海洋安全保障情報旬報 2020年9月21日-9月30日

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9月21日「欧州3主要国が対中包囲網に追随―台湾専門家論説」(Asia Times.com, September 21, 2020)

 9月21日付の香港のデジタル紙Asia Timesは、National Chengchi University, Taiwan研究員Richard J. Heydarianの“US-led coalition encircling China’s sea ambitions”と題する論説を掲載し、ここでHeydarianはフランス、英国及びドイツが米国の対中包囲網に追随している現状について要旨以下のように述べている。
(1) Donald Trump政権は、南シナ海において中国のライバルである権利主張国を含む東南アジアの中国の近隣諸国から最大限の外交的支援を求めるのに苦労する一方で、インド太平洋地域の志を同じくする大国との間では大きな成功を収めている。ここ数カ月、米国防総省は中国海軍による強引な行動の拡大に対抗することを暗に目的とした新興の同盟で、「Quad」として知られている新たな同盟の協力国である日本、オーストラリア及びインドとともにこの地域においてその軍事的足跡を拡大してきた。
(2) それに加えて、欧州は海洋紛争に関して、中国に対しかつてないほど厳しい戦略的姿勢を取っている。9月16日、フランス、英国及びドイツのヨーロッパの三大国は北京の海洋での強引さと南シナ海での一方的な行動にしっかりと焦点を当てた前代未聞の共同の口上書を国連に提出した。国連海洋法条約を根拠にして、中国による南シナ海への広大な権利の主張の多くを無効にした2016年のハーグで行われた仲裁裁判所の裁定を中国が拒否する中で、欧州の主要3カ国は「南シナ海を含む、国連海洋法条約で記されている公海の自由、特に航行及び上空飛行の自由、そして、無害通航の権利を妨げることなく行使することの重要性を強調」したのである。中国を大いに苛立たせたが、この口上書は、フィリピンが主導した「仲裁判断」の記憶を呼び覚まし、中国による南シナ海海域に対する「歴史的権利」の行使が国際法及びUNCLOSの規定を遵守していないことを明確にした。
(3) 最近発表した「インド太平洋」戦略文書に続き、ドイツは長年交渉している南シナ海の「行動規範」をめぐる中国のASEANの権利主張国との交渉についても、より厳しい姿勢を採っている。Norbert Riedel駐シンガポール独大使は9月21日のツイートで、中国とASEANの間での「実質的な法的拘束力のある行動規範を支持する」と強調した。
(4) 北京が東南アジアの小国に自分の意思を押し付けようとしていることを懸念した欧州は、地域紛争において公然と自国に有利になるように現在米国に追随している。太平洋とインド洋に領土を持つフランスと英国の両国とも近年、海軍の展開を拡大している。中国の猛烈な反対にもかかわらず、フランスは台湾海峡で「航行の自由」作戦を実行し、英国は2021年までに新造の空母「クイーン・エリザベス」を南シナ海に配備することを公約し、そしてドイツはこの地域への独自の海軍の配備を検討している。
記事参照:US-led coalition encircling China’s sea ambitions

9月22日「オーストラリアは対潜戦に必須のソノブイ供給に貢献できるか-米研究者論説」(Pacific Forum Issues & Insights, SEPTEMBER 22, 2020)

 9月22日付の米シンクタンクPacific Forum, CSISのウェブサイトPacific Forum Issues & Insightsは、同シンクタンク研究員Tom Corbenの“Securing the Sonobuoy Supply Chain: How Australia Can Help Underwrite Anti-Submarine Warfare Cooperation in the Indo-Pacific”と題する論説の要約を掲載し、中ロの潜水艦増強に対抗するため米国とその同盟国等は対潜戦を重視すべきであるが、その鍵となる装備品ソノブイのサプライチェーンが脆弱であり、オーストラリアはこの問題に対処する上で良い位置を示しており、インド太平洋地域における対潜戦能力向上に貢献する努力をすべきであるとして要旨以下のように述べている。
(1) この報告書はソノブイのサプライチェーンを悩ます問題に焦点を当てている。冷戦後のわずかな空白期の後、中ロの潜水艦部隊の著しい改善は米海軍が中核の任務として対潜戦を見直させることとなった。しかし、増大する対潜戦への要求は対潜戦の遂行に不可欠の米哨戒機部隊での保守整備、調達、即応体制での欠点を明らかにした。
(2) その結果として、インド太平洋における米国の同盟国、提携国の多くは米国製の哨戒機を運用しているが、同盟国等はそれぞれの海域における対潜戦において独自の貢献を強化するよう求められているようである。しかし、インド太平洋における米国の同盟国、提携国すべてがアクセスしてくるソノブイのサプライチェーンの深刻な脆弱性は、共同の努力を弱める恐れがあり、COVID-19の世界的感染拡大に先立つ問題である。現在、米国の単一の供給者が米国および主要な提携国の多くにソノブイを供給している。しかし、急増する需要に対して長期の供給能力は疑問である。ソノブイ・サプライチェーンの長い将来を安全なものとすることは喫緊の優先事項である。オーストラリアの先進的なソナー技術の分野での革新と製造、近年の国内防衛産業と軍事基幹設備への投資、米国との緊密な同盟関係、そして拡大する対潜戦に基づく地域の安全保障協力のネットワークを考慮すれば、オーストラリアがこの問題に対処するために良好な位置を占めていると本報告書は主張する。
(3) オーストラリアは一連の相互に関連した努力を追求すべきである。
a.他に依存しない独立した製造能力を再構築すると同時に、暫定的にソノブイの保有量を増大させる。
 b.国防産業とサプライチェーン問題に関し、米国及び情報共有枠組Five Eyesに加盟する米英加豪ニュージーランド5カ国との国防産業協力を強化する。
 c.国防産業、特に調査開発分野で対潜戦に目を向けている韓国のような安全保障上の地域における提携国との協調を強化する。ソノブイのサプライチェーンの脆弱性に対処することはオーストラリア独自の対潜能力を向上するだけでなく、今後何年にもわたってインド太平洋における共同対潜戦の強化に寄与する。
記事参照:Securing the Sonobuoy Supply Chain: How Australia Can Help Underwrite Anti-Submarine Warfare Cooperation in the Indo-Pacific
(報告書全文) Issues & Insights Vol. 20, WP 5 – Securing the Sonobuoy Supply Chain: How Australia Can Help Underwrite Anti-Submarine Warfare Cooperation in the Indo-Pacific.

9月22日「在越米大使館の地図をめぐる騒動―米博士課程学生論説」(The Interpreter, 22 Sep 2020)

 9月22日付の豪シンクタンクLowy InstituteのウェブサイトThe Interpreterは、Boston Collegeの博士課程学生Khang X. Vuの“The South China Sea map that wasn’t”と題する論説を掲載し、ここでVuはベトナムの米大使館が公表した地図をめぐる騒動が米越関係を今後も悩ませるとして要旨以下のように述べている。
(1) ハノイの米国大使館は9月9日、米越国交25周年を記念したポスターにあるベトナムの地図をフェイスブックに発表した。数日後、少数のベトナムのネット民がこの地図に、南シナ海の西沙諸島と南沙諸島がベトナム領土の一部として含まれていることを認識した。
(2) 激しい紛争の最中にあるこれらの島々に関する米国の公式見解は、今までのところ中立の立場を取らざるを得ない。しかし、ベトナムの地図に島々を含めることは、米国が現在味方になっただけでなく、米国との条約による同盟国であるフィリピンや中国を含む、5カ国との紛争においてベトナムを支持していたことを示唆した。
(3) 多くの国際的な学者は米国の動きを称賛し、この地図はこの紛争に関するワシントンの公式見解の大きな変化だと考えた。ベトナムのネット民はまた、在北京米国大使館の中国地図に西沙諸島と南沙諸島が含まれていないことに注目し、ワシントンがハノイの味方をしたという主張の信憑性をさらに高めた。
(4) しかし9月15日、米大使館は無言で地図を撤回し、西沙諸島と南沙諸島を除いた新しい地図を公開した。地図が変更されて以来、大使館のフェイスブックの投稿に寄せられたコメントのほとんどが否定的であり、6000件近くの怒りの反応が寄せられている。投稿者たちは米国を信頼できないパートナーと呼び、ハノイは南シナ海での北京の侵略に対してワシントンと協力する際に慎重になる必要があると警告した。多くの人間が、米国と中国は大国であり、それぞれが自身の国益をもっているためベトナムは主権を守るために単独で強くなる必要があると付け加えた。
(5) 米国大使館による地図変更に関する疑問に対応して、越外務省報道官は、2つのグループの島々はベトナムに属していることと、ベトナムにはそのような主張を裏付ける歴史的及び法的証拠があるとあらためて主張した。
(6) 公平にいえば、米大使館の地図からこの2つのグループの島々を削除することで、米国は態度を変えるというよりも、中立の政策を継続していることを示している。しかし、ベトナムの視点から見れば、特にこの変更についての説明がなければ米国はベトナムの主権を明確に否定したように見え、ベトナムの権利を主張するために米国の支援に頼るという希望を打ち砕いてしまう。近年、ベトナムは、南シナ海における米国のプレゼンスの増加を歓迎しており、2017年のPew Research Centerの調査によると、ベトナムは現在、韓国と同率で、この地域において最も親米な国である。今回の地図変更は間違いなく、ベトナムの人々の米国への信頼性を傷つけることになるだろう。
(7) この地図の変更はまた、ベトナムの「3つのNo」政策(抄訳者注:軍事同盟を結ばない、ベトナム領土内に外国の軍事基地を置かない、そして、他国との戦闘のためにどの国にも依存しないという趣旨)を強化するだろう。この政策は、米国がベトナムとの防衛関係を強化しようとする際に長い間大きな障害となってきた。しかし、2019年11月に発表されたベトナムの最新の国防白書で、ハノイは、「状況及び特定の条件によって」、米国とのより多くの防衛関係を許可するように政策を再解釈する意向を示したが、一方で、どの国もベトナムに、どちらかに味方するよう強要すべきではないという印象を未だに残している。
(8) 1974年の南ベトナムの西沙諸島と1988年のベトナムの南沙諸島に対して中国が攻撃を行った際、米国とソ連の両国がその防衛を行わなかったという経験があるため、ベトナムが行っている主張を米国が「放棄」するとの認識は、今回、ベトナムの軍事同盟に対する懐疑心を浮き彫りにしている。
(9) 今回の地図変更は、両国の関係の発展を抑え込むものではないだろうが、このエピソードのこのような否定的な反応は、今後何年にもわたって両国の関係を悩ませる姿勢を引き起こしている。
記事参照:The South China Sea map that wasn’t

9月23日「台湾の海上防衛態勢構築に対抗して人民解放軍海軍は掃海訓練を強化―香港紙報道」(South China Morning Post, 23 Sep, 2020)

 9月23日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は“Chinese military steps up anti-mine drills as Taiwan builds sea defences to thwart invasion”と題する記事を掲載し、台湾は中国の侵攻に備えた海上防衛態勢、特に機雷による侵攻阻止を強化しているが、中国人民解放軍海軍もこれに対抗すべく新装備を導入して対機雷戦能力を強化しているとして要旨以下のように報じている。
(1) 中国国営メディアの報道によれば人民解放軍海軍は台湾を対象とした訓練のいくつかに掃海演習を組み込んだという。軍事アナリストによれば、台湾は機雷敷設艦に投資しており、3日以内に台湾を占領するという人民解放軍の計画を阻止することを期待して新型の機雷を開発してきた。これは米軍来援の時間を稼ぐことを企図したものである。人民解放軍東部及び南部戦区司令部が実施した最近の2つの海軍演習においては掃海艇と掃討艇が機雷の脅威を除去してシーレーンの安全確保に重要な役割を果たしたと中国中央電視台が報じている。この対機雷戦訓練は、当局の米国接近に伴い戦闘機や軍艦を台湾海峡に送ることによる台湾包囲訓練に呼応して実施されている。台湾を自国の一省とみなす北京は台湾当局及び米国が独立を志向していると非難しているのである。
(2) 台湾の海軍軍官学校元教官である呂禮詩によれば、台湾は米国から新型の魚雷を購入するとともに、人民解放軍の上陸を阻止する一手段として機雷敷設能力の向上を図っているという。呂はこの戦略が、米海軍その他の地域の同盟国が介入するより多くの時間を稼ぐため構築されたものであるとして「人民解放軍が台湾を攻撃しようとすれば間違いなく非対称の戦いになる。台湾軍が取り得る最善の対策の一つは台湾と本土を結ぶ主要な水路に機雷を敷設し、人民解放軍の艦隊の接近を妨げることである 」と述べている。呂はこのために様々な機雷が開発されたと述べているが、なかでも短係止式で魚雷を内蔵した上昇式機雷はもっとも効果的兵器であると指摘している。Reuters通信によれば、先月、中米台北経済文化代表処代表(抄訳者注:大使に相当)のHsiao Bi-khim(蕭美琴)は、台湾の沿岸防備強化のため機雷と巡航ミサイル購入を検討していると米シンクタンクHudson Instituteで述べたという。そして8月4日、台湾は初の国産高速機雷敷設艦を進水させ、蔡英文総統が防衛能力強化についてのコミットメントを強調した。蔡総統は5月の就任演説でも台湾の非対称的な防衛能力を高めることが最優先事項であると述べている。
(3) マカオを拠点とする軍事アナリストAntony Wong Tongは、高度な掃海艇、掃討艇の開発は人民解放軍が統一作戦を確実に遂行するための主要な目標であったとして「人民解放軍は1949年(国共内戦で国民党が台湾に敗走)以来、台湾が敷設した機雷処理に大変な苦労をしている」と述べている。
(4) 東シナ海での演習について中国中央電視台は、数日間の対機雷戦が実施され機雷は効果的に排除されたと報じている。これについてTongは「現在、人民解放軍海軍は機雷排除を支援する高度なロボットと水中ドローンを備えており、中国中央電視台の報道で示された完全自動型の対機雷戦システムがその証拠の一部である」と指摘している。
記事参照:Chinese military steps up anti-mine drills as Taiwan builds sea defences to thwart invasion

9月23日「北極圏における戦略的競合の激化と米国がとるべき対応―米軍事・国防専門家論説」(Defense News.com, September 23, 2020)

 9月23日付で米国の防衛専門誌Defense News電子版は米シンクタンクFoundation for Defense of DemocraciesのCenter on Military and Political Powerで上席主任を務めるBradley Bowmanと米空軍少佐で同シンクタンク客員軍事アナリストを務めるScott Adamsonによる“Great power competition heats up in the thawing Arctic, and the US must respond”と題する論説を掲載し、ここで両名は北極圏における戦略的競合が激しくなる中で米国の準備が不十分であることに警鐘を鳴らし、米国が採るべき政策について要旨以下のように述べている。
(1) 北極圏周辺の環境の変化は目覚ましい。そこは天然資源が豊富であり、米本土への接近路を敵対国に提供する潜在的な通路でもある。近年、北極圏への影響力拡大をめぐるロシアと中国の活動が活発であるが、米国の動きは鈍い。米国が中国やロシアに太刀打ちするのであれば、北極圏におけるその重要性を認識する必要がある。
(2) 北極圏をめぐる競合は温暖化による海氷の喪失を背景に起きている。それによって北極圏周辺の船舶通行量は増え、豊富な天然資源の開発が今後見込まれる。ロシアはそれを見越して北極圏周辺の軍事的インフラに大規模な投資を行っている。たとえば北極周辺を管轄する統合戦略司令部の設立や、飛行場やレーダー施設、救援施設を含む50にのぼる施設の改修、16ヵ所の深水港の新設である。さらに国内法によって北極海航路の通航規制を実施し(これは合法ではない)、アラスカの向かい側に巡航ミサイル部隊を配備したのである。これによってベーリング海経由の北極圏への出入りを支配し、アラスカへの攻撃能力も得ることになった。
(3) 中国もまた北極圏への影響力拡大を模索している。中国は北極評議会でオブザーバーの地位を獲得し、ノルウェーとアイスランドで調査基地を稼働させ、また北極圏の調査のためという名目で砕氷船2隻を新造し、北極シルクロードを創始した。中国はこれらの活動は無害だと主張するが、軍民両用のインフラの整備は関係各国の疑念を高めるものである。
(4) こうした動きを背景に米国国防総省は、世界規模においても北極圏においても「発生期ではあるが着実に拡大しつつある中ロの戦略的協調」について懸念を表明した。しかし北極圏における米国の活動能力はきわめて貧弱なのが現状である。たとえば、米国には沿岸警備隊が保有する砕氷船「ヒーリー」1隻しかなく、しかもそれは2020年に故障して復帰の見通しはたっていない。つまり現時点で、ロシアが保有する砕氷船は54隻であるのに対し、米国は北極圏での活動を支援する砕氷船を1隻も持たないのである。新型砕氷船の新造が予定されているが納入は2024年の予定である。
(5) それ以外にも、北極圏には戦略的港湾がないことや、高緯度における通信効率の低下や不達、北極圏で行動可能な海軍および沿岸警備隊の水上艦船の数が少ないことなど、北極圏における米国の行動能力は小さい。Paul Zukunft沿岸警備隊退役大将によれば、北極圏において米国は20年の遅れをとっている。
(6) その溝を埋めるためにワシントンは速やかに以下の行動をとるべきだ。第1に、米国北方軍司令部への支援によって北極圏の通信状況を改善すること。第2にアラスカ州ノームに深水港を建設し、加えてアラスカやアリューシャン列島で必要なインフラについての研究を進めること。第3に砕氷船の保有を拡大すること。第4に、北極圏で活動可能な艦船の性能要目に関する研究を進めること。最後に、議会は北方軍司令部にインド太平洋軍司令部が提出したように国家防衛戦略の履行に必要な事項を概略する機密扱いではない報告書の提出を命じるべきだ。
(7) ワシントンは北極圏の重要性を認識し、以上に列挙したような政策をすみやかに進めるべきである。そうでなければ、ロシアや中国に効果的に太刀打ちすることはできない。
記事参照:Great power competition heats up in the thawing Arctic, and the US must respond

9月25日「中国の軍事力増強に対するCOVID-19の影響は限定的―シンガポール・アジア国防問題専門家論説」(RSIS Commentary, September 25, 2020)

 9月25日付のシンガポールThe S. Rajaratnam School of International Studies(RSIS)のウェブサイトRSIS Commentariesは、RSIS上席客員研究員Richard A. Bitzingerの “Global Health Security: COVID-19 and Its Impacts – Chinese Military Expansion: Slowing but Not Stopping”と題する論説を掲載し、ここでBitzingerはCOVID-19パンデミックが中国の軍備増強に限定的な影響しか与えていないとして要旨以下のとおり述べた。
(1) COVID-19パンデミックは全世界的にあらゆることをひっくり返してきたが、中国の軍事力の近代化に関する限り、それはあまり当てはまらない。中国人民解放軍(PLA)は、2035年までに「軍の完全な近代化」、2049年までに「世界クラス」の軍隊になるという目標達成に向けて一貫して進んでいる。
(2) 中国の2020年度の国防費は約1兆2860億元(約1860億ドル)だと発表された。これは2019年度から6.6%の増加であり、最近の増加率としては最も低い。1999年から2015年は概ね10~15%であったと比較すると、ここ5年間で増加率自体が低下傾向にあり、1桁台に留まっている。このことがCOVID-19の感染拡大前であることを考えれば、今後の中国の軍事支出はより緩やかなものであることを示しているのかもしれない。中国防衛白書によれば予算のうち3分の1、600億ドルが調達および研究開発に投資されている。
(3) また中国はウィルスの発生源であった武漢を徹底的に隔離することによって中国に偏在する国防産業をCOVID-19の悪影響から免れさせることにも成功した。悪影響がなかったわけではない。武漢は通常型潜水艦建造の中心地であり、その造船所は一時的に閉鎖されていたためである。しかしこれらの造船所も活動を再開していると報じられている。
(4) 中国はこれまで軍の近代化を機械化と情報化の両面から進め、成果をあげてきた。そのひとつの結果が海軍力の大幅な増強である。この数年間で中国人民解放軍海軍は、巡洋艦(抄訳者注:Type052Dミサイル駆逐艦の後継間の艦級について中国は055型導弾駆逐艦と分類しているが排水量が1万トンを超えることから米国防報告は巡洋艦としている。)5隻、駆逐艦23隻、フリゲート30隻、原子力潜水艦12隻、近代的通常型潜水艦30隻を増強した。さらに2019年には初の国産空母を就役させ、2023年には2隻目が就役予定である。それに加えて多数の弾道・巡航ミサイルシステム、第4、第5世代の戦闘機を運用している。
(5) 中国は機械化と情報化の先に知能化を見据えており、そのなかでAIをきわめて重要な力として位置づけ、戦略的投資を行っている。アメリカ国防総省によれば中国はAI技術において2030年までに世界でトップに立つことを目指しているという。そのため中国は軍民融合を戦略的に進めており、その先に中国の「技術的超大国化」を見据えている。軍民融合は「メイドインチャイナ2025」や「新世代AI計画」などの種々のイニシアチブにとって不可欠な要素と位置づけられている。
(6) 総じてCOVID-19パンデミックが中国の軍事的膨張に与える影響は小さいものであったと結論づけられる。南シナ海軍事化やインド洋への展開、そして一帯一路を放棄することはないであろう。むしろ中国は、AIによる無人海上船の開発を進め、南シナ海での軍事的プレゼンスの拡大を目指しており、その視線は、いわゆる第三列島線を超えて太平洋の先にまで向かっている。
記事参照:Global Health Security: COVID-19 and Its Impacts – Chinese Military Expansion: Slowing but Not Stopping

9月25日「米中対立が太平洋島嶼諸国にかける圧力―豪・中国外交専門家論説」(East Asia Forum, September 25, 2020)

 9月25日付のAustralian National University, Crawford School of Public Policy のデジタル出版物East Asia Forumは、同大学Coral Bell School of Asia Pacific Affairs 研究員Denghua Zhangの“US–China rivalry ramps up pressure on the Pacific islands”と題する論説を掲載し、ここで Zhangは、太平洋における米中対立の高まりが島嶼諸国にとって大きな圧力になっているとして要旨以下のとおり述べている。
(1) アフリカのことわざに「象が争うとき、傷つくのは芝である」というものがある。米中対立はあらゆる局面で激化しているが、それは太平洋にも及んでいる。太平洋に位置する島嶼諸国は自らをまさにその芝と見ているかもしれない。
(2) 太平洋における米中対立のひとつの要素は台湾承認問題である。現在、太平洋島嶼部の14カ国のうち10カ国が中国と外交関係を結び、マーシャル諸島、ナウル、パラオ、ツバルの4カ国が台湾と外交関係を結んでいる。最近米政府は台湾を公然と支持しており、2019年に台湾から中国へと承認相手を切り替えたソロモンとキリバスに反発した。
(3) 太平洋島嶼諸国に対する支援をめぐっても競争が起きている。特に中国は2006年以降同地域への経済支援を増やし、現在のところ第2位の経済支援拠出国になっている。米国は第5位に位置している。中国の支援はインフラがメインであり、米国は教育や健康関連が目立つ。米国は中国が「債務の罠」を仕掛けていると批判するが、太平洋諸国への中国によるローンは無償のものが大部分である。
(4) 安全保障も太平洋における米中対立が顕在化している分野である。中国人民解放軍海軍(PLAN)は急速にその増強を進め、中国が定義する3つの列島線を超えてそのプレゼンスの拡大を目指している。2015年に発表された中国国防白書で述べられたように、中国は海軍の行動能力強化を模索しており、太平洋島嶼諸国との安全保障面での協力を深める可能性がある。これに対して米国も自由連合盟約(以下、COFAと言う)国であるミクロネシア連邦、マーシャル諸島、パラオなどに対し、近く失効する経済支援条項に関する交渉に前向きである(抄訳者注:これらの国々は米国とCOFAを締結することによって国連の信託統治下から独立したが、米国から経済支援を受ける代わりにその外交・軍事に関する権限を米国に委任している)。
(5) こうした米中対立という環境において、多くの太平洋島嶼諸国にとって望ましいのは、米中どちらかの側につくことを避けることであろう。パプアニューギニアやバヌアツ、フィジーは「非同盟運動」に加盟している。太平洋諸島フォーラムも米中どちらかを支持するのを明確するのではなく、米中双方との協力関係を強化することで、太平洋島嶼諸国がその戦略的自律性を高めるべきだという立場をとっている。
(6) 米中はどちらも、太平洋島嶼諸国からの支持を獲得する努力を今後も続けるであろう。米国はCOFAを通じて盟約国との関係を維持、強化する可能性がある。実際にMark Esper国防長官は今年8月にパラオを訪問し、その関係強化の必要性を訴え、パラオも自国の軍事基地建設に関して米国を誘致した。ただ、ミクロネシア連邦にとって、その立場は曖昧である。ミクロネシアは中国と外交関係を結び、その経済支援を大いに必要としている。米中対立という国際環境のなか、大国の圧力にさらされながら自国の主権と国益を守るために太平洋島嶼諸国のリーダーたちは難しい舵取りを迫られている。
記事参照:US–China rivalry ramps up pressure on the Pacific islands

9月28日「中国、東南アジアに軍事基地を設けられるか―シンガポール専門家論説」(The ISEAS -Yusof Ishak Institute, September 28, 2020)

 9月28日付のシンガポールThe ISEAS-Yusof Ishak Institute ウェブサイトは、同所上席研究員Ian Storeyの“Will China Establish Military Bases in Southeast Asia?”と題する論説を掲載し、ここでStoreyは中国が東南アジアに軍事基地を設ける可能性について要旨以下のように述べている。
(1) 米国防総省が9月1日に公表した「中国の軍事力の動向」に関する年次報告書によれば、北京は「中国軍が遠隔地に軍事力を投射し、そこにおける持続的な運用を可能にするために、より強固な海外における兵站、基地施設の構築を目指している」という。このこと自体、中国軍ウオッチャーにとっては別に目新しいことではないが、驚いたのは北京が東南アジアの5カ国―カンボジア、インドネシア、ミャンマー、タイ及びシンガポール(他に中東、南アジアの国も挙げられている)―を軍事兵站施設の建設候補地として「有力視している」との米国防総省の見方であった。報告書が示唆するところによれば、中国政府は軍事兵站施設について、おそらく3つのモデルを検討してきた。すなわち、第1は海外の商業施設への優先的なアクセス―これは、中国がジブチにおける軍事プレゼンスを支援するために2017年以来利用しているモデルである。第2は、商業施設と同居する補給物資を事前集積した中国軍の排他的占有施設である。第3は部隊が駐屯する軍事基地である。いずれのモデルも中国の軍事外交と情報収集活動に加えて、紛争時における中国軍の行動を支援することになろう。
(2) では、東南アジアにおいて中国が軍事プレゼンスを構築できる可能性があるか。ポスト冷戦時代になって、大国は東南アジア諸国との間で、海軍艦艇の寄港、演習及び軍用飛行場の利用を認めるアクセス協定―米国が「基地ではなく拠点」(“places not bases”)と称するもの―を結んできた。アクセス協定は受け入れ国にとって、基地よりはるかに安上がりであり政治的負担も小さい。中国の軍事兵站施設建設計画に関する米国防総省の年次報告書の言及が米国流の「基地ではなく拠点」モデルを想定していることは、注目されて良い。アクセス協定は東南アジア諸国にとって域内の力の均衡を維持する上で有益な外国の軍事プレゼンスの受入を可能にする。しかも、外国の軍艦や軍用機の訪問は、停泊料や着陸料、さらには維持管理費や補給経費など受け入れ国に利益をもたらす。シンガポールは、商業用施設であるセンバワン埠頭に米国と英国の部隊を受け入れている。ブルネイは基地の提供ではないが、英陸軍グルカ兵大隊を受け入れている。ロシアは、2014年にベトナムとの間でカムラン湾の基地に海軍と空軍部隊の定期的アクセスを認める協定に調印した。米国は2014年にフィリピンと間で締結した「防衛協力強化協定」の下でフィリピン国内の5カ所の軍事基地への部隊のローテーション展開を実施している。
(3) では、前記の東南アジアの5カ国のいずれかが、中国の軍事プレゼンスを受け入れる可能性はあるか。ほとんどの国でその可能性はゼロに近い。インドネシアでは、Retno 外相は自国の外交政策の原則に従って「(中国を含め)如何なる国も、インドネシア領域において軍事施設を利用できないし、そうさせることもないであろう」と言明した。シンガポールは中国の艦艇の訪問に対して、他国に対すると同様に一般的な役務を提供する。シンガポールは2019年10月に中国との間で相互兵站支援取極めを含む新たな防衛協定に調印した。この協定がどう具体化するかは今後を待たなければならないが、シンガポールと米国との安全保障上の結び付きを考慮すれば、この国に持続的な中国軍のプレゼンスが維持されることはほとんどないように思われる。タイは、既に北京との間で緊密な防衛関係を結んでいるが、バンコクが対米、対中関係のバランス維持に腐心していることから見て、少なくとも近い将来、タイ領内に中国軍の兵站施設ができるとは思われない。
(4) 前記5カ国の内、ミャンマーとカンボジアについては中国軍の兵站施設が実現する可能性がある。中国は、ミャンマーではチャウピュー港を含め、多くの「一帯一路構想」(以下、BRIと言う)に基づくプロジェクトに資金を提供している。前出の米国防総省年次報告書は、一部のBRI プロジェクトが中国にとって「潜在的な軍事的利益をもたらす可能性がある」と見ているが、 同時に、ミャンマーの憲法が外国軍の駐留を禁じているために、チャウピュー港が中国軍の「休養と補給のための寄港地」の役割を果たす可能性があっても、「事実上の中国の軍事基地の候補地になるとは思われない」としている。
(5) カンボジアについては、米政府は2019年に、プノンペンが秘密裏に中国に対して自国内に軍事施設を建設することを認めたとして懸念を表明した。同国内の2カ所―すなわち、1つはリアム海軍基地、もう1つは中国が開発したダラ・サコーの深水港と空港―が該当する場所だが、Hun Sen首相は、自国内における中国の軍事プレゼンスは憲法に違反するとして米国の懸念を一蹴した。しかし米国はカンボジアが憲法を改正することもできるとして、依然疑心暗鬼である。
(6) 米国防総省年次報告書の記述が含意する重要なことは、外国において軍事施設を建設する中国の計画が「中国軍のプレゼンスを支援する可能性がある受け入れ国の自発的意志によって左右されるであろう」ことを、北京が認識しているということである。少なくとも今のところ、そうした自発的意志は、カンボジアを例外として東南アジア諸国には見当たらないようである。
記事参照:Will China Establish Military Bases in Southeast Asia?

9月28日「中国、南シナ海『行動規範』交渉を促進させるか―比専門家論説」(Analyzing War, September 28, 2020)

 9月28日付の米シンクタンクThe Strategic & Warfare Studies Institute のオンライン誌Analyzing Warは、比De La Salle University准教授Lucio Blanco Pitlo IIIの“China’s South China Sea Woes May Boost Momentum For A Code Of Conduct”と題する論説を掲載し、ここで Blancoは中国が国際的な反発の高まりの中で南シナ海「行動規範」交渉を促進させるか否かについて要旨以下のように述べている。
(1) 中国の南シナ海における行動に対する国際的な反発が高まっていることから、北京は東南アジアで微笑攻勢を復活させるかもしれない。中国は南シナ海領有権問題の非当事国が交渉に介入するのを阻止するために、領有権紛争を解決するための域内関係国による努力に再び力を入れることになるかもしれない。しかしながら、これが成功するためには域内関係諸国が、中国の変化を単なる一時的な戦術ではなく信頼できかつ永続的なものであると見なすかどうかにかかっている。8月初め、中国の王毅・国務委員兼外交部長は、行き詰まっている南シナ海「行動規範」(以下、COCと言う)の交渉再開を求めた。そして、8月のASEANの会合に先立って、王毅国務委員と魏鳳和国防部長は、インドネシア、マレーシア、ブルネイ及びフィリピンを訪問した。しかしながら、こうした歓迎すべき姿勢とは裏腹にコロナ渦中における南シナ海での中国の最近の行動は、そうした姿勢の信憑性に疑念を投げかけた。南シナ海における行政区の新設や、人工島における監視施設の設置から、他の南シナ海沿岸諸国の海洋経済活動に対する妨害行為の継続に至るまで、中国の交渉再開ヘの姿勢は実際の行動と整合していない。しかも、これら行動の特徴は、米国の「航行の自由」作戦や演習に対する単なる対応処置というよりは、北京がこの戦略的に重要な海上交通路における自国の態勢の強化を目論んでいることを示唆している。
(2) 以上のような視点から見れば、北京は、係争海域における自らの行動を正当化する口実として、米国の(南シナ海への)介入を利用している、と言える。確かに、ワシントンのより厳しい態度―その好例は、中国は半閉鎖海(南シナ海)を自らの「海洋帝国」の如く見なしているとの7月のポンペオ国務長官の演説―が北京からの強い対応を誘発しているとも言える。この演説に続いて、米国は海上における中国の「砂の長城」構築に関与した10数社のインフラ建設中国企業を制裁リストに加えた。米国の偵察機による飛行も頻度を増しており、しかも中国本土により近づいており、米海軍のEP-3偵察機が中国海軍戦闘機と衝突した、2001年の事案の再来が懸念されている。 
(3) 中国がCOC交渉の再開を改めて求めたことは、中国側における不安の高まりによって動機付けられているのかもしれない。9月初めのASEANと中国の非公式外相会談で、フィリピンの外相はCOC交渉は11月以前に再開されるであろうと語った。可能な限りすみやかなCOCの締結が期待されているにもかかわらず、そのタイムテーブルの作成は外部からの干渉を嫌う北京が主導権を握っている。領有権紛争の非当事国である他の海洋国家の姿勢と行動は、紛争当事国の政策決定に影響を及ぼし、これら諸国が北京との交渉に当たって抵抗と妥協の兼ね合いを判断する助けになるかもしれない。しかしながら、より弱小の当事国が北の巨人との大きな力の差を埋めるために外部の非当事国の干渉を梃子にしようとしても中国は長年に亘って望ましくない外国の干渉には憤りを示してきた。したがって「鉄は熱い内に鍛えよ」とは中国にとって当てはまるかもしれない。
(4) 2016年の南シナ海仲裁裁判所の画期的な裁定に対する国際的な支持の高まりも、COC 交渉を引き延ばすことへの中国の懸念を深めることになったかもしれない。Duterte比大統領は、第75回国連総会での演説で彼の北京との友好的な関係にもかかわらず、国際社会における裁定への支持の高まりを歓迎した。大統領は裁定は「今や国際法の一部である」と言明し、マニラは「裁定を貶める試みを断固拒否する」と強調した。フィリピン、インドネシア、米国、オーストラリア、そして最近では英国、フランス及びドイツの各国は裁定に直接言及した口上書を国連に提出している。他方、ベトナムとマレーシアは中国の主張を国際法に違反するものとしてこれを拒否する同様の口上書を国連に提出している。こうした外交文書は歴史権利に基づく海洋主張と、国際法、特に国連海洋法条約(UNCLOS)に違反する低潮高地に由来する拡張された海洋権限主張をとも否認している。
(5) 国際的圧力の増大が中国に対してCOC交渉の促進を慫慂することになるかもしれない。しかしながら、COCの性格を巡る解決されるべき基本的諸問題や必要な作業量を考えれば、関係11カ国(ASEAN10カ国プラス中国)は合意された2022年の交渉期限に間に合わせるためには作業を削減しなければならない。海洋の戦略的価値と、特に高まる大国間抗争の中で戦略的自主性を維持したいASEANの願望を考えれば、利害関係を有する領有権非当事国の影響を軽視することは非現実的である。問題の核心は、これら非当事国がどのような形でいつ介入できるか、そしてそうした介入が世界の最も危険な発火点の1つを緩和することに貢献できるかどうかである。
記事参照:China’s South China Sea Woes May Boost Momentum For A Code Of Conduct

9月28日「紆余曲折する南シナ海行動規範に関する交渉―越専門家論説」(The Diplomat.com, September 28, 2020)

 9月28日付のデジタル誌The Diplomat はベトナムThe Ho Chi Minh City University of Lawの講師でThe Vietnam Bar FederationのメンバーであるViet Hoang の“The Code of Conduct for the South China Sea: A Long and Bumpy Road”と題する論説を掲載し、ここでHoang は「南シナ海行動規範」について中国とASEAN諸国が合意するものが作られるにはまだ時間がかかり障害もあるとして要旨以下のように述べている。
(1) 2020年8月のASEAN地域フォーラムにおいてASEAN10カ国の外相が「南シナ海行動規範(以下、COCと言う)」に関する迅速な交渉を求めた。しかし、長い間期待されている合意が日の目を見る前に、克服しなければならない多くの障害がある。この地域と世界は現在、米国と中国の激しい競争の渦中にある。南シナ海は米中紛争の重要な引火点である。南シナ海における現在の米国の取り組みは、軍の行動を通じて中国の積極的な行動に対応することと思われる。Mark Esper米国防長官は「我々は、この地域を他の国に1インチの地面をも譲るつもりはない」と述べている。米中の緊張の高まりはASEAN諸国を困難な立場に置いている。中国は強力で攻撃的であるが隣国でもある。一方、米国は支持はしているが時には変わりやすく気まぐれである。シンガポールのLee Hsien Loong首相は、この地域は「様々な大国の利益の交差点に住んでおり、騒動の中心に巻き込まれたり、厳しい選択に追い込まれたりするのを避けなければならない」と述べている。
(2) この地域の困難な立場にもかかわらず、一部のASEAN諸国は南シナ海における法的権利を主張する機会を得た。2019年末、マレーシアは「大陸棚限界に関する国連委員会」(The United Nations Commission on the Limits of the Continental Shelf)に正式な提訴を行い、200海里の排他的経済水域を超えた大陸棚の限界に関する情報を詳述した。中国はただちにマレーシアの主張を拒絶し、南シナ海における主権と権利を曖昧な理論で主張した。中国の対応に対し、多くのASEAN諸国は海洋と領土紛争に関する法的立場を明確にする文書を国連に送った。まずフィリピンが送り、ベトナム、インドネシア、そして再びマレーシアが続いた。これらの声明の共通点は南シナ海に対する中国の広範な主張に対する国際法、特に国連海洋法条約(以下、UNCLOSと言う)の適用であった。2016年7月に常設仲裁裁判所(以下、PCAと言う)によって法的判決が言い渡され、中国の「九段線」の主張はUNCLOSの下で法的有効性がないと判断された。この地域以外の国々もこの紛争を重視している。米国、オーストラリア、英国も南シナ海紛争に関する公式声明を発表している。これらの声明はすべて中国の海洋に関する主張は違法であると反対し、その立場を支持するPCAの判決を導いたASEAN諸国の姿勢と一致している。中国はこれまでのところ、この法的判決への報復を控えている。確かに、中国の指導者は影響を受けたASEAN諸国との関係を落ち着かせるために積極的に動いている。具体的には中国の王毅外交部長は2020年9月初めの声明の中でCOCに関する東南アジア諸国との交渉を再開すると繰り返し約束した。
(3) ASEANと中国はかつて多くの共同声明の中で、COCをめぐる交渉の進展を希望すると述べてきたおり、様々な段階の草案を発表してきた。しかし、これらすべての成果は二国間紛争を解決するには不十分であった。交渉プロセスに関与する一部の当局者によると、特に最初の草案には、中国とASEANの間の多くの深刻な意見の相違が含まれていた。草案交渉テキスト(以下、SDNTと言う)が発表された2018年8月、中国の王毅外交部長は一方的に「このCOCは3年以内に確定する」と発表した。しかし、COCがその期限内にどのように結論付けることができるのか疑問に思われる。2020年9月のASEAN会合の間、フィリピンのTeodoro Locsin外相は、COCに関する交渉を2020年11月に再開すると発表したが多くの人々は懐疑的である。
(4) 状況は単純である。ASEAN諸国は中国の行動を抑制したいが中国は自国の行動が制約されることを望んでいない。ASEANは中国に効果的かつ実質的にCOCの合意を強制するためにできることがほとんどないので、交渉は主要な問題で行き詰まり続けている。議論の基礎となるSDNTがあるものの、当事者は同じ問題で行き詰まったままである。例えば、当事者がCOCの適用範囲について合意できる兆候はない。COCの適用範囲に、ベトナムが望むように西沙諸島を、フィリピンが望むようにスカボロー礁を、中国が望むように南沙諸島だけを含むのか決まっていない。中国だけが領土紛争があると考えているヴァンガード礁についても決まっていない。さらに、ASEAN諸国は自国の法による「歴史的権利」に対する中国の主張にどのように対処すべきか定まっていない。この場合の国際法の役割は何か、COCの解釈に関する各国の意見の相違はどのように解決されるのか定まっていない。一部のASEAN諸国が望むCOCは「法的拘束力がある」か、大国が都合の良いときに国際ルールを頻繁に打ち出す世界では「法的拘束力」とは何を意味するのか定まっていない。他にも多くの問題がある。中国は常に米国や他の国々をCOC交渉プロセスから除外したいと考えてきた。例えば、中国はすべての署名国が非署名国との海軍演習を拒否できる権利を得たいと考えているがASEAN諸国には受け入れられない。非常に多くの根本的な問題が発生しているのでCOCプロセスは近い将来に終わる可能性は低い。COCの交渉のもう一つの課題は、2016年の常設仲裁裁判所(PCA)の判決である。判決によると、中国の「九段線」には法的根拠がない。また、スプラトリー諸島の海洋地形は「島々」とみなされず、EEZや大陸棚に対する請求を生成しないことを意味すると判断した。この判決が紛争のすべての当事者によって受け入れられた場合、紛争地域の範囲と南シナ海の重複する主張はかなり狭くなる。この判決を守ることは、COC交渉プロセスで繰り返し強調されてきたUNCLOSに対する当事者の関与を強化するであろう。さらに、この判決は利害関係者と国際社会全体の両方に対して、COCをより信頼できるものにする。そのため、2020年ASEANの議長を務めるベトナムは、COCにUNCLOS及び国際法の遵守の内容を含めるという要請を行う可能性がある。判決には法的拘束力がある。中国の判決への激しい反発を考えると、中国はこれらの条件を受け入れないだろう。したがってCOC交渉プロセスは紆余曲折となるであろう。実際、ASEAN加盟国は異なる利益によって内部から分断され、中国の圧力がなくても互いに対立しこの問題について分裂し続ける可能性が高い。ASEANと中国がCOCに向けて引き続き取り組む意図は歓迎すべきである。しかし、悪いCOCができてしまうことは最終的にはCOCがないことよりもASEANにとって大きなリスクとなる。
記事参照:The Code of Conduct for the South China Sea: A Long and Bumpy Road

9月29日「これまでに例を見ない北極の火災―米シンクタンク報告」(Eurasia Review, September 29, 2020)

 9月29日付の米シンクタンクEurasia Reviewのウェブサイトは、“The Arctic Is Burning In A Whole New Way”と際する記事を掲載し、北極圏における火災は「ゾンビ火災」は難燃性の植生が燃えると言ったこれまでとは全く異なる形態に変化しつつあり、これに対処するためには先住民や地域社会の知恵を借りつつ国際的な協力、投資、行動が必要であるとして要旨以下のように報じている。
(1) 20202年の北極における野火のシーズンは2ヶ月早く始まり、これまでにない範囲にも広がっている。「北極で火災の状態がどのように変化しつつあるか、そしてそのことが我々の気候の将来にどのような結果になるのかを示している衛星データの中に我々が気づいた別の兆候がある」とThe University of Colorado Boulderで火災と永久凍土の生態学者で記事の共同執筆者Dr. Merritt Turetskyは言う。
(2) 解説は最近の北極における火災の2つの新しい特徴を特定している。第1はゾンビ火災とも呼ばれる残っていた火災の蔓延である。前の生育期に発生した火災が冬の間、地下の泥炭の層でくすぶり続け、春になって暖かくなるや地表で再発火する。「北極における埋もれ火が再発火したことによる火災の影響について我々は少ししか知らない。このことは気候システムにおける惰性を示しており、ある年の大火災は翌夏のさらに激しい火災の用意をしているということができると我々は考えている」とDr. Turetskyは言う。第2の特徴は燃えにくいと思われてきた地勢での火災の発生である。極北のツンドラは温暖化する気候の影響で温暖で乾燥してきており、通常は燃料と考えられてこなかった植生が発火し始めている。沼沢地などの湿性地勢も火災に対し脆弱になってきている。
(3) 研究チームは各種衛星、リモートセンシングシステムを使用してリアルタイムにロシアの北極圏における火災を追跡してきた。北極圏南側にあるシベリアの永久凍土層での森林火災は珍しいことではないが、2019年及び2020年の衛星による北極線(抄訳者注:北極圏の限界線となる北緯66度30分の線を言う)の北側でよく発生している火災の2019年及び2020年の記録は際立っていることを研究チームは発見している。結果として、記事の主執筆者Miami Universityの地理学者であり火災科学者Dr. Jessica McCartyは「北極での火災は、これまで火災に対して強いと考えられてきたはるか北の地勢でより早くに発生している」と述べている。
(4) この火災の新しい状態の結果は、北極の地勢と住民、そして世界の気候にとって重大である。2020年にシベリアで確認された火災の半数以上は、北極線の北側で地中氷の割合が高い永久凍土層上で起こっている。この種の永久凍土層は古代のバイオマスからの炭素を大量に含んでいる。気候モデルはこれら環境の急速な融解と、その結果としてメタンガスを含む温室効果ガスの放出を計算に入れていない。より地方的なレベルで見ると、野火が発生した氷を豊かに含まれる凍土層が突然溶解し、地盤沈下、洪水、ピットやクレーターと呼ばれる穴が生じ、湖や湿地につながる広大な地域が水没するかもしれない。この特徴は北極圏の住民の生活と生計を破壊するだけでなく、土壌の閉じ込められていた温室効果ガスをより多くの大気へ放出することにも関係している。このような大規模な変化は世界の気候に影響を及ぼす。
(5) 北極線の内側で発生した火災のほぼ全てが永久凍土層で発生し、その半分以上が古代の単相を豊富に含む泥炭層で起こっているとThe London School of Economics and Political Scienceの火災科学者で記事の共同執筆者Dr. Thomas Smithは述べており、「記録的な高温と関連する火災は炭素吸収層を炭素発生源に変え、世界的な温暖化をさらに推し進める可能性がある」と言う。2020年の北極における火災の深刻さは、北極における火災の形態の変化をより良く理解することが緊急に必要であることを強調している。新なツールと取り組みはどのようにして火災が発生するか判断し、火災の広がりを評価することが求められる。モデル化のツールとリモートセンシング・データは助けにはなるが、それは泥炭や永久凍土に蓄積され、受け継がれてきた炭素がどこで燃えやすいのか、火災の後環境がどのように変化するのかについて専門的知識を地方と共有した場合のみである。
(6) この問題は、気候システムにとって重要であり、世界的に重要な問題として取り扱われなければならないと記事は注意喚起している。北極において変化する火災の役割だけではなく、研究が地域社会と政策が必要津することの焦点を当て続けることを確実にするための今後の道筋を記事は概説している。「先住民、地域社会から火災が利用されてきたかを学ぶことを含め、我々は火災を監視するための世界的な協力、投資、行動が必要である。北極を救うために野生地での消火に対する永久凍土と泥炭に配慮した新たな取り組みが必要である。一刻の猶予もない」と火災科学者Dr. Jessica McCartyは言う。
記事参照:The Arctic Is Burning In A Whole New Way

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) Overcoming the Tyranny of Time: The Role of U.S. Forward Posture in Deterrence and Defense
https://www.cnas.org/publications/commentary/overcoming-the-tyranny-of-time-the-role-of-u-s-forward-posture-in-deterrence-and-defense
Center for a New American Security, September 21, 2020
Billy Fabian, an Adjunct Senior Fellow at CNAS and a Senior Analyst at Govini
9月21日、米シンクタンクCenter for a New American SecurityのAdjunct Senior Fellow であるBilly Fabianは同所ウェブサイトに" Overcoming the Tyranny of Time: The Role of U.S. Forward Posture in Deterrence and Defense "と題する論説を発表した。ここでFabianは米軍の大半は米国本土に展開している一方で米国の利益は全地球的に広がっているが、特にユーラシア大陸の東西両端に位置する東欧および西太平洋島嶼国への防衛力提供は脆弱な状態にあるとした上で、世界が新たな大国間競争の時代に入ると遠く離れた辺境を防衛するという米国に課せられた時間的制約は、米国の同盟国に対する中国やロシアの侵略を抑止し、必要であればこれを打破するという米国の能力を弱体化させると主張し、要旨次のとおり結論づけている。
a. 米国は、地理的に離れた西太平洋や欧州の同盟国や提携国を中国やロシアの侵略から守る必要が生じた時に、急速に展開される兵力に今のままでは対抗できない。
b. 西太平洋や欧州における米国の前方展開部隊は、米国の時間的不利を相殺し、これらの主要地域における抑止と防衛をサポートすることができる。前方展開部隊の存在と活動は、中国やロシアの迅速かつ安上がりな勝利を否定するのに役立ち、同時に米国の力を完全に発揮するための時間稼ぎにもなる。
c. 米国の前方展開部隊が戦闘能力に関して信憑性を有するためには、①紛争開始時から激戦の戦場で数の上で戦えるだけの十分な殺傷力と回復力を備えていなければならない、② 同盟国・友好国の勢力と一体となった防衛態勢を構築できなければならない、③戦争が発生した場合、迅速な補給を受けられなければならない。
d. 国防総省は、近年、前方展開部隊の重要性を認識し、それを強化するための努力を行っているが、より多くの努力がなされるべきである。

(2) Italy Resurgent: Defending National Interests in the Mediterranean
http://cimsec.org/italy-resurgent-defending-national-interests-in-the-mediterranean/45827
Center for International Maritime Security, SEPTEMBER 23, 2020
By Capt. (N) Renato Scarfi (ret.)
9月23日、伊海軍退役大佐Renato Scarfiは、米シンクタンクCenter for International Maritime Securityのウェブサイトに“Italy Resurgent: Defending National Interests in the Mediterranean”と題する論説を寄稿した。ここでScarfiは、①海洋は伊経済にとって中心的役割を果たしており国際貿易の80%は依然として海運で行われているため、地中海は常にイタリアの政治的な関心事である、②この地域には、トルコによるシリアやリビアへの軍事介入や地中海での攻撃的な軍事活動、またEEZをめぐるアルジェリアとスペイン及びイタリアとの対立といった不安定要素がある、③アフリカ北東部のバブ・エル・マンデブ海峡とスエズ運河は不安定な地域だが、例えば、ナイル川に完成したエチオピアのグランド・ルネッサンス・ダムの影響が、地域の水をめぐる戦争の引き金となる可能性がある、④地中海周辺の同盟関係はかつてない速さで変化しており、持続的な安定がすぐに達成されるとは考えにくい、⑤世界的な混乱と有事の際には、イタリアの空母が任務を遂行するため、F-35Bを搭載するといった適切な手段を伊海軍に提供することが不可欠である、⑥地中海地域の均衡を保つには、現在、インド太平洋や中国及びロシアに注意を向けている米国、同盟国及び友好国からの支援が不可欠である、⑦イタリアは、国際法の尊重を保証するために、航行の自由と国益の保全を保証する準備をしなければならない、といった主張を述べている。

(3)AIKI(合気道) IN THE SOUTH CHINA SEA: FRESH ASYMMETRIC APPROACHES AND SEA LANE VULNERABILITIES
http://cimsec.org/aiki-in-the-south-china-sea-fresh-asymmetric-approaches-and-sea-lane-vulnerabilities/45549
Center for International Maritime Security, September 29, 2020 
Christopher Bassler, a Senior Fellow at the Center for Strategic and Budgetary Assessments (CSBA)
Matthew McCarton, a Senior Strategist at Alion Science and Technology Corporation.
9月29日、Center for Strategic and Budgetary AssessmentsのシニアフェローであるChristopher Basslerと米IT系エンジニアリング会社のシニアストラテジストであるMatthew McCartonは、米シンクタンクCenter for International Maritime Securityのウェブサイト上に、" AIKI(合気道) IN THE SOUTH CHINA SEA: FRESH ASYMMETRIC APPROACHES AND SEA LANE VULNERABILITIES "と題する論説を発表した。その中で両名は、中国の南シナ海戦略を概観し、これまでの人工島建設やその軍事化などの一連の行動における中国共産党のアプローチの重要な特徴は、南シナ海における個々の破壊的で挑発的な行動を、武力紛争の国際的な閾値以下に調整しようとする試みにあると指摘し、その結果、関係各国の対応、あるいは共通の利益を持つ国々の協調行動は限定的なものとなっていると分析している。また、今後の中国への対抗策の一つとして、合気道の真髄の如く相手の攻めの流れをかわす手法を取り入れること、すなわち、米国と主要な同盟国が、国際法とルールに基づく秩序を遵守するインド太平洋のすべての国の平和、安定、自由のために南シナ海のシーレーンを変更すると同時に、主要なインド太平洋諸国が、沿岸警備隊や小規模な艦隊をより効果的に活用して、新たなシーレーンにおける限定的な船団護衛や漁業パトロールを実施することで、自国の安全保障とインド太平洋地域の安定に貢献しつつ、極めて局地的な不安定海域の航行を回避する戦略を提案している。