海洋安全保障情報旬報 2016年9月1日-9月30日合併号

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91日「中国による南シナ海の軍事化、その戦略的含意―RSIS専門家論評」(RSIS Commentaries, September 1, 2016)

 シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) 上席研究員Richard A. Bitzingerは、9月1日付のRSIS Commentariesに、"China's Militarisation of the South China Sea: Creating a Strategic Strait?"と題する論説を寄稿し、中国は南シナ海の軍事化を目指しているが、このことは南シナ海を中国が支配する海路とすることを意味し、他国にとっては戦略的チョークポイントとなることを意味するとして、要旨以下のように述べている。

(1)「議論の余地のない主権」の下に南シナ海を「中国の湖(a Chinese lake)」にしようとする中国の意図は益々明白になってきている。しかしながら、南シナ海における中国の覇権の確立に向けて、石油、天然ガスの埋蔵や漁業権といった経済分野の比重が次第に小さくなり、それに代わってこの海域の軍事化が重視されるようになってきている。南シナ海は、中国にとって主たる防衛領域の1つになってきている。このことは、最近の多くの活動から明白である。特に、"little blue men" といわれる中国の「武装漁民("militarised fisherman")」の活動の増加である。これら「武装漁民」は、米海軍大学の研究者によれば、実際には北京が助成する海上民兵であり、事実上、準軍事組織である。これらの漁船群は、情報を収集し、力を誇示し、そして主権主張を押し進めるために派遣されている。更に、これらの漁船群が他国の艦船と小競り合いを引き起こすのは、中国海軍や準軍事組織、特に、中国海警局に(中国人民の保護という)介入への口実を与えるためであり、そうすることによって、南シナ海における中国の軍事プレゼンスを下支えしているのである。この海上民兵は数十年にわたって存在していたが、米海軍大学の研究者は、海上民兵がより積極的で攻撃的な部隊になってきており、中国の南シナ海における戦略目標を追及する先兵となっていると指摘している。中国の南シナ海戦略は、(中国の領有権主張を)「宣言(declare)」し、(他国の主張を)「拒否(deny)」し、(中国の主張を)「防衛(defend)」する、「3つのD」と称されるものである。

(2)同時に、中国の過去数年間の南沙諸島における攻撃的な人工島造成計画は、明らかに第2段階、即ち、南シナ海で中国が占拠する海洋地勢の完全な軍事化段階に入っている。軍事化には、幾つかの人工島における滑走路と航空機格納庫の建設に加えて、レーダー施設の配備、火砲などの兵器の一時的な配備が含まれる。更に、重要なことは、南シナ海で中国が占拠する最大の海洋地勢であるウッディー島(永興島)では、ここ数年、大幅な軍事力の強化が見られることである。ウッディー島の2,700メートルの滑走路では、中国のほとんどの戦闘機の運用が可能である(事実、中国空軍のJ-11B戦闘機が最近、同島で確認されている)。同島の港湾も改修され、また2016年初めには長射程の対空ミサイルの配備が報じられた。

(3)南シナ海の軍事化を示す第3の動向は、中国の発展する空母部隊である。現時点では、海軍は1隻の空母、「遼寧」を保有しているだけで、「遼寧」は基本的には訓練用空母で、実際の軍事作戦で運用されたことはない。しかし、中国は既に2隻目となる空母の国産に着手しており、国産空母は基本的には「遼寧」から得た技術に基づいたものと見られる。従って、戦力としては限定的である。「遼寧」のスキージャンプ方式では、搭載機数が少なく、航空機自体の運用性も大幅に制限されるからである。しかしながら、最初の国産空母の後継艦はより大型でカタパルト方式を装備し、しかもそのカタパルトも恐らく米海軍の最新空母、USS Gerald R. Fordのように電磁カタパルトになるかもしれない。多くの専門家は、中国は最終的には少なくとも3個空母部隊、そして恐らく中国が持続的な作戦行動を望んでいるかどうかにもよるが、最大6個空母部隊を望んでいると見ている。もし中国が複数の空母部隊を保有するようになれば、アジア太平洋地域の力の均衡を大きく変えることになろう。このことは、潜水艦、駆逐艦及びフリゲートの支援艦群の中核に空母を置く、兵力投射のための統合戦力としての「空母戦闘群」を軸とした、中国海軍の再編に繋がろう。こうした空母戦闘群は、持続的作戦遂行能力、遠距離作戦能力そして遠征攻撃部隊として、最も効果的な軍事力である。しかも、これらの新たな空母戦闘群の一部は、南シナ海に隣接した海南島に配備されることになろう。

(4)「武装漁民」の台頭を加えた、諸戦力の統合化とともに、南シナ海の軍事化の促進は、この海域に新たな戦略的側面をもたらしている。特に米海軍大学の研究者は、南シナ海は中国のシーパワーによってだけでなく、ランドパワーによっても次第に支配されるようになってきている、と見ている。彼ら指摘するところによれば、南シナ海の両端、即ち西端の海南島とウッディー島に、そして東端の新たに造成された人工島に、半ば恒久的に中国の地上配備の軍事力が展開されたことは、中国が基本的には南シナ海を海峡に変質させようとしていることを意味する。言い換えれば、北京は、南シナ海を、国際的な海上交通路から中国が支配する海路に、そして他の諸国にとっては戦略的なチョークポイントに変えようとしているのである。この南シナ海の「大陸的軍事化("continental militarisation")」は、東南アジアの海洋域の「開かれた秩序(the "open order")」を損ねるだけでなく、南シナ海が紛争の発火点となる可能性を大幅に高めることになろう。中国は南シナ海を軍事化しつつあるだけでなく、そうすることで南シナ海は北京にとって失うにはあまりに重要すぎる領域となりつつある。

記事参照:
China's Militarisation of the South China Sea: Creating a Strategic Strait?

91日「南シナ海問題を巡る米中の認識ギャップ米専門家論評」(China US Focus.com, September 1, 2016)

米シンクタンク、EastWest Institute上席研究員David J. Firesteinは、Web誌、China US Focusに9月1日付で"The US-China Perception Gap in the South China Sea"と題する長文の論説を寄稿し、アメリカと中国は南シナ海問題を全く異なる観点で認識しており、この認識の差は米中間の緊張を悪化させるとして、要旨以下のように述べている。

(1)南シナ海の実情は、南シナ海問題の事実上全ての側面に対する米中両国の戦略的認識において大きなギャップがあり、しかも拡大していることを示している。こうした異なった認識は、南シナ海問題が米中2国間関係における厄介な問題となっている主たる原因と見られる。恐らく、米中間の最も根本的な認識のギャップは、南シナ海に対する中国の海洋権限主張の実際の定義やその明快さを巡るものである。中国の視点からすれば、南シナ海の約86%を取り込む「9段線」に基づく権利主張は、確な歴史的根拠に基づくものであり、自明であるとともに議論の余地がないという点で明快なものである。対照的に、アメリカは(そして紛争当事国も、非当事国も含めた他の多くの国も)、中国の「9段線」主張を、歴史的にも法的にも明確に定義されておらず、曖昧なものである、と認識している。こうした非常に基本的な疑問が依然として未解決のままである限り、南シナ海問題についての米中間の持続的な共通理解が実現するとは思われない。

(2)米中間におけるもう1つの根本的な認識の不一致は、中国の現在の主権主張の法的根拠に関するものである。中国の見解は、歴史は最終的な拠り所であり、従って歴史は2国間の紛争事例において現代国際法に優越するというものである。中国の主張が他の当事国によってUNCLOSの規定に反すると見なされる場合、自国の歴史的な領有権主張や海洋権限主張を事実上UNCLOSの「適用除外にする」、そしてこれらに関するUNCLOSの規定に基づく紛争解決手続きを受け入れないということを、中国は(UNCLOS加盟に際しての)1996年の声明書において、更に2006年に改めて、明確に主張している。これに対して、アメリカは、UNCLOSに加盟していないが、レーガン政権期から確立されてきた政策として、UNCLOSの条項を遵守している。そしてより重要なことは、アメリカは一般的に、批准した国際法(例えば、国家が拘束されることを選択した、この場合はUNCLOS)が、あらゆる主権主張の法的有効性を判断するに当たって、歴史的根拠に優越すると見なしていることである。要するに、中国は、南シナ海における自ら権利主張を、歴史的根拠を理由に、UNCLOSの適用除外になると見なしているのである。一方で、アメリカは、南シナ海における競合する権利主張は、歴史的根拠に関係なく、UNCLOSの規定に従うべきものと考えている。この認識の不一致は、この問題を巡る米中間の摩擦の主な要因となっている。

(3)米中間には、それぞれの戦略的意図、目的及び動機に関しても深い認識の隔たりがある。中国は、アメリカの声明と行動(そして特に航行の自由作戦)を、中国を包囲し、中国を「封じ込め」、中国の南方の沖合への中国の戦力投射能力を制限し、アメリカの東アジア海洋域における「覇権」あるいは卓越を強化し、そしてフィリピンなどの域内の同盟国やパートナー諸国に味方しようとする、アメリカの願望の現れと見なしている。要するに、中国は、南シナ海に対するアメリカの姿勢を、侵略的であり、中国の野心を挫く狙いがあると見なしているのである。一方、中国は、南シナ海における自らの行動を、全く寛容なものと見なしている。しかし、アメリカは、中国の行動を寛容なものとは見なしておらず、むしろ高圧的で、侵略的である見ている。アメリカから見れば、中国は、南シナ海におけるこうした高圧的な行動を通じて、数多くの目的を達成しようとしている。同時に、アメリカは、自らの動機を寛容なものと見なし、2つの合法的な政策目標、即ち、南シナ海における航行の自由の維持、そして南シナ海紛争の平和的解決を重視してきた。アメリカは、自らの行動が中国に対する封じ込めによって動機付けられていることを強く否定している。

(4)南シナ海で誰が扇動者の役割を演じているのかということについても、米中間に重大な認識の違いがある。ここでは、米中両国は、同じ一連の事実に目を向けているが、それらに対する認識は全く異なる。中国は、新たな無責任で挑発的で不安定化させる言動によって、(基本的には、最近まで数十年間定着してきた概ね「安定した手詰まり」状態にあった)バランスを危険に曝してきたのは、アメリカであって中国ではない、と考えている。従って、中国は、最近の南シナ海を巡る米中2国間の緊張激化を、事実上、完全にアメリカの責任と見なしている。アメリカは、正反対の見解を持つ。アメリカは、自らの言動を、中国の政策と挑発に直接対応するものであり、受け身の対応をしてきたのは中国ではなくアメリカである、と主張してきた。要するに、米中いずれの側も、相手側こそ最近の緊張の扇動者であり、相手の挑発的な行動に対応してきただけだと堅く信じている。

(5)最近の南シナ海情勢におけるフィリピンとベトナムの役割に関しても、米中の見解には大きな相違がある。中国は、両国を南シナ海における扇動者あるいは「トラブルメーカー」と見なしている。中国は、フィリピンとベトナムを、無責任で、無謀で、策謀的であり、(埋め立てによる人工島造成などの)自らの最近の行動について、両国が数年前に行った同様の行動に「追いつく」ためと主張している。一方、アメリカは、同盟国(フィリピン)と新たなパートナー(ベトナム)を、扇動者というよりも、強力な近隣の領有権主張国(中国)によっていじめられている、南シナ海における領有権主張国と見なしている。アメリカが近年の南シナ海の主たる不安定要因と見なしているのは、フィリピンやベトナムではなく、中国である。アメリカは、中国に対する関与政策を追及するとともに、これら2国とも強固な関係を維持できると認識し、中国の南シナ海の地政学的認識が暗示する枠組、即ち「ゼロサムか二者択一か」を拒否している。

(6)明らかに、米中両国間には、南シナ海問題に対する認識に大きな隔たりがある。米中両国の最近の信頼醸成措置は、確かに歓迎され、正しい方向への肯定的なステップといえる。しかしながら、南シナ海問題の永続的な解決のためには、そしてこの問題が全般的な米中関係に及ぼす有害な影響を緩和するためには、南シナ海問題に対する米中両国の戦略的認識が異なっているとの認識に基礎を置くことが必要である。今こそ、米中両国は、相互の戦略的認識をより深く批判的に検証し、肯定的に前進する方法を見出すことが重要である。

記事参照:
The US-China Perception Gap in the South China Sea

9月1日「アメリカは南シナ海を巡って中国と本気で戦争する覚悟があるのか豪専門家論評」(The National Interest, September 1, 2016)

 オーストラリア国立大学教授のHugh Whiteは、米誌The National Interest(電子版)に9月1日付で、"Would America Really Go to War Over the South China Sea?"と題する論説を寄稿し、南シナ海問題を巡ってアメリカが中国と戦争を行う覚悟がないのであれば、南シナ海を巡って武力行使の意図を隠さない中国に対して、安易な警告は控えるべきだとして、親中派の視点から、要旨以下のように述べている。

(1)実際に中国がスカボロー礁(黄岩島)に人工島を造成したり、南沙諸島上空に防空識別圏 (ADIZ) を設定したり、あるいは国際法やアメリカの要請に反して南シナ海の支配を強化するために何らかの強固な措置をとったりすれば、アメリカはどのように対応するであろうか。こうした仮説は決して非現実的なものではない。ワシントンでは、多くの人は、中国にアメリカとの戦争も辞さずとの決意はないと思われることから、こうした措置をとることはないであろうと見ているようである。彼らは、アメリカが戦争に踏み切るかどうかを真剣に検討せざるを得ない事態になる前に、中国は手を引くであろうと想定している。だがこの考えは正しいのだろうか。中国はこれまで、南シナ海問題を巡る自らの主張に対抗する、如何なる干渉に対しても武力を行使するとの警告を発してきた。このことは、中国がアメリカの方こそ中国の圧力に屈して最終的には引き下がると考えていることを示唆している。敵対国同士が同じことを想定する古典的事例である。

(2)米中間に存在する問題は、南シナ海の岩礁を巡る一連の衝突や国連海洋法条約を巡る意見の食い違いという狭義の次元の問題ではなく、むしろアジアの地域秩序をどのように形成し、その中で米中がどのような役割を担っていくのかという広義の問題である。この問題の構図は単純かつ明快である。即ち、アメリカはアジアにおけるリーダーとして存在し続けたいと考えており、一方中国はそれに代わりたいと望んでいる。現在の習近平政権の中国は、アメリカ主導のアジア地域秩序を受け入れておらず、習近平の言う「新しい大国関係」に基づく新秩序をアジアに構築することを望んでいる。米中両国とも、自らの立場を押し進めるために、南シナ海問題を利用してきた。習近平が南シナ海問題を巡るアメリカの警告を単なる脅しと判断すれば、習近平は、スカボロー礁に軍事基地を建築するなど、より挑発的な行動をとることでアメリカを貶めようとするであろう。

(3)では、ワシントンはどう対応するであろうか。最初の措置は、経済的、外交的制裁を課すことであろう。しかし、この程度の対応で中国が膝を屈するとは、誰も期待しないであろう。ワシントンでは、外交、戦略問題を担当する補佐官達は、問題の核心は小さな島嶼や水域ではなく、アジアにおけるアメリカの信頼性とリーダーシップの将来であると大統領に迫るであろう。ワシントンの警告を中国が無視することを放置すれば、アジアにおけるアメリカの威信が致命的なまでに低下し、中国の立場を強めることになろう。従って、次に考えられる対応は当然ながら軍事的なものになろう。しかしながら、戦争を誘発するような如何なる軍事的対応も、極めてリスクが高く、財政的な負担も決して小さくない。戦争の早期決着も明確な勝利も期待できず、反対に膠着状態となるか、エスカレートすると想定されるからである。また同盟国からの積極的な協力も見込めず、アメリカ側は多くの軍事的損失を被り、核を使用する段階にまで状況が及ぶことも否めない。誰も戦争がどのように終結するかを予想できない。

(4)冷戦終結後の世界において、アメリカは、ヨーロッパ、アジアあるいは中東地域において、小さな負担とリスクによって主導的な戦略的パワーを長く維持できるであろうと思われた。しかしこうした想定は間違っていたことが明らかになってきた。アジアにおいて、アメリカは再び、侮り難い抗争相手から既存の地域秩序を護るという、古典的なパワーポリティックスの挑戦に直面している。冷戦期のヨーロッパ秩序は、アメリカと旧ソ連が相手の侵攻を阻止するために戦争に訴えることも辞さないという、双方の明快な意志によって維持されてきた。そして、この秩序は、旧ソ連が戦争に訴える意志を持たないことが明らかになった時点で、崩壊した。従って、最大の問題は、アメリカはアジアにおける卓越の座を護るために中国と戦争する意志があるかどうかということである。アメリカは同盟関係の維持と法に基づく秩序を護ることを一義的な目的としているのではなく、あくまでもアメリカ自身の領土と健全な経済の保全を最も重要な目的と位置づけている点に注意しなければならない。とすれば、アメリカは、アジアにおける支配的パワーであることなしに、自国の安全と繁栄を維持できるのか。アジアにおける卓越の座は、中国との戦争を賭けてまで維持する程重要なものか。これらは、アメリカが検討すべき喫緊の課題である。その一方で、アメリカは、南シナ海を巡って武力行使の意図を隠さない中国に対して、警鐘を鳴らすことに慎重でなければならない。アメリカは、戦争も辞なさいという覚悟がないのであれば、威嚇的な警告を止めるべきである。もし警告するのであれば、北京がアメリカの本気度に疑義を抱かないようなものであるべきである。現在のような不透明な政策こそ、最も危険な事態を将来しかねないからである。

記事参照:
Would America Really Go to War Over the South China Sea?

913日「インド太平洋地域における豪米印パートナーシップ構築における豪の役割豪専門家論評」(PacNet, Pacific Forum, CSIS, September 13, 2016)

オーストラリア国立大学のThe National Security College上席研究員David Brewsterは、ハワイのPacific ForumのWeb誌、PacNetに9月13日付で、"The challenges of building an Australia-India-US partnership in the Indo-Pacific"と題する論説を寄稿し、今こそオーストラリアはインド洋の安全保障のためインド及びアメリカとの3カ国安全保障協力を推進すべきであるとして、要旨以下のように述べている。

(1)アジアの2つの大国、中国とインドの台頭は、第2次大戦後の地域秩序に関するオーストラリアの見方に再考を迫るものである。近年、オーストラリアでは、台頭する中国に如何に対処すべきかについては多くの議論がなされてきたが、インドの台頭についてはあまり議論がなかった。今や、インドは、豪米両国にとってかってない程重要な地域パートナーとなりつつあるが、今のところ、米印関係と豪印関係は別々の2国間関係に留まっている。次のステップとして、これらの関係を、インド洋の安全保障を主眼とした、豪米印3カ国安全保障パートナーシップとして捉える必要がある。筆者 (David Brewster) は最近発表した報告書*で、オーストラリアとアメリカがインドとの戦略的関係を構築するに当たっての挑戦と選択、そしてこの3国関係を如何にしてANZUS同盟と連携させるかについて論じた。

(2)アメリカは今世紀に入って、主として中国との地域バランスの構築を視野に、インドに積極的に関与してきた。しかし、これは容易なことではなかった。安全保障関係を構築する上で最大の障害の1つは、インドの「戦略的自立 ('strategic autonomy')」、即ち、他国に依存すべきでないとする理念に対するインドの固執であった。特にインド洋地域を主眼とする3カ国安全保障パートナーシップを構築する上でのもう1つの障害は、インド洋をインドの海と見なすインドの認識と地域のリーダーとしての野心である。多くの人は、インドがインド洋において自らのモンロー・ドクトリンを確立しようとしていると見なしてきた。第3の障害は、3国の対中関係を如何に調整するか、安全保障ジレンマを引き起こすことなく、如何にして中国の高圧的姿勢に対応していくかということである。

(3)地域的バランサーとしてのインドの役割は、オーストラリアにとって非常に重要である。オーストラリアは、長年に亘ってアメリカ主導のアジア秩序の恩恵に浴してきたが、それが何時までも続くという保証はない。長期的に見てアジアがより多極化する可能性が高く、従ってオーストラリアにとってインドとの強力な関係が必要である。両国は、インド洋の不安定化に対する懸念を共有している。インドが公式な同盟国になる可能性はないが、長期的には、オーストラリアにとって、日本のように、最も重要なインド太平洋安全保障パートナーとなるかもしれない。インド洋に主眼を置いたインド及びアメリカとの3カ国防衛安全保障パートナーシップ構築を目指すために、例えば、オーストラリアは、インド洋におけるアメリカのプレゼンスを補完するためにインドの地域的役割を慫慂しなければならない。オーストラリアは、アメリカ、インド、日本と共にMalabar海軍演習に参加すべきであり、また、オーストラリア、インドそしてアメリカとの定期的な3カ国対話を進めるべきである。

記事参照:
The challenges of building an Australia-India-US partnership in the Indo-Pacific
備考*:
Australia, India and the United States: The Challenge of Forging New Alignments in the Indo-Pacific
The United States Studies Centre at the University of Sydney, August 25, 2016
David Brewster, a senior research fellow at the National Security College at the Australian National University

914日「南シナ海仲裁裁判所裁定、マレーシアの見解マレーシア専門家論評」(Maritime Awareness Project, September 14, 2016

 マレーシアのThe Maritime Institute of Malaysia上席研究員Sumathy Permalは、Maritime Awareness ProjectのWebサイトに、"The Award Decision in the Philippines-China Arbitration Case: A Perspective from Malaysia"と題する論説を寄稿し、南シナ海仲裁裁判所の裁定に対して、マレーシアの視点から要旨以下のように述べている。

(1)この10年間、東南アジアの多くの国は、南シナ海を含むアジア太平洋地域におけるパワーバランスの変化によって生じた、この地域の戦略環境の変動に対応する新たな政策を策定してきた。特に南シナ海仲裁裁判所の7月12日の裁定は、アジア太平洋地域にとって新たな大きな意味を持つ歴史的な出来事であった。予想通り、中国はこの裁定を拒否した。一方、域内の関係各国は自国の国益に照らして裁定を分析しており、全体としてASEANは、域内において予想される反応や緊張の激化に主たる関心を示している。この裁定の意義は、主に以下の4点に集約できる。

a.第1に、中国が主張する「9段線」内における歴史的権利について、裁定は、国連海洋法条約 (UNCLOS) に違反し、何らの法的根拠もないとの判断を示した。

b.第2に、中国とフィリピン双方が主張する海洋自然地勢の法的地位に関しては、裁定は、南沙諸島の海洋自然地勢は全て岩か「低潮高地」であり、EEZや大陸棚を主張できる島は存在しないとの判断を示した。予想外であったのは、裁定が南沙諸島最大の海洋自然地勢である、Itu Aba(台湾占拠の太平島)について、島ではないとの判断を示したことである。

c.第3に、中国の一連の活動がフィリピンの主権を侵害し、漁業の自由を妨害するとともに、海洋環境を破壊しているという訴因については、裁定は、中国の活動をUNCLOS違反とし、海洋環境保全義務に違反しているとの判断を示した。

d.第4に、仲裁裁判中の中国による南沙諸島での人工島の造成については、裁定は、紛争の悪化を招き、拡大させたとの判断を示した。

(2)では、マレーシアにとって、この裁定は如何なる意義があるか。マレーシアの地理的領域内には、南沙諸島の一部の海洋自然地勢が含まれる。マレーシアは、自国の海洋管轄領域内では、UNCLOSを主とする一連の国際法に規定される、内水、領海、大陸棚、EEZ及びそれらの上空に関する全ての権利を一貫して主張してきた。マレーシアのEEZを規定した、1984年の法律は領海基線から200カイリまでのEEZを設定しており、同法は国連に寄託されている。マレーシアのEEZとその他の海洋管轄領域の境界については、1979年12月にマレーシア地理院が発行した「新地図」には大まかに示されている。当時は国際法上、EEZの概念自体が明確化されていなかったこともあり、「新地図」にはEEZの境界が明確に記載されていないが、マレーシアは、1996年にUNCLOS加盟に当たって、大陸棚とEEZに関しては単一の境界画定を採用するとの宣言を発出した。この点で、仲裁裁判所の裁定は、マレーシアの国益を損なうことはない。マレーシアは常に、国内法とUNCLOSを含む国際法を遵守し、国益、主権、領土保全そして国民福祉を護ることに主眼に置いてきた。

記事参照:
The Award Decision in the Philippines-China Arbitration Case: A Perspective from Malays

914日「南シナ海への中国国有観光産業の参入、北京の南シナ海政策を複雑化RSIS専門家論評」(RSIS Commentaries, September 14, 2016)

シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) 上席アナリストXue Gongは、9月14日付のRSIS Commentariesに、"Chinese Corporate Players in the South China Sea: Complicating the Disputes?"と題する論説を寄稿し、南シナ海における中国の国有観光産業の活動が北京の南シナ海政策を複雑にしているとして、要旨以下のように述べている。

(1)南シナ海仲裁裁判とその裁定に対する中国の対応は4つの「ノー」、即ち、参加せず (No Participation)、受け入れず (No Acceptance)、認めず (No Recognition)、そして履行せず(No Execution) だが、多くのアナリストは、中国の反応を、この地域に対する北京の戦略と安全保障政策の観点から分析している。これら全ての分析が見逃している論点は、南シナ海における中国の国有企業 (SOE) の活動である。特に観光産業の活動は、南シナ海紛争における中国の立場を複雑なものにしている。中国の防衛産業が南シナ海紛争から相当な利益を得ていることは、容易に理解できる。実際、防衛関連企業の株価は大幅に上昇している。南シナ海紛争から利益を得ているもう1つのSOEが観光産業である。

(2)地域紛争や不安定な環境下で観光産業が成長することはあり得ないと思われるかもしれないが、南シナ海向けのツアーを提供する中国企業には当てはまらない。仲裁裁判所の裁定が出た翌日の7月13日、SOEのChina Southern AirlinesとHainan Airlinesの2機のチャーター機は、海南省海口を出発して、それぞれミスチーフ環礁(美済礁)とスビー礁(渚碧礁)に着陸した。中国の専門家は、政府が新たに造成した人工島を観光資源として活用する将来計画を策定する可能性を示唆している。中国の旅行会社は、既に西沙諸島で活動している。Hainan Strait Shipping Co. Ltd.は2012年に、Coconut Fragrance Princess Cruiseを立ち上げ、西沙諸島へのツアーを始めた。当初、Princess Cruiseは損失を出し、政府によって助成金を支給されたが、2014年9月から海南省三亜が出発港となったことで、業績が上向きとなった。こうしたツアーは、不可避的にナショナリズムを煽るもので、訪問する島嶼では国旗の掲揚と宣誓儀礼が行われる。こうしたツアーを促進することで、南シナ海における中国の主権と権利が強化されると考えられている。これまで1万人以上の中国人の観光客が西沙諸島を訪問しており、彼らは愛国者と宣伝されている。特に仲裁裁判所の裁定後、こうしたツアーは一般的な中国市民に支持され、歓迎されており、中国の企業は、南シナ海における観光資源に対する更なる関心を高めつつある。中国の大手海運会社、COSCO Shippingは2016年4月、他のSOE 2社、China Travel Service Group (CTSG) と China Communications and Constructions Corp (CCCC) と協働で、クルーズ会社を設立した。COSCOは、中国の海洋シルクロードを巡る文化ツアーの一環として、西沙諸島から台湾や近隣諸国の島々に運航路線を拡大する機会を求めている。COSCOのCEOは、「一帯一路」構想のルートに沿って事業を展開することは中国のSOEの責任の1つであると強調している。

(3)中国のSOEは、国家の社会政治目的を達成する義務も課されている。このことは、南シナ海での活動に関わっているSOEにおいて明確である。南シナ海における観光産業を中国の戦略の1つとすることで、係争海域における海洋領土の民活の促進はSOEに委ねられている。中国の指導部は南シナ海における中国のSOEの存在が中国の主権と海洋権限の主張を強化する上で有益と考えており、従って、仲裁裁判所の裁定後も、中国は、SOEによる南シナ海への投資を引き続き慫慂すると見られる。その反面、南シナ海に対するSOEの関心の増大は、中国にとって、南シナ海における緊張緩和への取り組みを一層難しくする。更に、南シナ海紛争は、域内の一部の国との関係や北京の地域的な戦略的影響に悪影響に及ぼしていることに加えて、東南アジアの多くの国の参加と協力を必要とする「21世紀海洋シルクロード」構想など、北京の野心的な地域の経済統合計画に暗い影を投げ掛けている。

記事参照:
Chinese Corporate Players in the South China Sea: Complicating the Disputes?

915日「中国・パキスタン経済回廊の狙いインド人専門家論評」(Center for International Maritime Security (CIMSEC), September 15, 2016)

インドのシンクタンク、The Observer Research Foundation研究員補、Vidya Sagar Reddyは、9月15日付のCIMSECのWebサイトに、"Reinforcing China's Malacca Dilemma"と題する論説を寄稿し、中国は「マラッカ・ジレンマ」の克服を望んでいるが、ミャンマーとパキスタンの情勢によってその試みは流動的になっているとして、要旨以下のように述べている。

(1)中国は、内陸部とインド洋に面した港湾との連接を可能にする、パキスタンのグワダル港の完成と、中国・パキスタン経済回廊 (CPEC) の構築を促進している。グワダル港とCPECによって、中国は、「マラッカ・ジレンマ ("Malacca Dilemma")」と呼ばれる、有事に封鎖される可能性があるマラッカ海峡を迂回することが可能になるであろう。近年益々強引になってきた中国の近隣諸国に対する姿勢は、潜在的な地域覇権国の台頭を示唆している。域内の関係諸国は、有事におけるマラッカ海峡の封鎖を仄めかすことで、域内における中国の軍事的冒険主義を抑止しようとしている。中国の経済成長は、海洋に大きく依存している。中国への海上ルートは、インド洋と太平洋を結ぶマラッカ海峡を経由する必要がある。従って、マラッカ海峡の封鎖は、中国にとってエネルギー輸入と通商貿易の危機となる。インドは、マラッカ海峡に隣接するアンダマン海に確かな海軍力のプレゼンスを確立するとともに、アメリカや他国と連携している。こうした海軍力のプレゼンスは、強力な封鎖戦力となり得る。

(2)一方、中国はこれまで、自国船舶のためにマラッカ海峡の通航を求めて戦う能力と意志を示してこなかった。当時の胡錦濤国家主席は、この状況を「マラッカ・ジレンマ」と呼んだ。後継者の習近平主席は、「一帯一路」構想に投資することによって、このジレンマを克服することを決意した。中国はミャンマー、パキスタン、スリランカ及びモルジブなどのインド洋地域の国に港湾を建設するとともに、中国海軍は遠洋海軍に変貌し、インド洋に定期的に展開するようになってきた。中国海軍の水上戦闘艦や潜水艦は、スリランカ、パキスタン及びその他のインド洋地域の国に寄港し、インド洋におけるエネルギー輸入と通商貿易を護る意志を誇示してきた。ミャンマーとパキスタンの港湾は、陸路で中国に連接しているという利点を持っており、この海洋と陸の連接によって、中国は通商ルートへの海洋の脅威を最小限に抑えることができよう。しかしながら、ミャンマーにおける民主化によって、中国は依存国家としてのミャンマーを失い、中国のプロジェクトは困難に逢着している。

(3)中国の切り札は、依然としてパキスタンである。中国は、パキスタンに対する投資や武器売却の見返りに、グワダル港を通じて、ペルシア湾に繋がるアラビア海へのアクセスが可能になる。460億ドルを投資するCPECは、パキスタンが占領しているカシミールとカラコルム山脈を経由してグワダル港から中国内陸部に至る陸上ルートを建設することを構想している。しかしながら、パキスタンにも問題がないわけではない。グワダル港が位置するバルチスターン州は、パキスタン領土の大部分を構成し、天然資源が非常に豊富だが、パキスタン政府はその開発を長い間放置してきた。一方で、インドは、グワダル港とCPECプロジェクトが持つ基本的な戦略的意図を懸念している。中国は明らかに、CPECプロジェクトが危機に陥る可能性を懸念している。そうなれば、中国は、引き続きマラッカ海峡に依存せざるを得なくなろう。

記事参照:
Reinforcing China's Malacca Dilemma
Map:
China's sea lines of communication through the Malacca Strait as well as the land route of the proposed China-Pakistan Economic Corridor.
Graphic:
The various forms of investment, their estimated costs, and proposed infrastructure linkages.

916「南沙諸島の内部水路の戦略的重要性フィリピン人専門家論評」(Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, September 16, 2016)

 フィリピンのThe Research Institute on Contemporary Southeast Asia (IRASEC) 連携研究員François-Xavier Bonnetは、米シンクタンク、CSISのAsia Maritime Transparency Initiativeに9月16日付けで、"The Spratlys: A Geopolitics of Secret Maritime Sea-Lanes"と題する論説を寄稿し、地理学者としての視点から、南沙諸島の内部水路の戦略的重要性について、要旨以下のように述べている。

(1)南沙諸島を巡る領有権紛争では、海域の測深と潜水艦戦の問題については、ほとんど無視されてきた。この問題に対する理解を深めるためには、まず、南沙諸島海域が航海に極めて危険な浅海域であるとの神話を否定する必要がある。実際には、1920年代から植民地勢力による秘密の水路調査が行われていた。英海軍本部は、1925年から1938年にかけて秘密の水路調査を実施し、「危険海域 (the "Dangerous Ground")」として知られた海域の海図を作成していた。英海軍は1934年に、この海域を北から南に抜ける安全な航路を発見した。旧日本海軍もまた、この海域を1936年から1938年にかけて調査し、特にItu Aba(現台湾占拠の太平島、日本名は長島)周辺の秘密の海図を作成した。当時フィリピンのカビーテ(マニラ南方)に駐留していた米海軍も、1935年から1937年にかけて危険海域を探査し、海域を東から西へ抜ける別の航路を発見し、独自の秘密の測深海図を作成した。各国の海軍当局による1930年代の秘密の水路調査によって、当該各国海軍当局は、この海域が秘密の水路が交錯する広大な海域であることを理解した。その結果、長い間回避すべき海域と認識されてきた南沙諸島は、海洋国家が南シナ海の海上交通路を支配することができる戦略的海域として再定義されることになった。第2次大戦中、オーストラリアを基地とする米海軍潜水艦は、南シナ海を哨戒し、これらの南沙諸島内の秘密の航路を使用して「危険海域」を定期的に通航していた。米潜水艦はまた、南沙諸島周辺の科学調査を実施し、旧日本海軍のソナーによる探知を回避するために、特に海中の塩分の高濃度による層深*について研究してきた。

(2)これらの秘密の科学調査任務は、アメリカがベトナム紛争に介入し始めた1955年から1956年に、米海軍によって継続された。この調査は、米海軍原潜が潜航したまま「危険海域」を航行できる程、精緻なものであった。米海軍原潜が「危険海域」を最初に航行したのは、恐らく1972年4月であろう。当時、原潜、USS Sculpin (SSN590) は、中国の海南島で武器弾薬を積み込んだベトナム漁船を追尾する任務を遂行していた。この漁船は、アメリカのベトナム沿岸域に対する封鎖を回避するために、遙か南方の南シナ海を経由するルートを航行しベトナムに向かっていたが、このルートは「危険海域」を航行するようになっていた。米海軍は武器密輸の漁船追尾という些細な任務に原潜を投入する危険を冒すとは思えないことから、恐らく南沙諸島を通航するUSS Sculpinには他の動機があったと思われる。事実、P-3哨戒機がUSS Sculpinを護衛していた。USS Sculpinは、「危険海域」について更なる科学的データの収集か、あるいはこれまでの調査の検証かのいずれかの任務を遂行していたと考えるのが妥当であろう。もし米海軍原潜が南沙諸島海域を通航できるのであれば、他国の原潜も同じことができるということになる。フィリピン国防省は1982年の報告書で、こうした戦略的な懸念について、以下のように述べている。

a.この海域はこれまで十分な調査も、海図の作成もされてこなかったが、水深の深い水路によって隔てられた数多くの島嶼やリーフなどが存在する。

b.もし敵対する国が自国の弾道ミサイル搭載原潜を座礁させる危険なしに潜航して航行できる程度にこの海域を測量し、海図を作成できれば、当該国は、島礁群の中にPolaris型の弾道ミサイルを搭載した原潜を潜ませることができよう。

c.そうなれば、ASEAN全域を含む世界の人口の3分の1を包摂する半径4,000キロ以内の地域が核攻撃の脅威に晒されることになろう。

(3)「危険海域」の海面は、東西及び南北の主要な2本を含む内部水路によって構成されている。南沙諸島の何処を占拠するかの選択は、これら内部水路の支配の論理に基づいたものであった。1956年に台湾が太平島を占拠した後、ベトナム軍は東西水路の西口を扼する島嶼やリーフに進駐した。1960年代終わりには、フィリピンは南北水路の北部を支配した。最後に南沙諸島に進出した中国には、島嶼よりリーフを占拠する以外に選択肢はなかった。中国軍は、1988年にファイアリークロス礁(永暑礁)を占拠したことで、東西水路の西部での航行を管制できるであろう。そして、1995年にはフィリピンが主張するEEZの中心部にあるミスチーフ環礁(美済礁)を占拠したことで、中国は、南北水路に沿って行動するフィリピン軍を監視し、妨害することさえできるようになった。最近の中国による埋め立て活動は、南北水路(ガベン礁<南薫礁>、ジョンソン南礁<赤瓜礁>及びヒューズ礁<東門礁>)と東西水路(クアルテロン礁<華陽礁>)に沿って、中国のプレゼンスを強化することになろう。フィリピン軍が駐留する島嶼やリーフのほとんどが南沙諸島の北部にあることから、南沙諸島に配備された中国軍は、フィリピンによる駐留部隊への再補給を阻止するのに十分強力な戦略的位置にある。米海軍は2015年10月、「危険海域」にある中国の人工島の周辺海域で「航行の自由」作戦を実施したが、こうした作戦は米中両海軍間の衝突のリスクを高める。

(4)以上のように、各国海軍のこれまでの様々な活動は、南沙諸島の内部航路を支配することの重要性を示している。これらの航路は、戦略的に極めて重要であるにもかかわらず、長く秘密にされてきた。これらの航路の支配する海洋国は、世界の重要な海域に対して直接的な脅威を及ぼすことができよう。従って、南シナ海仲裁裁判所の7月12日の裁定を受けて、関係各国は、(南シナ海全体に拡大する第1段階として)南沙諸島海域における航行の自由を保障し、南沙諸島の非核地帯条約に署名することによって、南沙諸島海域の中立化を目指すべきである。就中、ASEANは、その過程において、主導的役割を果たすべきである。

記事参照:
The Spratlys: A Geopolitics of Secret Maritime Sea-Lanes

抄訳者注:海中を伝搬する音は、海水の密度によってその速度は変化し、音速が遅くなる方に屈折する。海水の密度は、水温と塩分濃度によって変化する。層深は、通常水温が急激に変化する層のことを言い、塩分濃度が大きく変化する場合にも出現する可能性がある。層深付近では音の反射と屈折によって不感帯あるいはシャドウゾーンと呼ばれる音が伝わってこない部分が出現し、潜水艦が探知を避けるために利用している。

Map:
Dangerous Ground (Spratlys) and Its Secret Sea-lanes

【関連記事】 「潜水艦の聖域確保、中国海軍の南シナ海における狙いインド人ジャーナリスト論評」(The Times of India, September 24, 2016)

インド紙、The Times of Indiaのコラムニストで在米ジャーナリストのNayan Chandaは、"Submarine sanctuary: Why China is so determined to establish dominance over the South China Sea"と題する9月24日付のコラムで、潜水艦の聖域確保が中国海軍の南シナ海における狙いであるとして、要旨以下のように述べている。

(1)中国にとって半閉鎖の南シナ海の支配を確立することは、外洋海軍の実現を目指すための不可欠の第一歩である。北京は台湾やチベットと同様に、南シナ海を「核心的利益」と宣言しているが、このような宣言は、妥協や交渉の可能性を排除するものである。しかし、表面的には、中国は、南シナ海の大部分に対して、曖昧な定義でしかない歴史的権利を主張する以外に、何を追求しているのか明確には表明したことはない。

(2)中国が南シナ海で心底望んでいるのは、この海域における米軍艦艇や航空機による監視を阻止することである。国連海洋法条約 (UNCLOS) では、外国の艦艇や航空機は、当該国のEEZ内における無害通航を認められている。しかしながら、海南島南方上空で米海軍の電子偵察機EP-3が飛行を妨害する中国軍ジェット戦闘機と衝突した2001年の事案以来、中国軍が公海を航行中の米海軍艦艇や海洋観測艦を妨害しようとした何件かの事案があった。では、何故、中国は、南シナ海の支配を確立するために、こうした断固とした措置をとっているのか。

(3)中国軍の計画や部隊配備についての専門家は、中国が望んでいるのは、独り立ちしたばかりの潜水艦部隊を護るために、海軍の聖域を確保することだと結論づけている。過去20年間、中国は、海南島三亜の岩盤の下を深く掘り、秘密の潜水艦基地を建設してきた。核弾頭を装着した弾道ミサイル搭載潜水艦を三亜から太平洋の開豁な外洋に展開するに当たって、中国が直面している問題は南シナ海の浅海面である。中国の潜水艦の雑音が大きいとすれば、この海域を抜ける西航は監視に曝されるであろう。唯一、水深のある海峡は、台湾とフィリピンの間の水深4,000メートルのバシー海峡である。しかしながら、この海峡は、米海軍とその他の国の海軍によってほぼ常続的に監視されている。既に造成され、軍事化された人工島に航空機や短射程ミサイルを配備することで、中国は、敵対国の海軍による監視を困難なものにし、あるいは危険なものとすることを望んでいる。

(4)アメリカは、中国が過剰な権利を主張している海域を航行する、「航行の自由」作戦の実施を継続すると声明している。しかし、実際には、このような象徴的な行動は頻繁には実施されておらず、中国の過剰な権利主張に対して異議を申し立てるとするアメリカのコミットメントに対する疑念を高めている。その間にも、中国は、着実に海軍力を増強し、原潜部隊を強化し、さらに艦艇を太平洋とインド洋に展開させつつある。最近では、ジブチとの合意に基づいて、外洋に展開する艦隊の休養と補給のための最初の海外基地が建設された。南シナ海の軍事化された岩や環礁は、重大な効果を発揮するかもしれない。

記事参照:
Submarine sanctuary: Why China is so determined to establish dominance over the South China Sea

【解説】 「南シナ海は中国の潜水艦の聖域たり得るか」

山内敏秀(元防衛大学校教授)

中国が南シナ海の支配を目指す理由は様々な視点から議論がなされている。上記の論説で、Nayan Chandaは、潜水艦という視点から説明を試みている。しかし、その標題に対して十分な掘り下げには至っていない。そこでChandaの議論を足がかりに潜水艦という視点から南シナ海に対する中国の意図を考えてみたい。

(1)信頼性の高い核報復力

その最初のステップとして核戦略における潜水艦の位置づけを見ておきたい。

核戦略の基本的構造は核報復力による抑止といって良い。冷戦期の米ソ間の戦略核軍備管理交渉において対価値攻撃能力、すなわち敵の政経中枢、産業地帯、大都市を標的とする核兵力を保持し、敵の弾道ミサイルの破壊を目的とした対兵力攻撃能力は自制されてきたことからも理解できる。しかし、抑止を確実に機能させるためには信頼性のある核報復力を保持しなければならない。このため、米英仏ロ中は弾道ミサイル搭載原子力潜水艦を報復力として運用し、インドは射程の短い弾道ミサイル搭載する「アリハント」級原子力潜水艦を開発中である。

これは、潜水艦の最大の武器が隠密性であり、原子力潜水艦は圧倒的な水中での行動持続力を持つからである。

最初に信頼性のある核報復力を提供したのは1958年に就役した米国の「ジョージ・ワシントン」である。これ以前にも米国ではレギュラスⅡミサイルを搭載した通常型潜水艦「グレイバック」、「グローラー」があり、原子力潜水艦「ハリバット」は同ミサイルを搭載予定で建造された。旧ソ連ではR-11FMを搭載した通常型潜水艦のゴルフ級弾道ミサイル潜水艦が就役し、さらにホテル級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦が建造された。これら潜水艦の問題は、浮上しなければミサイルを発射できないことであった。これに対し、「ジョージ・ワシントン」は潜航したまま、言い換えれば隠密性を保持したままミサイルを発射することができたのである。

旧ソ連では「ジョージ・ワシントン」に対抗するため、これに酷似したヤンキー級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦を開発したが、搭載した弾道ミサイルR-27Uは射程3,600~4,000キロと短く、米国の威力圏内の海域にまで進出する必要があった。さらに、ヤンキー級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦の雑音は大きく、外洋、特に米威力圏内の海域で戦略展開を維持することに大きな不安があった。この問題を解決するためR-29、さらには R-29RMUが開発され、これを搭載したデルタ級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦が建造された。R-29の射程は7,000キロであり、R-29RMU は1万1,500キロとされている。この射程延伸により、デルタ級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦は外洋に進出することなく、米国の政経中枢を射程に収めることができるようになった。そこで、旧ソ連は、オホーツク海北部にデルタ級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦の戦略配備海域を設定した。この戦略配備海域が「聖域」あるいはバスチオン (bastion) と呼ばれた。

(2)中国の核戦略と潜水艦

一方、中国は1955年の中共中央書記局会議においてプロジェクト02と名付けられた核兵器の開発計画を決定し、1956年には中央軍事委員会においてミサイルの開発を決定した。そして、1957年に旧ソ連といわゆる「中ソ国防新技術協定」を締結し、旧ソ連の支援を得て核兵器の開発に取り組むことになった。しかし、1959年に旧ソ連が一方的に協定を破棄し、技術者を引き上げたため、中国は独自に開発せざるを得なくなった。この厳しい環境の中、1960年に「東風1号」ミサイルの打ち上げに成功し、1964年には初の核実験に成功した。しかし、ようやく手に入れた核戦力は米ソに比べると極めて貧弱なものであったが、報復として使用することによって抑止は達成することができる。

そして、中国は潜水艦が潜航したまま発射できる固体燃料のミサイル開発を目指し、1964年に総参謀部はこの計画を「巨龍1」と命名した。その頭文字をとってJL-1呼ばれ、後に「巨龍」は「巨浪」に変更された。JL-1は1982年10月にゴルフ級潜水艦からの発射実験に成功し、その後、実際の発射プラットフォームとなる「夏」級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦からの発射は1988年9月に成功する。

このJL-1を搭載する潜水艦は1973年の進水を目指し、既に開発が進んでいた09-1プロジェクトの原子力潜水艦(「漢」級原子力潜水艦)にミサイル区画を挿入する形で建造が進められ、1981年4月に進水した。

前述のように「夏」級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦はJL-1の発射実験には成功したが、その後、戦略抑止任務には一度も就いていないとされている。それはJL-1の射程が2,150キロと短く、核報復を行うためには目標とする国の沖合近くまで進出する必要があったからである。加えて、このことと密接に関係するが「夏」級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦の雑音は大きいため、敵の潜水艦を含む対潜部隊に容易に探知される可能性が高く、信頼性の有る報復力を構成することは極めて困難であった。

この問題を解決するため、新しい弾道ミサイル搭載原子力潜水艦の開発が進められ、2007年に1番艦が就役した。「晋」級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦と呼ばれ、中国は、同級潜水艦の基地を海南島三亜に建設したと言われている。同級潜水艦は、JL-1の後継として東風31弾道ミサイルを潜水艦用に改良したJL-2の搭載が予定とされているが、ゴルフ級潜水艦からの発射実験が行われてきたが、「晋」級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦からの発射は確認されていない。

JL-2は射程7,400~8,000キロと言われ、南シナ海からはグアムを射程内に収めることができるが、ワシントンを攻撃するためにはハワイ西方海域にまで進出しなければならないと言われている。しかし、「晋」級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦も「夏」級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦の問題であった雑音は改善されていない。

下図は、米海軍情報局の提示した中ロ原子力潜水艦の雑音のレベルをイメージ的に表したものである。

これによれば、2007年に就役した「晋」級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦は、1976に就役(現存艦は1980年、1981年に就役)した旧ソ連/ロシアのデルタⅢ級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦よりも雑音が大きいことがわかる。また、2009年の米音響測定艦「インペッカブル」に対する中国の妨害行動も「晋」級弾道ミサイル原子力潜水艦の雑音の大きさを示すものと言えよう。

このように報復力を提供する弾道ミサイル原子力潜水艦の信頼性に不安のある中国が弾道ミサイル原子力潜水艦を敵対する国の脅威にさらすことなく配備できる海域を獲得することは中国の核戦略にとって極めて重要な課題であり、浅海面が広がる渤海、東シナ海と異なり、水深約4,000メートルの海域が広がる南シナ海は魅力的存在である。

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出典:The Office of Naval Intelligence, A Modern Navy with Chinese Characteristics, The Office of Naval Intelligence, Aug.2009, p.22.
access on Feb.20 2015.から作成

(3)オホーツク海と南シナ海
a160901-2.jpgのサムネイル画像       a160901-3.jpgのサムネイル画像
              南シナ海(左)とオホーツク海(右)
出典:http://www.ngdc.noaa.gov/mgg/global/global.htmlから作成

 上図を見ていただきたい。オホーツク海はカムチャッカ半島、千島列島、北海道、樺太によって囲まれ、南シナ海は台湾、フィリピン、インドネシアの島嶼とマレー半島によって囲まれる。

オホーツク海は、ほぼ中央部に海盆があり、千島列島に北部ではさらに深くなる。海盆の水深は1,000~1,600メートルである。そして、千島列島の島嶼間の海峡と通って太平洋に進出できる。オホーツク海と太平洋を繋ぐアクセス・ポイントとして、国後島と択捉島の間の国後水道、択捉島と得撫島との間にある択捉水道、潮流が早く公海の難所とされる得撫島と新地島の間の北得撫水道などを挙げることができる。例えば、択捉水道は幅約40キロ、水深約1,300メートルと潜水艦が潜航したまま通峡することが可能である。

 一方、南シナ海は海南島からマレー半島の東部にかけて大陸棚が広がるが、その沖には前述のように弾道ミサイル原子力潜水艦を展開するのに好ましい水深約4,000メートルの海域が広がる。この深部には「危険海域」とも呼ばれた南沙諸島の水域も含まれるが、護るべき弾道ミサイル原子力潜水艦の防壁を提供するかもしれない。しかも、基地である三亜を出港するとほどなくこの深みを利用できる。これは偵察衛星が発達した今日、捕捉、追尾される時間を短くし、行動を秘匿するのに有利である。

 ただ、南シナ海から開豁な外洋にアクセスできる海峡/水道は、潜水艦の視点に立つとルソン海峡の北部にあるバシー海峡のみである。バシー海峡は幅約140キロ、最も深いところでは水深約5,000メートルである。インド洋に展開するためには、マラッカ・シンガポール海峡を通らなければならず、スールー海に出るためのバラバク海峡は水深が100メートル以下であり、しかも珊瑚礁が点在する。ジャワ海と南シナ海を結ぶカリマタ海峡も小さな島が点在し、水深も浅い。いずれの海峡も潜水艦が潜航したまま通峡することは不可能である。

さらに、南シナ海にはオホーツク海と比較すると弾道ミサイル原子力潜水艦の聖域とするのには致命的欠点がある。

南シナ海を弾道ミサイル搭載原子力潜水艦の聖域とするための蓋がないのである。

冷戦期、米国の攻撃型原子力潜水艦はオホーツク海に進入し、必要な場合には速やかに、旧ソ連/ロシアの弾道ミサイル搭載潜水艦を無力化できるようにマンツーマン・ディフェンスのように追尾していたと言われる。そして、おそらく現在もそうであろう。

旧ソ連/ロシアは、核報復力を米攻撃型原子力潜水艦から護るために前述の択捉水道など、オホーツク海へのアクセス・ポイントに通常型潜水艦を配備し、米潜水艦の進入を阻止しようとしてきた。現在も、ロシアが輸出するキロ級潜水艦はこの所要の中から開発されたと言われ、米潜水艦部隊は対通常型潜水艦戦を真剣に研究せざるを得なくなった。

さらに、米海軍が開発した潜水艦戦術を検討すると、旧ソ連/ロシアはアクセス・ポイントに機雷堰を構成していたようである。

これら通常型潜水艦のアクセス・ポイントへの配備、機雷堰の構築は、日本固有の領土である歯舞諸島、色丹島、国後島、択捉島の北方四島を含め、カムチャッカ半島から千島列島を支配し、オホーツク海へのアクセス・ポイントを扼することができる。すなわち、天然の防壁である島嶼列の支配、アクセス・ポイントへの通常型潜水艦の配備、機雷堰の構築によって聖域を形成してきたのである。

これに対し、南シナ海の潜水艦にとって唯一のアクセス・ポイントとなるバシー海峡は台湾とフィリピン群島の間にあり、台湾の実態は中国の支配下にはなく、フィリピン群島は言うまでもなく別の主権国家である。そのバシー海峡に機雷堰を構築するのはほとんど不可能である。また、バシー海峡の前程に通常型潜水艦を配備し、米攻撃型原子力潜水艦を阻止することは海峡の幅をも考えると容易な作戦ではない。

もし中国が核抑止任務のために「晋」級弾道ミサイル搭載潜水艦を配備すれば、米攻撃型原子力潜水艦は容易に南シナ海に進入し、中国潜水艦を捕捉、追尾することができる。従って、中国が信頼性のある核報復力を確保するためには、米攻撃型原子力潜水艦の行動を制約する別の方策を講じる必要がある。

中国の南沙諸島における人工島の建設、飛行場、港湾の整備、あるいは西沙諸島ウッディー島への対空ミサイル、対艦ミサイルの配備など、南シナ海における中国の行動は南シナ海の軍事化として多くの研究者が取りあげ、様々な視点から分析が試みられているが、蓋のない聖域は、中国の南シナ海の軍事化を説明する1つのヒントを与えてくれる。

米攻撃型原子力潜水艦の南シナ海への進入を阻止できないのであれば、弾道ミサイル搭載原子力潜水艦の残存性を高め、信頼できる核報復力を得るために、中国は、弾道ミサイル搭載原子力潜水艦に接近させないように、進入した米攻撃型原子力潜水艦を常続的に捕捉、追尾できるよう艦艇、航空機による対潜哨戒を継続し、その行動を制約する必要がある。対潜哨戒を実施する艦艇、航空機は海南島から展開することになるが、西沙諸島は海南島から約300キロ、南沙諸島は約1,500キロも離れており、作戦効率は必ずしも良いとは言えない。もし南沙諸島と西沙諸島に艦艇を支援できる港湾があり、哨戒機とその援護に当たる戦闘機が離発着できる滑走路のある飛行場があれば、より濃密な対潜哨戒を展開することができる。さらに、西沙諸島と南沙諸島の飛行場から発進した対潜ヘリコプターも投入できることから、そのメリットは極めて大きい。これこそが、中国、特に人民解放軍海軍が南シナ海の軍事化を重視する理由の1つである。

中国が南シナ海を弾道ミサイル搭載原子力潜水艦の聖域と使用としたとき、今1つの問題がある。

中国も南シナ海に展開する潜水艦部隊を含めた海軍力の増強を進めているが、他の南シナ海沿岸諸国も潜水艦部隊を新設、あるいは増強しつつある。

マレーシアは2009年、仏西共同開発の「スコルペヌ」級潜水艦2隻を導入し、ベトナムは2009年、ロシアにキロ級潜水艦6隻を発注、2016年中に全艦が引き渡された。インドネシアは、1981年にドイツからType209潜水艦2隻を導入していたが、2011年に韓国大宇造船所にType209 33隻を発注した。シンガポールは、1988年からシェーオルメン級潜水艦4隻をスウェーデンから購入、このうち2隻を除籍して2012年にヴェステルイェトランド級潜水艦2隻をスウェーデンから購入した。さらに、残ったシェーオルメン級潜水艦2隻の代替として2014年にドイツから2隻の潜水艦の購入を契約した。オーストラリアは、コリンズ級潜水艦の後継をフランスと共同開発ことを決定し、勢力も現有の6隻から12隻に増勢する。フィリピンは将来、3隻の潜水艦の導入を計画している。

 このように南シナ海は潜水艦にとって過密な海域になりつつあり、潜水艦の相互干渉が問題となる。

 現代の潜水艦のソナー・システムが進化したとはいえ、海中を伝搬する音は海水温度などによって変化する海水密度によって音速が変化し、音速の遅い方に屈折する。このため、海中には音の届かない層が存在する。さらに、潜水艦が把握できるのは縦方向の音速の変化だけであり、横方向については未知数のままである。

 現代の科学技術の水準をもってしても海中の潜水艦を確実に探知することは極めて困難であり、海中で潜水艦同士の不測の事故が生起する可能性を排除することはできない。

 中国が潜水艦の雑音を大幅に低減し、米国の弾道ミサイル搭載原子力潜水艦及び攻撃型原子力潜水艦と同程度の静粛性を獲得しない限り、太平洋に進出して核抑止任務に就いても信頼できる核報復力を提供することはできない。次善の策は南シナ海を聖域として確保し、弾道ミサイル搭載原子力潜水艦を戦略展開することであるが、旧ソ連/ロシアにとってのオホーツク海のように、聖域とするために南シナ海に蓋をすることができないだけでなく、過密な潜水艦の池と化しつつある。したがって、三善の策として米潜水艦や南シナ海を取り巻く他の国の潜水艦の行動を制約する濃密な対潜哨戒態勢を構築する必要があり、南シナ海の軍事化は中国の核戦略から譲ることのできない要求であると言える。

929日「アメリカの対中戦略は如何にあるべきか米専門家の見解」(The National Interest, Blog, September 29, 2016)

米誌The National Interestの国防担当の編集者であるDave Majumdarは、9月29日付のThe National Interest のブログに"Are the U.S. and China Headed Towards a Naval War in Asia?"と題する記事を掲載し、9月28日にThe Center for the National Interestで開催されたランチ集会で発表した、3人の専門家による西太平洋での安全保障をめぐるアメリカの対中国戦略に関する見解について、要旨以下のように報告している。

(1)アメリカは、台頭する中国と西太平洋で如何に対応するかについて、確固たる戦略を持っていない。アジア太平洋地域を専門とする外交政策の専門家も、益々高圧的になる北京に対して、如何にして戦後の米主導のリベラルな世界秩序を受け入れさせるか、あるいはアジア太平洋地域におけるワシントンの支配的立場を維持していくかについて、確固たるアイディアを持っていない。中国が既存の西側の秩序体系から離れて独自のコースを目指していることは次第に明確になってきているが、ワシントンの政策決定者はこの課題に如何に対処すべきか。以下は3人の専門家の見解である。

(2)Seth Cropsey, a senior fellow at the Hudson Institute

a.クロプシーは、「アメリカの政策は見事に失敗した」とし、以下のように述べた。「中国の行動は、我々を戦略的競争相手と考えていることを示している。他方、我々は、中国を、国際安全保障と経済安全保障の擁護者として我々に協力するよう促すことができる巨大な市場と見なそうとしている。アメリカの政策立案者は、米中間の膨大な貿易額と、それに伴って発展する中国経済とによって、中国の指導者が我々のように見て、考え、そして行動するようになることを期待している。しかしながら、現在までの兆候からして、この期待は実現しそうにない。」

b.一方で、専門家は、中国がアメリカを戦略的競争相手と見なしているが、軍事対立は既定の路線ではないということで一致している。北京は、南シナ海を自国領域として、事実上受け入れるようにアメリカに強要できると期待している。クロプシーは、「米中間の海軍あるいはそれ以外による紛争が不可避だとは思わない」「中国は、東シナ海と南シナ海の国際水域を領海に変える取り組みを継続する可能性が高い」と述べた。中国は、接近阻止/領域拒否 (A2/AD) 兵器によって構成されるネットワークを活用して、この地域への米海軍と空軍のアクセスを拒否する多正面アプローチをとっている。更に、北京は、この地域のアメリカの同盟国諸国が中国の要求を受け入れることを期待して、これら諸国に対する威嚇や妨害行為を積極的に展開している。しかし、中国は、アメリカとその同盟国諸国に対して、この地域からの撤退を強いるために軍事力を使用してはいないが、東シナ海と南シナ海に対する事実上の支配を確立するために、他国の漁民や他の商業的利用者に対する妨害行為を行うために準軍隊や「海上民兵」を活用している。クロプシーは、「もしアメリカの政策が南シナ海の国際水域で増大する中国の侵略的行為を寛大に見逃し続けるなら、我々のアジアの友好国や同盟国は新しい環境、新しい貿易パートナーそして新しい安全保障環境に適応するようになり、そうなれば中国の覇権確立の可能性は高まるであろう」「国際秩序に対する中国による挑戦に対抗していく我々の意志は強くなっていない」と述べた。

c.クロプシーは、アメリカのシーパワーは縮小しており、従って西太平洋における海軍のバランスは中国寄りに傾いていると主張する。アメリカは、アジアにおける膨大な経済的権益と、それを護るための同盟ネットワークを維持していることに留意すべきである。クロプシーは、「中国に対して国際システムにおける利害関係国になるよう慫慂するのではなく、我々の目標は、国際秩序を護り、大国としての現在の地位を保持することがアメリカの国益であることを中国に確信させるために、軍事プレゼンスの強化を含む、外交、軍事力を行使することでなければならない」と述べた。

(3)Jeff Smith, director of Asian Security Programs at the American Foreign Policy Council

a.スミスは、米軍が東シナ海と南シナ海で活動するべきだと中国が思っていないことは非常に明確である、と述べた。北京は、現時点ではこの地域でのアメリカの軍事活動を効果的に阻止できないが、中国海軍の能力が増大するにつれて、そうすることができるようになると見込んでいる。スミスは、「何時の日か、中国が米海軍の航行を規制することができるようになれば、ある種の衝突の可能性は非常に現実的になる」と述べた。

b.アメリカは、国連海洋法条約 (UNCLOS) には加盟していないが、国際法は米海軍艦艇が他国のEEZ内において調査活動を実施し、また他国の12カイリ領海内を「無害通航」することを認めている、と解釈している。この解釈はほとんどの海洋国に広く受け入れられているが、北京は少数派(20カ国余)で、他国のEEZ内での外国軍艦の行動については事前通告を求めている。スミスは、「我々は、友好国と敵対国とを問わず、年間20回前後の『航行の自由』作戦を実施しているが、我々が作戦を実施した際、外交ルートを通じて我々に抗議してくる他の国とは異なり、中国の艦船は、実際に我々の軍艦に立ち向かってくる」「この解釈の不一致は既に広く認識されており、作戦の実施は我々の意志を試す試金石となってきている」と述べた。アメリカは中国が領有を主張する海域において作戦行動を実施する強固な法的根拠があると考えており、また、7月の南シナ海仲裁裁判所の裁定もこのことを裏付けている。しかしながら、国際法は今のところハード・パワーの前に無力であり、中国は、レトリックと、海軍力に加えていわゆる海上民兵を駆使して、その主張を推し進めている。

(4)Eric Gomez, a defense and foreign policy analyst with the Cato Institute

a.ゴメスは、台頭する中国に対処するための可能な戦略を提案した。ゴメスは、アメリカはその目標を、商業航行の自由を維持することに限定し、この海域における領有権紛争が実際に戦争に至らないことを確実にすべきである、と提案した。もし領有権紛争が戦争にエスカレートすることを阻止できないとすれば、アメリカは、北京が東アジアにおける軍事的優越を達成するのを防止すべく努力すべきである。

b.ゴメスは、この地域における地上軍のプレゼンスを減らし、残存する米地上軍は沿岸配備の対艦巡航ミサイル、対空ミサイルそしてミサイル防衛手段などの、接近阻止/領域拒否能力に重点を置くべきである、と述べた。また、ゴメスは、海軍のプレゼンスは一定に保つべきだが、空母戦力への依存を減らし、海洋における拒否能力を強化するために潜水艦戦力を強化すべきである、と述べた。「航行の自由」作戦は、南シナ海の軍事化のような中国の具体的な行動に対応して継続すべきである。ゴメスは、「中国の海上拒否能力は防衛的なものであり、従って、水面下の戦闘と水面上の制海では米軍の優位が効果を発揮するであろう」「我々は中国の接近阻止/領域拒否網に侵入したり、また中国本土の目標を攻撃したりすべきとは思わない。そうした行為は極めて深刻なエスカレーションのリスクを招くであろう」と述べた。

記事参照:
Are the U.S. and China Headed Towards a Naval War in Asia?

【補遺】 旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

1. Are maritime law enforcement forces destabilizing Asia?
China Power, CSIS, September 6, 2016

2. China's Reactions to the Arbitration Ruling Will Lead It Into Battles It Won't Win, Part I
Center for International Maritime Security (CIMSEC), September 7, 2016
By Mark E. Rosen, A maritime and international lawyer, Mark E. Rosen is the SVP and General Counsel of CNA and holds an adjunct faculty appointment at George Washington School of Law. The views expressed in this paper are those of the author alone and do not represent the views of CNA or any of its sponsors.

2-2. China's Reactions to the Arbitration Ruling Will Lead It Into Battles It Won't Win, Part II
Center for International Maritime Security (CIMSEC), September 12, 2016
By Mark E. Rosen, A maritime and international lawyer, Mark E. Rosen is the SVP and General Counsel of CNA and holds an adjunct faculty appointment at George Washington School of Law. The views expressed in this paper are those of the author alone and do not represent the views of CNA or any of its sponsors.

3. The Crucial South China Sea Ruling No One Is Talking About
The Diplomat, September 9, 2016
By Lyle J. Morris, Lyle J. Morris is a senior project associate at the nonprofit, nonpartisan RAND Corporation.

4. Assessing Who Will Be the Next PLA Navy Commander
China Brief, The Jamestown Foundation, September 13, 2016
By Kenneth Allen, a Senior China Analyst at Defense Group Inc. (DGI). He is a retired U.S. Air Force officer, whose extensive service abroad includes a tour in China as the Assistant Air Attaché.

5. Testimony before the House Armed Services Committee Seapower and Projection Forces Subcommittee, Hearing on Seapower and Projection Forces in the South China Sea
21 September 2016

(1) THE SOUTH CHINA SEA'S THIRD FORCE: UNDERSTANDING AND COUNTERING CHINA'S MARITIME MILITIA
Dr. Andrew S. Erickson, Professor of Strategy, Naval War College

(2) A Testimony by: Bonnie S. Glaser, Senior Adviser for Asia and Director, China Power Project Center for Strategic and International Studies (CSIS), September 21, 2016

(3) STATEMENT OF PROFESSOR JAMES KRASKA
BEFORE THE SEAPOWER AND PROJECTION FORCES SUBCOMMITTEE, HEARING ON SEAPOWER AND PROJECTION FORCES IN THE SOUTH CHINA SEA, 21 SEPTEMBER 2016

6. Estimates of Chinese Military Spending
CSIS, September 21, 2016
By Anthony H. Cordesman

7. Estimating the Value of Overseas Security Commitments
RAND, September 22, 2016
By Daniel Egel, Adam R. Grissom, John P. Godges, Jennifer Kavanagh, Howard J. Shatz

8. China's Artificial Islands Are Bigger (And a Bigger Deal) Than You Think
War On The Rocks, September 22, 2016
Thomas Shugart is a Senior Military Fellow at the Center for a New American Security and a submarine warfare officer in the U.S. Navy. The opinions expressed here are the author's and do not represent the official position of the U.S. Navy, Department of Defense, or the U.S. government.

9. A Costly Commitment: Options for the Future of the U.S.-Taiwan Defense Relationship
Policy Analysis, CATO Institute, September 28, 2016
By Eric Gomez, a policy analyst in defense and foreign policy studies at the Cato Institute.

Full Version;
A Costly Commitment: Options for the Future of the U.S.-Taiwan Defense Relationship
Policy Analysis, CATO Institute, September 28, 2016
By Eric Gomez, a policy analyst in defense and foreign policy studies at the Cato Insti


編集・抄訳:上野英詞
抄訳:秋元一峰・倉持一・高翔・関根大助・向和歌奈・山内敏秀
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