海洋情報旬報 2015年5月1日~10日

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5月1日「中国のソマリア沖海賊対処活動の成果とソマリア後のグローバルな中国海軍のプレゼンスの行方―米海大専門家論評」(China Brief, May 1, 2015)

米海軍大学のAndrew S. Erickson准教授と、同大The China Maritime Studies Institute (CMSI) 研究員、Austin Strangeは連名で、シンクタンク、The Jamestown Foundation のWeb誌、5月1日付のChina Briefに、“China’s Global Maritime Presence: Hard and Soft Dimensions of PLAN Antipiracy Operations”と題する長文の論説を寄稿し、中国のソマリア沖海賊対処活動の成果とソマリア後のグローバルな中国海軍のプレゼンスの行方について、要旨以下のように論じている。

(1) 21世紀における国際安全保障協力の象徴的存在であった、ソマリア沖での各国海軍による海賊対処任務は、徐々に終結に向かいつつある。2012年以降、ソマリアの海賊による襲撃の成功事案はなく、襲撃事案が突発的に増大しなければ、各国海軍はここ数年の内にアデン湾を離れ始めると見られる。過去6年以上に亘る中国の海賊対処活動は、ソマリア海域の安定に寄与してきた。その間、中国海軍は、ソフト面では広範な軍事外交を展開するとともに、ハード面では海軍力の強化に繋がる重要な作戦運用能力を蓄積してきた。以下、本稿では、中国がアデン湾で経験したことの含意、即ち、① 中国は7年余の海賊対処活動を通じて何を達成したのか、② この部隊派遣は中国のグローバルな海軍力のプレゼンスを拡大してきたのか、③ 中国のグローバルな海軍力のプレゼンスはアデン湾以降も繰り返されるのか、を検討する。

(2) 7年間の海賊対処活動の成果

a.2008年12月から2015年初めまでの間に、中国海軍にとって初めての遠隔海域への複数年に亘る艦隊派遣で、延べ1万6,000人以上の海軍将兵に加え、1,300人の海軍陸戦隊と特殊戦部隊がアデン湾で任務に就いた(中国海軍の20次に亘る海賊対処部隊の各種データについては、旬報15年4月11日-20日参照)。中国海軍の海賊対処部隊は、アデン湾に展開する他国の海軍部隊と相互に連携し、時には共同しながら、航行商船を護衛してきた。4月末までに、約6,000隻の商船を護衛してきたが、そのほぼ半数は中国籍船であった。20次に及ぶ派遣で、800回以上の護衛任務を遂行した。

b.ソマリア沖での海賊行為の抑止、そして時には海賊との戦闘経験を通じて、中国海軍は、前例のない作戦運用経験を蓄積してきた。30隻以上の戦闘艦船―海軍のヘリ搭載の駆逐艦とフリゲートのほぼ半数、そしてほぼ全ての補給艦―が、遠海における活動を経験してきた。最長で6カ月に及ぶ未知の海域での艦隊派遣を通じて、中国海軍の海洋補給支援システムは、時に厳しい試練に晒されてきた。作戦行動そのものとは別に、アデン湾における経験は、帰国後の高級将校や下士官兵にとって昇任する上での価値ある勤務履歴となろう。

c.海賊が潜んでおらず、一般の目にも触れないが、中国は、特に水面下でも重要な経験を積みつつある。インドは、中国が海賊対処の水上部隊に随伴させて通常型潜水艦や原子力潜水艦を展開させていることに懸念を表明してきた。米海軍作戦副部長、Mulloy中将は最近の議会証言で、中国の潜水艦がこれまでに3回、インド洋へ展開したと証言した。即ち、2013年12月13日から2014年2月12日までの派遣艦隊には、「商」(Type 093) 級原潜が少なくとも途中まで随伴していたことが明らかで、海南島の母基地からマラッカ海峡を通航してスリランカ近海やペルシャ湾にまで航行した。そして、2014年9月7日から14日まで、「宋」(Type 039) 級通常型潜水艦がコロンボに寄港した。更に、潜水艦救難艦、「長興島」が潜水艦支援任務に加えて、2014年12月にモルディブの首都、マレを訪問し、水不足を緩和するために真水を造水する、海軍外交を展開した。

d.中国海軍は、艦隊派遣を通じて、ソフト面で広範な海軍外交を展開してきた。ソマリアの海賊は、中国海軍を含む各国海軍に、海賊対処任務に対する後方支援のためとして、半永久的なアクセス拠点を設置する、絶好の口実を与えた。中国海軍は、海賊対処活動を名目に、過去75カ月の間に120回以上の外国港湾に寄港してきた。その半分近くが、ジブチ、オマーン、パキスタン、サウジアラビア及びイエメンへの補給と休養のための寄港であった。中国海軍はまた、南アフリカ、スリランカ、タンザニア及びアラブ首長国連邦を含む各国にも、任務の帰途、寄港している。外国港湾への寄港の内、残りの半分は、寄港中、補給も行ったが、主として親善のための訪問であった。

e.興味深いことに、中国の海賊対処艦隊が寄港した港湾と、中国が南アジア、中東及びアフリカにおいて港湾建設プロジェクトに資金を提供してきた場所とは、明らかに関連している。中国や国際メディアの報道によれば、中国が支援する港湾建設プロジェクトには、ケニアのラム港、ミャンマーのチャウッピュー港、パキスタンのカラチ港、スリランカのハンバントータ港、同コロンボ港及びナミビアのウォルヴィス湾が含まれており、海賊対処艦隊が寄港した多くの国では、中国企業が港湾建設に従事しているといわれる。こうした港湾建設プロジェクトは、習近平主席の野心的な「一帯一路」構想の一端を担うことになろう。海外のアクセス拠点について、中国は、西側でいう、伝統的な海外軍事基地と同じものではないとの立場を堅持している。中国の海外における港湾建設プロジェクトが急増していることについて、少なくともその大部分が商業上の関心から説明できるかもしれないが、益々固定化されつつあるアクセス拠点は、軍事外交にとって有益なプラットフォームといえる。しかしながら、もし中国が外洋に展開したかつての大海軍の再興を目指すのであれば、これらの海外のアクセス拠点を、より能力の高い施設に拡充していくことが不可欠であろう。

f.更に、中国は、海賊対処部隊を、しばしば他の安全保障任務に対しても活用してきた。例えば、2011年3月には、第7次派遣隊のフリゲートがリビアからの中国市民の避難を支援した。第16次派遣隊の戦闘艦がシリアから化学兵器を移送する船舶を護衛した。2014年には、第17次派遣隊が赴任途上、インド洋でのマレーシア航空機の捜索支援を実施した。最近では、第19次派遣隊の全3隻の艦船がイエメンからの中国市民や少なくとも10カ国の外国人の避難任務を遂行した。要するに、中国の7年余に及ぶソマリア沖でのプレゼンスは、広く認識された国際海洋安全保障イニシアチブに貢献する多くの機会を中国に与えることになったのである。

(3) 海賊対処活動終結の展望とグローバルな中国海軍のプレゼンスの行方

a.こうした海賊対処活動に伴う経験は、それが終了した後の中国の対応をより興味深いものにしている。NATOとEUの多国籍任務部隊による海賊対処活動は、少なくとも2016年12月までは継続される予定である。各国海軍のソマリア沖から撤退時期について確定した日程はないが、各国海軍による海賊対処活動は明らかにその価値が低減しつつある。NATOとEUは、2016年以降、撤退するか、あるいは規模を縮小するかの決断に迫られよう。中国の意志決定者も、同様の決断に直面するであろう。

b.中国の東海岸からアデン湾まで4,000カイリ以上あり、往返だけでほぼ1カ月を要する。北京が最も重視し、海軍にとって戦力所要が最も高い戦域は、依然として東シナ海と南シナ海である。しかしながら、全体として中国の利益も能力も拡大しつつあることから、中国は、今後も海洋における海賊対処のために新たな役割を果たすことはほぼ間違いないであろう。現在、アフリカ西岸のギニア湾は、海賊活動が猖獗を極めている海域である。中国にとって、ギニア湾はアデン湾よりも遙かに遠い。しかしながら、アフリカ西岸周りの中国の通商は着実に増加しつつある。しかも、過去5年の間にギニア湾沿岸諸国で中国市民が何度も襲撃されている。ギニア沿岸諸国の主権と、これら諸国の「限られた能力と連携調整の問題」を考えれば、ギニア湾における海賊対処に対する中国の支援は、間接的な支援になるであろう。中国の関与の規模がどの程度になるかは、海賊活動が何時まで続くか、国際法的な側面からの裏付けがあるか、あるいは沿岸諸国からの明確な要請があるかどうかで左右されよう。いずれにしても、中国は当面、アデン湾のように部隊派遣ではなく、経済的援助、装備及び訓練の提供に重点を置くことになろう。2014年5月から6月にかけて、アデン湾での任務を終えた中国派遣艦隊は、2国間演習のために、カメルーン、ナイジェリア及びナミビアを訪問した。北京は既に、ギニア湾諸国に対して実質的な軍事援助を供与し、2国間合同演習を実施してきた。また、ロシアとはギニア湾の安全について2国間協議を行った。中国は、合同作戦とか現地での訓練といった直接的役割については多くの西側諸国よりも少ないが、アフリカ連合や西アフリカ諸国経済共同体のような地域機構に対する支援を増加させていくと見られる。

(4) 中国海軍は、ソマリア沖での海賊対処活動を通じて、「ハード」面では、海軍の最新艦船と装備を運用する将兵の技能、そして全般的な海軍の近代化に必要な装備、システム及び指揮機構を向上させ、作戦運用面での教訓を学んだ。「ソフト」面では、海賊対処外交は、中国の全般的な軍事外交を増加させる要因となった。また、3つの大陸において海軍のための多様なアクセス拠点を確保することになった。強い野心と外国からの高まる期待を担った台頭する海軍パワーとして、中国は恐らく、ソマリア沖での海賊対処の終了後も、遠海における恒常的な、あるいはそれに準ずる海軍力のプレゼンスを維持するために、新たな方策を模索するであろう。ギニア湾やその他の安全ではない海域が、中国が新たな海軍力のプレゼンスを展開する潜在的な戦域となるであろう。アデン湾の海賊対処活動とは同じ規模ではないにしても、こうした潜在的な海域は、中国にとってその利益を護るための新たな挑戦と機会になるであろう。中国が新しい挑戦と機会にどのように対応するかは、中国の増大するハードパワーとソフトパワーにとって新たな機会の窓を提供することになろう。

記事参照:
China’s Global Maritime Presence: Hard and Soft Dimensions of PLAN Antipiracy Operations

5月1日「台湾の防衛態勢の在り方―台湾国家安全保障会議上席顧問」(China Brief, The Jamestown Foundation, May 1, 2015)

台湾の国立孫文大学准教授で、国家安全保障会議上席顧問の轉引自 (Nien-DzuYang) は、5月1日付のWeb誌、China Briefに、“Game Change in the Western Pacific Region and R.O.C.’s Self-Defense Effort”と題する長文の論説を寄稿し、北東アジアにおける軍事安全保障ゲームが変化しつつある中での台湾の防衛態勢の在り方について、個人的見解として要旨以下のように述べている。

(1) アメリカが北東アジアの主要同盟国と共同しようとする狙いは、増大しつつあるアクセス阻止・領域拒否 (A2/AD) の脅威に対抗して抑止力を強化することにある。北東アジアにおける軍事安全保障ゲームが変化しつつある中で、台湾は必然的に、安全保障上の課題と脅威に直面しつつある。しかも、以下の事由から、台湾の安全保障上の課題と脅威は、この地域の他のアメリカの同盟国のそれよりもより差し迫ったものである。

a.第1に、両岸関係の平和と安定は、双方の平和的な交流の結果として強化されてきたが、北京が政治的統一実現のための武力行使の選択肢を留保し続けているために、台湾に対する中国本土からの軍事的脅威は依然、日常的な現実である。

b.第2に、中国本土の迅速な軍事力近代化の結果として、両岸の軍事力は不均衡となってきた。台湾の現在の防衛態勢は、財政的な制約もあって、台湾が直面している差し迫った軍事的脅威に鑑みて、早晩無力化することになろう。

(2) 2013年11月に中国が設定した東シナ海の防空識別圏 (ADIZ) は、台湾のADIZ (TADIZ) と2万3,000平方キロも重複しており、台湾北端から12カイリの領海のすぐ近くまで迫っており、現在の台湾の防衛態勢にとって、安全保障上の差し迫った課題となっている。経済面で見れば、台湾の生存は海洋と密接に関わっている。台湾の国際貿易は、シーレーンに依存している。従って、台湾を取り巻く空域と海域に対する管制能力は、必然的に台湾の防衛計画における不可欠の要素となっている。2013年の「4年毎の防衛計画見直し (QDR)」によれば、台湾の軍事戦略は、軍事的脅威を抑止し、打破するために、「確固とした、信頼できる」自衛能力を追求することである。

(3) この台湾の軍事的戦略は、以下の5つの要素で構成される。

a.領域防衛:中国が最初の攻撃で致命的な打撃を与えることを目的としていることに留意し、台湾の軍事戦略は、国際的な支援が得られるまで、攻撃部隊を阻止できるだけの抗堪性のある防衛力を最大化することである。その目標は、軍事と政治の両面における決然たる対応を誇示しながら、外部の支援が得られるまで、時間を稼ぐことにある。

b.敵に侵略を思い止まらせること:敵が両用攻撃作戦を発起しようとする如何なる企図も思う止まらせるために、軍は、敵に対して十分な犠牲を強いることができる能力を誇示する。こうした能力は、統合作戦能力の強化と、よく訓練され十分に装備された部隊の整備を必要とする。

c.空路とシーレーンの維持:台湾の生存が貿易と輸入に依存していることから、空路とシーレーンの維持は不可欠である。従って、軍は、台湾島を孤立させようとする如何なる企図にも対処できなければならない。

d.台湾島への敵のあらゆるアプローチの拒否:抑止に失敗した場合、軍は、空軍と海軍の連携による多層的阻止網を構成して、海峡を横断して侵攻する敵の打破に努めなければならない。その目標は、侵入部隊に対して消耗を強いることで時間を稼ぐ余地を得ることである。

e.敵の海岸橋頭堡の構築阻止:多層的阻止網が敵侵入部隊の打破に失敗した場合、地上部隊は、敵のあらゆる海岸橋頭堡を攻撃する一方で、縱深防御網を構築して対応する。

(4) しかしながら、理想的な自衛目標を達成するためには、台湾の軍事力は一定の所要を満たさなければならない。

a.第1に、大幅に強化された軍事計画が必要である。奇襲的攻撃に対応するために、台湾の損害の局限に努めるとともに、敵の弱点を突く「革新的で非対称的」能力を保有することが不可欠である。

b.第2に、軍種間の跨ぐ統合作戦能力の強化が必要である。

c.第3に、意思決定時間の軽減のために、兵器システムの統合強化が必要である。

d.第4に、防衛作戦を持久させるために、主要基地施設とインフラの抗堪性を強化することで、部隊の防護能力を強化することが必要である。

こうした軍事力近代化とその他の自衛能力強化措置は、台湾の防衛計画立案者にとって主たる優先事項である。とはいえ、「2013年QDR」で強調された考え方とそのための所要は、台湾自衛のためだけでなく、西太平洋における平和と安全維持の責任を台湾が分担するための適切な手段ともなる、最も実現可能で妥当な防衛力を見極めるために、「台湾関係法」に基づいて、アメリカと台湾の軍部との合同で検討されなければならない。

(5) 台湾とアメリカは、西太平洋地域の戦略的な安全保障ゲームの変化に対する懸念を共有しており、特に東シナ海で増大する中国の海空軍力の戦力投射能力を重視している。アメリカと台湾は、「2013年QDR」に基づく台湾軍の再編を検討するため、米台防衛対話を再開する機会を模索する必要がある。同時に、アメリカの「アジアへの軸足移動」における空隙を埋めるために、台湾の伝統的な地域安全保障の責任分担、TADIZ(台湾防衛識別圏)を強化するための軍事、安全保障協力の領域を確認する必要がある。従って、アメリカと台湾は、以下の3つのレベルでの対話が必要である。

a.政策レベルでの対話:米台双方の最高意思決定者が安全保障と脅威に対する認識を共有するとともに、変化する安全保障環境に、そして潜在的脅威に対処するための政策指針を確認することができるように、政策レベルの対話が重要である。政策レベルの対話を通じて、域内の米台双方の軍事態勢に対する相互理解を促進し、平和と安全を強化するための相互協力の領域を確認することが可能となる。

b.計画立案レベルの対話:アメリカと台湾は、台湾軍の再編過程におけるより現実的なアプローチを実現するために、「2013年QDR」に基づいた建設的議論を実施すべきである。また、このレベルの対話は、米国防省にとって、台湾の防衛所要を評価し、必要ならアメリカの援助計画を早期に開始するための機会ともなる。

c.軍部レベルの対話:有事における意思決定時間の軽減のために、軍種間の統合作戦能力と兵器システムの統合を強化することを狙いとして、地域の安定と安全の強化に対する台湾の貢献を支援するため、特に地域の人道支援・災害救助 (HA/DR) 活動における台湾の役割強化を重視して、現行の軍部レベルの対話をリセットする必要がある。

(6) こうした3つのレベルにおける米台防衛対話は、「台湾関係法」に基づく極めて合法的な活動である。米議会は、「アジアへの軸足移動」の遂行を支える、地域の平和と安全を強化し責任を分担する台湾の役割を確認することを目的に、政府に対して台湾へのアプローチを慫慂すべきである。防衛対話の内容と質は、台湾にとって不可欠の非対称的で革新的な自衛能力を整備するためのロードマップを作成する基盤となる。それらはまた、内閣に対して十分な防衛費を割り当てるよう納得させる上で、台湾国防部の立場を後押しする重要な資料ともなる。2014年12月に公表された、米シンクタンク、Center for Strategic and Budgetary Assessmentsの報告書、Hard ROC 2.0: Taiwan and Deterrence Through Protraction*が指摘しているように、時間こそ、台湾にとって最も重要な戦略的資産である。アメリカと台湾は、より効果的に防衛対話を促進させるために積極的な措置を講じていかなければならない。しかしながら、米台間の防衛対話と協力を強化する多くの手段があるが、それが促進されるためには、米台双方が西太平洋地域における安全保障上の課題に対する見解を共有し、そして地域の平和と安全を護るための防衛協力を強化する機会を掴み取ることができるかどうかに、かかっているのである。

記事参照:
Game Change in the Western Pacific Region and R.O.C.’s Self-Defense Effort
備考:Full report is available at following URL;
http://issuu.com/csbaonline/docs/2014-10-01_csba-taiwanreport-1?e=15123547/14383688

5月2日「シンガポール籍船、積荷油抜き取り事案」(ReCAAP ISC Incident Report, May 2, 2015)

ReCAAP ISC Incident Reportによれば、シンガポール籍船精製品タンカー、MT Ocean Energy (6,500DWT) は5月2日、シンガポールからミャンマーに向けマ・シ海峡を通行中、同日2130頃、銃で武装した8人の強盗に乗り込まれ、マレーシアのポートディクソン沖で待機中のバージに横付けして停船するよう命じられた。船長と乗組員が閉じ込められている間に、2,023mtの軽油がバージに抜き取られた。武装強盗は、翌3日0430頃、該船の通信装備を破壊し、船舶電話と乗組員の現金、携帯電話を奪って逃亡した。該船は0533頃、運航船社に通報し、母港に向かった。乗組員は無事あった。ReCAAP ISCによれば、今回の抜き取り事案は2015年1月以来、5度目の事案であり、マ・シ海峡での事案としては2度目であった。

記事参照:
ReCAAP ISC Incident Report

5月6日「南シナ海、次は中国の『浮島』―ベトナム人専門家」(RSIS Commentaries, May 6, 2015)

ベトナムの国立ハノイ大学准教授、Nguyen Hong Thaoは、シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) の5月6日付のRSIS Commentariesに、“South China Sea: China’s Floating Islands Next?”と題する論説を寄稿し、中国が最近、南シナ海に「浮島 (floating island)」を配備する意向を明らかにしたことについて、もし配備されれば、係争海域において主権を誇示する新たなツールになるとして、要旨以下のように論じている。

(1) 南シナ海のサンゴ礁を軍事拠点化する大がかりで迅速な埋め立て工事に対する域内の懸念が高まっている中で、中国は、今度は「浮島」を南沙諸島に配備するという、一層無謀な計画を目論んでいる。アメリカの著名な雑誌、Popular Science(電子版)の4月20日付の記事によれば、中国の2つの企業、Jidong Development Group (JDG)(冀東発展集団公司) とHainan Hai Industrial Company が「浮島」を設計し、建造している*。同誌によれば、最初の「浮島」は、南シナ海における深海開発支援プロジェクトの拠点になるという。「浮島」は、満載排水量が40万~150万トンで、時速16キロ(9カイリ)で移動でき、民事と軍事の両方の任務を支援できる。「浮島」は、多くの海兵大隊や戦闘飛行隊を輸送できる。中国は、南シナ海のほぼ全域に対する領有権を主張する「9段線」を管轄する新たなツールを持つことになろう。JDGが4月に行った記者会見には、人民解放軍の幹部が出席しており、中国軍がJDG技術の両用性に関心を持っていることを示していた。「浮島」のアイディアは歴史的には第2次大戦まで遡ることができるが、現在、既に海洋には多くの人工構造物があり、それらには、例えば、Shell AustraliaのPrelude(満載排水量60万トン、天然ガスの生産、液化、出荷機能を備えた浮体式液化天然ガスプラント、オーストラリア北西のガス田に係留中)のように、民間用や特殊科学調査目的に使用されるものもある。しかしながら、両用作戦機能を備え、大規模な防衛目的に利用可能な「浮島」は、中国が計画している「浮島」が恐らく初めてである。

(2) 領有権紛争が続く南シナ海において、「浮島」はどのような意味を持つのか。「浮島」の法的地位は如何なるものか。移動可能な「浮島」は人工島と見なすべきか。もし人工構築物であれば、国連海洋法条約 (UNCLOS) 第60条に基づいて、これら人工構築物はその周辺に500メートルの安全水域を設定することになる。これらがもし船舶と見なされる場合には、UNCLOSが規定する沿岸国の12カイリの領海内における無害通航権利を有することになる。また、MARPOL条約(海洋汚染防止条約)の規定に従って、海洋汚染防止義務を負うことになる。実際、「浮島」は、「船舶」―海洋環境において運用されるあらゆるタイプの船舶の範疇に含まれると見られる。今のところ、国際法では、このような新技術の発展に適切に対応する条項がない。

(3) 南シナ海における主権主張に当たって、中国は、サンゴ礁を埋め立てた人工島に加えて、空母や移動式石油掘削リグを展開してきた。北京は、「浮島」を建造する意図を明確にすべきである。「浮島」には、少なくとも5つの利点が考えられる。

a.第1に、高い機動性である。時速9カイリの「浮島」は、平均航行速度より遅い船舶と見なすことができるが、移動式石油掘削リグよりは柔軟性が高い施設と見られる。理論的には、空母や移動式石油掘削リグとは異なり、「浮島」は、高い費用を要する護衛艦艇を必要としない。「浮島」は、一定箇所に固定される人工構築物より優れている。「浮島」は、位置を変更することができ、従って、海空域の管制能力を拡大する、多正面への抑止システムを展開することができる。南シナ海に防空識別区域 (ADIZ) が設定されれば、「浮島」は、有用な管制拠点となる。

b.第2に、高いアクセス性である。空母と移動式石油掘削リグは、安全保障と天然資源に対する脅威の象徴だが、「浮島」は、民間船舶と同様の権利を享受できる。「浮島」は、南シナ海(東海)沿岸国の沿岸に容易に接近することができるし、また12カイリの領海にも入ることができる。従って沿岸国の安全保障を直接的に脅かすことにもなるが、当該沿岸国が沿岸への接近や領海への進入を禁止したり、阻止したりすることは容易ではないと見られる。このことは、中国の「牛の舌(「9段線」)」がベトナム、フィリピン、マレーシアそしてブルネイの海岸線にまで伸びることに他ならない。

c.第3に、「浮島」は、安全性に優れている。「浮島」は、容易には沈まないモジュール設計になっており、建造費用も空母や移動式石油掘削リグより安価である。

d.第4に、高い適応性である。「浮島」は、自給自足が可能である。他の補給源に依存する人工構築物とは異なり、「浮島」は、燃料、水及び必需品を搭載し、自給でき、海上での運用時間と行動空間が大きくなる。

e.第5に、高い汎用性である。「浮島」は、民事、軍事の両方の目的に使用でき、また海洋における建設機械や船舶ともなる。「浮島」は、UNCLOSの抜け穴を活用できるであろう。他国は、このような「浮島」あるいは船舶の運用を阻止するための適切な条項を見出すことが難しい。

(4) UNCLOSは、強力な国際的合意がある場合にのみ有効である。南シナ海における埋め立てや「浮島」の建造は、2002年の「行動宣言 (DOC)」の第5項に違反するものである。埋め立てや「浮島」は、南シナ海沿岸諸国にとって深刻な懸念であるばかりでなく、南シナ海における平和、安定そして航行の自由と上空飛行の自由、更には環境までも脅かす問題である。今こそ、域内各国の指導者が、南シナ海問題に関する合同会議や、南シナ海に関する海洋法会議を開く時である。UNCLOSは、海洋管理のための重要文書であるが、未だに明確にされるべき多くの問題点が残っている。科学技術の発展によって、33年前に作られた規定は、多くの点で現状に合わなくなってきた。問題は、もはや南シナ海沿岸諸国間の主権紛争に止まらない。国際社会は、共通の懸念、即ち南シナ海における海洋環境、航行の自由と上空飛行の自由が脅かされているのである。

記事参照:
South China Sea: China’s Floating Islands Next?
備考*:“Chinese Shipyard Looks to Build Giant Floating Islands, Popular Science,”April 20, 2015

5月7日「中国の国際法理解の重要性―米専門家論評」(The Diplomat, May 7, 2015)

中国での3年間の研究歴を持ち、現在、米シンクタンク、CSISの非常勤研究員のPatrick M. RenzとFrauke Heidemannは、5月7日付のWeb 誌、The Diplomatに、“China’s Coming ‘Lawfare’ and the South China Sea”と題する論説を寄稿し、最近中国は国際法に関する専門知識の向上などに力を入れているが、中国が国際法を理解することは、国連海洋法条約 (UNCLOS) をはじめとする国際法に基づいた南シナ海の紛争解決に繋がる可能性があるして、要旨以下のように述べている。

(1) 香港紙、South China Morning Postによれば、中国外交部は2015年初め、条約や法律の規定を通じて国益を増進させることを期待して、法律の専門家で構成される国際法委員会を設置した。国際法規範に関するより多くの専門知識を身につけることは、台頭する大国としての中国に必要なステップである。中国が新しい専門知識を政策面で如何に活用していくかについては、特に海洋法規の面で注目していく必要がある。中国は、国連海洋法条約 (UNCLOS) に署名し、批准しているが、南シナ海における領有権紛争に関しては、ベトナムやフィリピンが求めている国際仲裁手続に参加しない方針をとっている。何人かの専門家は、中国が法的手段を行使せず、その一方で、2国間の紛争解決を主張し、南シナ海の環礁を埋め立て、軍民両用の建造物を建設していることを批判している。もし中国が新しい専門知識を使って法的手段をより重視するようになれば、こうした状況は変わる可能性がある。

(2) 西側の紛争解決の視点からすれば、法的知識の重視は中国が仲裁手続に参加する自信を高めるものとして、歓迎されるものかもしれない。中国南海研究院の呉士存院長は、「このような問題に関する専門知識を有する人材を揃えることができれば、我々も仲裁裁判所に対して自国の主張を提出できることになるかもしれない」と強調している。更に呉士存は、「中国は、国際法に従って国益を維持したいと考えている」と述べる一方で、「もし既存のルールが機能しないのであれば、中国はそのルールの変更を要求することになろう」と警告している。中国による仲裁手続への参加は、相互不信とハードパワーを背景とした領有権主張という負のスパイラルに陥っている、南シナ海における緊張緩和に役立つことは確かであろう。しかしながら、全ての当事国がこのような仲裁手続の法的効力を信頼するには、「『合意は拘束する』の原則 (principle of pacta sunt servanda)」を、全ての当事国が尊重するかどうかにかかっている。中国は、UNCLOSの交渉が始まった時には、今とは異なり弱い影響力しか有していなかったことは確かだが、既に国連加盟国であった。未だにUNCLOSを批准していないアメリカと違って、中国は、1982年という早い時期に署名し、1996年には批准している。重要な事実は、既に中国はUNCLOSを批准しており、同条約の規定に拘束されるということである。しかしながら、前出の「中国は既存のルールの変更を求めるかもしれない」という呉士存院長の発言は、UNCLOS批准国として同条約の規定に従うべきという考えとは反対の認識を示している。この過度に現実主義的なアプローチは、国際規範の履行にとって必要な信頼を壊してしまう。もし既存の法的手段に従って問題解決を図るという中国の言明に確信が持てなければ、関係当事国は、将来の中国の仲裁手続に向けて努力を、環礁を埋め立てたり、軍民両用の建造物を建設したりして、現状変更を変更する間の、単なる引き伸ばし戦術に過ぎないと理解することになろう。

(3) 南シナ海における領有権紛争の解決にUNCLOSを適用する上での主たる障害は、中国によるUNCLOS第298条に関する書面宣言である。中国の宣言は、UNCLOSの規定に従い、海洋境界画定に関する法的効力を伴う解決条項を受け入れないと宣言している。中国の宣言は、中国がUNCLOSを批准してから10年後の2006年に提出されたもので、批准書に添付された文書ではない。この書面宣言はUNCLOSの規定に従って全面的に受け入れられるものだが、中国の近隣諸国から見れば、特に中国が過度に現実主義的なアプローチを取り続ける場合には、この書面宣言は、中国の国際法解釈とその履行における首尾一貫性に関して疑念を生じさせるものとなる。中国の法律専門家の間での、南シナ海の占拠島嶼や環礁の法的位置付け―何人かの専門家は、岩礁や環礁まで「島」であると主張している―に関する現在の議論は、中国の国際法の重視の姿勢に疑念を抱かせるだけである。

(4) 国際法の専門知識を積極的に活用していくためには、中国は、国際法を、単なるガイドラインや外交政策の別の手段を超えた存在であると見なしていることを示さなければならないであろう。そうなった時に初めて、国際法は、緊張を緩和し、現在の南シナ海における紛争の解決の道筋を示すツールとなり得る。長い間論議されてきた「行動規範 (Code of Conduct)」のような解決策は、中国が実際に国際法的知見を十分身につけた場合には、より実行可能な選択肢となろう。しかしながら、それ以上に、もし中国が身につけた国際法的知見を活用していくことを決意すれば、それは、中国の外交政策に頻繁に見られる、ゼロサムゲーム的思考の有用な代替案となろう。

記事参照:
China’s Coming ‘Lawfare’ and the South China Sea

5月7日「南シナ海における中国の高圧的行動、域外大国の関与を招来―豪専門家論評」(The Strategist, May 7, 2015)

オーストラリア国立大学の客員研究員、Leszek Buszynskiは、5月7日付のThe Australian Strategic Policy Institute (ASPI) の公式ブログ、The Strategistに、“What’s happening in the South China Sea?”と題する論説を寄稿し、中国の南シナ海における高圧的な行動にもかかわらず、中国がその目標を達成する可能性は低いとして、要旨以下のように述べている。

(1) 南シナ海における最近の中国の高圧的行動が衝撃と驚きを与えているが、実際には、ここ数十年に亘って、中国の行動は一貫したものであった。中国は1974年1月に、西沙諸島の永楽群島 (The Crescent Islands) から南ベトナムを追い出すため、初めてこの地域で武力を行使した。1988年3月には、中国海軍はベトナム海軍艦艇と戦闘し、南沙諸島の7つの岩礁を中国が占拠するに至った。中国は1995年には、フィリピンのEEZ内にあるMischief Reef(美済礁)を占拠した。その後、中国は、近隣の環礁に構築物を建設したり、補修したりし始めた。2012年4月には、Scarborough Shoal(黄岩島)を巡って中国とフィリピンが衝突し、最終的に中国が占拠するに至った。その後、中国の関心は、Second Thomas Shoal(仁愛礁)に移った。2014年3月に、中国海警局の巡視船は、同礁に座礁させたフィリピンの戦闘艦 (BRP Sierra Madre) に駐留するフィリピン軍海兵隊部隊に対する、フィリピンの貨物船による補給を阻んだ。2014年4月には、中国が石油掘削リグ、「海洋石油981」をベトナムが管轄権を主張する海域に移動させ、ベトナムと対立したが、予定より早く掘削リグが移動したことで、沈静化した。そして2014年後半以来、中国は、南沙諸島の8つの岩礁や環礁で大々的な埋め立て工事を進めている。特に、Fiery Cross Reef(永暑礁)での浚渫作業は、注目された。中国の浚渫船は、3,000メートル級の滑走路が建設できるように、この環礁に水位を超えて砂利を積み上げた。この埋立地は、南沙諸島における中国の活動を支援する、飛行場になると見られる。中国海警局の巡視船隊に対する空から支援が可能になれば、中国は、ベトナムを脅かし、フィリピンを恫喝することができるであろう。

(2) 中国は、南沙諸島におけるプレゼンスを強化することによって、海洋紛争に対する中国自身が望む解決方法を、領有権を主張するASEAN諸国に押し付けることができるようになるかもしれない。そうなれば、一部のASEAN諸国が中国に対して自発的に膝を屈し、南シナ海に対する中国の主権を容認することになりかねない。北京はまた、中国との友好関係や互恵貿易、そして最近創設されたアジアインフラ投資銀行 (AIIB) を通じたインフラ投資を提示することができよう。

(3) しかしながら、ASEANの領有権主張国に対して強まる中国の圧力にもかかわらず、中国の目標が達成される可能性は低い。何故なら、中国のこうした高圧的行動そのものが、領有権紛争に対する域外大国の関与を益々強めるようになってきているからである。ベトナムとフィリピンは、中国に対抗するためにアメリカの支援を得ることに努めてきた。米比両国間には、長い軍事協力の歴史がある。1999年には、「訪問米軍の地位に関する米比協定」が締結され、2014年4月には、「防衛協力強化協定」が締結された。この協定によって、米海軍はフィリピンの港湾に寄港できるようになり、またフィリピン国内の基地や飛行場に米軍がローテーション展開できるようになった。ベトナムは、北京との関係におけるバランス維持の努力の一環として、この10年間、アメリカとの安全保障関係を発展させてきた。中国との地理的な近さに束縛され、ベトナムはアメリカとの密接過ぎる安全保障関係を形成することはできないが、ベトナム政府は、アメリカとの関係を中国に対する抑止効果として期待している。

(4) マレーシアとインドネシアはこれまで領有権紛争を傍観していたが、この地域の中国の活動は、両国の不安を掻き立てている。中国海軍の哨戒活動がJames Shoal(曾母暗沙)にまで達してことは、マレーシアに衝撃を与えた。この辺りの海域は、中国が権利を主張している領域の最南端であり、同時にマレーシアが領有権を主張している海域でもある。マレーシアの指導者は、公には中国寄りの姿勢を取り続けているが、防衛当局者は懸念している。マレーシアは、James Shoalに近いサラワク州のビントゥルに海軍基地を建設しようとしており、マレーシア国防省は、米海兵隊をモデルにした海兵隊を創設するために、アメリカに援助と訓練を求めている。インドネシアはこれまで、領有権紛争の非当事国として、紛争の調停者を自負していた。しかしながら、最近、ナトゥナ諸島の主権について懸念を抱き始めている。インドネシア国軍司令官のムルドコ大将は、南シナ海における不安定な状況の危険性に注意を喚起し、ナトゥナ諸島に航空部隊を増強する計画を発表した。

(5) オーストラリアは何をすべきか。一部の人々は、米中間の紛争に巻き込まれることを懸念して、オーストラリアは東アジアの問題に介入すべきでない、と主張する。しかしながら、オーストラリアが戦略的利害を狭く定義できる時期は、過去のものとなった。南シナ海における不安定な状況は、オーストラリアの安全保障環境に影響を与えることになろう。ASEANの領有権主張国に対する執拗な中国の圧力は、アメリカだけでなく、東シナ海、特に尖閣諸島周辺における中国の意図に対して懸念を抱く、日本も引き込むことになろう(日本もまた、ベトナムとフィリピンの海洋能力を強化しようとしている)。

(6) 域外大国が益々関与するようになるにつれ、カンボジアやタイのような領有権問題の非当事国が中国との関係を優先させ、南シナ海における紛争を巡って分裂してきたASEANは、崩壊することになるかもしれない。この地域におけるもう1つの予想される成り行きは、中国とその2、3の友好国、そして中国の台頭と野望を恐れて不安を抱く国々を引き寄せる日米関係、という2つに分極化するかもしれないということである。もし域外大国が南シナ海について懸念を表明し、中国に対して挑発的な行動の停止とASEAN諸国との行動規範に関する交渉を行うよう強く要求すれば、このような状況は回避できるかもしれない。これまで、中国は、域外からの圧力に応じてきており、域外大国の関与を恐れて、その行動を抑えてきた。例えば、中国は、2014年7月には、ベトナムによる国際的な非難キャンペーンに直面して、石油掘削リグを撤退させた。オーストラリアは、統一ASEANが自国の国益に適うことを認識し、中国非難の声に加わるべきであろう。

記事参照:
What’s happening in the South China Sea?

5月8日「中国海軍の地理的な活動範囲の拡大、中ロ地中海合同演習の戦略的含意―インド人専門家論評」(National Maritime Foundation, May 8, 2015)

インドのシンクタンク、National Maritime FoundationのDr. Vijay Sakhuja会長は、NMFのHPに、“The Expanding Maritime Geography of The Chinese Navy”と題する論説を掲載し、中国海軍の地理的な活動範囲の拡大、特に地中海における中ロ合同演習の戦略的含意について、要旨以下のように述べている。

(1) 中ロ両国海軍は、地中海で合同海軍演習を実施する計画を発表した。この演習には、海賊対処活動のためにアデン湾に展開している中国海軍第19任務部隊の2隻の戦闘艦と、ロシア黒海艦隊から6隻の戦闘艦が参加する。中国国防部報道官によれば、The Mediterranean Sea Cooperation 2015演習は、「海洋における安全保障上の脅威に共同で対処する」ために両国海軍のインターオペラビリティを強化することが目的であり、特定の国を対象としたものではないという。この演習に先立って、中国の戦闘艦は、5月9日のロシアの第70回戦勝記念日式典に参加するためノボロシスク港を訪問する。2015年9月には、両国海軍は、中国の70回目の対日戦勝記念を祝う、海軍演習を計画している。

(2) 中ロ両国間の軍部間あるいは海軍間の運用面での相互交流は2つの態様があって、1つはテロ対処を目的とする上海協力機構 (SCO) の枠組みの下で設定された年次軍事演習、The Peace Missionシリーズである。しかしながら、2005年の年次演習では黄海で海軍演習が実施され、2009年の年次演習では両国海軍が海賊対処活動に従事するインド洋のアデン湾で実施された。もう1つの両国海軍間の演習、Joint Sea シリーズは2012年から始まり、以後、毎年実施されてきた。この演習は通常、東シナ海で実施され、「海洋における安全保障上の脅威に合同で対処する能力を強化するために、両国軍間の実際的な共同」を目的として、両国海軍の潜水艦、水上戦闘艦、航空機及び海軍歩兵部隊が参加する。2013年のJoint Sea 2013は明らかに、中国を目標としたと見られる、日米水陸両用戦闘演習、Dawn Blitzに対抗したものであった。2014年のJoint Sea 2014は、両国海軍から潜水艦を含む14隻の戦闘艦と航空機が参加した。興味深いことに、ロシアと中国の戦闘艦、Pyotr Velikyと「塩城」は、2013年の国連安保理決議と化学兵器禁止機関 (OPCW) の要請に基づいて、シリアから化学兵器を搬出するデンマークとノルウェーの船を合同で護衛した。これに先立って、ロシアの戦闘艦は、NATO軍によるシリアへのミサイル攻撃を阻止するために、シリア沿岸域の哨戒活動を実施した。

(3) 中国が地中海で演習を行う理由として、少なくとも以下の4点が指摘できる。

a.第1に、イスラム世界で高まる不安定の中で、将来、自国居留民の救出支援を実施する場合に備えて、中国がこの地域に中国海軍を配備し続けている。中国海軍は2011年に、リビアから3万5,800人の中国人労働者を救出し、そして最近では2015年4月にイエメンから中国人と他国国民を含む900人の避難を支援した。これらの作戦は、中国のソフトパワーを誇示し、公共財を提供する中国の能力に対する世界的な信頼を高めたことで、中国にとって紅海から地中海までほぼ連続的に海軍力のプレゼンスを維持する動機付けとなった。

b.第2に、これらの作戦行動は、アデン湾での海賊対処活動への2008年以降における中国海軍の参加という文脈で見る必要がある。これによって、地中海での海軍演習に参加し、NATOの裏庭を探査する機会を得ることになった。国連安保理は、各国海軍に2015年11月まで海賊対処活動を継続することを要請しており、中国海軍は、アデン湾での展開を継続することができる。

c.おそらく第3の理由は、中国が自国製の054A型(江凱II級)フリゲートをロシアに売却することを望んでいることであろう。ロシアのある軍事専門家は、ロシア製と中国製の艦艇には技術面で多くの共通性があり、従って兵装と搭載電子機器に対するロシアの技術的所要については、「ロシア国産の同等装備品に容易に換装できる」と見ている。

d.第4に、地中海における中国海軍のプレゼンスの背景には、黒海のセヴァストポリ港における商業的利益がある。中国企業のBeijing Interoceanic Canal Investment Management (BICIM) は、セヴァストポリ港での経済特区に付随した港湾を開発する計画であった。しかしながら、ウクライナ危機が勃発し、ロシアがクリミア半島を支配したことで、この計画は凍結された。ロシアは2014年に、(アゾフ海の出入り口)ケルチ海峡を越えてクリミア半島に至る総経費、12億~30億ドルの輸送回廊を建設するよう、中国に求めた。実現すれば、中国は、ロシアのクリミア併合後、クリミアへの最初の投資国となろう。中国は、ギリシャのピレウス港の2つのコンテナ・ターミナルに利権を有しており、中国遠洋運輸集団 (COSCO) がターミナルを運営している。こうした動向は、黄海から紅海を経由して地中海に至る中国海軍の地理的活動範囲の拡大を示すものとなっている。

(4) 中ロ両国はまた、地中海でのThe Mediterranean Sea Cooperation 2015演習が両国間の戦略的パートナーシップの強さの現れであることを、そして地理的制約を克服して、東西の戦域で同時に軍事活動ができることを、アメリカとそのヨーロッパの同盟国に対して誇示している。更に、中ロ両国はこうした行動を通じて、ロシアはアメリカとEUによって課されている制裁によっても行動を阻止されていない、そして中国はアメリカのアジアにおける再均衡化戦略によって脅かされていない、というメッセージを発信しているのである。

記事参照:
The Expanding Maritime Geography of The Chinese Navy

5月10日「中国の海上民兵政策、時代後れ―RSIS専門家論評」(The Diplomat, May 10, 2015)

シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) の客員研究員、Zhang Hongzhouは、5月10日付のWeb誌、The Diplomatに“Rethinking China’s Maritime Militia Policy”と題する論説を寄稿し、中国の海上民兵政策の背後にある考え方はますます時代遅れになっているとして、要旨以下のように論じている。

(1) 遠洋漁業は、越境して操業することから、特に紛争海域では、必然的に重要な政治的、外交的な意味合いを持つ。明らかに、中国、ベトナムそしてアジア太平洋地域の他の国々は、係争海域における自国の海洋プレゼンスを強化する上で、漁民を重要なプレーヤーと見なしている。紛争海域で操業する漁民は、当該政府から財政的、政治的な支援を受けている。海洋紛争の重大な局面において、関係当事国は相互に漁船を展開させて張り合うことがあり、例えば、2014年4月には中国の石油掘削リグを巡って中国とベトナムの漁船が対峙した。近年、南シナ海と東シナ海における緊張の高まりの中で、中国漁船が絡んだ事案の増大が目立つようになり、時に中国と隣国との緊張を激化させた。中国が海洋における「人民戦争」を始めたと見る向きもあるが、中国政府が、係争海域における国家の海洋権益を護る上で漁業の役割を強化するための措置を講じていること、そして強力な漁船団の育成を海洋国家に向けた総合的なアプローチの一環と見なしていることは、否定できない事実である。習近平主席は2013年に、海南省の瓊海市の漁業の街、潭門鎮を訪問した際、海上民兵のメンバーに対して、「漁業活動を先導するだけでなく、海洋情報を集めたり、島嶼や環礁における建設を支援したりする」よう要請した。一部の中国の学者や安全保障の専門家は、係争海域、特に南シナ海において、海上民兵は中国防衛の最前線であるべきだ、と主張している。過去数年間で、中国の幾つかの沿岸都市は、漁業民兵部隊を創設した。

(2) しかしながら、現在進行中の海洋紛争を考えれば、こうした海上民兵構想は、再検討が必要である。

a. 第1に、中国は現在、この地域において最大かつ先進的な海軍力と、域内各国よりも遥かに強力な海上法令執行機関を有しており、もはや海洋権益を護るために海上民兵を必要としない。海上民兵の擁護者は、非軍事的組織であることを重視して、係争海域における中国の利益を保護し、中国と近隣諸国間の軍事衝突を防止するために必要である、と主張する。しかしながら、海洋における紛争が中国と近隣諸国のナショナリズムを高揚させていることから、2010年の尖閣諸島を巡る衝突、2012年のScarborough Shoal(黄岩島)を巡る対峙に見られたように、漁船を巡る事案が深刻な外交、安全保障上の緊張を誘発させかねない。

b. 第2に、海洋漁業部門を政治的道具にすれば、業界全体を危うくし、また軍隊化した漁民は自らの生命を危険に晒すことになりかねない。中国漁民は人民解放軍の手先と見られ、他国から目標にされている。2002年から2012年の間、南シナ海での事案によって、潭門鎮だけで100人以上の漁民の命が失われた。

  1. 第3に、中国の市場経済の下では、漁民も、究極的には利益追求者である。海に対する愛着心を持たない内陸部の出身者で、手っ取り早く金を稼ぐことを目的とした農民が、中国の伝統的な漁民に替わりつつあることが、特にそのことを物語っている。中国沿岸域の水産資源が激減したため、こうした漁民は、係争海域や、「9段線」を越えて他国のEEZにおいて越境操業する傾向にある。こうした行為が、中国外交を掻き回し、近隣諸国との関係を損なうリスクを高めている。
  2. 第4に、海上民兵は、違法操業を企てる口実として、彼らの愛国心が利用されることもある。実際、2013年に習近平主席は、潭門鎮の漁民を、南シナ海における係争海域において中国の海洋権益を護っていることを理由に称賛している。この数年、彼らは、莫大な利益をもたらす貴重な水産資源を求めて、南シナ海や東シナ海の係争海域で操業し、また小笠原諸島のサンゴを密漁するために数百キロも移動する漁民もいる。サンゴやウミガメ、その他の絶滅危惧種の密漁は、海洋環境を脅かしたり、中国の国際的イメージを危うくしたりすることとは別に、国際法だけでなく中国国内の規則にも反する行為である。

(3) 従って、このような海上民兵政策は、中国とこの地域の利益になるというよりも、はるかに大きなリスクをもたらすことになろう。南シナ海と東シナ海において緊迫した状況を引き起こすことに加えて、希少な漁業資源を巡る競争が激化することを考えれば、海上民兵政策という構想は、時代遅れであるばかりでなく、不要な手札でもある。中国は、海上民兵に代えて、IUU(違法、無報告、無規制)漁業を規制するとともに、漁業紛争を管理し、事案のエスカレーションを防ぐために、多国間漁業管理の枠組みの設立を目指して、先導すべきである。

記事参照:
Rethinking China’s Maritime Militia Policy

編集責任者:秋元一峰
編集・抄訳:上野英詞
抄訳:飯田俊明・倉持一・黄洗姫・関根大助・山内敏秀・吉川祐子