<特別寄稿>カート・キャンベルの対ロシア戦略観【後編】
畔蒜 泰助
キャンベルと米露トラック2対話
(2014年-2016年)
前述した著書The Pivotが出版される僅か3か月足らず前の2016年3月31日、キャンベルはワシントンDCで開催された公開イベントに出席している。これは、米シンクタンクIISS-Washingtonが露シンクタンク世界経済国際関係研究所(IMEMO)との間で実施した米露トラック2対話の成果レポートである“The US and Russia in the Asia-Pacific”1に関するイベントだった。このトラック2対話の米側メンバーにはキャンベルに加えラトナーも名を連ねていた2。 筆者がIMEMO関係者にヒアリングした所によると、この米露トラック2対話の第一回会合がモスクワで開催されたのは、既にロシアによるクリミア併合意図が明白に示されていた2014年3月のことだった。これにはキャンベルは参加しなかったが、ラトナーが米国のピボット政策について発表を行ったという。
とすると、前述の2014年4月18日付けのキャンベルとラトナーの共著論考や同年8月18日付けのラトナーとローゼンバーグの共著論考は、2014年3月にモスクワで開催された第1回の米露トラック2対話の延長線上で発表されたものと考えるのが妥当であろう。
キャンベルは2016年3月31日のIISSの公開イベントにおいて次のように発言している3。
私は個人的に幾つかのトラック2対話に参加している。1つはこのIISS-WashingtonとIMEMOの対話である。もう一つはCSISによる米露日3か国の非公式対話である。
私の個人的な見解では、戦略レベルにおいて、ロシアが中国を通じてのみアジアに進出できるようにすることは、米国にとって最善と戦略的利益にはならない。(中略)私は、アジアにおけるロシアの自然なパートナーは日本だと思っている。
ここで言及されている「CSISによる米露日3か国の非公式対話」には若干の解説が必要であろう。この日米露3か国対話“U.S.-Russia-Japan Trilateral Dialogue”は、米CSIS、露IMEMO、日本国際問題研究所の共催によるもので、2009年7月に麻生政権とメドベージェフ政権が政府間合意し、2010年(ワシントンDC)、2011年(東京)、2012年(モスクワ)の3回実施された日米露三極有識者会合の続編として開催されたものである。2010年の第一回会合のKeynote Speakerを務めた一人も当時、アジア太平洋担当国務次官補を務めていたキャンベルだった4。
また、この前身の日米露三極有識者会合の立ち上げを主導したのは当時、外務省ロシア課長だった武藤顕現駐ロシア日本大使である。武藤大使によれば、キャンベルは90年代に最初の日米露3者会合の立ち上げにも深く関わっていたという5。
2016年2月2〜3日、ワシントンDCのCenter for Security and International Studies(CSIS)でこの3か国対話の非公開イベントが開催された。その最終日、ジョン・ハムレCSIS代表と共にカート・キャンベルがKeynote Addressを行った6。 筆者も日本人参加者の一人としてその場に居合わせたが、この中でキャンベルは当時、安倍政権が推進していた日露関係の改善・強化の動きに支持を表明した。
因みに、キャンベルは米大統領選挙直前の2016年10月5日、ワシントンDCのCenter For American Progress主催の公開イベント”The United States and Japan : The Cornerstones of the Pacific”にもKeynote Speakerとして登壇し、次のような発言を行っている7。
同年9月16日、(キャンベルも同席した)ヒラリー・クリントン米民主党大統領候補と安倍晋三首相の会談の中で、安倍首相は2014年のロシアによるクリミア併合を深く憂慮するとのメッセージをモスクワに送ることを約束する一方、日本は数十年間の懸案である領土問題に対処する努力の一環としてロシアに関与する兆候や機会を探る必要があると述べた。
また安倍首相は「ロシアのアジアへの唯一の戦略的な玄関は本質的に中国経由となっており、日露は良好な関係構築に関心を有している」と述べた。これに対して、クリントン候補は安倍首相に対して「私はその戦略的な英知を受け入れる」と応じた。
キャンベルの対ロ戦略観とは何か
先に述べたように2016年のキャンベルの著作The Pivotは同年の米大統領選挙でヒラリー・クリントン民主党候補が勝利し、自らも要職で政権入りすることを明確に意識して出版されたものである。その中には「日米同盟において日本がより積極的な役割を果たしつつある中で、日本に外交・安全保障政策上の一定の独立性を認めるべき」との文脈で日本の対ロシア外交への言及はある8が、ピボット政策の文脈で一義的にロシアに言及した箇所はない。
だが、米露トラック2対話がモスクワで実施された2014年3月から米大統領選挙直前の2016年10月までのキャンベルやラトナーによるロシアに関する一連の言及を踏まえると、彼らが「ロシアが中国に過度に接近することで、アジア太平洋地域において米国にとって不利な勢力均衡の変化が起こることは回避したい。その為には、先のウクライナ危機後の対ロシア経済制裁下にあっても、ロシアと日本、インド、ベトナムといった中国への潜在的な脅威認識を持つ国々とのロシアの関係維持・発展には一定の配慮をすべき」との対ロシア戦略観を持っていたことが読み取れる。
だが結局、トランプ共和党政権が発足したことで、彼らがこの対ロシア戦略観を実践に移すことはなかった。なお、トランプ政権時の2019年1月、ラトナーは米上院軍事委員会の「中国とロシア」に関する公聴会で“Blunting China’s Illiberal Order: The Vital Role of Congress in U.S. Strategic Competition with China”9と題する証言を行っている。その第18項目は次のようなものである。
米国議会は、対中バランスを取ろうとする国々に対するCAATSA(敵対者に対する制裁措置法)の適用除外を支持すべきである。(中略)アジアにおけるロシアの多様な安全保障上のパートナーシップ(インドやベトナムを含む)は、米国にとって戦略的資産である。これらのパートナーに制裁を科したり、制裁を科すと脅したりすることは、中国に対する最前線の抑止力や防衛力を低下させ、米国の重要なパートナーとの関係を損なうことになる。さらに、アジアでロシアを孤立させることは米国の利益にはならない。もしそれが成功すれば、中国とロシアを、そうでなければ存在しないはずの戦略的安全保障パートナーシップに強制的に引きずり込むことになりかねない。したがって議会は、対中バランスをとるためにロシアの兵器を調達しているアジアの大国に対するCAATSAの適用除外を支持すべきである。
CAATSAについては若干の説明が必要であろう。オバマ政権がウクライナ危機関連でロシアに科した経済制裁は全て大統領令に基づくものだった。ところが、2017年1月にトランプ政権が発足すると、親露派と目されていたトランプ大統領が独断で対ロシア経済制裁を緩和・解除してしまうことを懸念した米議会は、大統領から対ロシア経済制裁の主導権を奪い、米議会の承認なしには変えられない対ロシア経済制裁に関する法律CAATSAを2017年8月、米議会で成立させた。その中に「米国はロシアから武器を購入した国に対して経済制裁を科さなければならない」との条項がある。但し、米国の国益に叶う限り、一定の国に対する制裁措置を免除可能とする例外規定がある10。
ここでラトナーが主張しているのは、インド太平洋地域における対中国勢力均衡の観点から、ロシア製兵器の主要な購入国であるインドやベトナムに対しては経済制裁の免除を適用すべきというものである。これなども前述したキャンベルやラトナーの対ロシア戦略観と完全に符合する。
幻に終わったキャンベルが描いた対ロシア戦略上の一大改革
(2021年)
そしてキャンベルとラトナーが彼らの対ロシア戦略観を具現化する機会がバイデン政権の発足と共に再び巡ってきた。前述のように、キャンベルがバイデン政権のNSCインド太平洋調整官に就任するとの発表前日の2021年1月12日、彼は米ブルッキングス研究所の中国専門家ラッシュ・ドーシ(バイデン政権のNSC中国担当ディレクター)との共著で“How America Can Shore Up Asian Order – A Strategy for Restoring Balance and Legitimacy”と題する論考を米Foreign Affairs誌に発表した。だが、そこにはインド太平洋地域の対中勢力均衡という観点でロシアへの言及は一つもなかった。
では、キャンベルとラトナーがバイデン政権においてどのような対ロシア戦略を描いていたか、確認する手掛かりはあるか?ここで再び米シンクタンクCNASという鍵に注目する。キャンベルのインド太平洋調整官就任発表の翌1月14日、CNASウェブサイト上で政策提言レポート“Navigating the Deepening Russia-China Partnership”が公表された11。
執筆者はCNASシニアフェロー兼環大西洋安全保障プログラム・ディレクターのアンドレア・ケンドール・テイラーとInternational Republican Institute(IRI)シニアアドバイザー兼CNAS非常勤シニアフェローのデビット・シュルマンの二人である。その中に次のような記述がある。
拡大する中露協力はここ何年かのうちに中国が米国の死活的国益を脅かす可能性のある主要な諸分野において難題を突きつけている。
ワシントンにとって、中露分断という単純な試みも、両国を一緒くたにし、地政学的競争の全領域において両国と同時に戦うという非現実的な試みを仕掛けることも、この難題への解決策にはなり得ない。
米国は民主主義を掲げる同盟国やパートナー諸国と一緒に、露中協力が米国の利益や価値観に及ぼし得る最大の脅威に備え、これを克服すると同時に、より長期のスパンで露中関係に自然に生じてくるであろう亀裂を利用する下準備をしておくべきである。
重要なのは、これはモスクワを北京から引き離す為にモスクワにすり寄り、モスクワによる米国の利益や民主主義に対する攻撃を看過するいわゆる「逆ニクソン」戦略と同じものではない。米国がそのようなアプローチを取るリスクは露中連携の効果を軽減する利益を凌駕する可能性がある。
露中間に大きな楔を撃ち込もうとするアプローチは機能しない。ロシアの計算を変える試みは漸進的で、その最終的な目標は一方の国を他国から引き離すといったものよりも控え目なものであるべきである。中国からロシアの分断を試みるのではなく、その目標はモスクワによりバランスの取れた外交政策を追求することのメリットを示し、露中連携が持ち得る極めて有害なインプリケーションを阻止することにある。
ロシアによるインドとベトナムへの武器輸出を容認すべし。米国の対ロ経済制裁はインドやベトナムといった中国との紛争を抱えている国々がロシアから武器を購入するのを阻害している。米国が可能な所ではその利益や価値を守る一方、露中関係の亀裂につけ込むために協力可能な国々と不和を生み出すのは回避すべきである。
ここで注目すべきは、「ロシアによるインドとベトナムへの武器輸出は容認すべき」との項目であろう。これは前述したラトナーが2019年1月に米上院外交委員会の「中国とロシア」に関する公聴会で行った証言と酷似している。
執筆者のケンドール・テイラーがこの政策提言書をCNASウェブサイト上で発表したタイミングも併せて考えると、ここにこそキャンベルとラトナーが描くバイデン政権における対ロシア戦略が描かれていると理解すべきであろう。
実際、2021年1月8日、ケンドール・テイラーがバイデン政権の国家安全保障会議(NSC)ロシア・中央アジア担当シニア・ディレクターに任命されるとの発表がCNASウェブサイトに掲載され、同ポストに一時就任した12。 更に、同年1月28日付け政治専門サイトPOLITICO掲載の“White House shifts from Middle East quagmires to a showdown with China”と題する記事13の中に「キャンベルが管轄するインド太平洋ポートフォリオには中国担当のローラ・ローゼンバーガー、南アジア担当のスモーナ・グハ、ロシア・中央アジア担当のアンドレア・ケンドール・テイラーという3人のシニア・ディレクターがいる」との記述がある。
つまり、ロシア・中央アジア担当のシニア・ディレクターであるケンドール・テイラーもまたインド太平洋調整官のキャンベルの管轄下に置かれるというのである。歴代の米政権は、その対ロシア政策を、北大西洋条約機構(NATO)に象徴される欧州地域の戦略環境と切っても切り離せないものとして策定してきた。だが、もしケンドール・テイラーをインド太平洋調整官のキャンベルの管轄下に置くとすれば、従来の欧州地域ではなくインド太平洋地域における対中勢力均衡の文脈でロシアを位置づけることになる。これは、米国の対ロシア戦略上の一大改革を意味したのである。
ところが、同年2月3日、ケンドール・テイラーは、自らのX(旧Twitter)で引き続きCNASに残留すると発表し、NSCロシア・中央アジア担当シニア・ディレクターを早々に辞任した14。また、後任のロシア・中央アジア担当シニア・ディレクターがキャンベルの管轄下に置かれることもなかった。
この一連の騒動をどう理解すべきか?筆者は、バイデン政権内の特に「インド太平洋地域におけるロシア」ではなく「欧州地域におけるロシア」を重視するグループの強い反対に遭い、この構想は実現しなかったのではないかと推測している。というのも、当初、ケンドール・テイラーの早々の辞任は彼女の個人的事情によるものと解説されてきたが、2023年6月、筆者は米国の対ロシア政策に精通した米国の元政府関係者から、ケンドール・テイラーがNSCを去ったのはやはり政権内での政策を巡る争いに敗れたのが原因だったとの証言を得たからだ。
実際、バイデン政権初期の対ロシア政策を巡っては、対ロシア強硬政策を志向するアントニー・ブリンケン国務長官、シャーマン国務副長官、ビクトリア・ヌーランド国務次官らに代表される国務省グループとロシアに対する柔軟で慎重なアプローチを志向するジェイク・サリバン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)やジョン・ファイナー副補佐官に代表されるNSCグループの綱引きが垣間見えた15。国務省の中でも対ロシア最強硬派と目されていたのは、国務次官のヌーランドだった16。
ただ当初、この対ロシア政策上の綱引きで優位に立っていたのは「国内問題や中国との大国間競争により資源を割くべく、ロシアとは安定的で予測可能な関係を構築すべき」と考える後者だった17。 とすれば、キャンベルはNSCロシア・中央アジア担当シニア・ディレクターを自らの管轄下に置くことでバイデン政権内の対ロシア政策の主導権を握るという試みには失敗したものの、同じ対中国戦略観を共有するサリバンNSC大統領補佐官18を通じて、同政権初期の対ロシア政策にも一定の関与を続けていた可能性が高い。
実際、2021年6月、バイデン大統領はプーチン大統領との首脳会談を実施するなど、ロシアとの安定的で予測可能な関係の構築を目指した19。だが、結局、ウクライナ問題にこだわるプーチン大統領との間で妥協点を見いだせず、2022年2月24日のロシアによるウクライナへの軍事侵攻開始の日を迎えた。これと同時に、バイデン政権の対ロシア政策は強硬路線を志向する国務省に主導権が移った。これ以降、キャンベルの対ロシア戦略観の具現化の試みはご破算となり、我が国もG7諸国の一員としてロシアに対する前例のない経済制裁に踏み切った。その結果、ロシアは政治的にも経済的にも急速に中国への依存度を深めている。
では、今回の人事でキャンベルが国務副長官に就任したことでバイデン政権の対ロシア政策に再度の軌道修正はあるのだろうか?
ここで注目すべきは、ヌ―ランドだ。今回の国務副長官人事を巡っては、そもそも彼女も次期副長官候補に名前が挙がっていた。キャリア外務官僚として国務省に入省し、2022年2月のロシアによるウクライナ軍事侵攻以前からバイデン政権内の対ロシア最強硬派と目されていたヌーランドは、シャーマン辞職後、代理の立場で国務副長官の職務に就いていた。しかも、ヌーランドとキャンベルは過去に険悪な関係にあり、キャンベルの国務副長官就任によってヌーランドが国務次官を退任する可能性もあると指摘されていた20。実際、2024年3月5日、国務省はヌーランドの退任を発表した21。
キャンベルとヌーランドの関係悪化の理由については、2018年1月に、キャンベルが共同議長を務めていたCNASのCEOにヌ―ランドが就任したにもかかわらず22、翌2019年2月、僅か一年ほどでCNASを追われた23ことと関係しているとの見方がある。ヌーランドの支持者の多くはこの辞任劇にキャンベルが関わっていたと疑っているという24。
この時、CNASを舞台とした衝突がキャンベルとヌーランドの間に本当にあったのだとしたら、その原因が何だったのか?両者の間の対ロシア戦略観の違いが引き金となったとの仮説を立ててみよう。そう考えると、当時CNASのエグゼクティブ・バイス・ディレクター兼 研究ディレクターを務めていたラトナーによる米上院軍事委員会での「中国とロシア」に関する証言が行われたのが2019年1月29日25で、ヌーランドのCNAS・CEO退任が発表されたのがその僅か3日後の同年2月1日だったのは実に興味深い符号ではある。
以上を踏まえると、バイデン大統領が次期国務副長官に対ロシア最強硬派のヌーランドではなくインド太平洋重視のキャンベルをNSCから横滑りさせたことは、ウクライナ戦争が3年目に突入する中で、対中勢力均衡という文脈で2022年2月以降の対ロシア政策に一定の軌道修正を図る兆しと見ることが出来るのではないか? 筆者はヌーランドが国務省から去るとのニュースを聞いた数日後、来日中のある米ロシア専門家に上記のような仮説をぶつけてみた。その米ロシア専門家は、キャンベルやラトナーが少なくともバイデン政権初期には有していたであろう対ロシア戦略観を熟知する人物だった。彼の答えは次のようなものだった。
「一人の政治家(キャンベル)で今の米国の対ロシア政策を変えることは出来ない。ただ、もし日本政府が(北方領土問題、エネルギー問題、露中の戦略的接近問題など)ロシアを巡る日米間の利害が完全には一致していないとの考えの下で独自の対ロシア政策の実施意向をバイデン政権に説明しようとしても、ヌーランドは聞く耳を持たないであろうが、キャンベルはそうではないであろう。その場合でもそれが(キャンベルの最大の関心事である)対中戦略上、プラスの効果をもたらすことを彼に納得させる必要がある。」
とすれば、前述した「ロシアが中国に過度に接近することで、アジア太平洋地域において米国にとって不利な勢力均衡の変化は回避したい。その為には、ロシアと日本、インド、ベトナムといった中国への潜在的な脅威認識を持つ国々との関係維持・発展には一定の配慮をすべき」とのキャンベルやラトナーの対ロシア戦略観の再稼働の鍵を握っているのは他でもない、我が国ということになる。
その日本政府は2024年2月29日、武藤駐ロシア大使が長期化するロシアによるウクライナ侵攻について「日本と欧米諸国は対ロ制裁で団結を維持すべきだ」と述べた上で、「領土問題を解決して平和条約を締結するという方針を堅持することは当然のことで、そのためにもロシアとの対話を通じた相互理解を図ることが必要になると考えている。特に文化交流や若者を中心とした人的交流が重要だ」と述べ、政府の文化交流事業を拡大させる方針を明らかにしている26。
これはG7の一員としてウクライナ支援の結束は維持しつつ、中長期的な視野で日本独自の国益の観点からロシアとの関係正常化に向けた小さな一歩を踏み出したと評価できよう。
「キャンベルと米露トラック2対話」の項で触れたように、武藤駐ロ大使はロシア課長当時、キャンベルも深く関わった日米露3か国有識者会合(2010年-2012年)の立ち上げを仕掛けた張本人であり、その対ロシア政策のその先に露中接近問題を見据えているのは間違いない。
国際情勢が益々複雑化する中で、何事においても思考停止に陥らず、自らの頭で決断することが求められる時代に突入している。今こそ、我が国の戦略的構想力が試されている。
(了)
- Samuel Charap and Kristina Voda, “The US and Russia in the Asia-Pacific,” The International Institute for Strategic Studies, 2016, <https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2023/11/01/president-biden-announces-kurt-campbell-as-nominee-for-deputy-secretary-of-state-department-of-state/> accessed on February 13, 2024.(本文に戻る)
- Ibid.(本文に戻る)
- YouTube The International Institute for Strategic Studies, “The US and Russia in the Asia-Pacific,” March 30, 2016, <https://www.youtube.com/watch?v=m-zbrfwNdDY> accessed on February 13, 2024.(本文に戻る)
- 「第1回日米露三極有識者会合(ワシントンDC)、日本国際問題研究所、2010年3月29~30日、<https://www.jiia.or.jp/pdf/hotline/2010/hotline20100329.pdf>(2024年2月13日参照)。(本文に戻る)
- 武藤大使によれば、その目的はこれまでなかったロシアを交えて北東アジア地域の安全保障問題を議論し日米とロシアの信頼醸成に繋げる目的で、日本政府が主導して立ち上がった枠組みだった。(本文に戻る)
- U.S.-Russia-Japan Trilateral Dialogue, Center for Strategic & International Studies (CSIS), February 2-3, 2016, <https://www.csis.org/events/us-russia-japan-trilateral-dialogue?fbclid=IwAR2Lc-b4G76MgRn3JuPHtmKt_EiQy_ZstzQIzjHykryyzMsZXZDJGTYpXLE> accessed on February 13, 2024.(本文に戻る)
- YouTube Center for American Progress, “The United States and Japan: The Cornerstones of the Pacific,” October 5, 2016, <https://www.youtube.com/watch?v=iNdElQ5luGw&feature=share&fbclid=IwAR3P9my0HrXLjY5jyUMyQB8eV0ZvO70wE4JusAAPd17uTaI0RjO-CigS3VA> accessed on February 13, 2024.(本文に戻る)
- Campbell, The Pivot, 210.(本文に戻る)
- Ely Ratner, “Blunting China’s Illiberal Order: The Vital Role of Congress in U.S. Strategic Competition with China (Testimony Before the Senate Armed Services Committee), Center for New American Security (CNAS), January 29, 2019, <https://www.cnas.org/publications/congressional-testimony/blunting-chinas-illiberal-order-the-vital-role-of-congress-in-u-s-strategic-competition-with-china> accessed February 13, 2024.(本文に戻る)
- Seema Sirohi, “US Congress grants modified waiver for India from Russia Sanctions”, ORF, July 26, 2018 <https://www.orfonline.org/expert-speak/42795us-congress-grants-modified-waiver-for-india-from-russia-sanctions> accessed on February 13, 2024.(本文に戻る)
- Andrea Kendall-Taylor and David Shullman, “Navigating the Deepening Russia-China Partnership,” CNAS, January 14, 2021, <https://www.cnas.org/publications/reports/navigating-the-deepening-russia-china-partnership> accessed on February 13, 2024.(本文に戻る)
- Chris Estep, “CNAS experts Andrea Kendall-Taylor and Peter Harrel Selected for National Security Council Staff,” CNAS, January 8, 2021, <https://www.cnas.org/press/press-release/cnas-experts-andrea-kendall-taylor-and-peter-harrell-selected-for-national-security-council-staff> accessed on February 13, 2024.(本文に戻る)
- Tyler Pager and Natasha Bertrand, “White House shifts from Middle East quagmire to showdown with China,” Politico, January 28, 2021, <https://www.politico.com/news/2021/01/28/biden-china-foreign-policy-463674> accessed on February 13, 2024.(本文に戻る)
- Andrea Kendall-Taylor (@AKendallTaylor), X, February 3, 2021, <https://twitter.com/akendalltaylor/status/1356777058517549056?s=21> accessed on February 13, 2024.(本文に戻る)
- John Hudson, “Amid internal disputes over Russia Policy, Biden has chosen a mix of confrontation and cooperation,” The Washington Post, June 15, 2021, <https://www.washingtonpost.com/national-security/biden-putin-summit/2021/06/15/19657e2c-cd44-11eb-9b7e-e06f6cfdece8_story.html> accessed on February 13, 2024.(本文に戻る)
- John Dizard, Russia sanctions – easy to announce, hard to implement, Financial Times, March 26, 2021, <https://www.ft.com/content/0d16212a-2d52-49f1-af5d-80e43d1be5b7> accessed on February 13, 2024.(本文に戻る)
- Alexander Gabuev, “Sanktsionnaya zamorozka (Санкционная заморозка)”, Kommersant, May 14, 2021, <https://www.kommersant.ru/doc/4803255> accessed on March 18, 2024.(本文に戻る)
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- The White House, “Readout of President Joseph R. Biden, Jr. Call with President Vladimir Putin of Russia,” April 13, 2021, <https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2021/04/13/readout-of-president-joseph-r-biden-jr-call-with-president-vladimir-putin-of-russia-4-13/> accessed on February 13, 2024.(本文に戻る)
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- Matthew Lee, Victoria Nuland, third-highest ranking US diplomat and critic of Russia’s war in Ukraine, retiring, AP, March 6, 2024, <https://apnews.com/article/state-department-victoria-nuland-retiring-russia-ukraine-b06cfb9ca517f1a7f2e10ee7520e3086> accessed on February 13, 2024.(本文に戻る)
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- CEO Victoria Nuland to Depart CNAS, CNAS, February 01, 2019, <https://www.cnas.org/press/press-release/victoria-nuland-to-depart-cnas> accessed on March 18, 2024.(本文に戻る)
- Julia Ioffe, Bad Blood at State, Puck, December 13, 2023, <https://puck.news/bad-blood-at-state/> accessed on February 13, 2024.(本文に戻る)
- Ely Ratner, “Blunting China’s Illiberal Order: The Vital Role of Congress in U.S. Strategic Competition with China (Testimony Before the Senate Armed Services Committee).(本文に戻る)
- 武藤駐ロ大使 着任後初会見 “制裁維持すべきも交流事業拡大”, NHK, 2024年2月29日、<https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240229/k10014374031000.html>(本文に戻る)