海洋安全保障情報旬報 2016年5月21日~31日

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5月22日「海を巡る2つの歴史的考え方とその今日的意義―米専門家論評」(The Diplomat, May 22, 2016)

在ワシントン法律事務所The Wicks Groupのパートナーで国際法専門家、Roncevert Ganan Almondは、5月22日付のWeb誌、The Diplomatに、"Lords of Navigation: Grotius, Freitas, and the South China Sea"と題する論説を寄稿し、南シナ海仲裁裁判所の裁定を前に、海に関する歴史的理論を振り返って見ることも重要であるとして、GrotiusとFreitasの海に関する理論を取り上げ、要旨以下のように述べている。

(1)16世紀末にオランダが台頭し、15世紀末からのアジアにおけるポルトガルの海洋覇権に挑戦するようになる。そして1603年に、オランダの東インド会社が現在のシンガポール近海でポルトガルの武装商船、Santa Catarina号を拿捕する事件が起こった。東インド会社に雇われた若き法律家、Hugo Grotiusは、当該船舶とその積荷は戦利品と見なされると主張した。Grotiusは、1609年に匿名で『自由の海 (Mare Liberum)』を著し、当時ヨーロッパで正当とされていた慣行に挑戦状を突きつけた。それに対し、ポルトガルの修道士、Serafim de Freitasが1626年の著書『アジアにおけるポルトガル人の正当な支配について (De justo imperio Lusitanorum Asiatico)』で、海洋に対する管轄権を提唱した。最終的にはGrotiusの海洋の自由論が勝り、今日の国連海洋法条約 (UNCLOS) に体系化された。しかしながら、Freitasの主張もまた、現代における沿岸国による接続水域やそれを越えた排他的経済水域、そしてその海底に対する主張に影響を及ぼした。Grotiusによれば、航行と交易の自由は不可侵の自然権である。反対に、Freitasは、交易と航行の権利は自然権ではなく、これらの権利は人為的なものであり、従って、主権国家は自国の市場や領域へのアクセスを規制できると主張した。Freitasによれば、Grotiusは、①無害通航、②緊急必要時における通航、③無制限通航の区別をしていない。主権国家の法律は最初の2つの事例を認めており、拒否は戦争の要因となり得る。しかしながら、3つ目の事例については、国家は、特に自衛措置を理由に、外国との交易やアクセスを拒否する主権的権利を持つ。

(2)Grotiusの見解によれば、航行と交易の自由は公海が持つ特有の性質に基づくものである。本来、海は占有することができない共有物である。故に、海は発見、占有そして慣行によって保有を正当化したり、譲渡したりできない。従って、海の利用が共通の権利に由来するが故に、海の利用から私権が生じることもない。Grotiusは、航行の自由について、「船舶の航行がその航跡以外の如何なる法的権利も後に残さないということは、誰でも知っている」と述べている。更に、ポルトガル人は海を最初に発見し、占領したと主張することができないとして、Grotiusは、ポルトガル人の到着以前に、アジアの人々がその沿岸に続く海を知らなかった想定することは不自然であると指摘している。仮に海の占有が可能であったとしても、例えば、占有者は、①太古以来の海の占有者であり、②この間、他の如何なるものも例外なく占有権を行使するのを阻止されてきた、といったことを証明しなければならない。Grotiusによれば、ポルトガルの場合は要件が不十分であり、ポルトガル人の到着から100年の期間を見ても、オランダ人、イギリス人、フランス人がしばしば武装船で東インド海域にアクセスし、航行することで、如何なる潜在的な占有主張も無視してきた。Grotiusは、海の一部が占有の対象となるとすれば、この占有は他から認められるもので、海の共通の利用を妨げない限りにおいてのみ可能であることを認めている。彼は、海を公海、沿岸水域、入り江そして湾に区分し、沿岸国がどこまでの水域を物理的に防衛でき、効果的な管轄権を行使できるかを考えた。そして例えば、アドリア海の場合、ベネチアはその長い海岸線にそって管轄権を行使できたといえるが、ポルトガル人とその広大な東インド海域については同じことはいえない、と結論づけた。

(3)Freitasは、「自由の海」に対して、国家の法律による海の合法的な取得を説明するために、「準所有 ("quasi-possession")」という概念を提起した。彼はまず、ローマ法に対するGrotiusの解釈に疑問を呈し、海は共有財産と見なされるが、それでも皇帝の支配下にあると説いた。彼は、海とその資源が実際には有限で、無差別の利用よって損害を受けることから、自然法も海の排他的な所有を促していると説明した。また、Freitasは、Grotiusが効果的な管轄権を認めていることに対して、支配権を行使する主権国家の実際のパワーに制約があることから、海の広大さは部分的占有にとって完全な障害にはならなかったと主張した。彼は、歴史的先例として、アドリア海に対する排他的管轄権を主張したベネチアを挙げている。アジアにおいても、自国領土に接した水域における航行と漁業権に対して管轄権を主張する沿岸国によって、自由の海は規制されてきた。Freitasは、「我々は海に対する主権を認めないが、海の保護と海に対する管轄権は主権国家に属する」と述べている。もし海が航行することによって「準所有」ができ、主権国家の管轄権に置くことができるとすれば、主権国家の法律に基づいて、海は、特に太古以来の発見、占有あるいは慣行によって取得できることになる。彼は、この所有権の主張の論拠は所有海域を排他的に維持する当該国家の実際の物理的な支配力と意志である、と主張した。意志は、明確な宣言や特別な資格(称号)によって(外国船舶の使用禁止などの)措置を通じて示すことができる。

(4)Freitasは、ポルトガル人がそれぞれの方法を活用してきたと見ている。第1に、cartazes(安全通行権)システムによって、ポルトガルは航行の権利に対する準所有を実効化しようとした。第2に、ポルトガル王マヌエル1世は、「エチオピア、アラビア、ペルシャそしてインドなどの征服、航海、通商の支配者」との称号を通して、東インド諸島への航路を占有し、支配する意志を鮮明にした。第3に、ポルトガルは、広大な支配領域を継続的にローマ教皇に献上することによって至上の称号を下賜されてきた。Freitasによれば、太古以来の占有あるいは慣行に対するポルトガルの主張はローマ教皇マルティヌス5世(1417年)による下賜に始まり、そしてこの称号は、ヴァスコ・ダ・ガマなどのポルトガル人航海者による海の実質的な支配を通じて裏付けられてきたという。

(5)今日、中国とアメリカは、400年前のポルトガルとオランダのように、アジアの海の支配を巡って抗争している。中国は、南シナ海のほぼ全域を網羅する「9段線」地図で示した海域に対して、「議論の余地のない主権」を主張してきた。この主張の根拠は何か。発見、占有そして慣行に関する北京の主張は、Freitasの考えに似通っている。北京は、「南シナ海での中国の活動は2000年以上の昔に遡る。中国は、南シナ海諸島を発見し、命名し、その資源を調査し、開発してきた最初の国であるとともに、これら諸島に対する主権的権利を継続的に行使してきた最初の国でもある」と主張している。更に、北京は、埋め立てによる土地造成から新しい権利を主張することさえしている。他方、アメリカは、オランダ人の主張に従って、公海は全ての国に開かれたものであり、どの国も主権を主張することができないとの立場であり、更に人工構造物は主権的権利を創出しないとしている。例え南シナ海に対する歴史的主張が成立するとしても、そのためには、ワシントンは、①歴史的権利の開かれた、そしてよく知られた効果的な行使、②歴史的権利の継続的な行使、③歴史的権利の行使に対する他国の黙認、という要件が伴っていなければならないと主張する。北京が、特に「屈辱の世紀」と自称する期間、海洋に対する支配はいうまでもなく、自国本土に対する効果的な支配権さえ行使していなかった事実を考えれば、2000年に及ぶ支配という中国の主張を裏付けるハードルは高いといえよう。

(6)GrotiusとFreitasの論争は、海洋利用における基本理念の発達が直線的に進展してこなかったことを思い起こさせる。いずれの主張も、原則を掲げてはいるが、政治的方便を受け入れてきた。この両者の論争問題が再び顕在化したということだけは間違いない。南シナ海を巡る論争は、既存の海洋秩序に対する重要な挑戦を意味する。UNCLOSと自由な海が死文化してしまったのかどうか、今や、国際社会はその判断を迫られている。

記事参照:
Lords of Navigation: Grotius, Freitas, and the South China Sea

5月24日「北極で後れをとるアメリカ、砕氷船建造が課題―米誌」(Foreign Policy, May 24, 2016)

米誌Foreign Policy(電子版)は、5月24日付で"U.S. Falls Behind in Arctic Great Game"と題する長文の論説記事を掲載し、世界的な砕氷船建設ブームの中で、アメリカは取り残されつつあるとして、要旨以下のように述べている。

(1)アメリカは、海氷の溶解によって石油採掘、新しい航路と観光船旅ルートの開発そして軍備競争が激しくなっている北極海情勢に対応するために、砕氷船建造努力を加速しようとしている。ロシアや中国など、多くの国で、新世代の砕氷船が建造されつつある。アメリカでも、5月24日に上院歳出小委員会で新たな砕氷船建造にために10億ドルの支出が認められた。最終的に議会で承認されれば、建造費がほぼ賄われるが、完成までには少なくとも10年を要する。砕氷船隊を運用する米沿岸警備隊は、北極と南極での任務遂行のためには、6隻の大型砕氷船を要すると主張してきた。気候変動に関する米海軍タスクフォースの創設者、David Titley退役海軍大将は、「北極が地政学的にも、また環境面でも急激でダイナミックな変動期にある時期に、北極圏国家であるアメリカが砕氷船能力で後れをとっていることは不幸なことである。かかる変動期にあって砕氷船能力は極めて有効はヘッジ戦略だが、アメリカの能力は非常に限定的である」と述べた。

(2)アメリカ以外の他の多くの国では、両極から遠い国も含め、砕氷船能力の強化に努めている。世界最大の砕氷船隊を持つロシアは、原子力砕氷船を含め、新たに10隻以上の砕氷船を建造している。中国は、2隻目の砕氷船を進水させたばかりで、更に3隻目を建造中である。フィンランドは、世界で初めて砕氷能力を持つLNGタンカーを建造中である。韓国の造船所でも、北極圏における天然ガス開発ブームを見込んで、砕氷能力を持つLNGタンカーを建造している。ノルウェーとオランダは、砕氷能力を持つクルーズ客船を建造している。更に、フランス、英国、チリそしてオーストラリアなどは、南極大陸で運用するために新しい砕氷船を建造している。また、アルゼンチンは、極地能力を回復するために、唯一の砕氷船を改修したばかりである。こうした砕氷船建造ブームは、主として北極海の海氷の急速な溶解による環境変化に対応するためである。地球の頂点の海に解氷域が拡大する状況に対して、特に中国は新しい航路に注目している。北京は最近、カナダ経由で北西航路による輸送を促進する意向を表明したが、中国海運大手、中国遠洋運輸集団 (COSCO) もシベリア経由の北方航路の利用拡大を計画している。また、北極海の海氷の急速な溶解は新たにクルージング市場を生み出しており、2016年夏には、クルーズ客船が初めて北西航路経由で、アンカレッジからニューヨークまで運航される。

(3)しかし、アメリカは砕氷船能力では後れをとっている。現在、退役船齢に近づいている大型砕氷船と中型の砕氷船を各1隻保有しているだけである。現在、北極海の急速な海氷の融解によって、北極圏の地理戦略的な重要性が高まるにつれ、アメリカも砕氷船の必要性に対する認識を高めてきている。しかしながら、現有の2隻を更新して、2隻の新しい砕氷船が新造されても、沿岸警備隊が求める6隻には不足する。Paul Zukunft沿岸警備隊司令官は、「我々は現在でも脆弱な状態にあるが、時間が経つ程、脆弱性が強まるばかりである」と述べている。議会には海軍が砕氷船建造を支援すべきとの声もあるが、海軍は、砕氷能力はその任務にあらずと主張している。海軍の原子力潜水艦は何時でも北極海を通航できる。海軍広報官は、「海軍の原潜は大西洋と太平洋の間の通航ルートとして北極海を定期的に利用しており、これによって任務遂行能力と戦力展開における柔軟性が大いに高められる。この種の任務を遂行できるのは原潜だけである」と述べている。

(4)要するに、予測し得る将来において、アメリカもそして恐らくカナダも北極圏における能力不足を痛感することになろう。その間、アメリカの北極海水域を哨戒し、石油の流出や海氷の中で立ち往生するクルーズ客船に対処し、そしてベーリング海峡を通航する輸送船を護衛する任務は、老朽化しつつある2隻の砕氷船に依存せざるを得ないであろう。

5月27日「ロシア海軍、2017年から空母改修」(US Naval Institute News, May 27, 2016)

(1)ロシアのタス通信の報道によれば、ロシア海軍が保有する唯一の空母、Admiral Kuznetsovは2017年のある時期から2~3年間、改修のためドック入りし、航空機の発着艦システムを強化する。消息筋は、「改修作業は、Admiral Kuznetsovが地中海への長期展開から2017年の第1四半期に帰国してから、2~3年かけて実施される。改修作業の重点は、飛行甲板で、表面の張り替えや、アレスティングギアの交換、発艦システムの装置などの改修が行われる」と語った。

(2)1990年に就役したAdmiral Kuznetsovは、ロシアが保有する唯一の空母で、搭載航空団は、Su-33 Flanker、MiG-29K/KUB Fulcrum各戦闘機、Ka-27、Ka-31及びKa-52K各ヘリで構成される。

(3)ロシア国防次官によれば、ロシアは、2025年頃に新空母の建造を開始することを検討している。

5月30日「日印安全保障パートナーシップの重要性―インド人の視点から」(RSIS Commentaries, May 30, 2016)

米The Brookings Institutionの在ニューデリー、インドセンター研究員Dhruva Jaishankarは、シンガポールのS.ラジャラトナム国際学院 (RSIS)のRSIS Commentariesに5月30日付で、"India and Japan: Emerging Indo-Pacific Security Partnership"と題する論説を寄稿し、日印安全保障パートナーシップの重要性について、インド人の視点から要旨以下のように述べている。

(1)アジアにおける米中抗争が激化する中、日本とインドは安全保障面で粛々と協力体制を強化してきた。日印間の安全保障協力は、主として中国に対する共通の懸念によって促進されてきたものであり、域内のパワーバランスを維持する上で重要な役割を果たすことになろう。日印両国は共に中国との領土紛争を抱えている。こうした状況に対応して、日印両国は、外交安全保障政策の抜本的な改革に取り組んできた。日本では安倍政権下で、防衛庁が防衛省に格上げされ、国家安全保障会議や防衛装備庁が創設されるなど、国家安全保障政策の強化が進められている。日本にとって、特にシーレーンの安全確保や潜在的な武器輸出先という点からインドの存在は重要である。他方、インドのモディ政権は、外交政策に力を入れており、アメリカとの関係強化を進め、「アジア太平洋インド洋地域における米印合同戦略ビジョン」について合意した。またモディ政権は、インド洋周辺諸国との関係強化や、韓国、モンゴルそしてオーストラリアなどの東アジア諸国との関係強化も促進してきた。インドにとっても、日本との関係は、アメリカ・日本・インドの合同海軍演習や、インド・日本・オーストラリア三国対話といった、「少数国間」の安全保障対話やインド太平洋地域での合同軍事演習を実施する上で、不可欠のパートナーとなっている。

(2)歴史を振り返れば、日印安全保障関係は3つに時代区分できよう。第1期は1998年のインドの核実験以後の国交正常化を含む、2003年~2006年の「グローバル・パートナーシップ」とされた時期で、この時期には、沿岸警備隊の合同演習や、2004年のインド洋大津波における人道支援や災害救援などにおける協力態勢が見られた。第2期は2006年~2014年の「戦略的グローバル・パートナーシップ」と呼ばれた時期で、その中味や目的がより明確化された。2007年には、日印両国は、アメリカとオーストラリア(シンガポールも参加)を含む4カ国合同海軍演習に初めて揃って参加した。日印両国はまた、安全保障協力に関する共同宣言を発表し、2国間の実務者会談や合同海軍演習を開始し、外交・防衛閣僚による「2+2対話」を始め、更に防衛装備売却や合同生産について論議を開始した。そして第3期は2014年以降現在に至る時期で、「特別戦略的グローバル・パートナーシップ」といわれる。日印両国は、宇宙や防衛問題での協力関係を強化し、南シナ海における航行の自由を支持する共同声明を発出し、防衛装備の技術移転や軍事情報の庫婦間に関する協定に調印した。インドは、日本の集団的自衛権に関する憲法解釈の変更や、米印合同海軍演習、Malabarへの日本の正式参加を招請した。

(3)今日、日本にとってインドはアメリカとオーストラリアに次ぐ重要な戦略的パートナーといえる。そしてインドにとっても、日本はアジアにおいてアメリカに次ぐ重要なパートナーといえる。しかし、両国関係には少なくとも3つの重要な制約要因がある。

a.第1に、特定の問題に対する態度の違いである。例えば、官僚機構における慣習、冷戦期における戦略文化、対中政策における感情、インドの核戦力に対する日本の感情的対応、インドがアメリカの同盟ネットワーク構成国でないこと、インドのEEZにおける航行の自由に対する見解の相違など、日印間でも必ずしも同じ問題認識を共有しない問題がある。

b.第2に、安全保障面での優先事項についても一致しているわけではない。インドから見て、日本はパキスタンにあまり関心がない。このことは、日本から見た北朝鮮に対するインドの関心についても同じである。日印両国は、相互に相手の優先的な関心事項にもっと意を用いるべきであろう。

c.第3に、日印両国の過剰な期待感である。防衛装備の売却問題は、オーストラリアが日本の潜水艦購入を拒否したように、両国間に幻滅感をもたらす可能性もあろう。更に、両国の指導者個人同士のあまりに緊密すぎる関係に伴うリスクもある。

(4)こうした制約要因にもかかわらず、日印両国は、安全保障パートナーシップを一層深化させるための幾つかの措置をとることができよう。日本の最大の対外戦略上の武器はODAである。例えば、北インド地方やアンダマン・ニコバル諸島におけるインフラ整備にODAを戦略的に活用することは、互恵的な安全保障利益に繋がるであろう。日印両国はまた、ミャンマー、バングラデシュ、イラン、アフガニスタン、中央アジア及び東アフリカなどの諸国で、開発援助協力を進めることもできよう。更に、海洋安全保障協力を一層強化することも重要である。日印パートナーシップ関係の強化は、インド太平洋地域における安定したパワーバランスの維持に大きく貢献することになろう。

記事参照:
India and Japan: Emerging Indo-Pacific Security Partnership

5月31日「オバマ政権の曖昧な対応、南シナ海における中国の行動に拍車」(Asia Times.com, May 31, 2016)

安全保障問題を専門とする米人ジャーナリストBill Gertzは、5月31日付のWeb紙、Asia Timesに"China set for court ruling as US sends confusing signals on South China Sea takeover"と題する論説を寄稿し、オバマ政権の曖昧な対応が南シナ海における中国の行動に拍車をかけているとして、要旨以下のように述べている。

(1)中国による南シナ海支配はほぼ完了に近づいている。北京は今や、南シナ海仲裁裁判所の予想される不利な裁定に備えて、手の込んだ情報戦を展開している。中国は最初から南シナ海に対する歴史的権利を主張して仲裁裁判を拒否してきたが、在オランダ中国大使はこのほど、国営新華社通信を通じて、「裁定は無効であり、中国は受け入れるつもりはない。仲裁裁判は一切認められない」と改めで言明した上で、アメリカがマニラに有利な裁定を出すよう仲裁裁判に影響を及ぼしていると非難した。南シナ海紛争に関する中国のプロパガンダには、南シナ海における全ての島嶼は過去においても、そして現在においても中国の領土であり、仲裁裁判所は法的手続きの乱用であり、そして中国が参加していないために仲裁裁判所には管轄権がない、といった事実に反する主張が含まれている。

(2)法的乱用という主張は、何十年間にもわたる中国の情報戦における重要なツールであり、注目に値する。中国は、戦略的な目標を達成するために「三戦」と呼ばれるソフトパワー、即ち、心理戦と輿論戦に加えて、法律戦を活用してきた。南シナ海における中国の戦略目標は、一発の弾丸も撃つことなくこの海域に対する支配を強化することである。これは、2014年のロシアによるクリミヤ半島の軍事的併合と多くの点で似通っている。中国は、この併合を、「軍事的ソフトパワー」の活用と見なしている。2010年の中国人民解放軍の「軍事的ソフトパワーに関する調査」と題する出版物は、「軍事的ソフトパワーは、『敵と戦い、打ち負かす』ための重要な要素であるだけでなく、『戦わずして敵を打ち負かす』ための要素でもある」と述べている。中国が数年前に南シナ海で人工島の造成を始めて以来、北京は、人工島の造成が侵略的なものでもなければ、地域を不安定化させるものではないとして、世界の世論を欺くことを意図した国際的な宣伝戦を展開してきた。

(3)この間、オバマ政権は、中国による漸進的な覇権主義的行動に対して、情報戦による反撃も、また軍事支援の明言といった点でも、ほとんど何もしてこなかった。オバマ政権は当初、中国による北部の西沙諸島と南沙諸島、中沙諸島の2つの島嶼群を繋ぐ三角形の戦略拠点の構築を目指す、中国の人工島造成を無視していたように見えた。中国軍がこの数カ月間、新たに造成した幾つかの人工島にミサイルや戦闘機を徐々に配備し始めたが、米政府の対応は、一連の混乱した分かりにくいシグナルを中国に発信してきただけである。米海軍の「航行の自由」作戦は2015年10月以来3回という少ない回数だし、監視飛行も散発的に実施されているだけで、しばしば中国軍機に異常接近されてきた。アメリカの戦略的メッセージの発信は、ホワイトハウスが明らかに中国の感情を害したり、米中経済関係を阻害したりすることを懸念したことによって、曖昧なものになった。オバマ大統領は最近のハノイ訪問で、大国は小国を脅すべきではないと語りながら、中国に言及しなかったり、またより密接な米越関係は中国を狙ったものではないと述べたりして、自らの発言の効果を弱めてしまった。一方、中国の国営メディアは、最近は完全な反アメリカモードで、アメリカのベトナムとの密接な関係構築について、中国の台頭を「封じ込める」冷戦スタイルのやり口と非難している。中国の南シナ海における領有権主張は間違いであるとする、米政府高官による北京に対する声高で明快なメッセージがないために、中国は、南シナ海の支配を目指すに当たって、気弱なオバマ政権の動向を心配していない。実際、中国は、2017年1月の新しい米大統領の就任式まで、現在の米政権の弱さに付け込んで、南シナ海における活動を加速して行くであろう。

記事参照:
China set for court ruling as US sends confusing signals on South China Sea takeover: Gertz

【補遺】旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

1. The clear and present danger of a nuclear North Korea
The Econmist.com, May 26, 2016

2. Maritime Territorial and Exclusive Economic Zone (EEZ) Disputes Involving China: Issues for Congress
Congressional Research Services, May 31, 2016
Ronald O'Rourke, Specialist in Naval Affairs

3. Alliance Requirements Roadmap Series
Third Offset Strategy and Chinese A2/AD Capabilities
Center for a New American Security, May 2016
Richard A. Bitzinger, Richard A. Bitzinger is a Senior Fellow and Coordinator of the Military Transformations Program at the S. Rajaratnam School of International Studies.

4. Alliance Requirements Roadmap Series
Smarter Naval Power in the Indo-Pacific Region
Center for a New American Security, May 2016
Commander Jennifer Couture, U.S. Navy is a Military Fellow at the Center for a New American Security.

5. Alliance Requirements Roadmap Series
The U.S.-Japan Alliance: Responding to China's A2/AD Threat
Center for a New American Security, May 2016
Vice Admiral Yoji Koda, Japan M aritime Self-Defense Force (Ret.), a Research Fellow with the Fairbanks Center for Chinese Studies at Harvard University.

6. Alliance Requirements Roadmap Series
Security Cooperation: The Key to Access and Influence in the Asia-Pacific
Center for a New American Security, May 2016
Colonel Desmond Walton, USA (Ret.), a Senior Director at BowerGroupAsia and Senior Advisor to the Center for Strategic and International Studies.

7. Alliance Requirements Roadmap Series
Flashpoints, Escalation, and A2/AD
Center for a New American Security, May 2016
Dr. Mira Rapp-Hooper, a Senior Fellow with the Asia-Pacific Security Program at the Center for a New American Security.

8. DYNAMIC BALANCE
An Alliance Requirements Roadmap for the Asia-Pacific Region
Center for a New American Security, May 2016
Patrick M. Cronin, Mira Rapp-Hooper, and Harry Krejsa
Dr. Patrick M. Cronin is a Senior Advisor and Senior Director of the Asia Pacific Security Program at the Center for a New American Security.
Dr. Mira Rapp-Hooper is a Senior Fellow with the Asia-Pacific Security Program at CNAS.
Harry Krejsa is a Research Associate with the Asia-Pacific Security Program at CNAS.


編集・抄訳:上野英詞
抄訳:秋元一峰・倉持一・高翔・関根大助・向和歌奈・山内敏秀・吉川祐子
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