海洋安全保障情報旬報 2017年5月1日-5月10日・5月11日-5月20日合併号

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51「旧日本海軍の空母計画から類推する、中国海軍の空母『遼寧』の今後米専門家論評」(The Diplomat.com, May 1, 2017

 米The Patterson School of Diplomacy and International Commerce上席講師Robert Farleyは、Web誌、The Diplomatに、5月1日付けで、"What Does China's New Aircraft Carrier Mean for the Liaoning?" と題する論説を寄稿し、中国は、旧日本海軍が戦間期に進めた空母計画を注意深くなぞっているように思われるとして、要旨以下のように述べている。

(1)中国は最近、最初の国産空母を進水させたが、「遼寧」に似た設計で建造されたこの艦は中国で建造された最大の軍艦である。暫定的に「山東」と命名されている新空母は2020年に就役する予定で、異母姉とでもいうべき「遼寧」の就役から8年後、また長女ともいうべき異母姉、Admiral Kuznetsovの就役から数えて30年後となる。Admiral Kuznetsovは旧ソ連海軍の主力空母で、「遼寧」は元々この艦級に属していた。ほぼ1世紀近い時間差があるが、20世紀における旧日本海軍の空母航空部隊の計画過程に照らして、中国の計画の進展を検討してみるのが有益である。中国海軍も旧日本海軍もほとんどゼロからのスタートで、中国海軍の空母計画の進展は旧日本海軍のそれをなぞっているように思われるからである。

(2)旧日本海軍は1922年12月、「鳳祥」を就役させた。同艦は、最初から空母として建造された世界初の空母である。「鳳祥」は排水量約9,000トンで、戦間期であったとしても非常に小型であった。「鳳祥」は、約15機の航空機を搭載でき、速力は25ノットであった。同艦は同時代の英空母より小型であったが、最初から空母として建造されたことは他の艦種から改造された空母(例えば、空母「赤城」は元々巡洋戦艦として建造が開始され、ワシントン海軍軍縮条約によって空母に改造された)に比して優位性を持っていた。 中国海軍は、外国からの最低限の支援で空母航空部隊計画に着手した。中国は、後に「遼寧」となる船体をウクライナから、Su-27戦闘機をロシアから購入したが、それ以外は中国が独自に新しい空母計画の様々な問題に対処しなければならなかった。 他方、旧日本海軍は、19世紀後半から英海軍との連携を維持しており、一時、大型艦のほとんどを英国の造船所に発注していた。従って、旧日本海軍が空母航空部隊に取り組み始めた時には、世界で唯一空母運用経験を持つ国からの支援を得ていた。英海軍は1918年から空母艦載機を運用しており、英海軍のパイロットは「鳳祥」に着艦した最初のパイロットの1人だった。彼らパイロットが日本人パイロットの訓練を支援した。

(3)「鳳祥」は、1927年に「赤城」が就役するまで、5年間にわたり旧日本海軍唯一の空母であった。この時系列は、中国海軍の空母計画のそれと似通っている。「鳳祥」の任務の大半は、訓練と戦術及び航空機の運用術の開発であった。戦術と運用術は、旧日本海軍の空母航空部隊の発展の中核となるものであった。多くの分析者は、「遼寧」は今後とも同様の任務を果たしていくと見ている。旧日本海軍は、1930年代初めに更に2隻の空母を就役させた。「鳳祥」の航空機は1932年1月、空母「加賀」とともに、上海事変において中国の拠点に対して空母航空隊として初めての戦闘任務を行った。第2次世界大戦勃発後、「鳳祥」は、幾つかの戦闘任務にも参加したが、主として訓練艦としての伝統的な役割に従事した。驚くべきことに、1945年に何度かの空襲を受け重大な被害を被ったにもかかわらず、「鳳祥」は生き延びた。戦後、復員業務に従事し、1946年にスクラップされた。

(4)今のところ、日本が戦間期に採ったように、中国は、その空母計画を注意深くなぞっているように思われる。「遼寧」は、既に優れた成果を上げているが、より近代的な異母妹が就役した後も、主に訓練任務の役割を果たし続けるのか、それとも作戦任務に充当されるのか、注目されるところである。

記事参照:
What Does China's New Aircraft Carrier Mean for the Liaoning?

52日「中国のグレーゾーン戦略、5つの側面とそれへの対応ホームス、ヨシハラ論評」(The National Interest, May 2, 2017

 米海軍大学教授James Holmesと戦略予算評価センター(CSBA)上級研究員Toshi Yoshiharaは、米誌The National Interest(電子版)に5月2日付で、"Five Shades of Chinese Gray-Zone Strategy"と題する長文の論説を寄稿し、中国のグレーゾーン戦略に対抗するために、ワシントンとその同盟国は、グレー分野で考える必要があり、平和と戦争の間の不明瞭さ中で行動することに慣れなければならないとして、要旨以下のように述べている。

(1)ワシントンは、漸進的な措置を積み重ねる北京の小さな棍棒外交を警戒すべきである。「グレーゾーン」による侵略を抑止することは難しい。何故なら、グレーゾーンの侵略者は、不安定な平和と軍の対応を正当化する武力紛争との間の敷居を踏み越えることを慎重に避けながら、現状を少しずつ覆し、新しいものに置き換えようとしているからである。漸進的な侵出は、現状を維持する側に、魅力のない選択肢の検討を強いることになる。彼らは、最初に行動することで、戦争を引き起こした、過剰なリスクを冒した、修正主義者を挑発した、あるいは平和を不安定にしたという、責めを負わされることになるかもしれない。あるいは、そのようなコストを負担したくなければ、彼らは、無作為か中途半端なやり方に身を任せることになる。政治家は、困難な決定を先送り傾向があり、煮え切らない態度をとって、主導権を奪われる可能性がある。逆に、事態をエスカレートさせ、自国を不当な批判に晒す可能性もある。グレーゾーン戦略は、既存の秩序を維持する側に、確実にこうした苦境に陥らせるように仕組まれているのである。

(2)過去20年にわたり、北京は、島嶼、海域そして空域に対する北京の主権主張を拒否する側を当惑させる、様々な策略をめぐらせてきた。

 a.第1に、中国共産党(CCP)は、1992年の国内法で、沖合の領土に対する領有権主張を成文化し、中国が東シナ海および南シナ海における係争中の海洋自然地形とその周辺海域に対する管轄権を有することを宣言した。この「領海及び接続水域法」は、中国の近海域に対する法外な狙いを鮮明にしたものである。CCP指導部は2009年に、南シナ海のほぼ80~90%を占める海域に対する「疑問の余地のない」主権を図示した、「9段線」を書き込んだ南シナ海地図を国連に提出した。その後、中国の主権主張を違法とした2016年の南シナ海仲裁裁判所の裁定を無視した。北京は、グレーゾーンで活動する際、国連海洋法条約(UNCLOS)などに対する遵守意志をほとんど持っていないように思われる。また、中国は2013年に、日本と韓国が実効支配している島嶼を含む、東シナ海上空に防空識別圏を設定した。これは空域を管制することが真の狙いだが、最近の韓国に向かう米空軍爆撃機への対処に見られるように、設定時に公表した厳格な対処方針を実施しているわけではない。

 b.第2に、中国の「微笑外交」は、薄いグレーゾーン活動の中でも最も薄いものである。北京は2000年代初頭に、明王朝の提督、鄭和のカリスマ性を描写した「外交的な物語」を創作した。鄭和は、領土征服に専念することなく、東南アジアと南アジアにおいて、中国の朝貢システムを再活性化させた。現代の北京の官僚は、中国が鄭和のやり方を追随するであろうことを、アジアの近隣諸国に再確認することに腐心した。そうすることで、自らを強力だが慈悲深い海洋国家とし、弱い近隣諸国を乱暴に扱わないと信じてもらうのである。要するに、微笑外交とは中国をユニークだが信頼できる大国と印象付けるとともに、海洋への進出に対する抵抗を和らげようとするものであった。

 c.第3に、グレーゾーン戦術は、北京が2009年に「9段線」を公にして以降、悪意のある、より威嚇的な方向へ向かい始めた。CCP指導部は、海軍力による大きな棍棒を振り回すよりも、漁船団に乗り込んだ海上民兵と協同した、海洋法令執行機関による小さな棍棒を振るい始めた。小さな棍棒外交は、威嚇的なグレーゾーン戦略を象徴するものとなった。小さな棍棒は、辛うじで沿岸警備隊に格付けされるような海軍を持つアジアの近隣諸国を威嚇するには十分なだが、アメリカをして同盟国や友好国を護るために海軍力の投入を決意させるには小さ過ぎる。アジアの沿岸諸国を繰り返し苦しめてきたことは、中国海警局や海洋法令執行機関が遥か古代から中国に属していた海域の秩序を護ってきているというイメージを生成した。要するに、小さな棍棒外交は、米海軍に対してはグレーゾーン戦略を構成するが、アジアの領有権主張国に対しては悪意のある威嚇的なものであった。

 d.第4に、中国は、東シナ海でも小さな棍棒外交の派生型を試みた。概ね2010年以降、中国海警局巡視船は、尖閣諸島周辺海域で定期的な哨戒活動を始めた。その狙いは、日本による島々とその周辺海域に対する実効支配に挑戦することであった。これに対して、東京は、自らの実効支配を強化するために、尖閣諸島領海とその周辺海域に海保巡視船を恒常的に展開させた。その結果、尖閣諸島周辺海域に対する日中の共同管理のような奇妙な形になった。双方とも、自国の海域と見なす海域で海洋法令執行活動を行っている。オバマ前政権もトランプ政権も日米安保条約の尖閣諸島への適用を再確認したが、中国の東シナ海戦略は、南シナ海と同じように二元的で、日本に対して威嚇的だが、アメリカが対応策をとる手前の段階で止めている。この戦術は、中国に有利な方向に現状を変更するには十分だが、日本との間で作用と反作用のサイクルを段階的にエスカレートさせる程には十分ではなかった。あらゆる兆候から見て、こうした状況は、アメリカの日本防衛コミットメントに対する東京の不安を高め、日米の同盟に対する影響力を中国に与えている。こうした状況は、北京が尖閣奪取を自制するまで続くであろう。

 e.第5に、CCPの指導者は、人工島の造成、あるいはその要塞化が効果的なグレーゾーン戦略を構成することを理解している。人工島の造成事業は、長年にわたり幾つかの形態をとってきた。例えば、中国は1994年に、フィリピンのEEZ内にあるミスチーフ礁(美済礁)を占拠した。その後直ぐに、この環礁で建造物の建設を開始し、1998年には軍事拠点に替え、そして2016年までに飛行場と防衛装備を収容するに十分な地積に拡張した。漸進主義がミスチーフ礁での目的に適っていたとしても、中国は、フィリピンのEEZ内にある別の海洋自然地形、スカボロー礁(黄岩島)では極めて自制的である。2012年のスカボロー礁の占拠は、微笑外交から小さな棍棒外交への最終的な転換を画するものであった。中国の海洋法令執行機関は、この伝統的な漁場からフィリピン漁民を追い払い、この環礁へのアクセスを規制した。しかしながら、中国は、武装化された新たな要塞を造成するための周辺海底の埋め立て作業をまだ開始していない。何故自制しているのか。この環礁の位置が、北京をして思い止まらせたのかもしれない。他の係争中の海洋自然地形とは異なり、スカボロー礁は、フィリピンの主要な島であるルソン島に近接している。もし中国がアメリカの同盟国の近くに要塞化された前哨基地を建設すれば、長く続いてきた相互防衛条約に基づいてフィリピン防衛義務を負う米軍を引き込むことになる、と中国の指導部は恐れているのかもしれない。政治要因も同様に作用している。2016年に選出されたフィリピンのドゥテルテ大統領は、中国に擦り寄る一方で、アメリカとの同盟関係を弱めていくという意向を示している。従って、挑発行為を自制することは、恐らくCCPの指導者にとって賢明なように思われる。

 f.そして最後に、中国は、南沙諸島と西沙諸島の別の海洋自然地形では、大規模かつ迅速な埋め立て活動を行った。中国は、2013年に南シナ海に点在する岩や環礁を人工島に作り替え始めた。中国の習近平主席は、当時のオバマ政権を牽制するため、人工島を「軍事化しない」ことを約束し、その間急速に滑走路やその他の関連インフラを建設し、既成事実を作り上げた。最早、戦闘行為以外に、これを覆すことは難しい。結局、北京は、域内諸国やアメリカに、新たな不可逆的な戦略的現実を受け入れさせることになった。

(3)こうしたグレーゾーン戦術は、中国が東シナ海と南シナ海での海洋紛争に国力のあらゆる要素を動員していることを示している。北京は、アメリカ主導の自由主義的国際秩序を徐々に突き崩していくために、法律、外交、海洋力などあらゆる手段を動員してきた。何十年にも亘って培ってきた大規模なインフラ整備能力も、南シナ海の中心部において威力を発揮しており、戦略的成功に貢献している。その結果、現在の秩序の管理者にとって、戦略の海洋的側面について考えるだけでは不十分である。中国のグレーゾーン戦略を阻止するために、ワシントンとその同盟国は、北京を見習い、多くの分野で、同時に忍耐強くかつ慎重な相殺圧力を課す、総合的な大戦略的態勢を採らなければならない。要するに、現状維持の立場に立つ防衛者は、グレー分野で考える必要があり、平和と戦争の間の不明瞭さ中で行動することに慣れなければならない。これができなければ、地域秩序形成のイニシアチブは、中国に譲ることになろう。

記事参照:
Five Shades of Chinese Gray-Zone Strategy

53日「ロシア、世界最大の北極海用調査潜水艦建造」(The Barents Observer.com, May 3, 2017

 ノルウェーのThe Barents Observer(電子版)が5月3日付で報じるところによれば、ロシアは、世界最大の北極海用の原子力推進調査潜水艦を建造中である。それによれば、セヴェロドヴィンスクの造船所で建造中のこの潜水艦は北方艦隊のBelgorodで、2018年に進水予定である。この潜水艦は、冷戦期の世界最大のSSBN、Typhoon級よりも全長が11メートルも長い。この潜水艦の船体は1992年にセヴェロドヴィンスクの造船所で起工された未完成のOscar-IIがベースとなっており、またOscar-IIの船体は両サイドに巡航ミサイルを搭載するために大部分の潜水艦よりも船腹が大きく、ミサイルを撤去して、そこに特殊装備を搭載すると見られる。更にOscar-IIは全長154メートルだが、Belgorodはそれよりも30メートル長い184メートルで、延長部分には圧力室を含む、無人自走式潜水艇などの特殊装備が収納される。ロシア・メディアの報道によれば、この潜水艦は、ロシアの北極海大陸棚の海底資源探査と、潜水艦通信用システムの敷設に使用されるという。Belgorodは原子炉2基を搭載し、収納する潜水艇も、特殊目的用に開発されたミニ潜水艦、Losharikと同じように、原子力推進になると見られる。ロシア軍事科学アカデミーの教授は、この潜水艦は世界最大の原潜であるばかりでなく、ロシア海軍で最もユニークな潜水艦である、と指摘している。

記事参照:
Now, Russia builds a submarine even bigger than the Typhoon

53日「米沿岸警備隊司令官、北極海におけるロシアの軍事プレゼンス強化を警告」(Stars and Stripes.com, May 4, 2017

 ポール・ズクンフト米沿岸警備隊司令官は5月3日、シンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS)での講演で、アメリカが時間を空費している間に、ロシアは北極海に巨大な軍事プレゼンスや産業施設を建設してきた、と警告した。ズクンフト司令官によれば、商船や艦艇の航行に不可欠の砕氷船について見れば、ロシアが40隻保有しているのに対して、アメリカの稼働砕氷船はわずかに2隻で、北極海で運用できるのは1隻のみである。沿岸警備隊は2023年までに6隻の砕氷船の建造を要求しているが、連邦予算の現状から高いハードルである。一方、ロシアは、今後数年間で、巡航ミサイルを装備した2隻の砕氷能力を持つコルベットを推進させる計画だが、米海軍水上艦隊にはこの種の戦力に対抗するものがない。もっとも、ロシアのこうした戦力増強は、アラスカ州周辺の米北極領を指向しているわけではなく、これら戦力の大部分は西方の欧州や大西洋を担任する北方艦隊に属している。ロシア太平洋艦隊は、北方艦隊より戦力が劣る。

記事参照:
US Coast Guard chief warns of Russian 'checkmate' in Arctic

54日「南シナ海での中国の資源開発の狙い英専門家論評」(RSIS Commentaries, May 4, 2017

 英The European Center for Energy and Resource Security(EUCERS)研究部長Frank Umbachは、シンガポールのS.ラジャラトナム国際学院(RSIS)のRSIS Commentariesに5月4日付で、"The South China Sea Disputes: The Energy Dimensions"と題する論説を掲載し、中国が南シナ海において資源開発を行う動機は商業的なものだけでないと指摘して、要旨以下のように述べている。

(1)南シナ海はしばしば「新たなペルシャ湾」といわれ、大量の石油天然ガスの埋蔵が噂されてきたが、2013年の米エネルギー情報局の見積では、石油はメキシコ湾のそれに匹敵する110億バレル、天然ガスはロシアを除く全欧州のそれに匹敵する190兆立米の埋蔵が見込まれている。しかしながら、中国の多くの見積ではこれよりもはるかに多く、例えば、中国国営の中国海洋石油総公司(CNOOC)の見積では、南シナ海の埋蔵量は、石油が1,250億バレル、天然ガスが500兆立米で、中国の全石油天然ガス埋蔵量の3分の1に達する。埋蔵量に加えて、南シナ海の資源開発を複雑にしているその他の要因としては、第1に、南シナ海には、未探査海域に更に多くの現在までに未発見の資源が存在する可能性である。米国地質調査所(USGS)は、未発見の50~220億バレルの石油と70~290兆立米の天然ガスがあると推定している。第2に、こうした資源の多くが商業ベースで開発可能かどうかを判断するには、結局のところ探査と掘削を行うしかないということである。第3に、探査と掘削は、使用可能な技術と、こうした掘削プロジェクトを実施する上での政治的、産業的利害とに左右されるということである。

(2)2016年7月12日のハーグの南シナ海仲裁裁判所の裁定は、南シナ海に対する中国の「歴史的な」領有権主張を却下した。この裁定は、領有権や資源を巡る南シナ海紛争が、長年議論されてきた南シナ海での石油、天然ガスの共同開発に新たな展望を開くかもしれないことを示している。マレーシアとタイの事例は手本になり得る。両国は1979年に、係争海域における共同の炭化水素プロジェクトを実施することで合意した。この合意によれば、係争海域を「共同開発鉱区」に指定し、共同探査プロジェクトを実施するというものであった。北京は原則的に、近隣諸国と石油、天然ガスの共同開発を行うことに前向きな姿勢を示している。しかしながら、大抵の場合、中国は共同開発を支持する前提条件として、最初にパートナー諸国や近隣諸国が係争海域に対する中国の主権と領土的主張を認めるべきだとしている。中国が南シナ海に関して国際法を受け入れ、領有権問題に対してより実際的にならない限り、共同開発の前途は不透明なままであろう。

(3)この10年間、南シナ海にける領有権主張国は、それぞれ自国の国営石油ガス企業の技術的能力の向上もあり、浅海域(水深200メートル以下)において石油、天然ガス探査プロジェクトを強化するとともに、深海域(水深200~300メートル)における探査にも関心を高めている。しかしながら、「超深海域」(水深1,500メートル)での石油天然ガスの掘削は、現在のところ世界市場における石油価格が低迷しているため、商業的にほとんど採算が取れないであろう。その結果、国際的なエネルギー企業は、世界的に海洋探査プロジェクトの数を減らしてきた。CNOOCは2016年6月、昨今のマーケット事情と、第13次5か年計画(2016年~2020年)における天然ガス需要の減少見込みから、自社が発見した深海ガス田開発を2020年以降に延期すると発表した。中国は、一連のプロジェクトを数年間延期したものの、南シナ海における深海エネルギー開発プロジェクトを断念し、エネルギー資源戦略を変更したわけではない。現在でもCNOOCは、2014年から2030年の期間中、新鋭海洋掘削設備の約70%を深海プロジェクトに割り当てている。中国は、2015年12月の段階で、水深3,000メートル以上の深海底で操業可能な7基の石油掘削プラットフォームを含む、57基の深海石油開発生産設備と支援船を保有していた。最新鋭の第7世代半没式掘削リグは、水深3,600メートルの深海底でも稼働でき、水深1万5,000メートルの深海底まで掘削井による探査が可能である。

(4)多くの南シナ海問題の専門家は、中国が脆弱な海洋ルートによる石油とLNGの輸入を減らすことで、エネルギー自立を追求する戦略を推進していることから、エネルギー資源が南シナ海の海洋紛争を激化させていると見てきた。このことは一面の事実だが、彼らは、中国が、石油天然ガス掘削プロジェクトを、領有権主張を強化するために南シナ海の環礁を「漸進的に占拠する」手段の1つとして用いてきたことを見落としている。例えば、CNOOCの王宜林董事長は2012年8月8日、同社初の深海石油リグ981の「任務」が商業目的に止まるものでなく、石油リグの任務は「国家のエネルギー安全保障を確保し、海洋戦略を進めて国家の海洋主権を守る」ための「動く国土」であると強調した。中国国営メディアは2016年7月、渤海湾の埋蔵重油の開発に加え、南シナ海の深海域で操業するにコントロールセンターや労働者の居住スペースを備えた海洋生産基地などを支援するための、海上浮動式原子力発電所に関する報道を行った。中国は2017年2月、南シナ海の主要海域に初めての長期海中監視プラットフォームを設置すると発表したが、その位置の公表を拒否し、それ以上の情報を公開しなかった。中国はその1カ月後、「最大で最深海域で操業できる」4万2,000トンの海洋石油探査プラットフォーム、Bluewhale"を進水させた。Bluewhale"は、南シナ海の深海底油田探査のために特別に設計されたもので、最大3,600メートルまでの掘削を行うことができる。

記事参照:
The South China Sea Disputes: The Energy Dimensions

59日「中国国産空母の進水インド専門家論評」(War On The Rocks.com, May 9, 2017

 インドのThe Observer Research Foundation海洋政策担当Abhijit Singh上席研究員は、Web誌、War On The Rocksに5月9日付けで、"China's Aircraft Carriers are Coming, But India Should Keep Calm and Carry On"と題する長文の論説を寄稿し、中国の国産空母の進水とインド洋への中国の野心について、要旨以下のように述べている。

(1)インドでは、中国の国産空母Type 001A「山東」の進水は特に関心を呼んだ。インドの多くの専門家は、「山東」の進水を、主として地政学的観点から、即ち、インド洋への中国の野心の現れと見た。彼らは、「山東」の進水はインドにとって戦略的に重要な意味を持つと指摘している。まず、中国の新空母のサイズとタイプはインドの海軍航空戦力に大きな差をつけるもので、排水量7万トンのType 001Aは、24機のJ-15戦闘機、先進拠点防空兵器(HQ-10)、及び最新Sバンドレーダーを含む、強力な戦略戦力を備えた大型空母である。インド海軍の空母、INS Vikramadityaはこれよりやや小型であるだけでなく、能力的にも劣る―艦載機MiG-29Kのトラブルが続いている。また、デリーの戦略コミュニティは、中国の国産空母の象徴性と、インド海軍の国産空母の建造に要する期間に比して、はるかに短い期間で進水したことにも注目している。更に、中国海軍は合計6隻の空母(インド海軍は2隻配備)を建造する計画であるとの中国の王毅外交部長の発言は、インドの海洋隣国の「あからさまな意図」を示唆するものとして、特にインドの関係者を懸念させるものであった。

(2)とはいえ、インドの海洋専門家はあまり騒がない方が賢明であろう。「山東」を巡って大げさな報道がなされているが、中国の空母が近い将来、遠海域での継続的な作戦行動のための運用上の課題を克服するであろうと判断できる証拠はほとんどないからである。実際、中国の空母は近い将来、インド洋への戦力展開を実現できないかもしれない。唯一の稼働空母、「遼寧」の艦載航空団は小規模で、訓練途上であり、遠海域での調整された作戦遂行能力をほとんど持っていない。また、唯一の艦載戦闘機J-15はペイロードと燃料積載量が限定され、しかも「遼寧」には12機しか搭載されていない。「山東」はより大型で、24機のJ-15戦闘機を搭載できるが、完全な運用能力を達成し、インド洋地域で艦隊活動を支援できるようになるまでは今後数年を要するであろう。

(3)中国の空母が近い将来、遠海域での艦隊航空任務を遂行することは、2つの理由から、困難であろう。第1に、「遼寧」と「山東」はともに、短距離離陸拘束着艦方式(Short Take-off and Barrier Assisted Landing: STOBAR)の空母で、カタパルト射出が必要な重い空中早期警戒管制機を運用できない。第2に、艦載機J-15(ロシア製Su-33がベース)は、作戦能力の評価に必要な信頼できるデータがないため、戦闘機としての能力が実証されていない。パイロットの訓練も、インド洋地域への中国空母の最終的な展開を先延ばしする、もう1つの大きな要因である。中国のパイロットが高水準の艦載機運用能力を達成するまでには時間がかかるが、飛行甲板要員の訓練ももう1つの難題となろう。飛行甲板要員が甲板上の全ての動きを学ぶには、長い時間を要する。更に、中国の空母指揮要員は航空部隊の運用に習熟する必要があり、このことも必然的に、インド洋地域への空母展開を遅らせる要因になろう。インドは、こうした要因から、中国空母の脅威をあまり心配することはないが、更にもう1つのより大きな要因がある。それは兵站補給能力である。「遼寧」は就役から2年経つが、2016年12月の西太平洋から南シナ海への短期間の航海を除いて、遠海域への航海を行っていない。米国防省の中国の軍事動向に関する最近の報告書は、「限定的な兵站支援の能力は依然として、中国海軍が東アジアを超えて更なる遠海域でより広範囲に行動することを妨げている主たる障害となっている」と指摘している。確かに、ジブチの中国の兵站ハブは重要な進展である。北京は既に、統合兵站支援部隊を編成しており、その海上交通路と増大する海外利益を護るために、ジブチとパキスタンのグワダルに海兵部隊を配備する計画を発表している。

(4)インドにとってインド洋における真の問題は、中国の空母ではなく、2012年からベンガル湾とアラビア海に恒常的に展開している中国海軍の潜水艦である。中国が南アジア海域における海中活動を押し進めるための支援施設として、パキスタン、スリランカ及びバングラデシュでの海洋施設の開発を利用する可能性があることを示唆する証拠がある。インドは13隻の稼働潜水艦しか保有しておらず、中国の空母計画に対するインドの懸念は、このより深刻かつ差し迫った潜水艦の脅威から目を背けさせている。インドの専門家は、インド洋周辺地域に対する真の海洋影響力を獲得するためには、中国はアラブ海とベンガル湾においてより多くの潜水艦を必要とするであろうことを理解しなければならない。中国海軍は、南アジアのパワーゲームに具体的な影響を及ぼすために、目に見える海軍力を誇示する空母と艦隊活動を必要としている。従って、このためには、インド洋中央部と東部で補給、備蓄及び修理センターを必要とする。これらがなければ、中国海軍は、長期間に亘って南アジア沿岸海域で空母戦闘群を展開させることは難しいであろう。

(5)短期的には、中国の空母はインド洋で平時におけるソフトパワーの誇示のために使用されると見られる。このことはインドにとって厄介な問題ではあるが、インド洋におけるニューデリーの作戦運用と政治的影響力を損なうわけではない。中国は、インドとの大規模海軍戦闘を遂行する上で、アクセス協定と商業施設が補給支援を提供できないことを承知している。しかし、例え北京がインド洋地域で軍事兵站インフラ網を構築できたとしても、これら施設は全て、インドの攻撃機とミサイルの攻撃可能範囲内にある。インドの海洋計画立案者と政策担当者は、平静に将来計画を立案しなければならない。中国海軍はインド洋に到着したかもしれないが、それが近い内に南アジアにおける恒常的プレゼンスになることはなさそうだからである。

記事参照:
China's Aircraft Carriers are Coming, But India Should Keep Calm and Carry On

59日「EEZ内での他国の軍事的活動の是非を巡ってマレーシアの見解」(RSIS Commentaries, May 9, 2017

 マレーシア国防大学講師BA Hamzahは、シンガポールのS.ラジャラトナム国際学院(RSIS)のRSIS Commentariesに5月9日付で、"Unauthorised Manoeuvres in Waters: US Chides M'sia Restrictions" と題する論説を掲載し、アメリカはマレーシアによる原子力船の領海内航行に対して事前通報を求めることは違法であり、国際慣習法に抵触すると主張しているが、果たしてそうであろうかとして、要旨以下のように述べている。

(1)アメリカは、マレーシアによるEEZ内での武器を伴った軍事的活動の規制に対して挑戦し、原子力船の領海内航行に対して事前通報を求めることは違法であり、国際慣習法に抵触すると主張しているが、果たしてそうであろうか。米国防省による「航行の自由」に関する2017年の報告書は、マレーシアを含む22カ国について、海洋における過剰な権利主張を行っていると非難している。アメリカは、海洋における過剰な権利主張が航行の自由を妨げており、これは慣習国際法に抵触するとの立場を採っている。米国防省は、2つの理由―1つは、自国領海内における原子力船の航行について事前通報を求めていること、もう1つは自国のEEZ内での外国軍による軍事的活動の実施を認めていないこと―から、マレーシアを非難している。自国領海内への外国軍艦船の航行に対して事前通報を求める国には、アルバニア、中国、クロアチア、インド、モルディブ、マルタ、オマーン、パキスタン、韓国、タイ及びベトナムが含まれる。

(2)原子力船や軍事的活動に対するマレーシアの規制は、1996年の国連海洋法条約(UNCLOS)批准に伴って国連に寄託された批准書で宣言されたものである。マレーシアの宣言は、1969年の「条約法に関するウィーン条約」の規定に従って、「UNCLOSの規定は、当該沿岸国の同意がない、他国軍によるEEZ内での軍事的活動や演習、特に武器の使用や爆発などの行為を伴う活動や演習を認めていない」と理解していることを示している。EEZはUNCLOSだけが規定しているものであり、アメリカは未だそれに加盟していない。現在、UNCLOS批准国の内、27カ国がアメリカの見解に同意せず、その解釈を無視している。アメリカや他の主要な海洋国家は、UNCLOS第87条「公海の自由」で示された「国際利用」には、他国のEEZ内で軍事的活動を実施する(国によって実施の態様は様々だが)権利が含まれている、との立場を採っている。これらの国々は、UNCLOSには、他国のEEZ内での軍事的活動を規制する条項はないと指摘し、UNCLOS条約87条(1)の「この条約及び国際法の他の規定」と、同第58条(1)の「国際的に適法な海洋の利用」は、1996年のマレーシアの批准書で宣言されたような、特に武器を使用や爆発などの行為を伴う軍事演習や活動について言及していないと指摘している。

(3)しかしながら、マレーシアのEEZ内で実施される活動が軍事的性格のものであり、しかもこうした活動が軍事所要を満たすデータを収集するものである限り、こうした活動は、マレーシアの事前許可がなければ実施できない。「平和的でない」か、マレーシアの安全を損なうと見なされる軍事的活動は許可されない。また、1996年の宣言は、原子力船及び核物質運搬船のマレーシア領海内通航にも事前許可を求めている。これは、過密なマラッカ海峡―2016年には7万隻以上の船舶がマラッカ海峡を通航―での事故による被害を考慮したものである。外国の領海内で通航船舶が起こした事故によって生じる被害については、UNCLOSの規定で旗国が全ての責任を負う。因みに、マレーシアは、マラッカ・シンガポール海峡を通航する深喫水船と大型原油タンカー(VLCC)に対しては、海底と船底との間に3.5メートルのクリアランスを求めるとともに、分離航路帯に従って注意深い航行を求めている。深喫水船とVLCCのマラッカ・シンガポール海峡通峡に関する方針は、1982年4月28日付の第3次国連海洋法会議議長宛のマラッカ・シンガポール海峡通峡船舶に対して喫水線下クリアランスを求める書簡と、「1984年のマラッカ・シンガポール海峡通峡船舶規則(衝突規則)」に記載されている。しかしながら、奇妙なことに、1982年の書簡も1984年の規則も、前述の1996年の宣言に記載された原子力船や核物質運搬船については何ら言及していない。

(3)マレーシアは、自国のEEZにおける他国の軍事演習実施を、主権、国内法及び安全保障の観点から許可しない権限を主張している。マレーシアの見解では、第1に、一定の法的な制約を受け入れている沿岸国として、マレーシアは、自国の領海とEEZにおける絶対的な主権的管轄権を有している。第2に、自国のEEZにおける外国の軍事的活動に対するマレーシアの管轄権を明確に禁止する、如何なる国際法も見当たらない。そして第3に、外国による不許可の軍事的活動はマレーシアの安全を脅かす可能性があり、それはまた平和的行動と見なすことができない。更に、マレーシアは、条約としての1982年のUNCLOSを、加盟国のみに適用される条約であると考えている。UNCLOSは条約として発効しているが、全ての条項は、加盟国が遵守し、執行する義務を負う慣習国際法としての「法的確信」を得たものではない。軍事的活動に関する条項もその1つである。沿岸国としてマレーシアは、自国の管轄海域における秩序維持に主たる責任と義務を有している。不許可の、あるいは違法な軍事的活動は、この沿岸国の主たる義務に反し、EEZ内における軍事的活動に関するUNCLOSに定められた沿岸国の管轄権を損なうものである。

(4)マレーシアは、EEZにおける不許可の軍事的活動は違法であり、主権国家の領土保全と政治的独立に対する脅威であると考えている(国連憲章第24条「平和と安全の維持」、及びUNCLOS第301条「海洋の平和的利用」)。マレーシアはまた、事故が起こりやすい狭いマラッカ海峡を通航する原子力船や核物質運搬船は安全面や法的あるいは環境面で問題を引き起こすと考えている。領海内の無害通航権と国際海峡の通過通航権を行使する外国船舶は、衝突防止のための沿岸国の国内法と国際的規則に従う義務がある。多くのマレーシア国民は、1996年9月14日の国連事務総長へのUNCLOS批准書寄託時の宣言は現在でも適切なものであると考えている。マレーシアは、(航行に関して)効果的な規制を課すために、新たな国内法を制定するとともに、現行の1984年EEZ法と2012年領海法を改定する必要がある。

記事参照:
Unauthorised Manoeuvres in Waters: US Chides M'sia Restrictions

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「マレーシアの見解への反論シンガポール専門家」(RSIS Commentaries, May 12, 2017

 シンガポール国立大学国際法センター海洋法・政策プログラム長Robert Beckman准教授は、5月12日付のRSIS Commentariesで、前記5月9日のB.A. Hamzahの論説に対して、要旨以下のように反論している。

(1)ハムザ論説の焦点は、1996年10月に1982年国連海洋法条約(UNCLOS)加盟の批准書を寄託した際に、マレーシア政府が国連事務総長に提出した一方的な宣言である。この宣言は、UNCLOSの幾つかの条項に対する1996年当時のマレーシア政府の解釈を規定している。宣言第3項は、UNCLOSの規定は沿岸国の同意なく他国が当該沿岸国のEEZにおいて軍事演習や軍事的活動、特に武器や爆発物を使用する演習や活動を認めていないとマレーシア理解している、と述べている。ハムザは、マレーシアの同意がなければマレーシアのEEZ内で実施できない軍事的活動の内容について、極めて幅広い解釈をしている。ハムザは、マレーシアのEEZにおける如何なる軍事的活動も安全を損ねるもので、禁止されるべきであり、従って事前承認を得るべき対象になると見なしているようである。

(2)ハムザが言うマレーシアの立場がUNCLOSに合致しているか否かを判断するためには、EEZ制度の本質について理解する必要がある。UNCLOS以前には、海洋は、沿岸国が主権を行使する領海と、全ての国が海洋の自由を享受する公海とに分かれていた。UNCLOSは、沿岸国に沿岸から200カイリまでの海域における天然資源に対して排他的管轄権を付与するEEZ制度を規定したが、同時に、全ての国が沿岸国のEEZにおいて公海と同様の海洋の自由を享受する権利を認めた。EEZに対しては、領海と異なり、沿岸国の主権が及ばない。これは特別な法制度であり、沿岸国は、自国のEEZにおいて、天然資源の調査、保護及び管理とともに、経済的な資源開発などのその他の活動に対して、主権的権利を有する。一方で、他の国は、他国のEEZにおいて、航行と上空飛行の自由、及び船舶と航空機の行動を伴う、「その他の国際的に適法な航行と上空飛行の自由に関連した海洋の利用」を享受する権利を有する。アメリカを含むほとんどの国は、UNCLOS第58条の「国際的に適法な海洋の利用」は、軍事目的のための公海の利用に関する伝統的な自由がEEZにおいても適用されるとの立場を採っている。マレーシアの宣言は、マレーシア政府の同意がなければ、他国がマレーシアのEEZで軍事的活動を実施する権利を有しないと述べている。国際法には自国のEEZにおける他国の軍事的活動に対するマレーシアの管轄権を明確に否定する規則はないが故に、マレーシアの立場は国際法に合致している、とハムザは主張する。

(3)確かに、UNCLOSは、沿岸国が自国のEEZにおいて他国の軍事的活動を規制することを「明確には」禁じてはいない。しかしながら、UNCLOSは、EEZに対する沿岸国の管轄権を、経済的なものと、EEZにおける沿岸国の経済的権利を損ないかねないその他のものとに限定している。UNCLOSの規定によれば、EEZにおいて沿岸国の管轄権は、①天然資源の保護と管理、②人工島、施設及び建築物の設置、③海洋の科学的調査、そして④海洋環境の保護及び保全に限られている。UNCLOSには、EEZにおける軍事や安全保障問題に対する管轄権を沿岸国に付与する規定はない。実際、UNCLOSは、EEZ内での特定の問題に対して沿岸国に管轄権を付与する規定を除いて、EEZに公海と同様の規定を適用している。このことは、他国のEEZにおける外国の軍艦は当該旗国の排他的管轄権の下にあり、従って当該旗国以外の如何なる国の管轄権からも完全に除外されていることを意味する。しかしながら、UNCLOSの規定では、外国の軍艦が他国のEEZにおいて軍事的活動を実施する権利は全く無制限というわけではない。UNCLOSは、他国のEEZで行動するに際しては、沿岸国の「権利及び義務」に「妥当な考慮」を払わなければならないと規定している。このことは、外国の軍艦は他国のEEZにおける天然資源に対する当該沿岸国の主権的権利を侵害するような活動を行うことができないことを意味している。同時に、外国の軍艦は、沿岸国の「権利及び義務」に「妥当な考慮」を払うことを求められてはいるが、当該沿岸国の「安全保障利益」に対して「妥当な考慮」を求められているわけではない。

(4)マレーシアの1996年宣言は、原子力船及び核兵器運搬船はマレーシアの領海通航に当たって3つの規制―即ち、①通航に当たってはマレーシアの定める航路を使用すること、②国際協定が定める文書を携行するとともに、特別の予防措置を採ること、③UNCLOS第23条が規定する国際協定が締結され、かつマレーシアが同協定を批准するまで、原子力船及び核兵器運搬船はマレーシアの領海に入る前に事前許可を得なければならないこと―を遵守しなければならない、と述べている。UNCLOS第23条は、原子力船及び核兵器運搬船が他国領海で無害通航権を行使するに当たっては、これら船舶に対して国際協定が定める文書を携行するとともに、特別の予防措置を採ることを求めている。これらの文書や予防措置は、国際海事機関(IMO)や国際原子力機関(IAEA)のコードと規則に定められている。そしてUNCLOS第23条は、原子力船及び核兵器運搬船がIMOやIAEAの定める文書を携行し、特別の予防措置を採っている限り、どの国の領海においても無害通航権を行使できると規定している。つまり、沿岸国に拒否権を認めていないのである。

(5)以上のことから、マレーシアの1996年宣言は、UNCLOSの規定に対する多くの国の解釈と一致しているとは言えない。 しかしながら、宣言に規定される外国船舶に対して、マレーシアが実際にどの程度まで管轄権を行使しようとしてきたかは明確ではない。ハムザは、マレーシア政府に対して、宣言に規定される外国船舶に対して効果的な規制を実施得る法制の整備を求めている。マレーシア政府がそのような措置を採ることは賢明ではないであろう。例えば、もしマレーシアが自国のEEZでの外国の軍関係艦船の活動を規制しようとすれば、他国は公式に抗議し、アメリカはマレーシアのEEZ内で航行の自由作戦を実施するであろう。更に、マレーシアと他のUNCLOS加盟国との間でUNCLOSの解釈と適用を巡って紛争を引き起こす可能性があり、また国によっては紛争解決手続きに従ってマレーシアを訴えるかもしれない。その場合、裁定はマレーシアが望むようなものとはならないであろう。

(6)ハムザは、マレーシアはUNCLOSを加盟国に対してのみ適用されると考えているとし、アメリカはUNCLOS未加盟国であるので、UNCLOSの規定が慣習国際法にならない限り、UNCLOSに規定する権利を主張できない、と述べている。しかしながら、UNCLOSに規定される権利は「加盟国」だけでなく、「全ての国」が有すると規定されている。更に、アメリカは、EEZと領海通航権に関するUNCLOSの規定は慣習国際法として全ての国を拘束するとの立場を採っている。それ故に、アメリカは、UNCLOSに合致していないと考える他国の海洋権利主張に対して抗議する権利を有しているとしているのである。マレーシア政府が考えるべき問題は、大多数の国によって受け入れられているUNCLOSの規定に挑戦し、超大国を向こうに回し、そして国際法廷や仲裁の場に引き出されるリスクを冒すことが、果たしてマレーシアの国益に適うのかどうかということである。採るべき妥当な方策は、宣言を維持するとしても、それをマレーシアの国内法で成文化したり、それを執行したりしようとする如何なる措置も講じないことであろう。

記事参照:
Unauthorised Manoeuvres in Waters: US Chides M'sia Restrictions - A Rejoinder to B.A. Hamzah -

512日「中国、海南島に早期警戒管制機配備」(Defense News.com, May 12, 2017

 米Defense Newsサイトが5月12日付で報じるところによれば、同サイトが入手したDigital Globeが3月24日に撮影した衛星画像は、中国海南島北部の嘉莱石基地に、特徴的な円盤形レーダーを搭載した2機のKJ-500ターボプロップ空中早期警戒管制機(AEW&C)が駐機しているのを撮影した。The satellite image also shows a Shaanxi KJ-200 AEW&C and a Y-8X maritime patrol aircraft stationed nearby in the same air base.衛星画像には、KJ-200 AEW&Cの他に、2機のY-8(旧式のKJ-200 AEW&C)とY-8JあるいはY-8X海上哨戒機と見られる機体も1機写っている。これまで特別任務のためにローテーション配備されていた、KJ-500 AEW&Cが海南島に配備されたのは、これが初めてである。(この記事には衛星画像あり)

記事参照:
Satellite image shows Chinese deployment of new aircraft to South China Sea

513日「南シナ海の現状、中国は勝利しつつあるのかインドネシア専門家論評」(The Diplomat, May 13, 2017

 インドネシアのBina Nusantara University国際関係学部講師Sukmawani Bela Pertiwiは、Web誌、The Diplomatに5月13日付で、"Is China Winning in the South China Sea?"と題する論説を寄稿し、南シナ海の現状について、フィリピンやベトナムを始め、アメリカの対中ソフト路線を採っているが、こうした傾向は南シナ海において中国が勝利しつつあることを意味しているのかと問い、要旨以下のように述べている。

(1)アメリカが「アジアへの軸足移動」を発表して以来ずっと、多くの専門家は、この地域を、中国とアメリカの新たな冷戦の場と見てきた。過去5年間のこの地域の情勢がそうであったとしても、最近の情勢はそれとは正反対の傾向を示している。域内各国とアメリカはいずれも中国へのアプローチを和らげ、この地域が、中国とアメリカの2極対立から、むしろ中国単極時代に近づきつつある様相を示してきた。

(2)ここでは、南シナ海紛争を取り上げてみよう。東南アジアの領有権主張国の中で、ベトナムとフィリピンは、この紛争において中国に対して最も率直に物申してきた。フィリピンは、中国の2国間アプローチに対抗して、仲裁裁判所に中国を提訴するという大胆な措置さえ採った。しかしながら、ドゥテルテ大統領の新政権下で、フィリピンは2016年夏、仲裁裁定を棚上げした。その代わりに、マニラは中国との直接対話を宣言し、ドゥテルテ大統領は、中国を彼の経済、安全保障政策の潜在的パートナーとした。一方、ベトナムも、同じような道を歩んでいる。2016年10月の中越両国の首相会談後、両国最高首脳は2017年初め、海洋紛争の平和的解決への努力を含め、両国間の相互関係を強化するために、首脳会談を行った。その他の領有権主張国は、中国に対してより一層融和的である。マレーシアとブルネイは、中国に対する平和的なアプローチを一貫して維持してきた。マレーシアの首相は、南シナ海を含む2国間防衛協力の強化するために、ドゥテルテ訪中の2週間足らず後の2016年11月に北京を訪問した。

(3)領有権主張国のこうした態度を見れば、領有権主張国以外のASEAN加盟国が中国に対して同じような柔軟なアプローチを示したとしても、驚くには当たらない。特にカンボジアとラオスは、ASEAN内の中国支持国として広く認められており、ASEAN会議後の共同声明などにおいて、南シナ海紛争に詳細に言及することに反対してきた。中国寄りではない他のASEAN諸国でさえ、これら諸国の南シナ海紛争に対する政策も穏健なものになり始めている。例えば、最近のマニラでのASEAN首脳会議の声明は、ASEANと中国の関係改善を謳い、拘束力のある「行動規範(COC)」の実現を目指すとしたが、一方で、南シナ海における中国の人工島造成の継続には何ら言及しなかった。

(4)過去5年における、恐らく最も重要な変化はアメリカである。オバマ政権下で、アメリカは、域内の軍事プレゼンスを強化するとともに、領有権主張国としばしば合同海軍演習を実施し、航行の自由を脅かす中国を非難することで、これら諸国に対する支持を強めてきた。しかしながら、トランプ新政権下で、アメリカは、中国に対してより慎重なアプローチを採り始めた。現在までのところ(5月中旬)、トランプ政権は南シナ海の係争海域における航行の自由作戦の実施を認めていないが、これは、北朝鮮の核危機対処に当たっての中国の協力と引き替えの宥和策と見られている。

(5)では、こうした傾向は、中国が南シナ海で勝利しつつあることを示唆しているのか。必ずしも、そうとは言えない。領土紛争の論理的展開から見れば、現在南シナ海で起こっていることは、ある国が他のより緊急な問題に関心を集中するために、特定の問題を慎重に沈静化させていく時に生じる、一時的な安定と良く似通っている。しかしながら、領有権紛争が当該国の国益に直接関わっているという事実は、一旦現在の政策の優先課題が変われば、領有権紛争は忽ち不安定化する可能性があることを意味している。更に、多くの人々は、南シナ海紛争の力学を、中国とアメリカの大国間抗争と誤って捉えている。南シナ海紛争は、他の領土紛争と同様に、当該係争領土の価値と、紛争に対する当該関係国の国内大衆の動向によって煽られる。領有権主張国は実際的な理由から紛争を棚上げしようとするかもしれないが、係争領土が天然資源という価値を有しており、また当該国にとって象徴的価値を有している限り、領有権紛争は解決困難な問題である。その上、領有権紛争はより広い国内大衆の目に見えるものであり、自国領と主張する領土が他国によって占拠されたりすれば、そのナショナリズムは燃え上がるであろう。南シナ海の場合、領有権紛争は、死活的な海運ルートを護るために、世界各国が航行の自由に利害を有していることから、一層複雑な様相を呈している。従って、最近の傾向から中国が南シナ海で勝利しつつあることを意味すると結論付けるのは、早計である。

記事参照:
Is China Winning in the South China Sea?

517日「『シルクロードサミット』、ウエストファリア体制の再編を目指すインド専門家論評」(Brookings, Blog, May 17, 2017

 米シンクタンク、ブルッキングス研究所ドーハセンター客員研究員Kadira Pethiyagodaは、Brookings Blogに5月17日付で、"What's driving China's New Silk Road, and how should the West respond?" と題する論説を寄稿し、「シルクロードサミット」はウエストファリア体制を作り替えようとするものだと指摘し、インド人の視点から要旨以下のように述べている。

(1)「一帯一路」構想(BRI)を討議する「シルクロードサミット」は、2008年の北京オリンピックがそうだったように、中国の台頭を言祝ぐものであった。ウエストファリア体制の歴史において初めて、アジアとその他の伝統的な非ヨーロッパ諸国が、グローバル秩序の中央舞台に登場したばかりか、その体制を作り替えようとしている。中国のインフラプロジェクトはほぼ5兆ドル(現在まで、既に500億ドルが投資されている)という前例を見ない規模で、その対象地域は世界人口の60%をカバーし、世界のGDP(BRIに批判的なインドを含む)の3分の1を占める。西側のグローバルなリーダーシップが国内問題に足を取られている状況にある中で、中国はBRIを押し進めようとしているのである。西側の政策決定者が中国のグローバルな攻勢に対応しようとするならば、これら指導者は、その背後にある諸要素と、一定の分野において西側が不利益を強いられているという事実を理解しておかなければならない。

(2)BRIとは、中国の余剰生産能力の輸出を可能にする経済プロジェクトである。加えて、プロジェクトに関わる68カ国の多くは、中国が必要とする原材料やエネルギー輸出国でもある。中国経済の減速や格差の拡大といった事情から、このプロジェクトは内政面からも重要である。近年、中国共産党が国を率いる資格は経済成長に由来しており、成長が十分な速度で継続する限り、国民は一部の人間が他の者よりも富むことを容認するであろう。

(3)しかし、BRIは、純粋な経済構想をはるかに超え、北京の包括的な外交政策目標にも役立っている。その目標とは、アジアでアメリカとの戦略的対等を実現するとともに、自国の台頭が抑制されないようなアジアの安全保障環境を再編することである。中国にとって最大の懸念は、中国が、アメリカの友好国や同盟国に取り囲まれていることから、アメリカと対立した場合には、中国の貿易ルートが遮断されてしまうということである。そのため、BRIは、中国の貿易ルート沿いの東アジアからインド洋と中央アジアを経由して中東やアフリカ、そしてヨーロッパに至る諸国における、北京の影響力を増大させることを目標としている。グワダル(パキスタン)、ハンバントータ(スリランカ)、そしてジブチにおける港湾プロジェクトなど、BRIのプロジェクトの多くは、経済と戦略目的の双方に資するものである。

(4)中国のインフラ投資を受け入れた国では、例え急激な政変があったとしても、グローバルな経済規範を損なうことなしに中国の影響力を除去することは、多くの場合困難となる。正に、その先例が戦略的要衝にあるスリランカで見られた。北京は、同国のインフラ整備に多額の投資を行い、ラジャパクサ前政権側に立って内戦を支援したが、同政権は思いがけなくインドや西側との関係重視を訴える野党勢力に敗れ下野した。しかしながら、新政権は、中国のプレゼンスが長期的性質を有することや、同国からの更なる投資には思い足枷がついていることを次第に認識するようになった。

(5)文化的価値観もBRIの推進力となっている。威信は、階層的な中国社会において長い間支配的価値観であったし、現在でも政策決定者に影響を及ぼしている。それは他者からの評価を重視する「面子」という概念に現れている。同様に、慈善的リーダーシップに関する儒教的発想は、中国の「平和的台頭」のレトリックや、対外関係を巡る新たな協調的手法に対する習近平主席の発言にも見られ、BRIを方向付けている。北京は、文明化された中央集権国家としての経験が、小国の争いが絶えなかった前近代のヨーロッパ史と如何に異なるのかを誇示したがっているように思われる。中国国民と政策決定者は、自国を、植民地時代の屈辱を経て、今こそグローバルな認知を受けるに相応しい、偉大な文明国と見なしている。彼らの多くは、BRIを、歴史の方向を修正する重要な一歩だと考えている。中国は、植民地時代直前の1600年には、世界のGDPの29%を占める世界最大の経済大国だった。中国とインドを合わせると、世界経済の半分以上を占めていたことになる。2世紀前の中国の提督、鄭和は、現在のBRIの海洋ルートを航行し、各地で貿易、外交関係を樹立した。

(6)21世紀の「シルクロード」構想という名称とプロジェクトの地理的分布は、ヨーロッパの覇権が確立されておらず、新大陸も植民地化されていない、栄光ある過去を想起させる。シルクロードは、アメリカ大陸を含まない連結されたユーラシア大陸をイメージさせる。幾つかの強みが中国のグローバルな攻勢を後押ししている。北京の融資は、西側が創設した国際通貨基金(IMF)などの機関のそれとは異なり、自由市場主義に沿った国内経済改革を条件としていない。同様に、中国の内政不干渉の原則は、政治形態や人権の遵守具合に関係なく、如何なる国とも取り引きできる。国家に支援された中国企業には、西側の民間企業に比して、取引に際しての利益が必ずしも金銭である必要がなく、戦略的影響力やソフトパワーといった見返りでも良いという柔軟性がある。こうした強みは、中国と、とりわけパートナー国が直面する重大なリスクを内包している。例えば、融資を返済できない国家は、中国の銀行を圧迫することになる。一方で中国のパートナー国は、巨額の負債を負った上に、重要な国家資産の割譲を強いられるリスクを負う。中国の融資には、イデオロギー的な条件こそないが、自国の労働者や建設業者を受け入れる契約上の義務をよく盛り込んでいる。また、専門家は、汚職に伴う問題も強調している。

(7)中国に批判的な有力国家は、「シルクロードサミット」を欠席した。この国は、将来的に中国の安全保障における最大の戦略的な弱点となり得る、そして古のシルクロードにおける文明の中心であり、台頭するもう1つの巨人、即ちインドである。ニューデリーは、BRIに伴う負債に警告を発し、パキスタンのカシミールで行われている中国・パキスタン経済回廊(CPEC)プロジェクトに抗議している。

(8)「シルクロード」プロジェクトは、世界秩序の一層の多極化のみならず、より多文化的国際システムへの構造的変換をも示唆するものである。中国の攻勢に対して対応策を模索する西側の政策決定者は、北京を動かし、支えているあらゆる要素を念頭に置いた、多角的なアプローチを採るべきである。アジア諸国を用いて中国との勢力均衡を図るといった、伝統的な戦略的手法だけでは不十分である。発展途上国における文化や政治的傾向など、様々な要素の相互作用や、民営化から人権に至る様々な課題の相互作用を、十分に理解することが肝要である。西側諸国は、格差などの内政要素を是正すべきだが、これこそが最重要かつ最難題なのかもしれない。

記事参照:
What's driving China's New Silk Road, and how should the West respond?

【関連記事1

「『一帯一路』フォーラム―RSIS専門家論評」(RSIS Commentaries, May 17, 2017

 シンガポールのS.ラジャラトナム国際学院(RSIS)上席アナリストXue Gongは、RSIS Commentariesに5月17日付で、"China's Belt and Road Forum: What Now?" と題する論説を掲載し、中国が開催した「一帯一路」フォーラムについて、要旨以下のように述べている。

(1)中国は5月14~15日、よく知られてはいるが、ほとんど理解されていない、「一帯一路」構想(Belt and Road Initiative: BRI、これまではOne Belt, One Roadとして知られていた)について、国際社会のリーダー達の信任を得るために大規模なフォーラムを開催した。西側諸国の多くが内向きとなり、特にアメリカのトランプ大統領がTPPから脱退し「アメリカファースト」を唱える中、習近平主席にとって、フォーラムは世界を繋ぐ中国の役割を誇示するステージとなった。フォーラムは、BRIがグローバルな連結のための統合プラットフォームとして機能し得ることを明確にした。フォーラムの大きな意義の1つは、BRIの目的が完全に実現された時、中国が獲得する経済力と影響力であろう。2015年に公表された、"Vision and Action Plan of Jointly Building Silk Road Economic Belt and 21st-Century Maritime Silk Road" によれば、BRIの主たる目標は、政策調整、インフラ施設の連結性、障害のない貿易、財政的統合、そして人と人の結合の5つである。フォーラムでは、これらの目標が各パネルで議論され、更にシンクタンク間の知的交流が新たに加えられた。

(2)中国は、BRIが幾つかの成果を挙げたと主張した。第1に、130カ国と70の国際組織の出席を得て、より強い政策調整のために必要とされる幅広いコンセンサスが達成された。これに関連して、中国は、アメリカ、日本、韓国及び北朝鮮から代表の予想外の参加で広報効果を高めることができた。第2に、フォーラムを通じて、より広範な政策調整分野が確認された。フォーラムでは、BRIに参加する関係国と国際組織との間で32の貿易及び財政に関する協定が署名された。これらのプロジェクトのために、中国は、中国通貨の一層の国際化が期待されている。しかし、問題は、中国の資金提供の持続性で、実際、しばしば提起された疑問は、これらのプロジェクトは商業的にどの程度ペイするのか、中国はどの程度資金を提供するのかということであった。第3に、特にインフラ整備プロジェクトでは、主として施設の連結性が具体的な成果とされている。中国は、印象的なデータを示して、BRIの多くのプロジェクトが成功裏に実施されたと主張した。しかしながら、多くのプロジェクトは、2013年9月にBRIが最初に発表される以前から始まったものである。例えば、中国・ミャンマー天然ガスパイプラインは、2013年7月に開始された。それでも、フォーラムでは、若干の具体的な進展があった。例えば、中国開発銀行は、ジャカルタ・バンドン間高速鉄道プロジェクトの資金調達のために、インドネシアの中国高速鉄道建設公司との間で45億米ドルの借款契約を調印した。「人と人の結合」という目標はフォーラム前から強調されてきたが、BRI関係国の国民が中国の大規模な投資がもたらす悪影響について懸念しているとの事実から、フォーラムでは、BRIルート沿線の人的交流を強化するために、人的交流やシンクタンク間の知的交流が強調された。それでも、中国企業、管理者そして労働者が、BRIプロジェクトが実施される地元のコミュニティとどのように関わるかは、今後の課題である。結局のところ、BRIプロジェクトを現地で実施するのは、政府でなく、彼ら参加企業関係者だからである。

(3)BRIはビジョンと方向性を提示しているが、中国がこれを完全に実現させることができるか、それを判断するには時期尚早である。BRIプロジェクトの大部分は、そのあまりの巨大さ故に障害に直面しており、しかも既存のインフラ整備プロジェクトの多くは相互の連結性が欠けている。習近平主席は、フォーラムで、BRI参加国に87億米ドル相当の援助を供与すると発表した。多くの発展途上国は、今後とも中国に協力することで、より多くの援助を期待するかもしれない。グローバルな連結というビジョンを打ち上げることは、人々がそれぞれ異なった方法で実績を評価するために、壮大な祭典を開いて具体的な成果を誇示する必要がある。習近平主席が主導するBRIの経済外交は公式に離陸した。中国にとって残された課題は、プロジェクト実施における実務面での非効率性という難しい現実を克服することである。

記事参照:
China's Belt and Road Forum: What Now?

【関連記事2

「『一帯一路』と『一ボイコット』、インドの懸念米専門家論評」(The Wall Street Journal.com, May 18, 2017

 米シンクタンク、アメリカンエンタープライズ公共政策研究所(AEI)研究員Sadanand Dhumeは、米紙The Wall Street Journal (電子版)に5月18日付で、"One belt, one road, one boycott" と題する論説を寄稿し、中国の「一帯一路」構想に対するインドの懸念は大袈裟に過ぎるとして、要旨以下のように述べている。

(1)北京で開催された「一帯一路」フォーラムは終わったが、インドは代表団を送ることさえ拒否した。代わりに、デリーの外務省は、数兆ドルの「一帯一路(BRI)」構想を貶す声明を発表した。BRIに関連した何百ものプロジェクトには、ラオスの山岳地帯の鉄道、ギリシャの港湾、トルクメニスタンの石油・天然ガスパイプライン、そしてパキスタンの発電所などが含まれる。一方、インド政府は、北京は国際規範を軽視し、疑うことを知らない国に対して債務の罠を作り、環境に被害を及ぼし、そして国家の主権を軽んじている、と非難している。結局、インドは、60カ国が参加したフォーラムへの参加を拒否したばかりか、各種の協定に署名した各国の判断にも疑問を呈した。

(2)4年前に打ち上げられたBRIに対するデリーの懸念の幾つかは理解できるし、その批判の激しさは、深い動機からきていることを示唆している。何よりも、インドは、領土主権を危惧している。デリーは、460億ドルに及ぶ中国・パキスタン経済回廊(CPEC)が、パキスタンによって長年支配されている領土に対するインドの主権主張を損ねるかもしれないことを懸念している。CPECは、中国の新疆地域とパキスタン山岳部のギルギット・バルティスタン地域を繋いでいる。この地域は長年パキスタンによって占領されてきたが、インドは、インドが支配している最も人口の多い地域であるジャンムー・カシミール州の一部としてその主権を主張している。領土に対する感情的な問題を超えて、より広い戦略的懸念がある。デリーは、中国が隣国であるインドを脅すために、その富とインフラ整備技術を投入することを懸念している。インドの専門家は、中国が建設したスリランカのハンバントータ港とパキスタンのバルチスタン州のグワダル港を、北京のこの地域におけるプレゼンス拡大の証左である、と長年指摘してきた。北京のフォーラムに参加しなかったインド以外の唯一の南アジア国家は、インドに最も依存している同盟国で、小さな陸封国家、ブータン王国だけであった。

(3)デリーの有力なコメンテーター、Ashok Malikによれば、インドにとって、BRIは「支配への道("a road to subjugation")」である。デリーの見解では、「BRIの根源的な原則は、インドに対する戦略的挑戦である」とMalikは書いている。インドの懸念は一笑に付されるべきではない。中国がより豊かで軍事的にも強力になるにつれて、中国は、デリーが相応しいと感じる敬意を以て、インドに接しようとする態度をほとんど示していない。北京は、パキスタンに拠点を置くジハーディストのMasood Azharを制裁から護るために国連で拒否権を行使するとともに、先進的な原子力技術の貿易を管理する国家クラブ、原子力供給国グループ(Nuclear Suppliers Group: NSG)へのインドの加入を阻止した。このことは、アジアインフラ投資銀行の設立メンバーとしてのインドの意思を軽んじるものである。

(4)それでもなお、中国がインドを包囲するためにBRIを利用しようとしているとの懸念は大袈裟に過ぎる。何故なら、BRIは、ほとんど実態のない利益のために中国の膨大な富を費消しようとする、習近平主席の壮大な虚栄のプロジェクトに終わるかもしれないからである。中国の野心の幻想的な側面は、パキスタンにおいて最も明白である。パキスタンの地元紙が明らかにしたマスタープランによれば、北京は、数千エーカーのパキスタンの農地をリースし、カラチやペシャーワルのような都市を管理するための監視システムを構築し、特別に敷設された光ケーブルを使って「中国文化を普及させる」ことを構想している。地元紙によれば、この計画はまた、「沿岸域を産業のロング・ベルト」にすることを約束し、反政府活動が絶えないバルチスタン州のグワダルを、「沿岸域におけるバカンス」の拠点に変えようとしている。

(5)インドのモディ政府はこれにどのように対応すべきか。熟練した外交官にとっても解決しがたい、繊細な主権問題を上手く解決することができるならば、インドは、中国の野心を歓迎すべきかもしれない。グワダルをホノルルに、あるいはペシャーワルをパース(オーストラリア)のような安全な地帯に変えたいという、この崇高な目標に北京が時間と資源を投入したいというのであれば、デリーは抗議するのではなく、それを扇動すべきである。デリーには、世界でも不安定な地域の1つであるこの地域に、中国が経済的成果も不確実な向こう見ずなプロジェクトに膨大な資源を投入することを心配するより、自国経済の近代化を含め、心配すべきもっと大きなことがある。

記事参照:
One belt, one road, one boycott

518日「グワダル港の戦略的価値パキスタン専門家論評」(China US Focus.com, May 18, 2017

 シンガポール国立大学兼任教授Sajjad Ashrafは、Web誌、China US Focusに5月18日付で、 "Gwadar - the "Economic Funnel for the Region" と題する論説を寄稿し、中国が建設し、40年間の運営契約で運営しているパキスタンの深水港、グワダルは依然として世界の多くから関心の的になっているとして、同港の戦略的価値についてパキスタン人の視点から、要旨以下のように述べている。

(1)グワダル港は、世界最大のエネルギー・ルートにおけるチョークポイント、ホルムズ海峡から東に605キロの位置にあり、想像以上に大きな戦略的価値を有している。世界の石油輸出の20%近く(その内、アジア太平洋に向けが77%)が、毎日、ホルムズ海峡を通航する。パキスタンのムシャラフ前大統領は、グワダル港を、「世界の全ての地域のための経済的漏斗(the "economic funnel for the whole region")」と評した。グワダル港は、中国までのルートを数千キロも短縮する。グワダル港の重要性は、中国の習近平主席が2015年に450億ドル相当の「中国パキスタン経済回廊(CPEC)」への投資を発表したことで、一層高まった(現在、追加プロジェクトを含め、540億ドル相当にまで増加している)。グワダル港は、CPECの南のターミナルとしてホルムズ海峡に近く、従ってインド洋地域の戦略的なコントロールを目指すパワーゲームにおける侮り難い重要性を有している。CPECは、主要なハイウェイ、鉄道網、及び石油・天然ガスパイプラインで結ばれ、「一帯一路」構想(BRI)の不可欠な歯車であり、グワダル港は、中国と中央アジア地域への輸送ハブとなる。パキスタンにとって、グワダル港の自由貿易特区は、脆弱な経済を支える潜在的な経済的エンジンである。923ヘクタールの特区はグワダル港の産業後背地で、南アジア、中央アジア及び中東諸国にとって利益となろう。

(2)グワダル港は、カラチの西方460キロにあり、インドに対するパキスタンの脆弱性を減少するとともに、パキスタンにホルムズ海峡周辺海域のシーレーンをモニターする能力を与える。グワダル港とともに、カラチの西方349キロのオルマーラに海軍基地を建設することで、パキスタンは、より安全な前進基地を得、アラビア海でのインド海軍の動向をモニターする能力を強化できよう。

(3)中国にとってグワダル港の重要性は、湾岸協力会議(GCC)加盟国が中国のエネルギー供給の60%を担っているという事実によって示される。中国のエネルギー供給のほぼ75%がマラッカ海峡を通航する。米海軍と同盟国海軍は、ペルシャ湾にもアジアにも強力なプレゼンスを維持しており、中国のエネルギー供給を妨害することができる。 北京は現在、イラン、GCC諸国及びアフリカから石油輸入のターミナルとしてグワダル港を整備しているようであり、従って、周辺海域を哨戒するために中国海軍部隊が展開する可能性がある。グワダル港の重要性は、しばしば「真珠数珠繋ぎ(the "string of pearls")」戦略と評される、中国の港湾取得戦略の一環として最も良く理解されている。確かに、グワダル港は、ミャンマー、バングラデシュ、セイシェル及びスリランカにおける中国のプレゼンスに続くものであり、間もなく、完成が近づいているジブチの中国の海軍基地がこれらの港湾網に加わることになろう。

(4)アメリカとインドは、懐疑的視点から中国のBRIとCPECイニシアチブを見ている重要な国である。両国は、これら2つのイニシアチブを、両国にとって政治的及び安全保障上の意味を持つ、中国の地理戦略的な狙いを一層明確にするものである、と見なしている。従って、グワダル港の重要性は、双方にとって異なった意味を持つ。インドは、 CPECへの参加を求める再三の中国の提案にもかかわらず、グワダル港を重要拠点とするCPECを、インドに対する戦略的包囲を狙いとするものである、と見ている。一方、アメリカは、世界中でアメリカの覇権に取って代わろうとする中国を警戒している。この米中のパワーゲームにおいては、今のところアメリカが、その陸海基地への戦力配備を通じて、中東の石油産出地域とシーレーンを圧倒的に支配しているというのが現実である。急速に台頭する如何なる大国もこうした軍事的優位に自国の命運を委ねることを容認できず、それ故に、中国はアメリカが強要する秩序から離脱しようと試みているのである。アメリカは、簡単には譲歩しないであろうし、インドとともに、アメリカのインド洋支配に挑戦しようとする中国の試みを妨害しようとするであろう。従って、パキスタンのバルチスタン州とグワダル港は、このパワーゲームの焦点となりそうである。中国の台頭に伴って、グワダル港は今後、インド洋周辺における他のどの中国建設の港湾よりも、この地域の戦略的地図を塗り替える港になりそうである。

記事参照:
Gwadar - the "Economic Funnel for the Region"


【補遺】 旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

1. DEALING WITH ALLIES IN DECLINE
ALLIANCE MANAGEMENT AND U.S. STRATEGY IN AN ERA OF GLOBAL POWER SHIFTS
Center for Strategic and Budgetary Assessments, May 1, 2017
Hal Brands, Senior Fellow at the Center for Strategic and Budgetary Assessments

2. Satellite images reveal Chinese expansion in South China Sea
Defense News.com, May 8, 2017

3. Countering Coercion in Maritime Asia: The Theory and Practice of Gray Zone Deterrence
CSIS, May 9, 2017
Michael Green, Kathleen Hicks, Zack Cooper, John Schaus, Jack Douglas

4. Understanding Europe's Interest in China's Belt and Road Initiative
Carnegie Tsinghua, May 10, 2017
Lai Suetyi is a former visiting fellow at the Carnegie-Tsinghua Center focusing on China-EU relations.

5. Strategic Assessment: China's Northern Theater Command
China Brief, The Jamestown Foundation, May 15, 2017
By Peter Wood, the Editor of China Brief

6. The Return of Marco Polo's World and the U.S. Military Response
CNAS, May 12, 2017
By Robert D. Kaplan, Senior Fellow at the Center of a New American Security

7. Beyond the San Hai
The Challenge of China's Blue-Water Navy
CNAS, May 15, 2017
By Dr. Patrick M. Cronin, Dr. Mira Rapp-Hooper, Harry Krejsa, Alexander Sullivan and Rush Doshi

8. When Will Trump's 'Mad Dog' Get Put Down?
Foreign Policy.com, May 16, 2017
Micah Zenkois a senior fellow with the Center for Preventive Action at the Council on Foreign Relations.
Jennifer Wilson, Jennifer Wilson is a research associate at the Council on Foreign Relations.

9. 'No One in the White House Likes Or Respects Trump'
The Washington Free Beacon.com, May 16, 2017
Daniel Halper is a contributing editor to the Washington Free Beacon.

10. Maritime Territorial and Exclusive Economic Zone (EEZ) Disputes Involving China: Issues for Congress
Congressional Research Service, May 19, 2017
Ronald O'Rourke, Specialist in Naval Affairs

11. China succeeds in mining combustible ice in South China Sea
Xinhua, May 19, 2017


編集・抄訳:上野英詞
抄訳:秋元一峰・倉持一・高翔・山内敏秀・関根大助・熊谷直樹
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