海洋情報旬報 2015年10月11日~20日・21日~31日合併号

Contents

【「航行の自由」作戦を巡る論議】

10月14日「米の『航行の自由』作戦の危険性―バレンシア論評」(East Asia Forum, October 14, 2015)

中国南海研究院の客員上席研究員、Mark J. Valenciaは、10月14日付のEast Asia Forumに、"US South China Sea patrols are ill-advised and dangerous"と題する論説を寄稿し、南シナ海における中国の人工島周辺の12カイリ以内へのアメリカの「航行の自由」作戦の危険性について、要旨以下のように述べている。

(1) 中国は、南沙諸島の少なくとも7つの地勢、即ちCuarteron Reef(華陽礁)、 Fiery Cross Reef(永暑礁)、Gaven Reefs(南薫礁)、Johnson South Reef(赤瓜礁)、Mischief Reef(美済礁)、Subi Reef(渚碧礁)、及びHughes Reef(東門礁)を占拠しており、これら全ての地勢で埋め立てを行った。中国は、他国によって占拠されてはいるが、全ての海洋権限を有する法的要件を満たす島、例えば太平島(台湾占拠)、Spratly(南威島、チュオンサ島、ベトナム占拠)、Thitu(中業島、パガサ島、フィリピン占拠)を含む、南シナ海の全ての地勢に対する主権を主張している。中国は、「人工構築物」は中国の管轄下のEEZと法的要件を満たすこれら島からの大陸棚の範囲内にある、と主張することもできる。この管轄権には、人工構築物を建設し、運用し、利用する権利が含まれる。これら人工構築物は、500メートルを超えない範囲で安全水域を設定できる。中国は、これらの安全水域にはその上空を含まれると主張するかもしれない。Cuarteron Reef(華陽礁)と Fiery Cross Reef(永暑礁)は法的には島といえるかもしれないが、Subi Reef(渚碧礁)、Hughes Reef(東門礁)及びMischief Reef(美済礁)は、埋め立て前の原初形状は島でも岩でもなかった。Gaven Reefs(南薫礁)については若干の疑問があるかもしれないが、上記3つの地勢以外の中国が占拠する地勢は少なくとも岩であるといえ、従って12カイリの領海を有する。

(2) 米議会両院には、中国が南シナ海で造成した人工島周辺の12カイリを領海と主張していることに対して、口頭で、あるいは物理的に異議を申し立てるべきとする議論が根強い。しかしながら、米軍に対して中国の主張をテストするよう求めることは、浅はかで、危険ですらある。これら地勢の上空に進入することは、中国の主権主張に対する直接的かつ公然たる挑戦となるであろう。中国は、中国の領海に軍艦を派遣することは事前許可を求める中国の法規制を侵害する、と主張している。もちろん、中国の立場は、国連海洋法条約 (UNCLOS) に反している。しかしながら、もしアメリカの軍艦が事前許可なく中国の領海に入れば、中国の国内法を侵害することになり、中国の指導者を困惑させることになろう。また、航行の自由あるいは上空通過の自由を誇示するために、軍艦に他国の領海内を航行させるか、あるいは軍用機を領空に飛ばすことは、武力行使の脅威と見なされる恐れがある。最悪の場合、これは、国連憲章とUNCLOSに対する違反の可能性があり、そうでなくても、紛争の平和的解決の肯定的な貢献にはならない。このような挑発的な航行の自由の誇示は、UNCLOSが認める「無害通航」の要件を満たさない可能性すら示唆されてきた。もし米政府がこの海域で航行の自由作戦を実行するのであれば、Subi Reef、Hughes ReefあるいはMischief Reefの12カイリ以内の海域を継続的かつ迅速に通航するか、あるいは上空通過をすべきである。この場合、中国は、原初状態が海面下にあったこれら地勢の周辺に領海を公に主張していないため、こうした挑発を無視するかもしれない。アメリカは、自ら言う「中立」姿勢を示すためには、海面下にあった地勢に構築した人工構築物に対して領有権を主張し、占拠する他の国に対しても物理的に異議を唱えるべきである。

(3) しかし、米議会両院の議員たちが口頭で、あるいは物理的に異議を申し立てるべきと主張するのは、法的関心からではなく、航行の自由を擁護するワシントンの意志を誇示すること、そして南シナ海における中国のより一層高圧的な行動と主張を阻止することに狙いがある。しかし、そういった行動は危険で、恐らく裏目に出るであろう。もし北京が軍艦や軍用機でアメリカの軍艦や軍用機に対決したらどうなるか。その場合、ワシントンは、自ら作為したジレンマに直面することになる。即ち、「鉾を収める」か、エスカレーションの危険を冒すかである。「身を引け」ば、アメリカの弱さを見せ、威信を傷つけ、友好国や同盟国に対するコミットメントに疑念を抱かせることになろう。更には、アクシデントや誤算の可能性が常に存在する。アメリカの政治家は、中国のナショナリズムの熱気と、中国の指導者がそれに対応しなければならない必要性を過小評価しているのかもしれない。中国は、南シナ海における主権主張を、「屈辱の世紀」に対する国家の尊厳と償いを回復する問題と公言している。このことは、中国の指導者にとってこの問題で後退することを非常に難しくしている。従って、アメリカにおいて多くの人々が求めている行動は、結果的に深刻な国際紛争をもたらすかもしれない。それは危険を冒す価値があるのか。一部の東南アジア諸国はそう思わないかもしれない。アメリカの懸念にもかかわらず、中国は、商業上の航行の自由を決して脅かすことはなく、特に平時ではそうしたことは全く起こりそうにもない。それは中国の利益にもならない。米政府も、このことを良く承知しているにもかかわらず、商業上の航行の自由の権利と、挑発的な情報活動を行う軍艦と軍用機の「権利」を融合することによって、紛争の危険を冒すことを厭わないようである。

記事参照:
US South China Sea patrols are ill-advised and dangerous

【関連記事】「『航行の自由』作戦は南シナ海に波風を立てない―米海大研究員反論」(East Asia Forum, October 27, 2015)

米海軍大学の研究員、Captain Raul (Pete) Pedrozoは、10月27日付のEast Asia Forumに"Freedom of navigation not rocking the boat in the South China Sea"と題する論説を寄稿し、上記10月14日付のMark J. Valenciaの論説に対して、アメリカが中国の人工島周辺海域に「航行の自由」作戦を実施しても問題はないとして、要旨以下のように反論している。

(1) バレンシアは、10月14日付の論説で、「航行の自由 (FON)」作戦を、「浅はかで、危険ですらある」と警告した。FON作戦には常に危険が伴うが、最近の米中両国の姿勢に鑑み、中国の人工島周辺海域におけるFON作戦を実施しなければ、アジア太平洋地域におけるアメリカの戦略的な海洋行動能力と信頼性は大きく損なわれることになろう。中国が南シナ海における全ての地勢に対して主権を主張していると、バレンシアは正しく指摘している。しかし、領有権を主張する他の4カ国と台湾は、そしてアメリカとその他のどの国も、北京の主張を認めていない。海洋における管轄権の確立は、陸上主権に由来するものである。国際法の下では、国家は12カイリの領海を設定することができ、当該国家の主権はその領海とその上空に及ぶ。海洋地勢に対する主権が確立されていないか、あるいは承認されていない場合、当該地勢に由来する如何なる海洋管轄権も法的には無効である。主権問題が解決されるまで、(中国を含む)どの国もこれら地勢の周辺に海洋管轄権を主張できない。その間、(アメリカを含む)全ての国は、当該地勢の周辺12カイリ以内を合法的に航行し、飛行することができる。

(2) バレンシアは、航行の自由の権利を誇示するために、軍艦が他国の領海内を航行することは、国連憲章と国連海洋法条約 (UNCLOS) に違反し、武力行使の脅威と見なされる可能性があるという、驚くべき見解を示している。これは真実ではない。(軍艦を含む)全ての船舶は、UNCLOS第17条の下で、他国の領海における無害通航権を有している。全ての船舶は、公海における航行の自由と、沿岸国の権利と義務に配慮を払うことを条件にEEZにおける海洋の合法な利用を認められている。UNCLOSは、「武力の威嚇又は行使」と、「武力侵略」の禁止に違反しない、通常の軍事関連活動とを区別している。国連安保理と国際司法裁判所は、平和的で、情報収集や軍事演習を含む「武力侵略」とは見なされない軍事活動はUNCLOSによって禁止されていない、との判断を示している。また、バレンシアは、南シナ海紛争におけるその中立姿勢を維持するためには、アメリカは他の国の領有権主張も問題にしなければならない、と主張する。しかし、アメリカは、1979年にFON作戦を始めて以来、全ての国による非合法な主張に挑戦してきた。アメリカは、ベトナムやアメリカの同盟国、そしてもちろん中国の非合法な主張にも異議を唱えてきたのである。

(3) バレンシアは、中国の人工島周辺海域におけるFON作戦は、もし中国の艦船や航空機がFON作戦を実施中の米軍艦に対決すれば、「危険」で、「恐らく裏目に出るであろう」、と警告している。カーター米国防長官は、「アメリカは、国際法で許される場所なら、何処へでも飛行し、航行し、軍事活動を行う。我々は、我々が選択した時間と場所でそうする。南シナ海を含め、例外となる場所はない」と繰り返し強調している。南シナ海において航行の自由の権利を行使しなければ、それは、間違いなくアメリカの弱さを見せることになり、アジア太平洋におけるアメリカの評判を損ね、地域安全保障に対するアメリカのコミットメントに疑念を抱かせることになろう。

(4) 更にバレンシアは、アメリカが中国の「ナショナリズムの熱気」を過小評価しており、FON作戦の実行は国際的な武力紛争をもたらす可能性がある、と言う。海洋国家としてのアメリカの国家安全保障と経済安全保障は、常に世界の海洋の安全な利用に依存してきた。アメリカは、その海洋における権利を維持するために、時に戦争に訴えてきた。世界の海洋における権利、即ち国際法によって全ての国に保障され固有の自由を維持していくアメリカの決意を、恐らく中国は正しく理解していない。また、中国が武力紛争に備えているかどうかも疑問である。武力に訴えることは中国国内のナショナリズムを高揚させるかもしれないが、このような無謀な行動にでれば、中国自身が包囲され、孤立させられることになろう。

(5) 最後に、「中国は商業上の航行の自由を決して脅かすことはない」が、アメリカは「商業上の航行の自由の権利と、挑発的な情報活動を行う軍艦と軍用機の『権利』を融合する」ことによって、紛争の危険を冒すことを厭わないようである、とバレンシアは指摘している。ここでも、バレンシアは的外れなことを言っている。全ての船舶及び航空機は、UNCLOSと慣習国際法によって全ての国に保証された、航行の自由の権利を有している。そこでは、商業上の権利と軍事上の権利は、全く同一のものである。

(6) アメリカのFON作戦は、挑発的なものではない。その作戦は、慎重に計画され、高度の技能を持つプロによって国際法に従って実施される。中国の習近平主席は、南シナ海における中国の埋め立て活動は南シナ海の軍事化を狙ったものではない、と述べてきた。それが本当なら、中国は、海洋における航行や上空飛行の自由を享受する非挑発的な軍艦や哨戒機の存在から、隠し立てすることもなければ、脅威を感じたりすることもないはずである。

記事参照:
Freedom of navigation not rocking the boat in the South China Sea

10月15日「『航行の自由』作戦が意味するもの―米専門家論評」(The Diplomat, October 15, 2015)


米Yale Law Schoolの中国センター上席研究員、Graham Websterは、10月15日付のWeb誌、The Diplomatに、"South China Sea: What 12 Nautical Miles Does and Doesn't Mean"と題する論説を寄稿し、アメリカが「航行の自由」作戦を実施するに当たっては、その意図を誤解されないように、十分準備しておかなければならないとして、要旨以下のように述べている。

(1) 米上院軍事委員会のマケイン議長(共和党)は、中国が造成した南沙諸島の人工島周辺海域における「航行の自由 (FON)」作戦に関して、「我々が、中国が領有権を主張する地勢から12カイリ以内の海域での米海軍の行動を自制し続けるとすれば、それは中国の人工島造成による主権主張を事実上容認することになり、大きな誤りである」と指摘している。マケイン議長を始めとする最近の多くの識者の意見は、中国の前進拠点となる人工島周辺の12カイリ以内に米海軍戦闘艦を航行させなければ、アメリカは、中国の人工島に対する主権を認めることになるか、あるいは当該人工島周辺に中国の領海を認めることになるかのいずれかである、という点で一致している。一方、12カイリ以内におけるFON作戦に関して、中国外交部報道官は、「『航行の自由、上空飛行の自由』を口実とする、いかなる国家による中国の領海・領空への侵犯も許さない」と言明している。また、去る5月の外交部報道官の発言では、「中国は、南シナ海における航行の自由を尊重しているが、ここでの自由とは、外国の軍艦や航空機が他国の領海や領空に意のままに進入できることを意味しない」と強調している。

(2) 12カイリの重要性は、国連海洋法条約 (UNCLOS) が、沿岸国に対して沿岸基線から12カイリまでの海域に対して主権を認めているという事実に由来している。中国の人工島周辺12カイリ内を航行するというFON作戦の意味は、その人工島の原初の地勢の性質によって異なる。この場合、南沙諸島において現在中国が占拠している地勢を、2つに分け、その違いを明らかにすることが有用である。

a.1つは、「人工島 (constructed islands)」 である。人工島は、満潮時に水没してしまう「低潮高地」の上に造成されたものである。この人工島周辺12カイリに進入するということは、例え当該人工島に対する領有権問題が解決されたとしても、アメリカは、UNCLOSの規定に従って、満潮時に水没する地勢に上に造成した人工島は領海を有しないと考えていることを明確にすることを意味する。

b.もう1つは「拡張された島嶼 (enlarged islands)」である。この言葉が示すように、拡張された島嶼とは、少なくともその原初の地勢が満潮時に水没しない自然に形成された地勢を(埋め立てによって)拡張したものをいう。このような拡張された島嶼は、当該島嶼の主権問題が解決されれば、その周辺に領海を宣言することができるであろう。従って、こうした拡張された島嶼の周辺12カイリに進入した場合には、まだ領海宣言が出されていない海域を航行したと解釈することができよう。中国がUNCLOSの規定に従ってアメリカの行動に反対したいのであれば、米海軍戦闘艦が、一定の条件下で他国の領海通航を認められる、「無害通航」の規定を満たしていないと主張しなければならないであろう。ところが、中国は、UNCLOSに規定していない、外国軍艦に対して無害通航についての当該沿岸国の事前許可を求めるという規則を押し付けている。

(3) このように、FON作戦の法的意味合いは、主権問題の解決、当該地勢の原初形状、そして関係国による主張によって大きく左右される。その上、FON作戦の法的意味合いは、アメリカがUNCLOSに加盟していないことで、大きく損なわれている。FON作戦を実施する場合のアメリカの狙いの1つは、中国に対して、UNCLOSの規定に基づいて、その領有権主張を明確にすることを強要することかもしれない。もっとも、その場合の中国の主張に対しては、UNCLOSの加盟国は、同条約の規定に基づいて、義務的紛争解決を要請することができる。アメリカはこれまで公式、非公式のルートを通じて、中国に対して領有権主張の明確化を求めてきたが、実現していない。FON作戦はアメリカの目的を後押しするかもしれない。しかしながら、国内の強硬な世論を背に、中国政府が領有権主張を明確化することは、リスクを伴うであろう。アメリカのもう1つの狙いは、南シナ海における中国の行動に対してアメリカが「何らかの対応をしている」と他の領有権主張国や域内諸国に分かってもらうことを期待して、FON作戦を長期間継続することであるかもしれない。こうした期待は、アメリカのFON作戦に対して威嚇行動などの潜在的に危険な対応措置を取るべきと主張する、中国国内の退役軍人や専門家そしてメディアの議論を一層煽ることになるかもしれない。もしその狙いが単にFON作戦の継続にあるのであれば、ベトナムやその他の国が過去に造成した人工島の周辺海域も航行すれば十分であろう。いずれにせよ、アメリカは、FON作戦を実行していくのであれば、その意図をメディア、外国政府そして国際世論に誤解やミスリードされないように、十分準備しておかなければならない。

記事参照:
South China Sea: What 12 Nautical Miles Does and Doesn't Mean

10月23日「『航行の自由』作戦を巡る諸問題―米専門家解説」(LawFare Blog.com, October 23, 2015)


米シンクタンク、Council on Foreign Relationsの研究員、Adam Kleinと、The Center for a New American Security (CNAS) の上席研究員、Mira Rapp-Hooperは、Webサイト、LawFareのブログに、10月23日付で、"Freedom of Navigation Operations in the South China Sea: What to Watch For"と題する長文の論説を寄稿している。筆者らによれば、本稿の狙いは、「航行の自由 (FON)」作戦の主たる法的要素と運用上の要素とのもつれをほぐし、説明することにある。本稿では、まず中国の人工島周辺海域におけるFON作戦の法的分析を難しくする3つの要因について検討し、次に、FON作戦を実施する3つの法的論拠について論じることで、南沙諸島におけるアメリカのFON作戦の実施が意味する法的メッセージを理解する上での手引きとなることを意図している。以下は、その要旨である。

(1) 国連海洋法条約 (UNCLOS) に対する異なる見解

a.第1の複雑化要因は、依拠する法律について、アメリカと中国の見解が異なっていることである。UNCLOS(アメリカは加盟していないが、航行の自由と上空飛行の自由を規定する慣習法として受け入れている)の規定では、沿岸国の主権は12カイリまでの海洋に及ぶ。この12カイリの海域は「領海」として知られる。更に、沿岸国は、沿岸から200カイリまでのEEZも認められている。この2つの海域においてUNCLOSが規定する、「航行の自由」が意味することについて、アメリカと中国の見解が異なっている。

b.アメリカの解釈によれば、全ての船舶は、事前の許可を得ることなく、当該沿岸国の200カイリのEEZと12カイリの領海を通航することが認められている。アメリカの見解では、軍艦は、EEZ内で軍事演習と監視活動を含む如何なる活動も実施できる。また、アメリカは、あからさまな軍事活動が禁止される、「無害通航」の原則に反しない限り、軍艦も領海を通航できるという立場である。

c.他方、中国は、軍艦はEEZ内で軍事演習や監視活動を実施できず、基本的にEEZ内での如何なる船舶の通航も「無害通航」でなければならない、とする。更に、中国は、「無害通航」の原則を遵守する場合でも、軍艦は沿岸国の領海に入る時には事前許可を必要とする、としている。

d.ほとんどの国は、UNCLOSの規定に合致した、アメリカの立場を受け入れている。太平洋地域の幾つかの国を含む、一部諸国は、中国と見解を共有している。しかしながら、中国の艦隊が9月にベーリング海のアメリカ領海を「無害通航」したことから、北京の見解が変わりつつあるのかもしれない。

(2) 第2の複雑化要因は、南シナ海の海洋地勢―「環礁」、「岩」そして「島」がUNCLOSの下で異なる海洋権限を有することである。

a.「低潮高地」:UNCLOS第13条では、環礁や「低潮高地」は領海もEEZも有しない。「低潮高地」に造成された人工島は500メートルの安全水域を宣言できるだけで、従って、安全な航行ができる限り、あらゆる船舶はその周辺を航行できる。

b.「岩」:第121条の下で、恒久的に海面上にあるが、人間の居住や経済生活ができない「岩」は、領海と領空を有するが、EEZを有しない。「岩」の上で造成された人工島も同様である。

c.「島」:人間の居住と経済生活を支えることができる自然に形成された「島」は、領海、領空及びEEZを有する。

d.中国が「環礁」と「岩」の上に大規模な造成工事を行ったので、現在の形状から、当該地勢の原初が「環礁」であったか、あるいは「岩」であったかを判断できない。しかしながら、北京が人工島に変える前のこれら地勢の法的権限を評価するに当たって、アメリカやその他の国が信頼できる多くの科学的な調査が存在する。中国は、埋め立てによって造成された人工島が、これらの原初形状がUNCLOSの下で本来有する法的権限以上の権限を有する、と考えているのかもしれない。

(3) 第3の複雑化要因は、主権ではなく、海洋管轄権が問題であるということである。米海軍が実施するFON作戦は、UNCLOSによって明確に規定された各地勢の上記の法的権限を実証することになる。しかしながら、FON作戦は、米海軍戦闘艦が通航した当該地勢に対する近隣国の主権の正当性に関してメッセージを発信するものではない。ワシントンは、南シナ海における主権紛争に関しては、中立の立場を維持してきた。従って、FON作戦は、これらの地勢をどの国が保持しているかについては、これを重視しない。そして、如何なる国の主権をも認めないというアメリカの立場は、これらの地勢に付随する海洋権限を消滅させる、という議論がある。例えば、米海軍大学のKraska教授は、アメリカが如何なる国の主権主張をも認めていないので、例え当該地勢の原初形状が領海を有する要件を備えていたものであったとしても、アメリカは、当該地勢を、「理論的には」領海を持たない「無主地 (terra nullius)」であると主張できる、と説明している。

(4) 以上を踏まえた上で、では、アメリカのFON作戦の実施をどのように解釈すべきか。問題の核心は、FON作戦に関する以下の3つの問いである。即ち、第1に、アメリカは、どのような法的立場で実施するのか。第2に、それによって何を否定したいのか。そして、第3に、米海軍は、海洋法規に対するアメリカの見解を誇示し、他国のそれを拒否するために、どのような行動をとるのか。本稿では、米海軍がFON作戦で実施すると見られる、以下の3つの行動方針を検討する。

a.「岩」、または「岩」の上に造成された人工島周辺海域における「無害通航」

FON作戦の形態:「岩」、または中国による造成前には「岩」であったことがほぼ確実視される地勢、例えば、Johnson South Reef(赤瓜礁)周辺12カイリ以内の海域への無通告の「無害通航」。

この作戦によるメッセージ:国際法の下、軍艦は、「無害通航」の必要条件を遵守する限り、他国の領海を無通告で通航できる。この作戦は、他国領海の「無害通航」は当該沿岸国の事前許可を必要とするという中国の見解を、否定することになろう。

分析:アメリカは、「無害通航」の事前通告は必要がないと一貫して主張してきた。中国が9月にベーリング海のアメリカ領海を「無害通航」したことは、軍艦が無通告で他国の領海を「無害通航」できるということを、中国が既に受け入れている証左かもしれない。しかし、こうした作戦は、「低潮高地」の上に造成した人工島が周辺海域に海洋権限を取得できるとする中国の見解を、打ち消すことにはならないであろう。更に、南沙諸島の地勢の多くの原初形状については論議の余地があることから、こうした作戦は、「環礁」の上に造成された人工島周辺海域では「無害通航」が求められると中国が主張するのを可能にするという、予想外の結果をもたらすことになるかもしれない。

b.「低潮高地」周辺海域における通常の作戦行動

FON作戦の形態:米海軍水上戦闘艦は、「低潮高地」、または例えば、Mischief Reef(美済礁)、Subi Reef(渚碧礁)あるいはGaven Reef(南薫礁)などの「低潮高地」に造成した人工島の周辺海域を、通常の作戦行動をしながら通航する。軍艦は、「無害通航」でないことを示すために、調査活動や軍事演習を実施することができる。

この作戦によるメッセージ:この作戦は、アメリカは作戦海域を領海とは認めておらず、むしろ公海と見なして軍事活動を行っていることを示すことになろう。このことは、「低潮高地」における中国の埋め立ては領海を生まないとのメッセージとなろう。

分析:これは、適切な、そして最も可能性の高い作戦形態である。この作戦は、海洋地勢に対する人工的改良は当該地勢が持つ本来の海洋権限を強化するかどうかという、米中両国の見解の相違に対する明快な回答である。

c.「岩」、または「岩」の上に造成された人工島周辺海域における通常の作戦行動

FON作戦の形態:米海軍水上戦闘艦は、「岩」または中国が改良する前は「岩」であったことが知られている地勢、例えば、Johnson South Reef(赤瓜礁)周辺12カイリ以内の海域を、通常の作戦行動をしながら通航する。

この作戦によるメッセージ:UNCLOSの下で、「岩」はその所有者に12カイリの領海を認めている。領海を無視する(即ち、12カイリ以内の海域で通常の作戦行動を実施する)ことによって、アメリカは領有権について紛争中の地勢は如何なる海洋権限も有しないと見なしているという、メッセージを送ることになろう。

分析:この作戦は、最も強硬なものとなろう。何故なら、それは、当該地勢に対する中国の主権主張と真っ向から対決することになるからである。しかしながら、それは、他のどの国の領有権主張も認めず、むしろ、当該地勢に対してどの国も主権を確立していないと見なしていることを意味する。アメリカがどの国の主張も認めていないが故に領海を認めていないことと、アメリカが中国の主張を拒否しているが故に領海を認めていないこととの区別は、一見最もらしいが、軍艦によってそれを示すことは困難かもしれない。恐らくより重要なことは、この作戦は潜在的に挑発的なものであり、中国をして、何らかの強硬な対応によって、当該地勢に対する主権主張を一層強力に展開しなければならないと思わせることになりそうである。

(5) 以上の3つのオプションの内、第2のオプション、即ち、「低潮高地」周辺海域における通常の作戦行動が、アメリカの外交政策目標に最も合致するものであり、最も実施されそうな作戦である。「環礁」は如何なる海洋権限も有せず、埋め立てによってもこの事実を変えられないことから、この作戦は、Mischief Reef(美済礁)、Subi Reef(渚碧礁)あるいはGaven Reef(南薫礁)などの周辺海域は依然として公海であるということを誇示するものとなろう。このことは、この数カ月における米中間の外交的やり取りの核心であり、多くの域内諸国の国際法的関心の的でもある。結論として、中国は、アメリカのFON作戦が自国の主権を侵害するものであるという見方を、恐らく変えそうにはない。しかしながら、UNCLOSに関する米中間の解釈に見る大きな相違と、中国が人工島にどのような海洋権限を主張するかについて明言していないという事実とは、正に米海軍がまずFON作戦を実行すべき理由となる。端的に言えば、米海軍は、FON作戦を通じて、海洋法に関するワシントンの、そして世界の大部分の国の見解を、中国に知らしめることになろう。

記事参照:
Freedom of Navigation Operations in the South China Sea: What to Watch For

10月27日「米、南シナ海で『航行の自由』作戦実施―米専門家解説」(CSIS, October 27, 2015)


米海軍イージス艦、USS Lassenは10月27日、南シナ海において中国が造成した人工島、Subi Reef(渚碧礁)の周辺12カイリ以内の海域を航行する、「航行の自由 (Freedom of Navigation: FON)」作戦を実施した。この作戦には、海洋哨戒機、P-8AとP-3 Orionが上空から随伴した。これは、人工島周辺12カイリを領海と認めないことを示す、最初のFON作戦であった。国連海洋法条約は、外国艦船が秩序や安全を害することがない限り、他国の領海を通行する「無害通航権」を認めている。中国海軍の戦闘艦5隻が9月に米アラスカ州沖のアリューシャン列島の米領海を通航した際は、アメリカは「無害通航」として看過していた。

米シンクタンク、戦略国際問題研究所 (CSIS) は、10月27日付のCSISのWebサイト上に、CSISの上級副所長Michael J. Green、上級顧問Bonnie S. Glaser、及びThe Asia Maritime Transparency Initiative主任Gregory B. Polingによる、"The U.S. Asserts Freedom of Navigation in the South China Sea"と題する論説を掲載し、Q&A形式で、今回のFON作戦に関して、要旨以下のように解説している。

Q:FON作戦の狙いは何か。

A:アメリカは、1979年から世界の海域でFON作戦を実施してきており、2014年にも南シナ海の紛争海域においてもFON作戦を実施した。しかしながら、国防省によれば、アメリカは2012年以降、南シナ海の如何なる島嶼や海洋地勢の12カイリ以内の海域においてもFON作戦を実施していない。今回のFON作戦を通じて、アメリカは、中国が環礁などを埋め立てて造成した人工島は12カイリの領海やその他の海洋権限を有しないということを明示する狙いがあった。このことは、Subi Reef(渚碧礁)に対する中国の領有権主張自体に直接異議を唱えるという意味を含むものではない。FON作戦の根底には、アメリカの、そして国際社会一般における国連海洋法条約 (UNCKOS) の解釈を明確に示す狙いがある。要するに、アメリカの海軍、沿岸警備隊及び民間船舶が、世界のあらゆる海域において自由な航行を実施する権利を維持するということである。特に今回の南シナ海でのFON作戦の場合、中国が南沙諸島において活発な人工島の造成を行い、そこに滑走路などを整備して軍事化を進めているという状況において、この地域のアメリカの同盟国やパートナー諸国に対して、アメリカが航行の自由を重視しているという姿勢を示す必要もあった。米政府は、南沙諸島を巡る領有権紛争に対しては、どの国にも与しないとの立場を堅持しているが、中国の人工島周辺海域に対する海洋権限の主張に対しては強い反対姿勢をとっている。アメリカは、南シナ海において中国が意図的な曖昧さに基づく領有権主張によって領海や大陸棚を拡張しようとしていることに対して、域内諸国と警戒感を共有している。米政府は、関係当事国に対して、国際法に基づく領有権紛争の解決を繰り返し求めてきている。Subi Reef(渚碧礁)周辺海域において実施された今回のFON作戦は、アメリカは国際法に違反する海洋に関する要求には同意しないという意思表示であり、また中国指導部に対してFON作戦に異議を唱える法的根拠を示すよう迫るものでもある。

Q:中国はSubi Reef(渚碧礁)周辺海域に領海を主張しているのか。

A:中国は、南シナ海における海洋権限の主張について、意図的に曖昧にしている。中国が南沙諸島で造成した人工島に対して如何なる権限を主張しているかは明確ではないが、中国が1992年に制定した領海法によれば、岩や暗礁といった海洋地勢の形状に関係なく、全ての中国領有地勢の周辺12カイリが領海とされている。中国外交部報道官は10月9日、「中国の領海や領空に対して、如何なる国家といえども、航行の自由や上空飛行の自由を口実に侵害することを許さない」と主張した。中国海軍戦闘艦は、米軍海軍哨戒機によるSubi Reef(渚碧礁)を含む中国の人工島付近での飛行に対して、定義が曖昧な「軍事警報区域 (military alert zone)」からの退去を要求した。

Q:中国は今回のFON作戦に対してどのような対応をとったのか。

A:ミサイル駆逐艦「蘭州」とフリゲート「台州」の2隻の中国海軍戦闘艦がUSS Lassenを追尾し、Subi Reef(渚碧礁)の周辺海域からの退去を警告してきたが、FON作戦の遂行自体を妨害することはなかった。米メディアはオバマ政権がFON作戦の実施に関して半年間の検討を行ったと報じていることから、ワシントンが北京に事前通告しなかったが、中国は、アメリカのFON作戦に対して十分な準備があったと見られる。中国外交部報道官は、米海軍戦闘艦が「中国政府の事前許可を得ることなく」、島嶼周辺海域に「不法に侵入」し、「中国の主権と安全保障を脅かした」と指摘し、FON作戦を強く批判した。この発言は、中国が本来暗礁であった地勢を埋め立てて人工島を造成したにも関わらず、UNCLOSの規定に反して、当該人工島の周辺海域に12カイリの領海を主張していることを示唆している。

Q:域内諸国の反応はどのようなものか。

A:域内の大半の国は、今回の中国の人工島周辺海域におけるアメリカのFON作戦の実施を歓迎した。南シナ海における領有権紛争の当事国でない東南アジア諸国は、日本やオーストラリアといった域外国とともに、中国の人工島造成とその軍事化に加えて、中国が2013年11月に東シナ海に防空識別圏 (ADIZ) を設定したように、南シナ海の空域にもADIZを設定するのではないかと懸念している。オーストラリア、日本及びフィリピンは、アメリカのFON作戦を支持する声明を発表したが、その他の多くの域内諸国は、中国の怒りを買うことを恐れて、公式声明を発表することはないであろう。

Q:今後の展開について。

A:米政府は、南沙諸島周辺海域におけるFON作戦は今回が最後ではないことを明言している。今後、FON作戦の定例化や、アメリカのFON作戦が中国に対する挑発を意図したものではないことを明示するため、中国の別の人工島周辺海域や、ベトナムやフィリピンなどの他の領有権紛争当事国の占拠地勢などの周辺海域においてもFON作戦が実施されるかもしれない。いずれにせよ、FON作戦は合法的なもので、不定期に実施する挑発的なものではなく、定期的に実施されるであろう。従って、アメリカは、オーストラリア、日本そして域内の関係国に対して、共同でのFON作戦の実施を求めることはないであろう。今回の作戦に続くFON作戦として、Subi Reef(渚碧礁)と同様に中国の埋め立て前には暗礁であったMischief Reef(美済礁)周辺海域など、南沙諸島で中国が造成を進める人工島周辺海域12カイリ内における無害通航が予想される。国際法に規定する「無害通航」とは、民間船舶や軍艦が軍事演習や情報収集などを行わず単に通航する限り、他国の領海内であっても平和裏に航行できるという権利である。中国海軍の戦闘艦も9月に、アリューシャン列島の米領海内を無害通航している。同様に、中国海軍艦艇は、ベトナム、フィリピン及びマレーシアが実効支配している南沙諸島の海洋地勢の周辺海域において無害通航することができるし、またそうでなければならない。

記事参照:
The U.S. Asserts Freedom of Navigation in the South China Sea

10月28日「『航行の自由』作戦の意味―米海軍退役大佐論評」(Council on Foreign Relations, October 28, 2015)


米海軍退役大佐Sean R. Liedmanは、10月28日付のCouncil on Foreign RelationsのWebサイト上に、"A U.S. Naval Signal in the South China Sea"と題する論説を寄稿し、米海軍駆逐艦が中国の人工島の周辺海域12カイリ内を航行した「航行の自由」作戦について、この作戦は中国の過度の海洋権限要求に対抗するものであるとして、Q&A形式で要旨以下のように述べている。

(1) アジア太平洋地域におけるアメリカの国益とは何か。

アメリカは、アジア太平洋地域において主として3つの戦略目標を有している。即ち、第1に地域の安定と安全を強化すること、第2に開かれた透明性の高いシステムに基づく貿易通商活動を促進すること、そして第3に普遍的な権利と自由に対する尊厳を護ることである。加えて、アメリカは、日本、韓国、オーストラリア及びフィリピンといった国々と安全保障上の同盟関係にあり、それらを強化することも重要である。

(2) 南シナ海で実行された「航行の自由 (FON)」作戦におけるアメリカの狙いは何か。

FON作戦における軍事目的は、前述の3つの戦略的目標のそれぞれと密接に結びついている。アメリカは、様々な公式の場において、アジア太平洋地域の主権問題に関して特定の国に与しないと言明してきたが、日本とフィリピンという2つの同盟国が中国との間で海洋紛争を抱えている。FON作戦の実施は、地域の安定と安全の強化を同盟国に保証することを狙いとした明確なシグナルである。流通の自由という面に関しては、タンカーによる世界の石油輸送の50%以上が南シナ海を通過し、また世界のトップ10の港の半数以上が南シナ海沿岸域に存在していることから、同地域の全ての国にとって、「航行の自由」は極めて重要な問題である。更に、FON作戦は、アメリカが国際社会における基本的な法体系の1つとして重要視する、国連海洋法条約 (UNCLOS) に反映されている、国際慣習法に対する違反であるとする過度な主張に対抗することも意図している。

(3) 今後、米海軍はどれくらいの頻度でFON作戦を続けるのか。

FON作戦の頻度は年によって異なる。国防省はFON作戦に関する年次報告書*を公表してきている。それによれば、最も多かったのは1998年の28回で、少ない年で12回程度である。

(4) FON作戦の軍事的所要とは何か。

重要なことは、FON作戦は単なる軍事活動だけではなく、アメリカの外交的要請からも実施されているということである。FON作戦は、空母打撃群によるものから、軍艦1隻や海洋哨戒機1機、あるいはそれらの共同によるものまで、多様なスタイルで実施されている。今回の南シナ海におけるFON作戦は、ミサイル駆逐艦、USS LassenとP-8哨戒機などによって実施された。

(5) 今回のFON作戦はアメリカの政策の変化を示すものか。

「ノー」だ。公海におけるFON作戦は、アメリカの建国以来の重要な国益である。国防省のFON作戦計画は1979年に開始され、1983年の大統領声明、「アメリカ海洋政策 (U.S. Oceans Policy)」**によってより明確にされた。重要なことは、FON作戦は、日本やフィリピンといった同盟国、サウジアラビアのようなパートナー国に対しても、海洋権限に関して過度な要求が行われた場合には実行されるということである。

(6) FON作戦実施に伴うリスクはあるか。

戦略的誤算や予測し得ない戦術的な出来事によるリスクは否定し得ない。戦略的誤算に関しては、アメリカは、FON作戦の実施が不意打ちにならないよう、中国に対して事前に通知していた。戦術的な面でいえば、地理的に限定された一定の範囲内での軍事的行動は、予測し得ない衝突の可能性を増大させるが、米中両国海軍のプロフェッショナルな技能と、「洋上で不慮の遭遇をした場合の行動基準 (The Code for Unplanned Encounters at Sea: CUES) 」を相互に遵守することで、リスクを削減することができよう。

(7) 中国は今後、どのように反応するか。

アメリカと域内の同盟国は、中国が如何に対応してくるかを見極めなければならない。作戦実施直後には、中国外交部の張業遂副部長が駐中国米大使を呼び、「極めて無責任である」と非難した。今回の作戦とは別に、中国は既に2015年9月に、海軍部隊がアラスカ州のアリューシャン列島沖の12カイリ以内のアメリカ領海を通航する、UNCLOSに基づく「無害通航」を実施している。これについては、国防省は「これは、UNCLOSに基づく合法的な航行である」とのコメントを発表している。重要な事は、今回のアメリカのFON作戦は、UNCLOSに基づく「無害通航」ではなかったという点である。むしろ、今回のFON作戦は、UNCLOSの規定では本来領海を認められない、南シナ海の「低潮高地」を埋め立てて「島」と称し、その周辺に領海を主張するといった、中国の過度の海洋権限要求に対抗することを狙いとしたものであった。より広い意味で言えば、今回のFON作戦は、慣習国際法の領海規定から明らかに逸脱した、南シナ海における中国の「9段線」主張に対抗したものであった。

記事参照:
A U.S. Naval Signal in the South China Sea
備考*:
U.S. Department of Defense Freedom of Navigation Report for Fiscal Year 2014 (March 23, 2015)
備考**:
United States Ocean Policy; Statement by the President, March 10, 1983

10月29日「中国は今後のアメリカの『航行の自由』作戦に如何に対応するか―米専門家論評」(Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, October 29, 2015)


米RAND Corporation上級分析官、Timothy R. Heathは、CSISの10月29日付のAsia Maritime Transparency Initiativeに、"How Will China Respond to Future U.S. Freedom of Navigation Operations?"と題する論説を寄稿し、中国はアメリカの航行の自由作戦に対する段階的で様々な対応の選択肢を持っているとして、要旨以下のように述べている。

(1) 米海軍ミサイル艦、USS Lassenは10月27日、南シナ海における人工島周辺に12カイリの領海を主張する中国に異議を唱えるために、最初の「航行の自由 (FON)」作戦を実施した。中国は、これに対して軍艦2隻を派遣して追尾した。中国当局は「将来の挑発的行為」に対して「断固として対応する」と言明する一方で、米当局はFON作戦を今後も継続するとしている。双方にとって掛け金は高い。南シナ海の国際海域に対する妨害のない軍事的アクセスを維持するというアメリカの決意は、経済的、戦略的な交通路としての南シナ海の重要性を反映するものであり、またアジアの有事におけるアメリカの介入を可能にする上でも重要である。他方、中国の決意は、南シナ海を制することは自国の脆弱な南翼の安全を確保し、豊富な漁業資源や鉱物資源の開発を可能にし、そしてアジアの有事におけるアメリカの介入能力を弱めるために不可欠である、という中国の考えを反映している。両国の指導者はこの点を十分認識している。オバマ大統領は国連演説で、アメリカの国益は「航行の自由と通商の自由という基本的原則を維持することである」と強調した。一方、習近平主席は最近の会見で、「中国人は、何人も南シナ海における中国の主権と国益を侵害することを許さない」と言明した。

(2) 最初のFON作戦は事故なく完了したが、今後どのような状況が予想されるかは多くの要因によるが、就中、中国がどのような対応を示すかは最も重要な要因の1つとなろう。アメリカの今後のFON作戦に対する中国の予想される対応を判断するに当たっては、完全に何もしないこと、そして軍事攻撃という両極端の対応は除外できる。南シナ海において何も対応しないことは、中国の自信の欠如、あるいはアメリカのパワーに対する恐怖として解釈される可能性がある。また、不十分な対応は、自らをアメリカに代わるアジアの安全保障の新しいリーダーとして位置づける、北京の取り組みを弱める可能性がある。しかしながら、軍事的な過剰反応は更に危険である。中国軍が航行する米海軍の戦闘艦を攻撃した場合、それは軍事的な侵略行為と受け取られよう。中国は自国の行為を自衛的行為と主張することは間違いないが、米中間の緊張のエスカレーションは制御が困難であろう。

(3) こうした両極端の対応の間には、アメリカの作戦の代価とリスクを高めることから、他の領有権主張国を抑止し、そしてアジアの安全保障のリーダーとしての中国の威信を強めることまで、中国の決意を誇示するという目的に役立つ多くの選択肢がある。しかしながら、これらの選択肢は、利用可能な軍事、非軍事の海洋アセットによって制約されている。非致死的な役割に役立つ軍事アセットに関しては、中国が南シナ海で建設している未完成の滑走路に恒常的に航空機を配備していないことから、海南島の基地から時々行う哨戒飛行に限られている。最も有望な軍事アセットとしては、USS Lassenを追尾したタイプの戦闘艦であろう。中国はこれまで、プレゼンスを誇示し、海警局の巡視活動を見守るために、南沙諸島に数隻のフリゲートや駆逐艦を配備してきた。また、中国は、2013年の米海軍巡洋艦、USS Cowpensと中国海軍フリゲートの近接遭遇事案のように、哨戒活動中の米海軍艦船を妨害するために、これらの戦闘艦の1隻を派遣する可能性があろう。しかしながら、海軍戦闘艦による妨害行為はリスクが大きい。米海軍戦闘艦との衝突事案がエスカレートすれば、実戦経験のない中国軍は、米海軍によって屈辱的な打撃を受ける可能性がある。

(4) 他方、海警局の巡視船は、より積極的な妨害行為を行う上で、リスクの少ないアセットとして役立つかもしれない。これらの巡視船は、トロール漁船と共同して、衝突のリスクを高める危険な行動をとる可能性がある。北京は、2009年のトロール漁船による米海軍調査船、USNS Impeccableに対する妨害事案のように、こうした行動をとってきた前歴がある。北京は、アメリカの政策決定者に対して、FON作戦のリスクと代価を強要するために、巡視船やトロール漁船が関わる危機を最大限に活用するであろう。中国海軍戦闘艦が関わる危険な妨害シナリオと違って、巡視船やトロール漁船が関わる危機は、はるかにリスクが少ないであろう。また、巡視船やトロール漁船の関与は、こうした危機を、海洋法令執行としての性格を持つ事案として扱おうとする、中国の努力を印象付けるものとなろう。

(5) このように、中国は、将来のアメリカのFON作戦に対して、利用できる様々な段階的選択肢を持っている。短期的には、選択される対応策は、米中2国間関係に対して北京が送ろうとするメッセージによって大きく変わるであろう。中国が2国間関係を安定させ、更なる悪化を避けようとする場合、今回のFON作戦に対する対応のように、抑制されたものとなろう。しかしながら、北京が2国間関係に不満を感じたり、あるいはアメリカの決意を試そうとしたりする場合、より挑戦的要素の強い、リスキーな選択肢を見出すかもしれない。中長期的には、状況はアメリカにとって更に複雑なものになろう。中国は、南沙諸島における軍事施設の建設を最終的には完了することになろう。それによって、中国は、この海域に少数の海軍戦闘部隊、ミサイルそして戦闘機とともに、より大型で多機能の海警局巡視船を多数配備することができるであろう。東南アジアへの経済投資が拡大されるにつれ、中国は、南シナ海を制海しようとする欲求を益々強めることになろう。危機や紛争におけるリスク管理は、今後数年間、一層困難で、複雑でそして重要なものとなろう。

記事参照:
How Will China Respond to Future U.S. Freedom of Navigation Operations?

10月30日「アメリカの『航行の自由』計画の国際法的側面―米海軍法務官論評」(Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, October 30, 2015)


米海軍法務官、Jonathan G. Odom中佐は、CSISの10月30日付のAsia Maritime Transparency Initiativeに、"How the U.S. FON Program Is Lawful and Legitimate"と題する論説を寄稿し、アメリカによる「航行の自由」計画の国際法的側面、その実施方法などについて、要旨以下のように述べている。

(1) アメリカは、建国以来、海洋の自由の維持を優先してきた。アメリカの「航行の自由(FON)」計画は現在大きな関心を集めているが、カーター大統領とレーガン大統領が40年近く前に、FON計画を公式に確定し、発展させてきた。歴代政権は、海洋の自由を維持するというアメリカの国益を重要視し、世界中の海域で国益を維持するために米海軍と米空軍の役割を強調してきた。FON計画は、米政府の幾つかの省庁が関わっており、国防省だけの計画ではない。

(2) FON計画は、国際法の規範にしっかりと根ざしている。FON計画の開始以来、基本的な運用指針は、海洋の自由を「制限することを意図した他国の一方的な行為を容認しない」ということであった。最近公表された国防省の「海洋安全保障戦略」において明確にされているように、海洋の自由とは、「軍艦と軍用機を含めた船舶と航空機にとって、国際法の下で認められた、海洋とその空域における権利、自由及び適法な使用の『すべて』(筆者強調)」を意味する。国連海洋法条約 (UNCLOS) でこれを確認すると、海洋の自由には、「無害通航権」(第17条)、「通過通航権」(第38条)、「群島航路帯通航権」(第53条)、「航行及び上空飛行の自由とその他の国際的に適法な海洋の利用」(第58条)、及び「公海の自由」(第87条)が含まれる。従って、世界の海洋と空域において国際法が如何なる権利を国家に保証しているかについて狭義に解釈しようとする、一部の国の努力にもかかわらず、「海洋の自由」という文言には、単に商船の自由以上に、はるかに多くのものが合法的に含まれているのである。

(3) アメリカのFON計画は、国際法規に完全に合致した方式で、立案計画され、実施されている。アメリカのFON計画は、2つの取り組み、即ち外交活動と軍事作戦行動とに分けることができる。これらの2つの活動は同時並行的に実施される。国務省の同僚とFON計画に関わった筆者 (Odom) の経験によれば、外国政府の海洋に関する主張が国際法の規定を超えた過剰なものかどうかについて、そして米政府がこうした主張に対して海洋の権利、自由及び適法な使用を維持するために適正な行動を取るべきということについて、両省の見解が異なることは例外的なことであった。

(4) FON計画の外交的な取り組みにおいては、米政府は、世界の沿岸諸国が当該海岸線に沿って海洋に関する主張を展開し、あるいは確立することに関与している。必要なら、米政府から派遣された法律専門家と海洋学専門家が、これらの沿岸諸国の海洋に関する主張が完全に国際法に合致しているかどうかを確認する特定の方法に関して、これら沿岸諸国に建設的な助言を行う。沿岸国の海洋に関する主張が曖昧な場合、国務省は、当該沿岸国と外交ルートを通じて意見交換を行い、主張の内容とその法的根拠を明確にするよう要求する。こうした意見交換は、文書による照会や、当該沿岸国の代表との直接会談、あるいはこれら2つを組み合わせた形で行われる。もし沿岸国が海洋に関する過剰な(即ち、国際法と合致しない)主張を確定した場合、国務省は、こうした過剰な主張に対する公式な異議申し立てを記録に残すため、正式な外交抗議書を手交する。FON計画を議論する場合に、アメリカが、海洋に関する主張を明確にするよう他国を慫慂するとともに、過剰な主張に対するアメリカの異議を伝達するために、どのように努力を払うべきかについて判断する上で、こうした一連の外交的取り組みを承知しておくことは有益である。多くの場合、当該沿岸国がその疑わしい主張の明確化や、その過剰な主張の修正を繰り返し拒否した場合にのみ、アメリカのFON作戦が実施されることになる。

(5) FON計画の軍事作戦面での取り組みについては、国防省と沿岸警備隊がFON作戦と、「その他の航行の自由に関連する諸活動」とされるものを実施する。この2つの違いは、FON作戦が過剰な海洋に関する主張に異議を唱えることを主たる目的とするのに対して、2番目のカテゴリーには、過剰な主張に対する異議申し立てに関連する情報収集といった、幾つかの他の主要目的がある。

(6) 一部の人々は、過剰な海洋に関する主張に対する異議申し立てに当たって、何故アメリカは外交手段だけに限定しないのかと、訝しく思うかもしれない。国際法、特に慣習法の形成と発展は、国家の慣習に関連する。こうした慣習は、個々の国家の相互に補完し合う、公式発言「」公式な行動によって示される。もし沿岸国が過剰な主張を展開し、他国が外交手段のみでそれに異議を申し立てた場合、もし当該沿岸国がこれらの外交上の異議申し立てを無視したり、あるいはその過剰な主張の修正を拒否したりしたら、どうなるか。他国がこれを黙認すれば、当該沿岸国が、法律としてではなくても、少なくとも実質的に、その過剰な主張を正当化するリスクを引き起こす。その結果は、当該沿岸国が自国の戦略的目的を達成するために、国際法を事実上改変することになるかもしれない。従って、FON計画の軍事作戦面での活動は、アメリカの公式声明と外交上のやり取りを補強するとともに、過剰な主張に対する公式の抗議と完全に合致するものである。以上のような理由から、アメリカのFON計画、FON政策、そしてFON作戦は合法かつ適正なものである。

記事参照:
How the U.S. FON Program Is Lawful and Legitimate
Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, October 30, 2015

10月31日「中国、国連海洋法条約重視に転換か―英専門家論評」(Chatham House, October31,2015)


南シナ海問題に詳しい、英シンクタンク、Chatham House の客員研究員、Bill Hayton は、Chatham HouseのWebサイトに10月31日付で、"Is China Moving Towards Compromise in the South China Sea?"と題する論説を寄稿し、最近のアメリカの「航行の自由」作戦に対する北京の反応ぶりから、北京は海洋に関する主張を国連海洋法条約に合致させようとしている兆候が見られるとして、要旨以下のように述べている。

(1) 1947年以来、中国の公式地図は、南シナ海の広大な海域を包摂する、「U字ライン」あるいは「9段線」が特徴となっている。この「ライン」の正確な意味が明らかにされたことはなかった。しかしながら、例えば海警局、海軍、沿海部の各省及び石油業界を含む、中国の一部の国家機関は、議論の余地のない中国の領域から800カイリも離れた、この「ライン」を国境線と見なしていると思わせるような行動を、しばしば取ってきた。こうした解釈は、国連海洋法条約 (UNCLOS) からは完全に逸脱したもので、航海の自由を脅かすとともに、現在の国際海洋秩序に対する挑戦となっている。しかしながら、最近の中国の外交部や国防部の報道官声明は、政策の転換を示すように慎重に言葉を選んでいるようである。特に、両部の報道官は、UNCLOSの条文を非常に重視している。2016年には、常設仲裁裁判所が、フィリピンから提訴された案件について、中国がUNCLOSの条文の幾つかに違反しているとの判断を示すと見られることから、このことは重要である。常設仲裁裁判所は10月29日、この案件に対する管轄権を有すると裁定し、フィリピンが中国に対して提訴した15項目の申し立てについて審議する準備を進めている。これら申し立ては、南シナ海南部の南沙諸島、あるいはその周辺における中国の活動に関するもので、南沙諸島については、その全部あるいは一部について中国、マレーシア、ブルネイ、ベトナム及びフィリピンが領有権を主張している。中国外交部の対応は、(他国の主張は)「無効である」として、「南シナ海の島嶼とその周辺海域に対する議論の余地のない中国の主権」を再確認し、仲裁裁判所は「適切な手続きを悪用し」、「UNCLOSの目的を逸脱し」ており、「何ももたらさないであろう」というものである。

(2) しかしながら、最近の別の出来事、即ち、中国が南沙諸島で占拠するSubi Reef(渚碧礁)の12カイリ以内を米海軍駆逐艦、USS Lassenが航行したことに対する外交部の対応は、UNCLOSについて異なった態度を示した。アメリカは、Subi Reef(渚碧礁)の周辺海域を航行することを選択した。Subi Reef(渚碧礁)が原初の状態では満潮時に水面下に没する環礁だったからである。UNCLOSの規定では、こうした「低潮高地」は陸地ではなく、12カイリの領海を有しない。中国はSubi Reef(渚碧礁)の上に人工島を造成したが、UNCLOSでは、こうした構造物は「陸地」としては扱われない。USS Lassenの航行は、1つには米政府がSubi Reef(渚碧礁)が領海を有するとは見なさないとする、具体的な示威であり、また1つにはSubi Reef(渚碧礁)に対して中国がどのような法的地位を主張するのかを見極めるための実地調査でもあった。

(3) 中国の反応は、曖昧であったが、UNCLOSを遵守する方向に向かっていることを示唆するものであった。何よりも、中国は、米海軍戦闘艦が「U字ライン」の中にプレゼンスしていること自体には反対しなかった。USS LassenによるSubi Reef(渚碧礁)の12カイリ以内の航行に対しても、公式には反対さえしなかった。外交部報道官は、Subi Reef(渚碧礁)が「領海」を有するとは主張せず、その「近傍海域」とだけ言及した。同報道官は、アメリカが中国の主権を「侵害した」とは言わなかったが、Subi Reef(渚碧礁)に「脅威を及ぼした」と発言した。そして同報道官は、「島嶼とその周辺海域に対する主権」についての公式表明を繰り返した。国防部報道官も同じような表現を使った。両者の発言は未だ公式なものとして準備されていないにしても、このことは、中国政府内において一定のコンセンサスがあることと、自国の主張をUNCLOSの文言に合わせようとする慎重な努力があることとを示唆している。同じような文言はタカ派と目される『環球時報』の紙面にも見つけることができる。USS Lassenの航行に関する署名記事は、平静を保ち、アメリカが実際に行ったことを分析することの重要性を強調している。そしてこの記事は、読者に対して、領海に関するUNCLOSの条文の意味を説明し、注目すべきことに、中国が南沙諸島に保有する地勢は人間の居住に適した島ではなく、従って200カイリのEEZを有しない、と解説しているのである。同紙のタカ派的イデオロギー傾向を考えると、これは「世論操作」の努力と見られないこともない。

(4) というよりも、むしろ、力点の置き所が変わってきているように思われる。アメリカが海洋に引かれた「ライン」に関心を持っている間に、中国政府の報道官やメディアの表現は、南シナ海の島嶼そのものに対する中国の主権に益々重点を置くようになってきている。国営テレビのニュース番組、「新聞聯播」は、USS Lassenの哨戒活動を異常に重視している。同番組は、「近傍海域」について同じように重視しており、「U字ライン」全体に対する主権を主張してはいない。その代わり、この番組は、南沙諸島の環礁における中国の行動に干渉するアメリカに警告し、「中国は自己の領域主権を防衛する固い決意である」と宣言している。しかし、アメリカは、島嶼に対する中国の主権主張に挑戦したことはない。アメリカは、第2次大戦当時にまで遡って、主権主張に対しては厳格に中立の立場を維持してきた。恐らく、北京は、有りもしない脅威を煽ることで、今後何カ月か何年かの内に、その主権主張をUNCLOSの条項に整合させる決意さえ宣言することができるであろう。UNCLOSに基づく解決は、中国にとって、「U字ライン」の最大解釈によって実現できるであろう、海洋領域や海洋資源へのアクセスと比べれば、はるかに少ないものしか得られないであろう。しかしながら、島嶼に対する確固とした姿勢を堅持することで、中国は、自国民に対し勝利を主張することができるであろう。

(5) では、何故、中国はこのような転換をしようとしているのか。それには、幾つかの要因があるようである。

a.最も重要な要因は、アメリカが首尾一貫してその持てるアセットを動員してきたことである。ワシントンは、北京がUNCLOSの条文を尊重するよう説得し、またある程度そうするよう強要するため、外交的話し合いから砲艦外交まで、あらゆる政治的ツールを動員してきた。

b.第2に、中国指導部は、食料、貿易そしてエネルギーの供給を海上交通路に大きく依存している国家として、UNCLOSの利益を理解するようになったのかもしれない。UNCLOSはまた、中国の成長しつつある外洋海軍力が、他国のEEZや日本列島を通過し、遠くグアムやハワイの米軍基地にまで至る航海を正当化してきた。

c.第3の要因は、常設仲裁裁判所へのフィリピンの提訴の影響である。中国は法廷における審理を無視しているが、もし法廷での判決が中国に不利なもの―そうなる可能性が益々高くなっているようである―であれば、中国にとって、国際法の違反者と色眼鏡で見られるのは心地の良いものではないであろう。

d.そして最後に、要因としては弱いが、中国の21世紀の海上シルクロード計画に対する東南アジア内部における強い抵抗である。北京は、海洋で対立する国との海洋協力を進めることはできない、との理解に至る可能性がある。

(6) これらの全ての要因は、中国指導部に対して、その海洋に関する主張をUNCLOSに沿ったものにするとともに、アメリカと東南アジア諸国との緊張を緩和するよう慫慂する効果を持つかもしれない。端的に言えば、南シナ海に平和が訪れる兆しがある。

記事参照:
Is China Moving Towards Compromise in the South China Sea?

【その他の論調】


10月15日「台湾占拠の太平島、灯台新設、滑走路改修」(ABC-CBN News.com, October 15, 2015)


フィリピン政府当局者が10月15日に明らかにしたところによれば、台湾は、南シナ海で占拠する太平島の滑走路を改修し、灯台を新設した。フィリピン国防省報道官によれば、改修滑走路は、C-130輸送機の安全な離着陸が可能である。滑走路の改修工事を担当した、台湾の交通部台湾区国道新建工程局の担当者によれば、1,195メートルの滑走路の改修工事では、2機のC-130輸送機を収容するためのハンガー・エリアの拡張と、滑走路表面の改修、燃料タンクやパイプラインの改修などが行われた。また、同島では、灯台建設も完了し、台湾の海洋港湾局のウェブサイトによれば、灯台建設の目的は「台湾の主権誇示と航行の安全を図る」ためという。中国は既に、華陽礁 (Cuarteron) と赤瓜礁 (Johnson South Reef) に灯台を建設している。滑走路の改修と灯台の建設に加えて、台湾海岸巡防署は、2015年末までに完成予定で埠頭の新設工事を行っている。完成すれば、100トン級の巡視船が常駐し、また3,000トン級のフリゲートも停泊できるようになる。

記事参照:
Taiwan completes runway, lighthouse in disputed sea

10月16日「人民解放軍は『張り子の虎』―豪専門家論評」(The Strategist, October 16,2015)


オーストラリア国防大学の国立大のPaul Dibb名誉教授は、Australian Strategic Policy Instituteの10月16日付、The Strategistに、"Why the PLA is a paper tiger"と題する論説を寄稿し、中国の人民解放軍は「張り子の虎」であるとして、要旨以下のように述べている。

(1) 中国の軍事的脅威の増大を煽り、一方でアメリカの軍事力を過小に見ることが通り相場になっている。しかし、人民解放軍 (PLA) は、近代戦を戦ったこともなければ、その自慢の装備が実戦においてテストされたわけでもない、専門技能の不十分な軍事力である。中国は、経済の減速、改善されるよりむしろ悪化しつつある構造的な経済的、社会的緊張を抱え、アメリカとの戦争はおろか、巨大で脆弱な大国である。中国経済は、根本的に自由な国際貿易と世界規模の物流に大きく依存しており、中国にとって戦争は経済的、社会的に大災害となろう。更に、北京は、この地域において強力で影響力のある友人をほとんど持たず、戦略的な孤立に苦しんでいる。北京は、近代戦についての経験が全くない。北京が最後に武力紛争を経験したのは1979年で、ベトナムに対していわゆる「教訓」を与えることに手酷く失敗した事例である。1960年代のインドや旧ソ連との国境紛争、あるいは1950年代の朝鮮戦争への義勇軍の派遣は近代戦と呼べるものではない。PLAの忠誠宣誓は、権力を維持する共産党に対するもので、国家としての中国を防衛することではない。PLAの将校は今日でも、軍事訓練を優先させるより、的外れな共産主義の教義の学習に多くの時間を費やしている。

(2) 過去20年の間に、PLAが技術的に長足の進歩を遂げたことは事実である。しかし、習近平主席が中国は海洋強国でなければならないと主張しているにもかかわらず、中国の地理的現状がこれを阻んでいる。大陸国が実際に海軍国となったのは何時のことか、旧ソ連、フランスあるいはドイツがそうならなかったのは明らかである。オーストラリアのコメンテーターは、中国の接近阻止/領域拒否 (A2/AD) 能力について繰り返し言及してきた。特に中国が本土周辺に大軍を集中できることから、中国への接近路における作戦がより危険になりつつあることは間違いない。しかし、アメリカ人が、極超音速滑空機、電磁砲、ステルス、ドローンそしてサイバー攻撃のような分野で技術的に何もせず手を拱いているであろうか。重要な軍事技術の領域では、中国は依然、アメリカから20年は遅れている。中国の対潜戦能力は取るに足りないレベルであり、アメリカやロシアの原潜に比べれば、潜水艦の多くは雑音が高いし、推進技術も遅れている。最新の「晋」級弾道ミサイル搭載原潜 (SSBN) でも、1970年代の旧ソ連のDelta III SSBNよりも雑音が高い。米資料によれば、Type 95次期攻撃型原潜 (SSN) でも、1980年代後半の旧ソ連のチタン船殻のAkula級SSNよりも静粛性で劣るという。中国の防空能力は、技術的に最先端の敵に対して重大な欠陥がある。更に、中国は、軍用分解修復技術と30年にわたって習得に失敗してきた高性能軍用ジェット・エンジンについては、ロシアに大きく依存している。

(3) 弾道ミサイル技術については、北京は重要な進歩を遂げてきた。しかし、DF-21対艦弾道ミサイルは、戦闘速力で移動する海軍艦艇を破壊することは決してできないであろう。更に、このミサイルは、目標を捕捉するため、情報衛星とOTH(超水平線)レーダーに決定的に依存している。これらは、アメリカの先制攻撃に対して脆弱である。米国防省によれば、中国が海上の遠距離目標を成功裏に攻撃するために、正確な目標情報を収集し、その情報を適切に発射ミサイルに伝達する能力を保有しているかどうかは明らかではない。個別誘導複数目標弾頭 (MIRV) を装備したDF-5Bなどの、中国の大陸間弾道ミサイル (ICBM) 能力については、核技術のブレークスルーとは言い難い。筆者 (Dibb) は、1974年当時、首相府国家評価室長として、アメリカのCIAのスタッフから、当時のソ連のSS-18 ICBMに搭載されたMIRVについてブリーフィングを受けた。MIRV技術は40年前には注目すべき技術的進展であった。中国軍の将校あるいは科学者の間で、中国の核戦争遂行能力について自慢し始めている者がいる。中国は、一定の生き残り可能な第2撃報報復能力を保有しているが、全面核戦争になった場合、人口密度が高く、東部沿岸域に人口が集中しているため、核戦争に最も脆弱な大国の1つである。14億の人口があっても、全面核攻撃から生き残れることを意味しない。筆者の見解では、このことは、アメリカが配備中と即応予備を含め数千発の戦略核弾頭からなる、大規模な核攻撃戦力を保持するための有力な論拠となっている。

(4) 我々は、歴史的文脈において、台頭する中国の軍事能力を、アメリカの軍事力と比較分析する必要がある。その際、我々は、アメリカが世界で最も革新的な国であること、そして多くの面で依然重大な欠陥を抱えているが、発展する中国の軍事力を前にして、立ち止まって傍観していることはない、ということを認識しておく必要がある。

記事参照:
Why the PLA is a paper tiger

【関連記事1】
「人民解放軍は『張り子の虎』ではない―反論その1」(The Strategist, October 19,2015)

オーストラリアのBond University准教授、Malcolm Davisは、前掲Paul Dibb論説に対して、人民解放軍は「張り子の虎」ではないとして、Australian Strategic Policy InstituteのThe Strategistに、10月19日付と22日付の2回に分けて、"Why the PLA is no paper tiger"と題する反論を寄稿している。以下は、反論その1の要旨である。

(1) Paul Dibb名誉教授の論考は、中国の戦略的文化、歴史そして国家アイデンティティを無視している。これら全ては、今日の、そして将来に向かってのインド・太平洋地域における、戦争に向かう決心をも含めた中国の政策選択に大きな影響を与えている。そしてこれらは、軍近代化の過程を促進させる要因でもある。Dibbは友人を持たない孤立した大国として中国を特徴付けているが、これも納得できない。

(2) 習近平主席は「中国の夢」という考えを推し進めている。これは、アジアにおける指導的あるいは支配的なパワーとしての伝統的、そして自ら正当と見なす地位を回復しようとするものである。国内的観点から見れば、「中国の夢」は、総合的な国力を発展させ、強化することであり、そして対外政策の面では、南シナ海や東シナ海の領有権問題を有利に解決するとともに、台湾問題を解決することである。中台の再統合は北京の条件に従って実現しなければならない、そして南シナ海は中国のものである、と中国が言明する時、いずれも等しく真剣である。北京の認識からすれば、中国が宣言する「9段線」は交渉の余地のないものである。同様に、東シナ海における尖閣諸島を巡る日本との紛争を中国の望み通りに解決することも、北京にとって核心利益である。これら3つの潜在的に揮発性の高い問題にはアメリカの主要同盟国が関係しており、他方、南シナ海の問題には、海洋における「航行の自由」という重大な問題が絡んでいる。従って、現在、南シナ海で見られるような中国の挑戦を、ワシントンは無視することができないのである。

(3) 中国が戦争に向かうか否かを考える場合、中国が地域の状況をどのように認識しているか、そしてアジアの安全保障上の課題についてどのように考えているかを理解しなければならない。中国国家のアイデンティティを傷つけてきた「屈辱の世紀」という中国の認識には、強い歴史的な反発力があることを認識することも極めて重要である。中国共産党(中共)は、この屈辱の世紀と中国社会におけるナショナリズムを、安全保障問題における高圧的な行動を正当化し、促進するために、そして権力の掌握を強化するために利用している。歴史的象徴性の効用を無視することはできない。中国は再びアジアの指導的立場に立つよう運命づけられている、と中国は考えている。中国は、台湾でも、そして南シナ海や尖閣諸島問題でも、後戻りできない。そうすれば、「中国の夢」をぶち壊し、それによって中共の正当性も同時にぶち壊してしまうことになろう。

(4) Dibbは、中国は有力な友好国をほとんど持たず、戦略的孤立に苦しんでいると述べている。中国と近隣諸国との連結の強化を目指すシルクロード構想の推進に見られるように、中国の増大するソフトパワーの潜在力を見れば、この分析は説得力がない。「一帯一路」構想は中国の大戦略と周辺外交の鍵となる要素であり、その成功は中国の台頭に繋がる。この構想は、新たな市場を拓き、「中国の夢」の実現に不可欠の資源へのアクセスを確保するものであり、その意味で、全ての道は北京に通じ、中国を「21世紀の中華帝国」の地位に再び押し上げようとしている。シルクロードの地政学は重要であり、孤立する中国というDibbの認識に挑戦している。発展途上の近隣諸国に対する中国の投資、特に政治改革という紐付きではない投資は、危機におけるこれらの諸国の対外政策の計算に影響を及ぼし、ある国は中立の位置に留まり、ある国はワシントンより北京と提携することを選択する可能性を高める。このことは、中国が実際に中国の夢を達成するための大戦略を持っており、そしてその過程において、アメリカ主導の「ハブ・アンド・スポークス」体制に替えて、中国の伝統的な指導的役割を回復するために、アジアを横断する政治的、経済的そして安全保障の構造を再形成しようとしていることを窺わせる。「中国の夢」の成功は、単に国内的な経済発展だけではない。それは、アジア全域に及ぶ大国としての中国の復帰であり、東アジアの海洋における領有権紛争を中国有利に解決することであり、アメリカの「再均衡化」戦略に対抗することでアメリカによる中国封じ込めを阻止することであり、そしてアメリカとその域内の同盟国を犠牲にして中国の影響力を促進する経済的紐帯を構築することである。中国は、この目的を擁護するために戦うであろう。反論その2では、Dibbの人民解放軍の弱点に関する分析について検討する。

記事参照:
Why the PLA is no paper tiger (part 1)

【関連記事2】
「人民解放軍は『張り子の虎』ではない―反論その2」(The Strategist, October 22,2015)

以下は、オーストラリアのBond University准教授、Malcolm Davisによる反論その2の要旨である。

(1) Dibbの人民解放軍 (PLA) に関する分析を検討するに当たって、米シンクタンク、The Atlantic Councilの上席研究員で中国専門家のRoger Cliffの近著、China's Military Power: Assessing Current and Future Capabilities (September , 2015) が参考になる。Cliffは同書で、2020年までに中国の軍事ドクトリン、装備、人員及び訓練の質が米軍あるいは西側の軍隊のそれらのレベルに近づくであろうと見ている。よく知られている組織機構、後方兵站そして組織文化における弱点がPLAの武器、装備の効果を制約しているとしても、「これら(台湾や南シナ海)の有事シナリオにおいて、主として中国が享受している地理的優位と特定の兵器システムの能力の故に、アメリカにとって中国を打ち破ることは困難であり、高い代償を強いられるであろう」とCliffは指摘している。そしてCliffは、「2020年代は、東アジアにおけるパワーの移行期となるかもしれない。即ち、アメリカが事実上ほとんどあらゆる侵略から同盟国を防衛し得る能力を持っていた地域から、中国が少なくとも海洋と空域における制覇を争う能力を持ち、そして中国の武力行使に対抗しようとする試みがアメリカを含めどの国にとっても危険で高くつくものになるであろう地域になるかもしれない」と結論づけている。Cliffの結論は、最近のRAND の報告書、The US China Military Scorecard * の評価とも一致している。この報告書は、中国はアメリカを追い上げており、益々高圧的で自信を持つようになってきており、そして地理的条件を味方に付けている、と指摘している。

(2) PLAの能力に関するDibbの評価は、作戦運用上の文脈からの分析がなく、現在配備されているPLAの能力を見落としている。新に出現しつつある鍵となる要素は、PLAの接近阻止/領域拒否 (A2/AD) 能力に直面する、海軍水上戦闘部隊の生き残りの能力である。アメリカの死活的な指揮・統制・通信・情報・監視・偵察 (C4ISR) ネットワークに対して、衛星攻撃兵器を使用した宇宙戦を通じて情報戦闘を遂行するPLAの能力は、ネットワーク電子戦 (INEW) に統合されている。従って、中国に対する情報戦闘に勝利するためには、中国のA2/AD能力を打ち破ることが不可欠であることから、サイバー戦について真剣に検討することが必要になっている。例えば、RANDの報告書によれば、中国の攻撃的な対宇宙戦能力は、アメリカの防衛的な対宇宙戦手段よりもより速いスピードで強化されつつある。そのような開発に伴う困難を克服する魔法の手段があるのかもしれないが、中国は、まずそれらが作戦運用可能なレベルに達するように資金を投入しなければならず、次いで戦闘に使用できることを検証しなければならない。

(3) 「第3の相殺」戦略** が実証しているように、アメリカが「手を拱いている」わけではないことは、Dibbが正しく指摘している通りである。しかし、この主張は逆もまた真なりである。中国も、極超音速滑空機を飛行させ、対ステルスレーダーを配備しつつあり、そして世界最大の無人機能力を保有している。中国は、対潜戦能力の面でも、新型海上哨戒機の配備や、固定水中聴音装置の設置、Type056「江島」級コルベットの配備によって、追い上げつつある。防空面では、中国はステルス機に有効なS-400対空ミサイルを購入したようであり、また、J-20戦闘機に代表される長距離空戦能力は、前方展開の早期警戒管制機と空中給油機に大きく依存する、アメリカの航空機による戦力投射能力を大きく減殺する可能性がある。潜水艦の雑音低減については、原子力潜水艦は常に通常型潜水艦よりも雑音が高くなる。中国は、「元」級とKilo 636級の通常型潜水艦を展開している。これらの潜水艦は非常に静粛性が高く、南シナ海の紛争海域で音響的に探知することは困難である。RANDの報告書は、中国の新型潜水艦は益々静粛になり、兵装も向上しており、1996年以来、米海軍水上戦闘艦を探知、攻撃する能力は大幅に向上していると信じるべき多くの理由がある」と指摘している。これらの潜水艦は、射程290カイリの鷹撃-18などの超音速対艦巡航ミサイルを装備しており、米海大のErickson教授によれば、これらミサイルは遠海域での対水上戦闘艦戦においてアメリカのミサイルより遠距離から攻撃できる。この潜水艦と対艦巡航ミサイルとの組み合わせは致命的である。

(4) PLAを過大に見るべきでないとするDibbの警告は正しいが、同時に軍事技術の分野で中国は取るに足らないと決め付けるのも賢明ではない。中国は急速に追い付いてきている。問題とすべきは、中国がこれから何処に向かうのか、そして、北京がアジアにおいて増強しつつあるその軍事力をどのように使用するかである。

記事参照:
Why the PLA is no paper tiger (part 2)
備考*:RANDの報告書については、「海洋情報旬報」2015年9月11日-9月20日号参照。
Full Report is available at following URL;
http://www.rand.org/content/dam/rand/pubs/research_reports/RR300/RR392/RAND_RR392.pdf
備考**:See "The Third U.S. Offset Strategy and its Implications for Partners and Allies"delivered by Deputy Secretary of Defense Bob Work, January 28, 2015

10月17日「アジアの海洋を支配するのは誰か―英誌エコノミスト論評」(The Economist, October 17, 2015)


2015年10月17日付けの英誌、The Economist(電子版)は、"Who rules the waves?"と題する長文の論説記事で、中国は最早、アメリカがアジア太平洋地域における支配的な海軍力であることを受け入れるつもりはないとして、アジアの海洋支配を巡る米中抗争について、要旨以下のように論じている。

(1) 第2次世界大戦後、世界の海洋コモンズに対する自由なアクセスを保障するアメリカの覇権は、短期間ながら一度だけ挑戦を受けた。ソ連は1970年代にシンボリックな外洋海軍を発展させたが、一部の歴史家の指摘によれば、ソ連体制がその後20年足らずで崩壊した所以は、その膨大なコストにあった。海軍力におけるソ連より深刻な現在の挑戦者は中国である。中国は、当初の沿岸海軍から、日本からフィリピンに至る第1列島線内の「近海」における強力な海軍戦力に発展させ、現在更に野心的な方向に進化しつつある。過去10年間、中国海軍による遠海域での作戦行動は、頻度を増し、技術水準も高くなっている。 中国は、インド洋への恒常的な海賊対処部隊の派遣に加えて、西太平洋の遠海域で海軍演習を実施している。2015年9月には、5隻の中国海軍戦闘艦が、ロシアとの軍事演習の終了後、アリューシャン列島の近くを航行した。

(2) 中国は2915年5月に公表した軍事白書で、いわゆる「外洋防衛」を海軍の「沿岸域防衛」の任務に付加することを公式に明らかにした。中国は、バランスを変えることを決意している。第1列島線、そして究極的には第2列島線の外側にアメリカを留めておくことを狙いとして、中国は、沿岸基地配備の対艦ミサイルから、潜水艦、最新の海上哨戒機そして戦闘機に至る戦力強化に、重点的に投資してきた。中国はまた、輸入石油の大部分が通航するインド洋に連接する海峡を哨戒する能力も強化しようとしている。中国は、経済的に不可欠なシーレーンを防衛し、南シナ海と東シナ海における支配的なプレゼンスを維持し、そして中国の増大しつつある在外投資や国民が脅威に晒された場合には、何処にでも介入できる態勢を整備することを目標としているようである。習近平の「中国の夢」における中核的な要素は、世界的に誇示し得る軍事力を持つことである。大型戦闘艦は、本国から遠く離れた港を訪問すれば、威圧効果を発揮できる。中国のように大国で歴史と経済的影響力を持つ国がこうしたものを持ちたくなるのは、理解できる。中国がまた、潜在的敵対国(アメリカ)が自国の沿岸域で妨害されることなく自由に行動するのを阻止しようとするのも、不思議ではない。アメリカ防省の報告書によれば、中国海軍は現在、アジアで最大の300隻以上の水上戦闘艦艇、潜水艦及び両用揚陸艦と海上哨戒機を保有している。また、海洋法令執行機関の巡視船も205隻で、アジアでは他の諸国を圧する隻数であり、しかもこれら巡視船は領有権紛争対処に活用されている。従って、中国は、そうしたいと思えば、海洋境界と資源、航行の自由、そして紛争の平和的解決に関する、ルールと規範を脅かすことができよう。

(3) アメリカは、この挑戦に対応する用意があるか。この地域からのアメリカの最終的な撤退が不可避であると恐れている国々は、多分その間違いに気付くであろう。中国の公式の国防費は、増強されてはいるが、米海軍単独の予算よりも多くはない。アメリカは10隻の超大型原子力空母を保有しており、その内の1隻は日本を恒久的な拠点としている。中国は、小型でソ連時代の改修空母1隻を保有しているだけで、他に2隻が建造中である。世界で最先端の水上戦闘艦である米海軍の最新のズムワルト級ステルス駆逐艦は、全3隻が他の新型戦闘艦や航空機とともに、アジア太平洋地域に配備されることになっている。中国軍の専門家は、中国海軍が米海軍の域に達するまでには、なお30年を要すると見ている。もう1つのアメリカの利点は、この地域で、域内と世界の両方で協働できる海軍力を持っているということである。日本の海上自衛隊は、戦力投射能力を欠くが、世界で5番目の最高水準の海軍と見られており、米海軍と協働している。日本の新たな安保法制は、海上自衛隊がより大きな任務範囲で同盟国とこれまで以上に密接に協働することを可能にするであろう。更に日本は、中国と領有権を争っている域内諸国と連携し、フィリピンとベトナムに対して新造と中古の巡視船を供与している。インド海軍は、もう1つの強大な同盟国である。インドは、3個の空母機動部隊と原子力潜水艦を含む200隻海軍を2027年までに整備することを目指している。インド海軍は、中国海軍と肩を並べることは不可能にしても、インド洋が「中国の湖」になるのを阻止する決意である。以前からインドの戦略家は、中国がインド洋沿岸域に商業港湾のネットワークを構築し、それをインド政府が支配的でなければならないと考えてきた海域で活動する自国艦艇を支援する陸上支援基盤としようとしている、と見てきた。現在中国は、原子力潜水艦をインド洋にしばしば派遣している。

(4) 中国は、域内の他の諸国と同様に、アジア太平洋地域で平和を維持する米海軍の覇権的パワーから、十分な恩恵を受けてきた。そしてこのことが、中国の急速な成長を助けてきた。しかし、中国は今や、この秩序に挑戦する決意を固めているようである。中国が自国の沿岸域における米海軍の行動を自由にさせないと望んでいることは、理解できる。「新型大国関係」を望む国として、海洋の警備をアメリカ依存することは、沽券に関わることである。もし中国が台湾に侵攻するとすれば、中国は、アメリカの台湾支援を拒否するか、あるいは少なくとも遅延させようとするであろう。しかしながら、中国がその近隣諸国を脅かすほどの海軍戦力を保有することは、一方で、近隣諸国をアメリカの保護の下に一層駆り立てることにもなる。

(5) 更に、強力ではあるが2番目のシーパワーであるということは、壊滅的な誤算に終わることもあり得る。ドイツは、破産するほどの巨額を投入して戦艦建造競争を仕掛けることで、20世紀初頭の英海軍力の優位に挑戦した。しかし、ドイツ海軍は、第1次世界大戦で、英国の海上封鎖を打破できなかった。日本も、第2次世界大戦開戦時の真珠湾攻撃から6カ月後に、ミッドウェー海戦で艦隊の大部分を失った。中国がその強力な外洋海軍を自国の威信誇示に不可欠と見なし、特に国際的ルールを損なうよりはむしろ補強するようにその海軍力を活用するなら、問題はないであろう。懸念されるべきは、中国自身がその海軍力を愛国心や力の誇示以外の目的に使用しようとする誘惑に耐えるのが難しいであろう、ということである。マハンは、「シーパワーの歴史は、全てではないが概ね、競合する国家間の、相互に敵対し、戦争でしばしば頂点に達する暴力の物語である」と指摘している。必ずしもそうなるとは限らないが、アメリカは、最悪の事態に備えておかなければならない。

記事参照:
Who rules the waves?
Map & Chart

10月20日「ロシア、北極圏に巨大軍事基地建設」(The Telegraph, October 20, 2015)


ロシア国防省が10月20日に明らかにしたところによれば、北極圏に150人の将兵が最大18カ月間自活できる巨大軍事基地が建設中で、97%完成しているという。場所は、北緯80度以北のフランツヨーゼフランド群島の最大島、アレクサンドラ島で、その名はThe "Arctic Trefoil" で、名の通り建屋は三つ葉型で、赤、白、青のロシア国旗の三色に塗装されており、全体の広さは1万4,000平方メートルである。国防省によれば、建屋は150人の将兵を収容でき、18カ月間自活できるに十分な燃料、食料が保存できる。将兵は、摂氏マイナス47度に達する屋外に出ることなく、基地内の各建屋を移動できる。ロシアは、1990年代に北極圏から軍事プレゼンスを引き上げたが、2014年11月に防空部隊を再展開させた。ロシアは現在、新海軍ドクトリンの一環として、北極圏の軍事機構を強化しつつある。ロシアは既に、北緯75度の東シベリア海のコチェリスイ島に軍事基地を建設している。ロシアは、北極圏国家としての主張を益々強めてきており、2015年8月には北極点を含む広大な領域の大陸棚外縁延伸申請を国連に提出している(本件については、海洋情報季第11号Ⅱ.解説、丹下博也「ロシアによる新たな大陸棚延長申請について」参照)。

記事参照:
Russia builds massive Arctic military base
Map: Russian Continental Shelf Claims in the Arctic

10月30日「常設仲裁裁判所におけるフィリピン提訴案件の審理項目―比紙報道」(Inquirer.net, October 30, 2015)


オランダのハーグにある、常設仲裁裁判所 (The Permanent Court of Arbitration: PCA) は10月29日、フィリピン政府が提訴していた南シナ海を巡る中国との紛争について、フィリピン側の一部の訴えに関して裁判所に管轄権があると判断し、仲裁手続きを進めることを決定した。10月29日付のPCAのプレスリリースによれば、PCAが管轄権を認めたのは、フィリピンが訴えた15項目中、7項目であった。フィリピン政府はPCAの決定を歓迎したが、一方、中国は、仲裁手続きを受け入れない姿勢を一貫して示してきた。中国外交部報道官は、10月30日の会見で、「仲裁案を受け入れないし、審理にも参加しない」と述べ、「この決定は無効で中国に対して何の拘束力も持たない」と強調した。今後、PCAは、フィリピン側の主張を検討するための聴聞会を開催し、2016年中に結論を出すことになっている。審理は非公開だが、傍聴を希望する、マレーシア、インドネシア、ベトナム、タイ及び日本については、これまで通り認められる。

比紙、Inquirer(電子版)は、10月30日付で、常設仲裁裁判所におけるフィリピン提訴の審理項目について、要旨以下のように報道している。

(1) ハーグの常設仲裁裁判所 (PCA) は10月29日、南シナ海(西フィリピン海)における中国とフィリピンの海洋紛争に関して、フィリピンが申し立てた15項目の内、7項目について管轄権を認め、審理を行うことを決定した。中国は、「南シナ海における幾つかの海洋地勢に対する中国の領土主権」に関してPCAは管轄権を有しないとして、仲裁手続きに参加しないとの立場を、繰り返し表明してきた。中国はまた、まず外交ルートで議論を尽くすことなく、一方的に仲裁手続きを求めたとして、フィリピンは国連海洋法条約 (UNCLOS) の下での仲裁裁判手続きを悪用していると主張してきた。PCAは、「仲裁裁判手続きへの中国の不参加はPCAの管轄権を奪うものではない」と判断した。

(2) フィリピンは、フィリピン西方の紛争海域とそこにおける豊富な海洋資源に関して、15項目について審理を求めた。PCAは、その内、7項目について管轄権を認めたが、残りの7項目に対する管轄権については更なる考慮が必要とし、もう1項目についてはフィリピンに対して「内容を明確にし、範囲を狭くする」よう指示した。

(3) 審理される7項目は以下の通りである。

a.Scarborough Shoal(黄岩島)は、EEZや大陸棚を生成しない。

b.Mischief Reef(美済礁)、Second Thomas Shoal(仁愛礁)、及びSubi Reef(渚碧礁)は、領海、EEZまたは大陸棚を生成しない「低潮高地」であり、従って、占拠やその他の手段によって占有できる地勢ではない。

c.Gaven Reef (南薫礁)、及びMcKennan Reef(西門礁、Hughes Reef(東門礁)を含む)は、領海、EEZまたは大陸棚を生成しない「低潮高地」であるが、これら環礁の低潮線は、Namyit(鴻庥島、ベトナム占拠)とSin Cowe(景宏島、同)のそれぞれの領海の幅を測定する場合の基線として用いられるかもしれない。

d.Johnson Reef(赤瓜礁)、Cuarteron Reef(華陽礁)、及びFiery Cross Reef(永暑礁)は、EEZまたは大陸棚を生成しない。

e.中国は、Scarborough Shoal(黄岩島)における伝統的な漁業活動を妨害することによって、フィリピン漁民から彼らの生計活動を不法に阻止した。

f.中国は、Scarborough Shoal(黄岩島)、及びSecond Thomas Shoal(仁愛礁)において、海洋環境の保護、保全に関する、UNCLOSに規定する義務に違反した。

j.中国は、Scarborough Shoal(黄岩島)周辺海域を航行するフィリピン船舶に対して、衝突のリスクも厭わない危険な方法で海洋法令執行船を運用することによって、UNCLOSに規定する義務を怠った。

(4) PCAは、以下の7項目に関する管轄権について、判断を先送りした。

a.中国の南シナ海における海洋権限は、フィリピンのそれと同様に、UNCLOSによって認められる限度を超えて、拡大することはできない。

b.いわゆる「9段線」によって包摂される南シナ海の海域に対する主権的権利と管轄権、及び「歴史的権原」に関する中国の主張は、UNCLOSの規定に反するものであり、UNCLOSの下で中国に認められる海洋権限の地理的範囲を実質的に超える部分に対しては、法的効果を持たない。

c.Mischief Reef(美済礁)、及びSecond Thomas Shoal(仁愛礁)は、フィリピンのEEZと大陸棚の一部である。

d.中国は、フィリピンのEEZと大陸棚における生物資源と非生物資源に関する、フィリピンの主権的権利の享受とその執行を不法に妨害した。

e.中国は、フィリピンのEEZ内におけるフィリピン国民と船舶による生物資源を捕獲に対する不法な妨害行為に失敗した。

f.Mischief Reef(美済礁)に対する中国の占拠と構築物の構築活動。

(a) 人工島、施設及び構築物に関するUNCLOSの規定違反。

(b) UNCLOSの海洋環境の保護、保全に関する中国の義務違反。

(c) UNCLOSに違反した、不法な占拠行為の実行。

(5) 2013年1月に仲裁裁判が開始されて以来、中国は、就中、以下の行為によって、問題を不法に悪化させて、引き延ばしてきた。

a.Second Thomas Shoal(仁愛礁)内の水域とその周辺海域におけるフィリピンの「航行の自由」の権利を妨害すること。

b.Second Thomas Shoal(仁愛礁)内(座礁させた戦闘艦内)に駐留するフィリピン人要員の交替と再供給を妨害すること。

c.Second Thomas Shoal(仁愛礁)内に駐留するフィリピン要員の健康と生活を危険に晒すこと。

(6) PCAは、審理事項と、先送りされた事項の管轄権について更なる聴聞を行うとともに、2016年中には最終判断を下すことができると見ている、と述べている。

記事参照:
Key points of the Arbitral Tribunal's decision in PH vs China case
The Permanent Court of Arbitration, Press Release, October 29, 2015

10月30日「インド洋における中印抗争」(Council on Foreign Relations, October 30, 2015)


Online Writer/Editorで、ジャーナリストのEleanor Albertは、米シンクタンク、Council on Foreign RelationsのWebサイトに、10月30日付で、"Competition in the Indian Ocean"と題する長文の論説を寄稿し、インド洋を舞台とする中印抗争について、要旨以下のように述べている。

(1) 何故、インド洋は中印抗争の舞台となっているのか。

中国とインドは、自国経済発展の原動力として、インド洋の安全なシーレーンを経由して輸入されるエネルギー資源に依存している。インドはエネルギー資源のほぼ80%を中東から輸入しており、中国とアメリカに次ぐ世界第3位のエネルギー消費国である日本を追い越そうとしている。一方、米国防省の報告書によれば、2012年に中国が輸入したエネルギー資源の84%は、インド洋からマラッカ海峡を経由するものであった。北京とニューデリーは、自国経済の成長を維持していくために、資源の安全な輸送への依存を強めていくであろう。中国の世界的に増大する影響力とインドの急速な経済的台頭は、インド洋の戦略的価値を高めている。一方、アメリカの再均衡化戦略―中東重視の外交政策から、アジアに重心を置く外交政策への変換もまた、インド洋の安全保障に対する関心を高めている要因である。自然災害からエネルギー安全保障、海賊行為そして軍事プレゼンスに至るまで、多様な安全保障の挑戦は、この地域に影響を及ぼしている。(Figure 1: Indian Ocean by the Numbers参照)

(2) インド洋における中印抗争はどのようなものか。

a.中国とインドは、安全保障利益と経済的利益を護るために、域内の小国との関係を強化しようとしている。北京のこの地域に対する政策は、400億ドルの投資資金に裏付けされた、「一帯一路」構想で、バングラデシュ、ミャンマー、パキスタンそしてスリランカにおける中国資本による建設プロジェクトを通じて、域内諸国との連結を強めようとしている。2009年に海賊対処活動を開始して以来、北京は、この地域で益々活動を活発化させてきた。中国は、軍の近代化を通じて、特に海外での国益を護る海軍力の近代化を進めている。

b.インドは、自然な地域大国と見なされている。モディ首相は、積極的にインド洋沿岸域の諸国と外交、経済そして安全保障関係の強化を促進しており、中国の拡大する影響力を牽制している。インドのサラン前外交担当相は、「インドが地域的、世界的大国として出現する上で鍵となるのは、インドの近隣諸国である」と述べている。

c.中国は、インド洋の安全保障を、中国の「核心利益」を護るための主たる関心地域と見なしている。中国の軍事戦略は、2015年の防衛白書によれば、海軍が沿岸海域の防衛と外洋における国益擁護を共に重視する方向に転換したことを示している。中国は、現在のインド洋での海賊対処活動を通じて半永久的な海軍力のプレゼンスを維持しようとしている。多くの学者はインド洋での中国の野心を「真珠数珠繋ぎ (the "string of pearls")」の比喩によって表象するが、中国の専門家は、中国が進めるインド洋沿岸域での港湾建設に対する投資について、これは基地ではなく、単に経済活動のためのアクセスを求めているだけ、否定している。(Figure 2: Indian Ocean Port Development参照)

(3) 何が中印間の緊張を高めているのか。

a.中印関係は、歴史的な紛争と中国の台頭を脅威とするインドの認識によって、危険に満ちている。両国の軋轢の主因は、長年にわたる国境紛争と1962年の中印戦争の遺産である。また、インド洋における中国のプレゼンスの増大は、インドの懸念を高めた。北京は商業的な動機に基づくものと主張しているが、インドの専門家は、インド洋と他の海域での中国のプレゼンスについて、アジアにおける中国優位を実現する海洋大国を目指す、習近平主席の意図に沿ったものと見ている。

b.中国の意図については論議があるが、中印両国とも、インド洋における軍事能力を強化し続けている。中国は、インド洋西部海域での海賊対処活動のために、引き続き海軍部隊を配備しており、またインドの近隣諸国に対して、資金を投資するとともに、戦車、フリゲート、ミサイル及びレーダーを含む武器を売却している。中国は2015年10月には、パキスタンに対する8隻の潜水艦の引き渡しを終え、また近年、中国の潜水艦がスリランカのコロンボ港やパキスタンのカラチ港に入港している。

c.インドも、インド洋での海洋プレゼンスを強化している。インドは、対潜水戦能力を含む海軍力の増強のために数十億ドルを投資し、「アクト・イースト」政策の一環として、南シナ海に艦艇を派遣し、「航行の自由」と領有権紛争の平和的な解決を求めている。軍事基地の建設、近代化された装備と艦隊、新しい海洋アセットそして安全保障関係の拡大、これらは全て、地域のリーダーを目指すニューデリーの意思表示である。2013年に当時のインドのシン首相は、インド洋地域の安定を維持する責任を果たすために、インドは「安全保障の真の提供者」になると述べた。モディ首相は、初めてのインドとオーストラリアの2国間演習を実施し、そしてアメリカ、オーストラリア及び日本とともに、ベンガル湾で多国間海軍演習を行った。オーストラリア国立大学のDavid Brewsterは、インドの伝統的な非同盟原則にもかかわらず、アメリカ、オーストラリアそして日本にまで連携関係を拡大したのは、それが中国とバランスをとる上で重要な役割を果たし得るとの計算された動きであることは間違いない、と指摘している。

(4) インド洋における国境を越える課題は何か。

インド洋における抗争の激化にもかかわらず、海賊行為、災害救助と麻薬密輸阻止を含む、国境を越える課題については、中国、インドそして他の諸国を巻き込んだ多国間協力が行われている。以下は、多国間協力の拡大が可能な分野である。

a.海賊対処活動:海賊対処活動は、世界的にも地域的にも成果を挙げてきている。米シンクタンク、Oceans Beyond Piracyによれば、ソマリア沿岸沖での海賊行為による2014年の経済的損失を23億ドルと推定しているが、これは2年前の約57億~61億ドルの損失に比較して大きく改善されている。(Figure 3: Main Maritime Circulation and Acts of Piracy Robbery, 2006-2013参照)アデン湾周辺の海賊対処活動は、地域協力で最も成功した事例といえる。国連安保理決議第1851に基づいて、80カ以上の国、機構及び企業グループがこの活動に参加した。専門家は、参加各国海軍による活動によって海賊行為は減少したが、インド洋西部における各国海軍のプレゼンスが低下すれば、海賊活動が再び増大する、と警告している。中国とインドは、独自に海賊対処活動を実施している。

b.捜索救難活動:最近の協力事例は、2014年3月に行方不明となったマレーシア航空370便の検索活動であった。最盛期には、中国とインドを含む26カ国が参加した。

c.災害救助活動:人道支援と災害救助協力には拡大の余地がまだある。2004年のインド洋津波では、オーストラリア、フランス、インド、日本、マレーシア、ニュージーランド、パキスタン、英国及びアメリカを含む各国政府は、広範囲な救助と復興活動に参加した。

d.漁業協力:インド洋地域の小国にとって、漁業は重要な輸出産業である。これら諸国は、乱獲と環境劣化が持続可能な経済発展と食糧安全保障への深刻な危機になっていると認識していているが、持続可能な漁業のための効果的なメカニズムは実現していない。

(5) インド洋地域におけるガバナンスの改善の見通し。

専門家は、インド洋地域の多様な課題に対処するために、東シナ海や南シナ海の主要国間にあるメカニズムに類似した、効果的な地域安全保障機構が必要になってきている、と指摘している。この地域には、例えば域内の各国海軍間の意思疎通を図る多国間組織、インド洋海軍シンポジウム (IONS) があるが、専門家は、インド洋全域おいて効果的な協調活動を実施する上で最大の課題はインド洋全域をカバーするガバナンス機構がないことである、と指摘している。

記事参照:
Competition in the Indian Ocean
Council on Foreign Relations, October 30, 2015
Figure 1: Indian Ocean by the Numbers
Figure 2: Indian Ocean Port Development
Figure 3: Main Maritime Circulation and Acts of Piracy Robbery, 2006-2013

【補遺】旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書


1. Chinese company Landbridge to operate Darwin port under $506m 99-year lease deal
ABC.net, October 14, 2015

2-1. Think Again: Myths and Myopia about the South China Sea
The National Interest, October 16, 2015
Alexander Vuving, Alexander L. Vuving is a Professor at the Daniel K. Inouye Asia-Pacific Center for Security Studies.

2-2. The Main Problem with America's Abundant South China Sea Hawks
The national Interest, October 28, 2015
Lyle J. Goldstein, Lyle J. Goldstein is Associate Professor in the China Maritime Studies Institute (CMSI) at the U.S. Naval War College in Newport, RI.

3. The Bangladesh/Myanmar Maritime Dispute: Lessons for Peaceful Resolution
Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, October 19, 2015
Sarah Watson is an Associate Fellow in the Wadhwani Chair for U.S.-India Policy Studies at CSIS.

4. The Other Gulf of Tonkin Incident: China's Forgotten Maritime Compromise
Asia Maritime Transparency Initiative, October 21, 2015
Isaac B. Kardon (孔适海), a Ph.D. candidate in the Government Department at Cornell University and a Visiting Scholar at NYU Law.

5. A Shared Destiny in the Asian Commons: Evaluating the India-U.S. Maritime Relationship
The National Bureau of Asian Research, October 22, 2015
By Abhijit Singh, Abhijit Singh is a Research Fellow at the Institute for Defence Studies and Analyses (IDSA) in New Delhi.

6. Waiting for Widodo: The Limits of Security Assistance and the U.S. Rebalance to Asia
War On The Rocks.com, October 25, 2015
Patrick Cronin and Natalie Sambhi, Dr. Patrick M. Cronin is Senior Advisor and Senior of the Asia-Pacific Security Program at the Center for a New American Security (CNAS) in Washington, D.C. Natalie Sambhi is an Analyst at the Australian Strategic Policy Institute (ASPI) in Canberra, where she also is Managing Editor of ASPI's blog, The Strategist.

7. The Evolution of Asia's Contested Waters
Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, October 26, 2015

8. What's behind Beijing's drive to control the South China Sea?
The Guardian.com, July 28, 2015
Howard W French, Howard W French is the author of China's Second Continent: How a Million Migrants are Building a New Empire in Africa, and is writing a book about the geopolitics of East Asia. He is an associate professor at the Columbia University Graduate School of Journalism and a former Shanghai bureau chief for the New York Times

9. Why US FON Operations in the South China Sea Make Sense
The Diplomat, October 31, 2015
By Jonathan G. Odom, Commander Jonathan G. Odom is a judge advocate (i.e., licensed attorney) in the U.S. Navy.

10. China's discomfort in an American world
AEI, October, 2015
Dan Blumenthal, director of Asian Studies and a resident fellow at AEI







編集責任者:秋元一峰
編集・抄訳:上野英詞
抄訳:飯田俊明・倉持一・黄洗姫・関根大助・山内敏秀・吉川祐子