海洋安全保障情報旬報 2016年4月11日~20日

Contents

4月14日「米、フィリピンにおける軍事プレゼンス強化」(VOA News, April 14, 2016)

(1)カーター米国防長官は4月14日、マニラでのカズミン比国防相との合同記者会見で、南シナ海におけるフィリピンとの合同哨戒活動を実施していくとともに、フィリピンにおけるアメリカの軍事プレゼンスを強化すると語った。米国防省当局者によれば、フィリピンとの合同哨戒活動は3月に初めて実施され、4月初めに2回目が実施された。アメリカが、この海域で合同哨戒を行うのは、日本に次いで、フィリピンが2カ国目である。カズミン国防相は、合同哨戒活動を常続的に実施するための方策を検討していると語った。

(2)カーター長官は、4月15日に終了する米比年次合同演習、Balikatanに参加した米軍の内、数百人規模の兵員と約10機の航空機が残留すると語った。現在、太平洋空軍から約200人の空軍要員と、3機のHH-60G Pave Hawkヘリ、5機のA-10C Thunderbolt II攻撃機、及び1機のMC-130H Combat Talon II特殊作戦機がクラーク空軍基地に4月末まで展開している。更に、75人強の米軍要員が、両国軍のインターオペラビリティーと合同指揮調整能力を強化するために、マニラ東方のCamp Aguinaldoに展開することになっている。これらの部隊は、ローテーションベースで交代展開することになっている。

記事参照:
US Announces Joint Patrols With Philippines in South China Sea

4月14日「中国の新型ミサイルとアメリカの拡大抑止力の弱体化とその影響―米専門家論評」(Foreign Policy Research Institute, Blog, April 14, 2016)

米シンクタンク、The Foreign Policy Research Institute(FPRI)の主任研究員、Felix K. Changは、FPRIのBlogに4月14日付で、 "China's New Missiles and U.S. Alliances in the Asia-Pacific: The Impact of Weakening Extended Deterrence"と題する論説を寄稿し、中国の新型ミサイルの配備によってアメリカの拡大抑止力が弱体化することによる、域内の安全保障への影響について、要旨以下のように述べている。

(1)中国の習近平国家主席は4月初めにワシントンで開催された核安全サミットに出席したが、その一方で、中国は次世代の核兵器の開発に力を入れてきた。それは、新型大陸間弾道弾(ICBM)、DF-41(東風41)の開発の着実な進展である。2015年12月、中国は新たに2回のミサイル実験を行ったが、その内1回は移動発射プラットフォームからのDF-41の発射実験であったことが確認されている。DF-41は中国初の固体燃料ミサイルで、米本土全域を射程内に収める。移動式の固体燃料ミサイルは追尾が困難で、また迅速な発射が可能なため、中国の核抑止力を強化することになる。DF-41は、早ければ2016年中にも実戦配備が見込まれている。他方、中国は、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、JL-2(巨浪Ⅱ)も開発中である。JL-2はDF-41よりも射程は短いが、中国はJL-2を目標のより近くまで運搬する晋級弾道ミサイル搭載原潜(SSBN)を4隻建造している。これらのSSBNが間もなく海南島亜龍湾の基地から遠く離れて実戦哨戒活動に出ることはないと見られるが、米当局は、2015年末にその内の1隻が哨戒活動を実施したことを確認している。この哨戒活動時にJL-2ミサイルが搭載されていたかどうか不明ではあるが、もし搭載されていたとすれば、JL-2はDF-41よりも一層追尾が困難であり、中国の核抑止力を強化することになる。中国の核戦力は米ロに比べれば小規模だが、北京にとって引き続き重要な戦力であることは疑いない。2016年初めに着手した広範な軍再編計画の一部として、北京は、これまで陸軍の一部であった地上配備の核戦力を、ロケット軍として陸軍と同格の独立軍種に格上げした。

(2)中国の多くの専門家は、より強力な核報復能力を保有すれば、台湾などの中国の「核心的利益」を巡って危機が発生した場合でも、如何なる国も核戦力で中国を威嚇することはできない、と確信している。従って、中国の核ミサイルの効果を減殺するような如何なる提案も、例え北朝鮮のミサイル攻撃から韓国や日本を防衛するための戦域高々度ミサイル防衛(THAAD)システムのような間接的なものであっても、中国は反対してきた。北京は相互脆弱状態が米中間のより安定した安全保障環境をもたらすと確信しているかもしれないが、米中間の相互脆弱状態は、アジア太平洋におけるアメリカの同盟体制の核心を揺るがす。冷戦期以来、オーストラリア、日本及び韓国などのアメリカの同盟国は、「拡大抑止力("extended deterrence")」と呼ばれるものに依存してきた。「拡大抑止力」とは、これら同盟国に対する侵略を抑止するために、アメリカが核戦力の使用意図を明示しておく、安全の保証である。しかしながら、この保証は、アメリカの核戦力の使用意図の信頼性にかかっている。当然ながら、潜在的な敵がアメリカに対して報復する能力を持っていなければ、この保証の信頼性は高い。中国の新型ミサイルは、それが実戦配備されてアメリカを直接脅かすことができるようになれば、同盟国に対するアメリカの安全の保証に対する信頼性を低下させ、従ってアメリカの拡大抑止力を弱体化させることになろう。

(3)過去5年間、オバマ政権が海外の危機に際してしばしば直接行動を躊躇ってきたことから、アメリカの安全保障上のコミットメントに対する信頼性は既に疑問視されてきている。中国の軍事力の増大に伴って、アジア太平洋地域の多くの国は、アメリカの安全保障上のコミットメントの信頼性を懸念している。このため、一部のアメリカの同盟国は、自らの防衛態勢を見直している。例えば、日本は、域内における日本の利益を護るため、軍事力がより「普通」の役割を果たすことができるように、憲法改正さえ視野に入れ始めた。 オーストラリアも見直しに着手した。2000年代初め以来、オーストラリアの政策決定者は、より自立的な防衛態勢を主張してきた。国防省が2009年に公表した、Defending Australia in the Asia Pacific Century: Force 2030では、「軍事力に関しては、オーストラリアの固有の戦略的利益が危殆に瀕した場合には、独自に行動できる能力を保持しなければならない」とされている。そして、2016年の国防白書では、オーストラリアの防衛態勢の見直しを推進し、多くの新しい装備を取得する方針が示されている。しかも、少数ながらオーストラリアの専門家の中には、オーストラリアが将来、核兵器を持つべきかどうかということさえ、公然と議論する者がいる。

(4)一方、アメリカの一部の政策決定者は、拡大抑止力の弱体化がもたらす変化を歓迎してきた。責任分担の在り方という、長年の懸案が緩和されるからである。彼らは、軍事的により強固な同盟ネットワークが、中国によるアジアの地域秩序の転覆を抑止することができ、従ってアメリカの負担軽減に繋がると確信している。もし彼らが正しければ、新しい安定した時代を切り拓くことになるかもしれない。しかし、このことは、域内のアメリカの同盟国が危機に際して自力で行動できるより大きな能力を保有することになることから、アメリカのアジア太平洋地域における危機管理能威力が弱体化することを意味する。例えアメリカの同盟国が自力行動能力を保有したとしても、同盟国は、アメリカを避けられるかもしれない危機に引き摺り込むかもしれない。こうした可能性を懸念する者にとって、拡大抑止力の弱体化は、弾道ミサイル防衛をより一層強力に推進する新たな誘因となるであろう。

記事参照:
China's New Missiles and U.S. Alliances in the Asia-Pacific: The Impact of Weakening Extended Deterrence

4月15日「中国軍高官、南沙諸島視察」(The Wall Street Journal.com, April 15, 2016)

米紙、The Wall Street Journal(電子版)が4月15日付で報じるところによれば、笵長龍・中共中央軍事委員会副主席が最近、南シナ海の南沙諸島にある中国が造成した人工島を視察した。中国国防部は4月15日、この事実を確認した。それによれば、笵長龍上将は軍高官や文官を率いて、南沙諸島の海洋観測センターなどの建設状況を視察した。笵長龍上将はこれまで南沙諸島を訪問した最高位の軍人で、訪問した時期や場所は明らかにされていないが、米政府当局筋によれば、笵長龍上将は人工島に造成したFiery Cross Reef(永暑礁)を視察したという。同筋によれば、4月8日と10日に、Airbus 319とBombardier Canadair Regional Jet(CRJ)によるFiery Cross Reef(永暑礁)への往復飛行があったという。Fiery Cross Reef(永暑礁)の3,110メートルの滑走路は既に数カ月前に完成しており、1月に民間機による最初の試験飛行が実施されている。

記事参照:
Senior Chinese Military Officer Visited Disputed Island

4月15日「ナトゥナ諸島周辺海域での不法操業を巡るインドネシアと中国の角逐」(The Jakarta Post.com, April 15, 2016)

インドネシア紙、The Jakarta Post(電子版)は4月15日付で、南シナ海のインドネシア領、ナトゥナ諸島周辺海域での不法操業を巡るインドネシアと中国の角逐について、Q&A形式で要旨以下のように報じている。

(1)ナトゥナ諸島周辺海域で何が起こっているか:インドネシア海洋漁業省の巡視船が4月9日、ナトゥナ諸島沖で中国の漁船を拿捕した。この海域はインドネシアのEEZ内にあり、インドネシア人のみが海洋資源に対する排他的管轄権を有する。中国漁船は不法操業の廉で拿捕された。しかしながら、中国はこの海域を歴史的根拠に基づいて自国の管轄海域を見なしていることから、状況は複雑である。これが、インドネシア当局が中国漁船を拿捕した時、近くにいた中国海警局の巡視船が介入してきた理由で、結局、インドネシア当局は、漁船員を拘束したが、漁船を解放した。

(2)これは両国の領有権紛争なのか:領有権紛争とは、一定領域に対する2国間の領有権主張が重複している場合をいうが、この場合、中国はナトゥナ諸島がインドネシア領であることを認めている。しかし同時に、この海域に対する歴史的な漁業権を主張している。中国外交部報道官は、「ナトゥナ諸島の主権はインドネシアに属する。中国はこのことに異議を唱えない。しかしながら、中国は、中国漁民が伝統的な中国の漁場で操業していたのであり、従って当該漁船が不法操業していたとの告発を拒否する」と述べた。Susi Pudjiastuti海洋漁業相は、中国がナトゥナ諸島をインドネシア領と認めているなら、「中国はこの領域に歴史的権利を主張できない」と述べた。外務省のEdy Yusufアジア太平洋地域局長は、中国の「伝統的な漁場」という主張に対して、特定海域における伝統的な漁業権は国連海洋法条約に基づいて関係国間の条約によって合意されなければならないが、両国間にはそのような条約はない、と述べた。ナトゥナ諸島は中国の「9段線」に南端に位置する。中国の「9段線」による領有権主張は、ナトゥナ諸島のEEZと僅かながら重複する。しかしながら、インドネシアは、南シナ海問題に関しては「非当事国」の立場を堅持しており、最近の不法操業を巡る両国間の角逐後でも、Jusuf Kalla副大統領がこの立場を再確認している。

(3)今後どうするのか:仲裁裁判所に提訴したフィリピンとは異なり、海洋漁業省は、国際海洋法裁判所に提訴する可能性を表明した。しかしながら、外務省は未だ、意見を表明していない。海洋問題の専門家グループは、ジョコウィ大統領との会談で、国際司法手続きに訴えることは中国との2国間関係を損なうと警告した。しかも、インドネシアの巡視船は政府公船として国際海事機関(IMO)に登録されておらず、この巡視船の法的性格は法廷闘争においてインドネシアの立場を弱めるであろう。一方、インドネシア群島水域内の海洋安全保障は強化されることになろう。Luhut Pandjaitan調整相は、高性能装備を搭載した巡視船や防衛システムが配備されると語った。海洋漁業省も、外国の不法操業船取り締まりのために、より大型の巡視船を配備すると発表している。ジョコ政権発足以来、インドネシアは外国漁船の不法操業取り締まりを強化してきており、海洋漁業省内に特別不法操業取り締まり部隊を設置する政令が発出されている。

記事参照:
Q&A: Illegal fishing in Natuna and the South China Sea dispute

【関連記事】「『柔軟なヘッジング』、インドネシアの対中戦略―インドネシア人専門家論評」(The National Interest, Blog, April 20, 2016)

シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院(RSIS)のインドネシア人研究員、Tiola Javadiは、米誌、The National Interest(電子版)のBlogに4月20日付で、"Indonesia's China Strategy: 'Flexible Hedging'"と題する長文の論説を寄稿し、ジャカルタの対中戦略を、「ヘッジング」の特殊な派生型としての「柔軟なヘッジング」であるとして、要旨以下のように述べている。

(1)ナトゥナ諸島周辺海域での最近の不法操業事案は、北京の強まる高圧的姿勢に対するジャカルタの戦略の在り方についての論議を高めた。以前から、中国の台頭に対応するインドネシアの戦略については、「ヘッジング("hedging")」、あるいはインドネシア戦略国際問題研究所会長、Rizal Sukmaのいう、「外交的ヘッジング("diplomatic hedging")」という表現が使われてきた。「ヘッジング」とは、一般的に、「内的バランシンング」(軍事力と他の物理的能力を強化することによって自立性を促進すること)、「外的バランシング」(安全の保証を得るために現状維持勢力に与すること)、あるいは「バンドワゴニング」(将来の如何なる紛争をも避けるために台頭する勢力に与する、即ち勝ち馬に乗ること)といった、より直接的な選択肢に頼ることができない場合に、二流国家によって採用される一連の戦略と定義される。代替手段としての「ヘッジング」戦略は、他方を犠牲にしてもう一方を選択する必要性を避ける、中間的な立場と定義される。この定義によれば、東南アジアの全ての二流国家は、いずれも「バランシング」や「バンドワゴニング」といった明快な戦略を採用していないことから、(フィリピンとベトナムはある程度例外的存在だが)「ヘッジング」国家の範疇に入る。

(2)筆者(Tiola Javadi)は、インドネシアは現在、「ヘッジング」の特殊な派生型を採用していると見、これを「柔軟なヘッジング("flexible hedging")」と呼んでいる。この戦略は、大部分のASEAN諸国の「ヘッジング」戦略がアメリカあるいは中国との関係の狭間で常に緊張を強いられているのとは対照的である。「柔軟なヘッジング」は、通常以下の状況下で展開される。①二流国家が、台頭する勢力(中国)の動向に対して懸念を高めるが、二流国家の国益に対する直接的あるいは根源的脅威とは未だ見なしていない状況、②二流国家が、台頭する勢力との控えめな経済的及び/あるいは軍事的関係から利益を得ている状況、③台頭する勢力が、少なくとも二流国家に対する政策の一部を、現状維持勢力(アメリカ)との抗争関係を視野に入れて形成している状況。換言すれば、「柔軟なヘッジング」は、二流国家が、現状維持勢力との、あるいは台頭する勢力との緊密な関係を持つことによって得られる潜在的な利益のために、自らの戦略的自立性を犠牲にしようとしない場合に実現する。「柔軟なヘッジング」の主たる狙いは、大国間の抗争状態を巡る不確実性に備えて、国家の選択肢の範囲を最大化することであろう。マレーシア、シンガポールそしてブルネイも、この範疇に含まれる。

(3)インドネシアの域内に対する外交政策アジェンダを設定する上で、中国の台頭は大きな部分を占めるが、他のASEAN諸国に比べれば、中国の台頭によるジャカルタの利害関係は比較的小さい。例えば、ミャンマー、カンボジア及びラオスは、中国との経済関係が緊密か、あるいは経済的依存度が高い。フィリピンは、中国と基本的に係争関係にあり、一方でアメリカとの公式な同盟関係を維持している。ベトナムは、中国と基本的に係争関係にあるが、一方でアメリカとは曖昧な関係を維持している。タイは、中国と係争関係にはないが、一方でアメリカとの公式な同盟関係を維持している。ミャンマー、カンボジア及びラオスとは違って、インドネシアは、「中華帝国」とは控えめな経済的、政治的利害関係を有している。一方で、中国との領土紛争に関していえば、ベトナムやフィリピン程ではないが、インドネシアの利害関係は大きい。インドネシアは常に南シナ海における領有権紛争の当事国ではないと主張しているが、漁業資源や天然資源が豊富なナトゥナ諸島のEEZが中国の「9段線」と重複しているとされる点に関しては、特に利害関係が大きい。

(4)インドネシアはナトゥナ諸島周辺海域に大きな利害関係を持つが、このことは、インドネシアが中国とのバランシングを重視するということを必ずしも意味しない。それには3つの理由がある。

a.1つは、ナトゥナ諸島周辺海域におけるインドネシアの利害関係に対する中国の脅威は、フィリピンやベトナムに対する中国の脅威とは異なり、依然限定的であるからである。例えば、中国の「9段線」はベトナムのEEZの70%を脅かしており、西沙諸島と南沙諸島における領有権主張の重複は両国関係の緊張をもたらしている。

b.2つ目は、インドネシアは、ナトゥナ諸島を巡る利害関係と、南シナ海紛争の「誠実な仲介者(an "honest broker")」としての中立的立場を維持する取り組みとの間で、依然板挟みになっているからである。

c.3つ目は、インドネシアは、特に国内のインフラ建設に重点的に取り組む現政権下で、大規模な軍事増強を行うための財源が不足しているからである。

(5)中国との控えめな経済的利害関係と、ナトゥナ諸島における大きな利害関係に鑑み、インドネシアが「柔軟なヘッジング」に依存することは理解できる。具体的には、インドネシアは、中国の台頭と強まる米中抗争関係に対応するために、3つの方針を追求している。第1に、「内的バランシング」を追求する代わりに、インドネシアは、ASEANの規範に中国を組み入れるようとする「ソフト・バランシング(soft balancing)」に依存している。第2に、ジャカルタは、北京とワシントンとの両方に対して高度に曖昧な関係を維持している。第3に、インドネシアは、以前のように長期的な政治的及び安全保障上のコミットメントに基づいたものではなく、短期的な実利主義に基づいて中国と協力している。インドネシアの軍事力が今後数年間で中国の軍事力に追い付くことはあり得ないという明白な現実から、ジャカルタは、ASEANの規範に中国を組み入れるようとする「ソフト・バランシング」に依存している。インドネシアはまた、中国とアメリカの両国に対して曖昧な姿勢を維持している。インドネシアは、この地域のアメリカの戦力投射に対しても曖昧な姿勢を取っている。例えば、2015年10月のアメリカの「航行の自由」作戦に対して、ジョコウィ大統領は、全ての当事国に「行動を慎み、信頼と信用を損なうような行動を自制する」よう要求するとともに、インドネシアは中立であり、「航行の自由」を支持すると強調した。

(6)インドネシアの「柔軟なヘッジング」は、必ずしも熟慮した政策決定ではないかもしれない。しかしながら、ナトゥナ諸島のEEZと中国の「9段線」との重複状態に対する曖昧政策の維持は、意図的な政策決定のように思われる。この海域での中国漁船の不法操業を巡る問題に対して、インドネシア政府は、この事件を南シナ海紛争とは関係がない、不法操業に関連した脅威と見なしていると主張して、この問題を重大視しないことを選択した。インドネシア政府が不法操業問題を巡って北京との関係を危うくしたくないということは理解できるが、ジャカルタは、この方針の持続可能性について再考する必要がある。インドネシアが(軍事に回す財源不足から)限定的な「内的バランシング」しか実行できないことに留意すれば、ワシントンに対する曖昧政策を緩和することは、インドネシアにとって有益であるかもしれない。米軍とのより実際的な合同訓練を実施すること、あるいはアメリカの「航行の自由」作戦に対して曖昧な姿勢を取らないことによって、ジャカルタは益することがあるかもしれない。更に、他の国がアメリカを安全の保証人としながら、一方で中国を密接な経済パートナーとしていることから見れば、こうした方針は、インドネシアと中国との経済関係を阻害する可能性は低いであろう。南シナ海問題については、インドネシアは、ナトゥナ諸島周辺海域における立場を明確にするように中国に強く要求する必要がある。中国はナトゥナ諸島に対するインドネシアの主権を認めているが、ナトゥナ諸島のEEZについては明快な立場を示していないからである。不法操業問題に関しては、このような事件が再発した場合、インドネシアは、中国との利害衝突を避ける姿勢を維持することが可能かどうか検討する必要がある。このような事件に対して寛大な姿勢で対応することは、ASEANにおけるインドネシアのリーダーシップと、国連海洋法条約の尊厳性に対する疑念を高めるとともに、インドネシアが自らの主権を護る意思を持っているかどうかについても、疑問を持たれることになるろうからである。

記事参照:
Indonesia's China Strategy: 'Flexible Hedging'

4月17日「中国、南沙諸島の人工島に初めて軍用機派遣」(China Daily.com, April 19, 2016)

中国国防部によれば、中国海軍の哨戒機が4月17日にFiery Cross Reef(永暑礁)に着陸し、3人の負傷した建設労働者を収容して、海南島の三亜鳳凰国際空港に戻った。中国が軍用機(4発のY-8輸送機)をFiery Cross Reef(永暑礁)に派遣したのは、これが初めてである。The PLA Naval Military Studies Research Instituteの専門家は、「南シナ海では多くの漁船や商船が航行しており、混雑した状況下で事故が起こった場合、中国の航空機や船舶が島嶼の施設を利用して迅速に救助できることを示した」と語った。

記事参照:
In a first, Navy plane lands on Yongshu

4月18日「中印両国の大国化レース、国内防衛産業の近代化が鍵―RSIS専門家論評」(Asian Times.com, April 18, 2016)

シンガポールのS.ラジャラトナム国際問題研究所(RSIS)のRichard A. Bitzinger主任研究員は、4月18日付のWeb誌、Asian Timesに、"China vs. India: The Great Arms Contest"と題する論説を寄稿し、インドと中国の両国は兵器の自国生産能力を大国の条件と見なして国内防衛産業の近代化を目指しているが、中国の方が先んじているとして、要旨以下のように述べている。

(1)「富国強兵」は、19世紀後期から20世紀初頭にかけて、日本を市民生活と軍事の双方から近代化に導いた合言葉であった。今日、この言葉は、中印両国の大国になるためのスローガンとなっており、両国には「大国とは大きな国内防衛産業を持つ国である」との思いがある。中国とインドはともに、アジアにおいて「大国」となる大志を抱いている。両国は、軍事力と軍事予算においてアジアで第1位と第2位であり、それぞれ国内に優れた兵器を提供し得る防衛産業を有している。両国とも、兵器の自国生産がナショナリズムと結び付いている。他国に兵器を頼っていると、禁輸などの措置を被る事態も考えられ、大国としての地位を望むことはできない。プライドという面からも、大国は他国と同程度の装備に満足できない。他国に優越するためには、可能な限り迅速に最新兵器を国内調達できなければならない。

(2)インドは独立以降、そして中国は人民共和国建国以降、国内防衛産業の育成を重要目標としてきた。両国は、防衛に関して一貫した思想の下、小火器から核兵器に至るまで、全ての兵器の国産を目指してきた。更に、両国は、設計段階から生産までの兵器製造の全過程を管理するために、強力な軍事研究開発基盤を育成してきた。両国にとって最重要目標はあらゆる兵器システムの国内開発と生産であり、短期間での国内生産が不可能な場合には、ライセンス生産を次善の策としているが、可能な限り早い時期に自国生産に切り替えることを目指している。また、両国ともに、防衛産業は市場原理から切り離された政府所有か、国営企業である。このため、1990年代の後期まで、中国とインドの防衛産業は、両国の軍部が必要とする最新兵器システムを製造するより、官僚的で、既得権益を護ることの方に熱心であった。インドと中国は経済の他の部門の大胆な改革を成功させ、目覚ましい成果を上げたが、防衛産業は保護主義的で社会主義的産業体制のままであった。両国が防衛産業の改革に着手したのは1990年代後期から2000年代の初めにかけてであり、一部民間からの参入による限定的な競争原理の導入、品質管理、研究開発への軍の参画などの改革を進めた。

(3)興味深いことに、防衛産業への自由市場原理の導入においては、社会主義中国の方が民主主義インドよりも進歩的であった。中国の場合、例えば、第5世代戦闘機の開発には2機種のプログラムがあったように、限定的ながらも兵器導入に競争原理が導入されている。中国は、軍事部門の研究開発においても成功しているように思われ、世界的に見ても先端的な軍事技術や兵器システムの国内生産を可能にしている。何よりも、中国は、漸増する防衛予算を背景として、着々と防衛産業の近代化を成し遂げつつある。

(4)一方、インドでは、依然として古いネール主義に沿った政府主導の開発が主流である。インドでは21世紀のダイナミックで自由主義に基づく経済改革が促進されているが、防衛産業には、依然として社会主義的で保護主義的な側面が残っている。インドでは、非競争的で軍のニーズに沿っているとはいえない過大な軍産複合体が残存しているため、中国と比較すると、技術的に劣る軍事装備しか製造できていない。要するに、防衛産業も国有の研究開発機関も、中央政府の改革から身を躱してきたのである。こうした長年に亘る防衛産業基盤の欠陥を見れば、大国化を目指すインドの前進が断続的であるのは不思議ではない。インドは未だ防衛産業の改革を軌道に乗せるに至っていないが、モディ首相の最近の努力は正しい方向性を目指している。

(5)当然ながら、中国の防衛産業の改革も長い道のりを要しよう。西側諸国の兵器製造に比べると、中国の防衛産業は、制度面でも、また機能面でも、未だ国家主義的側面が色濃く残っている。しかしながら、インドに比べると、中国の防衛産業は効率性と先端性を備えつつある。アジアにおける「グレートゲーム」ともいえる、地域大国に向けてのレースでは、中国が一歩先んじているが、より近代化され、強化された国内防衛産業を有する中国軍が益々装備を充実させていることから見れば、この一歩は決して小さなものではない。

記事参照:
China vs. India: The Great Arms Contest

4月18日「南シナ海における米中覇権抗争とフィリピンの立ち位置―フィリピン人の視点から」(China US Focus, April 18, 2016)

比シンクタンク、The Center for Intelligence and National Security Studies (CINSS)所長、Dr. Rommel C. Banlaoiは、Web誌、China US Focusに4月18日付で、"Situating the Philippines Between U.S. and China in South China Sea"と題する論説を寄稿し、南シナ海で展開される米中覇権抗争におけるフィリピンの立ち位置について、要旨以下のように述べている。

(1)アメリカと中国は、波立つ南シナ海で、終わりの見えない覇権抗争を展開している。この真只中に位置するのがフィリピンである。フィリピンは、地理的に変わることのない中国の隣国であり、同時にアメリカの長年の同盟国であり、戦略的に特異な役割を担ってきた。中国によれば、アメリカこそ、南シナ海軍事化の元凶という。中国は、アメリカが「航行の自由」作戦や航空機の派遣などによって、米中間に絶え間のない紛争の要因を作り出してきたと主張する。米海軍は、この地域における軍事プレゼンスを強化するために、アジアの同盟国に艦艇を定期的に寄港させている。更に、米比両国は、年次合同軍事演習、Balikatanを実施しており、2016年で32回目を数える。演習の目的はフィリピンの領海防衛能力を強化することにあり、2016年の演習にはオーストラリアが「豪比訪問部隊の地位に関する協定」(Status of Visiting Forces Agreement, SOVFA)に基づき、また日本も「日比訪問部隊協定」(Visiting Forces Agreement)に基づき参加した(日本は机上演習への参加のみ)。日本とオーストラリアの演習参加は、南シナ海におけるアメリカ軍の軍事プレゼンスの強化を、同盟国が受け入れていることを強く印象付けるものであった。

(2)フィリピンは、南シナ海問題の当事国の中で唯一のアメリカの同盟国であり、南シナ海に対するアメリカの戦略展開における最前線国家である。フィリピンは、アメリカの「アジアにおける再均衡化」戦略遂行のために、南シナ海への効果的なアクセス拠点を米軍に提供している。アメリカが南シナ海で軍事プレゼンスを強化している背景には、アジアにおける同盟国、特にフィリピンに対する安全保障コミットメントを護るためである。アメリカは南シナ海における海空軍のプレゼンス強化が中国を軍事的に封じ込めることを意図しているわけではないと言明しているが、北京は、アメリカの軍事プレゼンスを中国に対する戦略的包囲網と見なしている。アメリカの戦略的包囲網に対する恐怖から、中国は、7カ所の海洋地勢で人工島を造成することによって、南シナ海におけるプレゼンスを強化してきた。アメリカは、中国の人工島は軍事目的以外の何物でもないと確信している。その故に、アメリカは、これらの人工島を、南シナ海における中国の軍事化を象徴するものと見なしているのである。

(3)米中両国は、競合する安全保障上の利害や戦略的展望を背景に、南シナ海における覇権抗争を強めてきている。両大国の南シナ海における軍事活動の強化は、この地域における予期しない軍事衝突のリスクを高めている。フィリピンは、米中両大国の予期しない軍事衝突の可能性を左右する、要としての役割を担っている。フィリピンは、中国との関係を修復するために、両国の高官レベルの対話チャンネルを再開して、北京との直接的な2国間対話を再開する必要があろう。フィリピン国内には、未だ中国の南沙諸島における人工島の造成に拒否感を示す意見が根強く残るが、他方で、例えば、経済面や文化面で中国に対する一定の敬意も持っている。しかしながら、フィリピンは、一方でアメリカとの防衛同盟関係を継続的に強化しながら、他方で中国との政治的関係の改善に失敗すれば、米中間の南シナ海における不可避的なコリジョンコース、「トゥキディデスの罠」に飲み込まれてしまう可能性が高い。

記事参照:
Situating the Philippines Between U.S. and China in South China Sea

【補遺】旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

1. China's Island Building in the South China Sea: Damage to the Marine Environment, Implications, and International Law
Staff Research Report, U.S.-China Economic and Security Review Commission, April 12, 2016
Matthew Southerland, Policy Analyst, Security and Foreign Affairs

2. REEFS, ROCKS, AND THE RULE OF LAW: After the Arbitration in the South China Sea
Center for a New American Security, April 15, 2016
Dr. Mira Rapp-Hooper and Harry Krejsa
Dr. Mira Rapp-Hooper is a Senior Fellow with the Asia-Pacific Security Program at CNAS.
Harry Krejsa is a Research Associate with the Asia-Pacific Security Program at CNAS.

3. Race for Latest Class of Nuclear Arms Threatens to Revive Cold War
The New York Times.com, April 16, 2016

4. U.S. Department of Defense (DOD) Freedom of Navigation (FON) Report for Fiscal Year (FY) 2015
U.S. DOD, April 19, 2016

5. NBR Report: U.S.-China relations in strategic domains
The National Bureau of Asia Research, April, 2016
Edited by Travis Tanner and Wang Dong
Travis Tanner, Senior Vice President and Chief Operating Officer 100,000 Strong Foundation
Wang Dong, Associate Professor, School of International Studies, Peking University

6. How China Sees World Order
The National Interest, April 20, 2016
Richard Fontaine and Mira Rapp-Hooper, Richard Fontaine is the president of the Center for a New American Security. Mira Rapp-Hooper is a senior fellow in Asia-Pacific Security at the Center for a New American Security.

7. Exclusive: China nearly finishes illegal building on East Sea reef
Thanh Nien News.com, April 20, 2016


編集・抄訳:上野英詞
抄訳:秋元一峰・倉持一・高翔・関根大助・向和歌奈・山内敏秀・吉川祐子
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