海洋安全保障情報旬報 2016年7月1日~31日号・南シナ海仲裁裁判裁定論評

Contents

7月13日「仲裁裁判裁定後の中国の望ましい行動―米専門家論評」(Brookings, Blog, July 13, 2016)

米The Brookings Institution東アジア研究センター長Richard C. Bush IIIは、7月13日付の同研究所Blogに、"The South China Sea ruling and China's grand strategy"と題する論説を寄稿し、南シナ海仲裁裁判所の7月12日の裁定については、フィリピンの勝利、中国の重大な敗北と見るのが大方の専門家の見解であり、問題は今後中国がどのように対応するかであるとして、要旨以下のように述べている。

(1)中国の対応を考える上で、過去40年の中国の外交、安全保障政策の広範な文脈の中で、最近の出来事を振り返り、分析することは有用であろう。1970年代の終わりから1980年代初めに始まった改革政策の前提は、弱い中国が国力のあらゆる分野を徐々に強化していくためには、国際社会に関与し、それに適応することでその安全保障を確保できるということであった。この戦略の最も明確な特徴は、国際経済への参画であった。また中国の改革派の指導者は、アメリカを含む東アジアの隣国との協調姿勢を示すことの価値を認識していた。その1つが、北京の基本的利益が脅かされない限り、緊張を緩和し、対立を回避することを狙いとした、巧みな外交政策の展開であった。もう1つは、中国の軍事力の近代化を遅らせるとともに、保有する軍事力の使用を抑制することであった。これは理屈に叶っていた。何故なら、中国は、アメリカや日本の軍事力に挑戦する能力に欠けており、経済的成長のため日米両国やその他の国々の支援を必要としていたからである。2000年代の初めに、北京が自国の東方と南方の防衛線を東シナ海と南シナ海にまで拡大することによって初めて安全になると判断した時、このアプローチは変化した。この判断には独自の論理があった。即ち、海洋境界を巡る紛争と海洋におけるエネルギー資源や鉱物資源の存在報告がこの判断を促した。かくして、海洋支配を目指して戦力投射能力を建設し、領有権主張を後押しするためにその能力を活用する計画が始まった。この計画は近隣諸国との摩擦を生み、益々高圧的になる中国外交は中国の評判を貶めた。

(2)南シナ海仲裁裁判所の裁定は、中国の国益を促進し、擁護するために国際法を利用するという中国の長期戦略にとって明らかな打撃となった。当然ながら、中国は、仲裁裁判に参加していないにも関わらず、その裁定に拘束されるという大方の見解を拒否している。また、仲裁裁判所は裁定遵守を強要する権限を持たない。従って、北京は、裁定を無視し、侵略的で威嚇的なこれまでの行動パターンを継続するために、軍事力や海洋法令機関を活用するであろう。こうした行動パターンは、抗争と対立の激化という負のスパイラルが米中両国のいずれにも益しないにもかかわらず、米中両国をその本気度を試す方向に追い詰めていくことになろう。更に、裁定に反して、中国は、南沙諸島を国際法にいう群島と見なし、海上境界を画定するための1つの単位として、その周辺に直線基線を引き、その上で、南シナ海のほとんどを包摂する群島固有のEEZを宣言し、最終的には他国の航海の自由と資源開発の権利を拒否するようになる可能性もある。ここで特筆しておくべきは、こうした措置のいずれもが、UNCLOSにおいて広く受け入れられている諸原則に合致するものではないということである。(ついには、中国は、東アジア諸国に対して、経済的繁栄を中国に依存し、一方で安全保障をアメリカに依存していることについて、最早大目に見ることはないと主張する日が来るかもしれない。)

(3)他方で、中国は、過去5年以上の間に、その外交力、強制力そして法的力をどのように行使してきたかを、真剣に分析することも考えられる。高圧的外交によって東アジアの隣国を遠ざけ、アメリカによる公然たる対応を引き出し、そして南シナ海仲裁裁判で重大な敗北を喫したが、中国はこれまで以上に安全になったのか。この段階における戦術的後退は、傲慢な行動よりも中国の戦略的利益により貢献するかもしれない。1980年代初めに始まった中国の外交政策の基本原則は「韜光養晦」であった。この言葉は、人がその力を着実に付けるまでは自制するということを意味する。中国の国家安全保障に関わる指導層は、最近の南シナ海政策の展開に当たって、この原則を忘れてしまった。中国は、この言葉を復活させることが望ましいであろう。

記事参照:
The South China Sea ruling and China's grand strategy

7月13日「南シナ海仲裁裁判所裁定、その法的意義―豪専門家論評」(The Conversation.com, July 13, 2016)

豪ウーロンゴン大学教授Clive Schofieldは、7月13日付のWeb誌、The Conversation に"Explainer: what are the legal implications of the South China Sea ruling?"と題する論説を寄稿し、南シナ海仲裁裁判所の裁定は海洋法の発展にとって大いに意義があるとして、その法的意義について、要旨以下のように述べている。

(1)南シナ海仲裁裁判所の裁定は、南シナ海問題の核心、即ち、海洋地勢の領有権問題を解決するものではないが、幾つかの法的意義が認められる。

a.裁定は、国連海洋法条約 (UNCLOS) における「やり残した」重要課題、特に海洋地勢の法的地位とそれに由来する海洋権限を明確にするとともに、海洋空間に対する歴史的と称する一方的な権利主張に反論することによって、海洋法の発展と国際法全般にとって大いに意義あるものである。UNCLOSは優れた条約である。ほとんど全ての国が加盟している。アメリカの未加盟が目立つが、アメリカの海洋権限主張とその海洋政策は、UNCLOSに準拠したものである。

b.UNCLOSの主要な成果は、海洋権限主張に関する全般的な枠組みに合意したことである。これには、12カイリまでの領海、そして200カイリまでのEEZが含まれる。これらの沿岸域からの海洋権限の延伸は、例えば航行の自由を保証することによって当該沿岸国の海洋権限海域内における他国の権利を容認することで、バランスがとられている。この規則に対する例外主張は、このバランスを脅かす。UNCLOS加盟国の一部は、しばしば漠然とした歴史的理由を根拠に、UNCLOSの枠組みを超えるより広範な一方的権限主張を依然として試みている。裁定は、こうした抜け穴を封じ、一部の国による例外主義に対抗するものである。

(2)裁定は、フィリピンにとって全面的な勝利であることは間違いない。しかしながら、裁定は法的強制力を持たない。しかも、中国は、最初から仲裁裁判所の管轄権を認めていない。裁定に対する中国の反応は、素早く妥協のないものだった。外交部声明は、裁定は「法的拘束力がなく無効である」と断言した。それにも関わらず、仲裁裁判所は、本件訴訟を審理する管轄権を有するかどうかを検討した。仲裁裁判所は、UNCLOSに関連する訴因については管轄権を有すると判定した。本件仲裁裁判に関する限り、裁定は、UNCLOS加盟国としての中国に対して法的拘束力を有する。中国は、少なくとも短期的には、裁定を無視するであろう。裁定に対する中国の活発な反対は、例えば、中国による新たな海洋地勢での人工島の造成や、「9段線」内での海洋法令執行活動の強化など、新たな事態へのエスカレーションに繋がる可能性もある。しかしながら、この裁定が持つ長期的な価値は、大きいといえよう。裁定は、南シナ海における中国の主張の重要な側面を根本的に否定した。このことは将来的には、中国とその近隣諸国との交渉を促す要因とになろう。

(3)裁定は、南シナ海を遥かに超えて、国際海洋地図を変える可能性を持つ。裁定は、歴史的権利主張は容易には認められないことを示している。このことは、例えば、カナダの北極圏群島水域に対する歴史的権利主張など、特定国の一方的主張を弱めることになろう。裁定は、基本的には中国とフィリピンに対してのみ拘束力を持つが、国際司法機関による権威ある全会一致の裁定として、重要な法的意義を持つ。どの海洋地勢がどのような海洋権限を有するかについて不明確であることから、多くの国々が、小さな島嶼由来でも拡張的な海洋権限を主張してきた。今や、こうした権限主張は、その根拠が危うくなった。例えば、裁定によって言及された南シナ海の海洋地勢に極めて類似した、太平洋の遠隔の幾つかの米領島嶼由来の200カイリEEZ主張は認められない可能性がある。アメリカは、裁定を歓迎しているが、アメリカとその他の国がこの裁定に照らしてこれまでの主張を見直すかどうか、注目されるところである。

記事参照:
Explainer: what are the legal implications of the South China Sea ruling?

7月13日「南シナ海仲裁裁判所の裁定、米中に求められる行動―米専門家論評」(Brookings Blog, July 13, 2016)

米The Brookings Institution上級研究員Jeffrey Baderは、7月13日付の同研究所Blogに、"What the United States and China should do in the Wake of the South China Sea Ruling"と題する論説を寄稿し、南シナ海仲裁裁判所の裁定を受けて、特にアメリカと中国が今後とるべき行動について、要旨以下のように述べている。

(1)南シナ海仲裁裁判所の裁定は、フィリピンのみならず、アメリカにとっても重要であった。裁定の中で特にアメリカにとって重要な項目は、南沙諸島には(沿岸国が漁業や鉱物資源開発に排他的権利を行使できる)200カイリのEEZを有する如何なる海洋地勢も存在しないという判定であった。この判定は、米海軍艦艇の航行の自由を規制しようとする法的根拠を否定するものである。しかしながら、この裁定には拘束力がなく、中国自身がこの裁定を受け入れるつもりがないと言明しており、従って裁定が履行されることはないであろう。増強される中国の海軍力に対して、他の領有権主張国は単独でも、また集団でも太刀打ちできない。アメリカのみが中国に自制を強要できるが、アメリカの安全保障にとって重要だが死活的ではない南シナ海における米中間の不断の抗争は望ましいことではないであろう。

(2)では、アメリカはどうすべきか。仲裁裁判所の裁定は米比両国にとって好ましいものだが、米比両国とも中国の警戒心を煽るような言動を自制しており、こうした姿勢が中国に建設的な対応を促す上で重要である。

a.まずワシントンは、中比対話を通じて、両国間で一定の妥協を見出すことを望んでいることを北京に明確に示すべきである。こうした妥協には、例えば、スカボロー礁(黄岩島)周辺における漁業権を中比両国が共有すること、(裁定によってフィリピンのEEZ内に位置することが認定された)セカンド・トーマス礁(仁愛礁)からのフィリピン軍駐留部隊の撤退、そして中国によるフィリピンに対する経済援助やインフラ支援などが想定される。北京は、ワシントンがフィリピンに仲裁裁判所への提訴を唆したと誤解している。中比対話に対するワシントンの支持は、アメリカこそ南シナ海問題の諸悪の根源と見る北京の考えを正すことになろう。

b.米海軍は、南沙諸島の中国占拠海洋地勢の周辺海域で何度か航行の自由作戦を実施してきた。航行の自由作戦は必要かつ正当な行動であるが、仲裁裁判所の裁定が南沙諸島の如何なる海洋地勢も12カイリの領海以上の海洋権限を保有しないとしたことから、こうした中国の面前でのこれ見よがしの行為は必要がなくなった。アメリカは、こうした北京から見れば挑発的に見える行為を自制すべきである。同時に、ワシントンは、仲裁裁判所の裁定が南シナ海におけるアメリカの国益や軍事プレゼンスを否定するものでないことを明確にしておくべきである。

c.仲裁裁判所が、南シナ海あるいは世界の他の海域における海洋地勢が「岩」ではなく「島」と見なされるべき基準を高く設定したことは、注目される。アメリカは太平洋において、この基準に照らせば、200カイリEEZを有する「島」と見なしていたものが裁定に言う「岩」に該当することになる幾つかの海洋地勢を領有している。もしアメリカがこれら海洋地勢の法的地位をこの基準に照らして再定義すれば、南シナ海の領有権紛争の当事国に対して規範的な見本を見せることができるであろう。

d.オバマ政権とクリントン陣営は、議会上院に対して国連海洋法条約 (UNCLOS) への加盟承認を求める意向を明確にすべきである。アメリカの南シナ海政策はUNCLOSに準拠してきた。米国内では政府関係者、軍及び有識者がUNCLOS加盟を強く支持しており、アメリカが今後もUNCLOSに準拠した政策を他国に訴えていくためには、加盟は喫緊の課題といえるであろう。

(3)翻って、中国はどのような政策を展開していくべきか。

a.中国は、フィリピンやその他の領有権主張国の占拠海洋地勢や施設に対して、軍事的あるいは準軍事的行動を行わないことを明確にすべきである。中国がスカボロー礁の要塞化計画に着手すれば、域内諸国とアメリカの危機意識を高めるであろう。中国は、フィリピンに対する公式あるいは非公式の経済制裁を撤去すべきである。

b.中国は、裁定で他国のEEZ内に所在する「低潮高地」とされた海洋地勢における埋め立て活動を自制すべきである。

c.「9段線」主張は、不確定で過剰な海洋権限主張の象徴として、中国の重荷となった。仲裁裁判所の裁定は、中国に対して「9段線」を根拠に南沙諸島で操業する歴史的権利を主張することはできないと断定した。中国がUNCLOSに基づいて「9段線」の正当性を説明できないのであれば、少なくとも中国は「9段線」を論拠に如何なる海洋権限も主張することを止めるべきである。更に、裁定は、南沙諸島を岩礁が散在する海域ではなく1つの「集団」と見なして海洋権限を主張できるとする、最近の中国の考えも明確に否定した。中国は、こうした考えを取り下げ、南沙諸島周辺にUNCLOSに違反する「直線基線 ("straight baselines")」を引いたり、防空識別圏を設定したりする意図を放棄すべきである。

d.中国は、他の当事国とともに、南シナ海における「行動規範 (COC)」に関する交渉を加速すべきである。COCには、裁定に示された主要な原則が反映されるべきであり、そうすることによって、中国は国際法を護る姿勢を国際社会に示すことができる。同時に、裁定によって違法とされた海洋境界に関わりなく、全ての領有権主張国の漁民が操業できる漁業体制の構築も急務である。

(4)アメリカと中国は、南シナ海の「軍事化」が何を指すのかについて、特にどのような戦力投射戦力や兵器がエスカレーションのリスクを高めるのかといったことについて真剣に対話し、そうした戦力や兵器の開発の抑制について合意を目指すべきである。しかしながら、アメリカの関心が南沙諸島の人工島にどのような兵器が配備されるかにある一方で、中国の関心は南沙諸島における米海軍力の展開にあることから、米中が合意に至る可能性は極めて低いが、対話の継続は一定の抑制の必要性についての合意を生むこともあろう。仲裁裁判所の裁定は、全ての関係国に対して、裁定によって生み出された新しい環境に照らして、それぞれの戦略を再考させる機会となる。そして裁定は、南シナ海問題を巡る主要な論点について、国際法に基づいてより真剣な国家間協議の必要性と機会を提供している。しかしながら、同時に、中国の対応が超国家主義的な感情に突き動かされれば、域内の緊張を高めるリスクも内包している。従って、この裁定が、全ての当事者に対して賢明で、かつ平和的な行動を促すわけではないことを念頭に置いておく必要があろう。

記事参照:
What the United States and China should do in the wake of the South China Sea ruling

7月13日「南シナ海仲裁裁判所裁定、その戦略的意義―米専門家論評」(The National Interest, July 13, 2016)

米マサチューセッツ工科大学准教授Taylor Fravelは、米誌The National Interest(電子版)に7月13日付で、"The Strategic Implications of the South China Sea Tribunal's Award"と題する論説を寄稿し、南シナ海仲裁裁判所の裁定が有する戦略的意義について、要旨以下のように述べた。

(1)第1に、南シナ海仲裁裁判所の裁定は、南シナ海沿岸国が主張できる海洋権原の範囲を大きく制約した。

a.まず、中国の地図に示された「9段線」内の海洋資源に対して中国が歴史的権利を主張することは、国際海洋法条約 (UNCLOS) の下では違法である、と結論づけたことである。

b.次に、UNCLOS第121条の「島の制度」の解釈である。特に、裁定は、「岩」ではなく「島」と判断するための4つの基準を提示し、南沙諸島には、中国や他の当事国が200カイリのEEZを主張できる、これらの基準を満たす「島」の資格を持つ自然に形成された海洋地勢が存在しないと結論付けた。

c.その結果、これら2つの判断は、中国が南シナ海で主張できる管轄海域を制限することになった。実際、この裁定によって、中国が主張できるのは、南沙諸島において「岩」あるいは「高潮高地」と見なされる自然に形成された地勢周辺に12カイリの領海だけとなった。この裁定に従えば、歴史的権利やEEZを主張することはUNCLOSに違反する違法行為となる。仲裁裁判所は、南沙諸島の海洋地勢が持つ経済的価値を制限することによって、遠隔の海洋に散在する地勢に対して主権を主張することの価値を減殺した。これら地勢が当該国に海域と海底資源に対する排他的管轄権を付与する200カイリEEZを有しなければ、当該地勢を巡って主権を争う価値も低減するからである。

(2)第2に、南沙諸島の海洋地勢の法的地位に関する仲裁裁判所の判断は、意図したかどうかに関わらず、UNCLOSの全加盟国にとって広範な含意を有するものとなった。200カイリのEEZを有する「島」についての解釈を明確にすることで、仲裁裁判所は、EEZを合法的に主張できる自然に形成された海洋地勢についての国際的な判例を提示した。中国だけでなく、多くの国は、この判例に照らせば、明らかに「岩」であって、「島」ではない海洋地勢に対して、200カイリのEEZを主張している。例えば、日本は、3つの「高潮高地」である「岩」からなる沖ノ鳥島のEEZを主張している。また、アメリカも、ミクロネシアのキングマン礁などの同様の海洋地勢にEEZを主張している。仲裁裁判所が提示した判例に従うならば、これらの海洋地勢はEEZを有しない。従って、この判例は、全てのUNCLOS加盟国にたいして、海洋地勢が有する合法的な海洋権限の解釈に当たって、大きな意味を持つものとなった。

(3)そして第3に、仲裁裁判所の裁定は、南シナ海を巡る核心問題、即ち、南沙諸島に対する領土主権を巡る関係国の競合する主張を解決することができないということである。その理由は明確である。UNCLOSの下で設置される仲裁裁判所として、南シナ海仲裁裁判所は、関係当事国が如何なる管轄海域を主張できるかといった、条約の解釈に関する問題だけしか審理できないからである。特にUNCLOSは領有権紛争の解決を除外しているが故に、南シナ海仲裁裁判所は、南沙諸島の主権を巡る中国と他の関係国の主張に対して司法判断を下す管轄権を有していない。南沙諸島に海洋地勢に対して関係国が主張できる海洋権原の範囲を制約したことによって、南シナ海仲裁裁判所の裁定は、皮肉なことに、例えこれらの海洋地勢の価値が低められたとはいえ、それらを巡る領有権紛争を激化させるという予期しない影響を及ぼすことになるかもしれない。

記事参照:
The Strategic Implications of the South China Sea Tribunal's Award

7月14日「中国の裁裁判裁定の受け入れ拒否、アメリカは如何に対応すべきか―米専門家論評」(The Daily Signal.com, The Heritage Foundation, July 14, 2016)

米The Heritage Foundation上級研究員Steven Grovesは、7月14日付の同財団のThe Daily Signalに"How the US Must Respond to China's Rejection of South China Sea Court Decision"と題する論説を寄稿し、中国による南シナ海仲裁裁判の裁定受け入れ拒否に対して、アメリカは如何に対応すべきかについて、要旨以下のように述べている。

(1)7月12日の南シナ海仲裁裁判所の裁定は、予想通り、フィリピンの訴因の大部分を支持したものであった。そしてまた予想通り、中国は、この裁定の受け入れを拒否した。こうした状況下で、アメリカによる国連海洋法条約 (UNCLOS) の加盟が南シナ海紛争と裁定の履行に向けて一定の効果を持つ、と主張する人々がいる。その論拠は人によって異なるが、ある論者はアメリカのUNCLOS加盟が「国際規範を維持することに対するワシントンの誠実さ」を強調するとし、また別の論者は加盟が「アメリカは自国の国益に適う時だけUNCLOSを遵守するとの見方」を一掃するという。一方で、加盟論者は、アメリカはUNCLOSに加盟しない限り、南シナ海でも、また世界の他の海域でも自国の海洋利益を完全には護ることができない、と主張する。実際、加盟論者は、アメリカの加盟が、南シナ海における中国の侵略的行動を含む多くの海洋紛争に対する決定的要素になるであろう、と考えている。しかしながら、中国は、UNCLOSに常時違反したり、あるいは単に無視したりしており、アメリカの加盟によって動揺することはないであろう。

(2)また、アメリカの加盟は、南シナ海におけるアメリカの航行の自由を保証することもないであろう。航行の自由は、UNCLOS加盟国であるかないかに関わらず、①強い海軍力を維持すること、②中国による過剰な海洋権限主張に反対する持続的な海軍作戦を実施すること、③フィリピンを含むアメリカの主要同盟国を支援すること、そして④海洋に関する長年培われてきた慣習国際法の諸原則を遵守すること、によって維持されるのである。

(3)公海自由の原則、領海を通過する際の「無害通航」、そして国際海峡と群島水域を通る通過通航権を含む、海洋に関する慣習国際法は、1982年にUNCLOSが成立するよりずっと以前から存在していた。UNCLOSは、これらの広く受け入れられてきた諸原則を単に成文化しただけである。アメリカは、UNCLOSには加盟していないが、UNCLOSの条項を遵守している。従って、アメリカは、UNCLOSに加盟しても、実体的には何ら変わることはなく、またアメリカの軍事力を強化することになるわけでもない。アメリカの航行の自由プログラムは、中国の過剰な海洋権限主張に反対する主たる手段であるが、UNCLOSに依拠しているわけではない。更に、UNCLOSへのアメリカの加盟は、中国による仲裁裁判所の裁定受け入れを保証するわけではない。アメリカは、南シナ海におけるその権利と利益を継続して護る一方で、仲裁裁判所の裁定支持を言明すべきである。

(4)このため、アメリカは、

a.南シナ海における軍事活動に関するアメリカの政策を強調すべきである。軍事調査活動と情報収集を含む、南シナ海における軍事活動の合法性を巡る問題は、米中間の主要な対立点である。南シナ海における航行の自由に関するアメリカの法的立場を明記した文書は、問題の所在を明らかにする上で役立つであろう。南シナ海における長年に亘るアメリカの優先事項(即ち、国際法の遵守、海洋の自由、安全保障と安定の維持、そして妨害のない通商と経済発展)を繰り返し主張することに加えて、アメリカは、EEZにおける軍事調査活動の合法性を実地に示すべきである。

b.航行の自由作戦と海軍活動を継続すべきである。アメリカは、中国のEEZ内での軍事調査活動を規制する政策に対して、中国に繰り返し外交抗議(2001年、2002年及び2007年)を行ってきた。また、米海軍は、中国の政策に抗議するため、(2007年度から2012 年度にかけて)定期的な軍事行動を実施した。こうした抗議行動は、少なくとも同じペースで繰り返すことが肝要である。しかし、(例えば、最近のスービ礁(渚碧礁)や西沙諸島で実施したような)あまりに頻繁な海軍による抗議行動は、アメリカが南シナ海において「平常任務」を越えて問題をエスカレートさせようとしていると受け取られることになろう。望むらくは、アメリカは、オーストラリアや日本などの航行の自由作戦に参加する能力を持つ域内の同盟国とともに、こうした作戦を実施すべきである。ベトナムやフィリピンもまた、漁業や商業活動がしばしば中国に妨害されており、こうした共同行動への参加に意欲を示すかもしれない。

c. 南シナ海沿岸諸国のUNCLOS遵守を支援すべきである。アメリカは、域内の友好国や同盟国に対して、その国内法と慣行をUNCLOSに適合させるよう説得する必要がある。(中国以外の)幾つかの沿岸諸国は、領海通過や自国のEEZ内における軍事活動の実施に対する規制を含む、過剰な海洋権限を主張してきた。アメリカは、2国間交渉を通じて、これら諸国に対して、過剰な海洋権限主張を断念させ、中国に対する法的統一戦線を形成するために、南シナ海沿岸諸国と協働すべきである。

記事参照:
How the US Must Respond to China's Rejection of South China Sea Court Decision

7月15日「南シナ海仲裁裁判所裁定、中国、地政学的分岐点に―比専門家論評」(The Strategist, July 15, 2016)

フィリピン大学准教授Jay L. Batongbacalは、The Australia Strategic Policy InstituteのWeb誌、The Strategistに7月15日付で、"The Philippines v. China verdict: China's crossroads" と題する論説を寄稿し、南シナ海仲裁裁判所の裁定によって、中国はその将来を左右する地政学的分岐点に立たされたとして、要旨以下のように述べている。

(1)南シナ海仲裁裁判所の裁定はフィリピンの訴因の大部分を認めた。その特徴は、

a.第1に、そして最も重要なことは、南シナ海に対する中国の最も過剰な主張、即ち「9段線」地図に基づく「歴史的権利」主張を否定したことである。裁定は、中国が国連海洋法条約 (UNCLOS) に署名し、加盟した時点で、領海を越える水域に対する如何なるそして全ての歴史的権利の主張をも放棄し、全ての沿岸国によるEEZと大陸棚の設定に同意した、と見なした。

b.第2に、南沙諸島の全ての海洋地勢とスカボロー礁(黄岩島)について、それらの法的地位について包括的な定義付けを行ったことである。島嶼や岩は領土主権紛争の対象だが、それらの周辺海域はUNCLOSに従って隣接沿岸国の管轄下に属することになろう。

c.第3に、中国によるフィリピンの漁業や石油開発に対する妨害、人工島の造成、そしてフィリピンEEZ内での中国漁民による操業を阻止しなかったこと、これらは全て、フィリピンのEEZと大陸棚における主権的権利の侵害に当たるとしたことである。また、裁定は、中国の7カ所の人工島の造成と、中国漁民による破壊的な漁法を阻止しなかったことは、中国による海洋環境保護の保全義務違反であると決め付けた。

d.第4に、中国は、恒久施設の建設を自制する義務に違反し、人工島の造成によって、海洋環境に修復不能な被害を及ぼし、そしてフィリピンの権利を不当に侵害した、としたことである。

(2)裁定は、東南アジア地域のみならず、アジア太平洋地域にとっても重要な意味を持つ。

a.まず、歴史的権利に基づく、南シナ海に対する中国の過剰な海洋権限主張が退けられた。これによって、南シナ海沿岸の小国は、自国の沿岸域を越えて延びるEEZと大陸棚の権利に対する法的基盤が強化された。これら諸国のEEZと大陸棚に対して、もし中国が違法とされた歴史的権利を強引に主張すれば、中国の行動は明確な国際法違反ということになり、沿岸の小国は、自国の権利と管轄権を護るために法的措置やその他の手段を講じる権利を有することになろう。従って、中国は、南シナ海の他国の管轄海域における資源開発に従事する他国船舶に対する妨害や威嚇、あるいは中国漁船の護衛など、隣国に対する過剰な海洋権限主張や威嚇的行動を直ちに中止しなければならない。

b.また裁定は、日本、アメリカそしてオーストラリアなどの地域外国にとって、公海の自由を強化することになる。南シナ海における海洋航行は、領海における無害通航権、そして沿岸国のEEZと公海とにおける航行の自由によって、切れ目なく適切に保障されることになる。しかしながら、沿岸国が占拠する南シナ海に散在する多くの海洋地勢とその周辺海域は、上空飛行の自由を阻害しかねない状態を作り出している。今後、中国が南シナ海に防空識別圏 (ADIZ) を宣言し、占拠海洋地勢を拠点に管制すれば、民間と軍用とを問わず、南シナ海の上空飛行が妨害される可能性がある。南沙諸島全域に拡がるADIZは、中国が人工島とそこにおける施設を民間用として、また公共財として提供すると主張してきたことからも、正当化できない。こうしたADIZは、実際には軍用目的以外に考えられない。

(3)要するに、仲裁裁判所の裁定は、南シナ海における海洋権限と管轄権を、中国を含む沿岸諸国に公正かつ衡平に割り当てる基盤を構築したものである。また、裁定は、沿岸国の管轄権に妥当な配慮を示した上で、公海の権利と自由を最大限に認めることによって、域外国の利益にも配慮した。裁定は、南シナ海における海洋権限を巡る紛争を散在する海洋地勢に限定することで、全ての当事国にとって公正で公平な解決に向けて条件と論点を設定した。今や、ボールは中国側にある。中国は、明確に違法を断定された一方的な高圧的で威嚇的な行動に固執するのか、それとも、その政策を修正し、全ての国を拘束する国際法に準拠した衡平な海洋権限と利益を容認するのか。南シナ海仲裁裁判は終わったが、そこで示された裁定によって、中国は、その判断如何によって確実にその将来が左右されることになる、地政学的分岐点に立たされることになった。

記事参照:
The Philippines v. China verdict: China's crossroads

7月15日「南シナ海仲裁裁判所裁定、中国の南シナ海政策の転換をもたらすか―中国人専門家論評」(The Strategist, July 15, 2016)

オーストラリア国立大研究員兼中国南海研究院非常勤教授Feng Zhangは、The Australia Strategic Policy InstituteのWeb誌、The Strategistに7月15日付で"Breathtaking but counterproductive: the South China Sea arbitration award"と題する論説を寄稿し、南シナ海仲裁裁判所の裁定が、中国の南シナ海政策の転換をもたらすかどうかについて、要旨以下のように述べている。

(1)南シナ海仲裁裁判所の裁定が7月12日に公表されると、北京は直ちに、5本の声明や文書を発表した。即ち外交部声明、王毅外交部長と習近平主席の声明、南シナ海における中国の領土主権と海洋権限に関する政府声明、及び南シナ海問題に対する初めての白書*である。この内、最後の2本が最も重要である。重要なことは、この政府声明と白書が「9段線」地図に言及していないことである。その代わりに、政府声明は、緊張を軽減し、協力を進めるために、フィリピンとの間で実務的な暫定取り決めを締結する用意がある、と述べている。また、白書も、地域の平和と安定を目指す中国の意図を再確認している。これらの声明や文書は、明らかに前もって準備されていたものである。これらは、外交部が南シナ海における重要な政策転換を進めていることを示唆している。特に、政府声明は、中国の主張を明確にし、その主張には4つの分野、即ち南シナ海の全ての島嶼に対する主権、これら島嶼の内水、領海及び接続水域、これら島嶼のEEZと大陸棚、そして歴史的権利が含まれることを述べた、重要なものである。

(2)これらの主張には「9段線」がないことに注目すべきである。このことは、「9段線」について、北京が戦略的利点よりもむしろ歴史的な重荷になってきたとの認識に至ったかもしれないことを示唆している。中国の公式主張から「9段線」が静かに消え去ったことは、大きな政策転換である。「9段線」に対する中国指導層の最新の見解を確認するのは難しいが、この政府声明は、中国が「9段線」を領海画定ラインと見なさない、即ち南シナ海の90%を「中国の湖」と主張しないことを示唆する、嚆矢ともいえるものである。このことは、例えその意味するところを忖度するしかないとしても、仲裁裁判所の裁定を受けて、北京が国外に発信したいと望む恐らく最も重要なシグナルであろう。更に、政府声明では、主権と海洋権限の主張が「南シナ海の全ての島嶼」に対するものに拡大されているようだが、こうした主張はこれらの島嶼の法的地位あるいはその範囲を特定していないことも注目される。こうした曖昧さには、他の関係当事国との将来の交渉の余地を残しておく狙いがあると見られる。結局、北京は、最終的には交渉結果に従って、これらの主張を国連海洋法条約 (UNCLOS) に違反しないものに修正する可能性もあると見られる。

(3)以上のことは、北京が仲裁裁判の結審後に公表を計画していた、重要な政策転換である。実際には、裁定公表に先立つ最後の数カ月間に、中国政府、少なくとも外交部では、仲裁裁判の打開策を模索していた兆候が見られた。中国の外交官達は私的には、仲裁裁判に多くの外交努力と資源を費やすことに不満を抱いていた。彼らは、ある程度バランスのとれた裁定が出れば、北京はフィリピンと新たに外交交渉を始め、その間裁定を黙って無視することができる、と期待していた。不幸にも、偏った裁定が出たことで、外交部の努力は、特に高揚する国内のナショナリスティックな批判の目に晒されることになった。裁定がもたらした逆効果の影響は、プロの外交官の穏健な声が押しやられ、一方で中国のナショナリズムを高揚させたことである。従って、裁定は、責任ある南シナ海政策を策定する上で、既に深刻な状況にある中国の国内情勢を一層複雑なものにすることになろう。筆者 (Feng Zhang) は、南シナ海政策を巡って中国国内には3つの陣営、即ち現実派、強硬派そして穏健派が存在すると見ている。中国の国内政策論争から見て、裁定による最大の勝者は強硬派である。強硬派はこれまで、仲裁裁判を中国に対するアメリカの陰謀以外の何物でもないと見なしてきた。今や、強硬派は、裁定を、軍事力を含むあらゆる対応を正当化できる、19世紀中頃から今日に至る中国の「屈辱の世紀」における新たな不名誉な一章だと非難するかもしれない。現実派は、強硬派に引っ張られそうだが、彼らの立場は安泰であろう。一方、今や穏健派は不安定な状況にあり、今後一層各方面から攻撃に晒されよう。このことは、中国の南シナ海政策にとって、あるいはまたアジアの混乱する海洋秩序にとって、好ましいことではない。外部世界、特にフィリピン、アメリカそしてASEAN諸国は、裁定後の不確定な状況の中で、自制と善意を示すことで、穏健派の考えを支持していく必要がある。

記事参照:
Breathtaking but counterproductive: the South China Sea arbitration award
備考*:Full Text: China Adheres to the Position of Settling Through Negotiation the Relevant Disputes Between China and the Philippines in the South China Sea

7月17日「比は如何にして南シナ海仲裁裁判所裁定を履行し得るか―比最高裁陪席判事」(The Wall Street Journal.com, July 17, 2016)

フィリピン最高裁陪席判事Antonio T. Carpioは、7月17日付の米紙、The Wall Street Journal(電子版)に"How the Philippines Can Enforce the South China Sea Verdict"と題する論説を寄稿し、個人的見解として、フィリピンが南シナ海仲裁裁判所の裁定を履行し得る手段について、要旨以下のように述べている。

(1)南シナ海仲裁裁判所の裁定は、国連海洋法条約 (UNCLOS) の下で南シナ海のどの海域がフィリピンと中国の管轄権に属するかを最終的に明らかにした、歴史的なものであった。この裁定は、南シナ海の90% 近い海域に対する管轄権を主張する中国の「9段線」を違法と断じた。その結果、南シナ海中央部に全体の約25%を占める公海が認められることになった。公海は、全ての国の軍民の艦船や航空機に航行と上空飛行の自由が認められる、人類共有の海域である。「9段線」が違法とされたことで、中央部の公海の周辺海域が、沿岸国であるフィリピン、マレーシア、ブルネイ、インドネシア、ベトナム及び中国のEEZであることが確認された。圧倒的に多くの国によって支持される見解では、他国のEEZ内でも全ての国の軍民の艦船や航空機に航行と上空飛行の自由が認められ、自国のEEZ内を航行したり、飛行したりする他国の艦船や航空機は当該国から事前許可を求められることはない。一方、これらの他国の艦船や航空機に対して事前許可を求める少数派の見解に立つ国もあり、中国もそうである。では、誰が、公海とEEZの存在を確認した仲裁裁判所の裁定の履行を強いるのか。世界の警官官がいないために、米海軍に主導される世界の海軍力は、軍民の艦船や航空機の航行と上空飛行の自由を主張するために、南シナ海の公海やEEZ内を航行し、飛行してきた。中国は世界の海軍力による航行と上空飛行の自由を阻止できないが故に、この裁定の重要部分の履行が確実に担保されることになる。南シナ海は、「9段線」主張によって中国が意図する「中国の湖」になることは決してないであろう。

(2)また、「9段線」の違法性は、中国が「9段線」を下に主張する海域とフィリピンEEZとの重複海域は無効ということを意味する。従って、フィリピンのEEZと重複する海域は、中国占拠の海洋地勢の(造成後の人工島ではなく)原初形状が有する固有の海洋権限に由来する海域のみということになろう。裁定は、南沙諸島の全ての海洋地勢が、同諸島最大の海洋地勢である(台湾占拠の)イツアブ(太平島)でさえ、固有の200カイリEEZを持つ「島」ではないとし、幾つかの海洋地勢が12カイリの領海のみを有する住居には適さないが自然に形成された「岩」である、と断定した。更に、裁定は、スカボロー礁(黄岩島)が12カイリの領海のみを有する「岩」であるとした。その結果、中国が占拠する2つの海洋地勢、マッケナン礁(西門礁)とスカボロー礁がフィリピンのEEZ内にあることが確認された。これらの2つの海洋地勢は、12カイリの領海のみを有する。従って、マッケナン礁とスカボロー礁のそれぞれ12カイリの領海部分を除いて、中国が「9段線」で主張するフィリピンEEZとの重複海域は無効ということになり、その結果、南シナ海におけるフィリピンのEEZ全域は38万1,000平方キロと推定され、これはフィリピンの全陸地面積よりも大きい。

(3)中国が裁定を拒否するならば、フィリピンは自国のEEZにおける天然資源開発の排他的権限を如何にして行使し得るか。ここでも、裁定を強要する世界の警察官はいないが、フィリピンは無援ではない。中国の石油会社がフィリピンEEZ内にあるリード礁(礼楽礁)に天然ガス抽出のためのガス・プラットホームを設置するならば、フィリピンは、この石油会社が資産を有する、例えばUNCLOS加盟国であるカナダなどで、同社を告訴することができる。フィリピンは、リード礁の天然ガス資源がフィリピンに属しているとした仲裁裁判所の裁定を、カナダの法廷に提出することができる。そして、フィリピンは、カナダの法廷に対して、天然ガス抽出による損失を補填するためにカナダにおける同社の資産の差し押さえを請求することができる。また、フィリピンは、損失補填のために、中国に対して損害賠償を請求することもできる。更に、裁定は、中国の浚渫作業がフィリピンの大陸棚の構成部分であるスービ礁(渚碧礁)とミスチーフ礁(美済礁)を含む、南沙諸島における脆弱な海洋生態系に対して回復不能な損害を及ぼした、と断じた。UNCLOSの下で、加盟国は、沿岸国の海洋環境に及ぼした被害に対して賠償責任を負う。更に、フィリピンは、国家の管轄権を超えた公海における海底資源探査のために、UNCLOSの下に設置された「国際海底機構 (ISA)」が中国に交付した4カ所の鉱区に対する許可証の執行停止をISAに要請することもできる。UNCLOS加盟国は、条約の規定を選択的にではなく、全てを受け入れる「一括取極 ("package deal")」に同意して加盟した。中国が裁定を拒否するならば、フィリピンは、中国がUNCLOSの紛争解決メカニズムを拒否しながら、一方でISAの規定の恩恵を受け入れている、と主張することもできよう。

(4)世界は、特定の1国が幾つかの国の海洋境界によって分割されている海域のほとんどに対する領有権を主張できる状況を決して受け入れないであろう。故に、時間の経過とともに、仲裁裁判所の裁定は、次第に実質的な効力を発揮するようになるであろう。こうした状況を野放しにすることは、UNCLOSの死を意味しよう。

記事参照:
How the Philippines Can Enforce the South China Sea Verdict

7月18日「南シナ海仲裁裁判所裁定、中国の拒否が意味するもの―米専門家論評」(China US Focus.com, July 18, 2016)

米シンクタンクThe Center for the National Interest研究員Jared McKinneyは、7月18日付けのWeb誌、China US Focusに、 "The Philippines v. China: Tragedy and The Hague"と題する長文の論説を寄稿し、南シナ海仲裁裁判所の裁定に対する中国の拒否が意味するものについて、要旨以下のように述べている。

(1)南シナ海仲裁裁判所の裁定は、裁判所が管轄権ありとしたほとんど全ての訴因について、フィリピンの主張を認めた。今後、この裁定は際限のない分析対象になると見られるが、その明らかな特徴は以下の5点である。第1に、いわゆる「9段線」は南シナ海の資源に対する中国の歴史的権利の根拠になるものではない。第2に、裁定によれば、南沙諸島の海洋地勢には「島」といえる地勢はなく、12カイリの領海を有する少数の「岩」が存在するだけで、200カイリのEEZを持つ地勢は存在しない。第3に、中国は、フィリピンのEEZ内に人工島を造成し、中国漁民の操業を認めたことで、フィリピンのEEZにおける権利を侵害した。第4に、中国は、無法にも南シナ海のサンゴ礁や生態系を傷つけた。そして第5に、中国は、裁判の過程における埋め立て活動によって証拠を改ざんした。中国外交部は、予想通り、「裁定は無効で、法的効力はなく、また拘束力を持たない」と簡単に退けた。一部の専門家は、「これまで、国連海洋法条約 (UNCLOS) に関わる案件で仲裁裁判所の裁定に従った国連安保理常任理事国はない」と指摘している。中国の裁定拒否は中国特有のものではなく、大国の一般的な行動といえる。また別の専門家は、中国に裁定受け入れを迫るアメリカの立ち位置の矛盾について、アメリカはUNCLOS加盟国ではないというだけでなく、自国の死活的利益と見なす案件に対する国際法廷の裁判権に大人しく従ったことはないと指摘している。従って、仲裁裁判所の管轄権を認めない中国の行動は、他の大国と異なる行動というわけではない。

(2)しかし、これが問題なのではない。問題なのは、「法に基づく秩序 (a "rules-based order")」といわれるものがあり、アメリカがこの秩序を維持する「保安官」であり、そしてその同盟国はアメリカの法令執行活動を支援する警護団である、という通念である。アメリカは1990年代以降、中国の台頭を懸念し、米主導の秩序を護るために軍事的優越を維持することに力を入れてきた。当時のクリントン国務長官が2010年に南シナ海紛争に対するアメリカの立場を表明し、その後「アジアへの軸足移動」政策が実施されて以来、アメリカは、中国が「アジアで広く支援され、長年に亘って存続してきた法に基づく秩序体系」を冒しているとして、中国の台頭に次第に厳しく対抗するようになってきた。今回の南シナ海仲裁裁判所の裁定は、こうした認識を体系的に示すとともに、新しく力を付けてきた中国が恥知らずにも国際法と国際規範に違背しているという米エリート層の信念を確認したものである。彼らから見て、中国の裁定拒否、そして恐らく予想される南シナ海における埋め立てやその他の建設活動の継続は、中国がアジアにおける「秩序システム」を拒否し、これを覆そうとしている証左となろう。中国は、アメリカとその同盟国から益々、身の程を思い知らしめるべき「ならず者国家 (a "rogue" state)」と見なされるようになるであろう。アメリカの対外政策に関わる者の中には、既に中国に如何に対応すべきかについて、例えば、経済的協力の削減、中国の近隣諸国の強化、アメリカの軍事支出の増大とこの地域への戦力展開の加速などを提言している。こうした「バランシング」戦略の主導者たちは未だアメリカの対外政策の主流ではないが、この戦略では、仲裁裁判所の裁定が、アメリカにとって一種の「レッドライン」として利用される「衆目を集める口実 (a cause célèbre)」となるかも知れない。

(3)米外交政策エリートの現代史に対する認識は、アメリカの過去に対しては盲目で、無頓着であるにも関わらず、中国のあらゆる行動を現在の視点で判断する。アメリカは、現在の中国のように台頭途上にあった時、ハワイ、キューバ、プルトリコそしてフィリピンを征服し、カリブ海を「我らが海」にすることに熱心であった。ジョージ・ケナンは、アメリカが1898年(米西戦争)に領土獲得に熱心であった理由について、「その時代のアメリカ人、あるいは少なくとも有力者の多くは、単純に帝国の雰囲気を好み、その時代の植民地勢力の仲間に入り、遠く離れた南の島に自国の国旗が翻るのを見、海外での冒険と権力行使に快感を覚え、世界の偉大な帝国勢力に一員として日の目を見たいという衝動に駆られていた」と指摘している。対照的に、中国は、中華人民共和国ではなく中華民国に遡る一連の領有権主張を追求している。その主張は新しいものではなく、中国は概ねこの主張を平和裏に追求してきた。中国は、植民地帝国を指向したことはない。それにも関わらず、新興の大国に小国と同様の行動を求める文明という基準によって、中国の行動は非難されてきた。これは理想主義的で、危険でもある。しかし、仲裁裁判所の裁定に書かれていることはまさにこの基準である。国際政治は力による絶対的命令ではないし、そうであってはならない。しかし、実存する力を無視することはできない。E.H. カーは、「政治的諸力が全ての法に先行する働きをすることについて、まず明確に認識しておかなければならない。これらの政治的諸力が安定した均衡を保っている場合にのみ、初めて法は現状維持の擁護者の掌握する道具となることなく、法としての社会的機能を遂行することができるのである。この(政治的諸力の)均衡状態を作り出すのは、法ではなく、政治の役割である」と指摘している。(抄訳者注『危機の二十年』)

(4)仲裁裁判所の裁定は、現状維持の擁護者の掌握する道具となりそうである。今後の展開は、ドゥテルテ大統領の裁量、中国の外交の賢明さ、そしてアメリカの対応にかかっている。もし中国とフィリピンが何処かで妥協に達することができなければ、この裁定は中国が拒否する「法」となる。既に中国は、UNCLOSからの脱退さえ仄めかしている。これまでのどの台頭する大国もこうした「法(裁定)」に従ってこなかったことは承知の事実である。しかし、この「法(裁定)」は現在の規範を全て網羅したものであるが故に、米外交政策エリートにとって、中国が修正主義勢力であるか否かを判断するテストケースとして有用なものになりそうである。アメリカとその仲間は、政治の代わりに法を用いることによって、一方で大国としての国家的威信と地位、他方で受け入れた規範に従って行動するとのコミットメントのいずれかの選択を、中国に強要してきた。中国がこれまでの全ての大国と同じように行動し、従って前者、即ち大国としての国家的威信と地位を選択したとしても何ら不思議ではない。しかしながら、こうした選択は現状維持に対する全面的な拒否と解釈され、抗争の激化を招くことになろう。このことは裁定が持つ悲劇的な側面である。問題の本質は、今後とも中国の行動が公正に判断されることがないであろうということにある。

記事参照:
The Philippines v. China: Tragedy and The Hague

7月18日「南シナ海仲裁裁判所裁定、海洋紛争のゲームチェンジャー」(RSIS Commentaries, July 18, 2016)

国立シンガポール大学准教授Robert Beckmanは、7月18日のS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) のRSIS Commentariesに、"The South China Sea Ruling: Game Changer in the Maritime Disputes"と題する長文の論説を寄稿し、南シナ海仲裁裁判所の裁定は南シナ海紛争のゲームチェンジャーとなろうとして、要旨以下のように述べている。

(1)2016年7月12日の南シナ海仲裁裁判所の裁定が持つ重要性を理解するためには、国連海洋法条約 (UNCLOS) の文脈に照らして検証しなければならない。UNCLOSは、全ての国家の需要と利益を考慮した海洋に関する法秩序を、1つの包括的な条約の中に確立することを意図したものである。UNCLOSは「一括取極 ("package deal")」として審議された。条約立案者は、国際条約としては最も複雑な紛争解決レジームを、「一括取極」の不可分の一部として含めていた。従って、UNCLOSの加盟国になれば、当該国は、国際法廷や仲裁裁判所による最終的な拘束力を持つ裁定に至る、義務的な紛争解決システムに同意したことになる。要するに、UNCLOSは、加盟国間で生じた紛争が話し合いで解決できない場合、紛争当事国のいずれか一方の国が、相手国の合意を得ることなく、国際法廷や仲裁裁判所に対して一方的に訴訟手続きを進めることができる、と規定している。フィリピンは2013年1月22日に仲裁裁判所への手続きを開始している。中国は裁判に参加しないことを決めたが、仲裁裁判所はUNCLOSの規定に従って審議を進めてきた。

(2)仲裁裁判所の裁定は、中比間の紛争の根源は南シナ海におけるUNCLOSの下で認められた権利に関する相互の理解が根本的に異なっていることにある、としている。これこそが問題の本質であるといえよう。中国は、9年間に亘る国連海洋法会議に参加し、1996年にUNCLOSに加盟したが、自国の歴史と文化に照らしてUNCLOSの条項を解釈し、適用してきた。UNCLOSが、各加盟国の歴史や文化的伝統とは無関係に、全ての加盟国によって同じように解釈され、適用される包括的な規則体系の確立を意図したものであるということについて、中国は理解できていなかったようである。例えば、中国は、沿岸国が200カイリEEZ内の全ての生物、非生物資源を開発し、利用できる主権的権利を有するとのUNCLOSの規定を理解しておらず、従って中国の「9段線」が包摂する他国のEEZ内の資源に対する「歴史的権利」主張がUNCLOSに違反しているということを理解していないようである。

(3)フィリピンのEEZを包摂する「9段線」内に対する中国の歴史的権利主張が、フィリピンによる提訴の主たる理由であった。従って、裁定が他国のEEZ内に歴史的権利が及ぶとする考えを退けたことは、フィリピンにとって大きな勝利であった。UNCLOSに従って設置される仲裁裁判所がUNCLOSの解釈とその適用についてのみ管轄権を有しており、主権問題については管轄権を有していないことから、南シナ海の海洋地勢を巡る主権問題については、フィリピンは訴因としていない。従って、仲裁裁判所の裁定は、海洋地勢の主権問題には言及していない。更に、裁定は、「9段線」内に対する中国の歴史的権利主張がUNCLOSに違反するとしたが、「9段線」そのものを違法あるいは無効と決め付けたわけではない。従って、中国は、「9段線」を公式に廃棄する義務はない。

(4)フィリピンが訴因としたのは、中国が占拠する環礁の法的地位とそれが持つ海洋権限に関する両国間の紛争であった。管轄権に関する仲裁裁判所の声明では、裁判所は、対象となる環礁に対する主権主張を考慮することなく、この訴因を審理できると判断した。フィリピンは、中国が占拠している南沙諸島の陸地には「島」はなく、12カイリの領海以上の海洋権限を持たないと主張した。フィリピンは、これらがUNCLOS第121条3項に規定する「岩」であると主張した。多くの専門家は、この問題は仲裁裁判所が直面した最も判断の難しい問題であったと見ている。裁判所は、第121条の文言を詳細に検討し、その結果、南沙諸島の係争海洋地勢には固有のEEZと大陸棚を有する「島」は存在しないと結論づけた。これが裁定の最も注目されるところである。この裁定によって、台湾が占拠する南沙諸島で最大の自然に形成された陸地、太平島 (Itu Aba) さえ、「岩」とされた。

(5)南沙諸島の島嶼は全て12カイリの領海以外の海洋権限を有しない「岩」であるとの裁定のインパクトは、過小評価されるべきではない。この裁定は、フィリピンのEEZ内において重複する固有のEEZを主張できる海洋地勢がないことを意味する。その結果、フィリピンは、最大の鉱物資源の埋蔵が推測される自国沿岸沖のリードバンク(礼楽礁)における石油、天然ガスの排他的開発権を有することになる。この海域は「9段線」内にあり、中国が海洋資源に対する権利を主張していたことから、開発が留保されていた。また、この裁定は、ベトナム、マレーシア、ブルネイ及びインドネシアにとっても大きな意味がある。裁定は、「9段線」内の他国のEEZにおける資源に対して中国は如何なる歴史的権利も有しない、そして如何なる係争島嶼も固有のEEZを有しないとしている。従って、このことは、中国は、UNCLOSの下で、南シナ海沿岸域のASEAN諸国のEEZ内における漁業あるいは鉱物資源を共有する権利を主張する如何なる法的根拠も持たないことを意味する。

(6)また、裁定は、中国が占拠する幾つかの環礁が「低潮高地」であるとのフィリピンの主張を支持した。その結果、これらの「低潮高地」は、領海を有する海洋地勢の12カイリ以内に位置していない限り、主権主張の対象ではなく、また如何なる海洋権限も有しない。裁定は、ミスチーフ礁(美済礁)を「低潮高地」とし、フィリピンのEEZ内にあるとした。従って、フィリピンは、UNCLOSの下で、ミスチーフ礁に対する管轄権を有するとともに、同環における施設の構築や使用などの排他的権限を有する。結果的に、この裁定は、ミスチーフ礁における中国が構築した施設は法的にはフィリピンの管轄管理の下にあると判断したことになる。裁定はまた、セカンド・トーマス礁(仁愛礁)もフィリピンEEZ内にある「低潮高地」であるとした。フィリピンは、同礁に船舶を座礁させて中国の占拠を阻止している。この裁定によって、同礁はフィリピンのEEZ内にあることが確認され、同礁へのフィリピンの補給活動に対する中国による如何なる妨害行為も違法となろう。

(7)中国による人工島の造成とそこにおける構造物の構築について、裁定が何を言い、何に言及しなかったかも重要である。裁定は、

a.第1に、中国の人工島造成が海洋環境の保護義務に違反であると指摘した。

b.第2に、仲裁裁判所に提訴された係争問題を悪化させたことを理由に、中国の建設活動を違法と指摘した。更に、中国の建設活動は、当該海洋地勢の自然環境を破壊した。

c.第3に、注目すべきは、中国が占拠している係争海洋地勢における中国による建設活動が基本的に違法であるとはしていないことである。また、裁定は、中国の占拠海洋地勢における滑走路やその他の施設の建設による南シナ海における中国の現状変更が合法であるか否かについても言及していない。この問題についてはUNCLOSに規定がなく、フィリピンも中国の建設活動が基本的にUNCLOSの規定に反するとは主張していない。

d.第4に、ミスチーフ礁を除いて、中国の占拠海洋地勢による軍事施設の建設が違法かどうかの判断を示していない。

(8)裁定に対する中国の最初の反応は予想外ではなかった。中国は、裁定の正当性を認めず、価値も意味もないものだと決めつけた。しかしながら、実際には、この裁定は「ゲームチェンジャー」となるであろう。裁定は、幾つかの訴因において、UNCLOSが南シナ海における係争問題にどのように適用されるかについて明確にした。加えて、裁定は、南シナ海を含む、海洋における法に基づく秩序を確立する上で、UNCLOSの重要性を全ての関係国に十分納得させるものであった。南シナ海紛争当事国とインドネシアは、この裁定を支持しており、「9段線」内の海域に対する歴史的権利を根拠に、これら諸国のEEZ内の天然資源に対する権利を主張しようとする中国の如何なる企てにも、強固に反対するであろう。

(9)裁定は、南シナ海の当該海洋地勢の12カイリ以内を除く全ての海域において、航行の自由、上空飛行の自由、及び軍事活動を含む、公海の自由が全ての国に認められることを明確にした。このことは、特にアメリカと域内の同盟国にとって歓迎すべきものである。法に基づく海洋秩序を重視する国は、裁定が最終的で拘束力あるものであり、中国も裁定に従うべきであると主張するであろう。しかしながら、こうした主張は、これら諸国がまず自国の主張と行動にこの裁定を反映させなければ、偽善的なものとなろう。専門家は、UNCLOS第121条3項に規定に基づいて、日本やアメリカなどが主張する自国のEEZ内の島嶼が12カイリを超える海洋権限を有しない「岩」である、と指摘するであろう。更に、アメリカがUNCLOSに加盟するまで、中国に対する裁定の受け入れ要求を自制すべきであろう。いずれにしても、この裁定は、法に基づく海洋秩序の今後の発展に重要なインパクトを及ぼすものであり、今後、各国政府内外の法律専門家の論議の対象となろう。

記事参照:
"The South China Sea Ruling: Game Changer in the Maritime Disputes"

7月18日「中国は『行動宣言』の分野別協力を推進すべき―北京大教授」(RSIS Commentaries, July 18, 2016)

北京大学教授Zha Daojiongは、7月18日付のS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) のRSIS Commentariesに、"The South China Sea Ruling: What Now for China?"と題する論説を寄稿し、南シナ海仲裁裁判所の裁定を奇貨として、中国は「南シナ海における行動宣言」の「分野別協力」の推進に力を入れるべきであるとして、要旨以下のように述べている。

(1)南シナ海仲裁裁判所の7月12日の裁定に驚きはなかった。中国政府は、裁定を拒否した。何人もこの裁定を論評することができるが、この裁定は歴史的なものであり、我々はこの機会を利用すべきである。南シナ海に関して等閑視されているのは、「分野別協力」である。中国は、南シナ海とその上空に関する海洋と海事分野における協力を主導すべきである。

(2)2002年11月の中国とASEAN諸国との「南シナ海における行動宣言 (DOC)」の第6項は、「関係当事国は、以下の分野を含む、協力的活動を推進し、または了解する」と規定している。協力分野として、①海洋環境の保護、②海洋科学調査、③海洋における航行と通信の安全、④捜索・救助活動、⑤違法薬物の売買、海賊行為と武装強盗、及び武器の違法取引などを含む、国境を越えた犯罪との闘いが挙げられている。DOC第6項は、その冒頭で「紛争の包括的かつ永続的解決に先立って」と述べている。2004年には、DOC履行に関するASEANと中国の合同作業部会 (JWG) が設置された。JWGの任務は、協力推進のための勧告案を作成することであった。DOC第6項は、「2国間及び多国間協力に関して、その具体的実施に先立ち、関係当事国はその様式、範囲及び場所に関して合意する」と述べている。この文言は、領有権紛争当事国間の協力プロジェクトに伴う国内問題の複雑さに対する認識を反映した、政治的セーフガードと解することができる。国連海洋法条約 (UNCLOS) は、その加盟国に対して、海洋及び海洋関連資源の利用を認めているが、同時にそれらの保護、保全に関して協力することも義務付けている。南シナ海沿岸諸国は全てUNCLOS加盟国であり、従って、他の加盟国との協力を推進する法的義務がある。南シナ海海域は、主権とその他の管轄権主張を巡る紛争に伴う複雑さに加えて、生息海域の破壊とともに、乱獲やIUU(違法、無報告、無規制)漁業が頻発している。特に、IUUは、沿岸域の漁民に直接被害を及ぼすため悪質である。理想的には、漁業に関する分野別協力は、IUUの事例を特定する共通の手法を開発することから始めることができよう。各国の海洋法令執行機関は、外交官や法律専門家と共に協働する必要がある。国連食糧農業機関 (FAO) やその他の専門機関も関係する。例えば、2016年6月に発効した「IUU漁業の防止、抑止及び排除のための寄港国措置条約」の成立を可能にしたのはFAOであった。

(3)今後、北京は、海洋資源の保護、保全とともに、海洋とその上空の利用を安全に推進できる諸計画の実現に重点的に取り組むべきである。そうすることは、必ずしも東南アジア諸国や域外国からの「感謝」の意の表明に繋がるわけではないが、中国を南シナ海の混乱要因として指弾する声を相殺することには資するであろう。

記事参照:
The South China Sea Ruling: What Now for China?

7月18日「南シナ海仲裁裁判所裁定、中国の予想される対応―米専門家論評」(The Interpreter, July 18, 2016)

米CSIS上級顧問Bonnie Glaserは、豪Lowy InstitutionのWeb誌、The Interpreterに7月18日付で、"Shaping China's response to the PCA ruling"と題する論説を寄稿し、南シナ海仲裁裁判所の裁定に対する今後の中国の対応について、要旨以下のように述べている。

(1)南シナ海仲裁裁判所の裁定は、南シナ海を管轄下に置くという中国の野望に痛打を浴びせた。予想された通り、北京は、この裁定を断固拒否し、公式声明や白書などを通じて、自国の立場を繰り返し表明するとともに、南シナ海における中国の利益に対する如何なる挑発にも断固として対応する、と警告した。習近平国家主席は、裁定に対する怒りを表明するとともに、中国共産党は国家主権と領土保全を防衛し、維持すると中国国民に誓約することによって共産党政権の正当性を強調するために、今後南シナ海問題に対する中国のアプローチを再検討するであろう。その結果は、その高圧的で威嚇的な行動様式を一層強化するか、あるいはその南シナ海戦略をより寛容なアプローチに修正するか、のいずれかであろう。

(2)習近平が前者を選び、南シナ海の海空域を管轄下に置くことを目指す中国の努力を加速するならば、域内の緊張は軍事紛争のリスクを伴って激化するであろう。中国は、南沙諸島の人工島の3本の新設滑走路にジェット戦闘機を配備するとともに、人工島の軍事化を加速するであろう。中国は、裁定と国連海洋法条約 (UNCLOS) に違反して、南沙諸島を1つの群島と見なして、その周辺に直線基線を引き、群島内に内水、領海、及びEEZと大陸棚を宣言することもあり得る。更に、中国は、「9段線」が包摂する海域の上空に防空識別圏 (ADIZ) を設定することも考えられる。そして、最も挑発的な対応として、北京は、ルソン島からわずか123カイリにあるスカボロー礁(黄岩島)を埋め立て、新たな軍事拠点を造成する計画を推し進める可能性もある。加えて、中国は、「歴史的権利」を主張する南シナ海の海域における外国漁船の操業やエネルギー資源の開発を、(海警局巡視船や漁業規制の強制などによって)妨害するという不法行為を継続する可能性もある。

(3)あるいは習近平は、裁定の一部を受け入れ、近隣諸国との和解を求めていく方向に、中国の政策を修正していくことをあり得る。例えば、中国は、スカボロー礁の領海内における操業を両国漁民に認める協定について、フィリピンと交渉することもあり得る。中国は4年以上に亘ってフィリピン漁民をこの海域から閉め出してきたが、この協定は真にウィン・ウィンの協定となろう。中国は、リード礁(礼楽礁)における石油・天然ガス開発を妨害しないと、マニラに伝えることもできよう。また、北京は、西沙諸島海域における年次禁漁期間の宣言を中止し、ベトナム漁民に対する妨害行為を自制することもあり得る。更に、南沙諸島で中国が造成した人工島における新たな建設活動を、公共財の提供目的に厳しく制限するとともに、新たな浚渫作業を自制することもあり得る。加えて、中国は、「洋上で不慮遭遇した場合の行動基準 (CUES)」を域内の沿岸警備隊巡視船にも適用する議定書と、法的拘束力を持つ「行動規範 (COC)」との実現に向けて、ASEANと協力することもできよう。

(4)もし北京がアメリカとその同盟国によって追いつめられたと感じるならば、中国は強固な対応に走るであろう。従って、フィリピンは南シナ海仲裁裁判における勝利に謙虚であるべきだし、また他の国が中国に恥をかかせたり、孤立させたりしないことが重要である。中国の「9段線」が無効であると宣言することによって、習近平に屈辱感を抱かせることは、不必要で(また不正確で)ある。仲裁裁判所の裁定は、「9段線」が、UNCLOSの下で認められる海洋地勢に対する主権とそれらが持つ海洋権限とに対する中国の主張を表示するものとして、存続し得る可能性を残した。

(5)ワシントンは、南シナ海における「航行の自由 (FON)」作戦を継続すべきだが、そのタイミングと行動様式は慎重に考慮しなければならない。また、FON作戦は鳴り物入りではなく、淡々と静かに遂行しなければならない。もしアメリカのFON作戦の詳細がメディアにリークされれば、国防省は、FON作戦が航行と上空飛行の自由を維持するための行動で、中国の主権に疑義を呈するものではない、と説明しなければならない。もし北京が時間の経過とともに、UNCLOSの下での「公海の自由」に違反する「過剰な海洋権限」を主張しないことを、その言動において示すようになれば、FON作戦は必要がなくなろう。また、2017年1月に誕生する米新政権は、上院に対するUNCLOS加盟承認を最優先課題としなければならない。法に基づく秩序をアメリカの南シナ海政策の核心に置くことは正しいが、アメリカがUNCLOSに未加盟では、アメリカの道義的権威を損なうことになろう。南シナ海仲裁裁判所の裁定が出されたことによって、南シナ海問題は、挑戦と機会をともに内包した新たな段階に入った。今後、アメリカとその同盟国は、中国の南シナ海政策が隣国との和解と国際法に準拠した方向にシフトできるように、支援していかなければならない。

記事参照:
Shaping China's response to the PCA ruling

7月18日「南シナ海仲裁裁判所裁定、尖閣諸島への含意―米専門家論評」(Lawfare Blog.com, July 18, 2016)

米Marquette University Law School助教Ryan Scovilleは、7月18日付のLawfare Blogに"The South China Sea Arbitration: Implications for the Senkaku Islands"と題する論説を寄稿し、南シナ海仲裁裁判所の裁定が、尖閣諸島に及ぼす含意について、要旨以下のように述べている。

(1)南シナ海仲裁裁判所の裁定における最大の論点の1つは、国連海洋法条約 (UNCLOS) 第121条3項、「人間の居住または独自の経済的生活を維持することのできない」との規定を事由に、南沙諸島の高潮高地を「岩」と見なしたことである。このことは、南沙諸島で最大の島嶼でさえ、EEZと大陸棚を有しない海洋地勢であることを意味する。また、このことは、当該島嶼に対する主権がどの国に属していようとも、その海洋権限は12カイリの領海と12カイリの接続水域より以遠には空間的な広がりを持たず、従って、これまで考えられたものより縮小されたものになることを意味する。この裁定は、南シナ海にとってのみ重要なのではない。その含意は、東シナ海の係争海洋地勢、尖閣諸島の地位にとっても重要である。要するに、UNCLOS第121条3項に対する裁定の解釈と適用は、尖閣諸島が「岩」であることを強く示唆している。このことは、同諸島に対する領有権原主張において優位に立つ日本にとっては不利だが、領有権を争う日中間の緊張緩和には役立つかもしれない。

(2)UNCLOS第121条3項は、「人間の居住または独自の経済的生活を維持することのできない岩は、排他的経済水域又は大陸棚を有しない」と規定している。判例の不足と様々な異なった解釈のために、この規定の意味するところについて、多くの不確定要素があった。しかし、仲裁裁判所の裁定は、類似の事例を「岩」として扱うことで、その多くを解決した。特に、本稿の目的から注目すべきは、裁定が南沙諸島のイツアバ島(太平島、台湾占拠)に対して第121条第3項を適用したことである。裁定が引用する論拠によれば、イツアバ島は、①少人数の人々を支えるのに十分な品質と量の真水の井戸がある、②その植生はヤシ、パイナップル、キャベツ、大根及びサトウキビ畑とともに、ココナッツ、バナナ、オオバコ及びパパイヤの木も点在している、③そして同島の労働者は一時、小規模な酪農を営んでいた。更に、その土壌にはかなりの量のリン酸塩が含有されており、周辺海域は海洋生物の宝庫である。このような環境条件によって、漁民が「比較的長期間」だが、非定住ベースでこの島に居住することができた。更に、日本の企業は、1917年から20年以上に亘りイツアバ島から経済的利益を得ていた。ある企業は、3万トン近くのグアノ(天然肥料の鳥糞)を採掘するために600人の労働者を雇い、その作業を支援するために、同島に寄宿舎、倉庫、診療所、分析室、気象観測所、桟橋及び採鉱用線路を建設した。また別の企業は、約40人の漁業労働者を雇い、同島を周辺海域における漁業の活動拠点としていた。1941年の出版物は、更に2つの別の企業が、同島に「継続的に」居住する、合計130人の人員を雇用していたと記録している。これらは、一定の人間の居住とそこにおける経済活動を維持する要件を構成することを明確に示唆している。

(3)しかしながら、仲裁裁判所は、UNCLOS第121条3項の重要な用語の限定的な解釈によってイツアバ島を「岩」と判断した。何故か。

a.まず「人間の居住」という用語である。仲裁裁判所によれば、これは「居住地の形で当該地勢に留まり居住することを選択した人々の非短期滞在型の居住」を意味し、「単に生き残るためというよりも居住する人々の生活と生命を維持するに十分な環境」を必要とする。言い換えれば、居住とは「当該地勢を本拠地として定住している集団あるいは共同体」による「長期間」に亘る存在を意味する。この基準を適用することで、仲裁裁判所は、イツアバ島は「人間の生存を維持する能力」さえも「明らかに限定的で」あり、歴史的にも定住共同体を形成したことはなく、「漁民のための一時的避難所や拠点として、あるいは採掘や漁業に従事する労働者の滞在地として」利用されてきたと判断した。

b.2つ目は「独自の経済的生活」という用語である。仲裁裁判所は、「経済的生活」とは「資源の単なる存在以上のもの」を意味し、「これらの資源を利用、開発及び分配するための、一定レベルの当該現地における人間活動を必要とする」としている。次に「独自の」という用語は、「当該地勢は、一義的に外部資源の搬入に依存することなく、あるいは現地住民の関与なしに採掘活動のみを目的とした、独立した経済活動を支える能力を持っていなければならない」としている。イツアバ島は、これらの基準も満たすことができなかった。

(4)筆者 (Ryan Scoville) を含め、多くの専門家は、尖閣諸島は「岩」というよりも十分に「島」の資格を有すると見なしていた。しかしながら、最早こうした見解は擁護できないようである。実際、尖閣諸島は、1つの島嶼群としても、その法的地位はイツアバ島と同じか、あるいはそれに近いものであることを示す幾つかの証拠がある。日本の外務省が尖閣諸島の歴史を示す記録資料や学術論文として推奨している文書を時系列的に検討してみると、1800年代後期より以前には、人間が居住していなかった。1890年に日本の企業が、最大の島(魚釣島)に小屋を建て、貝やその他の海洋資源を採集するために約80人の漁民を雇用したが、彼らは季節労働者といえる存在であった。尖閣諸島には別の漁民集団も断続的に滞在していたが、その期間は「2~3カ月間、長くても半年」であった。1893年に魚釣島で座礁した労働者集団は最終的には救出されたが、その間の彼らの食糧は手持ちで島に自生のものではなく、救出された時はそれもほぼ尽きかけていた。1896年に日本政府は、尖閣諸島の一部の島嶼を沖縄の企業家に貸与し、この企業家は、これらの島嶼とその周辺海域でアホウドリの羽、アジサシ、鰹あるいはグアノを採取し、営利を求めて日本本土で販売したり、輸出したりした。1912年前後のピーク時には、248人の労働者がいたが、彼ら個々人は、「新しい領土を開発する開拓者というよりも、特定の仕事に従事する出稼ぎ労働者として雇用され」、「通常1年か半年間という一定期間」だけ「これらの島嶼で生活し、労働することに同意した見返りとして報酬を受け取っていた。」また企業家は、事業を支えるために寄宿舎、倉庫及び作業小屋を建設し、またボートを建造するドッグも建設したが、「個人所有の住宅」は全く存在しなかった。貸与期間の終了以降、これらの島嶼には一時的にしても誰も居住しておらず、現在も尖閣諸島は無人である。

(5)こうした状況は、ほぼイツアバ島に類似しているように思われる。尖閣諸島もイツアバ島も、人間の集団が無期限に生活できるに十分な量の自生の食糧、水または避難所があるようには思えない。また、いずれも、過去にそれらを本拠地とする安定した住民共同体もなかった。更に、採掘活動以外の持続した経済活動もなかった。魚釣島はイツアバ島よりもわずかに大きいが、仲裁裁判所は、島嶼の大きさそのものは無関係と強調している。尖閣諸島周辺には豊富な資源が存在すると見られるが、同じことはイツアバ島にも言える。イツアバ島が「岩」だとすれば、尖閣諸島も同様である可能性が高い。

(6)中国と日本は、尖閣諸島の主権を巡って抗争してきた。それは1つには、尖閣諸島周辺海域の海洋資源と、その海底に鉱物資源の存在があると見られることからである。もし尖閣諸島の主権がEEZや大陸棚を付随する可能性が低いとすれば、両当事国は、それに付随する権限を巡って争う動機が非常に小さくなる。このことは、国際社会にとって、特に両国間の抗争に巻き込まれるかもしれない第三国にとって、歓迎すべきことであろう。しかしながら、多くのアメリカの専門家の見方によれば、尖閣諸島に対する主権を強固に主張してきた日本にとって、仲裁裁判所の裁定は両刃の剣であることを意味する。東京は既に、UNCLOSに基づく裁定に従うように中国に求めており、もし北京がそれを聞き入れるならば、様々な面で利益を得ることになろう。しかしながら、同じこの裁定が、東シナ海における日本の法的権原主張の論拠を実質的に損ねる方向に論議を導くことにもなった。日本はこの問題にどう対応するのであろうか。

記事参照:
The South China Sea Arbitration: Implications for the Senkaku Islands

7月18日「中国、南シナ海の『防空識別圏』を管制できるか」(USNI News, July 18, 2016)

在豪の航空宇宙防衛問題専門のフリーランサー、Mike Yeoは、7月18日付のUSNI Newsに、"Can China Enforce a South China Sea Air-Defense Identification Zone?"と題する論説を寄稿し、中国は南シナ海に防空識別圏を宣言しても、効果的に管制できるかと問い、要旨以下のように述べている。

(1)中国による南シナ海への防空識別圏 (ADIZ) の設定の可能性は、2013年に東シナ海にADIZ設定を宣言して以来、取り沙汰されてきた。南シナ海仲裁裁判所の裁定が出た7月13日、中国の劉振民外務次官は「安全が脅かされれば、ADIZを設定する権利がある」と述べ、再び憶測を高めた。では、中国は、南シナ海のADIZを効果的に運用、管制できるか。南シナ海は海軍南海艦隊の管轄海域となっており、南海艦隊は第8、第9の2個海軍航空師団を指揮下に持ち、両師団ともこの数年、その保有機が旧式のJ-6、J-7及びJ-8戦闘機から、より新型で高性能のJH-7A戦闘爆撃機とJ-11B戦闘機に更新された。両師団とも海南島を基地とする3個航空連隊編成で、内各2個が約24機の作戦機からなる戦闘連隊である。中国が南シナ海にADIZを宣言すれば、ADIZの管制はこれら4個戦闘連隊の担任ということになろう。

(2)JH-7戦闘爆撃機は1990年代に配備された複座型で、2004年に配備されたJH-7Aはその改良型で、JH-7とJH-7AはともにADIZの管制が可能である。第9航空師団第27航空連隊は、海南省楽東に基地を置き、JH-7Aを運用する。楽東基地は、この15年間で大幅に抗堪化されており、2002年の衛星画像によれば、近くの山にトンネルが掘られ、地下格納庫が建設されていた。その後の衛星画像によれば、この地下格納庫は2008年以前に運用可能になったようである。残りの3個戦闘連隊はJ-11B Flankerを運用する。中国は、1991年~2009年に76機のSu-27SK/UBKをロシアから取得し、100機のJ-11Aをライセンス生産した。J-11Bは、Su-27をモデルに中国国産の航空電子機器を搭載した独自の中国製で、2010年頃から配備された。J-11Bの海軍用がJ-11BHで、2010年から戦闘連隊に配備された。J-11BHが最初に配備されたのは海南省加菜に基地を置く第22戦闘連隊で、2014年8月に海南島沖で米海軍P-8A海洋哨戒機に異常接近したのはこの連隊のJ-11BHであったといわれる。第8師団の第24戦闘連隊は海南省加菜に基地を置き、保有機種が2013年~2014年頃に旧式のJ-7EH(MiG-21 Fishbedの中国製改良型)からJ-11BH/BSHに更新された。海南省陵水に基地を置く第9師団第25戦闘連隊の以前の運用機はJ-8 Finback要撃機で、2001年に米海軍のEP-3E Aries II Signals Intelligence (SIGINT) 電子情報収集機に接触し、墜落したのはこの部隊のJ-8要撃機とそのパイロットであった。EP-3Eは陵水基地に強行着陸した。衛星画像によれば、陵水基地は2014年後半から2015年初め頃から、滑走路の延伸、エプロン・スペースの拡大及びシェルターの建設など、改修工事が行われている。また、基地周辺の広大な土地が整地されており、抗堪化した航空機シェルター網が建設される可能性がある。

(3)J-11Bは、南シナ海ADIZを管制する強力な戦力となろう。J-11Bは、10基の空対空ミサイルを搭載でき、機体内部にほぼ10トンの燃料積載が可能で、母基地からの持続的な長距離任務遂行用としてほぼ理想的なプラットホームである。海軍航空兵は西沙諸島のウッディー島(永興島)に海南島基地のJ-11を展開させたが、最終的には、ファイアリークロス礁(永暑礁)、スービ-礁(渚碧礁)及びミスチーフ礁(美済礁)に建設されている滑走路にも定期的に展開することが想定されるが、そうすることで、中国は南シナ海に対する接近拒否能力を獲得することになろう。中国によって造成された人工島の内、例えば、海南島から約675カイリも離れたクアルテロン礁(華陽礁)には高周波対空レーダーを含むレーダー施設が建設されており、これらが完全に稼働するようになれば、南シナ海の他のどの領有権主張国も太刀打ちできない、強力な監視能力を保有することになろう。更に、陵水基地で定期的に目撃されるKJ-200早期警戒管制機の人工島へのローテーション展開は、南シナ海の監視能力を一層強化するであろう。KJ-200は通常、北海艦隊の第2航空師団に所属しているが、南海艦隊に半永久的に配属されているようである。

(4)こうした動向から判断して、中国が南シナ海にADIZ設定を宣言しても、十分運用管制できるであろう。人工島における滑走路の建設や防空能力の強化は、南シナ海の海上とその上空に対する効果的な管制能力の確保を目指す、中国の長期的な接近拒否戦略の一環と見られる。

記事参照:
Can China Enforce a South China Sea Air-Defense Identification Zone?

7月25日「南シナ海仲裁裁判所裁定、その戦略的含意―比専門家論評」(Brookings, July 25, 2016)

比ラサール大学政治学教員Richard Javad Heydarianは、米BrookingsのHPに7月25日付けで、"The day after: Enforcing The Hague verdict in the South China Sea"と題する論説を寄稿し、要旨以下のように述べている。

(1)南シナ海仲裁裁判所の裁定は、中国の拡張主義的海洋権限主張と益々高圧的な態度を厳しく断罪した。国連海洋法条約 (UNCLOS) の規定に基づき設置された仲裁裁判所は、最も厄介で重大な問題、特に中国の「歴史的権利」主張に対してフィリピンに好意的な裁定を下した。フィリピンは、訴因を「主権的権利」と海洋権原主張に巧みに限定することによって、UNCLOSを、南シナ海問題を解決するための「主たる法的参照文献 (a primary legal reference)」とした。予想された通り、中国は、裁定を「無効」とし、「一片の紙くず」として斥けた。中国の主張に反して、UNCLOS第296条(裁判が最終的なものであること及び裁判の拘束力)及びUNCLOS附属書Ⅶ(仲裁)第11条(仲裁判断が最終的なものであること)によれば、裁定は最終的なものであり、拘束力を持つ。従って、中国は条約加盟国として裁定に従う義務がある。しかしながら、問題は裁定の執行を担保するメカニズムがないことで、フィリピンは、法律上の勝利を具現化する困難な闘いに直面している。

(2)裁定は、隣接水域に対する中国の過剰な主張を完全に違法と決め付けているわけではなく、少なくとも国際法の視点からその過剰な主張を劇的に圧縮したものとなっている。まず、仲裁裁判所は、中国の「9段線」の根拠となっている「歴史的権利」の主張は現代法体系、特にUNCLOSに「矛盾する」と裁定した。仲裁裁判所の見解では、「中国が歴史的に当該海域あるいはそこにおける資源に対する管轄権を排他的に行使してきたという証拠はない」ということである。UNCLOSとそれに基づく仲裁裁判所は領有権紛争に対する管轄権を行使できないために、仲裁裁判所は、南シナ海の係争海洋地勢に対する領有権については判断を示さなかった。しかし、裁定は、南沙諸島には自然に形成された「島」―人間の居住と独自の経済生活を維持できる地勢―が存在しないと判断することで、南シナ海に対する中国の過剰な主張を更に縮小した。中国が占拠する大半の海洋地勢は(低潮時には現れるが、高潮時には水面下に隠れる自然に形成された)「低潮高地」で、領有主権の対象にはならないし、また如何なる海洋権原も有しない。中国が占拠するジョンソンサウス礁(赤瓜礁)、ヒューズ礁(東門礁)そしてスカボロー礁(黄岩島)などの地勢は「岩」と裁定され、12カイリの領海を形成するが、EEZを有しない。裁定が中国は南沙諸島で「島」といえる地勢を1個も領有していないとしたことから、南シナ海の係争海域では、フィリピンあるいはその他の全ての領有権主張国(ブルネイ、マレーシア、台湾及びベトナム)は、相互に重複するEEZを有しないことが明らかになった。中国の最南端にある海南省は南沙諸島から600カイリ以上離れている。では、南沙諸島で中国が造成した人工島はどうか。仲裁裁判所の裁定では、人工島は法的に認められないばかりでなく(UNCLOS第60条(排他的経済水域における人工島、施設及び構築物)第8項「人工島、施設及び構築物は、島の地位を有しない。これらのものは、それ自体の領海を有せず、また、その存在は、領海、排他的経済水域又は大陸棚の境界画定に影響を及ぼすものではない」)、UNCLOS加盟国の「義務と両立せず」、「海洋環境を修復不能なほどに傷つけ」、そして南沙諸島の「地勢の自然的条件の証拠を破壊した」とされた。また、裁定は、中国は東南アジア諸国による自国のEEZ内で漁業や沖合の石油、天然ガスの開発に至る主権的権利の行使を妨害することで、「フィリピンの主権的権利を侵害した」ことを明確にした。

(3)裁定は重要な戦略的含意を伝えている。

a.第1に、南シナ海での係争問題に関して中国を国際法廷に訴えることを仄めかしていた、ベトナムやインドネシアなどのASEAN諸国にとって、裁定は勇気づけられる前例となった。日本でさえ、東シナ海問題で中国を仲裁裁判所に提訴することを検討している。中国は、フィリピンのみならず、幾つかのASEAN諸国のEEZ内で海洋資源やエネルギー資源を開発する如何なる主権的権利も有しないことが明確になった。例え中国のどの隣国も実際に法律戦を追求しないとしても、これら諸国は、何時でも複数の国による同じ提訴を仄めかすことで、中国に対して強い立場に立つことになった。

b.これは強力なソフトパワーであり、地域の指導者という中国の主張にとって大きな打撃となろう。もし中国が裁定に応じなければ、マニラは、UNCLOSに基づいて設立された国際海底機構に対して、中国による国際水域の海底資源開発を承認した認可の停止を要請することもできる。また、中国がフィリピンのEEZ内でハイドロカーボンやその他の天然資源を一方的に開発しようとすれば、マニラは、中国に対する追加の仲裁提訴という選択肢も持っている。

c.一方、アメリカ、日本、インド、フランス及びオーストラリアなどの主要海軍国は、中国の人工島―その多くが実際には「低潮高地」に造成された―の周辺海域における多国間による持続的な「航行の自由」作戦を実施する根拠として、この仲裁裁判所の裁定を援用することができよう。これによって、責任ある海軍国は、中国の過剰な海洋権限主張と公海における高圧的な姿勢に対抗することで、少なくとも仲裁裁判所の裁定の一定側面を「執行する」ことができよう。

(4)今のところ、フィリピンの戦略は、今後の中国との2国間対話に向けた取引材料として、裁定を梃子にしようとしているようである。フィリピンがこの法律戦に多大の外交的、政治的努力を傾注しており、従って、北京は仲裁裁判所の裁定がマニラにとってどのような意味を持つかを明確に認識していることから、裁定を「無効」であるとする中国の強硬な立場は、恐らく国内政治向けであろうと見られる。ドゥテルテ政権は無条件の対話を求めており、いかなる2国間対話においても裁定が基礎となると断固主張している。両国の強硬な主張にもかかわらず、2国間対話は水面下で動き始めている。しかしながら、ASEANなどの地域機構の支援を受けた、少なくともアメリカ主導の協調した国際的圧力なしに、中国が妥協するかどうかは定かでではない。

記事参照:
The day after: Enforcing The Hague verdict in the South China Sea

7月27 日「南シナ海仲裁所裁定、中国の言い分―呉士存南海研究院院長」(China US Focus.com, July 27, 2016)

中国南海研究院院長呉士存は、Webサイト、China-US Focusに7月27日付で、"Why China is Right to Say No to the South China Sea Ruling"と題する長文の論説を寄稿し、南シナ海仲裁裁判所の裁定に対して、何故「ノー」というか、中国の言い分について、要旨以下のように述べている。

(1)裁定は何故、不公平で無効か。フィリピンが2013年1月に、南シナ海問題を一方的に仲裁裁判所に提訴して以来、中国は、これを「受け入れず、参加せず」の立場を堅持し、仲裁裁判所にはフィリピンの提訴案件に対する管轄権がないと明確に主張してきた。

a.第1に、国連海洋法条約 (UNCLOS) 第15部(紛争の解決)第1節(総則)によれば、仲裁裁判所が管轄権を行使できる前提条件が成り立たない。何故なら、中比両国は、協議と交渉を通じて南シナ海紛争を解決することに合意しており、第三者に調停を委ねる可能性を排除しているからである。

b.第2に、中国政府は2006年に、UNCLOS第298条に基づいて加盟国に認められた権利に従って、海洋境界画定、歴史的権原、及び軍事活動と法令執行活動を強制的仲裁手続きから除外することを宣言している。フィリピンの提訴は、中国が第三者による調停を排除することを宣言した項目に合致している。

c.第3に、フィリピンの提訴内容は、明らかにUNCLOSの調停と規定の範囲を、そして仲裁裁判所の管轄権の範囲を超えたものである。何故なら、中比両国間の南シナ海を巡る紛争は、実際には、南シナ海の幾つかの島嶼と環礁を巡る領有権と潜在的な海洋境界画定問題であるからである。

(2)国家主権は、国際法と国際関係における礎石である。国家間の法的紛争を取り扱う国際法の基本的原則は、紛争当事者間の同意がなければ、国際司法裁判所 (ICJ) や仲裁裁判所に調停を付託できないということである。中国は、中比両国間の南シナ海紛争の解決を強制的調停手続によって解決することを、フィリピンに対して明示的にも、あるいは暗黙裏にでも同意したことは決してない。実際、中国政府は、最初から「受入れず」の立場を繰り返し表明し、フィリピン政府に対しても初めからこのことを明確に通告していた。このような状況下で、仲裁裁判所は、強引に仲裁手続きを進め、その管轄権を不当に拡大し、事実認定と法の適用において明らかな間違いを冒した。更に、仲裁裁判は、フィリピンが提供した粗末で未検証の証拠を一方的に採用し、例えば台湾のNGOが提出した意見書などの、中国側に立つ関係者が提出した証拠を厄介払いし、完全にフィリピンに偏った、そして管轄権を乱用した、公正さに欠けた裁定を下した。このような裁定は無効であり、中国の「受入れず、承認しない」という公式な立場はこの「裁定」が中国に対して何らの拘束力も持たないことを意味していることは明らかである。

(3)国際法廷の判決や仲裁裁定の歴史を見れば、中国は、それらの判決や裁定を「履行しない」と宣言した最初の主権国家ではない。アメリカは、1986年の「ニカラグア事件」において、ICJの管轄権と判決を拒否する先例を作った。この事件は、ニカラグア政府の転覆を狙いとして、ニカラグア領内でアメリカが遂行した軍事及び準軍事活動に対して、ニカラグア政府がICJにアメリカを提訴したものである。ニカラグア政府は、アメリカもICJの管轄権を義務的なものとして受諾する強制管轄受諾宣言を行っていることから、ICJに管轄権があると主張した。アメリカは管轄権に関する審理の段階でICJの管轄権に異議を唱えたが、ICJは、管轄権と受理可能性に関する裁決によってこれを却下した。これに対して、アメリカは、訴訟プロセスへの継続的参加を拒否し、1985年10月にICJの強制管轄受諾宣言から脱退した。アメリカの脱退後、ICJは訴因の審理を継続し、最終的な判決でアメリカは敗訴した。以来、アメリカは、ICJの判決を認めず、その執行を拒否してきた。

(4)ここで、アメリカの公式な立場が、国際的調停に従うより、むしろ国内法を遵守する立場に立っていることを、想起する必要がある。

a.第1に、アメリカは、ICJの判決を遵守するのが通例だが、特に当該紛争が高度に政治的で、「政治問題化される」ものについては、重要な例外であると主張した。ニカラグア事件は、「高度に政治問題化したレーガン大統領の中米政策」に関わるものであり、従って、司法判断で解決できる問題ではない。

b.第2に、アメリカは、ICJがその管轄権の有無を判断する権限を保持しているとすることについては、国際社会におけるコンセンサスが確立していないと主張した。「国際司法裁判所規定」第36条第6項では、「裁判所が管轄権を有するかどうかについて争いがある場合には、裁判所の裁判で決定する」と規定している。しかし、アメリカは、国連安保理に提出した声明文の中で、「『国連憲章』と『国際司法裁判所規定』の成立の歴史過程、そして国際司法裁判所と安保理事会及び加盟国による一貫した解釈から見ても、ニカラグア事件に対する国際司法裁判所の管轄権の主張とその法的権限は、法的にもあるいは事実関係においても根拠がないことは十分に明らかである」と指摘した。

c.第3に、アメリカは、国際司法機関は政治紛争や軍事紛争に対して何らの管轄権も持たず、ニカラグア事件は政治的事件あるいは軍事活動に関連するものであり、従って、「国際司法裁判所規定」によれば、このような事件はICJの管轄権の及ぶ事件ではないと主張した。

d.最後に、アメリカ、英国及びその他の西側諸国は、当該紛争の政治的属性を故意に無視し、当該紛争をいわゆる「法的紛争」として意図的に「包み込む」というやり方は著しい背信行為であるとすることに合意した。アメリカは安保理に対する声明文の中で、「ここで最も重要なことは、これが単なる法律問題ではないことである。我々は、ICJの判決によって覆い隠された中米情勢の実態から目を背けることはできない。ICJはこのような判決を下す管轄権もなければ、法的権限もない」と主張した。英国は、このアメリカの立場を支持し、ニカラグアの背信行為を非難した。

(5)アメリカのような大国だけが国際司法機関の管轄権を拒否したわけではなく、中小国家でも、それが自国の国益を大きく害する時には、それを拒否した。いずれにしても、ここでも、中国は、仲裁裁判所の裁定を拒否した最初の国ではない。例えば、ICJの強制管轄権を認めた1948年の「ボゴタ憲章(米州機構憲章)」の加盟国、コロンビアとニカラグアの事件では、ICJが2012年11月、西部カリブ海の7つの係争島嶼に対するコロンビアの主権を認める一方で、ニカラグアに対して7つの係争島嶼の周辺海域と海底の大部分に対する管轄権を認めるという、ニカラグア優位の判決を示した。この事件における海洋境界画定に関するICJの判断は強く非難された。判決後、コロビンアは、アメリカとニカラグア事件で示したアメリカの先例に倣い、「ボゴタ憲章」から脱退した。コロンビアのサントス大統領は声明で、「領域と海洋境界は条約によって画定されるべきであり、ICJの判決によってではないというのが、コロンビアの至高の国益であり、法的伝統である」と指摘した。更に、最近の「アークティック・サンライズ号」事件も、ロシアが国際海洋裁判所 (ITLOS) の暫定措置命令を拒否した事件として、しばしば言及される。この事件は、北極海でロシアがグリーンピースの「アークティック・サンライズ号」に乗り込み、船舶を拘留し、船員を逮捕監禁したことに対して、オランダが2013年10月にITLOSにロシアを提訴した事案である。ロシアは、UNCLOS第298条に基づき、軍事活動は強制的仲裁手続きから除外されると宣言して、仲裁手続きへの参加を拒否した。ロシアは、暫定措置命令が出された後、命令の受け入れを拒否するとの声明を出した。

(6)これらの事例は、いずれの国家も、自国の意に反する国際法廷の管轄権や裁定を受け入れる意志がないことを示している。特に、こうした管轄権や裁定が、自国の重大な政治問題や国益に関わる場合はそうである。また一方で、これらの事例は、中国が特に領有権紛争や海洋境界画定問題に関して、第三者の調停を受け入れないと決定したことが、正当であったことを証明している。南シナ海紛争は単純な法律問題ではない。この問題は、一方において歴史、法律、国際関係そして地政学的問題であり、同時に領有権と海洋管轄権に関わる複雑な紛争でもある。明らかに、こうした複雑な紛争は、間違った裁定では解決できない。裁定を「受け入れず、認めない」との中国の立場は、このような「一片の紙くず」が中国の南シナ海における領土主権と海洋権益に如何なる負の影響を及ぼすことも許さず、また中国とASEAN諸国との関係、そして中国と紛争当事国との2国関係にも負の影響を与えることをも許さない、ということを意味する。

記事参照:
Why China is Right to Say No to the South China Sea Ruling

7月29日「南シナ海仲裁裁判所裁定、『外洋群島』にとっての含意―シンガポール専門家論評」(China US Focus.com, July 29, 2016)

シンガポール国立大国際法センター研究員Tara Davenportは、Webサイト、China-US Focusに7月29日付で、"The Implications of the Award's Reasoning on Offshore Archipelagos"と題する長文の論説を寄稿し、南沙諸島を1つの「集団」と見なして海洋権限を主張できるとする議論を明確に否定した裁定は極めて重要な意味を含んでいるとして、要旨以下のように述べている。

(1)南シナ海仲裁裁判所の裁定は、中国の「9段線」内の海洋権利主張の大部分を無効とし、南シナ海紛争の根幹をなす法的側面を不可逆的に変質させた。仲裁裁判所は、1,203項目に及ぶ裁定全文の大部分を費やして、例えばEEZ体制と歴史的権利の併存可能性や、「岩」の定義など、幾つかのより議論のある問題を取り扱っている。従って、南沙諸島を1つの「集団」と見なして海洋権限を主張できるとする議論を仲裁裁判所が明確に否定した、裁定第571項から576項までの6つの項目を見落としがちである。裁定における理由付けは簡潔だが、裁定におけるこの判断は、南シナ海紛争の当事国間と域外国との将来の相互関係を不可避的に左右する極めて重要な意味を含んでいる。

(2)一般的に、群島あるいは多島海は、3つに類別できる。第1は、沿岸域群島 (coastal archipelagos) で、(例えば、ノルウェー、フィンランド及びアイスランドの沿岸域を含む)沿岸域の一部と見なし得る本土に近接した群島からなる。第2は、国家の全域が(例えばインドネシア、フィリピン、フィジー及びモルディヴ)のように海洋で群島を形成している海洋群島 (mid-ocean archipelagos) である。第3は、(例えば、デンマーク領フェロー諸島とエクアドル領ガラパゴス諸島のように)本国沿岸域から遠く離れた海洋にあって、沿岸域の一部を構成すると見なすことができないが、大陸国家に属する(また、属領群島とも呼ばれる)外洋群島 (offshore archipelagos) である。

(3)群島は、常に国際法上の問題となってきた。伝統的に、個々の島が有する海洋管轄域は、国連海洋法条約 (UNCLOS) 第5条に規定される、島の海岸線の湾曲部の低潮線を基線として測定される。一方、群島は、島の集団とそれらの周辺水域が密接に関係しているために、個々の島とは別の処置を必要とした。UNCLOSの交渉では、群島は最も外側の島の最も外側の諸点を結ぶ直線の基線を引くことによって1つ集団と見なすべきである、と主張された。しかしながら、これによって個々の島の周辺海域が内水として閉鎖水域となることから、群島を1つの集団と見なすことは航行の自由を不当に妨害することになるとの懸念が、海洋国家から提起された。最終的にUNCLOSには、群島国家と海洋国家の利害関係の均衡を図る条項が挿入された。

a.第1に、沿岸域群島は、沿岸域の至近距離に一連の島がある場合、そして他の条件をも満たせば、直線基線を引きことができるとする、第7条に依拠することができる。

b.第2に、UNCLOS第4部によれば、海洋群島は、これら群島が第46条の定義に合致するならば、第47条に規定する一定の厳しい条件に従って、群島の最も外側にある島の諸点を結ぶ直線の群島基線を引くことができる。群島の直線内の水域は、外国の船舶や航空機の通過を認める群島国家の主権が及ぶ群島水域と見なされる。

c.外洋群島については、UNCLOSは、大陸国家の外洋群島について明確に規定していない。UNCLOSの交渉では、外洋群島に関する文言は交渉草案から削除された。

(4)中国は、南沙諸島を取り囲む直線基線を公式には主張してこなかった。この問題に関して、仲裁裁判所は最終的に、南沙諸島が1つの集団として海洋権原を有することはできないとのフィリピンの主張に同意した。

a.第1に、中国(またはその他の如何なる当事国も)は、UNCLOS第47条に従って南沙諸島を取り囲んで直線の群島基線を引く権利がない。中国は、群島国家ではなく、しかも南沙諸島の内側の水域と陸地の比率が第47条の1対1から9対1の間までとする条件をはるかに超えている。

b.第2に、仲裁裁判所は、中国(またはその他の如何なる当事国も)は第7条に依拠して南沙諸島を取り囲む直線基線を引くことができるとの主張を拒否した。裁判所は、海岸線が深く湾入したり、侵食されたりした場所に、あるいは群島が海岸線に至近の距離にある場合に、第7条に従って直線基線を引くことができるが、南沙諸島はこれに当たらないと判断した。

c.最後に、仲裁裁判所は、中国(またはその他の如何なる当事国も)は一般的な国際法によって南沙諸島を取り囲む直線基線を引くことも認められないと判断した。UNCLOSはその他の地理環境下での直線基線の使用を明確には排除していないが、第7条は、第46条及び第47条に規定される条件とともに、群島国家の基準を満たさない外洋群島に関して、直線基線を適用する可能性を排除している。一部の国家は自国の外洋群島に対して群島基線に類似した効果を持つ群島基線を採用しているが、このことは、UNCLOSの明文規定から離れることを容認する、慣習国際法の新たな慣行になっているとの如何なる証拠もない。

(5)中国が今後、南沙諸島の全ての海洋地勢を取り囲む、あるいは南沙諸島集団内で近接して存在する主要島嶼を取り囲む直線基線を引くかもしれないことを示唆する、幾つかの兆候がある。裁定公表後に出された中国政府の声明は、①中国は南沙諸島と西沙諸島を含む南シナ海諸島に対する主権を有する、②これら諸島は内水、領海及びと接続水域を有する、③これら諸島はEEZと大陸棚を有する、④中国は南シナ海において歴史的権利を有する、と宣言している。裁定は、外洋群島がUNCLOS第7条に規定する条件を満たさなければ、あるいは第46条と第47条の群島基線の条件を満たさなければ、当該外洋群島は直線基線を引く権原を有しない、と明確に述べている(第575項)。南沙諸島はいずれの条件をも満たしておらず、また直線基線を認める慣習国際法はない。裁定を無効とする中国の言明は何ら法的効果も持たず、裁定は最終的なもので、当事国を拘束するものである。しかも同じように重要なことは、国際司法裁判所規定第38条の規定(1項d)により、法則決定の補助手段として、この裁定を適用することができるということである。もし中国が南沙諸島を取り囲む、あるいは南沙諸島集団内で近接して存在する主要島嶼を取り囲む直線基線を宣言し、それに基づいて海洋権限を主張しようとするなら、この裁定は中国にとって大きな難題となろう。この裁定によって、他の当事国は、南沙諸島を取り囲む直線基線は国際法違反と主張することができる。また、中国による直線基線の宣言は、南沙諸島を中国の閉鎖的な内水とすることになり、特に航行の自由を主張するアメリカと対立を招くことになろう。従って、中国は、直線基線の宣言の合法性に関してだけでなく、すでに不安定な状況にある地域情勢に及ぼす長期的な影響についても慎重に考慮しなければならないであろう。

記事参照:
The Implications of the Award's Reasoning on Offshore Archipelagos

【補遺】旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

1. New FAS Nuclear Notebook: Chinese Nuclear Forces, 2016
Federation Of American Scientists, July 1, 2016
By Hans M. Kristensen and Robert S. Norris

2. The U.S. and Japan May Literally Start a War over Rocks in the South China Sea
The National Interest, July 2, 2016
Eric Hyer, Eric Hyer is an associate professor of political science and Asian Studies at Brigham Young University.

3. China's Blueprint for Sea Power
China Brief, The Jamestown Foundation, July 6, 2016
By Dr. Andrew S. Erickson, Professor of Strategy in, and a core founding member of, the U.S. Naval War College's China Maritime Studies Institute.

4. ReCAAP2016年上半期報告書
ReCAAP ISC, July 11, 2016

5. THE SOUTH CHINA SEA ARBITRATION (THE REPUBLIC OF THE PHILIPPINES V. THE PEOPLE'S REPUBLIC OF CHINA)
The Hague, 12 July 2016
PRESS RELEASE
AWARD

Tribunal Issues Landmark Ruling in South China Sea Arbitration
Lawfareblog.com, July 12, 2016
Robert Williams is Executive Director of the Paul Tsai China Center, as well as Senior Research Scholar and Lecturer in Law at Yale Law School

6. Tribunal Rules: China's South Sea Claims Don't Hold Water
The National Interest, July 14, 2016
Andrew S. Erickson, a professor of strategy at the Naval War College and an Associate in Research at Harvard's Fairbank Center.

7. Joint Operating Environment 2035: The Joint Force in a Contested and Disordered World
Defense Technical Information Center (DTIC), U.S. DOD, July 16, 2016

8. The curious case of Okinotori: reef, rock, or island?
PacNet, Pacific Forum, CSIS, July 18, 2016
Dr. June Teufel Dreyer is professor of Political Science at the University of Miami

9. India and China at Sea: A Contest of Status and Legitimacy in the Indian Ocean
The National Bureau of Asian Research, July 2016

10. The Case for Offshore Balancing: A Superior U.S. Grand Strategy
Foreign Affairs.com, July/August, 2016
By John J. Mearsheimer and Stephen M. Walt
JOHN J. MEARSHEIMER is R. Wendell Harrison Distinguished Service Professor of Political Science at the University of Chicago.
STEPHEN M. WALT is Robert and Renée Belfer Professor of International Affairs at the Harvard Kennedy School.

11. Thinking strategically on the Pacific Islands
PacNet, Pacific Forum, CSIS, July 27, 2016
David W. Hamon, an independent international security analyst and a non-resident fellow at Pacific Forum CSIS.

12. War with China: Thinking Through the Unthinkable
RAND, July 28, 2016
David C. Gompert, Astrid Stuth Cevallos, Cristina L. Garafola


編集・抄訳:上野英詞
抄訳:秋元一峰・倉持一・高翔・関根大助・向和歌奈・山内敏秀・吉川祐子
※リンク先URL、タイトル、日付は、当該記事参照時点のものです。