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論考

No. 52
2020/3/19

【大統領選挙現地報告】
ウォーレン撤退とリベラル票の争奪

渡辺将人
北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院准教授
ハーバード大学国際問題研究所客員研究員

 2020年1月29日、トランプ大統領は連邦議会で可決したアメリカ・メキシコ・カナダ協定(USMCA)実施法案に署名した。民主党リベラル派はUSMCAに対しては環太平洋パートナーシップ協定(TPP)とは異なる分裂的な姿勢を示した。2015年から2016年にかけて激しく展開したTPP反対運動では、労働組合、環境保護団体、消費者団体が足並みを揃え、「リベラル連合」が形成された。しかし、USMCAではアメリカ労働総同盟・産業別組合会議(AFL-CIO)と消費者団体が、労働基準の強化やバイオ医薬品データ10年間保護条項の削除を評価して賛成した一方で、気候変動対策に不満有りとして環境保護団体が反対を貫き、労働組合の賛否も産業別に一部割れる事態が生じた。このことが2020年大統領選挙の民主党候補者の態度表明にも微妙な影響を与えた。

 ペローシ下院議長の、最優先課題をUSMCAに据える戦略は合理的だった。下院多数党の民主党は立法成果への責任を抱えているが、数あるアジェンダのなかで、唯一超党派で実現度が高いのがUSMCAだった。また、大統領弾劾に踏み切ったことで、穏健派民主党新人議員の再選が、彼らの地元選挙区での共和党の反攻で危うくなり、選挙区向けのアピールとして立法成果をこしらえる必要も生じていた。

 上院少数党の民主党上院議員の賛否は結果には影響を与えないものの、2020年大統領選挙の民主党指名争い始動とUSMCAをめぐる議会投票が重なったことで、民主党候補者(とりわけ連邦上院議員)は同法案への賛否を有権者に示す必要性が生じた。予備選挙ディベートでも言及を余儀なくされた。無論、USMCA自体は2016年におけるTPPほどには社会関心事にはなっていない。しかし、リベラル派内の少数の強固な反対派には重大関心事だった。とりわけ環境保護団体による、USMCA賛否を踏み絵にした落選活動は、候補者に静かな恐怖を与えていた。

 上院で反対票を投じた10名は、共和党側は自由貿易と減税を原則とするトゥーミーのみで、残り9名はサンダース、シューマー、ジルブランド、ブッカー、ハリス、マーキー、ホワイトハウス、リード、シャーツらの民主党議員であった。いずれも気候変動対策への不満が主な原因であり、環境保護団体の基盤が強い州の意向と、各自の支持基盤をそのまま反映した。格差是正を訴えるサンダースは、労働者利益とは親和性があるが、労働組合のような古いマシーン政治を支えてきた組織との相性は、バイデン程に良好ではない。サンダースのコアな支持層は労働組合員ではなく、文化的に社会主義を理想とする高学歴層である。そのためAFL-CIOが賛成に回ったUSMCAに反対することはさほど問題とはならず、協定の修正内容に不満を示して反対を貫くことは「弱者のための妥協なき奮闘」、と言うことも可能であった。

 賛否には選挙区の産業が関係する。例えば、サンダースを支持する急進左派のタリーブ下院議員も、自身のミシガン州13区のカナダ・メキシコへの輸出依存度が極めて高く、同州の議員団に足並みを揃えてUSMCAに賛成票を投じた。しかしサンダース本人は、地元バーモント州がカナダ・メキシコへの輸出依存度が高いにもかかわらずUSMCA反対を貫いた。サンダース陣営の気候変動と高学歴リベラル層重視は鮮明であり、支持者はその頑固な姿勢に益々熱狂を強めた。

 民主党大統領候補の中でUSMCAに賛成を示したのはバイデン、クロブシャー、ブデジェッジら穏健派で、彼らは理想的な協定として賛美することはしないものの、労働基準の強化を評価して賛成した。USMCAへの態度を土壇場で反対から賛成に変えたのはウォーレンであった。

 ウォーレンはかつてNAFTAの問題点を根拠に「反TPP運動」の設計図を描いた張本人である。ウォーレン事務所を拠点に「反TPPリベラル連合」が集った。ウォーレンの自由貿易協定反対論は筋金入りである。オバマ政権期にTPP推進に協力した穏健派の民主党戦略家サイモン・ローゼンバーグは、雇用喪失の原因がオートメーションではなく貿易政策だと思い込んでいる時点で、ウォーレンが「グローバルな貿易政策への無知と孤立主義的な外交観」を露呈している、と痛烈な批判を加えていた。2016年大統領選挙でのサンダース運動は、そのウォーレンが構築した反TPPリベラル連合に全面支援を受けた。サンダースが「反TPP」でヒラリー陣営追撃の包囲網を敷けたのはウォーレンのお陰である。まさにサンダース運動の生みの親でもあり、ジャーナリストのライアン・リザはウォーレンを2016年サンダース旋風の「影の候補者」と名付けた。

 ウォーレンはヒラリーの出馬を受けて、2016年の大統領選挙では時期ではないと身を引き、ウォーレン支持者はそのままサンダース運動に流れた。支持基盤を共有するサンダースとは暗黙の紳士協定で、2016年のサンダース敗北を受け、2020年は満を持してウォーレンの順番のはずであった。ところが、サンダースにその手の政党内の貸し借りのような発想は通用しなかった。民主党リベラル派幹部も「サンダースは出るふりをし続けて、最後はウォーレンに譲る」と楽観視していたが、周知の通り「民主党をぶっ壊す」信念を曲げずに出馬した。

 ウォーレン周辺は「話が違う」とパニックに陥った。サンダースに出られては大きな部分で政策の差異化ができない。リベラル票を食い合うことで、穏健派に漁父の利を与えてしまうし、ひいてはトランプ再選可能性を高めてしまう。女性とリベラル、という2つの「冠」で穏健派を迎え撃つはずが、リベラル派内で支持基盤を共有するサンダースと、さほどない差を無理矢理に極大化してアピールし、サンダースを叩くことにエネルギーの大半を浪費するキャンペーンを迫られた。穏健派内では、新星ブデジェッジの善戦というサプライズはあったものの、クロブシャーが撤退し、バイデンが後続の黒人有権者の多い州までキャンペンーンを延命できれば、バイデンに票と金を一本化する見通しも当初から描いていた。

 アメリカの選挙関係者がよく使う言葉のひとつ「スポイラー(spoiler)」とは、本来の争いをあらぬ方向に脱線させ、第三者に利益を与えてしまう「邪魔者」を意味するが、皮肉なことにこのバイデン延命実現も、リベラル派にとってはまさに「スポイラー」サンダースの面目躍如であった。サンダースが緒戦で快進撃を続けウォーレンが予想以上に低迷したことで、民主党エスタブリッシュメントに、このままでは本当に民主党がサンダースに乗っ取られると危機感を抱かせたのだ。「トランプ2期」「民主党の社会主義政党化」という究極の2択を前に、エスタブリッシュメントは穏健派に資源を全力投入し、サンダース阻止にアクセルを踏み倒した。取り残されたのはウォーレンだった。

 ウォーレンはUSMCAについて2019年11月末の段階では「アウトソーシング抑止効果はなく、賃金上昇や雇用増加にも繋がらない」と否定していた。しかし、アイオワ党員集会を翌月に控えた2020年1月になって突如、修正は前進したと述べ賛成に回ったのである。労働者票獲得の必要性のほか、陣営にUSMCA賛成派の重要議員が参加したことも微妙な影響を与えた。例えば、ウォーレン陣営で候補者代理人として遊説演説を引き受けたジャン・シャコウスキー下院議員はUSMCA作業部会・処方薬部会責任議員でもあり、同議員を中心としたペローシ派の支援を受けるためには、候補者の信念でUSMCA反対に固執することは組織的にもはや困難だった。

 結果としてウォーレンが抱え込んだ問題は3点あった。1つ目は、態度保留により曖昧な姿勢を示したことで、政治的計算を信念よりも優先した、と有権者に捉えられたことだ。法案の慎重な精査は、法律家としても研究者としてもウォーレン的な誠意であったが、決断力や指導力のアピール合戦である大統領選挙ではマイナスにしかならなかった。

 2つ目は、かつてNAFTAの二の舞への警告でTPP反対の理論構築をしたにも関わらず、肝心のNAFTA修正案に明快な賛否を避けた問題だ。改善内容を見届ける必要もあったし、他方ウォーレンの反対票を望む環境保護団体の支持者も多く、いずれにせよ上院議員として育ててきた支持基盤の全員を満足させられないという問題を抱えた。

 3つ目は、サンダースとの差異化圧力である。サンダースの出馬可能性を現実視していなかったウォーレン陣営は、リベラル票の奪い合いには無策であった。サンダースとの差異化を場当たり的に目指せば目指すほど、リベラル基盤の信頼が崩れていく。無論、サンダースがUSMCA反対を頑固に貫くのであれば、サンダースが失う票を奪うメリットはあった。労働組合と消費者団体の支援や彼らとの連携を視野に、気候変動重視の有権者を諦める判断である。本選勝利の可能性と統治能力のある現実的候補への脱皮にも資するはずであった。

 しかしこの戦略は、穏健派候補が早期に敗退し、サンダースとの一騎打ちにならなければ効果的ではなかった。2020年の民主党指名争いでは、アイオワでブデジェッジが勝利し、バイデンがネバダ州以降に勢いを盛り返したことで、サンダースとの対比でウォーレンが貿易協定賛成派の受け皿になる意義は薄れた。バイデンやブデジェッジらが堂々とUSMCA賛成を示し、サンダースが反対を貫く一方、ウォーレンの態度保留は不信感を招いた。環境保護を重視する進歩的なリベラル派からは裏切り者と見られ、労働組合からもウォーレンの労働者利益観への疑念を招く結果になった。これは純粋に政治的な相対性の問題であり、ウォーレンの法案吟味の慎重さが政策的に誤っていたわけではない。そもそもサンダースの出馬がなければ、ウォーレンは当初から反対を貫き環境保護団体を味方にできたし、バイデンらが早期撤退していれば、遅まきながらでも賛成で現実路線をアピールできた。しかし、いずれの路も途絶えた。

 ヒラリー周辺は今でもサンダースを恨み続けているが、ウォーレンにとってもサンダース出馬が選挙戦シナリオの歯車を狂わせた原因となった。ウォーレンは支持基盤や政策ではバイデンではなくサンダースに近い。現にウォーレン陣営のスタッフにはサンダース支持に回っている者もでており、ウォーレンが撤退後に支持表明を保留していることに支持者から失望の声も相次いでいる。しかし、ウォーレン本人がサンダースを支援することは、感情面でも民主党内での立ち位置でも難しい判断になる。ウォーレンは反大企業でサンダースに近い立場ではあるが、民主党結束を訴えてきた「党人」で、既存政党を嫌う独立派のサンダースとの溝は深かった。大統領選挙にサヨナラを告げた後は、ウォーレンは自分の支持者やスタッフと決別するジレンマのなかで苦しんでいる。

(了)

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