海洋情報旬報 2015年8月1日~10日

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8月3日「中国海軍の『洋上基地』能力、『真珠数珠繋ぎ』戦略を不要に―インド人専門家論評」(National Maritime Foundation, August 3, 2015)

インドのシンクタンク、National Maritime Foundation (NMF) 理事長で、退役海軍大佐のDr. Gurpreet S Khuranaは、8月3日付のNMFのWeb上に、"'Sea-based' PLA Navy may not need 'String of Pearls' in the Indian Ocean"と題する論説を寄稿し、中国海軍の「洋上基地」能力の強化が「真珠数珠繋ぎ」戦略を不要にするかもしれないとし、要旨以下のように述べている。

(1) 2015年5月の中国の隔年発行の防衛白書では、中国海軍がこれまで以上に、「公海」(恐らく、インド洋を意味する)における利益の保護に積極的な役割を果たすことが明らかにされている。白書はまた、「戦略的事前集積 ("strategic prepositioning")」を通じて、これら海域に前方展開させた海軍プラットフォームを「持続させる」中国海軍の戦略を示している。一体、これは何を意味しているか。つい最近まで、米シンクタンク、Booz Allen Hamiltonが2005年に命名した、「真珠数珠繋ぎ ('String of Pearls')」という概念に、世界中の戦略分析者が囚われてきた。インド洋海域 (IOR) における中国の増大する地政学的、戦略的なプレゼンスに関して、これら戦略分析者は、IORにおける中国の港湾や海洋インフラの開発プロジェクトが、最終的にはこの地域における軍事基地の確保に繋がるであろうと予測していた。全体として、インドの分析者は、IORにおける中国の軍事基地の可能性に関する論議をリードしてきた。北京は、「真珠数珠繋ぎ」概念に煽られて、IOR諸国に対する財政的、技術的援助の軍事戦略的含意を薄め、北京の関心が経済的、商業的なものであることを示すような分野にほとんどの資金を投入してきた。中国社会科学院は2013年6月、「インド洋開発報告書 (Development Report in the Indian Ocean)」と題する青書を発行し、中国がインド洋に対して如何なる海洋(-軍事)戦略も持っていないことを明らかにした。習近平主席が2013年10月に提唱した「海洋シルクロード (MSR)」構想は、中国がIORに対して経済的目標のみを追求していることを示すメッセージとして利用されている。しかしながら、分析者やメディア、特にインドのそれは、中国が依然としてIORに軍事基地を確保するという意図を持っており、MSRを「真珠数珠繋ぎ」概念の「焼き直し」に過ぎないと見なしている。中国は2011年以降、セイシェルやジブチなどのIOR国家との間で、ハブ・アンド・スポーク型の兵站支援網の構築を模索してきた。従って、中国は、以前の「真珠数珠繋ぎ」概念によって、あるいは焼き直されたMSR構想を通じて、インド洋におけるアクセス施設を求めていることは否定し得ない。今後、幾つかの国との2国間協定が結ばれる可能性がある。しかしながら、これらの施設は、中国の潜在的な「軍事基地 ('military base')」ではなく、中国海軍部隊に、平時における燃料、食料、水の補給拠点を提供するものとなろう。この種の協定は、インドも西太平洋沿岸諸国を含む、多くの国と締結している。

(2) 一方、「洋上基地 ('sea-basing')」構想によってインド洋に海軍部隊を持続的に展開させるという中国の意図は、これまであまり注目されてこなかった。この構想は、本国基地や海外基地を問わず、陸上基地の兵站施設や指揮統制施設に依存することなく、遠海域で遠征部隊としての軍事機能を遂行する海軍能力に関する考え方である。この構想は、海外における軍事基地維持の負担増大や、両用戦闘という新たな概念の出現を受けて、米軍の遠征部隊によって開発されてきたものである。米軍の設計に似た、「移動式揚陸プラットフォーム (Mobile Landing Platform: MLP)」が2015年7月に始めて導入されたことから、中国海軍が「洋上基地」に依存する可能性はかなり高い。米軍の遠征部隊にとっても、MLP構想は新しいものである。中国はまた、roll-on/roll-off (ro-ro) 型の両用作戦に適した海軍兵站補給艦を建造している。更に、中国の最新の洋上補給艦の隻数も増加している。中国が2015年6月に5隻目のType 903A型補給艦を進水させ、更に同型艦の建造が進められていると報じられたことも、注目される。これらの新型艦の増強により、中国海軍は、IORにおいて遠隔海域での作戦を支援する手段を強化しつつある。強化されつつある中国海軍の洋上基地兵站能力は、国有商船によっても補完される。商船の建造に当たっては海軍の仕様に従うという新たなガイドライン、「国家防衛所要を満たすための民間船建造に関する技術仕様 ("Technical Standards for New Civilian Ships to Implement National Defense Requirements")」は、2015年6月に制定された。このガイドラインは、海軍作戦における民間商船の徴用を可能にするだけでなく、今後建造される商船は海軍仕様に準拠する必要があることを定めている。また中国は、軍事作戦に徴用された際の建造費や保険、人件費などの保証に関する、「国防交通法 (a 'National Defense Transport Law')」を作成しつつある。中国交通運輸部の2014年の統計によれば、約2,600隻の船舶が、インド洋における主要な海軍作戦に協力可能な外航船である。これは、米海軍のMilitary Sealift Command (MSC) がインド洋に配備している、第31海洋事前集積船隊 (31 Maritime Prepositioning Ships : MPS) が見劣りする戦力である。

(4) 本格的な武力紛争を戦うために必要な「軍事基地」という概念は、過去のものになりつつあるのかもしれない。短期間戦環境における政軍活動がより今日的状況である。従って、予測し得る将来において、北京がIORにおいて国家戦略目標を追求する上で、「洋上基地」能力と「平時の補給」能力を兼ね合わせた、海洋軍事戦略が、より適切なものになるかもしれない。

記事参照:
'Sea-based' PLA Navy may not need 'String of Pearls' in the Indian Ocean
Map: China's Sting of Pearls in Indian Ocean

8月3日「スカボロー礁、中国の次の軍事拠点化目標か―米紙報道」(The Wall Street Journal, August 3, 2015)

8月3日付の米紙、The Wall Street Journal(電子版)は、"China's Next Sea Fortress"と題する在香港論説委員、David Feithの論説を掲載し、スカボロー礁が中国の次の軍事拠点になるかもしれないとして、要旨以下のように述べている。

(1) 北京は、南シナ海に造成した人工島に軍事基地を建設しつつあり、その幾つかは中国沿岸からは最大750カイリも離れているが、フィリピン沿岸から200カイリの同国のEEZ内にある。現在までのところ、人工島の造成は、南シナ海の南東角にある南沙群島に限られている。他方、見落とされ勝ちなのは、中国が3年前にフィリピンから強奪した、南シナ海北東部のスカボロー礁(黄岩島)で、(中国が人工島を造成した)スービック礁の西方120カイリにあって、フィリピン当局は、中国がここも軍事基地化すると見ている。中国漁民がこの海域で密漁するのを阻止しようとしていた、フィリピン海軍のBRP Gregorio del Pilarが撤退した後、中国の漁船と準軍隊の政府公船がスカボロー礁を占拠した。3年後の現在、フィリピンのデル・ロサリオ外相が記者 (David Feith) に語ったところによれば、中国の巡視船は、フィリピンが何世紀にもわたって維持してきたこの海域から、フィリピン漁民を排除している。スカボロー礁は満潮時にほぼ完全に水没する「低潮高地」だが、これを支配することは重要な利益を生む。フィリピン当局によれば、岩礁になっている開口部を封鎖することで、中国は、漁場と水面下に多くの資源を含む58平方マイルの領域を支配している。

(2) 問題は、北京が今後、この環礁をどうするかである。国連海洋法条約に基づくフィリピンの海洋権限の精力的な擁護者である、フィリピンのアントニオ・カルピオ最高裁判事は、スカボロー礁が間もなく中国による人工島造成の拠点となり、軍事化されることになろう、と警告している。カルピオ判事は、スカボロー礁における中国の軍事拠点は、南の南沙諸島と西の西沙諸島における既存の軍事拠点とともに、年間5兆ドルに及ぶ物流が通航する南シナ海中央部のシーレーンの周りに、三角形の軍事拠点を構成することになろう、と指摘する。北京は、こうした拠点を通じて、世界で最も重要な国際航路における航行の自由を脅かす、防空識別圏を設定するかもしれない。カルピオ判事は、スカボロー礁の軍事拠点はまた、フィリピンと台湾との間のルソン海峡(バシー海峡)から太平洋の公海に潜水艦を通航させる中国の能力を強化することにもなろう、と警告している。潜水艦が探知困難な太平洋に出れば、恐らくアメリカを目標とすることができるであろう。フィリピン軍広報官も、デル・ロサリオ外相もこの懸念を共有している。米軍当局は、この脅威を低く見ているが、スカボロー礁の中国の軍事拠点化が、海上における商業通航と軍事活動を圧迫するだけでなく、少なくともスービック湾とその近くのクラーク空軍基地におけるフィリピン軍と米軍の活動を妨害しようとするかもしれないことを認めている。

(3) スービック湾から南シナ海を観望すれば、中国の非平和的な台頭の危険性を感知することができる。オバマ米大統領は2014年4月にフィリピンを訪問し、フィリピン最高裁の承認が得られれば、スービック基地やその他の場所における米軍のプレゼンスを強化することになる、2国間の防衛協定に調印した。しかしながら、アメリカの国防支出は全体として縮小されつつあり、また多くのアメリカ人は、中国の海洋進出活動を、単なる「環礁群」を巡る争いに過ぎないと見なしている。デル・ロサリオ外相は、「この紛争の結末は、国際秩序に影響を及ぼす可能性がある」とし、「世界の海運の45%がこの海域を通航しており、あらゆる国がこの海域における航行と上空飛行の自由に対してステークホルダーである。しかしながら、最も重要なことは、法の支配が優先されなければならないということである」と強調している。中国が好む原則は、力が権益を生むということである。従って、もしアメリカとそのパートナー諸国が、スカボロー礁のような拠点に対して抑止力を発揮できなければ、中国の海洋進出は、何十年にも及ぶ東アジアの安定を台無しにしてしまうであろう。

記事参照:
China's Next Sea Fortress

8月5日「南シナ海における中国の戦略的主導を相殺するエアパワー―米空軍大佐論評」(The Diplomat, August 5, 2015)

米空軍のMichael W. Pietrucha大佐は、8月5日付のWeb誌、The Diplomatに"Regaining the Initiative in the South China Sea"と題する長文の論説を寄稿し、南シナ海における中国の戦略的主導に対抗するためのエアパワーの役割について、要旨以下のように論じている。

(1) 5月26日に公表された、『中国の軍事戦略』によれば、中国軍の「積極防衛」態勢への移行が重視されている。就中、特に戦略的主導の確保が強調されている。南シナ海における最近の活動は、中国がこの海域で既に戦略的主導を確保したことを示しており、そしてそこにおける中国の戦力配備は、戦略的主導を明け渡す意図がないことを示している。伝統的な柔軟抑止オプションは不必要に挑発的で、効果を期待できそうにないが、受動的なアメリカの対応も、中国に自らのアプローチの有用性を認識させるだけであろう。包括的で長期的な関与と、パートナー国家とアメリカのエアパワーに焦点を当てた近代化戦略は、アメリカにとって、中国の南シナ海における権益を覆し、更なる権益の取得を阻止する機会となるかもしれない。エアパワー、特にパートナー諸国のエアパワーは、南シナ海における中国の人工島の政治的効果を効果的に無力化する戦略にとって、必要な中核的要素である。強固な関与戦略と、近代化されたアメリカの爆撃機戦力とによって、米軍が域内の基地を使用できない場合でも、アメリカは、確実な戦力投射や、あるいは域内諸国の防衛努力を支援することができるであろう。

(2) 地域覇権国に対抗するために域内パートナー諸国を強化するプロセスは、しばしば「ハリネズミ戦略 (the "hedgehog" strategy)」と称される。肉食動物にとって、ハリネズミを食べることは必ずしも不可能ではないが、魅力的な獲物ではない。一方、「クズリ (wolverine)」は、食べづらいだけでなく、側にいるのは危険で避けるべき、厄介で攻撃的な捕食動物である。パートナー国の攻撃的な対空、対海洋能力の強化を意図する、「クズリ戦略」は、中国の戦略的主導を無力化する鍵の一部を担うものである。現在まで、ベトナムという顕著な例外を除いて、どの隣接諸国も中国の侵出に対して軍事的に抵抗してこなかった。これら隣接諸国が中国の侵出に代価を強要する、あるいは容易にそれを覆すことができるほど十分に強力にならない限り、それは不可能である。EEZ内での当該国家の地域防衛にとって、陸上基地エアパワーは、決定的な戦力である。ベトナム、フィリピン及びマレーシアが全て自国沿岸から200カイリ以内において航空優勢を維持することが潜在的に可能だが、中国は沿岸から遥かに離れた空域で行動しなければならない。もし南シナ海の周辺諸国が強固で攻撃的な航空、海洋能力を保有することになれば、中国の侵出に抵抗できるだけでなく、一時的な成果を覆し、中国の介入の代価を引き上げることができるであろう。攻撃的な航空、海洋能力の開発に対するアメリカの関与は重要だが、現在のところ具体的には実行不可能である。現在、アメリカは、域内のパートナー諸国が十分な数を購入し、運用維持できる、移転可能な空、海システムを持っていない。アメリカが「クズリ戦略」を実行しようとしても、そのために必要なツールが不足しているのである。要するに、アメリカにとって、共通のハードウェアや効果的な訓練を提供するとともに、最も重要な側面、即ち双方が価値観を共有し、グローバルな取り組みを行うための鍵となる同盟国にするために、パートナー諸国の軍隊を育成する長期的関係を構築することには困難が伴うであろう。このことは、東南アジアにおいて深刻な問題である。かつて供与した米国製戦闘機がその寿命に達しており、最後の輸出戦闘機、F-5E Tiger IIは、これまでに米国製以外の戦闘機に代替されており、大きな安全保障協力の機会を失っている。東南アジア諸国に残る最後のF-5戦闘機は今後5年間で退役するが、アメリカは、遥かに高価なF-16、F-18、F-15Eを除いて、供与できる代替機の選択肢を持っていない。

(3) 長距離爆撃機戦力は、太平洋における戦闘に典型的な距離の壁と、中国のミサイルの覆域の拡大による脅威から、域外からの作戦行動を余儀なくさせられるかもしれない。爆撃機は、オーストラリア・ノーザンテリトリー州のTindall空軍基地や、ディエゴ・ガルシアのような外国基地から運用できるが、換装されたエンジンを搭載したB-52Jは、オーストラリア・クイーンズランド州のAmberly空軍基地や、ウェイク島、グアムあるいはハワイといった米領の遠隔の基地から、無給油で南シナ海に展開できよう。最新の対空、対艦センサー・システムがあれば、爆撃機は、南シナ海とその周辺海域で、対海洋作戦を支援することができるであろう。対艦兵器を装備したB-52は、スタンドオフ距離から、海軍防空を圧倒する、一斉射撃能力を持つ。対水上艦戦に加えて、爆撃機の大規模な攻撃能力は、スタンドオフ距離からの直接攻撃や、精密スタンドオフ航空機雷敷設能力の使用によって、中国の人工島の軍事施設を効果的に孤立させることができるであろう。兵器による人工島への如何なる一撃も、アセットが密集しているために並外れた効果をもたらす可能性が高い。

(4) ベトナム、マレーシア及びフィリピンは、それぞれが単独で中国に対する大きな地理的優位、即ち南シナ海の一部を制する地理的位置にある。この3国が一致して、そしてアメリカによって適切に装備を供与され、支援されれば、中国のEEZ外で中国軍が確立した、孤立した軍事プレゼンスに対して、強力なカウンターパンチを加えることができるであろう。域内諸国との防衛関係の強化と、米空軍の爆撃機戦力による最新の長距離攻撃能力に支援された、米国製の空、海システム能力は、時間と多額の資源投資を必要とするが、中国の優位を相殺するための負担を、アメリカだけに負わせることにはならない。太平洋における再均衡化戦略を考えれば、強固な関与戦略は、中国を封じ込め、アジアのパートナー諸国と同盟国に対して、再均衡化戦略が無意味な言葉でないことを保証するアメリカの取り組みにとって、必要な構成要素である。エアパワーは、この戦略の鍵となる構成要素であり、南シナ海で起こっている海洋問題の対処に適している。

記事参照:
Regaining the Initiative in the South China Sea

8月8日「中国のジブチ海軍基地開設、その戦略的含意―豪専門家論評」(Center for International Maritime Security, August 8, 2015)

豪シンクタンク、The Australian Institution of International Affairs のXunchao Zhang 研究員は、米シンクタンク、The Center for International Maritime Security (CIMSEC) のWeb上に, 8月8日付で、"Becoming a Maritime Power? - The First Chinese base in the Indian Ocean"と題する論説を寄稿し、中国がジブチに開設を準備しているとされる、初めての海外基地について、要旨以下のよう述べている。

(1) 中国がジブチに海軍基地の開設を準備しているとの報道は、3つの疑問を提起している。即ち、第1に、中国がインド洋におけるプレゼンス強化を選んだのは何故か。第2に、中国を動かした戦略的環境とはどのようなものか。そして第3に、基地開設が、米中間の戦略的相互作用や、中国の海洋戦略に対して如何なる戦略的意味を持つのか。

(2) 中国の死活的な海洋権益におけるインド洋の重要性の高まりは、この地域に中国の基地を確保しようとする論拠となっている。最新の白書、『中国の軍事戦略』は域外の海軍基地について明確には言及していないが、インド洋における中国海軍のプレゼンスの必要性については、幾つかの理由を挙げている。「アフリカの角」地域における基地は、「近海防衛」だけから、「近海防衛」と「公海の自由の保護」とを融合した戦略への戦略的変換と一致するものである。白書はまた、シーレーンについて、「陸上が海上に勝るという伝統的な考え」を放棄しなければならない、と指摘している。インド洋のシーレーンに依存する割合が高いことから、遠海域における海軍のプレゼンスが必要になっている。2015年2月にロンボク海峡で実施した演習は、インド洋に中国海軍のプレゼンスを強化していく強力なシグナルとなった。また、中国海軍は、「アフリカの角」近辺で、海賊対処など幾つかの非伝統的な安全保障事態に対応してきた。白書は、非伝統的な安全保障事態に対処する能力と経験は伝統的な安全保障領域に取り込まれるべきだ、と強調している。

(3) 複数の政治的、経済的な要因が、インド洋地域において中国にとって好ましい環境をもたらしている。最も重要な要因の1つは、域内諸国との直接的な地政学的緊張がないことである。南シナ海と東シナ海で近隣諸国との間に領土紛争を抱えている西太平洋の状況とは対照的に、中国は、インド洋地域のほとんどの国と協力関係を構築している。北京は、パキスタンなどとの強力なパートナーシップ関係だけでなく、アフリカ諸国とも強固な商業的、政治的関係を維持している。習近平体制下で、中国は、インド洋地域に大きな経済重点を置いている。例えば、「海上シルクロード」構想は、海上貿易と港湾インフラへの投資促進を通じて、インド、パキスタン、ケニアなどのインド洋経済と東アジアを連結しようとするものである。多くの国際メディアは、中国の非介入の原則と、新しい海外基地戦略との間の「矛盾」を指摘することに熱心だが、海外基地の開設と部隊の展開が外国政府との合意に基づくものである限り、海外基地の確保が非介入の原則とは必ずしも矛盾するわけではない。また、海軍基地は、開設される国家の国内政治状況とも無関係である。従って、中国は、非介入の原則を維持しながら、海外基地を開設することは可能である。

(4) 現実的に見れば、中国が白書で概説した目的を達成するのは長い道のりになるであろう。中国は、アメリカとの全体的な能力のギャップを埋めることだけではなく、海外基地の運営に関する経験不足と、海外基地の費用対効果問題にも対処しなければならない。アメリカは、2001年からジブチにCamp Lemonnierを開設し、4,000人以上の要員を配置して、多様な海軍任務と対テロ任務を遂行してきた。ジブチに開設される中国の初の海外基地は、小規模な機能を担う基地となる可能性が高い。更に、白書でも認めているように、自国の限定的な戦力投射能力に対する中国の認識を反映して、「近海防衛」から「公海の保護」への転換目標は限定的である。海外における海軍作戦に関して、白書は、海軍による公海の保護や、シーレーンの安全確保といった、協力的及び非対立的な性質を強調している。インド洋における中国海軍のプレゼンスは、現在の海洋秩序に挑戦するためではないし、またそのための十分な能力も持っていない。それはむしろ、アメリカの海軍力によって維持されてきた「公共財」に頼るだけでなく、自らの海外利益を防衛するという北京の決意が強まってきていることの現れである。この限り、中国のインド洋における増大するプレゼンスは、現実に米中関係における戦略的抗争を誘発するものではないとしても、メディアが好む米中間におけるグローバルな抗争という話の種にはなっている。

(5) 要するに、海外基地確保に向けた戦略的な動きは、外向きと海洋志向が強まりつつある、中国の変化し続ける戦略文化の一部である。しかしながら、ジブチ基地の開設が具体化すれば、例え限定的なものであっても、中国の戦略文化の変化における1つの画期となることは確かである。中国海軍の海外、就中、インド洋における増大するプレゼンスは、当然の帰結ともいえる。しかしながら、その範囲と効果は、中国海軍がプレゼンスの増大に伴う諸問題に如何に対応できるかにかかっており、今後の課題である。

記事参照:
Becoming a Maritime Power? - The First Chinese base in the Indian Ocean
Map: Great Power Competition in The Indian Ocean

8月10日「中国の海上民兵が海軍戦闘にもたらす諸問題―クラスカ米海大教授論評」(The Diplomat, August 10, 2015)

米海軍大学教授、James Kraskaは、8月5日付のWeb誌、The Diplomatに"China's Maritime Militia Upends Rules on Naval Warfare"と題する論説を寄稿し、中国は漁船を海上民兵として運用しているが、それがもたらす諸問題について、要旨以下のよう述べている。

(1) 中国は、平時及び武力紛争時に準軍隊の役割を果たせるように海上民兵に組織した漁船群を運用している。海上民兵は、正規海軍の戦力を安直に強化する非正規の海軍戦力を構成し、いかなる敵対者にとっても、作戦面、法的側面そして政治的に厄介な存在となっている。巨大な海上民兵の実際の規模とその構成範囲は、戦闘空間を複雑にし、海上における危機あるいは海軍戦闘において、敵対者をして、中国に対する行動をより慎重なものにさせるという、政治的ジレンマに陥れている。その法的含意も同様に重要である。海上民兵は、海戦法規に定められた長年の軍艦と民間船舶の区別をなくしている。海戦法規は、武力紛争中に沿岸域で操業する漁船が拿捕されたり、攻撃されたりすることから保護している。軍艦は、敵部隊を支援する民間漁船を攻撃するかもしれないが、法規によって保護されるべき漁船と、補助海軍戦力として中国海軍に組み込まれている漁船とを識別することは、実質的に不可能であるかもしれない。海上民兵が戦闘において決定的な役割を果たすか否かにかかわらず、海上民兵が戦闘海域に存在すれば、敵対者は、法的に、そして作戦面で厄介なジレンマに直面する。

(2) この問題は、新しい問題というわけではない。例えば、インドシナ戦争中、米第7艦隊は、敵の戦列に編入された漁船に大いに苦しめられた。アメリカがインドシナ戦争への軍事的関与を強化した直後に、注目すべき事案が生起した。北ベトナムは、トンキン湾において米艦艇の位置を通報させるため漁船を使用していた。秘密解除された国家安全保障局の研究によれば、米駆逐艦、USS Maddoxが2隻の漁船の約2,000ヤードの所を航過していた時、「識別不能の船舶から沿岸の識別不能な船舶運航管理所に通信が送られた。」その直後にUSS Maddoxは、北ベトナムの砲艦3隻から攻撃された。その結果として起こった、1964年8月の「トンキン湾事件」は、アメリカがベトナム戦争に参入することを授権した、議会合同決議の根拠となった。ベトナム戦争中、漁船は、沿岸を航行し、北ベトナム軍への補給を実施した。これらの「水上後方支援部隊」は、米海軍にとって戦争を通じて継続的な課題となった。

(3) 漁船を海軍の補助部隊として運用することは、国際人道法の要である、軍艦と民間船舶との区別の原則を犯すものである。人道法は、民間人と民間目標を武力攻撃から護るべきと規定している。この区別する原則の中核的狙いは民間人に対する戦闘の影響を緩和することではあるが、中国の海上民兵は、漁船と海軍の役割の間の線引きをぼやかしている。中国は、20万隻に及ぶ世界最大の漁船群と、世界の25%を占める1,400万人の漁業関係従事者を擁している。これらの巨大な人員、装備が、南シナ海や東シナ海における北京の戦略目的達成のために、軍と連携して運用されているのである。漁民は、自治体に割り当てられるか、民間企業に配属され、海洋における中国の利益を護り、促進するために軍事訓練や政治的教育を受けている。海上民兵の漁船は、先進の電子機器を装備している。その中には通信システムやレーダーが含まれ、これらは、中国海軍の戦力組成を補足し、海警局などの他の行政機関との相互運用性を強化している。多くの漁船は衛星航法装置を装備しており、船舶の位置を追尾し、中継し、海洋情報の収集、報告を行うことができる。中国の海上民兵が実施している艦隊支援任務は、武力紛争時には、当該漁船を合法的な攻撃目標にするかもしれず、中国あるいは近隣諸国の本来の意味での漁民に悲惨な結果を及ぼすかもしれない。これが中国の「法律戦」の1例で、「法律戦」とは法的概念を曲解し、敵に対抗する手法である。海上民兵は、法の継ぎ目を不当に利用し、それ故、法が護ろうとしている多くの市民を危険にさらしている。

(4) この区別の慣習法は、中国漁船を不可侵の存在に押し上げることになり、アメリカとその同盟国にとって大きな圧力となっている。合法的な本来の漁船と中国海軍を支援する海上民兵の漁船とを識別することは、事実上不可能である。何故なら、漁船の隻数が多く、広大な海域に拡がっており、米軍側にはこれらを探知するセンサーがないからである。海軍戦闘で破壊された海上民兵のトロール漁船は、敵の決意を挫くことを狙いとした、中国による政治的、あるいは世論目当ての外交攻勢の目玉となるであろう。漁船に対する電子通信妨害のような対応であっても、特に東アジア諸国の同情を惹くための中国の宣伝戦の材料となろう。戦力強化手段としての海上民兵は、アメリカやその同盟国にとって、その戦力組成の拡大、即ち、この脅威に対処するための、水上艦艇、潜水艦そして特に無人機や無人水中航走体などの増強を余儀なくさせる、運用上の課題となっている。北京が更に海上民兵を海軍戦力組成に組み入れていくにつれ、民間漁船と軍用艦艇の境界線は益々蝕まれていくことになろう。

記事参照:
China's Maritime Militia Upends Rules on Naval Warfare

編集責任者:秋元一峰
編集・抄訳:上野英詞
抄訳:飯田俊明・倉持一・黄洗姫・関根大助・山内敏秀・吉川祐子