海洋情報旬報 2016年2月1日~10日

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2月1日「ロシア原子力砕氷船、北極圏軍事作戦の洋上司令部に」(The Maritime Executive.com, February 1, 2016)

ロシアのRosatom State Atomic Energy Corporationはこのほど、保有する原子力砕氷船、Sovietsky Soyuzを、北極圏における軍事作戦の洋上司令部として国防省に提供した。Sovietsky Soyuzは、2基の原子炉を備えたArktika級砕氷船で1989年に就役したが、現在改修中で、2016年秋に再就役予定である。該船は、全長148メートル、最高速度20ノット、最大3メートルの砕氷能力を持つ。Arktika級砕氷船は3隻で、他の2隻は北方航路で商船の航行を支援している。

米ロは現在、北極圏における軍事力を増強しているが、その方向性には明確な違いがある。ロシアが北極海における水上戦闘能力の強化を目指しているのに対して、アメリカは、水中戦闘能力の強化を目指しており、またハイテクステルス戦闘機による北方打撃部隊を整備している。米ロの相違は、数十年来の両国の軍事政策と装備の優先順位を反映している。ロシアは、砕氷船に多大の投資をし、現在22隻を保有しており、更に11隻を建造中である。他に、ロシア企業が19隻の北極海仕様の船舶を保有している。これに対して、アメリカは、北極海仕様の原潜を41隻保有している。

記事参照:
Russian Icebreaker Could Be Arctic HQ

2月2日「『航行の自由』作戦が目指すべき正しい方向―米専門家論評」(Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, February 2, 2016)

米シンクタンク、CSISのGregory Poling研究員は2月2日、CSISのThe Asia Maritime Transparency Initiativeに、"South China Sea FONOP 2.0: A Step in the Right Direction"と論説を寄稿し、今後アメリカが南シナ海で「航行の自由」作戦を実施していく上で目指すべき方向について、要旨以下のように述べている。

(1) 米海軍のミサイル駆逐艦、USS Curtis Wilburは1月30日、西沙諸島南端のTriton Island(中建島)周辺12カイリ以内の海域を航行した。米国防省の「航行の自由 (FON)」作戦計画による、最近数カ月で2度目のFON作戦である。今回のFON作戦は、一部から不満の声が聞かれたが、2015年10月26日の南沙諸島のSubi Reef(渚碧礁)周辺を航行したUSS LassenのFON作戦よりは大幅に改善されていた。前回のFON作戦に当たって、オバマ政権の一番の関心は、北京を必要以上に刺激しないように、USS Lassenの航行をあまり目立たせないことにあったようである。政府当局者は数日間、このFON作戦について誰も口にしなかった。その結果、USS LassenのFON作戦の目的を巡って様々な憶測を呼んだ。実際、政府がこのFON作戦の概要と目的について公式に発表したのは(カーター国防長官のマケイン上院軍事委員長宛書簡)、作戦実施から2カ月も経ってからであった。

(2) 対照的に、国防省は、今回のFON作戦については数時間以内に声明を出した。国防省は声明で、Triton Island(中建島)周辺12カイリ以内を無害通航したこと、そして今回のFON作戦が過剰な海洋権限の主張、即ち領海通航に当たって事前通報を求める中国、台湾及びベトナムの政策に対する挑戦であったことを確認した。つまり、事前通報なしの無害通航であった。そして重要なことは、最近のFON作戦の計画立案がこの作戦の特徴である法的明確さと非政治的性質を重視していることである。岩か島かといった、Triton Island(中建島)の国際法に基づく法的性格は明確(ほぼ間違いなく岩)で、満潮時でも海面上にあり、この周辺にはFON作戦の実施やその意味合いを複雑にするような、領海などの海洋権限を生成する他の海洋地勢は存在しない。対照的に、Subi Reef(渚碧礁)は低潮高地で、しかもどの国にも占拠されていない岩の12カイリ以内に位置する。このため、Subi Reef(渚碧礁)はこの岩の領海に取り込まれているのかどうか、そうだとすれば、Subi Reef(渚碧礁)の12カイリ以内を無害通航することを法的に求められるのか、といった法的曖昧さがあった。前回のUSS LassenのFON作戦に関して、カーター国防長官は、「我々は、・・・アメリカの選択肢を維持するために、想定されるどのようなシナリオにおいても合法的な方法でFON作戦を実施する。如何なる国も、国連海洋法条約などの国際法に反して、島や埋め立てによって造成した海洋地勢の周辺海域における航行の自由を規制することができない」と述べている。しかしながら、カーター長官は、より重要な疑問、即ち、一体、何故Subi Reef(渚碧礁)でFON作戦を実施したのか、ということに答えていない。もしアメリカが中国による無害通航規制に挑戦しようとしたのであれば、議論の余地のない固有の領海を生成する、あるいは近隣の海洋地勢の領海に取り込まれている、中国が占拠する海洋地勢が南沙諸島には他に5つある。一方、もしアメリカが特定の海洋地勢が領海を生成する権利を有するとの主張に挑戦するのであれば、Mischief Reef(美済礁)だけが、領海を生成しないことが明確な中国占拠の唯一の海洋地勢である。それにも関わらず、Subi Reef(渚碧礁)が選ばれたのは、一つには同礁を取り巻く法的曖昧さが、政府が何に対して異議申し立てをしているのかを正確に説明することを避けることができ、従って誤解を招く論議を避けることができるということであったのであろう。

(3) かつてFON作戦の計画立案に関わった経験を有する、Jonathan Odom海軍中佐によれば、FON作戦は常に慎重な法的検討を経て実施されており、特定の海洋に関する過剰な権利の主張に対して、アメリカが何故、どのようにして異議を申し立てるのかということについて正確に明らかにするため、可能な限り透明性をもって説明されてきた。それにもかかわらず、最近のFON作戦は多くの論議を呼び、オバマ政権は必要以上に慎重になっている。結局のところ、事前通報なしの無害通航は、南シナ海での今後のFON作戦における明確なメッセージにはならない。むしろ、無害通航に明確に違反する活動をしながら、Mischief Reef(美済礁)の12カイリ以内の海域を航行すること、そしてそうすることでアメリカは原初形状が暗礁であった海洋地勢に12カイリの領海を認めないことを誇示することは、人工島造成問題の核心を突くことになろう。それは、人工島周辺海域における航行の自由を規制しようとする中国の企図に異議を申し立てるためには、非常に効果的な方法であろう。

(4) 国防省が今回、FON作戦の舞台を南沙諸島から西沙諸島に移したことは、失望させるものであった。そして、一部の国は、西沙諸島周辺に設定した中国の違法な直線基線などの主張に異議を申し立てるのではなく、単に無害通航を実施しただけに終わったことに、不満を感じているかもしれない。FON作戦を効果的なものにするためには、FON作戦は、最終的には如何なる、そして全ての過剰な海洋に対する権利主張に異議を申し立てるものでなければならず、また定期的に、そして過剰に政治問題化せずに実施しなければならない。もし米政府が南シナ海において今後も頻繁にFON作戦を実施していくのであれば、南シナ海における中国とその他の領有権主張国による、海洋に対するあらゆる過剰な権利主張に異議を申し立てるために、多様なFON作戦を実施していく必要があろう。

記事参照:
South China Sea FONOP 2.0: A Step in the Right Direction

【関連記事1】「『航行の自由』作戦、アメリカはもっと明快なメッセージを発信すべし―米専門家論評」(Foreign Affairs.com, February 8, 2016)

米シンクタンク、The Center for a New American Securityの上席研究員、Mira Rapp-Hooperは、米誌、Foreign AffairsのWebサイト、Snapshotに2月8日付けで、"Confronting China in the South China Sea"と題する長文の論説を掲載し、アメリカは「航行の自由」作戦に当たって、より詳細な情報を公表することによって、それが発信すべきメッセージを一層明快なものにするとともに、多国間の協議メカニズムの構築を目指すべきとして、要旨以下のように述べている。

(1) 米海軍のミサイル駆逐艦、USS Curtis Wilburは1月30日、台湾とベトナムも主権を主張し、現在中国に占拠されている、南シナ海のTriton Island(中建島)周辺12カイリ以内の海域を航行した。2015年10月以来、2度目の「航行の自由 (FON)」作戦で、FON作戦は、アメリカと東南アジアの多くの国が過剰と見なす中国の海洋における権利主張に対抗するものであった。しかし、多くの専門家が不手際と見なした、前回のUSS LassenによるFON作戦とは異なり、今回のFON作戦は、北京と国際世論に対して明確な法的メッセージを発信するものであった。今回のFON作戦はまた、ベトナムを始め域内各国がアメリカのFON作戦を支持していることを明らかにした。言い換えれば、ワシントンは、南シナ海において強固な支持基盤を持っているということである。

(2) 人工島の造成は国際法で禁じられているわけではないが、中国が南シナ海の自国占拠地勢に小規模の軍事基地を建設しており、これは合法的基準を逸脱している。特に、人工島周辺に領海と領空を設定することは、国連海洋法条約 (UNCLOS) で認められていない。こうした過剰な海洋における権利主張に対抗するために、長年、FON作戦が実施されており、その多くはアジアで行なわれてきた。2015年10月のUSS LassenによるFON作戦が行われるまでは、南沙諸島での事例は多くなかった。国防省の発表によれば、今回のUSS Curtis WilburによるFON作戦は、Triton Island(中建島)周辺12カイリ以内の海域を無害通航した。従って、今回のFON作戦の目的は、領海や領空という中国の新しい海洋における権利主張に対抗するものではなく、前回と同様に、中国、台湾及びベトナムを含む世界の少数の国だけが要求している航行の事前通報要求に再び対抗するものであった。

(3) ワシントンがFON作戦によって発信するメッセージをより一層効果的なものにするためには、更なる措置をとる必要がある。

a.まず、アメリカは、ASEAN加盟10カ国間の協力に基づいた、航行の自由に対する長期的な多国間アプローチを進めなければならない。例えば、ASEAN拡大国防相会議に合わせて開催される会議などで、アメリカと東南アジアのパートナー諸国は、航行の自由に違反する情報を共有し、そうした違反に対する対応を調整すべきである。こうした会議を通じて、航行の自由の問題に関する定期的な多国間協力が制度化されることになろう。

b.フィリピンが提訴した仲裁裁判所の判決は、2016年半ばにも判決が下されると予想されている。恐らく、仲裁裁判所はフィリピンに好意的な裁決を下すであろう。仲裁裁判所は、南シナ海における中国の権利主張の多くを違法とするであろう。そして中国は、ほぼ間違いなく判決には従わないであろう。北京が判決に従わないということは、アメリカにとって法の支配に対する域内各国の支持を結集するまたとない外交キャンペーンの機会となろう。国務省は、こうしたキャンペーンを前もって準備しておかなければならない。そして国防省は、そのような事態になったら、外交キャンペーンを補強するFON作戦を実施しなければならない。

c.アメリカが南シナ海で定期的なFON作戦を実施するのであれば、国防省は、FON作戦に関してより頻繁に、詳しい報告をすべきである。米政府当者は四半期に2回、南シナ海でFON作戦を実施するとしているが、現在のところ、FON作戦に関する唯一の公表データは簡単な年次報告しかない。国防省は、半年毎か、あるいは四半期毎に、南シナ海でのアメリカの活動に関する情報を定期的に公表すべきである。例えば、FON作戦の法的側面に関する一般的な情報、即ち、事前通報を求める国に対抗したFON作戦は何回あったのか、あるいは領海に関する過剰な権利主張に対抗したFON作戦は何回か、といったことについて明らかにする必要がある。こうした情報を公表することによって、ワシントンは、FON作戦に関する明快で、一貫したメッセージを発信できるとともに、アメリカの活動に対する域内諸国と米国内の支持を得やすくなろう。

d.最後に、オーストラリアや日本などのアメリカの条約上の同盟国が南シナ海でより定期的に活動するようになるにつれ、これら諸国との間で、哨戒活動の実施に関して調整するためのメカニズムを構築すべきである。南シナ海での哨戒活動と対抗すべき過剰な海洋の権利主張に関する情報を共有することによって、ワシントンとその同盟国は、北京と域内全体に、首尾一貫した合法的で規範的なメッセージを発信することができる。

(4) アメリカのFON作戦は、過剰な海洋の権利主張に対抗して定期的に実行される合法的な活動であり、力を誇示するものではない。FON作戦は、それ自体で南シナ海への侵出を拡大する中国を阻止することはできない。それでも、FON作戦が発信する明快なメッセージと多国間の支持は、侵出阻止に向けた不可欠の措置である。

記事参照:
Confronting China in the South China Sea

【関連記事2】「『航行の自由』作戦、ソフトとハードの2つの特質―ベイトマン論評」(The Strategist, February 9, 2016)

オーストラリアのThe Australian National Centre for Ocean Resources and Security (University of Wollongong) の専門研究員、Sam Batemanは、Australian Strategic Policy InstituteのWeb誌、The Strategistに2月9日付で、"Stirring up the South China Sea"と題する論説を寄稿し、南シナ海における「航行の自由」作戦に見る「ソフト」と「ハード」の2つの特質について、要旨以下のように述べている。

(1) アメリカは1月30日、2度目の「航行の自由(FON)」作戦を実施した。米海軍ミサイル駆逐艦、USS Curtis Wilburは1月30日、西沙諸島の自然に形成された海洋地勢、Triton Island(中建島)周辺12カイリ以内の海域を航行した。西沙諸島に対しては、台湾とベトナムも主権を主張しているが、現在中国が占拠している。今回のFON作戦の目的は、前回より明確であった。前回のUSS LassenによるFON作戦は、重要な海上交通路が通る南沙諸島の係争海域で中国が造成した人工島周辺海域を航行したことで論議を呼んだ。今回のFON作戦は、前回に比べて、「ソフト」なFON作戦であった。「ソフト」というのは、米海軍が定期的に実施しているほとんどのFON作戦のように、あまり挑発的でない定期的なFON作戦という意味である。

(2) FON作戦に関する米国防省のWebサイトによれば、米海軍は2014年中に、中国を含む19カ国に対してFON作戦を実施した。中国に対するFON作戦の目的は、中国の過剰な権利主張、即ち、「過剰な直線基線、EEZ上空に対する管轄権、中国の管制空域に入る意図を持たないで中国の防空識別圏 (ADIZ) を通過飛行する外国航空機に対する規制、そしてEEZ内における外国艦船の調査活動を違法とする国内法」に対抗することであった。同じような目的によるFON作戦は、2009年以降毎年実施されている。USS Curtis Wilburによる今回のFON作戦は、西沙諸島周辺で中国が主張している直線基線、及び中国の領海通航の事前通報要求の2つの過剰な主張に対抗するものであった。そして、今回のFON作戦は、自然に形成された海洋地勢に沿った海上輸送路を航行する、「ソフト」なものであった。西沙諸島を通航する船舶は、西沙諸島の各地勢の12カイリ以内を航行している。数年前、筆者 (Bateman) が大型コンテナ船に同乗して香港からマレーシアのポート・クランに航行した時、このコースを航行した。この時、他の商船も、同じコースを航行していた。長年に亘り、アメリカを含む各国の軍艦も、中国によって挑発されることなく、恐らくこのコースを航行してきた。このコースは北の広州と香港から南のシンガポール海峡に向かう定まった航路であり、中国はこれまで、この航路を規制しようとはしなかった。対照的に、前回のUSS LassenによるFON作戦は、「ハード」な(即ち、比較的挑発的で論議を醸した)FON作戦といえる。何故なら、USS Lassenは、「人工的に造成された島」周辺の係争海域を通航する権利を誇示するために、定まった航路から故意に離れた海域を航行したからである。

(3) USS Curtis Wilburによる今回のFON作戦の特異点は、作戦自体というよりは、むしろアメリカがFON作戦を喧伝したことにあった。これまでのFON作戦は大々的に喧伝されることはなかった。今回のFON作戦を喧伝することによって、アメリカは、南シナ海問題を際立たせようとしたと見られる。注目されるのは、今回のFON作戦の2日後に、ハリー・ハリス太平洋軍司令官が、南シナ海における中国の領有権主張に対して強固に対応いくと語ったことである。また、国防省は作戦実施直後の声明で、今回のFON作戦が航行の自由を制限する、中国、台湾およびベトナムの過剰な主張に対抗するものであったと述べた。しかしながら、台湾とベトナムに言及してはいるが、現在Triton Island(中建島)を占拠している中国が南シナ海におけるアメリカのFON作戦の主たる対象であったことは明らかである。今回のFON作戦の法的性格に疑問の余地がないために、中国の反応は、前回よりも弱く、USS Curtis Wilburの航行に直接挑戦しなかった。

(4) 最後に、今回のFON作戦は、オーストラリアにとってどのような意味を持つか。一方で、オーストラリアは、オーストラリア海軍艦艇による南シナ海での確立された作戦行動、特に南シナ海の沿岸諸国が主張している過剰な直線基線に基づく拡張された領海を通航する、随時実施される海軍艦艇による哨戒活動で、事実上のFON作戦である、The Operation Gatewayを継続していかなければならない。これらは「ソフト」な活動である。しかしながら、他方で、オーストラリアは、(「ハード」と見られるかもしれない活動を実施することによって)これらの活動をエスカレートさせてたり、如何なる特定の主張国を対象としたりしてはならず、かつこれら主張国に対して自国の活動を過度に喧伝すべきでもない。このようなことは、南シナ海における緊張を高めるだけである。

記事参照:
Stirring up the South China Sea

2月9日「南シナ海問題、中国のレトリックの危険性―米専門家論評」(The Diplomat, February 9, 2016)

米海軍退役士官で東アジア海洋問題の専門家、Steven Stashwickは、2月9日付のWeb誌、The Diplomatに"80 Percent of Zero: China's Phantom South China Sea Claims"と題する長文の論説を寄稿し、南シナ海問題を巡る、中国の国内向けや外国向けの態度や主張の危険性について、要旨以下のように述べている。

(1) 「悪魔の最も見事な狡猾さは、『悪魔はいない』と信じ込ませることだ」とは、フランスの詩人、ボードレールの格言だが、それに倣えば、中国の最も見事な狡猾さは南シナ海に対する中国の領有権が存在すると我々に信じ込ませることかもしれない。「南シナ海の島嶼群に対する議論の余地のない主権」という中国の公式のレトリックは、確かに明確な中国の立場のように思える。しかしながら、海南島とベトナムとの間にある西沙諸島を明らかな例外として、中国は、南シナ海に対する如何なる法的に有効な主張も行っていない。その代わり、南シナ海の80%に対して領有権を主張しているという、何度も繰り返されてきた中国のよく知られた言い分は、本質的にその法的論拠を一層明確にする必要もなく、この地域で益々高圧的になる中国の活動を正当化していることに役立っている。中国はこれまで、正式な法的論拠を提示することなく、南シナ海問題で自らを戦略的苦境に追い込むことを巧みに避けてきた。

(2) しかしながら、この戦略の限界が露呈し始めている。2015年10月の米海軍駆逐艦、USS Lassenによる「航行の自由 (FON)」作戦はメディア報道で異常な注目を集め、南シナ海における領有権、法的及び戦略的問題が新聞の第1面に掲載される前代未聞の事態となった。USS LassenによるFON作戦は種々の論議を呼んだが、中国が自国のものとして「南シナ海のほとんどに対する領有権」を主張していることから、このFON作戦は「中国の領有権主張に対して異議を唱える」ことを狙いとしたものである、と一般には受け止められている。中国が「南シナ海の80%に対して領有権を主張している」という報道はこの地域のニュースでは普通の状況だが、このことは、中国政府が間違いなく歓迎し、そして明確に否定することは何もしていない「事実」となっている。また、このFON作戦に関する報道では、中国が南沙諸島周辺に12カイリの領海を主張している、としばしば指摘されてきた。メディアによって作られた印象に反して、中国は、自らに属すると見なす海洋地勢に対してどのような主張もしていない。南シナ海に対する中国の主張には、非常に曖昧な部分がある。

(3) では、中国の領有権主張とはどのようなものか。国連海洋法条約 (UNCLOS) 第16条は、自国の領海とその基線を公表するとともに、「それらの位置の確認に適した・・・海図」あるいは「地理学的経緯度の表」のいずれかを国連に寄託することを、当該国に要求している。しかし、中国が国連に寄託したものには、このような明確な主張はほとんど含まれていない。中国は、1958年の領海宣言で、南沙諸島とその他の島嶼群の周辺に基線を主張したが、それらの島嶼群を特定しなかったし、また基線の地理学的経緯度も提供しなかった。中国は1996年になって、基線の地理学的経緯度を国連に寄託したが、これには、南シナ海の西沙諸島と、東シナ海の尖閣(釣魚)諸島が含まれていた。しかし、南沙諸島、あるいは南シナ海の他の諸島についてのデータが含まれていなかった。南シナ海では法的主張の代わりに、中国は、例え法的論拠がなくても、中国が南シナ海を事実上管理していることを他の領有権主張国に認めさせるために、埋め立て計画と海洋法令執行能力を活用して、既成事実を構築することを追求してきた。多分、中国は、この海域を何処まで確実に管理できているかについて確証が持てないため、その法的境界線と領有権を明確にすることによって、中国が所有を主張できる境界を明示しないことを選択したと見られる。

(4) 悪名高い「9段線」地図は、メディアによって頻繁に取り上げられることで、中国が南シナ海の全域を管理している、あるいは管理すべきと考えるという見方を浸透させた、中国の最も成功した戦略的コミュニケーションであるかもしれない。この地図は、ベトナムとマレーシアが大陸棚外縁の延伸を合同申請した時、中国がこれに反対する論拠として国連に提出した口上書で初めて公式に明らかにされた。南シナ海のほとんど全域を取り囲むこの地図は、中国が南シナ海の全域、あるいは大部分(または「80%」)に対する領有権を主張しているとする、メディアや専門家の有力な論拠となっている。しかし、注意すべきは、この地図は公式の主張ではないということである。しかも、この地図は、UNCLOS第16条が求める、領海を規定する地理学的経緯度を明示していない。この地図が南シナ海の海域自体ではなく、そこにおける島嶼群に対する領有権を主張するものであったとしても、これら島嶼群を巡っては他の国も領有権を主張しており、従って、これら島嶼群に対する主権問題が解決されない限り、領海問題は法的には未解決ということになる。中国の中国外交部や習近平主席の公式の声明を精読すれば、それらは常に、海域自体ではなく、そこにおける島嶼群の主権に言及している。しかしながら、例えば、「中国は、(南沙)諸島に対する議論の余地のない主権を有している」といった明快な言い振りと、他方で例えば、「(中国は)領土主権と安全を断固として防衛する」といった抽象的な主権と安全保障についての包括的なレトリックを併せて強調することで、領有権主張とそれを護る高圧的な姿勢が印象付けられる。

(5) USS LassenによるFON作戦に対する中国側の対応について、Yale Law Schoolの研究者、Graham Websterは、FON作戦そのものに対する激しい非難にもかかわらず、中国当局者の言葉遣いが如何に慎重であったかを指摘した上で、それでもなお中国は、「Subi Reef(渚碧礁)が12カイリの領海を生成できるかどうか、米海軍が中国の主権を侵害したのかどうか、中国が主権を主張する特定の海域は何処か、そしてもし事態がエスカレートするとすれば、事態が拡大する敷居は何処かといったことについて、明確に、あるいは言外のも臭わすことを避けた」と述べている。確かに、このFON作戦に対して、中国外交部は、「米中関係と地域の平和と安定」を害する違法行為と指弾し、アメリカに「危険で挑発的な行為を慎む」よう警告した。一方、中国国防部は、中国海軍は「国家主権、海洋権益そして南シナ海における安定を断固護るための義務と任務」に必要なあらゆる措置をとると主張した。こうした中国のレトリックは、実際のところ国内向けであり、また国際報道を対象にしたものである。USS Lassenの艦長が明らかにしたように、中国海軍の現実の対応は、USS Lassenが数週間にわたりこの海域を哨戒している間、尾行していた中国の戦闘艦が米艦と頻繁に交信し、中国外交部が警告した後でも、中国艦が寄港する際に挨拶を交わしている。中国は明らかに、米海軍との遭遇をエスカレートさせる意図を持ってはいないが、その後の米中両国海軍のトップ会談では、メディア報道が律儀に報道したように、中国はエスカレートさせることが可能だった、あるいはそうするつもりであったとの印象を深めることを狙った。こうした現実と報道の深いギャップは、アメリカ国民をして、米政府は南シナ海問題に介入する「リスク」を冒すべきではないと確信させるために、中国が戦う意志を誇示しているとの印象を強めることによって、中国が南シナ海における成果を強固なものにしようとしていることを示唆している。

(6) しかしながら、この戦略は、国外向けに意図した強固な姿勢に対して、中国内のナショナリストが同じように(あるいはより過大に)反応した場合、国内的には大問題となる。その場合、中国は、政府の公式見解の微妙なニュアンスを評価できない国内勢力からの大きな圧力に直面する可能性がある。米誌、Foreign Policyは、USS LassenによるFON作戦に対して中国政府が軍事行動よりも抗議するだけに止めようとしたことに対する中国内のナショナリストの不満について、報じている。最大の危険は、米中とも南シナ海で対決するリスクを冒すことを望んでいないとしても、両国が相手の公式の戦略とは異なる見せかけの態度や、あるいはメディアや専門家の報道や主張を真に受け始めた場合である。

記事参照:
80 Percent of Zero: China's Phantom South China Sea Claims

【補遺】旬報で抄訳紹介しなかった、主な論調、シンクタンク報告書

1. The PLA's New Organizational Structure: What is Known, Unknown and Speculation (Part 1)
China Brief, The Jamestown Foundation, February 4, 2016
By: Kenneth Allen, Dennis J. Blasko, and John F. Corbett

The PLA's New Organizational Structure: What is Known, Unknown, and Speculation (Part 2)
China Brief, The Jamestown Foundation, February 23, 2016
By: Kenneth Allen, Dennis J. Blasko, and John F. Corbett

Kenneth W. Allen is a Senior China Analyst at Defense Group Inc. (DGI) and a concurrent Senior China Analyst with the USAF's China Aerospace Studies Institute (CASI). He is a retired U.S. Air Force officer.

Dennis J. Blasko, Lieutenant Colonel, U.S. Army (Retired), served 23 years as a Military Intelligence Officer and Foreign Area Officer specializing in China. He is the author of The Chinese Army Today: Tradition and Transformation for the 21st Century, second edition (Routledge, 2012).

John F. Corbett, Jr., an Analytic Director with CENTRA Technology, Inc. since 2001, specializes in China, Taiwan, and Asian military and security issues. He is a retired US Army Colonel and Military Intelligence/China Foreign Area Officer (FAO), and served as an army attaché in Beijing and Hong Kong.

2. Declassified: US Nuclear Weapons At Sea
The Federation of American Scientists, February 3, 2016

By Hans M. Kristensen, Hans M. Kristensen is the director of the Nuclear Information Project at the Federation of American Scientists where he provides the public with analysis and background information about the status of nuclear forces and the role of nuclear weapons.

3. REGIONAL COOPERATION AND COMPETITION: CHINA AND THE U.S. IN THE ASIA PACIFIC
The Brookings Institute, February 4, 2016

4. Report: Arctic Shipping - Commercial Opportunities and Challenges (PDF)
The Copenhagen Business School, February 4, 2016

5. Vietnam's Master Plan for the South China Sea
The Diplomat, February 6, 2016
By Koh Swee Lean Collin, Koh Swee Lean Collin is associate research fellow at the Institute of Defence and Strategic Studies, a constituent unit of the S. Rajaratnam School of International Studies, Nanyang Technological University based in Singapore.

6. Why Islands Still Matter in Asia
The National Interest, February 6, 2016
Andrew S. Erickson and Joel Wuthnow, Andrew S. Erickson, Professor of Strategy in the China Maritime Studies Institute at the Naval War College. Joel Wuthnow is a Research Fellow in the Center for the Study of Chinese Military Affairs at the National Defense University.

7. South Sea Fleet: The Emerging 'Lynchpin' of China's Naval Power Projection in the Indo-Pacific
National Maritime Foundation, February 10, 2016
Gurpreet S Khurana, Captain Gurpreet S Khurana, PhD is Executive Director, National Maritime Foundation (NMF), New Delhi. The views expressed are his own and do not reflect the official policy or position of the NMF, the Indian Navy, or the Government of India.


編集・抄訳:上野英詞
抄訳:秋元一峰・飯田俊明・倉持一・高翔・関根大助・山内敏秀・吉川祐子