海洋情報旬報 2015年6月11日~20日

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6月12日「マレーシア籍船、積荷油抜き取り未遂事案」(ReCAAP Incident Report and others, June 12, 15, 19, 2015)

ReCAAP ISC Incident Reportによれば、マレーシア籍船精製品タンカー、MT Orkim Harmony (7,301DWT) は6月12日2054頃、マレーシア東岸のアウル島南西約17カイリの南シナ海で運航船社とのコンタクトを失った。マレーシア海洋法令執行庁 (MMEA) が通報を受けたのは、ほぼ10時間後の翌朝になってからであった。該船は6,000メタリックトンのULG 95(ガソリン)を積載しており、乗組員は22人(マレーシア人16人、インドネシア人5人、ミャンマー人1人)であった。該船は、マレーシアのOrkim Ship Managementの所有で、6月4日に積荷油抜き取り被害に遭った、MT Orkim Victory の姉妹船である。

MMEAの副長官は、運航船社は当局に通報する前に該船からの連絡を待ち過ぎた、通報の遅れは該船の捜索を難しくすると運航船社を非難し、ベトナム、シンガポール、インドネシア、オーストラリアおよびアメリカに捜索支援を求めたと語った。また、同副長官によれば、積荷油のULG 95は極めて引火性が高く、特別の安全手順と装備が必要で、抜き取りは困難という。6月17日に、オーストラリアの哨戒機がタイ湾で該船を発見した。該船の船名は前後を消して、Kim Harmonに替えられていた。6月19日に、MMEA とマレーシア海軍の艦船が該船を確保した。乗組員1人が負傷していた。同日、ベトナム沿岸警備隊が逃亡していた該船の救命ボートで逃亡していた8人のインドネシア人ハイジャック犯を逮捕した。更に5人が積荷の買い手を求めて該船を去っていたことが判明した。

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ReCAAP Incident Report

6月12日「米中関係の行方―米紙論評」(The Wall Street Journal.com, June 12, 2015)

米紙、The Wall Street Journalのコラムニスト、Andrew Browneは、6月12日付の同紙電子版に、“Can China Be Contained?”と題する長文の論説を寄稿し、米中関係の緊張が高まって行くにつれ、アメリカの外交政策専門家の間では、北京との長年に亘る関与政策に対して疑問が投げかけられているとして、米中関係について、要旨以下のように述べている。

(1) 今日、多くのアメリカ人は、中国の習近平政権がアジアにおけるリーダーシップを巡ってアメリカに挑戦する一方で、国内では不満分子に対する抑圧的政策をとっているのを見て、ニクソン政権以来の対中関与政策に込めた期待が遠のいている、と感じている。関与政策が中国の自由化を促す唯一の方法であるとする考えは、ニクソン政権以来、現オバマ政権まで8代の政権に引き継がれてきた。レーガン・ブッシュ(父)政権時代の国防省に勤務したアジア専門家、Michael Pillsburyは、近著、The Hundred-Year Marathonで、「中国に対する我々のバラ色の期待はほとんど全て裏切られた」と書いている。政治的立場を超えて多くの専門家は、冷戦時代の思考を蘇らせ、中国に対する封じ込め政策の必要性を論じ始めており、アメリカの外交政策は転機に差し掛かっている。北京に対する「建設的な関与」の成果に期待する長年のワシントンにおける強固なコンセンサスは、失われてしまった。最近数カ月、数多くの対中政策に関する論説や報告書が見られるが、そこにおける対中政策の処方箋は多様でも、米中関係の現状に対する悲観論が議論の出発点になっているということでは皆同じである。

(2) 第2次世界大戦直後にアメリカがソ連の行動と意図に疑念を持ったと同じように、中国の行動と意図について、多くのアジア人が懸念を共有している。習近平の中国が海軍力を増強し、外洋に進出し、領有権主張を押し進めるにつれ、この地域のアメリカの友好国や同盟国は、保護を求めてアメリカに擦り寄ってきている。オバマ大統領の「アジアへの軸足移動」戦略は、友好国や同盟国の懸念を宥めるとともに、21世紀におけるこの地域の死活的な戦略的重要性を認識したものである。これに対して、中国は、アメリカが封じ込め政策を押し進めようとしていると確信している。米中関係における新たな緊張は、超えてはならない一線を挟んでNATO軍とワルシャワ条約軍の戦車が対峙した、数十年間に及ぶヨーロッパの冷戦状態とは同じでない。しかしながら、1つの重要な点において、歴史は繰り返している。即ち、中国もアメリカも共に、互いをパートナー、競争者あるいはライバルとしてではなく、敵として見始めたということである。

(3) では、アメリカは、具体的に何をすべきか。ジョージW.ブッシュ大統領の国家安全保障担当副補佐官、インド大使を勤めた、Robert D. Blackwillと、The Carnegie Endowment for International Peaceの上席研究者、Ashley J. Tellis は、中国に対する関与政策は中国を競争者として強化するのに役立ったと指摘し、関与を減らし、アメリカのグローバルな盟主 (primacy) としての地位を維持するという「中核的な目的 (the “central objective”)」を確かなものにするため「均衡化 (“balancing”)」をより重視する、新たな大戦略を採るべき時である、と主張する。就中、アメリカは、アジアにおける軍事力を強化し、軍事技術に対する中国のアクセスを阻止し、ミサイル防衛網の配備を促進し、そしてアメリカの攻撃的サイバー能力を強化すべきである、という。同じThe Carnegie Endowment for International Peaceの研究者、Michael D. Swaineは、アメリカが東アジアにおける盟主の座を譲り、この地域の多くを、安全保障態勢を強化した日本を含む、力の均衡によって秩序が維持される緩衝地帯 (a buffer zone) に変えるという、包括的な処方箋を提示している。それによれば、全在韓米軍は韓国から撤退し、一方、中国は台湾に対して武力を発動しないことを保証する。こうした処方箋は、例え実現可能であっても、数十年を要するであろう。他方、The Johns Hopkins University’s School of Advanced International Studies のDavid M. Lampton 教授は、米中関係は転機にあり、「関係正常化以来、どの時期よりも、米中とも相手に対する恐れが期待値を上回るレベルに近づいている」と警告している。

(4) 中国に対する関与政策は、米中経済関係を強化してきたが、イデオロギーの相違は全く埋まらず、今や、習近平は反西欧に大きく舵を切った。西欧に対する反発は、中国国内だけでなく、国境を越えて広がっている。何十年も間、中国は、この地域における平和を維持し、シーレーンの安全を確保する、アメリカの警察官としての役割を受け入れていた。しかしながら、習近平は2014年に上海で、「アジアの問題を解決し、アジアの安全を護るのは、アジア人の責任である」と言明した。ワシントンは、裏切られた思いである。アメリカの解放された市場は、中国の輸出に拍車をかけ、その結果、中国を世界の第2の経済大国に押し上げ、今や両国経済は完全な相互依存関係にある。しかしながら、第1次世界大戦前の欧州の状況を見ても分かるように、相互依存関係が必然的に紛争を阻止すると考えるのは間違いであろう。オバマ政権は、アジアにおける軍事的オプションを強化する一方で、関与政策も継続しようとしている。中国も、類似のゲームをしている。習近平は、台頭する大国が既存の大国に挑戦する時代には戦争が生起するという歴史の先例を避ける狙いから、「新型の大国関係」を提案した。しかし、アメリカは、これを拒否した。米中いずれも、戦争を望んでいない。習近平は、ロシアのプーチン大統領のような反西欧ではないし、これまでのところ、ウクライナ併合のような軽率な行動をとっていない。中国は、依然、アメリカ市場とノウハウを必要としている。アメリカとの戦争は、中国経済の壊滅を意味しよう。

(5) 中国を封じ込めようとすれば、その代価は非常に高いものになろう。どの国も、他の国なしでは、経済的に成り立たない。ケナンの対ソ封じ込めが上手くいったのは、ソ連経済が弱体で、アメリカとの商業的関係がほとんどなかったからであった。しかし、今日の中国は経済大国であり、しかもその重層的で多様な産業基盤が中国軍事予算の2桁の伸びを支えている。しかしながら、こうした現実とは裏腹に、米中関係がその戦略的な存在理由を失ってしまったという事実もある。即ち、米中両国を結び付けた共通の脅威、ソ連が消滅したということである。モスクワとの敵対が、当時のニクソン大統領をして対中関係に乗り出させた論理であった。しかし、勢力均衡を重視したタフな現実主義者のニクソンでさえ、対中関係が最終的にどのようなものになるかについては、よく分かっていなかった。1994年のニクソンの死の前に、ニューヨークタイムズ紙のコラムニスト、故William Safireが書いているように、「我々は、フランケンシュタインをつくったかもしれない」のである。

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Can China Be Contained?

6月12日「南シナ海における中国の主張は曖昧か―中国人専門家論評」(Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, June 12, 2015)

中国のJoint Institute for Maritime Law and History, East China University of Political Science and Law (ECUPL) 所長のDr. Zheng Zhihuaは、6月12日付の米シンクタンク、CSISのAsia Maritime Transparency Initiativeに、“Why Does China’s Maritime Claim Remain Ambiguous?”と題する論説を寄稿し、要旨以下のように述べている。

(1) 南シナ海に対する中国の主張が曖昧であるとする批判が多い。例えば、中国は国連海洋法条約 (UNCLOS) の加盟国であるにもかかわらず、UNCLOSとその他の海洋に関する国際法を遵守していない、と批判されてきた。中国は、「9段線」に何が含まれ、あるいは含まれないかについて、決して明らかにしてこなかった。一部の専門家は、「隣接水域 (“adjacent waters”)」や「関連水域 (“relevant waters”)」といった、UNCLOSにない用語を用いて、南シナ海における領有権主張を故意に不明瞭なものにしている、と非難している。何故、そしてどの程度まで、中国の主張は曖昧なままなのか。客観的な分析者は、その海洋境界に対する主張にはある程度曖昧さが見られるが、中国が南シナ海における一部の島嶼や岩礁、環礁に対して明確かつ一貫した領有権を持っている、と結論づけるであろう。実際、中国は、南シナ海における一部の島嶼や岩礁、環礁に対して明確かつ一貫した領有権を持っている。事実、このことは、以下の3つの公文書―即ち、国民党政府が公表した1947の南シナ海諸島地図、1958年の領海に関する新中国の宣言、そして1992年の領海と接続水域法に明確に規定されている。これらの文書は、東沙諸島、西沙諸島、中沙諸島及び南沙諸島とその他の島嶼が中国の主権下にある領土の一部であると規定している。

(2) 一部の国は、南シナ海における中国の海洋境界の主張を、歴史的な理由から曖昧と見なしている。第1に、UNCLOSは歴史的権原に関する問題に適切に対処していないということである。第15条と第298条(1) (a) での歴史的権原への言及、第10条 (6) の歴史的湾の規定及び第51条の伝統的な漁獲権の認知があるが、UNCLOSには、歴史的権原の定義、あるいはその具体的な意味について如何なる規定もない。第2に、歴史的権原に関して、国際法上一貫した理解に達することはなかったということである。世界最古の文明国の1つである、中国の観点からすれば、南シナ海は伝統的なアジアの秩序体系(中華秩序)の一部であり、従って、ウェストファリア体制下の国民国家システムだけから、「9段線」を理解しようとするのは不適当であろう。

(3) 南シナ海の「9段線」地図は、UNCLOSより50年も前に、そして4つのジュネーブ海洋法条約(領海及び接続水域に関する条約、公海に関する条約、漁業及び公海の西部値資源の保存に関する条約、及び大陸棚に関する条約)の10年前に、中国の国民党政府よって公式に発表されたものである。従って、「9段線」内における中国の歴史的権原は、無視されるべきでない。1947年に国民党政府によって引かれた「9段線」は、中国が領有権を主張する南シナ海の島嶼や環礁と、沿岸諸国の海岸線との間のほぼ中間に引かれており、従って、中国の領有権主張の範囲を反映するものである。この領有権主張の一貫性は、1949年以後、新中国によって継続されてきており、しかも中国の主張は長い間、境界を接する沿岸諸国によって認められるか、あるいは黙認されてきたのである。従って、「9段線」は、国際法の下で証拠能力と歴史的重みを持つといえる。

(4) 中国の「9段線」地図とその線内の水域に対する主張についての曖昧さは、主としてUNCLOSの欠点から生じるものである。歴史的権原に関する国際法は、理論と教義においてかなり不完全で、統一された基準が欠如している。中国は、南シナ海における領有権主張を明確化することに努めてきた。しかし、歴史的権原に対する理解を明確にするためには、新しい国際条約や議定書に同意することによって、UNCLOSを補完し改良する、国際社会による合同努力もまた必要である。

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Why Does China’s Maritime Claim Remain Ambiguous?

【関連記事】「南シナ海における中国の主張は曖昧―米専門家反論」(Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, June 16, 2015)

米海軍大学のPeter Dutton教授は、前記Dr. Zheng Zhihuaの論説に対して、6月16日付のAsia Maritime Transparency Initiativeに、“China’s Claims are Unambiguously Ambiguous”と題する論説を寄稿し、要旨以下のように反論している。

(1) 前記論説の最初のパラグラフで、Dr. Zheng Zhihuaは、2つの問題、即ち島嶼に対する主権の問題と、海洋資源に対する管轄権とそれらを区切る海洋境界に関する問題とを、基本的に混同している。「領有権主張」とは、島嶼やその他の陸地に関するもので、国連海洋法条約 (UNCLOS) によって規定されるものではない。「隣接水域」や「関連水域」といった用語に対する批判は正当化できる。何故なら、これらは陸地に対するものではなく、中国が主張する水域や境界に関する用語だからである。「中国は南シナ海における一部の島嶼や岩礁、環礁に対して明確かつ一貫した領有権を持っている」という言い方は正確だが、このことは正に我々が中国に対して疑義を呈してきたことである。中国の主張を合理的と見る人は、ほとんどいない。第2パラグラフで、中国の国内法や「9段線」地図の公表によって、中国は南シナ海に陸地に対して一貫して主権を主張してきたという。しかし、中国政府の海洋に関する主張と「9段線」の性格については、依然疑問の余地なく曖昧である。残りのパラグラフは、歴史的権原に関する言及である。中国は、歴史的権原を要求するか。もしそうするならば、どんな権原か、何処についてか、そしてどんな論理で要求するのか。

(2) 海洋に関する歴史的権原について、法的欠陥に言及しているが、しかし、筆者 (Dutton)の考えでは、UNCLOSが歴史的権原に「適切に対処していない」と言うことは、あまり正確ではない。第1次から第3次までの海洋法会議は、幾つかの条約を成立させた。第1次会議終了後、1958年のジュネーブ海洋法条約が成立した。UNCLOS(LOSCまたはLOSTともいわれる) は、第3次会議が終了した、1982年に成立した。これらの会議を通じて、海洋資源の管轄権に関する歴史的権原問題は、しばしば論議された。第2次会議は、成立条約なしに終わったが、1962年に海洋における「歴史的権原」の現状に関する有益な報告書が作成された。1962年には、海洋資源に関する「歴史的権原」について、非常に多くの異なったアプローチがあったので、海洋資源の管轄権に関する国際的なコンセンサスができなかった。1958年の時点でも、この問題は非常に困難なものであった。1958年の領海に関するジュネーブ条約では、この問題の存在が認められていたが、その範囲を巡って合意に至らず、未解決のまま先送りされた。1958年から第3次会議が終了した1982年までの間における、国際社会が取り組むべき課題は、海洋資源の管轄権の割り当てに関する秩序だったプロセスを確立することであった。これは簡単な仕事ではなかった。何故なら、海洋に面した沿岸国の権限を海洋に向けて拡大することと、航行の自由や多くの国にとってのその他の固有の自由との間で、相克があったからである。1982年までに、EEZという新たな管轄海域を設けることについて十分なコンセンサスが確立され、第3次会議は新しい条約の成立を以て終了した。筆者は、EEZが非常に成功したレジームであったと指摘しておかなければならない。1982年以後、更に12年の年月を要したが、1990年代半ば頃までには、1994年に発効したUNCLOSに多くの国が加盟した。中国は、1996年に加盟したが、EEZについては如何なる保留や声明も出さなかった。アメリカのようにUNCLOSに加盟していない国を含め、EEZはほとんど全ての国に受け入れられた。国際司法裁判所とアメリカは、慣習法でもEEZの存在を認めた。

(3) 従って、UNCLOSが歴史的権原に「適切に対処していない」と言うことは、不正確である。UNCLOSは、領海を超えた海域における海洋資源に対する歴史的権原の存在を不要なものとし、領海基線を引くプロセスの一部に歴史的権原を含めた。従って、国際社会は、UNCLOSのプロセスを通じて、歴史的権原について包括的に「議論してきた」のである。歴史的権原に関するあらゆる学術的な記述は、UNCLOSと、領海基線と歴史的湾に対する規制と矛盾するものではない。それにもかかわらず、Dr. Zheng Zhihuaの議論は、今日の中国人学者の間での標準的な知識となった。端的に言えば、中国は、航行の自由とその他の公海における自由を含むEEZが現在の中国の利益と目的に合わなくなった、と認識しているのである。従って、中国は、EEZからそれらを除こうとしているのである。これは、法律の欠陥や曖昧さというものではない。中国の利益が変わったのである。海洋資源に対する管轄権と公海における自由との妥協の産物であることを含め、EEZレジームは、グローバルに受け入れられている。しかも、中国は、直接的に、あるいは間接的にEEZから多くの利益を得てきた。中国は、世界中の多くの沿岸国家から漁業権を購入しており、世界最大の商業漁業国である。通商航行に対する国家や非国家集団の脅威を制圧するために各国海軍がグローバルにEEZにアクセスできるため、中国のシーレーンは、安泰である。EEZレジームを破壊することは恐らく不可能であろうし、それは如何なる場合でも近海を超えた海域における中国の利益に反するであろう。従って、中国にとって最高のオプションは、こうした特別な権利を擁護することである。

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China’s Claims are Unambiguously Ambiguous

6月15日「中国の人工島造成と国際法」 (Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, June 15, 2015)

南シナ海問題の専門家、Huy Duongは、6月15日付の米シンクタンク、CSISのAsia Maritime Transparency Initiativeに、“Massive Island-Building and International Law”と題する論説を寄稿し、中国の人口島造成による国際法上の問題点について、要旨以下のように述べている。

(1) 中国はこの1年で、南沙諸島に人工島を急速に造成し、南シナ海の地政学的そして安全保障環境を大幅に変えてしまった。造成された人工島は、係争領域である南沙諸島のみならず、海洋境界確定に関する国際法の如何なる解釈によっても合法的に他の国に属していることが明白なEEZに深く入り込んだ南シナ海の大部分の海域に対しても、中国の戦力投射と支配の強化を可能にする基盤となろう。何十年にも亘ってこれら諸島とEEZに対する関係国の主張が重複してきたが、1つには中国の最も近い軍事施設が係争海域から数百カイリも離れた北方にあったことから、現在まで不安定ながら均衡が維持されてきた。しかしながら、他の領有権主張国の防衛計画立案者は、今や、距離の壁がなくなった状況に対処しなければならない。

(2) もう1つの懸念は、中国が新しく造成した人工島を新たな領有権主張の根拠にするかどうかである。第1に、中国は、Mischief Reef(美済礁)とSubi Reef(渚碧礁)の周辺に、現在これら海域に公認されている国際社会の航行の自由と上空飛行の自由を侵害することになる、12カイリの領海を主張するか、あるいはある種の漠然とした「軍事警戒ゾーン (“military alert zone”)」を設定するかもしれない。第2に、中国は、他の領有権主張国が部隊を駐留させている島嶼に近接した人工島周辺に領海を宣言するかもしれない。このことは、他の領有権主張国との間で、直接的な紛争の種となるであろう。第3に、人工島の造成によって、中国は南沙諸島全域に対するEEZを主張する気になるかもしれない。このことは、この海域の海洋紛争を一層激化させることになろう。

(3) 中国は、「南沙諸島の島嶼や環礁における中国の活動は、完全に中国の主権に基づくもので、完全に合法的である」(外交部報道官、2014年9月9日)と主張することで、人工島の造成を正当化している。しかしながら、こうした主張には幾つかの瑕疵があることを指摘できる。

a.第1に、Fiery Cross Reef(永暑礁)、Johnson South Reef(赤瓜礁)、Cuarteron Reef(華陽礁)、Hughes Reef(東門礁)及びGaven Reef(南薫礁)はいずれも、領有権紛争の対象となっていることである。従って、これらの環礁の地勢的形状を完全に、そして復元困難な形で変更することは、領有権主張国として不誠実である。もし領有権紛争の解決が国際法廷に委ねられ、そこでこれらの環礁が中国以外の国に属すると裁定された場合、現在の造成活動によってこれら環礁に加えられた損傷は、領有国の権利を取り返しができない程損ねたということになる。

b.第2に、Mischief Reef(美済礁)とSubi Reef(渚碧礁)は、原状では満潮時には海面下にある「低潮高地」で、他の島嶼や環礁から12カイリ以上離れており、慣習国際法ではどの国もこれらに対する主権を主張できない。従って、これらの環礁で行われている造成活動による人工島は、中国の主権下にあるとはいえない。更に、この海域で造成された人工島に対して主権を主張することは、中国であれ、他の国であれ、違法である。

c.第3に、国連海洋法条約 (UNCLOS) は、中国がMischief Reef(美済礁)とSubi Reef(渚碧礁)に12カイリの領海やそれを超えるEEZを宣言することを認めていない。人工島は、最大500メートルの安全水域が設定できるだけである。

d.第4に、中国は、特に南シナ海のような閉鎖海や半閉鎖海における海洋環境の保護に関する、UNCLOS第192条と123条に違反している。192条は、「いずれの国も、海洋環境を保護し、保全する義務を有する」と規定している。123条は、「海洋環境の保護及び保全に関する自国の権利の行使及び義務の履行を調整すること」と規定している。当然ながら、南沙諸島の紛争当事国のいずれも、係争島嶼や環礁に建造物を構築する権利を有していると考えているであろうが、これら紛争当事国の全てが半閉鎖海で脆弱な環境の南シナ海における海洋環境を保護し、保全する義務を有していることは、否定できない。中国は、独立した専門家による環境評価や、他の沿岸国との調整や協議もなく、海底から数億トンの砂と珊瑚を浚渫して、魚類の不可欠な産卵場所である珊瑚礁を埋め立て、800万平方メートルの陸地を造成することで、UNCLOSの義務を完全に無視している。

e.第5に、南沙諸島が領有権や海洋境界画定紛争の対象になっているという事実から、もう1つのUNCLOS違反を指摘できる。UNCLOS第74条と83条は、EEZあるいは大陸棚の境界画定に関して、関係国は「理解と協力の精神により、実際的な性質を有する暫定的な取極を締結するため、及びそのような過渡的期間において最終的な合意への到達を危うくし、又は妨げないためにあらゆる努力を払う」と規定している。ガイアナとスリナムの海洋境界画定に関して、常設仲裁裁判所 (PCA) は、2004年の判決で上記条項に関して、当事国が係争領域において一方的に恒久的な変更を加えることは認められない、と解釈した。Mischief Reef(美済礁)が係争中のEEZ内にあることは明白で、またSubi Reef(渚碧礁)も係争中のEEZあるいは大陸棚の延長上にあると見られ、従って、UNCLOS第74条と83条、及びガイアナ・スリナム判決が適用できることは明らかである。これらの環礁における人工島の造成は明らかに、これらの条項に違反する。これらの環礁と異なり、Fiery Cross Reef(永暑礁)、Johnson South Reef(赤瓜礁)、Cuarteron Reef(華陽礁)、Hughes Reef(東門礁)及びGaven Reef(南薫礁)は、いずれも満潮時でも海面上にあるか、あるいは他の島嶼から12カイリ以内に位置している。UNCLOSによれば、これらは領海に取り囲まれている。従って、これらの環礁における中国の人口島造成は領海内で行われているということになり、UNCLOS第74条と83条、及びガイアナ・スリナム判決(EEZ及び延伸大陸棚に対してのみ適用)は直接関連がないように思われる。しかしながら、子細に観察すれば、別の見方もできる。良く知られているように、珊瑚礁は海洋における重要な魚類の産卵場所であり、これらを破壊することは、これら珊瑚礁の周辺海域を大きく越えて海洋の漁業資源量に影響を及ぼしかねない。従って、珊瑚礁に大きな人工島を造成することは、これらの珊瑚礁の領海を越えてEEZに恒久的な影響を及ぼす可能性がある。南沙諸島の場合、EEZが係争海域であるため、当事国の行為が領海内であっても、EEZに恒久的な変更を加えることは違法であり、従って、UNCLOS第74条とガイアナ・スリナム判決が適用できる。

(4) 要するに、中国の大規模な人工島の造成は、南シナ海の安全保障環境に対する挑発的な変更であることに加えて、海洋環境に対する破壊行為である。中国の行為は、「完全に中国の主権下にある」とか、海洋法に従っているといった口実では正当化できない。実際、Mischief Reef(美済礁)とSubi Reef(渚碧礁)に対して、もし中国が主権を主張するとすれば、それは国際法を書き換えようとする大胆な試みということになろう。

記事参照:
Massive Island-Building and International Law

6月18日「中国海軍のインド洋地域におけるアクセス・ポイント増大―米海大エリクソン論評」(Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, June 18, 2015)

米海軍大学准教授、Dr. Andrew S. Ericksonは、6月18日付の米シンクタンク、CSISのAsia Maritime Transparency Initiativeに、“Dragon Tracks: Emerging Chinese Access Points in the Indian Ocean Region”と題する論説を寄稿し、要旨以下のように述べている。

(1) 中国の6年余に及ぶアデン湾での海賊対処活動と、中国のインド洋への最初の潜水艦の展開によって、インド洋地域 (IOR) における中国海軍の支援施設の可能性を検討することは、もはや「真珠数珠つなぎ (a “String of Pearls”)」論を憶測する域を超えている。米国防省は、北京は今後10年以内に、限定的なものであるかもしれないが、重要な後方支援を提供できる1カ所あるいはそれ以上の施設を構築することになろう、と予測している。IORは、最新のアメリカ海洋戦略に関する報告書の中で、「インド・アジア・太平洋」と表記されているように、米中両国の高い関心を引きつけている地域である。外部世界の関心を高めているIORの地政学的状況から、最終的に中国が何処に海軍の後方支援拠点を置くかということは、益々重大な問題となっている。

(2) この問題を考える上で、中国海軍がこれまでIORの何処にアクセスしてきたかを検討することは有益である。何故なら、アクセス・ポイントの構築は長期にわたる努力が必要で、こうした努力は外部から観察できるからである。海軍施設は一般的に、以下の要件、即ち、① 安定したホスト国における信頼できる政治的支援、② 強固な基盤の兵站補給インフラ、③ 全ての主要戦闘艦を収容できるに十分な水深である。この視点から、備考* の地図 (Ports Potentially Accessible to / Have Been Visited by PLAN) を見れば、まだ訪問していないが、訪問の可能性がある港湾(それらの多くは中国の投資を受け入れているが、まだ開発中である)を別として、幾つかの動向が指摘できる。

a.第1に、中国海軍の親善訪問が20回以上に及ぶ(地図では赤色)のは2カ所、オマーンのサラーラ港とジブチ港だけである。10回から20回までの訪問回数の港湾(同黄色)は1カ所、イエメンのアデン港のみである。

b.第2に、政治的支援と安定度から見れば、これらの港湾は、2つの異なるカテゴリーに類別される。オマーン、ジブチの両国は、様々な外部勢力と積極的な戦略的関係を構築することで経済的、政治的利益を追求しており、地政学的に複雑な地域にあって、資源的には限られているが、安定したオアシスである。緊密な政治的同盟国と繁栄が安定を底支えする社会ではないが、今のところ民衆基盤の反対戦力によるリスクは(程度の問題だが)小さい。従って、このような環境はIORの潜在的なホスト国としては都合が良い。オマーンのサラーラ港は、現在では、事実上の支援施設となっている。ジブチ港については、ジブチの指導者は、中国に海軍基地の提供を申し出、現在交渉中である、と公式に表明した。対照的に、イエメンは、内戦勃発以前から、政治的安定度は低い。

c.施設面では、サラーラ港とジブチ港がアデン港より優れている。サラーラ港は、限定的な艦船修理を支援している。途上国の港湾で大規模な修理能力を有するところは稀で、今日まで、大方の中国海軍艦船は、ディーゼル燃料、真水、糧食及び生鮮食料品の補給と乗員の休養のためにサラーラに寄港してきた。ジブチ港でも限定的な補修が可能で、中国海軍艦船もここで補給している。ジブチ港は、アメリカ、フランス及び日本が既に基地を利用しており、そのインフラはより大きな潜在力を秘めている。アデン港は最近までより簡単な糧食を補給していたが、現在その使用は無期限に中断されている。外に注目すべきは、カラチ港である。同港は、パキスタンの主要な商港であり、軍港でもある。カラチ港には、この地域の他の多くの港湾よりも優れた修理施設がある。「どんな時にでも信頼できる友人 (an “all weather friend”)」の領土内にある優れた施設に優るものは他にあるだろうか。中国海軍は5回以上もカラチ港に寄港しているが、アデン港が事実上の閉鎖された時にのみ、カラチ港がそれに代わることになろう。恐らく、北京は、治安問題に加えて、パキスタンとの過度に密接な軍事的関係が顕在化すれば、隣国のインドを刺激することを懸念していると見られる。

d.第3の鍵となる要件は、停泊地の水深である。真に役に立つ港湾としては、海軍の最大戦闘艦が停泊できなければならない。備考** のグラフに示したように、ミャンマーのシットウェを除き、リストに挙げた港湾は、現在、中国海軍最大の「玉昭 (071 LPD)」級ドッグ型揚陸艦(満載排水量1万7,600トン)の吃水約7メートルをクリアしており、容易に停泊できる。因みに、ジブチ港は水深18メートル、サラーラ港は同17.5メートルである。他に注目すべき港湾はセイシェルのヴィクトリア港である。同国外相は2012年に、海賊対処のための基地建設を中国に打診したと報じられた。スリランカには、コロンボ港(水深16メートル)とトリンコマリー港(水深13メートル)があるが、建設中のハンバントータ港は水深17メートルの計画である。タンザニアでは、2017年に完成予定のバガモヨ港は水深12~14メートルである。

(3) 以上の観察から、中国海軍は、ここ何年かの間に、IORにおいて更なる選択肢を確保すると見られる。

記事参照:
Dragon Tracks: Emerging Chinese Access Points in the Indian Ocean Region
備考*:Map; Ports Potentially Accessible to / Have Been Visited by PLAN
備考**:Graph; Port Depth (meters)

6月18日「南シナ海での造成活動、どの国が活発か」(The Diplomat, June 18, 2015)

ニューヨークのThe East West Instituteの専任研究員、Dr Greg Austinは、6月18日付のWeb誌、The Diplomatに、“Who Is the Biggest Aggressor in the South China Sea?”と題する論説を寄稿し、最近まで南シナ海の占拠カ所における造成活動で最も活発であったのはベトナムだったとして、要旨以下のように述べている。

(1) ある情報源によれば、ベトナムは1996年時点で、南沙群島で24の島嶼や岩礁を占拠し、中国は9カ所占拠していた。シーア米国防副長官が5月13日に上院外交関係委員会で明らかにしたところによれば、ベトナムは48カ所、フィリピンは8カ所、中国は8カ所、マレーシアは5カ所そして台湾は1カ所である。それによれば、中国は過去20年間、新たな島嶼や岩礁を占拠しなかったが、対照的に、ベトナムは占拠カ所を2倍にした。しかもそれらは最近数年間で増えたもので、この6年間でベトナムの占拠カ所は30から48に増加している。

(2) シーア国防副長官は、外交委員会での証言で、中国は他の領有権主張国が占拠カ所に有していたような滑走路を保有していなかったとして、以下のように述べた。「全ての領有権主張国は、一様にそれぞれの占拠カ所で建設活動を行ってきた。拡張の形態は各国によって異なるが、埋め立て、構造物の建設と拡張、そして防衛施設の設置まで多様である。2009~2014年の間、ベトナムは、最も活発に占拠カ所の拡張と埋め立てを行った国であり、約60エーカーを造成した。中国とブルネイを除く、他の全ての領有権主張国は、既に係争海域の島嶼に様々な規模と機能を持つ滑走路を建設していた。」現在では中国がFiery Cross Reef(永暑礁)に滑走路を建設していることに加えて、他の占拠カ所でもベトナム以上に活発な造成活動を行っている。シーア副長官は、特に2009~2014年の間、ベトナムが最も活発だったと述べている。このことは、中国の軍指導者達が「我々はかなり自制してきた」と主張する意味を理解するのに役立つであろう。

記事参照:
Who Is the Biggest Aggressor in the South China Sea?

【関連記事】「南シナ海での造成活動、群を抜く中国―セイヤー反論」(The Diplomat, June 21, 2015)

東南アジア問題専門家のCarl Thayerは、6月21日付のWeb誌、The Diplomatに、“Who Is the Biggest Aggressor in the South China Sea? (A Rejoinder)”と題する論説を寄稿し、前記、Dr Greg Austinの論説に対して、要旨以下のように反論している。

(1) 前記論説でDr Greg Austinが挙げた数字は間違いで、ベトナムの占拠島嶼や岩礁の大部分は再統一後の1970年代に占拠したとするのがより正確で、それ以降、占拠カ所を倍増することなどあり得ない。筆者 (Carl Thayer) は、米海軍大学第66回現代戦略フォーラムに提出した論考で、「米政府当局者も、ベトナムが南シナ海で48カ所の島嶼や岩礁を占拠していると主張した。カーター国防長官は、6月のハノイ訪問時、ベトナムに対してこれら占拠カ所における全ての陸地造成活動を永久に停止するように求めた。これに対して、ベトナムのタン国防相は、『陸地造成活動』は土壌の侵食を防止するために行なっていると主張するとともに、ベトナムが9カ所の『浮島』と12カ所の『低潮高地』の合計21カ所の地勢に軍要員を配置していると述べた」と発表した。なお、筆者は、論考の脚注に、「『浮島』とは、海面より上にある地勢、あるいは海面下の地勢に鋼材、土、岩石及びコンクリートで補強することで造成された地勢を言い、『低潮高地』は海面下にある地勢を言う」と記した。アメリカは、ベトナムが占拠しているとする48カ所全てのリストを公表しなければならない。事実を確認する前に結論を急がないように注意すべきである。ベトナムのいわゆる「陸地造成活動」は、中国の新しく造成した人工島の総面積の1.9%でしかない。ベトナムは中国のような浚渫機械を持っておらず、本国から土を持ち込んで使用している。

(2) 筆者は2012年に発表した論考で、「中国は、占拠した幾つかの地勢に構造物を建設し、南シナ海における軍事プレゼンスを強化した」と指摘した。中国は、1995年にMischief Reef(美済礁)を占拠し、南シナ海で最初の構築物を建設した。1998年10月には、3つの八角形の木造構築物と2つの2階建てのコンクリートの塔を環礁の両端に建造された。塔には、通信のための衛星通信施設 (SATCOMM) とHFアンテナが林立している。塔は、電子情報 (ELINT) 器材とレーダーを収納するためのものと見られる。Mischief Reef(美済礁)の施設には、その後更に2つの新しい埠頭とヘリコプター離着陸場が建設され、海軍の航行用レーダーと幾つかの対空砲と対艦巡航ミサイル・システム(HY-2かC-801)が配備された。長さ200フィートのコンクリート構築物がFiery Cross Reef(永暑礁)で建設された。これには、海軍用高周波(HF)八木レーダーンテナ (Bean Sticks) と2つの電子妨害装置 (ECM) レドームと各種の通信用垂直アンテナとマスト・アンテナが装備されている。それぞれのアンテナは、異なる要求、例えば無線信号の監視や長距離通信といった機能を支援している。ここにも、衛星通信 (SATCOMM) と気象用のパラボラアンテナが配備されている。Johnson South Reef(赤瓜礁)には、4つの八角形の建屋と長方形のコンクリートの上に2階建ての建屋があり、2基のタワーが付随している。1基の衛星通信と3本のマスト・アンテナが屋根に取り付けられている。Hughes Reef(東門礁)は、同じような構築物に加え、木造の兵舎がある。Subi Reef(渚碧礁)は、木造の兵舎と、SATCOMMアンテナとヘリコプター用離着陸場を備えた2階建ての建屋が建っている。

(3) 要するに、南シナ海における中国の施設は、中国海軍がこの海域で主権主張を誇示する能力を強化している。中国は最近になって、Fiery Cross Reef(永暑礁)の電子、レーダー施設を使用して、南シナ海を飛行するフィリピンの軍用機(そして米海軍のPoseidon 8)に対して、「軍事安全地帯 (a “military security area”)」や「軍事警戒ゾーン (“military alert zone”)」から離れるよう、繰り返し警告している。また、中国は、Luconia Shoals(南北康暗沙)とErica Reef(簸箕礁)でマレーシアの領土標識を取り去り、中国の領土標識と取り替えた。中国は現在、マレーシアのEEZ内のJames Shoal(曾母暗沙)に1隻の中国海警局巡視船を常駐させており、海面下22メートルにある暗沙に対して主権を主張している。中国の主権主張の根拠は、地図作成の手品に基づいている。国民党政府作成の1947年の南シナ海地図を修正した時、中国はJames Shoalの名前を暗沙に書き換えたのである。中国はまた、インドネシアのEEZ内で密漁していた中国人漁民を逮捕したインドネシア警備艇の合法的な法令執行活動を妨害するために、電子妨害を実施した。

(4) 1974年1月に西沙諸島の永楽群島 (Crescent group) に侵攻して南ベトナムから奪取し、1988年3月にはベトナムのJohnson South Reef(赤瓜礁)と周辺の環礁を武装占拠した、中国のこれまでの行動の軌跡を見れば、他の全ての領有権主張国のそれとの違いは際立っている。中国は今や、保有するあらゆる軍用機が使用可能な、3,110メートルの滑走路をFiery Cross Reef(永暑礁)に建設した。中国は将来、Fiery Cross Reef(永暑礁)に最大30機の戦闘機と戦闘小艦隊を常駐させることが可能であろう。中国が海南島の海軍基地を拡充するとともに、南シナ海で造成した人工島に前方作戦拠点の建設を完了すれば、南シナ海は、軍事的により激しい抗争の場となろう。

記事参照:
Who Is the Biggest Aggressor in the South China Sea? (A Rejoinder)

6月18日「モディ首相、インド洋におけるインドの影響圏確立を目指す―インド人専門家論評」(Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, June 18, 2015)

インドのThe Observer Research Foundationの研究員、C. Raja Mohanは、6月18日付の米シンクタンク、CSISのAsia Maritime Transparency Initiativeに、“Modi and the Indian Ocean: Restoring India’s Sphere of Influence”と題する論説を寄稿し、モディ首相のインド洋におけるインドの影響圏確立を目指す動きについて、要旨以下のように述べている。

(1) インドのモディ首相は2015年3月、セイシェルとモーリシャスを訪問した際、この半世紀の間、インドがとってきたインド洋地域に対する政治的アプローチをひっくり返す、大胆なフレームワークを提案した。1960年代後半、ガンディー首相は、非同盟の第三世界国家という立場から、全ての大国がインド洋から撤退し、大国間の抗争がインド洋に及ばないよう要請した。インドが経済のグローバル化政策をとり、軍事的孤立から脱し始めた1990年代に、ガンディーのアプローチに変化が現れた。しかしながら、インドの新たな海洋空間への対応は、国家戦略に組み込まれなかった。インドのアプローチは、大陸指向のデリーの国防エリートの抵抗に阻まれた。トップの政治リーダー達は、未だにインド洋やそれを超えた海洋空間における明確な目標を設定する時間も意向も有していなかったのである。インドと同様に、中国も長年、大陸指向に囚われていた。しかし、中国が遠洋海軍の建設に着手し、太平洋とインド洋における自国の海洋ビジョンの実現に力を入れ始めるに従って、インドは、自国の海洋安全保障に対する影響を検討せざるを得なくなった。

(2) インドの統一進歩同盟 (UPI) による前政権は、インド洋に関する幾つかの新しいイニシアチブを立ちあげた。これは、地域協力を目指して1990年代設立されたが、当時休眠状態の環インド洋地域協力連合 (Indian Ocean Rim Association) に新たな息吹を吹き込むことを狙いとしたものであった。また、海洋安全保障を促進するために、インド洋沿岸諸国の海軍高官が参加する、インド洋海軍シンポジウム (The Indian Ocean Naval Symposium) も始まった。インド政府はまた、インド、スリランカ及びモルディブの3カ国の国家安全保障顧問レベルの安全保障対話も開始した。最近のモディ首相によるインド洋諸国訪問は、前政権のイニシアチブの実行を促進するものであった。3月のモディ首相のセイシェルとモーリシャス訪問は、インド洋沿岸地域がデリーの最優先の政策課題であることを示す良い機会となった。

(3) モーリシャスでの演説で、モディ首相は、インド洋沿岸地域に対するインド海洋関与政策に関して、5つのフレームワークを提案した。

a.第1に、インド政府は、インド本土や島嶼領土の安全を確保し、海洋権益を護るために、必要なあらゆることを行う。2008年11月のムンバイでのテロ事件以降、インド政府は、海からのテロ攻撃の可能性に神経を尖らせてきた。インド政府はまた、グローバルな政治におけるインド洋の戦略的な重要性の増大にも注意を払っている。モディ首相は、インド自身の利益が最優先課題だが、インド政府は「繁栄の基盤となるインド洋地域における安全と安定を確保するために努力する」ことを約束した。

b.第2に、モディ首相のフレームワークは、域内のパートナー諸国との安全保障協力の深化を重視している。インドは長年、セイシェル、モーリシャス両国と緊密な安全保障パートナーシップを維持してきた。モディ首相は、これを一層進化させる意向である。セイシェルで、モディ首相は、海洋巡視のために2機目のDornier機を供与し、水路調査のための協定にも署名した。更に、沿岸監視レーダー・プロジェクトを立ち上げた。レーダー・イニシアチブは、インド洋全域における海洋情勢識別能力ネットワークを構築するという、野心的なプロジェクトの一環である。そのためには、モーリシャスとセイシェルに各8基の監視レーダー、またスリランカに6基、モルディブに10基の監視レーダーの設置が必要である。これらのレーダー網は、インド沿岸域に設置された50カ所以上のサイトに連結され、デリー近郊の統合解析センターに送られる。両国は、防衛能力の強化によって、南西インド洋の重要な場所におけるインドの有益な拠点となりそうである。

c.第3に、インド洋における多国間の協調的海洋安全保障の構築である。モディ首相は、インドはテロや海賊行為への対処、自然災害への対応における地域メカニズムの強化を支援すると発表し、モーリシャス、セイシェル及びその他の国も、モルディブとスリランカとの間の3カ国間安全保障イニシアチブに参加するよう期待していると語った。これは、インドを中核として、インド洋沿岸域諸国との非常に生産的な多国間海上安全保障協力へのステージとなるものである。一部のアナリストによれば、セイシェルとモーリシャスの戦略的施設へのインドのアクセスは、インドの外国の軍事基地に対する伝統的な反対から逸脱意味するという。これらを「基地」と呼ぶのは時期尚早かもしれないが、これらが将来的に、インド洋沿岸域におけるインドの戦略的な足がかりを拡大する端緒となる可能性がある。

d.第4に、持続可能な経済発展である。モディ首相はセイシェルで、持続可能な海洋利用を目指す、インド洋沿岸域における「ブルー・エコノミー」の協力拡大のための合同作業グループの設置を発表した。

e.第5に、モディ首相は、インド洋における他の大国との協力に躊躇するという、インドの長年の方針を破棄した。モディ首相は、インド洋沿岸諸国が当該海域の平和、安定と繁栄のための第一義的な責任を有すると主張しながらも、アメリカが対話、演習、経済的パートナーシップ、そして能力構築努力を通じて、域内で果たしてきた役割を評価した。オバマ米大統領の訪印中に、モディ首相とオバマ大統領は、防衛枠組み合意の更新を発表し、インド洋とアジア太平洋地域における協力を拡大するための幅広い枠組みに合意した。

(4) モディ首相は、アメリカに対する新しいアプローチを打ち出しながらも、中国に対するドアは開けたままにしている。アメリカに対するアプローチは、実際には北京との交渉に当たってデリーの戦略的な立場を強化することになろう。要するに、モディ首相がインド洋においてより野心的な外交政策に着手したことは間違いない。モディ首相は、インド洋沿岸域におけるインドの自然地理的優位を確立する決心である。モディ首相のインドは、インド洋の安全を確保し、集団安全保障と経済統合のための地域メカニズムを促進するために、より大きな責任を果たすことにもはや躊躇することはない。

記事参照:
Modi and the Indian Ocean: Restoring India’s Sphere of Influence

6月19日「インドの『アクト・イースト政策』におけるアジアでの海洋活動」(Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, June 19, 2015)

米海軍予備役将校で、米シンクタンク、The Center for International Maritime Security (CIMSEC) の創立者兼会長、Scott Cheney-Petersは、6月19日付の米シンクタンク、CSISのAsia Maritime Transparency Initiativeに、“India’s Maritime Acts in the East”と題する論説を寄稿し、東アジアにおけるインドの海洋活動について、要旨以下のように述べている。

(1) 5月半ば以降、インド海軍東部艦隊所属の最新鋭国産艦を含む4隻の戦闘艦は、東南アジアとオーストラリア海域で、パートナー諸国との合同演習を行うとともに、タイ、カンボジア、マレーシア、シンガポール、インドネシア及びオーストラリアの港湾に友好訪問した。特にインド政府は、この艦隊派遣を、新しい「アクト・イースト政策 (“Act East Policy”)」に対するインドのコミットメントの具体化としている。モディ首相は、2014年のASEAN・インド首脳会談で、「アクト・イースト政策」を発表し、東アジア諸国との経済、戦略関係を強化していくことを表明した。1990年に始まった「ルック・イースト政策」に代わるものとして、この政策表明は、突然の政策転換ではなく、この地域の長期的な発展動向を見据えたものである。これはまた、この地域との関係が新たな局面に入り、インド政府として更なる関係の深化を目指すというシグナルでもある。新たな局面において、海洋安全保障への取り組みは、極めて重要な役割を果たす。東部艦隊による東アジア全域への年次「作戦展開」は、その具体化である。この10年間で、東部艦隊のプレゼンスは常態となった。

(2) 海軍力のプレゼンスに加えて、「アクト・イースト政策」は、東アジア諸国との一連の関与政策によっても具体化されている。インド海軍はこの数年、域内諸国との合同演習を強化している。例えば、年2度行われていたインドネシアとの合同哨戒訓練 (CORPAT) は2015年から内容が強化された演習となり、2012年から日本との間で行っている演習 (JIMEX) や1999年からシンガポールとの間で行っている演習 (SIMBEX) など、アジア諸国との2国間年次演習並の演習になるであろう。インドは6月に、オーストラリアとの間で初の2国間海軍演習を2015年後半に実施することに合意するとともに、日本及びオーストラリアとの間で初めての高官レベルの3国海洋安全保障対話も行った。日本との関係は「特別戦略的グローバル・パートナーシップ」であり、3国間関係は、発展強化されれば、地域的に大きな影響力を持つことになろう。インドはまた、例えばミャンマーやベトナムなどに対して、「アクト・イースト政策」の一環として海洋能力構築に取り組んでいる。加えて、国内ではインドは、マラッカ海峡への出入り口であり、「東アジアと東南アジアへの窓口」である、アンダマン・ニコバル諸島に陸、海、空軍部隊で構成する「アンダマン・ニコバル・コマンド (ANC)」に対して国防予算を優先的に割り当てており、2015年度予算では同諸島の海空軍基地が拡張されることになっている。ANCは、この地域への関与政策のハブであり、多国間海軍演習の拠点ともなっている。

(3) インドの自国の能力強化は、「アクト・イースト政策」における海洋安全保障重視のもう1つの動機付けとなっている。インドは、ロシア以外からの軍事装備調達を拡大している。これは特に防衛装備製造の国産化と防衛技術移転取引の迅速な拡大を狙ったもので、最近のインドの日本への友好的態度は、2016年におけるUS-2哨戒機購入の見込みと、可能性は比較的低いが、「そうりゅう」級潜水艦の取引を含む、幾つかの能力強化への支援の可能性が1つの理由かもしれない。インドの「東方」がアメリカに拡大された場合にも、同様の可能性が浮上する。インドのパリカル国防相とアメリカのカーター国防長官は6月3日、今後10年間の新たな「米印防衛関係のための枠組み」協定に調印した。この協定には、海洋安全保障に対する協力の強化と、シーレーン全域における合法的な通商の自由と航行の自由を確保するために相互の能力強化が含まれている。このような協力は、2009年に実現したP-8I海洋哨戒機の供与という実績を踏まえて、当初はインドの空母技術の開発に重点が置かれることになろう。インドの初の4万トンの国産空母 (IAC)、INS Vikrantは6月10日、ドライドックを出、2018年に就役する予定である。米印両国は1月に空母技術に関する作業部会を設置したが、これは6万5,000トンの国産空母2番艦 (IAC-II) を視野に入れたもので、恐らく原子力推進システムと、米海軍の新しい艦載機発艦システム (Electromagnetic Aircraft Launch System: EMALS) に関心があると見られる。発艦システムは米海軍艦載機の購入に繋がることになろう。

(4) しかし、こうした能力強化は何のためか。中国の海軍力の強化とインド洋におけるプレゼンスの増加に対する対応は、「アクト・イースト政策」のもう1つの推進力となっているようである。中国の習近平主席による海洋シルクロード構想や中国潜水艦のスリランカへの寄港に加えて、タイのクラ地峡運河構想と中国政府との結びつきといった単なる噂も、インドのシーレーンを締め付ける、いわゆる「真珠数珠つなぎ (“String of Pearls”)」に対するインドの懸念を煽っている。しかし、東方での互恵的なインドのプレゼンスは、インド洋が中国の軍事活動の定期的な戦域になることや、東アジアがインドの軍事活動の定期的な戦域になる兆候よりも脅威度は低い。インドの東方での海洋活動の背景にある最も重要な要素は、恐らく経済的なものである。インドのベトナムに対する関与政策は、ベトナム沖の油田に対するインドの投資を護る狙いからということで、大方説明できる。またインドは、特に中国を困惑させるような多くの問題を避け、経済的利益のために友好的な関係を維持している。インドは、「アクト・イースト政策」を推進する一方で、他のほとんどのアジア諸国と同じように、「中国を選択する (a “China choice”)」ことを強いられることを望んでいない。

記事参照:
India’s Maritime Acts in the East

6月19日「米中両国とも南シナ海で軍事対決を望んでいない―中国人専門家論評」(The Diplomat, June 19, 2015)

中国社会科学院のThe Institute of World Economics and Politicsの国際戦略部長、Dr. Xue Liは、6月19日付のWeb 誌、The Diplomatに、“The US and China Won’t See Military Conflict Over the South China Sea”と題する論説を寄稿し、米中両国とも南シナ海で軍事対決を望んでいないとして、要旨以下のように述べている。

(1) 米中両国は、平和の維持という点で利益を共有している。南シナ海における領有権紛争に関して、筆者 (Dr. Xue Li) は、「域外の大国が舞台中央に立っており、ASEANの領有権主張国はほとんど舞台裏に佇んでいる」と見てきた。最近の南シナ海問題の動向を見れば、アメリカは、「演出家」であるだけではなく、アクターとしても振舞っている。このことは、北京が実効支配する3カ所の島嶼上空に、米軍が5月20日に偵察機を派遣した事実に見出すことができる。しかしながら、この出来事は、南シナ海における米中軍事衝突の誘発を必ずしも意味しない。グローバルな覇権国家としてのアメリカの主たる国益は、平和と安定だけでなく、現在の国際秩序を維持することにある。南シナ海におけるアメリカの国益には、平和と安定、商業航行の自由及びEEZにおける軍事活動が含まれる。現在のパワーバランスを維持することは、これらの国益を確保するための必須の要件と考えられ、従って、南シナ海の占拠島嶼や岩礁における態勢を強化するという中国の強い決意は、現在のパワーバランスを脅かす脅威と見なされている。これに対応すべくアメリカが打ち出したのが、「アジアにおける再均衡化戦略」である。実際、アメリカは、アジア太平洋地域における軍事プレゼンスを強化する一方で、ASEAN諸国、特に南シナ海における領有権主張国を支援している。

(2) この戦略には、米政府高官による高姿勢の発言が伴っている。2010年には、当時のクリントン国務長官は、ハノイで開催されたASEAN地域フォーラムで、領有権紛争に関してASEANのアプローチに与する発言をした。2012年のシャングリラ・ダイアローグでは、当時のパネッタ国防長官は、アジア太平洋地域において「より積極的かつ永続的なパートナーとしての役割」を果たしていくために、アメリカが如何にこの地域の戦力態勢を再均衡化していくかについて説明した。2014年には、当時のヘーゲル国防長官は、中国の「南シナ海における領有権を主張する、安定を乱す一方的な行動」に言及した。2015年には、アメリカは、南沙諸島における埋め立て活動を縮小するよう中国に公然と圧力を加えるとともに、中国が実効支配する同諸島の島嶼の上空に偵察機を派遣した。こうした言動は、世界の耳目を南シナ海に集めた。しかしながら、こうした発言の実際的な意味合いを考えれば、そこには幾つかの制約要因があることが分かる。南シナ海に関わるアメリカの国益は、アメリカにとって核心的なものではない。その上、米比同盟関係は日米同盟関係ほど重要ではなく、アメリカとASEAN諸国との結び付きも依然として弱いものである。米中間の経済的な相互依存関係や中国の総合的な国力の増大を考えれば、現在のところ、アメリカは、南シナ海において中国との軍事的な対決を望んでいるとは思えない。

(3) この地域におけるアメリカの国益に関して、ワシントンは、中国がこれまで南シナ海における商業航行の自由に何ら影響を与えてこなかったことを十分承知している。北京は、自らのスタンスを修正しつつあり、いずれ他国のEEZにおける軍事活動の合法性を認めることになろう(例えば、地中海における中ロ合同軍事演習を見よ)。しかしながら、南沙諸島(及び西沙諸島のWoody Island)における中国の大規模な埋め立て活動が明らかになるにつれて、ワシントンは、北京が防空識別圏 (ADIZ) を設定したり、それら島嶼を基点する200カイリのEEZを主張したりすることで、南シナ海における領有権主張を強化する一連の措置を取り始めるのではないかと懸念し始めた。その一方で、2014年の中国の石油掘削リグ設置を巡る動向から、アメリカは、ASEANの領有権主張国やASEANが全体として中国の埋め立て活動に対して何ら有効な対抗手段を取れないであろうことを知った。従って、アメリカは、この問題に直接首を突っ込む以外に有効な選択肢を持っていない。ワシントンは、インド、日本、ASEAN、G7そしてEUなどに対して、北京に国際的な圧力を懸けるよう慫慂してきた。そしてアメリカ国内では、様々な部局の様々なレベルの高官が、この地域における中国の現状変更に反対の意を表明するようになった。2015年以来、ワシントンは中国に対する圧力を強めているが、南沙諸島における中国の埋め立て活動阻止が困難なことを認識してきた。それ故に、アメリカは、中国を現状に対する挑戦者として印象づけることで、中国による南シナ海のADIZ設定や人工島周辺海域への200カイリEEZ設定を阻止しようとしている。これが、アメリカがP-8A対潜哨戒機に記者を同乗させて、中国が構築した3つの人工島周辺海域に派遣した背景にあるロジックである。その後、米国防省報道官は、人工島の12カイリ以内にも「航行の自由」を誇示する行動をとる可能性に言及した。こうした行動をとれば、中国をコーナーに追い詰めることになり、従ってオバマ政権はこうしたアプローチを採用しないであろう。

(4) 南シナ海におけるアメリカの関与がよりアグレッシブに、そしてより高姿勢なものになるにつれ、米中関係の力学は、南シナ海の領有権紛争における別の次元(例えば、中国とASEANの領有権主張国との、あるいは全体としてのASEANとの関係)に影響を及ぼすことになろう。ある程度まで、南シナ海の領有権紛争は、アメリカと中国とのパワーバランスを巡る綱引きになってきたが、米中両国とも軍事対決のリスクを冒すことはないであろう。しかし、もし中国が(アメリカが恐れる)ADIZを設定し、200カイリのEEZを宣言することになれば、ASEANの領有権主張国のみならず、他のASEAN諸国もアメリカ側に押し遣ることになるであろう。明らかに、こうした成り行きは、中国の「一帯一路」戦略と矛盾することになろう。中国にとって「一帯一路」戦略が今後数年間の優先戦略であることから、中国は、ASEANの領有権主張国が抱く安全保障上の懸念を緩和しつつ、他方ではASEAN諸国との経済関係の強化を進めていくことが肝要である。従って、中国は、南シナ海の領有権紛争に対する立場を明確にし、紛争解決のための青写真を提示することで、南シナ海政策の修正を加速していくべきであろう。

記事参照:
The US and China Won’t See Military Conflict Over the South China Sea

【関連記事】「米中両国は南シナ海問題で対決すべきでない―米国人専門家論評」(The Diplomat, June 19, 2015)

米シンクタンク、The Cato InstituteのDoug Bandow上席研究員は、6月19日付のWeb 誌、China US Focus.comに、“Is the South China Sea Worth the Risk of War for Anyone?”と題する論説を寄稿し、最近の南シナ海における中国の動向に対して戦争を危惧する声が上がっているが、米中双方とも対決を避ける努力をすべきであるとして、要旨以下のように述べている。

(1) 米中間には、対立要因が多くあるが、特に深刻なものではない。しかしながら、南シナ海(そしてその北方の海域)における領有権問題は、米中関係全体を脅かしかねないものである。戦争の可能性については、ワシントンでは深刻な問題となってきている。米中両国とも、益々危険性が増大してきている、チキン・レースから手を引くべきである。領有権問題には単純なものもあるが、幾つかの歴史的な領土問題は歴史的な経緯や条約などが複雑に絡み合っている。ほとんどの専門家は、中国の領有権主張は度が過ぎたものと見ているが、それらは前代未聞といった類のレベルのものでもない。南シナ海で問題となっている地勢のほとんどは価値のない岩礁であるが、これらの岩礁はそれに付随する水域とその下に地下資源を有している。そして、恐らくそれらと同等に重要なことは、当該国家の威信が反映されていることである。

(2) ワシントンは、南シナ海に領有権を主張しているわけではないが、この海域における航行の自由を主張している。重要なことは、中国の拡張主義的行動に対して、多くのアメリカ人が北京を封じ込めることを望んでいることである。最近のある報告書は、ワシントンは東アジアにおける軍事的優位を維持するとともに、中国を弱体化させるよう主張している。このことは、条約上の同盟国だけでなく、実際上、中国と領有権を争っている国をも支持すべきことを意味する。事実、中国の高圧的な行動に対して「代価を支払わせるべき」という意見も強まっている。アメリカは、中国が領有権を主張する島嶼上空に航空機を派遣したことで、新たな論議を巻き起こした。問題は、アメリカが航行の自由を主張していることではなく、相手の挑発を誘発するような方法でそうしていることにある。2001年には、似たような状況で生じた軍事的駆け引きによって、米中両国の航空機が衝突し、中国側のパイロットが死亡し、米軍の偵察機が緊急着陸するといった事件が発生し、米中関係が緊張した。今日、北京は封じ込め作戦と見られるものに屈するつもりはないし、アメリカは世界で張子の虎と見られることを恐れている。このことは、軍事的対決がエスカレートする真の危険性を内包している。しかしながら、政府当局者、専門家、アナリストのほとんどは、最終的に事態がエスカレートすることを阻止するために努力するよりも、そうした事態になることがほとんど不可避と見ているようである。

(3) 筆者 (Doug Bandow) は最近、退役軍人や元政府高官、現役の政治評論家や研究者などが参加した会合に出席したが、そこでの議論の大半は、中国の挑戦と南シナ海における最近の出来事であった。この会議にはいわゆるネオコン(新保守主義者)はいなかったが、中国はそうした挑戦を止めるべきだし、アメリカは対応していくべきだということについては、大方の合意ができた。そこでのコンセンサスは、ワシントンは迅速にそして断固として、例えば船舶の撃沈や滑走路の破壊といった行動をとらなければならないであろうということであった。そこでは、北京に対して当然の懲罰を加えれば、対決はそれで終わるであろうという、暗黙の前提があった。しかしながら、当然の疑問は、もし中国がアメリカと同じような計算を働かせ、かえって事態をエスカレートさせた場合は、どうなるかということである。アジア太平洋地域における「破滅的な愚かな行為」が、米中両国間の戦争の引き金になるかもしれない。ワシントンは、軍事的優位を維持しているが、世界中に戦力を分散配備させなければならない。より重要なことは、中国は、自国の近海における国益を、死活的ではないとしても重要と見なしていることである。対照的に、アメリカはどの地域でも、どの国に対しても優位にあるが、それはアメリカの防衛にとって必要不可欠ではないということである。北京は、このことを承知しており、従って、自国近海の領土問題に対しては、アメリカ以上にリスクを冒す意思があろう。

(4) 誤算や誤判断の可能性は、全ての当事国が対決から一歩引き下がることの重要性を示している。中国は主権問題には極めて敏感であり、北京の対立国はアメリカが支持してくれると考えており、ワシントンは自国部隊に対する攻撃を容認することはないであろう。どの国も弱みを見せたくないものである。戦争へのヒューズは長いかもしれないが、誰もそれに点火するリスクを冒すべきでない。全ての当事者は、領土問題に対して創造的な解決策を模索するべきである。主権問題を棚上げして、資源の共同開発を目指す方法もある。隣国同士は、主権と資源の共有が可能かもしれない。北京は、係争島嶼の最終的な解決とは関わりなく、航行の自由の確保について保証することができよう。西太平洋における領土問題は重要だが、戦争に訴えるほどの価値はない。しかし、危険な動向は続いている。中国は、南シナ海の島嶼は合法的に北京のものであり、強固に主張することで実現できると考えている。一方、アメリカは、自らが北京の主張を積極的に阻止しない限り、係争領土は征服によって中国のものになるであろう、と考えている。米中両国は、相手が引き下がるであろうと想定して無用な振る舞いをする代わりに、この領土問題から平和的に信管を抜くための決意を新たにすべきである。

記事参照:
Is the South China Sea Worth the Risk of War for Anyone?

6月19日「マレーシア、対中政策転換の要因―RSIS専門家論評」(RSIS Commentaries, June 19, 2015)

シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) の上席研究員、Oh Ei Sun は、6月19日付の RSIS Commentariesに、“South China Sea Disputes: KL’s Subtle Shift on China?”と題する論説を寄稿し、南シナ海の領有権紛争に対するマレーシアの最近における姿勢の変化に見られる背景要因について、要旨以下のように述べている。

(1) 南シナ海における領有権紛争に関して、マレーシアは、自国の200カイリEEZ内にある一連の島嶼や環礁の1つである、Luconia Shoals(南北康暗沙)付近の海域に1隻の中国海警局巡視船が滞留していることに対して、中国に公式な抗議を行うといわれる。ある閣僚によれば、マレーシアのナジブ首相は、ホットラインや他の手段で中国の習近平国家主席に直接この問題を提起することになろう。中国はマレーシアの最大の貿易相手国であり、一方中国にとってもマレーシアが東南アジアで最大の貿易相手国であり、クアラルンプールはこれまで、南シナ海における中国との領有権紛争では、この実りの多い互恵的な経済関係を念頭に対応してきた。これは、ASEANの他の2国の領有権紛争当事国、ベトナムとフィリピンの強硬な態度とは極めて対照的であった。従って、南シナ海における中国の高圧的行動に対して、マレーシアがより声高な対応を示すということは、中国の領有権主張に対するクアラルンプールのこれまでの控え目な対応からの明らかな決別のように思われる。

(2) マレーシアの態度が変わった要因として、以下の5点が指摘できるかもしれない。

a.第1 に、この1年あるいはそれ以上の間、中国は、自国が南シナ海で占拠する岩礁や環礁で前例のない大規模な埋め立て活動を行っていることである。この短期間での急激な人工島の造成は、関係当事国の疑念を高めることになった。マレーシアを含む他の領有権主張国はそれぞれ抗議の声を上げたが、中国の埋め立て活動を中止させるには至らなかった。この中国による「現状変更」の動きが、マレーシアの明らかな姿勢変換の引き金になった、と見られる。

b.第2に、マレーシアが管轄権を主張する海域に対する海域への中国政府公船―大部分は非武装だが、時に軍艦あるいは準軍事組織の船舶(Luconia Shoalsのケースはこれに当たる)―による侵入が、クアラルンプールを警戒させるレベルにまで増加したということである。こうした侵入は、最近では日常化している。その都度、マレーシア側は侵入船舶に付きまとい、中国側に外交上の抗議を行ってきた。明らかに、こうした対応では、中国側の侵入を中止させるには至らなかった。中国政府公船の侵入の頻度とそのレベルの増加が、クアラルンプールに、その抗議を最高首脳レベルにまで上げる決意をさせたと見られる。

c.第3に、多くの他の国際紛争と同じように、関係当事国は、非公式の警告、外交的抗議、更には武力行使に至るまで、多様な戦術を駆使してきた。埋め立て活動について、中国が他の国もやっていることに倣ったと主張していることから、フィリピンとベトナムも、係争海域の島嶼への観光団を組織したり、占拠島嶼における観光施設を建設したりする計画を相次いで発表した。最高首脳レベルで不快感を表明することによって、マレーシアもこうした先例に倣ったとしても、驚くには当たらないであろう。

d.第4に、アメリカによるこの地域に対する戦略的コミットメントの再確認は、中国との領有権紛争に対して、一部の当事国を勇気付けたということである。5月末のシンガポールでのシャングリラ・ダイアローグで、カーター米国防長官は、南シナ海における航行の自由を維持する決意を繰り返し表明するとともに、中国による大規模な埋め立て活動を非難した。その上で、カーター長官は、中国の行動が域内の隣国をしてアメリカによる安全保障を求める方向へ突き動かしている、と明言した。マレーシアが南シナ海における領有権紛争で態度を強めたとしても、意外ではない。

e.最後に、マレーシアの態度が硬化した背景には、国内要因もある。ナジブ首相は、前任者の1人、マハティール元首相との政治抗争に巻き込まれている。マレーシア政府は、政敵による攻撃材料にならないように、特にマレーシアの南シナ海における領有権を主張するに当たって、国際場裡で弱みを見せられないのである。

(3) クアラルンプールの姿勢の転換が、中国との2国間関係の実質的な変化に繋がるかどうか、あるいは東南アジア諸国間に南シナ海問題についての一致したコンセンサスをもたらすことになるかどうか、衆目の注視するところである。

記事参照:
South China Sea Disputes: KL’s Subtle Shift on China?

編集責任者:秋元一峰
編集・抄訳:上野英詞
抄訳:飯田俊明・倉持一・黄洗姫・関根大助・山内敏秀・吉川祐子