Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第151号(2006.11.20発行)

第151号(2006.11.20 発行)

海磯焼けから豊かな藻場を再生する

(株)アルファ水工コンサルタンツ◆綿貫 啓(あきら)

藻場の保全が重視されているが、磯焼け対策が大きな課題だ。
磯焼けの継続要因として植食性動物の食害がクローズアップされてきた。
ウニは直接除去するのが効果的だが、漁業者には大きな負担であり、
環境保全の観点から公共の援助が必要だろう。植食性魚類は魚食普及で漁獲を推進すべきである。
対策後は必ずモニタリングを行い、対策の良否を判断し、
不十分なら他のアプローチを検討する順応的管理が必要だ。

1.磯焼けが継続し藻場が回復しにくい要因

北海道日本海側のウニ前線。水深が深くて波の影響がない部分にキタムラサキウニが多く分布し、海藻が食べ尽くされている。浅くて波当たりが強い場所にはホソメコンブの藻場が分布している。ウニを除去すれば、より深所でもコンブの森は回復する。

浅海域の岩礁上に分布するコンブやホンダワラ等の海藻類の群落(藻場)は海水中の栄養塩と炭酸ガスを固定し基礎生産をおこなっている。魚介類に産卵場、棲息場を提供するので、沿岸の生態系や水産業にとって重要な場である。これまで、沿岸域開発のために貴重な浅場が埋め立てられてきたので、藻場・干潟の保全、修復が注目されるようになり、今や港湾等の建設には藻場や干潟への配慮は当然という時代になった。

ところが、ここで大きな障壁となるのは「磯焼け」である。海の森とも言われる藻場が何らかの環境変動によって衰退してしまう現象だ。台風等の異常波浪、水質悪化、出水、土砂流入による濁り、農薬、植食性動物による食害など多くの原因があげられている。通常、一過性の環境インパクトであれば藻場は数年後に回復する。しかし、何年経っても回復せず、藻場を利用する魚介類の水揚げ量が減少して社会問題となることも多い。このような場所では、海藻の生息水深帯に付着基質として投石をしても藻場の回復は期待できない。

現在、各地の藻場で磯焼けが継続している要因として植食性動物(海藻を餌とする動物)が注目されている。なかでも、ウニ類や暖海性のアイゴ、ブダイ、イスズミ類などの魚類による食害がきわめて大きな影響を与えていることがわかってきた。磯焼けの発生原因は不明でも、なかなか藻場が回復しないのは、海藻の増殖する速度よりも植食性動物による摂餌圧が勝っている場合が多いのである。本稿では、植食性動物による磯焼けを回復する対策について述べる。

2.磯焼け対策の推移

静岡県南伊豆町沖の衰退したカジメの森。2004年は黒潮大蛇行の年で、水温が上昇した。
12月にブダイがカジメの葉を食べ尽くし、茎のみが残された。

1970年頃からわが国でも食害の研究が行われ、ウニや魚の食害対策の試みが実施されてきた。ウニや植食性の巻貝を海底から除去すれば海藻が繁茂したり、植食性魚類が入れないようにした網やカゴの中には海藻が繁茂する事例がある。その一方で、植食性動物が多い海域であるにも関わらず、別の場所から海藻を移植したり、新規の着生基質として投石を実施することも意外に多く、事業の実施直後は海藻の入植があるものの、植食性動物が再加入すると、やがて以前の磯焼けの状態に戻ってしまう。これは、植食性動物の資源量やその摂餌圧の評価ができていないためであろう。とくに移動性の大きい植食性魚類の資源量はまったく予測できない現状である。

もちろん磯焼けが継続している要因には食害以外のものもある。そこで、水産庁は「磯焼け診断指針」を2001年に打ち出した。これは磯焼けの状態を判断するものである。そして、梅津啓史氏が本ニューズレター(No.146)で紹介したように、水産庁は次のステップとして、磯焼け対策のガイドラインを作成することとした。過去の磯焼け対策をレビューし、実用的な技術を絞り込んだ。対策の基本的なスタンスは磯焼けが継続している原因を正確に把握し、その原因に対しどのような対策を行うべきかを示すものとしている。

3.磯焼け対策を継続するために

ウニ類による食害は北海道西岸や東北地方の太平洋岸で顕著であるが、南方海域でもガンガゼによる食害が問題になっている。食害対策は、大量のウニを海底から除去することである。ウニは食用になるので漁獲すればよいのだが、餌である海藻が少ないと生殖腺が未発達で商品価値がない。大量の痩せたウニが分布する海域では、定期的に潜水してウニを除去するのが最も確実な方法だが、潜水士を雇用すると経費が高い。身入りの悪いウニを肥育して商品化する試みもあるが、採算性に問題があるのか本格的な事業になっていない。除去したウニの賢い利用方法の開発が望まれる。

米国のカリフォルニアではジャイアントケルプという長さが数十mにもなるコンブの海中林をウニの食害から守るために、ウニを食べるラッコを国が保護している。わが国の藻場を漁場と考えるなら漁業者が資源管理をすることになるが、豊かな生態系の場を回復するという観点では、広く一般市民が藻場という自然を享受できるので、食害と海藻増殖の傾いたバランスを元に戻すきっかけ作りは公共事業として実施すべきではないだろうか。

他方、植食性魚類による食害は神奈川県以西で問題となっている。その食害対策の歴史は短い。海底の一部を魚が入らないように網で囲い、藻場を保護することが行われている。胞子の供給源として海藻を保護するので「核藻場」と呼んでいる。ところが、核藻場を造成してもなかなか藻場が拡大しない。ある時に植食性魚類が回遊してきて、核藻場から拡がった海藻の幼体を食べてしまうからである。それでは魚を漁獲すればよいのだが、アイゴやイスズミ類は特有の磯臭さがあり、食習慣のない地方では商品価値が低い。九州・沖縄では食材として利用しているが、関東地方ではこれらの魚が定置網に混獲されると沖合で投棄するという。馴染みのない魚であっても、美味な料理方法を開発し、魚食を普及し植食性魚類の漁業を推進することが望まれる。漁獲を通じて資源量を把握し管理するようにしなければならない。

磯焼け対策を行っただけでは再び磯焼けに戻ることもある。また、過度な植食性動物の除去は逆に多様性をなくすことにもなりかねない。沿岸域の環境は常に変化し、それに応じて微妙なバランスで生態系が形成される。最善策であっても予期せぬ結果になる可能性が十分にある。したがって、対策後は必ずモニタリングを実施し、想定した原因と対策が正しかったのか、異なるのであれば、次にどのようにしたらよいか、状態の変化に応じて管理を少し変更し学習しながら順応的に管理する体制が必要となる。藻場はアオサなどの短命な海藻から、アラメやカジメなどの長命な海藻に遷移し藻場が形成される。回復には数年かかることを認識して、忍耐強く取り組む姿勢が必要である。(了)

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