でのフィリピンの取り組みは報われるか―香港紙報道」(South China Morning Post, December 15, 2023)

 12月15日付の香港日刊英字紙South China Morning Post,は、” Will more assertive Philippine approach to South China Sea pay off in long run?”と題する記事を掲載し、ここで南シナ海のセカンド・トーマス礁をめぐるフィリピンと中国の対立と今後のASEANが採るべき道について、要旨以下のように報じている。
(1) フィリピン政府は中国との海洋での対立を最大限に宣伝し、国際的な支持を得ようとしている。この取り組みが中国の行動に変化をもたらすかどうか疑問視する向きもある。Philippine Coast Guardは、係争中の南シナ海のセカンド・トーマス礁にある軍事基地に補給へ向かう船を過去4ヶ月の間に7回護衛した。その度に、中国海警総隊や海上民兵がその航行を妨害し、危険なほど接近した。12月10日、中国海警総隊の海警船は、はるかに小型のフィリピン補給船に対して放水銃を使用し、最終的に衝突した。フィリピンはその後、「この事故によって船のエンジンが損傷し、航行不能になり、乗組員の生命が著しく危険にさらされた」と発表した。マニラは、2月に中国海警総隊がセカンド・トーマス礁付近でフィリピンのボートに軍事用のレーザー光線を照射し、乗組員を一時的に失明させた事件以来、こうした対立を公表している。
(2) 12月10日の事件後、フィリピンの同盟国である米国は、中国船は危険な行動を採ったと述べ、Philippine Coast Guardへの武力攻撃は相互防衛条約を発動させる可能性があると警告した。スウェーデン、イギリス、ニュージーランド、ドイツは、国際法と北京の領海主張を無効とした仲裁判決を尊重するよう求めており、一方、オーストラリア、日本、EUは、中国の行動を危険だとし、米国と同様の見解を示した。フィリピン政府はこの戦略に自信を持っているように見えるが、長期的な成功の可能性は懐疑的で、中国の行動を変えることはできないという分析もある。
(3) 1999年に中国がセカンド・トーマス礁から30km離れたミスチーフ礁で造成工事を始めた時に、フィリピン政府が第2次世界大戦時の揚陸艦「シエラ・マドレ」を意図的に座礁させ、定期的な補給が必要な軍事基地として機能させた。中国政府はその撤去を要求している。現在、フィリピン政府は中国船が自国の艦船を追いかけ、取り囲み、数メートルの間隔を空けて接近航行しているビデオ映像や写真を公開している。
(4) フィリピン政府からの強い反応は、2022年6月にFerdinand Marcos Jr.大統領が就任してからの政策の変化を示している。これについてマニラにあるAteneo School of Government教授Rommel Jude Ongは次のように語っている。
a. Rodrigo Duterte前大統領は、米国と距離を置こうとする一方で、中国との暖かい関係を求めていた。
b.これは南シナ海における、中国の国家宣伝が国際世論空間の現状を変えるのを防ぐ一環である。
c.フィリピンは、九段線によって示された南シナ海の海域に対する中国政府の広範な主張を無効とした2016年の国際法廷による判決をしばしば引用している。
d.セカンド・トーマス礁は、干潮時にのみ露出し、満潮時には水没するため、領海や排他的経済水域を主張することはできないとした判決を中国政府は拒否し、裁判所には主権の問題を決定する権限はないとして手続きへの参加も拒否した。
e.フィリピン政府は防衛と安全保障に関して、米国だけでなく、日本、オーストラリア、イギリス、フランスなどの国々とも協力する必要があると述べている。
f.フィリピンが南シナ海の他の領有権主張国であるベトナム、マレーシア、ブルネイと団結し、ASEAN対中国の力の非対称性を緩和する重厚さを生み出すことは、理想的で論理的な戦略であろう。
g. ASEANとの力学、そして他の主張国との2国間関係の性質が、そのような可能性を妨げている。分断されたASEAN、そして領有権主張国によって、中国共産党は最小限の挑戦で南シナ海における自らの立場を主張している。
(5) ASEANは、南シナ海の領有権をめぐって集団的な取り組みを採ることを好むが、中国政府はASEAN全体と協議する一方で、領有権を主張する国々と2国間交渉を行っている。海上での衝突や事故を防ぐための行動規範(以下、「COC」言う)の合意に関する中国とASEANの協議は、Covid-19の影響もあり、何年も遅れている。中国と他の20ヵ国は2014年、偶発的な衝突を防ぐために、拘束力のない「洋上で不慮の遭遇をした場合の行動基準(Code for Unplanned Encounters at Sea:以下、CUSEと言う)」に署名したが、この規範は沿岸警備隊や民兵を対象としていない。
(6) シンガポールのISEAS-Yusof Ishak Institute の上席研究員で海洋安全保障を専門とするIan Storeyは次のように述べている。
a.拡大されたCUSE もCOCもまだ最終決定されておらず、おそらく当分の間は最終決定には至らないので、中国の行動に影響を与えることはない。
b.最終的な協定が影響を与えるかどうかは、その条項がどれだけ強力なものであるかと、中国がその条項を守るかにかかっている。
(7) 北京の軍事科学技術シンクタンク遠望智庫研究員周晨明は次のように述べている。
a.不用意な衝突を防ぐ最善の方法は、緊密な意思疎通を保つことである。
b.中国海軍の訓練計画は、衝突を回避しながら、他の艦船と接近遭遇する方法を含んでいる。
c.中国軍がより戦闘志向になったことで、このような危機に対処するために主体的になってきている。
(8) 前述のRommel Jude Ongはさらに述べた。
a.中国が規範を守ることを拒否した場合、COCとCUSEは何の影響も及ぼさない。
b.セカンド・トーマス礁付近での中国の行動を暴露する戦略は、中国の持続的な海洋へ展開と、セカンド・トーマス礁を含むフィリピンの排他的経済水域での経済活動を保護することと対になるべき。
c. ASEANは沿岸警備隊フォーラムを東南アジアの規範設定機関として構築すべき。
d.将来的にASEANは海上保安の組織・機関を威圧の道具として使用するような国に対して、風評上の対価を課すことができる重要な存在になるかもしれない。
記事参照:Will more assertive Philippine approach to South China Sea pay off in long run?

12月17日「南シナ海・東アジアをめぐる最近の動向―フィリピンメディア報道」(The Manila Times, December 17, 2023)

 12月17日付のフィリピン国営日刊紙The Manila Times電子版は、“Japan, Asean to boost 'maritime security ties'”と題する記事を掲載し、日本-ASEAN首脳会談の開催のほか、南シナ海をめぐる現状やそれに対する専門家の見解などをまとめ、要旨以下のように報じている。
(1) 12月16日、日本-ASEAN友好協力50周年特別首脳会議が開催された。その最終声明の草案によると、ASEANと日本は南シナ海における緊張の高まりを背景にして、「海洋安全保障協力」を強化することで合意するとのことである。
(2) 中国は南シナ海のほぼ全域の主権を主張し、攻撃的活動を強め、米国や地域の国々を苛立たせている。日本も中国とは領土論争を抱えており、軍事費を増額させ、韓国やオーストラリアなどとアジア太平洋地域における安全保障協力を進めている。
(3) 日本は南シナ海における中国の「危険な行動」に対し「深い遺憾の意」を表明した。そして、南シナ海に関しては中国に対するフィリピンの抗議に同意すると述べている。日本は11月、Marcos Jr.大統領の訪日の間に、沿岸警備隊の船やレーダーシステム購入のための資金援助に合意した。今回の首脳会談では、マレーシアにも「警戒・哨戒」設備のために4億円を支援する合意が結ばれた。岸田首相は、世界がいま転換点にあり、そのなかで日本はASEANとの協力を進めると述べている。
(4) 2023年9月、ASEAN諸国の軍隊が初めて共同演習を実施した。主催したインドネシアは、それが災害救援や海洋パトロールに焦点を当てていることを強調している。
(5) 日本-ASEAN首脳会談について、中国外交部は国家間の協調は地域の国々の相互の信頼を強めるものであるべきであり、他方で、それが第三者を標的にすべきではないと述べている。それとは別に中国国防部の報道官は、「悪意を持つ」地域外の国々は速やかに「違法行為や挑発行為」をやめるべきだと主張し、またフィリピンが南シナ海における行動宣言(DOC)に違反し、地域の平和と安定を損ねていると批判した。
(6) Stanford Universityのシーライト計画(Sea Light Project)の責任者Raymond Powellは、米比は何が公船に対する攻撃とみなされるのか、そして最近の中国のより積極的な活動に対してどう対応するかについて決断を下すべきであると述べている。これは、中国による南シナ海での最新かつきわめて重大な事件を受けての発言である。その事件とは、中国民兵が大量にセカンド・トーマス礁に押し寄せたことであり、Powellによればそれは「きわめて異例」のことだという。米比はこれに適切に対応しなければ、中国が今後行動を拡大させる可能性があると彼は指摘する。
(7) フィリピンのシンクタンクAsian Century Philippines Strategic Studies Institute所長のHerman Tiu Laurelはこうした見方に反論する。彼は南シナ海をめぐる論争に関する対話は中国とフィリピンだけで行われるべきであり、UNCLOSに加盟していない米国がそうした対話で担える役割などないと主張する。Herman Tiu Laurel は、Raymond Powellが言うフィリピンの「攻撃的透明性」の戦術が「空白の壁」にぶつかっていると主張し、南シナ海における中国の活動を公表するというフィリピンの最近のやり方が、今後はうまくいかないことを示唆した。フィリピンやASEANは米国の介入を歓迎していないことを意味する。
記事参照:Japan, Asean to boost 'maritime security ties'

12月17日「南シナ海における中国の行動についてわれわれが理解していないものはなにか―オーストラリア中国専門家論説」(The Conversation, December 17, 2023)

 12月17日付のオーストラリアのニュースサイトThe Conversationは、Australian National University 博士研究員Edward Sing Yue Chanの“What we don’t understand about China’s actions and ambitions in the South China Sea”と題する論説を掲載し、そこでEdward Sing Yue Chanは中国がしばしば既存の秩序を転換しようとする修正主義勢力だとみなされることについて、それは単純化した見方であり、中国の認識や手法をより詳細に検討すべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 最近の南シナ海における中国の活動が地域の懸念を強めている。フィリピン船との衝突事件を起こし、潜水作業中のオーストラリア艦艇に対してはソナーを発振し、乗組員を負傷させている。米国およびその同盟国は、こうした動きを、中国が既存の海洋秩序に挑戦していることの証とみなしている。しかし、中国の行動を理解するためには、中国が南シナ海を支配する権利と正当性についてどのように認識し、海洋秩序をどう理解しているかを検討する必要がある。
(2) 中国による南シナ海や東シナ海問題への取り組みは、1980年代以来、変わっていない。すなわち、主権をめぐる論争を脇に置き、海洋の共同開発を模索するというものである。こうした取り組みが前提とするのは、その海域が中国の主権下にあることである。そして共同開発を行うのであれば、提携する国々もその前提を受け入れていると中国の指導部は期待しているのである。
(3) しかし、こうした取り組みは期待されたほどの成果を出せず、中国の学者や一部の政府関係者には、経済的利益のために主権をないがしろにしていると見られている。結局のところ共同開発によって中国と東南アジア諸国との間の信頼関係が強化されておらず、また中国の主権に関する正当性が損なわれているというのである。そして最近の米中対立が状況を複雑にしている。
(4) 2012年、スカボロー礁でPhilippine Navyの艦艇と中国漁船の間でにらみ合いが生じたのが重大な転機であった。中国はスカボロー礁を占拠し、フィリピンは国際仲裁裁判所に提訴した。これは、中国による海洋の主権をめぐる取り組みに重大な変化をもたらし、中国は海洋の主権と司法権を明確に主張するようになった。また、環礁周辺の埋め立て、海警の強化、国内法の修正など、「法によって海を統治する」やり方を強めてきた。
(5) 中国の知識人はこうした行動を2つの原則で正当化する。1つは、中国が南シナ海の大部分を支配する歴史的権利を有するということである。したがって、南シナ海には中国の国内法が適用されるという主張になる。第2に、これらの措置は「法によって国家を統治する」という共産党の指令に沿っており、法律と規制が海洋領域の統治のためにしっかりと機能していることを保証しているということである。これはきわめて論争的であり、国際法による挑戦を受けている。仲裁裁判所の裁定を拒絶したあと、世界は中国が国際法に違反していると認識するようになったが、他方、中国は現行の海の秩序が不公正なのだという認識を強めた。
(6) 中国は自国の主張に対する国際的な支持の確保に努めてきた。そのために、「公正で適切な」海洋秩序の確立を目指している。たとえば中国の第14期5ヵ年計画はその目標の輪郭を描いている。より具体的に言えば、中国は既存の海洋秩序を西洋諸国に支配されたものから、中国が言うところの「真の多国間主義」に基づく秩序に変更させることを目指している。そのなかで中国は自らを国際的指導者と位置づけようとしている。
(7) 西側の戦略家は、中国が既存の国際秩序に挑戦する修正主義勢力であるとみなしがちである。しかし、それは単純化が過ぎる。むしろ中国は、既存の枠組みのなかで、特定の規範を修正しようとしてきた。国際的規範というものは、あらゆる国による統一的な理解を欠くものであるため、そのグレーゾーンを中国はうまく利用するのである。結局のところ、中国の狙いは既存の海洋統治に関わる合意や条約を支配し、海洋の権利や利益を擁護することにある。中国の海洋統治における影響力は明らかに強まっている。そのなかで、西側諸国や中国の隣国は、中国の取り組みをよりよく理解する必要がある。
記事参照:What we don’t understand about China’s actions and ambitions in the South China Sea

12月18日「フィリピンの『攻撃的透明性』戦術と中国の対応―香港英字紙報道」(South China Morning Post, December 8, 2023)

 12月18日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“South China Sea: Beijing flexes maritime muscles as Manila’s ‘assertive transparency’ puts it on the defensive”と題する記事を掲載し、ここ最近の南シナ海での状況について、フィリピンが「攻撃的透明性」と呼ばれる戦術で中国の行動を抑制しつつも、直近では中国が事態の拡大の兆候を見せていることについて、専門家の見解を交えつつ、要旨以下のように報じている。
(1) 南シナ海の現状について専門家は次のように見ている。南シナ海論争においてフィリピンが「攻撃的透明性」戦術を採用する中、中国がその行動を活性化させる可能性がある。しかし他方で、中国は米国がフィリピンを守るために関わってくることを避けるために、事態の拡大を注意深く調整すべきである。
(2) ここ数ヵ月、中国とフィリピンは南シナ海で衝突を含むにらみ合いを繰り返し起こしており、南シナ海は台湾海峡よりも危険な海域になっている。中国はフィリピンがより攻撃的な対応をしていることに困惑している。フィリピンは、中国の繰り返しの妨害にもかかわらず、セカンド・トーマス礁に座礁させた元揚陸艦「シエラ・マドレ」への再補給を続けている。フィリピンはさらに補給活動を行う船にジャーナリスト達を招待し、中国の「侵略的行動」にスポットライトを当てようとしている。今月はじめにはジャーナリストが乗った船に中国海警船が高圧放水銃を発射している。
(3) フィリピンが、「シエラ・マドレ」をセカンド・トーマス礁の恒久的基地にするなど、中国の支配に挑戦するような、越えてはならない一線を越える行動を起こさない限り、中国は南シナ海論争で守勢を維持するだろうと指摘されている。たとえば、中国南海研究院の研究助手は、中比の軍事力の格差にもかかわらず、南シナ海では現在立場が逆転してしまっていると述べている。またシンガポールのRSISのCollin Kohは、フィリピンの戦術が現在までは奏功していると主張している。Collin Kohによれば中国は、南シナ海での攻勢を完全に停止することはないだろうが、米比相互防衛条約を発動させないように、その行動を「武力攻撃」へと拡大させないように慎重に動かざるを得なくなっているという。
(4) 米Stanford Universityが実施するシーライト計画(SeaLight Program)は、南シナ海での活動を追跡する計画であるが、その責任者Ray Powellは、Philippine Coast Guardの戦力が限られているフィリピンにとって最良の防御方法が、中国の行動を公表することだと述べている。Ray Powellはそのやり方を「攻撃的透明性」と名付ける。「攻撃的透明性」によってフィリピンは国際的な支持、支援を得ることができる。
(5) 他方、中国はそうしたやりかたの危険性が利益を上回ることをフィリピンに納得させよとしているという。Ray Powellによれば、「どのくらいの期間、どの程度、この方針を維持するかは、中国が評判の悪化にどれだけ耐えられるか……にかかっている」。中国は「シエラ・マドレ」が自然に朽ち果てるのを待っているという声もある。また、中国はフィリピンに先に攻撃させようと誘っているのだという者もいる。そうすれば、中国は「自衛手段」として行動の拡大を正当化できる。フィリピンも中国の考えをわかっているため、慎重である。
(6) 中国が最近、戦術を変えていることを示す兆候がいくつかある。シーライト計画によると12月11日、中国船11隻がセカンド・トーマス礁に侵入し、「シエラ・マドレ」の南方2kmまで接近したという。9日にはスカボロー礁、10日にはセカンド・トーマス礁の近くで中国船とフィリピン船が対峙する出来事があった。
(7) シーライト計画によれば、中国船がセカンド・トーマス礁の内側に侵入するのは「きわめて異例」だという。11隻という隻数も最大規模であり、Ray Powell は「中国は事態を拡大している」と述べている。Collin Koh もこの見方に同意する。中国は攻勢を強める第1歩を踏み出そうとしている可能性がある。ただし、中国とフィリピン、お互いがどこまで踏み込むかははっきりとはしていない。
記事参照:South China Sea: Beijing flexes maritime muscles as Manila’s ‘assertive transparency’ puts it on the defensive

12月20日「米国、延長大陸棚を要求―米専門家論説」(High North News, December 20, 2023)

 12月20日付けのノルウェー国立NORD UniversityのHIGH NORTH CENTERが発行するHIGH NORTH NEWSの電子版は、U.S. Coast Guard AcademyのCenter for Arctic Study and Policy教授Abbie Tingstadの“The U.S. Initiates Extended Continental Shelf Claims”と題する論説を掲載し、Abbie TingstadはU.S. Department of Stateが北極圏におけるECSの権利の主張を前進させる計画を発表したことについて、要旨以下のように述べている。
(1) 12月19日、U.S. Department of Stateは、ECS(extended continental shelf:以下、ECSと言う)として知られる、海岸から200海里を超える海域における米国の大陸棚の外縁を定義する地理座標を発表した。他の国々と同様、米国は国際法の下、自国のECS上およびその下にある資源と重要な生息地を保全・管理する権利を有するとU.S. Department of Stateは述べている。米国のECS海域は7つの区域にまたがる約100万平方kmである。この海域は、グリーンエネルギーから人工知能を動かす半導体まで、あらゆるものに必要とされる戦略的鉱物や希土類元素のような多くの資源に恵まれている。また、カニやサンゴのような海洋生物の重要な生息地でもある。
(2) U.S. Coast Guard AcademyにあるCenter for Arctic Study and Policy教授Abbie Tingstadによると、これは記念碑的な一歩だという。しかし、「残念なことに、重要な海洋統治の他の多くの分野の中で、ECSの主張を仲裁する過程が規定されているUNCLOSを米国が批准できないままであるため、その結果として、この一歩の意義は、米国が直面する履行と信頼性の課題によって弱まっている」とAbbie Tingstadは述べている。UNCLOSは168ヵ国とEUが批准している。
(3) UNCLOS第76条は、地質学や水深測量による地図作成を通じて、自国の大陸棚の自然な延長があることを証明できる場合、EEZの200海里を超えた海底上または海底下の資源に関して、沿岸諸国が追加的な経済的権利を主張する手順を規定している。
(4) カナダとロシア、そして他の北極圏諸国は、UNCLOSを通じて北極圏におけるECSの権利を主張している。フランスや中国を含む多数の国も同様に、自国のEEZ周辺の大陸棚を延長する主張を国連に提出している。「米国は実際にはUNCLOSを遵守しているが、正式には批准していないため、この国がECSの権利を正式に主張したり、他国の権利に異議を唱えたりすることができるかどうか、その度合いについて疑問が投げかけられている」とTingstadは言う。U.S. Department of Stateは、14の省庁で構成される米政府の省庁間組織であるU.S. ECS Task Forceを通じて、ECSの取り組みを主導した。
記事参照:The U.S. Initiates Extended Continental Shelf Claims

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

(1) The Big One: Preparing for a Long War With China
https://www.foreignaffairs.com/china/united-states-big-one-krepinevich?utm
Foreign Affairs, January/February 2024, December 12, 2023
By Andrew F. Krepinevich, Jr., a Senior Fellow at the Hudson Institute and an Adjunct Senior Fellow at the Center for a New American Security
2023年12月12日、米保守系シンクタンクHudson Instituteの主任研究員Andrew F. Krepinevich, Jr.は、米Council on Foreign Relationsが発行する外交・国際政治専門の隔月発行誌Foreign Affairsのウエブサイトに" The Big One: Preparing for a Long War With China "と題する論説を寄稿した。その中でAndrew F. Krepinevich, Jr.は、過去10年間で、インド太平洋における中国の軍事的侵略の見通しは、仮定の領域から現実的なものへと変化しているとした上で、習近平は台湾を中国と統一しなければならないと主張する頻度を高めており、その目的を達成するための武力行使を放棄することを拒否しているが、米国が欧州や中東での大規模な戦争に気を取られているため、ワシントンの一部の人々は、中国が、西側諸国が対応する前に軍事作戦を開始することで、中国政府がこうした修正主義的野望の一部を実現する機会を得るのではないかと懸念していると指摘している。そしてAndrew F. Krepinevich, Jr.は、中国の場合、いつ、どこで、どのように戦争が始まるのか、また、戦争が始まったらどのような道をたどるのかを正確に予測することは難しいが、しかし、そのような紛争が限定的なものにとどまらない場合、米国とその同盟国は核戦争への事態拡大の閾値を下回るとはいえ、何ヵ月も何年も戦争状態が続く可能性があり、自国の経済、基幹施設、国民の福祉に甚大な犠牲をもたらす大国間戦争の意味を考え始めなければならないとし、そのためにも米国は、この長期戦に勝つための資源と持続力があることを中国政府に納得させなければならないと主張している。

(2) The Indo-Pacific versus Pacific Asia
https://www.chinausfocus.com/foreign-policy/the-indo-pacific-versus-pacific-asia
China US Focus.com, December 14, 2023
By Brantly Womack, Professor, University of Virginia
12月14日、University of Virginia教授Brantly Womackは、香港のシンクタンク  China-United States Exchange FoundationのウエブサイトChina US Focusに、“The Indo-Pacific versus Pacific Asia”と題する論説を寄稿した。その中で、①「インド太平洋」という用語は曖昧だが、米国から見ると、中国を懸念する国々が政治的に構築したものである。②北東アジア、大中華圏、東南アジアを含む太平洋アジア(Pacific Asia)は、域内貿易が盛んな世界最大の経済地域を指す。③「太平洋アジア」は、通常「東アジア」と呼ばれる地域に対してBrantly Womackが提案する新語で、アジア以外では「東アジア」はしばしば北東アジアのみを指すかことが新語提案の理由である。これには「アジア太平洋」や「環太平洋」という言葉も当てはまるが、これらは太平洋の両岸を含む。④米国が指導的立場を望んでいるにもかかわらず、インド太平洋地域は主権の主体性、関係性および展望が複雑に絡み合った場所である。⑤インド太平洋諸国の多くは米国との関係を維持・改善したいと考えている一方で、中国封じ込めの最前線になりたいと考える国はほとんどない。⑥太平洋アジアが経済地域であるとするならば、それは保護主義ではなく、むしろ世界的な包括的姿勢によって定義されるものである。⑦2023年の世界GDP成長率のほぼ半分に当たる47%が太平洋アジアで生じると予測されている。⑧中国は太平洋アジアの経済構成の中心であり、その地域的な中心性は地域的な支配でもなければ、2国間相互作用のハブ・アンド・スポークでもなく、無数の強制されない市場決定の集合体である。⑨もし中国の台頭が近隣諸国を警戒させるならば、この地域の態度は「中国という問題」というインド太平洋の政治的意図へと移行し、「中国という提携国」という太平洋アジアの経済的前提から遠ざかるだろうといった主張を述べている。

(3) The Taiwan Factor in the US’s Regional Posture
https://www.orfonline.org/research/the-taiwan-factor-in-the-us-s-regional-posture
Observer Research Foundation, December 15, 2023
By Sujan R. Chinoy is a former Indian diplomat currently serving as the Director General of the Manohar Parrikar Institute for Defense Studies and Analyses (IDSA), India's foremost think-tank in New Delhi
2023年12月15日、元インド外交官で現在はインドのシンクタンクManohar Parrikar Institute for Defence Studies and Analyses (MP-IDSA) の責任者Sujan R. Chinoyは、インドのシンクタンクObserver Research Foundationのウエブサイトに" The Taiwan Factor in the US’s Regional Posture "と題する論説を寄稿した。その中でSujan R. Chinoyは、台湾に対する中国の脅威の高まりに鑑みれば、現在の米国の政策が台湾海峡での侵略を抑止し、戦争を回避することができるのかどうかが真の問題であるとした上で、「戦略的曖昧さ」という言葉に代表される米国の台湾政策の歴史をよく読めば、ある程度の懐疑的な見方が生まれるかもしれないが、今日の問題は中国が台湾に軍事攻勢をかけるという極端な情勢見積の場合に、この政策が機能するかどうかであると指摘している。そしてSujan R. Chinoyは、現在の海峡両岸情勢を鑑みれば、「戦略的曖昧さ」が台湾に対する中国の意図と力の投影という課題に十分に対応できるかどうかを検討する切実な時機であると同時に、米国は台湾を失うわけにはいかないという態度をより明確にしなければならず、これは米国のこの地域に対する姿勢の転換を意味すると主張している。