海洋情報旬報 2015年6月21日~30日

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6月22日「アメリカは対中政策を変更すべきか―米専門家論評」(Brookings, June 22, 2015)

米シンクタンク、The Brookings InstitutionのJeffrey A. Bader上席研究員は、6月22日付の同研究HPに、“Changing China policy: Are we in search of enemies?”と題する長文の論説を掲載し、アメリカの対中政策の今後の在り方について、要旨以下のように論じている。

(1) 東アジアは、1970年代以降、大規模な軍事紛争を回避してきた。これは、域内の多くの国の成熟と良識、これら諸国の経済成長の重視、そしてアメリカの同盟体制と安全保障プレゼンスの賜である。しかし、結局のところ、それは、ニクソンとキッシンジャーが手を付け、以後の歴代の米政権と中国の指導者によって育まれてきた、アジア太平洋の主要大国、アメリカと中国の和解の結果である。多くのアメリカの海外政策専門家の最近の論説から判断して、この和解は崩壊に危機に瀕している。一部の専門家は、崩壊させるべきだと主張している。彼らは、中国沿岸から遠く離れた軍事拠点の構築を目指していると見られる、南沙諸島の係争中の環礁や岩礁における中国の積極的な埋め立て活動への対応として、ニクソン以来の8人の大統領によって継承されてきた対中政策が時代遅れになった、と見なしている。そして、彼らは、西太平洋における覇権を目指す中国との戦略的な和解が不可能であることを認識する必要があり、我々は、協力関係を脇に置いた、抗争関係を受け入れなければならない、と主張している。世界で最も安定し、秩序が維持され、経済的にダイナミックなこの地域を、新たな対立の世界に変えることはアメリカの本意ではない。実際問題として、中国も組み込まれ、アメリカの利益にもなっている、重大問題に関して協力を必要とし、時に協力し合っている世界において、全面的な抗争に基づく関係が成り立つかどうか、想定するのは困難である。

(2) では、南シナ海で進行している事態をどのように評価するべきか。そこでは、中国は、土地造成プロジェクトに加えて、国連海洋法条約 (UNCLOS) と矛盾する、150万平方マイルに及ぶ海洋における諸権利に対して曖昧で不穏な要求をしており、フィリピン漁船を彼らの伝統的な漁場から追い出し、フィリピンが中国の主張について審判を求めた国際法廷の管轄権を否定し、ベトナムが管轄権を主張する海域において海軍と海警局巡視船によって護衛された石油資源の探査を実施し、そして南シナ海におけるあらゆる地勢に対して中国の「議論の余地のない」主権を主張している。中国の主張と行動は、他の領有権主張国(ベトナム、マレーシア、フィリピン、ブルネイ及び台湾)から強い反発を受けてきた。アメリカは、外交と軍事の両面で以下のように対応してきた。① 中国の好ましくない行為を公然と非難してきた、② ASEAN加盟の他の領有権主張国が前例ない結束を公然と表明するよう、外交戦略を展開してきた、③ ベトナムに対する武器禁輸を緩和するとともに、フィリピンとの消滅しかけていた同盟関係を復活させることによって、他の領有権主張国との安全保障パートナーシップを進化させてきた。そして、最近では、米太平洋軍は、公海における航行の自由と上空飛行の自由を誇示するために、CNN特派員を哨戒機に同乗させて、中国が造成した人工島周辺での監視活動を実施した。南シナ海において中国に対して行動の代価を認識させ、紛争を抑止し、そして国際法と規範を遵守させるために、アメリカが外交、軍事の両面でもっと多くのことができる。我々は、中国に事態を沈静化させるための「出口」を用意した上で、こうした行動をとるべきである。

(3) この問題に対処するに当たって、我々は、中国の行動が意味するもの、そして意味しないものを見極める必要がある。中国軍は、南沙諸島に対する他の領有権主張国が占拠している島嶼などから彼らを退去させようとはしなかった。一般メディアの通説である、世界の通商の60%に当たる南シナ海経由の物流が中国によって脅かされているというのは、不条理である。中国は、少なくとも自国の商品の自由な流通のために他国に依存しており、それを妨害するような行為はしてこなかった。また、この広大な南シナ海には居住民がいないことを思い起こすべきだ。南シナ海は、ウクライナやズデーテン地方と違って、失地回復主義者が軍隊を使って再統合しようとしても、居住民がいないのである。それでも、摩擦を許容できるレベルにまで緩和しようとすれば、中国は、土地造成活動を含め、自国の領有権主張と他国のそれに対する態度を、大幅に修正しなければならない。

(4) 南シナ海での中国の受け入れがたい行動は、もし必要な軍事能力を確保したとすれば、中国が世界でどのように行動するかの予兆なのか。北京は、南シナ海における現在の高圧的行為を、世界の他の地域における将来の行動モデルとするには、依然多くの制約要因を抱えている。世界的な同盟国のネットワークを持つアメリカと違って、中国は、軍事同盟がなく、また海外基地もない。中国は、現代戦闘をほとんど経験しておらず、外国の紛争に介入することに根強い抵抗感を持っている。中国は、自らの政治システムを広めようとするより、むしろ中国のシステムに対する外部からの脅威と見なすものに対する防御姿勢を固めている。そして、中国は、国際関係の基本原則として、国家主権を尊重している。中国にとって、南シナ海は主権主張に関わる問題である。中国は主権を「核心利益」としており、このことは、それを護るために必要なら武力行使の用意があることを意味している。台湾、日本との尖閣諸島紛争そしてインドとの国境問題は、中国の主権主張に関わる問題である。これら全ての問題において、中国は、解決を求めて頻繁に政治的、経済的圧力や利益誘導に努めてきたが、警告を与えるための軍事的脅威や部隊配備も怠らなかった。最も敏感な主権問題に対して摩擦を覚悟で軍事的脅威を誇示することから、中国の国際的対応の標準的な特徴として、主権に関わらない問題に対しても中国の軍事的好戦性を予測することはかなり無理がある。

(5) アメリカは、中国の高圧的と見られる行動に直面して、必ずしも受け身ではなかった。アジアにおけるアメリカの同盟ネットワークは、近年著しく強化されてきた。「再均衡化」政策の軍事的側面は、太平洋戦域へのより多くの最新の航空機と艦艇の配備を実現している。尖閣諸島に対する日本の主張を擁護するアメリカの宣言政策は、東南アジアで南シナ海問題に対するアメリカのより深い関与を担保する、北東アジアにおける後ろ盾として有益であった。これらは、アメリカと同盟国の利益の護るための、適切で穏健な措置である。しかしながら、中国が我々の敵であり、あるいは今後必然的にそうなると決め付けるような戦略は、アメリカとパートナー諸国の安全保障には役立たないであろう。より高圧的になる中国の台頭に直面して、アメリカの同盟国やパートナー諸国は、アメリカのプレゼンスやその他の安全保障措置を歓迎していることは確かだが、これら諸国は、中国に対する敵対的行為を歓迎しない。これら諸国は、米中双方が意見の相違を乗り越え、この地域における継続的な経済的活力と緊張緩和を促進することを期待している。そうするためには、アメリカは、地域を不安定にする恐れがある歓迎されない中国の行動に対して、時に対抗していく必要があろう。

(6) 将来の動向を大きく左右するのは、アメリカではなく、中国であろう。将来、アメリカの最善の努力にもかかわらず、アメリカの同盟国やパートナー諸国の安全保障が脅かされ、世界的な規範と秩序が損なわれるようなことになれば、それは、アメリカではなく、中国の行動の結果であろう。従って、アメリカは、事態の変化に応じて戦略を調節する必要がある。しかしながら、アメリカは、ニクソン以来8人の大統領によって継承されてきたアプローチを放棄すべきでなく、不可避的な敵対関係を想定し、歴代のどの大統領も賛同しなかった、全面的な抗争戦略に移行すべきではない。筆者 (Jeffrey A. Bader) は、米中関係を築き、成熟させ、そしてアジアに平和の世代を構築してきた、アメリカの政治家が依拠してきた台本を、ニクソン以来9人目の大統領が、台頭する中国に直面しながらも、廃棄しないことを願い、かつ期待している。

記事参照:
Changing China policy: Are we in search of enemies?

6月24日「南シナ海問題は米中間の問題―米専門家論評」(The Diplomat, June 24, 2015)

米シンクタンク、The American Foreign Policy Council のAsian Security Programs 主任、Jeff M. Smithは、6月24日付のWeb誌、The Diplomatに“Let’s Be Real: The South China Sea Is a US-China Issue”と題する長文の論説を寄稿し、南シナ海問題は全体的な米中関係において次第に中心的な課題になっているとして、要旨以下のように論じている。

(1) 米国務省のラッセル東アジア太平洋担当国務次官補は6月18日、ワシントンでの米中戦略経済対話に関する記者ブリーフィングでの質問に答えて、「重要なことは、南シナ海問題は、米中間の根源的な問題ではない」と述べた。ワシントンは長い間、南シナ海における複雑な領土紛争に対する関与を避けてきた。しかし、中国による南沙諸島での人工島の造成は、航行の自由に関するアメリカの新しい懸念を生み、ワシントンをかつてない程強く南シナ海問題に引き込むリスクを招いた。

(2) 中国の南シナ海の8カ所における人工島の造成は、経済的動機からでは説明できない。中国は、中国本土沿岸から700カイリも離れた係争海域とそこにおける地勢に対する領有権主張を強化するとともに、南シナ海における軍事的拠点として要塞化することを望んでいる。このプロジェクトを正当化するに当たって、北京が常に「必要な軍事防衛所要を充たすため」と主張しているのは偶然ではない。中国は既にFiery Cross Reef(永暑礁)に滑走路を建設し、最近の人工衛星の映像では、2門の移動式火砲が配備されている。これらの人工島の拠点は、戦時には攻撃に対して脆弱だが、戦力投射のプラットフォームとしては多くの戦略的優位を中国にもたらす。そこにおける港湾と滑走路は、中国の航空機と艦船の活動範囲を広げるとともに、ヘリパッドは、中国の脆弱な空からの対潜戦能力を強化するであろう。また、海警局の巡視船にとっては、新たな補給ハブとなるであろう。更に、これらの拠点は、年間約5兆ドルに上る海運ルートであり、域内の中国の経済的ライバルである日本の重要な生命線でもある、世界で最も重要なシーレーン上における中国の足場ともなろう。

(3) 中国はこの1年間で、海面下にあるか、あるいはわずかに海面上に出ている岩礁や環礁を浚渫した砂で埋め立てることで、南シナ海に8つの新しい人工島を造成した。国連海洋法条約 (UNCLOS) では、それぞれの海洋地勢に応じて各種の権利が認められている。自然に形成された島は、12カイリの領海と200カイリのEEZを有する。常に海面上にある(が、人間の居住や経済活動が不可能な)岩は、12カイリの領海のみ認められる。満潮時に海面下に沈む「低潮高地」は、500メートルの安全水域が認められるのみである。最大限肯定的に見積もっても、中国が造成した8カ所の人工島の内、4カ所は元々岩礁であり、他の4カ所は「低潮高地」であった。しかし、北京は、埋め立てによって、これらの地勢を島の地位に「格上げ」し、UNCLOSで認められる権利をこれらに主張しようとしている、と見られる。これは、UNCLOSで認められないことは明らかである。問題は当該地勢の原状であって、岩と島は「自然に形成された」地勢でなければならない。海面下の地勢を岩や島に造り替えることはできない。更に、UNCLOS第60条は、「人工島、施設及び構築物は、島の地位を有しない。これらのものは、それ自体の領海を有しない」と明確に規定している。

(4) 中国のこうした新たな戦略は、アメリカの安全保障利益に直接関連する。何故なら、それは、領有権紛争とは別だが、今や密接に関連している、アメリカの調査活動のための航行の自由を巡る中国との対立を激化させているからである。全体で200カ国近い加盟国の内、中国と他の20カ国余りの少数派は、UNCLOSは自国の200カイリEEZ内における外国調査船の活動を規制する権利を当該沿岸国に与えている、と主張している。アメリカと世界の大多数の国は、それに同意せず、UNCLOSの下では、こうした活動は「沿岸国の同意」を必要としない、と主張している。こうした活動を沿岸国が規制する権利は、第19条で、当該沿岸国の領海についてのみ言及されている。EEZに関するUNCLOS第5部でも、規制については言及されていない。国際法に関する一般的な原則では、特に条約において禁止されていないどんな活動も容認される。しかしながら、これは単なる法解釈の問題ではない。2001年以来、中国軍は、中国のEEZ内におけるアメリカの調査活動を何度も妨害してきた。現在までのところ、こうした妨害行為は平穏に処理され、危険な事態に至らなかった。南シナ海に出現した新しい(そして非合法の)中国のEEZが、調査活動を巡る米中2国間の緊張を一層激化させ、誤算や紛争のリスクを高めかねないことは、想像に難くない。従って、オバマ政権としては、UNCLOSによって許容される法的制限内での上空飛行や航行を米軍に命じることで、人工島に対する権利の拡大を目論む如何なる主張に対しても、迅速かつ直接的に異議を申し立てる責務がある。

(5) 南シナ海を巡るワシントンと北京の新しい「キャット・アンド・マウスゲーム」は、アメリカが5月に公然とP-8海洋哨戒機を人工島の1つの周辺(12カイリ内ではないが、中国が主張する「軍事警戒ゾーン」内)に派遣した時から始まった。本格的なゲームは、原状が海面下にあった地勢の12カイリ以内に米軍が航空機や艦船を派遣した時に始まるであろう。カーター米国防長官は最近、米軍は「現在、世界中で行っているように、国際法で許容される場所なら何処でも飛行し、航行し、そして作戦活動を行う」と繰り返し言明しているが、実施命令は未だ発令されていない。新たな挑戦に対する対応を何時までも待っていると、平和的な現状として出現したものを妨害することになり、紛争の可能性を高め、将来の対立で中国にワシントンを非難する機会を与えることになろう。しかも、対応の遅れは、アメリカのアジアに対する「軸足移動」が実質よりも象徴的なものとの印象を与えることになろう。アメリカの不作為は既に、オバマ大統領を任期末の決断力を欠く大統領と見なす、域内のパートナー諸国間に懸念をもたらしている。日本、インドそしてASEAN諸国の多くの専門家は、オバマの後継大統領によるより厳しい姿勢を恐れる、北京が今後18カ月間、一層の高圧的な行動の限界を試す行為を繰り返すであろう、と予測している。北京もそう考えていることは確かである。中国の外交部長は、中国の「島嶼と環礁」周辺におけるアメリカの偵察活動は、「当該水域と空域において、誤算と予期せぬ事態を引き起こす可能性が非常に高く、従って完全に危険で無責任な行為である」と警告した。また、国家主義的な環球時報は、「もしアメリカのボトムラインが、中国はその陸地造成活動を中止しなければならないということであるなら、米中戦争は不可避である」と豪語した。もしアメリカがこれまで南シナ海で中国と問題を抱えていなかったとしても、今や南シナ海で紛れもなくそれが起こっていることは明らかである。

記事参照:
Let’s Be Real: The South China Sea Is a US-China Issue

6月24日「台湾とアメリカの再均衡化戦略―シンガポール専門家論評」(The Diplomat, June 24, 2015)

シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) のリサーチ・フェロー、Shang-Su Wuは、6月24日付のWeb誌、The Diplomatに、“Taiwan, the Final Piece of the Rebalance?”と題する論説を寄稿し、アメリカの再均衡化戦略における台湾の重要性について、要旨以下のように述べている。

(1) 台湾は、近年のアメリカのアジア政策の後景にあって、戦略的に大きな重要性を持っている。アメリカが2011年にアジアにおける再均衡化戦略を発表して以来、台湾は、域内の他の諸国に比較して、ほとんど注目を集めてこなかった。しかし、最近の幾つかの象徴的な出来事は、こうした見方を変えるかもしれない。再均衡化戦略下における米軍と域内諸国との防衛協力の進展とは対照的に、台北は、国際的孤立からこうした動きとは無縁であった。しかし、今では様相が変わってきているようである。5月下旬、台湾の海兵隊司令官がハワイで開催された米海兵隊主催の会議に出席し、ほぼ同時期に、厳徳発・参謀総長や李喜明・海軍総司令官が、ハワイのパールハーバーで開催された米太平洋軍司令官の就任式に出席している。6月には、桃園の台湾陸軍航空隊第601旅団とハワイの米太平洋陸軍第25航空戦闘旅団が姉妹旅団となった。台湾軍は、ハワイの米軍陸軍との合同訓練のために機動歩兵小隊を派遣することになっている。ワシントンと台北が国交を断絶した1979年以降では、こういったオープンな動きは稀なことである。実際には、米台間の軍事的結び付きは、特に1996年のミサイル危機以降、ポスト冷戦時代になってある程度復活していた。あまり頻繁なものではなかったが、台湾は通常、武器購入に関連して訓練のためにアメリカに軍要員を派遣したり、アメリカは台湾の年次「漢光演習」になどに参加したりしてきた。

(2) 最近のこうした動向は、アメリカが、台湾を、再均衡化戦略のパズルを埋める最後のピースとして検討している可能性を示唆しているのではないか。再均衡化戦略に関わる国の中で、台湾は、最も弱い国ではないが、最大のリスクを有する国である。台湾の軍事力は、フィリピン、マレーシアあるいはベトナムなどより上回っているが、これら東南アジア諸国は、中国との限定的な領有権紛争を抱えているだけである。対照的に、中国は、台湾全域の領有を主張しており、海峡を隔てて距離が近接していることから、中国にとって、台湾への戦力投射が容易である。中国は、台湾に対して、弾道ミサイルや巡航ミサイルを含む、多くの攻撃オプションを有しており、しかも台湾全土は中国の接近阻止/地域拒否 (A2/AD) 戦略の覆域内にある。こうした深刻な状況にあって、台北は、潜水艦取得に失敗するなど、防衛力整備に苦労している。限られた国防予算や全志願制への移行に伴う人件費の増加が台湾の防衛投資を制約してきた。更に、台湾への中国本土からの訪問者の増加も有事におけるサボタージュのリスクを高めており、依然として活発な中国のスパイ活動も台湾の軍事力を弱体化させている。

(3) この地域の普通の主権国家と異なり、台湾の特殊な立場は、非暴力的手段による攻勢を仕掛ける上で、中国にとって理想的な国内環境を育んできた。現地における中国の文化遺産と1945年以降の国民党政権による中国化政策による国づくりの結果、中国文化に支配された台湾社会が出来上がった。1990年代以降の両岸の経済関係の強化は、台湾内部に強力な親中国の政治勢力を生み、2008年の国民党政権の実現に繋がった。この結果、「両岸経済協力枠組協議 (the Economic Cooperation Framework Agreement)」)などを通じて、中国は、かつてない程、オープンな政策を通じて、台北に対してより影響力を及ぼせるようになった。現在では、中国は、台湾にとって輸出入双方の面での最大の貿易相手国であり、同時に台湾は最大の債務国でもある。北京が経済力を武器に日本やフィリピンに圧力をかけてきたことを考えれば、台北に対して経済力を武器にしても不思議ではない。特に2014年の太陽花學運のデモ以降、現国民党政権の親中国政策が不人気になってきており、最近、世論調査で自らを中国人であるよりも台湾人であると考える人の割合が上昇しているように、一部で反中感情の高まりが見られる。野党民進党は、2015年の台湾総統選挙で優勢が伝えられており、(勝利すれば)中国に媚びない政権が誕生するであろう。しかしながら、経済的、政治的影響を考えれば、北京と台北との間の両岸統一に向けた協定は、簡単には破棄されないであろう。民進党の総統選候補者の蔡英文は、両岸関係の「現状維持」を重視してきた。結局のところ、アメリカの他のどの再均衡化戦略のパートナーにも見られない、台湾の経済的、政治的脆弱性は、近い将来目に見えて改善される見込みはない。

(4) 戦略的に見れば、アメリカの再均衡化戦略にとって、台湾は重要であろう。2008年に台北が親中的な立場を取り始めるまでは、北京は、台湾問題を最重要視し、東シナ海や南シナ海の問題で高圧的な戦略を押し進めることはなかった。言い換えれば、強靱な台湾が、中国の関心や資源をある程度引きつける力を持っていたのである。残念ながら、それから8年が経過した今、特に台北が北京に対して総合的に脆弱であることを考えれば、台北が、8年前と同じような役割を果たすことはないであろう。もしアメリカが台湾海峡における中国有利のバランスを深刻に受け止めるのであれば、前述の最近の象徴的な出来事だけでは不十分である。例えば、最先端の兵器システムを含む武器売却などの、より実質的な施策が必要であろう。しかしながら、単に台湾の防衛力を強化するだけでは、限定的な効果しか持たないであろう。台北が北京への経済的依存を低下させない限り、中国は、何時でも台湾に対して影響力を及ぼす梃子を行使することができよう。要するに、中国にとっての台湾の地理的位置とその重要性が、アメリカにとって、その再均衡化戦略の最後のピースとして台湾を取り込むべき理由付けとなり得るのである。しかしながら、台北に対する北京の圧倒的な影響力が、アメリカの再均衡化戦略への台湾の取り込みを阻むことになるかもしれない。2016年の台湾の総統選挙とアメリカの大統領選挙は、近い将来の米台関係における軍事的協力の実質的進展を不可能にするかもしれない。

記事参照:
Taiwan, the Final Piece of the Rebalance?

6月24日「『一帯一路』構想、中国内論議のクールダウン必要―中国人専門家論評」(The Diplomat, June 24, 2015)

マカオ大学のDingding Chen准教授は、6月24日付のWeb誌、The Diplomatに、“One Belt, One Road, One Frenzied Debate”と題する論説を寄稿し、中国内で過熱する「一帯一路」構想を巡る論議のクールダウンが必要であるとして、要旨以下のように述べている。

(1) 習近平主席が「一帯一路 (OBOR)」構想を打ち出して以来、中国の学者は、先例のない関心とエネルギーをこの構想に集中してきた。あらゆる側面からOBOR構想を論議するために、多くの会議が開催され、これまで幾つかの成果が強調されてきた。しかしながら、この構想を詳細に論じるには訓練不足の多くの学者が、自らの学問的あるいは非学問的利益を追求するために、この構想を利用しており、全体として、OBOR構想に関する調査研究の現状は健全なものとはいえない。こうした現状は変えなければならない。そうしなければ、長い目で見れば、OBOR構想自体が危ういものとなろう。

(2) 具体的には、OBOR構想に関する現在の熱狂的な論議には3つの主要な問題がある。

a.第1に、中国には、発展途上国に関するアカデミックな専門家がいないということである。アメリカとは異なり、専門分野としての地域研究は政府から重要分野として扱われてこなかったために、中国には南アメリカや中東などの地域研究の著名な学者はほとんどいない。中東の専門家と称する者の多くは、アラビア語を話せず、またアラビア語文献も読めない。また、中国のアフリカ専門家の多くは、アフリカで現地調査したことがない。専門家自身が各地域について十分な知識がないのに、どうして政府に健全な助言ができるのか。これは中国にとって大きな問題であるが、全てが専門家の責任ではない。政府は長い間、地域研究を無視してきた。これには理由もあった。中国企業と個人がアフリカや中東地域で商売を始めたのは、わずか10年程前からであった。地域専門家が不足しているために、教育機関はこの現実を迅速に修正する術を知らない。

b.第2に、中国の学者は、OBOR構想のリスクに言及することなく、この構想を称賛する傾向があることである。現実には、各種のリスク、特に政治的リスクがミャンマーやパキスタンなどの一部の国では、深刻な問題となっている。中国政府がこうした側面に重大に関心を払わなければ、中国の大規模投資プロジェクトの多くは失敗するかもしれない。既に、ミャンマーでは、政治的理由から失敗したプロジェクトがある。アメリカなどの大国が経験してきたように、弱小国でも、国有化によって強大な進出企業の利益に損害を及ぼすことができる。それでも、政治的に不安定な国が中国だけを特別扱いすることを期待しているのか。これまで、中国政府はこうした潜在的危険性を認識してきたが、こうした問題に対処するために、中国の学者による詳細な調査は行われてこなかった。これも、専門家がいないためかもしれない。中国の学者とシンクタンクは、中国の投資に関わる、あらゆる社会的、政治的そして経済的リスクに関心を向けるべきである。

c.第3に、中国の学者は、OBOR構想の戦略的意義を誇張すべきではない。現在、あまりにも多くの中国の学者は、中国が今にも世界の新しい覇者としてアメリカに取って代わるかの如く、OBOR構想の潜在的な戦略的利益を吹聴したがる傾向がある。これは間違っているだけでなく、戦略的に賢明ではない。アメリカは既に、南シナ海における中国の長期的な戦略的意図について懸念を抱いている。また、多くのヨーロッパ諸国は、EUへの中国の影響力の拡大を懸念している。何故、中国の学者は、米欧の「中国脅威論」に火を付けるために、アメリカや日本やヨーロッパのタカ派に多くの火種を与えなければならないのか。これは、誠に近視眼的やり方である。しかも、OBOR構想は成功するとは限らない。中国政府が正しくカードを切らなければ、現実に失敗するかもしれない。現時点では、中国政府はカードを正しく切っていないと見られる、幾つかの証拠がある。

(3) 要するに、中国政府は、手遅れになる前に、OBOR構想を巡る現在の不健全な状況をクールダウンしていかなければならない。そして、中国の学者は、彼らが政府に十分に考えていない助言を与える前に、OBORルートに沿った地域事情を理解する真剣な努力をしなければならない。さもなければ、我々はまもなく、OBOR構想の失敗を目撃することになるかもしれない。

記事参照:
One Belt, One Road, One Frenzied Debate

6月25日「南シナ海問題、米中両国にとって留意すべきこと―中国南海研究院長論評」(China US Focus.com, June 25, 2015)

中国南海研究院の呉士存院長は、Web誌、China US Focusに6月25日付で、“Gains and Losses for U.S. in South China Sea”と題する論説を寄稿し、要旨以下のように述べている。

(1) アメリカの南シナ海に対する政策は1990年代末頃から、何度か重要な変化を見、「中立的立場」から「限定的な介入」を経て、「積極的な介入」へと変化してきた。1つには、こうした変化は、中国の総合国力の継続的な増大と、海洋における相対的能力の強化とによって、中国の南シナ海に対する政策が次第に明確になり、中国が支配する南シナ海の海洋秩序が実体を伴い始めたことによる。アメリカは、アジア太平洋地域への軸足移動を推進しながら、徐々に予防的な中国封じ込めを強化しつつある。他方で、アメリカは、南シナ海の海洋紛争に益々深く関与しつつあり、その「中立」政策を名ばかりの存在に変えつつある。そして、この地域における米中間の抗争はこれまでにない程緊張している。

(2) 振り返ってみれば、ここ何年かのワシントンの南シナ海政策の展開は以下の3つの成果と3つの懸念に要約できる。アメリカの3つの成果とは、

a.第1に、中国との海洋紛争を国際仲裁裁判所に提訴したフィリピンを支援することで、国際的な多国間メカニズムによる異議や圧力を中国に向けさせた。

b.第2に、仁愛礁 (Second Thomas Reef) を恒久的に支配下に置こうとするフィリピンの企てに対して、精神的かつ実質的な支援を断固として実施した。アメリカのフィリピン支援は、南シナ海における中国とフィリピンの領有権紛争がアメリカの利益に合致するだけでなく、南シナ海周辺に対する再均衡化を可能にし、中国に対する軍事力の展開を支援することになるからである。

c.第3に、石油掘削リグ981の設置を巡る紛争に乗じて、一方で、西沙諸島において中国との新しい問題を引き起こしたベトナムを支援し、他方で、ベトナムに対する致死性兵器の禁輸を事実上緩和した。南シナ海における中越紛争は、アメリカに中国封じ込めの機会を提供した。

(3) 南シナ海における上記3つ成果とは別に、アメリカは以下の3つの予期せぬ懸念に直面してきた。

a.第1に、中国が南シナ海のルール作りを左右するのではないかという懸念である。1990年代から、中国とASEANは、南シナ海における行動規範について協議を開始することに合意していた。2002年に南シナ海行動宣言 (DOC) に、2011年には南シナ海行動宣言ガイドラインに署名した。2013年には行動規範に関する協議を加速することで新しい合意に達し、2014年には、中国は「南シナ海紛争は紛争当事国間での協議と交渉によって解決すべきで、南シナ海の平和と安定は中国とASEANが共同して維持しなければならない」と提唱した。従って、このことが、南シナ海の将来のルール作りを中国が断固支配するかもしれないとの懸念に繋がったかもしれない。

b.第2に、中国が南シナ海で圧倒的なシーパワーを手に入れるかもしれないという懸念である。海洋を中心とした世界的な地政学的駆け引きは益々激しくなりつつあり、アメリカがアジア太平洋地域への戦略的軸足移動を推し進め、そして沿岸国の海洋資源の開発が沿岸域から公海に拡がっていく中で、南シナ海の領有権紛争は、島嶼や環礁に対する主権と海洋管轄権を巡る主張国間の対立から、この地域における地政学的抗争、天然資源の開発そして航路の支配を巡る、領有権主張国と利害関係国との間の激しい駆け引きに発展してきた。従って、南シナ海における米中対立も、これまでの航行の自由に関する懸念から、紛争の解決のメカニズム、南シナ海における航行と上空飛行のルール、そして南シナ海の「9段線」の法的地位に関する懸念が高まってきた。

c.第3に、中国が南シナ海で防空識別圏 (ADIZ) を宣言するかもしれないという懸念である。2013年11月に中国が東シナ海においてADIZを宣言して以来、アメリカと国際社会は、間もなく南シナ海でもADIZが宣言されるかもしれないと懸念、あるいは予測してきた。中国は、差し当たりADIZは必要ないと繰り返し表明してきた。ADIZの宣言は中国の主権内のことであるが、新たにADIZを宣言するかどうかは、南シナ海における安全保障環境を中国がどう評価するかにかかっている。ある意味で、南沙諸島のおける埋め立て活動の速度や規模に対するよりも、その結果としてADIZが宣言される可能性の方が懸念されている。

(4) 南シナ海は、中国の安全保障にとって自然の防壁であり、重要な戦略的シーレーンであり、そして中国が海洋大国になるために戦略的に保持しなければならないものである。アメリカにとって、南シナ海の支配とそこにおけるプレゼンスの維持は、戦後の形成された2国間同盟を基礎として、アジア太平洋地域を支配するために不可欠のものである。南シナ海における米中の抗争は、構造的、戦略的で、かつ妥協できないものである。アメリカのアジア太平洋地域への軸足移動の履行とその南シナ海政策の変更がなされれば、南シナ海問題は、もはや島礁や環礁に対する主権や海洋管轄権を巡る、中国と他の領有権主張国との間の紛争ではすまなくなる。米中関係が中核的課題となり、中国と他の領有権主張国との関係が後景に退くことで、問題は非常に複雑となる。南シナ海は、米中関係において重要かつ不可避的な問題となろう。従って、南シナ海を巡る米中間の不協和音を管理するとともに、損なわれた2国間関係から派生する紛争を回避することは、両国の政策決定者にとって絶対不可欠のことである。

(5) アメリカは、南シナ海における中国の懸念と利益を理解し、配慮し、この問題に対する中立の立場を堅持し、中国に対する至近距離での監視や偵察飛行を自制し、そして南シナ海問題を口実に中国を封じ込める意図がないことを言動によって証明しなければならない。他方、中国は、①アメリカの国際法に基づく南シナ海における航行の自由と上空飛行の自由を尊重し、②政治的相互信頼と安全保障協力を損ないかねない、南シナ海における一方的なADIZ宣言を回避するよう最善の努力をし、③南シナ海における安全保障と危機管理メカニズムの欠如に対処するために行動規範の協議を加速し、そして④南シナ海における岩礁や環礁での建設工事では民需目的を優先し、防衛目的を越えた軍事施設の建設には慎重でなければならない。

記事参照:
Gains and Losses for U.S. in South China Sea

6月27日「インドは海洋シルクロード構想に参加すべき―インド人専門家論評」(East Asia Forum, June 27, 2015)

インドのシンクタンク、The Observer Research FoundationのGeethanjali Nataraj上席研究員は、6月27日付のEast Asia Forumに、“India should get on board China’s Maritime Silk Road”と題する論説を寄稿し、インドは中国の海洋シルクロード構想に参加すべきであるとして、要旨以下のように述べている。

(1) 2013年10月にインドネシアを訪問した中国の習近平主席は、今は「一帯一路」と知られる、「海洋シルクロード (MSR)」構想を発表した。MSRは、古代の貿易ルートであった海上シルクロードを復活させ、経済協力と地域間の連結を促進するための試みである。この目的のために、中国は、ルートに沿ってインフラを開発するための400億ドル規模のシルクロード基金を立ち上げた。「一帯一路」構想の主たる目的は、西部の内陸地域を開発し、これら地域の東南アジアや中東市場へのアクセスを可能にすることで、経済的、文化的そして政治的影響力を行使する、中国の地域勢力圏を形成することにある。MSRは、中国の福建省泉州から南方のマラッカ海峡に向かい、クアラルンプールからインドのコルカタを経てインド洋北部を横断し、ケニアのナイロビに向かう。中国の見解によれば、MSRは、海洋を通じた地域間の連結と、災害協力、そしてインド太平洋、東アフリカ、地中海に至る海域の漁業の発展を促進する。

(2) インドでは、MSRに対して多様な見解が見られる。一部の者はMSRの隠された軍事的側面に注目して慎重な姿勢を示しているが、他方では、インドが積極的な協力者になることに賛成する意見も多い。多くの者は、MSRを、アジアを再編し、この地域におけるアメリカの影響力を弱体化させることを狙った、中国の試みの一環として理解している。こうした見方の背景には、アメリカの「アジアへの軸足移動」戦略を、環太平洋戦略的経済連携協定 (TPP) とともに、アメリカとアジアの同盟国による中国封じ込め戦略の一環とする認識がある。中国は、南アジアにおいてインドに対抗して小切手外交を展開してきた伝統を持つ。この最新のイニシアチブとして、中国は、バングラデシュ、スリランカ及びパキスタンにおいて港湾を開発し、ベンガル湾とアラビア海において経済力を背景に影響圏を拡大しようとしている。従って、MSRは、インド洋における中国の商業、軍事施設の建設を目指す、「真珠数珠つなぎ (the ‘string of pearls’)」戦略の経済的な偽装に過ぎないかもしれない。中国は、インドの隣接諸国に巨額の資金を投資している。より多くの南アジアや東南アジアの国々が中国の影響圏下に集まることは、インド亜大陸周辺に特権的な影響圏を維持してきたとする、インドの伝統的な観念に対する深刻な打撃を意味しよう。

(3) 中国の「一帯一路」構想は、経済的、戦略的合理性を持っている。この35年以上にわたり、中国の経済発展と進歩は、ほとんどがその東部と沿岸部に集中していた。「一帯一路」構想は、この地域的偏差を解消するとともに、アジア太平洋地域の大国としてだけでなく、グローバルパワーとしての中国の確立を目指すものである。ユーラシア大陸における「シルクロード経済ベルト」を通じて、中国は、西部地域の経済発展を促進することを計画している。経済ベルトは、中国製品と資本のための新たな輸出市場を提供するであろう。この構想を通じて、中国は、中産階級の急成長に伴う巨大な国内需要を持っている、中央アジアや東アフリカの多くの国に輸出市場を見出すことを期待している。

(4) 以上のような背景から、インドは、MSRへの参加機会を見逃すことができない、枢要な地理的位置にある。海洋と大陸のシルクロードの両方が、インド周辺地域を通る。インドは、この構想の積極的なパートナーとなることで、多くのものが得られよう。インドは、中国の投資を誘致することを期待しており、そのためにMSRの一部になることは確かに有効な方策であろう。またインドの参加は、インド北東部の開発を促進するとともに、東アジア諸国との関係を優先する、「アクト・イースト政策 (“Act East Policy”)」の推進にも役立つ。更に、インドの参加は、インドが地域的及び2国間協力を強化するための最適のプラットフォームになり得ることを実証することにもなろう。インド洋の近隣沿岸諸国に対するインドの投資は、南アジアにおける中国の影響力と支配をある程度減殺することにもなろう。そして何よりも、インドがMSRへの参加を拒否し、他の南アジア諸国やASEAN諸国が参加を決めた場合、インドは孤立することになりかねない。こうしたことから、一方でアメリカ主導のTPPに参加するためにあらゆる機会を捉えながら、MSR参加への招請を受け入れることが、インドにとって最善の選択であろう。

記事参照:
India should get on board China’s Maritime Silk Road

編集責任者:秋元一峰
編集・抄訳:上野英詞
抄訳:飯田俊明・倉持一・黄洗姫・関根大助・山内敏秀・吉川祐子