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オーシャンニューズレター

第146号(2006.09.05発行)

第146号(2006.09.05 発行)

磯焼け対策のガイドライン策定に向けて

水産庁漁港漁場整備部整備課◆梅津啓史

豊かな海の生物社会を形成している藻場が全国で消失しつつある。
この「磯焼け」現象を改善するため、水産庁は、平成18年度末に磯焼け対策のガイドラインを策定する。
今後はこのガイドラインを活用し、豊かな海を取り戻す取り組みが、
行政、研究者、漁業者、ボランティアといったさまざまな人々の協力により
全国で展開されることを期待する。

磯焼けの現状

海の中にはさまざまな海藻が生育していますが、海藻が集まって群落を形成している場所は「藻場(もば)」と呼ばれます。高さ数mの樹木そっくりの海藻が生い茂る様は、まるで海の中のジャングルのようです。しかし、近年では、藻場が大規模に消滅する「磯焼け」現象が各地で発生しています。その名のとおり、草木が一本も残らない焼け山のような状態になります。水産庁が沿岸域に接する39都道府県に対して行ったアンケート調査によると、現在27の都道府県で磯焼け現象が続いていると報告されました。

私たちはコンブ、ワカメ、ヒジキ、ところてんになるテングサなどの海藻を食べています。またウニ、サザエ、アワビなどは海藻を餌として藻場に生息します。海藻の葉上には小型の水生生物が生息しますので、それを餌としてメバル、クロダイ、スズキ、カレイ、イセエビなどの魚介類が集まります。また、藻場の絡み合った枝葉は大型魚類からの隠れ場となるため、トビウオ、サンマ、ブリ、カニ、イカなどの産卵場や稚魚期の育成場となります。このように、藻場は沿岸域の魚介類の生育と深く結びついています。全国には約20万ヘクタールの藻場が存在しており、東京都の面積と同程度で非常に小さなものですが、その小さな藻場がわが国の沿岸域の水産資源を支えていると言っても過言ではないと思います。私たちが食べる水産物の多くが藻場の恩恵を受けています。藻場が磯焼けにより消滅すれば、それだけ水産資源が減少し、私たちの食卓に届く水産物が少なくなるのです。

磯焼け対策モデル事業の創設

磯焼け状態から藻場を復元するため、水産庁は平成16年度から磯焼け対策モデル事業を実施しています。この事業は、これまでの磯焼けに関する調査研究成果を活用して、実際の海域で藻場を復元するモデル試験を行い、その試験成果から磯焼けを改善する技術的手法を整理し、平成18年度末にガイドラインとしてとりまとめるものです。実海域によるモデル試験の成果が必要なため、現在17の都道府県(北海道、青森、秋田、岩手、宮城、新潟、福井、東京、静岡、愛知、京都、和歌山、高知、佐賀、長崎、大分、鹿児島)と協力して事業を進めています。また、磯焼け現象については解明されていない部分が多く、ガイドラインを作成するためには藻場、海洋環境、水産生物の生態等に関する高度な専門的知識が必要であることから、東京海洋大学の藤田大介助教授を委員長とする磯焼け対策検討委員会を設置し学術的なサポートを頂き、また独立行政法人水産総合研究センター水産工学研究所にご協力頂いています。

磯焼け対策のガイドラインの概要

漁業者とボランティアの磯焼け対策。藻食性生物のウニを除去する作業。
(平成17年9月撮影)

?磯焼けの原因の特定
磯焼けの対策を行う上で重要なことは、その発生原因を正確に把握することです。そこでこのガイドラインでは、磯焼けの原因を正確かつ比較的簡易に特定する方法を示す予定です。例えば、さまざまな原因による磯焼けの状況写真をガイドラインで示し、調べたい海域の磯焼けの状況と比較することで原因を特定する方法、複数パターンの小規模対策試験を行い原因を特定する方法などです。

?原因に対応した対策の実施
特定した原因に対しどのような対策を行うべきかを示す予定です。磯焼けの主要な原因として、ウニや藻食性魚類が異常に増加し海藻を食べ尽くしてしまうことがあります。これに対しては、ウニや藻食性魚類を漁獲し数を減らす方法、藻を食べる生物を追い払う方法、藻を網やカゴで覆い守る方法があります。他の磯焼けの原因として、母親の藻が減少し卵の供給量が少なくなり、藻場が復元しにくくなることがあります。これに対しては、母親の藻を移植する方法、人工的に卵を小さな海藻まで育て移植する方法などがあります。こうした磯焼け対策をどのような点に注意して行えばよいか、わかりやすく解説します。

磯焼けの改善傾向(ホソメコンブ)を確認。
(平成18年5月撮影)

なお、対策を行った後は必ずモニタリング調査を行い、その成果をフィードバックして次の対策につなげることが重要であり、「順応的管理」の概念を取り入れたガイドラインにします。

磯焼け対策は、事前調査、対策実施、モニタリング調査、対策実施、モニタリング調査......、と継続して行うため、大変な労力を必要とします。そのため、対策を行う場合は、地域の意識向上と協力体制の構築、取り組みを継続させるための創意工夫が重要になります。北海道古宇郡神恵内村で行われた漁業者とボランティアダイバーの協力による取り組み事例、鹿児島県で行われた岩本漁業協同組合と水産高校生の協力による取り組み事例、除去した藻食性動物を有効利用する事例など、今後磯焼け対策に取り組む上で模範となる事例を紹介する予定です。

磯焼けの改善に向けて

四方を海で囲まれたわが国において、私たちは海から多大な恩恵を受けています。こうした恩恵を将来も持続して享受するためには、私たち一人一人がそれを自覚し感謝の心を持ち、豊かな海を守る行動を起こす必要があります。磯焼け対策のガイドライン策定はその始まりに過ぎないと考えます。今後は、このガイドラインが有効に活用され、行政、研究者、漁業者、ボランティアといった様々な立場の人々が協力し、藻場の復元に取り組むことにより、将来にわたり豊かな海が守られていくことを期待します。(了)

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