海洋情報旬報 2015年12月1日~10日

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12月2日「インド洋地域にあける海軍力増強競争の背景―インド人専門家論評」(NIKKEI, Asian Review, December 2, 2015)

インドのシンクタンク、The National Maritime Foundation所長、Vijay Sakhujaは、12月2日付のNIKKEI Asian Reviewに、"What's behind the Indian Ocean's naval arms race?"と題する論説を寄稿し、インド洋地域における海軍力増強競争について、要旨以下のように述べている。

(1) インド洋地域では、大々的なハイテク化された海軍力の増強が進んでいる。過去5年間、差し迫った紛争生起のリスクがほとんどないにもかかわらず、インド、パキスタン、イラン、南アフリカ、インドネシア及びオーストラリアの各国はそれぞれ海軍力を増強してきた。同時に、これら諸国は、「環インド洋地域協力連合 (The Indian Ocean Rim Association)」や「インド洋海軍シンポジウム (The Indian Ocean Naval Symposium)」などの多国間機構を外交的に支援してきた。域外国が軍民共用施設の建設を含むインド洋への海軍力のアクセス強化を進めているが、インド洋では安定した海軍力のバランスが存在しているといえる。域外国の施設には、バーレーンにある米英両国の海軍基地、アブダビ (UAE) にあるフランスの海軍基地、そしてパキスタンのグワダルやスリランカのハンバントータにある中国海軍の拠点などが含まれる。海賊やテロ対処を目的とした各国海軍の合同作戦は、域外国がインド洋においてプレゼンスを誇示する重要な機会となっている。インド洋沿岸国も、中東の国際海域における海洋安全保障の強化を目指してアメリカ主導で実施されている、「国際対機雷戦演習 (The International Mine Countermeasures Exercise)」などの、多国間合同演習に参加している。

(2) インド洋沿岸諸国による海軍力の増強には幾つかの理由がある。

a.第1に、地政学的要素が、インド洋沿岸諸国をして、自国主権や海洋権益の保護のために、海軍力増強への投資に駆り立てているということである。

b.第2に、沿岸諸国は、大陸棚、EEZ、接続水域そして領海といった、国連海洋法条約 (UNCLOS) によって規定される海域を管轄し、管制する必要があるということである。このことは、特に広大なEEZを有したり、あるいは紛争海域を抱えていたりする国家にとって、非常に重要である。

c.第3に、海賊などの、暴力的な非国家主体による脅威や挑発に対して海洋法令執行活動を実施するためである。

d.第4に、インド洋に展開している、アメリカ、英国、フランス及び中国の海軍力と協力したり、それらから防衛したりするためである。

e.第5に、海軍力が安全保障のためのツールとしてだけでなく、政治的優位の確保や外交のための重要な手段であるとの認識が高まっていることである。

f.最後に、インド洋地域における幾つかの主要国は、自国にとって好ましいパワーバランスを維持するために、必要な攻撃的能力を開発しようとしていることである。

(3) 少なくとも6カ国の海軍力の動向が注目される。

a.インド海軍は、150隻余の艦船に加えて、50隻近い戦闘艦や潜水艦を建造中であり、インド洋地域において最大規模で、侮り難い戦力を有している。インドの海軍戦略は、インド洋地域を、自国の国益と海軍力の運用にとっての主海域と見なしており、インド海軍は、空母や潜水艦に支援された、遠海域での持続的な作戦能力を追求している。

b.パキスタン海軍は、強力な攻撃力を有しており、「戦意に満ちた (a "lean and mean")」戦力の好例である。海軍の計画立案者は長年にわたり、パキスタン沿岸海域へのインド海軍の戦力投射を制するために、対艦ミサイルや対地巡航ミサイルとともに、潜水艦を中核とした沿岸域への接近拒否能力の構築に努めてきた。

c.イラン海軍は、ペルシャ湾岸域で最も強力であり、近隣諸国に対して隻数と火力の面で圧倒的優位を維持している。イランは、潜在的な敵を抑止し、湾岸域に戦力を投射する能力を誇示する狙いから、定期的に新型の戦闘艦、潜水艦、無人機そしてミサイルを配備している。イラン海軍の戦力組成は、特にペルシャ湾岸域の小国の海軍力に対する沿岸域での戦闘戦略と、湾岸域に展開するアメリカやその同盟国などの強力な海軍力に対抗する非対称戦略とを遂行するものとなっている。

d.インド洋に面する東アフリカ諸国の間では、南アフリカ海軍がその他の国の海軍よりも優れた装備を有している。南アフリカは自らを「喜望峰航路の守護者 (The "Guardian of the Cape Sea Route")」と任じているが、同国海軍は、海洋における災害対処に加えて、海洋におけるローエンドの脅威や挑発対処に重点を置いてきた。

e.オーストラリアの国益は太平洋からインド洋に及ぶ。同国は強力な地域大国であり、両洋(太平洋とインド洋)における海軍力の投射能力を構築しつつある。同国海軍は、潜水艦、水上戦闘艦艇及び外洋戦艦を保有している。同国政府は、今後20年間で65億豪ドル以上の資金を新型艦艇の建造に投入する計画である。

f.ジャカルタでは、ジョコ政権が、国益保護のために近代的な海軍力建設の必要性を強調している。インドネシア海軍は、近海戦闘戦力を持つ海軍に発展しつつあり、商業航路やチョークポイントの防衛を含む、多様な任務を遂行しつつある。

(4) インド洋地域における安全保障力学には、核戦力も含まれる。インドとパキスタンは核保有国であり、海軍力を陸、空の核戦力とともに核戦力の「3本柱」の1つとして開発してきた。インドの海軍戦略は、通常の戦略環境では通常戦力による抑止を優先しているが、それに失敗した場合、核戦力による抑止に依存することを想定している。海軍は現在、原子力潜水艦、INS Chakraを運用中であり、加えて初の国産原潜、INS Arihantが2016年までには運用を開始する見込みである。インドは、更に2隻の弾道ミサイル搭載原潜の建造を計画しており、また水上戦闘艦にも短距離弾道ミサイルを搭載する計画である。一方、パキスタンは、通常型潜水艦と水上戦闘艦から発射可能な核弾頭搭載巡航ミサイルの開発を選択した。パキスタンは、核兵器の一部を水上戦闘艦や潜水艦に配備することで、より強大なインド海軍に対して名目的なパリティーを達成しようとしている。

(5) その結果、インド洋地域で顕在化しつつある安全保障シナリオは、通常戦力と核戦力の両面からの複雑な挑戦を内包している。地域的な協力関係も見られるが、域内における海軍力の抗争は特に南アジアにおいて激しく、そこではインドとパキスタンが優位を巡って争っている。両国は、心理的な不安感を克服するため、海洋における核戦力を最優先している。このことが、アメリカ、フランス、英国及び中国の海洋核戦力大国に加えて、インド洋地域における恒常的な核武装化の流れをもたらしている。このような海軍力の増強は、その性質においてある程度攻撃的なものだが、域内における紛争生起の確率を高めるには至っていないようである。しかし、例え紛争生起の可能性が極めて低いとしても、域内国と域外国との抗争は、インド洋地域における安全保障力学の変化を促す可能性を有する、大いなる挑戦となっている。これを緩和するには、「インド洋海軍シンポジウム」などの多国間機構の枠組みの下で、共通目標としての安全と安全保障を強調した、包括的な海洋協力のための機能的なメカニズムを発展させていくことであろう。

記事参照:
What's behind the Indian Ocean's naval arms race?

12月2日「中国的特色のハイブリッド戦概念―RSIS専門家論評」(RSIS Commentaries, December 2, 2015)


シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) の客員研究員、Michael Raskaは、12月2日付のRSIS Commentariesに、"Hybrid Warfare with Chinese Characteristics"と題する論説を寄稿し、中国の戦略思想の発展において、情報が常に中核的位置を占めてきたが、北京は戦略的抗争領域に直接的な影響を及ぼす情報戦能力を開発しつつあるとして、要旨以下のように述べている。

(1) 中国の対外政策は、国力投射の主たる手段として、伝統的に経済力や「ソフトパワー」外交に依拠してきたが、他方で北京は、戦略的抗争領域においてその過程と結果に直接的な影響を及ぼす手段として、戦略的情報戦に関わる概念を積極的に開発してきた。中央軍事委員会は2003年、人民解放軍の情報戦遂行の指針となる包括的概念、「三戦」を承認した。この概念は、戦略、国防政策そして目標とする海外世論の認識を操作することを意図した、相互に補強し合う3つの戦略、 即ち、①戦略的心理戦の調整された活用、②公然あるいは非公然のメディア操作、そして③法律戦に基づいている。

(2) 作戦運用レベルでは、「三戦」は、政治、財政、軍事及び情報作戦など様々な業務を遂行する、人民解放軍総政治部連絡部の所掌となっている。総政治部連絡部は、①台湾正面の秘密作戦を所掌する連絡部、②国際安全保障分析と友好的な対外接触を所掌する調査分析部、③心理戦、プロパガンダのテーマの開発及び法的解釈を含む、分断作戦を所掌する対外宣伝部、そして④国境画定交渉と協定の管理を所掌する辺防部から構成される。国防部は、「情報の武器化と軍事社会的メディア戦略」を重視した、より全般的な分野を担当する。作戦実施に当たっては、総政治部連絡部はまた、人民解放軍総参謀部情報第2部が主導するネットワークと連携している。中核的活動の1つが、中国の利益や「友好的な対外接触」に繋がる、外国の政治、ビジネス及び軍のエリートや、組織を特定することである。それに基づいて、連絡部調査分析部は、彼らの中国に対する姿勢、経歴、動機付け、政治志向、党派関係そして適格性を分析する。それによって得られた「認知地図 ("cognitive maps")」は、転向、取り込み、そして転覆を含む、目的に合わせた感化作戦の方向と性格付けのガイドとなる。他方、総政治部連絡部対外宣伝部は、中国の対外イメージにとって好ましい特定のテーマ、即ち「中国モデル」の物語を紡ぐ、政治的安定、平和、諸民族の調和そして経済的繁栄といった特定のテーマを宣伝するために、マスメディアやサイバー空間のチャンネルを通じて国内外の戦略的認識を管理するキャンペーンを発信する。

(3) 中国の情報戦、政治戦キャンペーンにおける主たる目標は伝統的に台湾であった。台湾に対する総政治部連絡部の活動と作戦は、台湾内部に政治的、文化的そして社会的摩擦を引き起こし、各層の政治、軍事機構間の信頼性を低下させ、国際社会における台湾の地位を非合法化し、そして台湾大衆の認識を中国の条件下での台湾の「再統合」に徐々に誘導することを狙いとして、遂行される。その過程で、総政治部連絡部は、感化作戦のエージェントとして、公然あるいは秘密裡に活動する多くの政治、軍事、学術、メディア及び情報アセットに対して、指示を与え、管理し、あるいは指導する。特に、台湾感化作戦の主要基地は、南京軍区の福建省福州市所在の311基地で、この基地は、輿論戦、心理戦、法律戦の基地としても知られている。311基地は、The "Voice of the Taiwan Strait" (VTS) ラジオを通して、1950年代から台湾向けに宣伝放送を流してきた。過去10年の間に、この基地は、ラジオ放送から、台湾と接触する様々なソーシァルメディア、出版、ビジネス、及びその他の領域にまで拡大されてきた。311基地は、海外で「中国文化を促進する」ために、総政治部連絡部傘下で働いている多数の民間ビジネス組織を統括する事実上の軍事部隊として機能してきた。これら組織の隠れ蓑としては、中国文化促進協会、中国国際友好交往協会、米中交流基金、和平与発展研究中心、対外宣伝局、及び中華能源基金委員会などが含まれる。

(4) 中国の戦略的感化作戦はEU向けも益々強化されつつある。特に、中国の「16+1」地域協力フォーミュラの加盟国でもある、中央東ヨーロッパ諸国に向けられている(「16+1」とは、エストニア、ラトビア、リトアニア、ポーランド、チェコ共和国、スロバキア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、スロベニア、クロアチア、セルビア、ボスニアヘルツェゴビナ、モンテネグロ、アルバニア、マケドニアと中国を指す)。北京は、この地域を、ヨーロッパへの更なる経済的拡大のための重要な橋頭堡と見なしている。国際決済銀行の2014年年次報告書のチェコ共和国における対情報記述によれば、中国政府とその情報機関は、政治家、政府職員を含む、選抜したチェコのエリート層への積極的な働きかけを通じて、チェコの政治機構や政府機関における影響力の獲得や政治的情報の獲得に重点を置いている。この報告書は、香港に登録されている非政府系組織、中華能源基金委員会の活動にも言及している。この委員会は、香港、シンガポール及び中国本土にある企業からなる大資本のエネルギー多国籍企業、中国華信能源有限公司の子会社の政治的部門と見られている。過去3年間にわたって、中華能源基金委員会は、チェコにおいて、大統領府近辺の代表的な不動産の購入を含め、獲得作戦を進めてきた。これらの投資は、同国の最高位にある政治的エリート層への接近の手がかりとなる。実際、中華能源基金委員会委員長、葉簡明は、チェコ大統領から公式のアドバイザーに任命されている。

(5) チェコにおける中華能源基金委員会の事例は、総政治部連絡部を通じて展開する、政治、財政、軍事及び情報の権力中枢に繋がる複雑な布陣を示している。情報戦の活用は、アジアやヨーロッパでの戦略的抗争領域において、直接的な影響力を進展させようとする、北京のハイブリッド作戦、あるいは「非運動エネルギー兵器」による作戦といえるものである。

記事参照:
Hybrid Warfare with Chinese Characteristics

12月9日「フィリピン提訴の仲裁裁判判決に対する中国の対応、3つの選択肢」(The Strategist, December 9, 2015)


オーストラリアのThe Australian Strategic Policy Institute (ASPI) の研究インターン、Mercedes Pageは、ASPIの12月9日付のThe Strategistに、"After arbitration: China's South China Sea choices"と題する論説を寄稿し、南シナ海におけるフィリピンと中国の領有権紛争に関するハーグの常設仲裁裁判所の判決が出た場合の中国の対応について、3つ選択肢が考えられるとして、要旨以下のように述べている。

(1) ハーグの常設仲裁裁判所 (The Permanent Court of Arbitration: PCA) は11月24日から30日の間、南シナ海におけるフィリピンと中国の領有権紛争に関する聴聞会を開催した。PCAは早ければ2016年半ばにも最終審判を言い渡す見込みであり、その判決は、例え中国とフィリピン間の海洋権限を巡る問題に限定されるとは言え、南シナ海における中国の領有権主張の大部分を疑問視するものになることが予想される。もしPCAが中国に不利な判決を出した場合、どのような展開が予想されるか。PCAは強制力を持たない。フィリピン、アメリカそしてその他の利害関係国は、中国に対して、どの程度判決に従うよう要請できるか。南シナ海紛争は2国間紛争の単なる寄せ集めではなく、従って、判決後の南シナ海に予想される事態は、地域秩序の将来に深刻な影響をもたらすことになろう。

(2) 中国に不利な判決が出た場合に予想されるシナリオは、以下の3つである。

a.中国が判決に従う

(フィリピン、他の領有権主張国そしてアメリカにとっての)理想は、中国が不利な判決に従うことである。国連海洋法条約 (UNCLOS) 第288条4項の規定では、例え中国が仲裁手続きに不参加であっても、判決は拘束力を持つ、従って、UNCLOS加盟国として、中国は、仲裁裁判所の判決がどのようなものであっても、それを是認して誠実に行動する義務がある。故に、判決に従うことは、中国が国際法を尊重し、支持するという意図があることを示すことになり、神経質になっている近隣諸国を当然のことながら安心させることになろう。そうなることが望ましいが、中国が不利な判決に従う可能性は恐らくないであろう。数十年に亘って南シナ海の海洋地勢に対する主権を声高に主張し、中国の領土保全を維持し防衛することを誓ってきた、中共中央にとって、UNCLOSがそうした主張を無効とするようなことを容認するのは、国内的に極めて困難なことであろう。判決に従うことは、(台湾、新疆及びチベットを含む)その他の「核心利益」を護るという中国の誓約も疑問視されることになりかねない。天安門事件以後における党の正当性を維持するために、経済成長と強い愛国的言辞の2本柱に依存してきた中共中央にとって、判決に従うことはほとんど不可能であろう。

b.中国は判決には従わないが、南シナ海の状況はほぼ現状通りに推移する

より可能性のある判決後の対応としては、中国が判決を無視し、その後の全ての仲裁手続きと判決をも拒否し続けるであろうことである。この2 番目のシナリオでは、中国は判決を無視するが、域内各国が判決遵守を中国に強要するにはリスクが高すぎると判断することで、南シナ海の状況は実質的にほぼ現状通りに推移することになろう。中国は引き続き、南シナ海を事実上管制していこうとするであろう。もし中国がPCAの判決に従わず、そして国際社会がそれを黙認すれば、このシナリオの成り行きは、中国が自らのルールに従って行動することを、国際的に事実上認知されるということになろう。現在の地域的、国際的な秩序体系における責任ある利害関係国としての中国に対する期待は、打ち砕かれることになろう。

c.中国が判決に従わず、アメリカや域内各国が連携して強固な態度をとる

可能性のある 3番目のシナリオは、中国が判決を無視し、これに対してアメリカが単独で、あるいは域内の他の諸国と連携して、判決を遵守するよう中国に対して国際的圧力を強化することであろう。このような状況下では、南シナ海全域におけるアメリカの「航行の自由」作戦が、他国の作戦参加を含めて、大幅に強化されることが予想される。フィリピンが南シナ海における法的権限を享受することへの国際的な支援も、劇的に高まることにもなろう。アメリカやオーストラリアなどがこれまで維持してきた、どの国がどの海洋地勢を支配しているかについて、いずれの側にも与しないという政策は、今後維持していくことが非常に難しくなろう。更に、南シナ海に対するフィリピンの領有権主張が米比防衛条約の適用対象となることも想定され、そうなれば、アメリカにとって軍事的エスカレーションのリスクになりかねない。

(3) 早くて2016年6月にも予想されるPCAの判決がどのようなものであっても、中国がこの判決にどのように対応するかによって、国際法と規範に基づくシステムが継続されていくのか、それとも強者が意のままに行動し、弱者がそれに苦しめられるような世界となるのか、いずれにしてもPCAの判決は重要な分水嶺となるであろう。

記事参照:
After arbitration: China's South China Sea choices

12月9日「中国の『一帯一路』構想の不確かな前途―豪専門家論評」(East Asia Forum, December 9, 2015)


オーストラリア国立大学戦略防衛研究所客員研究員、David Brewsterは、12月9日付のWebサイト、East Asia Forumに、"China's rocky Silk Road"と題する論説を寄稿し、中国の「一帯一路」構想は非常に野心的な事業だが、恐らく北京はそのことを理解し始めたようだとして、要旨以下のように述べている。

(1) 「一帯一路」構想には、中国、ロシア、中央アジアそしてインド洋の間を連結する、多くの新しいインフラ建設が含まれている。インド洋を跨ぐ一連の補完的な港湾やその他のインフラ建設プロジェクトは「海洋シルクロード (MSR)」と呼ばれ、中国・パキスタン経済回廊 (CPEC) と、提案されているバングラデシュ・中国・インド・ミャンマー経済回廊(BCIM) を含む、インド洋に繋がる陸上ルートに連接する海上ルートである。この構想は、幾つかの点で、自国の周辺世界をリメークするという中国の野心の究極的表現と思われる。もしこの構想が実現すれば、この構想は、ユーラシア大陸とインド洋地域の戦略的、そして経済的有り様を一変させる可能性がある。中国は、潜在的にユーラシア大陸全域を支配することができるであろう。

(2) しかしながら、中国の計画の多くが実際にどうのように実現されていくかについては、懐疑すべき理由がある。「一帯一路」構想の内容、特にインド洋地域に関するものは、現実的というよりは、中国の長期的な願望の現れといった様相が益々強まっているように思われる。この構想は、政治的に不安定か、腐敗が蔓延しているか、あるいは激しい内戦を経験している多くの国による協力を必要としている。このことは、統合されたインフラ整備計画の実施と運用に当たって、特にインド洋地域において相当なリスクとなる。中国の幾つかの隣国、 特にインドは、中国の大規模な投資への期待に魅力を感じてはいるものの、その計画の戦略的結果に大きな懸念を持っている。インドは、インド洋における中国のどのようなプレゼンスにも安全保障上の懸念を持っており、従って、MSRには特に敏感になっている。インドの外交担当相、Jaishankarは2015年6月、MSRについて、「中国の国益に動機付けられた国家構想であり、他国がそれを買う義務は全くない」と指摘した。インドの経済的な重みと地理的中心性を考えれば、MSRがニューデリーの協力なしで実現できるかどうかは、定かではない。BCIM構想についても問題があり、今後何年もアイデアのままである可能性が強い。この構想が成功するためには、歴史的に複雑な関係であった、中国、ミャンマー、バングラデシュ及びインドの4カ国の間において、主要なインフラ計画の調整と、商品と人間の自由な交流とが必要である。インドは、中国が経済的に未開発な地域を事実上植民化しかねないことから、中国とインド北東地域の国との間の道路建設について、安全保障上の懸念を持っている。中国の一部の人々は、BCIMとMSRにとってインドが不可欠であり、従って中国がその計画についてインドと適切に協議することを怠れば、インドを反対の側に追いやることを理解し始めている。

(3) BCIMとMSRが直面する問題に鑑み、中国は、第3の構想、CPECを重視しつつある。習近平主席は2015年3月に、中国がCPECに約460億米ドルを投資すると発表した。パキスンは中国の提案に熱意を持って応えているが、中国は、パキスタンでも難しい問題に直面している。CPECのルートは確定されつつあるものの、ルートの大部分は、反政府勢力の多い政情不安な地域を通る。多くの中国人建設要員の安全確保は大きな課題で、またインフラそのものも彼らの攻撃に脆弱であろう。多くの中国人専門家は、パキスタンの問題は(国有企業が進める巨大国家のプロジェクトによる)「開発発展」によって解決されるであろうと幾分楽観視している。しかし、北京は、イスラム原理主義者がそれほど簡単に買収できないことを思い知ることになるかもしれない。CPECは、基本的に中国・パキスタン関係を変える可能性がある。これまで、中国は、パキスタン国内の苦悩はビジネスには関係がないとの立場に立つ余裕があった。しかし、多くの中国人建設要員の安全確保と数十億ドルの投資を考えれば、中国は、パキスタンの政治と安全保障問題に益々引きずり込まれることになるかもしれない。要するに、インド洋地域におけるこれらの壮大なプロジェクトの多くは、その進展が遅々たる歩みとなることは明らかで、中国が期待するような猛スピードにはならないであろう。

記事参照:
China's rocky Silk Road

12月10日「南シナ海における危険な中国の曖昧戦略―デンマーク人専門家論評」(The New York Times.com, December 10, 2015)


デンマークのThe Royal Danish Defense CollegeのLiselotte Odgaard准教授は、12月10日付の米紙、The New York Times(電子版)に、 "China's Dangerous Ambiguity in the South China Sea"と題する論説を寄稿し、南シナ海における領有権主張の法的説明を曖昧にしながら、一方でそれを護るために武力行使に言及する中国の政策は危険であるとして、要旨以下のように述べている。

(1) 南シナ海における緊張の最大の要因は、中国の硬軟両様の戦略にある。即ち、中国は、南シナ海の全ての海洋地勢に対する領有権宣言を意図的に避けてきたが、他方で、明確に定義しない領有権を護るために武力を行使するとしている。米海軍イージス艦、USS Lassenが10月27日にSubi Reef(渚碧礁)の12カイリ以内を航行したが、これに対して、中国外交部は、アメリカがどの海洋地勢の主権を侵害したとは特定せず、USS Lassenの航行を、「中国の主権と安全保障権益に脅威を与える隣接水域に不法に侵入した」と述べただけである。数日後、中国は南シナ海で海空演習を実施し、更なる侵入に備えて2隻の艦船を配備した。中国は過去数十年、南シナ海の約8割をカバーする「9段線」地図を公示してきた。中国指導部は、「9段線」内の海洋地勢は昔から自国領の一部である、と繰り返し表明してきた。習近平主席は11月7日、「南シナ海の島嶼群は古代から中国の領土だった。中国の領土主権と正当な海洋権限、権益を護ることは中国政府の義務である」と言明した。他国の挑発的な行為への対応に当たって、中国政府当局は、不明瞭な表現を使ってきた。例えば、USS Lassenの航行に対しても、中国国防部は、アメリカが中国の領海あるいはEEZを侵犯したとは非難せず、アメリカが「中国の主権と安全保障利益を脅かし」、「地域の平和と安定を危険に晒した」と述べた。中国は、最近人工島に造成した、Subi Reef(渚碧礁)に対する明確な海洋権限主張に全く言及せず、Subi Reef(渚碧礁)に対する海洋権限主張がその周辺海域に対する管轄権を中国に付与することになるのかどうかの疑問が提起されることを回避したのである。

(2) 問題を更に複雑にしているのは、南シナ海に関する幾つかの問題が法的にはグレーゾーンであることである。

a.1つは、どの海洋地勢が、人間の居住と独自の経済的活動を維持できる「島」なのか、あるいは「岩」なのかという定義に関して、国連海洋法条約 (UNCLOS) の規定の曖昧さである。この問題は、居住と経済活動を支え得る海洋地勢のみが、当該地勢の支配国に対して他国の行動を規制することを許容する、500メートルの安全水域を越えた特別の法的権限を付与されていることによるものである。

b.もう1つの法的問題は、沿岸国に認められる200カイリのEEZ内において、他国の軍事活動を規制することができるかどうかというものである。中国やインドなどの幾つかの国は、他の国が当該沿岸国の同意なしにはEEZ内で、あるいはその上空で軍事活動を行うことはできない、と主張している。哨戒活動は、EEZ内で認められるのか。中国の声明や中国本土近海での慣行から、北京がこうした活動を違法と見なしていることは明らかである。

(3) しかしながら、問題は、南シナ海で中国が占拠している幾つかの新たに造成した人工島に対して、北京が以上のような見解を適用するのかどうかについて、我々が中国の主張を承知していないために、知る術がないことである。中国は、明確に定義しない領有権主張を武力によって護るという中国の意図的な曖昧さは、状況を一層危険なものにしている。北京の2015年の防衛白書は、中国軍の目的の1つは「近隣諸国の一部が、挑発的な行動をとり、これらの国が違法に占拠している中国の岩礁や島嶼において軍事プレゼンスを強化している」状況下で、中国の「海洋権限と権益」を護ることである、と明記している。中国の海洋権限主張が明確にされていないために、中国が何処で何時、武力を行使するのかを、他国が判断することが不可能であり、従って紛争の可能性が高まっている。インドネシア、ベトナム、タイ、ミャンマー、マレーシアそしてシンガポールなどの東南アジアの大半の中小国は、こうした不確実な安全保障環境に対してヘッジ政策によって対応している。即ち、これら諸国は、主として北京との密接な経済関係を確立することによって中国の増大する影響力に順応しながら、同時に他方でワシントンとの防衛協力を強化しているのである。これら諸国の最優先政策は、強まりつつある中国とアメリカの戦略的抗争に対して、いずれかに与していると見られないようにすることである。

(4) 中国の曖昧戦略から、1つの結論が導き出される。即ち、北京は、アメリカの同盟システムに対する直接的な挑戦として、南シナ海における軍事プレゼンスを拡大することを望んでいるということである。何故なら、それによって、軍艦や軍用機の自由な行動を妨害することができるようになるからである。アメリカの指導者とって、傍観して何もしないということは許されない。ワシントンは、国際水域を他国が規制する特別な海域にさせないということを示す必要がある。中国の行動は、アメリカのプレゼンスを脅威として見ていることを示唆している。もし北京が緊張緩和を望むのであれば、交渉の出発点として、中国は、アメリカがアジアの将来の一部を担うことを受け入れるということを、ワシントンに再保証すべきである。ワシントンが如何なる法的原則を冒したかを説明することなしに、アメリカの「航行の自由」作戦に反対して艦船を派遣することは、好ましいスタートではない。

記事参照:
China's Dangerous Ambiguity in the South China Sea

12月「ロシア、北極圏での軍事プレゼンス拡大―米誌報道」(National Defense, December, 2015)


米Web誌、National Defense 12月号は、ロシアが北極圏での軍事プレゼンスを拡大しているとして、要旨以下のように報じている。

(1) 北極圏はロシアにとって経済的宝庫であり、ロシアの国庫は北極圏の石油と鉱物資源に依存している。加えて、気候変動による温暖化で、新たな航路の啓開による通航料収入も期待できる。Evelyn Farkas前米国防省ロシア担当次官補は、アメリカは北極圏国家としてこの地域におけるロシアの軍事力強化を警戒しなければならないとして、「真の問題は、ロシアが軍事基地を整備していることである。軍や情報当局は状況を注視しているが、ロシア自身も、北極圏で何をしているかについて吹聴している」と述べた。ロシア国防省は10月に、

北緯80度以北のフランツヨーゼフランド群島の最大島、アレクサンドラ島に建設中の基地が完成に近づいている、と発表した。米シンクタンク、Heritage Foundationが10月に発表した報告書、2016 Index of U.S. Military Strength*によれば、ロシアは現在、北極圏の19カ所で基地を建設中である。同報告書によれば、「ロシア北方艦隊は、北極圏に司令部を置き、ロシア海軍の3分の2の戦力を占める。2015年に新設された北極司令部は、北極圏におけるロシアの全ての軍事活動を調整する。その最終目標は2020年までに北極圏にロシア統合軍を展開することであり、ロシアはこの目標達成に向けて順調な進捗状況にあるようである。」

(2) 米シンクタンク、CSISの報告書、The New Ice Curtain: Russia's Strategic Reach to the Arctic**によれば、ロシア北極圏は、ロシア全体の石油・天然ガス資源の3分の2を占める宝庫であり、収入源でもある。ロシアは、世界最大の天然ガス資源国であり、石炭資源では第2位、石油資源では第9位である。同報告書の著者の1人、CSISユーラシア、北極圏担当上席副会長、Heather Conleyは、ロシアのGDPの20%、輸出の22%を北極圏が担っており、ロシアは北極圏での開発努力を止めることはなさそうだ、と指摘している。Conleyは、この2年間、エネルギー価格の世界的な低下と西側の経済制裁によって、北極圏におけるロシア経済が衰微するにつれ、安全保障態勢を重視する方向に大きく転換してきた、そして北極圏に接近阻止/領域拒否の軍事プレゼンスが出現しつつある、と語った。ロシアは現在の19カ所の基地に加えて、最終的には50カ所の基地建設を望んでいるとして、Conleyは、「我々は、北極圏におけるロシアの軍事態勢について、もっと理解する必要がある。基本的に、ロシアは冷戦終結以前のプレゼンスを再確立しようとしている」と指摘している。

(3) Conleyが10月の上院軍事委員会での証言で明らかにしたところによれば、ロシアは過去24カ月間で、3回の軍事演習を北極圏で実施している。最初の演習は、ゾラ半島周辺で行われた演習で、「簡素化された効率的な指揮系統、より効果的な戦術部隊、そして別の作戦戦域と調整した、大規模で複雑な軍事作戦遂行能力を誇示した。」2014年9月に行われた2回目の演習では、空、海、陸軍から10万人以上の将兵が参加し、ノヴォシビルスク諸島とウランゲリ島に新たに建設された基地で実施された。「この演習は、急速展開と統合作戦が主眼であった。」2015年3月の3回目の演習は、完全戦闘即応態勢にある、4万5,000人の将兵、15隻の潜水艦、45隻の水上戦闘艦が参加する、不意打ちの演習であった。Conleyは、「過去24カ月間の北極圏におけるロシアの軍事行動から引き出せる結論は、ロシアが、北極圏全域に通常、非通常戦力を共に迅速展開させる能力を誇示する一方で、北極圏、北大西洋そして北太平洋でも、益々強力な接近阻止/領域拒否能力を投射できるようになってきているということである」と証言している。

記事参照:
Russia Expands Military Presence in Arctic
Map: Russia Fortifying Bases in Arctic Region
備考*:2016 Index of U.S. Military Strength, available at following URL
備考**:The New Ice Curtain: Russia's Strategic Reach to the Arctic, available at following URL

【補遺】旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書


1. Indonesia's Submarines Procurement Plan: Spearheading Jakarta's Maritime Ambition?
RSIS Commentaries, December 3, 2015
By Adhi Priamarizki, Fitri Bintang Timur and Keoni Indrabayu Marzuki, Adhi Priamarizki is a PhD student at Ritsumeikan University, Kyoto, Fitri Bintang Timur is a PhD candidate at Cranfield University, United Kingdom and Keoni Marzuki is a Research Analyst at the Indonesia Programme, S. Rajaratnam School of International Studies, Nanyang Technological University, Singapore.

2. 'Strategic Funnels': Deciphering Indonesia's Submarine Ambitions
RSIS Commentaries, December 3, 2015
By Ristian Atriandi Supriyanto, Ristian Atriandi Supriyanto is Indonesian Presidential PhD Scholar with the Strategic and Defence Studies Centre at the Australian National University.







編集責任者:秋元一峰
編集・抄訳:上野英詞
抄訳:飯田俊明・倉持一・関根大助・山内敏秀・吉川祐子