海洋安全保障情報旬報 2023年9月21日-9月30日

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9月22日「駐パキスタン米大使、グワダル港訪問とその意味―パキスタンジャーナリスト論説」(The Diplomat.com, September 22, 2023)

 9月22日付のデジタル誌The Diplomatは、パキスタンのグワダル在住のフリーランス・ジャーナリストMariyam Suleman Aneesの“Why Was the US Ambassador’s Visit to Gwadar Important?”と題する論説を掲載し、ここでMariyam Suleman Aneesは最近の駐パキスタン米大使のグワダル港訪問の意味について、要旨以下のように述べている。
(1) 15年以上の空白期間を経て、米国は最近、中国が建設資金を供与し、現在港湾運営を担っている、パキスタンの戦略的深水港、グワダルへの関心を高めてきている。駐パキスタン大使Donald Blomeは9月12日、同港を訪問して、メディアの注目を集めた。グワダル港はホルムズ海峡の入口に位置する戦略的要衝であるばかりでなく、同港建設構想は中国の野心的な一帯一路構想(以下、BRIと言う)の旗艦構想である中国-パキスタン経済回廊(以下、CPECと言う)が成功するための鍵でもある。
(2) パキスタンがグワダル港建設構想に着手したのは2007年で、当初、港湾は(完成すれば)中国によって運営されると見られていた。しかし実際には、開港後、間もなく、パキスタンはPort of Singapore Authority(シンガポール港湾局:PSA)に港湾業務を委託した。かつては小さな漁村だったグワダルは世界の注目を集め始め、外国勢力は長い間グワダルに注目してきた。たとえば、パキスタンが2007年に港湾業務をシンガポールに委託したのは、この地域における中国の影響力の高まりに対する米国の懸念に応えたものであった。しかしながら、その後、特に米国のアフガニスタン政策を巡って、米政府とパキスタン政府間の緊張が高まるにつれて、パキスタンは、米国から離れ始め、再び中国政府の支援を求めるようになった。北京は2013年にBRIに着手し、パキスタンは、グワダル港の運営を中国企業、China Overseas Ports Holding Company に委託し、中国政府とパキスタン政府はCPECを実現するために手を組んだ。
(3) それ以来、パキスタンにおける中国の影響力は非常に強くなってきた。海外における中国の影響力の程度を示す、The China Index 2022によれば、2022年における中国の影響力の強さでは、パキスタンはリストにある82カ国中、最上位であった。パキスタンは中国からの多額の債務を抱え、2022年12月30日の時点で、パキスタンの対外債務1,263億ドルの内、最大の30%が中国からの債務である。パキスタン政府はまた、債務の償還と債務不履行を回避するための国際通貨基金(IMF)からの緊急融資金のための基金の大部分を中国に大きく依存している。中国は、現在のところパキスタンを支援しているが、CPECの完成の継続的な遅延と、在パキスタン中国国民に対する安全保障上の脅威から、パキスタンとの「全天候型」の友好関係を再考する可能性がある。パキスタン政府は、中国政府との関係が変わる可能性を十分承知している。
(4) 一方、この10年間、米国は、特にパキスタンと(グワダル港所在の)バルチスタン州における中国の影響力の増大を深い懸念を持って注視してきたが、米当局者はほとんど同州を訪れることはなかった。状況が変わったのは、駐パキスタン米臨時代理大使Angela Aggelerが2021年に15年ぶりにグワダル港を訪問してからである。記者発表によれば、同臨時代理大使の主な訪問目的は、「バルチスタン州と米国間の商業的及び経済的結び付きを強化する」ことであった。近年、パキスタンとの関係復活への米国の関心が高まっている。例えば、2023年2月、国務省のDerek Chollet参事官がパキスタンを訪問し、3,000万ドルの援助パッケージ供与を発表した。その後、U. S. Agency for International Development(米国国際開発庁:USAID)のSamantha Power長官が訪問した。米国は、特に2022年の壊滅的な洪水の後、バルチスタン州に多くの支援を供与した。そして、既に述べた、Blome大使がグワダル港を訪問した。同大使は、港湾当局者や政治指導者との会談に加えて、地元のジャーナリストや商工会議所の会員とも会合している。同大使は、特に米国の「バルチスタン州の人々に対する関与」を強調し、それを「変わることのない強固な提携」と表現した。多くの人は、最近の米当局者の訪問と地元の人々との会談を、単なる定期的な外交的訪問だけではなく、中国の関心が低下する中にあって、パキスタンにおける米国の信頼を醸成する過程であると見なしている。
(5) パキスタン側からすれば、中国に依存するのと同程度に、米国の戦略的支援を必要としている。中でも、IMF一括融資の再開支援、2022年の洪水で被害を受けた基幹施設の再建支援、そして特に教育分野における人道的計画への継続的な支援を必要としている。最近の米当局者の訪問の口実は主として人道支援であるが、これら当局者は訪問中に米パ2国間関係の重要性と関係強化の重要性を繰り返し強調しており、多くの人はこれを戦略的に解釈している。なお、中国はこれまでのところ、米大使のグワダル港訪問について沈黙している。
記事参照:Why Was the US Ambassador’s Visit to Gwadar Important?

9月25日「豪印は潜水艦捜索救難で協調すべし―インド専門家論説」(The Strategist, September 25, 2023)

 9月25日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、インドのNational Institute of Advanced Studies助教Prakash Panneerselvamの“Australia and India should cooperate in undersea search and rescue“と題する論説を掲載し、Prakash Panneerselvamはインド洋においてインド、オーストラリアだけでなく多くの沿岸国が潜水艦部隊を増強し、さらに海中/海底における商業活動も活発化するなか、潜水艦捜索救難能力の整備が強く求められており、このため、インド、オーストラリアは多国間枠組みを含めた潜水艦捜索救難システムの構築に向けて協調する必要があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) インドとオーストラリアは、共通の海域における海中の課題への対処に関心を持っている。インド、オーストラリア両国およびこの地域の他の国々が潜水艦部隊を増強するに伴い、潜水艦捜索救難能力の開発と相当程度の協力の範囲を決定することが必要である。
(2) 今後数年間で、インド洋沿岸国および非沿岸国における潜水艦部隊の増強により、インド洋での潜水艦の行動が大幅に増加する可能性がある。現在、インド洋方面では15ヵ国近くが潜水艦を運用している。その結果、潜水艦捜索救難はますます重要な公共財となる。2021年に発生したインドネシア潜水艦「ナンガラ」の悲劇的な損失は、インド洋における潜水艦捜索救難能力の開発の重要性を強調している。
(3) また、有人・無人に関わらず、潜水艇を利用した商業活動が大幅に増加すると予想される。これには、通信、電力ケーブル、パイプラインなどの海底基幹設備の設置と維持が含まれる。海底採掘事業の大幅な成長には、潜水艇が関与する可能性がある。International Seabed Authority(国際海底機構)はすでにインド、中国、ドイツ、韓国とインド洋中央部での採掘契約を締結しており、さらに多くの契約が見込まれている。
(4) 潜水艦捜索救難は、海上における捜索救難に比べ、はるかに困難かつ複雑であり、沈没潜水艦、墜落した航空機のボイス・レコーダーやフライト・レコーダーといった重要な装置の発見、回収あるいは引き上げには高度に専門化された技能と知識が必要である。潜水艦の位置と回収には、環境と関係する船舶の種類により困難が伴う。特殊な艦艇、救難潜水艇や装備が不足していることがよくある。インド洋の熱帯海域も、海中における目標の捜索に特有の課題をもたらす。このため、救難活動を開始する前提となる沈没潜水艦の位置を特定することが大幅に遅れる可能性がある。
(5) インドとオーストラリアの間で相互運用性と連携を構築することによって、インドとオーストラリア両国の提携国の潜水艦の捜索救難作業が成功する確立が高まる可能性がある。
インド、オーストラリア両国ともある程度の潜水艦救難能力を有しているが、卓越した救難能力のさらなる開発は両国海軍にとって重要な優先事項である。Indian Navyは現在、最大水深650mまで到達できる第3世代深海救難潜水艇(Deep Submerged Rescue Veicle:以下、DSRVと言う)を保有している。2018年、Indian NavyはDSRVを水深100mの海底に沈座した潜水艦に「メイティング」することで救難能力を実証した。 Indian NavyはDSRV システム2基を保有しており、インドの東海岸と西海岸で潜水艦の捜索救難に備えている。オーストラリアの潜水艦捜索救難能力には限界がある。Royal Australian Navyは民間企業と契約して、LR5脱出救難システムの維持、運用、性能向上を行っているが、LR5の性能には限界があり、2024年に退役する予定である。原子力潜水艦には、より高度な捜索救難能力が必要になる可能性がある。LR5の契約終了に伴う新しい潜水艦脱出救難システムの調達に遅れが生じている。
(6) 潜水艦捜索救難には国際的協力が不可欠である。インドとオーストラリアが協力して、共同救難訓練、能力構築プログラムを通じて能力を向上させる方法はいくつかある。多国間分野では、インドは救難技術を向上させるために、Asian Pacific Submarine Conferenceが支援する3年に一度の「パシフィック・リーチ」演習に参加する可能性がある。インドはオーストラリア主催の2019年の演習にオブザーバーとして参加した。オーストラリアとインドは、捜索救助活動の調整を支援するNATOのInternational Submarine Escape and Rescue Liaison Office(国際潜水艦脱出救助連絡事務所:以下ISMERLOと言う)の加入国でもある。インドとオーストラリアは、緊急時に情報を共有するために、ISMERLO内で連携して共同調整された潜水艦救助センターを設立することを検討する可能性がある。協力協定には、すでにインドやオーストラリアと潜水艦捜索救難支援および協力に関する協定を結んでいるシンガポールのような地域の提携国が含まれる可能性がある。QUADは、オーストラリアとインドが日本と米国と地域の潜水艦捜索救難システムの構築について話し合うもう1つのフォーラムである。
(7) インドのNational Institute of Ocean Technology(国立海洋技術研究所)とオーストラリアのCommonwealth Scientific and Industrial Research Organisation( オーストラリア連邦科学産業研究機構:CSIRO)は、潜水艦救難を支援するための水中ロボット工学や深海自律船などの革新的な解決策を開発できる可能性がある。海中における活動が増加するにつれて、オーストラリアとインドが協力して海中における捜索救難能力を開発する理由と機会も増加している。
記事参照:Australia and India should cooperate in undersea search and rescue
関連記事:11月11日「新潜水艦救難システムの契約トラブルで豪潜水艦部隊は危機に瀕する-豪専門家論説」(The Strategist, 11 Nov 2020)
https://www.spf.org/oceans/analysis_ja01/_20201111.html

9月25日「東南アジアはより普遍的な行動規範の策定を目指せ―ベトナム外交政策専門家論説」(Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, September 25, 2023)

 9月25日付のCSISのウエブサイトAsia Maritime Transparency Initiative は、Diplomatic Academy of Vietnam 研究員Vu Hai Dangの“FROM THE COC TO A CODE OF CONDUCT FOR MARITIME ENGAGEMENTS IN SOUTHEAST ASIA”と題する論説を掲載し、そこでVu Hai Dangは,東南アジア諸国は南シナ海に関する行動規範の交渉と並行して、地域の海域全体に関するより包括的な行動規範の策定を目指すべきであるとして、要旨以下のとおり述べた。
(1) 2023年7月、第56回ASEAN閣僚級会議が実施され、そこで南シナ海に関する行動規範(以下、COCと言う)の交渉が前進したと発表された。COC本文の第1草稿について、2回目の読み合わせが完了し、COCの速やかな締結のための指針について、中国も含めた閣僚級会議で採択されたとのことである。しかし、これらは手続き上の問題が進展したものに過ぎない。
(2) 本稿の主張は、東南アジア諸国はCOC締結に向けた動きと同時に、東南アジア諸国全てが関係するあらゆる海域での行動規範、いわば「東南アジアにおける海洋活動のための行動規範」(以下、新COCと言う)を策定し、交渉すべきたということである。そのためにはCOCにおける交渉の取り組みとは異なるやり方が推奨される。
(3) COCの目的は、南シナ海における平和的な環境の達成である。しかし、南シナ海だけが東南アジア諸国の周辺海域ではないし、東南アジア周辺で海軍を動かすのは中国だけではない。したがって、東南アジア周辺海域全てを平和的に維持するための新たな枠組みの創出が求められる。適用範囲にはフィリピン海やスールー・セレベス海も含まれるし、関係各国には米国やロシア、インド、英国、EUなどが含まれるだろう。
(4) 新COCの内容は現行のCOCと同じようなものになり、国連憲章や国連海洋法条約、東南アジアにおける友好協力条約(Treaty of Amity and Cooperation in Southeast Asia:以下、TACと言う)など、種々の国際法や条約の原則を踏襲するであろう。それはまた航行や飛行の自由の尊重、平和的方法による紛争解決などへの関与が示される、普遍的な原則を持つものなので、論争的な海域のみならずあらゆる海域に、そしてあらゆる関係各国に適用されるものである。
(5) COC交渉が長期化した現実に鑑みれば、新COCの交渉はCOCと同じ取り組みを採るべきではなく、むしろ、1967年のTAC締結のやり方を踏襲すべきである。つまり、まずASEAN諸国が条約の内容について交渉、調印し、その後、関係各国に公開するという手法である。TACの調印国は現在51ヵ国にのぼる。TACへの加盟が、新COCの交渉においてASEANとの交渉相手になることの条件となる。このように新COCもまずASEANだけで話し合い、その後、域外の国々に調印を求めると良い。
(6) 東南アジア周辺における海上活動に関する行動規範の策定は、地域全体に包括的平和を確立するのに役立つだけでなく、「インド太平洋に関するASEANアウトルック」でも構想されている、インド太平洋におけるASEANの中心性をも促進するであろう。
記事参照:FROM THE COC TO A CODE OF CONDUCT FOR MARITIME ENGAGEMENTS IN SOUTHEAST ASIA

9月26日「ASEAN初の共同軍事演習の意義―オーストラリア専門家論説」(The Interpreter, September 26, 2023)

 9月26日付のオーストラリアのシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreterは、同Institute研究員Abdul Rahman Yaacobの“ASEAN’s first joint military exercise”と題する論説を掲載し、Abdul Rahman Yaacobは南シナ海で行われたASEAN初の共同軍事演習の目的と意義について、要旨以下のように述べている。
(1) ASEAN初の共同軍事演習「ASEAN連帯演習2023(ASEX2023)」が終了した。9月19日から23日にかけてインドネシアが主催したこの演習は、ASEAN全体としては初めてとなる外部当事者の関与しない軍事演習であった。この演習は非戦闘的な性格を持ち、人道支援・災害救援、海洋安全保障、捜索・救難、医療救助および海賊対策の要素を含む、海上および陸上での活動が行われた。
(2) ASEAN加盟10ヵ国が全て参加し、ブルネイ、インドネシア、マレーシアおよびシンガポールが艦艇を派遣した。ASEANが軍事同盟ではないことを考慮すると、ASEAN加盟国全てが参加した意義は大きい。カンボジアが南シナ海において提案された演習場所について懸念を示したため、当初は演習が行われるかどうか懐疑的な見方もあった。結局、主催国インドネシアは、演習をシンガポールのすぐ南側にあるバタム島とボルネオ島北西に位置するナトゥナ諸島に変更した。
(3) ASEX2023はどのような目的達成に寄与したのか?
a.第1に、この演習はASEANが域内海域の安全保障とその確保を担う機関であることを大国に示す合図と解釈できる。ASEX2023は、ASEAN加盟国の排他的経済水域(EEZ)内の海洋活動への嫌がらせから、南シナ海のほぼ全域を自国領と主張する新しい地図の発表まで、南シナ海で中国の主張が強まっている時期に開催された。実際、南シナ海での最初の演習場所は、インドネシアが中国に対して、南シナ海全体に対する中国の主張が争点であるというシグナルを発していることを示唆している。
b.第2に、この演習によってASEAN加盟国の各軍は域外勢力が関与することなく、互いに信頼関係を築くことができた。ASEANが地域の軍事力を活用して重大な危機に迅速に対処する必要がある場合、信頼性はよりよい意思疎通につながる。
c.第3に、ASEX2023はASEAN海軍部隊の能力向上に貢献した。人道的任務を遂行する上で、相互運用性は極めて重要である。人道支援・災害救援や医療救助といった非伝統的安全保障に焦点を当てたことは、東南アジアで自然災害が頻発していることを考慮すると、実用的だった。2004年から2014年にかけて、世界の災害による死者の50%以上がこの地域で発生している。さらに、人道的避難任務におけるASEAN加盟国の軍隊間の相互運用性は、台湾有事において極めて重要である。台湾では73万人以上のASEANの国民が働いており、将来、台湾海峡を挟んで軍事衝突が発生した場合、彼らを安全な場所に避難させることが最も重要となる。ASEANのどの加盟国も、自国民を台湾から避難させるのに十分な航空・海上輸送能力を持っていない。ASEAN共同の人道的な任務が必要になるかもしれない。したがって、ASEX2023はASEANがそのような共同任務に備えるための基盤となりうる。
(4) ASEX2023が将来の有事に備えるための実用的な手段となるかどうかは、次の2つの疑問にかかっている。ASEANの議長国が変わったとしても、この演習は長期間にわたって繰り返し行われるのだろうか?そうであれば、加盟国は進化する安全保障上の脅威に合わせ、今後の演習の規模や範囲を拡大することに同意するだろうか?
記事参照:ASEAN’s first joint military exercise

9月26日「スカボロー礁の奪還に意欲を持つフィリピン―香港紙報道」(South China Morning Post, September 26, 2023)

 9月26日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“South China Sea: Philippines aims to ‘take control again’ of shoal from China amid rising tensions”と題する記事を掲載し、Ferdinand Marcos Jr.がフィリピン大統領に就任してから中比関係の緊張が高まっているが、両国が主権を主張しているスカボロー礁の奪還にフィリピンが意欲的であることについて、要旨以下のように報じている。
(1) フィリピンと中国の間で海洋における緊張が高まる中、係争中の南シナ海で中国海警総隊が設置した浮体障壁(floating barrier)を撤去した後、フィリピンは漁獲量の多い浅瀬に入るための複数の法執行の取り組みを模索している。Philippine Coast Guardは9月26日、Bureau of Fisheries and Aquatic Resources(漁業水産物資源局)およびArmed Forces of the Philippinesと共に任務のために部隊を編成し、2012年以来中国が支配し、漁船団を展開しているスカボロー礁のある海域の哨戒を強化すると発表した。
(2) Philippine Coast Guard報道官のJay Tarriela准将は、このスカボロー礁の奪還について楽観的な見方を示した。中国が海警船艇を常時配備するようになってから初めて、戦略的に重要なスカボロー礁の海面露出部から300m近くに停泊できる能力をフィリピンが持ったことは、フィリピン政府の長期にわたる安全保障の青写真が成果を上げ、その勢いが維持されることを示しているTarriela報道官は付け加えている。
(3) 中国は、Rodrigo Duterte大統領の時代に2国間の関係が改善されると、フィリピン人漁民がこの浅瀬に戻ることを許可していた。しかし、彼の後継者であるFerdinand Marcos Jr.が2022年に比大統領就任して以来、再び緊張が高まっている。
(4) Philippine Coast Guardは9月25日、スカボロー礁の入り口に設置された長さ300mの障壁を撤去した。フィリピン政府は、この障壁は自国の排他的経済水域(EEZ)内にあるとしている。Tarriela報道官は、封鎖を撤去した部隊の「断固とした行動」は、国際法とフィリピンのスカボロー礁に対する主権に沿ったものだと述べている。中国は、スカボロー礁は「固有の領土」であり、中国には議論の余地のない主権があると主張している。フィリピンDepartment of foreign Affairsは中国の主張を否定し、スカボロー礁はフィリピンの「不可分の一部」であり、フィリピンが主権と領土管轄権を有していると述べている。Enrique Manaloフィリピン外務事務次官は、マニラはアジアの巨人に対して外交的抗議を申し立てると述べ、Embassy of The  Republic of The Philippines-Beijingの職員は北京の中国外交部にこの問題を提起する予定だと述べた。フィリピンのMenardo Guevarra訴訟長官は、国際法廷で中国を提訴するための「確かな証拠」を構築するため、訴訟長官事務所が、過去7年間に資源豊富な海域で起きたすべての海洋における事件に関する情報の入手に取り組んでいると述べている。Ralph Recto副議長は、中国の行為がフィリピンの漁民の生活を妨げ、国内の魚不足を悪化させていると指摘している。
記事参照:South China Sea: Philippines aims to ‘take control again’ of shoal from China amid rising tensions

9月26日「極海コード改定の必要性について―ノルウェー紙報道」(High North News, September 26, 2023)

 9月26日付のノルウェー国立NORD UniversityのHIGH NORTH CENTERが発行するHIGH NORTH NEWSの電子版は、“Polar Code May Need Updating as Arctic Shipping Increases New Study Concludes”と題する論説を掲載し、9月15日付でNature誌に掲載された“Arctic shipping trends during hazardous weather and sea-ice conditions and the Polar Code’s effectiveness”と題する報告書に言及して、その内容を要約しつつ、北極海の通航量増加に伴い既存の極海コードの有効性と、それが遵守されているかどうかという問題について、要旨以下のように報じている。
(1) 最近公開された報告書は、冬から春にかけての危険な時期に北極圏を航行する船が増えたために、極海コードの規範が拡大される可能性について言及している。また、ロシアが既存の規範を執行しない可能性についても、専門家は懸念している。
(2) 北極圏の航行に関する新たな研究*は、船舶自動識別装置(AIS)のデータと地域全体の気象データを利用して、極海コードの有効性を評価したものである。データの対象期間は2013年から2022年である。報告書の結論は、北極圏を通航する船の数が急速に増えたため、2017年に発効した現在の極海コードは、危険な状況の定義に関して現状とズレがあるというものである。
(3) この10年間で北極海を通航できる日数は12%増え、たとえばロシア北岸の北極海航路(以下、NSRと言う)の一部やグリーンランド西部でそれが顕著だという。2013年から2022年にかけて、冬季および春季の最も海氷の厳しい状況の期間の航行日数は2,000日から5,000日に増えたという。NSRに関しては500日から1,500日へと3倍増である。また報告書は、海氷の集中度が80%を超える「密氷域(closed ice)」状況での航行日数についても調査し、それが同じ期間で1ヵ月150日から500日に増えたことを確認した。冬季に限定すれば4倍増加したという。この変化の原因の多くは、NSRを通航可能な時期が拡大したことによるものである。
(4) 新報告書は海氷状況だけでなく、航行活動と低温状況の地理的分布にも着目し、北極圏を通航する船舶が低温にさらされる日数もまた同様に増加したことを指摘している。現在の極海コードは海氷状況と低温状況のみをリスク評価基準としているが、報告書は、風や波、視認性、船舶の凍結なども考慮に入れるべきだとし、それに加えて天候や海氷に関して長期間の平均ではなく地理的に限定されたリアルタイムのデータを用いるべきだとした。
(5) この報告書は、船舶が既存の極海コードを遵守しているかどうかについて議論していない。最近、老朽化した、かつ海氷航行用ではない石油タンカーが原油を輸送したことを受け、ロシアがNSRを通航する船舶に極海コードをきちんと執行するかどうか、懸念が高まっていた。実際、現在の規範では、NSRを通航する船が極海コードを遵守しているかどうかを監査する術はない。ロシアとしては規制を強化するよりもNSRの交通量を増やしたいであろうから、ロシア当局の裁量で、NSRを通航する船舶が今後も増えると予想されている。その意味では、新たにル規範を拡大するよりは、既存の規範を執行することがまず必要だという指摘がある。
記事参照:Polar Code May Need Updating as Arctic Shipping Increases New Study Concludes
*Arctic shipping trends during hazardous weather and sea-ice conditions and the Polar Code’s effectiveness
https://www.nature.com/articles/s44183-023-00021-x
Nature, September 15, 2023

9月26日「北太平洋で協定締結を迫られる米国―オーストラリア専門家論説」(The Interpreter, September 26, 2023)

 9月26日付のオーストラリアシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreterは、Australian National Universityの College of Asia & the Pacific准教授兼客員研究員Patricia O’Brienの” US under pressure to conclude compact agreements in the North Pacific”と題する論説を掲載し、ここでPatricia O’Brienは、40年にわたり米国の太平洋への関与の中心となってきた自由連合協定(COFA)はオーストラリアの安全保障にとって重要であり、その締結にはまだ時間を要すると、要旨以下のように述べている。
(1) マーシャル諸島共和国(以下、RMIと言う)と米国間の自由連合協定(以下、COFAと言う)の更新交渉がどのように進んでいるかについては、ほとんど情報がない。米国とミクロネシア連邦(FSM)およびパラオ共和国との間ではすでに新たな協定が結ばれている。同地域における中国の台頭は、米国に新たな推進力を与え、潤沢な資金を伴うこれらの協定の締結を促した。COFA協定は40年にわたり、米国の太平洋関与の中心にあった。ハワイ州とグアム、北マリアナ諸島連邦、米領サモアにとどまらず、1980年代半ばに国連信託統治領が米国と自由な関係にある3ヵ国になって以来、COFA協定は太平洋における米国の投資の大部分を担ってきた。領土への米軍の排他的な立ち入りと引き換えに、COFA協定政府は資金を供給され、米国政府のサービスが提供される一方、国民は特別なビザの下で就労、教育、医療のために米国へ渡航することができた。近年、この現状は、中国の活動によって、3ヵ国すべてで崩壊し、今回のCOFA交渉に対する米国の関心は大きく変化した。
(2) オーストラリアにとって、米国がCOFAを通じて北太平洋において存在感を維持することは、極めて重要な安全保障上の利益である。同地における米軍の展開は、南シナ海から太平洋諸島への中国の進出に対する重要な緩衝材となる。太平洋諸島の人々にとって、平和と地域の安定は重要であり、COFA加盟国はすべて、米国の継続的な展開がその課題に合致することに同意している。
(3) 現行のRMIとの協定は、2023年の米国会計年度末である9月30日に失効するが、問題が山積みされている。米国議会では予算闘争が続いており、ワシントンは政府閉鎖を覚悟している。また、11月20日に実施されるRMIの国政選挙が近づくにつれ、COFAが中心的な争点となっている。1983年の第1次協定のように国民投票で承認されるのか、それとも2003年の第2次協定のように議会で承認されるのか。いずれにしても時間が必要である。
(4) 米国議会で7月13日と18日に行われた、協定に関する2つの公聴会では、未解決の争点があることが明らかになった。RMIの新しい交渉担当者は、以前に交渉担当者であったKitlang Kabua外相とJoseph Yun米国交渉特使が1月に署名したMOUを破棄した。RMIの Jack Ading新外相によると、破棄の原因は、核遺産の追加補償を要求し続けていることにあるという。2つの委員会のメンバーは、RMIの交渉担当者に対し、協定に対して20年間で23億米ドル、RMIの信託基金に7億米ドルというMOUの金銭的条件を受け入れるよう求めた。そして米国側の交渉担当Joseph Yun特使はインタビューに応じ、次のように述べている。
a.最初の合意後、進展が遅れている。1月にMOUに署名した後、RMI本国での問題により、首席交渉官と外務大臣が交代したため、貴重な5、6ヶ月の時間を失った。再始動した今、署名に向けて急速に進展することを期待している。交渉は、RMI政府にとって資金額が受け入れられるという前提で再開されたが、問題は2つある。1つは、その資金がどこに行くのか。もう1つはその監視である。
b.核実験によって大きな打撃を受けたビキニ環礁の住民を支援するために設立された基金の行方が2023年5月に明らかになったことで、これらの問題はかなり難しくなった。この5,900万米ドルの基金は、内務省が恒久基金の管理を地元のビキニ政府管理に引き継いだ後、2017年からの6年間で枯渇した。その結果、米国議会は監視の重要性を強調している。この問題は期待していたほどには進展していない。
c.米国議会での予算争いが、RMIとミクロネシア連邦との2つの期限切れ協定の承認およびその他の重要な法案に影響を及ぼす可能性が高まっていることに関しては、年末までには、解決され協定は締結されると確信している。
(5) RMIのDavid Kabua大統領は、9月25〜26日にワシントンで開催されるUS–Pacific Islands Forum首脳会談に出席することから、これを機に交渉の突破口が開かれることが期待される。
記事参照:US under pressure to conclude compact agreements in the North Pacific

9月27日「南極条約システムは米中関係にとって有用だが、不完全な防護柵となっている―シンガポール専門家論説」(The Diplomat, September 27, 2023)

 9月27日付のデジタル誌The Diplomatは、Singapore Management University Yong Pung How School of Law 准教授Nengye Liu博士の“The Antarctic Treaty System: A Useful but Imperfect ‘Guardrail’ for China-US Relations”と題する論説を掲載し、Nengye Liuはそこで南極条約システムを米中間の防護柵としてより適切に機能できるように、軍民両用技術に関する明確な規範の設定など、強化する必要があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 米中関係の将来は楽観できない。1970年代の米中国交正常化の大統領であったHenry Kissingerでさえ、2023年7月に「第3次世界大戦」の危険性を公然と警告し、中国を訪問した。米国を中心とする西側と中国との関係悪化を見るのは痛ましい。しかし、それが現実である。南極海の漁業、北極の温暖化、公海の持続可能性など、ほとんどの国際問題の現代的な議論における「部屋の中の象」(皆が見て見ぬふりをするような問題:訳者注)である。遠く離れた南極でさえ、残念ながら地政学から孤立してはいない。
(2) 中国は現在、ロス海棚に3番目の通年使用可能な調査基地を建設している。この建設が2024年に完了すると、中国は南極大陸に米国と同じ数の常設研究基地を持つことになる。一方、南極海に3つの海洋保護区(以下、MPAと言う)を設置するという過程は、中国とロシアの反対により、10年以上にわたって停滞している。南極条約システム(以下、ATSと言う)は、持続可能で平和な未来に向けてこの地域を統治することに関し、「薄い氷の上」にある。
(3) 時代は変わったが、歴史は時々繰り返される。南極の統治(ガバナンス)における権力、地政学、イデオロギーの違いについては何も新しいことはない。南極条約は、1959年の米ソの冷戦中に誕生した。さらに、Commission for Conservation of Antarctic Marine Living Resources(南極海洋生物資源保護委員会:以下、CCAMLRと言う)は、1962年以来のソ連のオキアミ漁業への関心の高まりに対応するために1981年に設立された。当初、米国は1948年に南極の共同統治を目的とした最初のワシントン会議にソ連を招待しなかった。ソ連は、1956年にオーストラリアの南極地域にミールヌイ、1957年に南極の寒冷極にボストークという2つの研究施設を設置することにより、ソ連を南極の議論に含めるようにするための運動を行った。したがって、南極条約の採択はソ連によって勝利と見なされ、米国と対等な立場でのソ連の参加なしに合意がなされないことが証明された。
(4) 南極条約は、他の超大国の誇りと利益にうまく対応するための米国の構想であると言っても過言ではない。ATSは今日でも機能している。南極条約は南極大陸の利用を平和と科学の目的に限定している。第4条は、南極大陸の領土主張を「凍結」するための2つの取り組みを適用している。したがって、オーストラリア、アルゼンチン、チリ、フランス、ノルウェー、ニュージーランド、英国による既存の主権の主張は、他の国々によって否定も承認もされない。中国は1983年に南極条約を批准した後発国であるが、南極条約は中国の領土主張を差し控えさせるための法的根拠となっている。
(5) 南極の環境に関し、1998年のマドリッド議定書は、2048年に見直しのために開かれる予定の小規模な修正の機会を除いて、南極大陸での商業採掘の機会をほぼ根絶している。CCAMLRは、生態系を基礎におく漁業管理のための最も成功した組織の1つと広く見なされている。特に、CCAMLRは、ソ連が遠洋漁業国として台頭していたときに設立された。今日、ソ連の漁船団はなくなったが、中国が世界最大の遠洋漁業国となっており、CCAMLRはまだその機能を実行している。米中対立が激化している現在、南極大陸で「いつもどおりのビジネス」を維持する必要はない。中国の南極大陸における台頭は、より多くの研究施設を建設し、オキアミ漁業に注目するなど、多くの点でソ連に似ている。しかし、ソ連とは異なり、中国は後発国として、ATSの既存の規則に既得権益を持っていない。そのことは南極海のMPAの設置に関する交渉に反映されている。CCAMLRは中国、ロシア、西側諸国の間の緊張した戦場としている。合意は守られなければならないことは、国際法の基本原則であるが、中国の観点からは、中国はCCAMLRの合意の意思決定過程において、新しいMPA提案を阻止する権利を行使しているだけであると言える。米国が南極東側とウェッデル海でのMPAの提案を公式に支持していることを考えると、CCAMLRは現在、競争相手や新興勢力と新しい取引を行う方法に関する米国外交の試験の場となっている。
(6) Joe Biden大統領と習近平国家主席は、2国間の対立関係が台湾海峡戦争などの悲惨な状況に終わらないことを期待して、米中間に「防護柵」を作ろうとしている。南極に関し、ATSが米中間の防護柵としてより適切に機能するように進化させる必要がある。たとえば、南極を平和地帯として維持するために、衛星航法システムやその受信局など、南極で軍民両用技術として認められるものについて明確な規範を設定する必要がある。別の例としては、ロス海MPAでの「研究漁業」を規制する必要がある。南極海の捕鯨保護区での日本の「調査捕鯨」と同様に、南極MPAでの商業漁業の抜け穴を作らないように、調査漁業活動の明確化が必要である  。
(7) 今日では、ATSは強化されるべき古き良き防護柵である。その防護柵の強化の過程で、米中の双方が、第三国と積極的に行動し、主導的立ち位置を取り、新しい規範を設定するために資源を投入するべきである。米中両国が新しい健全な統治体制のなかで既得権益を得ることができれば、我々全員が今後数十年にわたって南極大陸で「法に基づく秩序」を享受できる可能性がある。
記事参照:The Antarctic Treaty System: A Useful but Imperfect ‘Guardrail’ for China-US Relations

9月28日「インドとベトナムが米国の中国封じ込めに加わらない理由―フィリピン専門家論説」(South China Morning Post, September 28, 2023)

 9月28日付香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、Polytechnic University of the PhilippinesのRichard Javad Heydarianの‶Why India and Vietnam won’t be joining US’ China containment″と題する論説を掲載し、ここでRichard Javad Heydarianは、インドとベトナムが米国の主導する対中国封じ込めに加わらないのは、両国が米国、中国という超大国の傘下に入ることなく、双方から恩恵を受けつつ、安全を維持するとともに自国の経済力を伸ばそうとしているためとして、要旨以下のように述べている。
(1) 権威主義体制を批判したBiden米大統領が、現実主義的政策に踏み込んだのか疑問はさておき、ベトナムとインドの両国は、米国、中国のどちらにも支配されない世界を望んでいる。両国は、発展途上国として、西側の技術や投資には関心を持ちつつも、中国との対立は望まないし、その余裕もない。Biden米大統領は、9月の歴史的なベトナム訪問時、「中国を封じ込めたいとは思っていない」、「中国に損害を与えようとはしていない」と主張し、封じ込め戦略を追求するのではなく、「関係を正しくする」という米政権の取り組みを強調した。
(2) 好調な経済関係に支えられ、Biden大統領は米国とベトナムの関係を「包括的戦略パートナーシップ」に格上げし、より深い防衛・安全保障協力への道を開いた。その数日前には、インドのニューデリーで開催されたG20首脳会談の傍らでインドのNarendra Modi首相と会談し、戦略的協力についても話し合った。重要なのは、G20首脳会議の席上で、中東やヨーロッパにおけるインドおよび米国の同盟国との接続を強化する新しい大陸横断インフラ構想を発表したことである。Biden大統領のアジア訪問は中国対策が主眼であり、アジアの台頭する勢力を中国に対抗させることに重点を置いていた。しかし、インドもベトナムも米国と歩調を合わせることには興味がなく、中国と対立する余裕もない。むしろ非同盟諸国は、優勢な中国との関係を安定に保ちたいと考えている。インドとベトナムはともに、米国にも中国にも支配されない真の多極化した世界を望んでいる。
(3) Biden大統領は就任早々、取引主義で悪名高い前任者Donald Trumpと一線を画すため、民主主義の促進を外交政策の信条とすることを強調した。そのため、彼は民主主義首脳会談を立ち上げ、民主主義世界の指導者たちをワシントンに集めた。Biden大統領は、21世紀は民主主義国と権威主義国の対決になるとして、純粋にイデオロギー的な観点から外交政策を打ち出したこともある。しかし、任期半ばを過ぎ、タカ派的な中国政策を強化するため、より現実政治的取り組みを取り入れるようになった。特筆すべきは、Biden大統領が最新のアジア歴訪で、フィリピンおよびインドネシアという重要な民主主義国家2ヵ国を訪問しなかったことである。世界第3位の民主主義大国のインドネシアで開催されたASEAN首脳会議にも出席しなかった。これとは対照的に、Biden大統領は、共産党が率いるベトナムや権威主義的ポピュリズムに支配されているインドへの訪問では、魅力的な態度を見せた。過去にBiden大統領はベトナムを民主主義首脳会議から除外し、Modi政権の権威主義的傾向を批判したことがある。しかし、今回の訪問では、人権問題を避け、戦略的協力を倍増させるなどビジネス一辺倒であった。
(4) ニューデリーでBiden大統領は、インドの戦闘機用エンジンの製造に対する米国からの援助のほか、中国主導の一帯一路構想やイランのチャバハル港を中心とする国際南北輸送回廊を迂回する新しいインド・中東・ヨーロッパ経済回廊などの合意を歓迎した。Biden大統領は「米国とベトナムが協力関係を深める」と述べ、ベトナムでは、特に紛争中の南シナ海における防衛協力の深化について議論し、米国ビジネス界トップの一行は、半導体など重要な技術の生産を拡大する方法を模索した。米国政府はインドとベトナムを、中国に対する「統合抑止」戦略に統合しようとしたのである。
(5) しかし、こうした関係に対し、懐疑的になる理由が3つある。第1に、ベトナムはどの超大国とも、特に米国とも連携する気はない。ロシアの兵器システムへの依存や共産主義政権との軍事協力に対する米国政府の根強い反対のため、米国との大規模な防衛協定を結ぶ見通しについては懐疑的である。特に、ベトナム政府指導部が、貿易と海洋紛争の両面で緊張を緩和するために、中国政府との政党間関係を強化している点がある。2022年、ベトナムの最高指導者Nguyen Phu Trongは、習近平国家主席の歴史的な3選後に中国を訪問した最初の外国人指導者となった。ベトナム政府の保守的な指導者層は、同じ共産主義の中国との直接的な武力衝突よりも、欧米に触発された「カラー革命」を懸念している。中国はベトナムと安定したサプライチェーンを構築するとの習近平発言もある。
(6) ベトナム政府が西側諸国との経済交流を拡大する中で政権の安定を重視しているのに対し、インド政府は世界の多極秩序化を推進している。表面的には西側諸国と政治的価値観を共有するものの、非西側諸国がより大きな戦略的自律性を有する世界を追求している。これは、インドが非西側グループ、特にBRICSや上海協力機構に積極的に参加している大きな理由である。また、インド政府がロシアやイランのような反欧米勢力との広範な関係を遮断している理由もここにある。
(7) そして、最後の要因、すなわち中国との安定した関係を維持することの重要性につながる。「デカップリング(切り離し)」が話題になってはいるが、ベトナムなど新興大国は、輸出産業への中国からの技術導入や投資への依存度を高めている。中国に取って代わり、世界の生産拠点になろうとするインドの努力は、基幹施設や製造業における課題の深刻さを考えれば、依然として野心的に思われる。ベトナムと同様にインドも、はるかに強大な中国との領土紛争を悪化させる気はない。発展途上国であるベトナムとインドの戦略的優先事項は、強大な隣国に西側諸国と連携して対抗することではなく、自国の経済的・軍事的基盤を強化することである。インドとベトナムは、中国との安定した関係を保つことによる恩恵にあずかりつつ、欧米の技術や投資の利益を得ようと考えている。これらの非同盟諸国が、いつまで米中のライバル関係を利用できるかは未知数である。
記事参照:https://www.scmp.com/comment/opinion/article/3235884/why-india-and-vietnam-wont-be-joining-us-china-containment

9月29日「パナマ運河渋滞の原因はなにか―米中南米専門家論説」(Council on Foreign Relations, September 29, 2023)

 9月29日付の米超党派組織Council on Foreign Relations(外交問題評議会)のウエブサイトは、同評議会のラテンアメリカ問題専門家Diana Royの“What’s Causing the Panama Canal Logjam”と題する論説を掲載し、パナマ運河の水位低下によって通航量が制限されていることに言及し、その原因が気候変動であるとして、要旨以下のように述べている。
(1) パナマ運河は毎年何千億ドルもの物資が行き来する。その場所で、長期化した干ばつの影響で水位が記録的な水準にまで低下したため、船舶の通航が停滞している。パナマ運河は人口湖のガトゥン湖に降り注ぐ雨に依存しており、十分な量の水がなければパナマ運河は営業できないのである。今年始めにPanama Canal Authority(パナマ運河庁:以下、ACPと言う)は1日に運河を通行する船舶数の上限を定め、また船舶の最大重量や喫水にも制限を定めている。その制限は2024年後半まで続けられる見通しである。
(2) パナマ運河の全長は51マイル、大西洋と太平洋をつないでいる。1914年に開通し、南米回りの航路にかかる時間と費用を大幅に削減した。毎年1万3,000~1万4,000隻の船舶がパナマ運河を通航し、20億ドルの通行量収入をもたらしている。最大の利用者は米国で、同国のコンテナ船の4割がパナマ運河を通過する。
(3) パナマ運河の渋滞がもたらす問題はエネルギーに関するものである。米国のシェール革命以後、パナマ運河は米国東海岸からアジア諸国にエネルギーをもたらす重要な水路になっている。ヒューストンの天然ガス会社などは、南米回りでの航行を選択しているが、それによって移動日数は増える。太平洋側から大西洋側へ向かう船舶は積荷をパナマ運河鉄道で運び、積み替えるという作業をするものもある。いずれにしても対価がかかり、インフレにつながると懸念されている。2021年に起きたスエズ運河での巨大コンテナ船の座礁が想起される。
(4) このパナマ運河渋滞問題は、気候変動が世界のサプライチェーンに大きな影響を与えていることを強調している。パナマは最も湿度が高い国の1つだが、今年の降水量は歴史的な水準で少ない。太平洋の海水温の上昇によるエルニーニョ現象の影響で、近年これが起きる頻度が高まっている。干ばつによるパナマ運河の通航制限は以前にもあった。しかし干ばつのサイクルが以前は5年に1度程度だったのが、最近は3年に1度ほどと、頻繁になっている。
(5) ACPは2016年に通航帯を追加し、より多く、かつ大きな船を通航できるようにしたが、それは流域にさらなる圧力をかけており、これ以後、水路を増やすことでは問題に対処できないだろう。この干ばつ状態が続けば、当局は1日の通航上限をさらに制限するだろう。また、米陸軍工兵隊との契約を進め、4つの河川を運河につなげたり、パナマで2番目に大きいバヤノ湖から水を引いたりする計画もあるというが、いずれにしても経済的な負担はかなりのものになるだろう。
記事参照:What’s Causing the Panama Canal Logjam

9月30日「中国がインド周辺海域に調査船を派遣―インドニュースサイト報道」(EurAsian Times, September 30, 2023)

 9月30日付のインドニュースサイトEurAsian Timesは、” China ‘Scans’ India’s Backyard For Unhindered Submarine Ops; Uses Research Vessel To Gather Data”と題する記事を掲載し、ここで、中国は自らの潜水艦の運用を容易にするために調査船を派遣して、海洋データの収集に努めているとして、要旨以下のように報じている。
(1) インド洋での科学実験という名目で、中国の艦船がインド洋の広大な範囲を調査している。集められたデータは、マラッカ海峡の浅瀬や東インド洋海域を航行しようとする中国の潜水艦にとって貴重なものであり、インドを大いに困惑させている。インドの目と鼻の先にあるスリランカのハンバントタ港に停泊している中国の海洋調査船「実験6号」には、60名が乗り組んでおり、海洋学、海洋地質学、海洋生態学の実験を行うことができる。さらに、海底マッピング、海底環境プロファイルを理解するための音紋データの記録、海底ケーブルの情報収集、ミサイル発射の遠隔測定データの記録なども可能である。
(2) インドのS Jaishankar外務大臣は、2023年9月28日、過去20年から25年の間に、インド洋における中国海軍の展開が着実に増加していると述べている。さらに、中国海軍の規模は急激に拡大しているが、大規模な海軍がどこに配備されているかを知るのは容易であるとして、S Jaishankar外務大臣はパキスタンのグワダルとスリランカのハンバントタにおける中国の港湾建設の例を挙げた。
(3) 2022年、衛星やロケット、大陸間弾道ミサイルの発射を監視するために運用される中国最新の宇宙追跡船「遠望5号」が、スリランカ最南端のハンバントタ港に停泊した。人民解放軍の戦略支援部隊が運用しているとU.S. Department of Defenseが主張するこの船は、表向きの科学的な目的のほかに、海洋調査によって民間と軍事の両方の目的に役立つ海底状態のデータを作り出す。地震データは地質状態を評価する上で重要だが、炭化水素の存在、水、海底の状態も潜水艦を探知する能力に影響を与える。さらに、この調査船は付近の軍事施設や船舶の情報を収集することができる。
(4) 海軍の専門家たちは、この海域は潜水艦の作戦にとって重要だと主張してきた。専門家はまた、インドネシアとインド群島のアンダマン・ニコバル諸島付近での中国の調査活動は、U.S. Navyのセンサー網を見つけることを目的としていると指摘している。このセンサー網は、中国の潜水艦がインド洋に侵入した際に警報を発するように設計されている。
(5) 中国海軍の艦艇数の急激な増加は、世界の多くの大国を騒然とさせている。増え続ける調査船団は、中国海軍の将来の能力と計画を覗かせている。調査船は、海中に音波を送り込み、その反響音を得ることで海底地形を調査するように設計されている。International Maritime Organization(国際海事機関)のデータベースには、1990年以降に建造された中国の測量船64隻が登録されており、米国の44隻、日本の23隻を上回っている。中国の調査船で得られたデータは科学、軍事、商業の各主体の間で共有されている可能性が高い。
(6) S Jaishankar外務大臣は、インド政府は安全保障に何らかの影響がないか非常に注意深くこれらの動きを見守っていると述べている。中国海軍は2008年初め、アデン湾の海賊対策を口実にこの地域に入った。そして、造船活動を強化することで徐々に能力を高め、インド洋を横断して西太平洋からアフリカの角まで航行するようになった。これに続いて、中国はこの地域に潜水艦を配備し、海賊対策任務の水上艦艇を支援するようになった。この任務は、中国艦船がスリランカなどこの地域の国々に寄港する理由にもなっている。
(7) 中国はまた、バングラデシュに2隻の潜水艦を供与している。この2隻は、インドにとって大きな脅威にはならないが、バングラデシュの乗組員を訓練し、供与した潜水艦に慣れさせるために、中国の士官が乗り組んでいる。また、潜水艦基地は中国の要員による保守整備と運用支援に必要となる。さらにその基地は、インドのEastern Naval Commandに近く、そこではIndian Navyの原子力潜水艦が建造中であることが懸念となっている。
記事参照:China ‘Scans’ India’s Backyard For Unhindered Submarine Ops; Uses Research Vessel To Gather Data

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

(1) Russia and China Are Running in a Nuclear Arms Race
https://www.realcleardefense.com/articles/2023/09/25/russia_and_china_are_running_in_a_nuclear_arms_race_981672.html
Real Clear Defense, September 25, 2023
By Robert Peters is a Research Fellow for Nuclear Deterrence and Missile Defense in the Center for National Defense at The Heritage Foundation.
2023年9月25日、米シンクタンクThe Heritage Foundationの Center for National Defense のRobert Peters研究員は、同シンクタンクのウエブサイトに" Russia and China Are Running in a Nuclear Arms Race "と題する論説を寄稿した。その中でRobert Petersは、米国はロシアや中国との間で核の不安定化という新たな局面を迎えており、ロシアと中国が紛争中に核兵器を使用する可能性が高まっているが、こうした状況を踏まえ、米国はロシアと中国を抑止するための適切な政策、計画、能力を確保しなければならないとし、米国がそれを怠れば、有事の際に中国やロシアが核兵器を使用する誘因が高まると警鐘を鳴らしている。具体的には、Robert Petersは安定を回復する唯一の方法として米国が戦略核兵器を近代化するだけでなく、活性化することにあり、そのためにも米国は①太平洋地域において核抑止のための包括的な物的・非物的な要件を分析する。②必要な計画、戦略、ドクトリン、戦力態勢の要件を特定する。③抑止行動とメッセージが、特に急迫した危機や紛争時に時宜にかなって調整され、実行されるよう、強固で近代化された核指揮統制、通信、意思決定機構を確立し、維持する。④核兵器の必要な規模と多様性を検討する。⑤米国の人的資本を活性化し、信頼できる効果的な抑止力を発揮するために必要な能力を確保することなどが必要だと主張している。

(2) Why Xi Jinping Doesn’t Trust His Own Military
https://www.foreignaffairs.com/china/why-xi-jinping-doesnt-trust-his-own-military
Foreign Affairs, September 26, 2023
By JOEL WUTHNOW is Senior Research Fellow in the Institute for National Strategic Studies at the National Defense University. 
2023年9月26日、米国のNational Defense University のInstitute for National Strategic Studies上席研究員Joel Wuthnowは、“Why Xi Jinping Doesn’t Trust His Own Military”と題する論説を、米国のCouncil on Foreign Relationsが発行する外交・国際政治専門の隔月誌Foreign Affairsのウエブサイトに寄稿した。その中で、①ここ2ヶ月の間に、国防部長やICBM担当部隊の指導部など、中国の上級将官が相次いで表舞台から姿を消した。②習近平と中国共産党は長い間、中国軍にかなりの自律性を認めてきた。③それは、中国軍の習近平と中国共産党への政治的な忠誠を確保するのに役立つが、文民によるチェック・アンド・バランス(抑制と均衡)がないため、不正行為や説明責任の欠如といった腐敗を生み出す状況にもなっている。④このような習近平の部下の能力に対する疑念、彼らが不正に管理しているらしい装備に対する疑念、つまり、軍隊に対する不信感は、戦争に対する抑止力として機能するだろう。⑤2012年に中央軍事委員会主席に就任した習近平にとって、腐敗した幹部や政治的忠誠心の疑わしい幹部を排除することは大きな課題だった。⑥しかし、習近平の権力を強化し、1950年代以降で最も広範な軍再編を実施するためには、軍の上層部からの支持が必要だった。⑦党が低迷する経済に焦点を当てていることと相まって、中国軍内の不始末に対する疑問は、習近平の時間と注意をより多く必要とすることになる。⑧軍部に対する信頼感の欠如は、今後数年間の武力行使に関する党の検討にも影響を与えそうだといった主張を述べている。

(3) The Dysfunctional Superpower: Can a Divided America Deter China and Russia?
https://www.foreignaffairs.com/united-states/robert-gates-america-china-russia-dysfunctional-superpower?utm
Foreign Affairs, September 29, 2023
By Robert M. Gates, Chancellor of the College of William & Mary, and served as U.S. Secretary of Defense from 2006 to 2011 and as Director of Central Intelligence from 1991 to 1993
2023年9月29日、2006年から2011年まで米国防長官を務めたRobert M. Gates米College of William & Mary総長は、米Council on Foreign Relationsが発行する外交・国際政治専門の隔月発行誌Foreign Affairsのウエブサイトに" The Dysfunctional Superpower: Can a Divided America Deter China and Russia? "と題する論説を寄稿した。その中でRobert M. Gatesは、米国が、ロシア、中国、北朝鮮、イランという4つの敵対勢力に同時に直面したことは、かつてないことであり、過去数十年、いやおそらくかつてないほど深刻な脅威に直面しているとした上で、問題は、米国が強力かつ首尾一貫した対応を求められているまさにその瞬間に、米国がそのような対応を取れないことであると指摘している。そしてRobert M. Gatesは、イエスマンに囲まれた習近平とPutinは、すでに深刻な過ちを犯し、自国に大きな損害を与えており、長い目で見れば、彼らは自国に損害を与えているが、当面の間、彼らは米国が対処しなければならない危険な存在であり続けると指摘し、米国はあらゆる面で競争力を高める必要があり、そうしてこそ、習近平とPutinがこれ以上悪い賭けに出るのを抑止することができると述べた上で、最後に、「危機は現実である」と強調している。