海洋安全保障情報旬報 2020年10月1日-10月10日

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10月1日「ロシアとイラン、湾岸地域での軍事協力を拡大―ユーラシア問題専門家論説」(Eurasia Daily Monitor, The Jamestown Foundation, October 1, 2020)

 10月1日付の米シンクタンクThe Jamestown FoundationのウエブサイトEurasia Daily Monitorはユーラシアの民族、宗教問題の専門家Paul Gobleの“Russia, Iran Expand Military Cooperation Against US and Europe in Gulf”と題する論説を掲載し、ここでGobleはロシアとイランがカスピ海だけでなくペルシャ湾における海軍の共同を進めようとしており、イランはペルシャ湾に面するチャバハール、バンダレ・アッバース、バンダレ・ブーシェフルの3海軍基地をロシア海軍の使用に提供すると申し出ているとし、このことはロシアのイランに対する影響力を大きくし、情勢が悪化しているアルメニア-アゼルバイジャン紛争にイランが介入することを制約することができる可能性はあるが、それはペルシャ湾さらにはそれ以遠におけるロシア海軍の展開を可能にする機会の窓を開くという対価を支払うことになると警告し、要旨以下のように述べている。
(1) 最近のアルメニアとアゼルバイジャンの軍事的紛争はロシアとイランの軍対軍の紐帯の拡大を覆い隠しており、テヘランはモスクワに対しペルシャ湾に面した3カ所のイラン海軍基地の使用を提起している。既に「ロシア-イラン軍事同盟」について語られているが、「ロシア-イラン軍事同盟」は両国がペルシャ湾における米国の展開に対抗し、米国が維持しようと支援している石油の海上輸送路に脅威を及ぼすことができる。
(2) ロシアとイランはここ数年間、軍同士の紐帯の拡大について話し合ってきた。最近の数週間、両国のこのような関係はより具体的なものになってきたようである。これは、国連の対イラン武器禁輸の制裁措置が10月半ばに失効するからである。両政府は、ロシアがさらなる制裁を招くことなく、イランが必要とする武器システムを売却できる立場に立つことを望んでおり、2019年夏には両国は軍事協力を促進することで合意したと報じられている。モスクワの軍事評論家Konstantin Dushenovは、最近の記事で両国はカスピ海だけでなく、ペルシャ湾及びホルムズ海峡においても定期的な海軍の演習を実施することで合意したと述べている。
(3) ロシア及びイランのメディアは米誌の記事を引用し、米国がロシア-イラン軍事協力の見通しで警戒していると報じている。ワシントンは、イランがロシア製兵器を購入し、軍事力を近代化することを望んでおらず、モスクワが予想に反して方針を変えなければ、事態はその方向に進みそうである。しかし、イランが報じたチャバハール、バンダレ・アッバース、バンダレ・ブーシェフルの3海軍基地のロシアの使用についての申し出が実行に移されれば、米国及び西側はさらに警戒するだろう。
(4) イラン憲法が領域内に外国の基地を置くことを禁止していること及びイラン社会が国土に外国軍隊がいることに疑いの目を向けることで有名であることを考えれば、イランの提案は問題を含んでいる。しかしテヘランの申し出は、イランが直面する軍事的情勢がいかに困難であるか、そしてロシアに対し、イラン海軍と共同するか、単独であるかにかかわらずペルシャ湾及びそれ以遠へ兵力を投射する能力を劇的に向上させることを同時に示唆している。ロシアのウエブサイトSvobodnaya Pressaの記者は、内陸のカスピ海だけでなく、ペルシャ湾においてもロシア-イラン協調の見通しは将来に関してワシントン当局者の間に恐れを引き起こしていると述べている。
(5) Svobodnaya Pressaの記者は、イランは背後にロシアがいるので大胆になり、フリーの安全保障研究者Sergey Ishchenkoの言葉を借りてこの協調は「米国をペルシャ湾から追い落とす」道を開くだろうと述べ、さらにイランのHosseyn Hanzadi大将(抄訳者注:イランイスラム共和国海軍司令官)のカスピ海だけでなくペルシャ湾でも「以後、モスクワとテヘランは定期的に共同行動を採る」との発言を引用している。そのような共同行動は米国の対応を複雑化させるものである。米国がイランの蠢動に対応することは、ロシアがイランの陰に隠れて行うこと、あるいは最終的にはロシア自らが行うことに対応することとは別の問題である。
(6) これら全ては、アルメニア-アゼルバイジャン紛争の最近の情勢が激化している中で起こりつつある。しかし、アルメニア-アゼルバイジャン紛争の進展と無関係でないかもしれない。テヘランはロ海軍との協調を切望しており、ロシアのより大きな影響力を考えれば、モスクワはイランが北方のイスラム共和制の二つの隣国(抄訳者注:アゼルバイジャンの国民のほとんどがイスラム教徒であるが、アルメニアは歴史的にも世界で初めてキリスト教を国教としており、現在は国教の指定はないが大部分の国民はキリスト教徒である。この「イスラム共和制の2つの隣国」と言う表現は筆者の誤りであろう)間の紛争に関与することを自制するよう主張する立場にあるだろう。このことは、エレヴァンとバクー間の紛争を局限するのに役立つだろうが、それはロシアの西側に対する軍事的展開が境界を越えて劇的に拡大する道を開くという対価が支払われたときだけである。
記事参照:Russia, Iran Expand Military Cooperation Against US and Europe in Gulf

10月2日「遠征機動基地、アフリカに目を向けてクレタ島に進出―米デジタル誌報道」(Breaking Defense, October 02, 2020)

 10月2日付の米国防関連デジタル誌Breaking Defenseは“Eye On Africa, Navy’s New Ship Homeports in Crete”と題する記事を掲載し、米国は東地中海の情勢、特にリビア情勢及びロシア及び中国のアフリカにおいて拡大する活動状況に対応するためクレタ島に遠征機動基地2番船「ハ-シェル・ウッディー・ウイリアムズ」を展開したとして、要旨以下のように報じている。
(1) 米国は地中海に新たな海軍の母港を得た。米艦艇はクレタ島の小さな前哨基地を母港と見なすだろう。それは、地中海東部とアフリカにおけるロシア及び中国の活動に米国が深い懸念を持っていることを示している。9月28日の週初めにクレタ島を訪問したMike Pompeo国務長官は「基地の戦略的位置に照らして文字どおり完璧な選択であり、拡大し、成長し続ける防衛提携の象徴である。ロシアが地域、特にリビアを不安定化し続けていることから、ギリシャとの防衛協力は特に重要である」と語っている。
(2) 米海軍と沿岸警備隊の艦船は、定期的にアフリカの同盟国と訓練を実施しているが、アフリカ大陸沿岸で任務に専念する艦船は遠征機動基地(Expeditionary Sea Base)「ハ-シェル・ウッディー・ウイリアムズ」が最初である。同船の展開は、ロシアと中国がアフリカ大陸全域に大規模な投資を行っており、ギリシャとトルコの緊張が高まり、テロの脅威がサヘル全域に拡がり続けているからである。クレタ島はリビアに対する迅速な攻撃の開始点を提供している。リビアでは血なまぐさい内戦が続いており、ロシア、トルコ、エジプトが武器を供給し、様々な集団を支援している。米アフリカ軍は、リビアのアル・ジュフラ、アル・カディム両飛行場に14機のロシアの戦闘機が展開しているとした一連の発表を2020年初めに行っている。
(3) クレタ島北西部にあるThe Naval Support Activity Souda Bayは、長きにわたって米第6艦隊の後方支援のハブとして機能してきた。「ハ-シェル・ウッディー・ウイリアムズ」の母港となるために大規模な改修は必要なかった。「ハ-シェル・ウッディー・ウイリアムズ」は、対海賊から提携国との訓練、対機雷戦まで様々な任務を遂行できるよう設計されている。同船は飛行甲板から4機のヘリコプターを運用する能力を有し、無人機の離発着が可能であり、海兵隊及び特殊戦部隊と行動するための指揮統制システムが含まれている。
(4) 米第6艦隊司令官Gene Black中将は、「独特の設計になる船は、海兵隊や特殊戦部隊との軍種、兵種を跨ぐ作戦を助長している。そのことは海洋の安全舗装と安定を確実にするための米国の能力を改善している」と述べている。
記事参照:Eye On Africa, Navy’s New Ship Homeports in Crete
 

10月2日「インド洋・太平洋における防衛サプライチェーンと対潜水艦戦―米専門家論説」(The Strategist, 2 Oct 2020)

 10月2日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは米シンクタンクPacific Forum のLloyd and Lilian Vasey FellowであるTom Corbenの“Defence supply chains and anti-submarine warfare in the Indo-Pacific”と題する論説を掲載し、ここでCorbenはインド太平洋におけるソノブイのサプライチェーンの必要性と現状からオーストラリアの取り組みが妥当であり、周辺国へも波及でき、現状の問題を解決できるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 豪政府は自国防衛産業の能力と戦略的物資の備蓄を改善する防衛戦略見直しを決定、国産兵器製造能力の構築に最大11億ドルを、2025年から2040年の兵器在庫の備蓄に最大203億ドルから304億ドルの支出を認めた。
(2) これらの投資は、紛争発生時、サプライチェーンが崩壊したとしても豪国防軍が作戦を持続させる能力を持つことを目的としている。それは通常の戦争への備えだけでなく、平時(抑止)と戦時(戦闘)の両方の作戦に不可欠なソノブイのような非致死的で重要な装備品の自国製造能力の強化も含まれる。ソノブイの唯一実績のある製造元ERAPSCOは、長期的な製造能力は不確実で、予想外に使用頻度が高くなった場合は早い段階で米海軍の在庫は枯渇すると述べている。
(3) 紛争の際には需要の急増に対応しなければならないが、現在の状態でソノブイは供給が追い付かなくなるサプライチェーンの一つとなる可能性がある。これは米国だけでなく、米国製の対潜航空機P-8Aを運用するオーストラリアのようなパートナー国にとっても懸念事項となる。特にインド洋・太平洋では、主要な各国が対潜航空機を運用し、一方で中国は攻撃型潜水艦の規模、性能及び活動を増加させている。ソノブイの在庫が枯渇した場合に米国は、自国の運用を優先する可能性がある。このため、他の国は在庫に加えて、信頼性の高い供給元を確保する必要がある。これは訓練に影響を与え、すなわち対潜航空機の搭乗員の練度にも影響する。
(4) オーストラリアの場合、ソノブイのサプライチェーンが弱いと国防軍の対潜戦能力が低下するが、防衛戦略見直しにより国内でのソノブイ生産能力を強化して、その解決を図ろうとしている。実際のところ政府はすでに備蓄を増やし、国内産業の保護を確立して、在庫を増加させるための選択肢を模索している。すでにオーストラリアには最先端のソノブイ技術の開発と製造の歴史がある。
(5) オーストラリアの技術革新は、新しいソノブイの開発において引き続き重要な役割を果たしており、政府は高度な海洋技術の専門知識を持つ大企業との関係を確立している。しかし、それはオーストラリア単独で行うのではなく、集団的な地域の対潜戦能力を継続、維持、改善するために他の国々と協力することも考慮に入れている。
(6) たとえば、米国のThe US National Technology and Industrial Baseの枠組みの下でソノブイの問題に共同で対処し、オーストラリアが特定の品目を国内で生産できるようにすることで、米国のサプライチェーンへの関与を促進することができる。また、ファイブ・アイズ(米、英、加、豪、ニュージーランド)間の新たな調整の活用を検討することもできる。さらには研究開発に関する協力を深めることに共通の関心を持つ韓国のようなパートナー国と、新しいソノブイモデルまたは技術の開発を検討することもできる。
(7) 解決策が何であれ、オーストラリアはこのサプライチェーンの脆弱性に対し、ソノブイの国内生産ラインを確立することで、周辺地域のパートナー国とともに、今後数年間でより高い頻度の運用に備えることができるようになる。
記事参照:https://www.aspistrategist.org.au/defence-supply-chains-and-anti-submarine-warfare-in-the-indo-pacific/

10月5日「『4カ国安全保障対話』(Quad)の課題―インド専門家論説」(The Interpreter, October 5, 2020)

 10月5日付の豪シンクタンクThe Lowy Institute のWebサイトThe Interpreterは印シンクタンクThe Manohar Parrikar Institute for Defence Studies and Analyses研究員Dr. Titli Basuの“A Quad of consequence: Balancing values and strategy”と題する論説を掲載し、ここでBasuは東京での第2回「日米豪印外相会合」を前に「4カ国安全保障対話」(Quad)の課題について要旨以下のように述べている。
(1) 10月6日に東京で開催される第2回「日米豪印外相会合」に参集する「4カ国安全保障対話」(以下、Quadと言う)参加国にとって、明確になりつつある課題はチャイナ・リセット、すなわち対中政策の見直しである。近隣諸国とのパワーの非対称性と北京の覇権主義的願望は、アジアの世紀とは対照的な、中国の世紀という自らのビジョンを燃え立たせている。コロナ禍の只中における北京の攻撃的な戦略姿勢は中国中心秩序を押し進める中国共産党の容赦ない精力的な活動を表象するものである。更に、中国のそうした姿勢は、政治的価値、規範、標準及び原則を巡る(Quadとの)衝突を先鋭化してきた。北京は、中国封じ込めを目指すインド太平洋戦略の要として、軍事同盟というレンズを通してQuadを見ている。Quadは北京の地域における首座としての地位を軽んじ、それを相殺するための東京主導のプロジェクトと見られている。確かにQuadは北京にとって神経に障る対象である。
(2) インドはQuadにおける最も弱いリンクと見られている。しかしながら、2020年に ガルワンを巡って中国と対峙したことでインドの対中政策は抜本的に再評価された。インドは戦略的に米国との関係を緊密化し、それに伴って、Quadを強化する動きが増しつつある。インドは長い間、「自由で開かれたインド太平洋」政策とQuadを融合させることに対して、あまり熱意を示さなかった。しかし、地政学的複雑さが増すにつれて、Quadはニューデリーの戦略の中核を占めるようになった。インド国軍司令官はQuadを、どの一国にも支配されない、自由で開かれた海上交通路を保証する「好ましい取り組み」と評した。インドは、如何なる正式の同盟システムにも加わるつもりはないが、価値観を共有する民主主義国家との戦略的協調と問題毎の連携を確実に深めている。インドは自らを傍観したり、自制したりする国ではなく、安定したパワーと見なしている。
(3) 一方、オーストラリアは他国に先んじて、中国の行動を自由な法に基づく秩序を侵食するものと決め付け、キャンベラは効果的な中級国家の指導力を発揮した。流動的な地域秩序に対して、東京は積極的に法に基づく秩序を主張するようになったが、日本は単独ではこうした規範を擁護できない。そのため、日本は日米同盟を中核とした、多層のパートナーシップ網を形成し、そしてQuadは日本のインド太平洋ビジョンにおける重要な構成要素の一つとなっている。
(4) Quadは単なる対話の場として過小評価されるべきではない。今回の第2回会合における重要議題には、域内に対する質が高いインフラ投資の推進と、法に基づく海洋秩序の維持に加えて、サプライチェーンと5Gネットワーク関連の戦略的脆弱性の是正による中国からのリスク軽減が含まれている。法に基づく海洋秩序、特に南シナ海に関しては国連海洋法条約とともに、好ましい海洋秩序を維持することは、Quadと「Quadプラス」の枠組みにとって共有された責任である。Quadはこの地域における「ASEANの中心性」概念を前提に構成されており、ASEANのメカニズムは安定した海洋秩序を実現するための重要な手段である。このことを念頭に、兵站支援取極、情報共有取極、そして各国海軍間の相互運用性の強化努力などが増えてきており、これによって安全保障のダイナミックを管理できる可能性が高まろう。
(5) Quadは10年に及ぶ中断を経て、2017年に復活した。4カ国がそれぞれ直面する中国による挑戦の性質に対する見解には、4カ国間に相違があることは事実だが、利害の比較考量がインド太平洋における問題毎の連携の動機付けとなっている。日本の安倍晋三首相は退任したが、彼の戦略ビジョン「アジアの民主主義国による安全保障のダイヤモンド」は、ポスト・コロナの地域秩序の安定のための重要な柱の一つであることには変わりない。東京での4カ国外相会合では、各国は、将来の自由な秩序を形成する重要な問題に関する、明確な戦略ビジョンと行動計画を示す共同声明に合意すべきであろう(抄訳者注:会合では、共同声明は発出されなかった)。Quad が戦略的な影響力を強めるにつれ肯定的で生産的な文書は、域内の支持を結集する上で極めて重要なものとなろう。
記事参照:A Quad of consequence: Balancing values and strategy

10月5日「Macron大統領による北極圏政策の二重路線―米北極圏問題専門家論説」(High North News, October 5, 2020)

 10月5日付のノルウェー国立Nord UniversityのHigh North Centerが発行するHigh North News電子版は米NPOのArctic Institute研究員Nima Khorramiの“Macron´s twofold Arctic policy to gain influence in the Arctic”と題する論説を掲載し、ここでKhorramiは北極圏の環境保護について声高に主張する仏政府の意図について要旨以下のように述べている。
(1) ここ数年間で北極圏の航路利用や開発への関心が高まる中、環境保護への関心も高まっている。たとえばNikeやGapなどのファッション企業は、北極海航路不使用宣言に加わり、北極海航路を通行する海運企業との契約をしない方針を打ち出している。また多くの国際銀行が北極圏開発への投資の停止を宣言してきた。こうした中、フランスのEmanuel Macron大統領が、そうした動きにもっと多くの海運企業が加わるべきだと呼びかけている。フランスの巨大エネルギー企業Totalが北極圏開発にきわめて熱心なことを考慮すれば、その呼びかけは不可解に思われるが、その意図はどこにあるのか。
(2) 結論から言えば、フランスは北極圏に関する意思決定においてより大きな影響力を確保する政策の一環として環境問題に注目を向けようとしているのである。フランスは北極評議会のオブザーバー国家のひとつであるが、北極圏に関する問題について発言権を持つわけではなく、その影響力はきわめて限定的である。その状況の中で、仏政府は二重の北極圏政策を追求してきたようだ。
(3) 一つはTotalの北極圏開発への関わりの深化である。Totalはロシアに対する西洋諸国の制裁にもかかわらず、仏政府の後援を受けてロシアの北極圏開発計画に深く関わってきた。これは商業的に大きな利益をもたらすだけでなく、政治的にも、仏政府が北極圏エネルギー開発部門において主要な役割を演じられるようにする意味合いを持つ。
(4) 第2に、その一方で、環境保護という大義を訴えることによってフランスは、北極圏におけるロシアや中国の影響力拡大の抑制を模索しているのである。ロシアは北極海航路の利用や北極圏開発において先頭を歩んでおり、その地域における影響力をますます拡大している。また中国も北極シルクロード政策を標榜して、そのプレゼンス拡大を模索している。中ロの影響力抑制は相対的にフランスの影響力拡大につながる。ただしこうしたやり方は、北極圏開発において中ロをますます接近させる副作用を持つ。実際、「北極圏における中ロパートナーシップ」において海洋に関する協力は一つの柱となっている。
(5) また、日本や韓国、デンマーク及びノルウェーなどが、それぞれ異なる理由ではあるが、北極海航路の全面通行禁止にはっきりと反対していることも重要であろう。日韓は中国と同様に北極海航路の利用や資源開発に強い関心を持ち、他方デンマークやノルウェーにとって北極海航路の利用はコミュニティの生活に直結する大問題である。したがって彼らは通行の禁止ではなく、温室効果ガス排出の削減ないしその無化の推進に資源を振り向けるべきだと主張する。
(6) 今後も気候変動やエネルギー安全保障という争点は、北極圏のガバナンスと地政学における重要な断層線となっていくであろう。そのなかでフランスのような非北極圏国家は、環境問題における「責任ある行動」という言説を利用しつつ、そこにおいて影響力拡大を模索していくことであろう。
記事参照:Macron´s twofold Arctic policy to gain influence in the Arctic
 

10月5日「米軍やNATOの北極海及び地中海の動向を警戒するロシア―米専門家論説」(The National Interest, October 5, 2020)

 10月5日付の米隔月誌The National Interest電子版はミシガンを拠点とする著述家Peter Suciuの“Russia Is No Fan of the U.S. Military’s Pivot to the Arctic and Mediterranean”と題する論説を掲載し、ここでSuciuはロシアがその周辺海域における米海軍やNATO加盟国の海軍による活動に懸念を抱いていることについて要旨以下のように述べている。
(1) 過去数週間、ロ当局者たちはロシア連邦の国境付近での米軍機や米海軍艦艇のプレゼンスを非難すると同時にヨーロッパでのNATOの展開にも「懸念」を表明している。数日前、ロシアの国営メディアは地中海東部の地域での米国の軍事的プレゼンスを高めるための「明確な反ロシアの特質をもった米国の」計画と表現されたものによって、最近の不安が生じていると報じている。ロ外務省のMaria Zakharova報道官は、記者団に対し「(これらの計画は)明らかに反ロシア的な性質をもち、米国の攻撃的な政策を反映しており、一般的に言えば、この地域の平和と安全の促進に逆行する」と述べている。
(2) ZakharovaのコメントはMichael Pompeo米国務長官が9月27日から28日にギリシャを訪問したことを受けてのものである。PompeoはNATOのパートナーとの間で、投資を促進し、両パートナー間の戦略的対話の発展を促すことを目的とした、さらなる協力と技術に関する協定に署名するためにギリシャを訪問していた。Pompeoのこの地域の訪問は、地中海東部の石油、天然ガス及び他の資源をめぐる海洋にかかわる紛争の主な原因となっているギリシャとトルコの間で緊張が高まっている中でのことでもある。しかし、アテネとアンカラは大陸棚問題に関する協議再開を待っていたと思われ、Pompeoは米国は対話を強く支持すると述べている。クレタ島のソウダ湾にある米海軍の最新の遠征機動基地は、平和を維持するためとしてトルコを説得するのに十分であるかもしれないが、それはロシアにとっての懸念のままであるかもしれない。
(3) モスクワの注目を集めているのは、在ギリシャ米軍の増加の可能性だけではなく、その北方で増加するNATOのプレゼンスもそうである。Zakharovaは9月、デンマーク空軍の協力を得て、英海軍、米海軍及びノルウェー海軍の海軍部隊が参加した北極圏での軍事演習を指摘した。NATOのパートナーたちは公海において海運の自由の演習を行っていたが、クレムリンの当局者たちは、ロシアの国境付近でのもう一つの攻撃的な動きと考えている。
(4) モスクワは、英国が北極評議会のオブザーバーとしての地位にあるにもかかわらず、北極圏に関していえば、より建設的なアプローチを取るより軍事的及び政治的な側面に焦点を当てることを好んできたことを示唆している。「2018年英国は、北極圏以外の国で初めて国家的な北極圏の軍事戦略を公表した」とZakharovaは付け加えた。
(5) 5 月には米海軍第 6 艦隊の艦艇と英海軍の 艦艇1隻が、冷戦後初めてロシア北西部の北極圏沿岸のバレンツ海に進入するなど、この夏の間に NATO は同地域へのプレゼンスを高めていた。ロシアは、この地域を自分たちが独占的に所有するものと見なしてきた。これに起因する、鉱物資源が豊富に存在する可能性のある海域をめぐる領土紛争によって、この地域が「次の南シナ海」といえるようなものになりつつあると考えられている。
記事参照:Russia Is No Fan of the U.S. Military's Pivot to the Arctic and Mediterranean

10月5日「米中対立に巻き込まれるカンボジア―香港紙報道」(South China Morning Post, 5 Oct, 2020)

 10月5日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は“Cambodia caught in the middle of US-China clash over South China Sea military bases”と題する記事を掲載し、米財務省がカンボジアの観光区域の開発を行っている中国企業に対し、制裁措置を発動したことについて要旨以下のように報じている。
(1) 10月初旬、オンラインでの国連総会での演説において、カンボジアのHun Sen首相は、「残念ながら、一部の国の政治的野心と隠れたご都合主義的な意図によって、カンボジアは偽善的な二重基準、偏った政治的な動機による決定、要するに不公平に対して取り組む必要が何度もあった」として小国の主権に干渉する「一部の国」を強く非難した。
(2) わずか数日前、米財務省はカンボジアのダラ・サコール観光区域を一帯一路構想の一環として開発している中国企業Union Development Groupに対して制裁を発動した。この制裁は、人権侵害の疑いのある者に対して制裁し、阻止し、そして資産を差し押さえする権限を米大統領に与える、米国の国内法であるグローバル・マグニツキー法に基づいて課せられた。
(3) Union Development Groupは、2008年に事業計画を立てるため99 年間の貸与を許可されたが、完成すれば海岸リゾート区域となり、カンボジアの小さな海岸線の約20%を占めることになる。米国は中国が「グローバルな戦力投射を行うという野心を進める」ためにその陸地があり、そのための隠れ蓑になっているボトゥム・サコール国立公園を破壊し、カンボジアの土地を不当に接収したとして同社を非難した。Union Development Groupに対する制裁は、米国市民や米企業が同社と取引することを禁止しており、米国内での同社とのあらゆるつながりも報告しなければならない。この制裁で提起された重要な問題はダラ・サコールに中国の軍事基地が建設される見通しに対する米国の懸念に関連している。
(4) 中国の海外の軍事基地を研究しているJindal School of International AffairsのRayan Bhagwagarは、中国は「国民に対する政治上の権力に問題のある脆弱な国家」と軍事同盟を見出す傾向があると述べている。そして、「カンボジアが政治的に脆弱な国というのは妥当である。その独裁的指導者Hun Senは、中国にカンボジアの陸地の大規模な区域を貸与しているが、中国はその無数の事業体の設立を通じて、それを実質的に植民地化した」とBhagwagarは言う。
(5) しかし、二つの争っている大国の間で板挟みになっている国々は、どちらかにつかざるを得ない状況に抵抗し始めた。カンボジアもまた、Hun Senの演説で示唆されているように、米国の管理を拒否し、中国がカンボジアに軍事基地を建設する計画をもっていること、特に新しいダラ・サコール空港における軍事航空基地を否定している。Union Development Groupは、そのリゾート地や遠くのココン州にあるダラ・サコール区域周辺へのアクセスを容易にするべく5億米ドルの空港を建設している。
(6) The Council for the Development of Cambodia及びUnion Development Groupは双方とも、米国の申し立てに対して反論する非常に長い声明を出し、特に憲法がカンボジアの領土内における外国の軍事基地を置くことを禁止していると述べている。両者はまた、Union Development Group を不正確に中国の「国有」企業と呼んでいることについて米国を非難した。Union Development Group は不動産開発を専門にする天津を拠点としているTianjin Union Investment Development Group が所有する民間企業に指定されている。Tianjin Unionは中国の海南島でも開発を行っている。
記事参照:Cambodia caught in the middle of US-China clash over South China Sea military bases

10月6日「インドの海洋重点化戦略はうまくいくのか―デジタル誌The Diplomat編集委員論説」(The Diplomat, October 6, 2020)

 10月6日付のデジタル誌The Diplomatは同誌の安保・国防問題担当編集委員Abhijnan Rejの“Dead in the Water: India’s Push Into the Seas Is Unlikely to Help Matters on Land”と題する論説を掲載し、ここでRejは近年インドが海洋方面の重点化を目指していることについて、それが持つ問題点と成果を出せるかどうかという点について要旨以下のとおり述べている。
(1) インドと中国の間で実効支配線(以下、LAC)沿いの危機が生じてから6ヵ月になろうとしている。インドの戦略家たちは中国との間の見せかけ上の戦略的パリティ回復を模索している。中国がちょっとしたことで動じることはなさそうであり、このままずるずる問題が長期化すれば、それはインドの防衛資源を搾り取ることが明白だからである。
(2) この行き詰まりから脱却する一つの方法として模索されているのが、インドの戦略的関心を陸から海へと移すことである。これ自体は新しい考え方ではないが、現況においては魅力的な考えのように思われている。しかしながら、それにはいくつもの重大な問題があり、この戦略が何らかの成果を生み出すことは考えにくい。
(3) 手段の面から見ておきたい。海への進出には当然海軍の増強が必要であるが、過去20年の間にインドは海軍近代化に対して、そこそこの支出しかしておらず、インド海軍の規模は単純に中国海軍に劣っている。インドの国防予算の大部分が人件費や年金で占められており、かつ国防予算全体の増額が穏健であることを考慮すれば、海軍近代化に今後大規模な予算が割かれることは考えにくい。さらにそれは軍の部門間の対立を考慮に入れたとき、より考えにくいことだ。
(4) それに加え、インドの軍事ドクトリンがきわめて限定的だという根本的な問題がある。それは特に戦力を展開する能力を軽視してきた。たとえば「武器分散(distributed lethality)」という近年注目を集めている概念について、少なくともわれわれの耳に入る公の場ではほとんど議論がされていない。
(5) 最近よく聞かれる考え方にアンダマン・ニコバル諸島の基地に巡航ミサイルを配備することなどによって、マラッカ海峡などの中国の海上交通路のチョークポイントを有事の際に締め付けるというものがある。これは非、常に金のかかる海軍の近代化よりもきわめてコストパフォーマンスに優れた戦略であろう。ただし実際に海上封鎖に近い手段がとられるとき、中国とはほぼ戦争状態にあるといってもよいだろう。こうした脅威を与えることによって中国の予防的措置を招く可能性もある。そしてまた、こうした脅威が実効支配線沿いにおける中国の行動を抑止する効果を持つかどうかは不明瞭である。
(6) こうしたことを考慮に入れたとき、印海軍の行動能力の欠如を埋め合わせるもう一つの方法は、東南アジアと同盟に近いパートナー関係を結ぶことである。これもまた巷間議論されてきたことであるが、しかし、実現の可能性は低い。中国の矢面に立つ東南アジアの国々が、中国に個別に立ち向かったり、対抗するためのネットワークを構築することは考え難いからである。
(7) 残された道は米国との関係強化であろう。インドは従来、国連主導の作戦行動以外のものには参加をしないという立場をとってきたが、その立場は近年捨て去られつつある。実際に米国や日本、フィリピンと合同で南シナ海周辺海域の共同演習に従事した。しかし重要なのは、米国が従事する南シナ海における「航行の自由」作戦が、同海域に関する中国の戦略の修正をもたらすことができていないという事実である。また、フィリピンと米国との同盟関係がそうであるように、米国との同盟が中国を抑止する(特に「グレーゾーン戦略」について)ことができていないことも重要であろう。
(8) 中国は、なおも少しずつ既成事実を積み重ねていくであろう。それは中国との間に戦力的不均衡が厳然として存在しているためである。このとき中国は、相手やその同盟国からの全面的報復を招かないような行動を少しずつ進めていくのである。もし上述した諸問題のいくつかが奇跡的に解決され、インドが海で強力な姿勢をとることができたとしても、それは中国の地上におけるさらなる攻撃的な動きを抑止する程度にしか機能しないであろうし、すでに確立された既成事実が撤回される可能性ははっきりしていない。
(9) まとめれば、インドの国家安全保障政策の主目的がその領土的保全であるとするならば、海に目を向ける戦略がそれに資する可能性は低いということである。だが、現時点でインドがその目的のために何ができるかもなお不明瞭なままである。
記事参照:Dead in the Water: India’s Push Into the Seas Is Unlikely to Help Matters on Land

10月7日「『4カ国安全保障対話』に対する中国の2正面対応―デジタル誌編集委員論説」(The Diplomat.com, October 7, 2020)

 10月7日付のデジタル誌The Diplomat は同誌上級編集委員のShannon Tiezzi の“China’s Two-Pronged Response to the Quad”と題する論説を掲載し、ここでTiezzi は中国が「4カ国安全保障対話」(The Quad)に関し、一方でオーストラリア、インド、日本に直接敵対せず、他方で米国には厳しい警告を送るという老獪な二正面の対応をとっているとして要旨以下のように述べている。
(1) 日米豪印からなる「4カ国安全保障対話」(以下、The Quad と言う)は、2020年10月6日に日本で2回目の外相会合を開催した。COVID-19の世界的な流行の中で会議が開催され、特に参加者が直接集まることの重要性が強調された。日本外務省は「COVID-19の流行以来の日本で初めての閣僚級国際会議」であると述べている。一方、Mike Pompeo米国務長官は4カ国外相会合を除くアジア訪問の予定をすべて取りやめた。The Quadは法に基づく秩序にコミットした四つのインド太平洋民主主義国家が結集したもので、中国はこの地域の民主主義と国際ルールに対する脅威として存在している。4カ国外相会合に先立ち、中国は改めて懸念を表明した。2020年9月29日の記者会見で今後の4カ国会談について尋ねられた中国外務省の汪文斌報道官は、これが「排他的な集団を形成している。第三者を標的にしたり、第三者の利益を損なうのではなく、関係国の協力が地域国間の相互理解と信頼に役立つ。関係国が地域諸国の共通の利益をよく考え、反対よりも地域の平和、安定、発展に貢献することを希望する」と述べた。中国外務省は中国での祝日が続いているため同会議について直接のコメントはしなかった。しかし、在日中国大使館は「排他的な集団」に対する汪報道官の発言を受けた短い声明を発表した。当たり障りのない批判の後、中国大使館の声明は特にPompeoに向けられた。声明ではPompeoが「中国に関する嘘を繰り返し、捏造し、悪意を持って政治的対立を作った。彼の計画は支持を得ておらず決して成功しない」と非難した。それは中国に関する「中傷」と「嘘」のためにPompeoを個人的に攻撃するという中国のいつもの戦術である。The Quadに関し、中国は米国と他の参加国の間にくさびを打ち込もうとしている。Pompeoは中国への対抗勢力として4カ国のグループを明らかな枠組みにしようとする熱意をもっているが、他の3カ国はそのことに全面的に賛同しているわけではない。
(2) The Diplomatの安全保障関係上級編集者であるAbhijnan Rejが指摘したように、4カ国外相会合の後に共同声明は発表されず、それぞれの国が発表した声明文にはいくつか興味深い違いがあった。最も目を引くのはPompeoが中国に対する攻勢に出た一方、他の3カ国はより広く周囲を見ていたことであった。Pompeoは「米国が中国共産党の搾取、腐敗、強制から米国民と参加国の国民を保護するため協力することは今まで以上に重要である」と中国共産党に言及した。他国の外相はいずれも中国や中国共産党の名をあげて言及することはなく、代わりに「自由で開かれたインド太平洋」や「法に基づく国際秩序」の重要性について、一般的な言葉で話すことを好んだ。オーストラリアのMarise Payne外相は特に「The Quadにはポジティブな議題がある」と強調し、The Quadを反中国のグループとしての枠組みにすることに暗黙のうちに反対した。インドのS. Jaishankar 外務大臣は、The Quadの目標は中国を含む「地域に正当かつ重要な利益を持つすべての国の安全保障と経済的利益を促進すること」であると述べている。PompeoはThe Quadの背後にある反中的な動機を倍増させ、ある米国当局者は「The Quadを実際に機能させるのは中国とその地域での行動であるという事実を避けることはできない」とコメントした。分析者たちの間ではThe Quadは実際には世界での中国の力と主張の高まりに対する深い懸念によって動機づけられていることは常識である。しかし、参加国の米国以外のメンバーはこれを口に出して言うことにとても消極的であり、実際にはそのような認識にわざと反対している。米国は冷戦の再来を熱望しているように見えるが、その他の参加国は、よく周囲を見て、地域のための共有ビジョンについて語ることを好んでいる。
(3) 中国は参加国の不一致をよく知っており、The Quadの最初の会談では参加国が中国に直接反対することを望まなかったために失敗したことも覚えている。そのためThe Quadに対する中国の公式な対応は、一方で比較的軽い懸念の声明を出すものの、他方でPompeoの全面的な非難を行うという2つの方向を示すようになっている。Pompeoが反中国の発言に関し最も強硬なので、彼は中国にとって最も簡単で魅力的なターゲットとなっている。中国はThe Quadに関し、オーストラリア、インド、日本に直接敵対しない一方、米国には厳しい警告を送っている。中国の諺にあるように「頭を出す鳥は撃たれる」のである。
記事参照:China’s Two-Pronged Response to the Quad

10月7日「地域海洋安全保障における日本の中心性増大路線―台湾アジア専門家論説」(Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, October 7, 2020)

 10月7日付のCSISウエブサイトAsia Maritime Transparency Initiative は国立政治大学(台湾)研究員Richard Javad Heydarianの“Japan’s Growing Centrality to Regional Maritime Security”と題する記事を掲載し、ここでHeydarianは菅義偉新政権発足にあたり安全保障やアジア政策に関して安倍前政権の路線を踏襲・拡大し、日本の中心性をより増大させるべきだとして、要旨以下のとおり述べている。
(1) 安倍晋三政権はほぼ10年にわたり、日本の対外・防衛政策の改革において積極的役割を果たした。安倍のことを「インド太平洋」戦略の重要な構築者だと評する者もいる。もはや日本の外交はただ金を配るものにとどまるものではない。日本は地域安全保障および開発における中心的プレイヤーになっており、中国の攻勢が強まるなか、リベラルな国際秩序維持にとっての中軸になりつつある。菅政権はこうした路線を継承するだけでなくより拡大する方向へ向かうべきである。
(2) 新たに発足した菅義偉内閣が前任者の路線を踏襲する意図を持つことは明らかなように思われる。それはたとえば、最近東京で日米豪印4カ国安全保障対話外相会議が実施されたことに現れている。日本は今後こうした方向性をさらに強化すべきだろう。特にそれは東南アジア地域について重要である。東南アジア諸国は米国のリーダーシップの欠如を懸念し、南シナ海などで対立を抱える中国への過度の経済的依存を避けたいと考えている。特に中国との対立の最前線に立つベトナムやフィリピンとの関係強化が最重要であろう。長期の経済停滞に苦しみ、軍事的活動について憲法上制約を持つ日本であるが、現実的にとりうる手段はある。
(3) 日本はなお世界第3位の経済大国であり、強力な海軍力を保持する。そしてTPP合意において主要な役割を果たし、2019年にはEUとの間で世界最大規模の経済連携協定を締結している。そしてここで最も重要なこととして、2015年にアジア向けの5年間で総額1,100億ドル(約13兆円)のインフラ投資を実施した。このイニシアチブの主要目的は東南アジアなどに対する中国の種々の影響力拡大の抑止にあり、実際日本は東南アジアへのインフラ投資の主要な資金源である(日本の投資総額は3670億ドル、中国は2550億ドルというデータがある)。菅政権はこうした路線の継承ないし拡大を模索すべきである。
(4) 日本にとってこうした投資は一石二鳥である。第1にそれは日本の経済的な競争力を高め、将来拡大が約束された市場への参入を容易にするだろう。それに加えて東南アジア諸国への投資は、その地域の中国への経済的依存を弱めさせ、中国の「負債の罠」から逃れることを可能にする。中国の一帯一路構想に関しては、その透明性や支援の質が問題視されており、その点において日本の「質の高い」インフラ提供が求められている。それはインドネシアのジャカルタ・バンドン高速鉄道建設において顕著に見られたことである。
(5) 日本の大規模投資は安全保障面でも重要である。なぜなら中国による開発援助は、投資受入国やその周辺国にとって戦略的リスクを伴うものであり、日本の投資はそれの代案を提供するものだからである。それは特にフィリピンのような前線に位置する国において重要であるが、親中的姿勢を維持してきたDuterte政権の晩年において、Duterte大統領は自身の姿勢の正当化に躍起になっており、また中国も対フィリピン投資をさらに積極的に進めているようである。
(6) そうした投資及びその受け入れは国家安全保障上のリスクを伴うものであり、国内外から懸念の声が上がっていた。その一例はサングレー空港の拡張計画であり、それに中国交通建設の関連会社が関わっているのである。同社は最近米国の制裁を受けた企業である。また、サングレーポイントには海軍司令部もあるが、空港拡張計画はその閉鎖を伴うものであり、フィリピン海軍の指導部はそれがマニラ湾防衛を危険にさらすものだとして強く反対している。中国による投資はこれに限るものではなく、フィリピン全土に行き渡っている。
(7) こうした状況こそが、菅政権が前任者の路線を踏襲し、かつ拡大すべき理由である。そうでなければDuterteのような親中派の政治家がなお優勢な立場を維持することになろう。ただし、日本の役割は投資に限定されるものではない。2018年に日本は戦後初めて海外での軍事演習に装甲車を投入した。また2020年に入って、日本はフィリピンに防空レーダー売却取引を結んだ。こうした動きは、日本が地域安全保障の面において直接的な貢献を拡大していることを示している。菅政権はこの路線に関しても前政権を踏襲し、拡大すべきであろう。それによって、日本を中国の経済進出を警戒する国々にとって信頼に値する海洋安全保障パートナーに位置づけるべきである。
記事参照:Japan’s Growing Centrality to Regional Maritime Security

10月9日「『アジア太平洋』への回帰の可能性―シンガポール・アジア専門家論説」

 10月9日付のシンガポールYUSOF ISHAK INSTITUTE(旧ISEAS)のウエブサイトは同客員上席研究員Malcolm Cookの“Revenge of the Asia-Pacific?”と題する論説を掲載し、ここでCookは近年「インド太平洋」概念が注目を浴びるようになった背景と、それが米国大統領選挙の結果、再び下火になる可能性について要旨以下のように述べている。
(1) 近年、米国・東アジア・オセアニアを結びつける戦略的地域を指す用語として、「アジア太平洋」に代わって「インド太平洋」が多く用いられるようになってきた。それは特に米国でTrump大統領が就任してからのことである。しかし、米国がインド太平洋という概念を抱くようになったのは、大戦略というよりは党派対立に由来するものであった。すなわち、Obama政権の外交方針との違いを鮮明にするという意味もあったのである。そして新たな民主党綱領はインド太平洋という言葉を用いず、旧来のアジア太平洋という表現を用いている。大統領選挙の結果として政権交代の可能性があるなか、このことは何を意味するのだろうか。
(2) 2017年にTrump政権が「インド太平洋」を標榜するまでは、その概念の提唱者は非常に少なかった。2013年にオーストラリアやインドネシアがそれを提唱したとき、その賛同者はほとんどいなかった。その後日本がそれを標榜することでやや勢いを増したが、本当の意味でインド太平洋概念が膾炙したのは、2017年10月に「次世代の対インド関係の定義」と題されたTillerson国務長官(当時)の演説後であった。その背景にあったのは中国の影響力拡大であり、インドを大国として包含する地域的枠組みを形成し、それによって中国を封じ込める狙いがあった。
(3) 当初、ASEANはそれがその中心性を脅かすものだとして警戒し、また中国はそれを「海の泡と消える」ものだと嘲笑したが、その後多くの国や機関がインド太平洋概念への転換を進めていった。その一例がフランスであり、2019年に仏軍事省はインド太平洋戦略を発表している。また上記したように当初は警戒していたASEANも、2019年6月、インドネシアの主導によって「インド太平洋に関するASEANアウトルック」という文書を発表している。ドイツ、英国もそれに追随し、カナダも早晩インド太平洋戦略を発表する見込みだ。
(4) 皮肉なことにこの傾向に水を指すのは当の米国になるかもしれない。今年8月の民主党大会で採択された民主党綱領にはインド太平洋の用語は見られず、アジア太平洋という言葉遣いがなされており、87~89ページの「アジア太平洋」と表題された項ではインドは「世界最大の民主主義国で、多様性を持つ、成長を続けるアジア太平洋の大国」と書かれているが、その定義は歴史的に見て疑わしいものである。これはインドを軽視するということを意味しないが、もしBidenが選挙に勝利すれば、それ以外の種々の問題同様、インド太平洋という概念は「海の泡」と消え、伝統的な安全保障・対外政策へと回帰する可能性がある。
記事参照:Revenge of the Asia-Pacific?

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) Crippled Capacity: How Weak Maritime Enforcement Emboldened Ansar al-Sunna
http://cimsec.org/crippled-capacity-how-weak-maritime-enforcement-emboldened-ansar-al-sunna/46007
Center for International Maritime Security, OCTOBER 2, 2020
By Kelly Moss, an African Maritime Security Researcher at Stable Seas
 10月2日、アフリカの海洋安全保障問題に詳しいKelly Mossは、米シンクタンクCenter for International Maritime Securityのウエブサイトに“Crippled Capacity: How Weak Maritime Enforcement Emboldened Ansar al-Sunna”と題する論説を発表した。ここでMossはアフリカのモザンビークにおけるアンサール・アル・スンナ軍と呼ばれる武装組織のアフリカ地域の海洋安全保障に対する影響を分析し、特に、アフリカ諸国の海洋の維持・管理に関する役割に対する疑問や、強力な国家海洋執行能力の重要性、そして、陸域の活動に注目が集まっていたグローバルな暴力的非国家主体 (VNSA) への海洋安全保障の側面からの対応の必要性などを主張している。

(2) Decisive Theaters: Navy Must Pick the Right Fights in Great-Power Competition
https://www.heritage.org/sites/default/files/2020-10/BG3539.pdf
Backgrounder, The Heritage Foundation, October 8, 2020
Brent Sadler, Senior Fellow for Naval Warfare and Advanced Technology at The Heritage Foundation
 10月8日、米シンクタンク Heritage Foundationの主任研究員Brent Sadlerは同所ウエブサイト上に“Decisive Theaters: Navy Must Pick the Right Fights in Great-Power Competition”と題する論説を発表した。ここでSadlerは、米国は現在、中国やロシアとのグローバルな競争に打ち勝つため、航行の自由を守るための行動を強化しつつも戦争を想定し準備するという難しい姿勢が求められているが、そうした米国の海洋支配やルールに基づく秩序に対するすべての挑戦に対抗するには米海軍の現在の態勢は十分ではないとし、米国はまず、東地中海と南シナ海に海軍を大規模に展開、ロシアと中国の影響力に対抗して米国の利益を確保することが必要であり、そのためには、現在の国家戦略の大胆な改革と大国間競争における海軍の役割の拡大が必要であると主張している。

(3)A Look at the South China Sea
https://www.chinausfocus.com/peace-security/a-look-at-the-south-china-sea
China US Focus, Oct 09, 2020
By Hu Bo(胡波), Director, the South China Sea Strategic Situation Probing Initiative(南海戦略態勢感知計画執行主任)
 10月9日、中国シンクタンク南海戦略態勢感知計画の執行主任である胡波は香港のChina-United States Exchange FoundationのウエブサイトChina US Focusに“A Look at the South China Sea”と題する論説を寄稿した。ここで胡波は、①南シナ海での軍事的競争のリスクが高まる中、中国と米国が積極的に戦争を行う可能性はまだ低い、②米国の立場は中立から、味方につくこと、直接介入することへと変化し、米国の政策の焦点は、紛争を管理することから、摩擦を助長することへと変化してきた、③中国は「地政学的競争」を避けるために自制心を働かせてきたが、中国が南シナ海で国益を守り、軍事資産を増やす行為は、米国からはその海洋支配を脅かすものと見なされている、④南シナ海における米軍のプレゼンスと活動の拡大を中国は軽視することはできないため、長期的には米中対立が激化することは必至である、⑤どちらかが積極的に相手を戦争に引き込む可能性は低いと思われるが、事故や予期せぬ衝突のリスクは高い、⑥島や岩礁をめぐる紛争は、制御可能だが、海洋の境界画定をめぐる緊張が高まる可能性がある、⑦中国、米国、ASEAN は東南アジアの3大勢力であるが、短期的には、この3者が最大の共通項を見つけることも、いずれかが決定的な役割を果たすことも難しいため、効果的な秩序が存在しない状態が長期化する、⑧平和的な競争の中で、当事者たちには行動に制約があり、危機管理と統制を強化して無政府状態を排除することに関心をもっているため、南シナ海の状況は、弱肉強食と共有の自国領域という概念の間で揺れ続けるだろう、といった主張を行っている。