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論考

No. 77
2020/11/4

激戦のアメリカ大統領選挙と
コロナ感染拡大が損なう米国の求心力

渡部 恒雄
笹川平和財団上席研究員

 激戦の米国大統領選挙は世界の関心を集めているが、その間、米国の新型コロナ感染患者数は拡大し続け、9月中に死者数は20万人を突破し、11月には22万人以上を数えている。ニューヨークタイムズは、9月25日付で掲載した記事「アメリカ人はかわいそう:世界は困惑して米国をみている」(I feel sorry for Americans’: A baffled world watches the U.S.)で、世界がアメリカの混乱を、むしろ不安と同情を持ってみている、と論じた1。この記事の中で、ミシガン州と国境を接しているカナダのサーニア市のブラッドレー市長は、新型コロナウイルス感染症(Covid-19)を止められない米国を間近でみて、「ローマ帝国の崩壊」のようだとコメントしている。

 この記事では、ミャンマーの政治アナリストのコメント、「米国は先進国なのに、なぜサードワールドの国家のように振舞っているのか」を示し、トランプ政権の4年の間にアフリカなどの国家を「肥溜めのような国」とバカにし、金正恩委員長やプーチン大統領などの独裁者を褒めたたえ、結局は、米国はそのような国家を後追いしているのではないか、という疑問を投げかける2

 実際のところ、トランプ大統領が仮に敗北した場合、大統領選挙の結果を受け入れるかどうかを問われた際に、根拠のない不正を示唆して、平和裏の政権移行を拒否するとみられていることは、これまで米国が批判してきたベラルーシやベネズエラなどの独裁国家の指導者と、大きく変わらないと見られても仕方がない。この問題は、単なる選挙に関わる内政問題ではなく、米国の世界における求心力を大きく損ない、世界の民主主義の秩序を揺るがす大きな問題かもしれない。

トランプの中南米外交と中国の「マスク外交」

 トランプ政権は、対中強硬姿勢を強めているが、その背景に、米国内のCovid-19の責任を、中国の責任に転嫁して、自身がコロナ感染拡大の責任を取りたくないトランプ大統領の思惑がある。トランプ大統領は、自身のコロナ感染対策については、Aプラスであると豪語して、民主党支持者を呆れさせているが3、共和党支持者にとっては、Covid-19の責任は圧倒的に中国にあると考えており、それほど違和感のある発言ではないだろう。

 中国は、Covid-19の感染源の国家であり、感染初期の不透明な対応は問題視されるべきである。しかも、過程の解明と開示の必要性を指摘したオーストラリアに対して、報復として、中国への輸出品に関税を課すなど4、米国に負けず劣らず、問題を引き起こし、せっかくの「マスク外交」と呼ばれる世界への援助外交も、インド太平洋地域では、東シナ海、南シナ海での拡張姿勢や、インドとの国境での強硬姿勢などで、その狙いである「魅力攻撃」(charm offensive)によるソフトパワー外交にはつながっていない。この地域諸国においては、日本を含め、トランプ政権の対中強硬姿勢は、ある意味、拡張姿勢を隠さない中国の「戦狼外交」へのカウンターとして、重要だと考えられている。しかし、中国から一定の距離があり、中国の領土的拡張への懸念がほとんどない中南米とアフリカでは、米国への不満や懸念と相まって、中国の「マスク外交」が一定の成功を収めている。

 中南米においては、トランプ大統領が、メキシコ国境からの不法移民の流入に対して、壁を建設して、その費用をメキシコ政府に負担させると公言し、それ以外にも関税や経済援助停止などの措置で脅しをかけている態度が、不興を買っている。今年1月のピュー・リサーチ・センターの世論調査では89%のメキシコ人がトランプ氏を信頼していない5

 かたや中国は、国家主導の産業政策が効果を上げることをアピールして、中南米諸国への経済援助を継続してきたが、コロナ感染が拡大する中で、積極的な「マスク外交」を中南米に行い影響力を増している。7月には、メキシコのエブラルド外相と中国の王毅外相が主催した新型コロナ対応を巡る中国と中南米・カリブ海諸国の協力オンライン会議において、中国は自国で開発された新型コロナウイルスワクチンを中南米・カリブ海諸国が入手しやすくなるよう10億ドルの融資を提供する計画を発表した6。会議にはアルゼンチンやキューバなどの左派政権だけでなく、メキシコをはじめ、チリ、コロンビア、パナマ、ペルーなどの、伝統的な親米国も参加した7

 トランプ政権は、ベネズエラのマドゥロ独裁政権の転覆をはかり、昨年来、様々な工作を遂行してきたが、いずれも失敗に終わっている。そして、トランプ大統領は、その責任者であったボルトン国家安全保障担当補佐官に不満を持ち、それが2019年9月の解任理由の一つになったといわれている。ところが、今年6月に出版されたボルトン氏の回顧録によると、トランプ大統領の「軍事力を含むすべてのオプションはテーブルにある」というベネズエラへの姿勢は、結局のところ、脅しに過ぎず、最強硬と目されたボルトン補佐官ですら軍事介入は考えていなかったことがわかった。

 しかも独裁者を心情的に好むトランプ大統領は、マドゥロ大統領を「賢く」「タフ」と評価して、その背後にいる軍人を「押し出しのいい将軍たち」と呼び、彼らとのディールの可能性を常に考えており、自分たちが、正式な大統領だと支援しているグアイド国会議長については「坊や」と酷評していたことが暴露された8。このような、トランプ政権のベネズエラ介入の失敗は、米国の切り札である「軍事力によるハードパワーの行使」に対する畏怖も損ない、アメリカの影響力の低下をさらに拡大させる結果となっている。

 そのような中で、トランプ政権は、これまで米国からは総裁を出さないという不文律を破り、米州開発銀行の総裁にトランプ政権のNSCの西半球(中南米)担当大統領補佐官のマウリシオ・クラベルカロネ氏を立候補させた。彼は、キューバ系米国人の保守派ロビイストで、キューバとベネズエラの左派政権への対決姿勢と、中国からの中南米への影響を抑えるためのアジェンダを全面にうち出した。中南米諸国全般に拒否感は強かったが、中南米も分断化がすすんでおり、ブラジルとコロンビアはトランプ政権を支持した。反対を期待されたメキシコの左派オブラドール政権は、当初は同じく左派政権のアルゼンチンによる、クラベルカロネ氏擁立阻止に賛同していたが、その後、米国市場への輸出が80%以上占める自国の雇用を優先して、立場を変えた。

 クラベルカロネ氏は、オンライン会合で、加盟国48国中30票、米州加盟国28国のうち23票の、二つの過半数という要件を満たし(16か国が棄権)、10月1日から5年の任期で米州開発銀行総裁に就任することになった9。日本もクラベルカロネ氏を支持している。しかし、クラベルカロネ氏がいかに厳しい対中姿勢をみせようとも、実際には、米国のハードパワーへの畏怖とソフトパワーの両方の欠如により、中南米への中国の影響力が拡大する構図となっている。

アフリカへの影響

 トランプ大統領は、アフリカ出身の父を持つ前大統領のオバマとは対照的に、アフリカにはまったく関心を示さず、2018年1月には、アフリカからの移民を批判する文脈でアフリカ諸国を「肥溜めのような国」(shithole countries)と形容したことが報じられた。また、ソマリアからの難民であるイルハン・オマル下院議員(民主党)に「この国が嫌ならアフリカに帰れ」という発言もしている。今年6月20日のオクラホマ州タルサでの支持者集会でも、オマル下院議員に対して「彼女はバイデン政権に参加して、米国をソマリアのような国にするつもりだ」と発言しており、アフリカからのトランプ政権への期待は少ない10

 ただし、トランプ大統領がアフリカへの関心を示さないおかげで、現場への恣意的な介入がなく、オバマ政権時代の建設的な政策を継続することができている、という皮肉な状況があるともいわれている。例えば、政治任用のマーク・グリーン国際開発庁(USAID)長官(2017年8月―2020年4月)は、共和党下院議員(ウィスコンシン)の経験に加え、ブッシュ(子)政権のタンザニア大使として、現職米大統領のタンザニア訪問を実現させるなどの実績があり、アフリカとの関係を重視する実務的な運営を行ってきた。また、議会の超党派の支持により、前政権と同等の予算を確保できている11

 しかも、中国の一帯一路に対抗するために、海外民間投資公社(OPIC)と国際開発庁(USAID)が、新設の米国国際開発金融公社(USDFC)に一本化されて貸付権限を増やすことなどを定めた2018年10月のビルド法(BUILD, Better Utilization of Investments Leading to Development)はアフリカの開発支援にも効果的なツールとなっている12

 実は、新型コロナ感染後は、トランプ大統領自身も、中国からのアフリカの影響に対抗することを重視し、4月には、アフリカの指導者達に直接電話で話し、人工呼吸器の供与などを約束してもいる。最も感染者が多い南アフリカには1,000台までの人工呼吸器を寄贈する約束をしている13

 しかし、そもそもアフリカなどの途上国への保健支援の中心となるWHO(世界保健機関)への出資金の停止と離脱を決定したことで、トランプ政権への期待は、中国の積極的なマスク外交に対抗し得るものではなくなっている。中国の習近平国家主席は6月17日、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対応への連帯を示す中国・アフリカ緊急サミット(ビデオ会議)を主催し、財政が逼迫する一部アフリカ諸国に対し、債務免除あるいは返済猶予延長をすると述べた14

 この会議は、中国と、2020年のアフリカ連合(AU)議長国である南アフリカ共和国、2021年の中国・アフリカ協力フォーラム(FOCAC)の共同議長国・開催予定国であるセネガルが共催し、アフリカ政府首脳に加えて、グテーレス国連事務総長、テドロスWHO事務局長が参加している。習主席は「ポスト・コロナ」におけるアフリカのデジタル経済加速に向けて、遠隔医療、遠隔教育、5Gやビッグデータの分野での支援も表明している15。中国国内のアフリカ人差別問題などがアフリカで問題とされたことなどとも相俟って、アフリカにおいても、中国の存在感が、米国を圧倒している。

まとめ

 中国のマスク外交は、アジアや欧州など、民主主義がそれなりに根付いている地域では不評だが、アフリカと中南米では大きくアピールしている。 中国のマスク外交や援助外交が、米国や日欧よりも影響力があるのは、被援助国の人権擁護や民主体制への一定の縛りがないからなのだが、現在のトランプ政権は、民主的な価値を重視しないことで、欧州やアジアからの信頼を失い、実際の援助額の少なさで、中南米やアフリカでの求心力を中国に奪われる、という皮肉な状況を引き起こしている。激しい大統領選挙が続き、投票後の混乱と国内対立の激化も懸念され、益々、自国内にしか目がいかない米国の現状では、トランプ氏とバイデン氏、どちらが大統領になっても、世界における求心力を取り戻すのは至難の業となるだろう。

(了)

1 Hannah Beech, "I feel sorry for Americans': A baffled world watches the U.S.," The New York Times, September 25, 2020, <https://www.nytimes.com/2020/09/25/world/asia/trump-united-states.html> accessed on November 2, 2020.

2 同上。

3 Chris Cillizza, "Donald Trump gives himself an 'A+' for his handling of the coronavirus. Uh, what?," CNN Politics, September 21, 2020, <https://edition.cnn.com/2020/09/21/politics/donald-trump-coronavirus-grade/index.html> accessed on November 2, 2020.

4 原田逸策、松本史「中国、豪州産大麦に関税80・5% 不当廉売と補助金に対抗」『日本経済新聞』2020年5月18日、<https://www.nikkei.com/article/DGXMZO59260320Y0A510C2FF8000/> (2020年11月2日参照)。

5 Richard Wike, Jacob Poushter, Janell Fetterolf & Shannon Schumacher, "Trump Ratings Remain Low Around Globe, While Views of U.S. Stay Mostly Favorable," Pew Research Center, January 8, 2020, <https://www.pewresearch.org/global/2020/01/08/trump-ratings-remain-low-around-globe-while-views-of-u-s-stay-mostly-favorable/ > accessed on November 2, 2020.

6 Michael Stott, "China cleans up in Latin America as US flounders over coronavirus," Financial Times, August 9, 2020, <https://www.ft.com/content/741e72ed-e1db-4609-b389-969318f170e8> accessed on November 2, 2020.

7 「中国、コロナワクチン入手支援で中南米に10億ドル融資へ=メキシコ」『Reuter』2020年7月23日、<https://www.reuters.com/article/health-coronavirus-mexico-china-idJPKCN24O0H2> (2020年11月2日参照)。

8 ジョン・ボルトン『ジョン・ボルトン回顧録』(朝日新聞出版、2020年)278-279頁、288-289頁。

9 「IDB次期総裁にトランプ政権高官選出、米国人トップは初めて」『Reuters』2020年9月14日。<https://jp.reuters.com/article/latam-usa-bank-idJPKBN264105> (2020年11月3日参照)。

10 "Viewpoint: What Donald Trump gets wrong about Somalia," BBC, July 6, 2020, <https://www.bbc.com/news/world-africa-53268582> accessed on November 3rd, 2020.

11 John Campbell, "Trump’s Africa Policy Is Better Than It Looks," Council on Foreign Affairs, April 6, 2020, <https://www.cfr.org/in-brief/trumps-africa-policy-better-it-looks> accessed on November 2, 2020.

12 同上。

13 Meridith McGraw, "Trump courts Africa to counter coronavirus — and China," Politico, May 29, 2020, <https://www.politico.com/news/2020/05/29/trump-africa-counter-coronavirus-china-288106> accessed on November 2, 2020.

14 「習近平国家主席、債務免除を含めたアフリカへの支援を表明」『JETROビジネス短信』2020年6月24日、<https://www.jetro.go.jp/biznews/2020/06/9db05309da1a515a.html> accessed on November 2, 2020.

15 同上。

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