海洋情報旬報 2015年12月21日~31日

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12月22日「インドの改訂海洋安全保障戦略の要点―英専門家論評」(The Wire, December 22, 2015)

英シンクタンク、国際戦略研究所 (IISS) 上席研究員、Rahul Roy-Chaudhuryは、12月22日付のウェブ誌、The Wireに、"Five Reasons the World Needs to Pay Heed to India's New Maritime Security Strategy"と題する論説を寄稿し、インドが最近公にした改訂海洋安全保障戦略について、要旨以下のように述べている。

(1) インドの海洋安全保障戦略の包括的な改訂版、Enduring Secure Seaは最近公にされたが、現在のところ配布先が限定されている。この中で、インド海軍のRobin Dhowan参謀総長は、今後10年間に亘るインド洋におけるインド海軍の拡大しつつある役割と責任のための積極的な戦略を明確にしている。この戦略は、比較的保守的であった、2007年版の海洋戦略とは対照的である。この戦略は、インドの繁栄と安全保障にとっての海洋の重要性に対する軍民間のコンセンサスの高まりという、重大な発展を表象している。2008年11月に海上ルートを利用したムンバイでのテロ事件後、当時の政府が沿岸警備態勢を全面的に見直し、2009年2月に、沿岸と沖合の安全保障を含む、国家海洋安全保障全般に対する拡大された責任がインド海軍に公式に付与された。海洋安全保障を巡る軍民間の歩み寄りの背後には、経済的要因があった。インドは、貿易とエネルギー輸送をインド洋に依存している。インド洋のほとんどの主要な国際航路は、インドの島嶼領土の近くを通っている。そしてインド海軍を増強に駆り立てている主な原動力は、インドに対する、そしてインドでは潜在的な包囲網と受け止められている、インド洋における中国の影響力の拡大に向けた、中国の攻勢的な政策である。パキスタンの海軍航空隊と増強されつつある潜水艦戦力も、インド海軍にとって脅威である。4隻のパキスタン海軍水上戦闘艦に核弾頭搭載ミサイルが装備されている可能性があり、優先課題としてこれらの戦闘艦の追尾が必要になり、そのためにインド海軍は相当な労力と資源が必要となるであろう。

(2) モディ首相は、インドが中国の拡張主義的政策に対抗し、海洋におけるテロに対応するため、インド洋における海上優勢を明確な目標として、インド洋を外交政策の優先課題に設定した。モディ首相は2015年3月、以下の4項目に焦点を当てた、インド洋政策を発表した。即ち、①インドの国益と海洋領土(特にテロ対処)の防衛、②インド洋地域の隣国や島嶼国家との経済、安全保障協力の深化、③平和と安全保障に関する集団行動の促進、そして④持続的発展のためのより統合され協力的な未来の追求、である。

(3) 改訂版の海洋安全保障戦略は、この政策の結果ではないが、それを補完する上で役立つ。「インド・太平洋」という用語は改訂版には1度しか言及されていないが、このことは、インド海軍の核心的重点がインド洋にあることを示している。実際、改訂版は以下の5つ面から重要である。

a.第1に、改訂版は、具体的にインドの「海洋権益」の領域を拡大している。これらの権益には、「インド人の国外移住、海外投資及び政治的理由から考慮された国益の範囲」が含まれる。2009年に改訂された、2004 年版「インド海洋ドクトリン」以来、インドの海洋権益の領域は、「最重要 (primary)」と「二義的 (secondary)」の2つで定義されている。「最重要」領域はインド洋北部を広く取り囲んでいるが、改訂版では、南西インド洋と紅海(以前は「二義的」領域)を含め、南方と西方の両方向に拡大されている。「二義的」領域もまた、アフリカ西海岸や地中海を含めて拡大されている。

b.第2に、改訂版は、インド洋の島嶼国家に対する「真の安全保障提供者」になるという、シン前政権の政策を適切に推し進めている。改訂版は、インドの海洋権益領域における真の安全保障を強化するために、「好ましい肯定的な海洋環境」を形成していくとしている。

c.第3に、公式文書が初めて正式に、将来の艦隊戦力構成は、それぞれ空母を中核とする3個の空母戦闘群の整備、及び各1個かそれ以上の空母戦闘群で構成される、2個の空母機動部隊の運用能力の整備に基づく、と明記した。

d.第4に、インド初のArihant級弾道ミサイル搭載原潜 (SSBN) の海上公試が実施されていることに伴い、改訂版は、インドの核の「先行不使用」と「非核保有国に対する核不使用」政策に従って、懲罰的な報復能力の確保を重視している。

e.第5に、改訂版は、「航行の自由」の維持と、海洋における国際的法的体制、特に国連海洋法条約 (UNCLOS) の強化の重要性を強調している。

(4) インド海軍のインド洋での運用実績も、2007年版の海洋戦略以来、この8年間で増加してきている。即ち、

a.インド海軍は、海賊活動がインドのラクシャディープ諸島水域にまで広がってきた2011年以来、アデン湾とソマリア沖合に加えて、新たにアラビア海における海賊対処作戦で積極的な役割を果たしてきた。

b.インド海軍は、リビヤ(2011年)、クウェート(2014年)及びイエメン(2015年)における非戦闘員後送作戦、そしてサイクロン被害の救援(2007年、2008年、2013年、2014年)などの人道支援・災害救援作戦を行った。

c.インド海軍は現在、20カ国以上と海軍同士のスタッフ協議、そして11カ国と定例化された2国間あるいは3国間演習を実施している。2013年8月には、海軍専用の通信衛星、GSAT-7監視衛星が打ち上げられた。

d.こうした海軍外交活動は、インド海軍の能力と態勢の変化に合致している。14隻の潜水艦、27隻の主要水上戦闘艦、及び2個海上哨戒機飛行隊を含む、100隻近い哨戒艇・沿岸戦闘艦からなる艦隊は、改訂版で示された、次の10年間で200隻海軍を整備する目標に従って増強される。

(5) しかしながら、インドが熱望するインド洋におけるある程度の海上優勢を実現するために必要な能力から見て、インド海軍の現在の能力は劣っている。

a.インド艦隊の推定60%の艦船が老朽化の様々な段階にあり、艦年齢の高齢化が進んでいる。一方で、建造中の軍艦は、相当なコスト高と建造工事の遅れに直面している。インド海軍は、艦隊戦力の急減対策の一環として、この16年間で初めてScorpene級潜水艦を取得した。

b.インド海軍は、士官階級で定員の16%、下士官階級で定員の11%、それぞれ不足している。

c.インド海軍は2013年8月、ロシア製のKilo級通常型潜水艦がムンバイの海軍造船所で水没し、18人の人員が亡くなるという、平時で最悪の事故を起こした。このことは、インド海軍の訓練不足と安全確保の欠陥を露呈した。

d.モルディブとの外交関係は、現在、政治的対立が原因で緊張関係にあり、早急な改善が必要とされている。

記事参照:
Five Reasons the World Needs to Pay Heed to India's New Maritime Security Strategy

12月28日「米中関係とアジアの安全保障の行方―専門家の見方」(Today Online, December 28, 2015)


シンガポール在住のジャーナリスト、Sue-Ann Chiaは、12月28日付のシンガポール紙、Today(電子版)に、"Great Sino-US power game could shatter peace in Asia"と題する論説を寄稿し、専門家の見方を紹介しながら、米中関係の今後とアジアにおける安全保障について、要旨以下のように述べている。

(1) 中国近隣の小国にとって、益々高圧的になる中国に対して不快感を表明する1つの方法は、巨大になった中国に対抗しうる唯一の超大国、アメリカの同情心を買うことである。これはアメリカのアジアにおける「再均衡化」政策とも合致するものであり、またアメリカ自身も、世界第2位の経済大国とのパワーバランスを追求するために、アジア地域との関係強化をこれまで以上に望んでいるようである。英紙、The Guardianのコラムニスト、Timothy Garton Ashは最近のコラムで、「台頭する超大国と既存の超大国との関係は、現代における最大の地政学的問題である」、「もしワシントンと北京が適切な対応をとらなければ、今後10年間の内の何時かの時点でアジアの何処かで戦争が起こりかねない」と述べている。

(2) 米中両国間の交流が深まってきてはいるが、南シナ海における政治的対立、中国を除外したアメリカ主導の環太平洋地域経済連携協定 (TPP) あるいはアメリカを除外した中国主導のアジアインフラ投資銀行 (AIIB) に見る経済的抗争など、両国間の関係は、親しみのある協力関係というよりは、抗争的側面が勝った関係である。アジアから欧州への中国の陸上と海上の交易ルートの活性化を意図した、習近平国家主席提唱の「一帯一路」構想さえも、アメリカに対する挑戦として受け止められている。米オハイオ州立クリーブランド大のForrest Tan教授は、中国の大学でも教えた経験を持つが、「私は、2015年の米中関係を、明確な行き先のないジェットコースターに乗ってアップダウンしているようなものと表現したい」とし、「戦略的な方向性を持たなければ、2016年の米中関係という船は、真っ暗闇の海に漕ぎ出すことになろう」と語った。Tan教授の厳しい見方は、南シナ海における中国の人工島造成問題が米中関係を損なうものになろうと見る、他の多くの専門家も共有するところである。最新の紛糾は、係争海洋地勢の周辺海域を航行した米海軍の「航行自由」作戦を巡るものであり、この作戦が今後を繰り返されると見られる。南シナ海の問題はまた、中国近隣のアジア諸国に軍事力の強化を促している。米誌、Foreign Policy 12月号は、「日本は、第2次世界大戦後の平和主義を放棄しつつある。ベトナムは、かつての敵国、アメリカから武器を購入している。フィリピンは、25年前に撤退させた米軍部隊を再び招き入れている」と述べている。一部の専門家は、米中関係は南シナ海問題を巡って力の抗争というグレートゲームに入り込む転換点に近づきつつある、と見なしている。パウエル元米国務長官の側近で、安全保障問題の専門家、Lawrence Wilkerson米陸軍退役大佐は、「軍事紛争の可能性を巡る憶測が自己実現的予言になりかねないことを恐れている」として、「アメリカあるいは中国が、面目の失墜を避けるために、やると言ったことをやらざるを得なくなるよう状況に追い込まれる可能性がある。南シナ海で、特に南沙諸島を巡って、大規模な軍事紛争の最大のリスクがある」と述べている。

(3) しかし、他の専門家は、米中両国は冷静であり、制御不能な状態にまで事態を悪化させないであろう、と見ている。シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係研究院 (RSIS) のAngela Poh研究員は、「アメリカも中国も、他の多くの優先的課題を抱えているが故に、南シナ海問題を巡って、米中の2国間関係全体を危うくするようなことはしないであろう。従って、我々は、米中両国が状況を管理するための友好的なジェスチャーを交えた、外交的シグナルを交わしていると見ている」と述べている。一方、北京大学行政学院の張建准教授は、「例え海上での戦争がないとしても、サイバー攻撃のようなサイバーセキュリティの問題は、海上における戦争と同等のダメージを米中関係にもたらす可能性がある」と見、「私は、中国による将来の大規模なアメリカに対するサイバー攻撃を、一部のアメリカの政治家が『サイバーセキュリティにおける真珠湾攻撃』と騒ぎ立てかねないことを危惧している。サイバー攻撃問題は、重大で、しかも簡単に政治問題化され得るものであり、そして最も重要なことは、米国内の怒りを直接中国に対して動員できるということである」と指摘している。とはいえ、張建准教授や他の専門家は、米中両国間の増大する経済的相互依存関係は抗争よりも協力を必要としていることに注目している。現在、中国は米国債の最大の保有国であり、両国間の経済取引額は5,000億ドルを超えている。更に、米中間には、テロとの戦いという、一致団結できる問題が存在する。中国は、11月に自国民がイスラム国によって殺害されたことで、この問題に引きずり込まれることになった。これは、習近平主席が対イスラム国作戦に参加することを促すことになり、「中国は、国際コミュニティとの協力関係を強化し、世界の平和と安全を守るために暴力的なテロリズムと断固として戦う」と述べた。

(4) 米中関係の現状は、互いに相手の出方を窺う、複雑で入り組んだ関係である。Henry Kissinger元米国務長官は、米中関係を「共進 (co-evolution)」関係と評している。Kissingerによれば、「その意味するところは、我々は中国に対して我々と同じように行動することを要求すべきではない、そして中国も、あらゆる局面で我々が中国の思い通りに行動すると期待すべきではないということである」、「我々が互いに期待すべきことは、あるいは実現しようとすべきことは、双方がそれぞれ最適と思う方法で、自国社会を発展させるということである。しかし、そうするに当たって、我々は、同じような目標に、そして時には完全に同一の目標に向かって進んでいくことに留意すべきである。従って、我々は、恐らく並進していくことになるが、必ずしも同一歩調ではない。」習近平主席は9月の訪米で、米中間の大規模紛争を回避するガイドラインとして、「新型の大国関係」を提示した。米ジョージワシントン大のDavid Shambaugh教授は、「両国とも、そのような関係に導く脚本は持っていない」と指摘している。その上で、Shambaugh教授は、Kissingerの「共進」というビジョンについて、「米中相互の政治文化や現在の政治システム、国家アイデンティティ、社会的価値観、そして世界観が、今日、米中間にこうした戦略的グランドバーゲンをもたらすかどうか、私には全く明確ではない」、「要するに、米中の2つの大国は、共存しなければならないが、そうすることが益々困難になってきているようである。いずれにしても、両国関係は、離婚を許されない婚姻関係である。離婚は戦争を意味する」と述べている。他方、前出のRSISのPoh研究員は、ASEANと米中間について、「南シナ海は、ASEANにとって重要なリトマス試験紙であり、ASEAN諸国と大国との関係を決定づけるものになるであろう。短期的な利益のために米中いずれかの側に与すれば、ASEANは団結と信頼を失うことになるだけであろう。また、いずれかに与するようなことになれば、南シナ海、そして域内全体が、大国同士の本格的な抗争の場になるであろう」と述べた。更に、Poh研究員は、緊張緩和と軍事化の回避が域内の喫緊の課題であるとして、「中国は、その意図に関係なく、埋立て活動が域内に重大な懸念を生み、結果的に安全保障のジレンマを招くということを理解する必要がある。同時に、域内各国とアメリカは、中国のあらゆる活動に対して過剰に対応しないことが必要である」と指摘している。

記事参照:
Great Sino-US power game could shatter peace in Asia

12月30日「アメリカのアジア撤退など考えられない―米専門家論評」(The National Interest, Blog, December 30, 2015)


米誌、The National Interestの前編集主幹で、シンクタンク、The Center for the National Interestの上席研究員、Harry Kazianisは、12月30日付の同誌ブログに、"Unthinkable: If America Walked Away from Asia"と題する論説を掲載し、要旨以下のように述べている。

(1) アジアにおける中国の「台頭」は、中国と、ワシントンとその同盟国との間で緊張を高めている。東シナ海や南シナ海における紛争、「航海の自由 (FON)」作戦に対する加熱した論議、経済的競争、中国の接近阻止/領域拒否 (A2/AD) 対アメリカのAir-Sea Battle/JAM-GCに見る「アクセス」に対する増大する挑戦など、緊張要因は今日、ほとんど無数にある。

(2) では、このような状況に対して、アメリカは何をなすべきか。国際関係論を専門とする、John Glaserは1つの大胆なアイデアを提唱している*。即ち、「卓越戦略を放棄する ("abandon our strategy of primacy") 」ことであり、そうすることで「アメリカは、その核心的利益を損なうことなく、東アジアにおける手に余る覇権的役割を放棄することができる」と述べている。Glaserは続けて言う。「アメリカが中国の裏庭で支配的パワーであることに固執する限り、中国は、アメリカに脅威を及ぼす。(支配的パワーに固執する)政策は、実際のところアメリカの安全保障にほとんど貢献していない。もし我々が『卓越戦略』を放棄すれば、米中衝突のリスクは軽減されるであろう。他方、中国の台頭を封じ込めようとすれば、破滅の予言が正しかったことが証明されるであろう。」その上で、Glaserは、「中国に対する現在のアプローチは一種の封じ込めに等しいものであり、それは基本的に3つの施策によって遂行されている」として、以下のように指摘している。

a.アメリカのアジア太平洋地域への戦略的回帰の要となる、条約上の同盟国、日本、韓国、オーストラリア、フィリピン及びタイとの同盟関係を維持、強化すること。

b.この地域において、地理的には分散し、政治的には持続可能な戦力態勢を確立するために、域内全域でのアメリカの軍事プレゼンスを強化すること。

c.中国を脇に置き、時には排除するような形で、域内におけるアメリカの経済的関与を一層強化すること。

(3) 筆者 (Kazianis) の読後の疑問は、そもそも何故アメリカはこれら3つの施策を遂行しているのかということである。以下のリスト(包括的なものではないが)が、このことを明らかにしている。即ち、

・中国は、過去20年間、ほぼ毎年2桁増の予算によって、軍事力を増強している。多くの専門家は、こうした軍事力を、戦闘においてアメリカを打破することを重視したものと推測している。

・中国は、アメリカが仲介した緊張を拡大しないための合意後、Scarborough Shoal(黄岩島)をフィリピンから奪取した。

・中国は、何度もベトナムのEEZ内に石油掘削リグを設置した。

・中国は、南シナ海は事実上自国領域であると繰り返し宣言している。

・中国は、東シナ海の尖閣諸島に対する日本の支配に常時挑戦しており、最近では上空で極めて重大な接近事案が発生している。

・中国は、東シナ海に防空識別圏 (ADIZ) を宣言した。

・そして現在、中国は、南シナ海で人工島を造成しており、これらの人工島をその主権主張を強めるために利用するとみられる。

(4) 上記のリスト、即ち中国が「平和的台頭」を放擲したことで、アメリカは、いわゆる「卓越の座 (primacy)」を維持するだけでなく、Glaserが明確に指摘しなかったより重要なもの、即ちアジアの国際秩序の維持を確実にするために、必要最小限の対応をせざるを得なかった。留意すべきは、アメリカが維持してきたアジアの国際秩序の維持は第2次大戦以降主要大国間の戦争がなかった秩序であり、しかも、そこにおける平和と繁栄が中国をしてGDP世界第2位の経済大国となることを可能にしたのである。事実、幾つかの国の政府は中国の台頭を後押ししてきたが、アメリカは最大の唱道者であった。多くの局面での中国の高圧的姿勢によって、アメリカもその思考を変えざるを得なくなった。要するに、中国はゲームのルールを変えたことで、アメリカはそれに対応してきたということである。

(5) そこで、まず、アジアにおけるアメリカのいわゆる「卓越の座」の何が悪いのかと問いたい。少なくとも筆者の見解では、Glaserは、アジア太平洋地域がほぼアメリカの従属下にあると見、アメリカはその統制を放棄すべきであるとしている。全ての重要な安全保障同盟、核の傘、そして物流を盛んにするシーレーンの防衛など、ワシントンが多くの重要な公共財の真の提供者であったことを、誰もが理解するようにしなければならない。この点について、Eric Edelman元米国防省政策担当次官は、次のように述べている。「『卓越』の概念は、冷戦終結後のアメリカの大戦略を支えてきた。何故なら、他のどの国も、国際システムの安全保障を維持するとともに、劇的に増大したグローバルな経済活動と繁栄の時代を可能にした、共同の公共財を提供できなかったからである。アメリカと世界システムは共に、このような環境から利益を得てきたのである。」

(6) 次に、ではアメリカがいわゆるアジアにおける「卓越の座」を放棄したら何が起こるのか。Glaserは、アジアにおけるアメリカの「卓越の座」の終焉がどのようなものになるのかについて言及していない。具体的にはどのようなことが想定されるか。ワシントンは単に、日本、韓国、台湾及びフィリピンに対する条約上のコミットメントや同盟の保証から逃れるだけなのか。拡大されつつあるベトナムやインドとの戦略的関係はどうなるのか。アメリカは単に「ソーリー」の一言で、この地域から部隊を引き上げ始めるのか。アメリカは、北京に対してある種の「グランドバーゲン」を申し出て、太平洋を、アメリカはハワイからカリフォルニア沿岸まで、残りは中国の、それぞれの影響圏にしようとするのか。その結果、世界的にどのような事態になるのか。読者諸兄は、実際にオバマ大統領がマイクに向かい、こうしたことを提案するのを想像できるか。台湾のある高官は、「我々はより多くをアメリカに求めている。少なくではない。ワシントンは、中国の台頭がアジアの悪夢でないことを、あるいは台湾が第2の香港にならないことを保証する唯一の存在である」と筆者に語った。筆者がこの3年、アジアを訪問する度に、各国の高官は、より一層のアメリカのリーダーシップ、より一層のアメリカのコミットメントを求めていると語り、更には常に現状維持を脅かしている「台頭する」中国の挑戦に立ち向かうアメリカの決意さえ求めている。アメリカがアジアから引き上げるという事態は想像することすらできないし、アメリカに対する信頼を修復不能にまで損ねてしまう。これがGlaserの提唱を幻想として退ける理由である。

記事参照:
Unthinkable: If America Walked Away from Asia
備考*:The Ugly Truth About Avoiding War With China
The National Interest, December 28, 2015
John Glaser is studying International Security at George Mason University.

12月31日「中国、2隻目の空母を自力建造」(The New York Times.com, December 31, 2015)


12月31日付の米紙、The New York Times(電子版)は、中国が2隻目の空母を建造中であるとして、要旨以下のように報じている。

(1) 中国国防部報道官は12月31日の定例会見で、中国が2隻目の空母を建造中であることを認めた。それによれば、2隻目の空母は、完全な中国の設計と技術で、大連の造船所で建造されている。報道官は、何時完成するかには言及しなかった。最初の空母、「遼寧」は、2012年9月に就役したが、これは1998年にウクライナから購入した未完成空母を改修したものであった。報道官は、2隻目の空母の設計と建造は「遼寧」の経験と訓練に基づいている、と強調した。

(2) 国防部報道官の説明では、2隻目の空母の排水量は5万トンで、艦載機の発艦は「スキージャンプ」方式を使用する。「遼寧」は排水量5万8,500トンで、同じく「スキージャンプ」方式である。この方式だと、艦載機の燃料と兵装が制約される。中国海軍は、「遼寧」を、艦載機パイロットと乗員の技量錬成のための試験艦として活用してきたが、未だ中国海軍の即応任務を担うまでには成長していない。

記事参照:
China Says It Is Building Its Second Aircraft Carrier

【補遺】旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書


1. Maritime Territorial and Exclusive Economic Zone (EEZ) Disputes Involving China: Issues for Congress
Ronald O'Rourke, Specialist in Naval Affairs, December 22, 2015

2. Указ Президента РФ от 31.12.2015 N 683 "О Стратегии национальной безопас ности Российской Федерации"
Российская Газета, 31 December 2015







編集責任者:秋元一峰
編集・抄訳:上野英詞
抄訳:飯田俊明・倉持一・関根大助・山内敏秀・吉川祐子