海洋安全保障情報旬報 2017年5月21日-5月31日

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523日「インドは南アジアにおける中国の潜水艦に対抗すべしインド専門家論評」(The Interpreter, May 23, 2017

 インドのシンクタンク、The Observer Research Foundation (ORF)上席研究員Abhijit Singhは、豪シンクタンクのWeb誌、The Interpreterに5月23日付で、"Countering China's submarine operations in South Asia"と題する論説を寄稿し、インドは南アジア海域で増大する中国の潜水艦のプレゼンスに対抗すべきとして、要旨以下のように述べている。

(1)インドのモディ首相が5月初めスリランカを訪問した時、スリランカ政府がコロンボ港への潜水艦寄港を求める中国の要請を断ったという報道があった。北京は海賊対処活動のためにアデン湾に赴く途次、補給のために潜水艦をスリランカの港に寄港させたいと望んでいたが、コロンボは内々に断ったと見られ、潜水艦はその後カラチに回ったと思われる。中国の要請を拒否するというスリランカ政府の決定は、3年前の経験に基づいているように思われる。3年前に中国海軍の潜水艦がコロンボ港に寄港した時、ニューデリーからの抗議の嵐に見舞われた。インドがスリランカにおける中国海軍のプレゼンスに戦略的に極めて敏感であることを意識して、コロンボは、3年前の繰り返しを避けるために、今回は迅速に行動した。

(2)南アジアにける中国海軍の潜水艦活動の拡大は、海外の作戦環境に慣熟させるという中国海軍の強い要請に合致したものである。中国の潜水艦の外国港湾への寄港パターンは、中国海軍がインド洋の作戦環境に一層習熟させるために通常型潜水艦と原子力潜水艦をともに派遣することによって、インド洋への展開を次第に強化していることを示している。インドの専門家は、スリランカの港湾への潜水艦母艦の寄港の増大に注目している。このことは、スリランカの近海におけるディーゼル電気推進潜水艦(SSK)のプレゼンスを示唆しているからである。こうしたプレゼンスは、特に潮流や水深データの収集や、潜水艦乗組員の訓練を狙いとしていると見られる。インドの専門家は、浅海域や沿岸域での運用に適した元級潜水艦がスリランカの沿岸域で活動している可能性を指摘している。中国の潜水艦乗組員は、潜水艦のソナーに直接影響を及ぼす、インド洋における多様な「海水温躍層」を調査していると見られる。スリランカ周辺海域における中国の通常型潜水艦の長期のプレゼンスは、中国海軍がインド洋の浅海域での潜水艦運用に習熟しようとしていることを、強く示唆するものである。2015年5月に中国が軍事戦略白書を公表して以来、インド洋は中国海軍指揮官にとって大きな関心地域となった。今や、アジアの西方や南方で威圧的な影響力を及ぼすための北京の主要なツールは潜水艦となった。インドの専門家によれば、インド洋地域における中国海軍潜水艦の寄港回数は、2013年以降、3隻の原子力潜水艦を含め少なくとも7回に及ぶ。アラビア海とベンガル湾における中国の潜水艦の増大するプレゼンスはインド近海における増大する海軍能力とその戦略的意図を誇示することを意味していると、インド海軍高官は指摘する。

(3)更に、インドの専門家が憂慮しているのは、インド洋地域における中国とパキスタンとの海洋パートナーシップの強化である。北京は、アラビア海に面したパキスタンのマクラーン海岸に海軍兵站施設を建設するかもしれない。パキスタンに対する8隻の中国潜水艦の供与とともに、中国海軍がグワダル港に最終的に軍民両用施設を建設する可能性は非常に高いと見られる。スリランカ、ミャンマー及びバングラデシュでも、中国の海洋分野での影響力が強まっている。スリランカでは中国の国有企業がハンバントータ港の運用権を取得しており、バングラデシュには2隻の明級潜水艦を供与し、タイには3隻の潜水艦を売却する。北京は、ミャンマーでも、ミャンマー海軍との協力を強化するとともに、中国企業がチャウッピュー港の株式の過半数を取得することになっている。インドの専門家は、スリランカが中国海軍水上艦と潜水艦のための基地施設の建設許可を渋っていることから、北京が代替案としてグワダル、モルディヴ、チッタゴン(バングラデシュ)あるいはチャウッピューに基地施設を建設しようとするのではないか、と懸念している。ニューデリーにとって、これら諸国における中国海軍の関与の増大は、インドの伝統的な地政学的影響圏である南アジア地域に対する中国の戦略的影響力の強化を意味するからである。

(4)では、インド海軍は、南アジアの海洋における中国海軍潜水艦のプレゼンスの強化にどう対応すべきか。まず、インドは、早急に潜水艦能力を強化しなければならない。スコルペヌ級潜水艦建造計画の遅れと潜水艦戦力の不足で、インド海軍は、中国の急速に増大する通常型及び原子力潜水艦艦隊に対抗する態勢にはない。特に、対潜能力の不足は、日本との海軍協力の動機付けとなっている。また、インド海軍は、アンダマン・ニコバル諸島を、海軍航空基地の建設やP8-I哨戒機の配備などの進展はあるが、実戦的な「接近阻止/領域拒否(A2/AD)」能力を備えた、包括的な軍事施設にまで強化するには至っていない。インド洋地域の友好国でも、レーダー網の設置によって統合監視ネットワークを構築しようとするニューデリーのイニシアティブも、順調には進展していない。南アジアの沿岸域における中国の潜水艦の活動は、インド洋における中国の戦力投射能力の増大の予兆である。このことは、この地域におけるニューデリーの地政学的、戦略的影響力にとって有害である。インドが中国の影響力拡大に対抗しなければ、やがて南アジアは、北京の急速に拡大する海洋パワーの支配下に置かれることになろう。

記事参照:
Countering China's submarine operations in South Asia

524日「南シナ海問題の沈静化、中国のウィンウィン戦略」(The Strategist, May 24, 2017

 スイスのThe Centre for Humanitarian Dialogueのアジア部長Michael Vatikiotisは、オーストラリア戦略政策研究所(ASPI)のWeb誌、The Strategistに5月24日付で、"Calming the Waters in the South China Sea: A Win-Win for China "と題する論説を寄稿し、2016年の南シナ海仲裁裁判所の裁定によって南シナ海情勢は緊張を見せたものの、ドゥテルテ比大統領の政策変更によって緊張状態が緩和されたと指摘した上で、要旨以下のように述べている。

(1)フィリピンのドゥテルテ大統領は、2016年末までに南シナ海仲裁裁判所の裁定を棚上げし、北京との関係改善に乗り出すという予想外の動きに出た。それに伴って、中国のこの地域に対する行動が変化した。まず、中国の敵対的な主張が軟化した。次に、中国政府当局者が海洋安全保障に関する2国間協力の提案を手に地域中を訪ねまわった。そして誰もが驚いたことに、北京は、10年以上にわたって停滞してきた南シナ海行動規範(COC)の進捗を約束しさえもした。そのような中で状況は多少なりとも中国に対して有利に働いた。仲裁裁判所裁定を原動力に盛り上がった中国の主張に反対する機運は、米大統領選挙シーズン突入とともにしぼんでしまった。マニラが法的勝利を強く主張せずに引き下がってしまった理由の1つは、米比同盟条約がどんな保障をしていようとも、アメリカがフィリピン防衛に駆けつけてくれる何の確証もないという、ワシントンに対するマニラの不信である。この間、中国は、南シナ海問題でより協力的な姿勢に回帰することができた。係争海域で突出したプレゼンスを誇示する中国海警は、2016年末にかけてインドネシア、マレーシア、ベトナムそしてフィリピンに対して2国間協定の締結を呼びかけた。2017年の初めには、中国外交部当局者が、COCの枠組合意に向けて肯定的なメッセージを発した。その結果、COCの枠組み草案は4月末までに完成をみた。

(2)しかし、この草案はお粗末で拘束力を有するようには思われない。COCの一般規定は、最初にその目的を「南シナ海において関係国が採る行動の指針となる規範のリストなどを含む、ルールに基づいた枠組みと、海洋協力の推進」であると規定している。しかしながら、「原則」の最初の項目には、「COCは領土紛争や海上境界線の画定問題を解決するための文書ではない」と明示している。COCは、領有権問題については現状維持を基本としている。好意的に見れば、COCの締結は、実務的な海洋協力を円滑にし、海洋における衝突を管理するために既存の国際合意の履行を促すことになろう。とはいえ、ほとんどの専門家は、COCの締結には何年も要すると予想している。その一方で、中国は、南シナ海の係争海域において建設活動を継続してきた。中国船は、特に鉱石を輸送するオーストラリア船が利用する主要海上交通路である、フィリピン東方の海域といった新たな海域にさえ現れている。

(3)中国は、自国のイメージに相当な打撃を与えた仲裁裁定に繋がった、強硬な外交姿勢を修正する機会が巡ってきたと考えているように思える。ドゥテルテ大統領が裁定の順守を迫る姿勢を撤回することを示唆すると、北京では強硬で非妥協的なレトリックを建設的な協力へと転換できるとの明らかな安堵感が見られた。代わりに、北京は、素早く2国間の安全保障協力を目指すとともに、域内諸国に「一帯一路」構想による経済的利益を約束した。ナトゥナ諸島におけるインドネシア海軍と中国海警との深刻な衝突から数カ月を経て、インドネシアは中国海警から協調を持ちかけられた。フィリピンはスカボロー礁への漁民のアクセスを認められたが、中国艦船が同海域から立ち去る兆候はなかった。マレーシアの海上法令執行機関の担当者は、たった1回の会合後に中国側のカウンターパートから協定草案を提示され驚愕させられた。要するに、中国の政策決定者は、仲裁裁定後に熟慮を重ね、「ウィンウィン」の成果を編み出した。北京の協調的な雰囲気は南シナ海の緊張緩和に役立つ信頼醸成措置を多少は前進させるかもしれないが、その真の成果は、域内における中国の戦略的地位の強化であり、そしてその地位が挑戦されることもないであろうということである。

記事参照:
Calming the Waters in the South China Sea: A Win-Win for China

525日「アメリカは、グローバルなリーダーシップを北京と共有すべき米専門家論評」(The CATO Institute, May 25, 2017

 米シンクタンク、The Cato Institute上級研究員Doug Bandowは、5月25日付の同研究所のサイトに、"How America Could End up in an Unexpected War with China"と題する論説を寄稿し、ワシントンは、グローバルなリーダーシップを北京と共有する準備をすべきであるとして、要旨以下のように述べている。

(1)中国は今や、世界第2位の経済力を背景に、益々自信を強めており、未だ超大国とは言えないが、最終的にアメリカと世界のリーダーシップを分かち合うことになると思っているようである。オバマ前政権は「アジアへの軸足移動」や「リバランス」政策を打ち出したが、大統領候補当時のトランプは、台湾との関係強化、対中貿易戦争の開始、南シナ海の中国占拠の海洋自然地形の封鎖、そして北朝鮮問題の「解決」を迫る中国に対する圧力といった、オバマ政権より更に好戦的な道を歩む意図があるような印象を与えた。しかし、その後、大統領に就任したトランプは、米中首脳会談を開催し、習近平主席に対する一方的な親愛感を示した。

(2)しかしながら、長期的には、大統領の過剰な期待は、現在の単一支配の維持を決意している大国と、自らも同様の大国になることを決意している台頭する国家との間の、関係改善には役に立たないであろう。何故なら、第1に、トランプ政権は、太平洋地域における経済的リーダーシップを中国に譲ったからである。北京は、貿易に対して損失を与えるワシントンの能力を制限する、新たな商業機会を見出す可能性が高い。そして第2に、ナショナリストの情熱は容易に冷めないからである。この問題は、自国の適切な立ち位置を知らない、ほんの一部の手に負えない当局者だけの問題ではない。真の挑戦は、強大な中国を期待する大衆によってもたらされるものである。

(3)これまでのところ、北朝鮮問題が米中両国間の議論の中心だが、この問題で協力への取り組みが失敗した場合でも、米中2国間関係へのダメージは抑制されたものであろう。しかしながら、アジア太平洋地域における領土紛争は、遥かに厳しい試練となろう。この地域におけるアメリカの主要な関心事は「航行の自由」であるが、これまでのところ中国が妨げようとはしていな。また、ワシントンは、この地域で領有権紛争を抱えていないが、マニラと東京はいずれも条約上の同盟国であり、両国の安全保障はアメリカによって保証されている。このことは、両国と中国の間の対立がアメリカを巻き込む可能性があることを意味している。米中首脳会談の楽しい思い出が消えていくにつれ、意見の深い不一致が再び現れる可能性が高い。しかも、中国が引き下がる可能性は低い。アメリカにとって、本国から遠く離れた地域の支配は利便性があり、西半球におけるアメリカのほぼ絶対的な安全保障への付加価値となっている。一方、中国にとって、ワシントンによる自国国境沿いの地域への侵食を防ぐことは「核心的」利益であり、2世紀にわたってワシントンが西半球全体に要求してきたことと基本的に類似している。

(4)アメリカにとって、中国国境沿いの海域のコントロール、そしてアメリカが重大な利害を有していない領土紛争の管理を確実にする、要するに、一連の不毛の岩礁に国旗を掲げるために、軍事力を行使すること非常に難しいであろう。しかも、そうすることで被る代償は、増大する一方である。米空母に脅威を与える中国のコストの方が、それを護るためのアメリカのコストよりも、遥かに少ない。結局、アメリカ人は、本質的な安全保障よりも、帝国としての利便性と見なされるものを護るために、どの程度の用意があるのかということに尽きる。更に、北朝鮮問題がワシントンのアジア問題の最優先事項である時に、トランプ政権は、北京の支援にどれ程の代価を支払う用意があるのか。トランプ大統領によれば、習近平主席は既に、中国のコントロールに限界があることを強調している。もしアメリカがこの地域において軍事的封じ込めを積極的に追求していくならば、中国がアメリカの軍事同盟国の無力化を期待することは難しい。中国人は、優勢な力を前にして譲歩する用意があるが、アメリカが何時までも優位を維持することを許容するつもりもない。

(5)ワシントンの当局者は、中国に対するアプローチを再考すべきである。軍事的な対決は、勝ち目のない勝負になるであろう。この状態は永続的なものとなろう。例えアメリカの優勢に終わったとしても、それは、中国が再戦のための軍隊を再建し、拡充するための切掛けとなるだけであろう。しかも、紛争は、独裁政権が支配権を維持し拡大するのを助けるだけであろう。リベラルで民主的な中国は、いかなる戦争からも出現する可能性は低いであろう。アメリカは、中国に対する目的リストの優先順位を整理する必要がある。アメリカの当局者は、中国が最も望むもの、そして中国がどの程度代価を払う意思があるのかを判断しなければならない。ワシントンはまた、護る価値があるものを再検討すべきである。例えば、東京とマニラが中国と争っている領土に対するコントロールの維持と、北京が脅かしていないこの2国の独立維持とは、次元が異なる。最も重要なのは、アメリカの当局者はアメリカの防衛と、中国の封じ込めという目的とを区別する必要があるということである。前者は、比較的簡単で安価である。中国が太平洋地域のアメリカ領土に対して戦力投射ができるようになるには、将来的には長い時間を要すると予想される。ましてや米本土に対しては言うまでもない。対照的に、外部からの介入抑止に必要な中国による軍事力増強は戦力投射よりも少なくて済むが、アメリカがそれに打ち勝つには、はるかに大きな代価を支払わなければならない。中国の国境沿いで中国の影響力と競うことができるようにするために、ワシントンはどの程度の用意があるのか。

(6)中国は、西洋の影響力に反対するキャンペーンを継続しているが、共産主義革命の初期よりもはるかにオープンな社会である。政治的自由化が経済的自由化に続くという期待は完全に失敗しているが、習近平の中国は、毛沢東の中国とは大きく異なる。従って、中国は味方ではないかもしれないが、敵でなければならない理由はない。しかし、中国を支配したり、封じ込めたりしようとすれば、中国を怒りに満ちた強力な軍事的敵国にする危険がある。代わりに、ワシントンは、グローバルなリーダーシップを中国と共有する用意がなければならない。より強制的に譲歩を迫るより、必ずしも常に喜んでとは限らないまでも、ちょうど英国が成功裏に新興のアメリカ合衆国に対応したように、思料深く譲歩する方がはるかに望ましい。

記事参照:
How America Could End up in an Unexpected War with China

525日「アメリカ・ファーストと北極―RAND専門家論評」(RAND, Blog, May 25, 2017

 米RAND研究所の専門家、Abbie TingstadとStephanie Pezardは、同研究所のBlogに、"What Does 'America First' Look Like in the Arctic?"と題する論説を寄稿し、要旨以下のように述べている。

(1)アメリカは、5月初めにフェアバンクス(アラスカ州)で開催された北極評議会で、任期2年間の議長職を終え、フィンランドに引き継いだ。アメリカは議長職にあった2年間、北極圏共同体における経済及び居住環境の改善、北極海の安全と保安管理、そして気候変動の影響への対処を優先してきた。これらは、北極評議会加盟国が署名した、フェアバンクス宣言に盛り込まれた。過去2年間、アメリカは、更なる調査が実施され、国際的な漁業管理措置が実現するまで、北極圏における沿岸警備隊協力を拡大するとともに、北極海の公海における漁業を禁止するために、他の北極圏諸国と協同してきた。これらは、オバマ前大統領の政策と、2013年の「北極地域に関する国家戦略」で述べられた優先事項に合致したものだが、後継のトランプ大統領が、この戦略的に重要な地域に関してどのように考えているかはほとんど知られていない。トランプ大統領の「アメリカ・ファースト」政策は今後、北極圏でどのような展開を見せるか。

(2)フェアバンクスでの評議会で、ティラーソン国務長官は、トランプ政権は気候変動に対するアプローチを検討しているが、その際、他国の見解も考慮するが、アメリカの政策はアメリカにとって最良の利益となるものになろう、と言明した。トランプは大統領選挙中に、温室効果ガス排出を減らすために行動を起こすという方針を覆すと約束した。トランプは3月下旬、オバマ前政権のClean Power Planを中止する行政命令に署名するとともに、アメリカが温室効果ガス排出を減らすことを目的とする2015年のパリ協定に止まることに疑問を投げかけた(抄訳者注:トランプ大統領は6月1日パリ協定からの離脱を発表)。こうした温室効果ガス削減努力を放棄しようとするアメリカの気候変動対処政策は、特に北極圏にとって重要な意味を持つ。北極圏は、速い速度で地球温暖化を経験しつつあるからである。

(3)一方で、トランプ政権の北極政策は、4月に署名された別の行政命令によって、北極海とその他の海域での沖合石油と天然ガス掘削への道を開くことになろう。アメリカが国連海洋法条約に加盟すれば、アメリカは大陸棚外縁の延伸を申請する機会を得、それによってアラスカの北極海沿岸の沖合における石油と天然ガス資源を掘削する権利を拡大できることになろう。しかし、アメリカの北極領域では、石油・天然ガス探査を拡充する態勢は整っていない。現時点では、アメリカの北極領域における経済活動の拡充を支援できるアラスカ州のインフラは貧弱で、米本土48州の捜索・救難や環境災害管理能力の水準から見れば、大きく劣っている。米沿岸警備隊は、この地域で温暖期に小規模のプレゼンスを維持している。アラスカ州南部には軍と沿岸警備隊の通年の活動拠点があるが、ここから同州北部の北極圏において任務を遂行するのは、輸送インフラが不足していることと、幾つかのアセットが北極圏での過酷な環境での運用仕様でないという事実から、困難である。この点でも、石油と天然ガス探査の拡充を支えるために必要な能力は、全くないと言える。しかし、国内の石油と天然ガス資源の掘削を拡充することでアメリカのエネルギー自立能力を強化しようとするトランプ政権の公約は、結果的に北極圏向けのインフラ投資の増強を意味するかもしれず、しかも市況が好転すれば(即ち、石油価格が再び上昇するならば)、こうした投資の一部は民間部門からも賄うことができるかもしれない。

(4)トランプ政権の(それがあると想定した上で)北極政策の内容を正確に見極めるには時期尚早かもしれないが、これまでの行政命令は、北極圏における石油と天然ガス資源の存在を視野に入れている。このことは、非常に必要とされたインフラ、特に捜索・救難活動用のインフラを整備する望ましい機会となるかもしれないが、それはまた、アメリカの利益にとって重要な北極圏における多くの他の要素を無視することになるかもしれない。北極圏は、気候変動のための「炭鉱のカナリア」であり、アメリカがロシアを含め域内のパートナー諸国と協調し得るフォーラムであり、潜在的に価値ある通商航路と漁場であり、科学的発見を促進し得るサイトであり、そして利益が考慮される必要がある先住アメリカ人のホームでもある。北極圏における変化と開発を管理することは、多くの利害との間のバランスをとる必要がある。北極圏に対する政策がこうした大きな視野を持つならば、アメリカは北極圏に対する利益を促進する機会を見失うことはないであろう。

記事参照:
What Does 'America First' Look Like in the Arctic?

526日「中国に対するフィリピンの沈黙のリスク比専門家論評」(The Strategist, May 26, 2017

 フィリピン大学法科大学院准教授Jay L. Batongbacalは、オーストラリアのシンクタンクAustralian Strategic Policy InstituteのWeb誌The Strategistに5月26日付で、"Silence is falling on the South China Sea"と題する論説を寄稿し、中国との外交関係を友好的なものに転換したフィリピンは、幻想的な平和を達成するために、その海洋の利益を確保する能力をいつのまにか着実に犠牲にしているかもしれないとして、要旨以下のように述べている。

(1)南シナ海仲裁裁判所の裁定以来、フィリピンと中国の関係は明らかに友好的になってきている。ドゥテルテ大統領は、裁定に対する「ソフト・ランディング」アプローチから始まって、財政支援、融資パッケージそしてインフラ・プロジェクトへの友好的な支援の受け入れによって、パワフルな隣国に対する自国の外交政策を完全にひっくり返した。一方、中国は、フィリピンから輸入を増やし、また「一帯一路」構想への参画を招請している。新たな中国による恩恵は、その意図する成果を生みつつある。以前の冷えた関係を緩和し、「他の分野」における協力を強調することで、海洋紛争から注意を逸らし、ドゥテルテ政権は、西フィリピン海における中国の領有主権の主張に対して著しく控え目な反応を示している。2016年12月に中国の人工島に対空兵器と近接防御火器が導入されたというニュースが報道された時、当時のヤサイ外務大臣は、「(フィリピンが)できることは何もない」、中国は「国益を追求するために必要などのような行動も取ることができる」、そしてフィリピンは「その点について、放っておく」とたやすく譲歩した。ヤサイは、フィリピンが南シナ海における同盟国の利益のためにできることは何もなく、彼らはフィリピンの関与なしで自ら行動すべきと述べ、更に一歩踏み込んだ。例えば、2016年12月に中国船がスービック湾沖でアメリカの無人潜水機を奪取した時にも、フィリピン政府は無視を決め込んで、アメリカとの距離を置いた。

(2)フィリピン側の沈黙は、その主権主張の防衛においてさえも、新しい基準になっているように思える。中国の漁民が繰り返す珊瑚伐採とオオジャコガイの収奪、そして自国のEEZ内における絶え間ない漁業活動という行動にもかかわらず、フィリピンは、海洋生息環境の継続的破壊に対して警告を発していない。フィリピン漁民は、独力でなんとかしなくてはならず、許容される場所でしか漁業ができない。西フィリピン海でのフィリピンによる沖合石油探査は、中国との紛争に配慮して自ら課した公式のモラトリアムによって中断した。フィリピンのEEZを侵犯している中国の海洋科学研究活動は、フィリピンの承認または参加を欠いているにもかかわらず、西部だけでなく東部でもフィリピン本土の近くまで対象範囲が広がり、頻度が増えている。フィリピンのEEZにまたがっているユニオン・バンクにおけるフィリピン漁民に対する中国船による威嚇や銃撃についての最近の報道も、ドゥテルテ大統領に誤解として扱われ重要視されていない。彼は「この海域に乗り出すことは神をも恐れぬこと」とし、その漁民の落ち度にさえした。こうしたフィリピンの沈黙は、最近のASEANサミットにおけるフィリピンの議長声明にも及んでいる。議長声明は、軍事化、エスカレーション、そして埋め立てに関する以前の条項を敬遠して、南シナ海における開発に対する懸念についてここ数年に示された表現から後退した。中国とASEANの間で最近合意された行動規範の草案の枠組みは、この規範が南シナ海における紛争解決の基礎となることを明確に防止することによって、ASEANが如何なる役割も果たせないものになっているといわれる。

(3)ドゥテルテ政権は、こうした動きを、フィリピンをアメリカ寄りの姿勢から遠ざけ、中国やロシアに接近するという壮大な「独自外交政策」の一環としている。しかしながら、この政策は、フィリピン西部沿岸域の漁業や生態系の破壊の可能性、エネルギー安全保障の喪失とエネルギー輸入依存の増大、インフラ開発における(中国による)財政的束縛、そして(中国に)妨害されることのない利益を保障することに対する政治的抵抗など、未だ計算不可能な代償を払うというリスクを冒すことになる。その最近の急激な外交政策の揺れを緩和することに配慮しない限り、フィリピンは、幻想的な平和を達成するために、その海洋利益を確保する能力を、いつのまにか着実に犠牲にすることになるかもしれない。結局、沈黙は南シナ海におけるその主権主張に降りかかるかもしれないのである。

記事参照:
Silence is falling on the South China Sea

531日「米海軍、フォード級空母受領(UPI.com, June 1, 2017

 米海軍は5月31日、新型空母、Gerald R. Ford級ネームシップ、USS Gerald R. Ford (CVN 78)を受領した。同艦は、1975年にNimitz級空母が配備されて以来、初めての新級空母であり、また2009年にUSS George H.W. Bush(CVN 77)が配備されて以来の空母の就役である。USS Gerald R. Fordは、排水量10万トンを超え、これまで建造された空母では最大で、全長1,100フィートを超える。同空母は、従来のスチームカタパルトに代えて、最新の電磁式発艦システムを装備し、上院は5,000人余である。2基原子炉を搭載し、艦齢は50年を超える。

記事参照:
Navy accepts delivery of USS Gerald R. Ford


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トランプ政権、初の「航行の自由」作戦実施

 トランプ政権は5月24日、同政権下で初の「航行の自由(FON)」作戦を実施した。米海軍情報紙、USNI News(電子版)が5月25日付で報じるところによれば、米海軍ミサイル駆逐艦、USS Dewey は5月24日、南シナ海の南沙諸島のミスチーフ礁(美済礁)周辺12カイリ以内の海域を航行する、FON作戦を実施した。米海軍当局筋によれば、USS Dewey は、他国の領海を航過する無害通航ではなく、通常の航行で、ミスチーフ礁周辺12カイリ以内の海域を約90分間ジグザグに航行し、航行中、海中に転落した乗組員を救助する訓練を実施したという。航行中、中国海軍の2隻のフリゲートに追尾され、無線で20回以上周辺海域から離れるよう警告されたという。南シナ海でのFON作戦は、2016年10月にミサイル駆逐艦、USS Decatur が西沙諸島で実施して以来で、トランプ政権発足後では初めてのFON作戦となった。米国防省報道官は5月25日の会見で、特定のFON作戦については確認しないとした上で、「我々は、定期的にFON作戦を実施ており、今後も実施するであろう。FON作戦の概要は、国防省の年次報告書で公表される」と語った。一方、中国国防部報道官は5月25日、USS Deweyによるミスチーフ礁周辺海域の航行を直ちに確認し、「USS Deweyは、中国政府の許可なく、南沙諸島の環礁周辺海域に入った。中国海軍は、米艦を確認し、離れるように警告した。米艦の行動は、中国主権の侵害であり、海空域での偶発的な衝突を引き起こしかねない。中国は、強い不満と断固とした反対を表明する」と述べた。(USNI News, May 25, 2017)

ミスチーフ礁は、ファイアリークロス礁(永暑礁)及びスービ礁(渚碧礁)とともに、中国が南沙諸島で造成した7つの人工島の中で、3,000メートル級滑走路や格納庫を持つ人工島で、これら3つの人工島には何時でも作戦機や地対空ミサイルを配備が可能な状態にあるとされる。

以下、トランプ政権下で初のFON作戦について、主な論評記事を紹介する。

525日「トランプ政権下、初の航行の自由作戦」(Diplomat, May 25, 2017

 Web誌、The Diplomat編集長、Ankit Pandaは、5月25日付で同誌に、"The US Navy's First Trump-Era South China Sea FONOP Just Happened: First Takeaways and Analysis"と題する論説を寄稿し、要旨以下のように述べている。

(1)米駆逐艦、USS Deweyは5月24日、南シナ海にある中国の人工島の12カイリ以内を航行した。特にUSS Deweyは、ミスチーフ礁の近くを航行した。今回のFON作戦は、マティス米国防長官も出席する6月初めのシンガポールでのアジア安全保障年次会議(シャングリラ・ダイアローグ)の1週間前、そして北朝鮮問題で中国の好意を期待するトランプ・ホワイトハウスが拒否してきたFON作戦の実施を米太平洋軍が求めてきたと米紙などが報じた1週間後に実施された。今回のFON作戦は214日間の中断を経て実施されたが、これは、オバマ前政権が第1回のFON作戦を実施して以来、最も長い中断であった。FON作戦に対する批判者は、FON作戦を不定期に実施することで、FON作戦が米中関係のみならず、南シナ海における米海軍のプレゼンスに関しても、不必要に重要なものと印象付けられてきた、と指摘してきた。米海軍は、FON作戦を抑止手段とは考えおらず、法的なメッセージの発信手段と見なしている。それぞれのFON作戦は、注意深く考えられた法的理由の下で実施されてきた。南シナ海においても、米海軍のFON作戦は、中国が造成した人工島のみを特定対象とはせず、米国の同盟国であるフィリピンを含め、南シナ海で領有権を主張する国による過剰な海洋権限主張を対象としている。

(2)しかし、トランプ政権が最初のFON作戦の対象にミスチーフ礁を選択したことは、とりわけ興味深い。ミスチーフ礁は、2016年7月の南シナ海仲裁裁判所裁定によって、満潮時には海面下に沈む「低潮高地」とされた。「低潮高地」は国際法の下で周辺500メートルの安全帯を除き領海などの如何なる海洋権限も有しない。また、仲裁裁判所裁定では、ミスチーフ礁はフィリピンの大陸棚の一部とされた。しかも、もしミスチーフ礁の全部または一部が12カイリの領海権限を有する他の海洋自然地形の12カイリ以内にあれば、その低潮線は当該海洋自然地形の領海幅を測定する基線となり得るが、ミスチーフ礁周辺12カイリ以内には、領海権限を有する他の海洋自然地形は存在しない。

(3)公海におけるFON作戦と他国の領海を無害通航するFON作戦との違いについては、前者の場合は、軍艦は、沿岸国の合法的な領海内において無害通航を実施する外国艦船に合法的に許容されている活動の範囲を規定する、国連海洋法条約第19条(無害通航の意味)に従う必要はない。明確に公海と断定できる海域では、艦船が取り得る活動の範囲には、実弾射撃演習のような公然たる軍事行動から、射撃管制レーダーの照射、艦載機、艦載ヘリや無人機の発進まで含まれている。これとは反対に、もしUSS Deweyが中国の事前通告要求に抗議するためにミスチーフ礁の12カイリ以内の海域を無害通航の要件に従って航行したことが明らかになれば、このFON作戦はミスチーフ礁が領海を有することを暗黙裏に認めたと解釈されかねず、従って、中国の過度な海洋権限要求は強化されることになりかねない。不幸なことに、今回のFON作戦については、その詳細が明らかにされておらず、国防省は2017年度のFON作戦に関する報告までこの作戦の詳細を公表する意図はないようである。

記事参照:
The US Navy's First Trump-Era South China Sea FONOP Just Happened: First Takeaways and Analysis

525日「航行の自由作戦、ミスチーフ礁に対する中国の主権主張に挑戦クラスカ論評」(Lawfare Blog.com, May 25, 2017

 米海軍大学国際法教授James Kraskaは、Web誌、Lawfare Blogに5月25日付で、"Dewey Freedom of Navigation Operation Challenges China's Sovereignty to Mischief Reef"と題する論説を寄稿し、要旨以下のように述べている。

(1)ロイター通信は5月24日、米海軍ミサイル駆逐艦、USS Deweyは中国が占拠する南シナ海のミスチーフ礁の12カイリ以内を航行したと報じた。中国はアメリカに「断固たる抗議」を行い、後に外交部は、ミサイル・フリゲート2隻を当該海域に派遣し、USS Deweyを追い払ったと述べた。トランプ政権下で初めての今回の「航行の自由(FON)」作戦は、ミスチーフ礁周辺海域に対する中国の領海主張に異議を申し立てるものであることに加えて、他の全ての中国の占拠海洋自然地形に対する中国の主権主張にも異議を申し立てるものであることから、重要な意味を持つ。

(2)中国は、ミスチーフ礁を巨大な人工島に造成した。米国防省によれば、USS Deweyは人工島の周辺海域を航行中、「溺者救助」訓練という単純な軍事訓練を実施した。このような訓練は他国の領海における無害通航では実施されないものであり、従って、このことは、USS Deweyがミスチーフ礁周辺海域で公海の自由を行使したことを示している。ミスチーフ礁周辺海域における公海の自由の行使は、南シナ海の海洋自然地形とその周辺海域に対する中国の主権主張を全面的に否認するものである。今回のFON作戦は、2015年10月27日のUSS Lassenによるスービ礁周辺海域の航行とは対照的である。この時、USS Lassenは無害通航の形で航行し、軽率にも当該海洋自然地形が領海を生成するものであることを示唆してしまった。USS LassenのFON作戦は、戦略的なメッセージを希薄にする曖昧な法的根拠によって、中国の手中に落ちたと手厳しく非難された。USS Deweyの場合、米国防省は、中国あるいは他の領有権主張国が主張しても、ミスチーフ礁周辺海域に領海を認めないことを明らかにした。アメリカは、ミスチーフ礁に対する中国の主権主張を拒否することを、通常のFON作戦に込めていたのである。

(3)ミスチーフ礁は幾つかの理由から領海を生成しない。

 a.第1に、ミスチーフ礁は如何なる国の主権下にもない。領海外にある「低潮高地」は領有の対象とはならず、従って、中国がこれを人工島に作り替えて大規模な港湾と滑走路を整備したが、これによって領有権限は生じない。しかも、ミスチーフ礁は、フィリピンのパラワン島の沖合135カイリの位置にあり、フィリピンの大陸棚の一部である。従って、フィリピンはミスチーフ礁に対する主権的権利と管轄権を有する。中国は、ミスチーフ礁とその周辺のサンゴ礁を破壊することで、EEZにおけるフィリピンの権限を侵害した。

 b.第2に、ミスチーフ礁が自然に形成された海洋地形であったとしても、当該地形が如何なる海洋権限を有するかが決定されるまで、領海を生成しない。海洋権限は、交渉あるいは訴訟を通じて仲裁され、裁定される。中国が主張するだけでは、法的権限は生じない。完全な大陸である南極でさえ自動的に領海を生成するわけではない。領海は国家主権の一部であり、従って、主権が合法的に取得されるまでは、領海も、そしてその上空の領空も生じない。

 c.第3に、中国を含む如何なる国家も、国連海洋法条約第3条に従って、ミスチーフ礁周辺に領海基線を設定できない。領海は基線から12カイリまでに測定されるが、基線が設定できなければ、領海も生じない。基線は、当該沿岸国が領海の幅員を測定する合理的で合法的な起点を有することを国際社会に通告するものである。理論的あるいは「幻影」の領海に挑戦した形のUSS LassenによるFON作戦とは違って、今回のFON作戦は、ミスチーフ礁周辺海域が公海であることを認識した適切なものであった。

(4)ミスチーフ礁は、フィリピンの大陸棚にある海洋自然地形として、領海も、その上空に領空も生成しない。従って、全ての国の艦艇や民間商船がその周辺海域を安全に航行できるように、全ての国の航空機はその上空を自由に飛行できる。オバマ前政権は、2016年7月の南シナ海仲裁裁判所の裁定を「最終的でかつ拘束力を持つ」と宣言した。米国のFON作戦は、挑発的でも、脅威を及ぼすものでもなく、米海軍戦闘艦の航行によって、沿岸国の過剰な海洋権限主張に抗議するものである。USS Deweyの航行は、ミスチーフ礁とその周辺海域に対する中国の「議論の余地のない主権」主張に挑戦するもので、仲裁裁定を「最終的でかつ拘束力を持つ」とするアメリカの見解を最も明確に表現するものであった。

記事参照:
Dewey Freedom of Navigation Operation Challenges China's Sovereignty to Mischief Reef 

526日「ミスチーフ礁と航行の自由作戦の意義」(The National Interest, May 26, 2017

 米シンクタンク、The Center for a New American Security(CNAS)のプログラムマネジャー、Hannah Suhは、米誌、The National Interest(電子版)に5月25日付で、"Mischief and FON in the South China Sea"と題する論説を寄稿し、要旨以下のように述べている。

(1)米海軍は5月24日、トランプ政権下で初めての「航行の自由(FON)」作戦を実施した。1度だけのFON作戦に多くの意味を持たせることは賢明ではないが、今回のFON作戦は、オバマ政権の「リバランス」政策に対する適切な批判から教訓を得ながら、同政権のアジア政策との一定の継続性を維持しようとしていることを示しているようである。国防省は、今回のFON作戦を粛々と実施し、特に声明も発表せず、今後そうする予定はないようである。代わりに、2018年に公表される2017年度FON報告にその詳細が記載されることになっている。このような作戦は定常的に実施されることに意味がある。公海の自由に基づくFON作戦の実施は、中国の間違った権利主張に公式に抗議したり、それに直接対抗したりすることなく、こうした中国の権利主張をさりげなく退けることになる。

(2)アメリカは世界規模でのFON作戦の実施に長い歴史を有しており、そのFON作戦計画は国連海洋法条約を含む海洋法規の趣旨に沿って実施されてきた。FON作戦は基本的に、過剰な海洋権限主張に対する異議申し立てのための法的手段であり、外交に代えて事態をエスカレートさせる軍事戦術ではない。米海軍は、様々な方法でFON作戦を実施している。オバマ政権下では、海軍は2つの方法でFON作戦を実施した。1つは「公海」の自由の行使であり、もう1つは「無害通航」の実施である。公海の自由を行使するFON作戦は、海洋に対する過剰な権利主張を認めず、代わりに当該海域を国際公共財として扱い、従って公海においては海軍による軍事演習の実施が許容される。「無害通航」に基づくFON作戦では、海軍艦艇は軍事活動を実施することなく係争海域を通航するが、これは、当該国の海洋権限主張に従ったものでもなければ、アメリカがそのような主張を容認するものでもない。2016年10月に西沙諸島周辺で実施されたオバマ政権最後のFON作戦や、南シナ海仲裁裁判所の裁定後初めて実施されたFON作戦と同様に、今回のミスチーフ礁周辺海域で実施されたFON作戦は、「溺者救助」訓練を実施し、公海の自由を行使したFON作戦であった。

(3)ミスチーフ礁周辺海域の選択は賢明なものであった。事実上、中国の完全な支配下にある西沙諸島とは異なり、ミスチーフ礁もその一部を構成する南沙諸島は、北京が飛行場の建設、レーダー・システムやミサイル防衛システムの設置など、多大の努力を傾注しているが、数カ国の領有権主張が重複していることには変わりがない。中国はこれらの建築物を民間用と主張しているが、これら軍用施設は、他国がこの海域にアクセスすることを拒否するとともに、中国の西太平洋への戦力投射に使用できる。ミスチーフ礁について特筆すべきは、仲裁裁判所が同礁を海洋の直中にある「低潮高地」と裁定し、従って、それ自体何らの海洋権限も生成しないということである。ミスチーフ礁は法的には「フィリピンのEEZと大陸棚の一部」であり、中国はそこに何らの海洋権限も主張できない。ミスチーフ礁周辺海域でFON作戦を実施することで、トランプ政権は、南シナ海仲裁裁判所の裁定を尊重し、オバマ政権と同様に、国際規範と法の支配といった価値観を引き続き支持していくであろう。

(4)FON作戦は、トランプ政権は中国の過剰な主張に異議を申し立て、そのような主張を「取引」の梃子として使用しようとする試みに抵抗していく、というメーセージとなり得る。もしこうしたFON作戦が継続されるならば、アメリカの長期的な国益と地域の懸念を犠牲にした米中関係の行き過ぎた「和解」の促進、あるいは習近平主席とのより緊密な関係の模索といった、トランプ政権に対する専門家の懸念を和らげることになるかもしれない。南シナ海問題を他の米中間の諸問題を切り離すこと(そして他の諸問題との取引材料として南シナ海を利用しないこと)は、正しい方向への第一歩である。更に、FON作戦の実施時期が重要である。今回のFON作戦がマティス国防長官も出席するシャングリラ・ダイアローグの1週間前に実施されたことは、アメリカのこの地域に対するコミットメントの継続を誇示する上で重要なシグナルとなった。とはいえ、1回だけのFON作戦で戦略となるわけではない。アジアにおけるアメリカのプレゼンスと関与の継続の重要性、米中の複雑な2国間関係、そして国家安全保障へのそれらのインパクトを理解することは、効果的な国防政策を策定する上で肝要である。トランプ政権がこれらの問題の重要性を完全に洞察しているかどうかは定かではないが、FON作戦の抑制された、しかし明白な特性は、トランプ政権が単なる大言壮語ではなく、政策の重要性を把握し始めたというメッセージになり得る。

記事参照:
Mischief and FON in the South China Sea 


【補遺】 旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

1. A Vision of Trump at War
Foreign Affaires.com, March 22, 2017 (May/June Issue)
PHILIP GORDON, a Senior Fellow at the Council on Foreign Relations

2. "Alternative" Strategic Perceptions in U.S.-China Relations
East West Institute, May 26, 2017

3. A Brief History of U.S. Freedom of Navigation Operations in the South China Sea
USNI News.com, May 29, 2017


編集・抄訳:上野英詞
抄訳:秋元一峰・倉持一・高翔・山内敏秀・関根大助・熊谷直樹
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