海洋情報旬報 2015年9月1日~10日

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9月2日「中国海軍戦闘艦、アラスカ沖航行」(The Maritime Executive.com, Reuters, September 2, 2015)

5隻の戦闘艦からなる中国海軍部隊は9月2日、米アラスカ州沖のベーリング海の公海を航行した。米国防省報道官によれば、ベーリング海で中国海軍戦闘艦を視認するのは初めてで、同部隊は国際法に準拠して航行した。中国海軍部隊の出現は、オバマ大統領の3日間のアラスカ州訪問と重なった。米国防当局者によれば、中国海軍部隊の構成は、両用揚陸艦、補給艦各1隻と3隻の水上戦闘艦であった。この海域への中国海軍戦闘艦の出現は、中国海軍の到達範囲拡大の証左と見られる。米シンクタンク、ヘリテージ財団の中国専門家、Dean Chengは、ベーリング海への中国海軍部隊の出現は「中国海軍は今や外洋海軍であり、遠海域で活動することができ、また世界的なプレゼンスを展開できる」とのワシントンに対するメッセージである、と指摘している。

記事参照:
Five Chinese Ships Sail Near Alaska

9月3日「中国、2種の『空母キラー』ミサイルを公開―米海大エリクソン教授論評」(The National Interest,September3,2015)

米海軍大学教授、Andrew S. Ericksonは、米誌、The National Interest (電子版)の9月3日付のブログで、"Showtime: China Reveals Two ‘Carrier-Killer’ Missiles"と題する論説を掲載し、要旨以下のように述べている。

(1) 9月2日に北京で行われた抗日戦争勝利70周年記念の軍事パレードで、中国は2種の対艦弾道ミサイル、DF-21 DとDF-26を初めて公開した。その他、DF-16(東風16)中距離弾道ミサイルとYJ-12(鷹撃-12)対艦巡航ミサイルも初めて公開された。YJ-12は空対艦巡航ミサイルで、パレードでは車載で展示された。また、今回、DF-5B(東風5B)ICBMが公式にMIRV(複数個別誘導弾頭搭載)ICBMであることが確認された。このミサイルは弾道ミサイル防衛網による阻止を非常に困難にする。今回、これらのミサイルが展示公開されたことは、これら全てのミサイルが実戦配備されたことを意味する。このことは、一方でDF-41 ICBMとYJ-18対艦巡航ミサイルが展示されなかった理由でもある。つまり、これらのミサイルは未だ実戦配備されていないのである。

(2) DF-21D 中距離弾道ミサイル (MRBM) は「水上目標」を打撃する能力があり、「暗殺者の棍牙」と呼ばれている。更に、16基のDF-21Dの隊列は通常弾頭ミサイル第2梯隊と呼ばれている。このミサイルは路上機動型対艦弾道ミサイルで、海上での非対称戦における「暗殺者の棍牙」である。DF-21Dは、前回のパレードで公開されたDF-21C派生型よりも弾頭頂部が長い。公式コメントによれば、より長射程のDF-26中距離弾道ミサイル (IRBM) は、核弾頭と通常弾頭の両方を搭載可能である。公式コメントでは、DF-26は「大・中型水上目標を攻撃できる」とされている。この「グアム・キラー ("Guam Killer")」ミサイルは、射程3,000~4,000キロと見られ、グアムの米軍基地を攻撃するのに十分な射程である。更に、16基のDF-26の隊列は「通常・核戦力の隊列。DF-26は中射程から長射程の精密攻撃が可能で、陸上及び大中型水上目標を攻撃できる。戦略抑止の新しい兵器である」と説明されている。

(3) 2004年のハンドブックによれば、第2砲兵は、米空母打撃群に対して対艦弾道ミサイルを使用する少なくとも概念上5つの方法を真剣に検討してきた。それらは、

a.「破砕発射」:空母打撃群に対する攻撃

b.「前程抑止発射」:空母打撃群の前方に「警告の意味」で行う一斉威嚇発射

c.「翼側支援発射」:海軍部隊と協同による空母打撃群阻止。中国が最も脅威を受けている脆弱な海域から空母打撃群を排除することを狙いとした、「中国が相対的に脅威を受けている翼側に対峙している敵の空母打撃群に向けて一斉発射」

d.「集中発射攻撃」:「多くの空母艦載機が我が海岸に対する波状航空攻撃のために運用される時、強力な空襲を阻止するためには敵の中核である空母に『大鉄槌』を加えなければならない。通常ミサイル部隊は、『集中発射攻撃』により敵の中核である空母に対する広範囲の攻撃を実施し、敵の空母から発進した航空機、空母の司令塔、その他の破壊し易い重要施設を破壊する」

e.「対情報攻撃」:空母打撃群の指揮統制システムを電磁的に攻撃し、使用不能にする。「敵の指揮統制システムあるいはイージス・システムの弱点に指向する、対レーダー弾頭あるいは電磁パルス弾頭を装備した通常弾頭ミサイルは、敵のレーダーと指揮システムが稼働中に使用できる。対レーダー弾頭はレーダー基地攻撃に、電磁パルス弾頭は敵の指揮統制システムを混乱させるために使用できる」

(4) 米国防省の中国人民解放軍に関する2015年年次報告によれば、少数のDF-21D対艦弾道ミサイルが配備され、「中国沿岸から900カイリ(1,667キロ)以内の西太平洋にある艦船を攻撃する能力を人民解放軍に与えている。」 DF-21Dについては、既に詳細な報道がなされているが、紛争時において、中国の対艦弾道ミサイルがどのような役割を演じるのかについては、何も語ってくれない。第1に、DF-26対艦弾道ミサイルがどれほど正確に目標、特にその射程ぎりぎりにある目標を捕捉できるのか不明である。DF-21DとDF-26をパレードに参加させたことは、これらミサイルが注意深くテストされ、作戦運用できる兵器として軍が受領したことを示している。第2に、例え中国の対艦弾道ミサイルがそのシステムの全段階で完全に機能するとしても、外国の対抗措置によって完全に破壊されるであろう。アメリカは、中国の対艦弾道ミサイルやその他のミサイルに対する十分な対抗措置を保有している。米誌、The National Interestの編集主幹、Harry Kazianisは、DF-21Dについて、"a game changer"というより、"a great complicator" という方が適切である、と指摘している。

記事参照:
Showtime: China Reveals Two ‘Carrier-Killer’ Missiles

9月3日「中国、空母2隻建造―台湾国防部報告書」(gCaptain.com, Reuters, September 3, 2015)

ロイター通信が入手した、台湾国防部の中国人民解放軍の能力に関する報告書によれば、中国は現在、「遼寧」と同程度の、排水量6万トンの空母2隻を建造中である。それによれば、1隻は上海で、他の1隻は大連で建造中という。完成時期については、言及されていない。中国国防部はコメントを拒否したが、台湾国防部報道官は、空母建造計画の詳細は情報部から得たとしながらも、詳細については明らかにしなかった。

記事参照:
China Building Two Aircraft Carriers, Taiwan Defense Ministry Says

9月4日「インド・太平洋地域における核搭載原潜の配備、その5つのリスク―豪専門家論評」(Lowy Institute, September 4, 2015)

豪シンクタンク、Lowy Instituteの国際安全保障プログラム研究員、Brendan Thomas-Nooneは、9月4日付の同シンクタンクのWeb上に、"Five risks from the deployment of nuclear-armed submarines in the Indo-Pacific"と題する論説を発表し、インドや中国によるインド・太平洋地域への核搭載原潜の配備は、長期的には核抑止の安定状態をもたらすが、短期的には地域の緊張を高めることになろうとして、要旨以下のように述べている。

(1) インド・太平洋地域において戦略的な核搭載原潜 (SSBN) に多額の投資を行っている域内大国は中国だけでなく、インド、そして潜在的にはパキスタンや北朝鮮もそれぞれの開発段階にある。この3カ国の中では、インドの開発プログラムが最も進んでおり、2009年には初の国産SSBN、INS Arihantを進水させ、更に2番艦と3番艦も建造中である。Lowy Institute の最新レポート、Nuclear-armed submarines in Indo-Pacific Asia: Stabiliser or menace?* において、共著者のRory Medcalfと本稿の筆者 (Brendan Thomas-Noone) は、SSBNの存在は、如何なる敵対国も残存能力の高い第2撃核報復能力を持つ国家を攻撃したいとは考えないであろうことから、長期的に見れば、この地域における大規模戦争のリスクを低減させることになろう、と主張している。しかしながら、こうした戦略的安定状態が確立されるまでは、インドや中国がSSBNの信頼できる運用に不可欠の完全な指揮通信システム、乗員訓練そしてドクトリンを整備しないでSSBNを配備し始めていることから、SSBNの配備は当初、不安定要素となろう。

(2) もう1つのリスクとしては、SSBNの配備は、域内の既存の海洋における緊張を激化させたり、通常兵器の軍備競争を加速させたりする可能性があるということである。一般的には、冷戦の後半段階においては、アメリカ(そしてNATO)のSSBNは、ソ連のSSBNとともに、核戦争の可能性を低減させていたと考えられている。これは、SSBNが「非脆弱な」核第2撃報復能力を持つからである。しかしながら、米ソのSSBNが配備され始めた冷戦の初期段階においては、技術的な限界から、SSBNは敵国の沿岸域に近い海域での行動を余儀なくされ、敵の対潜戦と追跡に脆弱であった。当時のSSBNは行動範囲も狭く、航行時の騒音も大きく、また搭載弾道ミサイルの射程も短かったが、現在、同じような技術的限界が中国やインドの開発プログラムで表面化しており、SSBNの配備が短期的には潜在的な不安定をもたら所以となっている。

(3) 従って、初期段階におけるインド・太平洋地域へのSSBNの拡散には、以下の5つの重要なリスクが存在する。

a.第1に、インドと中国の核戦力態勢の変化である。SSBNによる信頼できる核抑止哨戒活動を実施するためには、即発射態勢にあるSSBN搭載弾道ミサイルに核弾頭が装着されていなければならない。これは、インドと中国にとって、軍機構上と即応態勢面での重要な変化を意味する。インドの核弾頭は一般的には文民機関によって管理されていると見られるが、中国の核兵器は伝統的に人民解放軍第2砲兵によって管理されてきた。SSBNを実効的に運用するためには、中印両国とも、核兵器の管理をある程度海軍に委ねることが必要であり、またこれらの核兵器の即応態勢は現在よりも高いものとなろう。

b.第2に、指揮統制である。信頼できるSSBN戦力には、高度な指揮機構が不可欠で、残存能力の高い通信システムも必要である。海中における長距離通信は超低周波数による通信で、そのための通信局が必要である。しかし、インドや中国が、SSBNの運用に絶対不可欠なこれらの通信設備に対する投資を開始したという証拠はない。加えて、これらSSBNの指揮官や乗組員は、本国の国家指揮機構との直接通信を絶った状態で、長距離哨戒活動を行うという経験も有していない。

c.第3に、海洋における事故である。インド・太平洋地域で活動する潜水艦の数は年々増加している。特に追尾中の潜水艦とその目標艦との衝突は、情報ソースによって20件から40件まで違いはあるが、冷戦時代には度々発生していた。こうした状況は、危機発生時に誤算を招き、緊張を激化させかねない。

d.第4に、海洋における緊張と通常兵器の軍備競争である。核抑止は真空状態では成立しない。インドと中国によるインド・太平洋地域へのSSBNの配備は、他の域内諸国の通常海洋戦力による対応を誘発するであろう。対潜兵器や監視機能強化などに対する投資は、優先順位が高いであろう。SSBNはまた、ベンガル湾や南シナ海などの海洋における緊張状態を高める可能性がある。南シナ海における中国の埋め立て活動の動機の1つは、米軍の潜水艦追跡を妨害するために、SOSUS (Sound Surveillance System) のようなインフラを整備できるSSBNのための「砦」を築くことにあると見られる。

e.第5に、危険な戦略である。中国もアメリカも、現代的な通常戦闘戦略の開発に当たって、指揮通信ネットワークの破壊という考えを重視してきた。大規模紛争は生起しそうにもないが、これらの戦略が、通信システムと、核戦力、特に海洋に展開するSSBNとの通信に不可欠な衛星とを区別する必要性を考慮しているかどうかは、はっきりしない。国家指揮機構とSSBNとの間のコンタクトが失われるという問題は、中国とインドのSSBNの開発途上の指揮統制体制にとって大きなプレッシャーになるであろう。

(4) インドと中国によるインド・太平洋地域へのSSBNの配備は、21世紀における核抑止態勢の多極的で、複雑化した実態を反映している。SSBNがなくなることはない。従って、現実的な目標は、時代を逆戻りさせようとすることではなく、リスクを最小化するとともに、SSBNが地域を不安定化させるのではなく、戦略的安定と平和の維持に貢献するような方策を見出すことであろう。

記事参照:
Five risks from the deployment of nuclear-armed submarines in the Indo-Pacific
備考*:Full Report
Nuclear-armed submarines in Indo-Pacific Asia: Stabiliser or menace?

9月9日「中国が目指す中国版『ハブ・アンド・スポーク・システム』の課題―韓国人専門家論評」(PacNet, Pacific Forum, CSIS, September 9, 2015)

韓国のシンクタンクThe Asian Institute for Policy Studiesの研究員、Lee Jaehyonは、米シンクタンク、CSIS Pacific ForumのWeb誌、PacNetに9月9日付で、"China recreating the American "hub-and-spoke" system"と題する論説を寄稿し、中国が提唱する「新しいアジア安全保障アーキテクチャ」を通じて、中国スタイルの「ハブ・アンド・スポーク・システム」の構築を目指そうとしているとして、要旨以下のように述べている。

(1) 5月25日~26日に北京で開催された、The Non-Governmental Forum of the Conference on Interaction and Confidence Building Measures in Asia (CICA) の第1回会議で、アフガニスタンのカルザイ元大統領、イスラエルのバラック元首相、トルコのヤキシュ元外相など、出席者の多くは、「一帯一路」構想やアジアインフラ投資銀行 (AIIB) について、中国への称賛と期待に満ちたスピーチを行った。この会議の主な参加国は、中央アジア、中東及び南西アジア諸国で、アジアの金融の将来、開発と安全保障、戦後の国際秩序、中国の「一帯一路」構想、エネルギー安全保障、テロ対策などについて論議した。

(2) 2014年のCICA首脳会談で、習近平主席は、冷戦の遺物としてのアジアにおけるアメリカの同盟体制を非難し、「このような同盟は、少数の国のために他の国の安全保障を犠牲にしている」と警告した。その上で、習主席は、アジア諸国が自ら戦後のアメリカ主導の安全保障秩序を書き換えることによって、アジア安全保障問題を解決すべきことを強調し、「新しいアジアの安全保障アーキテクチャ」を提唱した。習主席は、この新しい構想において、「コモン」、「包括的」、「協力的」、「持続可能な安全保障」といったキーワードに言及した。アメリカの軍事同盟体制と結びついた、そして習主席が批判した、この戦後秩序は、「ハブ・アンド・スポーク・システム」と称される。このシステムの下で、アジア諸国が「スポーク」の形でアメリカとの軍事関係を持ち、一方アメリカは「ハブ」として機能していた。このシステムは、アメリカの軍事力によって保証された安全保障システムである。今回のCICAフォーラムでは、アメリカを批判した中国がアメリカのシステムをモデルに、参加国を巻き込んだ中国スタイルの「ハブ・アンド・スポーク・システム」を創設しようといているとの印象を残した。中国代表団のどの発言も、中国が他のどの参加国とも対等の立場で参加し、同等の権利を持つという、真の多国間協力精神に言及しなかった。他方、参加国のほとんどは、物資やその他の形での中国からの支援を期待している発展途上国である。

(3) 中国の「西進」政策が勢いを増すにつれ、アジアの政治、安全保障そして経済システムは再編されつつあり、中国スタイルの「ハブ・アンド・スポーク・システム」が姿を現しつつある。中国は、その巨大な経済力と軍事力によって、他を圧した「ハブ」となりつつある。他の参加国は中国との協力関係に言及しているが、これら諸国は、単なる「スポーク国家」になりつつある。従って、中国が「ハブ」となった「ハブ・アンド・スポーク・システム」が発展しつつあり、西方の中央アジア、中東及び南西アジアの諸国は、中国との2国間関係を通じて、このシステムに結び付けられつつある。もちろん、このシステムは、アメリカのそれとは異なっている。アメリカのシステムは冷戦期の軍事同盟体制としての性格を残しているが、中国のそれは、非伝統的安全保障問題、経済協力そして社会、文化交流といった、各種の問題を触媒として結びついた、冷戦後の時代を反映したものである。中国スタイルのシステムでは、AIIBが胴元である。AIIBの設立は、CICA参加の発展途上国にとって歓迎すべきことであり、これら参加国は、自国のインフラ開発支援への期待感を表明した。「一帯一路」構想は、中国から構想されている路線を通じて「スポーク国家」を結び付けるもので、中国システムを流れる「血液」はアメリカのそれとは異なっているかもしれないが、その機能に相違はない。

(4) 中国は、アジアでアメリカ中心の「ハブ・アンド・スポーク・システム」を再現しようとしているが、以下の2点を留意しておかなければならないであろう。

1. 第1に、「多国間主義」とアジア諸国によるアジアの安全保障概念に基づいた、「新しいアジア安全保障アーキテクチャ」を追求するに当たって、北京は、特定の1カ国が「ハブ」になるような不規則な「多国間主義」を避けなければならない。アーキテクチャの枠組みは、全てのアジア諸国が対等の立場で参加する、真の多国間主義でなければならない。

2. 第2に、もし中国がアジアで自らの「ハブ・アンド・スポーク・システム」を構築しようとするなら、中国は、期待される役割に全面的に応えられなければならない。この役割は、「スポーク国」への経済資源の提供に止まらず、より大きな責任が含まれる。中国は、他の「スポーク国家」に認められるような、正当性を担保する適切な基準を維持しなければならない。

(5) 要するに、中国スタイルの「ハブ・アンド・スポーク・システム」は、中国がアジアにおいて「公共財」を提供する限り、支持を得られるであろう。しかしながら、経済大国であっても、「ハブ」となって「スポーク」を維持していくためには、単なる財政面での資金提供以上のことが求められることに留意しておかなければならない。

記事参照:
China recreating the American "hub-and-spoke" system

9月9日「インドネシアの不法操業対策が中国に及ぼすインパクト―RSIS専門家論評」(RSIS Commentaries, September 9, 2015)

シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院の研究員、Zhang Hongzhou は、9月9日付のRSIS Commentariesに、"Indonesia's War on Illegal Fishing: Impact on China"と題する論説を寄稿し、インドネシアのウィドド政権の不法操業対策が中国との関係に及ぼすインパクトについて、要旨以下のように述べている。

(1) インドネシアのウィドド大統領が2014年10月に就任して以降、インドネシア政府は、政策の核心として「世界の海洋の要 (Global Maritime Fulcrum)」戦略を掲げた。「海洋の要」における重要な要素の1つは、国内漁業の活性化である。この方針は、インドネシア水域での外国漁船に対する取り締まりから始まった。インドネシア政府は、管轄海域における「違法、無報告、無規制 (IUU)」漁業によって年間最大200億ドルの収入を失っている、と主張している。外国漁船に対するインドネシアの弾圧的な取り締まりは中国にも計り知れないインパクトを及ぼし、それは中国の水産業のみならず、中国が推進する「21世紀海上シルクロード (MSR)」構想にも及んでいる。また、こうした取り締まりは、インドネシアの「世界の海洋の要」戦略という野望にも間接的なインパクトを及ぼしている。

(2) インドネシアは2014年10月以来、84隻の外国漁船を撃沈した。これらの漁船のほとんどは東南アジアの近隣諸国のものであったが、インドネシアは、中国に対しても益々強硬な姿勢を示している。ジャカルタは、2015年1月に不法操業の疑いで拿捕した9隻以上の中国関係漁船を没収し、2015年5月には中国の漁船1隻を撃沈した。インドネシアは、中国漁民がインドネシア国内法に違反し、インドネシア水域において不当な利益を得ていることを理由に、2013年に中国と締結した2国間漁業協力協定を一方的に破棄した。この漁業協力協定の下で、中国漁民は、インドネシアの企業と合弁会社を設立し、株式の49%以上を保有しないことを条件に、インドネシア水域での操業を許可されていた。この協定は、中国の漁船がインドネシアに船籍登録し、インドネシア国旗を掲げることも規定していた。

(3) 中国の公式データによれば、2014年10月までに、インドネシアに投資する中国の漁業会社は17社、そしてインドネシア水域、主としてアラフラ海で操業する中国漁船は約400隻であった。更に、この数年間、中国の漁業会社は、インドネシアの漁業環境とインドネシアの漁業規制に適応した、11カ所の漁業基地と多くの漁船を建造した。それらは主にトロール漁船や巻き網漁船で、これらの総投資額は6億2,000万ドルであった。しかしながら、インドネシアが新漁業法を導入して以後、これらの漁船のほとんどがインドネシア水域で操業できなくなり、関連陸上施設も不必要になった。これは中国の漁業会社にとっては巨大な経済的損失で、中国遠洋漁業協会の調査によれば、2014年11月から2015年3月までの間、中国の漁業会社が被った直接的な経済的損失は、中国への輸送が不可能になった5,000万ドル相当の2万4,000トンの漁獲を含め、1億3,000万ドルと推定されている。その上、インドネシアの新たな漁業政策は、中国の遠洋漁業部門の発展計画にとって障害となった。海洋汚染や乱獲によって国内の漁業資源が急速に枯渇してきたために、中国は、遠洋漁業の拡大を、漁業部門を再構築するための重要なアプローチと考えてきた。インドネシアは、中国の遠洋漁業計画において重要な役割を担っている。2014年には、インドネシア水域での中国の遠洋漁獲量は5億ドル近い33万トンで、2014年の国内総漁獲量の24%、遠洋漁業部分の34%を占めていた。

(4) 中国は MSRの推進に注力しており、インドネシアは、MSRの成功に大きな役割が期待されている。それは、単にインドネシアが東南アジアで最大かつ最も人口の多い国であるだけでなく、MSRとインドネシアの「世界の海洋の要」戦略とが相互補完的な関係にあり、両国間の海洋協力強化の可能性が大きいからでもある。2015年3月のウィドド大統領の訪中時、両国は、海上インフラの接続性の強化や、「海洋パートナーシップ」の発展のための実質的な協力強化などに合意した。しかしながら、現在のところ、インドネシアに対する中国の投資は依然かなり低い状態にある。最新のデータによれば、中国はインドネシアへの投資国の中で10番目に位置している。インドネシアの国内的要因に加えて、中国漁民や漁業会社に対するインドネシアの最近の行動も、中国の投資家の投資意欲を低下させる要因となっている。莫大な損失をもたらしているIUU漁業の根絶に取り組むインドネシアの行動は理解できるが、特にインドネシアの「世界の海洋の要」戦略の成功には海外からの投資が不可欠という事実を考えれば、外国人投資家の正当な利益を保護することも必要である。 一方、漁業部門に関する限り、中国は、漁業部門の海外への進出から、持続可能な養殖や水産加工業を重視していく方向にシフトする必要がある。それはまた、MSRの枠組みの下でのインドネシアとの海洋協力を推進する上で、鍵となる重要な分野の1つになるであろう。

記事参照:
Indonesia's War on Illegal Fishing: Impact on China

9月「南シナ海における『現状』とは何を意味するか―在台湾専門家論評」(South China Sea Think Tank, Issue Briefings, September, 2015)

台湾の国立政治大学講師兼博士研究員、Dr. Jonathan Spanglerは、台湾のシンクタンク、South China Sea Think Tank(南海智庫)の9月のIssue Briefingsに、"Let's Get Real about the South China Sea 'Status Quo'" と題する長文の論説を掲載し、南シナ海における「現状」とは何かについて、要旨以下のように述べている。

(1) 南シナ海問題の議論において、「現状 ("status quo")」という用語が多用されているが、それが実際には何を意味しているかについては、ほとんどの関係国の指導者や専門家は真剣に考えていない。近年、特に北京は、多くのコメンテーターからの「現状を一方的に変更している」との非難の矢面に立たされている。しかし、このような非難は「現状」とは何かということについての客観的な分析に基づいておらず、ましてや「現状」についての合意された定義に基づくものでもない。

(2) 南シナ海における紛争島嶼や海洋地勢 (sea features) における中国の急速な埋め立て活動は、こうした非難を一層加速させている。こうした非難の最前線に政治指導者達がいる。例えば、2015年6月中旬、南シナ海でのフィリピンとの合同演習実施を前に、日本の菅官房長官は、中国の埋め立て活動を非難して、「我々は現状変更を狙いとする一方的な行為に対して、重大な懸念を持っている。それは緊張を激化させる」と述べた。日本の公式な立場は、ベトナムのグエン・タン・ズン首相との共同記者会見で安倍晋三首相が、両国は「現状を変更しようとする一方的な試みに対して重大な懸念を共有する」と述べ、繰り返された。ワシントンも、もちろん同じである。ブリンケン国務副長官は、日本とベトナムの論法を拡大し、「東部ウクライナと南シナ海の両方で、我々は、現状の一方的で、強引な変更を目撃している。アメリカと我々の同盟国は、これを阻止するために団結すべきである」と強調した。しかしながら、ここでも、「現状の一方的な変更」と非難するとき、では「現状」とは何かについて、明確に定義されているわけではない。同様に、北京も「現状」についてレトリックを駆使している。CNNとのインタビューで、駐ワシントンの中国大使は、「『現状』は、長い時間をかけて、他国によって変更されてきた。従って、我々が今行っていることは、『現状』を元のあるべき姿に回復しているのである」と主張した。実際、中国の大規模かつ急速な埋め立て活動が注目を集めたが、埋め立て活動自体は中国が最初に始めたわけではない。その意味で、埋め立て活動自体と「現状」の一方的変更とは大きな隔たりがあると言える。

(3) 南シナ海の領有権紛争は、主権と国際法の解釈についてのコンセンサスがないことによって増幅されている。関係当事国は領有権問題の現在の実態について合意に達することができないので、国際的なコンセンサスを形成するような形で「現状」を定義することは不可能である。それにもかかわらず、この用語は合意された定義のないまま、政府当局者や政治評論家によって頻繁に使用されてきた。現実には、多くの異なった「現状」がこの地域について語られている。しかしながら、漫然とした包括的な「現状」という概念を、それを構成する要素に分解してみれば、わずかながらも幅広い合意への前進となるかもしれない。この方法では、「現状」は2つのカテゴリー、即ち、「事実上の現状 (the status quo de facto)」と「法律上の現状 (the status quo de jure)」とに分けられる。

(4) 南シナ海における「事実上の現状」あるいは「問題の実態 ("actual state(s) of affairs")」には、非常に多くの多様な問題が含まれている。これらには、(1) 島嶼と海洋地勢の占有、(2) それらの地積、(3) それらに建設されたインフラ施設、(4) 海洋領土 (maritime territory) におけるプレゼンス、(5) 海洋領土に対する支配、そして (6) 海洋領土における活動が含まれる。

a.占有に関して言えば、島嶼と海洋地勢の「現状」は比較的単純で、特定の領有権主張国によって占有されているか、されていないかである。従って、この場合の「現状」の変更は、単に占有国の変更、新たな占有、あるいは占有の放棄ということになろう。これらのシナリオは、過去にしばしば生起したが、しかし近年ではほとんどない。

b.地積とインフラ施設に関しては、「現状」の変更を判断する最も直接的な方法は、地積の増加と構造物の数の増加で判断することである。この定義に従えば、恐らくブルネイを例外として、他の全ての領有権主張国は、「現状」を一方的に変更していることで有罪である。代替案としては、「許容できる現状の変更の割合」を決めることである。例えば、埋め立てによって1年に地積(干潮時の露頂面積)を20%以上拡張するか、あるいは1年に各種構造物の数を20%以上増加させるかを基準とする。領有権主張国がこの基準を破った場合、「現状」が変更されたと客観的に判断できるであろう。しかし地積は比較的単純な問題だが、インフラ施設の変更を数値化することは、各々の構造物の大きさと機能が異なっていて難しい。

c.海洋領土に関する現状変更を判断することは、もっと難しい。そこに常駐し、支配し、そして活動していることが3つの判断要件だが、「現状」は、特定された地理的空間における海軍艦艇の隻数、サイズ、艦種、動向及び活動(資源採取や軍事的哨戒)を総合したものに基づいて定義されなければならないであろう。最近の衛星利用による艦船追跡技術の進展にもかかわらず、このような観測を大規模に実施することは、既存の技術能力を超えている。従って、海洋領土の「現状」変更を確認する理論的な可能性は、その技術的限界によって制約されている。

(5) 南シナ海の「法律上の現状」あるいは「問題の法的実態 ("legal state(s) of affairs")」は、国内法に関連するものと、国際法に関連するものとに分けることができる。

a.国際法では、島嶼、海洋地勢及び領土主権に関する定義については、2つの重要な論点が存在する。今日、島嶼と海洋地勢の定義に関する「現状」は、(1) 国際法が島嶼と海洋地勢について定義している、(2) これらの定義は曖昧である、という2つの論点である。領土主権と国際法に関しては、その「現状」は、(1) 島嶼と海洋領土主権に関する国際法は存在する、 (2) しかしながら島嶼と海洋地勢に関する国際法の定義が曖昧なため、国際法は、南シナ海における島嶼と海洋地勢の大部分に対する合法的な主権を決められない、(3) 国際法は海洋領土主権については明確だが、その必要条件として島嶼と海洋地勢に対する主権問題が解決されていなければならない、というものである。

b.南シナ海問題は国内法にも関係しており、国内法は域内の相互関係にとって潜在的に重要な意味を持つ。最も顕著なものとしては、例えば、係争海域での資源採取、航行の自由と上空飛行の自由に関連する国内法である。国内法の観点から「現状」を定義するためには、特定の日付を決め、この日以降発効する南シナ海に関連する如何なる国内法も「現状」の一方的な変更を意味すると宣言することである。

(6) 興味深いことに、地域の「現状」に対する多様な見解が存在するために、「現状」から誰が利益を得ているかについて、非常に異なった結論が導き出される。例えば、6月29日付の米ブルッキングス研究所のブログでは、「中国当局は、『現状』に概ね満足であるが、米政府はそうではない。南シナ海における埋め立て活動、サイバー攻撃そして中国の市場へのアクセスに関して、米側は進展がないことに失望しているが、中国側はむしろ現在の状況を安定的で妥当であると見ている」と指摘している。これに対して他の分析では、中国が何故、南シナ海の現状をそれ程好ましいものとは見ていないかについて、以下の指摘をしている。「中国の観点からすれば、台湾が占有する太平島を除いて、現在南シナ海の全ての『中国の』島と数多い中国領の海洋地勢が他国に占有されている。中国が最後に占有状態の現状に変更を試みたのはミスチーフ環礁を占拠した1995年で、その時から1999年にかけて、マレーシアとフィリピンは新たに海洋地勢を占拠した。」以上の2つの異なった見方は、「現状」に対する異なった定義は異なる結論に至るという適例である。現時点では、南シナ海の「現状」という概念が問題を理解し、あるいは国家間の相互作用に実際的な意味を持つまでには、まだまだ長い道程が必要であることだけは確かである。

記事参照:
Let's Get Real about the South China Sea "Status Quo"

【補遺】旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書

1. President Obama Wants More Heavy Icebreakers
gCaptain.com, Reuters, September 1, 2015

2. US, Russia united in desire to protect Arctic Ocean from unregulated fishing
Arctic Newswire, September 2, 2015

3. Steel Cut for Canada’s First Arctic Offshore Patrol Ship
The Maritime Executive.com, September 3, 2015

4. Thailand's Kra Canal: Is Vietnam Angling In?
RSIS Commentaries, September 4, 2015

5. "Rebalance" Brings Latest Technology, Capabilities to 7th Fleet
Defense Media Network.com, September 7, 2015

6. RAND Report
The U.S.-CHINA Military Scorecard; Forces, Geography, and the Evolving Balance of Power 1996-2017

編集責任者:秋元一峰
編集・抄訳:上野英詞
抄訳:飯田俊明・倉持一・黄洗姫・関根大助・山内敏秀・吉川祐子