海洋安全保障情報旬報 2023年9月11日-9月20日

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9月11日「フィリピン・オーストラリア、戦略的パートナーシップ協定締結とその狙い―フィリピン専門家論説」(Asia Times, September 11, 2023)

 9月11日付の香港のデジタル紙Asia Timesは、The University of the Philippines, Asian Center上席研究員Richard Javad Heydarian の “Australia-Philippines pact takes hard new aim at China”と題する論説を掲載し、ここでRichard Javad Heydarianは9月8日に締結された比豪戦略パートナーシップの狙いについて、対中を視野に両国間の軍事的結び付きの強化と南シナ海係争海域における合同哨戒活動への道を拓くものとして、要旨以下のように述べている。
(1) 比豪両国はマニラで9月8日、新しい戦略的パートナーシップ協定を締結した。Albaneseオーストラリア首相は式典で、新しいパートナーシップを「歴史的」かつ「開かれた安定し繁栄するインド太平洋地域に貢献する・・・分水嶺となる節目」であると評した。一方、Marcos Jr.フィリピン大統領は、新しい2国間協定を、この地域における地政学的不確実性が高まる中にあって「非常に有益」かつ「極めて重要」なものと評した。この協定は、中国のプレゼンスの拡大と南シナ海を含む隣接海域における高圧的な姿勢に直面している状況下で、海上安全保障協力を強化する必要性について、2つの米国の同盟国、比豪間の結束の強化を象徴するものである。比豪防衛関係は、2007年に中国を視野に入れて初めて締結され、合同演習や訓練、そして比国内の基地と施設の一時的な使用を可能にする、訪問外国軍地位協定(Status of Visiting Forces Agreement :以下、SOVFAと言う)を通じて近年ますます強固になってきた。オーストラリアは、南シナ海のフィリピン占拠のセカンド・トーマス礁に向かうフィリピン補給船に対して中国海警船が放水砲を使用した事案の直後、フィリピンとの合同哨戒活動と2国間軍事訓練を実施した。
(2) 1991年にクラーク空軍基地、1992年にスービック海軍基地からU.S. Armed Forcesが撤退し、その後、1995年には南シナ海のミスチーフ環礁の奪取によって台頭する中国からの脅威が最高潮に達するに及んで、フィリピンは新たな防衛提携を模索するようになった。その結果、オーストラリア政府との間で、防衛活動協力(Cooperative Defense Activities)と合同防衛協力委員会(Joint Defense Cooperation Committee:JDCC)に関する覚書が調印され、その後、軍事協力を制度化するためにSOFVAが調印された。フィリピン上院は、2012年半ばに中国がスカボロー礁を占拠し、フィリピンが最終的に敗北した後、これらの防衛協定を批准した。
(3) その後間もなく、オーストラリアは大規模な米比軍事演習、特にバリカタン年次演習に参加し始めた。そしてオーストラリアは、防衛援助を開始し、特に2010年代半ばに3隻のバリクパパン級大型揚陸艇をArmed Forces of the Philippinesに供与した。オーストラリアは東南アジア諸国との戦略的関係の強化を熱望して、当時のTurnbull首相は、何度もマニラを訪問し、最初のオーストラリア・ASEANサミットを主催した。比豪両国は2015年に、さらなる包括的パートナーシップの基礎となる豪比包括的パートナーシップに関する共同宣言(Joint Declaration on Australia-Philippine Comprehensive Partnership)に署名した。一方、フィリピンも、オーストラリアが米英両国と結成したAUKUSによる原子力潜水艦協定を公然と支持した唯一の東南アジア諸国となり、マレーシアやインドネシアなどの域内の親北京や非同盟諸国から批判されている。Marlesオーストラリア国防相は8月に、南シナ海近傍での比豪合同水陸両用強襲上陸演習Indo-Pacific Endeavor 2023視察のため、2度目のマニラ訪問を行っている。この演習は比豪日3ヵ国の南シナ海合同哨戒活動と同時に行われ、オーストラリア政府は近い将来、より多くの合同哨戒活動に参加する意向である。
(4) 以上のような背景事情から見て、新たに締結された戦略的パートナーシップは、米国の2つの同盟国間の関係拡大を制度化することを狙いとしている。Albaneseオーストラリア首相は記者会見で、「オーストラリアはこの地域の主権を守っていくためにフィリピンを含む提携諸国と協力する」とし、「オーストラリアは2016年の南シナ海仲裁所の裁定を支持している。裁定は最終的かつ拘束力のあるもので、今後とも支持されることが重要である」と述べ、国際法に従って南シナ海紛争を管理するというオーストラリア政府の関与を強調した。さらに、Albanese首相は訪比中、両国間の人的交流の拡大、強化にも言及している。
(5) 今日までの比豪2国間関係は釣り合いが取れていなかった。比豪2国間貿易は2021年が62億米ドルで、2021年の対ベトナム貿易180億米ドルや対タイ250億米ドルなどの東南アジアの同規模の国とのオーストラリアの貿易量と比較して比較的小規模であった。Albanese首相は、新たに開始された2040年までの東南アジア経済戦略の下で、東南アジア諸国との貿易および投資を拡大することを望んでいるが、この政策がフィリピンをどの程度重視しているかは明らかではない。しかも、オーストラリアのフィリピンに対する魅力的な攻勢は、フィリピンの前政権時代の人権と汚職の記録を事実上不問に付しているとの批判がある。人権非政府組織Human Rights WatchのGavshonオーストラリア代表は比豪首脳会談に先立って、「オーストラリア政府は、人権上の懸念を無視して、フィリピンとの防衛、安全保障関係を深めるのは間違いであると認識すべきである。基本的人権を日常的に侵害する安全保障の提携国は、最終的には誰にも安全と安心をほとんど提供しない」と批判している。
記事参照:Australia-Philippines pact takes hard new aim at China

9月11日「東アジアにおける米国の個別同盟は時代遅れ―米国専門家論説」(Foreign Policy, September 11, 2023)

 9月11日付の米ニュース誌Foreign Policyのウエブサイトは、Center for Strategic and International Studies上席顧問・日本担当のChristopher B. JohnstoneとRand Corporation上席政治学者 Jeffrey W. Hornungの‶Separate U.S. Alliances in East Asia Are Obsolete″と題する論説を掲載し、ここで両名は8月にキャンプ・デービッドで開かれた初めての日米韓3ヵ国首脳会談後の共同声明の安全保障分野について分析し、中国と北朝鮮による軍事的圧力が高まる東アジアで、日本と韓国はそれぞれ防衛力強化に努めており、特に日本が敵地攻撃能力を持とうとしていることを考慮すると、従来の米韓、米日の個別の2ヵ国同盟では非効率な面や混乱が予想され、日韓の歴史問題等から3ヵ国同盟を結ぶことは困難としても、3ヵ国間の共同対処機構を構築する必要があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 8月にキャンプ・デービッドで、Joe Biden米大統領、岸田文雄首相、尹錫悦(Yoon Suk-yeol)韓国大統領が初めて3ヵ国で会談し、共通の脅威に対する協議、軍事演習の拡大、ミサイルの脅威に関する即時の情報共有、インド太平洋全域にわたるサプライチェーンの強化と経済安全保障に関する協力など、さまざまな取り組みに関する共同声明を発表した。正式な3ヵ国協定が結ばれる可能性は低いが、緊密な連携が図られることは間違いない。防衛協力に関する発表は特に重要で、中国が韓国に対し、米国の統合ミサイル防衛構想への参加を控えるよう強く圧力をかけているにもかかわらず、日米韓は、弾道ミサイル防衛に関する協力を深める計画である。また、複数の分野にわたる年次訓練等を含む長期的な軍事演習プログラムは、3ヵ国の防衛協力関係を強化すると思われる。
(2) 3ヵ国の政府は、今回の合意が正式な3ヵ国防衛同盟でも拘束力を持つものでもないとしているが、共同声明には、通常は同盟国に限定される脅威の協議に関する文言が含まれ、永続的な防衛協力等の強固な基盤が築かれている。もし3ヵ国の共同計画が実行に移されれば、東アジアにおける米国の最も重要な2つの同盟関係の統合に向けた前例のない一歩となる。現在、米国政府では、日本および韓国との同盟関係が地理的に近く共通の脅威に対処しているにもかかわらず、ほとんど関連のない別々の2国間協定として管理されている。緊急事態対処計画、軍事演習、戦争が起きた場合の作戦はまったく別個のものである。
(3) 米国は、韓国との間に北朝鮮が関与する事態に対応した2国間軍事計画を持ち、それを検証する2国間演習が毎年行われている。日本とは、日本を防衛するための2国間計画と、地域の他の場所での有事作戦を支援する2国間計画があり、これらを反映した定期的な軍事演習が行われている。戦略的、地理的に多くの重複があるにもかかわらず、3ヵ国間の緊急事態対処計画の枠組みや、それぞれの取り組みを結びつける制度的手段は存在しない。この構図は第2次世界大戦後のある時期までは有効であったが、今では歴史の遺物となった。日本は、最初はソ連の脅威に対し、後には中国に対して、「専守防衛」政策を採り、日本の軍事計画を日本列島だけを守るために必要な最小限の防衛態勢に制限した。一方の韓国は北朝鮮だけに焦点を当てた。このような歴史的構図の下で、2つの同盟国の戦略的焦点や米国との関係はほとんど重ならなかった。
(4) 韓国の防衛にとって日本が重要であったとしても、それは後方地域、言い換えれば、有事の際に朝鮮半島に移動する米軍の中継地と考えられていた。日本の後方地域としての役割は、米軍と国連軍後方施設としての2つの面を持つ7つの基地に表れている。横田基地、横須賀海軍基地、沖縄の嘉手納基地などの主要施設を含むこれらの基地は、米本土から朝鮮半島への米軍部隊と装備品の移動を支援する重要な拠点としての役割を果たすであろう。日本は国連と日米地位協定を結んでおり、朝鮮戦争で兵力を提供した16ヵ国のいずれもが、有事の際には日本から活動できる。
(5) 北朝鮮が、韓国、日本、米本土を同時に脅かすことのできる弾道ミサイルや様々な射程の兵器を開発したため、日本を韓国防衛の後方地域とするという概念は、数年前に時代遅れになった。それ以前にも、日本は韓国から避難した民間人の安全な避難先として有事計画に位置付けられていたものの、その調整にほとんど進展がないまま3ヵ国計画の必要性だけが残されている。2国間の同盟関係は、70年以上前に構築されて以来、ほとんど変化することなく、別々の構造が維持されている。日韓両国がより軍事的色合いの濃い同盟国となり、地域の脅威認識が収れんするにつれ、米国中心のハブ・アンド・スポーク・システム、すなわち完全に分離した2国間同盟をもって対応することはますます困難になるであろう。
(6) 韓国は、装備の整った地上軍、最新鋭のF-35統合打撃戦闘機を含む航空戦力、先進的な海軍力、そして攻撃された場合に北朝鮮を懲罰し、それによって抑止することを目的とした長距離弾道ミサイルや巡航ミサイルなど、素晴らしい軍隊を構築してきた。日本は長い間、世界で最も能力の高い海軍の1つを持ち、戦後政策の制約の中でも、高度な能力を開発してきた。そして2022年に新たな国家安全保障戦略を発表し、前例のない防衛力強化に乗り出した。日本の計画には、5年間で防衛費を60%増加させるだけでなく、日本の防衛態勢を根本的に変える新しい能力への投資も含まれている。その中で、北朝鮮や中国からの侵略を抑止するため、敵の領土の奥深くにある固定軍事目標に反撃するための長距離高精度巡航ミサイルを保有するとしている。そのために日本は、射程1,000海里近い米国製トマホーク陸上攻撃型巡航ミサイルの取得を計画しており、陸上、海上、空中発射する自前のシステム一式を開発している。
(7) 米国政府は、日韓両国の防衛近代化の努力を、それぞれの同盟への重要な貢献として歓迎し、支持してきた。特に長距離攻撃能力を獲得しようとする日本の努力は、抑止力強化につながる。これまで北朝鮮と中国は、日本の長距離反撃の可能性について考えなくてもよかったが、今後はそうはいかなくなる。日本の新たな能力は、日米同盟、3国関係の力学をも変えるであろう。日本の安全保障地域は第2次世界大戦後の狭い範囲から拡大しつつあり、新型ミサイルによって日本は初めて、朝鮮半島の作戦地域内で武力を行使できるようになる。これは、2国間同盟とその作戦地域の厳格な分離が、人為的で時代遅れとなったことを露呈し、3国間の調整のための新たな機構の必要性を示している。
(8) 日本の将来のミサイル能力は、日本が専守防衛に徹したとしても、北朝鮮が敵対行為を行うあらゆるシナリオで、米国、韓国との連携が不可欠となる。その可能性は低いかもしれないが、北朝鮮内の標的に対し日本が無秩序な攻撃を実施した場合、朝鮮半島における米韓の軍事作戦と重複する非効率なものになる危険がある。最悪の場合、日本の攻撃が米韓の作戦を混乱させ、紛争の管理を複雑にし、事態拡大を制御するうえで悪影響を及ぼす可能性さえある。3ヵ国間の軍事計画や作戦調整のための機構がないので、日米韓3ヵ国はいずれも、日本が長距離攻撃能力を持つ意味を考える必要がある。日本の課題は、日本がどのように長距離攻撃を行うか、またその方法を調整することについて、米国と韓国が関心を持っていると認識することである。韓国の課題は、日本が他国の攻撃から自国を守る主権的権利を持ち、それは北朝鮮国内の標的に対する武力行使が含まれると認識することである。
(9) 米国にとっては、東アジアにおける米国の最も重要な2つの同盟に欠けている結合組織を構築するというキャンプ・デービッド・サミットの狙いを実行に移すことが課題となる。北朝鮮と中国による脅威の高まりを考えれば、緊急の課題ではあるが、3ヵ国の軍事計画、作戦調整のための機構や体制を確立することは容易ではない。韓国と日本の間に政治的に機微な問題が残っていることに加え、日本の集団的自衛権に対する憲法上の制約を考えると、並行する2国間同盟という構造を単一の同盟に統合することは、当面非現実的である。より限定的で現実的な調整機構構築の努力も、日本と韓国における政治的抵抗や、米国における制度的抵抗にあう可能性が高い。しかし、韓国と日本の軍事力、特に日本の新たなミサイル能力の向上は、統合の協議を必要としている。現在、3ヵ国ともにより緊密な3国間関係を支持しており、8月のキャンプ・デービッド首脳会談は、3ヵ国調整の枠組みを作る足がかりとなるであろう。
記事参照:Separate U.S. Alliances in East Asia Are Obsolete

9月12日「ロシア、耐氷性のないタンカーを北極海航路に送り出す―ノルウェー紙報道」(High North News, September 12, 2023)

 9月12日付のノルウェー国立NORD UniversityのHIGH NORTH CENTERが発行するHIGH NORTH NEWSの電子版は、“Russia Sends Oil Tanker Without Ice Protection Through Arctic For First Time”と題する記事を掲載し、ロシアが米欧による制裁への対応として、中国向け石油輸送力増加のため、耐氷性のないタンカーによる北極海航路を利用した輸送を試みているとして、要旨以下のように報じている。
(1) 2023年9月11日、ロシアのAframax*タンカーが中国の寧波に向け、ムルマンススクの泊地を出港し、13日には、ノバヤゼムリャ諸島の北にあるロシアの北極海航路に入ると見られている。
(2) ロシア当局の発表に基づき、2023年初頭、ロシアは耐氷性のないタンカーによる北極海航路経由の原油輸送計画を実施している。これまでは、北極海航路を経由する石油輸送は耐氷性のあるタンカーのみで実施されてきた。今回の石油輸送は耐氷性のタンカーによる初めての試みである。
(3) 運航会社NS Breeze Shippingは、2023年9月1日に北極海航路の管理者NSRの管理者Rosatomから許可を受けているが、許可証からタンカーの耐氷性の格付けがないことが確認できる。
(4) 米欧からの制裁によってヨーロッパの石油市場から閉め出されたロシアは、北極圏とウラル原油の一部を中国向け輸出に変更し、7月から8月にかけて、約12隻の耐氷性のあるタンカーを中国に向け出港させている。
(5) Russian Arctic and Antarctic Research Instituteが提供する氷海図の最新のものは、北極海航路の一部に中程度の氷結があることを示しており、耐氷性のないタンカーの許可と両立しない可能性がある。年間最小海氷面積は、伝統的に9月の後半に発生します。
(6) 「死に物狂いの国は窮余の行動に出る。『エクソンバルディーズ』の座礁・搭載原油流出事故後、International Maritime Organisationが行った法改正によって、少なくともタンカーは二重船殻になっている・・・もちろん、ロシアは戦争状態にあり、厳しい制裁下にある。ロシア政府は、ロシア経済を存続させるために、中国など、まだ石油を購入する意思のある国々に石油を届けることに必死になるだろう」とカナダUniversity of British Columbia教授Michael Byersは言う。
(7) 中国への航路では、ベーリング海峡も通峡する。ベーリング海峡を航過する石油タンカーは、2023年までは珍しいものであった。
(8) 北極圏のエニセイ湾での大規模なボストーク石油計画は2024年には稼働する。このため、季節によって氷に覆われる海域を通航する石油輸送が増加すると思われる。専門家によると、耐氷性のないタンカーは、危険性の新たな拡大を意味する。「それは疑問を提起する:ならず者国家は北極圏諸国の一般的な慣行を変えることができるのか?私は、この件に関してロシアに続く他の国が出現するとは考えていない」とMichael Byersは結論付けている。
記事参照:Russia Sends Oil Tanker Without Ice Protection Through Arctic For First Time
*載貨重量80,000トンから120,000トンの貨物船を指す用語。

9月12日「誤った方向の防衛努力が台湾軍を炎上させる―米専門家論説」(9Dashline, September 12, 2023)

 9月12日付のインド太平洋関連インターネットメディア9Dashlineは、米シンクタンクRAND Corporationの上席防衛問題研究者Michael Lostumboの“THE STRAWMAN DEFENCE IS TORCHING TAIWAN’S MILITARY”と題する論説を掲載し、Michael Lostumboは台湾が行っている防衛努力の方向は誤っており、軍隊の本来の目的である中国の侵攻に対処するため、残存性が高く、打撃力に優れた装備体系に投資すべきであるとして、要旨以下のように述べている
(1) 台湾は、中国本土からの潜在的な攻撃に対して残存性が極めて高く、強力な打撃力に投資する必要がある。それが台湾軍にとって唯一の生産的な方向性である。
(2) 残念ながら、台湾の国防予算の多くは上述の方向には投資されていない。15年以上にわたり、外部の専門家は台湾の軍事力を完全に刷新する必要性について警告してきた。これらの評価では、残存性が高く、より強力な打撃力を備えた機能に投資することが一貫して推奨されている。台湾の指導者や台湾国防部自体でさえこれらの見解を表明しているが、台湾の軍事予算の大部分は、紛争ですぐに失われるシステムに費やされている。
(3) U.S. Department of Defenseは最近、幅広い投資、演習、政策の主要な推進要因として台湾を取り上げている。米国は、太平洋における将来の紛争の可能性に備えて独自の準備をしているだけでなく、台湾に提供される洗練された軍事システムの主要な供給源でもある。台湾政府と同様に、米国当局も台湾が予想される攻撃に耐えることができる能力を必要としていることは認識している。しかし、残念ながら提供しているシステムはこれらの目標をひどく下回るものである。
(4) 中国もただ座して、時を過ごしてはおらず、賢明な投資を行ってきた。中国は、過去30年間、国防予算を着実に増やし、従来の台湾の利点を消し去ってきた。国防予算の増額によって人民解放軍が獲得した能力の多くは特に台湾海峡事態に関連しているようである。中国は、台湾に対して新しい軍事力をどのように使用できるかを公然と示しており、中国の政治指導者は多くの脅威を及ぼしてきた。
(5) 中国は軍事力の誇示を強める一方で、外交努力を後退させている。実際、中国政府は2016年の蔡英文総統が当選後、直接の両岸政治対話を停止し、いくつかの経済および貿易制裁を実施しており、現時点では、中国は台湾に何らかの政治的妥協を受け入れることを検討するよう促そうとはしていない。また、台湾は香港が中国の支配下に入って以来、その動向を非常に注意深く見守っており、政治的権利の侵食と香港の自治を消滅させようとする執拗な動きに気付いているため、そうすることも容易ではない。その結果、両岸の政治的改善の見通しは暗い。同時に、脅迫的な文言や軍事力、演習の増加は、台湾が安全な未来を確保するために軍隊の建設的な方向性を描く必要性を示している。
(6) 両岸関係におけるこれらの悪化する政治的、経済的、軍事的傾向にもかかわらず、台湾の多くの人々は侵略の可能性を軽視している。多くの専門家は、中国がすぐに台湾を侵略しないだろうと言う。しかし、台湾海峡の平和がそれほど脆弱であるかどうかは非常に明白である。両岸関係が安全保障政策によって支配されるべきではないという立場を採っても構わない。しかし、ウクライナや他の多くの過去の紛争の例から学び、中国が両岸関係の行き詰まりに対する軍事的解決策があるという結論に決して至らないようにすることも重要である。これは、侵略を確率の低い出来事と見なす人にも当てはまる。新しい軍事力は配備するのに何年もかかるが、政治的感情は非常に急速に変化する可能性がある。国の存立に係わる脅威を抑止することは、その国の軍隊の最優先事項であるべきである。そのための最善の方法は、能力の高い軍事力を配備することである。台湾は過去2年間で国防予算を増額してきたが、軍近代化は緊急性に欠けており、多くの新規投資は直面する脅威と一致していない。
(7) 台湾の最新の国防報告書には、台湾に対する脅威を定義する節があるが、侵略を脅威として特定していない。代わりに、それは威圧の脅威を強調している。中国が現在、台湾を威圧するためにその軍隊を使用していることを考えると、おそらくこれは理解できる。台湾の軍隊がこの威圧に対抗する役割を持っていることは明白な仮定ではあるが、これは実りのない道を辿ることになる。現在、中国が行っている軍事的威圧は、軍事力によって止めることはできない。軍事的威圧の目標は台湾の政治に影響を与えることであり、軍事的威圧に対する防衛も政治的でなければならない。軍事的威圧が政治的結果を達成するかどうかを決定するのは台湾次第であり、ある時点で、中国が拳を振るえば振るうほど、台湾への影響は少なくなる。台湾の空域を飛行する戦闘機、島の周辺海域を行動する艦艇、島の周辺海域へのミサイル発射訓練等は継続されるかもしれないが、台湾が最新式の戦闘機を保有してもこの種の軍事的威圧を阻止することはできない。そして、新しい戦闘機がなくても、中国による軍事的威圧は効果的でないかもしれない。
(8) 人民解放軍が台湾に対して軍事力を行使する方法はいくつかあるが、台湾は戦争の場合にのみ武力を行使する。したがって、戦争が起こった場合、残存性が高く、強力な軍事力だけが重要になる。しかし、(現在の台湾の防衛努力では)今日、そして将来何年にもわたって、台湾の軍事予算は戦闘において早々に破壊または消費されるものに費やされることになる。その必要はない。現在の防衛努力の方向を逆転させることができ、台湾が残存性が高く強力な軍事力による重層的な防御を行った場合、中国にとって侵略の試みは非常に費用がかかり、潜在的に破滅的な選択肢のように中国に想わせる戦闘に信頼できる力を達成することができる。このような戦略は、車載ミサイルや移動式防空システムなどのシステムへの投資を優先する。また、主に能力を細分化した上で、有機的な結合された部隊として小部隊をより適切に機能できるように、組織の変更し、情勢に応じて組み合わせる必要がある。
(9) 台湾は、既存の軍隊と将来のすべての投資を評価し、軍隊の主要な焦点となるべき戦闘能力という評価尺度からそれらを評価する必要がある。戦闘能力という評価尺度からそれらを評価は、台湾の安全保障予算の大部分が、戦争の最初の数分を生き残れない能力、または侵略を鈍らせる能力をほとんど提供しない能力に費やされていることを気付かせるだろう。現在の台湾国防予算には、戦闘機の購入だけでなく多額の運用経費、潜水艦建造計画の経費も含まれている。台湾で計画されている潜水艦建造には、多くの場合、より安価で、残存性の高い手段から発射できる兵器が少数搭載できるだけである。
(10) 国家安全保障の基本となる目標は、侵略がもたらす可能性のある壊滅的な事象を防ぐことにある。中国の台湾侵攻の確率が低いと考えている人がいるとしても、それが無期限に除外されることを否定する人はほとんどいない。それに対する明白な答えは、人民解放軍が配備している力に対応するのに最も適した能力に投資し、今準備することである。そして、台湾はこの要件を満たさない能力から容赦なく撤退する必要がある。残念ながら、台湾は残存性が低く、台湾の防衛に必要な能力が乏しいシステムに投資しており、防衛投資を浪費し、信頼できる防衛力を配備する機会を逃している。
記事参照:THE STRAWMAN DEFENCE IS TORCHING TAIWAN’S MILITARY

9月12日「中国海軍の新型強襲揚陸艦Type076の建造―香港紙報道」(South China Morning Post, September 12, 2023)

 9月12日付けの香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“Chinese military: celebrating workers’ social media photo shows Beijing is likely building new Type 076 giant warship”と題する記事を掲載し、中国海軍の新型強襲揚陸艦Type076の建造の状況について、要旨以下のように報じている。
(1) 9月10日、中国船舶工業集団(以下、CSSCと言う)傘下の滬東中華造船の労働者たちは、中国の旧Twitterに相当する微博に、長興島にある造船所の新しい乾ドックの床面へのコンクリートの打ち込みを終了したことを祝っている写真を投稿した。この投稿は、中国が先進的な電磁カタパルトシステムを装備した次世代の強襲揚陸艦を建造している可能性があることを示していると専門家たちは述べている。
(2) 高雄にある台湾海軍軍官学校の元教官である呂禮詩によると、新しい乾ドックの建造が進んでいることは、中国が新しい巨大な軍艦の建造を進めていることを示唆しており、その艦艇はTyep076強襲揚陸艦である可能性が高いという。排水量4万トン近いType075は、米海軍のタラワ級やワスプ級の強襲揚陸艦よりやや小さい。Type076はType075と同程度の大きさで、空母「福建」に採用されている技術と同じ最新型の電磁カタパルトシステムを搭載する見込みだが、北京を拠点として活動する海軍専門家である李杰は、カタパルトシステムは主に無人機の発艦に使われるという。米シンクタンクCenter for Strategic and International Studiesが4月下旬に発表した衛星画像によると、滬東中華造船の新しい乾ドックは、長さ約650m、幅約94mで、近隣にある江南造船所の最大のドライドックよりもわずかに大きい。呂禮詩は、「乾ドックの大きさと近くの水域から、電磁カタパルトを備えたType076強襲揚陸艦である可能性が非常に高い」と述べている。一方、CSSC傘下の広州の中船黄埔文沖船舶は、幅150mのガントリークレーンを建造すると発表した。同社が9月3日に発表した公式声明によると、このクレーンは1基あたり2,800トン以上を吊下でき、この新しい発注は4月までに完了する予定だという。マカオを拠点とする軍事評論家の黄東は、そのサイズと積載量から、ガントリークレーンはType076の建造に使用されるようだと述べている。
(3) 李杰は、中国は第2世代の艦載機や米国のF-35Bに似た艦載機の製造には着手していないが、Type076は米国のタラワ級やワスプ級の強襲揚陸艦に匹敵すると見ているとし、さらに「Type076強襲揚陸艦の設計は、カタパルトシステムを持たない米国のタラワ級やワスプ級の強襲揚陸艦よりも進んでいる」と李杰は述べている。李杰は、中国軍のType071ドック型揚陸艦とType075強襲揚陸艦は台湾をめぐる戦争を想定して設計されているが、Tyep076はより野心的であり、そしてより先進的な設計であるため、遠海で戦う能力があり、「この(南シナ海の)地域で敵対する領有権主張国との領土問題に直面している中国にとって、ヘリコプターやドローンの空母として機能することが可能である」と付け加えている。
記事参照:Chinese military: celebrating workers’ social media photo shows Beijing is likely building new Type 076 giant warship

9月14日「中国人民解放軍の大規模演習は奇襲の準備か―香港英字紙報道」(The South China Morning Post, September 14, 2023)

 9月14日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“PLA’s latest air and sea drills near Taiwan could signal surprise attack strategy, analysts say”と題する報道を掲載し、中国人民解放軍が台湾周辺で実施した大規模演習に言及し、専門家の見解に触れつつ、それが台湾を奇襲するための準備の可能性があるとして、要旨以下のように報じている。
(1) 中国人民解放軍(以下、PLAと言う)は複数の戦区司令部から航空機を出動させ、台湾周辺で「包囲哨戒」を実施した。それと並行して週の始めから空母「山東」が太平洋西部において海空協同訓練を行っていた。これには東部・南部戦区の艦艇42隻が参加した。
(2) 東部戦区司令部はWeChatに、跨戦区訓練を実施し、着陸・離陸訓練を実施したと投稿している。その演習にJ-10、J-16などの戦闘機が参加している様子が投稿されている。またその演習では再補給や修理、緊急対応なども実施したという。北京のシンクタンク遠望智庫研究員周晨明によれば、その戦闘機群は上述の「包囲哨戒」にも参加したとのことである。跨戦区演習は「包囲哨戒」同様に定期化されると予測されている。
(3) 台湾側は少なくともこの4ヵ日間で、防空識別圏に侵入した143機のPLA航空機および56隻の艦艇を追尾した。9月13日午前6時から翌14日の午前6時までの間に68機が侵入しており、24時間の侵入数としては2023年で最大であった。ある匿名の情報源は、実際のその数字はもっと多いという。というのもJ-20ステルス戦闘機もそれに参加しており、台湾がそれを捕捉できていないはずだからである。中国は現在同戦闘機を200機保有しているという。
(4) 台湾海軍軍官学校元講師の呂禮詩は、PLAはそれ以外にも戦略支援部隊やロケット部隊、情報戦部隊も配備し、「突然の発動」戦略を始めていると言う。つまり、台湾国民や軍部に中国の大規模演習が日常的なものと思わせることで、あるとき奇襲を行う準備を整えているというのである。
(5) 2022年8月にPLAは過去最大級の実弾演習を行ったが、米下院議長Nancy Pelosiの訪台への抗議としてであった。また「山東」が2023年4月に大規模演習に参加したが、それもまた蔡英文総統がカリフォルニアで米下院議長Kevin McCarthyと会談した後のことであった。しかし、現在PLAが実施している大規模演習には、そうした理由がないと指摘されている。PLAは、いつか台湾国民の警戒心が下がるのを待っているのだという。
(6) 中国は台湾を自国領土の一部とみなし、必要であれば武力によって支配しようと考えている。そして中国は台湾指導者と米国の政治指導者の会談を、自国の主権侵害行為とみなしている。米国を含むほとんどの国が台湾を独立国として承認していないが、現状を武力によって一方的に変更しようというやり方には反対している。
記事参照:PLA’s latest air and sea drills near Taiwan could signal surprise attack strategy, analysts say

9月14日「東南アジア諸国は「闇」タンカーの活動に対処せよ―デンマーク政治学者・国際法学者論説」(The Diplomat, September 14, 2023)

 9月14日付のデジタル誌The Diplomatは、University of Copenhagenの政治学者Jan Stockbrueggerと同国際法学者Vonintsoa Rafalyの“Southeast Asian States Need to Tackle the Dangerous Shadow Tanker Activities in Their Waters”と題する論説を掲載し、両名はそこで近年活発化している「闇」タンカーの活動がもたらす危険に対処するために、各国、特に東南アジア諸国はUNCLOSを活用して、効果的な規制を実施するべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2023年5月1日、巨大タンカー「パブロ」がマレーシア沖で爆発炎上し、死者3名、重傷者4名を出す大事故を起こした。幸いにも原油を積んでおらず、環境被害は最小限に留まった。
(2) 「パブロ」は近年世界中で数を増やしている「闇」ないし「隠密」タンカーの1つである。「闇」タンカーの多くは老朽化し、所有者がはっきりしておらず、ロシアやイランなどが制裁逃れをして輸出する石油を運搬している。たいてい水準以下の船舶で、国際的な規則を遵守していない。事故、ひいては環境被害の危険性が大きいため、各国は緊急に対策を講じる必要がある。
(3) 「パブロ」の完成は1997年のことであり、すでに廃棄されてしかるべき年月が経過している。ガボン船籍で、所有者はマーシャル諸島のペーパーカンパニーである。報じられるところでは保険にも加入していない。こうしたタンカーは世界中で何百とあり、世界全体の石油貿易船の1割にものぼるという。
(4) 東南アジア地域は「闇」タンカーの主要な中継地点である。その多くがマラッカ海峡を通過して中国に向かう。それらはシンガポールやインドネシア沖で船から船への直接の石油の積替えを行っているが、これは危険な行為である。5月の事故も、「闇」タンカーの事故としては初めてのことではない。こうした事故は世界中で増えており、ロイターの調査によれば2022年のあいだに座礁、衝突、異常接近が8件起きたという。
(5) 各国はInternational Maritime Organization(国際海事機関:以下、IMOと言う)において「闇」タンカーの活動の危険性について議論を始めたところである。しかし彼らはこの問題への対処において、UNCLOSを効果的に活用できていない。UNCLOSは、沿岸諸国の海域で「闇」タンカーが危険な通行をするのを規制することを沿岸諸国に認めている。
(6) UNCLOSは商業船に航行の自由を認めているが、それは「闇」タンカーにも適用される。他方、UNCLOSは沿岸諸国に汚染を引き起こしたり、自国経済を脅かすような海洋事故、海洋犯罪を予防するために航行活動を規制したりする権利も認めている。UNCLOSは、各国に基線から12海里以内の領海における完全な主権を認めており、そのもとで、外国船舶の通行を規制し得る。マラッカ海峡などの国際的な海峡において、各国船舶は通行の権利を認められているが、海峡に接する国々は安全な航行を確保するために何らかの規制を課すこともできる。
(7) EEZ内では、各国は海洋環境保護に関する司法権を有する。EEZ内への立ち入りについて事前承認を求める国もある。2005年、フランス、スペイン、ポルトガルの間でマラガ協定が結ばれたが、これは航行の自由を制限することを目的とした顕著な事例である。この協定の下、締約国は場合によってはEEZ内から外国船舶を追い出すこともできる。
(8) このように、「闇」タンカーへの対処にUNCLOSを活用することができる。しかし東南アジア諸国はそのために、船舶監視・監査体制を確立するなどの協力を強化する必要があるだろう。また、IMOや中国などを含む諸外国との協力を進め、「闇」タンカーの危険性に対処する世界的な枠組みを構築すべきであろう。
記事参照:Southeast Asian States Need to Tackle the Dangerous Shadow Tanker Activities in Their Waters

9月15日「ウクライナでの戦争は、アジア太平洋での軍備増強と並行して展開される―英専門家論説」(IISS Online, September 15, 2023)

 9月15日付の英シンクタンクThe International Institute for Strategic Studiesのウエブサイトは、同Instituteアジア上席顧問Tim Huxleyの” The war in Ukraine unfolds alongside a military build-up in the Asia-Pacific”と題する論説を掲載し、ここでTim Huxleyはアジア太平洋地域で軍備増強が続く主な要因は地域の脅威認識であり、戦争が長引くほど、この地域の軍隊とその能力の発展に対する影響はより深刻になるとして、要旨以下のように述べている。
(1) アジア太平洋地域の各国政府は、ウクライナ情勢と緊迫化する自らを取り巻く安全保障環境に対応するため、国防政策を再構築している。シンガポールのNg Eng Hen国防相が2023年2月、ウクライナ情勢を「非常に注視している」と述べたのは、自国の国防体制だけでなく、アジア太平洋諸国の国防体制を代弁していたのかもしれない。ロシアによる大規模なウクライナ侵攻が始まってから1年半が経過したが、アジア太平洋地域への軍事的な影響は続いている。アジア太平洋諸国の政府が自国の軍事力を向上させるための努力に影響を及ぼしているウクライナ戦争のいくつかの重要な側面について述べる。
(2) ヨーロッパで大規模かつ長期化する国家間戦争が勃発したという現実が、アジア太平洋諸国の政府に、軍事的取り組みを強化するための新たな理由、あるいは少なくとも正当化する理由を与えている。2022年12月に発表された日本初の国家安全保障戦略は、日本にとって最も深刻な直接的脅威は中国と北朝鮮であると強調し、日本は自らの主権と独立を維持するために「自主的かつ自発的な努力」が必要と主張した。その結果、国家安全保障戦略では、日本は2027年までに防衛費と国家安全保障に関連する取り組みへの支出をGDPの2%に達するよう増やすとした。一方で2023年4月に発表されたオーストラリア政府の国防戦略見直しでは、ウクライナ紛争が戦略見直しの開始と実施に緊急の背景を与えたとされる。
(3) ウクライナ戦争は、持続的な紛争における外部からの支援と国防産業能力の重要性を実証し、アジア太平洋地域の国防当局のこうした問題に関する考え方に影響を与えた。アジア太平洋地域の一部の国防機関は、戦争が長期化した場合の潜在的な影響について、自国の事態をより明確に意識するようになったことは明らかである。オーストラリアの補給線の脆弱性について考えた結果、国防戦略見直しの作成者たちは、将来の紛争においてオーストラリアの軍隊をいかに維持するかという問題に大きな注意を払うようになった。重要なのは、オーストラリアは誘導兵器や爆発性兵器の国内製造能力を確立する努力を早急に強化すべきとしたことである。また、東京の新戦略では、自衛隊が優先度の高い弾薬の生産能力を強化し、弾薬、予備部品、燃料の十分な備蓄という形で継戦能力を確保することが緊急の課題であると強調された。
(4) ウクライナ戦争で広く知られるようになった最新の対戦車、対空、対艦兵器、さらに搭乗員のいない航空・海軍システム、精密誘導多連装ロケットシステムなどの採用が、アジア太平洋地域の軍隊にとってどの程度適切な作戦上の教訓となるのか、また、軍隊自身が強化すべき能力の種類にどのような示唆を与えるのか、という問題がある。ウクライナが誘導兵器と無人システムを使用した経験は、台湾政府とその軍隊にとって特に重要である。台湾は、中国が近い将来、軍事力により台湾侵攻をするかもしれないという懸念の高まりを受けて、防衛力強化に努めている。7月に台湾で行われた軍事演習は、例年よりも現実的で、ウクライナ戦争からの教訓とする無人機の使用などが盛り込まれた。
(5) ウクライナ紛争はすでにアジア太平洋地域への防衛装備品貿易に影響を及ぼしており、ロシアの武器供給への影響はこの地域の一部の国防機関にとって重要な問題である。中国の場合は特殊で、戦争によってロシアとの軍事技術や装備品に関する2国間協力がより緊密になっている。ミャンマーの軍事政権は、ロシアの武器供給に依存している。しかし、他のアジア諸国、特にインド、インドネシア、マレーシア、ベトナムは、自国の軍隊のロシア製武器輸入への依存度をさらに下げるよう促されている。ハノイは軍事調達先のさらなる多様化を推進する動きを強めている。一方、インドの防衛産業は、ロシア設計の装備品や予備品を現地生産する準備を進めている。しかし、それは軍事能力や作戦準備態勢を低下する可能性がある。マレーシア空軍がロシアから供与されたスホーイSu-30MKM戦闘機の予備部品はあと2年しかもたないかもしれず、資金の制約から後継戦闘機の選定は2030年まで遅れるかもしれない。
(6) アジア太平洋地域で軍備増強が続く主な要因は、地域の脅威認識である。しかし、2022年2月以降、ウクライナ戦争の影響は、既存の地域固有の懸念と相まって、アジア太平洋における国防支出の増加という既存の傾向を際立たせるとともに、地域諸国に自国の軍隊の継戦能力だけでなく、運用ドクトリンや装備品の在庫についても再検討するよう促している。戦争が長引けば長引くほど、アジア太平洋地域の軍隊とその能力の発展に対する影響はより深刻になるだろう。
記事参照:The war in Ukraine unfolds alongside a military build-up in the Asia-Pacific

9月15日「締結から2年を経過したAUKUSの状況―米専門家論説」(The Diplomat, September 15, 2023)

 9月15日付のデジタル誌The Diplomatは、オーストラリアとオセアニアに関する歴史研究、著述、評論を行う一方、米Georgetown Universityアジア研究科教員でもあるPatricia O’Brienの” 2 Years On, AUKUS Continues to Raise Questions”と題する論説を掲載し、ここでPatricia O’Brienは締結から2年になるAUKUSへの疑問は多くある中で、今後AUKUSの大戦略的な安全保障の概念と太平洋地域の人々が直面する複雑で局地的な安全保障上の脅威を一致させる必要があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) AUKUSの締結から9月15日で2年となるが、この協定への疑問は尽きない。2020年半ば、それまでオーストラリアは中国の台頭による莫大な経済的利益を享受しつつ、中国の地域的影響力の拡大を見守っていた。しかし、中国がCOVID-19パンデミックの原因究明を求めたオーストラリアへの報復として、貿易制裁を科したことで事態は急変した。2020年7月にScott Morrisonオーストラリア首相(当時)は、中国の貿易制裁は緊急の軍事的意味合いを持ち第2次世界大戦の再来となると警告した。2021年9月15日、Scott Morrison首相、Joe Biden米大統領、Boris Johnson英首相(当時)の共同記者会見でAUKUSが発表され、ホワイトハウスの記者会見では、「オーストラリアを何世代にもわたって米英と決定的に結びつける協定」と説明された。
(2) AUKUSは中国を激怒させたが、反発したのは中国だけではなく、友好国や同盟国も同様だった。フランスは、AUKUSによって、900億豪ドルのオーストラリアとの潜水艦建造契約が破棄され、これに対してオーストラリアと米国から大使を引き揚げて抗議した。2022年5月にオーストラリアの政権が交代すると、太平洋地域で大きな利害を共有する両国の関係は修復し、オーストラリアは8億3,500万豪ドルをフランスに支払うことを合意した。AUKUSの発表はアジア太平洋地域にも衝撃を与え、多くの国の指導者が軍拡競争の引き金になることを恐れた。このようなことから、AUKUSの最初の2年間は、影響を受ける各国の懸念を和らげようとする外交努力が重ねられた。
(3) 米国は2023年5月にパプアニューギニアと防衛協力協定を結んだが、これには抗議が殺到した。反対派は協定の主権への影響に疑問を呈した。世論の反応にもかかわらず、 Lloyd Austin米国防長官は7月、関連協議のためにポートモレスビーを訪れた。パプアニューギニアとオーストラリアで主権と条約の適用範囲に関する疑問がぶつかり合う中、米国の合意に対する世論の反発がオーストラリアとパプアニューギニアの安全保障条約締結を遅らせた。
(4) 過去2年間、米国、オーストラリア、日本、ニュージーランド、中国といった太平洋における既存の主要な行為主体は、存在感を高めてきた。同時に、数多くの新しい行為主体がこの分野に参入してきた。それは、韓国、インド、カナダ、ドイツ、欧州連合(EU)およびサウジアラビアであり、いずれも、この地域への関与を大幅に強めている。AUKUSが締結されて2年、太平洋地域の様相は大きく変わった。
(5) オーストラリア国内におけるAUKUSへの反応もまた複雑である。AUKUSがもたらす莫大な費用と影響が明らかになるにつれ、国家安全保障体制の重大な転換について政府が有権者と協議しなかったことが、将来のオーストラリア政府に跳ね返ってくる可能性がある。潜水艦計画は、オーストラリアを強化するというAUKUSの目的のほんの一部にすぎない。米英の防衛産業にとっては大当たりを意味するが、その推定価格は2023年3月にAlbanese、BidenおよびRishi Sunakの米英豪首脳がサンディエゴで会談した際に潜水艦計画の詳細とともに発表され、今後20年間で2,680億~3,680億豪ドルの見積もりであった。過去の潜水艦計画で無駄になった資金と豪ドルの変動を考えれば、オーストラリアの納税者ははるかに大きな請求に備えることになる。これは、オーストラリア政府が約束しているAUKUSのもたらす雇用および産業の活性化と天秤にかけられなければならない。
(6) 最初のバージニア級潜水艦引き渡しを10年後とする潜水艦の引き渡し計画線表が9月に初の核ミサイル搭載型潜水艦を公開した北朝鮮から発せられる脅威の緊急性と合致するかどうかについても疑問が投げかけられている。評論家たちは、潜水艦の探知技術が潜水艦の配備計画を上回るため、潜水艦は就役前に時代遅れになるとも主張している。しかし、AUKUSは超党派で支持されているため、こうした懸念は脇に置かれている。
(7) AUKUSの長所の1つは、柔軟性があって、進化できることで、Antony Blinken米国務長官は、ニュージーランドがAUKUSに加盟するためのドアは開いていると述べている。しかし、この柔軟性は脆弱性でもある。AUKUSをはじめとする最近の太平洋を中心とした協定がそうであるように、進化し得る協定は、衰退もし得る。AUKUSに盛り込まれた鉄壁の友好の絆という力強い表現があるにもかかわらず、複数の米下院議員は最近、機密情報の共有を許可するために法改正を必要とするAUKUSの条項に反発している。そして、米国の戦力所要は満たされているにもかかわらず、バージニア級潜水艦3隻のオーストラリアへの引き渡し線表について疑問を呈している。
(8) AUKUSは太平洋地域における安全保障のあり方について活発な議論を促した。太平洋島嶼諸国は、地政学的な争いや潜水艦やその他の防衛物資の獲得といった伝統的な用語で安全保障を組み立てることに反対する議論の先頭に立ってきた。フィジーの現野党指導者Inia Bakikoto Seruiratuは、同国の国防・警察担当大臣であった2022年半ば、太平洋島嶼諸島の人々は外国の敵に対してではなく、海面上昇、サイクロン、干ばつに対して自分たちの命のために戦っていると強調した。
(9) 最近、ポートモレスビーで開催されたパプアニューギニアの安全保障政策に関するオーストラリアシンクタンクLowy Instituteのセミナーでも、オセアニアの国防と安全保障は太平洋島嶼諸島の立場で再考する必要があることが改めて強調された。パプアニューギニアのElias Wohengu外務長官は、新たに仲介された防衛協力協定において、防衛、開発、経済の目的が混同されると想定している。彼は、米国の航空母艦が太平洋を回ってハワイやそれ以遠の米軍基地までパプアニューギニアの物資を輸送することを想定していた。これは、米軍のシップライダー・プログラムや人道支援、災害救援活動などを通じて、軍がすでにこの地域で果たしている重要な役割を補強するものである。
(10) 今後、AUKUSの大戦略的な安全保障の概念と、太平洋地域の人々が直面する無数の複雑で局地的な安全保障上の脅威を一致させる必要がある。AUKUSは壮大な軍事衝突を抑止することを目的としているのかもしれないが、8月ハワイ州ラハイナで起きた災害は、拡大する中国をはるかに超える脅威から自国民の安全を守る上で、各国政府が今日直面している課題を物語っている。太平洋の安全を確保することが最優先の目的であるならば、COP28の対策を実施するためにAUKUSと同程度の関与と資源が必要である。
記事参照:2 Years On, AUKUS Continues to Raise Questions

9月17日「U.S. Department of Defenseが『拒否による抑止』を放棄すべき6つの理由―米防衛戦略・技術専門家論説」(Defense One, September 17, 2023)

 9月17日付の米国防関連ウエブサイトDefense Oneは、米シンクタンクHudson Instituteの上席研究員Bryan ClarkとDan Pattの“Six reasons the Pentagon should retire ‘deterrence by denial’”と題する論説を掲載し、そこで両名は伝統的な拒否による抑止戦略はもはや効果的ではなく、米国は別の取り組みを採る必要があるとして、要旨以下のように述べた。
(1) 冷戦以後、米国の防衛政策における中心的概念であった「拒否による抑止」は、この10年間で効果的でないことが明らかになっており、再検討されるべきである。ロシアはウクライナ侵攻の前に、拒否や制裁のリスクによっては抑止されなかったのであり、中国もまた東シナ海や南シナ海の現状を変えようとし続けている。U.S. Department of Defense(以下、DODと言う)もまた、中国の台湾侵攻を拒否によって抑止するのは不可能であると認識しつつある。
(2) そうした認識の下、DODはより洗練された戦略を追求しているように見える。この2年間で米国は同盟体制を強化しつつも、防衛予算を実質的に減らしている。それは、将来のハイテク兵器への投資のために部隊規模の縮小を軍の各部門が受け入れたためである。DODは、中国の指導者に台湾侵攻は対価が大きいと納得させる戦略へと舵を切りつつある。
(3) 米国の戦略として拒否による抑止がもはや機能しない理由を以下に6つ挙げる。第1に、それが曖昧であることだ。「拒否」は表向き、米国と同盟国が侵略者を食い止め、退けることを示唆する。しかしそれは中国の台湾侵攻では不可能かもしれない。そのとき、拒否概念の提唱者は、侵略者に対して不確実性を生み出すことに意味があるのだと主張するが、それは本来の拒否抑止の目的と正反対であろう。
(4) 第2に、その拒否による抑止の意図を伝える送り先が間違っている。抑止の目的が潜在的な侵略者の自信を揺るがすことにあるのであれば、DODは侵略者の弱点に関する評価に基づき、行動能力や戦術を形成すべきである。しかし実際のDOD予算は、米軍は侵略を拒否できるのだということを米軍関係者や議会に納得させようとするものである。
(5) 第3に、米軍の部隊設計を無視している。侵略行為を食い止めるにはどのような部隊が必要かの分析は重要だろう。しかしそれによって敵対国に生み出すことが期待される不確実性は、少ししか増加しないであろう。また、拒否能力の構築に焦点をあてることで、長期的な封鎖やサイバー戦争など、他の侵略の方法に対処する能力構築が考慮の外に置かれることになりうる。
(6) 第4に、拒否による抑止は新たな形の侵略に対処できない。拒否の戦略は拒否の対象によって変わる。グレーゾーン作戦やサイバー戦争などが成果を挙げていることが示唆するのは、こうした手法をとる相手を抑止するのに必要な別の取り組みがあるということである。
(7) 第5に、抑止は米国の信頼性を弱める。拒否は大規模な損失を必要とするもので、結果的に核を保有する敵対国に対する破滅的な事態の拡大につながり得る。しかし、ウクライナ支援に対して米国が慎重であることを見ると、米国は実際には拒否戦略の実施を回避しているのだと解釈され得る。これは抑止効果を弱めるものである。
(8) 最後に、抑止戦略は米軍に不均衡な出費をかける。何百・何千という艦船や車両に対抗するのに必要な海外部隊を維持するのは非常に高価である。中国が、米軍の標的を前線に配備するのに必要な金額は、それよりも安価であろうことが問題を悪化させている。
(9) 拒否による抑止戦略は、米軍の優越が圧倒的であった時代は効果的であったが、いまはそうではない。それはもはや、相手国にとっての不確実性を増加させるというよりは、米軍の行動を予測し易いものにしてしまっている。むしろDODは、2022年防衛戦略で示した、統合抑止や運動(campaigning)といった概念を実行に映し、敵対国の脆弱性を突き、その自信を低下させることに焦点を当てるべきである。最近のインド太平洋におけるDODの一連の成功は統合抑止の実効性を反映しているが、それは長期的な運動として実施されるべきである。DODは、中国にとって不確実性を増大させるような取り組みについてきちんと説明し、実施するためにさらなる努力をする必要がある。
記事参照:Six reasons the Pentagon should retire ‘deterrence by denial’

9月18日「セーシェルで活発化する各国の外交駆け引き―オーストラリア専門家論説」(The Interpreter, September 18, 2023)

 9月18日付のオーストラリアシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreterは、Australian National University のCoral Bell School にあるStrategic and Defence Studies Centre 研究員Ashton Robinson の“Seychelles: Washington comes calling”と題する論説を掲載し、Ashton Robinsonはインド洋に位置する島国セーシェルをはじめ、小島嶼諸国において各国の外交活動が活発になっているとして、要旨以下のように述べている。
(1) 西側諸国がインド洋地域における戦略的深化を求めている中、小島嶼諸国が再び外交課題に浮上している。米国はセーシェルの大使館を再開すると発表した。米政府のセーシェルへの関心が再燃したのは、小島嶼諸国での大使館の再開や設立が相次いでいる中でのことである。これまで静観するのが最善と考えられてきた地域での中国の積極的な外交・援助拡大に、遅ればせながら対応する必要があると考えたのである。トンガ、ソロモン諸島、キリバス、モルディブ、バヌアツは現在、あるいは近い将来、米国の外交官が駐在する恩恵を受けることになる。
(2) セーシェルの首都ビクトリアには、しっかりと、そして目立つようにこの都市を見渡しながら、中国大使館とインド高等弁務官事務所が周囲の山々の上に建っている。中国は先行している。その援助構想は大規模で、各地で公共施設の建設が目立っている。一部の評論家たちは、建設にはセーシェル人の失業者を雇うのではなく、中国人労働者を輸入していることを苦々しげに、そして非効果的と指摘している。しかし、中国の関与は、しっかりとした地域的な存在感の獲得と戦略の一部である。中国は、インド洋のすべての島国に常駐の外交使節団を置いており、中国の高官は定期的に訪問している。
(3) セーシェルのWavel Ramkalawan大統領とその政府は、米国の動きをかなり安堵して受け止めているようである。彼の政府と現在の野党の前任者の政府は、アフリカ連合や近隣のインドと同様に中立主義的な外交政策を長い間維持しようとしていた。この伝統的な立場が揺らいだのは、ソマリア海賊のその海域の侵入に対抗し、湾岸地域からアフリカにかけての海上麻薬取引に反撃するために、セーシェルが米国、EU及びオーストラリアといった西側諸国の多大な援助に頼らざるを得なくなったからである。米国の常駐使節団は、持続的な安全保障関係をある程度組織化するだけでなく、北京からの現在進行中の積極的な誘惑との均衡をとるのに役立つ。
(4) セーシェルがより強い欧米の存在によって均衡をしきりに取りたがっている気まずい求愛者は、中国だけではない。Wavel Ramkalawanは以前、モザンビーク海峡の北側入り口に近いセーシェルの島の1つに、Indian Navyの基地を建設するというニューデリーとの暫定的な取り決めを頓挫させた。
(5) 一方、オーストラリア政府は長い間、自国のインド洋での取り組みにおいて欧米の外交的展開を引き上げようとする努力を避けてきた。最近ではヨハネスブルグにあるオーストラリア貿易促進庁の事務所の閉鎖さえ発表している。Royal Australian Navyは、他にもっと優先すべきことがあると考えて、インド洋西部での展開を縮小するように働きかけている。それどころか、Australian Government Department of Foreign Affairs and Trade(オーストラリア外務貿易省)は、モーリシャス、マダガスカル、コモロ、そしてレユニオンを中心とするフランス領土と共に、セーシェルでの業務をモーリシャスのポートルイスにある小規模な高等弁務官事務所から運営している。この事務所は、良い日ならば2人のオーストラリア人職員が勤務している。
(6) 米政府がセーシェルに戻ることは、オーストラリアに利益をもたらし、インド洋における西側諸国の戦略的深化に貢献する。しかし、セーシェル当局は米国の動機を十分に理解しており、新たに再浮上した関係に安定化装置を求めることが予想される。
記事参照:Seychelles: Washington comes calling

9月19日「東南アジアの海洋国家は、米中対立の中で生き延びるために米中双方と良好な関係を持とうとしている―オーストラリア博士課程院生論説」(9Dashline, September 19, 2023)

 9月19日付のインド太平洋関連インターネット9Dashlineは、オーストラリアのLa Trobe大学の非常勤研究員でオーストラリア国立大学の博士課程院生であるHunter Marston の“SOUTHEAST ASIAN MARITIME STATES ARE HEDGING TO STAY AFLOAT AMIDST US-CHINA RIVALRY”と題する論説を掲載し、Hunter Marstonはそこで東南アジア海洋各国は海洋安全保障とヘッジ戦略の連携を探っているが、米中対立が激化し、中国が各国の領土主権に挑戦し続けている中で、このようなヘッジ戦略を維持することは最も悪い選択肢となる可能性があるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 東南アジア各国は  中国のグレーゾーン的な強制と米中の権力闘争の激化に対応して安定した地域環境を作るために、危険を分散するために米中双方と良好な関係を持つヘッジ戦略を深化させている。過去20年間にわたり、中国の拡大主義的な傾向と南シナ海の領有権を主張する各国を威嚇するために武力を行使しようとする意志により、中国に対する脅威認識は高まっている。中国と東南アジア各国の間の力の非対称性の高まりは、ヘッジ戦略への強い動機付けとなっている。東南アジアのどの国も中国を真に疎外したいと思ってはいない。各国の指導者にとって、広範な紛争の結果としての経済的危険性は直接的な安全保障上の脅威よりも大きい。その結果、東南アジア各国は一方では中国との関係を深め、他方では国内の防衛能力を強化し、オーストラリア、日本、韓国、米国などの域外提携国との安全保障協力を拡大してきた。南シナ海の領有権を主張する中国による脅迫を考慮して、各国は国家防衛戦略の中心的な要素として海洋安全保障を挙げるようになっている。
(2) 東南アジア各国は、海洋安全保障とヘッジ戦略の連携を探っている。東南アジアでは海洋安全保障戦略はヘッジに対する各国の幅広い選択を反映している。それには、力の非対称性、安全保障上の脅威への地理的な近さ、政治的合意の欠如、深刻な戦略的不確実性、大国紛争の中で置き去りにされる、あるいは巻き込まれる恐れが含まれる。東南アジア各国は、1つ以上の大国とのより緊密な連携を追求するよりも、外交関係を流動的に保つことを好む。したがって、彼らは米国、中国、オーストラリア、EU、インド、日本と、それらとの協力関係の曖昧さを示すために、安全保障、経済、外交の協力を頻繁に行っている。
(3) この非同盟への根深い関与は、東南アジア各国が20世紀前半の植民地支配からの解放闘争と米ソ冷戦中に学んだ厳しい教訓から生まれている。米国とソ連が地域全体で影響力を争った2極時代において中立を維持することを熱望した小国は、ラオスやカンボジアなどに大国が軍事的に介入した時に、どちらかに味方することを余儀なくされた。ベトナムはソ連と同盟を結んだが、1979年の中越紛争の際に自国が孤立していることに気付いた。ソ連崩壊以後は、ベトナムの指導者たちは同盟を明確に回避する新しい外交政策を考えることを余儀なくされた。
(4) 当然のことながら、さまざまな国や政策立案者は危険と脅威をさまざまな方法で認識している。2023年2月、中国海警総隊(以下、CCGと言う)の船舶は、南沙諸島で軍用のレーザーでフィリピンの艦船を標的にした。3月、海警船は、ヴァンガード堆の周辺のベトナムの油田とガス田のパトロール中にベトナム巡視船と危険な遭遇を引き起こした。この頃、海警船がルコニア礁近くのマレーシアのカサワリ・ガス・プロジェクトのすぐ近くで行動しているのが確認され、Royal Malaysian Navyはケリス級哨戒艇をこの地域に派遣するようになった。
(5) 東南アジア全体の海洋安全保障戦略は、各国で脅威の認識が異なるため、危険性を相殺するために、さまざまな段階で尊重と抵抗を示している。たとえば、マレーシアは、中国を地域の規範に拘束するために敬意と抵抗の組み合わせを採用し、中国がその目的を達成するために武力を使用する可能性の軽減を望んでおり、南シナ海が大国間の闘争の場にならないよう、外部勢力の介入に一貫して反対してきた。ベトナムは、国際司法裁判所への提訴、域内の均衡(すなわち、抑止力としての国内防衛能力の強化)、安全保障上の提携網の多様化、中国共産党を巻き込んでその行動を和らげる手段としての直接的な政党間の関係まで、さまざまな戦術の組み合わせを利用してきた。対照的に、フィリピンは、中国の海洋拡張主義と自己主張によってもたらされる脅威を管理するための戦略において最大の矛盾を示している。2001年から現在に至るまで、複数の政権にわたって、フィリピンの外交政策は、伝統的な同盟国である米国への依存から中国との再調整の試みへと揺れ動いている。
(6) 南シナ海沿岸各国の海洋安全保障戦略のばらつきは、各国の幅広い脅威認識を反映している。海洋安全保障戦略は、各国のヘッジ戦略全体を支えているが、中国との外交的・経済的関与、さらには限定的な安全保障協力を含む包括的な国家安全保障戦略の1つの要素に過ぎない。東南アジアのさまざまな海洋安全保障戦略の核心は、中国からの威嚇の高まりに対するヘッジ戦略の継続であるが、それが結果として、大国間の緊張を高めている。米中対立が激化し、中国が東南アジア海洋各国の領土主権に挑戦し続けることで、こうしたヘッジ政策を維持することは難しくなるであろう。ヘッジの核心には緊張がある。このような安全保障政策は、南シナ海の主権主張国が、自国の海軍や沿岸警備隊の資金不足などの大きな問題に直面するにつれて、より魅力的になる可能性がある。しかし、米国の信頼性に対する疑念が続く限り、東南アジアの「最前線」の各国は中国に立ち向かいつつ、同時に友好関係を結ぶことしか、対策はないのかもしれない。したがって、ヘッジ戦略はこの地域にとって最も悪い選択肢であり続ける可能性がある。
記事参照:SOUTHEAST ASIAN MARITIME STATES ARE HEDGING TO STAY AFLOAT AMIDST US-CHINA RIVALRY 

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

(1) Malabar 2023: Reinforcing Maritime Security in the Indo-Pacific
https://www.vifindia.org/article/2023/september/11/malabar-2023-reinforcing-maritime-security-in-the-indo-pacific
Vivekananda International Foundation, September 11, 2023
By Prof. Rajaram Panda is former Senior Fellow at the Nehru Memorial Museum and Library, New Delhi.
2023年9月11日、インドのシンクタンクNehru Memorial Museum and Libraryの元上席研究員Rajaram Pandaは、インドのシンクタンクVivekananda International Foundationのウエブサイトに、“Malabar 2023: Reinforcing Maritime Security in the Indo-Pacific”と題する論説を寄稿した。その中で、①1992年にIndian NavyとU.S. Navyの2国間演習として始まったマラバール演習だが、QUADを構成する4ヵ国間の協力的な海洋安全保障の象徴へと発展し、第27回となった今回は、Royal Australian Navyが初めて主催したことで特に注目を集めた。②その直後にインドとオーストラリアが隔年で行っている海軍演習AUSINDEXが行われたが、インドとオーストラリアはともに、防衛協力が飛躍的に増加しており、その中で海軍演習は重要な要素となっている。③2014年11月にインドのNarendra Modi首相がオーストラリアを訪問した際、双方は防衛協力を拡大することを決定し、軍と軍の間の定期的な協議に加え、国防相級の定期的な会合、定期的な海洋演習を実施することで合意していた。④インドと中国は現在、国境問題に関する軍団司令官の協議に従事しているため、今回のインドの参加はむしろ控えめで、参加する艦艇は2隻のみだったが、2007年のマラバールでは、QUADの4ヵ国からインドの8隻を含む26隻の艦艇が参加した。⑤マラバール2023を際立たせたのは、海洋安全保障活動のベストプラクティス(最善の方法)を共有する役割であり、この演習は、典型的な軍事協力の域を超え、戦略的な仲間意識の領域にまで踏み込んでいる。⑥この展開中、Indian Navy とRoyal Australian Navyの間で基礎的対潜戦の訓練からより実戦に近い複雑な状況下における対潜戦の訓練が行われ、両者の協力と相乗効果がさらに強化されたなどと述べている。

(2) EVERY TAIWAN CITIZEN A RESISTANCE MEMBER: PREPARING FOR A CHINESE OCCUPATION
https://mwi.westpoint.edu/every-taiwan-citizen-a-resistance-member-preparing-for-a-chinese-occupation/
Modern War Institute, U.S. Military Academy, September 14, 2023
By Jeremiah “Lumpy” Lumbaca, PhD is a retired US Army Green Beret and current professor of irregular warfare, counterterrorism, and special operations at the Department of Defense’s Daniel K. Inouye Asia-Pacific Center for Security Studies. 
2023年9月14日、元U.S. Army特殊戦部隊グリーンベレー隊員で、現Daniel K. Inouye Asia-Pacific Center for Security Studies教授であるJeremiah “Lumpy” Lumbacaは、U.S. Military AcademyのModern War Instituteのウエブサイトに" EVERY TAIWAN CITIZEN A RESISTANCE MEMBER: PREPARING FOR A CHINESE OCCUPATION "と題する論説を寄稿した。その中でJeremiah “Lumpy” Lumbacaは、中国の台湾侵攻を現実としてありうる事態だとした上で、台湾、米国、日本をはじめとする世界中の戦闘部隊が侵攻の前、最中、後に何をすべきかについて議論されているが、プーチンのウクライナ戦争から学ぶべき教訓の1つは、台湾のように侵略と占領の脅威が存在している場合、最初の一発が撃たれる前に市民が抵抗できるよう訓練、組織化、兵器など、様々な準備をしておくことが重要だと指摘している。そしてJeremiah “Lumpy” Lumbacaは、もし台湾侵攻が現実となった際には、最終的に台湾の抵抗運動が成功するかどうかは、占領期間、占領軍の規模や戦力、国民の支持の度合い、国際社会の外交、情報、軍事、経済的対応など、いくつかの要因に左右されるが、敵対行為が勃発した後に抵抗を組織化することは極めて困難であり、危険であるとして、それよりも今日、組織して、明日抵抗することが肝要だと主張している。

(3) History and Reality of Entanglement between China and the Philippines in Second Thomas Shoal
http://www.scspi.org/en/dtfx/history-and-reality-entanglement-between-china-and-philippines-second-thomas-shoal
South China Sea Probing Initiative (SCSPI), September 14, 2023
By Chen Xiangmiao, an associate research fellow in the National Institute for South China Sea Studies
2023年9月14日、中国南海研究院海洋法律与政策研究所副研究員の陳相秒は、中国のシンクタンクSouth China Sea Probing Initiative(SCSPI)のウエブサイトに" History and Reality of Entanglement between China and the Philippines in Second Thomas Shoal "と題する論説を寄稿した。その中で陳相秒は、南沙諸島の東部に位置するセカンド・トーマス礁(Second Thomas Shoal)に関して、①中国が18世紀以前に最初に名付けた環礁である。②中比間の海洋紛争の原因は1999年に比側が揚陸艦を座礁させて上陸したことにある。③②の船舶座礁作戦が同環礁の実効支配にあたるという公式見解はないなどと中国側の主張を展開した上で、中比両国は今年に入ってだけでも2回、同環礁を巡る紛争を生じさせており、両国は「南シナ海における関係各国の行動宣言(DOC)」に則り、関係改善に向けて歩み寄るべきだと主張している。