海洋安全保障情報旬報 2017年3月1日-3月10日

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32日「太平洋地域の米軍態勢における新国防長官の課題前国防省アジア担当官論評」(War On The Locks.com, March 2, 2017

 米シンクタンク、The Center for American Progress東・東南アジア部長Brian Hardingと、The Asia Society Policy Instituteアジア安全保障部長Lindsey Fordは、Webサイト、War On The Locksに3月2日付で、"America's Pacific Posture: Staying the Course"と題する論説を寄稿し、2人の筆書とも2003年から2016年まで国防省のアジア政策担当室に勤務していた経験を踏まえて、マティス長官と彼のアジア祭策担当チームの課題について、要旨以下のように述べている。

(1)マティス米国防長官は2月にトランプ政権下で最初の外国訪問として日本と韓国を訪れ、アメリカのアジア安全保障政策には変化がないとの力強いメッセージを発信したことで、トランプ政権の「アメリカ・ファースト」に懸念を抱くアジアの同盟国やパートナー諸国の不安を幾分緩和した。しかし、これら諸国は、より一層のアメリカの持続的な長期的努力を求めていくであろう。トランプ政権が取り得る最も明確で確実な措置の1つは、太平洋地域における米軍事態勢を維持し、強化する一層の努力を約束することであろう。本稿の筆者ら(Harding & Ford)が国防省アジア政策担当室に在籍していた2009年から2016年の間に、オバマ政権は、在韓米軍の再編、太平洋全域への海兵隊の分散配置、シンガポールへの沿海域戦闘艦(LCS)とオーストラリアへの空軍、海軍及び海兵隊のローテーション配備、そして米比防衛協力強化協定など、太平洋方面の米軍態勢を平時に大幅に強化する措置をとってきた。トランプ政権がこうした路線を継続するのか、あるいは再検討するのか、国防省アジア担当部局の新チームにとって重要な問題となろう。筆者らの経験からすれば、新しい道筋を付けようとすれば部内外からの圧力に直面するであろう。これは新政権が発足する場合には極めて自然なことである。

(2)太平洋地域における米軍態勢に関する新チームの課題は、現在のコミットメントを維持することを確認した上で、以下の3つの措置を優先的に追求すべきである。

 a.第1に、米軍態勢における如何なる改編も、「何処を」ではなく「何故」と問うことから始めなければならない。太平洋地域に強固な態勢を構築することは、目的のための手段であって、目的そのものではないからである。まず問われるべきは、これら部隊は何故、前方展開されているのかである。議会と、また域内の一部のパートナー諸国がオバマ政権をしばしば批判したことの1つは、同政権がアジアにおける「リバランス」に当たって始めに明確な戦略を示さなかったということであった。このため、議会は、2015年度国防権限法の付帯条項で、アジア太平洋地域の防衛戦略の概要を提示することを国防省に求めた。この要求は未だ履行されていない。米軍態勢に新たな変更を加える前に、新政権は、自らのビジョンを明確に提示しなければならない。米軍を強化し、中国に対して断固たる態度で臨み、そして北朝鮮のミサイル開発を阻止すると約束するに当たって、アジアのパートナー諸国と米国民は、新政権がアジアにおけるアメリカの国益をどのように見ているのか、この地域にどのように関与しようとしているのか、そして米軍がアメリカの国益に資するためにどのように運用されるのか、を明確に理解しておく必要がある。この明確さが欠落しているが故に、アメリカが前方展開のための新たな基地を求めようとした時、アジア諸国の首都で快く受け入れてくれる声があまり聞かれないのである。

 b.第2に、新政権は財源に焦点を当てる必要がある。太平洋における米軍態勢の強化は、議会と国防省の協調した努力が不可欠である。同盟国に責任分担を押しつけることは易しい仕事ではないであろう。共和党の議会指導者達は国防予算増に賛成だが、財政赤字強硬派が反対しないという保証はない。また、マティス国防長官と彼のアジア政策チームは、パートナー諸国が米軍駐留経費を負担すべきとの根強い批判を押しのける必要がある。米軍の駐留に関する当該受け入れ国との協定は、アメリカにとって軍事的にも経済的にも有利なものである。駐留経費の分担を再交渉しようとすることは、米軍の海外におけるプレゼンスの維持を危うくしかねない、当該受け入れ国の政治的反対派を力づけるだけであろう。

 c.最後に、新政権は、将来を見据えて、米軍態勢を判断する唯一の尺度として、「兵力数」だけを重視すべきではない。トランプ大統領は国防予算と米軍の規模を大幅に強化する方針だが、それに伴って、アジア太平洋地域などにおける米軍のプレゼンスの増大を求める声が高まろう。マケイン上院軍事委員長などは、両用戦部隊、航空機及び潜水艦とともに、2隻目の空母の前方配備を含む、太平洋地域における前方防衛態勢の強化を求めている。確かに、太平洋地域において、特に海洋戦力の増強には一理あるが、より大きな戦力態勢を必要としているわけではない。必要なのは、より柔軟でローテーションによるプレゼンスを可能にする、太平洋地域における米軍の運用に関するより広範な合意である。米太平洋軍は、米軍の他の地域の統合戦闘軍よりも恒久的に地域指定された戦力である。主たる課題は兵力や戦力資源の不足ではない。むしろ、課題は、その有用性と、それに付随する能力の近代化である。予算削減と、中東における10年余に及ぶ戦争とによって、太平洋戦域における米軍のプレゼンスは大幅に減少し、しかもこの地域における米軍の技術的優位が侵食されてきた。軍高官はこうした趨勢を阻止する必要性を主張し、カーター前国防長官もこれらの問題の是正に着手し始めていたが、こうした努力の継続は新政権にとって重要な目的であるべきである。

(3)マティス長官と彼のチームにとって、アジアには骨の折れる課題が山積しており、今やこれまで以上に、アメリカのリーダーシップが必要とされている。マティス長官にとって、不幸なことは就任以来予測不可能なホワイトハウスの主から行動命令を受けることであり、一方幸運なことは、彼の努力を支える、太平洋地域における同盟国やパートナー諸国との強力なネットワークと強力な米軍態勢を受け継いだことであろう。マティス長官と彼のチームは、この態勢を維持し、一層強力なものにすることで、アジアの同盟国やパートナー諸国に対して、アメリカは将来とも太平洋国家として関与し続けることを再保証することができる。

記事参照:
America's Pacific Posture: Staying the Course

32日「中越関係を占う南シナ海におけるベトナムの動向―RANDアナリスト論評」(China Brief, The Jamestown Foundation, March 2, 2017)

 米RAND Corporation上級防衛アナリストDerek Grossmanは、Web誌China Briefに3月2日付で、"China Tolerating Vietnam's South China Sea Activities, For Now"と題する論説を寄稿し、中越関係を占う南シナ海におけるベトナムの動向について、要旨以下のように述べている。

(1)中国が南シナ海での軍事プレゼンスを拡大している中、ベトナムも自国の権益擁護のための能力強化を急いでいる。例えば、2016年11月下旬の商業衛星画像によれば、ベトナムは南沙諸島南西端にあるラッド礁(中国名:日積礁)に新たな水路を掘削しており、恐らくは埋め立てによる土地造成か、あるいは他の海洋自然地形へのアクセスの改善工事と見られる。また同じ11月に、ベトナムは、スプラトリー島(南威島、越名:チュオンサ島)にある滑走路を延長し、ハンガーを新築した。更に、ベトナムは、射程延伸型のイスラエル製の精密誘導ロケット・ランチャー(EXTRA)を配備することで、占拠している幾つかの海洋自然地形の要塞化を進めていると報じられている。興味深いことに、中国の指導者はベトナムのこうした措置を非難せず、それどころか、2017年1月12日にはベトナムのグエン・フー・チョン共産党書記長を招待するなど、北京は友好的かつ協調的な2国間関係を続けている。

(2)中越両国間には、相互不信があるものの、様々な面で緊密な2国間協力関係を維持している。例えば、2016年12月には、ベトナムは中国との経済協力の拡大に関する2日間会議を主催しているし、防衛面でも両国は常続的に協力している。2009年2月には、中越両国は、両国間の国境線を画定し、それ以降、国防大臣会合や国境線沿いでの合同軍事演習、更に最近では2016年7月に対テロ合同演習を実施するなど、信頼醸成措置を進めている。最も対立が顕著な海洋においても、2017年1月中旬の北京でのグエン書記長との会談後の共同声明は、両国は海洋権限主張の相違を管理し、状況を複雑化し、緊張をエスカレートさせるような行動を回避し、そして南シナ海の平和と安定を護っていく、と述べている。確かに、両国は、2016年11月、中国とベトナムの沿岸警備隊はトンキン湾での違法操業を取り締まる合同哨戒活動を実施し、更に象徴的な出来事としては、中国海軍艦艇による2016年10月のカムラン湾寄港があった。ベトナムの行動にも関わらず、恐らく北京は両国間の良好で建設的な関係を維持していくであろう。そこには、北京がこの地域において圧倒的な軍事力を維持しているという背景がある。中国の南部戦区は、戦区内各所に多様な戦力を配備し、中国有利の戦力バランスを構築している。

(3)これまでの対応から察するに、中国は、南シナ海におけるベトナムの建設工事に対して寛容な態度をとってきたと言えるだろう。しかしながら、中国は、紛争海域における新たな構造物の建設、あるいは紛争海域における主権防衛のための哨戒活動の強化といった、ハノイの活動に対して不快感を表明するための多くの選択肢を持っている。この先、南シナ海で緊張が高まると予想される事態となれば、中国はいずれの対応も実施可能である。例えば、北京は2014年5月、係争中の海域に石油掘削リグを設置し、その後、中国が掘削リグを撤収するまで中越双方の沿岸警備隊が数カ月間に亘って対峙した。掘削リグを初めて紛争海域に移動させた中国の動機は不明ながら、この戦術がベトナムの主権主張に対して圧力をかける狙いであったことは確かである。

(4)中国の指導者は、2国間の紛争解決のために、ベトナムがアメリカや他のパートナー諸国に支援を求めようとしていると判断すれば、現在の対応を変える可能性がある。中国を視野に入れたハノイの日本、インドそしてアメリカとの安全保障関係は、中国を殊の外敏感にさせるであろう。この地域における中国の軍事力に対するこれまで以上に効果的な対応能力をハノイが取得したと判断すれば、北京は、ベトナムに対して公然と高圧的な対応措置をとるかもしれない。例えば、ベトナムは以前から、中国の水上戦闘艦艇の行動を危険に曝す、超音速対艦巡航ミサイル、Brahmosをインドから取得しようとしてきた。最近の報道では、インドはベトナムに中射程の対空ミサイル、Akashを売却した可能性があるという。事実なら、中国の戦闘機の作戦行動に脅威となろう。更に、南シナ海における漁業や海洋資源へのアクセスを巡る季節的な紛争が、ベトナムの船舶に対する中国の益々高圧的になってきている戦術を一層加速させることになり、公然たる紛争の引き金になりかねない。ベトナムは2月末、中国が西沙諸島周辺海域における5月から8月にかけての漁業禁止措置をとったことに抗議した。中国はこの漁業禁止措置を1999年から毎年実施している。差し当たり、この措置を巡るこの先数カ月の動向が、今後の両国関係の行方を占うものとなろう。

記事参照:
China Tolerating Vietnam's South China Sea Activities, For Now

32日「北極における米ロ協力を維持するために―RAND報告書」(RAND, March 2, 2017

 米RAND Corporationは3月2日、Maintaining Arctic Cooperation with Russia: Planning for Regional Change in the Far Northと題する報告書を公表し、現在のロシアの北極政策を踏まえた上で、北極における米ロ協力を維持するために、幾つかの勧告を提示している。

(1)この報告書は、現在のロシアの北極政策について、以下の諸点を指摘している。

 a.現在のロシアの北極における軍事力の強化は、偶発的な事故がエスカレートする場合を除いて、それ自体紛争の潜在的可能性を高めているわけではない。ロシアは、北極における冷戦期レベルの軍事プレゼンスを再確立するにはほど遠い状態にある。

 b.北極におけるロシアの協調的姿勢は、所与のものと見なすわけにはいかない。北極に関するロシアの姿勢は協調的であると同時に高圧的でもあり、その意図を読み解くのは難しい。経済的要因が将来的にロシアを協力に導くとは言い難い。

 c.将来的な海氷面積の縮小が予想される中で、北極圏における自国の戦略的資産とインフラを護るだけだとしても、ロシアは恐らく北極における軍事化を継続して行くであろう。将来的な北極海へのアクセスの増大は、北極海の海上交通に対するロシアの管制能力、あるいは有事における海上交通阻止能力を低下させることになろう。

 d.ロシアはこれまで国連海洋法条約(UNCLOS)から大きな恩恵を受けてきたが、一部の北極海沿岸国からの大陸棚外縁延伸申請に対して近く予想される国連大陸棚限界委員会(CLCS)の勧告が自国に不利なものであった場合、ロシアがそれを無視したり、曲解したりすることを阻止する手立てはないであろう。

 e.とはいえ、CLCSの勧告は少なくとも短期的には、紛争のリスクを高めることはない。CLCSの勧告は恐らく数十年の長期に亘る実際の資源開発に繋がるものではないし、もしロシアが勧告に異議を差し挟めば、「パンドラの箱」を開くことになるかもしれず、他の国も勧告(ロシアに有利な勧告もある)に異議を申し立てることになるかもしれない。

 f.もしNATOが北極におけるプレゼンスの拡大を決めれば、ロシアは、軍事的脅威と受け止める可能性がある。

(2)報告書は、以上の諸点を踏まえ、以下のような勧告を提示している。

 a.北極におけるロシアの動向が協調から対立に変化し得る可能性があり、予測し難いという事実は、北極に対するアメリカの関心と、そこにおける動向に対する注意深い観察を促している。

 b.小規模の事件が予想外の事態にエスカレートすることを避けるためには、ロシアの予測不可能性は特に注意しなければならない。北極問題に関して米ロが協調することによって、こうした事態を回避し得る。

 c.アメリカとその他の北極沿岸諸国にとって、北極の安全保障問題を議論するフォーラム―即ち、協調を促進し、情報の共有を可能にし、不確実性を減らし、そして緊張事態の予想外のエスカレーションの可能性を抑制する措置―の開催が有益であろう。こうした北極の安全保障問題の討議にロシアを巻き込む1つの方法は、既存の国際会議、例えばThe Arctic Circle Assemblyなどを活用することであろう。

 d.NATOにとって、北極圏諸国の間に、そして特にロシアとの間で摩擦を引き起こすことになる、北極における軍事プレゼンスを構築することなく、北極における活動を支える若干の能力と経験を確保することが必要である。これには、寒冷環境下でのNATOの作戦遂行能力を強化し、NATOを新しい脅威環境に適応させる努力を追求し、そして情報処理過程の共有を改善する、支援面での措置が含まれる。

 e.アメリカは、UNCLOSに加盟するならば、ロシアに対してUNCLOSの遵守を求める上で、より強い立場に立てるであろう。

記事参照:
Maintaining Arctic Cooperation with Russia
Full Report:
Maintaining Arctic Cooperation with Russia: Planning for Regional Change in the Far North

33日「中国、西沙諸島への客船ツアー開始」(China Daily.com, March 3, 2017

 中国は3月2日、西沙諸島への客船ツアーを開始した。運航する海南海峡航運によれば、308人の乗客を乗せた、新造客船Changle Gongzhuは2日午後、海南省三亜を出港し、3泊4日の日程で、西沙諸島の西沙洲に3日朝到着し、乗客は滞在中、銀嶼、金富島及び鴨公島の各砂洲を訪問する。海南海峡航運は2013年から西沙諸島客船ツアーの運航を始めた。

記事参照:
Cruise ship starts maiden Xisha trip

34「中国の海洋シルクロード、インドの課題シンガポール専門家論評」(East Asia Forum, March 4, 2017

 シンガポール国立大学南アジア研究所主任研究員Amitendu Palitは、Webサイト、East Asia Forumに3月4日付で、"China's Maritime Silk Road Fueling Indian Anxiety"と題する論説を寄稿し、中国が展開する海洋シルクロード構想に対してインドがとるべき対応について、要旨以下のように述べている。

(1)中国の「一帯一路」構想の中でも、「海洋シルクロード(MSR)」に関係する諸国にとって、その戦略的意義は大きく、MSRの中間に位置するインドにとっては特にそうである。MSRは、大規模な海洋インフラの整備という経済的目的とは別に、重要な地政学的意義を有している。この構想は、インド洋のような広大な海洋空間への戦略的影響力を拡大しようとする中国の努力を具体化するものである。しかし、インドは、自国周辺海域における軍事目的にも、また戦略的目的にも利用可能な海洋インフラを、中国が掌握する可能性について警戒心を強めている。

(2)インドがMSRへのコミットメントを明言していないのは、こうした地政学的懸念に加えて、経済的にも二の足を踏んでいるからである。東アジア、東南アジア、あるいは欧州地域のように貿易面でも金融面でも世界経済と密接にかかわりを持つ地域の多くの国にとっては、MSRのインフラ計画との連携は比較的容易であろう。このことは、これら地域の多くの国がMSRとの連携において、南アジア、中東及びアフリカ諸国に一歩先んじている理由である。インドはまた、MSRがASEAN、シンガポール、マレーシア及びタイとのFTAなどの域内の既存の経済的枠組に及ぼす潜在的な影響を懸念して、MSRへの関与を躊躇してきた。FTAを通じたASEAN諸国との貿易はインド経済の重要な柱であり、MSRがインド経済にとって新たな貿易先をもたらすとしても、それがインドのFTAが求める原産地基準(ROO)を満たさない可能性がある。更に、インドは、中国がMSRの多国間的性格を明確にせず、中国と域内の政治的同盟国によって支配されている計画であることに不満を持っている。MSRのビジョンを述べた文書は、上海協力機構、ASEAN+1、APEC、アジア欧州会合(ASEM)そして大メコン圏地域経済協力(GMS)といった、各種の地域協力機構に言及しているが、いずれの機構にも中国が参加している。しかし、この文書は、南アジア地域協力連合(SAARC)や、ベンガル湾多分野技術経済協力のための構想(BIMSTEC)などの中国が参加していない機構については、言及していない。このことは、中国が参加している地域機構とのみ協力していく中国の意向を示すものであり、域内の全てのアクターに等しく機会を提供するつもりがないことを示している。

(3)したがって、現在までのところ、「一帯一路」構想に関する中国の政治的売り込みは、MSRが経済的成果と結び付きを主眼とするものであると、インドをして確信させるには至っていない。MSRの真の狙いが明確にならない限り、インドは、MSRを中国の安全保障利益を促進する地政学的計画との疑念を持ち続けよう。こうしたインドの疑念が、MSRに対する戦略的対抗手段として、域内における古代の文化的結び付きと海洋ルートを復活させるインドの外交政策構想、Project Mausamを打ち出させることになったのかもしれない。 MSRは戦略的観点から決して満足がいくものではないが、インドはMSRを慎重に評価していく必要がある。インドの裏庭で海洋インフラ能力を拡充しようとする中国の努力は、中国自身の経済的、地政学的利益を促進するものであっても、インドにとっても、自国の海洋インフラ開発への中国の投資を呼び込む機会ともなっている。インドの政策決定者にとっての課題は、自国の安全保障利益を護りながら、こうした経済的機会を最大限に活用することである。

記事参照:
China's Maritime Silk Road fuelling Indian anxiety

37「台湾の防衛能力の強化が最大の紛争抑止力米専門家論評」(The Project 2049, Blog, March 7, 2017

 米シンクタンク、Project 2049 Institute研究員Ian Eastonは、3月7日付の同シンクタンクのブログに、"Taiwan's Anti-Invasion Strategy: Elevating Defense Capabilities from Crisis to Wartime"と題する論説を寄稿し、台湾が必要とする強力な自衛力をもっていることを確実にすることは、地球最大の火薬庫の着火を防止しておくために役立つであろうとして、要旨以下のように述べている。

(1)中国内の様々な消息筋の話では、習近平は「忍耐心を失って」おり、2020年代初めに台湾の侵略を命じる可能性があるという。世界で最も危険な引火点は、中国共産党設立100周年を迎える2021年7月以前に、圧倒的な揚陸攻撃を目撃することになるかもしれない。しかし、これはあくまで消息筋の話しである。現実には、中国がこのような過激で危険性の高い方法で台湾を攻撃することは恐らくないであろう。習近平とその指導部は、台湾海峡の向こう側に対する神経戦を仕掛け、それを次第にエスカレートさせていく可能性の方がはるかに高いと見られる。習近平は、時間を稼ぎ、いずれ台湾政府が圧力に屈して、崩壊することを望むであろう。同時に、一方で軍部は、彼らの「神聖な」使命を果たすための計画と準備を怠らないであろう。威圧は失敗し易く、従って侵攻は魅力的な選択肢であり、パワー・バランスが現在以上に北京に有利となる将来のシナリオにおいては、特にそうである。

(2)台湾海峡を巡る政治、安全保障環境がかつてない程緊張状態にある現在、では、台湾軍部は、攻撃に対するどのような防衛計画を立案し、アメリカはどのような支援ができるのか。台湾軍は、徴兵制軍隊から全志願兵軍隊への移行の最終段階にある。プロのエリート戦士は、国防軍を持たず、主に短期的な召集兵に頼る中国軍に対して、台湾が持つ比較優位である。台湾の主要な防衛目標の1つは、人民解放軍による電撃戦の衝撃に備えることである。そのためには、士気の高い、良く組織され、訓練され、装備された要員が必要である。台湾の防衛計画立案者にとって、台湾の全面的な防衛戦略には総動員態勢が必要となる。台湾国防部は毎年、集中的な全国レベルと地方レベルの軍事演習を実施している。台湾は中国の侵攻に対して、約4週間前に事前警報を感知できるであろうと推測されている。中国の戦略的な欺騙能力を考えれば、これは所与のものとは計算できない。それでも、人民解放軍が構想する大規模な上陸作戦は、必然的にその攻撃意図を予兆させるであろう。これらの予兆には、部隊の移動、予備役の動員、軍需品の備蓄、軍事訓練、メディア報道、外交メッセージ、更には台湾に対するは破壊工作などが含まれよう。就中、最も明白で警戒すべき予兆は、中国南東部の良く知られた揚陸部隊集結地における大規模な民間と海軍の艦船の集結であろう。これら全ての予兆が顕在化すれば、台湾の総統府や立法院の指導者たちは、対応を協議することになろう。彼らの最も明白な選択肢は、敵の攻撃を撃退するために、軍の即応態勢のレベルを上げ、全面的な動員に着手することであろう。このため、台湾は、わずか数日間で最大250万人の男性と100万人近くの市民防衛労働者を動員する態勢を維持している。

(3)米国防省は、台湾がその戦闘能力を最大限に発揮できるよう支援する上で不可欠の役割を果たしている。アメリカの支援によって、台湾は、将来的な紛争の抑止を期待できるのである。台湾軍は、ブッシュ、オバマ両政権によって拒否された、定期的かつ信頼できる武器売却を必要としている。台湾にとって、米製兵器システムの戦闘効果は不可欠のものである。トランプ政権は、新しいステルス戦闘機、ミサイル防衛部隊及び駆逐艦を含む、日本や韓国に提供しているのと同程度の兵器システムを台湾に提供すべきである。更に、ワシントンは、アメリカの企業に対する規制を解除し、台湾の潜水艦自力生産計画にアクセスできるようにすべきである。

(4)台湾軍は、強固な防衛計画を発展させ、プロ戦士の軍隊を育成している。しかし、台湾が直面している深刻な侵略の脅威は、時間の経過とともに益々大きくなっている。アメリカがアジアにおける政策を大きく変えない限り、中国の攻撃能力の増強に対応していくのは極めて難しいであろう。今後、トランプ政権は、米台関係を進展させるための新しい戦略を開発して行くであろう。台湾がその必要とする強力な防衛能力を確実なものにしていくことは、地球最大の火薬庫の着火を防止しておくために役立つであろう。中国問題を無視することは、事態を更に悪化させるだけであろう。

記事参照:
Taiwan's Anti-Invasion Strategy: Elevating Defense Capabilities from Crisis to Wartime

38日「『航行の自由』作戦、中国の過剰な海洋権限主張を容認するものにあらず元米国防省中国部長」The Diplomat, March 08, 2017

 2005年から2006年の間、米国防省中国部長を務めた、Joseph Boscoは、Web誌、The Diplomatに3月8日付で、"US FONOPs Actually Conceded Maritime Rights to China"と題する論説を寄稿し、「航行の自由」作戦は中国の過剰な海洋権限主張を容認するものであってはならないとして、要旨以下のように述べている。

(1)オバマ政権は「航行の自由(FON)」作戦の実施を通じて、無害通航を行った南シナ海の中国の人工島を中国の主権下にある領域と事実上認めたことになった。中国が主権を主張する新しい領域の取得は、2つの行為によって達成された。1つは中国の違法な行為によって、もう1つは思慮に欠けたアメリカの行為によってである。

(2)第1に、事実上南シナ海全域を自国の領域とする「9段線」主張の下、中国は、岩や低潮高地を浚渫して人工島を造成し、飛行場や軍事施設を含む恒久的な構築物を建設したが、これは全て、国連海洋法条約(UNCLOS)違反である。北京は、これらの海洋自然地形を中国領土と主張し、UNCLOSの規定する「島」と認めることを要求した。もしこの要求が認められれば、中国は、他国の商船や海軍艦艇の定期的な通航を規制しようとするであろう。これまで国際水域とされてきた海域における通常の航行あるいは海軍活動の実施に対して、外国艦艇は、無害通航のルールに従ってその行動を規制されることになろう。加えて、北京は、外国艦船に対して、国際法では沿岸から12カイリ以内の領海においても要求されない、通航の事前通告を要求している。

(3)中国の南シナ海における恥知らずなUNCLOSの悪用に対して、アメリカには3つの選択肢があった。1つは、いわゆるFON作戦の実施を通じて、人工島周辺海域での通常の軍事行動を継続することで中国の要求を拒否する。2つ目は、単純に中国が領海と主張する水域に近寄らず、彼らの地位を曖昧なままにし、今後の問題次第として事態を無視する。そして3つ目は、中国の主張に抗議するが、無害通航を実施することで中国の要求に従う。 オバマ政権は不幸なことに、3つ目の最悪の行動方針を選択した。即ち、FON作戦として無害通航を宣言し、米海軍戦闘艦を「中国の領海」に送り込んだが、軍事的には中国を挑発しないように配慮したものであった。

(4)オバマ前政権下でのこうしたFON作戦は、国防省が発表したFON作戦に関する年次報告によって確認される。この年次報告には、国際法によって全ての国に保証された海域とその上空における権利、自由、そしてその使用を保護するために、2015年10月1日から2016年9月30日の間に国防省が実施した、過剰な海洋権限を主張する国に対するFON作戦が国別に掲載されている。中国(そして他の2カ国)について、年次報告は、過剰な海洋権限に関する主張の1つとして「領海を航過する外国軍艦の無害通航に関する事前許可」を挙げている。この異議申し立ては、単に事前通告の要求に対してなされているのみで、基本的な領海主張に対して行われているわけではない。事前通告に対してのみ異議を申し立てて、その根底にある領海主張を黙認するようなFON作戦は、ライト・ビールのようなものである。アメリカは過去2年間、中国の主張に対して大きく譲歩してきた。こうした余計な譲歩は、トランプ政権の下での新たなFON作戦によって巻き返さなければなければならない。

記事参照:
US FONOPs Actually Conceded Maritime Rights to China

310日「トランプ政権における南シナ海問題の比重中国人専門家論評」(China US Focus, March 10, 2017

 中国南海研究院と南京大学で研究員補として南シナ海問題を担当する陳翔秒は、Webサイト、China US Focusに3月10日付で、"The South China Sea in the Trump Era"と題する論説を寄稿し、トランプ政権による今後の南シナ海政策の展開について、中国人専門家の視点から、要旨以下のように述べている。

(1)現時点で明らかとなっているトランプ政権関係者による南シナ海問題に対する発言を見れば、トランプ大統領は、オバマ前大統領の政策を踏襲する傾向にあると考えられる一方で、中国による人工島建設への警戒心が強く、中国との地政学的ゲームではより強硬な姿勢をとるが予想される。しかしながら、現時点では、トランプ政権は、中国側の限界や反応を確かめていると見られ、必ずしも同政権の南シナ海政策の方向性が明確になっているとはいえないのが実情であろう。

(2)トランプ政権において南シナ海問題は、比較的マイナーな問題のようである。経済ビジネス志向が強いトランプ政権は、実利的でアメリカの利益を最優先するアジア太平洋戦略と対中政策を展開することは明らかであろう。アメリカのアジア太平洋戦略の焦点が自らの経済的繁栄と開放された国際経済システムに移るとすれば、トランプ政権の南シナ海政策も、アジア太平洋地域におけるアメリカの利益を反映したものになろう。しかしながら、このことは、南シナ海問題がアメリカにとって最早重要ではないということを意味するわけではない。実際、この地域におけるアメリカの国益は変わっていないし、今後も変わらないであろう。アメリカのアジア太平洋戦略の核心は、依然として、この地域における圧倒的な軍事的優位と軍事活動を自由に展開するに十分な空間を確保し、域内のパートナー諸国と安定した同盟関係を維持し、そして海洋における法秩序を形成し、管理するパワーを維持していくことであろう。

(3)トランプ政権が中国との海洋における地政学的抗争に過大の関心を向けないとしても、この問題は、アメリカが中国を封じ込めるために利用できるツールキットであることは間違いないであろう。アメリカの海洋政策が柔軟で変化し得る可能性があるが故に、トランプ政権は、「アメリカ・ファースト」の枠組の中で、例えば為替相場や保護貿易を巡る交渉の場で、この問題を、中国に対する取引の切り札として利用するかもしれない。実際、トランプ政権がサイバーセキュリティや為替相場などに対する中国の政策に不満を募らせれば、アメリカは、中国に対する不快感を表明し、政策の変更を迫るために、海洋における軍事行動を強化すると見られる。海洋を巡る中米間のパワーゲームは不安定要因であり、両国間の外交努力や、既存の情報交換や信頼醸成措置のメカニズムにも関わらず、両国間の相互不信は容易に解消できるものではない。したがって、南シナ海問題は地政学的に依然として重要なものであり、アメリカは引き続き、この地域における国益を追求し、そのためにアジア太平洋地域における同盟国やパートナー諸国との協力関係を維持していくであろう。

(4)現時点では、中国政府とトランプ政権は双方の海洋政策について相互理解が欠けている。南シナ海問題は、中米関係における障害物であり、少なくとも今後4年間、中米両政府が取り組まなければならない課題でもある。

記事参照:
The South China Sea in the Trump Era

3月「『1つの中国』政策とはブルッキングス研究所報告書」(Brookings, March 2017

 米シンクタンク、The Brookings Institution上級研究員Richard Bushは3月、A One-China Policy Primerと題する報告書を公表し、「1つの中国」政策において、トランプ政権が何をし、何をすべきでないかについて、要旨以下のように提言している。

(1)筆者(Bush)に報告書執筆を動機付けたのは、当時のトランプ次期大統領であった。2016年12月2日に台湾の蔡英文総統から当選祝いの電話を受け、アメリカの大統領あるいは次期大統領が台湾総統と会話した初めての事例となった。即座に生じた疑問は、トランプが中国及び台湾とアメリカの関係を支配する、「1つの中国」政策に背いたかどうかということであった。直ぐに2つのことが明らかになった。第1に、トランプは自分が何をしているかを承知しており、蔡英文総統との電話が計算された戦略の一部であったということである。トランプはその後のテレビ会見で、「私は1つの中国政策を完全に理解しているが、何故、我々が1つの中国政策に縛られなければならないのか分からない」と述べた。第2に、1つの中国政策についてコメントしたほとんどの専門家は、彼らが何を話しているのか実際には良く分かっていなかったということである。多分トランプもそうである。結局、トランプは、就任直後に彼の見解を後退させた。トランプは2月9日、中国の習近平主席との電話で、「我々の1つの中国政策を尊重する」と語った。問題は解消されたように思われた。

(2)しかしながら、筆者(Bush)は、この問題が今回限りで解決されたわけではないとの懸念が払拭できなかった。1つの中国政策について論じている多くの専門家は、米・中・台の関係に関する「神聖な文書」に依って、逐語的分析を論じてきた。これらの文書に述べられた原則の幾つかは今日依然として当を得たものであるが、筆者(Bush)は、これらの原則が現在どのように解釈され、適用されているかを重視している。1971年から72年のニクソンによる米中接近以来、中国、台湾そしてアメリカも全く様変わりした。就中、最も重要なことは、1978年後半からの改革開放政策への中国の基本政策の転換、そして1986年に始まり1996年に完了した台湾の民主的移行が、この3国の相互関係の基軸を変えたことである。しかし、それはずっと以前のことである。新世代のアメリカの政治指導者たちは、ニクソン、カーターそしてレーガンの歴代大統領によって受け入れられた諸原則と21世紀の状況へのそれらの適用を、何故、真剣に受け入れなければならないのか、その理由を理解することは常に可能ではない。それらの古い文書の諸原則から、それらを今日どのように定義し、適用すべきかを演繹することは、常に可能ではない。従って、1つの中国政策が何を意味し、そして意味しないかを探求する価値は、それが何を規制し、何を許容しているかを、見極めることにある。

(3)では、トランプ政権が何をし、何をすべきでないか。以下は、トランプ政権への提言である。

 ①米政府の立場は台湾が中国の一部である、ということを明言しないこと。

 ②「1つの中国原則」という中華人民共和国のフレーズを使用しないこと、その代わりに、「我々の1つの中国政策」と言う習慣を継続すること。

 ③台湾海峡両岸の紛争を解決する現実的な方式として、「1国2制度」を評価する立場をとらないこと。

 ④平和的で台湾の人々にとって受け入れ可能な紛争解決がアメリカの「不変の関心」であることを繰り返し表明し続けること。

 ⑤両岸関係の対応に当たっては、柔軟で、忍耐的で、創造的で、そして抑制された方法で対処するよう、北京と台北に求めていくこと。

 ⑥中国の統一目標実現の主たる障害は台湾に対するアメリカの武器売却にではなく、その統一方式に対する台湾住民の反対にあることを、北京に強調すること。

 ⑦中華人民共和国からの現在の、そして将来のあり得る脅威に対処するための兵器を台湾に供与し続けること。

 ⑧どのようにして抑止力を強化するかについて、台湾の防衛当局と相互協議を続けること。

 ⑨米台間の問題に関して台湾との実質的な協議を深めること。

 ⑩台湾が加盟していない国際機構における台湾の国際的役割と参画を強化する方法に関して、台湾と協働すること。

 ⑪台湾との相互関係を改善するための措置をとることがアメリカの利益に適うとしても、北京に対する公然たる挑戦を印象付けるような方法で、こうした措置を実行しないこと。

 ⑫アメリカの台湾に対する政策の如何なる変更―例えそれが肯定的なものでも、また否定的なものでも―も、その実行に先立って台湾の指導者と事前協議すること。そうした政策の変更が自らの利益に役立つかどうかを最も的確に判断できるのは、台湾の指導者をおいて他にないからである。

記事参照:
A One-China policy primer
Full Report:
A One-China Policy Primer


【補遺】 旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

1. China's Bluewater Navy Series
China's Growing Maritime Role in the South and East China Seas
CNAS, March 2017
LCDR Yusuke Saito, JMSDF

2. China's Bluewater Navy Series
China's Blue Water Navy Strategy and its Implications
CNAS, March 2017
VADM Yoji Koda, JMSDF (Ret.)

3. BLUNT DEFENDERS OF SOVEREIGNTY
The Rise of Coast Guards in East and Southeast Asia
Naval War College Review, Spring 2017, Vol. 70, No. 2





編集・抄訳:上野英詞
抄訳:秋元一峰・倉持一・高翔・関根大助・向和歌奈・山内敏秀
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