海洋安全保障情報旬報 2020年11月11日-11月20日

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11月11日「新潜水艦救難システムの契約トラブルで豪潜水艦部隊は危機に瀕する-豪専門家論説」(The Strategist, 11 Nov 2020)

 11月11日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは元豪海軍の資格認定潜水員で退役豪陸軍大尉Anthony ‘Dusty’ Millerの“Veteran diver: Rescue contract dispute puts Australian submariners at risk”と題する論説を掲載し、ここでMillerはオーストラリアは新潜水艦救難システムの契約を破棄したが、国家は潜水艦乗組員の安全を保障する義務があり、オーストラリアは地理的制約から外国との共同は最初の72時間を犠牲にしなければならず独自の救難システムが喫緊の課題として整備されなければならないとして、要旨以下のように述べている。
(1) 11月2日からの週、豪国防相は同海軍の新しい潜水艦救難システムの契約は同省の「関心のある計画」のリストに加えられたと発表した。米Phoenix Internationalは受注していた契約終了に伴い、代償として数百万ドルを受け取ることとなろう。国防相は、救難システム導入の遅れについて潜水艦部隊に対する現行の救難能力で問題はないとしているが、これは誤りである。何よりもまずオーストラリアは潜水艦乗組員の安全を確保する責任がある。
(2) 潜水艦の建造用部材等の質は改善されてきており、事故はしばしば起こるものではなくなってきている。しかし、一度起これば多くの注目を浴びるだろう。多くの海軍はその救難の責任を果たすため共同で救難システムを運用することができる。しかし、オーストラリアは地理的に孤立しており、他の国の救難システムが対応行動を起こし、移動し、運用されるようになるには多くの時間がかかり、普通、事故後72時間と言われる「最初の救助の時間」を越えるため、オーストラリアは独自の能力を保有する義務が生じる。潜水艦が沈没し浮上できなくなるのは、浮力では対応できる以上の浸水が起こっているからである。潜水艦乗組員は潜水艦装備の脱出筒を模擬した脱出訓練水槽で個人脱出の訓練を受けているが、大陸棚とほぼ同じ水深の180mを越えると潜水艦救難艇が必要となる。
(3) オーストラリアは潜水艦救難と救難計画を1994年に確立し、有線遠隔運用型の救難艇「レモラ(コバンザメの意)」と救出乗組員を高圧下のまま移送し、治療できるシステムを中心とした完全な能力が提供された。「レモラ」はコリンズ級潜水艦の圧壊深度以深で生存者を救出でき、豪潜水艦の運用海域の全ての環境下で運用可能であった。不幸なことに、「レモラ」は2006年に重大な事故で海底に沈み、回収し、修理されたが、運用の認可は降りなかった。代わりに政府は、NATOが英国のLR5救難艇からNATO潜水艦救難システムの共同運用に切り替えた丁度その時であったので、LR5救難システムのサービスをオーストラリアを拠点とすることで取得した。LR5は1回に16名を救出でき、1回の充電で8往復が可能であり、120名の乗組員を救出する能力がある。
(4) LR5は今、耐用年数を迎えようとしている。その結果、政府はLR5が耐用年数に達する2024年までに新型潜水艦にも対応できる能力のあるsubmarine escape rescue and abandonment system(以下、SERASと言う)を提供するSEA1354Phase1計画を承認した。LR5はSEA 1354の解決策ではないが、SERASに提供する実行可能な装置が存在せず、LR5はそのギャップの埋め合わせになるかもしれない。LR5にはいくつかの領域で懸念の原因となる運用上の制限がある。もっとも深刻な懸念はLR5の最大運用深度が425mであり、コリンズ級潜水艦の圧壊深度より25パーセントも浅い。もし、潜水艦が救難艇にとっては深すぎ、圧壊するには浅すぎる海域で沈没した場合、国家は生存者を救出する能力を保有していなければならない。潜水艦事故が発生した場合、この能力のギャップは米海軍の潜水艦救難システムを準備することを求めるだろう。米海軍の救難システムをオーストラリアに準備するには事故から数日を要する。
(5) 米Phoenix International社が提案したシステムは開発中の能力であり、特に水上から遠隔操縦する第3世代「レモラ」はそうである。提案された設計ではコリンズ級及びアタック級(コリンズ級の後継)両潜水艦の深度要求を優に越えるものであり、予想される全ての海上模様で発進、収容できる能力を有している。また、システムは豪潜水艦が通常行動する海域で一般的な全ての潮流の中で60度以上の沈没潜水艦の全ての傾斜でもメイティングが可能である。契約のキャンセルは、新しい救難システム導入を数年遅らせることになるだろう。LR5はとにかく不適当であり、2024年には耐用年数が尽き、オーストラリアは事故時に最初の救助のための72時間を確保する期待の乏しい他国の救難システムに頼らざるを得なくなる。国防省は現在の契約企業と解決に向けて取り組み、国防省の報告書にある「不適当」とされた契約内容を合理的なものにする必要がある。政府と契約企業との間の交渉はこのような喫緊の能力の要求のためにより速やかに進展させなければならない。「レモラ」計画で採られたのと同様のより抜本的な取り組みが必要である。問題の中核にあると思われる技術的要求に対する解決はあるかもしれず、国防省は海軍がこれを達成するために一層の部内の支援を要求する必要があるかもしれない。新しい潜水艦救難システムを調達する伝統的手法では数億ドルの経費を必要とするだけでなく、時間がかかり、必需品の供給が不足している。
記事参照:Veteran diver: Rescue contract dispute puts Australian submariners at risk

11月12日「QUADは中国の台頭を止めることはできない―中国国際関係研究者論説」(China US Focus, November 12, 2020)

 11月12日付の香港China-United States Exchange FoundationのウエブサイトChina US Focusは中國現代國際關係研究院研究員の宿景祥の“Quad Can’t Stop China’s Rise”と題する論説を掲載し、ここで宿景祥は最近対中国封じ込め集団として勢いを強めつつある日米豪印4カ国安全保障対話(QUAD)について、中国の台頭はあくまで歴史的なプロセスであり、それがQUADによって食い止められることはないとして要旨以下のとおり述べている。
(1) 10月初め、日米豪印の外相が東京で会合を行い、そこで、11月に実施されるマラバール海軍演習にオーストラリアを招待することが決定された。この4ヵ国の集団は日米豪印4カ国安全保障対話(以下、QUADと言う)として知られ、アジア版NATOとしての性質を帯びつつある。それはインド太平洋地域における中国の台頭に対応するためのものであるが、しかし、QUADが中国の台頭を防ぐことはないだろう。
(2) QUADは、Obama政権期の「アジア基軸」戦略の核心であり、Trump政権はそれをさらに中国に対する封じ込め政策の重要な一部としてその意義を強化してきた。中国の封じ込め政策は過去数十年にわたって展開されてきた戦略であり、理論的には恒久的なものである。したがってこれは共和党・民主党政権に限らず今後も継続していくことが予測される。中国の封じ込め政策は、軍事領域を中心として政治、経済、プロパガンダなど多様な領域に及ぶものである。
(3) 冷戦終結後の米国は、世界が米国一極状態にあると想定し、そうした一極的国際秩序の中で、米国以外の国々を単なる天然資源・人的資源の供給源とみなしてきた。加えて、米国はエネルギーの利用方法やテクノロジーの利用について他国に口を出してきた。たとえば米国はベネズエラやシリア、イランが他国に石油を輸出することを認めていない。そうした米国の単独行動主義的な外交政策とその軍事ドクトリンは軌を一にしている。
(4) 米国は、世界が多極化的傾向に向かっている現実を受け入れようとせず、その優位性と例外主義に固執している。そのなかで中国を最大の脅威とみなし、QUADを利用している。米国の戦略的意図に基づいたQUADの利用は、実は他3ヵ国を不利な立場に置き、インド太平洋地域に新たな緊張と不安を生んでいる。米国の構想は中国との対決におけるコストを3ヵ国に負担させることであり、軍事協力を通じてこれらの国々に対する政治的支配力を強化しているのだ。結局のところ3ヵ国は、中国の台頭に伴って享受できるはずの利益を奪われているのである。
(5) 中国の工業生産能力は莫大で、人口と市場も巨大であり、外国資本を強く惹きつける国である。加えてその一帯一路構想は、人類が将来を共有するような共同体を構築せんとする構想であり、多くの国々から好意的反応を得ている。さらに中国やロシア、中央アジア、イランなどの地理的な空間は、作戦行動を無制限に展開しうるという点において世界で最も安全である。中国の防衛的軍事ドクトリンは、侵略者に対して決定的な打撃を与えることができるだろう。中国の台頭は歴史的なプロセスとして起きた現象であり、米国の封じ込め政策がそれを食い止めることはできないのである。
記事参照:Quad Can’t Stop China’s Rise

11月12日「インド太平洋における米中抗争、域内各国の対応―RAND報告書」(RAND Corporation, November 12, 2020)

 米RAND研究所は11月12日、“Regional Responses to U.S.-China Competition in the Indo-Pacific: Study Overview and Conclusions”と題する報告書を公表した。この報告書は「中国との長期的な戦略的抗争において、米国が同盟国やパートナー諸国と如何に効果的に協力していくかが米国の成功を左右する上で重要である。より緊密な協力を可能にするためには、インド太平洋の同盟国とパートナー諸国が米国と中国をどのように見ているか、そしてこれら諸国が米中抗争にどうのように対応しているかを理解する必要がある」との認識に基づいて作成された一連の報告書の内、総括的な報告書である。この報告書では、RANDが開発した米中の相対的な影響力を評価する枠組みと、各国でのインタビューや収集データを用いて、東南アジアで積極的な役割を果たしている米国の同盟国とパートナー諸国―オーストラリア、インド及び日本に加えて、東南アジア6カ国―インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ及びベトナムにおける影響力を巡る米中抗争を比較評価している。各国別の対応を纏めた報告書、日本、ベトナム及びシンガポール編も公表されている。
以下、総括的報告書の概要を紹介する。
1.調査研究項目
(1)影響力を巡る抗争とは何か。
(2)インド太平洋において米中両国は何を巡って抗争しているのか。最も激しい抗争が予想される国は何処か。
(3)如何にして影響力を測定または評価するのか。
(4)域内諸国は、自国における米国と中国の影響力をどのように見ているか。それらは中国の見解とどう異なるのか。
(5)米国は、東南アジアにおいて同盟国やパートナー諸国とより良い協力ができるか。
2.主な調査結果
(1)米国と中国は、抗争に当たって異なる強みとアプローチを持っている
a.域内各国は、米国は中国よりも外交的、軍事的影響力で勝っており、他方中国は経済的影響力で勝っている、と見ている。
b.東南アジア諸国は、安全保障上の懸念よりも経済発展を重視しており、従って一般的に中国の軍事的脅威よりも中国の経済的影響力について懸念している。
c.中国は、米国の軍事的影響力を弱めることなど、様々な目標に対して経済的影響力を活用することができる。対照的に、ASEAN諸国は米国の軍事的影響力が中国の経済的影響力に対抗する役割を果たすと見なしている証拠はない。
d.域内諸国は米国と多くの利益を共有しているが、北京は、より多くのインセンティブ(「ニンジン」)と強制力(「スティック」)を含む、東南アジアに対して使用する意志があるより多くのツールを保持している。
e.域内諸国は、米国か中国かの二者択一を望んでおらず、もしそうせざるを得ない場合には、米国に味方しない可能性もあり得る。
(2)米国は同盟国やパートナー諸国とより効果的に協同できよう
a.米国は、東南アジアにおいてオーストラリア、インド及び日本との連携のために、もっと努力すべきである。
b.第三国を巻き込む同盟国とパートナー諸国との連携は、主として4つの分野―①資源の協同出資、②特異な同盟国とパートナー諸国の強みと関係を梃子とする負担の分担の促進、③米国が全面的に関与できない国における中国の影響力への対抗、④域内諸国に米国との明示的な連合を求めることなく(域内諸国はそうさせられることを懸念)、米国の目標の達成―において米国に益する。
c.一方で、効果的な連携には主として5つの難題―①第三国への関与に当たっては協力よりも二国間努力を好む政府の偏見と政策プロセス、②米中抗争を二国間レベルで見るのが支配的な見方で、そこでは同盟国とパートナー諸国の貢献を考慮していないこと、③域内諸国は米国との独自の個別的関係を求めており、従って米国、同盟国及びパートナー諸国間の利害関係は多様であること、④同盟国やパートナー諸国における中国の影響力はこれら諸国の米国との連携能力と意欲を損なう可能性があること、⑤米国、同盟国及びパートナー諸国の計画立案と予算サイクルの違いは、調整された、あるいは合同の計画策定努力を困難にしていること―がある。
3.主な勧告事項
(1)全政府努力による抗争を可能にするために、(インド太平洋を含む)各地域における中国との抗争に当たっての米国の目標と優先国のリストを作成すること。
(2)インド太平洋における中国の経済的影響力に対抗するために、焦点を定めた非軍事的手段を開発すること。
(3)域内諸国との軍事、安全保障協力を導く経済的利益と価値に関する米国の公的メッセージの発信を強化すること。
(4)同盟国とパートナー諸国の貢献と合同努力に関するメッセージ発信を増やすことで、米中抗争に関する米国の公的メッセージの発信を強化すること。
(5)中国の影響力が高まっている4カ国―インドネシア、マレーシア、タイ及びベトナムにおける防衛活動を増やすこと。
(6)インド太平洋における米国の関与目標、計画及び活動について、オーストラリア、インド及び日本と協議し、共有するために、米国防省の最小限の所要を決めること。
(7)安全保障利益の共有を深化させるために、制度的な能力構築努力を拡大すること。
(8)米国か中国かの二者択一をパートナー諸国に迫ることなく、同様の目的を達成するための関与の在り方について創造的な方法を検討すること。
(9)インドネシアあるいはマレーシアのための米空軍と豪空軍間の、そしてフィリピンあるいはベトナムのための米空軍と日本の空自間の、共通の安全保障協力5カ年計画を策定するための試験的プロジェクトを開始すること。
(10)インドネシアに対して、多国間の航空及び海上活動の調整やそれらへの参加を通じて、南シナ海やナトゥナ諸島などの地域における軍事活動を強化するよう慫慂すること。
(11)5カ国防衛協定を通じてマレーシアに対する米空軍の関与のための新しい方途を提案すること。
(12)タイでは、東南アジア最大級の飛行場であるウタパオ基地への優先的なアクセス権と使用権の維持に努力すること。
(13)軍隊間の定例化された協力の重要性を高めるために、ベトナム国防省との米軍高官の交流を活発化すること。
(14)オーストラリアでは同国北部への米空軍爆撃機部隊のローテーション配備を検討すること。
記事参照:Regional Responses to U.S.-China Competition in the Indo-Pacific: Study Overview and Conclusions
Full Report: 
Regional Responses to U.S.-China Competition in the Indo-Pacific: Study Overview and Conclusions

備考1:日本編の概要
Regional Responses to U.S.-China Competition in the Indo-Pacific: Japan
https://www.rand.org/pubs/research_reports/RR4412z4.html
RAND, November 12, 2020
Scott W. Harold, a senior political scientist at the RAND Corporation, and an affiliate faculty member at the Pardee RAND Graduate School
 日本編は、中国との抗争に当たって2030年に至るまでの東南アジアにおける日米同盟の協力と調整の深化の見通しを評価している。調査に当たっては、日本の公式文書を調査し、各種の二次的情報源を分析し、そして日本の防衛・外交当局者、自衛隊幹部、シンクタンクの分析者及び学術研究者との25回以上に及ぶ対面インタビューを実施した。
日本での調査項目は、以下の4点である。(1)東南アジアにおける日本の国益と現在の関与状況はどのようなものか。(2)日本は、中国をどのように見、そして中国とどの程度まで抗争しようとしているのか。(3)中国と抗争するに当たって、日本は、米国とどの程度まで広範かつ深化した協力と調整を目指しているのか。(4)東南アジア地域における中国の影響力に対抗するため、日本は米国とどの程度協力するつもりか、協力を深化し、この地域における中国の野心により効果的に対抗するためには、日米同盟はどのような措置を講じることができるか。
以上の調査を踏まえて、主な勧告事項として、以下の指摘が見られる。「米国政府は、東南アジアにおいて中国と抗争するために日米同盟を活用することは、中国との戦争に備える必要性を東南アジア諸国に認めさせるのではなく、『平和を実現する』ために必要であることを理解するとともに、「ASEANの中心性と、東南アジア人が魅力を見出す自治、能力及び強靱性といった価値観を中心に構築された政策的枠組みを合同で形成することによって、東南アジアにおける日本との防衛、安全保障協力の強化を検討すべきである。」
記事参照:Regional Responses to U.S.-China Competition in the Indo-Pacific: Japan
Full report: Regional Responses to U.S.-China Competition in the Indo-Pacific: Japan

備考2:ベトナム編
Regional Responses to U.S.-China Competition in the Indo-Pacific: Vietnam
https://www.rand.org/pubs/research_reports/RR4412z6.html
RAND, November 12, 2020
Derek Grossman, a senior defense analyst at RAND
ベトナムに対する影響力については、中国が米国に対し圧倒的な優位を維持しているとした上で、米国はベトナムの相対する部署との相互交流を定常化し、一帯一路構想に対抗することを公に約することで、ベトナムが親中国勢力による包囲の回避を支援する一方、米中対立が激化する中でハノイが選択すべきことを述べたり、暗示したりすることは逆効果を生む。ワシントンは、ハノイが中国の行動や米国と共同することの利点について独自の結論に達することを受け入れる必要がある。また、統合軍はベトナムにおける努力が重複することを避けるため、主たる目的を補完する領域を見出すよう同盟国、提携国とともに作業し続け、越国防省との高官級訪問において、米空軍は将来の混乱を局限するため軍種間の協力を定常化させるよう求め、米空軍は越防空軍の組織化された能力、特にその支援機能を構築する機会を求めるべきであると提言している。
記事参照:Regional Responses to U.S.-China Competition in the Indo-Pacific: Vietnam
Full Report: Regional Responses to U.S.-China Competition in the Indo-Pacific: Vietnam

備考3:シンガポール編
Regional Responses to U.S.-China Competition in the Indo-Pacific: Singapore
https://www.rand.org/pubs/research_reports/RR4412z5.html
RAND, November 12, 2020
Cortez A. Cooper III, a senior international/defense researcher at the RAND Corporation and an affiliate faculty member at the Pardee RAND Graduate School
Michael S. Chase, a senior political scientist at RAND and an adjunct professor in the China Studies 
シンガポールは、国は小さいが、ASEANにおいて影響力のある経済、政治上の行為者の役割に焦点を当てて地域に関与しており、地域の経済、外交、安全保障政策における「ASEANの中心性」を促進する一方、ASEAN加盟国以外の国々と多方面において関与を拡大している。米国にとって鍵となる安全保障上の提携国である一方、幅広い安全保障上の紐帯や関係を模索する独立したアクターであり、オーストラリア、インドにとって重要な提携国であるほか中国や日本と安全保障上の結びつきも増している。シンガポールのこの地域への関与は米国にとって機会と問題をもたらしているが、機会が問題を上回っている。特に米国防総省と米空軍にとってはそうであるとした上で、以下の提言を行っている。米空軍及び米太平洋空軍は最近の安全保障上の支援と作戦上の交流の実績を強化し、HADRやその他の伝統的あるいは非伝統的な安全保障上の行動で共同すべきであり、統合軍は宇宙、サイバー、電子戦、C4ISRの分野でともに行動し、AIのような先進技術の研究開発で協力すべきであるとした上で、米政府はシンガポールが進める日豪のような米同盟国、あるいはインド、インドネシアのような提携国との協力を後押しし、中国の干渉、影響力の行使に対抗するためシンガポールとの共同する機会を慎重に模索し、シンガポールとともに南シナ海や世界各地での中国の問題行動を公にしていかなければならない。
記事参照:Regional Responses to U.S.-China Competition in the Indo-Pacific: Singapore
Full Report: Regional Responses to U.S.-China Competition in the Indo-Pacific: Singapore

11月12日「フランスは米欧の橋渡し役となれる―米軍事専門家論説」(USNI News, November 12, 2020)

 11月12日付で、U.S. Naval InstituteのウェブサイトUSNI Newsは、米海軍関連雑誌Navy Timesの元編集長で現米陸軍協会通信部長John Gradyによる“Panel: France Could be ‘Bridge Partner’ Between U.S., Europe to Counter China, Russia”と題する論説を掲載し、ここでGradyは、現在の国際関係において存在感を増しつつあるフランスが中国の台頭やロシアの攻勢に対して米国とヨーロッパの関係をどのように構築していくか、あるいはしていくべきかについて要旨以下のように述べている。
(1) 2021年1月、米国で新政権が発足し、イギリスはEU離脱の移行期間を終える。それによって今後フランスが米国とヨーロッパを橋渡しする提携国家としての役割を担うことになるかもしれないというのが、安全保障の専門家の見立てである。
(2) フランスは1960年代に、その「戦略的自立」を訴えてNATOから脱退したが、2009年に復帰した。NATOから脱退したときと核保有国である米仏をとりまく状況は180度転換し、現在の米仏関係は米国独立革命以来、歴史上前例のないほど緊密だという。再びこの分裂が起きないようにするためには米仏政府が対話を続け、今後直面するであろう新たな安全保障上の課題にともに対処するための連合を構築する必要がある。
(3) 米仏関係緊密化の一例は軍事的協力の強化である。たとえば対潜演習であるDynamic Mongoose作戦などが年に一度NATO主導のもとで行われている。またフランスが空母シャルル・ド・ゴールを中東に派遣し、米国海軍のプレゼンスの欠如を埋め合わせる事例もある。James Foggo退役海軍大将は、こうした協力のレベルをさらに拡大する必要があると述べている。また仏軍事省国際関係戦略局局長のAlice Guittonは、宇宙やサイバー分野にまでその協力を拡大すべきだと訴えている。Foggoは、われわれがともに直面している脅威が何であり、目標が何であるかを共有すべきだと主張している。
(4) しかし米国とフランスの世界の見方が同じというわけではない。専門家たちは、米国の国防戦略が中東やアフリカの対テロ戦争から、とりわけインド太平洋における大国間競合へと転換したことで意見を一致させている。他方でフランスのMacron大統領は、中国やロシアを脅威とみなしつつも、なお対テロ作戦を最優先事項と位置づけている。最近リヨンやウィーンでテロが起きたヨーロッパにしてみれば、それこそが直近の脅威だという認識なのである。
(5) そのフランスの戦略の延長線上に、アフリカの重視がある。フランスは組織的なテロ攻撃の危険にさらされているアフリカ大陸の諸政府支援のために空軍や地上軍を派遣してきた。それに対して米国は、アフリカでの対テロ作戦では補助的な役割しか担っていない。あくまでアフリカでの対テロ作戦は米国にとって最優先事項ではない。実際、Trump政権は、米アフリカ軍司令部をドイツのシュトゥットガルトから移動し、別の地域軍司令部と統合する可能性を示唆した。来たるべき新政権がこの方針を引き継ぐかどうかははっきりしていない。
(6) Foggoによれば米国によるアフリカの相対的軽視はリスクを伴うものだ。アフリカ大陸は2050年までに人口が25億人にのぼるとされ、現在まさに中国がその大陸に種々のインフラ建設を計画し、それに投資を行っている。フランスは米国よりもその重要性を理解しているのであろう。それは、5G技術に関してヨーロッパ大陸でも同様に展開されていることであり、情報技術に関して中国に依存することの危険性は理解せねばならない。
(7) 米国はNATOの同盟国に、国防費をGDP比で2%まで支出するよう求めてきたが、フランスは他国の動向をにらみつつ、自国の立場を維持してきた(抄訳者注:今年度のフランスの国防費はGDP比2%を超える見込み)。Biden政権はTrump政権よりは一方的ではないだろうが、おそらく、ヨーロッパ大陸における中国の影響力増大や5G技術に関して、EU諸国との対話に強硬な姿勢で望むと予測される。
記事参照:Panel: France Could be ‘Bridge Partner’ Between U.S., Europe to Counter China, Russia

11月14日「ベーリング海峡周辺で活発化する米ロの軍事行動―米ビジネス専門メディア報道」(Business Insider.com, November 13, 2020)

 11月14日付の米ビジネス専門ウエブサイトBusiness Insiderは “Military activity is picking up in the quiet waters between the US and Russia”と題する記事を掲載し、北極圏をめぐる活動が活発化する近年、ベーリング海峡の戦略的重要性が高まっているとして要旨以下のように報じている。
(1) ベーリング海峡はこれまで海路の通航や漁業に関して協力が構築されてきた緊張度の低い海域であったが、北極海の商業・軍事活動が活発になっている近年、その戦略的重要性に注目が集まっている。米退役空軍大将でかつてアラスカ軍司令官を務めたDouglas Fraserが言うように、北極海航路を利用するにせよ北西航路を利用するにせよ、それはすべてこの海峡を通ることになるのである。
(2) ロシアは海軍の近代化を進めており、それによってアメリカはロ艦隊の大西洋の通り道であるグリーンランド・アイスランド・イギリス間の海域、いわゆるGIUKギャップに関心を向けてきたが、それと似たような状況がベーリング海でも生じる可能性があるとFraserは言う。これは米海軍の中で広く認識されていることである。
(3) 近年ベーリング海峡周辺での米軍の活動が活発化している。2019年5月には米空母が、ここ10年では初めてアラスカ湾で実施されたノーザンエッジ演習に参加し、数ヵ月後に別の演習に参加するためにアリューシャン列島に位置するアダック島に寄港した。アダック島は1990年に閉鎖された基地であるが、最近、空中哨戒のために基地の再開が議論されている場所である。Fraserはアリューシャン列島の戦略的重要性と、その周辺地域において空軍と宇宙軍が果たすべき役割を強調している。
(4) 北極圏において米軍の中で最大の兵力を展開しているのは空軍である。空軍は加軍と協力し、ロ爆撃機の迎撃を含む早期警戒任務に従事している。アラスカにF-35機のさらなる配備が予定されており、その任務の重要性は今後も増大していくだろう。空軍以外の部門もアラスカでの活動拡大を模索しており、議会もアラスカへの投資を推し進めてきた。
(5) 他方ロシアも、冷戦終結後に劣化した北極圏および極東の軍事インフラの改修を進めている。そのひとつにレーダー施設の追加などが挙げられるが、北極圏で最も東に位置するレーダー施設は、アラスカから300マイルしか離れていないウランゲル島のものである。さらにロシアは太平洋艦隊の増強も進め、その演習を多く行っている。8月にはロ艦艇と米国の漁船が近接するという事態も生じた。オーストラリアのCurtin UniversityのAlexey Muravievが言うように、ロシアの極東はカナダやアメリカにとっては、NATO諸国にとってのロシア西部国境地域と同じくらいの重要性を持つのである。
(6) とは言え、こうしたロシアの活動の活発化は、必ずしも米国へのシグナルではないようである。非営利の研究団体CANのロシア研究プログラム長を務めるMichael Kofmanによれば、それら演習の主要目的は自国ができることの確認だという。Kofmanは、米ロ関係においてベーリング海峡がGIUKギャップ同様の戦略的重要性を持つようになるとは考えていないが、他方で近年同様に北極圏での活動を活発化させている中国との関係において、そこが重要な意義を持つようになる可能性を指摘した。
記事参照:Military activity is picking up in the quiet waters between the US and Russia

11月16日「太平洋島嶼国は、バイデン政権の気候変動に関する動きに期待-豪専門家論説」(The Diplomat, November 16, 2020)

 11月16日付のデジタル誌The Diplomatは、豪政治アナリストGrant Wyethの” Pacific Island States Look Hopefully to Biden Administration for Movement on Climate Change”と題する論説を掲載し、ここでWyethは次期米大統領にJoe Biden氏が選出されたことは太平洋島嶼国の気候変動対処に好影響を与える可能性があるとして要旨以下次のように述べている。
(1) Joe Biden氏が次期米国大統領に選出されたことは世界各地に必要な救済をもたらすことになる。太平洋島嶼国にとって、米国がパリ協定に再び参加するというBiden氏のコミットメントは大いに歓迎された。フィジーのBainimarama首相は今年の国連総会で、多国間主義の理想にコミットし続けるよう各国を促した。
(2) 太平洋島嶼国にとって、国際社会との交渉を成功させるために重要なのは、大きな力を持つ国に彼らの利益と懸念を理解させ、表面化させることである。これはオーストラリアにとっての課題ともなっており南太平洋での中国との最近の戦略的競争など、その役割を真剣に受け止め始めている。しかし、太平洋の最も差し迫った懸念である気候変動については、オーストラリアは役に立たないばかりか妨害する側にいる。
(2) Trump大統領の下でパリ協定から米国が脱退したことは気候変動対処に反対する豪政府を助けることになった。 しかし、この問題に真剣に取り組むことを約束しているBiden氏の存在はオーストラリアが自らの義務から逃避することを困難にし、太平洋島嶼国にとって有益な変化が期待できる。
(3) Bainimarama首相にとっては米国の権力シフトに頼り、これが太平洋島嶼国にとって有益であると期待するだけではなく、次期Biden政権に対し、気候変動がこの地域に及ぼしている影響について直接説明する必要がある。Bainimarama首相はBiden氏をフィジーで開催される2021年8月の太平洋島嶼フォーラム(以下、PIFと言う)島サミットに招待した。
(4) 米国は太平洋島嶼国を通じて太平洋全域に多額の投資を行っている。米領サモア、北マリアナ諸島、グアムはPIFのオブザーバーであり、米国との自由連合盟約国となっている三つの独立国、すなわちミクロネシア連邦、マーシャル諸島、パラオはPIFの正式な加盟国である。最近のPIF島サミットへの米国からの出席者でもっとも高位だったのは、2012年にクック諸島が主催したサミットに出席したHilary Clinton国務長官だった。Biden氏が2021年のサミットに出席したならば、それは彼の政権が優先事項とする施策の実績となるだろう。より強力な国々が太平洋島嶼国の指導者と真摯に献身的に関与することがもっとも説得力のあるシグナルとなる。
(5) PIF 2021へのBiden氏の出席はオーストラリアの行動を規制するのにも役立つであろう。 昨年のフォーラムでMorrison豪首相が気候変動への懸念を否定したとき、太平洋島嶼国の指導者たちは侮辱を受けたと感じた。豪代表団は石炭への言及をすべて削除することでフォーラムのコミュニケを弱体化させようとした。オーストラリアにとっては大規模な石炭産業を脱炭素化の試みから保護すること、およびそれを先延ばしにする技術的変革は政治問題化している。 
(6) Biden氏の米大統領への選出、および世界の炭素排出量を削減するためのコミットメントは、オーストラリアに大きな圧力をかけ、太平洋島嶼国のニーズに共感する側へとオーストラリアを転換させる可能性がある。さらにBiden氏が来年のPIF島サミットに出席した場合、太平洋島嶼国が直面している窮状が理解され、これらの国々が強力な同盟国を獲得する可能性が考えられる。
記事参照:Pacific Island States Look Hopefully to Biden Administration for Movement on Climate Change

11月17日「米海軍長官、インド洋、太平洋に新たに第1艦隊の創設を提唱-米海軍協会報道」(USNI News, November 17, 2020)

 5月25日付のU.S. Naval InstituteのウエブサイトUSNI Newsは“SECNAV Braithwaite Calls for New U.S. 1st Fleet Near Indian, Pacific Oceans”と題する記事を掲載し、Kenneth Braithwaite米海軍長官が米インド太平洋軍の管轄地域における海軍の課題により的確に対応するため、インド洋と太平洋との境界付近、おそらくはシンガポールを拠点とした新たな艦隊を設立するよう海軍に求めたとして要旨以下のように報じている。
(1) Kenneth Braithwaite米海軍長官は5月25日に開催された米海軍潜水艦リーグ年次シンポジウムに際し「我々は新たに艦隊を立ち上げ、新に艦隊名に数字を冠した、いわゆるナンバー艦隊をインド洋と太平洋の交差点に配置したいと考えている。同艦隊はインド太平洋軍隷下に置かれるだろう」と述べ、「日本を拠点とする第7艦隊だけに頼ることはできない。インドやシンガポールのような同盟国、提携諸国にも目を向ける必要があり、どんなに困難であろうともこの新艦隊を実際に配置しなければならない」、「重要なのはこれが強力な抑止力を提供するということであり、そのために第1艦隊を新編する。その拠点はシンガポールに限らないが遠征志向の部隊とし、太平洋を越えて機動展開させることを念頭に置いている。同盟国と提携諸国が我々を支援するだけでなく、彼らを最もよく支援できる場所ということである」と続けた。国防省高官はUSNI NewsにBraithwaiteはこのアイデアを数カ月前に思いつき、Mark Esper前国防長官と話し合っていたと語っている。
(2) 前在ノルウェー米国大使であったBraithwaiteはスピーチ冒頭で「中国人は世界中で攻撃性を示してきた。特に北極圏での中国のプレゼンスは前例のないものである。我々の同盟国、提携諸国は中国人がどれほど攻撃的であるかを案じている。我々の主権がこれほどの圧力に晒されているのは1812年の米英戦争以来である」と述べている。米国だけで中国に立ち向かうことはできず、太平洋地域、そして世界の関係国が米国の軍事的及び経済的「巻き返し」を支援することによって抑止力を再び機能させる必要があり、このため今後数週間のうちにインドを訪問し、安全保障上の課題と米海軍が彼らを独自に支援する方法のみならず、インドが米国を支援する方法についても協議するとBraithwaiteは述べた。
(3) 現在、第7艦隊は日本国領域にとどまらず活動しており日付変更線からインド・パキスタン国境付近までの広大な範囲をカバーしている。また、第3艦隊はサンディエゴを拠点とし、日付変更線から米国西海岸までをカバーしている。これまで何年にもわたって、前米太平洋艦隊司令官Scott Swift大将の下、第3艦隊が第7艦隊の負担の一部を支援できるようにするといった方策も検討されてきた。第1艦隊を新編すれば第7艦隊の負担は軽減され、二つの艦隊指揮官がより少数の同盟国及び提携諸国、より少ない地理的範囲により多くの注意を向けることができるようになるだろう。
(4) Braithwaiteは艦隊の幕僚組織の規模、第1艦隊に前方展開される場合の管轄区域が第7艦隊の間でどのように分割されるのかといった詳細には言及しなかったが、いずれにせよ両艦隊はインド太平洋軍指揮下に置かれることになる。11月18日、米海軍広報官J.D. Dorsey大佐はUSNI Newsに「インド太平洋に新ナンバー艦隊を設立する時期や場所については決定がなされていないが、海軍は常に各戦闘部隊指揮官及び同盟国と協力して組織構造や部隊編成の見直しに取り組んでおり、世界中で直面している海上の諸問題に最も効果的に対処できるよう検討している」と語った。ちなみに米海軍第1艦隊は第二次世界大戦直後から1970年代初頭まで存在していたものである。
記事参照:SECNAV Braithwaite Calls for New U.S. 1st Fleet Near Indian, Pacific Oceans

11月18日「インド太平洋地域に方向転換するオランダ―デジタル誌編集者論説」(The Diplomat, November 18, 2020)

 11月18日付のデジタル誌The Diplomatは同誌編集者Sebastian Strangioの“Following France and Germany, the Netherlands Pivots to the Indo-Pacific”と題する論説記事を掲載し、ここでStrangioはインド太平洋地域に対するオランダの取り組みについて要旨以下のように述べている。
(1) オランダ政府はヨーロッパの隣国であるフランスやドイツが最近同様の動きを見せたのに続き、インド太平洋地域の新しい戦略の概要を述べた政策文書を発表した。外務省が11月13日に発表した新政策文書は、中国の主張の強まりとアジア地域とEUの経済・貿易面での提携強化を明確に認識し、アジアの重点化を示している。この新政策は、拡大する海洋の権利への主張を中国が強化するために力を誇示する南シナ海の緊張状態について、EUに対しより正々堂々と強く意見を述べるように求めていると報じられている。
(2) この文書の一つの要約によると、この政策は大国間競争の再来はアジアの戦略的な自立のための空間の創出を保護するために、この地域への新たな戦略を求めていると主張している。それによりオランダとEUはインドネシア、シンガポール、マレーシア及びベトナムと同様に、この地域での中国の台頭に対する懸念を共有するオーストラリア、ニュージーランド、韓国、日本及びインドのような全ての地域大国との関係を深めることを求めている。
(3) 2019年には、オランダはEUの中でASEAN10カ国からの物品に関して最大の輸入国であり、総額は300億ユーロに達している。2016年には東南アジア圏に約75億ユーロ相当の物品を輸出した。政策文書によるとオランダの輸入総額の約22.5%がアジア諸国からのものだという。オランダの発表はインド太平洋構想がその発信源である日本と米国以外の国でも普及していることを示唆しており、EUがこの地域について共同で政策を行う可能性を示している。
(4) オランダの動きは、中国に対するヨーロッパの見方がより広い範囲で悪化しており、ヨーロッパの経済や世界経済の中心にますますなって来ている地域においてますますEUの利害関係が大きくなってきていることを示している。このような否定的な感情は、チェコのPalacky University Olomouc(抄訳者注:OlomoucはPalacky Universityが所在するチェコ第5の都市名)が最近実施した世論調査で証明されているように、ヨーロッパの一般市民にも反映されている。この世論調査はヨーロッパ13カ国の1万9千人の回答者を対象に行われたもので、過去3年間、特に西欧で、中国に対するヨーロッパ人の姿勢が著しく悪化していることを示している。
(5) オランダのインド太平洋戦略が南シナ海の勢力均衡に大きな違いをもたらすかどうかは別にしても、東アフリカから米国の西海岸まで伸びる広大な地域へのヨーロッパの戦略的重点化の高まりの前触れとなる可能性が高い。これに追随する国が増えること、できればEU自体が追随することを、期待したい。
記事参照:Following France and Germany, the Netherlands Pivots to the Indo-Pacific
 

11月19日「ロシア、スーダンに海軍基地建設―ロシア専門家論説」(Eurasia Dairy Monitor, November 19, 2020)

 11月19日付の米シンクタンクThe Jamestown Foundationが発行するEurasia Daily Monitorのウエブサイトは同所軍事専門家で元ソ連科学アカデミー上級研究官Pavel E. Felgenhauer博士の “Russia to Build Naval Base in Sudan?”と題する論説を掲載し、ここでFelgenhauerはロシアはスーダンと恒久的なロシア海軍基地をスーダンに建設することに合意し、その基地は将来、インド洋に対する核ミサイル搭載可能なロシア小型艦艇の拠点にもなりうるとして要旨以下のように述べている。
(1) Putin大統領はロ国防省がスーダンと恒久的な軍事基地「海軍補給ステーション」を建設する合意文書に署名することを認める命令を出した。新海軍基地の場所はスーダン海軍の数隻の哨戒艦艇も拠点としているスーダンの主要な貿易港ポートスーダンの近くにある。基礎合意は25年間継続され、相互の同意を得て、さらに10年間延長することができる。ロシア海軍の基地は約300人の武装した警備員が警備する。地元に駐留するロシアの兵士はすべて完全な外交的な免責が認められる。基地には原子力艦艇を含む最大4隻の艦艇を停泊することができる。ロシアはスーダンに代金を支払わないが、別の追加合意の下でスーダンに無償で軍事物資と武器をある程度送ることに合意したようである。ロシアは居住区、倉庫、海軍整備補給施設、ドックを含む基地を建設するための工事を行いその費用を支払う。さらに、ロシアは自国基地とポートスーダン付近のスーダン海軍施設の両方を守るための対空防衛を行う。合意の草案は、スーダンのロシア空軍基地については言及していないが、ロシアの航空機は明らかにスーダン領空の使用を許可されるであろう。大きな国際空港はポートスーダンの南に位置し、ロシアはそれを利用することができる。合意案によるとスーダンのロ軍人の数は当初の300人を超える可能性がある。冷戦中、ロ海軍の艦艇は当時エチオピアの一部であったエリトリアの紅海沿岸に配備され、1991年、冷戦とソ連が終わりに近づくと、エチオピア政権は崩壊し、エリトリアは独立し、ロシアはこの地域から撤退した。ロシアは以前、内戦のあった南イエメンからも撤退していた。今、ロシアは戦略的に重要と見なされるこの地域に軍事的拠点を確立し、戻ってこようとしている。
(2) 近年、ロシアはアフリカ全域で影響力を拡大している。しかし、スーダンの基地は海軍用であり、アジアとヨーロッパ、アデン湾、アラビア海、湾岸地域、インド洋を結ぶ紅海の海上交通路に海軍の戦力を投入しようとしている。米国はインド洋のディエゴ・ガルシアに戦略的に重要な拠点を維持している。米第5艦隊はバーレーンのマナマを母港としている。米中央軍司令部(USCC)と米空軍中央司令部(USAFCC)はカタールのアル・ウデイド空軍基地にある。米海軍艦艇は、これまで比較的安全であると考えられてきた紅海から直接、中東の目標に対し巡航ミサイルを発射し、航空攻撃を行うこともある。ロシアの軍事専門家によると、スーダンの新しい基地はシリアにある既存のロ海軍及び空軍基地の歓迎すべき拡張である。ロシア国防相によれば、シリアの海空軍基地は「数十隻の艦艇を収容し、航空支援とともに補給と整備を提供している」という。スーダンとの合意草案は、原子力軍艦の存在の可能性に言及しているが、今日、就役状態にあるロシアの原子力推進水上艦はキーロフ級原子力巡洋艦の「ピョートル・ヴェリキー」だけであり、姉妹艦「アドミラル・ナヒモフ」の改造工事が終了し、運用に復帰した後、「ピョートル・ヴェリキー」はセヴェロドヴィンスクでの改造工事を行うため、常時運用されているわけではない。2020年末までに排水量20,000トンのリデル級原子力駆逐艦の建造を開始する計画は、予算不足、石油の低価格、COVID-19感染拡大のために無期限に棚上げされている。これらのことからロシアの原子力艦艇がすぐにスーダンに配備されることはないであろう。
(3) ロシアはソヴレメンヌイ級駆逐艦が中国に輸出された1990年代初頭以降、駆逐艦を建造していない。したがってロシア海軍には今日、運用可能な駆逐艦はほとんどない。さらにロシアは2014年以前にウクライナで生産されたエンジンを新しいフリゲートに装備するには問題を抱えていた。ウクライナは現在敵対国となったからである。ロシアは、さまざまな種類のコルベットと小型ミサイル艇を建造することで海軍力を増強してきた。これらの小型艦艇の多くは、3С-14垂直発射装置を装備しており、長射程のクラブ巡航ミサイルを発射することができる。核弾頭のミサイルを使用すると、ロシアのコルベットは米国の空母機動部隊、ディエゴ・ガルシア、その他の戦略的に重要な目標を単独で破壊することができる。ロ海軍は、これらの小型艦艇を戦略的に使用することを余儀なくされている。しかし実際には、これらの小型艦艇は航続能力が限られており、防空能力は低く、装備することのできる長射程ミサイル数も限られている。インド洋で継続的に敵に戦略的脅威を与えるためには、ロシアの小型艦艇は絶対に補給とミサイルの再装填のために当海域に基地を必要とする。したがって、スーダンとの協定草案の原子力艦艇に関する条項は、実際にはロシアが危機の時にコルベットに搭載する核兵器をスーダンの基地に密かに準備しておくことを可能にするためのカバーストーリーであるかもしれない。
記事参照:Russian Naval Base in Sudan: Extending Moscow’s Influence in Middle East and North Africa

11月19日「中国のマラッカジレンマに対するインドの立場―印ニュースチャンネル報道」(Wio news.com, November19, 2020)

 11月19日付のインドの有料TVニュースチャンネルWio Newsのウエブサイトは“China’s Malacca dilemma: How India controls Indian Ocean chokepoints”と題する記事を掲載し、インドによるチョークポイントのコントロールと中国のマラッカジレンマについて要旨以下のように報じている。
(1) インドはインド洋のチョークポイントの近く、特に西太平洋とインド洋を繋ぐマラッカ海峡の周辺に海軍力を保有している。これらの海域はエネルギーや貿易のための重要な交通路であるため、中国にとって極めて重要である。インドは、1971 年の印パ戦争においてパキスタンに対して海軍による封鎖を実行すると脅したことがあったが、ニューデリーが北京に対してそのように脅したことはない。印海軍は、ガルワン渓谷の衝突を受けて厳戒態勢に入ったとされている。しかし、印海軍が中国の海上交通の封鎖を検討しているかどうか、またはアンダマン・ニコバル諸島付近での中国タンカーの阻止、もしくは中国船を迂回させることを検討しているのかどうかについて、公式発表はなかった。
(2) 6 月には米国がインドの支持を表明し、米海軍空母「セオドア・ルーズベルト」をマラッカ海峡周辺に展開させる可能性をほのめかした報道があった。インドは、マラッカ海峡、またはロンボク海峡及びスンダ海峡での往来を監視できる立場にあり、商船の動きに圧力をかけることができるが、沿岸から12カイリを超えた海域である公海で往来を妨げることはできない。この規則は、戦争になった場合には適用されない。公海における中国の不利な状況は、中国が6カ国と争っている南シナ海では一層深刻になる。一方でインドは4カ国安全保障対話参加国との海洋協力を強化しており、海軍能力の構築に伊達に取り組んでいるわけではない。
記事参照:China’s Malacca dilemma: How India controls Indian Ocean chokepoints

11月20日「ドイツのインド太平洋戦略に見られるASEAN的地域主義―シンガポール国際関係論研究者論説」(RSIS Commentary, November 20, 2020)

 11月20日付のシンガポールThe S. Rajaratnam School of International Studies(RSIS)のウエブサイトRSIS CommentaryはRSISのCentre for Multilateralism Studies准教授Alan Chongと同客員研究員Frederick Kliemの “Germany and Indo-Pacific: Berlin’s ASEAN-Style Regionalism?”と題する論説を掲載し、ここで両名は、ドイツが最近発表した「インド太平洋に関する政策ガイドライン」の特徴と、ドイツによるインド太平洋戦略立案の意義について要旨以下のように述べている。
(1) 独政府は2020年9月、「インド太平洋に関する政策ガイドライン」を発表した。この文書では多国間協調主義とルールに基づく国際秩序の維持が支持されている
(2) ドイツはインド太平洋諸国にとって経済的に重要な国ではあるが、地政学的なアクターとして重要な存在だとはみなされていない。しかしドイツの外交や安全保障政策は、NATOとEUのそれに強く結びつけられている。それゆえEUやNATOの利害関係がインド太平洋に及ぶとき、ドイツのインド太平洋への参入が導かれるのである。またドイツはヨーロッパ最大の国としてヨーロッパの安定と統合の象徴として多国間協調主義を標榜し続けており、単独的な行動を選択することはない。
(3) ドイツのインド太平洋ガイドラインが国内の安定と国家間の「熱戦」がほとんど存在しないことによってほぼ特徴付けられるインド太平洋を支配する「ASEAN的な平和」に近いものを提唱していることは偶然の一致ではない。同ガイドラインは、インド太平洋におけるパワーバランスに大きな変化が起きていることを認めているが、しかし、「敵」を名指しするものではない。それはまた、個別具体的対立について述べるのではなく、それらをすべて網羅する形で、それらが計算違いによって大規模紛争へと至る可能性があるものだと述べている。
(4) ドイツのインド太平洋ガイドラインに見られるこうした慎重な言い回しは、はっきりと名指しはされていないが、その標的のメンツを守りつつ、同盟国やパートナーの不満を表明するものであり、ASEAN外交を彷彿とさせるものである。ドイツはEU共通の戦略を追求する必要もあるが、EU諸国の中には中国に対し、その経済的な反撃を恐れて慎重な態度をとる国も少なくない。それゆえアメリカのインド太平洋戦略関連文書とは異なり、いかなる対立的な言葉遣いをも避けねばならないのだ。
(5) さらに望ましいことに、ドイツのインド太平洋ガイドラインは全方向的な信頼構築を目指し、非同盟を強調するASEANの外交方針と、近年対中国包囲網の一角として存在感を増しつつあるQUADの動向をうまく合流させようと試みているのである。独国防相Kramp-Karrenbauerはインド太平洋における軍事化を抑制し、多国間主義的行動を実践するいかなる試みも支持すると公然と宣言した。こうした排他的ではなく包摂的な姿勢が単独行動的な国家の行動を事前に抑制することが望ましい。
(6) このガイドラインはインド太平洋の将来は単極的なものにも2極的なものにもならないとし、持続可能で信頼できる戦略的パートナーシップと対話による多極間の平和と安定の推進を主張する。ここには「覇権や2極構造の傾向が強化されることは、その地域において深まり、多様化しているパートナーシップを包含する取り組みを危険にさらすであろう。いかなる国も、どちらにつくかの選択を迫られたり、単極的な依存状態に陥ることを余儀なくされるべきではない。インド太平洋諸国にとって、選択の自由が決定的に重要なのである」と記されている。ASEAN外交を彷彿とさせるこうした多極間主義を標榜する限り、ドイツのインド太平洋地域への参入はより歓迎されるべきものとなろう。
記事参照:Germany and Indo-Pacific: Berlin’s ASEAN-Style Regionalism?

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) Hopes and Doubts in Beijing
https://www.foreignaffairs.com/articles/united-states/2020-11-13/hopes-and-doubts-beijing?utm
Foreign Affairs.com, November 13, 2020
CHENG LI, Director of Brookings Institution’s John L. Thornton China Center and a Senior Fellow in the Foreign Policy program at Brookings
11月13日、米シンクタンクThe Brookings InstituteのシニアフェローであるCHENG Liは米Council on Foreign Relationsが発行する国際政治経済誌Foreign Affairsのウエブサイトに“Hopes and Doubts in Beijing”と題する論説を発表した。ここでLiは中国政府はこれまで、米大統領選の結果にこれほど注目したことはなかったが、それは中国指導部は誰がホワイトハウスの主になったとしても競争が米中関係を決定づけることを認識しているからだと指摘している。しかし、彼ら中国指導部はまたJoe Biden元副大統領がDonald Trump大統領に勝利したことは、両国の憂慮すべき対立への歩みを止める―あるいは少なくともその歩みをゆっくりにする―機会を提供すると信じていると評している。そしてLiはBiden政権が中国との協力分野や競争分野を模索する中で、今後も中国との緊張が続くことは間違いないとした上で、一部の有力な中国の学者はBiden氏の勝利を、米国との間により生産的な関係を築く可能性として見ているが、実際には中国の世界的な影響力の増大や米国内の政治環境の不安定さが両国関係の修復を困難にするだろうと指摘している。

(2) Water Wars: Shadowboxing in Taiwan and the Senkakus
https://www.lawfareblog.com/water-wars-shadowboxing-taiwan-and-senkakus
Lawfare.com, November 17, 2020
Sean Quirk, a JD/MPP joint-degree student at Harvard Law School and Harvard Kennedy School
11月17日、米Harvard Law School及びHarvard Kennedy Schoolで学ぶSean Quirkは豪Lawfare InstituteのウエブサイトLawfare.comに“Water Wars: Shadowboxing in Taiwan and the Senkakus”と題する論説を発表した。ここでQuirkは台湾周辺における中国軍の活動が活発化していることや、尖閣諸島周辺海域に中国海警局が恒常的に侵入していることなどから、同地域は不安定な状態にあるが、中国政府は海上の境界線を巡って台北、東京、ワシントンの当局者の忍耐を試すために、相手国との戦争ではなく自国の軍事行動を利用する傾向にあると指摘した上で、このような 「シャドウボクシング」 戦略は、少なくとも2012年に東シナ海や南シナ海で「戦わずして勝つ」ために始まった中国の長年の努力と一致しているが、この戦略は決して目新しいものではなく、孫子の兵法の原則に従ったものであると主張している。そしてQuirkはTrump政権の一貫性のなかった外交姿勢が次のBiden政権では改められるだろうといった複数の研究者の分析結果を引用した上で、今後数週間にわたり発出されるBiden次期大統領の公式声明に加え、彼の閣僚人事がBiden政権のインド太平洋戦略の方向性をさらに明らかにするだろうと指摘している。

(3) A Coherent Maritime Strategy
https://www.usni.org/coherent-maritime-strategy
Proceedings, US Naval Institute, November 2020
By Commander Paul S. Giarra, U.S. Navy (Ret.)
11月、US Naval Instituteが発行する Proceedings誌11月号は米海軍退役中佐Paul S. Giarraは“A Coherent Maritime Strategy”と題する論説を掲載した。ここでGiarraは、①米海軍は一貫した海洋戦略を策定するのに苦労しているが、信頼できる海洋戦略とは複雑なものである必要はなく、海洋戦略は「海軍は何のためにあるのか」を地政戦略的な文脈で表現しなければならない、②米海軍は、その戦略的・作戦的義務を実行するため、ユーラシアの安全保障、自由民主主義の理想、そして、米国的生活様式を脅かす専制主義の台頭に海洋から対抗する、③米海軍の海洋戦略においては攻撃的な大洋横断型の前方展開が重要であり、それは信頼できる抑止力と戦闘力を展開するために、海軍を遠洋艦隊として構成することを意味する、④米海軍は、他の米国の軍種との緊密な戦略的、作戦的及びドクトリン的な協力関係の中で統合された方法で軍事行動を行う、⑤国際的な利益のための米国のシーパワーは、海洋の同盟諸国や提携諸国の海軍との緊密な提携によって最も良く実践され、そうすることで、米国の国家的動機、戦略範囲及び耐久性に対する信頼を高めることができる、⑥あとは地図上の話をして方向性と目的をもって方法と手段を練るだけであり、その予算は、危険な時代において国家戦略上の利益を守るために平時に骨を折って支払うべき対価にすぎない、という主張を行っている。