海洋安全保障情報旬報 2017年1月11日-1月20日・1月21日-1月31日合併号

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111日「中国、アジア太平洋安全協力政策に関する初の白書発表」(「人民網日本語版」2017112日)

 中国国務院新聞弁公室は1月11日、「中国のアジア太平洋安全協力政策」と題する白書を発表した。新華社の人民網日本語版によれば、白書は、序言と結語の他、「中国のアジア太平洋安全協力に対する政策の主張」「中国のアジア太平洋安全理念」「中国と地域のその他主要国との関係」「地域の紛争問題における中国の立場と主張」「アジア太平洋地域の主要な多国間メカニズムへの中国の参加」「地域の非伝統的安全協力への中国の参加」の6部構成となっている。それによれば、主な内容は以下の通りである。

(1)アジア太平洋地域は、世界情勢において重要な戦略的位置を占めている。深刻な国際情勢を反映して、アジア太平洋地域情勢も、重要で深刻な変化が生じている。

(2)中国は、域内諸国と共に、①共同発展を促進し、アジア太平洋地域の平和と安定した経済的基盤を強化する、②パートナー関係を促進し、アジア太平洋地域の平和と安定した政治的基盤を強化する、③既存の地域多国間メカニズムを整備し、アジア太平洋の平和と安定した枠組みを強化する、④軍事交流や協力を緊密化し、アジア太平洋の平和と安全保障を強化する。

(3)中国は、共同・総合・協力・持続可能という安全保障観を提唱し、共同建設・利益共有・ウィンウィンというアジア太平洋の安全保障の道を努力して歩んでいく。未来の地域安全保障構造は、多層的で複合型の多様化されたものであるべきで、その建設は域内諸国の共同事業であり、共通認識の土台の上に建てられ、地域経済構造の建設と連携して推進されるべきである。

記事参照:
中国政府、アジア太平洋安全協力政策に関する初の白書を発表

112日「トランプ新政権は南シナ海の中国の人工島に如何に対応すべきか米海大専門家論評」(Lawfare Blog.com, January 12, 2017

 米海軍大学教授James Kraskaは、Lawfare Blogに1月12日付で、"Tillerson Channels Reagan on South China Sea"と題する論説を寄稿し、トランプ政権の国務長官に指名されたRex Tillersonが1月11日の上院外交委員会の指名承認公聴会で、南シナ海における中国の人工島について、アメリカは中国による人工島の造成中止と人工島への中国のアクセスを拒否すべきと述べたことに対して、要旨以下のように述べている。

(1)ティラーソン発言は中国から強く反発されたが、この発言は国連海洋法条約(UNCLOS)に照らして間違ってはいない。アメリカは、UNCLOSと慣習国際法の規定を遵守するよう中国に慫慂する国際法上合法的な対抗手段として、中国の人工島にアクセスする権利に挑戦できるし、挑戦すべきである。

(2)アメリカが1982年にUNCLOSに加盟しないと決定した後、1983年3月に当時のレーガン大統領が「海洋政策に関するアメリカの声明」を発表したが、この政策は今日でも依然有効である。レーガン大統領は、「アメリカは、航行の自由や上空飛行の自由といった、伝統的な海洋の利用に関する権利の均衡の原則を受け入れ、それに従う用意がある。この点に関して、アメリカは、UNCLOSによって認められた、アメリカやその他の国の権利と自由が当該沿岸国によって認められる限り、アメリカの管轄海域における他国の権利を認めるであろう」と述べた。このレーガン政策は、他国がアメリカの権利を尊重する限り、アメリカも他国の海洋権限を尊重することに同意するというものである。この政策声明は、他国がアメリカの合法的権利を認めるようになるまで、他国の合法的権利の承認を留保することで、UNCLOSを遵守しない国に対して法的対抗手段に訴える意思を表明したものである。レーガン政策は、実際には有名無実化しているが、放棄されたわけではない。

(3)北京が国際法で認められた互恵的権利を尊重しないのであれば、アメリカも、南シナ海全域において自由に航行するというUNCLOSに基づく中国の権利に対する承認を撤回すべきである。しかしそうするどころか、中国がその主権下に、あるいは管轄下にあると主張する海域において行動する外国の軍艦と軍用機に対する危険な妨害行為を行っているのに、アメリカは愚かにも、領海における無害通航と制約なしのEEZでの行動を含め、海洋において自由に行動する全面的な権利を中国に認めてきた。南シナ海で行動するアメリカの軍艦と軍用機に対する中国の妨害行為は、UNCLOSと慣習国際法の下における中国の義務違反であり、国家責任法における国際的に不当な行為である。従って、被害を受けた国は、人工島へのアクセスを阻止するために南シナ海における中国の航行の自由と上空通過の自由を認めないといった、条約遵守を慫慂するための合法的な対抗措置をとる権利がある。これは、武力よる威嚇やその行使を伴わない合法的措置である。アメリカは、他の沿岸国が海洋におけるアメリカの権利を尊重する場合にのみ、当該他国の海洋権利を尊重するという、1983年の海洋政策を実行すべきである。特に、中国が自国の領海における軍艦の無害通航、あるいは自国のEEZ内での公海における軍艦の航行の自由と軍用機の上空飛行の自由に関するUNCLOSの規定を遵守していないが故に、アメリカは、中国が規定を遵守するようになるまで、中国の軍艦と軍用機に対してこれらの権利を認めることを留保しておくべきである。

(4)では、こうした対抗措置はどのように実行できるか。国際法の遵守を中国に慫慂するためにアメリカが公海における中国の自由の容認を留保している海域において、中国の軍艦と軍用機の行動を妨害し、通報するだけである。アメリカの軍艦と軍用機は、既に中国が行っているように、中国の行動を積極的に妨害できる。これは緊張を激化させることになるかもしれないが、中国の不法な主張を黙認する以外に、何をやっても短期的にはリスクが高まることは避けられないであろう。中国のEEZ内での外国の軍艦と軍用機の航行の自由と上空飛行の自由を認めることを中国に慫慂するための一時的な措置として、アメリカが自国の管轄海域において中国の軍艦と軍用機に対して中国と同様の扱いをするならば、アメリカは、外交上の主導権を取り戻すことができよう。このことは、中国の人工島を除去することにはならないが、中国が認めない本来の航行の自由を回復することができよう。

記事参照:
Tillerson Channels Reagan on South China Sea

113日「アメリカの対中政策の基本的事項―CSIS専門家解説」(CSIS, January 13, 2017

 米シンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)の上級顧問Bonnie Glaserと副所長Michael Greenは1月13日付のCSISのサイトに、"What is the U.S. 'One China' Policy, and Why Does it Matter?"と題する論説を寄稿し、トランプ次期政権で国務長官に指名されたティラーソンが台湾関係法と「6つの保証」に基づくアメリカの対台湾関係を改めて確認した上で、「1つの中国」政策の継続を明言したことに関して、アメリカの対中政策の基本的事項について以下の7点を挙げ、要旨以下のように解説している。

(1)アメリカの「一つの中国」政策とは何か。何故、このような政策が存在するのか

アメリカは1979年に、中華人民共和国(PRC)を承認し、中華民国(ROC)の承認を取り消した時、中華人民共和国政府が「中国の唯一の合法政府」であると表明した。しかしながら、アメリカは、台湾(ROCの承認を取り消して以来、アメリカが使っている呼称)に対する中国の主権の承認(recognize)を求める中国の要請を拒否した。その代わり、ワシントンは、台湾が中国の一部であるとする中国の主張を認識(acknowledge)した。1982年の米中コミュニケで、アメリカは、「2つの中国」あるいは「1つの中国、1つの台湾」政策を追求する如何なる意図もないと表明し、更に一歩踏み込んだ。以来、今日まで、アメリカの「1つの中国」政策とは、アメリカはPRCを中国の唯一の合法政府として承認するとともに、台湾が中国の一部であるとする中国の立場を認識するというものである。かくして、アメリカは、PRCとは公式の関係を維持するとともに、台湾とは非公式の関係を維持してきた。「1つの中国」政策は、アメリカの歴代大統領によって継続的に確認されてきた。こうした政策の存在が、台湾海峡の安定維持を可能にし、台湾にとっても、また大陸中国にとっても、それぞれが政治的、社会経済的発展を比較的平穏裏に追求することができた。

(2)台湾に対する主権に関するアメリカの立場はどのようなものか

アメリカの立場は、一貫しており、「1つの中国」政策と矛盾するものではなく、北京の台湾に対する主権の主張には同意しないが、同時にROCが独立した主権国家であるとの台北の主張にも同意しないということである。

(3)台湾関係法とは何か。同法はアメリカの台湾政策に如何なる役割を果たしているのか

1979年の台湾関係法は、台湾におけるアメリカの重要な安全保障利益と通商利益を護るためのものであり、公式な外交関係にない米台間の関係を継続するための枠組みを提供してきた。同法はまた、台湾の安全保障に対するアメリカのコミットメントを明記するとともに、アメリカの台湾政策を包括的に監督する権限を議会に付与している。同法に基づいて、米台双方は、アメリカが台湾に美国在台協会を、台湾がアメリカに台北在米経済文化代表処をそれぞれの外交窓口として設置した。同法において、アメリカは、①PRCとの外交関係の樹立は台湾の将来が平和的手段によって決定されるとの期待に基づくものであること、②平和的手段以外の方法で台湾の将来を決定しようとする如何なる試みも、西太平洋地域の平和と安全に対する脅威であり、アメリカにとって重大な懸念と見なすこと、③アメリカは台湾に対する防衛的兵器を供与できる権利を有すること、④アメリカは、台湾の安全、あるいは社会、経済システムや人民を危険に曝す、武力の行使やその他の威嚇的行動に対抗する能力を維持することを明確にした。

(4)「6つの保証」とは何か

1982年の米中コミュニケで、アメリカは、「台湾に対する武器売却を長期的政策として実施しない」「台湾に対する武器売却は、米中外交関係樹立以降の数年に供与されたレベルを質量ともに超えない」「台湾に対する武器売却を次第に減らし、一定期間の内に最終的解決に導くつもりである」ことを表明した。このコミュニケが台湾に与えるインパクトを懸念し、当時のレーガン大統領は、国家安全保障会議の秘密メモで、台湾に対する武器売却を減らしていくアメリカの意志は両岸関係の平和的解決に対する中国のコミットメントの動向次第である、と述べている。このメモは、台湾に提供される武器の質量はPRCによる脅威の程度によって左右されることを明らかにしたものである。更に、レーガン大統領は、美国在台協会を通じて、大統領名の口頭での台湾に対する「6つの保証」を伝達した。「6つの保証」とは、①台湾への武器売却の期限を設けないこと、②台湾への武器売却についてPRCと事前協議を行わないこと、③台湾とPRCとの調停を行わないこと、④台湾関係法の改正に同意しないこと、⑤台湾の主権に関する立場を変えないこと、⑥PRCと協議するよう台湾に圧力を加えないことであり、台湾関係法と並んでアメリカの対台湾政策の骨格となってきた。

(5)何故、台湾がアメリカにとって重要なのか

今や完全な民主体制下の台湾はアジアにおけるアメリカの重要なパートナーで、2015年の統計ではアメリカの9番目の貿易相手で、輸出入総額が666億ドルに達する。台湾は、アメリカのアジア政策の最優先課題の1つである、台湾海峡の平和と安定を維持することを誓っており、一方、長年の台湾に対するアメリカのコミットメントは、東アジア全域におけるアメリカの信頼性を担保する上で重要である。

(6)アメリカの台湾に対する防衛義務とコミットメントはどのようなものか

1955年3月の米華相互防衛条約は1980年1月に失効し、有事における相互援助と軍事支援義務はなくなったが、同条約の幾つかの項目は台湾関係法に組み込まれた。台湾関係法は台湾に防衛的性格の武器を供与する政策を規定しているが、武器売却に関する決定は大統領に委ねられ、議会への通報が義務付けられている。最近10年間で、アメリカは、総額237億ドルの武器売却を承認した。

(7)何故、中国は台湾の独立を恐れるのか

1997年7月に香港が返還されて以降、台湾は、中国が主権を主張しているものの、実効支配に至っていない数少ない地域の1つである。中国は、台湾が19世紀半ばのアヘン戦争以来の屈辱の世紀の遺産であり、中国本土から切り離された台湾の存在を、大国としての中国の再興に対する阻害要因と見なしている。中国共産党政権の正当性は台湾を本土に再統一するという誓約にかかっており、台湾の現状を放置し、独立主権国家として国際社会に承認されるような事態を許せば、如何なる指導者も権力の座を維持することはできないであろう。2005年に成立した中国の反分裂国家法は、①台湾独立勢力が中国から分離しようとする場合、②台湾の中国からの分離を引き起こす重大な事変が発生した場合、③平和的統一の可能性が完全に失われた場合には、「中国は、国家の主権と領土保全を護るために、非平和的手段やその他の必要な措置を講じる」と規定している。

記事参照:
What Is the U.S. "One China" Policy, and Why Does it Matter?

【関連記事1

「在沖縄米軍の一部台湾への再配置による米台軍事関係の緊密化をボルトン元米国連大使」(The Wall Street Journal.com, January 17, 2017

 ボルトン元米国連大使は、1月17日付の米紙、The Wall Street Journal(電子版)に、"Revisit the 'One-China Policy'"と題する論説を寄稿し、米台のより緊密な軍事関係は北京の好戦的な姿勢に対抗する上で助けとなろうとし、在沖縄米軍の台湾への一部移転を提案して、要旨以下のように述べている。

(1)上海コミュニケから45年が経過し、「1つの中国」政策を再検討し、アメリカはその意味することについて決断すべき時である。我々は、1972年ではなく2017年の情勢を反映させた、特に台湾を含めた戦略的に一貫した優先順位を画定することが必要である。「1つの中国」政策を絶えず繰り返すのは、北京が好む交渉戦術である。北京にとって、「1つの中国」とは中華人民共和国が唯一の合法的な「中国」であることを意味し、それは、「台湾の独立にノー」「2つの中国にノー」「1つの中国と1つの台湾にノー」という、「3つのノー」にスローガン化される。長年に亘って、アメリカはこの言葉の戦いに何も考えないまま敗れてきた。

(2)しかしながら、上海コミュニケにおいて、ワシントンは単に、「全ての中国人」が台湾をその一部とする「ただ1つの中国がある」と考えていることを認識(acknowledge)したに過ぎない。この数十年間の台湾における世論調査を見れば、自分自身を「中国人」と考えている市民は益々少なくなってきている。中台双方は、この67年間、再統一に合意しなかったし、そして特に中国が香港における「一国両制」というスローガンを益々乱暴に再解釈していることを考えれば、見通しうる将来において双方が再統一に合意することはないであろう。北京は台湾が崩壊することを期待しているが、これまではそうならなかった。上海コミュニケによっても、1978年の当時のカーター大統領による中華民国の承認取り消しによっても、台湾が大人しく大陸に降伏することはなかった。特に1979年に台湾関係法が米議会で成立した後は、台湾が大陸に屈することはなさそうである。そして、今や台湾は民主主義体制になり、平和的かつ民主的な政権移行が行われている。

(3)では、今、アメリカは何をすべきか。アメリカは、台湾への武器輸出を増やし、台湾に米軍人と軍事装備を再展開することによって、東アジアの軍事態勢を強化できるであろう。我々は、マッカーサーの「不沈空母」という台湾のイメージに近づく必要はないし、また相互防衛条約を再交渉する必要もない。基地を設置し、活動する権利は、全面的な防衛同盟を意味しない。我々の活動は台湾におけるシンガポール軍の活動に似たものになるであろうが、台湾関係法の下でも米台関係をこうした関係に拡大することは十分可能であり、新たな立法措置は不要である。一部の人は、台湾における米軍事力のプレゼンスは上海コミュニケに違反すると反対するかもしれない。しかし、台湾関係法の文言が優先されなければならない。この地域の安全保障環境は、1972年のそれとは根本的に異なっている。最も重要なことは、中台関係において実際上、恒久的な変化が生じたことであり、このことは上海コミュニケの大部分を時代遅れなものとしている。締結当時の事情に基本的な変更が生じない限り拘束力を持つというのが(国際法上の)「事情変更の原則」であるが、既にこのような基本的な変更が生じており、従って、1972年とは異なる認識を持っても正当化される。

(4)台湾の地理的位置は沖縄やグアムよりも中国本土に近く、有事の場合、域内全域に米軍部隊を迅速に展開させる上で、より大きな柔軟性を米軍に与えてくれる。ワシントンは、日米関係における課題である在沖縄駐留米軍について、少なくともその一部を沖縄から再配備することで東京との緊張緩和を促進できるかもしれない。また、最近のフィリピンのドゥテルテ大統領の言動は、今後の軍事やその他の分野における対米協力の可能性を小さくしている。海洋の自由を保障し、軍事的冒険主義を抑止し、一方的な領土の併合を阻止することは、東アジアと東南アジアにおけるアメリカの中核的な利益である。今日、1972年とは対照的に、台湾とのより緊密な軍事関係が、アメリカの利益を追求する上で重要な措置となろう。もし中国が不同意であれば、あらゆる手段を使って話し合いをしようではないか。

記事参照:
Revisit the 'One-China Policy'

【関連記事2

「トランプ新政権が目指すべき対中政策米専門家論評」(The National Interest, January 18, 2017

 米シンクタンク、The Brookings Institution主任研究員Michael O'Hanlonとシラキュース大教授James B. Steingbergは、米誌The National Interestに1月18日付で、"Can Donald Trump Avoid a Dangerous South China Sea Showdown?"と題する論説を寄稿し、トランプ新政権が目指すべき対中政策について、要旨以下のように述べている。

(1)最近までアメリカでは、対中政策に対する根強い超党派的継続性が見られた。この政策の柱は、域内の同盟国に対する継続的な安全保障コミットメント、それを支える強力なアメリカの軍事的プレゼンス、貿易と投資の分野での強力な関係、そして様々な多国間機構への参加に裏付けられた、中国に対する経済的関与と外交面での協力に対する支持であった。このような戦略は、中国とソ連から切り離し、冷戦の終結を促進する上でアメリカの利益に適うものとして、長年に亘って推し進められてきた。この戦略はまた、台湾、日本、韓国そして東アジア全体の安全保障を維持するものでもあった。中国にとっても、域内の平和的な環境は「改革開放政策」を推進する上で有益であった。他方で、時代の流れとともに中国は経済的発展を土台に、軍事力の強化にも積極的に取り組み、今や西太平洋でアメリカと対峙するまでの力をつけてきている。こうした力は、東シナ海や南シナ海を巡る領有紛争における中国の強硬な外交政策を後押ししている。それ故に、アメリカでは、中国の台頭がアメリカにとって経済的、軍事的に有益なものかどうかを疑問視する声が高まっている。経済発展に続くはずであった政治改革は実現せず、米中関係の緊張は高まった。一方、習近平政権の中国は、アメリカやその他の国の期待に反して、より中央集権化され、攻撃的なナショナリズムを強めている。

(2)このような状況に対して、アメリカのオバマ大統領は、「1つの中国」政策という基本的枠組を維持しながらも、アジア太平洋地域への「軸足移動」と「リバランス」を推進してきた。「リバランス」は、安全保障問題にのみ特化するのではなく、経済や政治問題にまで焦点を拡大したものであったが、米中関係の安定化を確実なものにするには至らなかった。2011年に「リバランス」が動き出して以来、米中関係は非常に複雑化していると言っても過言ではない。例えば、中国は、2012年にはスカボロー礁を実効支配し、その後西沙諸島と南沙諸島を管轄する行政機構を設置した。2014年と2016年には、ベトナムのEEZ内にベトナムの許可なく油田掘削リグを持ち込んだ。2014年から2015年にかけては、南シナ海での活動を活発化させ、多くの人工島を造成した。この間、中国は、南シナ海の大部分を包含する「9段線」について曖昧な姿勢を崩さなかった。中国は、尖閣諸島周辺海域でも、活動を強化してきた。もちろん、中国から見れば、こうした動きは、新たな形態の封じ込めと見なす「リバランス」に対抗するものである。東アジアをめぐる問題は中国だけに留まらない。北朝鮮による核・ミサイル開発はアメリカとその同盟国にとって大きな懸念材料となってきた。アメリカではしばしば中国による北朝鮮への圧力の弱体化が指摘されている一方で、中国側は米韓による高高度ミサイル防衛システム(THAAD)の配備は中国の安全保障を弱めるために構築されたものであるとの批判を繰り返してきた。仮にトランプ新政権が北朝鮮に対して過剰な反応を見せ圧力をかけるようなことがあったならば、朝鮮半島をめぐる新たな危機の勃発は避けられないだろう。加えて、「一つの中国」政策の見直しが行われたならば、米中関係はおろか中台関係にも大きな亀裂が生じることは避けられない。

(3)とはいえ、緊張する米中関係は、現在までのところ、実際の熱戦に発展したり人命が失われたりするところにまでは至っていない。南シナ海の航路や空路は使用可能であり、漁船も自由に行き来できる状態が保たれている。中国の軍事力の台頭は目まぐるしいが、冷戦期に米ソ間でみられたような核軍拡競争にまでいたる気配は今のところない。現在の米中関係には対処すべきあるいは改善すべき問題点が多い。しかも、我々は、そして恐らく中国の指導部自体も、中国の長期的な戦略的狙いがどこにあるのかについて、正確に把握できていない。他方で、米中関係は幾つかの問題で協力関係を構築してきた。このような流れをトランプ政権は絶やさずに、むしろ中国との協力の可能性を探りつつ、一方的な政策を展開して不信感を煽るのではなく、両国関係を安定させる政策を模索すべきである。そして中国に対して中国の行動が平和目的に徹していることを再保証するよう促すべきである。トランプ政権は「一つの中国」政策を再確認して、中国の安全保障に対していまほど脅威と映らないような回帰の方法を履行すべきであろう。

(4)このような方策は必ずしも米中関係を改善に導くとは限らない。新政権はアメリカとその同盟国の利益を強固な軍事力を背景に護る姿勢を明確にし、時には中国との緊張関係を生む可能性があったとしても、その姿勢を貫くべきである。中国との協力できる課題は決して少なくない。就中、朝鮮半島問題、南シナ海問題、サイバーと宇宙、海賊対策での協力体制、透明性の強化と信頼醸成措置などが挙げられよう。米中両国の指導者たちは両国の衝突を避けるべく、相手の攻撃的な姿勢に短絡的に反応した政策を展開すべきではないのである。

記事参照:
Can Donald Trump avoid a dangerous South China Sea showdown?

【関連記事3

「台湾海峡両岸の安定化、トランプ新政権の課題米専門家論評」(CSIS, China Power Project, January 26, 2017

 米シンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)上席顧問、Bonnie S. Glaserは、1月26日付で公表した報告書、"Managing Cross-Strait Ties in 2017"の中で、トランプ政権がとるべき台湾海峡両岸に対する政策について、要旨以下のように提言している。

(1)台湾海峡両岸関係を改善し、安定させるためには、中台双方がより大きな柔軟性と創造力を発揮する必要があろう。蔡英文が台湾総統に就任以来、双方は、相互信頼を損ねるような措置をとってきた。台北と北京は、互恵的かつ肯定的な言動を通じて、漸進的な信頼醸成措置を進めていく必要がある。効果的で信頼できる対話チャンネルの欠如は、相互信頼の醸成を妨げ、誤算の可能性を高める。

(2)トランプ新政権の発足によって、今後のアメリカの台湾と中国に対する政策には、両岸関係の管理を難しくする多くの不確定要素がある。台湾海峡の平和と安定の維持はアメリカの重要な国益であり、両岸関係の安定維持は、その主たる責任が北京と台北にあることは言うまでもないが、ワシントンにも果たすべき役割がある。最も重要なことは、アメリカが安定を損ねてはならないということである。アメリカの極端な政策の変更は、北京と台北の関係を不安定化させることになろう。アメリカの「1つの中国」政策は、米中関係の基本をなすもので、37年以上に亘ってアメリカの利益になってきたものであり、気まぐれに捨てるべきではない。「1つの中国」政策は、3つの米中共同声明、台湾関係法、そして「台湾に対する6つの保証」*からなり、台湾海峡両岸とのアメリカの関係を管理する有益な枠組であった。「1つの中国」政策は、その注意深い曖昧さの故に、台湾の利益を損ねるよりも、軍事、安全保障協力を含め、台湾との強固な関係維持を可能にしてきた。

(3)トランプ政権下で、今後アメリカは、両岸関係の安定を促進するとともに、台湾との関係を一層強化するために、以下の処置をとるべきである。

a.トランプ政権は、台湾関係を強化するための歴代政権の重要な業績を基盤にしなければならない。内部の政策レビューは、米台関係のどの分野が改善可能であり、改善されなければならないかを評価するものでなければならない。これには長年に亘る台湾との官吏や軍人の交流に対する規制緩和も考慮されるべきだが、米台関係が非公式の関係であるとの原則を曲げるべきではない。

b.非公式関係の枠内でも、米台間にはできることが多くあるが、予想される北京の強い反発を考慮して、米台関係の改善は粛々と進めるべきである。

c.米政府当局は、誤解と誤算の可能性を最小限に抑えるとともに、両岸関係の相違を狭め、問題に対処する機会を作為するために、公式な両岸の対話と交渉のチャンネルを復活するよう、強く北京を慫慂すべきである。

d.アメリカは、台湾の経済と国際社会への参加を阻害するような措置をとらないよう、北京に対して警告すべきである。万一中国がこれらについて台湾に圧力をかけるようなことがあれば、アメリカは、中国の政策がもたらす悪影響を相殺する措置をとるべきである。

記事参照:
Managing Cross-Strait Ties in 2017

備考*:アメリカの「台湾に対する6つの保証」とは、当時のレーガン大統領が1982年7月14日に台湾の当時の蒋經國総統に口頭で伝えた以下の6つの保証を言う。①台湾への武器供与の終了期日を定めない、②台湾への武器売却に関し、中国と事前協議を行なわない、③中国と台湾の仲介を行わない、④台湾関係法の改正に同意しない、⑤台湾の主権に関する立場を変えない、⑥中国との対話を行うよう台湾に圧力をかけない。

Full Report:
Managing Cross-Strait Ties in 2017

119日「中国の空母『遼寧』と後継国産空母の価値英誌論評」(The Economist.com, January 19, 2017

 中国海軍の空母「遼寧」打撃群が行動2016年12月末から2017年年初にかけて外洋における航海や演習を行ったが、英誌、The Economist(電子版)は、1月19日付で、"China's first aircraftcarrier bares its teeth"と題する論説を掲載し、空母「遼寧」と後継の国産空母について、要旨以下のように述べている。

(1)2006年以来中国海軍司令員で、間もなく退役を迎える呉勝利にとって、2016年暮れから2017年年始にかけての空母「遼寧」の行動はその最後を飾るに相応しいものであった。「遼寧」打撃群の行動は、呉勝利の下で進められてきた海軍革新の成果である。中国が空母を展開したことは、軍事的なゲームチェンジャーと言えるものではない。しかし、それは、海洋国と世界大国を目指す中国の野望の大いなるシンボルである。空母「遼寧」は、沿岸防衛海軍から近代的海軍への進化の極めて重要な戦力である。中国はこの25年間、強力な外洋海軍を目指して戦力を強化してきた。そのために、中国は恐らく2004年頃に中国空母保有を決心したと見られる。2番目の空母は「遼寧」を基本として中国設計で国産されているが、最新のレーダーとより多くの航空機を搭載できるスペースを持っており、大連北部の港で完成に近づきつつある。多くの分析者は、より大型でより複雑な3番目の空母が上海で建造中であると見ている。

(2)「遼寧」の就役は空母保有への手っ取り早い方法であった。しかし、「遼寧」は旧ソ連のKuznetsov級の設計によるもので、排水量約6万トンである。日本に前方展開する米空母USS Ronald Reaganは排水量約10万トンで、55機以上の固定翼機を搭載している。「遼寧」は、わずかにロシア製Su-33を基にしたJ-15を24機と少数のヘリコプターを運用するに過ぎない。また、「遼寧」は、米空母と異なりカタパルトを装備しておらず、スキー・ジャンプ甲板である。その結果、J-15戦闘機は武器、燃料の搭載量を抑えざるを得ない。このことは「遼寧」が実施できる任務の種類を制限し、陸上航空機の行動半径外で作戦する場合には「遼寧」を脆弱にする。「遼寧」はまた、旧ソ連時代に設計された信頼性の低い蒸気タービンに依存しており、米海軍の原子力空母と比較して行動半径も速力も劣る。米海軍情報局は、「遼寧」が遠隔地に海軍力を投射できる能力を有するとは見ていない。しかし、「遼寧」はある程度の軍事的価値を有しており、中国艦隊に洋上防空能力を提供することができる。また、災害救助あるいは捜索救難任務において非常に有用であろう。更にベトナムやフィリピンのような隣国にとっては、「遼寧」打撃群は相当恐るべき戦力に映ろう。しかし、「遼寧」の主たる価値は、空母の運用に関わる複雑な技量を中国海軍に経験させることである。そうした技量は、後継の国産空母の配備する上で有益なものとなろう。中国は、陸上に設置されたカタパルトによる発着艦訓練を実施している。このことは、上海で建造中と見られる空母が米空母と同じ飛行甲板を持つものになるという推測を裏付けている。また、同艦は米空母と同等の行動範囲と速力を持つ原子力推進の可能性もある。

(3)中国が何隻の空母を建造する計画かは定かではない。一般的に、空母1隻を常時洋上に展開させるためには3隻の空母が必要とされる。米海大のErickson教授は、中国が多くのことを模倣できるが、戦闘経験とある艦載機搭乗員あるいは空母乗組員から他の搭乗員や乗組員に伝えられる「空母族の知見」の継承なしには、中国空母が米空母のレベルに到達することは難しいと指摘している。皮肉なことに、中国は、「空母キラー」として知られるDF-21DやDF-26地上配備型対艦弾道ミサイルを開発することによって、空母が費用対効果に見合う戦力かどうかについての疑念の種を、他のどの国よりも高めてきた。潜水艦はより非脆弱な戦力である。しかしながら、耳目を集める兵装した水上戦闘艦は、中国のような野心のある大国にとって依然、国家的威信の象徴である。アメリカにおいてもそうであるように、空母を威信の象徴を見なす中国の見方を変えることは難しいであろう。

記事参照:
China's first aircraftcarrier bares its teeth

120日「ベトナムの6隻目のキロ級潜水艦、カムラン湾基地に到着」(Vietnam Plus, January 20, 2017

 ベトナムがロシアから購入したKilo級潜水艦の最後の6隻目が1月20日、ベトナム中部のカムラン湾基地に到着した。ロシアからオランダの重量物運搬船で40日余の航海でカムラン湾に到着した同艦の艦名はHQ-187 Ba Ria - Vung Tauといい、2014年から2015年にかけて引き渡された4隻、HQ-182 Hanoi、HQ-183 Ho Chi Minh City、HQ-184 Hai Phong及びHQ-185 Khanh Hoa、2016年2月に引き渡されたHQ-186 Da Nangとともに、ベトナムの沿岸防衛の主力となる。キロ級潜水艦は、満載排水量3,000~3,950トン、全長74メートル弱で、最大潜航深度300メートル、52人の乗組員で45日間、6,000~7,500カイリの航行能力を持つ。

記事参照:
Last Kilo submarine arrives at Cam Ranh Port

1月23日「今や『ポスト・ポスト冷戦時代』米専門家論評」(The Weekly Standard.com, January 23, 2017

 米シンクタンク、The American Enterprise Institute安全保障研究部長Thomas Donnellyは、1月23日付の米誌、The Weekly Standardに、"Now for the Post-Post-Cold War Era"と題する長文の論説を寄稿し、ポスト冷戦時代の歴代大統領の事績を振り返り、トランプ大統領が受け継ぐ現在世界は1945年以降で最も多極的で、紛争の多い世界であるとして、要旨以下のように述べている。

(1)オバマが大統領執務室を去り、同時に「ポスト冷戦時代」も終わるであろう。ポスト冷戦時代とは何だったのか。この「一極構造期」は、正に束の間の「パックス・アメリカーナ」であったのか。今、オバマからトランプへの政権移行期にあって、この一極構造という前例のない力の不均衡が永続的なものに変換されなかったことは明白である。「一極構造期」は「パックス・アメリカーナ」にはならなかった。そこからは程遠いものだった。

(2)では、何が起こったのか。この疑問に答えるには、ソ連の崩壊はどれ程の驚きだったのかを思い起こす必要がある。ソ連との抗争が永遠に続くであろう、というのが当時の世間一般の見方だった。当時のブッシュ(父)大統領とスコウクロフト国家安全保障担当補佐官は、彼らの回顧録によれば、あたかも数十年前の東欧動乱が再現したかのように、1989年の出来事に反応した。彼らが最も恐れたのは、1956年のハンガリー動乱の再現だった。ソ連が平穏裏に崩壊したことは驚くべき幸運であり、そしてNATOの枠内におけるドイツ統一という重要な戦略的成果も画期的な出来事であった。ブッシュ(父)の「新しい世界秩序」は、現実には混乱期における国家主権の現状を護ることであった。地政戦略的に見れば、ブッシュ(父)大統領は終始、自らを伝統的な国家制度の擁護者として位置付け、ヨーロッパの要請を受け入れ、東アジアでは事を荒立てることをせず、そして中東ではアメリカの立場の強化に大胆であった。ブッシュ(父)は、伝統的な大国間のバランシングを学び、史上唯一の超大国としての永続的な進路を見出すことが困難であることを理解した。ブッシュ(父)は、歴史の終わりについて如何なるひな形も持たず、新しい世界秩序を、可能な限り慣れ親しんだルールを持つ古い世界秩序に近いものにしようとした。

(3)1990年代には、フランス人のPascal Lorotやアメリカ人のEdward Luttwakが唱えた、「地経学(geoeconomics)」が地政学に取って代わった。これは、国家が領土ではなく市場シェアを巡って競争するという現代版重商業主義であり、商業は「利益の源」というよりも「国力の要素」となった。1990年代はまた、技術の進歩は人間社会と政治の本質を変えていると主張した、ニューヨーク・タイムズのコラムニスト、Thomas Friedmanが流行らせた「グローバリゼーション」の時代でもあった。時のクリントン政権は時代に合わせようとした。実際、同政権は、国家安全保障戦略を8年間で4度も作成し、それらを何度も改訂した。2000年12月に公表した、A National Security Strategy for a Global Ageで、クリントン大統領は以下のように述べている。「新しい千年紀に入り、我々は、自国において深刻な分裂がなく、海外で主要な脅威もなく、世界中で我々の利益を護る準備が整っている史上最強の軍隊を持ち、そして記録的な繁栄を享受している国の市民であることに恵まれている。建国当初のアメリカ人は、何時かこれらの恵みの内の1つだけでも達成できる国に住むことを望んでいたかもしれない。恐らく、それら全てを経験することを期待した人も、そして一度に全てを享受した人もほとんどいなかった。」言い換えれば、第2次大戦の陰を引き摺る最後の大統領(the last Depression-World War II president)、ブッシュ(父)が自らの存命中に冷戦の終結を見るという、戦略的な幸運を心底から信じることができなかったとしても、クリントンは、彼の任期の終わりまでには、それを所与のものと考えるようになった。実際、彼の大戦略では、「繁栄」が「安全保障」よりも優先されるようになった。結局、クリントンも、彼の前任者と同じように、ポスト冷戦世界に驚かされた。クリントンは、血、財力、国家資源あるいは大統領の関心を費やすという意味において、ブッシュ(父)時代よりも、彼の時代の方が費やすものがより少なくかったといえるかもしれない。彼のエネルギーは主に国内で消耗された。クリントンは後に戦うための大いなる悪役がいないことを嘆いたが、彼は、歴史的に偉大な大統領になる機会を拒否され、結果として彼にあった機会を見落としたのかもしれない。

(4)対照的に、後継のブッシュ(子)大統領は、ホワイトハウスに道徳的使命感を持ち込んだ。ブッシュ(子)は就任演説で、「我々の民主主義信仰は、我が国を超えた、人類の生得の希望であり、理想である」と述べた。そして、2001年9月11日のテロ攻撃は、彼の信仰を一層強固なものにした。ブッシュ(子)は、テロとの戦いを超えて、抑圧的な社会を代議制共和政体に作り変えることを決心した。ブッシュ(子)を駆り立てたのは道徳的な目的意識であった。ブッシュ(子)と彼の補佐官たちは、ポスト冷戦世界をアメリカの「卓越("primacy")」期と確信していた。自由は生得の希望であるという信念と、アフガニスタンとイラクにおける迅速な勝利は、危険なほどに人を惑わすことになった。唯一の超大国アメリカは、軍事的にも、イデオロギー的にも衝動を抑えられなかった。2007年のイラクの動揺をきかっけにして、ブッシュ(子)大統領は、彼のパワーと彼の目的を一致させ始めた。彼の政権の最後の2年間は、ポスト冷戦世界で可能であったかもしれないことがなかなかできないという焦燥感を味わうことになった。ブッシュ(子)は、自身を「決定者(Decider)」と称し、軍事問題に細心の注意を払い、カブールのカルザイとバグダッドのマリキに絶え間なく電話するなど、それまでより遥かに積極的な役割を果たした。しかし、悲しいかな、それはあまりにも成果なく、しかも遅きに失した。特に、ブッシュ(子)政権は、イラクを重視し過ぎたことで、より大きな地政戦略的構図を見逃したとの批判を招いた。しかしこれは、どうみても公平ではなかった。ブッシュ(子)大統領は、インドとの新しい関係を強化し、日本が軍事力増強への第一歩を踏み出すことを支援し、そしてロシアとは更なる核兵器の削減を交渉した。これらは、後継のオバマ政権を特徴付けた世界的関与からの撤退の口実となった。

(5)オバマ大統領は、21世紀の大戦略の再起動に着手した。特に、これは「太平洋への軸足移動(a "pivot to the Pacific")」をもたらした。中国の台頭はこの時代の際立った大国問題というだけではなく、この地域全域に亘る経済成長はこの地域を「アジアの世紀」にすることになった。オバマ政権の遺産を巡る論議は、彼が執務室から去る数カ月前から始まったが、今後数十年にわたり続くであろう。しかし、彼は、意識的にそうしていたが、首尾一貫した大統領だった。地政学的な結果は、アメリカにとって壊滅的なものであった。アメリカは基本的には軍事力から見ても、経済力から見ても世界最強であったが、国内は分裂し、その先行きは不透明であった。世界も病んでおり、アメリカの不在はそれに拍車をかけた。東アジアでは、オバマの「リバランス」は、南シナ海全域に強引に進出する中国を傍観してきた。要するに、我々は、新たに始まった地政学的競争と、1945年以来我々が経験したものよりも一層「多極化」した時代に辿り着いた。その実態は、今のところ直接的な大国間紛争というよりも代理戦争(我々が負けつつある)と表現されているが、紛争多発の世界である。同時に、その長い歴史にもかかわらず、グローバルな大国としての経験が全くなく、そして少なくともこの2世紀間に亘って国家的屈辱を味わった中国において、特に非常な不満を抱く勢力が台頭しつつあるが故に、紛争生起の可能性は現実的であるように思われる。そしてもちろん、イランも、少なくとも地域覇権の野望を持つ核保有国に近い存在である。オバマは、ブッシュ(子)的であり、同時に反ブッシュ(子)でもあった。オバマは、アメリカのパワーを用いることに躊躇してきた。前任者とは異なり、オバマは、在職中に何も新しいことを学ばなかった。任期末のインタビューにおいて、彼はミスを犯さなかったと頑強に主張している。

(6)これが、トランプ大統領が継承する世界である。 彼は「アメリカを再び偉大にする」ために選出された。このことは過去のアングロ・アメリカンの復活と考えれば理解しやすいが、それは革命ではなく、既存の政治原理と戦略的習慣を新しい状況に適応させるという意味である。我々の復活がどのような性格のものになるかを知る前に、つまり何処に行くかを決める前に、我々が何処にいるかを知る方が望ましい。

記事参照:
Now for the Post-Post-Cold War Era

123日「トランプ政権の登場、『長い休暇』の終わりの始まり米誌編集長論評」(The Weekly Standard.com, January 23, 2017

 米誌The Weekly Standard編集長William Kristolは、1月23日付の同誌に、"The Long Holiday"と題する論説を寄稿し、トランプの大統領選勝利はアメリカの冷戦後の長い「休暇」の終わりの始まりであるとして、要旨以下のように述べている。

(1)2001年9月11日のテロ攻撃(9.11)のわずか数週間後、評論家Charles Krauthammerは本誌で、1990年代の我々の安逸な休暇は「突然の終焉」を迎えたと宣言した。そして、アメリカは一時的に仕事に戻った。イラクとアフガニスタンで戦った9.11世代、そして自由と文明の防衛のために今も我々のために戦っている人々は、実際に任務に就いた人々であった。その他の多くの人々は漫然とした不満を感じていたが、何もしなかった。我々は、依然として休暇中だった。我々は、依然として休暇を望んでいた。結局、9.11は休暇の終わりを告げるものではなかった。

(2)歴史の負担そして激務の辛苦からの小休止への願望は無理もなかった。世界大恐慌から1917年の第1次世界大戦への参戦、第2次世界大戦そして冷戦まで、前世紀の4分の3は、ほとんど歴史の負担に費やされた。このような辛苦を経て、1991年末のソ連の崩壊に特徴付けられる成功の後、如何なる国、例えスパルタやローマあるいは英国であっても、休暇を取ったであろう。我々は、1992年に休暇をとった。

(3)この四半世紀に選出された4人の大統領は、ベビーブーム世代であった。責任回避はこの世代の特徴である。この世代は、両親や祖父母の世代から大きな贈り物を受け継いだ。この世代がそれを浪費したと言うのは言い過ぎであろう。多分、この世代は、維持管理、応急処置そして船を沈めないことにほとんどの時間を費やし、その意味で十分仕事をした。最後の四半世紀で全てが失われることはなかった。天災や破滅の時ではなく、漂流と不決断の時であった。

(4)こうした時期は終わったのか。最後のベビーブーム世代である、トランプの大統領選出は、終わりを示唆するものではないかもしれない。そして恐らく、我々は、少なくとも更に4年間、休暇を継続しようとするであろう。しかし、例えトランプの勝利が休暇の終わりではないとしても、終わりの始まりであることは確かである。2016年の大統領選挙動は、1つの時代の終わりを画するものであったかもしれない。今後数年間は選択の時であろう。アメリカが何時までも漂流し続けることはないように思われる。国家というこの船は、荒れる海に乗り出し、転覆し始めるか、それとも船を立て直し始めるかのいずれかであろう。古い時代の死の間際のあえぎの中から、新しい時代が生まれるのは初めてのことではないであろう。

記事参照:
The Long Holiday

124日「『自由主義世界秩序』と『アメリカ・ファースト』、トランプ政権の対応を巡って米専門家論評」(Brookings, January 24, 2017

 米シンクタンク、Brookings Institute上級研究員Robert Kaganは、1月24日付のBrookings Instituteのサイトに"The twilight of the liberal world order"と題する長文の論説を寄稿し、第2次世界大戦後の自由主義世界秩序は衰退しつつあり、トランプ政権の今後4年間が歴史の転換点になるであろうとして、要旨以下のように述べている。

(1)第2次大戦後の自由主義世界秩序は、内と外の双方からの挑戦によって、終わりに近づいている。アメリカが主導し維持してきた、比較的平和で繁栄した世界秩序に対する外からの最大の挑戦者は中国とロシアである。両国がそれぞれの影響圏で覇権を確立するという目的を達成しようとするならば、競合する大国が必然的に交差し重複する影響圏を巡って衝突し、世界は、20世紀前半の2つの破壊的な世界戦争の温床となった、不安定で混乱した19世紀末の状態に戻ることになろう。第2次大戦後、この種の抗争が抑制され、大国間の紛争が回避されてきたのは、アメリカ主導の世界秩序の偉大な成果であった。特にヨーロッパと東アジアの2つの重要地域におけるアメリカ主導の政治・軍事同盟システムは、国際システムを混乱させようとする中国とロシアに対する抑止力となった。このシステムは、肯定、否定の両面から中ロの野望を阻止してきた。このシステムは開放的な国際経済システムで、それに挑戦し打倒するよりも、それに参加することで得られる利益の方がはるかに大きなものであった。他方、このシステムの政治的、戦略的側面は、中ロ両国にとって不利なものであった。ソ連共産主義体制の崩壊後、20年余に及ぶ民主主義体制の成長とその活力は、北京とモスクワの支配者にとって自らの政権維持能力に対する継続的な脅威となってきた。しかしながら、中国とロシアの野望に対する最大の抑止力は、アメリカと、ヨーロッパ及びアジアにおけるその同盟国との軍事力によるものであった。

(2)このシステムは、自由主義世界秩序の中核における意志、能力そして一貫性に依拠してきた。アメリカは、特に軍事と戦略の分野において、秩序の主たる保証人としての役割を果たす意志があり、果たすことができなければならなかった。しかしながら、近年、自由主義秩序がその中核において弱体化し綻び始めてきた。問題は、アメリカが構築し、アメリカの力に全面的に依拠している秩序を維持し続けるアメリカ自身の意欲にある。その意欲が疑問視されるようになってきた。冷戦の終結から四半世紀を経て、アメリカ人は、必ずしも彼ら自身の利益にはならず、そして実際には他国が利益を得ている一方で彼ら自身が犠牲を払っているように思われる時、何故、世界的秩序を維持するために、彼ら自身がこのような異常に大きな責任を負わなければならないのか、益々疑問に思うようになってきた。大戦後、アメリカがこの異常な役割を担ってきた所以は大方忘れられた。その結果、こうした役割を果たす上での困難とコストに対するアメリカ人の忍耐心は弱くなった。オバマ前大統領は、グローバルな関与を縮小するアプローチを追求した。彼の行動や声明は、これまでの米戦略に批判的で、世界におけるアメリカの役割の縮小を望む国民の気分を強めた。トランプの当選は、アメリカ人の過半数が世界秩序を維持し続けることに嫌気を示していることの証左である。トランプの「アメリカ・ファースト」は、単なる空虚なフレーズではなく、アメリカの学会で長い系譜と多くの支持者を持つ、一貫した理念である。それは、狭いレンズを通してアメリカの利益を見ることを意味する。この理念は、最早、国際的な同盟体制を支持せず、大国による影響圏や地域覇権の追求を拒否せず、国際システムにおける自由主義的規範を維持しようとせず、そして開放的な経済秩序を維持するという長期的な利益のために、例えば貿易において、短期的利益を犠牲にすることをしないことを示唆している。

(3)大国間の抗争が強まる時代が来るにつれ、アメリカの外交政策におけるこの新しいアプローチは、大戦前の時代の不安定さと衝突への回帰を早める可能性が高い。自由主義世界秩序に対するこうした外からの挑戦と、内部からの弱体化や綻びは、相乗効果を生じよう。自由主義の中核における弱体化とアメリカによる国際的責任の放棄は、不満を抱く国家によるより積極的な修正主義を促すことになろう。トランプ新政権が念頭に置いておくべきことの1つは、修正主義の大国を諦めさせるには完全な降伏を強いる以外にないということを、歴史が我々に教えてくれていることである。これら修正主義大国の影響圏は、自らの誇りや、安全保障のための拡大の必要性を満たすに十分な大きさには決してならないのである。ビスマルクの言う「満たされた」大国は稀であり、彼のドイツでさえ、遂に満たされることはなかった。そして当然ながら、台頭する大国は常に歴史的憤りを表明する。恐らく幸運なアメリカ人以外の全ての人々は、仇敵に対する怨念を抱き、過去の軍事的あるいは政治的敗北によって奪われた輝かしい栄光を取り戻すことを求めている。世界に歴史的憤りの種は尽きないが、こうした歴史的憤りは、国境線のわずかな変更で解決されることは滅多にないのである。

(4)トランプ新政権はイスラム過激派の脅威を重視し、主たる問題が大国間の抗争になるとは考えていないのかもしれない。しかし実際には、両方の課題に対処しなければならない。テロリズムの脅威は比較的管理可能である。歴史的に最も困難であり、しかも対処を誤れば最もコストがかかるのは、大国間の対立、抗争を管理することである。戦後から今日に至るまで、アメリカだけが世界的な安全保障を提供するための能力と独特の地理的優位性を持っていることは、変わらない真実である。アメリカなしでは、ヨーロッパやアジアで安定した勢力均衡は存在し得ない。ソフトパワーやスマートパワーは、軍事力の直接的対峙の前には限られた価値しか持たなかったし、今後もそうであろう。アメリカの衰退についての無責任な議論をよそに、アメリカが依然として明確な優位を維持しているのは軍事分野である。他の大国の裏庭においてさえ、アメリカは、強力な同盟国とともに、安全保障秩序に対する挑戦を抑止する能力を保持している。しかしながら、世界の遠く離れた地域においてもバランスを維持するための軍事力を投入するというアメリカの意志がなければ、このシステムは地域大国間の野放しの軍事競争の下で崩壊するであろう。従って、トランプ政権の今後4年間は重要な転換点となろう。世界の国々は、新政権の動向を注視している。大統領選挙戦の時のように前述した「アメリカ・ファースト」の理念を一途に追求するならば、世界秩序の崩壊は、それが引き起こす全ての結果とともに、そう遠くのことではないかもしれない。

記事参照:
The twilight of the liberal world order

125日「中・英間の貨物列車第1便に見る『一帯一路』構想の課題―RSIS専門家論評」(RSIS Commentaries, January 25, 2017

 シンガポールのS.ラジャラトナム国際学院(RSIS)研究員Wu Shang-suとAlan Chong准教授は、1月25日付のRSIS Commentariesに、"Frictions on the New Silk Road"と題する論説を寄稿し、「一帯一路」構想の一環として、中国浙江省を1月1日に出発し18日にロンドンに到着した国際貨物列車第1便を巡る、鉄道軌道の互換性や外交問題などについて、要旨以下のように述べている。

(1)中国とヨーロッパ間の国際貨物列車第1便は、24個のコンテナーに衣類やバッグ、その他の消費物資を積んで、1月1日に浙江省義烏を出発して、1万2,000キロを18日間かけて1月18日にロンドンに到着した。この列車は、カザフスタン、ロシア、ベラルーシ、ポーランド、ドイツ、ベルギーそしてフランスを経由してロンドンに到着した。船便なら2万個のコンテナーを積載できるが、ロンドンまで30日以上かかる。ユーラシア大陸のハートランドを経由する鉄道路線は、「一帯一路」構想における「シルクロード経済ベルト」 を象徴するものだが、幾つかの障害がある。

(2)1つは鉄道軌道の互換性である。ロンドンまでの経路では、中国とヨーロッパの鉄道軌道が1.435メートルの標準軌だが、カザフスタン、ロシア及びベラルーシのそれはソ連時代の遺産で、1.52メートルの広軌である。従って、ロンドンまでの経路では、少なくとも積載貨物を2回移し替えなければならず、そのための追加費用は避けられない。それ故に、中国製品の鉄道輸送は、市場では船舶による大量輸送の製品に対抗できないであろう。積載貨物の移し替えは輸送時間を増やし、また標準的なコンテナーを使用せざるを得ず、大きな貨物の輸送には制約がある。従って、大陸間の鉄道貨物輸送は、世界市場における陸封国家の地理経済位置を大幅に強化することには繋がらない。現在、異なる軌道間、特に標準軌と広軌の間を運行する列車のための軌間可変車軸(VGA)車両は、貨物輸送を含めて、幾つかのヨーロッパ諸国で利用できる。しかし、このような主に旅客列車のため高価で複雑な設計の車両は多数の貨物列車に利用するのは非実用的で、中国にとって経済的な解決策とはいえない。中国はより低コストの国産VGA技術の車両を導入できるかもしれないが、VGA車両の配備は、陸路のシルクロード全線における改装費と輸送経費を大幅に増大させることになろう。

(3)更に、異なる軌道幅間の貨物輸送を可能にするためには、シルクロードの全線に亘って、外交上の配慮が不可欠である。主権国家の国有鉄道当局は、ライセンスの承認、時刻表の調整し、そして適切な機関車の配備やその他の貨物輸送上の諸問題について、協力しなければならない。国有鉄道と民営鉄道間の信頼関係の確立も必要で、積載貨物の移し替えや安全規則に関しても協定が必要となろう。そして、連続的な鉄道輸送の可能にするためには、政治的な安全保障も不可欠である。このためには、中央アジア諸国が国内の反乱分子を封じ込めるために依然としてその統治能力の強化が必要であることを考えれば、解決すべき課題が多い。

記事参照:
Frictions on the New Silk Road

126「南シナ海におけるトランプ新政権の課題―CSIS専門家論評」(CSIS, January 26, 2017

 米シンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)上級顧問Amy Searightと研究員Geoffrey Hartmanは、1月26日付のCSISのサイトに、"The South China Sea - Some Fundamental Strategic Principles"と題する論説を寄稿し、トランプ新政権はアメリカの南シナ海戦略を見直す必要があるとして、要旨以下のように述べている。

(1)アメリカの新政権の決意を試す中国の最初の試みは、南シナ海になる可能性が高い。アメリカは、中国に主導権を握られている現状を逆転させ、状況対応型で効果のない政策策定癖から抜け出すために戦略を見直す必要がある。このため、新政権は、アメリカの南シナ海政策の一貫性と効果を確実にするために、早期に徹底的な戦略の再検討をすべきである。その前提として、以下の3点を確認しておくべきである。第1に、中国は、南シナ海全域に対する支配の確立を目指して、一貫した長期的努力を続けていることである。第2に、中国の南シナ海における活動に対するアメリカの対応は、中国の行動を変えさせるには不十分であり、中国がアメリカをこの地域から追い出そうとしているとの印象を強めたことである。第3に、南シナ海の支配を目指す中国の取り組みに対抗するために、アメリカは、自国の能力を強化し、有能な同盟国やパートナー諸国とより効果的に協力し、そして地域秩序を強化するための持続可能な戦略を必要としていることである。

(2)従って、トランプ新政権が南シナ海におけるアメリカの戦略の見直しに着手するに当たっては、以下のガイドラインに留意すべきである。

 a.抑止と協力を同時に追求すること:中国との協力は北朝鮮問題や気候変動のような世界的な問題に取り組むためには必要だが、アメリカは、より強固な抑止戦略が2国間協力を妨げるという懸念から、抑止を軽視すべきではない。他の分野における中国との協力を維持するために、南シナ海に対するアメリカの政策を改めようとする気持ちは不要であり、潜在的に逆効果である。 共有利益が存在する分野における協力は、アメリカだけでなく、中国にとっても重要である。アメリカの指導者は、米中関係における緊張を恐れるべきではない。アメリカは、生産的な関係を維持しながら、自らの原則を堅持し、中国が地域秩序を弱体化させることを抑止することができる。 アジアにおける重要な利益に関して譲歩することは、グローバルな問題における協力の強化を促すものではない。 それどころか、弱みを見せることは、北京の指導者をして、より積極的な行動を取るよう促すことになりかねない。要するに、より強固な抑止政策を採用することは、両国の利益共有分野における協力を必ずしも妨げるものではないのである。

 b.一貫した持続可能な政策とメッセージを発信すること:リバランス戦略の目標についての一貫性のない説明が、中国とアメリカの同盟国やパートナー諸国を困惑させたことから、トランプ新政権は、明確かつ一貫した戦略的メッセージを公表すべきである。特に、 アメリカが中国の増大する力と影響力に如何に対処すべきかについての変転する説明ぶりが、リバランス戦略における軍事偏重と相俟って、ワシントンが北京の台頭を封じ込めようとしているとの疑惑を高めることになった。航行の自由と日常的な軍事行動を含め、一貫性のないメッセージと政策もまた、この地域に混乱を招いた。新政権は、これらの軍事活動に関して公式な説明を行うべきであり、中国の圧力に対応して活動計画を変更すべきではない。今後、航行の自由と日常的な軍事活動は、アメリカの決意を誇示するために、国際法の許す範囲で定期的に実施すべきである。もちろん、一貫したアメリカのメッセージの発信と政策の実施が重要ではあるが、アメリカは、北京がアメリカの対応を予測することに確信を持てないようにするために、軍事活動と戦術における慎重に計算された予測不可能を織り込むことでバランスをとるべきである。

 c.政策のツールキットを拡大すること:南シナ海におけるアメリカの政策は、軍事的選択に過度に依存しており、これは必ずしも最も効果的な対応ではない。現在、外交、情報、法律そして経済の各分野における対応は、アメリカの中国政策において過小評価されており、これらを政策のツールキットに取り込むことは、長期的に中国を抑止していく上で重要である。

 d.同盟国とパートナー諸国への関与を活性化すること:アメリカは、中国の威圧に対する抵抗力を高めるために、同盟国やパートナー諸国の能力構築努力を強化すべきである。能力構築に成功すれば、東南アジア諸国は、自助自立能力を高め、低レベルの中国の威圧的行動に対する抑止力を強化し、それによって米軍がより高レベルの紛争事態の抑止に注力することが可能になろう。アメリカは、世界最高の軍隊など、域内諸国が最善の安全保障パートナーとして頼りにする幾つかの持続的な優位を保持しており、従って、ワシントンは、アジアにおける長期的なゲームに集中できる余裕があり、中国の冒険主義的行動が多くの域内諸国をしてアメリカの支援を求める方向に走らせるということを確信できる。

 e.南シナ海紛争に対する原則的立場を堅持すること:南シナ海における紛争に対するアメリカの長年にわたる原則的立場―紛争は平和的な方法で国際法に基づいて解決されるべきであるが、南シナ海の海洋自然地形に関する領有権紛争ではいずれにも与しない―は、正しいものであり、維持されるべきものである。この原則的な立場を堅持することによって、アメリカは、南シナ海の紛争の核心である領有権紛争に巻き込まれることなく、自国の利益を護ることができる。領有権紛争に関与しないことで、アメリカは、南シナ海における北京の主権に対する脅威としてアメリカを非難しようとする中国の試みを無力化しながら、自国の利益と国際ルールや規範を護るために南シナ海問題に柔軟に関与することができる。ワシントンが特定の領有権主張国の領土的野心に与しないが故に、その他の領有権主張国は、アメリカの明確な関与を歓迎するであろう。

記事参照:
The South China Sea - Some Fundamental Strategic Principles


【補遺】 旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

1. China's Policies on Asia-Pacific Security Cooperation
The State Council Information Office of the People's Republic of China, January 11, 2017

2. Congress and Asia Strategy in the Trump Administration
CNAS, January 11, 2017
By Dr. Mira Rapp-Hooper and Harry Krejsa,
Dr. Mira Rapp-Hooper is a Senior Fellow with the Asia-Pacific Security Program at CNAS.
Harry Krejsa is a Research Associate at the Center for a New American Security (CNAS), working in the Asia-Pacific Security Program.

3. Secretary of State Designate Rex Tillerson
Senate Confirmation Hearing Opening Statement
January 11, 2017

4. Sino-Indian Competition in the Maritime Domain
China Brief, The Jamestown Foundation, January 13, 2017
By Jonathan Ward, He consults on China-India relations, the Indian Ocean Region, and Maritime Asia for Oxford Analytica, and is a Research Associate at Oxford's Changing Character of War Programme.

5. JAMES N. MATTIS
SENATE ARMED SERVICES COMMITTEE NOMINATION HEARING STATEMENT
January 17, 2017
Advance Policy Questions for James N. Mattis Nominee to be Secretary of Defense

6. Managing Asia's Security Threats in the Trump Era
Carnegie Endowment, January 19, 2017
Michael D. Swaine, a senior fellow at the Carnegie Endowment for International Peace and one of the most prominent American analysts in Chinese security studies.

7. Presidential Memorandum- Rebuilding the U.S. Armed Forces
PRESIDENTIAL MEMORANDUM

8. RESTORING AMERICAN POWER
Recommendations for the FY 2018-FY 2022 Defense Budget
By Senator John McCain, Chairman, Senate Armed Services Committee

9. Uncommon Alliance for the Common Good: The United States and Japan After the Cold War
Carnegie Endowment, January 23, 2017
James L. Schoff, a senior fellow in the Carnegie Asia Program. His research focuses on U.S.-Japan relations and regional engagement, Japanese politics and security, and the private sector's role in Japanese policymaking.

10. China Announces Reform of Military Ranks
China Brief, The Jamestown Foundation, January 30, 2017
By Kenneth Allen, Kenneth W. Allen is a Senior China Analyst at Defense Group Inc. (DGI).


編集・抄訳:上野英詞
抄訳:秋元一峰・倉持一・高翔・関根大助・向和歌奈・山内敏秀
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