海洋安全保障情報旬報 2016年11月1日-11月30日合併号

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111日「南シナ海でのドミノ現象は生起するか豪専門家論評」(The Wall Street Journal, November. 1, 2016

 オーストラリアのThe Lowy Institute国際安全保障プログラム部長Euan Grahamは、11月1日付の米紙The Wall Street Journal(電子版)に、"Dominoes in the South China Sea"と題する論説を寄稿し、いわゆるドミノ倒し現象は冷戦時代よりもむしろ、地政学的に流動性を高めている現在の方がより当てはまるかもしれないとして、要旨以下のように述べている。

(1)マレーシアのナジブ首相の訪中は北京で最大級の歓迎を受けた。ナジブ首相は北京訪問に先立って、「2015年に560億米ドルの貿易額となった中国とマレーシアの強固な経済関係を更に深める」と述べた。中国企業は、クアラルンプールから東海岸にまでの620キロに及ぶ鉄道建設のために130億米ドルの契約を締結している。更に注視すべきは、マレーシアによる4隻から最大10隻に及ぶ中国製戦闘艦艇の購入計画である。マレーシアにとって初めてとなる中国からの主要防衛器材購入は、マレーシアが占拠する島嶼に対する中国の領有権主張や、そのEEZ内に中国の漁船や巡視船が定期的に出現する、南シナ海紛争解決に向けて象徴的な意味を持っている。マレーシアの最近の発表では、空軍と海軍の防衛費が大幅にカットされている。これは、南シナ海を2分する海洋国家としてのマレーシアが必要とする能力を自ら拒否するものである。このような状況下において、中国からの艦艇購入は、中国に対する「嘆願」のようにも受け取れる。

(2)マレーシアは、フィリピンに比べてアメリカに対する戦略的依存度が低い。これは、地理的な特徴から生じる同盟の強さによるものであり、フィリピン群島はまさに南シナ海の要塞となっている。しかし、マレーシアの地形もまた、南シナ海をシャム湾からボルネオの東まで長い三日月型を描く様に伸びている。マレーシアは、長年アメリカとの軍事関係を維持しているが、オーストラリアとは5カ国防衛協定を通して一層直接的かつ歴史的に重要な関係を持っている。オーストラリアは、マレーシアの防空任務の一端を担っており、南シナ海で定期的な監視飛行を続けている。フィリピンのドゥテルテ大統領の中国訪問時のように、ナジブ首相が完全に変節する危険性はほぼないであろうし、マレーシアと西側防衛パートナーとの絆を切り捨ててしまうこともないであろう。しかし、ナジブ首相の外交は、マレーシアが困窮する部門への中国からの投資を含む多くの懸案について、明らかに中国に傾斜している。ナジブ首相は、彼の父親が中国との関係正常化を成し遂げた1974年に立ち返ろうとしている。マレーシアは、次第に中国を刺激するような施策を避けるようになるであろう。マレーシア政府は、南シナ海における警戒を強めながらも、可能な分野から中国との2国間関係を調整して行くであろう。

(3)タイはフィリピンとともにアメリカとの条約上の同盟国であるが、その政治的方向性は不確実であり、中国からの潜水艦購入計画も依然として立ち消えたわけではない。シンガポールは、非同盟であるが、現状においてアメリカが最も頼りとする防衛パートナーである。仮にフィリピンがドゥテルテ大統領の下で常軌を逸したコースを辿るとすれば、アメリカとのこの変則的な関係は常態化するであろう。最近のオーストラリアとインドネシアによる南シナ海での共同パトロールに関する協議は、伝統的なアメリカとの同盟枠組みとは別の方法による、ルールに基づいた提携の可能性を示すメッセージとなった。こうした試みは、南シナ海におけるドミノ現象に対する懸念を和らげることは確かであろう。

記事参照:
Dominoes in the South China Sea

111日「南シナ海におけるロシアの戦術と戦略露専門家論評」(Asia Maritime Transprancy Initiative, CSIS, November 1, 2016)

 モスクワのThe Center for Strategic Research研究員Anton Tsvetovは、米戦略国際問題研究所 (CSIS) のAsia Maritime Transprancy Initiativeサイトに、11月1日付で、"Russia's Tactics and Strategy in the South China Sea"と題する論説を寄稿し、当面ロシアは南シナ海では模様眺めの政策に終始し、いずれの側にも与しないであろうとして、要旨以下のように述べている。

(1)歴史的に見て、南シナ海へのロシアの関与は限られたもので、2000年代初めにベトナムのカムラン湾から撤退して以来、ロシア海軍艦艇は引き続き定期的に寄港してはいるが、ロシア軍海軍のプレゼンスは小さなものであった。モスクワは、南シナ海紛争に対してはいずれの側にも与せず、紛争の平和的解決を求めている。また、ロシアにとって、南シナ海を通航してロシアに輸入されるエネルギー資源はほとんどなく、護るべき主要な経済的利益もない。

(2)南シナ海紛争に対するロシアの利害は、中国、ベトナム両国とロシアの緊密な関係に由来する。ロシアは長年にわたって両国に対する武器供給国であり、特にベトナム海軍がKlub対艦巡航ミサイル搭載可能なKilo級潜水艦6隻を購入し、ベトナムの海軍近代化の中心となっている。2014年以降、中国との政治的関係が進展したことで、抗争する中越両国の間にあって、ロシアは困難な立場になると見られた。しかし、中越両国とも、ロシアのジレンマを理解し、総じてロシアの両国に対するバランシングに旨く対応しているように思われる。しかしながら、ベトナムでは、ロシアの経済状況が悪化すれば、ロシアは中国への依存過多になり、中立的立場の放棄を強いられることになりかねないとの懸念がある。実際、9月の杭州でのG20サミットで、プーチン大統領は、中国による南シナ海仲裁裁判所の裁定に対する公然たる無視を初めて公式に支持した。また、ロシアと中国は、南シナ海で「島嶼の奪取」を想定した合同軍事演習を行った。この演習は、南シナ海ではあるが、可能な限り係争海域から遠く離れた広東省沿岸沖で実施された。このことは、中国に対するロシアの支持のレベルに些かの変化もないことを示すものである。ロシアは依然、南シナ海では控え目な戦略を維持している。中越両国ともロシアを自らの側に強引に引き込もうとしなかったことは、ロシアにとって幸運であった。ロシアの政治家、専門家そして政府関係者は時折、カムラン湾に「復帰する」ことに言及するが、このような国内の聴衆向けの声明は無視するのが無難である。ロシア外務省の政策立案者は、ベトナムが自国内の外国軍基地に反対していることと、カムラン湾に実際の海軍施設を持つことの実用的な恩恵が低いこととをよく認識している。

(3)しかし、ロシアのアジア戦略において、南シナ海は依然、重要な要素である。ロシアによるアジアへの軸足移動に当たって、モスクワでの論議の中心的議題の1つは、包括的な多国間安全保障体制の提唱である。このような政策を推進していくためには、南シナ海紛争においてより一層積極的な役割を果たすか、あるいは紛争解決への有効なアプローチを示すことなしには、困難であろう。ロシアのアジア政策が進展して行くにつれ、政策はより多様化し、中国にあまり重点を置かなくなろう。しかし、北東アジアと東南アジアのパートナー諸国が南シナ海紛争へのロシアのより一層の関与を求めれば、そしてそうする可能性が高いが、その場合、ロシアは、中国もアジアのパートナーとし維持し続けなければならず、従って再び難しいバランシング問題に直面するであろう。更に、南シナ海における重要な問題の1つが、「航行の自由」とその解釈である。中国は強力な外洋海軍能力を持つには至っていないが、ロシアは保有しており、従って、ロシアは実際には、他国のEEZにおける他国の軍艦の活動に関しては、アメリカの解釈に傾いている。

(4)長期的には、ロシアは、そのアジア政策を全面的に転換しない限り、南シナ海紛争に深く関わることになるかもしれない。しかしながら、当面は、ロシアの政策立案者は東アジアでは模様眺めで深入りせず、その主な戦略は、いずれかに与することを避け、新たな地政学的難題に巻き込まれることを避けることであろう。

記事参照:
Russia's Tactics and Strategy in the South China Sea

114日「マレーシアの対中経済傾斜、アメリカ離れを意味せず―RSIS専門家論評」(RSIS Commentaries, November 4, 2016)

 シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) 非常勤上級研究員Johan Saravanamuttuと調査アナリストDavid Han Johan Saravanamuttuは、11月4日付のRSIS Commentariesに"Malaysia-China Relations: A New Turn?"と題する論説を寄稿し、経済面におけるマレーシアの対中傾斜は、マレーシアのアメリカ離れを意味しないとして、要旨以下のように述べている。

(1)マレーシアの外交政策は、域内大国や世界的な大国に対する一種のヘッジ政策である。 マレーシアは、アジア太平洋地域における中国の台頭とその重要性を認識してきたが、同時にこの地域におけるアメリカの政治的、経済的役割を十分に理解している。マレーシアは、2016年2月5日にニュージーランドで環太平洋パートナーシップ (TPP) 協定に調印した12カ国の一国である。一方で、マレーシア議会は、TPP調印のヘッジと見られるが、ラザク首相の7回目の訪中に先立つ10月20日に、中国のアジアインフラ投資銀行 (AIIB) への参加を承認した。最近のマレーシアは、特に経済関係において中国への傾斜を強めている。マレーシアは、習近平国家主席が約3年前に公表した「一帯一路 (One Belt One Road: OBOR)」構想を歓迎し、現在でも熱意を示している。マレーシアの運輸相は9月の中国とのビジネス対話で、マレーシアは「中国にとってASEANへの入り口」であり、更にはアジア、ヨーロッパそしてアフリカの65カ国のOBOR国との重要なリンクとなり得る、と強調した。

(2)マレーシアは現在、ASEANでは中国にとって最大の貿易相手国であり、貿易総額は約1,000億ドルで、2017年には約1,600億ドルに達すると期待される。中国は最近、シンガポール、日本、オランダ、アメリカを追い越して、マレーシアに対する最大の直接投資国となった。中国の鉄道会社は、約166億ドルのクアラルンプールとシンガポール間の高速鉄道計画で中心的役割を担うことを検討している。更に、中国は、OBOR政策を念頭に、マレーシアの港湾の改築と改修に関わってきた。運輸相によれば、マレーシア政府は、マレーシアの港湾の内、6港を中国の11港と連携させる、中国との「港湾同盟」に署名した。最近、中国は、マラッカ海峡に面したクラン、マラッカ及びカレイ島、そして南シナ海に面したクアンタンにおける港湾改築と港湾業務の拡充を支援している。マレー半島東岸のクアンタン港は、中国の海洋貿易にとって重要性を増していくであろう。

(3)マレーシアがOBORを受け入れることで、3つの波及効果がある。
 a.第1に、AIIBによって一部資金を提供されるOBORは、東南アジアにおける中国の影響力拡大に役立つであろう。OBORを通じて、マレーシアは、中国にとってASEAN市場にアクセスする重要な結節点となることが期待されている。OBORとAIIBを通じた中国の経済的重要性の増大は、東南アジア諸国の経済発展を促進する主要プレーヤーとして、ASEAN内での中国のイメージを改善することになろう。

 b.第2に、OBOR投資によるマレーシアの対中傾斜は、アメリカの新政権に対して、東南アジアへの現在のコミットメント維持に向けての刺激剤になり得る。マレーシアの対中傾斜は、アメリカが経済的にアジアを重視していかなければ、対中政策において友好国の支持を失うリスクを冒すという、アメリカの次期政権に対するシグナルともなり得る。

 c.国内的には、ナジブ政権にとって経済成長を強化することは都合がよい。OBORによる経済的利益は、ナジブ政権の強化に不可欠な役割を果たすであろう。

(4)経済的に中国に接近することは、経済活動を拡大し、経済成長を促進しようとするマレーシア政府の現実的な政策である。アメリカの次期政権が東南アジアへのコミットメントを維持していけば、マレーシアは、地域の平和と発展のためにアメリカとの関係強化を目指して行くであろう。

記事参照:
Malaysia-China Relations: A New Turn?

117日「南シナ海仲裁裁判所の裁定、他の関係国も一考すべき台湾専門家論評」(Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, November 7, 2016)

 台湾の中央研究院歐美研究所研究員、宋燕輝は、米戦略国際問題研究所 (CSIS) のAsia Maritime Transprancy Initiativeサイトに11月7日付で、"The Arbitral Award and the Future Management of the South China Sea Disputes"と題する論説を寄稿し、7月12日の南シナ海仲裁裁判所の裁定について、中比両国のみならず、他の関係国も一考すべきとして、要旨以下のように述べている。

(1)南シナ海仲裁裁判所の裁定は、南シナ海における一連の諸活動にとって重要な意味を持つ。このことは、中比両当事国のみならず、他の領有権請求国にとっても、またアメリカや日本などの域外国にとってもいえることである。もし他の領有権主張国が裁定の遵守を拒否する北京の真意を試そうとして、中国が主張する「9段線」の内側の自国のEEZ内で、あるいは中国が造成した人工島の周辺海域で、資源開発の活動を試みた場合、中国はそれらの活動を挑発と受け止める可能性がある。他方で、少なくともフィリピンは、裁定を「紙くず」とする中国の姿勢を論破するつもりはないようである。フィリピンと対照的に、アメリカと日本などの域外国は、中国に裁定遵守の圧力をかけている。米海軍駆逐艦は10月21日、「航行の自由 (FON)」作戦を西沙諸島海域で実施した。日本も、中国に裁定の遵守を迫る行動をとっている。

(2)フィリピンは中国を提訴して、仲裁裁判で勝ったが、中国に裁定の遵守を要求するつもりがないとすれば、仲裁裁判の当事国でない国は、如何にして中国に対する裁定遵守の圧力を正当化できるのか。中国は、もし域外国が裁定遵守を求めて南シナ海で中国に対して挑発的行為をとれば、中国は確実にそれに対応しよう。10月21日のアメリカのFON作戦に対して、中国国防部は「違法」で、「挑発的」と非難した。加えて、中国は、2隻の戦闘艦を派遣して米海軍駆逐艦に退去するよう警告するとともに、数日後には海南島の近くで軍事演習を実施した。もしアメリカとその主要同盟国が南シナ海で中国の海洋権利主張に対して異議を唱え続けるなら、中国からの更なる反発に直面するであろう。中国の反発には、新たな埋め立てによる人工島の造成、南沙諸島周辺に設定する直線基線、あるいは海洋法令執行活動や哨戒活動の強化といった措置が考えられるかもしれない。南シナ海における防空識別圏 (ADIZ) の設定もあり得る。

(3)裁定は、中比両国間の領有権紛争を解決するものではないが、両国間の、そして南シナ海問題の全ての当事国間の対話の機会を提供するものである。当事国以外の国や、重要な国際航路である南シナ海を利用する国は、自らの行動が、平和と安定を促進し、対立の海を「平和、友好そして協力の海」に変えるための地域的な努力に及ぼす影響を、賢明かつ正しく評価する必要がある。これら諸国もまた、裁定に照らして、そして国連海洋法条約の規定に基づいて、自らの海洋権利主張を再検討する必要がある。

記事参照:
The Arbitral Award and the Future Management of the South China Sea Disputes

117日「スカボロー礁での中国の遣り口、伝統的外交と『砲艦外交』の併用―RSIS専門家論評」(The National Interest, November 7, 2016)

 シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) 研究員Koh Swee Lean Collinは、11月7日付の米誌The National Interestのサイトに"Scarborough Shoal: A Chinese Noose around the Philippines' Neck"と題する論説を寄稿し、スカボロー礁での中国の遣り口は伝統的外交と「砲艦外交」の併用した模範例であるとして、要旨以下のように述べている。

(1)スカボロー礁(黄岩島)へのフィリピン漁民のアクセスが可能かどうかについては、8月のドゥテルテ大統領の北京訪問以降も、情報が錯綜している。しかしながら、唯一明確なのは、現在も中国がこの環礁を効果的にコントロールしているということである。2012年4月以降、北京は、スカボロー礁に対する物理的なコントロールを絶え間なく強化してきた。ここ数年、中国海警局巡視船隊 (CCG) は、南シナ海における中国の主権と主権的権利を行使するために、海洋法令執行能力を着実に整備してきた。2012年4月以降、CCGは、スカボロー礁を包囲している。当時のアキノ政権の仲裁裁判所への提訴を含む政策は、北京の実効支配への決意を固めさせただけであった。今日では、CCGは、この環礁の周辺海域でどの国による海洋法令執行活動も容認しないであろう。そして、CCGは、益々多くの新型の外洋巡視船を投入することで、この環礁に対する議論の余地のない実効支配を誇示している。

(2)北京は、CCGの能力が強化されて行くにつれ、海洋法令執行活動の遂行に自信を深めている。スカボロー礁の周辺海域にCCGを展開し、フィリピン漁民のアクセスを認めたり、その後アクセスを阻止したりする中国の遣り口は、ドゥテルテ大統領に対する北京の警戒心を反映しているだけである。移り気に見えるフィリピン大統領が、もしマニラの長年の同盟国であるワシントンに敵対する行動をとることができるなら、大統領にとって好都合と思われる時には、何時でも北京とも敵対することができるということである。従って、フィリピン大統領を制御する唯一の方法は、少なくとも彼の在任期間中、北京がボスであり続けることを彼に示威し続けることである。イニシアチブは北京の手中にある。フィリピン漁民によるスカボロー礁へのアクセスを妨害しないことによって、そして今までのところそこに人工島を造成しないことによって、中国は善意を示すことができよう。しかしながら、ドゥテルテ大統領が、中国の政策立案エリートにとって受け入れ難いことを行うことによって一線を越えた場合、この「恩恵」を何時でも取り消すことができよう。しかも、ドゥテルテ大統領と習近平主席がスカボロー礁について協議しても、合意には至っておらず、今のところ、北京は、フィリピン漁民の伝統的な漁業権を尊重しているに過ぎない。北京は、マニラの首に縄をかけ、必要なら何時でも締め上げられるようにしてきた。少なくとも現状はフィリピン漁民にスカボロー礁へのアクセスを条件付きで保証していることから、今のところドゥテルテ大統領が喜んで受け入れている状況である。

(3)外交には、中比首脳会談のような伝統的な外交と、もう1つ威嚇的な性格を持つ「砲艦外交」がある。この2つの外交スタイルは共存し得るし、スカボロー礁の場合は明らかにそうである。北京は、「平和的共存と発展」というレトリックを誇示するために、マニラとの開かれたコミュニケーションを維持する伝統的な外交を望みながら、同時に、スカボロー礁に対する実効支配を維持している。今では、この既成事実を覆すには時機を逸した。中国の縄は既にフィリピンの首に掛かっており、北京との直接的な武力衝突の危険を冒すことなく、それを切り離すことは不可能になっている。アメリカの支援がなければ、この武力衝突は、マニラの敗北に終わる。明らかに、北京も、戦争の危険は冒さず、最初に手を出さないことで道義的優位を維持しながら、一方でスカボロー礁の実効支配を維持することで、主導権を握っておくことを望んでいる。しかし、マニラには敵対行為を始める気持ちはまったくなく、従って、このスカボロー礁を巡る既成事実、即ちドゥテルテ政権下のマニラにとって気休めともいえる状態は今後も続くであろう。

(4)結局、公然と砲火を交える戦争の可能性がかつてなく低くなった時代においても、フィリピンの事例は、他国を威嚇し、強制するために、国民国家が依然として限定的な脅威や武力の行使に依存できるということを示す、模範例といえる。「養兵千千日、用在一朝」(軍隊を育てるには千日かかるが、 それを使用するのはたった一朝である)という中国古来の教えに習って、中国は砲艦外交の忠実な生徒になった。北京は、ゆっくりと、だが着実に海洋における物理的力を強化しており、そしてスカボロー礁の周辺海域では、2012年4月以来それを手際よく活用している。伝統的な外交は決して国際政治課題に対する万能薬ではなく、時には、決意を示すために力を誇示することが必要である。構築するのに時間と労力を要する必要な物理的手段を持たなければ、国家は無力になり、単に強者の気まぐれによって人質にとられることになろう。今日の多国間メカニズムや経済的相互依存の時代においても、「強者は彼らが持っている力によってできることを行い、弱者は彼らが受け入れなければならないものを受け入れる」というトゥキュディデスの言葉は、依然として事実なのである。

記事参照:
Scarborough Shoal: A Chinese Noose around the Philippines' Neck

1110日「米陸軍長射程ミサイル、中国の人工島無力化の切り札米専門家論評」(The National Interest, Blog, November 10, 2016)

 米シンクタンク、The Center for a New American Security海軍派遣研究員Thomas Shugartは、米誌The National Interestのブログに11月10日付で "The U.S. Army's Long-Range Missiles Could Be the Perfect Tool to Neutralize China's Artificial Islands"と題する論説を寄稿し、米陸軍と海兵隊の現有の陸軍戦術ミサイルシステム (ATACMS) と、2027年に配備予定で開発中の長射程精密攻撃ミサイル(LRPF) が中国の人工島基地攻撃の切り札になるとして、要旨以下のように述べている。

(1)米国家情報長官James Clapperは公表文書で、南シナ海における人工島の軍事基地群によって、中国は攻撃、防御両面の軍事力を展開することが可能になり、域内で相当程度の攻撃力を急速に投射する能力を保有することになろう、と述べた。また同長官は、人工島の軍事施設は2016年末か、2017年の初め頃には完成するであろうと述べた。アメリカは、南シナ海における国益を妥当なリスクとコストで護る能力を維持するために、これらの人工島の基地群に対処するため革新的な計画とツールを早急に開発しなければならない。冷戦期の第1、及び第2相殺戦略は、欧州戦域におけるソ連陸軍の明白な挑戦に対して核兵器と精密誘導兵器のそれぞれの分野におけるアメリカの優位を活用することを意図していた。今日、米陸軍と海兵隊は新しいマルチドメイン戦闘コンセプトを進めているので、中国の人工島基地群の急速な強化は、具体的な軍事的解決策を早急に必要とする現実の切迫した問題であることを示している。

(2)米陸軍と海兵隊の現有の、そして今後保有する地対地ミサイルには、現有の陸軍戦術ミサイルシステム (ATACMS) と、2027年に配備予定で開発中の長射程精密攻撃ミサイル(LRPF) がある。中国は、この10年あるいは20年以上にわたって長射程精密弾道ミサイルや巡航ミサイルを数多く配備してきた。これに対して、アメリカの動きは、中距離核戦力全廃条約(INF条約)による制約に加えて、非核弾道ミサイル配備への躊躇いもあって、緩慢であった。その結果、アメリカの海上における兵力投射と大規模精密攻撃構想は、従来の(そして相対的に高価な)戦闘機、長距離爆撃機そして空母といった攻撃プラットフォームに依存してきた。中国が造成した人工島が同盟国の領域に近いことは、開発中の長射程LRPFミサイルと併せ考えれば、新たなアプローチを検討する機会となり得る。コスト面について見れば、ATACMSミサイル1発は約110万ドル、それに付随する空輸可能な移動式発射装置は1基当たり約350万ドルと推定される。これらのミサイルは、長射程からの敵防御網に対する突破攻撃や海空域制圧に使用するには適切でないかもしれないが、中国の人工島基地の扉を蹴破るといった特定の目標には比較的安価な手段と思われる。1億ドル前後もする統合攻撃戦闘機や10億ドル以上もする戦闘艦を、縦深攻撃や他の優先順位の高い攻撃目標に振り向けられることを考えれば、特にそうだといえる。

(3)ATACMSを適切なプラットフォームとするもう1つの理由は、INF条約の存在である。アメリカは現在、INF条約に縛られているが、中国は加盟国ではない。INF条約は、射程500~5,500キロの地上発射型巡航ミサイルと弾道ミサイルの保有を禁止している。同様に、アメリカも加入する自発的レジーム、「ミサイル技術管理レジーム (MTCR) 」は、射程300キロ以上の弾頭運搬能力を持つミサイル及び関連技術の輸出を規制している。因みに、最近配備されたATACMS(や輸出型)の公表最大射程は300キロであり、次世代のLRPFミサイルの計画射程は500キロで、INF廃条約の配備禁止射程の上限である。しかしながら、アメリカとその同盟国にとって幸運なことに、中国が造成した人工島の内、最も大きな3カ所の人工島基地は、フィリピン沿岸域から500キロ以内にある。そして最大の人工島であるミスチーフ礁(美済礁)と、2012年に中国がフィリピンから奪ったスカボロー礁(黄岩島)はともに同300キロ以内に位置している。

(4)中国の人工島基地を無力化する、中国に対するコスト強要計画を休みなく粛々と遂行することは、中国による人工島軍事化の継続に対する必要な抑止効果となり得る。既にアメリカはATACMSをフィリピンに展開可能な段階にあり、マニラもこのミサイルシステムの導入に関心を示しており、そしてLRPFミサイルの開発については既に公にされている。それらの相乗効果として、中国の人工島基地に対する攻撃による災禍は想定可能であろう。更に、米空軍の重輸送部隊による海兵隊や陸軍のATACMS部隊の迅速かつ大規模な統合展開能力は、海軍の高速輸送艦による大量の再装填用ミサイルとともに、一層抑止効果を高めることができるであろう。同様に重要なことは、米陸軍や海兵隊はLRPFミサイルの開発と大規模な購入を加速しなければならないということである。

(5)アメリカの政策策定者や計画立案者は、中国の様々なアクセス拒否システムの覆域範囲が描く弧に頭を悩ませ、あまりに多くの時間と努力を費やしてきた。しかし、この場合は、中国の方が、近い将来アメリカの地対地ミサイルの射程内に入る位置で、大量の資源と政治的資産を投入して人工島基地を建設するという間違いを冒したのかもしれない。人工島基地攻撃に狙いを定めた、陸軍と海兵隊の弾道ミサイル開発と展開の加速は、中国の計画立案者と政策策定者に対して、彼ら自身が不安に感じる円弧を思い描かせる機会となり得るであろう。

記事参照:
The U.S. Army's Long-Range Missiles Could Be the Perfect Tool to Neutralize China's Artificial Islands

1115日「中国、グワダル港から貨物輸送開始」(Dawn.com, November 16, 2016)

 パキスタン海軍が11月15日に発表したところによれば、中東とアフリカ諸国向けの中国製品を積んだ貨物船2隻、MV Cosco WillingtonとMV Al Husseinは同日、公海までパキスタン海軍艦艇に護衛されて、グワダル港を出港した。発表によれば、中国製品は、建設中の「中国・パキスタン経済回廊 (CPEC)」の試行計画として、中国西部のカシュガルからグワダル港に輸送されてきた。

記事参照:
CPEC ships being guarded by navy vessels

【関連記事】

「中国海軍戦闘艦、近くグワダル港に展開かインド紙報道」(The Times of India, November 25, 2016)

 インド紙、The Times of India(電子版)は、11月25日付で、中国海軍戦闘艦のパキスタンのグワダル港への展開が近く予想されるとして、要旨以下のように述べている。

(1)中パ両国は現在、現在460億米ドルでグワダル港と中国西部の新疆を結ぶ3,000キロ近い経済回廊、「中国・パキスタン経済回廊 (CPEC)」を建設中である。この回廊は、中東、アフリカに中国製品を輸出し、一方石油を中国の輸送するための新しい安価なルートとなろう。

(2)パキスタン海軍当局者は、グワダル港の運用が開始され、CPECの下で経済活動が加速されることから海洋部隊の役割が増してきたと語り、現地紙の報道によれば、この匿名の当局者は、「中国は、CPECの出発港となるグワダル港の安全確保のために、パキスタン海軍とともに同港に海軍戦闘艦を展開させるであろう」と述べた。これまで、中国は、グワダル港への海軍戦闘艦の展開については、言及を避けてきた。専門家は、CPECとグワダル港は中パ両国の軍事能力を強化するとともに、中国海軍のアラビア海へのアクセスを容易にさせる、と見ている。中国海軍がグワダル港に海軍基地を持てば、インド洋に展開する中国艦隊の修理補給維持のために同港を利用できよう。

(3)パキスタン国防当局は、インド海軍に対する対抗勢力として、中国海軍がインド洋とアラビア海でプレゼンスを強化することを強く望んでいる。国防当局者は、パキスタン海軍は、中国とトルコから超高速哨戒艇を購入して特別船隊を編成し、グワダル港の安全確保のために同港に展開させることを検討している。現在、2隻の護衛艦艇がグワダル港に配備されている。また、別の当局者によれば、パキスタンはグワダル港にこの地域で最大の造船所の建造を開始した。同様の造船所の建築プロジェクトは、カラチのカシム港でも検討されている。

記事参照:
Chinese navy ships to be deployed at Gwadar: Pak navy official

1115日「ベトナム、南沙諸島の自国占拠地勢を拡張」(Asia Maritime Transprancy Initiative, CSIS, November 15, 2016)

 米シンクタンク戦略国際問題研究所 (CSIS) のAsia Maritime Transparency Initiativeのサイトは11月15日付で、中国が南沙諸島で造成した人工島の軍事化を進めていることに対抗して、ベトナムが自国占拠の海洋自然地勢、スプラトリー島(チュオンサ島、南威島)の拡張を進めていることが判明したとして、衛星画像を公表するとともに、要旨以下のように述べている。

(1)衛星画像によれば、ベトナムは、スプラトリー島の長さ約760メートルの滑走路を約1,000メートルに拡張した。現在も拡張を続けており、最終的な長さは1,200メートル以上になると見られる。現在、2棟の大型ハンガーも建設中で、ベトナム空軍のPZL M28B海洋哨戒機やCASA C-295輸送機は十分格納可能である。空軍は、An-26輸送機を保有しており、またP-3海洋哨戒機の取得にも関心を示しているといわれるが、スプラトリー島の滑走路の長さでは、両機種には対応できない。空軍の作戦機の運用は可能と見られるが、ジェット戦闘機の運用は地積の不足から限定的なものになろう。他方、中国の3つの人工島―スビ-礁(渚碧礁)、ファイアリークロス礁(永暑礁)及びミスチーフ礁(美済礁)では、いずれも各24機のジェット戦闘機を収容するに十分なハンガー建設スペースがある。

(2)更に、ベトナムは、土地造成によってスプラトリー島を約230平方キロ拡張した。今後、ベトナムは、スプラトリー島を拠点に、南沙諸島に対する哨戒能力を強化して行くであろう。

記事参照:
Vietnam Responds with Spratly Air Upgrades

1117日「国際法は大国の前に無力―BBC前北京支局長」(YaleGlobal, November 17, 2016)

 BBC前北京支局長Humphrey Hawksleyは、Web誌、YaleGlobalに11月17日付けで、"China and the US Undercut International Law for Their Narrow Interests"と題する論説を寄稿し、7月の南シナ海仲裁裁判所の裁定に対する中国の拒否が示すように、国際法は大国のパワーの前に無力であるとして、要旨以下のように述べている。

(1)国際法は全ての国家に遵守を求めているが、アメリカと中国は、短期的な戦略的利益から国際法に基づく決定を拒否している。フィリピンと中国との間の南沙諸島を巡る紛争に関する7月の南シナ海仲裁裁判所の裁定に対して、北京はこれを無効として、拒否した。これは、1986年の国際司法裁判所 (ICJ) へのニカラグア提訴事案の判決に対するアメリカの態度と同じである。この事案では、ニカラグア港湾への機雷敷設と反政府武装組織コントラに対する支援に関して、ニカラグアがICJに提訴し、結果的にアメリカが敗訴した。アメリカは、ICJに本件に関する管轄権がないとして、ICJの判決を認めず、その執行を拒否してきた。

(2)平和を維持するためのメカニズムとして国際法の発展を促す必要性が強調されてきたが、こうした考えは、アメリカや、そして少なくとも表面上はロシアや中国も支持している。国際法の原点は数世紀前に遡るが、今日その中核は1945年の国連憲章である。国連憲章には、国際法が支持されるような環境を整えることが重要な目的として規定されている。問題は、あまりに多くの国が国際司法システムは西側の考えに傾斜しており、それ故、全般的な見直しが急務としていることである。国連司法メカニズムは、最近の2つの事例によって、その信憑性に大きな打撃を受けた。1つは1994年の国連海洋法条約 (UNCLOS) で、フィリピンが仲裁裁判所に中国を提訴した事案で、中国はUNCLOS加盟国であるにも関わらず、裁判への参加を拒否し、その後の裁定も無視したことである。もう1つは、2002年に設置された国際刑事裁判所 (The International Criminal Court: ICC) に関して、南アフリカ、ブルンジ及びガンビアが脱退を検討していると宣言したことである。ガンビアは、ICCを、アフリカ諸国の告訴を狙いとしたものであると主張している。一方、アメリカは、UNCLOSにも、ICCにも加盟しておらず、自らの立場を弱めている。英ランカシャー大Keyuan Zou教授が指摘するように、「国際法は2つの側面を持っている。1つは法による支配である。もう1つは、国益推進のツールとして利用されることである。この場合、パワーポリティクスが大きな役割を果たす。」

(3)中国は経済的に豊かになり、自信を深めるにつれて、類似のシステムを創ることで、現行の秩序に反発する姿勢を見せ始めている。例えば、ハーグでの仲裁裁判所におけるフィリピンに対する聴聞に対抗して、独自の国際海事司法センター (International Maritime Judicial Center) の設置を発表したり、世界銀行やアジア開発銀行などと競うためにアジアインフラ投資銀行 (AIIB) を創設したりした。また、安全な物流チェーンを確保するために「一帯一路」構想を発表したり、仲裁裁判所での審議と並行して南シナ海での埋め立て活動を加速したりした。そして、7月の仲裁裁判所の裁定を拒否したことで、法とパワーのバランスが崩れ、パワーが勝った。

(4)ドゥテルテ大統領は当初、中国の挑発的な姿勢に反発したものの、中国との経済力の格差を認め、中国との対峙が極めて難しいと判断した時から対中政策を転換し、これまで距離が近かったアメリカとの対立姿勢すら見せ始めた。アメリカは、小国が冷戦時のようにどちらかの大国に加担することを迫られることのない、公正な競争の場として国際法を重視している。国際法が公正な競争の場になるためには、第1に、全ての国家が国際法廷を受け入れ、そして拒否が最終手段になるように、制度的な見直しが行われなければならない。そして第2に、各国政府は自国の短期的な戦略的利益にそぐわない場合でも、バランスオブパワーにおける国際法の優位を受け入れなければならない。しかしながら、ドゥテルテ大統領の対中姿勢に示された、グローバルポリティクスの冷酷な現実は、こうした見直しが決して簡単な作業ではなく、結局のところ覇権国が域内の従属国に対して支配的影響力を行使するという歴史が繰り返されるという事実を浮き彫りにした。

記事参照:
China and the US Undercut International Law for Their Narrow Interests

1121日「『インド太平洋』概念の陥穽豪専門家論評」(The Strategist, November 21, 2016)

 豪La Trobe University教授Nick Bisleyは、The Australian Strategic Policy Institute (ASPI)のWeb誌、The Strategistに11月21日付で"Indo-Pacific: the Maritime and the Continent"と題する論説を寄稿し、オーストラリア政府が「インド太平洋」概念に固執すれば、より大きな戦略的変化やトレンドを見逃すことになるとして、要旨以下のように述べている。

(1)この地域の戦略的バランスの変化に対応するに当たって、オーストラリアで最も多用される用語の1つが「インド太平洋 (the 'Indo-Pacific')」という概念である。多くの専門家は、グローバリゼーションの進展によって、かつては分離されていた西太平洋地域とインド洋地域が海洋によって連関されるようになってきたことを認識してきた。広大な海洋管轄領域を持ち、2つの大洋に跨がる国家として、オーストラリアの地域安全保障環境を現す用語として、「インド太平洋」概念が生まれてきたのは驚くに値しない。

(2)「インド太平洋」概念はオーストラリアの公式政策文書に明記されてはいるが、この概念自体は十分に検証されてきたわけではない。特に問題なのは、「インド太平洋」概念がこの地域の安全保障環境を再形成する最大の要因に対して部分的にしか対応していないということである。「インド太平洋」概念は海洋を視野に入れたものだが、この地域は海洋のみならず、大陸でも再形成が進んでいる。一方、「アジア太平洋」という概念の有用性の1つは、海洋と大陸を結び付けていることにある。「インド太平洋」概念は、あまりに海洋に重点を置き過ぎており、より大きな地域安全保障の全体像に対応するには不十分である。過去25年間の世界政治における最も重要な出来事は、中国の台頭である。中国の台頭は、経済的側面のみならず、アジア全体の政治経済的側面と大陸全体の戦略的地政における根本的な再編成であるからである。

(3)「インド太平洋」概念は、海洋アジアの同義語としてなら、受け入れることができる。しかしながら、この概念や用語に拘り過ぎるなら、この地域における大きな動きを見失うことになろう。この点で重要なのは、中国の「一帯一路」構想である。この構想は、子細に観察すれば、その最も重要な要素は、海洋シルクローではなく、多様な狙い―その1つが海洋とチョークポイント封鎖に対する中国の脆弱性を軽減することである―を持った、大陸横断のインフラ建設計画にある。「インド太平洋」概念の定着は、中国が展開する重要な「西方への軸足移動 (China's crucial Western pivot)」を見落とすことになろう。

(4)他方で、「インド太平洋」概念の都合の良い利点は、中国を名指していないことである。しかし、オーストラリアを巡る国際的環境を変化させている大きな流れは、間違いなく中国によるものである。オーストラリアの戦略が直面する最大の問題の1つは、オーストラリアの公式な外交政策と政策エリートの個人的思考との間のギャップが広がっていることである。オーストラリアは公式的には米中いずれかを選択せざるを得ない立場に立たされてはいないとしているが、政策エリートは個人的には、中国が引き起こす大きな混乱を重視している。オーストラリア政府は、明確になりつつある中国中心の地域秩序がいずれ自国に厳しい選択を迫るであろうことを認識しなければならない。この地域を「インド太平洋」概念で一括りすることによって、政府は、そこに流れる最大の潮流を見逃すことになるばかりか、最終的には責任逃れをすることになろう。

記事参照:
Indo-Pacific: the maritime and the continental

1124日「アメリカは中国の新たな海洋戦略の策定に如何に対応すべきか米海軍退役将校論評」(The Diplomat, November 24, 2016)

 インド・アジア・太平洋地域の安全保障問題に精通した米海軍退役将校Tuan N. Phamは、11月24日付のWeb誌、The Diplomatに "China's Maritime Strategy on the Horizon"と題する長文の論説を寄稿し、中国が新たな策定を検討している海洋戦略に対して、今この時期にアメリカは如何に対応すべきかについて、要旨以下のように述べている。

(1)中国の海洋戦略家達は長年に亘って、国家目的を推進するための多正面における海洋施策を統合し、整合させるための最高レベルの指針と指示となる、海洋戦略の策定を求めてきた。北京にとって、7月の南シナ海仲裁裁判所の裁定はその必要性を一層確信させるものであった。中国共産党中央委員会、国務院及び中央軍事委員会は、域内における卓越した地位(そして恐らく世界における卓越した地位)を確立するための北京の大戦略の一部として、海洋戦略草案を起案する意向を示した。中国の海洋活動は、国家の発展、安全保障そして(国際社会における)地位にとって不可欠の、「藍色経済区と藍色国土」という海洋に対する戦略ビジョンによって動機付けられている。北京は、海洋力の建設を追求しており、海軍建設や安全保障問題は全体像の一部に過ぎない。また、海洋戦略は、海洋を巡る経済、外交、環境そして法的問題に対する中国の広範な取り組みにも影響を及ぼす。従って、新たな指針は、2つの相反する国家の優先事項―海洋権益の擁護(国家安全保障)と海洋経済の発展(経済的繁栄)とを合理的に理由付けし、両者の均衡を図る必要がある。

(2)公式の海洋戦略の策定に当たって、北京は、東シナ海と南シナ海における領有権主張を擁護する能力の妨げになると見られる、そして他方で国際水域における活動を正当化するために、国内法の空隙を埋めようとするかもしれない。中国は2016年3月に、新しい国内海洋法を制定する意向を表明した。検討中の国内海洋法は、北京の海洋支配に対する戦略的意図の表明として注目される。中国は、国家として弱く、そのため策定過程にほとんど影響を及ぼし得なかった、国際海洋法規に基づく西側支配の海洋システムによって不利な立場に立たされていると感じている。海洋戦略を支えるための国内海洋法を制定する上で注目される問題は、EEZにおける軍事活動の許否に関する中国の拡張的で流動的な法的解釈である。北京は、公海とEEZにおける軍事活動は、国連海洋法条約 (UNCLOS) と公海の平和利用に関する条約の精神から、違法であると強く主張している。その論理は、もしUNCLOSが公海を平和目的にのみ利用することを加盟国に求めているとすれば、EEZ(沿岸国が管轄する特定海域)における外国の活動も平和的でなければならず、従って軍事活動は本質的に平和的ではなく、故に禁止される、というものである。これに対して、アメリカの法学者は、慣習国際法の下、軍事活動は公海とEEZにおいて合法と認められてきており、UNCLOSに従って航行の自由の範囲内で実施されてきた、との立場である。北京は、自国が主張するEEZまで海上境界を延伸し、増大する海洋におけるプレゼンスと海軍力の運用を強化、正当化し、法的基礎に基づいて延伸された海洋領域に対するより強い支配力を行使し、そして究極的には国際海洋法規を中国の国益にとってより公平で補完的なものにしようとしている。

(3)中国の海洋戦略は策定が完了し公表されると、それは中国の政策的、戦略的メッセージとなる。この時点では、ワシントンにとって、北京の取り組みと地域情勢認識を左右し、それらに影響を及ぼし得るために、できることは極めて限られる。しかしながら、今なら、中国が策定する海洋戦略に影響を及ぼすために、ワシントンができる(あるいはしてはならない)幾つかの対応策がある。インド・アジア・太平洋地域の戦略環境は依然流動的であり、従って、ワシントンは戦略的忍耐を発揮し、地域的趨勢が実際にアメリカの長期的国益にとって好ましくない方向に変われば、その潮流を変えるために、例えば、以下の施策が急務となろう。

 a.海洋領域を容認すべきでない:北京がその戦略的な海洋政策を見直すに当たって、その短期的な重点は中国の沿岸域になるであろう。特に中国のドクトリンは、この海域におけるアメリカの偵察活動や、特殊任務艦船による調査活動を、アメリカの軍事力の先兵と見なしている。従って、北京が戦略的かつ持続的に埋めることができる空間領域として、沿岸域におけるアメリカのこうした活動を排除しようとする中国の努力は続くと予期しなければならない。北京は、恐らく米新政権の最初の6カ月間、アメリカの決心とコミットメントを試し、この地域におけるアメリカの優越に挑戦してくるかもしれない。従って、ワシントンは、戦略的にも戦術的にもこうした活動がもたらす効果を重視しなければならない。

 b.戦略的主張で譲歩すべきではない:北京と抗争するに当たって、ワシントンは、中国が封じ込められているという非難の流布を放置すべきではない。ワシントンの戦略的なメッセージは、多分に対応的で受け身のようである。カーター米国防長官は、米誌、Foreign Affairs (November/December 2016) で、インド・アジア・太平洋地域における海洋安全保障、政治的安定そして経済的繁栄の「主たる保障者」としてのアメリカの伝統的役割に言及し、中国に対して「自らを閉ざす長城」を構築すべきでないと警告し、そしてアメリカが長く求めてきたビジョンを「同盟国やパートナー諸国との安全保障ネットワーク」という表現で提示した。このメッセージは、あらゆる機会に繰り返され、政府全体で、また同盟国やパートナー諸国との間で共有されている必要がある。要するに、我々は、①米中両国は対立するビジョンを持っている、②北京のアプローチにおける誤った思考を強調する、③より良い選択肢としてワシントンのアプローチを喧伝する、そして④中国に対して、国際システムに積極的に貢献する、グローバルなステークホルダーであるとともに、海洋安全保障の真の提供者になるよう慫慂する、必要性を認識しておくべきである。

 c.戦略的イニシアチブについて譲歩すべきでない:中国は、海洋戦略とそれに付随する国内海洋法の立案、制定の時期に言及していない。従って、北京に対してそれらの概要説明を求めるとすれば、今しかない。沈黙は、北京に対して戦略的イニシアチブについて譲歩することであり、北京に都合の良い戦略的主張を流布させることになろう。

 d.リバランスを維持すべきである:東シナ海や南シナ海における中国の高圧的行動に対する最も効果的な対応策は、現在のところ、ソフト・パワーとハード・パワーを融合した抑止力である。リバランスは、同盟国とパートナー諸国に最大限の再保証を提供するとともに、北京に対して最大の戦略的コストを強いるものである。

 e.UNCLOSに加盟せよ:アメリカのUNCLOSへの加盟は、ワシントンの国際規範に対する誠実さに疑問を投げかける北京の宣伝効果を損なわせるであろう。アメリカは、UNCLOS未加盟だが、航海の自由、国際通商そして国際的な法の支配における抜きん出た擁護者であるが、他方、中国はUNCLOSの加盟国でありながら、しばしばその条項に違反して恥じない。

(4)ワシントンが北京の海洋戦略の形成に影響を与える戦略的な機会の窓は、間もなく閉じられようとしている。中国にとって、アメリカの無作為は、その海洋戦略と戦略的野望の実現に対する暗黙の承認と見える。賭けられているのは、インド・アジア・太平洋地域におけるアメリカの優越、そして究極的にはグローバルな大国としての地位に他ならない。北京にとって計算は簡単である。①アメリカのコミットメントと政策の一貫性に対する疑義、②中国が位置する地理的現実、そして③(巨大な経済力を持ち、台頭する世界の大国である)北京との良好な紐帯によってもたらされる経済的利益、といった戦略的現状を背景に、巧妙かつ粛々とアメリカの地域的優越を侵食し得ると判断すれば、北京はより強大なアメリカの軍事力と直接抗争することも厭わないであろう。

記事参照:
China's Maritime Strategy on the Horizon

1125日「インドネシアと中国、海洋法令執行活動における協力強化に合意」(Antara News.com, November 25, 2016)

 インドネシアのアンタラ通信が11月25日に報じるところによれば、インドネシアの海洋安全調整委員会 (Bakamla) と中国海警局は同日、海洋法令執行活動における協力を強化することに合意した。北京で行われたBakamlaと中国海警局のトップ会談で合意に達したもので、同時に幹部級の会合、巡視船の相互訪問や能力構築についても合意に達した。また、情報交換や合同訓練の実施についても合意した。中国側は、ASEAN地域フォーラムとアジア海上保安長官等会議 (HACGAM) の枠組内でのインドネシアとの協力拡大を望んでいる。

記事参照:
Indonesian, Chinese coast guards to step up legal enforcement cooperation

1129日「台湾、南沙諸島太平島で捜索救難演習実施」(Taipei Times, November 30, 2016)

 台湾の海岸巡防署によれば、台湾は11月29日、南シナ海の南沙諸島で最大の、そして台湾が占拠する唯一の自然地勢であるイツアバ島(太平島)で、多省庁間の捜索救難演習を実施した。この種の演習は、蔡英文総統が太平島を人道支援の拠点にすると発表して以来、初めてである。この演習、「南援1号」には、3機の航空機と8隻の艦船が参加した。海岸巡防署の李仲威署長が演習を視察した。海岸巡防署は、2000年以来、海兵隊に代わって南沙諸島と東沙諸島の警備を担当しており、これまで南シナ海で70回の遭難救助支援を行い、100人を救出している。海岸巡防署は、太平島を人道支援センター、そして補給兵站拠点とするために、周辺国と協力して救難活動を続けて行くであろう、と語った。

記事参照:
Rescue exercise staged near Itu Aba


【補遺】 旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

1. Donald Trump's Peace Through Strength Vision for the Asia-Pacific
Foreign Policy.com, November 7, 2016
By Alexander Gray and Peter Navarro,
Alexander Gray formerly served as senior advisor to Rep. J. Randy Forbes (R-Va.). He is a senior policy advisor to the Trump campaign.
Peter Navarro is policy advisor to the Donald J. Trump for President campaign.

2. Navy Force Structure: A Bigger Fleet? Background and Issues for Congress
Congressional Research Service, November 9, 2016
Ronald O'Rourke, Specialist in Naval Affairs

3. POWER AND ORDER IN THE SOUTH CHINA SEA: A Strategic Framework for U.S. Policy
The Center for a New American Security (CNAS), November 10, 2016.
Dr. Patrick M. Cronin, Patrick M. Cronin is a Senior Advisor and Senior Director of the Asia-Pacific Security Program at the Center for a New American Security (CNAS).

4. Coast Guard Polar Icebreaker Modernization: Background and Issues for Congress
Congressional Research Service, November 10, 2016
Ronald O'Rourke, Specialist in Naval Affairs

5. Taiping Island's Legal Status: Questions Remain in the Aftermath of the Award
Issue Briefings 16 / 2016
By Serafettin Yilmaz and Tsung-Han Tai
Serafettin Yilmaz is a researcher at Shandong University's Department of Political Science and Public Administration, Jinan, China. Tsung-Han Tai is an Associate Professor at the Law School of Shandong University.

6. COUNTERBALANCE: Red Teaming the Rebalance in the Asia-Pacific
CNAS, November 14, 2016
Dr. Mira Rapp-Hooper, Dr. Patrick M. Cronin, Harry Krejsa, and Hannah Suh

7. Advancing Beyond the Beach: Amphibious Operations in an Era of Precision Weapons
CSBA, November 15, 2016
Bryan Clark, Senior Fellow and Jesse Sloman, Analyst

Full Report: Advancing Beyond the Beach: Amphibious Operations in an Era of Precision Weapons

Briefing slides: Advancing Beyond the Beach: Amphibious Operations in an Era of Precision Weapons

8. Full Report: How Much is Enough? Alternative Defense Strategies
CSBA, November 28, 2016
Jacob Cohn, a senior analyst at the Center for Strategic and Budgetary Assessments, conducting research and analysis for both the Strategic Studies and the Budget Studies programs.
Ryan Boone, a Research Assistant at the Center for Strategic and Budgetary Assessments.
Dr. Thomas G. Mahnken is President and Chief Executive Officer of the Center for Strategic and Budgetary Assessments.

9. Briefing slides: The Joint Think Tank Exercise: Alternative Defense Strategies


編集・抄訳:上野英詞
抄訳:秋元一峰・倉持一・高翔・関根大助・向和歌奈・山内敏秀
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