海洋安全保障情報旬報 2020年10月11日-10月20日

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10月12日「Trumpの時代から醸成される日本と東南アジアの親密な関係-シンガポール専門家論説」(The ISEAS – Yusof Ishak Institute, October 12, 2020)

 10月12日付のシンガポールのシンクタンクISEA-Yusof Ishak Instituteの ウエブサイトは同所客員研究員Victor Teoの“Japan and Southeast Asia: Kindred Spirits in the era of Trump”と題する論説を掲載し、ここでTeoはRichard Armitageの言説を引用しつつ、インド太平洋のあるべき方向性は他の多くのTrump政権関係者が言うような形ではなく日本やASEAN諸国が目指しているような包摂的なものであるべきとして要旨以下のように述べている。
(1) Richard Armitageは最近のインタビューで、特定の国に対抗するのではないより包摂的なでインド太平洋地域について言及した。米国随一のアジア政策通として知られるArmitageは、ASEAN諸国に米国と中国のどちらかを選択するよう求めるTrump政権高官の言を引き合いに出し、「中国もASEANも日本もアジア地域に所在しているが米国はそうではない」と述べている。Reagan政権で国防次官補代理を、Bush政権で国務副長官を務めた経験豊富な共和党員であるArmitageの言葉は政策的にも重みを持つ。彼の指摘はワシントンの病的な中国非難を念頭に置いたものであり、アジアにおける米国の役割を再考する基礎を提供するものである。この発言は地域諸国の利益と政策の選択肢が米国とは大きく異なる可能性があることを認識する米国当局者がまだいるという点でアジア諸国に若干の安心感を与えるかもしれない。そのことは同時に、米国が中国を排除するのではなく、包摂するように政策を組み立てていく必要があるということを物語っている。Armitageが示唆するように、アジアに関する政策決定はワシントンの視点のみならず、アジアの人々の見解と利益を考慮に入れて共同で実施されるべきである。
(2) 米国の理性的な外交政策への復帰を求めるArmitageの訴えは、中国に対し一層厳しく、イデオロギー的な色彩さえ垣間見られるTrump政権高官の見解とは著しく異なっている。10月、Pompeo国務長官が訪日し、菅新首相を表敬の上、日米豪印4カ国安全保障対話(以下、Quadと言う)で日豪印の外相と会談した。この会議に際しPompeo長官は「中国共産党の搾取、汚職、強制」に対抗するためとしてQuadの制度化を提唱し、他の国々も適切な時期に同枠組みに参加する可能性があることを示唆した。Quadの制式化と拡大はASEAN諸国に大きな影響を及ぼす。ASEAN諸国はQuadが明示的に中国をターゲットとした組織に変化した場合、これとどのように係わっていくだろうか?また、仮にASEAN加盟国がQuadの参加国となった場合、ASEANの一体性にどのような影響があるだろうか?
(3) このような提案に対するASEANのアプローチは一般に慎重であった。東南アジア地域で中国の行動に対する懸念が高まっているにせよ、どのような取極めもオープンで包括的な地域枠組みをサポートするものでなければならない。そして、そうした取り決めは国際法に基づく「ルールベースの国際秩序」を支持するものであるべきである。それにより、小国が中国の成長するパワーに「ただ乗り」したり、逆にこれを牽制したりするのみならず、すべての国が従うべき価値観、規則、規範に支えられた地域を促進することを可能になるだろう。換言すれば、中国は排除されるのではなく、問題解決策の一部として取り込まれる必要があるということである。当然ながら、ASEAN諸国は日米の緊密なパートナーシップを歓迎している一方、Quadがどの方向に向かっているのかを慎重に見守っているのである。
(4) Pompeo国務長官ら共和党当局者は大統領選前に中国との取引の限界を押し広げている。この背後にはTrumpが選挙に勝つか否かに関わりなく、厳しい対中政策を確実にしたいと考える勢力の存在がある。厳しい対中姿勢への米国内の幅広い支持を考慮すれば、次期米大統領もこの問題での裁量の余地は余りないであろう。日本の菅首相も同様の問題に直面している。彼には幅広い権力基盤が必要であり、日本の政治的基盤に影響力を持つ新保守の現職閣僚や国会議員の多くは、非常に保守的で右翼な影響力のある組織である日本会議のメンバーでもある。菅首相は、以前は内閣官房長官として安倍首相のイデオロギー的な衝動を緩和する立場であったと理解されているが、現在はこうした勢力の守護者であり、中国に対する柔軟な立場を伺うことはできない。
(5) Quadを制式化しようとする米国の取り組みは想定している以上に菅政権の将来に影響を与えるかもしれない。米国のリーダーシップの下でより制式化されたQuadは、他の主権国家のように軍事力を普通に行使できるようにするべく米国から自立しようとする日本の新保守派の考え方とはうまく調和しない可能性もある。すなわち、日本のナショナリズムは中国のみならず米国もその対象としている側面もあるということである。実際、Covid-19の影響からの日本の景気回復も中国の存在抜きでは不可能であり、日本経済を中国の資本、投資、観光客、そして中国市場から引き離すのは不可能である。したがって、日本は米国とのより強力なパートナーシップ、より活性化したQuadにより中国の主張に対抗しようとするかもしれないが、同時に中国自身の経済復興も必要としているのである。その意味で、日本の考え方は東南アジア諸国にとも親和性があり、言わば大国の力を最大限に利用するともに中国の過剰な行動を抑制し得る地域枠組みの構築に取り組んでいるものと言えるのかもしれない。
記事参照:Japan and Southeast Asia: Kindred Spirits in the era of Trump

10月12日「中国、原潜建造造船所の規模拡大:衛星画像―潜水艦専門家論説」(USNI News, October 12, 2020)

 10月12日付のUS Naval InstituteのUSNI Newsは潜水艦専門家H I Suttonの“Chinese Increasing Nuclear Submarine Shipyard Capacity”と題する論説を掲載し、ここでSuttonは中国葫蘆島渤海造船所で新たな建屋の建設が進んでおり、その規模から2隻の原子力潜水艦を同時に建造可能のようであり、もう一つの建屋及び既存のものを含めると同時に4から5隻の原子力潜水艦が建造可能となり、従来の制約が取り払われ、人民解放軍海軍の原子力潜水艦部隊が急速に造成されるとして要旨以下のように述べている。
(1) 中国は外洋海軍を保有する国となるべく諸施策を推進中であり、原子力潜水艦(以下、原潜という)は北京の計画にとって極めて重要である。歴史的に見て人民解放軍海軍の原潜部隊は建造能力によって制約されてきた。原潜を建造できる造船所は1カ所しかない。しかし、その造船所は大規模拡張中であり、民間衛星画像の解析は、葫蘆島渤海造船所で新たな建屋が建設中であることを明らかにしている。建屋は2015年に建設されたものと本質的には同じもののようである。この新建屋は新世代原潜の建造用と広く考えられている。
(2) 中国の原潜部隊は今後数年間の内にさらに増強されると既に考えられている。この最新の造船所の開発は、中国が潜水艦建造の速度をさらに高めることを示している。中国が次の10年間に何隻の原潜を建造するかは熱い議論の的となっている。米The Office of Naval Intelligenceは最近、中国の潜水艦部隊は2030年までに6隻の攻撃型原潜を保有するという予測を発表した。元米太平洋艦隊情報部長James Fanellは、その見積は高すぎると指摘する。明らかなことは、原潜の隻数が増加するということである。新建屋は2隻の潜水艦を同時に建造するのに十分な大きさである。最近建設された他の建屋を加えると同時に4隻の潜水艦建造が可能となる。造船所の別の一角にある古い建屋がまだ稼働中であれば、もう1隻建造でき、4ないし5隻の潜水艦を同時に建造可能である。弾道ミサイル搭載原潜も攻撃型原潜も全て渤海造船所で建造されており、同造船所の建造能力が潜水艦勢力の全体にとって主要な要素である。
(3) 中国の海軍増強をワシントンは見落としてはいない。‘Battle Force 2045’で概観されるようにMark Esper国防長官はできるだけ速やかにバージニア級原潜を年3隻建造しなければならないと述べている。提起された計画には「将来の大国間の紛争において最も残存性の高い打撃力を持つ艦艇」と述べられている70隻から80隻の攻撃型潜水艦が含まれている。
(4) 渤海造船所で建造されたもっとも代表的な潜水艦はType093(商級攻撃型原潜)の改良型であるType093Bであり、主な改良点はYG-18巡航ミサイルを垂直発射筒に収めたことで、これにより戦略的打撃力が向上した。Type093よりも先進的なのがType095(唐級原潜)は全てにおいてType093より先進的であり、隠密性も優れている。3番目に計画されている潜水艦は次世代弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(以下、SSBNと言う)で、Type096SSBNは現Type094(晋級SSBN)の後継である。Tyep094の代替ではなく、Type096は6隻の増強と考えられている。
(5) 現時点で我々は渤海造船所の拡大を示す新しい詳細について検討中であり、新建屋からどのような潜水艦が姿を現すのかまだ見ていない。最新の建屋が他の目的のものであるとすることも可能である。しかし、取り上げる見方は中国が潜水艦建造能力を変革中であるというものである。葫蘆島での工事は、以前は中国の原子力海軍を物理的に制約してきたものを取り除くことになるだろう。
記事参照:Chinese Increasing Nuclear Submarine Shipyard Capacity

10月13日「南シナ海、中ロ関係の火種となる可能性―シンガポール専門家論説」(The ISEAS – Yusof Ishak Institute, October 13, 2020)

 10月13日付のシンガポールYUSOF ISHAK INSTITUTE(旧ISEAS)のウエブサイト は同所上級フェローIan Storeyの“The South China Sea, a fault line in China-Russia relations?”と題する論説を掲載し、ここでStoreyは中国は南シナ海でロシアの海洋掘削作業を妨害しており、これが中ロ関係の火種になる可能性もあるとして要旨以下のように述べている。
(1) 外交政策専門家たちが中ロ関係について検討する際に大きく2つの傾向がある。第1の傾向は少数派であるが、ロシアと中国がすべての面で実質的に「同盟」を築いていると考えることである。ロシアと中国は、「同盟」という言葉は使わない代わりに「新しい時代のための協調の包括的な戦略的パートナーシップ」という言葉を使うことを好む。この見解の支持者はPutinと習近平の定期的な会合、大規模な合同軍事演習、国連での調整、エネルギーから宇宙開発に至る幅広い分野での協力を指摘している。第2の傾向は、こちらは大多数であるが中国とロシアの関係は単なる利便性による結合ということである。Putinと習近平は、米国の優位に対する対抗という基本的に同じ世界観を共有しているかもしれないが、両国間の歴史的な諸問題が相互信頼構築を妨げている。中国はロシアを対等なパートナーとは見なしていない一方で、ロシアは歴史的にアジアではなくヨーロッパを重視しており、前庭である北極と裏庭である中央アジアに関する中国の野望に悩まされている。
(2) あまり話題になってこなかったが中ロ関係の隠れた紛争の一つは南シナ海である。中国が「九段線」内の主権を積極的に押し付けるにつれて、それが顕在化しつつある。1970年代以降ロシアのエネルギー企業は、中ロ両国にとって重要な収入源であるベトナム沿岸の石油・ガス田の開発において重要な役割を果たしてきた。そのほとんどがベトナムの排他的経済水域(EEZ)の中にあり、同時に中国の「九段線」の中にも入っている。最近、中国は自国の調査船を配備し、ベトナムのEEZに掘削リグを設置している。中国海警の船舶に護衛をさせ、中国政府が発注した探査を行い、他国の掘削プラットフォームに嫌がらせを行っている。中国の行動は東南アジア諸国に外国企業との合弁事業の取り消しと中国企業との共同開発協定の締結を強要することを目的としている。2019年7月から10月にかけて、中国はベトナムのEEZにあるバンガード堆沖に調査船「海洋地質8」を配備した。2020年4月から5月にかけて、同調査船がマレーシアのEEZで調査活動を行った。2020年7月、中国海警の船舶がバンガード堆に送られ、2018年から稼働しているLan Tayプラットフォームの近くで嫌がらせの航行を実施した。その掘削プラットフォームは、ロシア最大の石油会社であるRosneftがベトナム国営のPetroVietnamとの合弁会社で運営している。その後まもなく、同じ海域で掘削を開始する予定だったRosneftがチャーターした別の石油掘削リグが立ち往生し、ベトナムはRosneftに損害賠償金を支払うことを余儀なくされた。ベトナムは、中国の直接的な圧力の結果として同様なキャンセルのためにスペインとアラブ首長国連邦のエネルギー企業にすでに10億米ドル近くの賠償金を支払っている。
(3) ロシアは南シナ海紛争に対して中立的な姿勢を維持している。ロシアはそれぞれの当事国の領土の主張に関与する立場をとっていない。しかし、ロシアは、ベトナムにおけるRosneftの地位を損ない、資源豊かな北極における独自のEEZの主張を著しく弱めてしまうので中国の「九段線」の主張を認めない。では、ロシアは南シナ海における自国の利益を守るために何ができるのか。現時点では、ロシアは中国との戦いを選んでいる余裕はない。Putinは、旧ソ連の地域における国内問題と不安に悩まされている。西側の制裁と原油価格の急落に直面し、ロシア経済は中国にますます依存するようになってきた。しかし、ロシアはまだいくつかカードを持っている。中国はロシアから多くの防衛装備品を購入しており、中国がRosneftの活動に対する圧力を高めれば、ロシアは軍の予備品、弾薬、軍事技術のアップグレードを中止することができる。中国のライバルであるインドとベトナムへの武器配達をスピードアップすることもできる。2019年、フィリピンのDuterte大統領のロシア訪問中にさらに興味深い可能性が浮上した。Duterte大統領はRosneftのIgor Sechin最高経営責任者(CEO)と会談を行いPutinに対する信頼を深めた。Duterte大統領はIgor Sechinに対し南シナ海におけるフィリピンのEEZでの探査活動を行う必要があると述べている。Igor Khovaev駐比ロシア大使も後に、Rosneftはフィリピン沿岸のエネルギー資源開発に「非常に興味がある」と述べ、両国はサービス契約について協議中であると語った。ロシアの最良の選択肢は、中国にベトナム沿岸でのロシアの事業を妨害しないように指示するか、ロシアがフィリピンのEEZで探査活動を開始するかである。習近平がPutinのこの「はったり」に対抗措置を採るならば、中ロ関係は重要な耐久力テストを行うことになるであろう。
記事参照:The South China Sea, a fault line in China-Russia relations?

10月13日「比海軍、西フィリピン海へ民兵派遣―比ニュースサイト報道」(Rappler.com, October 13, 2020)

 10月13日付の比ニュースウエブサイトRapplerは“Navy to deploy over 200 militiamen to West Philippine Sea”と題する記事を掲載し、比海軍が西フィリピン海における哨戒と漁船保護のため民兵2個中隊を派遣したとして要旨以下のように報じている。
(1) 10月13日、比海軍司令官Giovanni Carlo Bacordo 中将はRapplerの電話取材に対し、西フィリピン海の哨戒と中国軍によって長きにわたって迫害されてきた漁民保護のため、約120名から成るCitizen Armed Force Geographical Unit中隊2個中隊を西フィリピン海に展開すると述べている。この目的は西フィリピン海における中国の海上民兵に対する対応であるとBacordo司令官は述べている。フィリピン漁民は長年にわたり、中国海軍と民兵により嫌がらせの犠牲者であった。
(2) 民兵隊は海軍による訓練を受けるため、配備日は設定されていなかった。海軍の民兵は、同じ地区の比陸軍司令部に属する民兵から抽出されている。訓練後、民兵はモーターボートに乗り組み、展開前に小銃で武装することになろうとBacordo司令官はいう。漁民保護に加え、民兵は比軍に有意な情報を入手するため、情報収集、監視、偵察任務を課せられることになるだろう。漁民保護の民兵派遣は、比海軍がその努力を排他的経済水域の防護に集中することを可能にするかもしれない。
(3) Bacordo司令官は240名というのは少数であることを認めているが、民兵派遣は効果があると比軍が認めれば、その努力は将来拡大されるかもしれないと述べている。海軍は比軍6地区司令部にそれぞれ民兵1個中隊の配備を目標としているが、比軍は西フィリピン海を管轄する司令部を優先している。13日、比軍参謀総長Gilbert Gapay大将は、西フィリピン海は「一層緊張しつつあり」、「地域の潜在的発火点になっている」と警告している。
記事参照:Navy to deploy over 200 militiamen to West Philippine Sea

10月14日「米中対立において太平洋諸島フォーラムの南北分裂が持つ可能性―米防衛問題専門家論説」(The Diplomat.com, October 14, 2020)

 10月14日付のデジタル誌The Diplomatは米シンクタンクRAND Corporationの防衛問題上席アナリストDerek Grossmanの“PIF Fragmentation May Alter US-China Competition in the Pacific”と題する論説を掲載し、ここでGrossmanは、近年顕在化しつつある太平洋諸島フォーラムにおける南北の分断が米中対立の文脈においてどのような意義を持つかについて、要旨以下のように述べている。
(1) 近年、太平洋諸島フォーラム(以下、PIFと言う)に南北分断の兆候が見られる。それは、米中対立というよりグローバルな国際環境の文脈において、それぞれの超大国にとって大きな意義を持つ。
(2) 南北分断の兆候は新しい事務局長選出をめぐって見られた。1971年に太平洋諸島フォーラムが結成されて(当初の名称は「南太平洋フォーラム」で、2000年に改称)以降、その事務局長に選出されたのは、一度を除いて南部(南半球の意、メラネシア圏、ポリネシア圏、オーストラリアおよびニュージーランド)の国々の人々であった。今回、北部(北半球の意、ミクロネシア圏のマーシャル諸島、ミクロネシア連邦、ナウル、パラオ、キリバス)の国々が候補としてGerald Zackiosを推薦しているが、もし彼が推薦されなければ彼らは会合に参加しないということで合意したのである。
(3) 太平洋島嶼諸国における争点の一つには台湾承認問題がある。現在台湾を承認する国は15ヵ国あるが、そのうち四つ(マーシャル諸島、ナウル、パラオ、ツバル)が太平洋島嶼諸国だ。もしPIFが南北に分裂すれば、そのときツバルが南部において台湾を承認する唯一の国になるのである。そうなると中国がツバルに外交承認を切り替えるよう強い圧力をかける可能性が高まる。他方で北部のマーシャル諸島などは、ミクロネシアやキリバスにその中国寄りのスタンスを再考するよう促す可能性がある。ミクロネシアが考えを改めることはなさそうだが、キリバスはこの問題をめぐって揺れているように思われる。
(4) また北部のうち三つ(マーシャル、ミクロネシア、パラオ)は自由連合盟約を通じて米国との間に独特の関係を維持している。台湾問題とは別に、米中対立の文脈においてこれら自由連合盟約締約国は米国にとってきわめて重要な存在である。この盟約は、米国にこれら3ヵ国における排他的なアクセス権を認めるものであり、中国が定義する「第2列島線」内部で、米国にいわば「戦力展開のためのハイウェイ」を提供することを意味するのである。さらにこの協調の枠組みにキリバスやナウルを取り込むことによって、北部地域においてより幅広い協力体制を米国が構築できる可能性がある。特にキリバスは、2019年の大統領選挙において親中派が当選しているが、それに対抗する勢力もあるなかで重要な存在であろう。米国にとってPIFの南北分裂は北部における協力関係の強化・拡大のチャンスなのである。
(5) 他方南部に関しては、南北分裂は中国にとってチャンスである。元々中国はPIF南部の国々にとって重要な支援供与国であった。オーストラリア、ニュージーランドに次いで3番目の資金提供額を誇り、また中国の対オセアニア援助のトップ5がすべて南部に向けられたものである。中国の焦点は南太平洋に向けられており、その傾向は今後ますます強まっていくであろう。それはたとえば、太平洋島嶼諸国が直面する気候変動による海面上昇等の危機に対する支援を強化するという方針に表れている。PIFの南北分裂は、中国により南部への支援・投資の傾向をより一層強める契機となるであろう。
記事参照:PIF Fragmentation May Alter US-China Competition in the Pacific

10月15日「海の泡沫からインド太平洋版NATOへ:QUADに対する中国の見方の変化―デジタル誌The Diplomat編集委員論説」(The Diplomat.com, October 15, 2020)

 10月15日付のデジタル誌The Diplomatは同誌の安保・国防問題担当編集委員のAbhijnan Rejの“China and QUAD: From Sea Foam to Indo-Pacific NATO”と題する論説を掲載し、ここで Rejは王毅中国外交部長の発言に言及しつつ、中国がQUADに対する警戒心を強めていることについて、その意味と背景を要旨以下のように述べている。
(1) 中国は最近、日米豪印4カ国安全保障対話(以下、QUADと言う)の位置づけを見直している。2年前にはそれを海のあぶくのようなものとしていたが、中国の王毅外交部長が10月13日、クアラルンプールで行った記者会見で、今やそれが「インド太平洋版NATO」の基盤になっていると評価したのである。
(2) QUADをアジアのNATOにたとえる見方は新しいものではないが、10月初めに発せられた米国のStephen Biegun国務副長官の声明によって再び注目を浴びている。すなわち、それは米国がQUADをインド太平洋版NATOの基盤のようなものと認識していると(誤って)解釈されたのである。ただし、これ以後米国はこうした誤解が広まっていることに対して慎重な姿勢を見せている。
(3) 上述の王毅部長の発言はBiegunらの言葉を受けてのことであろう。このとき、王毅がなぜマレーシアのクアラルンプールでそうした発言をしたのか、ということを考える必要がある。
(4) 王毅部長の発言には、米国の東南アジア政策における変化と、東南アジア諸国におけるインド太平洋に対する見方の変化への対応の意図があった。しかし、東南アジア諸国はこの点について決定的にその姿勢を転換し、米国に追随しているわけではない。彼らは中国との通商上の関係を断ち切るよう米国が圧力をかけてくることを警戒し、米中対立という戦略的競合に巻き込まれることを恐れている。この点において米国は中国企業に対する制裁措置をとるなど、より具体的な行動に出ているが、たとえばマレーシアはその制裁措置には従わないという立場を示しているのだ。
(5) 王穀部長の発言はこうした背景を踏まえたものであろう。彼はあえてQUADがアジア版(インド太平洋版)NATOの基盤であるとしてその意義を誇張することで、マレーシアをはじめとする東南アジア諸国がそこに組み込まれないように訴えたかったのであろう。実際それに東南アジアを包含することは、米国のMike Pompeo国務長官も示唆していることであった。
(6) 王穀部長の発言のトーンにも注目する必要がある。従来、中国のQUADに対する見方はそこまで警戒的ではなく、米国ないしPompeo自身に対する批判を見せてきたに過ぎなかった。しかし、今回は米国だけでなくQUADの構成国のすべてが地域全体の安全保障上のリスクを提起していると示唆した。その背景は印中対立の激化と、QUADにおけるインドの存在感の増大がある。そうした状況において中国はいまやインドを戦略的敵対国であると認識するに至り、それゆえにQUADに対する警戒心をも強めたのであろう。
記事参照:China and QUAD: From Sea Foam to Indo-Pacific NATO

10月15日「中国によるトリエステ支配という幻想―伊・中国対外政策専門家論説」(The Dilomat.com, October 15, 2020)

 10月15日付のデジタル誌The Diplomatは伊シンクタンクIstituto Affari Internazionali の研究員Francesca Ghirettiの“Demystifying China’s Role in Italy’s Port of Trieste”と題する論説を掲載し、ここでGhirettiは2019年3月にイタリアと中国の間で一帯一路の協力に関する覚書がかわされたことについて、中国によるトリエステ港支配の可能性に関する懸念がやや過剰反応であるとして要旨以下のように述べている。
(1) 今年9月末に、ドイツのHumburger Hafen und Logistik AG社(以下、HHLAと言う)は、イタリア北部に位置するトリエステ港と同港の物流プラットフォーム開発への投資に関して合意を結んだ。この合意においてHHLAが投資全体の50.1%を出資することになった。ヨーロッパや米国でこの動きは歓迎された。その背景には、2019年3月に中国とイタリアの間で結ばれたトリエステ港その他の開発に関する合意の存在があった。
(2) 2019年3月、中国とイタリアの間で一帯一路政策に関する覚書が取り交わされ、その中でトリエステ港やジェノヴァ港と中国国営の中国交通建設(CCCC)の間に、港湾開発へのCCCCの参画を取り決める協定があった。トリエステ港とCCCCはさらに同年11月、イタリア、中国および第三国における相互協力を構想する覚書に署名した。これらの契約は中国がイタリアの港湾をコントロールするのではないかという懸念をもたらした。それゆえに、上記したHHLAによるトリエステ港の投資は中国の影響力拡大を懸念する米国やEU諸国によって歓迎されたのである。
(3) しかし、2019年3月および11月の覚書が実際にどのような内容で、それが本当に中国によるイタリアの港湾支配につながるかどうかに関する懸念は、これまで誇張されてきたように思われる。以下ではその内容について具体的に検討するが、結論を先に述べれば、2019年の合意によってトリエステ港が中国に売り渡されるような事態に陥るかといえば、それは否である。
(4) 上述したようにトリエステ港とCCCCにおける協力はイタリア、中国、第三国におけるものが構想された。中国での協力に関してトリエステ港に提案されたのは、上海や寧波などに建設される可能性がある新たな物流センターや、CCCCによって現在運営されているオンラインプラットフォームにトリエステ港が参画し、そこでイタリアの生産物を取り扱うというものである。ただし、前者に関する動きはほとんど進展していない。約束はされるが、その後の発展が見られないのは中国との契約においてしばしば見られる傾向である。オンラインプラットフォームでのイタリア産品の取り扱いについては試験的な動きが見られたが、COVID-19パンデミックによってそれは停滞している。
(5) 第三国における協力については、スロバキア東部のコシツェという都市におけるインターモーダル輸送(複合一貫輸送)ターミナルの建設が構想された。その詳細はなお交渉の過程であり、現在わかっている限り、まだ結論には至っていない。
(6) そして、覚書のイタリアでの協力に関する部分は、CCCCによる種々の投資を提案するものである。その投資とは、2017年にトリエステ港湾局とイタリアの鉄道管理企業(Rete Ferroviaria Italiana:以下、RFIと言う)との間で進められてきた「トライハブ」計画に対するものである。それはトリエステの港に隣接するカンポ・マルツィオ駅の開発、そしてそれをトリエステ北部のオピチーナや、さらに北西に位置するチェルビニャーノを連結するなど、鉄道のコネクティビティ向上に焦点を当てた計画である。言い換えれば2019年3月の覚書はトリエステの港湾それ自体の運営にCCCCを関わらせるものではない。むしろこの計画はEUによって資金援助を受けてすらいるのである。
(7) また覚書ではトリエステ南部のセルヴォラ駅の開発をCCCCが実施することが検討されており、トリエステ港湾局とRFIがCCCCに賃料を払ってそこを運営する構想であったが、上記の例のごとく、この件についてはほとんど進展が見られない。また何らかのプロジェクトが提起されるとしても、そこにおいてCCCCが独占的な権利を持っているわけでもなく、公開入札の手続きを経る必要がある。いずれにしてもこの覚書はその駅をCCCCに譲渡することを意味するものではない。
(8) トリエステ港が中国による投資を受け入れる準備をしていることは事実であり、世界各地における事例からわかるように、海外投資の受け入れが戦略的リスクを伴うことが多いのも事実である。しかし2019年3月の覚書に関する限り、イタリアと中国の間の取極めは、あくまでヨーロッパの枠組みにおいてなされたものであって、中国の影響力拡大という問題は過大評価されてきたように思われる。今後中国の対外投資政策の意味とそれに対する対応を考えるためにも、個々の実例の正確な詳細を理解することは重要である。
記事参照:Demystifying China’s Role in Italy’s Port of Trieste

10月17日「インド太平洋版NATOは必要か?―米安全保障研究者論説」(The National Interest, October 17, 2020)

 10月17日付の米隔月誌The National Interest電子版はUniversity VirginiaのDemocratic Statecraft Lab 所属のPD研究員Joshua Alleyの“Does the Indo-Pacific Need an Alliance like NATO?”と題する論説を掲載し、ここでAlleyは先日米国のStephen Biegun国務副長官が提起したように思われたインド太平洋版NATOが抱えるリスクを述べ、その必要性が薄いとして要旨以下のように述べている。
(1) インド太平洋地域にNATOのような強力な地域集団安全保障体制は必要だろうか。8月31日、Stephen Biegun米国務副長官はインドで声明を発表し、「インド太平洋地域は強力な多国間枠組を実質的に欠いて」おり、その必要性を示唆したように思われた。しかし実際にそれが必要かと言えば、その答えは否であろう。
(2) 確かに最近、中国の影響力拡大の動きに対し、日米豪印4カ国安全保障対話(以下、QUADと言う)の再開に見られるようにインド太平洋地域諸国間の協力が追求されており、それは継続する価値がある。他方でNATOのような同盟の追求は賢明な選択肢ではない。その理由は三つある。
(3) 第1に、そうした同盟の構成国となると想定される国々が、同盟の成功にとって重要な共有された利益を欠いていることが挙げられる。確かにQUADのメンバーやアジアの多くの国々は中国の領土的主張と対立を抱えているが、日本の場合は尖閣諸島、インドの場合はヒマラヤ、東南アジア諸国の場合は南シナ海などそれぞれが抱えている問題は大きく異なる。もし軍事同盟を結成するとなれば、たとえばヒマラヤで紛争が起きた場合に日本がそのために参戦することを義務づけることになろう。
(4) 第2に、公式の同盟結成が中国を挑発するリスクを伴う。近年の研究によれば防衛同盟の形成は、仮想敵国との対立をむしろ悪化させる可能性があるという。3つめの問題点は、インド太平洋版NATOが米国にとっては不必要だということである。米国はすでにインド太平洋の国々との間に多くの二国間条約を締結しており、これらを維持・強化するだけで事足りるのである。
(5) 米国にとって、インド太平洋における多国間協調体制の促進のためにもっと容易な方法はTPPの再加入による経済的紐帯の強化であろう。Donald Trump政権はTPPから離脱したが、それはBiegunによればTPPが内包する野心の大きさゆえのことであった。しかし、むしろインド太平洋版NATOの方こそあまりにも野心的に過ぎよう。
(6) 結局のところ、インド太平洋における強力な多国間枠組の欠如それ自体が、その必要性の根拠にはならない。それはむしろ地域の安全を促進するよりリスクを高めるものである。米国は既存の二国間同盟の強化とTPPなどの体制への加入を通して、地域の多国間協調体制の促進に焦点を当てるべきである。
記事参照:Does the Indo-Pacific Need an Alliance like NATO?

10月17日「タイ王国海軍の近代化-仏専門家論説」(East Asia Forum, 17 October 2020)

 10月17日付のAustralian National UniversityのCrawford School of Public Policy のデジタル出版物EAST ASIA FORUMは仏Asia Centre研究員Hadrien T Sapersteinの”Modernizing the Royal Thai Navy” と題する論説を掲載し、ここでSapersteinはHybrid Maritime Warfareの概念を適用することで、タイ王国海軍は沿岸領域、特にタイ湾とアンダマン海での海上権益を確保できるとして要旨以下のように述べている。
(1) タイ王国海軍の海上戦略は大きな変化を遂げた。2008年にそれまでの外洋海軍建設の方針を修正し、海上安全保障協力、集団安全保障、非伝統的な安全保障脅威対応に焦点を当てた包括的なアプローチに移行した。そして「2015年~2021年国家海上安全保障計画」を発表した2015年にNetwork Centric Warfare Planの適用を決定、2017年にタイ海上作戦司令部を再編成した。
(2) 現在、タイ周辺の強力な海軍力を持つ大陸国家(中国、インド、米国)は、軍事的及び非軍事的なあらゆる海上活動に従事している。これらの国々は、高烈度な戦争ではなく、グレーゾーンの紛争に対して戦略的目標を達成しようとしている。それは、沿岸領域の「大陸化」または「インフラ化」を通じて、陸と海の領域を統合するプロセスであり、陸地中心の多次元アプローチ戦略を海上領域へ拡大するものである。
(3) 2016年、海上安全保障に関する調査報告書が提出され、タイ王国海軍は主権、安全保障、繁栄、持続可能性、名誉という5つの海上権益を確保できなくなったとされ、海軍戦略へのより柔軟なアプローチと、現実の世界情勢を考慮したより敏感な姿勢が必要とされた。その後公表された、「2018〜2037年の20年間の国家戦略」、「2019〜2022年の国家安全保障政策・計画」などの国家の政策文書は、同じように新たなグレーゾーンの安全保障の課題を指摘している。
(4) 現代の戦争は単一の包括的戦略や安全保障のコンセプトにとっては複雑すぎるとされているが、Hybrid Maritime Warfare(以下、HMWと言う)はタイ王国海軍がそのドクトリンをアップグレードし、新しい環境に適応するのに有効となるであろう。すでにタイ王国陸軍は、陸軍にとっての同様の概念であるLand Hybrid Warfareを適用することを選択し、海軍もHMWへの扉を開こうとしており、この流れは継続されつつある。
(5) 米退役海軍大将James Stavridisの“Maritime Hybrid Warfare is Coming”によれば、HMWの概念には次の四つの特徴的な利点がある。
a. 敵能力の破壊を可能にし、批判や国際的な制裁を回避するための「活動のより広い自由度」を可能にする。
b. 海上領域は流動的な環境であるため、驚くような利点をもたらす。
c. 発生する事象の進み具合とタイムラインを効果的に制御できる。
d. 従来の沿岸領域での戦争を実施するために必要な大規模で高価なプラットフォームを構築するよりもはるかに安価ですむ。
さらにHMWのもう一つの利点は、政府が陸地中心の戦略的思考に傾倒する政治的状況であっても海軍を支援できることである。
(6) 国家軍事戦略において陸上中心の考え方は時代遅れとなっている。近年の技術的、政治的な傾向は沿岸領域における陸上中心の海上戦略に向けられている。タイ王国海軍はかつて陸軍が策定した国家戦略及び政策文書により、海軍力の発展を妨げられていた。しかし、HMWの概念を適用することで、この問題を回避でき、さらには沿岸海域、特にタイ湾とアンダマン海での海上権益を確保できるようになるだろう。
記事参照:https://www.eastasiaforum.org/2020/10/17/modernising-the-royal-thai-navy/

10月19日「オーストラリア、マラバール演習に復帰―The Diplomat誌編集主幹論説」(The Diplomat, October 19, 2020)

 10月19日付のデジタル誌The Diplomatは同誌編集主幹Ankit Pandaの“Australia Returns to the Malabar Exercise”と題する論説を掲載し、ここでPandaはオーストラリアがマラバール2020演習に参加することになったが、これは印豪の安全保障協力が進展する潮流の中でQUADの統合を促進するもので、同演習が正式な4カ国共同訓練は次の段階であるとしても4カ国海軍の共同訓練がインド太平洋のどのような海域ででも実施される可能性が拡大するとして要旨以下のように述べている
(1) 10月19日、印国防省は今度のマラバール印米日3カ国共同訓練に関し、2020年についてはオーストラリアが参加すると発表した。インドは海洋安全保障領域での他国との協調拡大を模索しており、オーストラリアとの防衛協力拡大に鑑み、マラバール2020に豪海軍が参加すると声明は述べている。同演習はインド洋で実施される。オーストラリアの参加決定によってマラバール演習は4カ国安全保障対話(以下、QUADと言う)参加国全てが参加する初めての演習となる。豪海軍が最後に参加したのは2007年9月のマラバール07-02であった。オーストラリアのマラバール演習への復帰は、再び結集したQUADの重要性が増えてきていることを示しているのは間違いない。キャンベラの参加は中国とQUAD参加国の間の緊張が高まったその時になされている。キャンベラのマラバール演習への参加をある種の注意を持って見ていたインドは、2020年のラダク東部で人民解放軍との1ヶ月に及ぶ国境での対峙の最中に、これまでの躊躇を振り払ったのである。
(2) マラバール演習に関する印国防省の声明は、キャンベラの参加が「自由で、開かれた、包摂的なインド太平洋を集団として支援する」というQUAD参加国により現在進められている努力の文脈で読まれることを意味しているのは明らかである。声明は、「マラバール演習参加者は海洋領域の保安と安全保障の強化に関与しつつある」と述べている。豪外務省、国防省の共同発表は、キャンベラのマラバール演習参加は「豪国防軍にとって里程標となる機会」であると述べている。Linda Reynolds豪国防相は「マラバール演習のような高度な軍事訓練はオーストラリアの海洋能力の強化、緊密な提携国との相互運用性の確率、開かれた繁栄するインド太平洋を支援する共同の決意の現示の鍵となる」と述べている。
(3) マラバール演習の拡大は、QUADの統合をさらに進めるものであり、印豪安全保障協力における良い潮流を反映するものである。印豪両国関係は、防衛政策を計画に当たって協力を拡大し、2017年以来“2+2”を含む高官レベル維持しているように急速に変化している。
オーストラリアのマラバール演習への復帰は2017年以後に具体化されたQUADの拡大する議題を強調するものであり、中国に注視されることは疑いない。2020年のマラバール演習はQUADが前進すると期待させる効果を持つだろう。逆に2021年の同演習にオーストラリアが参加しなければ後退したと見られるだろう。現時点でマラバール演習が正式に4カ国共同演習になったとする兆候はない。しかし、それはQUAD参加国の次の目標であろう。いずれにせよ、2020年の演習において間違いのないことは、4カ国の海軍がインド太平洋のいずれの海域においてであれ組織的共同行動を実施する可能性が増えるということである。
記事参照:Australia Returns to the Malabar Exercise

10月19日「結束が強くなるThe QUAD―印専門家論説」(The Strategist, October 19, 2020)

 10月19日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは印シンクタンクCentre for Policy Research教授Brahma Chellaneyの“The QUAD sharpens its edges”と題する論説を掲載し、ここでChellaneyは中国の攻撃的な政策によってインド太平洋の民主主義国家で構成されるQUADの結束が強固になっているとして、要旨以下のように述べている。
(1) インド太平洋地域を代表する民主主義国家4カ国によるによるゆるやかな戦略的な連合である4カ国安全保障対話(以下、QUADと言う)は、中国の積極的外交政策に対応して、2020年に入って急速に結束しつつある。新しい多国間安全保障構造の確立のための同構想は、アジア版NATOを創設することというより、法による支配、航行の自由、領土の保全と主権の尊重、平和的紛争解決、自由市場及び自由貿易を含む、共通の価値観と利益に基づいた緊密な安全保障上の提携を発展させることである。中国は、これらすべての原則に対する挑戦の姿勢を示している。世界が中国に端を発したパンデミックと闘っている時に、中国の膨張主義とごろつきのような行動が具体的な安全保障協定に向けたQUADの進化に新たな勢いを与えている。もちろん、QUADの焦点は、中国以外にも広がっており、目的は「自由で開かれたインド太平洋」の中で安定した勢力均衡を確保することである。この概念は、2016年に当時の安倍晋三首相によって初めて明確に述べられ、瞬く間に米国の地域戦略の要となった。自由で開かれたインド太平洋の必要性については、QUADのすべてのパートナーが原則として同意しているが、最近の彼らの行動を促進しているのは中国の拡張主義である。中国は英国、フランス及びドイツのような遠く離れた大国にさえも、ルールに基づいたインド太平洋こそが国際平和と安全保障の中心であるとの見方を余儀なくさせている。
(2) 9年間休止していたQUADは、2017年後半に復活したが、その協議が外相レベルに引き上げられた2019年になって、明らかに本格的になった。しかしQUADの将来は、インドにかかっている。なぜなら、QUADを構成する他の三つの大国は既に二国間、三国間の安全保障同盟によって結ばれているからである。オーストラリアと日本はともに米国の安全保障(と核)の傘の下にあるが、インドは中国と大きな国境を共有しているだけでなく、現在のように中国の領土侵犯に独自に対峙しなければならない。まさにこの侵犯こそが、戦略的な方程式を変えたのである。中国の習近平国家主席が、中国軍のヒマラヤ侵攻を許可したことでインド自身がより対立的な立場を取らざるを得なくなった。QUADが、協議や調整から、事実上の戦略的同盟に移行し、この地域のための新たな多国間安全保障体制において中心的な役割を果たすようになる可能性は、これまで以上に高まっている。
(3) この新しい構造は、米国が「ハブ」であり、その同盟国が「スポーク」であるという、「保護者と世話を受ける者の関係」(patron–client)の枠組みに基づいた米国の冷戦時代のシステムとは、ほとんど類似性はないだろう。インドのような大国が米国にとって単なるもう一つの日本になることはできないという単純な理由から、そのような仕組みは機能しないだろう。だからこそ米国は、インドを条約義務のない「ソフトな同盟」(soft alliance)へと促そうと取り組んでいるのである。この取り組みは、10月26日と27日にMike Pompeo米国務長官とMark Esper米国防長官が、インドのカウンターパートとの共同協議を行うためにニューデリーを訪問する際に表に出るだろう。十中八九、この会合は、米国が他の緊密な防衛パートナーと結んでいる四つの基本合意のうち、最後の合意にインドが署名することで締めくくられるだろう。またインドはQUADのパートナーとの間で二国間及び三国間の軍事演習を複数回実施してきたことから、2020年の日米両国との「マラバール」海軍軍事演習にオーストラリアを招く可能性が高い。これは史上初のQUADによる軍事演習となるだろう。
(4) 米国の外交政策は、共有する戦略目標を進めるために他国との協力を活用する際、常に最も効果的である。Donald Trump大統領が米国の同盟関係を弱体化させているにもかかわらず、Trump政権はQUADを有望な連合に築き上げ、台湾、日本、韓国、オーストラリア、タイ及びインドを含むインド太平洋地域の主要なパートナーたちとの安全保障関係を向上させてきた。
(5) もっと根本的なことをいえば、QUADの強化は、習近平政権の攻撃的な政策が裏目に出始めていることをさらに証明するものである。中国に対する国際的な見方は2020年、過去最低に達した。QUADはかつて中国の力に対する控え目な抑制を定着させるために新たに出現した国際的な取り組みを象徴していたに過ぎなかった。もし習近平の台湾に対する脅威の増大が軍事行動につながれば、QUADを中核とした大きな国際コアリションは必然的なものとなるだろう。
記事参照:QUAD sharpens its edges

10月20日「中国軍の軍事演習から見えるその弱点―台湾専門家論説」(The Diplomat.com, October 20, 2020)

 10月20日付のデジタル誌The Diplomatは元台湾海軍軍官学校教官で元錦江級ミサイル艇艇長呂禮詩の“China’s Military Exercises Near Taiwan: The Lowdown on an Uptick”と題する論説を掲載し、ここで呂禮詩は最近行われた中国による台湾近海での軍事演習は米軍の偵察行動に対応するものであるが、それは中国軍の暗視能力の欠如を示しているとして要旨以下のように述べている。
(1) 8 月以降、中国軍は沿岸での防空能力を試すことを目的とした演習を実施している。10月9日、台湾の国家的記念日である「双十節」の前日、中国漳州市の古雷港経済開発区管理委員会と中国軍が共同で航行禁止令を発令した。その理由は10月13日から17日まで、古雷半島東部の中国の内水で実弾射撃訓練が行われるためということである。これは、中国国防部が8月13日に台湾海峡とその南北両端で「多数の部隊による多方向への体系化された実戦訓練」を実際に行うと発表して以来、地理的に台湾に最も近い実弾演習となる。
(2) しかし、中国軍の黄海、東シナ海及び南シナ海での演習は7月以降、かなり頻繁に行われている。一般的には、これは中国の対台湾の軍事力の誇示だと考えられている。しかし、実は中国軍の軍事能力の弱点を示している可能性の方がはるかに高い。
(3) 黄海、東シナ海及び南シナ海での夏季軍事演習の目的が類似のものであると結論づけることは難しくない。それら全ての演習が、中長距離(120 km以上)の対空ミサイル、射程12.5kmの対空砲、そして、短距離の対空ミサイルで一致している。要するに、2020年夏の中国軍の相次ぐ演習は「島嶼部の武装と沿岸部の防空の強化」のための包括的な訓練を実施することに重点を置いているのである。
(4) 中国軍が島嶼部や沿岸部の防空を強化せざるを得ないということは、一体敵からのどのような脅威が中国軍を悩ませているのだろうか?それは2020年に入ってからの米軍のインド太平洋への展開と台湾の新たな武器購入の可能性である。中国の王毅外交部長は9月の第10回東アジアサミット外相ビデオ会議で、米軍機が2020年上半期に南シナ海で3000回以上の活動を行ったことを率直に指摘した。米軍の様々なタイプの電子偵察機やP-8A哨戒機からの「近接偵察」が、中国軍が最近の演習を実施する必要性を感じた主な理由だという。米海軍アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦「ラファエル・ペラルタ」は、2月から7月まで黄海、東シナ海及び南シナ海で沿海の巡航を行った。さらに今後、これらの海域に配備される米軍の航空機・海軍艦艇には無人機が搭載されるほか、将来的には“loyal wingmen”(有人機に同行する無人機)も搭載されることになるという。その上、台湾は米国から無人偵察機MQ-9B(SeaGuardian)の購入を協議中であり、これらの無人機は中国軍の防空及び軍事安全保障上の脅威となっている。したがって、中国軍は、これらの脅威に対抗するため「島嶼部の武装と沿岸部の防空の強化」のための演習を開始したのである。
(5) それにもかかわらず中国軍内の防空能力の制約が露呈した。これらの高射砲射撃と短射程対空ミサイル演習が日出後と日没前に行われたことは、中国軍の夜間戦闘能力の欠如を示すものであり、小さな問題ではない。
(6) 2020年の中国軍の夏季軍事演習は始まりに過ぎない。ゆくゆくは暗視能力をさらに強化し、それらを米国や台湾の無人機による近接偵察に対する通常の防衛の一部とするだろう。多くの人々はここ数ヶ月間の中国軍の集中的な軍事演習を台湾侵攻の前兆と解釈している。しかし、上述の分析から明らかなように、これらの演習は中国軍が台湾へ武力侵攻するための一部ではなく、むしろ中国軍自身の戦闘力の不足をまさに補うためのものである。
記事参照:China’s Military Exercises Near Taiwan: The Lowdown on an Uptick

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) Enhancing Forward Defense: The Role of Allies and Partners in the Indo-Pacific
https://www.cnas.org/publications/commentary/enhancing-forward-defense-the-role-of-allies-and-partners-in-the-indo-pacific
Center for a New American Security, OCTOBER 15, 2020
By Charles Edel, a Senior Fellow at the United States Studies Centre at the University of Sydney, Australia
Siddharth Mohandas, an Adjunct Senior Fellow at CNAS
 10月15日、豪The University of SydneyのThe United States Studies Centre主任研究員Charles Edelと米シンクタンクCenter for a New American Security の客員研究員Siddharth MohandasはCenter for a New American Securityのウエブサイトに“Enhancing Forward Defense: The Role of Allies and Partners in the Indo-Pacific ”と題する論説を発表した。ここで両名はインド太平洋地域における米国の同盟国は、第2次世界大戦後、アジアが目覚ましい発展を遂げた主な要因は米国が構築・管理してきた同盟システムがもたらした安定であったとした上で、台頭しつつある中国が突きつける様々な課題に対処するために不可欠な存在であるにもかかわらず、米国の防衛政策は、戦略環境の変化や主要同盟国のニーズや防衛上の優先事項の変化という現実に適合していないとし、次期国防長官が示す国防戦略(National Defense Strategy)は、同盟国やパートナー国と協力して、より強力で持続可能な防衛能力を開発し、地理的に分散し、ネットワーク化された防衛力体制の構築を模索し、中国の課題に対処するために米国の同盟国やパートナー国の既存の防衛力を結集し、組織化するための優先的な取り組みを示さなければならないと主張している。

(2) Stuck in the middle with you: Resourcing the Coast Guard for global competition
https://www.brookings.edu/blog/order-from-chaos/2020/10/16/stuck-in-the-middle-with-you-resourcing-the-coast-guard-for-global-competition/
Brookings, October 16, 2020
By Michael Sinclair, Federal Executive Fellow - Brookings Institution Captain - U.S. Coast Guard
Lindsey W. Ford, David M. Rubenstein Fellow - Foreign Policy, Center for East Asia Policy Studies
 10月16日、米シンクタンクBrookings InstitutionのFederal Executive Fellowで米沿岸警備隊大佐のMichael Sinclairと同所研究員Lindsey W. Fordは同所ウエブサイトに“Stuck in the middle with you: Resourcing the Coast Guard for global competition”と題する論説を寄稿した。ここで両名は、①北京がもたらす多層的な課題の多くに、米国の沿岸警備隊は対処できる、②沿岸警備隊の幅広い一連の作戦権限と提携国との協力関係の経験は米国務省が主導する外交と米国防総省の殺傷を伴う軍務との間にある、③グレーゾーンでの競争で、中国による強制を抑止するだけでなく提携国との協力のために米国の継続的な海洋プレゼンスが必要となる、④沿岸警備隊の予算は比較的少なく、米大統領の21年度予算案では「防衛準備」のために2億ドル近くの増額を要求しているが成功していない、⑤米沿岸警備隊の海外活動資源が不足している理由の第1は、沿岸警備隊は国土安全保障省内に属し、国内の脅威に焦点が当てられていること、第2に、国防総省は中核的優先事項とは無関係であると考える海外の沿岸警備隊の任務に資金が流れることを望まないからである、⑥沿岸警備隊を使用して合同軍事演習及びパトロール、能力構築、そして国際訓練を実施することは、同じ任務のために海軍艦艇を使用するよりも遥かに安価である、⑦沿岸警備隊は中東で採用してきた遠征哨戒部隊の組成を太平洋に組み込むことができるかについて議論すべきである、⑧沿岸警備隊は、オーストラリアとの間で独立した海外基地設置の選択肢を検討する時期に来ている、⑨追加資金と海洋競争を管理する上でどのように付加価値を提供できるかを考えることで、沿岸警備隊は重要な役割を果たすことができる、といった主張を行っている。

(3)Where to Next?: PLA Considerations for Overseas Base Site Selection
https://jamestown.org/program/where-to-next-pla-considerations-for-overseas-base-site-selection/
China Brief, The Jamestown Foundation, October 19, 2020
Nathan Beauchamp-Mustafaga, a Policy Analyst at the nonprofit and nonpartisan RAND Corporation
 10月19日、米シンクタンクRAND Corporationの政策アナリストNathan Beauchamp-Mustafagaは米シンクタンクThe Jamestown FondationのウエブサイトChina Briefに“Where to Next?: PLA Considerations for Overseas Base Site Selection ”と題する論説を発表した。ここでMustafagaは、中国が2017年にジブチに初の公式な海外軍事基地を設置して以来、中国の次の基地がどこになるかについて多くの憶測が流れているが、多くの議論では人民解放軍自身が海外の軍事基地の立地問題についてどのように考えているのかという問題が見落とされていると指摘した上で、中国がどこに基地を建設するかは人民解放軍がどこに基地を建設しようとしているかのみならず、相手国が人民解放軍を歓迎すると考えるのか否か、中国の軍事プレゼンスを拒否する手段がほとんどないと相手国が考えているのかなど、様々な要因に左右される複雑な方程式で成立するものであると論じている。