海洋情報旬報 2015年8月21日~31日

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8月24日「南シナ海問題、軍事化と国際化へのうねり」(The East West Institute, August 24, 2015)

米シンクタンク、The East West Instituteの研究部長、Piin-Fen Kokは、同シンクタンクの Web上に、8月24日付で、"The South China Sea problem has been militarized and internationalized: what now?"と題する論説を掲載し、南シナ海問題が軍事化し、国際問題化していると指摘し、信頼醸成措置の必要性を強調して、要旨以下のように述べている。

(1) 南沙諸島における中国の人口島造成に対する非難の応酬の中で、アメリカは南シナ海を軍事化していると非難し、中国はASEAN加盟国以外の国の介入による南シナ海問題の国際化を回避する方針を堅持してきた。しかしながら、今や、南シナ海問題は、これまで以上に軍事化するとともに、国際問題化してきた。関係当事国が自らの立場を一層強めているように見られることから、事態は直ぐには変わりそうにもない。中国は南沙諸島の係争地勢での人工島の造成を中止したとしているが、これら人工島の一部では軍事施設の建設が進んでいる。中国が実施してきた大規模な埋め立て活動(そして埋め立て地勢からの戦力投射しようとしていること)を警戒して、アメリカ、フィリピン、ベトナム、インドネシア及びその他の諸国は相次いで海上哨戒活動や統合訓練を行った。一方、中国海軍も最近、大規模な海空演習を実施した。また、東南アジア諸国は、この地域における軍事支出増強の中で、海洋軍事力を強化しつつある。

(2) 南シナ海における緊張を管理し、封じ込める努力は、中国、台湾、ベトナム、フィリピン、マレーシア及びブルネイといった領有権主張の当事国を越えて、他の国をも巻き込みつつある。アメリカは数年前からこの問題に関与しており、当時のクリントン国務長官は2010年7月のハノイでのASEAN地域フォーラムにおいて、アメリカは航海の自由を「国益」としており、南シナ海問題に関する多国間枠組みの対話を促進するつもりである、と言明している。東シナ海で中国と対立する日本は、ベトナムとフィリピンに対する政治的支援を表明し、ベトナムに巡視船を提供し、フィリピンにも提供することになろう。オーストラリア、インド、そしてごく最近では英国も南シナ海情勢について懸念を表明し始めた。5兆ドルの海上貿易が南シナ海を通過しており、この重要な海上交通路の通行が妨げられる可能性を考えれば、国際社会の注目は驚くことではない。しかしながら、「航海の自由」に関する様々な定義、特にEEZ内において認められる(軍事)活動が論議の中心になっており、中国は、ASEAN諸国との会議などで「航海の自由」を規制する自国の立場をしばしば明言するようになってきている。航海の自由に関する米中間の見解の相違は、過去に海上あるいはP-8哨戒機と殲11戦闘機の異常接近などのような危険な事故を引き起こしてきた。

(3) 外部の領有権問題非当事国がその懸念を声高に表明するようになってきているが、これら外部の非当事国は、状況を管理することにおける利益と、領有権主張国のいずれかに与することとを、区別してきている。ラッセル米国務次官補は、アメリカは主権主張の当否については中立を維持するが、国際法に準拠した紛争の解決が追求される場合は「中立ではない」と表明し、両者を区別した。しかし、ラッセル国務次官補は、以前に中国の「9段線」主張の法的有効性について疑念を表明しており、そのバランス維持が如何に微妙なものであるかを示している。

(4) 南シナ海におけるより大きな潜在的紛争要因は、今や全ての関係当事国が南シナ海における自国の利益を護るために、軍事的抑止に舵を切る傾向が強まっていると見られることである。それぞれの当事国が相手の行動の賭け金をつり上げるものと見なしている限り、こうした傾向を元に戻すことは困難であろう。このことは、海上における信頼醸成措置 (CBM) の実施を一層重要なものにしている。最も重要なCBMは、ASEANと中国との間における法的拘束力を持つ行動規範であろう。この交渉はゆっくりと進展している。報道によれば、ASEANと中国は、南シナ海における緊急事態に対処するためのホットラインの構築についても協議している。米中間では、2014年11月に合意した2つの軍事CBM―主要な軍事活動の事前通報と、海空での遭遇事案における行動規範について、交渉が進展している。 域内全体に及ぶより広範なCBMとして、米中両国とその他の諸国の海軍は、統合演習や通常の軍事行動において、「洋上で不慮の遭遇をした場合の行動基準 (CUES)」を実行し始めている。

(5) しかし、もし不履行の姿勢が危険性のある行動を引き起こす可能性があるのであれば、CBMだけでは不十分である。そのような危険性のある行動は、艦艇乗組員の無謀な行動や攻撃的な行動の形で現れる可能性がある。その場合、当事国の行動が、相手に対する疑念や戦略的意図の透明性の欠如に基づく脅威評価に基づくものであれば、緊張はエスカレートする可能性がある。要するに、海上における衝突のリスクの回避、あるいはその軽減を追求するCBMは、紛争への発展を抑制する環境を醸成する努力を伴わなければならない。こうした努力には、扇動的なレトリックの応酬の連鎖を断ち切ること、建設的な行動を後押しすること、少なくとも相手を刺激するような行動を思い止まらせる(あるいは自制する)こと、そして開かれた意思疎通のチャンネルを維持することなどが含まれる。

記事参照:
The South China Sea problem has been militarized and internationalized: what now?

8月24日「米国防省『アジア太平洋の海洋安全保障戦略』―米海大エリクソン教授論評」(The Wall Street Journal, August 24, 2015)

米海軍大学教授、Andrew S. Erickson は、8月24日付の米紙、The Wall Street Journal (電子版)に、"Strategy Doesn't Go Far Enough on South China Sea"と題する論説を寄稿し、国防省が最近公表した、「アジア太平洋の海洋安全保障戦略 (Asia-Pacific Maritime Security Strategy)」*について、要旨以下のように論評している。

(1) 米国防省が最近公表した、「アジア太平洋の海洋安全保障戦略」は、アジア太平洋地域でこれまで強化と連携が不十分だった、海洋に関連する3つの課題を明確化している。即ち「海洋の自由の保護」、「紛争と強制の抑止」、そして「国際法と規範の尊守の促進」である。しかしこの戦略文書は、決して十分とは言えない。

(2) この戦略文書は、最近の米海軍情報部と国防省報告を基に、劇的な中国海軍力の増強ぶりを説明している。それによれば、中国海軍は、現在303隻の水上戦闘艦、潜水艦、両用戦艦及び哨戒機を保有し、アジア最大で、日本、インドネシア、ベトナム、マレーシア及びフィリピンを合わせた202隻を大きく上回っている。また、中国の海洋法令執行機関の巡視船は205隻で、同様に中国周辺諸国の保有隻数合計、147隻を大きく上回っている。米軍を除いて、こうした海上艦船総数を見れば、中国は既に、この地域の海上戦力の上層から下層に至るまでの優位を達成しており、しかも増強が続いている。更に、戦略文書によれば、中国は、他の領有権主張国が過去40年間に埋め立てた合計面積の17倍もの面積を持つ人工島を20カ月で造成した。国防省は、全ての主権主張が自然に造成された地勢に由来するものでなければならないことを正しく指摘し、行き過ぎた領有権主張国を名指ししている。しかし戦略文書は、北京の「9段線」主張が国際法上の根拠を持っていないことも明確に指摘すべきであった。更に、戦略文書は、この地域の緊張緩和の必要性を過度に強調しており、ワシントンが臆病で自制しているように見える。「リスクの低減」に関する長いセクションでは、北京に対する「懸念」を繰り返し強調しているが、これが何を意味するかについては全く触れられていない。しかも、戦略文書は、コスト強要戦略を予め排除した上で、中国が2016年にも2014年と同じレベルでRIMPAC演習に招請されるであろうことを明らかにしている。これは、オバマ大統領のリーダーシップにおける真の弱点で、大統領は、国際問題において物理的な力が持つ役割を認めたがらないことを示している。

(3) この新たな戦略文書が伝えるべきであったのは、近年の非常に高圧的な中国の一連の行動に対処するに当たって、中国との摩擦も辞さないというアメリカの決意であった。例えば、2013年の米巡洋艦、USS Cowpensと2014年の米海軍P-8哨戒機とに対する危険な接近行為、ハノイが主張するEEZ内での石油掘削活動、そして大規模な人工島の造成など、こうした中国の行動の全てに対して、アメリカは極めて自制的な対応に終始した。北京は、これらの誤った行動に対する代価の支払を強要されることなく、依然として、こうした行為を続けているのである。「航行の自由」については、戦略文書の最後で言及されているが、肝心のメッセージを伝える機会を逸している。即ち、「航行の自由」とは、地域の経済的繁栄と、政治的、軍事的アクセスを維持する手段であり、こうしたアクセスは、米海軍大学のダットン教授が指摘するように、「20世紀において世界の海洋における安定をもたらしてきた、法律、規則、原則及び規範は、今や中国の行為によって脅かされている」状況に対する、不可欠の対抗手段である。

(4) 結局、新たな戦略文書には、手つかずの部分が多く残っている。オバマ政権がアメリカの国益と世界的システムを護り、そうすることでアジア太平洋における同政権の遺産とするには、

a.まず第1に、包括的なアジア太平洋戦略を公表する必要がある。こうした文書は、国防省の文書に欠けているより広範な内容を網羅することで、同盟国、パートナー諸国そして潜在的な挑戦国に対して、現在全ての主要な利害関係諸国が共有していない認識を提示することになろう。

b.第2に、中国の "Little Blue Men" (海上民兵)に注目する必要がある。中国は、特に南シナ海における領有権主張を促進するための措置として、海上民兵戦力の整備を進めている。これらの不正規戦力がセカンド・トーマス礁(仁愛礁)やその他の係争海域に介入してくる前に、米政府は、これら戦力の詳細を公表するとともに、紛争を解決したり、あるいは公海で合法的に活動する外国船舶を妨害したりする手段として、これら戦力を使用することを看過しないことを明確にしておかなければならない。

c.第3に、中国の有害な行為に代価を強要するに当たって、中国との摩擦を恐れないことである。ワシントンは、主導権を維持するとともに、全ての国に対してこの地域を自由で、脅威のない状態に維持していく決意を誇示しなければならない。サダム・フセインの行動に対するアメリカのイラクへの軍事作戦は、コスト強要戦略の極端な事例であった。対照的に、米中関係では、摩擦を管理することが可能である。何故なら、米中関係における利害の共有のために、北京にも、ワシントンと同じ程度に、エスカレーションを回避すべき要因が存在しているからである。

記事参照:
New U.S. Security Strategy Doesn't Go Far Enough on South China Sea
備考*:Asia-Pacific Maritime Security Strategy

8月24日「アメリカは南シナ海で中国を抑止する戦略を打ち出すべき―米専門家論評」(The National Interest, August 24, 2015)

米シンクタンク、The Woodrow Wilson Centerの上席研究員、Marvin C. Ottは、8月24日付の米誌、The National Interestのブログに、"Time for a U.S. Military Strategy to Stop China in the South China Sea"と題する論説を寄稿し、南シナ海における中国の更なる拡張を効果的に阻止することを狙いとした、アメリカの軍事戦略が必要であるとして、要旨以下のように述べている。

(1) 南シナ海は、激動する、益々危険な戦略抗争の場となっている。南シナ海のほぼ全域を「議論の余地のない」管轄海域であるとする、中国の主張は、急激な海洋戦力の増強と、一連の大胆な行動によって裏打ちされている。就中、最も劇的な行動が複数の人工島の造成である。これら人工島の軍事利用は明々白々で、例えば、Fiery Cross Reef(永暑礁)では、レーダー施設を併設した、軍用の長い滑走路が建設されている。南シナ海における東南アジアの領有権主張国の反応は、警戒、恐怖、怒り、挑戦そして諦めに至るまで、様々であった。北京が、ベトナム、マレーシア、インドネシア、ブルネイそしてフィリピンの各国を、短期的、中期的な中国の野望に対する深刻な障害と見なしていることを窺わせる、如何なる兆候もない。

(2) 中国を強く抑制し得る唯一の国はアメリカである。しかしながら、北京の観点からすれば、アメリカは、自国沿岸から遠く離れた地域において干渉する権利を持たず、この地域におけるアメリカの利益は、中国のそれと比べれば二義的なものである。北京にとって、南シナ海における軍事プレゼンスを維持するというワシントンの主張は、挑発的で、情勢を不安定化させ、しかも正当性がない。中国の南シナ海における行動は、アメリカに困難な選択肢を迫った。即ち、南シナ海における中国の優越を黙認し、米中関係の調和を維持するか、あるいは潜在的に巨大なリスクとコストを賭けて北京の野心に挑戦するかである。オバマ政権の「アジアへの軸足移動」と「再均衡化」は、その意味合いを完全に認識しているかどうかはともかく、後者を選んだことになる。中国の南シナ海に対する領有権主張に法的根拠がないという事実は、地政学的にはそれほど重要ではない。中国の指導者たちは、南シナ海は自分たちのものと「確信している」のである。アメリカの対抗戦略が成功の見通しを持つには、国家の全ての能力とアセットを投入しなければならないであろう。そして差し迫った課題は軍事である。もし中国の軍事力増強や人工島の造成が容認されるとすれば、アメリカを含む域内の各国は、変更不能な既成事実に直面することになろう。

(3) 従って、「アジアへの軸足移動」と「再均衡化」が明白な軍事的特色を備えていることは、適切であり(そして必要なこと)である。「再均衡化」を現実化する責任は国防省、そして特に太平洋軍にある。これまで措置―新型沿岸戦闘艦 (LCS) のシンガポールへのローテーション配備、ダーウィンへの海兵隊のローテーション配備、そして海軍艦艇の大部分を太平洋に配備する方針は、重要ではあるが、控え目なものであった。新しい作戦構想、Air-Sea -Battle(現在は、JAM-GCに名称変更)は、再検討中であるが、依然、大部分は秘密のベールに包まれている。必要なのは、南シナ海における中国の更なる拡張を効果的に阻止することを狙いとした、アメリカの軍事戦略である。このような戦略は、南シナ海におけるアメリカの利益―即ち、南シナ海はどの国からも冒されることのないグローバル・コモンズでなければならないということ―を、まず宣明にすることから着手しなければならない。この戦略には、以下の措置が含まれるべきである。

1. 米太平洋軍は、南シナ海に1年365日、1週7日、1日24 時間の常続的なプレゼンスを維持すべきである。そして、中国の人工島に対する主権主張を無視し、リスクはあるが、少なくともこれら地勢の1つの周辺12カイリ以内に、航空機と軍艦を航行させるべきである。

2. アメリカとフィリピンは、南シナ海の居住者のいる前哨拠点への補給活動を行うフィリピン船舶を米海軍艦艇が護衛するために協定を検討すべきである。これらの護衛活動は、フィリピンの領有権主張を支持するためではなく、如何なる威嚇行動も認めないという原則を堅持するために実施される。

3. 同盟国及び安全保障パートナーとの南シナ海全域における海空軍部隊による合同哨戒活動を提案する。

4. 南シナ海に面したフィリピンのパラワン島における米海空軍施設の建設の可能性について、マニラと協議する。

5. 米海軍(と空軍)のベトナムのカムラン湾施設への訪問の規模と頻度の増大について、ハノイと協議する。

6. 南シナ海の特定の前哨拠点(例えば、マレーシアのスワロー礁(弾丸礁))への米海軍部隊の表敬訪問について、マレーシアとベトナムと協議する。

7. 最近始まったアメリカ・ASEAN諸国国防相会議の一環として、南シナ海に関するASEAN諸国とアメリカによる常設作業部会を設立する。

8. 南シナ海における海洋情勢認識と沿岸警備隊/海洋警察のプレゼンスを維持する、東南アジア諸国の能力を改善するために、多国間(アメリカ、日本、オーストラリアそして恐らく韓国)によるプログラムを制度化する。

これら全ての措置は、共通の目的―即ち、中国に対して、南シナ海を軍事力拡大の舞台ではなく、外交的、法的課題であると認識させるために、十分なハードパワーによる抑止力を確立すること―を追求するものである。

記事参照:
Time for a U.S. Military Strategy to Stop China in the South China Sea

8月25日「中国海軍海兵隊、ロシア軍と上陸演習実施」(US Naval Institute News, August 26, 2015)

中国国防部が8月26日に公表したところによれば、中国海軍は、ロシアとの合同演習(Joint Sea 2015 II、8月20日~28日の間、ロシア極東のピヨートル大帝湾クラーク岬沖合で実施)の一環として、外国領土で初めての上陸演習を実施した。上陸演習では、中国とロシアから400人以上の海兵隊員が参加し、パラシュート降下、ヘリからのロープ降下、両用車両、揚陸艇など、各種の手段を使って上陸した。中国国防部によれば、中国の100人を超える海兵隊員が、1キロ以上沖合に停泊したドッグ型揚陸艦、「長白山」から発進した14両の両用車両で直接海岸に揚陸された。他に24人の海兵隊員はヘリからのロープ降下で、そして揚陸艦、「雲霧山」から発進した6両の両用車両で26人の海兵隊員が直接海岸に上陸した。演習に参加した中国軍の幹部は、「我々は初めて、揚陸艦に戦車や両用車両を搭載し、沖合から直接外国領土に部隊を揚陸した。この種のドライ・ランディングは、以前のように海中を歩いて上陸する必要がなく、戦闘状況下における我々の戦術所用に対応するものである」と語った。上陸演習中、中国本土から飛来した中国空軍の2機のJ-10戦闘機、2機のJH-7A戦闘機が上空から援護した。

記事参照:
China, Russia Land 400 Marines in First Joint Pacific Amphibious Exercise

8月28日「南シナ海を巡る仲裁裁判と中国の態度―ベトナム人専門家の見方」(The Diplomat, August 28, 2015)

ベトナムのThe Center for International Studies (The University of Social Sciences and Humanities) 所長、Dr. Truong-Minh Vuは、Web誌、The Diplomatに、8月28日付けで、 "Who Will 'Win' in the Philippines' South China Sea Case Against China?"と題する論説を寄稿し、ベトナム人の視点から、フィリピンが提訴したハーグにおける仲裁裁判と、これに対する中国の態度について、要旨以下のように述べている。

(1) 中国の軍事力、経済力そして文化の波及力は、大国に相応しい十分な力を持っている。しかしながら、これらの資産は、中国が自国の政治的、戦略的目標を強引に追求できるほどには十分なものではない。軍事的には、依然アメリカに遅れているし、経済的には、近隣諸国を始めとする他国に大きく依存している。従って、中国のパラドックスは、その増大する国力が既存のルールに代わるものを追求する機会を与えるように見えるかもしれないが、広くアジアの近隣諸国が受け入れられるような新しいルールを確立するには、その世評と信頼感が不十分であるということにある。中国の南シナ海における法の支配に対するアプローチ、特にフィリピンによって提訴された仲裁裁判のケースは、その典型的な事例の1つである。

(2) 中国は2013年、南シナ海を巡る常設仲裁裁判所 (PCA) へのフィリピンの提訴に対して、無関心を表明した。フィリピンは、南シナ海における中国の領有権主張に対抗するため、国連海洋法条約 (UNCLOS) 附属書VIIに基づく仲裁裁判による解決を選択した。中国は、仲裁裁判への参加を拒否し、フィリピンのアプローチが両国関係に損傷を与えると警告した。中国の拒否にも関わらず、仲裁裁判は継続している。両国の国力に差があるが故に、フィリピンは、自国に損害を与えることになるかもしれない、危険なゲームを始めたようである。しかしながら、この裁判は、南シナ海を巡る紛争に対する国際社会の認識に変化をもたらす可能性がある。この場合、敗者はフィリピンではなく、中国ということになろう。

(3) 島嶼に対する主権と海洋境界画定に関する問題が解決されない限り、南シナ海における紛争は解決されないという、論議がある。これは正しくない。実際には、南シナ海の紛争は、異なる法的性格を有する幾つかのグループに類別でき、その場合、個別に解決が可能である。南シナ海紛争における最大の論点は、海洋地勢に関するものである。これに関する紛争は、対象となる地勢の主権とその法的性格を巡って展開される。地勢の主権問題はUNCLOS第15部の強制解決手続きの対象範囲であるのに対して、その法的性格については、紛争当事国のいずれかが適切な裁判所あるいは仲裁裁判に合法的に持ち込むことが可能である。第2の紛争は、海洋境界の画定に関するものである。中国は、この問題に関して、いかなる司法管轄権をも排除する唯一の国である。第3の紛争は、海洋環境の保護と航海の自由という、UNCLOSに明記されている問題と関連している。これらはまた、特に中国に関連した、いわゆる「9段線」主張と「歴史的権原」の合法性を巡る問題でもある。

(4) フィリピンと中国との仲裁裁判がこれらの紛争の全てを解決することはできないし、またフィリピンもPCAにそうすることを求めているわけではない。仲裁裁判は、裁判管轄権を有すると判定すれば、南シナ海の「9段線」地図と中国の歴史的権原に関する国際法の下における法的根拠、海洋地勢の法的性格、そして中国の活動が南シナ海における海洋環境に損害を及ぼしたかどうか、といった問題を取り上げることになろう。これらの問題は南シナ海問題の核心的要素だが、曖昧さを有する故に、紛争海域における緊張を増大させてきた。「島」と「岩」の法的定義に関するUNCLOS第121条の解釈は、このような曖昧さの一例である。南シナ海紛争を巡る仲裁裁判は、当事国がこの問題の判定を求めて国際法廷に直接提訴した初めての事例である。PCAの判決は、単に南シナ海紛争の複雑さを潜在的に軽減することになるだけでなく、恐らく結果的にこの地域の緊張を緩和することに繋がろう。また、それは、国際法の発展にも寄与するであろう。従って、この裁判の法的重要性を過少評価するのは誤りである。

(5) 更に、フィリピンの仲裁裁判への提訴は、様々な方法で南シナ海紛争に対する独自の解決策を追求してきた他のASEAN諸国にも、幾つかの利点を及ぶすことになろう。

a.第1に、この裁判は、中国とフィリピンに対して、UNCLOSに関するそれぞれの解釈とその適用についての説明を要求することになろう。中国は、仲裁裁判への参加を拒否しているが、「9段線」主張を明確にしなければならない。中国の解釈を理解することは、中国との領有権紛争当事国にとって、北京の主張に対する法的論争を展開する上で大きな利点となろう。また、フィリピンも、UNCLOS第121条の3項目、即ち「島の制度」に関する自国の立場を明確にするとともに、それを南沙諸島にどのように適用するかについて説明しなければならない。

b.第2に、PCAが中国の「9段線」地図を国際法に照らして何らの法的根拠も有しないと判定した場合、北京は、例えば人工島の造成といった、南シナ海における極めて論議の多い活動を正当化する論拠の1つを失うことになろう。更に、PCAがフィリピン提出の書類に明記された海洋地勢が200カイリの主権的管轄権や大陸棚を有するものではないと判定した場合、南シナ海における紛争海域は大幅に削減されることになろう。この判決は、間違いなく当該地域の海洋境界確定問題の解決を容易にするであろう。

c.第3に、中国は、出廷義務はないものの、この裁判の一方の当事国であるという事実から逃れることはできない。このことは、裁判所の判定が最終的には全面的に中国を拘束することを意味する。実際、UNCLOSへの中国の署名と批准は、仲裁裁判やその他の裁判機関による管轄権の行使に対して、「事前」の同意を与えたことを意味する。換言すれば、中国は既に、UNCLOS第15部に規定された強制解決手続きに従って、他国が一方的に領有権紛争を裁判に持ち込むことができるという事実を、受け入れているのである。従って、中国が国家の同意の原則に基づいて、仲裁裁判やその他の裁判機関による管轄権に挑戦することは正当化できない。法的メカニズムは、中国がアジアと世界における合法的な権利や利益を護る上で最も安全で賢明な手段である。このような観点からすれば、仲裁裁判における中国の失敗は、南シナ海問題だけでなく、他の領域にも負の影響を及ぼすことになろう。将来、今回の裁判に倣って、他の国が中国を提訴することもあり得る。

(6) 中国指導部は、近隣諸国との関係対処における過去数千年の知恵に鑑み、この地域の小国との非対称的な関係を上手く管理できると考えている。しかしながら、南シナ海は、このようなアプローチの限界を示してきた。アジアと世界の国々は北京に対する経済依存を益々高めているが、国際法への軽視などに見られる中国の強まる高圧的主張は、中国に対する国際社会の疑念を助長している。中国が現在の態度を続けることになれば、短期的な利益を達成することはできるが、結局のところ、既にアジアの戦略環境における中国の立場を悪化させつつある傾向を加速させるだけである。南シナ海を巡る仲裁裁判は、国際法が台頭する国家の選択を如何に左右し、制約するかということを鮮明に提示するものになるかもしれない。

記事参照:
Who Will 'Win' in the Philippines' South China Sea Case Against China?

【補遺】旬報で抄訳紹介しなかった8月の主な論調、シンクタンク報告書

1. Japan's New Security Laws: Pragmatic or Revisionist Move?
RSIS Commentaries, August 4, 2015
By Tan Ming Hui, an Associate Research Fellow at the Centre for Multilateralism Studies (CMS) at S. Rajaratnam School of International Studies (RSIS), Nanyang Technological University, Singapore.

2. US-Japan Defense Guidelines - well done, but only half done
PacNet, Pacific Forum, CSIS, August 5, 2015
By Grant Newsham, a Senior Research Fellow at the Japan Forum for Strategic Studies. A retired US Marine Colonel and the first LNO to the Japanese Ground Self-Defense Force, he was also a diplomat assigned to US Embassy, Tokyo, and lived in Japan for many years.

3. Aquino's Legacy Secure but Philippines' Challenges Remain
CSIS, August 6, 2015

4. This map shows Russia’s dominant militarization of the Arctic
Business Insider.com, August 7, 2015

5. South China Sea and Beyond: Why China’s Huge Dredging Fleet Matters
The National Interest, August 12, 2015
Andrew S. Erickson and Kevin Bond, Andrew Erickson is an Associate Professor at the U.S. Naval War College. Kevin Bond is a research intern at the China Maritime Studies Institute at the U.S. Naval War College.

6. Grappling with the South China Sea Policy Challenge
CSIS, August 13, 2015

7. Cold War 2.0: Sino-US Strife and India
Economic and Political Weekly, August 22, 2015
Atul Bhardwaj, a former officer of the Indian Navy and currently an ICSSR senior fellow at the Institute of Chinese Studies, New Delhi.

8. Dredging Under the Radar: China Expands South Sea Foothold
The National Interest, August 26, 2015
Andrew S. Erickson and Kevin Bond, Andrew S. Erickson is an associate professor at the U.S. Naval War College and an associate in research at Harvard University's Fairbank Center for Chinese Studies. Kevin Bond is a research intern at the China Maritime Studies Institute at the Naval War College.

9. China's navy expands its replenishment-at-sea capability
The Interpreter, August 26, 2015
Bernard D. Cole, Dr. Bernard D. Cole teaches courses on Sino-American Relations and Maritime Strategy at the US National War College.

10. Island Development and Reclamation: A Comparative Study of the Activities of China, Vietnam, and the Philippines
South China Sea Think Tank(南海智庫)、Issue Briefings, 2015.8
By Serafettin Yilmaz, Serafettin Yilmaz received his PhD from the International Doctoral Program in Asia-Pacific Studies at National Chengchi University and worked as a researcher at Academia Sinica.

11. 米議会調査局報告書
Maritime Territorial and Exclusive Economic Zone (EEZ) Disputes Involving China: Issues for Congress

12. 南シナ海を巡るWargames

編集責任者:秋元一峰
編集・抄訳:上野英詞
抄訳:飯田俊明・倉持一・黄洗姫・関根大助・山内敏秀・吉川祐子