海洋情報旬報 2015年11月11日~20日

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11月12日「『航行の自由』作戦の危険性―中国人専門家の視点」(RSIS Commentaries, November 12, 2015)

香港Lingnan University(嶺南大学)Centre for Asian Pacific Studies所長、Zhang Baohuiは、シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) の11月12日付のRSIS Commentariesに、"Rising Tension in the Waters: China, US and Unintended Crisis"と題する論説を寄稿し、アメリカの「航海の自由 (FON)」作戦の継続は予想外の危機を招来する危険性が大きいとして、中国人専門家の視点から要旨以下のように述べている。

(1) 米海軍ミサイル駆逐艦、USS Lassen は10月27日に、南沙諸島で中国が占拠し、大規模な人工島の造成を行っている地勢の1つの12カイリ以内を航行した。これに対して、中国は強く抗議したが、アメリカは将来にわたって「航行の自由 (FON)」作戦が慣例化されるとしている。中国は米海軍戦闘艦に対して具体的な行動を起こさなかったが、今後、FON作戦は、予想外のエスカレーションを誘発する可能性があり、中米両国を軍事紛争に押しやる可能性がある。米海軍の更なるFON作戦は、中国の指導部を追い詰め、その国益と威信に対する挑発と受け止め、対応を強いられることになろう。要するに、南シナ海は中国の地政戦略的利益にとって不可欠の要素であり、従って、自国の主たる利益が他の大国による直接的で計画的な挑戦に晒されれば、大国としての中国の威信に関わってくるのである。

(2) 中国は、自国の利益と威信に対するアメリカの挑戦が将来的にエスカレートすることを抑止するために、強固な立場を打ち出したいとの衝動に駆られるかもしれない。また中国の意思決定者は、中国がアメリカの挑発に対応できなければ、ワシントンは将来的に中国に対する圧力を強めてくるかもしれない、と懸念することになるかもしれない。実際、人民解放軍の乙晓光副総参謀長は11月2日、アメリカがFON作戦を継続すれば、中国は「その主権を護るため、必要なあらゆる手段を使用する」と述べた。また、中共中央軍事委員会の范長龍副主席は11月3日、ハリス米太平洋軍司令官に対して、米海軍による更なる行動は両国の利益を損なう偶発的なエスカレーションの誘因になり得る、と警告した。中国が核保有国であることを考えると、核保有国は、追い詰められた時、敵対国が自国の重要な利益を害することを抑止するために、非対称的エスカレーション手段で脅かすことができる。9月3日の北京での軍事パレードは、中国の新世代の弾道ミサイル、例えばDF-26(東風26)が核弾頭を装着できることを明らかにした。最近の情報はまた、中国の空中発射長射程巡航ミサイルが戦術核弾頭を装着できることを示している。更に、潜水艦発射のJL-2(巨浪2)核ミサイルの最新の画像は、アメリカを抑止しようとする中国による暗黙のシグナルである。

(3) アメリカにとっての課題は、南シナ海が中国の戦略的利益に関わる領域であるのに対して、南沙諸島がアメリカの中核的利益を構成するものではない、ということである。戦略的利益におけるこうした非対称性は、「決心のバランス ("the balance of resolve")」という点では、アメリカに対して中国の方が有利であることは確かである。そうだとすれば、危機的状況がエスカレートし、潜在的核シナリオが顕在化し始めると、アメリカは、最初に引き下がるか、あるいは核保有国の中国と戦うか可能性に向き合うかの、厳しい選択に直面する。威信の低下、あるいは人命の損失という、高い代価を考えれば、アメリカにとっていずれの選択肢も魅力的ではない。従って、中国に挑戦することは、アメリカにとって軽率ということになろう。自国の利益、威信そして抑止の信憑性を護るという北京の決意を過小評価すれば、将来的なFON作戦の継続は、結果的にアメリカの利益を損なうエスカレーションのスパイラルを引き起こすことになりかねない。

(4) 南シナ海における平和と安定にとって不可欠なことは、全ての関係当事国がその戦略と政策の基礎を最悪のシナリオに置かなければならないということである。中国とアメリカは、彼らの行動が如何に予想外の結果、特に軍事紛争への予想外のエスカレーションをもたらすかに、留意しておく必要がある。相互不信が最高潮に達する時、中米関係において思慮分別が極めて重要となる。一方または双方の無分別な行動は、相互不信を軍事紛争にエスカレートさせる。どの国も、特に域内の諸国は、こうしたシナリオを望まない。アメリカが世界平和と地域的安定の守護者であると自認するならば、アメリカは、予想外のエスカレーションによる最悪のシナリオを回避するために、あらゆる努力をすべきである。

記事参照:
Rising Tension in the Waters: China, US and Unintended Crisis

11月17日「アメリカの『航行の自由』作戦と国連海洋法条約―米専門家論評」(LawFare Blog.com、November 17, 2015)


米国防省外局、The Defense POW/MIA Accounting Agency (DPAA)の法律顧問、Raul "Pete" Pedrozo と米海軍大学教授のJames Kraska は連名で、Webサイト、LawFareのブログに、11月17日付で、"Can't Anybody Play This Game? US FON Operations and Law of the Sea"と題する論説を寄稿し、アメリカは「航行の自由」作戦を自由に、継続的に、そして前触れや理由付けなし遂行すべしとして、要旨以下のように述べている。

(1) アメリカは、南シナ海における成功した海、空での「航行の自由 (FON)」作戦を、一貫性のない外交的メッセージや、あまりに理屈っぽい法律論によって台無しにしてしまった。南シナ海における2回のFON作戦―10月27日のミサイル駆逐艦、USS Lassen (DDG-82) の航行と11月8日から9日のB-52爆撃機による上空飛行―は、混乱した一貫性のない、そして最終的には作戦を実施しなかった場合よりもアメリカの立場を悪くするような、メッセージを発信することによって、如何に完璧な作戦遂行を無駄にしてしまうかという典型となった。

(2) USS Lassen は南シナ海で何に挑戦したのか、多くの人々は未だに確信が持てないでいる。一部の政府当局者は、この作戦を「無害通航」と定義したが、他の者は「無害通航でない」と決め付けた。FON作戦の真の性格について混乱が高まったので、マケイン上院軍事委員長は、国防省に対して「この作戦の法的意図について、公式に明らかにする」よう求めた。その数日後、アメリカは再びFON作戦を実施し、グアムを飛び立った空軍のB-52爆撃機が南シナ海上空を飛行した。ある政府当局者は爆撃機が中国の人工島の12カイリ以内上空を飛行したと議会紙、The Hillに語ったが、他の政府当局者はそうした飛行を行っていないと語った。これらの発言は、いずれもUNCLOSに対する理解の不足を露呈している。

(3) USS Lassen によるFON作戦の法的意味は、現在までのところ不可解である。Subi Reef(渚碧礁)は領海を生成しない「低潮高地」であるが故に、USS Lassenは、Subi Reef(渚碧礁)周辺海域を「無害通航」で通航することはできないであろう。「低潮高地」周辺海域には、公海の自由が適用される。Subi Reef(渚碧礁)は「低潮高地」ではあるが、12カイリの領海を有する無人の岩である、Sandy Cay(鉄線礁)の12カイリ以内に位置している。(抄訳者注:Sandy Cay(鉄線礁)は、中国、フィリピン、ベトナム及び台湾が領有権を主張しているが、どの国も占拠していない。)国連海洋法条約 (UNCLOS) 第13条の規定では、「本土または島」の12カイリの領海内に位置する「低潮高地」は、それ自体が岩と見なされ、領海を生成し得る。この論理では、USS Lassen は、UNCLOSの規定に基づいて、Sandy Cay(鉄線礁)/Subi Reef(渚碧礁)の領海における「無害通航」を強いられたことになる。

(4) しかし、この論理は、UNCLOSの規定では、以下の4つの理由から成立しない。

a.第1に、UNCLOS第13条では、「本土または島」の12カイリ以内にある「低潮高地」は岩と見なされ、当該「本土または島」の領海幅の基線として用いることができる。当該「低潮高地」の領海が隣接する「本土または島」に依拠することから、これは「寄生性低潮高地」と呼ばれる。しかしながら、Sandy Cay(鉄線礁)は本土でも島でもなく、岩であり、従ってSubi Reef(渚碧礁)の領海を生成するために利用できないと見られる。また、ある国の地勢は、他の国の地勢の海洋権限を生成するために利用することはできない。Subi Reef(渚碧礁)が寄生的な「低潮高地」で、Sandy Cay(鉄線礁)の領海から領海を生成させる唯一の方法は、両方の地勢が同一国家の合法的な主権下にある場合である。

b.第2に、恐らくより基本的なことは、Subi Reef(渚碧礁)を含む南沙諸島のどの地勢も固有の領海を持たないことである。UNCLOS第3条は、いずれの国も領海を「設定する」ことを認めているが、自動的なものではない。中国のみならず、どの領有権主張国も、南沙諸島における地勢の周辺に領海を設定してこなかった。Subi Reef(渚碧礁)や、中国が占拠している他のどの地勢周辺にも領海は存在せず、従って、USS Lassenの航行に当たって、中国が国内法で求めるような事前の同意は必要ない。領海が存在しないが故に、これら地勢の12カイリ以内を米艦や航空機が航行したり、上空飛行したりすることは、法的には問題ない。

c.第3に、岩が領海を生成するためには、当該沿岸国の主権下になければならない。アメリカは、中国が占拠する、または領有権を主張する地勢に対する、どの国の主権も認めていない。また、域内のどの国も、南沙諸島の如何なる地勢に対する中国の主権主張も認めていない。従って、例え中国が1つあるいはそれ以上の地勢の周辺に領海を宣言したとしても(実際にはしていないが)、かかる宣言は法的に無価値である。それは、アメリカが例えば南極大陸の周辺に領海を宣言するのと同じで、どの国も認めないであろう。

d.第4に、USS Lassenの航行が「無害通航」の事前通知を義務づける中国の国内法を無視したとする見方は正しくない。この作戦に関しては、米政府当局者が前日にメディアにリークし、事実上の事前通知によって「緊張を軽減させた」と見られる。このことは、アメリカの法的立場を蝕み、作戦上の危険をもたらした。USS LassenがSubi Reef(渚碧礁)に接近した時、中国の艦船が既にUSS Lassenを妨害する位置にいたことは偶然の一致ではなかった。任務の保全性と乗員の命を潜在的に危険に晒した。

(5) では、FON作戦は何に挑戦したのか。USS LassenとB-52は、南シナ海の大部分に対して、「議論の余地のない主権」を主張する中国の「9段線」主張に挑戦したのである。アメリカのFON作戦をUNCLOSの枠内に適合させる難しさは、UNCLOSに対する理解不足と相まって、米政府当局者や専門家を熱狂させた。これは、中国が仕掛けた罠、即ち、少なくとも1995年以降、南シナ海におけるその海洋権限主張に関する曖昧さを、戦略武器として意図的に駆使してきた罠に嵌まったといえよう。アメリカにとって、水上艦艇、潜水艦そして航空機が、南シナ海の全ての地勢の周辺12カイリ以内とその上空を、自由に、継続的に、そして前触れや理由付けなしに、航行したり、飛行したりするのがはるかに良策であろう。

記事参照:
Can't Anybody Play This Game? US FON Operations and Law of the Sea

11月18日「南シナ海における砲艦外交―英専門家論評」(The Diplomat, November 18, 2015)


英王立国際問題研究所 (The Chatham House) のアソシエイトフェロー、Kun-Chin Linとケンブリッジ大学のAndrés Villar Gertnerは、11月18日付のWeb誌、The Diplomatに、"Gunboat Diplomacy in the South China Sea"と題する論説を寄稿し、今回の米海軍による「航行の自由」作戦について、今後、今回の「砲艦外交」が米中両国間の協力関係の強化をもたらすかもしれないとして、要旨以下のように述べている。

(1) 最近、2009年以来の中国による南シナ海の広大な海域に対する支配を揺るがす2つの出来事があった。1つは、10月27日、米海軍のミサイル駆逐艦が、国家主権の侵害と中国が非難する「航行の自由 (FON)」作戦の一環として、南シナ海の南沙諸島にあるSubi Reef(渚碧礁)周辺の12カイリ以内を航行したことである。もう1つは、その2日後、ハーグの常設仲裁裁判所 (PCA) が、南シナ海における中国の領有権主張に対するフィリピンによる提訴について、PCAには管轄権がないとする中国の主張を退ける判断を下したことである。

(2) 2009年以降、中国は、レトリックと行動を慎重に織り交ぜた対応を通じて他の領有権主張国とアメリカを出し抜き、望むものを手に入れてきた。北京は、紛争の平和的解決と共同開発に対するコミットメントを繰り返し強調しているが、ASEANとの南シナ海行動規範 (COC) の合意に難色を示したり、フィリピンやベトナムの船舶と小競り合いを繰り返したり、係争海域に石油掘削リグを設置したり、南シナ海の環礁などを驚くほど大規模に埋め立てたり、そして継続的に過剰な歴史的権原主張を繰り返したりしてきた。こうした中国の漸進的な海洋侵出―しばしばサラミスライス戦略と言われる―の成功の背景には、係争海域における中国の軍事プレゼンスに対してどの国も非難したり、対抗したりする姿勢を示さなかったことにある。フィリピン海軍は2012年に、Scarborough Shoal(黄岩島)を巡る中国海洋監視船との対峙から撤退したが、中国は、相互撤退の約束を守らず、結果的にこの環礁の実効支配を確立した。この失態には、アメリカも絡んでいた。

(3) USS LassenによるFON作戦は、中国の侵出を阻止しようとするアメリカの瀬戸際政策を意味するものではなく、関与の度合いの変化であった。そこには、南シナ海の海域や地勢に対する中国の事実上の支配を元に戻させようとしたり、北京の歴史的権原主張を取り下げさせようとしたり、あるいは1955年、58年そして96年に発生した台湾海峡危機の時のように、米軍事力を誇示したりしようとする、威嚇的側面はない。実際、短期的には、中国による痛烈な外交的非難や軍事化は不可避で、紛争の平和的解決に対して逆効果であるように見えるかもしれない。中国は、特定の地勢や海域において、インフラ整備や軍事的能力の強化を進めていくのは確かであろう。しかしながら、係争海域における米艦の航行は、将来的な米中関係に対する強力な政治的宣言となるとともに、域内の同盟国に対する明確なメッセージとなるであろう。中国は、紛争の平和的解決という自ら唱える原則を固持するのか。それとも、埋め立て活動が完了し、如何なる場合にも南シナ海の航行と上空飛行の自由に影響を及ぼさないとする、ASEAN首脳会議での再保証を反故にするのか。「砲艦外交」は、国家的体面を傷つけられた中国の決意を試すものである。

(4) アメリカは、「航行の自由」を、南シナ海における中国の漸進的海洋侵出に対するアメリカの軍事的対応の基準となる行動可能な原則として重視している。今回のFON作戦は、この地域における米海軍の覇権を誇示するものであったが、厳密に言えば、南シナ海における主権と領有権問題に対してアメリカをいずれかの側に立たせるものでもないし、また中国に対する具体的な安全保障上の脅威を与えるものでもない。それにもかかわらず、オバマ大統領は、軍事的なエスカレーションのリスクを背負っている。中国の政治エリートに対するワシントンの見方では、この問題を利用することに対する中国国内の分裂はない。また、中国内には、和平グループもいない。習近平主席は、この問題に関する中央集権的な意思決定と情報集中を手中にし、効果的な最終判断を下すことができる。更に、米中両国による政治声明は、武器使用の脅威や限定的な海軍戦闘の脅威から戦争行為にエスカレートすることは、厳に両国の国益に反するとの暗黙の了解を示している。実際には、軍事的な協力関係を強化する機会になるかもしれない。2009年のUSNS Impeccable事件や、2014年8月の米海軍対潜哨戒機P-8と中国の戦闘機とのニアミス事案は、両国の軍同士の協力関係を促進させる結果となり、2014年7月のハワイでの米海軍主催の軍事演習、RIMPACへの中国海軍の参加や、同年11月の習近平国家主席による2国間での「信頼醸成」措置の発表などに繋がった。

(5) ワシントンの政策決定者は、ロシアの影響圏を維持するというプーチン大統領の意思を欧州各国が読み誤った、ロシアのクリミア併合から教訓を学んだのかもしれない。アメリカは、アジア太平洋地域でのリーダーシップを手放すつもりはなく、従って、習近平主席には、国際法上も、また域内のアメリカの安全保障上の同盟国に対しても、働きかける余地は大きくない。しかしながら、毛沢東の用語を借りれば、「アメリカの冒険主義」は今日、地政学的には毛沢東の用語とは非常に異なった文脈の中で遂行されつつある。USS Lassenは、武力紛争に向けた先兵ではない。これは新たな現実であり、最悪のシナリオの前兆として捉える必要はない。

記事参照:
Gunboat Diplomacy in the South China Sea

11月19日「中国による地域的、世界的秩序の再編の動き―シンガポール専門家論評」(RSIS Commentaries, November 19, 2015)


シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) の上席研究員、Yang Razali Kassimは、11月19日付のRSIS Commentariesに、"China and a rebalancing of world order"と題する論説を寄稿し、中国による地域的、世界的秩序の再編の動きのただ中にあって、東南アジア諸国は対応に苦慮するであろうとして、要旨以下のように述べている。

(1) 東南アジア諸国は、外交、成長する経済力そして軍事力の3本柱戦略に基づく、益々高圧的になる新しい中国を目の当たりにしている。国連から地域フォーラムに至るまで、更にはシンガポールのシャングリラ対話に対抗して始めた香山フォーラムなど、北京は、あらゆる主要な国際的フォーラムを活用している。今や、北京の重点が、21世紀の世界における中心として台頭しつつある、自国周辺のアジア太平洋地域にあることは明白である。これが、最近の習近平国家主席による東南アジア諸国に対する外交的攻勢の背景である。

(2) 中国の最新の戦略的攻勢には、相互に関連する2つの目的があるようである。1つ目は、アメリカによる中国封じ込めと北京が見なすものに対抗することである。2つ目はより大きな目的で、「一帯一路」構想を通じて、中国の政治的、外交的そして経済的な影響力を拡大することである。グローバルな戦略レベルで見れば、「一帯一路」構想は、アメリカ支配の国際秩序を再編することを狙った、中国の対抗策の一環である。「一帯一路」構想には、注目すべき2つの重要な特徴がある。1つは東南アジアと南シナ海の戦略的役割であり、もう1つはアメリカとの接続性がないことである。

(3) 南シナ海は、この地域の沸騰しかねない最新のフラッシュポイントである。南シナ海は、既存の大国であるアメリカが、大国としての台頭を封じ込められていると感じている中国からの挑戦を受けている、新たな戦域である。間にあって居心地の悪い思いをしているのは、踏み潰される恐怖を感じている中小の諸国である。この危険地帯における最新の火種が、中国が領有権を主張する一方で、アメリカや国際社会が国際法を盾にそれを否定する海域における、アメリカの「航行の自由」、「上空飛行の自由」作戦の実施である。悲観的な専門家は、「第3次世界大戦」を惹起させかねない、米中の偶発的な衝突の可能性を排除していない。悲観論者を含め、一部の専門家は、幾つかのシナリオの1つとして、東アジアにおける新たな地域秩序への地理戦略的シフト、例えば、a Pax Sinica の可能性さえ描いている。

(4) この地域の、そして最終的には世界の秩序を再編しようとする中国の試みは、BRICSや「一帯一路」構想などの協力プラットフォーム、アジアインフラ投資銀行 (AIIB) のような新たな経済機構、そしてグローバルな海外投資といった、平和的外交手段を通じて、多正面で展開されている。これらの動きは好ましいものであるが、この地域はまた、東シナ海における防空識別圏 (ADIZ) 設定や、南シナ海における論議のある人工島造成戦略など、紛争領域で力を誇示する、中国の戦闘的なイメージにも悩まされている。言い換えれば、習近平政権下の中国には二面性があり、世界は中国を、一面では平和と繁栄のために必要な良きパートナーと見、他面では潜在的に危険な大国と見ている。「一帯一路」構想やAIIBのような施策では新たな支持を得ているが、同時に一方では、中国は、特にASEANに対して不穏な分断的影響を及ぼしているが故に、域内に反感や不信感をもたれている。インドネシアは、領有権紛争の当事国ではないが、今や中国に対して脅威を感じ、フィリピンを真似て、国際仲裁裁判所への提訴も辞さないと、中国に警告している。これまで中国に対して慎重な態度をとっていたマレーシアは、現在では北京の領有権主張に対して公然と批判している。東南アジアにおけるシルクロード復活を押し進める中国の究極的な動機―即ち、相互利益のために協力関係を確立しようとするのか、それとも地域における既存の関係を弱体化させようとするのか―に対する不信感が高まっている。

記事参照:
China and a rebalancing of world order

11月19日「アメリカの『航行の自由』作戦を巡る論争―ベイトマン論評」(The Diplomat, November 19, 2015)


シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) の海洋安全保障プログラム顧問、Sam Batemanは、Web誌、The Diplomatに11月19日付で、"Debating Freedom of Navigation Operations in the South China Sea"と題する論説を寄稿し、アメリカは南シナ海において思慮深く行動していないとして、要旨以下のように述べている。

(1) 「航行の自由 (FON)」作戦の目的は何か。アメリカのFON作戦の目的は明確でない、というのが筆者 (Bateman) の見解である。アメリカが南シナ海におけるFON作戦で何を達成しようとしたかを巡って混乱があると何人かの解説者達が指摘していることで、私の見解は裏付けられた。解説者達が指摘するように、500メートルの「安全水域」しかもたない「低潮高地」の12カイリ以内を航行し、それを「無害通航」と主張することで、中国の主張を事実上容認するというリスクを冒した。アメリカの行動を明確に支持したのは、東アジアではフィリピンだけであった。他国は、南シナ海における米中間の相互信頼の下降スパイラルを懸念している。これら諸国は、現在の趨勢が続けば、どちらか一方を支持せざるを得ない立場に追い込まれる、最悪のシナリオを恐れている。アメリカは、主権主張に対してはいずれにも与しないと主張しているが、南シナ海におけるFON作戦は、誤解され易い政治的メッセージを発信した。米海軍のイージス艦、USS Lassenはフィリピンとベトナムが領有権を主張する地勢周辺も航行したが、FON作戦の目標が中国であることは明らかであった。

(2) 中国は「U字ライン」(「9段線」)の意味を明らかにすべきである。「U字ライン」が何を意味するかについての筆者の解釈は、事実による公平な認識に基づいている。「U字ライン」が最初に登場した当時は衛星画像などなく、特に南沙諸島やその周辺にどのような地勢が存在するかについて十分な知識がなかった。領有権主張を明確にするための、「U字ライン」のような地理的な簡略表記法の前例がある。特にフィリピンは、長年、(フィリピン群島を取り囲む)「額縁 (picture frame)」を用いて、パリ条約に基づく海洋権限を主張してきた。モルディブも長年、海洋権限主張を明確にするために類似のアプローチをとってきた。要するに、こうした「地理的簡略表記法」によるアプローチは、本質的に間違いでも、違法でもないということである。

(3) アメリカは南シナ海において思慮深く行動していない。アメリカは、外国のEEZにおいて軍事活動を実施するに当たっては「妥当な配慮 (the "due regard")」を求められることと、海洋環境の保護と海洋科学調査に関する沿岸国の管轄権の重要性について、特に配慮していないようである。アメリカのコメンテーターは、「国際水域」として、あるいは「グローバル・コモンズ」や「海洋公共財」の一部として、南シナ海に言及する。しかし南シナ海はそのような海ではない。むしろ、南シナ海は、沿岸諸国のEEZの一部であって、当該沿岸国は、自国のEEZにおいて遵守されるべき重要な権利と義務を有している。アメリカの最近のFON作戦の目標となった、Subi Reef(渚碧礁)も、南沙諸島でも大きな地勢の1つで、ほぼ確実にEEZ権限を有するThitu Island(中業島、比占拠)のEEZ内に位置する。アメリカは、EEZレジームの重要な特徴と、UNCLOS第Ⅸ部の閉鎖海または半閉鎖海における南シナ海沿岸諸国の協力の必要性について、十分に認識しなければならない。

(4) 中国のEEZ内におけるアメリカの軍事活動を巡る法的論争は終わったわけではない。法的論争も政治的論争も終わっていない。筆者 (Bateman) は、一般的な意味で他国のEEZにおける軍事活動は他国のEEZに適用できる「公海の自由」の一部であるとの前提を受け入れるが、そこには2つの重要な必要条件がある。即ち、こうした軍事活動は、当該沿岸国の権利と義務に対する「妥当な配慮」が必要であること、そして、こうした活動には海洋科学調査を含めるべきではないことである。国際法と政治には密接な関係がある。最終的に、主権と海洋管轄権の境界確定を含む、UNCLOSに関わる多くの紛争を解決するのは、法ではなく、政治である。「航行の自由」を含む、UNCLOSの進化を左右するのもまた政治である。例えば、わずか 30 年前には、オーストラリア、アメリカそしてその他の諸国は、ジャワ海を「公海」と見なしていた。しかしながら、現在、ジャワ海はインドネシアの完全な主権下にあり、インドネシアは、その上空に防空識別圏 (ADIZ) を宣言してまで、主権を強固に護っている。このことは、昨日の過剰な主張が如何に今日の慣習法になり得るかということを示している。このことはもちろん、アメリカがFON作戦プログラムによって反対しようしている法律の進歩である。要するに、南シナ海におけるFON作戦と、そしてより一般的にはそこにおける海洋権限を巡る、あらゆる「法律戦 ("lawfare")」や「言葉の戦争 ("war of words")」は有益ではないということである。それは、相互不信、誤解そして地域的不安定化を高める以外の何物でもない。米海大のLyle Goldstein准教授が、その近著(2015年)、Meeting China Halfway: How to Defuse the Emerging US-China Rivalryで言うように、我々が南シナ海で今必要としているのは、現在の「エスカレーション・スパイラル」ではなく、「協力のスパイラル」である。これはまた、義務でもある。

記事参照:
Debating Freedom of Navigation Operations in the South China Sea

11月20日「『一帯一路』構想の安全保障上の含意―英専門家論評」(The Diplomat, November 20, 2015)


英King's College のKerry Brown 教授は、Web誌、The Diplomatに11月20日付で、"The Security Implications of China's Belt and Road"と題する論説を寄稿し、要旨以下のように述べている。

(1) 中国の「一帯一路」構想は、2013年後半に発表されて以来、依然曖昧なままである。「一帯一路」構想について、ある程度の確信を持って話すことができる数少ない事項の1つは、65カ国程度の多様な国々による共通の経済圏が生まれる可能性である。「一帯一路」構想の中核は、中国経済とより深く関わることから得られる利益に重点を置き、関係する全ての国々を招請していることである。中国を中心とした非常に多様で、緩やかな、そして抽象的な国際的共通市場の創出が安全保障の領域にまでどのように拡がっていくかについては、当然ながら疑問がある。中央アジア、東南アジアそして北東アジアの中国の近隣諸国は、深刻な安全保障上の問題を抱えており、その多くは経済問題と関連している。これまで、「一帯一路」構想のような枠組みの中で、こうした安全保障問題について関係国が共有できるような方法で対話することができたであろうか。また、こうした対話に中国を参加させてきたでろうか。結局のところ、ある種の持続可能な安全保障に関する共通の認識がなければ、経済的成功が永続きする価値はほとんどない。この2つは切っても切れない関係にある。

(2) 「一帯一路」構想に見られるような対話形式では、安全保障とは何を包含するのか、そしてその本質的な定義は如何なるものかについての理解が、十分に共有されている必要があろう。現時点での明確な事実は、中国の安全保障についての理解が非常に特殊なもので、「一帯一路」構想のパートナー諸国の多くが恐らく共有していないであろうということである。要するに、北京の指導者は、安全保障を、中国共産党の安定とその権力の保持を確実にするものと見なしているのである。彼らは、如何なる手段によってでも、それらを維持しようとしている。何故なら、そうしなければ、国家の統一と繁栄が脅威に晒されると信じているからである。一党独裁と安全保障の不可分の結び付きは、中国が国内の脅威をどう認識し、例えば新疆ウイグル自治区の活動家や分離主義者に対する行動をどのように優先付けるかを決める基準となる。これらの勢力は、一党独裁に対する主たる脅威である。「一帯一路」構想に関わる国のほとんどにとって、安全保障についての理解は、国家に対する脅威に如何に対応するかということであろう。

(3) こうした認識の違いを乗り越えて、「一帯一路」構想は、安全保障問題について中国と外部世界との間でより質の高い議論ができるようになるであろうか。特に現在、南シナ海と東シナ海において非難されている中国の高圧的な行動を考えれば、これは重要な疑問である。今のところ、「一帯一路」構想のパートナー諸国の多くは、自国が直面する脅威にもかかわらず、相互対話と協調を促進しようとする兆候はほとんどないようである。この分野では、中国に対する信頼感はない。しかしながら、最近のパリにおける悲劇的で残忍なテロ攻撃は、こうした状況を変え始めたかもしれない。中国、多くの「一帯一路」構想の参加国(ロシアが最も重要)、欧州諸国及びアメリカは、いわゆるイスラム国という共通の敵に直面している。新疆ウイグル自治区は、中国政府によって世界的なイスラム過激派問題から切り離され、あくまでも国内問題であるとされてきた。しかし、この地域の過激グループと外部勢力の間には明らかな連携があり、中国政府は、彼らを、過激思想を持った敵と見ることになるかもしれない。中国は世界的なテロとの戦いに関する安全保障対話により積極的に参加するようになり、そして外部世界(特にEUとアメリカ)は、安全保障に対する概念と共有できる分野とについて、中国との対話を始めることになるかもしれない。しかしながら、現時点では、「一帯一路」構想は、安全保障に関して共有する理解を持ち得る実際的な理由があり、また中国との密接な経済的関わりがあるにもかかわらず、中国とその周辺諸国のネットワークの形成さえ緒に就いていない。

記事参照:
The Security Implications of China's Belt and Road

【補遺】旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書


1. FACT SHEET: U.S. Building Maritime Capacity in Southeast Asia
THE WHITE HOUSE, Office of the Press Secretary, November 17, 2015






編集責任者:秋元一峰
編集・抄訳:上野英詞
抄訳:飯田俊明・倉持一・関根大助・山内敏秀・吉川祐子