海洋情報旬報 2015年4月1日~10日

Contents

4月3日「中国が語る領有権紛争についての『説話』、その真意を読み解く―前米軍情報分析官」(China Brief, The Jamestown Foundation, April 3, 2015)

前米太平洋特殊作戦コマンド情報分析官で、東アジア安全保障問題専門家のDavid Millarは、4月3日付のWeb誌、China Briefに、“What’s in a Story?: Chinese Narratives on Territorial Conflict in the Pacific”と題する長文の論説を寄稿し、両岸関係、東シナ海そして南シナ海における領有権紛争について中国が語る「説話 (“narrative”)」の真意を検証して、要旨以下のように論じている。

(1) アメリカでは、中国の対外関与を、注意深く調整された軍事的、外交的行動、即ちアメリカの関心を分散させるとともに、近隣諸国をして中国の台頭するパワーに順応させることを狙いとした、「漸進的な高圧的行動 (an “incremental assertiveness”)」の一貫と見なす人が多い。しかし中国では、近隣諸国との如何なる対立も、アメリカの干渉、特に交渉よりは対立を促し、中国の台頭を妨害する意図を秘めた、「アジアにおける再均衡化」に根ざしたものである、と主張するのが大勢である。こうした認識の違いは、危機において誤解や誤算の可能性を高める。こうした誤解や誤算の要因となる、中国が語る「説話 (“narrative”)」の真意を検証するため、米テキサス州のThe Bush School of Government and Public Service (Texas A&M University) の研究チームは、中国の領有権問題を論じるために中国の内部で使われている、特殊な用語、比喩そしてイメージ作りについて調査を始めた。これはその最初の報告である。

(2) 我々は、「説話」を、個人や組織が自らを取り巻く環境を説明するとともに、戦略や行動方針を正当化するために使用する物語と定義している。戦略的「説話」は概して、共有された歴史的経験を反映し、同じような挑戦を受けた時にこれに如何に対処するかを説明する手っ取り早いロジック (a casual logic) となる。中国共産党の核心的「説話」は、共産党だけが「国辱」から中国を救い出し、そして共産党だけが中国を「復興」させることができるというものである。この「説話」は、定期的にこれを裏付けていく必要がある。歴史教育、プロパガンダ、記念館、(共産党の事績を描いた)演劇の再演、そして何よりも、(共産党の指導体制を覆そうとする)陰謀や危険に対する意識を覚醒させるための象徴的な政治的、軍事的紛争が、「説話」を定期的に裏付けていく役割を果たしてきた。中国人はこのような「説話」の単純な受け手ではないが、中国共産党は、重要な分野において「説話」を創作し、人民をして党の課題を脅かす「非愛国的」考え方に反対するよう刷り込むという面で、依然指導的立場にある。特に領有権紛争に関しては、このことは事実である。汚職、環境汚染そして生活水準といった国内問題とは異なり、領有権紛争に関しては、ほとんどの中国人は、その情報(そして認識)を自らの直接的体験というよりむしろ政府の報告から得ているからである。我々研究チームは、「説話」の真意を検証するため、公式発表、メディア報道、会議禄などを含む様々な資料源を渉猟した。

(3) 海洋領有権紛争に対する中国の支配的な解釈は、この問題は西洋と日本の帝国主義による不正義の後遺症であり、中国「復興」のリトマス試験紙であるというものである。外国の侵略者に割譲された領域に対する中国の法的主権は第2次大戦の終了によって確立されたが、アメリカの干渉、冷戦の影響そして人民解放軍の限定的な戦力投射能力のために、これらの領域に対する支配は後回しにせざるを得なかった。かくして、中国政府は長期的なアプローチをとり、中国が弱体の間は、領有権紛争を「棚上げ」してきたが、中国は最早弱体ではなく、従って政府は、正当に中国に帰属する領域に対する主権を再び主張するために、自らの外交的、経済的、軍事的力を活用すべきである。これが海洋領有権紛争に対する中国の包括的「説話」である。この論理の含意は、他国は力で強要された時にのみ中国の主権を承認するのであって、外交、法律、条約、歴史的根拠そして国際的関与などは全てこの目標を実現するための道具に過ぎないというものである。人民解放軍の孫建国副総参謀長は、「抗争なしに、アメリカが中国の核心利益を尊重することはないであろう」と述べている。軍事力の適用ということになると、論議は複雑になる。中国の公式の「説話」は、領有権紛争の解決の方策としての平和的交渉に対する中国のコミットメントを引き続き強調するものであるが、同時に中国の正当な権利を護るための軍事力の強化を正当化している。中国の指導層は長い間、軍事紛争は中国の台頭を可能にしている地域の安定を脅かしかねないと認識してきた。

(4) 我々が検討した3つの紛争領域の内、台湾については、「説話」は最も統一されており、軍事紛争の可能性が最も遠い紛争である。台湾の陳水扁前政権時代(2000年~2008年)の混乱を成功裏に切り抜けた後、中国の「平和的再統一」という「説話」は、再び息を吹き返し、馬英九現政権下での最近の両岸関係のデタントで強化されてきた。しかし、中国政府が押し進める解釈では、領有権紛争は2つの主権国家の存在を前提とするが、台湾との関係は領有権を巡る紛争では全くなく、統一の問題である。他の2つの紛争(東シナ海と南シナ海での紛争、後述)とは異なり、台湾に関する中国政府の「説話」は、台湾の人々の個人的、家族的義務を強調している。台湾の人々は「血を分けた兄弟」と性格付けられており、用語的にも、また隠喩的にも、台湾は首尾一貫して家族の問題として性格付けられている。2014年に習近平国家主席は、「我々が提唱する民族再統一は形だけでなく、重要なことは、両岸の人々の精神的結び付きである」と強調している。従って、「1つの中国」という「説話」の核心は、人口が多く他民族からなる中国の統一を保持する家族的紐帯を維持することであり、その最大の脅威は、中国の文化的アイデンティティの拒絶を正当化する動きである。従って、台湾の人々の自己認識が、軍事力行使の可能性を高める手っ取り早いロジックを生むかどうかの重要なマーカーとなる。「平和的再統一」が台湾の人々をより強固な団結の下に導くものと認識されているのであれば、忍耐が肝要であり、如何なる犠牲を払っても軍事紛争を回避しなければならない。もし北京の認識が、こうした忍耐は台湾に「非中国」アイデンティティを育む時間を与えることになるだけ、という考え方に変わることになれば、その時には、待つことは戦略的失敗となり、軍事力の行使を検討しなければならなくなる。

(5) 2つ目の東シナ海での紛争は、古い敵との長年に亘る抗争である。東シナ海の紛争に関する「説話」は、日本の20世紀における歴史的悪行と中国本土の占領を思い出させることで、アジアにおける自然な勢力均衡を可能なら再び覆そうとしている、反省のない軍国主義への郷愁を持った国家として、日本を性格付けることに力を入れている。釣魚列島(尖閣諸島)を「古代からの(中国の)固有の領土」と位置付けたことで、この島は、日本の軍国主義復活と戦うための必然的な闘争の象徴となっている。この闘争はまた、国内的に中国の勇気を試すものでもある。中国の指導者にとって、この前は日本の侵略に対して準備が不十分だったが、今度は日本の威嚇に大人しく従うと見なされるわけにはいかないからである。「歴史を忘れるな」、「軍国主義の復活」そして「母国の防衛」といった言葉は、領有権を巡る日本との論議で頻出する用語である。しかし一方では、日本の国民を疎外させることになるとの警告もある。もし日本が協調的な姿勢をとり、中国の「大国」としての地位と過去の過ちの重大さを共に認識するようになれば、交渉の余地が生まれる。もしそうでなければ、中国は、次の戦争―岩礁の支配を回復するためではなく、安全保障環境を維持し、日本の軍国主義的傾向の無益さを証明するための闘い―を戦う用意がなければならない。

(6) 南シナ海を巡る「説話」は全く異なる。他の2つの紛争とは異なり、ここでの主権に関する中国の無数の主張には、広く知られた記録や歴史的認識の何処にも根拠がない。このことが問題である。専門家は、中国が「海洋国家」になるには、危険なまでに欠如している「藍色国土」に対する「海洋意識」を高めるための制度、地図、教育そしてイメージを創出していかなければならない、と強調している。究極的には、南シナ海の紛争は、復興した中国と周辺の小国群との間の適切な力関係を徐々に再編していく手段として、この地域における中国中心秩序を確立するためのリトマス試験紙と見なされることになりそうである。あらゆる「説話」は、中国が東南アジアにおいて純粋に平和的互恵関係を望んでいることを強調している。しかし、明らかに、こうした関係は、中国を頂点とするヒエラルキーに、そして必要なら「十分な高圧的手段」をとるという中国政府の意志とに基づいているのである。もしアメリカがこれらの紛争に介入すると主張しても、中国は、軍事力の行使は回避すると見られるが、アメリカの介入は過剰な対応であり、南シナ海における紛争がアメリカの核心利益ではないことを思い知らしめるために、外交的、軍事的圧力と世論戦を総動員すると見られる。軍事力の誇示は、中国の求める条件での2国間直接対話を強いるために正当化されるかもしれないが、地域における中国のイメージを損なわないように十分に制御されたものでなければならない。

(7) 中国の台頭はアジア太平洋における勢力均衡を変えつつあるため、中国の意志決定層が過去の歴史に対する文化的に特殊な解釈からどのように影響されているかを理解することは、益々重要になるであろう。「説話」を「常套句 (“clichés”)」にさせないために大いなる関心が求められるが、同時に、中国国内における議論の特徴に対する洞察は、中国の意志決定者の世界観についての新たな知見をもたらし、将来の紛争を未然に防ぐための中国と域内の他の諸国との交渉に資することになり得る。

記事参照:
What’s in a Story?: Chinese Narratives on Territorial Conflict in the Pacific

4月7日「ASEAN諸国の海洋安全保障協力、幾つかの選択肢―RSIS専門家論評」(RSIS Commentaries, April 7, 2015)

シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) の上席研究員、Euan Grahamは、4月7日付の RSIS Commentariesに、“Expanding Maritime Patrols in Southeast Asia”と題する論説を寄稿し、ASEAN諸国の海洋安全保障協力の在り方について、要旨以下のように述べている。

(1) 現在、東南アジア海域における海洋安全保障協力の拡大の可能性について、3つの基本的な選択肢が提案されている。第1に、海賊対処と人道援助・災害救助 (HADR) を目的とする、ASEAN主導の海上部隊。第2に、マラッカ海峡の哨戒活動 (MSP) へのミャンマーのオブザーバー参加。第3に、シンガポールの東側の海域における海賊対処哨戒活動。

(2) ASEAN主導の海上部隊:米第7艦隊司令官トーマス中将が3月に、南シナ海における「ASEAN主導の海上部隊」の創設に言及した。同司令官の発言は、The Langkawi International Maritime and Aerospace exhibitionで開催された、南シナ海の南西海域にまで拡散した海賊行為に如何に対処するかについてのパネルディスカッションでのものであった。しかしながら、国際的なメディア報道では、日本は将来的に南シナ海にまで海・空プレゼンスを拡大できるとの同司令官の以前の発言と、今回の発言を一括りにして、中国との海洋境界紛争において、ASEAN諸国海軍によるより広域の哨戒活動をアメリカが支持しているかのように報じられた。このことは、南シナ海における戦略的な諸要素から海洋安全保障問題だけを取り上げることの難しさを示している。ASEAN諸国は、「高圧的な」中国の脅威に対抗して南シナ海における集団的レベルでの海洋安全保障措置を受け入れるかどうかについて、関心を高めてきた。その結果、ASEANの中でも同じ考えに立つ国々は、海洋における能力構築に向けて2国間あるいは数カ国間協力を進めてきたし、他方で、一部の国々は、彼らのより鈍い脅威認識を反映して遅いペースで進んできた。東南アジアにおける海洋安全保障と海洋情勢識別能力を強化するためのアメリカの努力は、概ねこうしたパッチワーク的現状に即して進められており、人道支援・災害救助 (HADR) は、ASEANの多様な多国間の安全保障フォーラムを超えた、防衛主導の活動のための共通の雛形となっている。

(3) マラッカ海峡の哨戒活動 (MSP) へのミャンマーのオブザーバー参加:マレーシアのフセイン国防相は、ミャンマーに対して、海賊対処のためのMSPにオブザーバーとして参加するよう招請した。2004年に開始されたMSPは、東南アジアの最もよく知られた小規模多国間海洋安全保障活動で、(a) マラッカ海峡の哨戒活動 (MSSP)、(b) 航空監視活動、(c) MSPの情報交換グループの3つの活動からなる。参加国はこれまで沿岸国3カ国、シンガポール、マレーシア及びインドネシアに限られおり、他にタイが航空監視活動に参加している。MSPによる調整された哨戒活動はマラッカ海峡における海賊や船舶に対する武装強盗の阻止に成果を上げてはいるが、MSP活動に関する公開データの不足は、その効果に対する実質的な判断を不可能にしている。運用面におけるMSPの主たる制約は、参加国の主権に配慮して、哨戒活動が合同ではなく、調整によっていることである。MSPを強化するための他の2つの選択肢としては、(a) 哨戒範囲の地理的拡大、(b) 参加国を近隣の沿岸国と海峡「利用国」にまで拡大することである。ミャンマーの能力から見て、オブザーバーとして、あるいは正式のメンバーとして参加しても、MSPの運用上の効果をそれほど高めることにはならないであろう。それでも、マレーシアがASEAN議長国としての権限を行使してミャンマーを招請したことは、ASEANにとって伝統的な盲点であり、今や多様な海洋安全保障の挑戦の源泉になっている、インド洋に目を向けさせる上で注目に値する。マラッカ海峡の外側においてミャンマーの協力を確保することは、特にクアラルンプールの関心事である、ミャンマーからのイスラム教徒ロヒンギャ族の海上難民の流出阻止を含め、海賊対策を越えた狙いが窺える。しかしながら、シンガポールとインドネシアは、未だ承認の意志を示していない。現在、シンガポールの海洋安全保障における関心の焦点は、シンガポールの東側の海域にある。

(4) シンガポールの東側の海域における海賊対処哨戒活動:余り注目されていないが、シンガポールは、南シナ海に隣接する海域を含む、シンガポール海峡の東側海域にまでMSPを拡大する可能性を探ってきた。これは、シンガポールに隣接するインドネシア領ビンタン島の北側海域での、「(タンカーの)積荷燃料を抜き取り(siphoning)」事案を含む、船舶に対する武装強盗事案の多発に対応するためである。MSPの地理的制約による主たる欠点は、海上哨戒活動による抑止効果がマ・シ海峡を越えて遠くに及ばないことである。海賊は海上を移動するので、海賊の脅威は南シナ海にも及ぶかもしれない。シンガポールは既にマレーシアとベトナムから支持を取り付けているが、インドネシアは2つの理由によりMSPの拡大には同意しそうにない。第1に、ジャカルタの脅威認識では、海賊対処は低い優先順位でしかない。南シナ海にまで進出して海賊対処に資源を流用することは、ウィドド大統領の「海洋ビジョン」に関連する優先的任務、特に群島水域での外国漁船の違法操業の取り締まりに支障を来すと見られるからである。第2に、MSPが合同よりも協調段階に留まっているのは、シンガポールやマレーシアの巡視船がマラッカ海峡のインドネシア領海にまで追跡侵入するのを、ジャカルタが容認していないからである。MSPを南シナ海の南西海域にまで拡大するよりも、むしろ別の新たな協調的哨戒活動を創設する方が上手くいきそうだが、インドネシアが参加するかどうかは不確かである。

(5) HADR海軍協定:海上哨戒活動とは関係ないが、ASEAN主導の海洋協力としては、ASEAN内部でHADRのための海軍協定を目指す動きがある。このイニシアチブは、2013年9月のマニラでのASEAN加盟国海軍司令官会同 (The ASEAN Chiefs of Navy Meeting: ACNM) で、フィリピン海軍から提案された。インドネシアから支持を得て、作業部会が協定案を配布したが、2015年秋のミャンマーでの次回ACNMで正式に採用されるかもしれない。ASEAN加盟国間には海軍能力や脅威認識に大きな隔たりがあるが、この協定が実現すれば、海洋における利害を共有する上で、加盟国海軍相互間の運用面での重要な試金石となり得る。

(6) ASEAN主導の海軍協力や海洋安全保障協力は、東南アジア全域に及ぶ合同あるいは協調的哨戒部隊を創設したり、あるいはマラッカ海峡の哨戒活動を地理的に拡大したりするには至っていないが、こうした方向に向けて前進し続けている。しかしながら、南シナ海南西部をカバーする新たな個別の海賊対処についての取極めは、ASEAN内の同じ考えに立つ国々にとっては手の届く範囲内にある。

記事参照:
Expanding Maritime Patrols in Southeast Asia

4月8日「中国による『パックス・アメリカーナ』への挑戦、アメリカは如何に対応すべきか―米専門家論評」(Banyan Analytics, April 8, 2015)

Web誌、Banyan Analyticsのアナリストを務めるEric Weinerは、4月8日付の同誌に、“China’s Challenge to Pax Americana”と題する長文の論説を寄稿し、① 中国はアメリカによる戦後秩序、「パックス・アメリカーナ (Pax Americana)」に対する挑戦を加速しており、もはや「パックス・アメリカーナ」の後塵を拝しているわけではない、② 従って、アメリカは、アジア太平洋地域における戦略的、経済的な卓越的地位 (supremacy)を維持していくために、中国の動向に真剣に対処しなければならないとして、要旨以下のように論じている。

(1) 南シナ海におけるアメリカの安全保障上の利益は、中国の侵略的行為によって益々脅威に曝されるようになっている。ベトナムやフィリピンを含む、一部のASEAN諸国の主権は、それら諸国のEEZ内における中国の不法操業やエネルギー資源探査活動によって侵害されており、域内全体の海洋は、南シナ海のほぼ全域を網羅する中国の「9段線」主張によって不安定化している。そして最近では、中国の南沙諸島における埋め立て工事による脅威がある。中国は、域内における戦力投射能力を強化するとともに、軍事力によって南シナ海で操業する自国漁船団や石油・天然ガス資源探査を支援するために、この1年間だけで、6つの島嶼や岩礁を埋め立てた。

(2) アメリカは、ASEAN諸国の主権が中国によって脅かされている事態に対処するに当たって、外交的な葛藤に直面している。理想的には、当事国が自ら対処すべきだが、それに必要な能力や政治的意志を持っていないかもしれない。しかしながら、もし当事国が積極的に対応した場合、アメリカの介入が必要となる状況にまで、緊張がエスカレートするかもしれない。海洋におけるアメリカの介入による軍事的、外交的コストは、中国を勇気づけ、アメリカのリーダーシップに対する域内の信頼を損ねることになりかねない、不介入によるコストとの間で慎重に計算されなければならない。

(3) 中国の高圧的な行動に直面して、ASEAN諸国は、フィリピンとベトナムの2国間協力や、アメリカや日本などの大国間との協力関係の強化を追求してきた。こうした最近の域内及び域外国との2国間協力強化の風潮は、海洋安全保障に対する中国の脅威についての太平洋諸国間の懸念の共有と、中国によって脅かされつつある域内の平和と安定を維持するために共同しようとする新たな政治的意志とを反映したものである。しかしながら、ASEAN諸国間の2国間協力を促す領有権問題は、一方では特に南シナ海問題に関係しない国家との間で、ASEAN分裂の種ともなり得る。アメリカは、安全保障目的を促進するために、ASEANを活用する最善の方策を模索してきたが、ASEANの2015年議長国、マレーシアが提案する、「合同海洋平和維持軍 (a joint maritime peacekeeping force)」構想の具体化は1つのチャンスになるかもしれない。この構想は、領有権問題への対処に当たってASEAN諸国の団結を強めるとともに、海洋の秩序維持という運用上の問題に特化することで、ASEAN地域フォーラムなどの既存の機構よりも有益であろう。既に米海軍第7艦隊司令官は、ASEANがこうした組織を編成し、主導するなら、支援すると言明している。

(4) 中国は、自らの高圧的行動が逆効果になることを認識し、新たに設立する「アジアインフラ投資銀行 (AIIB)」の資金などによるASEANに対する魅力化施策とパッケージにしてバランスをとっている。AIIBは、域内のインフラ整備の資金調達方法を変えようとする中国の試みであり、アジア開発銀行 (ADB) や世界銀行などの西側の影響下にある既存の国際金融機関に対する挑戦でもある。アメリカと日本はAIIBには参加していない。また、中国は、アメリカが進める、Millennium Challenge Corporation(2016年度米予算で12億5,000万ドルの支出額)と競合する、400億ドル規模の「シルクロード基金」の設立を発表している。アジア太平洋地域における金融やインフラ整備に影響力を及ぼすことで、中国は、例えASEAN諸国に対して海洋での高圧的行動を繰り返しても、インフラ整備資金を必要としている、これら諸国に対して影響力を維持できよう。

(5) 中国は、アジア太平洋地域における長期的な戦略的、経済的趨勢を支配すべく、よく考えられた動きを見せている。しかし、アメリカは、この動きに対応できるし、国益が侵されれば戦うという意志を明確にした戦略によって、この地域における強力なプレゼンスを維持することができる。平和と安定、国際法の遵守、航行の自由そして妨害のない合法的な通商は、南シナ海におけるアメリカの国益である。こうしたアメリカの核心利益を、中国は全てではないが、その一部を侵害しつつあるが、アメリカの対応は、中国と近隣諸国との域内における海洋紛争に巻き込まれることを恐れて、音なしの構えである。アメリカは、「南シナ海の島嶼を巡る領有権紛争にはいずれにも与しない」としばしば言明してきたが、アメリカの長期的な国益からすれば、立場を鮮明にし、アジア太平洋地域の同盟国に対する支援と防衛を強化していくことの方が賢明かもしれない。

(6) アジア太平洋地域におけるアメリカの同盟国や友好国を防衛するという、より積極的な戦略が有効であり得ることを示す実例がある。それは、日中の尖閣諸島を巡る紛争に対して、オバマ大統領が2014年に日米安全保障条約第5条の適用について再確認したことである。この意味するところは明確で、アメリカは日本を防衛するということであり、中国はこれを拒絶したが、口頭での批判以上のものではなかったのである。長期的に見れば、中国が自国の軍事力増強や埋め立て行為を正当化するために、日本に対するオバマ大統領のコミットメントや域内の他の同盟国に対する暗黙のコミットメントを口実にするといった影響が見られるかもしれないが、中国の高圧的な行動はオバマ大統領のコミットメント以前からのものである。中国は、アメリカと近隣諸国によって強要される対価の故に、あるいは中国による目標達成を理由に、拡張主義的行動が自らの国益にもはや益するところがないと判断するまで、こうした行動を続けるであろう。

(7) アメリカは日本に対しては防衛義務を負っているが、南シナ海におけるアメリカの同盟国や友好国に対するコミットメントはそのようなものではない。米政府当局者の一部には、アメリカのプレゼンスが安定を提供し、南シナ海における紛争のエスカレーションを防ぐ安全保障環境の醸成に貢献しているという認識がある。しかし、中国による挑発的行為はこれまでになくエスカレートしており、アメリカがこれまでの対応を改める必要があることを示唆している。恐らく、域内の他の同盟国との間で新たな安全保障条約を締結することは、中国を抑止するとともに、これら諸国の主権を護る上で有益であろう。米比両国は2014年に新たな防衛協定に調印したが、この協定によって、自然災害やその他の緊急事態に対処するために、米軍がフィリピン軍施設にローテーション展開ができるようになり、今後、更なる措置がとられることになるかもしれない。近年の良好な米越関係も中国の挑発行為によるところが大きい。今後の関係進化には時間がかかるが、アメリカは、ベトナムや域内の他の国との関係強化に向けて、こうした好機を逃すべきではない。こうした同盟関係構築のプロセスは、冷戦時代の2極対立を彷彿させる。このような瀬戸際政策への回帰は好ましいものではないが、中国はもはや平和的に台頭しているわけではない。中東問題がワシントンの関心の大半を占めているが、アメリカは、新たなアジア太平洋地域の実態を認め、この地域における自国の国益を擁護し、そしてこの地域の同盟国や友好国の主権を護らなければならない。さもなければ、「中国中心秩序 (Sino-centric system)」が、「パックス・アメリカーナ」とそれが支えてきたものに、取って代わることになろう。

記事参照:
China’s Challenge to Pax Americana

4月8日「南シナ海における生態系の危機と不法操業禁止問題―駐ASEAN米大使警告」(The Diplomat, April 8, 2015)

アメリカのASEAN大使、Nina Hachingianは、4月8日付のWeb誌、The Diplomatに、“The Other Problem in the South China Sea”と題する論説を寄稿し、南シナ海における生物多様性の保護や「違法、無報告、無規制(illegal, underreported, unregulated: IUU)」漁業規制の必要性を強調して、要旨以下のように述べている。

(1) 南シナ海というこの重要な海域における問題は、領有権紛争だけではない。筆者(Hachingian大使)が着任後、最初の数カ月で認知したことは、南シナ海には別の非常に深刻な問題があるということである。即ち、海洋環境の破壊である。「違法、無報告、無規制(illegal, underreported, unregulated: IUU)」漁業に対する最近のアメリカの新たな行動計画の発表は、手遅れにならない内にこの問題に対処していくという、アメリカの関心を示したものである。東南アジアは世界の他の何処よりも海洋生物の多様性に富んだ海域であり、何千種もの動植物が生息している。海洋は東南アジアと世界の人々にとって重要なタンパク源を提供しており、2013年の研究によれば、魚類タンパク質は、平均的なアジア人の食物の22%以上を占めている。世界のマグロの40%は南シナ海で生まれ、南シナ海の水産業は数十億ドル規模の産業である。

(2) しかし、この海域とこの地域の人々の食糧安全保障は、危機に晒されている。IUU漁業は、この海域の全域に及んでいる。ダイナマイト漁法、シアン化合物の使用と底引き網漁法といった、普通に行われている漁法は、この海域の生態系に甚大な被害を与え、この地域の漁業市場の将来を脅かしている。南シナ海の漁業資源は大幅に減少し、珊瑚礁の70%はまずまずの状態か、ひどい状態にあると評価されている。南シナ海における絶滅危惧種のリストは増え続けており、この脆弱な生態系の危機が続いている。現在、緑ウミガメは絶滅の危機にあり、熱帯海ガメは極めて危険な状態にある。それでも、肉と甲羅を求めて海ガメの密漁は日常的に行なわれている。数百万頭のサメが、毎年単にヒレを採るためだけに虐殺されている。マグロは、継続的な濫獲状態である。更には、南シナ海の岩礁における中国の大規模な埋め立て工事による浚渫で、周辺の海底土とそこに生息している全ての生物が根こそぎ浚われている。加えて、大気中で増加している炭素が、徐々に、だが確実に海洋に被害を及ぼしている。最近の研究では、増加した二酸化炭素は、異例のスピードで海洋の酸性化をもたらしつつある。海洋の酸性度の増加は、珊瑚の骨格の生育を難しくし、他の生物による浸食と攻撃に脆弱となる。そして、海面温度の上昇は、魚が温度の低い海を探して移動するので、伝統的な漁場での漁獲量を減らす恐れがある。

(3) 乱獲とIUU漁業は、南シナ海における領有権問題によって一層複雑な問題となっている。伝統的な漁場で魚類が減少すれば、漁船は当該自国の領海から遠く離れた海域に移動する。領有権主張国が島嶼、岩礁、砂州そして環礁の主権を主張する理由の1つは、その周辺海域に魚がいるためである。曖昧な領有権の主張、一方的な漁業規制そして当該主張国の不明確な海洋法令執行権限は、この問題を一層悪化させている。

(4) 各国は、個々に対策を採りつつある。例えば、インドネシアは最近、IUU漁業の禁止を強化し始めた。フィリピンは、密漁に対する厳しい罰則を設けた。中国の公式夕食会でのフカヒレスープの禁止は中国の取引量を減らしている。しかしながら、魚は当該各国の領海を出入りするので、地域全体の取り組みが必要である。最近の東アジア・サミットで、参加各国首脳は、野生生物の違法売買を規制し、地域の生物多様性を保護するという目標を確認した。東アジア・サミットの声明は、このための国際協力の必要性を強調している。法の抜け道となっている、二重籍船の漁船による操業は禁止する必要がある。漁船を追尾、把握し、データを共有し、漁場の適切な維持管理を確実にする必要がある。密漁と規定外の漁獲に対する処罰は、地域の全域で一様に実施される必要がある。

(5) アメリカは、ASEANを支援する用意がある。アメリカの新しい行動計画は、この問題への対処を支援する2つの国際協定を重視している。1つは「環太平洋パートナーシップ (TPP)」協定で、持続可能な漁場管理を促進しながら、IUU漁業を阻止するために最も有害な漁業助成金と個別的な取り組みを禁止するなど、前例のない環境保全措置を検討している。2つ目は、アメリカが、「寄港国措置協定 (The Port State Measures Agreement)」の実現を支持していることである。この協定は、IUUシーフード製品を積んでいる疑いのある外国漁船の入港を拒否するために、各国が最低限の標準規定を設定することに初めて合意したものである。米国際開発庁 (USAID) は、既に漁場と海洋保護区の管理に関してASEANと協力しており、IUU漁業規制についても協力を強化していくことになろう。

記事参照:
The Other Problem in the South China Sea

4月8日「ロシア空挺部隊、北極海の海氷に降下」(RT.com, April 8, 2015)

ロシア国防省が4月8日に明らかにしたところによれば、ロシアの空挺部隊が史上初めて北極海の北極点近くで漂流する海氷への降下に成功した。空挺部隊は、酷寒地域での作戦に必要な約50キロの装備を背負って降下した。部隊は降下後、摂氏-50度の気温の中で、キャンプを設営し、スノーブーツとスキーで北極点までの徒歩行軍を開始した。海氷間の渡渉は、特殊スーツで泳ぐか、架橋するという。

記事参照:
Russian paratroopers make history by landing on drifting Arctic iceberg (VIDEO)
See Video: Russian paratroopers land on drifting ice block in Arctic, set up base

4月9日「中国のシルクロード戦略の成否を左右する3つの要因―中国社会科学院専門家論評」(The Diplomat, April 9, 2015)

中国社会科学院世界経済政治研究所国際戦略研究室の薛力主任は、南シナ海問題専門家のXu Yanzhouと連名で、4月8日付のWeb誌、The Diplomatに、“How China Can Perfect Its ‘Silk Road’ Strategy ”と題する長文の論説を寄稿し、「一帯一路」構想の成否を左右する3つの要因を取り上げ、要旨以下のように論じている。

(1) シルクロード経済ベルトと21世紀海上シルクロードで構成される、「一帯一路 (one belt and one road、以下OBOR)」は2014年の中国外交のキーワードとなり、OBOR戦略が中国外交政策の主要な目標となった。北京は、今後8年から10年に亘って、経済、政治、軍事そして文化の側面から、この構想を推進していくことになろう。中国の専門家の間では、2013年はOBOR構想の概念設計の年であり、2014年は具体化の年であり、そして2015年の主たる任務はOBORを全面的に実施し始めていくことであろう、と言われてきた。2014年に、OBOR戦略は大きく前進した。中国は政治面では、「アジア相互協力信頼醸成措置会議 (The Conference on Interaction and Confidence-Building Measures in Asia: CICA)」とツートラック・アプローチを活用した。そして、北京は経済面では、幾つかの経済協力の枠組みを促進し、「アジア太平洋自由貿易圏」や「中国ASEAN自由貿易地域」を進展させた。これら全ては、中国が外交政策の戦略的転換を進めている―即ち、現政権の外交的野心を十分には反映できないことから、従来中国の外交路線、「韜光養晦」が衰退している―ことを示唆している。Zhao Kejin (Carnegie Endowment For International Peace) や閻学通(清華大)の言葉を借りれば、「積極的で進取的な(有所作為)」の姿勢が中国外交の新しいアプローチである。この外交方針では、近隣外交が重要な役割を占め、恐らく米中関係よりも重視されることになろう。

(2) この新しいOBOR戦略の成否は、以下の3つの要因に左右されよう。1つは、中国は、アメリカの「アジアにおける再均衡化 (“rebalance to Asia”)」をどう評価するか、封じ込めか、あるいはヘッジ戦略と見なすべきか、ということである。2つ目は、中国は、「ベルト」や「ロード」沿いの国々から構想の受け入れと協力を得ることができるか、ということである。そして3つ目は、中国は、経済的、政治的リスクを可能な限り回避することができるか、ということである。

(3) アメリカの「アジアにおける再均衡化」をどう評価するか

a.ワシントンは、中国の台頭に対応するために、「再均衡化」戦略を発動した。これに対して、北京は、1つには「再均衡化」戦略による負の影響に対応するために、OBOR構想を打ち出した。その結果、「再均衡化」戦略に対する中国の評価は、北京の対応に大きな影響を及ぼすことになろう。もしその戦略が中国を封じ込めようとするものであれば、その場合には、北京は、準同盟国や友好国とのパートナーシップを動員するなど、(中国に)同調する同盟網を構築することで、これに対抗しなければならない。そうすることで、中国は、その政治的影響力を拡大し、一方で中国周辺部におけるアメリカの影響力を弱めることができる。

b.しかし、アメリカの戦略は、対中封じ込めを狙ったものではないかもしれない。恐らく、この戦略は、アメリカは中国と対決する能力を持っているが、それは最後の手段で、そうなることを望んでいないとのメッセージを伝えることに狙いがある。要するに、この戦略は、関与と抑止の2重の目的を持った、ヘッジ戦略である。この場合、米中両国の戦略的目標は大きく重なり合うことになり、抗争と協力の同時進行が米中関係の新しい通常の状態ということになろう。

c.冷戦後のアメリカの最大の課題は、急速に台頭する中国である。クリントン政権期のワシントンは、北京に対して関与と抑止の明確なヘッジ戦略を採用した。当時、中国はアメリカに挑戦する能力を欠いていたため、ワシントンは、国際政治経済システムに中国を取り込むために、関与を強調した。2008年の世界金融危機後、中国は世界の政治、経済分野で益々重要な役割を果たすようになるにつれて、アメリカは対中政策を調整し始めた。中国が「G2」概念を受け入れないため、オバマ政権は抑止を強調し始めた。ワシントンは、「アジアへの軸足移動」を進め、後にこれを「アジアにおける再均衡化」と再定義した。同時に、ワシントンは、中国とのバランスを取りながら、南アジア諸国の支持を集めるために、「インド・アジア太平洋地域」という概念を提唱した。アメリカが依然として中国への関与をあきらめていないことは注目に値する。

(3) 近隣諸国の疑念を如何に払拭するか

a.中国の近隣諸国は、中国による自国の国益追求姿勢が近隣諸国を害しかねないことを懸念している。こうした恐れから、近隣諸国の多くは、中国への経済的依存の一方で、安全保障をアメリカに依存するという、2重戦略を採ってきた。

b.OBOR構想の実施を成功させるには、特に安全保障面でルート沿いの諸国からの真の理解と支持を得ることが肝要である。これは、OBOR戦略全体にとって最大の課題であるといえるかもしれない。まず初めに、中国は、南シナ海における共通の漁業取り決めの実現や、2国間や多国間軍事演習とともに合同哨戒活動の実施など、主要地域におけるサブリージョナルな安全保障メカニズムの構築を目指すべきである。

c.経済面では、中国は、シルクロード沿いの諸国と中国の経済成長を共有するために、投資とインフラの共同構築を通じてOBOR戦略を進めてきた。しかしながら、多くの中小国は、中国への経済的依存が中国移民の急増や国内の汚職の増加につながることを懸念している。先進国が投資した従来のケースではこのような現象はほとんどないが、それでも北京は、こうした懸念を払拭することに努めなければならない。他にも、これら諸国の中には、大規模な建設プロジェクトが環境にもたらす負の影響や、大規模な投資が彼らの伝統的な文化や生活様式を変化させることに対する懸念がある。このような問題を解決することは非常に困難であろうが、中国には選択の余地がない。

(4) 政治的、経済的リスクを回避できるか

a.台頭する国は必然的に、政治、安全保障、経済そして文化の領域における自らの空間領域を必要とする。歴史的に見て、こうした空間領域は排他的なものであった。今日でも、アメリカの「再均衡化」は、2国間同盟や準同盟関係の強化と、排他的な環太平洋パートナーシップ (TPP) の推進に見るように、排他的な安全保障と経済のメカニズム構築を目指している。しかし、中国の取り組みは違う。中国は、「アジア太平洋自由貿易圏」や「アジアインフラ投資銀行 (AIIB)」など、中国主導の地域メカニズムは、アメリカの参画を歓迎している。アメリカに比べて、中国の取り組みはよりオープンである。

b.中国にとって独自の地域的な空間領域を構築することは、グローバルパワーになるためには必要な措置である。中国の強みが経済分野にあるが故に、OBOR戦略は、主に経済協力を重点としている。しかし率直に言って、全てのシルクロード沿いの国の経済を活性化することは、一国単独の能力と責任を超えた任務である。従って、中国は、OBOR戦略を実施するに当たって、その経済的、政治的なリスクについて慎重でなければならない。

c.OBOR戦略の政治的リスクにも注目する必要がある。シルクロード沿いの多くの国は、政治的な不安定、深刻な腐敗、そしてまたテロの脅威に直面している。中国と協力する意志を持った、経済的潜在力のある政治的に安定した国を、見出すことができるか。これはOBOR戦略の主要な検討課題となろう。シルクロード沿いの国家は、4つのグループに大まかに類別できる。即ち、① 中小国家、② 中国との領土紛争を抱えている国、③ 各地域の主要国、そして④ 「基軸国家 (“pivot states”)」になり得る可能性のある国家(この意味するところは、中国の信頼できるパートナーであり、一定水準の国力を保有した国家ということ)、である。この4つ目の国家がOBOR戦略の鍵となる。

(5) この論評では、OBOR戦略が直面する3つの課題(あるいはリスク)を取り上げた。OBOR戦略は、中国が包括的なグローバルパワーになるための青写真である。OBOR戦略は、アメリカの「再均衡化」戦略と競合するものである。両者の競合は、米中両国の国力の様々な側面を試すものになろう。もし中国が適切にOBOR戦略を遂行できれば、北京にとって、アジア太平洋地域を、「アメリカ」の地域から、「中国の近隣地域 (“China’s neighborhood”)」に変えることが可能になる。逆に、OBOR戦略が失敗した場合、それはアメリカにとっては機会であり、中国にとってはトラブルを意味する。OBOR戦略は、中国がグローバルな影響力を持つ地域大国から、包括的なグローバルパワーに発展していこうとする試みである。戦略は決定されたが、その詳細な具体化が成否を左右することになろう。中国は比較的には既に強国だが、この戦略を実施するに当たっては、自国の力を強調することには慎重でなければならない。中国は、シルクロード沿いの諸国の財務省になることを望んでいるわけではないのである。

記事参照:
How China Can Perfect Its ‘Silk Road’ Strategy

4月9日「米海軍情報部、中国海軍に関する報告書公表」(Office of Naval Intelligence, US Navy, April 9, 2015)

米海軍情報部は4月9日、中国海軍に関する報告書、The PLA Navy: New Capabilities and Missions for the 21st Centuryを公表した。この報告書は、2009年以来6年ぶりで、「今後10年以内に、中国は、沿岸海軍から、世界中で多様な任務を遂行できる海軍への変貌を完遂できるであろう」と予測している。以下は、同報告書の海軍戦力の動向に関するに関する主な記述である。

(1) この15年間、中国海軍は、野心的な近代化計画を通じて、技術的に進化した柔軟な戦力構成の海軍を実現してきた。近年では全体の戦力はあまり変わっていないが、中国海軍は、旧式艦艇を、より大型で最新装備を備えた多用途艦艇に急速に更新しつつある。中国海軍の水上戦闘戦力は2015年4月時点で、駆逐艦約26隻(内、最新型21隻)、フリゲート52隻(同35隻)、新型コルベット20隻、最新型ミサイル哨戒艇85隻、両用戦艦56隻、機雷戦闘艦42隻(同30隻)、大型補助艦50隻上、小型補助艦・補給支援艦船400隻以上。2013年には、60隻以上の海軍艦艇が起工、進水あるいは就役したが、こうした傾向は2015年末まで続くと見られる。

(2) 艦隊別の艦艇数の内訳は以下の通り。

北海艦隊(司令部:青島)=攻撃型原潜3隻、通常型潜水艦25隻、駆逐艦6隻、フリゲート10隻、両用戦闘艦11隻、ミサイル哨戒艇18隻、コルベット6隻

東海艦隊(司令部:寧波)=通常型潜水艦18隻、駆逐艦9隻、フリゲート22隻、両用戦闘艦20隻、ミサイル哨戒艇30隻、コルベット6隻

南海艦隊(司令部:湛江)=攻撃型原潜2隻、弾道ミサイル搭載原潜4隻、通常型潜水艦16隻、駆逐艦9隻、フリゲート20隻、両用戦闘艦25隻、ミサイル哨戒艇38隻、コルベット8隻

(3) 近年、中国海軍の水上戦闘艦の艦載防空能力は著しく強化されている。現在、導入されつつある新型戦闘艦は、中長射程の対空ミサイル能力を備えている。海軍は、HHQ-9艦対空ミサイル(最大射程55カイリ)を装備した「旅洋Ⅱ」(Type 052C) 級駆逐艦を6隻建造し、更に現在、HHQ-9艦対空ミサイルの射程延伸型を搭載する新型「旅洋Ⅲ」(Type 052D) 級駆逐艦を導入しつつある。また、少なくとも20隻の「江凱Ⅱ」(Type 054A) 級フリゲートがHHQ-16艦対空ミサイル(最大射程20~40カイリ)を搭載して運用中であり、更に建造中である。中国は、2012年から新型の「江島」(Type 056) 級コルベットの建造を開始した。「江島」級は、排水量1,500トンで、遠海での主要戦闘作戦用の兵装を搭載していないが、中国のEEZや南シナ海、東シナ海における哨戒任務や海賊対処任務などに適した戦闘艦である。現在、少なくとも20隻が配備されており、更に30~60隻建造される可能性がある。

(4) 現有の潜水艦戦力は、攻撃型原潜5隻、弾道ミサイル搭載原潜4隻及び通常型潜水艦57隻で、2020年までに70隻以上になると見られる。中国は2000年~2005年にかけて、通常型の「明」級と「宋」級を建造し、更には「元」級の1番艦を建造し、またロシアからKilo級8隻を購入した。現在、建造中は「元」級のみである。「元」級は、「非大気依存システム」(AIP) を備えた最新の通常型潜水艦で、現在12隻が配備されており、更に最大8隻が建造されると見られる。中国の潜水艦戦力は米海軍の潜水艦戦力とは非常に異なっているが、より限定的な任務に適した戦力である。大部分が対艦巡航ミサイルを搭載した通常推進型で、主要シーレーンに沿った地域的な対水上戦闘艦任務に適しているが、米海軍潜水艦戦力の主要任務である、対潜戦と対地攻撃任務には適さない。中国は攻撃型原潜の近代化を継続しているが、「商」級は2002年と2003年に建造された2隻のみである。現在、4隻の改良型が建造されており、2012年に1番艦が進水した。総計6隻が建造されると見られ、今後数年以内に、老朽化した「漢」級とほぼ1艦毎に代替されると見られる。「商」級への代替後、中国海軍は、静粛性と兵装など多くの分野で全面的に改装されることになると見られる、Type 095攻撃型原潜に移行していくであろう。

(5) 潜水艦戦力で最も注目されるのは弾道ミサイル搭載原潜、「晋」級の実戦配備で、配備されれば、中国にとって初めての信頼性の高い海中配備の第2撃核攻撃戦力となろう。「晋」級は、JL-2潜水艦発射弾道ミサイルを搭載するが、このミサイルの射程は、退役した「夏」級に搭載されていた、JL-1の3倍近い。JL-2は、2012年に海中からの発射テストに成功しており、間もなく実戦配備されると見られる。配備されれば、中国は米本土を攻撃する能力を備えることになろう。中国は、最小限5隻の「晋」級を建造すると見られ、現在、4隻が配備されている。

(6) 中国は、2012年9月に空母、「遼寧」を就役させ、空母を運用する海軍の仲間入りを果たした。以来、中国海軍は、空母から固定翼機を運用する技能を取得するために、長くて危険な道のりを歩み始めた。2012年11月には、J-15戦闘機が初めて空母からの発着艦に成功したが、空母航空団を運用できるようになるには今後数年を要しよう。「遼寧」は、米海軍の空母と異なり、小型で、従って搭載機数は遙かに少ない。また、「スキージャンプ」甲板のため、艦載機のペーロードが大幅に制約される。更に、米空母に搭載されている、E-2C Hawkeyeのような特殊仕様の支援機を保有していない。「遼寧」は、米空母のような遠海域における戦力投射任務には適していないが、艦隊防空任務には適しており、遠海域を航行する艦隊にエアーカバーを提供することができよう。「遼寧」はむしろ「事始め」の空母 (starter carrier) として長期的な訓練計画には大きな価値があり、パイロットや飛行甲板要員の訓練を実施することができよう。中国海軍の後継空母は、最終的にはカタパルト発進システムを含め、大幅に改良されたプラットフォームとなろう。

(7) 中国は、南シナ海、東シナ海における領有権主張を護るために、海警局の巡視船を大幅に増強している。現在、大型巡視船95隻、小型巡視船110隻を保有しており、これは他の領有権紛争当事国である、日本の78隻(大型53隻、小型25隻)、ベトナムの55隻(大型5隻、小型50隻)、インドネシアの8隻(大型3隻、小型5隻)、マレーシアの2隻(大型2隻)、フィリピンの4隻(小型4隻)を合わせた隻数より多い。2012年に始まった現在の建造計画では、2015年までに大型船30隻上、小型船20隻以上が配備されることになろう。これら巡視船の大部分は非武装か、軽武装(12.7ミリ、14.5ミリ及び30ミリ砲)だが、一部の大型船はヘリの搭載が可能である。

記事参照:
Full Report
The PLA Navy: New Capabilities and Missions for the 21st Century

編集責任者:秋元一峰
編集・抄訳:上野英詞
抄訳:飯田俊明・倉持一・黄洗姫・関根大助・山内敏秀・吉川祐子