海洋情報旬報 2016年2月21日~29日

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2月23日「アメリカは南シナ海での中国の武力行使とそれによる威嚇を抑止すべき―米専門家論評」(War on the Rocks.com, February 23, 2016)

米シンクタンク、CSISの研究員、Zack Cooperは、Web誌、War on the Rocksに2月23日付で、"Saving Ourselves from Water Torture in the South China Sea"と題する論説を寄稿し、オバマ政権は、中国による人工島の造成という現状変更を容認し、武力の行使とそれによる威嚇という、現状に対する最も深刻な挑戦を阻止することに目を向けるべきとして、要旨以下のように述べている。

(1) 最近の出来事は、南シナ海における「埋め立て、構築物の建設そして軍事化」を阻止するアメリカの努力が失敗したこと示している。アメリカは「国際法が許す何処においても、航行し、飛行し、そして作戦行動を行う」ことができるかもしれないが、そうすることによって、中国の現状変更を阻止することはできないであろう。オバマ政権は、中国の修正主義的行動を阻止するために必要なリスクを受け入れる気がないように見える。従って、アメリカの指導者は、新しい現状を容認すべきか、それとも、以前の原状に戻せという、益々無謀になってきている方針を維持すべきかを、今や選択すべき時にきている。一部の専門家は北京が方針を変え、南シナ海でより協調的姿勢になるであろうと見ているが、ほとんどの専門家は、アメリカの戦略に変化がなければ、中国が海洋における活動と能力を拡大し続けるであろうと見ている。

(2) 実際、中国の多層的な接近阻止と戦力投射態勢の系統的な整備が、西沙諸島から南の南沙群島へ移ってきている。例えば、最近数カ月の衛星画像によれば、西沙諸島での地対空ミサイルの配備、西沙諸島と南沙諸島の両方で滑走路の建設が確認されている。2月23日にCSISのAsia Maritime Transparency Initiative (AMTI) が新たに公表した衛星画像によれば、埋め立てられたCuarteron Reef(華陽礁)に最新のレーダーシステムと見られるものがある*。Cuarteron Reef(華陽礁)は南沙諸島で中国が占拠する7つの海洋地勢の最南端に位置し、中国が領有権を主張する最も遠隔の海域における航行を監視するための長距離センサーを設置するには理想的な場所である。AMTIの衛星画像によれば、同礁に設置されたのは低周波数のHF(恐らく超水平線)レーダーと見られ、それが事実ならば、中国は「9段線」の最南端の部分の監視が可能になるであろう。南沙諸島への最新レーダーシステムの設置は、北京が南シナ海防空識別圏 (ADIZ) の設定を意図していることのもう1つの兆候である。ADIZ設定が宣言されるとすれば、それに先立って、南沙諸島への地対空ミサイルと対艦ミサイルの配備、人工島への軍艦や軍用機の公然たる訪問、そして沿岸基線の設定による北京の南シナ海領有権主張の公式の境界画定などの措置が予想される。

(3) 中国は、南シナ海で着々と既成事実を積み上げている。アメリカの政策担当者は、アメリカの行動がこれまで中国の現状変更を阻止できなかった現実を受け入れなければならない。アメリカは、例えば司法手続きとか財政的制裁といった、非対称的手段を駆使してこなかった。もしアメリカの指導者が北京を阻止するのに伴う(米軍と米中関係の両方にとっての)リスクを受け入れる気がないとすれば、オバマ政権は、この地域の現状変更を容認し、それに適応しなければならない。以前の原状復帰に拘ることは、中国を抑止し、域内の同盟国とパートナー諸国を再保証するアメリカの努力を蝕み、アメリカの弱さと限界をさらけ出すことになる。例えば、域内の全ての関係国は「埋め立て、構築物の建設そして軍事化」を止めるべきというアメリカの主張は、益々空疎なものになってきている。更に、アメリカは「国際法が許す何処においても、航行し、飛行し、そして作戦行動を行う」というが、例えば、中国の埋め立てに異を唱えるための航行の自由作戦の格好な目標となったであろう、Mischief Reef(美済礁)の周辺12カイリ以内では実施しなかった。

(4) オバマ政権の選択肢は、現状変更を容認し、アメリカとその同盟国やパートナー諸国が戦術的に失敗したことを認めることである。このことは、中国の強引なやり口が長期的に成功することを意味するものではない。アメリカは航行と飛行の自由を護る行動を継続しなければならないが、現実を容認することは、アメリカの戦術的な限界から、中国の戦略的に近視眼的なやり口に目を向けさせることなろう。オバマ政権が現状変更を容認するならば、武力の行使とそれによる威嚇という、現状に対する最も深刻な挑戦を阻止することに、改めて関心を向けさせることができるであろう。アメリカやその同盟国、パートナー諸国に対する武力の行使を抑止することは、オバマ政権の残り期間におけるより現実的な目標である。もし中国が係争海洋地勢から(2012年のScarborough Shoal(黄岩島)でのやり口のように)他の領有権主張国を追い出すようなことをすれば、これはアメリカの強力な対応を誘発することになろう。また、例えば、Second Thomas Shoal(仁愛礁)に対するフィリピンの補給作戦に対する如何なる中国の妨害行為も、アメリカの直接的な軍事支援の引き金になることを、ワシントンは明確にすべきである。同様に、(2009年のUSNS Impeccable事案のように)公海やその空域で活動している艦船や航空機に対する妨害行為に対しては、正面から対応する必要がある。要するに、アメリカの指導者は、南シナ海に中国がADIZを設定すれば、そこでの航空機による妨害行為は大規模で、継続的でそして域内諸国による合同の軍事的対応を誘発することになる、と中国に通告しておくべきである。中国の指導部が米軍との直接対決を躊躇っていると見られることから、このような抑止行動は極めて効果的となり得る。ワシントンは現実を直視すべき時である。

記事参照:
Saving Ourselves from Water Torture in the South China Sea
備考*:ANOTHER PIECE OF THE PUZZLE
Asia Maritime Initiative, CSIS, February 22, 2016

2月24日「米ASEAN関係における首脳会談の重要性―米専門家論評」(The RAND Blog, February 24, 2016)

米Rand研究所の特別研究員、Lyle J. Morrisは、RANDのBlogに2月24日付で、"The Importance of Sunnylands for U.S.-ASEAN Relations"と題する論説を寄稿し、2月半ばに初めて米国内で行われた米ASEAN首脳会談の意義について、要旨以下のように述べている。

(1) アメリカ国内で初めての米ASEAN首脳会談が2月半ばにカリフォルニア州サニーランドで開催された。一部の批評家は、双方とも南シナ海における中国の大規模な埋め立てと軍事化による緊張の激化に明確に言及しなかったことを理由に、首脳会談と発出された共同声明を失敗と決め付けた。しかしながら、この批判は木を見て森を見ずの類いである。アメリカが首脳会議に臨む目的は、常に実質的であるよりも象徴的なものである。今回の首脳会談は、初めてアメリカで開催されたことに意義があり、米ASEAN関係における新時代の始まりと見るべきである。今回の首脳会談は、米ASEAN関係を「戦略的パートナーシップ」に格上げした、2015年11月のクアラルンプールでの第3回米ASEAN首脳会談に続いて行われ、この地域に対するアメリカのコミットメントの重要な象徴となった。

(2) ASEANが会議で発出する共同声明は、ASEANが直面している南シナ海で進行中の領有権紛争という、中心的な安全保障問題に対応していないとして、常に非難の的になっている。しかしながら、今回の首脳会談の共同声明とオバマ大統領の記者会見での発言には、中国の最近の域内における行動に対する高まる懸念を反映して、南シナ海における侵略的かつ威嚇的行動を非難する、微妙だが重要な表現が含まれている。共同声明の第7項と8項は、以下のように述べている。

a.第7項:国際法と1982年の国連海洋法条約 (UNCLOS) において普遍的に認められた諸原則に従って、武力による威嚇または実際の行使に訴えることなく、法的かつ外交的プロセスを全面的に尊重することを含め、紛争の平和的解決に対するコミットメントを共有した。

b.第8項:非軍事化と軍事活動の自制に加えて、UNCLOSに規定された、航行と上空飛行の自由の権利及びその他の合法的な海洋の利用と、妨害のない合法的な海洋における通商活動を含む、海洋の安全保障を確立するための、この地域の平和、安全保障と安定の維持に対するコミットメントを共有した。

(3) これらの2つの項目はともに、各国がUNCLOSと国際法の諸原則を遵守するとともに、武力による威嚇と実際の行使を自制することに、アメリカとASEAN各国の指導者が合意に達したことを示唆している。特に第8項は、南シナ海における航行の自由作戦を開始するというアメリカの決定に照らして、重要な意義を持つ。これら2つの項目の文言の明白な標的は中国であった。オバマ大統領は会議後の記者会見で、南シナ海問題に明確に言及して、「我々は、南シナ海の係争海域における更なる埋め立て、新しい建造物の構築及び軍事化の中止を含む、緊張を緩和するための具体的な措置の必要性について議論した」と語った。

(4) アメリカの4番目に大きい貿易パートナーとして、ASEANは、アメリカのアジアにおける再均衡化政策にとって重要で益々不可欠の要素となっている。ASEANとの密接な関係は、明らかにオバマ大統領の外交政策における成功物語の1つとなりつつある。オバマ大統領は、ASEAN地域への訪問が歴代のどの大統領よりも多く、既に7回に達している。そして5月のベトナム訪問がこれに加わる。こうした数多い訪問が成果をもたらすかどうかは、今後の時間の経過を待たなければならない。しかしながら、少なくとも現在のところ、このことは、アメリカは象徴性が政治的資産となる地域との関係を重視していることを示す、重要なシグナルとなっている。

記事参照:
The Importance of Sunnylands for U.S.-ASEAN Relations

【関連記事】「大国政治に脅かされるASEANの求心性―シンガポール専門家論評」(RSIS Commentaries, February 29, 2016)

シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS)のHenrick Z. Tsjeng研究員は、2月29日付のRSIS Commentariesに、"ASEAN Centrality: Still Alive and Kicking"と題する論説を寄稿し、ASEANは米中の大国間の政治力学によってその求心性に陰りが見られるようになっているが、団結心を維持し、統一した一つの声で主張するよう努力すべきであるとして、要旨以下のように述べている。

(1) 最近、オバマ米大統領がASEAN10カ国首脳を招いてカリフォルニア州のサニーランズで開催した米ASEAN首脳会議は、アメリカのアジアにおける再均衡化政策に対する支持を高める機会となった。会議後の共同声明は、米ASEAN関係の主要原則を改めて確認するとともに、アジア太平洋地域で発展しつつある地域的機構におけるASEANの中心的役割の重要性が確認された。大国間の政治力学の中でASEANの求心性に陰りが見られる中での今回の首脳会議は、ASEANの存在感を改めて確認するものとなった。ASEANの中心的役割、即ちASEANが地域的機構の中で主導的役割を維持していくという原則は、10カ国が団結することによってASEANの利益を堅持し、域外の大国が自らの意志をこの地域に押し付けることを決して許すことなく、これら域外大国に立ち向かうことができるし、またそうしなければならないということを前提としている。

(2) 最近のASEANは大国間、特に米中間の抗争によって、益々異なった方向に引っ張られているようで、ASEANの求心性は試練に晒されてきた。多くの専門家は、地域グループとしての一体性を保持し、地域協力における指導的役割を果たし続けるASEANの能力に、益々悲観的になってきている。こうした悲観的な見方は、2012年のカンボジアでのASEAN外相会議において、ASEANの歴史上初めて共同声明が発出できなかったことに端を発している。これは、当時のASEAN議長国、カンボジアに対する中国の影響力によるもので、南シナ海問題については解決に向けての原則声明が外相会議で発出されたものの、ASEANの求心性にとって大きな政治的後退と受け止められた。ASEAN加盟国の地域防衛協力については遅々としたペースながら継続されてきたが、この分野でも、大国政治の駆け引きから逃れることはできなかった。南シナ海問題については、中国が2国間対話に固執し、ASEAN全体との対話に応じる余地は全くないと主張しているにもかかわらず、近年、アメリカは、ASEANが団結してこの問題により積極的に対応するよう働きかけてきた。こうしたアメリカの働きかけは、2015年11月のクアラルンプールで開催された第3次拡大ASEAN国防相会議 (ADMM-Plus) でも見られたが、この会議では共同宣言が出されなかった。

(3) この会議から、多くの専門家は、ASEANが求心性を失いつつある、と見なすようになった。しかしながら、大国間の抗争が益々強まって行くことは確かだとしても、こうした見方は、表には現れないASEANの団結力の強さを見落としている。例えば、第3次拡大ASEAN国防相会議の前日に開催された国防相自由討論 (ADMM Retreat) では、翌日の拡大会議で共同宣言が発出されなかったという大きなニュースの影であまり注目されなかったが、緊急事態発生時における対応策の調整を図る、直通通信リンク(Direct Communication Link) の設置構想の合意といった、重要な成果が実現している。しかも、この会議で、南シナ海問題を共同宣言に含めることを巡って、アメリカ、中国及びその他の国々との間での意見の不一致が予想されたことを考えれば、ASEANは、南シナ海問題を含める共同宣言を発出しないことで、実際にはこの会議において自らの団結力と中心的役割を誇示したといえる。この会議では共同声明の代わりに、議長国マレーシアは、全会一致を必要としない議長声明を発出し、その中で、南シナ海行動宣言 (DOC) や南シナ海行動規範 (COC) に言及した。

(4) 米ASEAN首脳会議では、アメリカがASEANに対して自らの政策課題を提示する機会となったが、共同宣言では南シナ海問題に関しては何ら明示的な言及がなされなかった。共同宣言の第5項ではASEANの中心的役割への支持が表明されているが、実際にはそれに続く4つの項目における国際法の遵守と紛争の平和的解決の重要性に言及した部分で、ASEANの中心的役割が強調されている。しかし、これら4つの項目は暗黙裏に示唆してはいるものの、南シナ海問題におけるASEANの中心的役割については一切言及されなかった。アメリカは、ASEANの中心的役割に対する支持を益々強めながらも、少なくとも南シナ海問題に関しては自己の主張を押し付けることはしなかったようである。このことはASEANの中心的役割が機能している証拠であり、外部からの関与によって影響を受けながらも、大国政治によってASEAN自身の政策課題が奪われるべきでないことの重要性を示している。近年、ASEANの中心的役割は大国間の抗争によって脅かされてきたかもしれないが、ASEAN加盟国間、そしてASEANと対話相手国間の協力関係は大きく進展してきた。今後、ASEANは、統一した一つの声で主張するとともに、団結心、連帯感そして中心的役割を損ねないような形で協力関係の範囲を拡大していくべく、引き続き努力いていかなければならない。

記事参照:
ASEAN Centrality: Still Alive and Kicking

2月26日「南シナ海問題、新たな対中戦略を検討すべき―オーストラリア専門家論評」(The Interpreter, The Lowy Institute, February 26, 2016)

豪Griffith Universityアジア研究所訪問研究員、Peter Layton(豪空軍退役大佐)は、同国シンクタンク、The Lowy InstituteのWeb誌、The Interpreterに、"South China Sea: Beijing Is Winning, but Here's How to Retake the Initiative"と題する論説を寄稿し、南シナ海問題に関して、中国に対抗するための新たな戦略を打ち出す必要があるとして、要旨以下のように述べている。

(1) ここ数年間、中国は、他の関係諸国の「均衡化 ("balancing")」戦略と「法に基づく秩序 ("rules-based order")」戦略に対抗して、南シナ海で拡張主義的戦略を押し進めてきた。これまでのところ、中国の戦略は、一応成功しているように思われる。では何故、「均衡化」戦略や「法に基づく秩序」戦略は失敗したのか。では、どのような戦略なら成功するのか。

(2) 「均衡化」戦略は通常、軍事的に相手方と釣り合う力を獲得することを主眼とする。国家は、そうした力を確保して初めて、敵対国に望ましくない行動をとらせないように、武力による抑止効果を発揮できる。例えば、ベトナムは、海空軍を近代化し、沿岸警備隊や漁業環視局を強化し、意識的にインド、ロシア、日本そしてアメリカとの関係を強化し、更に自国の防衛産業を拡充している。米海軍による南シナ海での航行の自由作戦も、不測事態における武力による対応の脅威を暗黙的抑止力とする、「均衡化」戦略の一例である。しかしながら、こうした戦略は、中国の強みに対抗するもので、これまでところ簡単に跳ね返されてきた。あらゆる相対的な力関係からみて、中国は、アメリカを除く全ての南シナ海問題関係国に対して優位に立っている(アメリカについても、中国のGDPがアメリカのそれを凌駕するのは時間の問題と見る向きもある)。その上、世界の商業海運の相当部分が南シナ海を通航するが、その多くは中国向けである。従って、南シナ海問題において、中国が持つ利害は大きく、譲れないものである。故に、南シナ海の小さな島嶼群の領有権を巡って中国が戦争を仕掛けるという想定はあり得ない。それは、中国にとってあまりに高価につく反面、見返りが少ないからである。そこで、中国は、領土拡張主義的行動を展開するに当たって、他国をして軍事力行使による対応が全く不相応であると思わせるために、海軍、準軍事手段そして民間船舶を巧みに組み合わせて活用している。例えば、航行の自由に基づいて航行する艦船に対して、漁船がピケを張って妨害行為をする。こうした中国の巧妙なアプローチは、他国の武力行使による対応を誘発することなく、状況をコントロールするように計算されたものである。加えて、こうした中国の巧妙なアプローチの背景には、南シナ海問題における多くの関係国にとって、中国は主要な輸出市場であるという事実がある。この経済的な「にんじん」は、必要に応じて使われる「飴」として、交渉における即効的な取引材料となっている。

(3) 「均衡化」戦略は効果がないとすれば、「法に基づく秩序」戦略はどうか。「法に基づく秩序」は、国家は特定の法規に拘束されることに同意するという前提に立っている。中国は、幾つかの法規だけは適切であるとして遵守する姿勢を示している。中国の見解によれば、南シナ海の島嶼群は、1943年のカイロ宣言と1945年のポツダム宣言に基づいて、第2次大戦後に合法的に中国に返還されたとする。中国以外の国は、1951年のサンフランシスコ平和条約と1982年の国連海洋法条約 (UNCLOS) に基づくべきと主張している。中国は、サンフランシスコ平和条約の署名国ではなく、またUNCLOSに対しては、南シナ海問題に対する特定の留保条件を宣言して加盟している。従って、「真の意味において、国際法を遵守している」とする中国のスタンスに対しては、域内で同調する国もある。例えば、中国は大陸棚の限界に関して国際司法裁判所 (ICJ) での仲裁を拒否しているが、オーストラリアも隣国のチモールとの係争で仲裁を拒否している。フィリピンは仲裁裁判所に中国を提訴しているが、中国はこれを無視すると宣言している。これは何も珍しいことではなく、日本も南極海における捕鯨に関するICJの判決を無視している。

(4) 中国は、ゼロサム的結果を追求しているようである。中国は係争中の島嶼群の領有権を望んでおり、従って、他の領有権主張国と利益を分かち合う協調的戦略は非現実的なものとなる。では、「均衡化」戦略も「法に基づく秩序」戦略も効果的でないとしたら、何が中国の政策決定者に影響を与えることができるのか。南シナ海における行動に対して中国に代価の支払いを強要するためには、2つの異なるアプローチが考えられる。

a.第1のアプローチは、中国共産党 (CCP) にとって非常にセンシティブな特定の問題をターゲットにすることであろう。CCPの根源的目的は、正統性の維持と抑圧とによる政権維持にある。現在のCCPの指導部は、政治的な現状に対する脅威に極めて敏感であり、これが南シナ海での中国の行動に悪影響を与えている。南シナ海問題と、CCPの統治の正統性という問題をリンクさせることで、実質的な抑制を引き出すことが期待される。しかしながら、相応の代価の支払いを強要しない戦略でなければ、中国は心変わりをしないであろう。

b.もう1つのアプローチは、中国の将来的な行動の自由に制約を加えることを狙いとするものであろう。例えば、南シナ海での人工島造成に関して、王毅外相が最近、「中国は、施設の建設が完了すれば、これら施設を諸外国に開放する用意がある」と宣言した。このオファーは受け入れ可能である。人工島に国連やASEANの関係施設を建設し、そこに民間の災害救助部隊などを配置することができれば、これら人工島は中国の排他的所有財産ではなく、全ての国にとって利益となる新たな世界共有財産として認識されるようになろう。そうすることで、中国が人工島を軍事利用することに大きな制約を加えられる。

(5) いずれのアプローチも、これまで失敗してきた既存の戦略に代わる、新しい戦略の基礎となろう。一方、中国に対するコスト支払いの強要が得られる利益に見合わないと見なされれば、中国が作為した南シナ海の既成事実を受け入れるほうが賢明かもしれない。現在の効果のない対応を継続するのは賢明ではないと思われる。何故なら、中国の指導者は、誤った教訓を学び、現在の高圧的な戦略が自国にとって望ましい結果を得るための最も効果的な手段と信じかねないからである。こうした中国は、南シナ海に対するコントロールを望む中国よりも厄介なものになるかもしれない。

記事参照:
South China Sea: Beijing Is Winning, but Here's How to Retake the Initiative

2月29日「『アジアの地中海』に対する中国の挑戦の本質―M. オースリン論評」(AEI, February 29, 2016)

米シンクタンク、The American Enterprise Institute (AEI) 日本部長、Michael Auslinは、2月29日付のAEIのWebサイトに、"Asia's Mediterranean: Strategy, geopolitics, and risk in the seas of the Indo-Pacific"と題する長文の興味深い論説を寄稿し、アジア太平洋地域全体を大きな地政学的視野で俯瞰することで、「アジアの地中海」に対する今日の中国の挑戦の本質を理解できるとして、要旨以下のように論じている。

(1) 南シナ海における中国の行動に如何に対応するかを巡って、アメリカ国内では長らく議論されてきた。議論における立ち位置は、国際法に基づく法律遵守の立場から、中国の主張する領域周辺における(「無害通航」の主張と曖昧に関連づけた)米海軍戦闘艦による航行の自由作戦と、米軍機による時々の上空飛行を含む、限定的な軍事行動の提唱まで、多岐に亘る。南シナ海における多国籍海軍部隊による哨戒活動計画も論議された。しかしながら、南シナ海に対する強すぎる関心は、東アジアの戦略環境というより大きな構図に対する視野を塞ぐことになる。今まで我々は、一度に1つの地域にしか注目してこなかったように思われる。そのため、我々の分析が南沙諸島に専ら向けられている間は、同じ南シナ海の西沙諸島を無視することになる。オバマ政権が東シナ海の尖閣諸島を巡って日中間で高まる衝突のリスクに関心を奪われていたのは、僅か3年前のことであった。故に、我々は、現状に対する新たな挑戦が起こる度に不意を突かれてきた。今こそ、我々は、アジア太平洋地域全体を俯瞰する、より大きな地理戦略的視野を持つべき時である。そのためには、1940年代の一時期に議論された、イェール大学の地政学思想家、スパイクマンが提示した概念、即ち東アジアの「内海 ("inner seas")」としての統合された戦略空間、あるいは「アジアの地中海 (the "Asiatic Mediterranean")」と呼ばれる概念を思い起こす必要があるかもしれない。この概念の有用性は、アメリカとその同盟国やパートナー諸国が直面する地政学的挑戦が、アジア東部の共有の海洋空間全体のコントロールを巡って新たに出現しつつある抗争であることを、明確にすることにあろう。我々がこうしたアプローチをとる場合、この地域に関連した地政学的思考の進化を簡潔に見直すことが役に立つであろう。

(2) 地政学は、マッキンダーと、頻繁に引用されるが誤解されている彼の「ハートランド ("heartland")」論文に始まる。マッキンダーの1904年の有名な論文、「地理学からみた歴史の回転軸 ("The geographical pivot of history")」は、実際には、世界的な大国にとっての最終的目標として、基本的にユーラシアの大草原地帯を指す、「ハートランド」のアイディアについて手短に論じているだけである。マッキンダーは「ハートランドを制するものは世界を制す」と書いたが、彼の本当の狙いは、「ハートランド」を護り、そこにアクセスする「リムランド (the "rimlands")」を巡る抗争にあった。「リムランド」には、アジアと中東の沿岸地域のみならず、ユーラシア大陸の欧州半島が適切に取り込まれている。マッキンダーの論文から40年後の第2次大戦中に、スパイクマンが「リムランド」概念を復活させ、20世紀の大国間の抗争を念頭に、これに修正を加えた。彼の死後、1944年に出版された、『平和の地政学 (The Geography of the Peace)』において、スパイクマンは、首座を賭けた真の抗争 (the real struggle for mastery) の場が「リムランド」であるという見方を提示した。より重要なことは、英国や日本といった島国の「外側の三日月地帯 ("outer crescent")」の沖合を境界とする、「リムランド」に隣接する「縁海 (the "marginal" sea)」あるいは「内海 ("inner" sea )」のコントロールを確保することが「リムランド」支配の必須の要件である、との彼の主張である。従って、彼の主張に従えば、グローバルパワーにとって最も重要な海域は、欧州における北海と地中海、中東におけるペルシャ湾と西インド洋の沿岸海域、そしてアジアでは黄海に続く東シナ海と南シナ海ということになる。マハンのように広大なグローバルな海上交通路に着目する代わりに、スパイクマンは、グローバルな人口の大半が居住し、そして生産活動が最も集中し、最も貿易が盛んなこうした地域に関心を集中した。マッキンダー自身も、晩年の1943年のForeign Affairs誌の論文、「球形の世界と平和の勝利 ("The round world and the winning of the peace")」において、自らの初期の見解を変更し、スパイクマンのように「リムランド」とその「縁海」の重要性を強調した。実際、大西洋、珊瑚海そしてミッドウェーの戦いを例外として、第2次大戦中の大規模な海軍戦闘は、ほとんど欧州とアジアの「内海」での戦いであった。第2次大戦は、「公海」あるいは「内海」を問わず制海権が戦略的に必要であった、最後の大戦争となった。そして戦後の米海軍力は、恐らくソ連との潜水艦抗争を除いて、他を圧する比類のない戦力を有していたことから、制海に関心を払うことがなくなった。

(3) しかしながら、1945年以降で初めて「内海」のコントロールに対する最大の挑戦に直面している現在、我々は、「内海」の戦略的な重要性に対する自覚的な理解を失っている。アメリカが太平洋の「公海」における支配的優位を維持している環境下で、中国は、第1次大戦のドイツや第2次大戦の日本のように「公海」ではなく、アジアの「縁海」とその「空域」のコントロールを目指している。この事実を認識することによって、初めて、この地域における中国の軍事活動に対する我々の理解を統一できるだけでなく、リスクに晒されている海域、即ち、「アジアの地中海 (the "Asiatic Mediterranean")」を描き出すことができる。日本海、黄海、東シナ海そして南シナ海という統合された海域は、欧州にとっての地中海のように、東アジアの歴史、独自性そして貿易にとって極めて重要である。「アジアの地中海」は地理的にはインド洋に連結されるが、この2つを繋ぐ海上交通路は世界で最も重要な海上交通路の1つであり、海洋ユーラシアと西半球を結ぶ架け橋でもある。スパイクマンの言に倣えば、「アジアの地中海」を制するものはアジアを制するということになる。

(4) 中国による挑戦は2つの要素からなる。まず、中国の挑戦は、「アジアの地中海」における海洋の自由を脅かしており、究極的にはアジアの生産能力と貿易能力を脅かすことになる。そしてもう1つの中国の挑戦は、日本、フィリピン、インドネシアそしてオーストラリアを含む、アジアにおけるスパイクマンのいう「外側の三日月地帯」に対してだけでなく、アジアの「リムランド」に対しても、中国に優位な態勢の確立を目指していることである。この「リムランド」と「外側の三日月地帯」は、大陸部、半島そして島嶼群というユニークな構成になっていることに留意しておくべきである。1930年代の日本による朝鮮半島と台湾の支配は、中国への侵出を可能にした、「リムランド」に対する成功事例ではあったが、中国大陸の「ハートランド」に深入りし、また際限のない太平洋を目指したことで、泥沼に落ち込んだ。現在の中国は、その本土からだけでなく、「内海」の沿海拠点から、日本と東南アジアを脅かす能力を徐々に獲得しつつある。このような観点からすれば、2013年11月に北京が東シナ海に設定した防空識別圏 (ADIZ) は、アジアの「内空 (the inner skies)」のコントロールを目指す試みにおける新たな措置であるといえる。このような広範囲なスパンで戦略環境を俯瞰することによってのみ、我々は、「アジアの地中海」という統合された空間域に対する中国の長期的挑戦について、十分に理解し、認識し、そして対応することができるのである。

(5) では、アメリカはどうすべきか。まず、我々は、「アジアの地中海」という概念を意図的に取り入れなければならない。「アジアの地中海」は、北のカムチャツカ半島から南のマラッカ海峡にまで伸び、この間の全ての海域は相互に連結され、「アジアの柔らかい下腹部 (the "soft underbelly" of Asia)」になっていることを認識すべきである。その上で、我々は、我々の目標が「アジアの地中海」に対する継続的かつ完全なコントロールと、その安定の保証を確保することであるということを受け入れなければならない。そのためには、幾つかの政策が必要となる。

a.まず、我々は、この空間域全体をシームレスに捉え、コントロールを維持するための我々の計画立案と作戦運用を統合しなければならない。第2次大戦で連合軍が西部地中海を制していたが、東部地中海の喪失を決して受け入れられなかったように、我々は、東シナ海と南シナ海を分離すべきではない。従って、戦時の計画立案はこの地域全体を作戦行動とコントロールの区域として同盟軍によって維持する用意がなければならず、平時の航行の自由作戦はこの地域全般にわたって調整されるべきである。

b.第2に、諜報、監視及び偵察活動は、戦時と平時の両方の総合的なリスク評価を提供できるように整理されるべきである。

c.第3に、国防省は、グレイゾーン事態と戦争状態に対する合同対処に加え、安定を維持するために具体的にどのような協力ができるかについて、同盟国とパートナー諸国の両方と議論を始めるべきである。

(6) アメリカのコミットメントと国益を共に維持するという問題は、軽いものではない。かつてリップマンが1943年の著書、U.S. Foreign Policy: Shield of the Republicで警告したように、対外コミットメントは国力とのバランスがとれていなければならない。1945年以降、ソ連による限定的な挑戦を除いて、アメリカは、太平洋において脅威となる挑戦者に直面してこなかった。アジアの「リムランド」に局地的な力を投射した、半世紀近く前のベトナム戦争以降、アメリカのアジアに対するコミットメントと国力のバランスを心配する必要がなかった。しかしながら、今や、アメリカは、地域のコントロールにとって脅威となる挑戦者に直面している。この挑戦者は、現在のところアメリカのパワーを打倒することはできないかもしれないが、そのパワーを強化しつつある。より重要なことは、この挑戦者が「アジアの地中海」のコントロールを目標として設定し、人工島造成などによって、地政学的バランスを恒久的に変更しようとしていることである。しかしながら、アメリカは、この挑戦に対応するに当たって、この地域におけるアメリカのコミットメントとパワーのバランス維持を確保し、そしてこの挑戦の全容とその全体的な動向を適切に認識することに失敗する危険がある。ワシントンの政策立案者が、特にアメリカのコミットメントを、「縁海」の継続的な安定を維持し、どの国も「縁海」のコントロールに挑戦させないことであると理解しているとすれば、今や彼らは、アメリカのパワーがそうしたコミットメントに相応しいものではないと益々懸念していよう。こうした観点からすれば、アメリカの同盟機構は、皮肉なことに、「縁海」のコントロールという最優先課題にとって二義的なものになるかもしれない。何故なら、「縁海」のコントロールを失うことは、同盟に対するコミットメントの維持を一層困難で、高価なものすることになるからである。「アジアの地中海」の一部を失うことは、他の部分における同盟国とパートナー諸国にとって、自らの行動の自由を確保するために、アメリカとの結び付きを維持し続けるか、それとも中立を宣言するかの検討を迫られることは確実であろう。より良い行動方針は、「アジアの地中海」の全域を確保し、その安定を維持することである。そうすることで初めて、極めて重要なアジアの「リムランド」を紛争のない地域とすることができるのである。「アジアの地中海」は絶対に1つに纏まっていなければならない、さもなければ確実にばらばらになってしまうであろう。

記事参照:
Asia's Mediterranean: Strategy, geopolitics, and risk in the seas of the Indo-Pacific

【補遺】旬報で抄訳紹介しなかった、主な論調、シンクタンク報告書

1. ANOTHER PIECE OF THE PUZZLE
Asia Maritime Initiative, CSIS, February 22, 2016

2. New Possible Chinese Radar Installation on South China Sea Artificial Island Could Put U.S., Allied Stealth Aircraft at Risk
USNI News, February 22, 2016

3. Australia Defence White Paper 2016
February 25, 2016


編集・抄訳:上野英詞
抄訳:秋元一峰・飯田俊明・倉持一・高翔・関根大助・山内敏秀・吉川祐子